2016年12月 3日 (土)

江戸漫歩(146)皇居東を散策し出光美術館で仮名古筆を見る

 ぽかぽかとした陽気に誘われて、皇居東御苑側の竹橋駅付近から時計回りに、日比谷駅までを散策しました。皇居周辺では、九段下と日比谷という、ピンポイントしか知りません。長年東京にいたのに、あらためて皇居の周りを散策するのは初めてです。

 竹橋御門の説明が立派な石に刻まれていました。
 目の前に平川橋が見えています。その右手後方に東京駅があります。


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 この説明文を読もうとして、しばし目が泳ぎました。縦書きだと思って読もうとしたからです。原稿用紙のマス目のデザインだと錯覚しました。横書きだとは思いもしませんでした。


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 竹橋駅の近くから平川門を望みました。いつもは、この下を走る地下鉄東西線で通っています。通勤経路の地上を歩くと、頭の中の地図が立体的に再構成されておもしろいものです。
 お濠の鴨たちも、気持ちよさそうです。賀茂川の鴨たちを、遠足でここに連れて来たくなりました。


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 白鳥がいました。これは、賀茂川にはいません。


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 お濠の散策路に、秋田県のパネルが敷かれていました。今度のんびりとこのお濠ばたを一周しながら、私が行ったことのある都道府県を確認してみましょう。


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 本日のお目当てである、出光美術館へ行き着きました。今、開館50周年記念として「時代を映す仮名のかたち」という展覧会が開かれています。
 平安時代から鎌倉、そして室町へとつながる仮名の名品が、これでもかと並んでいます。国宝に重要文化財などなど、出光美術館所蔵の古筆を中心として、贅沢な展覧会となっていました。じっくりと古筆の名品の数々を堪能できました。

 休憩スペースで足腰を休めて皇居の紅葉を眺めては、また展示会場へ戻りました。


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2016年12月 2日 (金)

谷崎全集読過(28)「呪はれた戯曲」

 この小説は、劇作家である佐々木の秘密を摘発し、その背景にあった恋愛事件を戯曲という創作を借りて読者に語る形式をとっています。谷崎特有の、「善と悪」がその底流にあります。
 佐々木は、妻玉子のか弱さと鈍感さに安心し、愛人の襟子に心を許していました。しかし、ある時、玉子の滂沱の涙にひるみます。予想外の女の姿を見たのです。
 この、玉子が涙を溢れさせる場面は、佐々木を通して執拗に描かれています。人間が泣く場面としては、これだけ言葉を尽くして語るのは珍しいと思います。涙をこれほどまでに詳細に分析して語ったものは、これが一番秀逸なものではないでしょうか。
 佐々木は日記を書いていました。その半年間の記述には、玉子を殺すまでの心の軌跡が記されていたのです。妻のヒステリーと男の神経衰弱は、ますます加速していきます。そして、男は妻への憎悪を抱くようになったのです。
 この作品では、身勝手な男の言い種がくどいまでに語られます。
 作中に戯曲の台本を配するなど、奇抜な構成も見せています。芸術と現実を語りながら、犯罪の実行計画が展開していくのでした。
 戯曲の中の言葉としながらも、男は次のような身勝手なことを言います。


(井上)うん、忌揮なく云へばまあそんなものだ。しかしお前が死なゝければ、己には死以上の苦痛が來る。お前の命と己の命と、孰方が貴いかと云へば、己の立ち場を離れて考へて見ても、己の命の方が貴い。お前は何の働きも自覺もない平凡な女だ。己は此れでも才能のある藝術家だ。孰方か一人の命を失つて濟む事なら、お前の命の失はれるのが正當の順序だ。それが當然の運命だ。無慈悲のやうに聞えるけれど、己は決して理由のない事を云ひはしない。理窟から云へば己は自分で手を下してお前を殺しても差支へはない。たゞ己には膽力がないから、進んで其れを實行する事が出來ずに居る。………(『谷崎潤一郎全集』新書版第六巻、199頁下)

 最後まで、男のエゴイズムが剥き出しの物語です。
 劇中劇という凝った仕掛けを用い、巧妙な口調で殺人事件を成立させたのです。ただし、読者としてはおもしろい話として読めても、非現実的な論理と理屈で構成された内容に、大いに違和感を抱くのは当然です。あくまでも、谷崎の実験的な小説だと言えるでしょう。【4】
 
 
初出誌:『中央公論』大正8年5月号
 
 
 

2016年12月 1日 (木)

日比谷で橋本本を読む前に伊井先生の新著を紹介し大島本と池田本に及ぶ

 日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」を読み進めています。

 今夜は、伊井春樹先生が最近出版なさった『大沢本源氏物語の伝来と本文の読みの世界』(おうふう、2016年10月10日)の第一章に置かれた、「5 大島本の本文の性格」の節を取り上げて、長く流布本として不動の地位を獲得している大島本が抱える問題点を確認しました。


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 現在、『源氏物語』を読む時には、大島本が基準本文として広く読まれています。そのことの問題を、伊井先生は独自の視点で批判的に提示しておられます。

 そこで、今日はまず、私が先日、本ブログに書いた「池田本校訂本文レポート〈0〉(伊藤)」(2016年11月27日)を確認した後、伊井先生の文章を紹介しました。これが実は、私が提案しようとしている池田本の意義を支援してくださる内容となっているのです。

 今回私が読み上げた箇所を引用し、先生のお考えを確認しておきます。


 飛鳥井雅康が依拠したのが定家筆本であったとすれば、杜撰な態度でない限りもっとも信頼し得る青表紙本が出現していたはずである。それを後人が本文を正そうと、他の青表紙本を用いて次々と塗抹とか別の本文の書き込みをしていき、手が加えられるにともない正統な本文に変貌していったというのは、にわかに信じがたい。大体、室町から江戸期にかけて流布した青表紙本の存在そのものに信頼性が薄く、しかも同一伝本だけを用いての校訂というのであればまだしも、次々と江戸中期にいたるまで青表紙本と称される本文で校合されたとなると、大島本はもはや各本を吸収して成り立った不純な存在といえなくもない。(35頁)
 
 今日の大島本の本文は定家本に依拠しており、しかも後世の校訂によってさらに青表紙本の特色を持つにいたるとともに、定家本の親本は俊成本であり、さかのぼると藤原行成、紫式部の原本に近いとも評価されるが、それは幻想でしかない。
 繰り返すように、定家は一本だけを用いて本文作りをしたわけではなく、多くの本文から取捨選択して架蔵本を作成したのであり、しかも書写するたびに依拠本は異なりを示していた。定家本が周防国に流れ、飛鳥井雅康が書写し、後に大島本と称されるようになったにしても、この系譜にはかなり危なっかしさを覚える。それはすべて捨象しても、大島本になされた室町から江戸期にかけての無数の本文訂正の痕跡は、別に存在した純正な青表紙本を用いて幾度も確認しながらなされたわけでもない。当時流布した青表紙本と称される本文との違いを見て、思い思いに識者が所持本で書き込み、人々の手に渡っていった結果にしかすぎない。(36頁)
 
 大島本は手が加えられたことにより、共通する青表紙本の諸本からはかえって離れてし(ママ)った例は多く、一見洗練された表現が出現したとはいえ、内実は河内本や別本を取り込んでいるだけに、定家本という評価とは相いれないのではないかと思う。(42頁)
 
 純正な青表紙本を求めながら、現実には河内本の本文を読む結果になってしまったというほかはない。(42頁)
 
 「定家本」と書いてありながら無視し、行間に傍記とか削除した結果をそのまま採用してできあがっているのが「源氏物語大成」の本文であり、それを現在のテキストを含む注釈書でも、注記することなく継承して利用しているというのが実態である。統一をとるのは困難をともなうとはいえ、現状の大島本の底本のままでは誤脱、誤写があり、数次にわたる後人の訂正を無批判に採用して本文を確定してよいものかどうか、さまざまな問題が派生するのは確かであろう。
 大島本にはすでに指摘してきたように、削除、補入等によって本文の訂正をするとともに、行間には多数の語釈もなされる。当然のことながら語釈は採用しないのだが、右の「定家本」に「波」とわざわざ指摘しながら用いないのは、語釈と同一の注記と判断してのことであろうか。(43頁)
 
 もうこれ以上例を示すまでもなく、雅康が書写に用いたのは定家本ではあり得なく、また江戸中期まで数次にわたる書き入れや抹消などに用いられたのも、素性のよい本文ではなかった。そのために大島本は青表紙群からは孤立した独自異文を持つにいたるとか、逆に河内本に書き改められ、それを採用するという現象も生じてしまう。雅康が書写した当初の、いわゆる訂正される以前のうぶな姿を復元したところで、それが標準的なテキストとしては成り立たないだけに、複雑な抹消や書き入れの痕跡はより正しい青表紙本作りのためになされたと評価し、一部には不都合な校訂は無視しているとはいえ、方針としては大半を取り入れての本文作りをしていったのが「大成本」や「新大系」の成果である。ただそれではあまりにも不審が多いこともあり、過去の注釈書類は、大島本に依拠しながらも一部の巻は他の伝本を採用するという妥協策もとってきた。最有力の伝本が出現しない今日にあっては、大島本が定家本の流れを継承していると信じ、書き入れも取り込んで新たに作り出した本文は、結果として混態本になってしまっている、というのがいつわらざるところであろう。
 中世から伝統として育まれて来た定家崇拝の呪縛からいまだに抜け出ることができず、紫式部の原典というよりも、時代とともに変貌して来た本文を読んでいるのが実情かもしれない。それと、『源氏物語』はこうあるべきだとの観念が形成され、理想とする定家本を継承しているという共同幻想にとらわれ過ぎているのではないだろうか。このようなことを述べると、本文作りは絶望的になってしまうが、私としてはあまりにも大島本への偏重過多に陥ってはいけないという自戒を込めての言であることを諒とされたい。
 今日では大島本で『源氏物語』を読むのが当然視され、それ以外の伝本は排斥されて読む機会すらなくなりつつある。しかもそれは活字にするために校訂を経て生まれた新しい本文であることを忘れ、そこから語彙や文章表現を分析し、微妙なことばづかいに触れながら作品論にまで及ぶとなると、大勢としては仕方がないとはいえ、研究の世界からすると違和感を覚えてしまう。個人的には大島本が今日では最善本というのは理解できるにしても、その底本は書き入れを含めてまだ十全に読めていないのではないか、他の伝本も徹底的に読む必要があるのではないかとも思量する。かなり早くから本文研究は終息したように思われてきた嫌いがありはするが、とりあわせ本であってもそれなりに読まれてきた歴史的な意義を持ち、河内本であろうが、別本とされようが、一つ一つに精緻に向き合うことが、今後の長期にわたる『源氏物語』の研究には資するはずである。そのような思いから、以下大沢本と称された本文を、伝来してきた姿とともに考察しようとするのが本書の目的でもある。(45~46頁)

 
 
 

2016年11月30日 (水)

古写本『源氏物語』の触読研究会を開催します

 来週、古写本『源氏物語』の触読研究会を開催しますので、関係者のみなさまのご参加をお待ちしています。
 今回は、大阪の万博公園の中にある、国立民族学博物館をお借りして行ないます。


科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究
「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(15K13257)代表者:伊藤鉄也
 
2016年度第2回研究会プログラム

 日時:2016年12月9日(金)
 場所:国立民族学博物館

Ⅰ.民博のさわる展示の学習会(14時〜15時半)

 民博のさわる展示をMMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)によるガイドでめぐり、触察の仕方や説明方法などの情報収集をする
 
Ⅱ.古写本『源氏物語』の触読研究会(15時半〜18時)

(1)挨拶(伊藤鉄也)

(2)2016年6月から12月までの活動報告(関口祐未)

(3)研究報告「i-Penを活用した触読資料」(伊藤鉄也)

(4)研究発表「絵巻の触読と触察に関する実践報告
   ―共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」―」(尾崎栞)

〜休憩〜

(5)研究発表「『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート
   ―弱視生徒の目をかりて」(渡邊寛子)

(6)研究発表「浮舟巻の「つゝみふみ」と『花鳥余情』勘物
   ―古註釈書に伝わる薫物の贈答様式について―」(田中圭子)

(7)共同討議(質疑応答・用語確認と実験方法など、参加者全員)

(8)連絡事項(関口祐未)


 
 
 

2016年11月29日 (火)

新幹線で乗り継ぎできない「モバイルSuica」と「エクスプレスカード」

 今回初めて、新幹線の乗り降りに、iPhone 7 Plus の「モバイルスイカ」と、いつも使っている「エクスプレスカード」を使用しました。いや、使おうとしました。
 しかし、改札を出入りするたびに、自動改札機でエラーとなり赤ランプが点灯しました。あれは、スムーズに移動しようとする気持ちが挫かれると共に、繁忙を極める駅員さんのお世話になり、申し訳ない気持ちになります。
 気持ちよく新幹線での旅ができなくなりました。

 駅員さんからは、なぜエラーになるのかという説明を受けました。
 しかし、いまだに私はよく理解できていません。モバイルSuica が導入されてから1ヶ月足らずだとはいえ、自動改札機に挟まれて、迷惑な足留めとなっていたことに違いはありません。後ろから続く人は、怪訝な眼を向けておられました。

 今回のエラーについて不思議に思い、ネットで調べてみました。
 駅員さんの話は、確かにネットに書いてある通り、間違っていません。しかし、売りとなっている「チケットレスでスピーディ乗車」とは大きく異なります。
 「エクスプレスカード」を併用する場合は、一枚の紙に印字された別のチケットを入手してからでないと、モバイルSuica が使えないシステムなのでした。JRが新しい時代に追いつくための過渡期の問題だとはいえ、どうもすっきりしません。まさに、時代に後押しされる中での見切り発車だったのです。

 今回いつものように使用した「エクスプレスカード」というのは、次のような謳い文句で普及しているものです。


エクスプレス予約は、東海道・山陽新幹線をスムーズ&スピーディに一年中おトクなおねだんで利用できる、会員制のネット予約サービスです。(https://expy.jp/top.php?)

 次の説明もあります。


東海道・山陽新幹線をスムーズ&スピーディに一年中おトクなおねだんで利用できる、会員制のネット予約サービスです。
スマートフォンやパソコン、携帯電話を使い、オフィスや自宅、出張中や旅行中でも、東海道・山陽新幹線指定席の予約・変更ができます。また、乗車の際にEX-ICカードを改札機にタッチするだけで乗車ができます。(https://expy.jp/beginner/#sec1)

 この「EX-ICカード」が、最新技術の成果である「モバイルSuica」とうまく連動させられなかった、というのが実情のようです。アップルのブランド力に押し切られたのか、時代に遅れまいとしたJRの焦りの結果なのか。

 次のお知らせが、そのことを語っています。


「【重要なお知らせ】 iPhone 7、iPhone 7 Plus、Apple Watch Series 2に関するご案内(2016.10.12)
 
◆都市圏用のICカードとして「iPhone 7等のSuicaがご利用できる対象端末」を利用する場合の在来線と新幹線の乗り継ぎについて

在来線と新幹線を乗り継いでご利用になる場合、iPhone 7等のSuicaがご利用できる対象端末と「EX-ICカード」を重ねて新幹線乗換改札機を通過することはできません。次のいずれかによりご利用ください。 
① 新幹線ご乗車の際は、カード型の都市圏用ICカードをご利用いただく。
② 新幹線乗換口の指定席券売機または窓口で、「IC乗車票」をお受取りになり、新幹線乗換改札機では、「IC乗車票」を投入後、iPhone 7等の端末をタッチする。

 モバイルSuica の存在が、この説明文では完全に死んでいます。
 この説明を今読んでみて、いつも自動改札機で受け取る「IC ご利用票」とここに出てきた「IC乗車票」なるものとの違いすら、いまだによくわかりません。知ったからといって、どうということもありませんが……

 エクスプレス予約のホームページには、「よくあるご質問」のコーナーに「モバイル Suica」という項目があり、そこには次のような記載がありました。


Q. モバイルSuicaは、EX-ICカードやTOICA等の他のICカードと組み合わせて利用できますか?
 
モバイルSuicaは、Suica機能を持ったスマートフォンや携帯電話をEX-ICカードの代わりとしてエクスプレス予約でご登録いただくことで、スマートフォン・携帯電話1台で東海道・山陽新幹線と在来線の乗り継ぎができます。

そのため、モバイルSuicaと他のICカード(EX-ICカードやTOICA等の都市圏用のICカード )を重ねて新幹線自動改札機を通過することはできません(https://expy.jp/faq/category/detail/?id=24)(赤字は私が施したものです)

 前段の「乗り継ぎができます。」という文章が「そのため」ということばを挟んで、後段で「通過することはできません」と記されていることとが、私の中ではうまくつながらないのです。前段の文意が正確に読み取れると、後段につながるのかもしれません。
 「そのため」ということばは、日本語としてどのような働きをしているのでしょうか。日本語に精通した方には問題がない使い方なのでしょうか。
 自分の日本語の運用能力をさらけ出すようで躊躇います。しかし、私には今は説明できない日本語文なので、恥を忍んであえてここに記しておきます。

 そもそもJRは、電車を走らせる技術力はあっても、お客さまに関することには驚くほどに無頓着です。
 今回も、モバイルSuica で往復共にエラーが発生しました。これに関しては、ITの進歩にご自慢の技術力が追いついていないことを露呈しています。

 私の伯父は、特攻隊の生き残りでした。その伯父が、国鉄が最初にコンピュータを導入した時に、島根県の出雲から大阪に招集された1人でした。私が大阪にいた頃に、伯父はよく我が家にやってきて、コンピュータの勉強をしている話を、熱っぽく語ってくれました。

 私が大阪の高校を卒業する時に、伯父からいろいろな話を聞きました。私の家ではお前を大学へ行かせる余裕がないので、まずは国鉄に入り、そこから大学に行かせてもらう制度を使えと。自分が大学へ行きたいという希望は、そうすれば叶うのだ、と。

 両親からは言いにくいことを、父の弟という立場で、親身になって私に直接アドバイスをしてくださったのです。結局は、自分の判断で、朝日新聞社の奨学生となって大学へ行くことになりましたが。

 もし、あの時に国鉄で仕事をしながら大学へ行っていたら、その6年前に開業した新幹線の仕事をしていたかもしれません。新幹線には、私の人生と接点があったかもしれない鉄道だと思っているので、ついトラブルなどを聴くと気になるのです。

 さて、新幹線はこのモバイルSuica との融和を、近い内には対応させることでしょう。しかし、その頃にはまた新しいITのシステムが登場しているはずです。

 ハードウェアにはめっぽう強くても、ソフトウェアには弱い体質を持つJRは、今後はどうするのでしょうか。
 新しい人材の確保が必須なのでしょう。しかし、JRに優秀な人材が集まるかどうかは、若者のチャレンジ精神に頼るしかないようです。
 JRが魅力とやりがいのある企業なのかどうかは、若者の厳しい眼にさらされる中で選別されていくことでしょう。
 伯父がコンピュータへの熱意を語ってくれたことを思い出して、他事ながらJRに期待したいと思っています。

 こんなことを書きながら、今日「ジパング倶楽部」への入会手続きをしました。
 「エクスプレスカード」とはお別れします。
 「ジパング倶楽部」とは、次のような説明がなされているものです。


日本全国のJRきっぷが年間20回まで最大30%割引。
男性満65歳以上、女性満60歳以上ならどなたでもご入会できます。
ご夫婦のどちらかが満65歳以上ならご一緒にご入会できます。
年会費は、個人会員(お一人):3,770円(税込)、夫婦会員(お二人):6,290円(税込)

 妻は早くから、この「ジパング倶楽部」の会員でした。私も一緒に夫婦会員となってもよかったのです。しかし、この年齢設定に露骨な男女差別が見え隠れしているので、無視していました。
 また、その切符を入手するまでの、嫌がらせとしか思えない手帳の管理と手続きの面倒くささに、自ずと毛嫌いしていました。しかし、そんなことは大したことではないと思うようになりました。

 私は今月で65歳となりました。
 しかも、昨日は新幹線でいやな思いをしました。
 意地をはらずに、すなおに利を取ることにします。
 便利さだけを追究した生き様を見直す時期なのでしょう。
 これまでは、妻に合わせて新幹線の「ひかり」に乗っていました。
 妻と一緒でない自分一人だけの時に、「のぞみ」に乗っていたのです。
 来週からは、「のぞみ」に乗れる権利を放棄したという気持ちを持つこともなく、妻と一緒に「ひかり」で京都と東京の間を移動します。
 
 
 

2016年11月28日 (月)

京洛逍遥(378)京大病院で検査と診察

 朝10時から、京大病院で糖尿病内分泌栄養内科の診察がありました。
 その前に、血液と尿の検査をします。
 血糖値などの検査結果を基にした診察なので、血液検査の結果が出ていないと、先生は診断も指導もできないのです。

 血液検査の結果が出るまでに、約1時間はかかります。
 そのため、9時には採血を終えておく必要があります。

 ただし、名だたる京大病院なので、受診者が多くて順番を待ちます。
 最初の関門は、予約者であってもしなければならない受付です。
 これをしないと、午後遅くまでかかります。
 そのために、長年の経験から、私は効率のよいタイムスケジュールを立てています。

 まず、必ず予約をしておくことです。これは、毎回の診察の時に先生がしてくださいます。
 予約なしで行った日には、お尻が硬直するほどに待たされます。

 私の主治医の先生は、外来の診察は原則として月曜日か金曜日に受けておられるので、週末は京都にいる私には好都合です。

 朝7時10分に自宅を出て、府立大学前のバス停から百万遍経由の京都駅行きバスに乗ります。高野川を渡り、バス停の近衛通りで降りて、目の前の病院に入ります。
 だいたい、7時45分頃になります。

 自動受付機は、8時15分から動きます。その順番待ちのために、あらかじめ来た順に整理番号を取ります。
 7台ある自動受付機の前のカードケースに、素早く目を走らせます。そして、もっとも番号の小さなカードの受付機の前の番号カードを取るのです。
 今日は、7号機の11番目でした。私のタイムスケジュールで病院に来ると、だいたい10番台前半のカードを手にできます。

 ロビーに設置されている大画面のテレビは、NHKの朝の連続ドラマ(小説?)を映し出しています。それが終わるとちょうど8時15分。自動受付機が動き出します。

 待合スペースで眠たそうにテレビを見ていた人は、一斉に立ち上がって自動受付機を目指して並びます。

 あっという間に、7列がみごとにできあがります。そして、みんなが手にした札を見せ合いながら、これまた瞬時にカード番号通りに整列するのです。
 日本人が得意な、両手を差し出して「まえになれー」まではしません。それでも、前から十数人は等間隔に並びます。ここで「まわれーみぎー」と言おうものなら、一歩足を引いてクルリと回りかねません。

 ここでみんなは、自然と手に持っているカードを周りの人に見えるように、数字をちらつかせるようにしています。一々「何番ですか?」と聞かれるのが煩わしいからです。この心理と動作には、微妙な気持ちが入り交じっています。

 ここで受付を済ませると、小さなリモコンが出てきます。その液晶画面に表示される案内が、今日一日の病院内での道案内と呼び出しサインとなります。

 早速、採血のために2階に移動しました。
 ところが、今日はここの自動受付機が故障とのことで、5人ほどの看護士さんたちが数字を印字した整理券を走り回りながら配っておられました。
 いつもはスムーズに進む手続きが、なんと大混乱です。窓口の方3人が、手作業でてんてこ舞いでした。器械は突然壊れるものです。機械に頼る日々となり、もう忘れかけていた仕事をこなすのに、お3方は大変そうでした。

 上京の新幹線で眠気覚まし代わりに書いていたら、つい余計なことを綴っていました。

 肝心の診察の結果を記しておきます。

 今日のヘモグロビン A1cの数値は「7.2」でした。先月は「6.9」だったので、大幅にアップです。ただし、致命的なものではありません。

 先生からは、夜には血糖値が下がらないので、食事を早めにすることと、お酒は糖質のないもので割るように、というアドバイスをいただきました。
 懸案の鉄分不足は、もう完全に解消となりました。貧血状態もまったく気にすることはありません。

 とにかく、もろもろがおおむね良好です。さらに血糖値の上昇に気をつけながら、マイペースで食生活を続けることにします。というよりも、朝晩の食事とお弁当で苦労をかけている妻の負担を軽くするように、もっと自分の意識を高めたいと思っています。

 帰りは、荒神橋のそばの亀の飛び石伝いに賀茂川を渡りました。


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 河原では、丸まると太った鴨が食事中です。


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 鷺と鴨が仲良く遊んでいます。


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 京都地方法務局と京都市役所で用事を済ませ、烏丸御池の歯医者まで歩いて散策しました。

 在原業平邸址の横の自動販売機の業平歌は、秋のままでした。


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 角の町家のレンタルスペースでは、シャネルが若い女性を大勢集めていました。


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 夕方の京都駅前では、好評の水芸と京都タワーのシルエットと電飾が一緒に見られました。


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 私が見つけた、人を掻き分けずに新幹線に行ける通路は、今日もゆったりと行けました。その通路から、JRの改札口と電飾のバス停付近を撮ってみました。


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 今日、スバコで買ったお弁当は非常にヘルシーなものでした。
 こうした京都ならではのお弁当は、改札を入る前に買うといいのです。


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 毎回、このスバコで買うお弁当が、上京の折の楽しみです。
 
 
 

2016年11月27日 (日)

池田本校訂本文レポート〈0〉(伊藤)

 池田本の校訂本文がほぼできあがり、当初の予定では、インドへ旅立つ前に関係者に配布する予定でした。


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 しかし、大島本で擦り消されている箇所に関して、カメラ付きの拡大装置を使った調査の成果が、出来上がっていた池田本校訂本文に盛り込まれていないことがわかりました。

 藤本孝一先生のご指導を受けながら、岡嶌偉久子さんなどと一緒に京都市文化博物館の地下の一室で大島本の精細な調査をしたのは、2007年から2年間でした。「桐壺」巻は2007年10月27日と2008年7月12日だったことが、手元の記録に残っています。

 その時の調査結果が、今回の池田本の校訂本文の注記に、まったく反映していないことがわかったのです。
 そこで今日、最後の確認と補訂を、立命館大学の須藤圭君と一緒に、京都で4時間半をかけて行ないました。

 大島本の傍記で削り取られた異文注記に、あの幻の写本とされる従一位麗子本が伝える本文が新たに確認できたことは、今日の補訂作業での一番の収穫です。

 また、大島本で削り取られた傍記には、池田本の異文注記と思われるものも含まれていることなどが確認できました。池田本の校訂本文を作成する過程で、その注記に大島本の書写様態を記述することにした副産物は、予想外に大きなものであることがわかったのです。これまで確認されていなかった大島本の削除箇所の本文が、精査した時の資料を再確認する中でいくつも追補することができたことは、編者にとっても僥倖でした。

 その詳細は、共同編集者である須藤君に、「池田本校訂本文レポート〈1〉~〈?〉(須藤)」として連載でまとめてもらうことになりました。私の元に届き次第、本ブログに掲載しますので、楽しみにお待ちください。

 今回の新しい池田本の校訂本文は、「江戸の源氏から鎌倉の源氏へ」というスローガンで推進しているものです。
 いつ終わるとも知れない、気の遠くなるプロジェクトです。ご意見をいただくことで、より使い勝手の良い校訂本文に仕上げていくつもりです。ご支援のほどを、よろしくお願いします。

 岡山を発つ時に小降りだった雨が、京都では本降りとなっていました。雨と一緒に京都入りです。

 今日も大仕事を終えました。
 ぐっすりと眠れそうです。
 
 
 

2016年11月26日 (土)

岡山の就実大学で「世界中の33言語で読める源氏物語」という話をしました

 岡山の就実大学<表現文化学会>の2016年度公開学術講演会に呼ばれて、海外の『源氏物語』の翻訳状況についてお話してきました。

 大学はきれいで、特にパリのルーブル美術館にあるガラスのピラミッドを模したオブジェが、一際注意を惹きました。下には食堂があるそうです。
 (以下の3枚は帰りに撮ったものです。)


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 さて、今回のテーマの話だけでは印象に残らないと思い、私の翻訳本コレクションから私の手元にしかないと思われる本を中心に31冊を選書して、会場に持参しました。
 終わってから、学生さんを始めとする参会者のみなさまに、実際に翻訳本の現物を触っていただきました。中身がわからなくても、表紙の絵柄や、本の手触りを実感していただくことができたと思います。

 私の話はともかく、一生触ることのない本を通して、異国の地でそれが読まれていることを想像するだけでも、心が世界に拡がるはずです。そして、日本で育った文化の結晶としての『源氏物語』が持つ意義に思いをいたしてもらえたら、それだけで私の役目を果たしたことになります。それが、国際交流の原点となるはずです。

 誇れるものを持つ文化に対する理解を、これを機会に深めてもらえるという感触を、本日の会場みなさまの表情から感じとることができました。
 お集まりのみなさま方が、興味と好奇の心をもって、私の拙い、とりとめもない話を聴いてくださったことに感謝しています。

 今回配布したプリントの冒頭に、次の文章を掲げました。


 『源氏物語』は、33種類の言語で翻訳されています(2016年11月26日現在)。
 本日は、その翻訳本の表紙と中身および収集の来歴を紹介し、そこから見えてくる今後の新しい研究テーマをお話ししたいと思います。
 私がこれまでに確認し、収集した『源氏物語』の翻訳本は、次の通りです。

【『源氏物語』が翻訳されている33種類の言語】
アッサム語・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語・英語・エスペラント・オランダ語・オディア語・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・韓国語・パンジャービー語・ヒンディー語・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤーラム語・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語

■インドで翻訳を進めている10言語■
【アッサム語・ウルドゥー語・オディア語・タミール語・テルグ 語・パンジャービー語・
 ベンガル語・ヒンディー語・マラーティー語・マラヤーラム語】(カンナダ語)
  (インドの言語は約870種類以上、連邦憲法では22の指定言語、紙幣には17言語)

 本日はこの中から、翻訳本『源氏物語』の表紙デザインの多彩さを楽しんでいただける31冊を選書して持参しました。

01_books1


02_books2


 また、最新の翻訳情報をA4版で26ページ分にまとめ、長く手元に置いていただける資料集を配布しました。
 (1)「インド8言語訳『源氏物語』の書誌」
 (2)「就実大学での展示一覧」
 (3)「源氏物語翻訳史年表」
 いつか、何かの折にでも、そういえば『源氏物語』の翻訳が、と思われた時に参考になる、情報満載のプリントにしたつもりです。
 この資料集のデータは、「海外源氏情報」(http://genjiito.org)で公開しているものを中心に編集しました。いつか、何かのお役に立てば幸いです。

 この配布物のうち、(2)「就実大学での展示一覧」は、今回のために選書した翻訳本のリストなので、記録としてその一部の情報を以下に引いておきます。


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アッサム語
Atul chandra Hszarika
(アトゥール・チャンドラ・ハジャリカ)
Genjikonvarar Sadhu
Sahitya Akademi
2005
青地にサヒタヤ・アカデミーのマークがついている。
--------------------------------------
アラビア語
Ahmed Mosta FATHY
(アハマド・モスタファ•ファテヒ)
Syrẗ ạlạmyr gẖynjy
(源氏王子の物語)
メリット出版社
2004
アラビア語と日本語の文字
--------------------------------------
イタリア語
Adriana Motti
(アドリアナ・モッティ)
STORIA DI GENJI
Giulio Einaudi editore
2006
三代歌川豊国の「風流げんじ須磨」
--------------------------------------
イタリア語
Maria Tresa Orsi
(マリア・テレサ・オルシ)
LA STORIA DI GENJI
Giulio Einaudi editore
2012
表紙と箱は国宝『源氏物語絵巻』「鈴虫」・「関屋」巻を、山口伊太郎氏が西陣織にしたもの。作品名は『源氏物語錦織絵巻』作者は山口伊太郎氏。同氏の遺作。
--------------------------------------
英語
Arthur Waley
THE TALE OF GENJI
George. Allen & Unwin
1935
表紙は赤い地に、金字で『源氏物語』と書いてある。背表紙も金字。
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英語
Dennis Washburn
The Tale of Genji
W W Norton & Co Inc
2015
五島美術館所蔵 国宝 『源氏物語絵巻』 39帖「夕霧」(刺繍)で、夕霧の手紙をとろうとする雲居雁
--------------------------------------
英語
Edward G. Seindensticker
THE TALE OF GENJI
Charles E.Tuttle Company
1979
(3版)
表紙と外箱は、円山応挙『藤花図』(重文・根津美術館蔵、1776年)
--------------------------------------
英語
Royall Tyler
THE TALE OF GENJI
Penguin Books
2001
外箱の表は舞楽図『五常楽』裏は右を向いた女性、本の表紙は赤い地に絵巻を参考にした人の顔の輪郭を黒い線で描いている。1巻は男性で、2巻は横向きの女性である。
--------------------------------------
英語
末松謙澄
GENJI MONOGATARI
丸屋
(現:丸善)
1894
赤地に金色で源氏香の図が描かれている。薄い紙のカバーがかかっている。
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オランダ語
Jos Vos
(ヨス・フォス)
Het verhaal van Genji
Athenaeum
2013
バーク・コレクションのひとつ、1巻は土佐光起筆『源氏物語画帖』「花宴」
--------------------------------------
クロアチア語
Nikica Petrak
(ニキツァ・ペトラク)
Pripovijest o Genjiju
Naklada Ljevak
2004
『源氏物語絵巻』「鈴虫」巻(二)。夕霧が笛を吹いている場面。
--------------------------------------
スペイン語(ペルー版)
HIROKO IZUMI SIMONO
(下野泉)•IVAN AUGUSTO PINTO ROMAN
(イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン)
EL RELATO DE GENJI
ペルー日系人協会(APJ)
2013
國學院大學蔵「久我家嫁入本『源氏物語』初音」巻
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スロヴェニア語
Silvester SKERL
(シルベスター・スカル)
PRINC IN DVORNE GOSPE
Državna založba
1968
浮世絵(女性の絵)
--------------------------------------
タイ語
あさきゆめみし
1980
『あさきゆめみし』
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タミル語
K.Appadurai
(アッパドライ)
Genji Katai
Sahitya Akademi
2002(新版)
金閣寺の前で近世風の男女が並んでいる絵
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中国語
康景成
(kāng jǐng chéng)
源氏物語
陕西师范大学出版社
2012
徳川美術館蔵『源氏物語絵巻』「柏木三」(復元図)で、光源氏が生まれたばかりの薫を抱いている場面。
--------------------------------------
中国語
林文月
( LIN Wen Yueh)
源氏物語
訳林出版社
2011
全3冊共に薄い紫色
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ドイツ語
Herbert E. Herlitschka
(ヘルベルト・E・ヘルリチュカ)
DIE GECHICHTE VOM PRINZEN GENJI
Insel Veriag
1995
江戸時代の役者絵
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ハンガリー語
Horvàth Làszlo
(ホルバート・ラースロー)
Gebdzsi szerelmei
Európa Könyvkiadó
2009
1巻の表紙はインディアナ大学美術館蔵『源氏物語図屏風』「若紫」、2巻はフリーア美術館蔵の土佐光吉筆『若菜・帚木図屏風』のうち「若菜上」、3巻は京都国立博物館蔵の伝・土佐光元筆『源氏物語図』「蜻蛉」。
--------------------------------------
ハングル
전욤신
(田溶新•チョン•ヨン•ハク)
겐지이야기
(源氏物語)
ZMANZ社
2008
表紙は植村佳菜子画・伊藤鉄也所蔵の源氏絵を無断で改変。
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パンジャービー語
Jagjit Singh Ahand
(ジャジット・シン・アナンド)
Genji dī Kahānī
Sahitya Akademi
2001
一楽亭栄水作『美人五節句・扇屋内さかき わかは』を加工したもの。
--------------------------------------
ヒンディ-語
Chavinath Pandey
(C.パンディ)
Genji dī Kahānī
Sahitya Akademi
2000
『枕草子絵詞』第一段で中宮定子と対面する、妹の藤原原子(淑景舎)の姿をモデルに加工したもの。
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フランス語
YAMATA KIKOU
(山田菊)
LE ROMAN DE GENJI
PLON
1952
文字のみ
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ポルトガル語
(1巻)Lígia Malheiro(リヒア・マリェイロ)
(2巻)Elisabete Calha REIA(エリザベート・カーリ・レイア)"
O Romance de Genji
Exodus
2007
立松脩氏デザインの首飾りをしている黒髪の女性の絵
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ポルトガル語
Carlos Correia Monteiro de Oliveira
(カルロス・コレイア・モンテイロ・デ・オリベイラ)
O ROMANCE DO GENJI
Relogio D'agua
2008
1巻の表紙は、月岡芳年『月百姿』のうち『忍岡月 玉淵斎』(1889年)、2巻はハーバード大学美術館蔵の土佐光信筆『源氏物語画帖』「椎本」巻を題材に、どちらもカルロス・セザールがデザインしたものである。
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マラヤラム語
P.K.Eapan
(イッパン)
Genjiyude Katha
Sahitya Akademi
2008
国際聚像館(広島県福山市の坂本デニム株式会社が創設した美術館)が所蔵する、『源氏物語挿絵貼屏風』(六曲一双)「初音」巻と類似した絵
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モンゴル語
ジャルガルサイハン•オチルフー
ГЭНЖИЙН ТУУЛЬС 
ADMON
2009
石山寺蔵 狩野孝信筆『紫式部図』(部分)
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 さて、お話した内容は、多岐にわたるものだったので、それは省略します。
 これまでに海外で出会った『源氏物語』とのエピソードを中心にしました。

 いろいろな体験談を含めてお話した中で、一番興味をもっていただけたのは、イタリアの本屋で「ゲンジモノガタリプリーズ」と言ってイタリア語訳『源氏物語』を手に入れたことだったように思います。
 これは、私のブログの、「ヴェネツィアから(7)イタリア本」(2008/9/14)に書いたことなので、ご笑覧いただければと思います。

 ないはずのウルドゥ語訳『源氏物語』があったこと、しかもそれが偶然に見つかった話にも興味を示されたようです。これも、次の記事を書いています。
 「ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見」(2009/3/5)
 「「ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本発見」((2016/2/19)
 先年刊行されたオランダ語訳『源氏物語』の、ネット上での本の分類が「horror」(ホラー・恐怖)となっていることは、後で学生さんからの質問にも出たので、意外だったようです。

 『源氏物語』の翻訳本を「訳し戻し」することによって、日本文化が海外にどのように伝わっているのかをみんなで考えよう、というテーマは、これからの若い方々を意識して話題を提供しました。
 「各国語翻訳を日本語に一元化したものを通して、日本文化が変容して伝えられていく諸相と実態を確認し、研究者等との共同研究で考察していきませんか。」という趣旨の、コラボレーションを基にした提案です。

 さて、こうした物の見方が、若い方々にどのように伝わったのか、気になるところです。

 その後の別室での自由討論も、先生方のお人柄も感じられて、温かい雰囲気の中で話が盛り上がりました。
 さらにそれは、外に出ての懇親会でも引き続き楽しい話題が飛び交うこととなりました。
 久しぶりに、こんなに和やかで楽しい会に参加させていただきました。若い先生方のお考えもたくさん伺えたので、すばらしい情報交換となりました。そして、私と同世代の方々とは、若き日々の懐かしいテレビ等の話題で、若返った気持ちになりました。

 今回の仕掛け人は、大学時代に同級生だった岡部由文君です。
 その縁で、就実大学の先生方と気持ちを通わせる機会をいただけました。
 みなさまに、あらためて感謝しています。

 散会した頃には、小雨が降り出していました。

 岡山駅前のホテルに入ったところ、サイドテーブルに『古事記』の現代語訳(竹田恒泰訳、竹田研究財団古事記普及委員会、平成24年1月)が、お決まりの聖書と並んで置いてありました。


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 その巻頭に、次の言葉が印刷されています。


「古事記を全国のホテルに置こう!」プロジェクトについて

本書は『古事記』完成千三百年にあたり、古事記普及委員会が立案した古事記普及事業に基づいて行われた「古事記を全国のホテルに置こう!」プロジェクトにより、ホテル等に無償にて配布されたものです。このプロジェクトは日本の将来を憂う全国の有志の募金によってまかなわれています。プロジェクトへの支援をご希望なさる方は、巻末に記載した「発行所」の古事記普及委員会へご連絡ください。(6頁)

 こうした本を始めて見たので、非常に興味を持ちました。
 これがありなら、日本人のみならず、海外からお越しの方々にも日本の文化理解に資するものとして、『源氏物語』の現代語訳もありでしょう。
 きっと、日本を知っていただくのに、お役に立つはずです。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の議題にしてみましょう。

 そんなことを思いながら、岡山の一夜を満喫しています。
 
 
 

2016年11月25日 (金)

こまめな通院をと警告されて

 九段坂病院へ行きました。右足の指先に出来ている疣を治療してもらうためです。

 先生からはいつも、1週間から10日後に来なさい、と言われます。
 しかし、なかなか時間が取れない日々に置かれているので、つい足が遠のいてしまいます。
 九段坂病院は、地下鉄東西線の九段下駅からすぐの所にあります。通勤途中なので、いつでも行けるという安易な気持ちが、つい通院を先き延ばしにしています。

 前回この病院に来たことは、「インドへ行く前に身体検査をしています」(2016年11月02日)で報告しました。
 そこで、「右足の指の疣は、大分よくなってきました。後1回の通院でいいようです。」と書きました。しかし、インドから帰って来てからも何かと忙しくて、やっと今日の時間を見つけて行きました。3週間以上も空いています。

 担当医の先生は、液体窒素を使った丁寧な治療をしながら、この前の治療から時間が空いたので、また状態が元に戻っていますよ、とおっしゃいました。
 せっかくここまで来たのだから、間隔を詰めてこまめに通院しないと、いつまでもこの繰り返しになります、と、やんわりと警告を受けました。

 明日から岡山の就実大学へ行き、来週は京大病院、そして上京後は会議の日々となります。
 しかし、そんな日々に流されていては、治るものも治りません。
 思い切って、来週の12月2日(金)に予約を入れました。

 命に別状がない、という思いが、つい通院を軽く見ています。
 治るものは治せる時に治す、ということを、あらためて自分に言い聞かせています。
 
 
 
 

2016年11月24日 (木)

江戸漫歩(145)立川の雪三景

 東京で11月に雪が降るのは54年ぶりだそうです。
 朝からターミナル駅は、早めに出勤する人々で混雑していました。
 今夏、通勤途中に足を骨折したので、道々とにかく足元をよく見て歩きました。

 中央線の電車も、雪を浴びながらホームに滑り込んできます。


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 立川駅から乗った多摩モノレールの車窓から、国営昭和記念公園の横の雪景色を見下ろしました。
 いつもと違う、真っ白な広場です。
 つい最近まで、ここで羊たちが草を食んでいたのです。


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 職場の前では、紅葉が雪と対照的に、鮮やかさを見せつけていました。


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 とにかく寒い1日でした。
 
 
 

2016年11月23日 (水)

橋本本「若紫」の原本で削除されている文字を確認して気付いたこと

 日比谷図書文化館の「古文書塾てらこや」で、鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読み続けています。

 今秋から、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)をテキストにして、みなさんと一緒に本文を翻字する時の注意点を考えています。

 せっかく国文学研究資料館が所蔵している写本をテキストにしているので、その原本を直接見ていただくことにしました。今から700年前に書き写された写本を、直接見て確認してもらおうというものです。

 昨日は、午前と午後の2回にわけて、4人ずつにたっぷりと2時間、詳細なところまで見てもらうことができました。鎌倉時代の写本ということで、みなさんにとっても、なかなか得難い体験ができたかと思います。

 この写本の特徴的な書きざまが見られる箇所や、私が説明し切れない箇所を、以下に紹介します。

(1)本行の文字が削られ傍記だけが残っている
(1丁ウラ)

161123_1ura


 1行目の本行には、「【侍】越と□こそ」と書かれています。
 ここで、削られて空白となっている4文字目は、その下に「く」と書かれており、それが小刀で削り取られていることがわかります。ただし、傍記の「く」だけはそのまま残っています。
 おそらく、「とく」と書いた時の「く」が「久」の崩しとしてはあまりにも漢字に近いものであり違和感を覚えた人が、あらためて「く」を傍記したものかと思われます。この字母である「久」に近い「く」は、他にも各所に見られます。
 さらには、この本行の「く」にはミセケチ記号としての「˵」があったと考えられます。この「く」が削られているので、そこまでは原本で痕跡が確認できませんが。
 この箇所で「く」が削られて空白となっているのは、この写本が書写された後の仕業であることを示していると思われます。本行の「く」を削った後に、その上に「く」を書いていないことと、傍記の「く」が残ったままであることからそう想定していいと思われます。

 また、上掲写真の4行目7文字目の「まう□□たれ盤」も、同じような状況を考えていいと思います。
 削られた文字は「さ勢」です。そしてその直前の「う」の右下に小さな補入記号である「○」を添え、その右に補入文字としての「し」が書き加えられています。
 最初は「まうさ勢たれ盤」と書き写されました。しかし、「さ勢」をミセケチにしてその右横に異本との校合によって「し」を書いたのでしょう。ここでも「さ勢」が削られているので、ミセケチ記号の痕跡は確認できません。しかし、後に下に書かれていた「さ勢」が削られていることと、補入文字としての「し」が残っているので、そのように考えていいと思います。
 ただし、こう説明しても、ここになぜ補入記号があるのかは、今説明ができません。

 この橋本本「若紫」の写本には、後に写本に手を入れたと思われる、さまざまな人の手が確認できます。ここに示した2例は、書写されている文字に対して、他本との校合をしたにもかかわらず、その上に文字をなぞって書けなかった事情が推測できるものです。
 こうした判別を続けて行くと、写本が受容され、そこに加えられた手の歴史が確認できます。書写後に写本が経巡ってきた背景が少しずつわかると、さらにおもしろい受容史が見えてくることでしょう。
 
(2)同じ文字を左横に傍記
(14丁オモテ)

161123_14omote


 最終行と後ろから2行目の間の行末に、「よし堂ゝ」という少し小さな文字が傍記されています。この傍記は、その右の本行本文である「よし堂ゝ」に関係するものです。
 普通は、異文注記などは本行本文の右側に傍記されます。しかし、ここは左側にあるのです。もっとも、行末においては、こうした左傍記はよくあることです。
 そのことに加えて、この左傍記の文字は、本行本文と字母のレベルまでがまったく同じ文字列です。もし「四志多ゝ」などと、親本と字母が異なるための注記としての傍記であるなら、あえてここに記されたことの意味は理解できます。しかし、ここにはまったく同じ文字が記されているのです。
 その前の2行分の行末に、「盤」と「尓」が隙間に挟み込まれるように小さく書写されていることからもわかるように、この写本は親本の書写状態を忠実に書き写しています。勝手に改行して書写したりはしていないようです。
 そのことと併せて考えると、この行間に記された「よし堂ゝ」という文字も、親本に記されていたのかもしれません。ただし、この行間に記された文字の「堂」は、本行の本文に書かれている「堂」とはその字形が異なることをどう説明したらいいのか、今私は解決策を持っていません。
 
(3)和歌の直前で削除された「僧都」
(26丁オモテ)

161123_26omote


 これは、丁末に「僧都」と書かれていたところで、その「僧都」が削られているものです。この次の丁の最初は、僧都の「優曇華の」という和歌で始まります。削られた「僧都」は、次の歌を詠んだ人を明示しているのです。
 この箇所の諸本を確認すると、次のようになっています(諸本の略号は今は省略します)。


僧都/〈削〉[橋]・・・・052034
 そうつ[尾国高]
 僧都[中陽天]
 ナシ[大麦阿池御肖日穂保伏]

 つまり、橋本本をはじめとして[尾国高中陽天]のグループ(私が〈甲類〉とするもの)は、この和歌の直前に「僧都」という文字を伝えています。現在一般に読まれている大島本(〈乙類〉)を始めとする流布本には、この「僧都」がないことがわかります。
 「若紫」の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2つにわかれる、ということは煩雑になるので今はおきます。
 橋本本「若紫」は、現在の流布本となっている大島本のような本文で校合され、本文が異なる箇所には削除などの手が入っていることが、この例からも言えます。

 参考までに、その直前にある和歌についての確認もしておきます。

(25丁オモテ)

161123_25omote


 この箇所の諸本の本文を調べると、次のようになっています。


僧都/〈改頁〉[橋]・・・・051904
 僧都[中陽穂天]
 そうつ[尾御国高]
 そうつ/〈朱合点〉、=イ[肖]
 ナシ[大麦阿池保伏]
 ナシ/+僧都イ無本[日]

 橋本本をはじめとする[尾国高中陽天]の〈甲類〉の諸本は、和歌を詠んだ者が「僧都」であることを明示しています。しかし、それ以外の現行流布本である〈乙類〉としての大島本などは、この「僧都」を文字を持っていないのです。
 このことから、橋本本の「僧都」を削除しているかと思うと、ここでは削除していないことが明らかになったのです。前例との違いは、丁末にあるか丁始めにあるか、という違いです。
 この違いについて、私は今はまだ説明できません。校合の手が不十分のままに今に伝わっている、と考えられること以外に。

 ここでは、具体的な問題箇所を提示しただけに留まっています。
 こうした点について、ご教示をいただけると幸いです。
 
 
 

2016年11月22日 (火)

忘れていた「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」のこと

 いつしか読めなくなっていた、国文学研究資料館のサイトから公開していた私のホームページ旧〈源氏物語電子資料館〉を、本年4月に再構築してもらい、再スタートしました。
 そのことは、「読めなくなっていたホームページを再建」(2016年04月26日)という記事にまとめ、復活させたことを報告しました。

 しかし、そのことをすっかり忘れてしまい、ブログのサイドバーなどからもリンクが途切れたままになっていました。

 問い合わせを受けても、再建していたにも関わらず、「科研の報告書」や「源氏絵」の公開情報は壊れたままです、と答えていました。

 今日、この「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」が復活していることを指摘され、慌てて確認しました。
 私の科研で補佐員として支援していただいている加々良さんの尽力で、『源氏物語』の貴重なデータが多いこのホームページを、現在のメインサイトとしている「さくらネット」の中に生き返らせていただいていたのです。
 それを忘れていたとは、まったくお恥ずかしい限りです。ずっと、何とか蘇らせなくては、と思っていたのですから。

 本日、本ブログの右側にあるサイドバーの後半にある「↓関連ホームページ↓」に、この「★国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」を追記しました。ご確認ください。
 スマホ用の表示画面の末尾は、まだ未調整のままです。

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページと名前が紛らわしいので、「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」は今後は整理する方向で考えています。

 なお、もう一つの私のメイン・ホームページだった「大和まほろば発〈へぐり通信〉」は、まだ壊れたままで放置しています。これも、年内に再建したいと思っています。

 いずれも、1995年9月からスタートした、いろいろな意味での記念碑的なホームページだという、身に余る評価をいただいているものです。

 バタバタするばかりの日々の中で、すっぽりと抜け落ちた部分が自分の中にあったことを、あらためて知ることとなりました。

 前ばかり見て進んでいる私の生活の中で、こうした過去のものも大切に維持管理して、守り続けることにも心がけるように、との思いを、この件を契機に強くしているところです。
 
 
 

2016年11月21日 (月)

清張全集復読(8)「火の記憶」「贋札つくり」

■「火の記憶」
 清張が得意な、戸籍に関する話です。しかも、清張自身が抱える、実の父の存在が背景にあると思われるものです。

 頼子が結婚する相手である泰雄の戸籍から、兄貞一はその父が失踪宣告されていて除籍となっていることに疑問を持ちます。
 泰雄の父が失踪したのは4歳の時でした。母は、泰雄が11歳の時に亡くなりました。その母の横には、ある男がいたことが思い出されます。それが、河田忠一です。警察官を辞めて、行商をしていました。九州の筑豊炭田でのことです。
 本作品を読んで、最後の第六節の推理はピンボケだと思います。女の心理が読み解けていないとしか言いようがありません。物語を閉じるために、無理なこじつけとなっています。推理作家清張の片鱗だけが感じられました。

 後年、清張は火に拘った作品を書きます。本作では、ボタ山の火です。これは、幼い日に山陰の山中で清張の父が見たと思われる、たたらの火の記憶が蘇っているのではないでしょうか。本作品を読んで、そう確信しました。また、飛鳥の石像遺物とゾロアスター教に興味を持つのも、この延長上のことかもしれません。

 そのよくわからない、不遇の中に生きた父に対する清張の思いは、終生頭から離れなかったと、私は思っています。これは、私のまったくの思いつきです。何も文献は調べていません。研究の足跡も確認していません。
 この一連のメモは、勝手気ままに書いている、読書雑記であることをご了解ください。【4】
 
 
原題:「記憶」
初出誌:『三田文学』(昭和27年3月)
   改題改稿したものを『小説公園』(昭和28年10月)に掲載。
 
 
■「贋札つくり」
 明治2年、福岡藩での話です。
 財政困窮の中、窮余の一策が贋札作りでした。絵師・印刷屋・大工などの職人20人が城内の家老屋敷に集められました。しかし、職人の中で病気になった者が家に帰されたことから、その秘密を妻に語ったために露見します。
 人間の思考回路がよくわかります。そして、その結果にどう対処するかも、興味が尽きないところです。【3】
 
 
初出誌:『別冊文藝春秋』(昭和28年12月)
 
 
参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)
 
 
 

2016年11月20日 (日)

単行本の書名だけを変えた文庫本のこと

 最近は、単行本で出版するのではなくて、最初から文庫本で「書き下ろし」として刊行される本があります。高田郁の作品などです。これを、「いきなり文庫」と言うのだそうです。

 藤田宜永の『悪徒』(2016年10月、角川書店)という書名の文庫本を、新聞の新刊広告で見かけました。藤田宜永の作品はほとんど読んでいるのに、知らない書名です。最新作を文庫で刊行したのかな、と思い、近くの書店に行きました。


161119_fujita



 品揃えのいい書店なのに、売れたばかりのようで、今は店にはないとのことです。
 「取り寄せますか?」と聞かれました。しかし、本は自分の目と手で探し、見つけた本を手にとってレジに持って行く、あの感触が好きなので、別の書店で探すことにしました。

 仕事帰りに、大きな書店で『悪徒』見つけました。本を持ってレジに並びながら、巻末の書誌情報をたまたま確認して失望しました。この本は、『ライフ・アンド・デス』という単行本を改題して、文庫化したものだったのです。

 元の『ライフ・アンド・デス』という本のことは、本ブログ「藤田宜永通読(18)『ライフ・アンド・デス』」(2014年02月06日)で取り上げました。まったく同じ内容の本を買うところだったのです。

 前掲の新聞の新刊案内に、旧題はどこにも書いてありません。
 角川書店のウエブ情報にも、3種類のサイト共に旧題は書かれていません。もちろん、アマゾンにも改題による作品であることは明記されていません(Kindle版にはありました)。

 この改題本において旧題を隠すことは、出版業界では一般的なことなのでしょうか。私は、出版社が意図的に隠しているのではないか、と思うようになりました。

 もしそうであるならば、読者に対する背信行為です。文庫本を買う時に、疑心暗鬼になり、警戒する人が増えることでしょう。特にネットで本を買う時には、こうした書誌情報はいいかげんなので、改題本であるかどうかの確認がほとんどできません。

 もっとも、文庫化されていい点もあります。巻末に解説文が付くことでしょうか。
 電車の中で読むのに重宝します。

 以前、藤田宜永の作品で、改題された文庫を買ったことがあります。こうした、同じ内容の本を書名を変えて売る際には、元の本の題名などの書誌情報を、巻頭や巻末だけでなく、表紙や背文字あるいは裏表紙などの見やすい所にも、その旨を明記してほしいものです。たまに見かけます。しかし、今回はありませんでした。

 単行本を、改題して中身は同じ、という傾向のある作家には気をつけなければいけません。
 藤田宜永の本で、改題して再度文庫として刊行されたものを、「ウィキペディア」で調べてみたところ、以下のとおりいくつもありました。
 書店で見かけ、何度も旧題を確認して、買うのをやめたことを思い出します。
 こうした紛らわしい行為はやめてほしいと思います。
 作家に対する印象も悪くなります。
 


■モダン東京物語(1988年1月 集英社文庫 / 1996年8月 朝日新聞社)
 【改題】美しき屍(2001年12月 小学館文庫)

■モダン東京小夜曲(1988年6月 集英社文庫 / 1996年9月 朝日新聞社)
 【改題】哀しき偶然(2002年1月 小学館文庫)

■探偵・竹花とボディ・ピアスの少女(1992年12月 双葉社)
 【改題】探偵・竹花 ボディ・ピアスの少女(1996年4月 光文社文庫)
 【新装版】探偵・竹花 ボディ・ピアスの少女(2016年4月 光文社文庫)

■怨霊症候群(1988年9月 C★NOVELS)
 【改題】呪いの鈴殺人事件(2001年8月 光文社文庫)

■明日なんて知らない ノーノーボーイ'69(1991年10月 双葉社)
 【改題】遠い殺人者(1996年11月 光文社文庫)

■キッドナップ(2003年8月 講談社)
 【改題】子宮の記憶 ここにあなたがいる(2006年12月 講談社文庫)

■探偵は黒服(2005年10月 角川書店
 【改題】さかしま(2008年10月 角川文庫)

■幸福を売る男(2005年4月 角川書店)
 【改題】セカンドライフ(2008年3月 角川文庫)

■還暦探偵(2010年10月 講談社)
 【改題】通夜の情事(2013年11月 新潮文庫)

■最新「珠玉推理(ベスト・オブ・ベスト)」大全〈上〉(1998年8月 光文社カッパ・ノベルス)「一億円の幸福」
 【改題】幻惑のラビリンス(2001年5月 光文社文庫)
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《参考》恋しい女(2004年8月 新潮社 / 2007年5月 新潮文庫 上下巻、『週刊新潮』連載の「セカンド ヴァージン」を改題)


 
 
 

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2016年11月19日 (土)

帰路の機内で観た映画「縁」と「奇跡がくれた数式」

 インディラガンディ空港から成田に向かったのは、先週13日の日曜日でした。

 忘れてしまう前に書いておくことは、まだまだあります。今回は、いつも以上に得難い体験がたくさんあったのです。しかし、もうきりがないので、この辺にしておきます。

 日本の日常に浸ると、旅先での非日常的な出来事がしだいに記憶から薄れていきます。歳と共に、思い出せなくなってきています。今回のことも、いつか突然に思い出すこともあるでしょう。今は、忘れ去ることをもったいないと思いつつも、時の流れに任すことにします。

 帰りの飛行機の中で、2本の映画を観ました。往きの3本は、どうしたことかハズレばかりでした。観ようと思って観た映画だったので、期待外れとなったのかもしれません。

 帰りは、観てもいいかな程度の映画だったので、期待する気持ちがなかった分、良さが伝わってきたのかもしれません。

■「縁」
 私が生まれた出雲が舞台です。
 小学校の4年生までいました。
 子供の頃に慣れ親しんでいた出雲弁が、懐かしくもあり、少しくすぐったい感じでした。
 出雲の人々の優しさが、画面と言葉から伝わって来ます。
 気遣いの男と、揺れ動く女が、やがて結婚に至る物語です。真紀という主人公は、もの静かながらも存在感がある女性として描かれています。
 紫陽花の花言葉がキーワードのようです。「おかげさま」という言葉と共に、山陰の気候風土が見事に背景を支えている、大人の味の物語です。【5】
 
 
■「奇跡がくれた数式」
 インドのラマヌジャンは、天才数学者でした。ケンブリッジ大学で、数式の証明や権威主義と闘います。
 学問と家族、研究者と妻の絆が見事に描かれています。
 お互いが信じ合うことの素晴らしさが、観る者の心にじんわりと伝わって来ました。
 ゆったりとした時間の流れの中で、人間の情感が丁寧に映し出されています。【5】
 
 
 

2016年11月18日 (金)

ジュース屋のおやじさんとの奇妙な国際交流

 無事に「第8回 インド国際日本文学研究集会」も終わり、関係者だけでお疲れさん会をしました。

 その店の前に、フィットネスクラブの明かりが煌々と輝いているのを見つけました。
 まさに、インドの1面を見ることができました。


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 宿に帰ってから、いつものジュース屋さんに行きました。
 時間が10時を過ぎており、すでに店じまいをしているところでした。
 この町に来た8日にも立ち寄りました。しかし、いつものおやじさんがいなかったので、ジュースはいただきませんでした。私は、おやじさんがいる時だけしか行きません。

 見つけたおやじさんに挨拶をすると、元気に迎えてくれました。しかし、すでにジューサーは解体した後でした。それにも関わらず、おやじさんはスパナをとり出し、ジューサーをまた組み立て始めたのです。お店の人も、何事が起こったのかと見守っておられました。


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 お掃除が終わったのなら、また明日来ますと言うと、というよりも村上さんにそう通訳してもらうと、それでも無言でスパナを使ってジュースを作る準備をしておられます。

 私だけのジュースが搾られることとなりました。感激です。お店の従業員の方は、何が何だかわからない顔をしておられます。テーブルの上には、またすぐに解体できるようにスパナが置かれたままです。


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 お金を払おうとすると、私に会いに来たお前から貰うわけにはいかない、と言っておられるとのことです。押し問答の末にそれでも代金を渡すと、多すぎるとのことで、少し返してもらいました。死ぬ時に余分なお金は要らないので、実費でいいとのことのようです。


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 それでは、今度何か日本からお土産を持って来るので、何がほしいかと聞いてもらうと、何もいらないとのことです。こうして顔を見せてくれるだけで、それがいいお土産だと言っておられると、通訳係となった村上さんが伝えてくれます。

 しばらく、インド人との禅問答のような哲学的な会話が飛び交いました。

 さらに、私がお寺に泊まっていることを知っておられるおやじさんは、お寺の和尚さんに果物とジュースを持って行けとのことです。(このリンゴとミカンは、翌朝のお寺での食卓に並びました。)

 他人が見たら、インド人と日本人が何を言い合っているのか、興味深い光景だったことでしょう。

 このおやじさんとは、2002年に私がデリー大学に客員として来た時、お寺で同じ釜の飯を食っていた中島岳志君に連れて来られた時以来の、説明しずらい変な仲なのです。
 このおやじさんとの不思議な関係が、こうして今でも続いているのです。
 
 
 

2016年11月17日 (木)

クマール君から届いた紙幣無効に関するエッセイ

 今回インドへ行き、到着から帰る直前まで、教え子であるクマール君のお世話になりました。
 よく気遣いができる青年で、毎日のように心配をして連絡をくれました。

 そのクマール君から私に向けて、今回の突然の紙幣無効に関する、インド人としての解説をしてくれました。ニュースや風聞を読み別け、整理をして語ってくれています。
 私がわかるように、わかりやすく語ってほしいとお願いしたからでもあります。

 私だけが読んで終わりにしてはもったいないので、このブログを通して紹介します。
 日本語の表現がこなれていないのは、しばらく日本を離れていて、日常的に日本語を使う機会が少ないためです。その点は、判読のほどをお願いします。

 また、クマール君は経済の専門家ではないし、インドの若者を代表して語ったものでもありません。この説明がどれだけ的を射ているのかはともかく、何がどうなっているのかわからない私に、とにかく伝えようとの思いから述べたものであることを、まずは前置きとして記しておきます。



「ブラックマネー(やみ金)撲滅から始まるインドの明治維新レベルの大事件」


 
 2016年11月8日の午後6時半に、日本からお出での先生をお迎えに、インディラガンディ空港に行きました。先生は、源氏物語のシンポジウムのご用でデリーに来印されました。空港でタクシーを拾い、デリーの高級住宅街にあるWorld Buddist Centerに午後8時ごろに着きました。

 World Buddhist Centerはお寺ですが、宿泊のサービス(食事付き)も提供しています。宿泊先のWorld Buddist Center では、晩こ飯の指定時間は午後8時です。それで、着いてすぐ「ご飯ですよ」とお坊さんに声をかけられました。

 日本と同じく、足のひくい食卓にしゃがんで食事をし始めると、後ろにあったテレビからインド首相の声が聞こえました。振り向くと、話し方も、彼の立ち方も、長いスピーチに思えました。国立記念日や重要なお祭りの前日に、インド首相が国にスピーチするのは、しきたりです。それで、しわを寄せて「明日なんのお祭り? 国立記念日?」と思いました。しかし、ニュースを聴いて、びっくりしました。

 500ルピーと1000ルピーの紙幣は今夜零時で無効になり、ただの紙屑に変わるという二ユースでした。病院、火葬場、空港、バス停、メトロ、ガソリンスタンド、国の機関で、あと3日間は使えるという話もありました。それを聴いて、すごくショックでした。

 先生がインドにいらっしゃるので、1万ルピーをATMから出したばかりでした。ATMだと500ルピーや1000ルピーが多いです。1万ルピーをドブに捨てた気がしました。しかし、しばらく聴くと、「今月30日までに最寄の銀行で古紙幣から新紙幣に両替できる、そして、その以降も両替できるが、インド準備銀行であるRESERV BANK OF INDIA だけで両替できる」というニュースでした。
 この移行期間で社会混乱が起こらないように、インドの軍や空軍はアンテナを張って社会を見張っている、守っているという話もありました。

 ご飯が終わって、早速ATMに行こうと先生が決めました。それで、近くにあったSapna映画館の商店街みたいな場所に行きました。行ってみると、ATMの場所で長い行列を見かけました。零時まで間にあわないほど長い行列でした。
 零時までは使えると思って、お店で500ルピーを出してみました。しかし、「紙屑だよ」という目線だけで、誰も受け入れてくれません。

 猶予期間である3日間が経って、それで社会にどんな影響があるかと考えると、ひっくり返るほど驚きました。この出来事を理解するには、まず、「現金イコール力」ということを考える必要があります。
 専門家によると、銀行に戻って来ないお金、つまりどこかで税金を払わないで眠っているお金は、銀行に顔を出すお金の6倍くらいあるということです。もし、現金イコール力だと、インド政府と同じ力を持っている人たちと、それにインド政府が知らない人たちがいるということです。

 専門的には、その事象を平行経済といいます。現金の平行経済は成り立つと格差社会が広がり、税金は払わない人が多くなります。インドで商売や小さなビジネスする人は、税金を払わないのです。それで、登録済みの会社で働く人が、多めに税金を払っているのです。年収は112万ルピー(190万円相当:2016年11月相場)であれば、年収の4割も税金として取られるのです。それで、大きなビジネスマンや映画業界の人など、年収のほぼ半分は税金として払っています。インドでは、たった2~3パーセントの人が年収からなる税金を払います。そのために、紙幣廃止となり、みんなお金を銀行に戻すのです。

 年間の取引でどれくらいの税金になるか、政府から通知が来ます。多くの人が税金を払うようになります。その他、膨大な額の現金を持っている政治家などが、その膨大な金額を銀行に持って行けなくなったから、彼らは困っています。膨大な現金を持っているビジネスマンも困りました。

 一番重要なことは、現金はあらゆる社会問題に使われるということです。例えば、現金を配って選挙に勝ったりします。その現金はもう無効になりました。そろそろ3つの州で選挙があります。しかし、政治家が貯めていた膨大な現金は紙屑になったので、もう配れません。政治は、少し綺麗になったといえます。

 そして、インドでテロに使われるのも現金です。パキスタンやドバイにあるテロリストは、インドでSattaというギャンブルを行っています。それはすべて、現金でやっています。インド経済の5分の1ほども、インドの現金はテロリスト、ときにダウドというテロリストは持っています。その現金がすべて紙屑になりました。
 ニュースで「インドにいながら、ダウドを殺した」という話がありました。テロに使う兵器や人間は現金で買うから、その力はなくなったといえます。

 現金なしで生活をするのは難しいのですが、長い目で見ると私の将来のためになると考えると、その苦労は苦労には思えないのです。1日で銀行から4千ルピー以上はおろせない状況です。
 今日、11月13日、首相はまたスピーチをし、
「インド独立以来70年間、政治家やビジネスマンは、いろんなスキャム(公的な機関にいて、膨大なお金をねこばばすること)や横領をしてきました。膨大な現金を持っています。この病は70年間の古いものなので、すぐには治せません。現金がないので、生活に苦労しているのは承知しています。私に50日間ください。50日間だけ我慢してください。」
という話をしました。

 現金廃止以来、あらゆるインドの銀行は、20万かける1000万(2Billionルピー)インドルピーの現金を預かりました。歴史上初めての銀行残高となりました。


 
 
 

2016年11月16日 (水)

多言語翻訳について白熱した議論が展開した研究集会の2日目

 研究集会2日目の朝、宿舎の前に拡がるマーケットのATMには、こんな掲示がなされていました。


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 インドの高額紙幣はもとより、インドルピーという現金は、当分手に入りそうにありません。
 今日も、お金の心配をしながらの1日となりそうです。

 国際交流基金へ行くために宿にしているお寺の前に出たところ、右隣の銀行は長蛇の列でした。今日は、銀行が開いているようです。しかし、いつ順番が回ってくるのかわからない、気の遠くなるような行列となっているのです。


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 お寺の左側にも銀行があり、そこの様子はさらに大混乱です。しかし、不思議と暴動にはならず、みなさんルールを守って順番を待っておられます。理知的なインドの人々の姿を見た思いです。


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 さて、昨日の初日に続き、「第8回 インド国際日本文学研究集会」の2日目も大きな成果が得られました。

 昨日も記したように、今回の研究集会の内容は、来年2月に発行を予定している電子版『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として公開します。そのため、発表と討議された内容についての詳細は省略し、ここでは記録としての列記とメモに留めます。

 今日も、司会進行役は入口敦志先生です。
 昨日に続き、今日も写真撮影は高田智和先生です。


(1)挨拶 伊藤鉄也
(2)基調講演 伊藤鉄也
  「〈海外源氏情報〉を科研の成果から見る」
(3)講演 須藤圭(立命館大学)
  「『源氏物語』の英訳について」
 
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(4)問題提起
  リーマ・シン(Ph.D candidate, University of Delhi)
  「パンジャービー語訳の問題点」
  (インド・アーリア諸語の中央語群)

  タリク・シェーク(English and Foreign Languages University)
  「ベンガル語訳の問題点」
  (インド・アーリア諸語の東部語群)

  ナビン・パンダ(Delhi University)
  「オディア語訳の問題点」
  (インド・アーリア諸語の東部語群)

 昼食の後は、須藤圭先生の提案による楽しいイベントタイムとなりました。

■「青海波」の鑑賞■
 ・「青海波」の紹介(須藤先生の解説)
 ・『十帖源氏』の挿し絵を提示(入口先生が準備)
 ・雅楽「青海波」の映像
 ・源氏物語の映画に出てくる青海波を舞う場面

 インドのニューデリーに流れる楽の音は、なかなか優雅なものでした。

 以降、前日同様に、麻田先生が取りまとめと進行役で、各言語の問題点に関する発表へのコメントを踏まえて、全体でのディスカッションへと移りました。


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【シンポジウム】
テーマ:(2)
 『十帖源氏』を多言語翻訳するための方法と課題
   司会・進行 伊藤鉄也
   コメンテータ アニタ・カンナー
          麻田豊
 
 このシンポジウムは、白熱したこともあり3時間たっぷりと行なわれました。
 興味深い内容で、時を忘れて討議討論を交わすことができたので、みなさん充実感を持っての散会となりました。
 来秋には、ハイデラバードにある外国語大学で研究集会ができないかと、その実現に向けての検討に入りました。

 私がメモをしたことを二三拾い出しておきます。

・インドの各種言語をどう呼ぶかということについて、統一的な表記の方針が決まりました。
 「ウルドゥー語」「オディア語」「パンジャービー語」「ヒンディー語」「ベンガル語」「マラーティー語」「マラヤーラム語」

・インドのみなさまの氏名をどう表記するかということに関して、基本的には「名+姓」とする方針が決まりました。日本人は「姓+名」の順に表記します。

・1つの国の中で複数の言語に翻訳された『源氏物語』を見比べることの楽しさとおもしろさは、ネイティブスピーカーと一緒の話し合いの場ならではの臨場感と迫力がありました。とにかく、さまざまな意見がでるのです。自分の言語について語るのですから、熱を帯びるのは当然のことです。

・ベンガル語で『源氏物語』という書名は、「上半身に着る下着の物語」と訳すことになるそうです。これはみんなに笑われた、という話は示唆に富む逸話です。これは、『十帖源氏』をどう訳すか、ということに直結します。『源氏物語』にこだわらず、『紫の物語』『紫のゆかり』『紫文』も含めて、各言語で工夫することになりました。

・脚注をどうするかということが問題になり、私はこれはなくしたいとの思いを強く持ちました。

 これ以外にも、多くの刺激的な意見や、翻訳とは何かということを考える上での有意義な提案をいただきました。
 これらの質疑応答のすべては、来年2月の『海外平安文学研究ジャーナル』の特別号をお読みください、ということでまとめておきます。

 以下に、今回の研究集会で確認したことを整理した「須藤メモ」を転記します。
 今後の討議に向けての確認事項として、貴重な記録となっています。


(1)全体で情報を共有するため、翻訳担当者、関係者が参加するメーリングリストを作ることになりました。

(2)今回のインド国際集会の報告書には、報告原稿とは別に、取り扱う全ての言語の音声を収録することになりました。
 ・収録する音声データは、原則、「桐壺」巻の冒頭、現代語訳「いつの時代のことでしょうか、女御や更衣などといったお后が大勢いらした中に、特に高貴な身分ではなく、帝にとても愛されていらっしゃる女性がいました。」に該当する部分とする。
 ・ただし、その後の文章も一文にして訳している場合、区切りのよいところまで音声データにする。
 ・各言語の音声データは、発表担当者に依頼する。
 ・古文本文、現代日本語訳本文は、須藤が担当する。

(3)今後のインド国際集会では、以下の約束事を設けることになりました。
 ・発表や報告書の原稿でインドの言語を引用する際は、どの言語であっても、必ずローマ字表記を併記する。

(4)翻訳データに関して、ウルドゥー語に限り、(1)ウルドゥー語表記版、(2)ヒンディー語表記版の、2つのバージョンを準備してもらうことになりました。
 これに伴って、翻訳データの多言語比較資料も、この2つのバージョンをともに公開することになりました。
 なお、報告書の原稿には、2つのバージョンを併記してもよいし、しなくてもよいことになりました。

(5)インド6言語の翻訳データについて、以下の点を確認、依頼することになりました。
 ・期日は厳守。
 ・セクション(小見出し)ごとに分割した現代語訳に従って、翻訳したものを区切ってもらう。
 ・和歌の翻訳は可能な限り行なってもらう。ただし、期日に間に合わなくなる場合は、行わなくてもよい。

(6)今回の発表原稿を整理したものと、担当言語の翻訳原稿は、今月11月末までに提出することになりました。それを元にして作成した版下を、12月中旬から本格的な編集に入り、年末年始に校正を回します。

(7)インド関係者が日本以外で公開した日本文学に関する研究論文のリストを、今回あらためて作成することになりました。これは、すでに伊藤が100件弱の情報を整理したものがあり、それを増補することで実現するものです。これまでに整理したものは、国文学研究資料館が公開しているデータベースの中で、「日本文学国際共同研究データアーカイブ」の中のリスト最下段にある、「日本学研究DB〔インド〕Bibliography India-Japan Literature」の項目からリストデータが入手できます。
 今後は、国際交流基金の主導の元、インドの日本文学研究者の協力を得ながら展開させる予定です。


 
 
 

2016年11月15日 (火)

インド言語の討議が盛り上がった研究集会の初日

 第8回目となった今回の研究集会は、「『源氏物語』をインド7言語に翻訳するためのシンポジウム」と題して開催しました。副題には、「ダイジェスト版『十帖源氏』を世界33言語で翻訳するプロジェクト」というテーマを掲げています。

 インドで印刷製本した討議資料集も、立派な冊子として完成しました。ご配慮いただいた国際交流基金ニューデリー事務所の宮本薫所長と野口晃佑氏に、あらためてお礼申し上げます。


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 上の写真の右側にある、白い表紙に国際交流基金の建物を配したものが今回のレジメです。左側の黄色い表紙は、第7回までの記録を収録した『インド国際日本文学研究集会の記録』です。

 なお、この完成版は66頁あります。ただし、渡航前に試作版として作成した50頁のレジメは、本ブログの「来週インドで開催する日本文学研究集会のレジメ(試作版)を公開」(2016年11月04日)で事前にネット上に配布して、参加できないみなさまに対して情報提供を求めて公開しました。しばらくは、それをご覧になりながら以下の記事をお読みいただけると、研究集会の展開がわかりやすいかと思います。

 会場である国際交流基金・日本文化センターには早めに入り、プロジェクターのチェックや資料のセッティングをしました。


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 今回の研究集会を開催するにあたり、私から発表と討論に参加なさるみなさまには、以下の確認事項を要望としてお伝えしました。


1)今回の集会での使用言語は日本語です。
2)画像をスクリーンに映写しての発表ができます。
3)講演と発表者の1人の持ち時間は【25分】です。
4)各言語担当者からいただいた問題点をリストアップした資料は、討議用の資料として伊藤の下で編集に着手しています。
5)講演及び発表者は、各自のプレゼンスタイルで行なってください。その際に必要となるレジメ等は、11月6日(日)の夜までに伊藤と淺川宛に印刷データを添付ファイルとして送っていただければ、8日(火)にデリーに到着してから現地で印刷します。
6)今回の研究集会の内容は『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として公刊します。これまでの第1号から第5号は、以下のサイトから確認及びダウンロードできます。
http://genjiito.org/journals/
7)伊藤の科研は2017年3月で終了します。
 そのため、以下のスケジュールでジャーナルの編集を進めます。
 *電子版のため、原稿の分量や図版・画像の数量に制限はありません。
 *資料として、動画像や音声ファイルも問題はありません。
  各言語における具体例などを提示する箇所での挿入を、お勧めします。
 *表組みは各執筆者でお願いし、完全版のワード文書で提出をお願いします。
  人手と経費がないので、もろもろのご協力をお願いします。
 電子版のため、印刷と製本の工程がないので、報告書の刊行は迅速です。
 ・2016年11月末 講演と担当言語に関する原稿〆切り
 ・2016年12月中 討議・討論の録音から文字起こし—業者納品
 ・2016年12月中〜2017年1月中 ジャーナルの版下編集
 ・2017年1月中〜末 執筆者に初校を回覧後、国文研への戻り〆切り
 ・2017年2月中 執筆者からの再校の国文研への戻り〆切り
 ・2017年2月末 HP「海外源氏情報」(http://genjiito.org)に公開

 10時から開会式と講演が始まりました。
 司会進行役は、入口敦志先生です。

 予定通りのプログラムで進行しました。これは、テーマが魅力的であったこともあり、とにかく限られた時間を有効に使おうという、参加者全員の思いがあったからだと思っています。特にインドでの研究集会としては、これまでにないほどに順調にプログラムが進行しました。

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 なお、今回の研究集会は、上記の通り来年2月に電子版の『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として公開します。そのため、ここでは内容についての詳細は省略し、記録としての列記とメモに留めます。


(1)挨拶 宮本 薫(国際交流基金ニューデリー事務所長)


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※宮本さんには、私がエジプトのカイロにある2つの大学院の図書選定に行った時に、大変お世話になりました。今回、インドでもこの研究集会を支えてくださいました。そのご縁に感激すると共に感謝しています。

 ・自己紹介(アニタ・カンナー、麻田豊)

(2)趣旨説明 伊藤鉄也(国文学研究資料館)

(3)基調講演 高田智和(国立国語研究所)
 「変体仮名の国際標準化について」

(4)講演 伊藤鉄也(国文学研究資料館)
 「インド8言語訳『源氏物語』の書誌」
 ※実際には高田先生の講演の意義について時間を費やしました。

 休憩を挟んで、お昼からは……


(5)講演 入口敦志(国文学研究資料館)
 「江戸時代のダイジェスト版『十帖源氏』について」

(6)問題提起
 アルン・シャーム(English and Foreign Languages University)
 「マラヤーラム語訳の問題点」
 (ドラヴィダ語族)

 菊池智子(翻訳家)
 「ヒンディー語訳の問題点」
 (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)

 村上明香(University of Allahabad)
 「ウルドゥー語訳の問題点」
 (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)

◇昼食◇

【パネルディスカッション】
テーマ:(1)
 『十帖源氏』を多言語翻訳するための問題点

 コメンテータ
 麻田豊(元東京外国語大学)
 アニタ・カンナー(ネルー大学)

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《各言語の朗読(各2回ずつ読む)》
 ※この企画は、麻田豊先生の発案を須藤圭先生が実現することにより可能となったものです。

1 平安時代の読み方を復元した朗読(音声再生)
 ・源氏物語「若紫」巻から
 ・朗読本文をパワーポイントで提示
 ・違いのあるところを赤字で映写

2 現代の読み方による古文朗読(音声再生)
 ・「桐壺」巻冒頭部分

3 現代日本語訳の朗読(須藤)

4 英語(音声再生)

5 マラヤーラム語(1日目の対象言語)

6 ヒンディー語(1日目の対象言語)

7 ウルドゥー語(1日目の対象言語)

8 パンジャービー語(2日目の対象言語)

9 ベンガル語(2日目の対象言語)

10 オディア語(2日目の対象言語)

※この朗読に関しては、来年2月に発行する電子版『海外平安文学研究ジャーナル』の特別号に、付録として音声データを収録することになっています。
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 この後、麻田先生に取りまとめと進行役をしていただき、コメントやディスカッションが展開しました。予定した2時間45分が、あっという間に過ぎるほどに、さまざまな意見が飛び交いました。この問題でここまで盛り上がるとは、企画をした私が一番驚いています。
 ぜひ、電子版の特別号のテープ起こしを通して、この時の臨場感と迫力をたっぷりと味わってください。翻訳するということは何なのか、という討議も含めて中身も濃いのです。

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 初日の大盛会を祝して、関係者一同で記念撮影をしました。
 みなさん、準備の段階からいろいろとご協力いただき、ありがとうございました。
 とにかく、初日は大盛り上がりのうちに終了しました。


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2016年11月14日 (月)

国際交流基金で2回目の打ち合わせ

 第2回目の打ち合わせを、国際交流基金の事務所で朝から行ないました。


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 参加者は、日本からの5人と、インド在住の日本人2人、そして国際交流基金のお2人です。

 具体的にプログラムを詰めていく過程で、様々な案が出ました。当初の予定になかったことも話し合いの中で決まり、内容がますます多彩になるのは楽しいことです。いかにして参加者のみなさまと楽しい時間を共有するか、ということに心を砕く一時となりました。

 この、「第8回 インド国際日本文学研究集会」に関する第2回目の打ち合わせの成果は、進行する側の者としてもわくわくするものとなりました。
 明日の集会で展開する内容を、今から楽しみにしていただきたいと思います。


※この記事は、研究集会の前日、11月10日(木)のことを記したものです。
 インドの紙幣であるルピーが、デリーに到着した8日(火)の夜に無効になるという驚愕の事態に巻き込まれています。そのため、困惑しかないという状況に置かれていることもあり、本ブログの記事が大幅に遅れていることをご了承ください。
 現在、大量の無効となった紙幣が、街中に廃棄されているというニュースも入りました。
 これにより、大量に紙幣を溜め込んでいた政治家や資産家やテロリスト等は、茫然自失との風聞もあります。今この宿におられる1人の旅行者は、10万ルピーものお金が一夜にして紙くずとなったことで、ご一緒に食事をしていても元気がありません。
 今回の大鉈は、ブラックマネーを秘匿していた政財界関係者に対しては、息の根を止めるに等しいものだったので、絶大な効果があるとのことです。しかし、旅人は路頭に迷うしかないので、「不運」の一言で片づけられない深刻な問題です。
 インドに着陸して以来、1度も両替やキャッシングをすることもなく、明日はインディラガンディ空港を離陸して帰国の途につきます。いかにして現金を手にするか、ということだけに全精神を使った6日間となります。

 
 
 

2016年11月13日 (日)

地下鉄の転落防止柵は工事中

 地下鉄に乗りました。インドが成長し続けている姿が、行くたびに感じられる場所です。
 防犯カメラ、乗り換え駅での足元の誘導サイン、転落防止柵などなど、少しずつ進んでいます。

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 上の転落防止柵は、人の高さほどあります。これだけ高くしている理由が、今は思いつきません。
 駅の構内での点字ブロックは、一つも見かけませんでした。街中の点字ブロックは、本年2月の記事「インド・デリーの点字ブロックなどには要注意」(2016年02月25日)をご覧ください。

 銀行に列をなす人々は、至る所で見かけます。今日から銀行が開きました。とにかく、数時間にして紙くずと化した紙幣を手に、少しでも身を守るためです。しかし、旅人である私は、あの列に並ぶだけの時間的な余裕も、精神的な強さもありません。ただただ、お金を使わないことを心がけるしかありません。クレジットカードが使える店で食いつなぎます。それでも日々を過ごせるのがインドです。


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 街中から牛や象や駱駝や猿がいなくなり、国際化を急ぐ中で、インコ(?)を見かけました。


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 夕陽が、少しスモッグに包まれています。思ったほど、大気汚染の影響は感じません。
 社会情勢がどうであれ、風景はいつも通りに、刻々と変化する悠久の流れを感じさせてくれます。


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2016年11月12日 (土)

宿でうどんを食べた後、銀行の様子を見る

 昨夜の食事はうどんでした。
 この宿では、ときどきこうしたメニューがあります。


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 揚げ玉が入っていたので、どこで買ったのかを聞くと、近くのマーケットだとのことでした。その袋を見せていただきました。


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 今朝は、黒いひよこ豆をマサラ風に調理したものでした。
 とにかく、このデリーは食材が豊富です。

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 今回も宿泊している WBC(World BudhistCentre)の入口は、こんな感じの建物です。
 モダンな建物の3階と4階が個室になっています。


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 そしてなんと、右隣の建物が銀行なのです。

 インドに到着したその日の夜、インドルピーの高額紙幣が突然無効になりました。隣は銀行だし、まわりにATMが多い地域なので、お金は何とかなるだろうと思っていました。ところが、金融機関は閉められ、ATMは停止なので、現地通貨の入手経路が断たれているのです。

 この日の朝、周りを散策して様子を見ました。紙幣無効から2日経ち、銀行が業務を開始すると共に、人々が長蛇の列をなしています。しかも、相当の制限があるのです。そして、並んでいる人の大多数は、手持ちの無効となった現金を72時間という猶予期間に、自分の口座に預け入れるのだそうです。あと1日しかありません。猶予といっても、街中ではもう使えないので紙くずです。旅人は、どうしようもありません。


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 今回、新しいタイプのオートリキシャに乗りました。バッテリーでモーターを回して走ります。
 おじさん自慢のマシンです。静かで、乗り心地もいいのです。
 写真の奥に、これまでのオートリキシャが写っています。


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 排気ガスが出ないので、これまでの液化天然ガスよりもいいと思います。しかし、インドは台数が多いので、これだけでは環境はよくなりません。
 
 
 

2016年11月11日 (金)

国際交流基金で打ち合わせをした後の散策

 朝食後、WBC(World BudhistCentre)の食事をいただく広間で、書道教室が開かれていることを知りました。
 仕事の関係でインドに滞在しておられるTさんは、3年前からこの地域の方々に書道を教えておられるのです。


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 これからもずっと続けたいとの思いをお持ちです。しかし、来春には日本に帰らなければならないとのことでした。後継者がお出でのようなので、この教室は安泰のようです。
 こうした地道な活動は、とにかく根気強く続けることが大事だということで、意見が一致しました。

 お昼前から、地下鉄ムールチャンド駅のすぐ横にある国際交流基金ニューデリー事務所を訪問し、今回の「第8回 インド国際日本文学研究集会」に関して、第1回目の打ち合わせをしました。


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 宮本薫所長と野口晃佑さんからの全面的な協力をいただいていることもあり、順調に事前の打ち合わせを行なうことができました。

 その打ち合わせの最中に、今回配布するレジメの印刷を頼もうとしていた印刷屋さんが、たまたま来ておられることがわかりました。こちらから連絡をして、データを送ろうと思っていたところだったので、本当にいいタイミングで直接説明をして印刷をお願いすることができました。66頁の冊子となったレジメが明日には届くこととなり、その幸運な展開にありがたく感謝しています。

 打ち合わせの後は、下の階にある立命館大学のインドオフィスへご挨拶に行きました。


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 掲示板の右下には、国文学研究資料館で今月19日・20日に開催される「国際日本文学研究集会」の大きなポスターが貼られていました。ありがたいことです。


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 所長は外出中でした。また明日来ることにして、タクシーで北上して、スンダルナガルマーケットの「マサラ・ハウス」へ食事に行きました。


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 なかなかおしゃれなお店で、おしぼりにバラの花弁が添えられて出てきました。


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 ミッタルの紅茶もいただきに行きました。ここは、インドに来るといつも来るお店です。


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 そこからすぐ北の工芸美術館にも足を留めました。


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 ここで織り機を操作している方との話の中で、日本人に感謝しているとの気持ちを語ってくださいました。以前、パキスタンの近くにあるグジャラート州で地震があった時、日本のNGOの方々に助けてもらった、ということです。こうしたことを忘れることなく、日本人に会ったことから思い出されたようです。感謝されるということは、国際交流に留まらず人間関係において、非常に大事なことだと思いました。


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 帰りがけに、ライトアップされたインド門にも立ち寄りました。
 インドの家族のみなさんが大勢出かけて来ておられます。
 国内旅行に興味が向くようになったことは、インドが豊かになったということではないでしょうか。


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 今日も、インドルピーの現金を入手することができませんでした。銀行もATMも営業停止です。街でも、手持ちの1000ルピー札と500ルピー札は受け取ってもらえません。持参した紙幣で、とにかく心細く1日をつないでいます。お札を持っているのに使えないという経験は初めてです。もちろん、インド全土のみなさんがそうです。クレジットカードが使えるお店を探して食事をします。おのずと、高級店になります。いやはや、突然の紙幣廃止によって手持ちのお金が紙くずになるとは、旅人にはきつい一撃です。

 明日は現金の手持ちがない状態で、どう過ごすかを思案しています。
  
 
 

2016年11月10日 (木)

インドで紙幣が突然無効となり大混乱

 インドで2種類の高額紙幣が国の方針によって、突然無効なお金となりました。街中は大混乱です。そして、私のような旅人は途方に暮れています。

 現在、日本では、アメリカの大統領選挙のことでニュースは埋め尽くされていることでしょう。そのことをも計算してのことか、インドではこんな事態になっていることは、日本では少しの記事にしかなっていないようです。


「高額紙幣は無効」インド首相が突然発表 混乱広がる


(朝日新聞デジタル・2016年11月9日17時55分)

 インドのモディ首相は8日夜、テレビ演説し、高額紙幣の1千ルピー(約1600円)札と500ルピー(約800円)札を演説の約4時間後から無効にすると突然発表し、9日午前0時から全土で使えなくなった。偽造紙幣や不正蓄財などの根絶が目的。旧紙幣は10日以降、銀行に預金したり、新紙幣と交換したりできるとしているが、金額に制限があり、混乱が広がっている。

 新紙幣は2千ルピー札と500ルピー札の2種類。当面、旧紙幣の交換は4千ルピー(約6400円)まで、預金引き出しは1週間に2万ルピー(約3万2千円)までなどと上限が設けられている。発表の直後から、使用不能になる高額紙幣を現金自動出入機(ATM)で預金してしまおうと、銀行に人々が殺到した。政府系の病院や鉄道、ガソリンスタンドなどでは例外的に3日間に限り旧紙幣を使えるとしているが、ニューデリー市内のスタンドは高額紙幣の受け取りを拒否し始めた。

 モディ氏は、偽造紙幣がテロの資金源になり、インフレの原因になっているとして、「一時的に困難はあるが、国民は犠牲をいとわないはずだ」と忍耐を求めた。ただ、中央銀行の当局者は記者会見で「最初の15〜20日は混乱が予想される。とにかく新紙幣を刷り続ける」と、準備が整っていないことを暗に認めている。(ニューデリー=武石英史郎)

 昨夜(11月8日)、インドに着いてすぐに、宿泊先である WBC(World BudhistCentre)で晩ご飯を食べていた時のことでした。突然、インドでの高額紙幣である1000ルピーと500ルピーの2種類のお札を無効にする、という内容の首相からの国民向けの説明が、テレビを通して流れてきました。

 驚いたというよりも、最初はその「無効」の意味がよくわかりませんでした。
 現地の方の説明を聞いてしばらくしてから、手持ちのお金が紙くずになったことが理解できました。
 街中では大騒ぎになっているようです。宿にしているお寺の前にあるマーケットに行くと、多くの人がATMの前に並んでいます。しかし、その機械は動いていません。3時間後の午前0時に動くことを期待して、まずは手持ちのお金を預金し、また小額紙幣を手に入れようということなのです。


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 首相が国民に訴えたことは、現在流通している1000ルピーと500ルピーの高額紙幣を、すべて「無効」にし、新しい紙幣に切り替えることへの理解を求めるものでした。しかし、このことによる影響は、さまざまな所へと波及します。

 発表の4時間後の11月9日午前0時から72時間の猶予があるということです。しかし、この発表があった後は、すぐに街では1000ルピーと500ルピーのお札を、店側が受け取りを拒否するようになりました。私も水を買う時に、100ルピー札がほしさに差し出した1000ルピーも500ルピーも受け取ってもらえず、手持ちの数少ない100ルピー札で何とか買うことができました。100ルピー札がないと、何もできない状態になりました。

 酒屋の前では、多くの人がお札を高々と差し上げて買い求める人が群がっていました。ただし、そのほとんどの人が1000ルピーと500ルピー紙幣を拒否されるので、買えないままに引き上げていくしかないという状況を、まさに目にすることとなりました。


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 手持ちのお金が使えなくなったのです。とにかく、移動もままならない生活となりました。
 100ルピー以下のお金しか使えないのです。しかも、ATMは止められています。100ルピー札を手に入れようにも、なかなか手に入らないので、買い物もできないし、タクシーにも乗れません。
 勢い、クレジットカードの使えるお店しか行けなくなったのです。そして、そこは自然と料金が高めです。

 混乱の中の2日目は、この後で書きます。
 今朝のインドの新聞は、次のような紙面となっています。


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 先程、在日本大使館から公布された、次の文書が届きました。これが、正式な最新情報です。

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2016年11月 9日 (水)

インド行きのJAL機内でのメモ

・今回も、成田空港にたどり着くのに苦労しました。
 電車が遅れたために乗り継ぎがうまくいかず、スマートフォンを使って最短時間で行ける経路を探すのに疲れました。都内からでも、成田は遠い異国の地です。もう来春まで、この成田へ電車で行くことはないと思います。今後は、可能な限り羽田から飛び立つ便を活用したいと思います。
 
・機内での緊急脱出の説明で、「袋を破いて」というアナウンスがありました。「破いて」という言い方は、昔懐かしい言葉だと思いました。
 
・機内で見た映画「後妻業の女」は期待はずれ。
 出演者が多彩すぎて、大竹しのぶ以外はもったいない起用だったと思います。また、関西弁がふんだんに使われている割には、東京の人のための喜劇となっています。笑いを取るタイミングが、鶴瓶以外は関西の発想ではありません。謎解きで惹き付けようとしたものの、それも中途半端でした。【1】
 
・映画「君の名は」のキーワードは「つながり」でした。
 話の展開が夢を媒介にしています。ただし、私には現実と非現実のメリハリを、もっと付けてほしいと思いました。画面はきれいでした。【2】
 
・映画「シン・ゴジラ」
 国を守ることがテーマです。核兵器や放射能のあり方が展開を支えています。政治家の決断がいかに重要であるかが、現在の日本の政界を連想させるように作られていました。世界の中の日本について自覚させられます。このリアルさは、私の好みです。立川の自衛隊駐屯地が出て来るたびに、職場の建物が写っていないか、背景を注視しながら観ました。【4】

・機内で、82歳だというターバンを巻いた男性から、客室後部でヨガを教えてもらいました。若さを売り物にしている方のようです。
 それにしても、英語が苦手な私が言うのも何ですが、意味不明の英語でした。いや、のような言葉でした。
 
・眼下にヒマラヤが見えるという機長のアナウンスで、窓から外を見渡しました。

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 山並みだけで、よくはわかりませんでした。いつか一度だけ、エベレストを写したことがあります。
 山を見下ろすのは、気持ちのいいものです。
 
・入国する時に目に入る仏様の手のオブジェは、インドに来たことを実感させてもらえます。


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 常宿としている WBC(World BudhistCentre)に着いたのは午後7時半でした。
 お寺の上には、半月が温かく迎えてくれていました。


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 心配しながらの大気汚染は、今日は少しよくなっているようです。
 月がこんなに明るく見えるのですから、今日に限っては汚染の度合いは低いと思われます。
 
 午後8時過ぎに、お寺の食堂で晩ご飯をいただきました。
 これまた、いつものマイルドな、辛さのない、私好みの食事です。


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 ここの薬膳料理をいただいて、今回のインドでの生活を稔りあるものにしたいと思います。
 
 
 

2016年11月 8日 (火)

インド・ニューデリーは大気汚染で非常事態とのことです

 今日から行くニューデリーでは、昨日、政府が非常事態を宣言しました。
 大気汚染が深刻化し、危険な状況になっているそうです。
 この緊急対策は、昨日7日から3日間なので、まさに私が行く日がそうです。

 新聞記事を引きます。


インド PM2.5深刻 首都大気汚染、基準値の16倍


 
 【ニューデリー金子淳】インドの首都ニューデリーで大気汚染が深刻化している。地元当局の観測データによると、微小粒子状物質PM2・5の濃度は6日も一時、インドの基準値の16倍超の1立方メートル当たり965マイクログラムに達する地点もあり、市内は白い霧に包まれた。

 地元当局は6日、緊急の対策会議を開催。市内の学校を9日まで休校とし、汚染の一因とされる郊外の石炭火力発電所の操業や、市内での建設作業を一時的に禁じることを決めた。観光名所「インド門」前で働くヤシ売りのイシャンさん(38)は「ここ数日はずっとインド門がかすんでいる」と話した。

 今年5月に世界保健機関(WHO)が公表したデータによると、ニューデリーのPM2・5の年間平均濃度は世界約3000都市のうち11番目に高く、北京の約1・4倍に上った。濃度が高い20都市のうち、最悪だったのはイランの都市ザーボルだが、インドは半数の10都市を占め、中国(4都市)やサウジアラビア(3都市)を大きく上回っている。

(毎日新聞2016年11月7日)


 

大気汚染で「非常事態」インド首都、休校に工事禁止

 インド・ニューデリーを抱えるデリー首都圏政府は6日、大気汚染が深刻な段階に突入したとして、学校を7日から3日間にわたり休校、建設工事を5日間禁止にするなどの緊急対策を発表した。中央政府のダベ閣外相(環境担当)は「非常事態」と述べるなど、危機感が強まっている。

 首都圏は近年、冬の接近とともに大気汚染のスモッグが拡大。野焼きや車の排ガスなどが原因とみられ、今年は過去17年間で最悪といわれている。ニューデリーの米大使館によると、大気中の微小粒子状物質PM2・5を含む汚染指数は6日も最悪レベルの「危険」を記録した。

 PTI通信などによると、首都圏政府のケジリワル首相は大気汚染に関し「ガス室のようだ」と述べ、近隣の北部ハリヤナ州やパンジャブ州での野焼きを批判した。市民には「できるだけ屋内にとどまってほしい」と呼び掛けた。

 対策はこの他、ディーゼル燃料を用いた自家発電機の一時的な使用禁止や道路の清掃など。(共同)

(産経ニュース2016.11.7 07:15)

 これまでにも、インドで暴動などで外出禁止令が出された時にも遭遇しました。
 いろいろなことがあったインドなので、計画の変更は考えていません。しかし、現地入りしてからは、慎重に判断して行動したいと思います。

 参考までに、「BBCニュース」(6 November 2016,From the section India)も引用しておきます。

 そんな中で、現地からは「N95 かN99 のマスクが良い」という情報も入りました。
 早速、近所のドラッグストアで、「N95」と書かれているマスクを手に入れました。


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 うがい薬も、ノドスプレーもバックに詰めました。
 準備万端です。

 さて、今回はどのような旅になりますか。
 とにかく、研究集会は盛況のうちに終えたいと願っています。
 
 
 

2016年11月 7日 (月)

江戸漫歩(144)古石場川親水公園の鷺たちと宿舎の庭

 大横川に沿って、細長い古石場川親水公園があります。
 買い物の行き帰りに、天気がいいと散策します。
 3年前に、「江戸漫歩(72)古石場川親水公園の鷺」(2014年01月26日)を書きました。

 今回、また鷺を見かけたので、3羽の写真をアップします。

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 逆光でシャッターを切ったところ、不思議な映像が写っていました。
 虹色の球と遊んでいる鷺です。


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 宿舎の裏庭への入口は、東京のど真ん中とは思えません。

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 妻が近所の方の区画も借りて、いろろいな花を植えて楽しんでいます。

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 慌ただしい日々の中で、気持ちが少しは和らぐ光景です。
 
 
 

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2016年11月 6日 (日)

江戸漫歩(143)隅田川沿いに中央大橋付近を散策

 肌寒くなった隅田川には、夏ほどではないにしても、屋形船が夜ごとに越中島の船着き場に留まります。そして、団体さんを乗せて、夜の宴会クルーズにと岸を離れて行きます。
 川向こうの石川島のマンション群の右側に、ライトアップされた中央大橋のX字型の橋脚が見えています。

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 昼間、川向こうにある佃島の川岸へお弁当を持って行き、隅田川を行き交う遊覧船を見ながら食事をしました。中央大橋の南側から宿舎のある方を見やると、中央大橋の橋脚の右横にスカイツリーが見えます。


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 石川島エリアの隅田川沿いを散策していると、こんな階段があります。
 階段の上は桜並木の散策路で、その向こうが公団住宅です。


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 これだけでは、これがどのような場所にあるのかがわからないので、この階段から斜面に上がり、見下ろした角度で写真を撮りました。
 川から上がってくると、この階段に突き当たります。しかし、それから先には上がれないのです。まさに、意味不明なトマソンです。


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 この写真の右上に架かる橋が、この地に生まれた小津安二郎の映画にも出てくる相生橋です。
 そして、川向こうの越中島公園に船着き場があり、その左端に宿舎が見えています。
 川風が心地よい1日でした。
 
 
 

2016年11月 5日 (土)

読書雑記(183)澤田瞳子『若冲』

 『若冲』(澤田瞳子、文藝春秋、2915年4月)を読みました。


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 人の心と京の情景が、言葉巧みに描かれています。
 ただし、最終章が失速していると思いました。
 また、史実との関連で、参考文献も示してほしいところでした。
 
■「鳴鶴」
 絵を描く源左衛門のもとへ顔料を運ぶお志乃の姿から始まります。歯切れのいい文章です。人の情が巧みに描き出されています。そして、行間から梅の香りがただよってきます。
 ただし、使われている京ことばに丸みがありません。そして、地の文の硬さとしっくりと馴染んでいないのです。残念です。京ことばの柔らかさが出たら、さらにいい作品になることでしょう。【3】
 
※登場する若冲の作品:「紫陽花双鶏図」「雪中鴛鴦図」
 
■「芭蕉の夢」
 池大雅の登場です。そして、この章から源左衛門は伊藤若冲と呼ばれます。この若冲が、折々に思い浮かべるのが、土蔵で首を括って亡くなった妻のお三輪の姿です。
 そこへ、宝暦事件の裏松光世との出会いが、大雅の仲立ちでありました。
 憎悪が持つ力を、我が身に降りかかったことを通して語ります。そして、自分の作品の贋作が若冲を苦しめます。
 若冲は、妻を死なせた罰として、絵を描き続けるのです。
 作者の説明がくどいと思いました。【2】
 
※登場する若冲の作品:「鹿苑寺大書院障壁画」
 
■「栗ふたつ」
 孤児たちの話を前後において、若冲とお志乃の心中が描かれます。
 話にくどさが出て、だれて来ました。若冲の絵に対する心構えがはっきりしてきました。しかし、それも展開としてはあまりおもしろくありません。【2】
 
※登場する若冲の作品:「動植綵絵」「釈迦三尊図」
 
■「つくも神」
 若冲の身辺が語られます。あまりおもしろくありません。
 それよりも、登場する男たちが使う京言葉に違和感を覚えました。女言葉でもない、私が思い描く京がイメージできないのです。
 この言葉遣いに注意が削がれてしまい、話の展開を追えませんでした。【2】
 
※登場する若冲の作品:「付喪神図」
 
■「雨月」
 京言葉の音便がもっと滑らかだといいのに、と思いました。
 話は、蕪村と大雅のことが中心となります。出自や身分に対する差別を受け入れながら我が身を語る蕪村が、痛々しいほどに描かれています。親子というものを見つめ直す話です。後半が圧巻です。【5】
 
※登場する若冲の作品:「石峰寺五百羅漢石像」「果蔬涅槃図」
 
■「まだら蓮」
 天明の大火で、京はすっかり焼け野原となります。そのような状況の中で、義弟で若冲を恨む君圭と心を通わす場面が秀逸です。さらに、唯一の弟子である若演が亡くなったことも感動的に描かれています。
 若演と君圭が遠ざかっていく中で、若冲は一人虚しさを感ずるのでした。【4】
 
※登場する若冲の作品:なし
 
■「鳥獣楽土」
 義理の弟の君圭から預かった晋蔵は8歳。血筋からか絵心があります。

 若冲という名は、『老子』第四十五章の「大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若(ごと)きも、その用は窮まらず」から来るということです(269頁)。ただし、本書を読んだ後で少し調べたところ、「冲(むな)しき」とする資料もありました。「冲」は「沖」の俗字です。人名「若冲」において「沖」と「冲」の違いはないのか、疑問に思いました。そもそも、『老子』の字句自身に異同があり、「沖」と「冲」の2種類の本文が伝わっているそうです。また、最古の『老子』によると「如沖」となるとも。(「伊藤若冲の「冲」字考  <第二話> 若冲連載4」)。話が煩雑になるからでしょうか。本書にはこうした名前の漢字については、一言も語られていません。

 物語はますます深まりを見せます。画家の心の中に潜む、愛する者との格闘が絵になる様が、丹念に描かれます。若冲にとって、妻のお三輪であり、その弟の君圭です。
 そこに、君圭の息子が置かれ、話はますます人の情が盛り込まれていくのです。【5】
 
※登場する若冲の作品:「白象群獣図」「鳥獣花木図屏風」
 
■「日暮れ」
 若冲が亡くなった後の法要は、義妹のお志乃が営みます。
 そこで、若冲と君圭の同想の絵が問題となります。さらには、見たことのない絵も登場します。若冲が胸に秘めていたお三輪を思っての絵だということです。
 これまで出てきた人物が揃います。そして、君圭の登場。
 しかし、君圭が若冲のことを語り出してから、この物語は色褪せていきます。平凡すぎて、人の心に食い込んでいた筆の力が緩んでいくのです。前話を引き継いだ最後の展開を楽しみにしていただけに、残念でした。【2】
 
※登場する若冲の作品:「石灯籠図屏風」
 
 
 

2016年11月 4日 (金)

来週インドで開催する日本文学研究集会のレジメ(試作版)を公開

 来週11日(金)と12日(土)の2日間にわたって、インドのニューデリーで「第8回 インド国際日本文学研究集会」を開催します。

 今回の国際研究集会の趣旨やプログラムは、先月末の本ブログで、「「第8回 インド国際日本文学研究集会」開催のお知らせ」(2016年10月31日)として掲載したとおりです。

 来週8日(火)に成田空港から出発する日を控え、その準備をドタバタと走り回りながら進めているところです。

 本日、その集会において配布し、参加者のみなさまと討議するための資料集が、試作版(全50頁)ながら完成しました。完成版はデリーで3名の資料を追加して、印刷製本する予定です。


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 日本国内に留まらず海外の方々からも、今回の研究集会にコメントを寄せていただけないかと思い、ここにその内容がわかるレジメを公開することにしました。
 次のPDFは、大きなファイルとなっています。ダウンロード完了までに時間がかかることをご了承ください。

「第8回 インド国際日本文学研究集会」のレジメ(74メガバイト)をダウンロード

 これはまだ試作版です。しかし、この資料集だけでも、おおよその内容は判読していただけるのではないか、と思っての公開です。
 日本に居ながらにして、インドでの討議に参加している気分に浸っていただけるかと思います。

 また、お知り合いの方に、このレジメのことをお知らせいただけると幸いです。
 このレジメを通覧していただき、お気付きのことやご教示を、自由にコメントとしていただけると幸いです。
 ご意見やコメントは、本ブログのコメント欄を利用してください。

 いただいたコメントは、研究集会当日に会場で紹介し、『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として「海外源氏情報」を通じて公刊することがある、ということをご了承ください。もちろん、掲載する前に、確認のメールを差し上げます。
 明年2月に、第6号に前後して発行する予定です。

 『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)の既刊分5冊は、上記サイトから自由にダウンロードしていただけるオープンデータとなっています。

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2016年11月 3日 (木)

清張全集復読(7)「戦国権謀」「菊枕」

■「戦国権謀」
 慶長12年、70歳近い家康の身辺が語られます。特に、本多正信との親密な関係が際だっていました。
 その子正純は、あらぬ疑いで宇都宮から追い出され、元和8年秋に出羽国由利郡本庄に幽閉されます。さらに、横手に遷されるのでした。
 加えて、ありし日の権勢を語ったことが秀忠の不興を買います。身辺の警備が厳重になったのです。片時も油断のならない身に置かれていることを痛感します。
 幽居11年で正純は72歳で亡くなり、静かに幕が引かれます。栄光と挫折が描かれています。
 人間の感情を押し殺した表現で語られるので、今からみれば清張らしくないと思う作品です。【3】
 
初出誌:『別冊 文藝春秋』(昭和28年4月)
 
 
■「菊枕」
 明治から大正にかけてのこと。中学校の美術の教師と、御茶ノ水を出た文学好きの美貌の妻との話です。
 妻ぬいは、夫との喧嘩ばかりの日々に懲り、俳句を始めます。大正から昭和にかけて、ぬいは知る人ぞ知る俳人として活躍します。しかし、他の女流俳人にはことごとく敵対します。自分の才能に誇りがあるからです。心満たされないままに、しだいに孤立し、狂態のさまを見せます。
 感動的な物語として終わります。抑制した語り口にも関わらず、胸を打つのは筆の力なのです。清張の面目躍如という作品に仕上がっています。
 この作品のモデルは、高浜虚子を偶像化していた小倉在住の俳人杉田久女で、清張は奈良まで取材に行って弟子たちに会っています。遺族から抗議をうけても、清張は相手にしなかったそうです。【5】
 
原題:「菊枕—ぬい女略歴」
初出誌:『文藝春秋』(昭和28年8月)
 
参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)
 
 
 

2016年11月 2日 (水)

インドへ行く前に身体検査をしています

 来週8日(火)から1週間ほど、インドのデリーに行ってきます。

 インドを歩くと、首都のデリーであっても日本のように舗装された歩道は少ないのです。車道は舗装されていても、歩道は日本の昭和30年代です。舗装が崩れていたり、大きな石が剥き出しだったり、砂利道だったりします。そうした障害物を跨ぎながら、歩道を歩きます。

 今年の7月に左足首を骨折して以来、まだ足首が多少ギクシャクしています。確かに完治までに3~4ヶ月といわれたことがわかります。歩いていて気を抜くと、ぐらっとします。

 障害物競走に出場するようなインドの道を歩くので、少しでも足の状態を良くしてから行こうと思い、九段坂病院で治療を受けてきました。

 まず、右足の指の疣は、大分よくなってきました。後1回の通院でいいようです。
 今日も、カッターで疣を削り、患部に液体窒素を塗っていただきました。
 いつも丁寧な治療をしていただき、感謝しています。

 新たに出た症状に、骨折した左足の右くるぶしがカサカサになって来たことがあります。気になったので、これも診てもらいました。
 先生の説明では、ギブスを嵌めていたことにより、それを取った後に生じた症状だとのことでした。
 痒くても掻かずに、クリームを塗って様子を見ることになりました。
 靴も考える必要に迫られました。
 明日は祝日なので、インドを歩く靴を探しに豊洲に行くつもりです。
 
 
 

2016年11月 1日 (火)

室伏信助先生と荻窪でお話をしました

 以前から室伏信助先生に頼まれていたことを果たすために、荻窪のご自宅に伺いました。

 私を信頼してのことだったので、ご期待に添えなかったら申し訳ない、との思いで拝見しました。結果的には、とにかく無事に用件は終えることができました。一安心です。

 その後、駅ビルでお食事をしながら、いろいろなお話をしました。
 先生は日本酒の「八海山」を、私は麦焼酎「吉四六」をいただきました。

 先生とこんなにゆっくりとお話をするのは、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第1集』(平成23年5月)に収録した対談、「『源氏物語』本文研究のこれまでとこれから」の時以来です。あれが平成22年12月だったので、4年も前のことになります。4時間もの長時間の対談にお付き合いいただきました。
 今日も、それに近い長時間、楽しくお話ができました。

 先生のお歳を伺って驚きました。私との間に、ちょうど伊井春樹先生がおられることがわかりました。
 お顔の様子がいつもの通りで、肌の色艶も若々しいので、伊井先生の数年上くらいに思っていたのです。

 話題となっている人の名前を思い出せないことが、先生と私で共通することでした。私の方が二回りも下なのに、加齢ですからとか老化ですね、と私の方が言い訳をするのですから、お恥ずかしい限りです。

 過日刊行した『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(2016年10月)の編集後記に、次のように書きました。


 本書との出会いは、国文学研究資料館に収蔵されてすぐの平成一六年に、室伏信助先生(跡見学園女子大学名誉教授)とご一緒に閲覧した時である。この「若紫」は、一時期は室伏先生のお手元にあったため、数十年ぶりのご対面の場となったのである。先生は、この本が棚にあった時には『源氏物語』の本文に興味や関心がなかったので、と当時を振り返りながら感慨深げに話してくださったことが思い出される。こうして身近にあるのだから、君もじっくりと本文を調べて、あらためて報告してください、とおっしゃったことばが忘れられずにここまで来た。あれから十数年が経過した今、遅ればせながら室伏先生に影印本としてではあっても、直接本書をお手渡しできることを嬉しく思っている。

 橋本本「若紫」の影印本を室伏先生にお手渡しできたことは、12年越しの宿題を果たしたことになります。ご恩返しの一つとなったことに安堵しています。

 先生は大先輩なのに、いつも気さくにお話ができます。優しい先生に感謝しています。
 近日中にまたお目にかかることがありそうです。
 東京にいるうちに、たくさんのお話を伺いたいと思っています。
 
 
 

2016年10月31日 (月)

「第8回 インド国際日本文学研究集会」開催のお知らせ

 来週、11月11日(金)と12日(土)の2日間、インドのニューデリーにある国際交流基金(日本文化センター)を会場にして、「第8回 インド国際日本文学研究集会」を開催します。

 本年2月に、今回のイベントの準備や調整をするために、インドへ行きました。
 そして、8月からはいろいろな方に助けられながら、無事に開催へと漕ぎつけるところまで来ました。
 インドとの時差は3時間半です。ヨーロッパに較べると、近いところです。
 しかし、日本から研究集会の段取りなどを含めての連絡や調整をするのは、メールが使えるとはいっても、何かと気苦労の多いことが怒濤のごとく押し寄せてきました。それに押し潰されることなく、みなさまの理解を得ながら実施できることとなりました。ありがたいことです。

 明日からは、レジメの手配や討議資料の作成に入ります。ここまでくれば、もう流れに任せるしかありません。
 先日、ストレスチェックの記事を書きました。あれは、このインドでのイベントの視界が良好になったこともあって、危機的な結果が出なかったと思っています。

 なお、「インド国際日本文学研究集会」も、今回が8回目です。
 これまでの経緯については、「『インド国際日本文学研究集会の記録』が出来ました」(2012年04月05日)という記事に詳しく書いていますので、併せてご覧いただければと思います。

 今回の研究集会の内容は『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として、年明けの2月に公開します。これまでの第1号から第5号までは、以下のサイトから確認及びダウンロードができます。
『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)
 オープンデータとして公開しているものなので、ご自由にお読みいただけるようにしています。

 今回の開催の趣旨(日本語と英語)と、プログラムを以下に記します。

 お知り合いの方や、旅行で通りかかるという方がいらっしゃいましたら、こんなイベントがあることを広く宣伝していただけると幸いです。
 
 


【日本語】
 
『源氏物語』をインド7言語に翻訳するためのシンポジウム
─ダイジェスト版『十帖源氏』を世界33言語で翻訳するプロジェクト─
(「第8回 インド国際日本文学研究集会」の案内)
 
■目的
 現在、『源氏物語』は33種類の言語で翻訳されている。
 今回の研究集会では、江戸時代にダイジェスト版として刊行された『十帖源氏』を対象とする。
 これは、原文の10分の1ほどの分量に要約された『源氏物語』であり、各巻に絵も入っていて易しい文章になっている。
 翻訳にあたっては、多くの問題がある。
 今回は第1巻「桐壺」を共通の話題とする。
 翻訳を通して気付いた疑問点や問題点を、公開の共同討議と意見交換をする中で確認する。
 今回のシンポジウムで得られた共通理解をもとにして、全54巻の翻訳に進んで行く。
 
■シンポジウムの内容
 『十帖源氏』を、ヒンディー語・ウルドゥ語・オリヤー語・パンジャーブ語・マラヤラム語・ベンガル語・マラティ語の7言語に翻訳した、若手研究者の実践例を提示してディスカッションを行なう。
 
■プロジェクトの今後
 現在、『十帖源氏』のイタリア語訳・スペイン語訳・英語訳・ロシア語訳を進めている。
 これにインド語7言語の翻訳を加えることにより、さらに世界中の人々が、日本の古典文学として評価の高い『源氏物語』を理解する環境の整備ができる。
 そして、幅広い日本文化を理解する道が開ける。
 日本文化が姿を変えながら伝えられていく様子と文化理解についての共同研究も、これを契機として活発に展開していくことであろう。
 加えて、『十帖源氏』の多言語翻訳は各国の翻訳技術の向上をもたらすはずである。
 なお、情報発信にあたっては、すでに実績があり積極的な活動を展開している「海外源氏情報」(http://genjiito.org)を活用する。

 
 

【English】
 
Symposium: Translating "the Tale of Genji" into seven Indian languages
─A project for translating digest-version "Jujo Genji" into 33 languages─
(”The eighth Indo-Japan Seminer on Japanese literature”)
 
■ Project Schedule
Nov. 11 (Fri) Open Panel discussion
  Theme : (1) Problems in multi-lingual translation of "Jujo Genji"
Nov. 12 (Sat) Open Symposium
  Theme : (2) Method and issues for multi-lingual translation of "Jujo Genji".
 
■ Purposes
 "the Tale of Genji" has been translated into 33 languages.
 In today's meeting, we will focus on "Jujo Genji", a digest version published in Edo period.
 "Jujo Genji" summarizes original "Tale of Genji" into one-tenth in volume in easier sentences with pictures.
 However, when it comes to translation, it contains several problems.
 Today we will focus the first chapter "Kiritsubo".
 We would like to have open discussion and exchange opinions by sharing any questions or problems that were found through translation.
 The understanding we share in this symposium will greatly help future translation of all 54 chapters.
 
■ Symposium objective
 Discussion by young researchers who translated the "Jujo Genji" into 7 languages: Hindi, Urdu, Oriya, Punjab, Malayalm, Bengal, and Marathi.
 
■ Future project
 Translations of "Jujo Genji" into Itaian, Spanish, English, Russian are now ongoing.
 We will add 7 Indian languages to this translation project. With this, more people in the works will enjoy a world-famous Japanese classis literature "the Tale of Genji".
 This will further allow opening opportunities for foreign people to understand Japanese culture.
 With this trend, a research study in how Japanese culture has been transformed in its succession and cultural understanding will be further developed.
 In addition, multi-lingual translation of "Jujo Genji" will improve translation technique.
 Any update of this projest can be found in "Overseas Genji information"」(http://genjiito.org) where you can find various activities and past records on this research field.

 

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プログラム【第4版】
   (2016年10月31日(月)現在)
   (2016年11月01日(火)[時期]の年月を訂正)

第8回 インド国際日本文学研究集会

■2016年度 テーマ■
『源氏物語』をインド7言語に翻訳するためのシンポジウム
─ダイジェスト版『十帖源氏』を世界33言語で翻訳するプロジェクト─
■時期:2016年11月11日(金)-12日(土) [2日間]
■会場:国際交流基金・日本文化センター(ニューデリー)

11日(金) 公開パネルディスカッション
   10:00-11:15 開会式と講演
        総合司会 伊藤鉄也(国文学研究資料館)
      挨 拶  宮本 薫(国際交流基金ニューデリー事務所長)
      趣旨説明 伊藤鉄也(国文学研究資料館)
      基調講演 高田智和(国立国語研究所)
       「変体仮名の国際標準化について」
      講 演  伊藤鉄也(国文学研究資料館)
       「インド8言語訳『源氏物語』の書誌」
   11:15―11:30 ( 休 憩 )
   11:30―13:30
      講演 入口敦志(国文学研究資料館)
       「江戸時代のダイジェスト版『十帖源氏』について」
      問題提起 コメンテーター:麻田豊(元東京外国語大学)
       シャム・アルン(English and Foreign Languages University)
         「マラヤラム語訳の問題点」
         (ドラヴィダ語族)
       菊池智子(翻訳家)
         「ヒンディー語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)
       村上明香(University of Allahabad)
         「ウルドゥ語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)
   13:30-14:45 ( 昼 食 )
   14:45-17:30 パネルディスカッション
      テーマ:(1)『十帖源氏』を多言語翻訳するための問題点
         コメンテータ アニタ・カンナ(ネルー大学)
                麻田豊
12日(土) 公開シンポジウム
   10:00-11:15
      挨拶 伊藤鉄也
      基調講演 伊藤鉄也
       「〈海外源氏情報〉を科研の成果から見る」
      講演 須藤圭(立命館大学)
       「『源氏物語』の英訳について」
   11:15―11:30 ( 休 憩 )
   11:30―13:15
      問題提起 コメンテーター:麻田豊
       リーマ・シン(Ph.D candidate, University of Delhi)
         「パンジャーブ語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群)
       シェーク・タリク(English and Foreign Languages University)
         「ベンガル語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の東部語群)
       ナビン・パンダ(Delhi University)
         「オディアー語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の東部語群)
   13:15-14:30 ( 昼 食 )
   14:30-17:30 シンポジウム
      テーマ:(2)『十帖源氏』を多言語翻訳するための方法と課題
         司会・進行 伊藤鉄也
         コメンテータ アニタ・カンナ
                麻田豊
■主催;インド日本文学会
■共催:科学研究費補助金(基盤研究A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」(研究代表者:伊藤鉄也、N0.25244012)
■後援:国際交流基金、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉
 
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2016年10月30日 (日)

不可解なiPhone7Plusを契機に生活スタイルを見つめ直す時期か?

 iPhone6Plus から iPhone7Plus に機種変更したことに伴い、転送したアプリでよくわからないことに直面しています。
 昨日の窮状とはまた別のトラブルです。

 一例をあげます。
 私がよく使う文字読み取りアプリの「e-Typist」が、iPhone6Plus から iPhone7Plus にバックアップデータを復元したのに、転送されていませんでした。
 そこで、アップルのサイトからダウンロードしたところ、¥1,400円の請求をされたのです。iPhone6Plus 以前から利用しているアプリなので、機種変更したからといって再度購入させられるのは変なことだと思い、アップルのサポートに問い合わせをしました。

 料金担当者だと名乗られる方に調べてもらったところ、これは課金されていない、とのことでした。あの画面に出た請求はなんだったのでしょうか。

 その代わり、「ATOK Pad」の¥1,300円が請求され、カードから引き落とされているとのことでした。これも、以前からずっと活用しているアプリです。エバーノートと連動させて、電車の中でブログの記事を書く時によく使っているものです。

 不可解なことなので、さらに調べてもらうと、この「ATOK Pad」を私が購入したのは2012年のことで、今はそれが提供中止となり、現在は別のアプリとして販売されているそうです。そして、私が今回 iPhone7Plus にダウンロードしたのは、この新しいものであり、そのために新規購入となったのだという説明でした。
 そんな裏事情があるとはつゆ知らず、同じ名前のソフトで見た目も機能も一緒なので、当たり前のようにダウンロードして使い出したところでした。

 手続きをすれば解約して返金できるとのことでした。しかし、その手続きにまた延々と時間が吸い取られるのがわかっているので、購入したものとして使用することにしました。率直な気持ちを言えば、詐欺にあったようなものです。

 さらに不思議なことがわかりました。
 「大辞泉」という辞書アプリがあります。言葉の意味を iPhone で調べるときによく使います。これが、私がアップルで購入した履歴にない、ということなのです。しかし、iPhone6Plus 以前からよく使っていたものだし、現に私のパソコンの中のバックアップデータの中に、この「大辞泉」がちゃんとあります。この「大辞泉」も、iPhone6Plus から iPhone7Plus に転送されなかったアプリです。

 購入したものではない「大辞泉」を、私は何年も iPhone で使っていたことになります。どこかから紛れ込んだのではないか、とサポート担当者はおっしゃいます。それも変な話です。そんなにアップルのシステムはいいかげんなのでしょうか。不正に取得したものではありません。それなら、これまで重宝して折々に使っているはずがありません。

 試しにこの「大辞泉」をアップストアで確認すると、ダウンロード価格は¥2,000円になっていました。下手にクリックすると、また請求させるところでした。
 こんな調子では、次から次へと知らぬ間に課金されていきます。それも、知らない内に。
 とにかく、アップルのシステムがよくわからなくなりました。

 アップルの電話サポートの担当者は、今日も次から次へと襷リレーでした。電話口に出られたのは6人で、そのうちの2人がスペシャリストだと名乗っておられました。しかし、そのサポートの実力はいまいちでした。私の疑問を、何一つ解決してくださらなかったのですから。

 今日のやりとりで、いろいろなことがわかりました。
 まず、iPhone6Plus から iPhone7Plus に iTunes を使ってバックアップデータを復元しても、そのすべてが転送されるわけではない、という衝撃的な発言です。てっきり、バックアップからすべてが完全に復元できると思い込んでいました。
 確かに、私の場合は200近いアプリの内、4分の1は復元されていません。

 転送されなかったものはどうしたらいいのかと聞くと、アップストアから再度ダウンロードするしかないとのことです。そして、再度のダウンロードなので本来は料金が発生しないはずではあっても、私の今回のようにクレジットカードから引き落とされることもあるそうです。
 では、どのアプリが料金を徴収されるのかを尋ねると、やってみないとわからないそうなのです。なんとアバウトな回答。そして、以前使っていたのに課金されたら、サポートの料金担当とその時々に相談をしてほしい、と。湯水の如く時間を吸い上げられ、ついにはユーザーが根負けするという構図を想定されているようです。
 確かに、今回の場合、「e-Typist」は請求されなかったのに、「ATOK Pad」は事情があったにしても支払うことになりました。

 もう1点、意外なことを知ることになりました。
 iTunes でiPhone のバックアップを取ったり復元したりする時に表示される、見慣れた画面についてです。


161030_itunesbackup


 ここで、「iCloud」の項目には、「iPhone内のもっとも重要なデータを iCloud にバックアップします。」とあります。
 その下の「このコンピュータ」の項目には、「iPhoneの完全なバックアップはこのコンピュータに保存されます。」と書いてあります。

 これまで私は、この「iCloud」の項目と「このコンピュータ」の項目では、バックアップされるデータが違い、「iCloud」の項目はiPhone のすべてのデータではなくてシステム上で大事なものが対象であり、「このコンピュータ」の項目のバックアップはiPhone のすべてのデータがバックアップされると思っていました。
 たまたま私は50ギガの契約をしています。しかし、特にアップグレードをしていない無料の一般ユーザーは、5ギガしか利用できません。当然、すべてのバックアップをするとなると、容量不足になります。担当者の答えでは、容量が不足した方には、アップグレードの案内が出るのだそうです。これって、アップグレードへの誘導行為ですよね。

 それはともかく、今日のスペシャリストHさんの説明では、上記の「iCloud」と「パソコン」へのバックアップの両方とも同じものであり、共に iPhone のすべてのデータがバックアップされる、とのことでした。
 そして、私の場合では、「iCloud」に取ったバックアップから iPhone7Plus に復元してみたら、パソコンからの復元で取り落としたアプリが、さらに多く転送されるのでは、と言われました。すると逆に、復元されたものが消えることも考えられます。何といいかげんなことを。
 こうしたことに詳しくない私には、もう理解不能です。いろいろと対策はあるのでしょう。しかし、今日の言葉による説明ではそういう曖昧なものでした。

 私は、まだこのHさんの説明を信じていません。
 本当はどうなのでしょうか。
 上記の、画面に表示される日本語の意味の違いは何なのでしょうか。

 それにしても、次から次へと、入れ替わり立ち替わり、いろいろな方が電話口に出て、さまざまに別々の説明をしてくださいます。その交代に要する時間も、5分から10分もかかります。電話口で待たされている間は、電話をスピーカーで聞くようにして、手元で仕事を続けます。

 そしてやっと次の方にバトンタッチされても、最初に本人確認ということで何度も同じことを聞かれ、質問には的外れな回答が目立ち、実際に言われるままに操作をしても、何一つ解決しないのですから、アップルのスペシャリストの実力の程が知れていると言わざるを得ません。

 今、折しも山積する仕事と課題に挑んでいる時なので、こんなことに時間を費やしていることがそもそも無駄な時間潰しです。今日も、電話の対応をしながら、目と手はパソコンで頭を使わない作業をしていました。

 今週手に入れた iPhone7Plus も、予想したとおりに案の定お手上げ状態です。
 めったに使わないとはいうものの電話機能は使えることと、データ入力は何とかできるので、しばらくはこのまま使いながら、また本体交換になる事態を待つことにしましょう。
 アップルには、しっかりした製品の供給と、納得のできるサポートをしてほしいと願っています。

 予想通り、またもやとんでもない iPhone を手にしてしまいました。
 大好きだったソニーが沈没し、期待していたアップルが怪しくなりかけています。
 これも、時代の変わり目にさしかかっている、ということなのでしょうか。

 デジタルデバイスの利活用に費やす手間と時間に、大いなる疑問を持つようになりました。

 私が初めてコンピュータの体験をしたのは、今から36年前の昭和55年(1980)、NECの「TK80」でした。その2年前に和文タイプライターをマスターし、すぐに電動式ひらがなタイプライタを活用し出しました。
 この40年弱の電子機器との関わりに、あらためて意識の改革が求められているのかも知れません。まさに、時代の転換点に身を置いているように思われます。

 未来を見つめて、夢を描いて電子機器と積極的に格闘してきました。
 私の生活スタイルの中に定着した電子機器は、いまや見直しの対象となりつつあります。
 今回のiPhoneのことから、こんな思いを強くしました。
 日々の記録と整理と発信の方策を考えるべき時期に直面していることを、あらためて痛感しているところです。
 
 
 

2016年10月29日 (土)

やはり iPhone7Plus が変な動きをしています

 今週ようやく手に入れた私の iPhone7Plus が、どうも変なのです。
 4日前の「iPhone7Plus をまずは1台入手」という記事に書いた通り、やはり予感的中です。妻が入手した翌日に手した私の iPhone が、とにかく30分おきに変なことになるのです。
 ただし、妻の iPhone7Plus は正常に使えています。

 これまで使っていた iPhone6Plus は、秋に手に入れたものが本体交換を2度も繰り返して、3台目でやっとまともな物が手渡されました。その5ヶ月間は、とにかく無駄な時間を iPhone6Plus に費やしました。

 今回の iPhone7Plus も、来春まで同じように不愉快な日々を送ることになるのでしょうか。無意味な時間が、この iPhone7Plus に食われるのです。

 機種を新しくすると、いつもこうしたやっかいなことに直面します。正常に使えない iPhone に、お金は払い続けるのですから、気持ちはすっきりしません。アップルは手に負えなくなると本体をそっくり交換して素知らぬ顔をするのですから、まったくいい気なものです。

 今回の不具合は、とにかく複雑なことのようなので、ここに書くことはしません。
 今、非常に忙しい中にいます。今日の1日がアップルとの電話によるサポートで潰れました。何とか使えるようにならないか、との思いで、こんなことに時間をかけていては大変なことになる、と思いながらも、電話で無責任なサポートを受けることとなりました。

 最初に、アップルのサポート担当窓口である[0120-277-535]に電話をしました。いろいろとあってやっと出てきた担当者は、長々とやりとりをした末に、原因を「iCloud Drive」に起因するトラブルだと判断され、その対処を受けました。しかし、それでは何も解決しません。見立ての間違いだったのです。救命救急医が最初の診断を間違ったのと同じです。もっとも、私の命に別状はありませんが。

 解決しないことを再度電話で問い合わせると、今度は別の方が出てきて、先程の対処はその「アドバイザーの不備」によるものであり、「iTunes」のサインインとアウトで対処しようとされました。同僚の不始末を、なんとも軽くいなした発言でした。
 しかし、それも間抜けなことがいくつかあり、結局はダメでした。

 そこで、やっと出てきてほしかったスペシャリストなる方にバトンタッチとなりました。
 しかし、そのスペシャリストとおっしゃる方の指示でも、やはりダメでした。提案されることも、素人の私でも[?]と思われるものでしたが、ジッと我慢しました。

 コンピュータに30年近く関わっていると、電話口での対応で相手の方の力量がおおよそわかります。アップルのサポート窓口では、最初に対応してくださる方はほとんどが外れです。そして、その上のクラスのスペシャリストの方を、いかに引き出すかがユーザーの力量を問われるところです。そして、スペシャリストの方が出てきてくださると、解決することがあります。しかし、それでもダメなことが多いのが実情です。

 日本のサポート窓口は、その程度のランクの人材で構成されています。残念です。優秀な人材が、なかなか確保できないのでしょう。

 これが、アップルの地元であるアメリカのスタッフのレベルは、もっと高いのでしょうか。もっとも、英語がまったく喋れない私は、もし日本のスタッフよりもレベルが高くても、こちらの症状を相手に英語で伝えることができないので、どうしようもありません。

 ということで、また本体交換を繰り返す中で、半年後の来春には、まともに使える iPhone7Plus に出会えることを楽しみにしましょう。またまた、iPhone7Plus についても、ジッと半年の我慢を強いられます。その間、アップルにはこの欠陥商品にお金を払い続けるのですから、またまた不条理を感じます。

 予想通りの、欠陥商品というよりも、欠陥システムの中に置かれています。
 またか、との思いで、iPhone に頼らない生活を組みたて直すこことにします。
 この iPhone7Plus を使わない、という生活もいいものかもしれません。
 そうした機会を与えられた、と思うと、不愉快な思いが幸運にも思えるから不思議です。
 いささか、自虐的な物言いになってしまいました。
 アップルさん、安定した完動品の商品の供給をしてください。
 
 
 

2016年10月28日 (金)

初めての「ストレスチェック」受けて

 機会があったので、ウェブ版のストレスチェック(HEALTH WAVE)をしました。

 いろいろな方にお世話になる中で、猛烈なスピードを体感しながらの日々を送っています。そのような環境にいるだけに、現在の私の心身の状況を報告し、これまでと変わらぬお付き合いをお願いしたいと思います。

 今夏以降も、相変わらずさまざまなことに取り組んできました。
 落ち着く暇もなく、いろいろと動き回って人に会い、多種多様な文書を書いてきたので、ストレスが溜まりに溜まった日々だと思われます。そのこともあり、現在の自分のことを知る意味からも、思いきってストレスチェックをしたのです。

 約60問に答えての診断結果は、次のように表示されました。


あなたのストレスは高い状態ではありません(高ストレス者に該当しません)。

 てっきり、手厳しい結果が出ると予想していました。しかし、思いがけない無難な結果に、とにかくホット一息です。

 次のチャート図が表示されました。
 赤丸印が、現在の私のストレスのありようだとのことです。
 ありがたいことに、ピンク色のエリアからは外れています。


161028_stress1


 さらに、「セルフケアのためのアドバイス」が付いています。
 なかなか的確なアドバイスだと思われます。ギリギリでバランスを保っている、ということのようです。無理は禁物だと言われているのです。


現在あなたは仕事上の負担感が強い傾向にあります。
こうした状態が長く続くと、心身の調子を崩しかねません。
ひとりで抱え込まず、周りの仲間に相談しながら、問題点を整理して解決の糸口を探っていきましょう。

 さらに、質問項目毎に分析した「レーダーチャート」も表示されています。
 これには、次のような図の見方の説明が付されています。


161028_chart


 まず、「ストレスの因子」です。


161028_stress2


 これには、次のコメントが記されています。


仕事量が多すぎたり、限られた時間内に多くの仕事をしなければならない状態です。
今一度自身の仕事量を見直して効率化を図りましょう。
仕事の分担について上司へ相談したり、一人で抱え込まずに人に依頼するなどの対処が必要かもしれません。

 「仕事の量的負担」の項目が危険領域に接しています。まさに、そのような状況にあることは自覚しています。納得です。自分が気になっていたところを、ずばりと突かれました。

 次は、「ストレスによる心身反応」です。


161028_stress3


 これには、次のコメントが付いています。


ストレスによっておこる心身の反応は、現在のところそれほど多くないと推定されます。
心身が発する注意信号に気を付けながら、良い状態を維持するよう心がけましょう。

 これを読んで安心しました。どうやら、何とか現状を打開すべく、自分自身で適当にストレスを発散させているようです。これが、無意識でなのか意識的なのかはわかりません。この私のストレス発散で、どなたかにご迷惑をおかけしているようでしたら申し訳ないことです。

 最後に、「ストレス反応への影響因子」があります。


161028_stress4


 このコメントは、次のように書かれています。


周囲の方々とのコミュニケーションがうまくとれているといえます。
上司・同僚・家族・友人のサポートは仕事のストレスをやわらげる効果がありますので、今後さらに良い関係を広げていきましょう。
仕事や普段の生活の中で充分に満足感を感じておられる状態です。
日常生活の中で感じられる喜びや楽しみは人生を豊かにし、ストレスが高くても前向きに対応して克服していくことが可能になります。

 上司に関しては、今の職場ではその影響は少ない環境なので、このようなグラフになったようです。
 これについても、現状に寄り添った、納得できる分析の結果だと思っています。

 最後に、「医師の面接指導の必要はありません。」とのコメントがあります。
 さらに、「セルフケアのためのアドバイス」があり、そこには次のような図が掲示されていました。


161028_end


 このストレスチェックは、5分ほどで結果がでます。
 何となく気がかりな日々の中で、自分を見つめ直すのにいい機会となりました。
 
 
 

2016年10月27日 (木)

変体仮名の「个」と漢字の「箇」の用例

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読むことが続いています。
 今日は、熱心に変体仮名を読んでおられるKさんが、終了後に貴重な資料を持ってきてくださいました。
 明治23年と32年の商法の法律文書に書かれている文字です。

 まず、明治23年のものから。
 この中に、「一个年」という文字があります。


161027_keko_m23


 変体仮名の「介」と「个」について、私は「个」の方を字母としてよしとしています。それは、その字母が「箇」だと思われるからです。変体仮名の字典などを見ていると、このことはさまざまに用例が示されています。ほとんどが、「介」の方を示し、「个」は括弧付きで補足的に例示されているのです。

 上の文書だと、「个」はカタカナの「KE」を示し、「箇」は漢字で「KO」と書かれているのです。

 また、明治32年の同じく商法の条文には、次のようになっています。
 これは、「六个月ヲ」と書かれている部分です。


161027_kem32


 この後に、「箇」が何度も出てきます。


161027_kom32


 こうした法律の条文の例を見ると、ここで揚げたのはカタカナではあるものの、変体仮名の「KE」についても、「介」ではなくて「个」がいいと言えそうです。

 私はこの分野を専門としているのではないので、理由づけが今はできません。
 とにかく、気付いたときに、わかったことを記しておくことにしています。

 このことで、ご存知のことがありましたら、どうかご教示いただけると助かります。
 
 
 

2016年10月26日 (水)

橋本本「若紫」の翻字の補訂(1)

 先週、「『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました」(2016年10月20日)という記事を書きました。

 その橋本本「若紫」の翻字で、早々と1箇所にミスを見つけたので報告します。

 それは、第1丁表4行目の行末にある「万う」に、ミセケチ記号が付いていたことです。次の写真の赤矢印の箇所に、小さな黒い点があります。


161026_syahon


 それを、刊行した書籍の翻字には、当該箇所にそのミセケチ記号「˵」がありませんでした。
 お手元に本書がある方は、4行目の行末の「万う」の左横に、ミセケチ記号「˵」を2つ付けてください。お手数をおかけして申し訳ありません。


161026_katuji


 手元の翻字データベースでは、ミセケチ扱いでデータが出来ています。


万う春/$

 この表記は、「万う春」の3文字がミセケチとなっていることを、「$」の記号で示しています。

 翻字データベースのデータを元にして版下を作成する段階で、「万う」の左横にミセケチ記号「˵」を付け忘れたようです。

 細心の注意をはらって、何度も翻字を見直したはずでした。
 しかも、あろうことか、開巻早々のミスで恐縮しています。

 また何か見つかりましたら、ここで報告いたします。
 ないことを祈りながら。
 
 
 

2016年10月25日 (火)

iPhone7Plus をまずは1台入手

 iPhone7Plusを、いつものことながらドタバタ騒ぎの中で、なんとか手に入れることができました。

 2台を同時に入手できなかったので、まずはタッチパネルがヒビ割れた方から機種変更をしました。営業時間内に2台の手続きができない、とのことだったからです。1台いただくのに、手続きや設定などで、1時間はかかります。結構、手間と時間がかかるものです。

 本来ならば、好きではない au ではなく、しかも SIM Free にしたかったことは、以前書いた通りです。しかし、心ならずも思い通りにはいきませんでした。この次の機会を狙います。

 私は、人との出会いは恵まれているのに、機械運からは見放されています。
 これまで使っていたiPhone 6Plus は、渡された本体の欠陥から2度も本体交換となり、3台目にしてやっとまともに動くものが手渡され、今に至っています。

 さて、今回のiPhone7Plusには、どのような物語が生まれるのでしょうか。手にした今から、何が起こるのか楽しみです。

 まず祈るのは、某社のスマートフォンのように、突然ポケットの中などで火を噴かないことです。

 これまでに、ディスプレイが火を噴いたり、ケーブルが焦げたり、ドライヤーのコードが焼け焦げて飛んできたりと、このての話には枚挙に暇がありません。

 さて、この新機種に交換してから、今後ともどう展開するのでしょうか。
 これまでのパターンでいくと、近日中に「突然……」と始まる記事をアップすることになるのですが……
 
 
 

2016年10月24日 (月)

京洛逍遥(377)スバコのお弁当と源氏絵のお茶

 慌ただしくUターンして上京です。
 JR京都駅の西改札口前に、「スバコ・ジェイアール京都伊勢丹」があります。ここのフードコーナーには、京都で行ってみたいお店が作る、工夫を凝らしたお弁当が並んでいます。しかも、私が選ぶ基準である、少量で安くて上品という、ありがたいお弁当も並んでいるのです。京都駅の中のコンコースにあるお弁当コーナーよりも、スバコにあるお弁当たちの方をお薦めします。
 新幹線に乗る前に、ぜひここのお弁当を手にして、さらにもう一つの京の味わいを楽しんでください。

 今日は、「季節限定 35品目 秋のごほうびロール弁当」(KAWAKATSU(CAMER))をいただきました。茶そばの巻き寿司が気に入っています。


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 手前のお茶は、京都府茶共同組合のペットボトルです。2008年の源氏千年紀から、今も人気のお茶です。この源氏絵に惹かれて、海外の方も手が伸びるようです。

 ペットボトルの胴回りに配されているのは、宇治市源氏物語ミュージアム所蔵の『源氏絵鑑帖』から第45巻「橋姫」の一場面です。国宝の源氏絵にも、この場面が描かれています。

 右側の、撥で月を招いているのは、大君でしょうか。それとも、中君なのでしょうか。
 左側には、琴を弾く女性がいます。どちらが誰なのかは、決めがたいものであることでよく知られている図様です。
 この場面は、源氏物語ミュージアムの展示室でも、人形を使って再現されています。

 源氏絵を掌に包んで転がしながら、お茶とお弁当をいただけるのです。なんとも贅沢なことです。

 後ろの席で、子供が騒ぎ出しました。
 これから私の読書タイムなので、隣りの車輌に移動します。
 いつも新幹線は、自由席で行き来しています。指定席は当たり外れがあるので、道中なにもできないことがあります。指定席も自由席も、料金は同じです。しかし、自由席には、一緒にいたくない方がいらっしゃった時には、別の場所に自由に移動できるという、ありがたい権利が与えられています。

 もうすぐ名古屋。ここで降りるふりをして、周りの喧騒から逃げ出すことにします。
 
 
 

2016年10月23日 (日)

池袋経由で帰洛し一仕事にめどをつける

 久しぶりに池袋で、ひと仕事をすませました。
 立ち寄った西武百貨店の7階で、昔懐かしい郵便ポストを見かけました。こんな場所に置かれたポストも、戸惑っていることでしょう。


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 もっとも、私が立ち寄ったのは、レターパックを送るためだったので、このポストの口は狭すぎて入りません。赤い茶筒のポストを横目に、カウンター越しに郵便物を渡すことになりました。

 池袋から帰洛のために、Uターンして東京駅に急ぎました。

 新幹線の乗り換え口では、ものすごい人だかりでした。旅行客や団体ではなさそうな人々が、列をなして並んでおられます。何事かと思いながら、いつものように芸能人が通るのだろうくらいに思いながら、乗り換え口から新幹線に乗り込みました。それにしても、ガードマンが多いので、よほど有名な人なのかな、と思っていました。

 いつものように自由席に座って本を取り出したところへ、乗り換え口まで一緒に来ていた妻から連絡が入りました。
 さきほどの人垣は、天皇皇后両陛下が新幹線にお乗りになるためだった、とのことです。そして、一番前だったので手を振っところ、にっこりしてくださったのだそうです。
 手を組んでお通りになる姿がすてきだったとも。さらには、天皇さまは濃いグレーのスーツで、美智子さまもグレー。きれいで嬉しそうな笑顔で……。周りの人はみんなスマホで撮っていたけれども、SPは何も注意なしでニコニコだったとのことです。

 さらには、天皇皇后両陛下は、これから京都へ向かわれるとの情報も入りました。上賀茂神社や下鴨神社にお越しになるそうなので、我が家の近くまでいらっしゃるのです。

 ちょうど1年前には、皇太子さまと新幹線がご一緒でした。

「皇太子さまとご一緒の新幹線で京都へ」(2015年10月23日)

 いろいろと楽しいことの多い日々です。

 京都でもひと仕事をすませました。夜までかかって、とにかく懸案の仕事のメドをつけることができました。
 この成果は、近日中にお知らせできるはずです。
 
 
 

2016年10月22日 (土)

第5回・日本盲教育史研究会に参加して

 日本盲教育史研究会の第5回総会・研究会に参加してきました。
 会場は、筑波大学東京キャンパス文京校舎で、放送大学があるところです。


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 日本盲教育史研究会は創立5年目、会員約180名です。
 昨年は札幌と京都、今年は北九州で研修会や研究会があり、いずれも参加しました。

 今日の午前の第一番は、土居由知氏(静岡県視覚障害支援センター)と岩崎洋二氏(元筑波大学附属視覚特別支援学校)の「『むつぼしのひかり 墨字訳 第一集』出版とそこからわかること」でした。
 『むつぼしのひかり 墨字訳 第一集』は、「視覚障害者の歴史資料集1」として、東京盲学校の同窓生による会報(明治36年第1号〜37年第10号)を10年がかりで編集したものです。
 今年2月に刊行されたばかりの本書を、先般の九州でのミニ研修会の折にいただきました。ただし、まだすべてを読んでいません。


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 「むつぼしのひかり」は、昭和18年の第473号までが発行されました。『点字毎日』が刊行される前は、唯一の点字ジャーナルだったのです。

 続いて、村山佳寿子氏(お茶の水女子大学大学院・筑波大学附属視覚特別支援学校小学部課外箏指導)の「昭和初期における箏曲の点字記譜法の特徴 筑波大学附属視覚特別支援学校資料室蔵「宮城道雄作曲集」を例として」という報告がありました。わかりやすい発表でした。6点で記述する点字楽譜の実態を考察したものです。
 邦楽を点字で記す「手法記号」は、大正3年に始まります。西洋音楽の手法記号を箏曲に代用しているようです。実際に譜面をもとにして演奏も流れたので、説明がよくわかりました。
 後の質問に、山田流と生田流の違いは? というのがありました。これは、私も気になったことです。
 東京は山田流が主で先生を採用したそうです。宮城道雄の関係で、昭和6年からは、生田流を東京盲学校でも教えるようになったのだとか。
 恥ずかしながら、私は学生時代に少しだけお琴を教えていただいていました。しかも、山田流でした。歌いながら弾くのです。東京だったからで、これが関西で教わっていたら生田流だった可能性が高かったのです。

 閉会後の懇親会で、隣におられた村山氏に、山田流と生田流の話を詳しく伺うことができました。また、『源氏物語』に出てくる琴の音は、今の流派とは異なる中国から来たものだそうです。
 それにしても、まだまだ研究課題が多いことを知りました。

 記念講演は、岩波新書で『瞽女うた』を書いておられる山梨大学大学院のジェラルド・グローマー教授でした。この本については、本ブログの「読書雑記(119)ジェラルド・グローマー『瞽女うた』を読んで」(2015年03月16日)で紹介しましたので、ご参照いただければ幸いです。

 本日の演題は「瞽女(ごぜ)・旅芸人の歴史と芸能」です。

 ついメモをしたことは、三条西実隆の周辺に瞽女が来て演奏をしていた、という話です。また、男は当道の組織を持っており、女は高田や長岡で演奏をして生きていた、ということも興味を持ちました。瞽女組織は、総合的な組織であり、関八州と静岡などに文化圏を持っていたそうです。1970年代までは、瞽女が門付けをしていたのです。
 伝統芸能の復活は無理です、という言葉には力強い確信が満ちていました。今、個人的な個性は認められない、みんな同じ形をよしとする文化になっている、とも。

 講演後の質問に、宗教に関連したものがありました。それに対して、瞽女の歌の旋律には宗教がないそうです。そして、聞く側の気持ちに宗教があったかどうかは、よくわからないとのことでした。
 これに対して、時間が迫っていたので私は手はあげなかったものの、瞽女縁起や院宣に「下賀茂大明神」と出てくることの説明はどうなるか、という疑問と問題意識を持ちました。上賀茂神社は賀茂別雷が祭神なので、雷との関係で盲人との関係は想像できます。しかし、その親である下鴨神社とはどのような関係があるのか、わからなかったのです。今度ゆっくりと調べてみます。

 また、ウクライナに日本のような瞽女歌があったそうです。世界中にあったのではないか、とも。海外での瞽女の存在が知りたくなりました。

 続いて、香取俊光氏(群馬県立盲学校)の「江戸から近代への理療の発展 群馬県の事例を中心に」という報告がありました。
 盲人の教育システムを構築した杉山和一とその弟子を通して、鍼灸が職業たして成立する過程を話されました。また、理療と点字の指導に当たった瀬間福一郎の紹介もありました。

 最後の山口崇氏(筑波大学附属視覚特別支援学校)は、「楽善会と凸字聖書」と題する報告でした。
 明治初期に、日本には盲人が多かったことが報告されました。明治8年から11年にかけての、盲唖教育の実態もよくわかりました。さらに、明治9年の凸字聖書は、日本カタカナではなくて、ヘボン式ローマ字だったことが明らかにされました。
 京都高田盲学校には、カタカナ版の凸字聖書があるそうです。いつか見てみたいと思います。

 今日伺った内容は、明治から昭和初年の時間の流れの中でのことがたくさんありました。この時期に興味をもっている私は、一言も聞き漏らすまいとの心意気でしっかりと聞きました。

 最後の総括で、現在も元気な方から、盲教育に関する聞き取りを研究会として取り組むべきだ、との提言がありました。これについては、文献とともに今後はその調査にも着手するとの回答がありました。

 今回のまとめをなさった岸先生が、近世から近代へと移るつなぎ目の格闘が問題として意識できるようになった、とおっしゃっていました。明治・大正から昭和への移り変わりに興味を持つ私は、このテーマにさらなる魅力を感じる研究会となりました。

 今回の参会者は、90名を超えていたそうです。今後がますます楽しみな会となることを実感しました。

 閉会後は、駅前に場所を移して懇親会がありました。
 今回も、多くの方とさまざまな話題で盛り上がりました。
 いろろいな方とお話ができました。
 みなさま、刺激的な出会いを、ありがとうございました。
 
 
 

2016年10月21日 (金)

読書雑記(182)船戸与一『大地の牙 満州国演義6』

 『大地の牙 満州国演義6』(船戸与一、新潮社、2011.4)を読みました。
 昭和13年の日本と満州が描かれています。


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 本巻では、支那事変からノモンハン事件へと、慌ただしく血生臭い時の流れが活写されていきます。メインテーマはファシズムです。
 ノモンハン事変については、満州で捕虜になり、シベリアに抑留されて苦労した父親から少し聞いていたので、少しずつ実情がわかり出しました。大きなうねりの中での出来事は、それを語る立場によってさまざまな姿を見せます。

 戦地慰問に回っている吉本興業の『笑わし隊』が出てきました。
 中国での陰惨な戦闘状況に一味加わります。

 物語の背景に、スターリンとヒットラーの駆け引きや、岡田嘉子と杉本良吉が樺太からソ連への亡命話など、さまざまな逸話が点描されています。こうした、事実と虚構が綯い交ぜになって、ゆったりと大きく歴史が語られているのです。

 従軍文士の存在も興味深いものです。
 関係する箇所を引きます。


 敷島四郎は『庸報』の編集局で内地から送られて来る邦字紙各紙に眼を通しつづけた。どれも内閣情報部の文学動員について報じている。文壇の巨匠たちが陸軍班と海軍班に分かれて漢口に赴くことになったのだ。菊池寛。久米正雄。吉川英治。白井喬二。吉屋信子。佐藤春夫。川口松太郎。岸田国士。林芙美子。小島政二郎。尾崎士郎。滝井孝作。丹羽文雄。深田久弥。こういった錚々たる顔ぶれが合わせて二十二名、戦場に向かう。これはペン報国の文壇部隊と呼ばれることになったという。(155頁)
 
 
「だれが冗談でこんなことを言う? いいか、新聞が部数を伸ばせる最大の記事は戦争なんだぞ。満州事変は関東軍主催、大阪毎日新聞社後援とさえ言われた。発行部数二十万程度の東京の一地方紙だった讀売新聞は一気に百万を越える国民紙に成長した『庸報』の部数は最近激減してる。戦争に便乗して部数回復を計らなきゃならん」(156頁)
 
 
 太郎は三十一日附の東京朝日新聞を開いた。
 そこには林芙美子の従軍記が記されている。満州事変以来、新聞各社は戦争報道のたびに飛躍的に発行部数を伸ばす。徐州会戦後、有名作家の取りあいがはじまっている。内閣情報部は二十二名の従軍文士を決定したが、武漢攻略では東京日日新聞が菊池寛や吉川英治の従軍記を掲載して読者を魅きつけていた。林芙美子の原稿はそれにたいする東京朝日新聞の巻きかえしと言っていいだろう。(183頁)
 
 
 太郎は紙面から眼を離して、さっき孔秀麗が運んで来た茶を畷った。武漢攻略戦に同行した従軍文士たちはいい気なものだと思う。徐州会戦の様相を描いた火野葦平の『麦と兵隊』が大評判になった。従軍文士たちはそれに倣おうとしているのではないかと疑いたくなる。太郎はじぶんに文学的素養があると自惚れたことはない。だが、思うのだ、みずからの体験を赤裸々に綴った『麦と兵隊』に較べれば、従軍文士たちの記事は軍部への阿りが露骨に表われ、薄汚ない印象はどうしても拭えない。(186頁)

 敷島太郎の秘書である孔秀麗の存在が気になっています。この女性は、太郎にとって何なのでしょうか。

 インドに関して、これまでは小出しだったものが、本巻では少しまとまって記述されています。船戸氏のアジア史観と小説作法を知るための材料の一つとして、以下に抜き出しておきます。


「もうすぐドイツとイギリスの戦争がはじまる。こころが躍りますよ。独立を求めるインド人はみなこの機に乗じるつもりだ、わたしも忙がしくなる」
 次郎はその眼を見つめながら紅茶のカップを持ちあげた。ジャフルが顎を撫でながらつづけた。
「東京にいるビハリー・ボースやピライ・ナイルはもちろん、だれもがヨーロッパの混乱に乗じない手はないと考えてる。チャンドラ・ボースという男の名まえを聞いたことがありますか? インド国民会議派総裁だったが、マハトマ・ガンジーの不抵抗不服従運動に飽き足らず国民会議派と訣別した武闘派です。もしかしたら、あの男は今後ナチス・ドイツの協力を得てインド独立を達成しようと考えてるのかも知れない」(310頁)
 
 
「インドが激しく動いてます、イギリスはナチス・ドイツとの戦争で植民地にたいする統治能力が消え掛かってる。チャンドラ・ボースは国民会議派が手ぬるいと批判し、ベンガル州委員会はインド独立最後通牒をイギリス政府につきつけた。ガンジーやネルーはこの勢いは無視できない。あと一カ月も経たないうちに国民会議派は反英不服従運動再開を決議するはずですよ」
「で?」
「チャンドラ・ボースが突っ走れば突っ走るほど国民会議派も独立運動を加速せざるをえない」ジャフルがそう言いながら腕組みをした。「チャンドラ・ボースが具体的な行動を起こすためには武器が要る。最初は二、三千挺の軽機関銃でいい。それだけあれば、インド政庁を襲撃して占拠できる。インド国内にも反日感情を持ってる人間はいます。そういう連中は何らかのかたちでコミンテルンとの関係を持ってる。インド医療使節団というのを御存じで?」
 次郎は街え煙草のまま首を左右に振った。
 ジャフルが下唇を舐めてつづけた。
「コートニスとかアタルといった医師連中が去年の十一月にインドを離れ、延安に向かった。毛沢東に逢い、ともに帝国主義との戦いを誓い、北支の辺区で医療活動を行なうことになった。しかし、わたしに言わせれば戯言だ。インド人はよけいなことを考えずにイギリスからの独立を目指すだけでいい、たとえどんな手段を使っても」
「政治談議をしたいだけかね、それともおれに何かを依頼したいのかね?」
「児玉誉士夫を御存じですな?」
「面識はない、名まえは聞いてるし、このブロードウェイ・マンションに住んでることも知ってるが」「涯兆銘は上海に居をかまえるまえにいったん香港で暮すはずだった。児玉誉士夫は影佐禎昭大佐の依頼で右翼団体・日本塾を母胎とする秘密組織・棒皇隊を率いて香港での注兆銘護衛に当たる予定だった。そのために大本営陸軍部は兵器廠から直接九六式軽機関銃を児玉誉士夫に渡したんです。その軽機関銃は日本総領事館経由で香港に流れた。しかし、実際には注兆銘は香港では暮さず、上海に来て梅華堂の庇護下にはいった。つまり、香港には児玉誉士夫が手配した軽機関銃が九龍の倉庫に保管されたままになってる」
「それをインドに運べと?」
「そのとおりです」
「児玉誉士夫の棒皇隊が何人で編成されてたのかは知らんが、インド政庁襲撃に必要なほどの量の軽機関銃が香港に運ばれたとは思えんが」
「もちろん現在はそうです。しかし、九六式軽機関銃はこれからどんどん香港に向かう。わたしはもう児玉誉士夫と話をつけた。大本営陸軍部もかならず協力する」
「どこから来るんだね、その自信は?」
「日独伊防共協定はまだ三国同盟化してないが、日本はいずれ英米とぶつかり合わざるをえない。その場合、日本は石油を求めて南進するしかないでしょう。狙いは蘭領東インドだが、そのまえに仏領インドシナやビルマが標的になる。それを阻止しようとするイギリスの力を殺ぐにはインドやビルマでの独立運動が望ましい。おわかりでしょう、インドに軽機関銃を送りたい理由が? その数が二千や三千ならけちな武器商人が勝手にやったことだといくらでも言い抜けられるんだし」(394〜396頁)

 しだいに戦争が深刻になっていく中で、敷島兄弟の今後の生き様がますます興味深く待たれます。【4】

※本作品は書き下ろしです。
 
 
 

2016年10月20日 (木)

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉中期の書写と思われる『源氏物語』「若紫」を「変体仮名翻字版」で刊行しました。

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10、¥1,400)


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 本書の写本としての特徴は、「解説」に書いたとおりです。
 懐中電灯で紙面をくまなくスキャンして精査し、〈墨ヨゴレ〉・〈付箋跡〉・〈剥落〉などの付加情報を丹念に記録しました。また、顕微鏡やカメラを用いて80倍に拡大し、削られた箇所で下に書かれている文字を推読したり、破損個所の判読も充分な時間をかけて読み取りました。
 こうした調査結果を、本書の本文の右横に注記として添えています。

 この次に本書を調査なさる方は、さらに精巧な機器を用いて翻字と付加情報を補訂してくださることを望みます。一応、現在可能な限りの手法で「変体仮名翻字版」を作成したことになります。

 本書を刊行した背景については、巻末の「編集後記」に記しました。
 その全文を、以下に引きます。


編集後記

 本書は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(平成二五年)、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(平成二六年)、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(平成二七年)に続く、鎌倉期古写本の影印資料シリーズの四冊目となるものである。いずれも、写本を読む楽しさを共有できるテキストになれば、との思いから編集し続けているものである。
 本書との出会いは、国文学研究資料館に収蔵されてすぐの平成一六年に、室伏信助先生(跡見学園女子大学名誉教授)とご一緒に閲覧した時である。この「若紫」は、一時期は室伏先生のお手元にあったため、数十年ぶりのご対面の場となったのである。先生は、この本が棚にあった時には『源氏物語』の本文に興味や関心がなかったので、と当時を振り返りながら感慨深げに話してくださったことが思い出される。こうして身近にあるのだから、君もじっくりと本文を調べて、あらためて報告してください、とおっしゃったことばが忘れられずにここまで来た。あれから十数年が経過した今、遅ればせながら室伏先生に影印本としてではあっても、直接本書をお手渡しできることを嬉しく思っている。
 変体仮名を字母に忠実な翻字で表記する、自称「変体仮名翻字版」という形式で刊行するのは、前著『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』に次いで二冊目となる。この翻字のよさは、今後の利活用によって認められるものだと確信している。手元の三五万レコードの翻字データベースも、この「変体仮名翻字版」に置き換えつつある。正確な『源氏物語』の本文データベースを次世代に手渡すことを一義に、臆することなく山を移す覚悟で取り組んでいるところである。
 本書の翻字資料作成と編集にあたっては、国文学研究資料館の淺川槙子プロジェクト研究員による的確な対処に負うところが多い。すでに構築したデータベースを元にした作業とはいえ、「変体仮名翻字版」への再構築は思いのほか手間と時間を要するものとなった。いつものことながら、字母に正確な翻字を行うことは、気力と体力が求められるものであることを実感している。
 引き続き、橋本本として残っている「絵合」「松風」「藤袴」の残欠三巻の編集に入っている。本書の姉妹編ともなるものであり、併せて有効な活用がなされることを楽しみにしている。
 影印画像と原本の熟覧にあたっては、国文学研究資料館の担当部署の方々のご理解とご協力をたまわった。あらためてお礼申し上げる。
    平成二八年一〇月一日
              編者を代表して 伊藤鉄也

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉期に書写された写本は、この橋本本の他の残欠本三冊と、「若菜上」の零本があります。近日中に、これらもこの影印本シリーズの一つとして刊行する準備をすすめています。

 現在私は、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本が読める環境を、こうして構築しているところです。これまでは、江戸時代の人が書き込んだ文字を取り込んだ本文を、平安時代の物語として精緻に読み込んでいました。そうした読みの意義はそれとして、それに並行して、平安時代とは言わないまでも鎌倉時代に書写された『源氏物語』を読むことも、新しい『源氏物語』の読み方になると思っています。その意義を痛感して、鎌倉時代の写本による、こうした正確な翻字を目指した作業をしています。

 本書のよううな資料を作ることは地味ではあっても、いつかは、誰かがしなければならない、必要な研究基盤の整備だと思います。そして、『源氏物語』の研究の本文という根本のところが脆弱であったことを知り、写本に書き写された本文に向き合うことから再出発する若者の出現を心待ちにしています。

 今市販されている活字の校訂本文で『源氏物語』を読むことと共に、こうした鎌倉時代の『源氏物語』の本文を読む楽しみも、新しい〈源氏読み〉として体験していただきたいと思っています。
 
 
 

2016年10月19日 (水)

清張全集復読(6)「梟示抄」「啾々吟」

■「梟示抄」
 話は、明治7年のことです。江藤新平と西郷隆盛、そして大久保利通が物語を動かしていきます。
 佐賀の乱で破れた江藤は、西郷を頼って鹿児島へ行きます。しかし、西郷は動きません。そこで仲間と一緒に宇和島から土佐へと、雪山の中を苦難の道を歩みます。清張には珍しい表現が見られる反面、清張らしくないレポーターのような口調に違和感を覚えました。
 江藤新平に関しては、もっと心の中を描き出してほしいところです。
【2】
 
初出誌:『別冊 文藝春秋』(昭和28年2月)
 
 
■「啾々吟」
 弘化3年(1844)8月14日に、肥前佐賀で同日に三人の男の子が生まれました。松枝慶一郎は鍋島藩の家老の子、後2人は大名の子と軽輩の子です。
 家格は低くても秀才だった軽輩の子石内嘉門が、それからどのような出来事に身を置くのか、開巻早々、物語の展開が楽しみになります。
 そして一読し終えて、宿命という言葉が記憶に残りました。
 明治の政争を描く中で、一人の人間の生き様が鮮やかに浮かび上がってきます。【4】
 
初出誌:『オール讀物』(昭和28年3月)
※第一回『オール讀物』新人杯佳作第一席に入選
 
参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)
 
 
 

2016年10月18日 (火)

江戸漫歩(142)九段会館と九段坂病院

 九段坂病院で、右足の指にできた疣の治療を受けてきました。
 隣接する九段会館は、外見上はまだ工事が始まってはいないようです。


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 ここは、平成23年3月11日に、東京観光専門学校の卒業式が行われていた時に東日本大震災が発生し、天井の崩落により2名が死亡したことで平成23年4月に廃業閉鎖となりました。
 もとは、「昭和御大礼記念事業」として計画され、昭和7年に起工したものです。
 2・26事件の時には、戒厳司令部がここに設置され、満州国皇帝・愛新覚羅溥儀の弟・溥傑と、侯爵・嵯峨実勝の長女・浩の結婚式がここで挙行されたという歴史を持っています。

 池田亀鑑に関連して昭和初期のことを調べている関係で、こうしたことにも注意が向くようになりました。船戸与一の『満州国演義』を読んでいることも、こうした戦前の歴史への興味を掻き立てているように思えます。
 ただし、私は1度もここに入る機会がありませんでした。

 さて、この九段会館の南に建つ九段坂病院へは、1ヶ月ほど通院に間が空きました。先生からは、10日から2週間くらいの間隔で通院するように、との指導を受けました。

 足指にできた2つの疣は、外見上はきれいになっています。しかし、まだ皮膚の奥にウイルスが残っている形跡があるようです。
 確かに、歩く時に小石を踏んだ時のような違和感を感じることがあります。

 この夏以来、9月からの忙しさにかまけて、つい通院をさぼっていたのは確かです。
 命に別状がないことと、あまり苦痛に感じるものではないので、つい気が緩みます。
 病院は便利なところにあり、通勤の途中に立ち寄れるので、年末までには通い詰めて完治させます。
 
 
 

2016年10月17日 (月)

浪速の四天王寺を散策する

 所用で大阪に来ました。空き時間を有効にと、天王寺にある四天王寺に立ち寄りました。
 石鳥居は、西の海に沈む夕陽を拝むように建っています。極楽往生を念じる聖地です。


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 額には、極楽への入口だと書かれています。


釈迦如来
転法輪処
当極楽土
東門中心

 ここは、お彼岸のたびに両親と来たものです。父が亡くなってからは、母と子どもたちとで毎年来ました。
 私の出身高校がこの近くなので、勝手知ったる地域です。
 高校時代は、この近くの図書館に籠もって本を読んでいました。

 西大門(さいもん、極楽門)から見る五重塔はみごとです。
 この塔は、昭和34年に再建されました。新しいもので八代目です。
 家族と何度も上りました。ワイワイガヤガヤと、一緒に来た日が思い出されます。


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 いろいろと欲張った願いを込めて、極楽門に取り付けられている転法輪(チャクラ)を回しました。
 心が清浄になりますようにという意味の「自浄其意」と唱えて、転法輪を右に回すのです。


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 亀の池も健在です。ここの亀は、愛嬌があって時の経つのを忘れさせてくれます。
 後方に六時礼讃堂があります。
 その前、写真右手の石舞台では、四天王寺の雅楽が舞われる所です。宮中(京都)、南都(奈良)と並ぶ「天王寺楽所」は、最古の様式を伝えているといわれています。

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 そこから南を望むと、工事中の中に「聖徳太子千四百年御聖忌」という幕が見えます。今、仁王門は見られません。


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 経木を流す亀井堂も、かつてのままです。
 お彼岸には、参道や境内で経木を買い求め、願い事と名前を書いて柄杓で流しました。


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 こうして、出歩くたびに懐旧の情に浸っていては、さらに前に進む推進力が弱ります。
 息抜きのための適度な回顧に留め、過去・現在・未来のことを思って体内のメモリを使い尽くすのではなくて、現在から未来を考えることに専念したいものです。

 新幹線の中で、うつらうつらとしながらここまで書きました。
 そろそろ日付が変わる頃ということもあり、まわりのみなさまはほとんどがお休みです。
 慌ただしいだけの日々の中にいます。時間が止まったかのようなこの空間は、なかなか居心地のいいものです。
 
 
 

2016年10月16日 (日)

最適な4輪式キャリーバッグとの出会いと点字ブロックの今後

 移動が多い私は、その時々に持ち歩くバッグをいくつか持っています。しかし、なかなかピッタリのものがありません。特に、中くらいの大きさと分量の時のバッグが、微妙に合っていないと思っていました。

 最近探し求めていたのは、A4より一回り大きいノートパソコンがちょうど入り、キャリーバッグのキャスターにロックがかかるものです。
 こうした用途のための、最適なキャリーバッグを一つ持っていました。しかし、それが10年前の物だったので、角々が痛んできています。

 今日は帰洛のために東京駅へ出たついでに、ふらりとカバン屋さんに立ち寄りました。幸運なことに、地下街に3軒続きのカバン屋さんがあり、その一つでちょうどいい物と出会えました。それでも、色が好みのものと微妙に違うのです。

 同じ系列の店が、隣の有楽町駅の前にもあることがわかりました。思い立った時にと意を決し、行ってみることにしました。

 専門店だけあって、思い通りの最適な物と出会えました。
 ちょうどいい大きさに加え、従来よりも深さがあります。しかも、取っ手がお洒落です。入荷したばかりの最新デザインだそうです。

161016_carrybag


 早速、手にしていた荷物を詰め替えて、新しいキャリーバッグで西に向かいました。このキャスターをロックするシステムは、なかなか快適です。

 これまでに、旅行客の4輪のキャリーバッグがバスの中の狭い通路を勝手に滑走したり、急ブレーキで前に飛んでいく場面に出くわしました。ホームから、コロコロと転がって線路に落ちる所も目撃しました。
 とにかく、4輪で手押し式のキャリーバッグは、勝手にあちこちと動き回るので危険です。

 傾けて引っ張る形の2輪式は、後ろに長く引きずるので、人ごみの中では邪魔者扱いをされます。しかし、バスやホームでは、安定して立つので安心です。
 一長一短がある中で、今回見つけた、キャスターをロックできるバッグは、4輪の中では安全で便利なものです。

 キャリーバッグは、駅や商店街では、点字ブロックの凸凹がキャスターをガタガタさせるので、嫌われがちのようです。スピードを落とさせるために、鉄球が埋め込まれた交差点がありました。そこを自動車が通過する時には、スピードを落とすのには有効な仕掛けでした。しかし、車内への振動が不評だったこともあり、今では国内ではほとんどなくなったようです。

 しかし、街中や駅のホームなどでの点字ブロックは、視覚障害者には必須です。そうは言っても、キャリーバッグを引く旅行者が不快に思う点字ブロックの敷設は、その凹凸の形状を含めて再考されるのかもしれません。今後は、この共存がさらに検討されることでしょう。
 
 
 

2016年10月15日 (土)

箱根駅伝予選会の結果

 少し肌寒いながらも、秋晴れの1日でした。
 今日は、大学院大学の入試説明会があったため、土曜出勤となりました。

 立川の今日は、第93回箱根駅伝予選会のために、駅は大混雑です。
 先日、「箱根駅伝の予選会が今年も立川で」(2016年10月11日)という記事をアップしたので、その結末も書いておきます。

 今日の予選会の結果は、次の通りでした。
 と言っても、実際に国営昭和記念公園で見たのではなくて、ニュースからの引用ですが。


1位 大東文化大 5年連続48回目
2位 明治大 9年連続59回目
3位 創価大 2年ぶり2回目
4位 法政大 2年連続77回目
5位 神奈川大 7年連続48回目
6位 上武大 9年連続9回目
7位 拓殖大 4年連続38回目
8位 国学院大 2年ぶり10回目
9位 国士舘大 3年ぶり45回目
10位 日本大 5年連続87回目

 我が母校も箱根に出るようです。知っている人がいるわけではないのに、高校野球と一緒で、母校の出場は何となく嬉しいものです。かつてその学校で学んだというだけです。しかし、自分が駆け抜けた時間と場所には、何か忘れ物をしてきた思いが残っています。吹っ切れないままに、気がかりなことがあるからでしょうか。分野は違えども、後輩の活躍が不思議と元気を与えてくれます。つい、応援してしまいます。他校よりも良く見られたい、という気持ちもあるのかもしれません。母校というのは、説明しがたい存在です。

 今日の予選会で勝ち残った10校と、すでにシード権を獲得している次の10校が、2107年の正月2日と3日に箱根路を走るのです。


青山学院大、東洋大、駒澤大、早稲田大、東海大、順天堂大、日本体育大、山梨学院大、中央学院大、帝京大

 駅伝好きな私は、毎年これを楽しみにしています。
 さて、来年はどういう結末となるのでしょうか。

 そろそろ、来年のことが話題になる時期となりました。
 身辺が慌ただしくなる日々が、着実にやってきています。
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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