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2017年3月 2日 (木)

橋本本「若紫」で同じ文字列を同じ字母で傍記している例

 いつものように日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻の字母に注目しながら読んでいます。
 今日は、講座の受講生の方から、貴重な意見をいただきました。次のように書かれている箇所をどう読むか、ということです。
 14丁表で終わりの2行は、次のようになっています。


170302_yositada


 この最終行の手前の行間に、なぜ「よし堂ゝ」とあるのか、というのが問題なのです。
 その直前の行末にある「よし堂ゝ」と同じ字母で書かれています。それも、ほとんどが右横に傍記されるのに、ここでは左側に傍記されているので、なおさら不可解です。

 ここの諸本を見ると、次のような本文の異同があります。まず17種類の諸本の略号をあげてから、本文の異同を示します。


橋本本・・・・050000
 大島本(1)[ 大 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
 
 
よきり[橋=大尾中麦阿陽池肖日保高天]・・・・051074
 より[御穂]
 ナシ[国]
 よきおり[伏]
おはしましたる[橋=高]・・・・051075
 をはしましける[大御保]
 おはしたる/し+〈朱〉まし[尾]
 をはしましたる[中陽天]
 おはしましける[麦阿池国肖日穂伏]
よし/し=よしたゝ〈左〉[橋]・・・・051076
 よし[大尾中麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]
たゝいまなん[橋=尾陽御国保伏高天]・・・・051077
 たゝいまなむ[大中池肖日穂]
 たゝ今なん[麦阿]
うけたまはりつる[橋]・・・・051078
 人[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 うけ給はり[尾中高天]
 うけ給[陽]
ナシ[橋]・・・・051079
 申すに[大池御肖保]
 はへりつる[尾高]
 さふらひつる[中]
 申に[麦阿国穂伏]
 侍つる[陽天]
 申すに/〈改頁〉[日]
おとろきなから/き〈改頁〉[橋]・・・・051080
 おとろきなから[大尾中麦阿陽御国肖日保伏高天]
 おとろきなから/前1ら〈改頁〉[池]
 をとろきなから/〈改頁〉[穂]

 受講生の方の意見は、この「よし堂ゝ」は最終行の丁末にある「おとろ」に対する傍記ではないか、というものでした。つまり、「う遣多ま八里つる」と「おとろ~」の間に「よし堂ゝ」を補入したいのではないか、と見る意見です。ただし、ここに補入記号の○などはありません。

 その時に、私の手元に諸本の正確な翻字資料がなかったので、指摘があったことの可能性を保留にして、私の宿題にさせていただきました。そして今、諸本を調べると、上記のようになっていることが確認できました。

 結果的に、この丁末の「おとろ〜」の前後に「よし堂ゝ」が入るような異文は見つかりませんでした。特に、私が乙類としている大島本などの本文の類が橋本本の校訂に参照されていることを考えても、そうした痕跡は大島本などの乙類にはまったくありません。

 これで、問題は白紙にもどりました。一体、なぜ、この行間に「よし堂ゝ」という文字列が書かれているのでしょうか。間違って書いたとは思われません。間違いだったとしても、ミセケチや削除もしていません。字母が同じ文字列というのも不可解です。
 親本に書かれていたままに書写している可能性もあります。しかし、それでは親本はなぜそのような本文を伝えていたのでしょうか。そうしたことの説明が、今の私にはできません。

 この件に関してご教示のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 

2017年2月16日 (木)

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その2「も」)

 今日も日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻を字母に注目しながら読みました。
 前回の講座で、テキストとして使用している『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016年)の翻字ミスを指摘していただき、その訂正を「橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1「本」)」(2017年02月02日)で報告しました。

 今日も、受講生の方から、テキストの不備を見つけてくださいました。今回は、書写されていた文字が、活字での翻字欄に印刷されていない、というものでした。翻字本文に、脱字があったのです。

 13丁裏の5行目で、次のように書写されている所です。


170216_missmo_2



 テキストでは、「・【事】ともを・」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「・【事】ともを・」とすべきところです。「」の脱字です。「【事】とも」がミセケチになっていて、その「も」の横に「人」と書かれていることも、念のために記しておきます。

 申し訳ありません。お手元にこのテキストをお持ちの方は、前回の「本」(12丁表の後ろから2行目)の訂正と共に、この「も」の追記をお願いします。

 二度あることは三度ある、などと思わず、気長にお付き合いください。

 
 
 

2017年2月 7日 (火)

科研の触読サイトから『立体〈ひらがな〉字典(第2版)』を公開

 科研費「挑戦的萌芽研究」による研究成果を公開している「古写本『源氏物語』の触読研究」のホームページで、「触読通信」のコーナーから、「『立体〈ひらがな〉字典』の第2版」をアップしました。

 これは、2016年2月7日の初版から、大幅にバージョンアップしたものです。
 前回同様に、科研運用補助員の関口祐未さんの労作です。
 内容は、「凡例」「索引」「ひらがな文字の説明文・五十音順」で構成しています。
 その「凡例」の冒頭を引用します。


 ひらがな文字の形を、触常者が触って学習することができるように、画用紙を用いて、ひらがなの形に切りとった凸文字を作成しました。「厚紙凸字」と呼ぶことにします。

 「厚紙凸字」を触りながら、ひらがなの形が、より明確にイメージできるように、文字の形を説明した『立体〈ひらがな〉字典』を作成しました。2016年2月7日に、初版を公開しました。その後、凡例と説明文を見直し、表現を改め、第2版として2017年2月4日に更新しました。
 
2.厚紙凸字とは
 
 厚紙凸字は、ひらがな五十音を、一文字ずつその文字の形に画用紙から切りとり、文字の線が凸型に突き出た形に作った道具です。
 厚紙凸字の字体は、丸ゴシック体です。一文字の大きさは約5センチ、線の幅(太さ)は3ミリから4ミリです。
 ひらがなの凸文字は、正方形の台紙に貼りつけ固定しました。台紙は、一辺が6センチの正方形です。文字の正しい向きが触ってわかるように、台紙の右上角を1センチ切り落としています。
 ひらがなの凸文字には、筆順に従って線に段差をつけました。1画目の線を一番高くし、一画進むごとに、線の高さが一枚(一段)ずつ低くなる仕組みです。段差をつけることによって、筆順を示すとともに、書き始めとなる1画目の線や、線同士の区別がしやすいようにしました。

 実際の厚紙凸字は、つぎのような形をしています。


170207_totsujia


 この字典の「あ」の項目では、次のような説明文があります。


170207_setsumeia


 これは、目が見えない人に言葉で説明することを想定した文章です。

 説明文を作成するにあたったは、伊藤の科研の研究協力者である福島県立盲学校の渡邊寛子先生に、説明文を一つ一つ確認していただき、ご教示いただきました。ありがとうございました。

 関口さんの話では、懸案だったひらがな「つ」「ち」「わ」などの大きな曲線部分が、渡邊先生のご指導のおかげでうまく表現できたので、それが一番うれしかった、ということです。

 これはまだまだ試作段階です。今後とも、弛まぬ調査・研究を続けることで、よりよいものに仕上げていきたいと思います。

 この字典を通してお気付きの点がございましたら、いつでもお知らせいただけると幸いです。
 
 
 

2017年2月 2日 (木)

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1「本」)

 日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」を字母に注目しながら読み進めています。
 今日は受講生の方が、翻字の誤りを指摘してくださいました。確かに、ケアレスミスでした。

 12丁表の後ろから2行目に、次の文字が書写されています。


170202_kowore1


 テキストでは、「これ」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「これ」とすべきところです。
 現行の平仮名の書体に引きずられての翻字のミスです。

 現在、「て=天・弖」と「け=个・介」の識別について思案中です。
 近日中に決断しようと思っています。

 平仮名や変体仮名の字母を認定することが、こんなにもややこしい問題を抱え込んでいるものだとは思っていませんでした。一連の「変体仮名翻字版」の資料を作成する中で、このことを痛感するようになりました。

 今後とも、こうした翻字の誤りや、迷って決めかねる字母の判定などについても、ここに提示していくつもりです。お気付きの点がありましたら、遠慮なくお知らせください。
 
 
 

2017年1月28日 (土)

平仮名「て(天)」と変体仮名「弖・氐」について(その2)

 明治33年に平仮名の字体が一文字に統制されました。小学校令の改正を受けた小学校施行規則によるものです。その時、「TE」については、「天」を字母とする「て」が選定されました。その事情について、今はまだ私にはよくわかりません。しかし、鎌倉時代からの仮名文字で表記された古写本を読み続けている感触からは、妥当な結論だったように思っています。

 その平仮名の「て」に関して、字母をどうするかで、いまだに迷いがあります。
 「く」のように見える「弖」や「氐」を「て」として翻字して来ていたからです。これまでに私は、「天・弖・氐」の草書体について識別基準をもっていなかったので、「く」のように見える文字も、その字母はほとんどを「て(天)」としてきました。

 先週の研究会で、関西大学の乾善彦先生から、第一画の線の長短によって見分けられる、とのご教示を得ました。つまり、第一画が長ければ「天」であり、短ければ「弖」だということです。いま、「氐」のことはおきます。

「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)

 そうであれば、そうした判断基準を設定することは可能です。しかし、そう単純に識別できない例にしばしば出くわしていたことから、これまで私は割り切ることができないでいたのです。

 そんなことを考えていた時、鎌倉時代に書写された国文学研究資料館蔵(橋本本)『源氏物語「若紫」』の中に、次の例があったことを思いだしました。「給て」(38オ8行目)とあるところです。

170128_hasimoto05te


 この「て」下に書かれている文字が「弖・氐」であることは、その直前の丁末の行頭にある「や可弖(氐)」(37ウ)からも明らかです。


170128_hasimoto05yakate


 昨日、日比谷図書文化館の講座に参加しておられる方々が、橋本本『源氏物語』の原本を実見するために国文学研究資料館にいらっしゃいました。午前と午後に7名ずつに分かれて、橋本本『源氏物語』を実際に閲覧していただき、いろいろとお話をしながら説明をしました。

 その際、上記の問題を再度確認しました。確かに、「弖・氐」と書かれた文字を削った上に「て」と書かれていました。

 つまり、最初に書写された「弖・氐」を削って、その上から「て」を書いたということは、書写者に字母に関して識別する意識があったということが確認できるのです。
 そうであれば、なぞられた「て」は現行の平仮名の「て」なので、その下に書かれていた文字は「弖」か「氐」だったことになります。これは、翻字する際に書写された文字の字母を意識して対処する上では、この字母の識別を明確にすべきです。下に書かれた文字を「て」としたのでは、正確な翻字とはなりません。

 となると、最初に書かれた下の文字は「弖」とすべきか「氐」とすべきか、ということになります。このことは、次回にします。

 平仮名が約50個に絞り込まれた経緯を、ずっと追い続けていることに関連して、しばらく、この件で調べたことを何度かに分けて報告します。
 
 
 

2017年1月23日 (月)

ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について

 一昨日の清泉女子大学で開催された「表記研究会」で、3人の発表の後のシンポジウムでは、今野真二先生が司会進行役となり「仮名の成立」というテーマで全体討論がなされました。

 その質疑応答の最後の方で、私は発表で提示されたプリントに引かれた文字資料について、その翻字に関する質問をしました。それは、「て」の表記について、その字母を「天」とするか「弖」とするか、ということです。

 まず、乾善彦氏に、「正倉院仮名文書二通にみえる字母」にあげられた「天・弖」について、その字母の識別についてお尋ねしました。万葉仮名で表記されているので、この識別は問題はないとのことです。
 続いて、長谷川千秋氏の発表資料にある影印文字の「天・弖」について、全7例の字母の確認をしました。
 乾氏から、第一画の線の長短によって見分けられる、とのご教示を得ました。つまり、第一画が長ければ「天」であり、短ければ「弖」だということです。

 その基準によれば、長谷川氏の資料にあった次の文字は、それぞれ次のようにその字母を認定できる、ということを確認することができました。

 まず、「天」となるもの。


「讃岐国司解端書 藤原有年申文」
(漢字の「天」をつかった【比天(ひて)】)

170121_te2



「虚空蔵菩薩念誦次第紙背仮名消息 かな消息(第Ⅲ種)」
【之天无(してん)】

170121_te6


 次に、「弖」となるもの。


「多賀城跡出土仮名漆紙文書」
(「弖」の左に人偏の「イ」の付いたものだとのこと)

170121_te1


「東寺檜扇墨書」
【太弖(たて)】

170121_te3


「伊州某書状写(唐招提寺施入田劵文写、第15紙」
【太弖(たて)】

170121_te4


「因幡国司解案紙背仮名消息」
【美弖(みて)】

170121_te5


「小野道風書状」
【以弖(いて)】)

170121_te7


 これまで私は、「弖」の認定基準をもっていなかったので、ほとんどを「天」としてきました。
 しかし、今回ご教示いただいた認定基準は、これまで見てきた『源氏物語』の古写本にはあてはまらない例が多いようにも思われます。
 この件は、後で詳細に確認し、報告したいと思います。
 しばらく時間をください。
 
 
 

2017年1月21日 (土)

江戸漫歩(151)「表記研究会」で清泉女子大学へ行く

 清泉女子大学で開催された「表記研究会」に行ってきました。
 最寄り駅である五反田駅前には、今も郵便ポストが2つ並んでいました。


170121_post


 このポストのことは、「江戸漫歩(4)怪しい郵便ポスト」(2008年01月19日)に書きました。この時のポストは、もっと寄り添っていました。向かって左側のポストが、さらに左に引き離されたようです。

 清泉女子大学は、閑静な住宅地の中にあります。


170121_entrance


 この近くには来たことがあります。しかし、キャンパスに入るのは初めてです。

 ここで教員をしている、大阪大学で一緒に勉強した研究仲間の藤井由紀子さんが、あらかじめ守衛さんに連絡してもらっていたので、迷わずに行けました。


170121_honkan1


 藤井さんに学内を案内してもらいました。100年の重みを感じる、素晴らしい環境です。映画やテレビの撮影でも使われるそうです。

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 研究会が始まる前に、藤井さんにお願いして、この研究会の司会進行役である今野真二先生を紹介してもらいました。今野先生の本はほとんど読んでいたので、私にとっては旧知の研究者です。ただし、初対面です。

 最初から質問をしました。明治33年にひらがなを決めた事情を明らかにしてほしいと。
 しかし、当時の資料がないので、そのことはほとんどわからない、とのことでした。
 これは、当時の資料を丹念に調べるしかありません。

 そうこうするうちに、中部大学の蜂矢真郷先生がいらっしゃいました。
 日比谷図書文化館で『源氏物語』を読む講座を受講なさっている方が2人お出ででした。

 研究会は、3人の発表で進みました。一人30分の発表です。
 配布された資料から、発表を聞いて確認できたことを抜き出しておきます。
 
(1)「かたちからみた仮名の自立」
     愛媛大学  佐藤 栄作氏


仮名(真仮名①、草体仮名、省画仮名)が新たな文宇体系であると確認するためには、真名に見られない「かたちに関わるふるまい」が観察されるか否かがポイントになる。

 なお、ひらがなの「ま」は用例からは、下の線が長いとのことでした。
 
(2)「仮名の資格」
     関西大学  乾 善彦氏


漢宇の「形(ケイ)」を残す限り、意味への抽象性はみとめられても、完全に意味から脱却することはできない。その点で、万葉集仮名書歌巻の仮名は、「仮名」に近い性格を持ちながらも、仮名の資格にかける。逆に文書中の仮名は独立して日本語をあらわさないかぎりにおいて、仮名の資格にかけるが、ひらがなに連続するものと考えられる。漢字の「形(ケイ)」からの脱却が、「仮名」への第一歩と考えるが、基層の仮名と実用の仮名との関係を考えることが求められているのだろうか。

 
(3)「平安期の仮名資料からみた仮名の成立」
     山梨大学  長谷川千秋氏


仮名と漢字は、判断・評価などの微妙なニュアンスを伝達する箇所を仮名が請け負い、手続きや事態の経過など叙述的な面を漢字が請け負い、伝達内容によって漢字列と仮名列の切り替えが起きているように見受けられる。仮名は、表音的な機能をもつことから、
 
 
このことから、土左日記で漢詩を漢字で書かないということは、文学的行為としての選択であり、日用的な書き様とは切り離して考えるべきところであろうと思われる。こうした漢字列を排除する表記態度の延長に十一世紀の和歌表記が位置づけられていくと推測する。

 
 その後の「全体討論」であるシンポジウム「仮名の成立」については、あらためて別に記します。
 
 
 

2017年1月15日 (日)

葛原勾当のひらがな日記について

 本郷三丁目であった、日本のローマ字社(代表 木村一郎)のイベントに参加してきました。
 ホームページには、次の案内文があります。


新年の集い 2017

とき: 2017ネン 1ガツ 15ニチ, 14:00〜
ところ: NRS ジムショ
おはなし: 幕末を生き抜いた盲目の琴師
       葛原勾当のひらがな日記を読む
はなして: くずはら・まこと (葛原 眞)さん
きどせん: 500エン(NRS カイイン わ ただ)

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Sinnen no Tudoi 2017

toki: 2017 nen 1 gatu 15 niti, 14:00-
tokoro: NRS zimusyo
ohanasi: Bakumatu o ikinuita mômoku no kotosi
     Kuzuhara-Kôtô no hiragana nikki o yomu
hanasite: Kuzuhara-Makoto (葛原 眞) san
kidosen: 500 En(NRS kaiin wa tada)

170115_tirashi


 かねてより、葛原勾当について興味を持っていたので、聞きに行ってきました。

 江戸時代から明治時代にかけて、盲人ながらも現代のタイプライターとでも言うべき、木活字を駆使して40年間も日記を書き(スタンプ印刷し)続けた人です。
 『葛原勾当日記』(小倉豊文、緑地社、1980)や『日本語発掘図鑑』(紀田純一郎、ジャストシステム、1995)で、この日記のおおよそのことは知っていました。


170115_katujibako


(『日本語発掘図鑑』13頁)

 「遊び棒」と呼ばれる印字位置を示す一本の黒っぽい棒が、今のパソコンで言うとスペースやカーソルに当たるものです。

 しかし、実際に葛原勾当の直系の縁者である方からお話を聞くことで、具体的に盲人と文字というものについて再度考えるきっかけをいただくことができました。

 現在、私が科研で取り組んでいる「古写本『源氏物語』の触読研究」の連携研究者として一緒に勉強している中野眞樹さんが、昨春ここで研究報告をしていたことを知りました。そのことをまったく知らずに来たのですから、これも縁なのでしょう。中野さんは、今日はセンター試験の監督があるとのことでお休みだとのことでした。

 葛原勾当の木活字による携帯用の印字道具は、東大の史料編纂所がレプリカを作っていました。それを使って、葛原眞氏が実際に文字の印刷をテストする実験映像を拝見しました。これを見ると、この木活字を使った印刷の過程がよくわかります。ぜひとも公開していただけるようにお願いしました。いずれ、実現すると思います。

 葛原勾当について、すこしおさらいをしておきます。
 3歳頃に天然痘で両目を失明。14歳で座頭。その後、検校にはならなかったのは、当道座の階位を得るのには多額の金銭が求められたからだそうです。
 16歳で備忘録としての代筆日記をつけさせます。
 22歳の時に勾当になったことで上京。1ヶ月京都に滞在。この時に木活字を入手したようです。
 25歳で結婚。26歳から木活字を使って自ら印字して日記を付け始めます。
 明治15年に71歳で亡くなります。

 勾当日記に出てくる文字は、次のものが基本です。


170115_kana1


 これを通覧して気付くのは、明治33年に制定された現行ひらがなの字体がほとんどであることです。
 4行目の「於」の字形に留意したいことと、5行目の「江」、7行目の「志」が変体仮名となっていることが特徴です。ここには、「え」がありません。今の「お」に近い字体が別にあるので、こうしたことにも注意しておくべきでしょう。

 葛原勾当が木活字を用いて残した日記は、次のようなものです。


170115_kana2


 活字は何度か作り直していたようです。濁音の判子は別に作っていました。
 上の写真の3行目で「十四日よる」とある「よ」は、その下に不明の文字が一文字捺されていることがわかります。「日(ひ)」とあれば、次の行の「日る」と並んでいいのですが、どう見ても「日」ではないので思案中です。
 こうした印字の間違いは、その行を終える前であれば、すぐに直していることがわかります。その後の間違いは、もう直しようがなかったようで、いくつもそうした例が見られます。

 この勾当日記には、112箇所の間違いがあり、前後左右の間違いは92箇所あるそうです。文字を進める時や、行が移る時にケアレスミスがあるようです。

 この葛原勾当日記については、またわかりしだいに報告します。
 
 
 

2017年1月12日 (木)

渋谷氏による『源氏釈』の研究資料が全面改訂へ

 渋谷栄一氏が作成中の『源氏釈』の研究資料に関して、以下のような全面改訂の方針が示されました。これは、ご自身の「楽生庵日誌(1月11日)」で表明されたものです。
(http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/rakuseian.html#551277658d71862cec8cf1cf6089e)
 


【1月11日(水)】
「源氏釈」の全面改訂について、
第1は本文資料を漢字仮名字母による翻字法に切り替えたこと、
第2は対校写本を平安・鎌倉・南北朝期頃までの写本の写真影印資料等に拠り、青表紙・河内本・別本の枠組みを外したこと、
第3には後世の仮託偽書は除外したこと。
平安末期の藤原伊行の源氏物語の本文と注釈について考究していくことを目的とした。

 大賛成です。こうあってほしいと願っていたことなので、今後の進捗がますます楽しみになりました。

 この『源氏釈』の改訂版と、私が構築しつつある『源氏物語』の本文に関する「変体仮名翻字版」のデータベースがリンクする日が来ることを思うと、今からワクワクして来ます。
 これが実現すると、『源氏物語』の本文研究史と注釈史の研究が、格段に精緻なものへと変わっていくことでしょう。

 これまでの研究資料は、明治33年に施行された、現行ひらがな書体という制約から出ないままのものがほとんどでした。つまり、簡略化された翻字や翻刻による研究がなされていました。それが、注釈書の原本に書写されているままの文字列で研究ができるようになると、より正確な翻字資料で考えることができるようになるのです。簡略版による翻字資料での研究には、やはり限界があり、学際的な研究には至らなかったのです。

 これで、研究環境が各段に向上します。後は、一点でも多く変体仮名を用いた翻字資料が増えることを待てばいいのです。
 『源氏物語』の本文の翻字は、着実に進展しています。
 これに加えて、『源氏物語』の注釈書の翻字も、「変体仮名翻字版」で展開することを考えたいと思います。

 昨日の、本文分別に関する渋谷氏の記事に引き続き、これも新年早々うれしい知らせとなりました。
 少しずつではあるものの、『源氏物語』の研究環境は着実に進化しています。
 若い方々がこうした資料を活用し、新しい視点での研究成果を公表される日が来ることが期待されます。
 この問題に興味をお持ちになった方からの、質問や連絡をお待ちしています。
 
 
 

2017年1月 7日 (土)

久しぶりの大阪駅で『源氏物語』の翻字の打ち合わせ

 大阪駅に行ったのは、本当に久しぶりです。
 駅ナカのホテルのラウンジで、『源氏物語』の古写本を翻字してくださる方とお話をしてきました。

 かつて私と同僚だった方の今の同僚で、翻字に興味を持ってくださった方がいらっしゃるとのことで、直接お目にかかって説明をしました。顔を合わせてお話をする、ということを大事にしているからです。
 尾州家河内本『源氏物語』をお願いしようと思います。

 明治33年に策定された、現行のひらがな約50種で作成した翻字データは、すでに私の手元に相当数あります。約30万レコードのデータベースとなっています。それを、書写された文字の字母に忠実な、「変体仮名翻字版」と言っている正確な翻字をお願いし続けているのです。

 「安」も「阿」も、これまでは「あ」という一文字のひらがなで翻字をしてきました。しかし、それは不正確であり、写本に書かれている文字の姿から翻字に戻れないものです。次の世代に嘘の翻字データを引き渡すわけにはいかないので、「安」は「あ」に、「阿」は「阿」で翻字をしていただくのです。今からちょうど2年前に決断した、新しい方針です。

 国文研蔵橋本本「若紫」の冒頭部分の例をあげます。


170107_boutou


 これを翻字する場合、これまでは次の写真の左側列のように、「わらはやみに」としていました。明治33年に一文字に限定されたひらがなで済ませていたのです。しかし、これを「変体仮名翻字版」で翻字をすると、右側列のようになります。


170107_honji


 「変体仮名翻字版」の列にある、「八」「三」「尓」が、字母を混在させた、写本に戻れる翻字です。左右の列の文字の違いを見ると、今までの左側の翻字の不正確さが明らかでしょう。

 「変体仮名翻字版」であれば、写本に書かれている文字がほぼ正確にデータ化できます。もちろん、崩し字は一様ではないので、字母である漢字に近い形であったり、明治33年に国策として一字体に決められた現行のひらがなの字体であったりと、その間でさまざまな変化があり、揺れがあります。そこまで厳密な違いを文字データベースで再現することは困難なので、写真に依ることにしています。今はひとまず、嘘のひらがなによる翻字ではなくて、字母レベルに一元化しての翻字に移行しているところです。
 これで、これまでよりも少しでもましな「変体仮名翻字版」によるデータが出来上がります。

 翻字をお願いする、と言うと、何やら難しい特殊な能力を求められるかのように思っておられる方が大半です。しかし、私がお願いするのは、写本の影印資料と、すでに完成している現行ひらがなによるテキストデータを渡し、データをパソコンで「変体仮名翻字版」にしてもらうのです。つまり、写本はすでに正確に読まれており、そこに用いられた平仮名を変体仮名に置き換えてもらう作業になるのです。ややこしいいことと言えば、データベース化にともなう、写本が書かれている現状を記述した付加情報でしょうか。しかし、これは2人目の別の方が確認するので、特に神経質になっていただく必要はありません。
 とにかく、後ろを振り向かず、ひたすら前を見て進んでください、と言ってお願いしています。

 私は特に翻字の進捗具合を催促はしないようにしているので、気長に続けていただければ、と願っています。
 『源氏物語』の写本の分量は膨大なので、90年を一応のメドとして取り組んでいます。私一代ではできないプロジェクトなので、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉を設立して取り組んでいるところです。
 NPO活動の一環なので、ほんの少しですが謝金をお渡ししています。翻字作業をお願いする方には、NPO組織の支援会員になってもらうことを原則としています。しかし、その会費は謝金ですぐに相殺されるように配慮がなされています。

 今日も、こうした取り組みに興味を持っていただけたことは、ありがたいことでした。
 東京では、日比谷図書文化館での講座を通して、少しずつ翻字を手伝ってくださる方が増えています。今後は、関西での支援者が一人でも増えるように、意識していろいろな方に語りかけ、呼びかけて行きたいと思っています。

 帰りに、JRで京都方面行きのホームにあがったところ、事故か何かで電車が遅れていました。
 なかなか来そうにないので、いったん改札の外に出て、阪急で帰ることにしました。

 久しぶりに訪れた大阪駅の北側の外観は開放的でした。


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 北向きに見下ろすと、スケートリンクが出来ていました。
 みなさん楽しそうに滑っておられます。


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 この大阪駅の北側地域は、今後はさらに開発が進みそうです。
 新しい大阪駅が、ますます楽しみになりました。
 
 
 

2016年12月12日 (月)

総研大文化フォーラム(第1日目)で触読研究の成果を発表して

 無事にポスター発表を終えました。
 今年は、発表者に1分間の自己ピーアールの時間が与えられ、ストップウォッチに急かされるように、ショートスピーチをさせられました。

 私は、3年連続で触読研究の成果を報告していることと、音声のアシストで展開するようになったことに加え、昨日は国立民族学博物館で「古写本『源氏物語』の触読研究会をやってきたことをお話しました。

 ポスターセッションでは、30分の発表の間に、いろいろな方からお声掛けをいただきました。


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 みなさん、目が見えない方が本当に読めるのかなー、という問いかけから始まります。

 立体コピーのサンプルと、科研の三つ折りのチラシをお渡ししました。

 それぞれに課題と問題意識をお持ちの先生方や大学院生の集まりなので、ご自分のテーマとの接点を求めての質問が多かったように思います。

 『立体文字触読字典』と連綿のサンプルを、上記写真にもあるように、ポスターの右横に貼り付けて、自由に触っていただきました。みなさん、興味を示しておられました。

 懇親会でも、いろいろな角度からの質問や感想がありました。
 理科系の方々とお話をしていると、さまざまな刺激をいただけます。
 さらなるバージョンアップにチャレンジしていきます。

 みなさま、拙い話をお聞きいただき、ありがとうございました。
 
 
 
 

2016年12月10日 (土)

民博で古写本『源氏物語』の触読研究会

 昨年度からスタートした科研費による「挑戦的萌芽研究」に関する報告です。

 現在取り組んでいる、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(研究代表者:伊藤鉄也/課題番号︰15K13257)というテーマでの、第4回目となる研究会を、大阪にある国立民族学博物館で開催しました。

 東京から私と一緒に参加する4人(内、全盲お2人)とは、金曜日の早朝9時に東京駅構内の東海道新幹線八重洲南乗り換え口で待ち合わせをしました。
 尾崎さんは、お母さんが東京駅まで付き添って来られ、乗り換え口で引き継ぎました。

 福島県からお越しの渡邊先生は、駅職員の方の介助を得て、東北新幹線から乗り継いで東海道新幹線17番線ホームに来られました。駅員さんは、非常に親切な対応でした。
 出迎えと見送りに来た妻も、お2人との再会を喜んでいました。

 新大阪駅までの車中では、触読の実験をしました。
 まず、私が翌10日の総合研究大学院大学文化フォーラムで発表する、「i-Pen」という音声ペンを活用した触読と読み上げのテストです。


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 お2人からは、「i-Pen」による音声ガイドの説明がわかりやすくて、変体仮名を読みとるのに助かる、との感想をいただきました。
 ただし、改良の余地も多いこともわかりました。さらなる進歩をお楽しみに。

 また、触読字典の試作版も、実際に使ってもらい、意見をいただきました。これについても、改良点をたくさんもらいました。
 やはり、直接触っての意見をいただくと、改善すべき点がよくわかります。


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 新大阪駅に降り立って早々に、全盲の2人はホームで、点字ブロックのことを放送していることに感心したそうです。東京や福島では聞いたことがないと。

 新大阪駅から千里中央駅へは、北大阪急行を使いました。地下鉄の自動券売機には、「福祉」と書いたボタンがありました。これも、東京では見かけません。


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 ここでは、江坂駅までしか切符が買えません。その先へは乗り換えることになります。一気に行けないのは不便です。

 千里中央駅を出るとき、江坂駅からの清算をする必要があります。改札に駅員さんがおられなかったので、自動改札の横にあったインターホンで、障害者同伴の乗り越し清算の仕方を訊ねました。すると、障害者証明書を確認するので、ボックスに差し込んでほしい、とのことです。そのボックスがどこにあるのか、見回してもわからないのです。また、見つかってからも、どうしたらカメラで確認してもらえるのかも、さっぱりわかりません。

 相手の駅員さんは、モニタで遠隔対応です。目が見えない2人共に困惑しておられます。
 なんとか、2人分の証明書を小さな空間に差し入れて、モニタで確認してもらいました。晴眼者がいなかったら、手も足も出せず立ち往生です。いても、こんなに手間も時間もかかるのですから、これはあまりにも時代遅れの感覚ではないでしょうか。

 さらに、確認後はその後ろにある精算機の操作をさせられます。割引乗車券のボタンを押し、不足金額を投入します。ここでも、ボタンのアイコンと文章は「車椅子」なのです。視覚・聴覚障害の方は対象外なのでしょう。


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 そして、この車椅子ボタンの下には、「係員がまいります」と書かれています。しかし、係員は来られることはありませんでした。すべて、さらにその下にあるスピーカーの小穴から聞こえる係員と対応するのです。徹底した非人間的な対応です。

 北大阪急行がどのような会社なのかは知りません。しかし、今回の対処は、大いに問題だと思いました。この鉄道会社は、まじめに意識改革することが必要です。

 乗り替えとなった大阪モノレールの千里中央駅の自動券売機には、車椅子マークのボタンがありました。


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 これを押すと駅員の方が小窓から顔を覗かせて、窓口へ行くように指示されます。そして窓口で割引の処置をしてもらいました。今度はスムーズです。北大阪急行の酷い対応とは大違いです。

 ホームで、東京から一人でお出でになった高村先生と合流しました。高村先生は、一般の乗客の方に介助を受けながら、エスカレーターで上がって来られました。お節介だと言われている大阪のおばちゃんは、とても親切なのです。

 万博記念公園駅で、広島からお越しの田中さんと合流して、国立民俗学博物館へ歩いて移動しました。

 まず、国立民俗学博物館の広瀬浩二郎先生と、MMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)の方々の案内により、「さわる展示」を体験しました。
 触ることで自分なりの理解が深まることに加えて、解説員の方の説明でさらに興味が広がります。

 これは、今回私が総研大の文化フォーラムで報告する、古写本『源氏物語』を触読する上で、耳から入る説明の役割を体感することになりました。目が見えない方にとって、耳を通しての音の情報は貴重です。

 見学中に、公務を終えてから来阪の大内先生も合流されました。
 今回は、韓国とオセアニアの展示をMMPの方の説明でしっかりと触り、拝見しました。

 展示室からセミナールームに移り、「第4回 古写本『源氏物語』の触読研究会」となりました。

 これまでとこれからの科研の取り組みから始まりました。

(1)「2016年6月から12月までの活動報告」
 科研運用補助員の関口さんから、本年の報告をしてもらいました。

(2)来年3月で一旦終わるこの研究会の今後について、私から現在わかっている範囲でお話しました。
 早速、大内先生から来夏の第5回研究会の会場として、高田馬場にある研究所を提供できる旨の申し出をいただきました。ありがたいことです。
 ということで、科研での取り組みが終わった後も、研究会と電子ジャーナルは発行し続けることの確認をしました。

 その後、私から次の報告をしました。

(3)研究報告「i-Penを活用した触読資料」と「立体文字触読字典」の取り組みについて。
 これは、関口さんと研究協力者である間城さんの協力によって、具体的な形を見せているものです。
 まだ熟していないプロジェクトについて、貴重な意見をたくさんいただきました。特に、「誰のためのものか」ということと、「広く興味を持ってもらえるものを目指すべきではないか」という点でのアドバイスをいただきました。これは、前回の研究会でも指摘された問題点です。今後とも、心して取り組んでいきます。

(4)研究発表「絵巻の触読と触察に関する実践報告―共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」―」(尾崎栞)
 学習と研究を区別する必要がある、という視点から、これから研究者になろうとする若者に、叱咤激励のアドバイスがありました。
 サポートが得られなくなっても続けられる、自立した研究を心掛けること。おもしろみを自分で見つけることが大事だということ、見ることの代用を触ることではできないので、その意味からも、触ることでオリジナルなことが出せないか、ということを考えたらどうかという意見が出されました。
 テーマによっては、共同研究か独自の研究かの見極めも大事だと、期待を込めた発言に終始しました。ありがたい指導の場となったことは、仲立ちとなった私も、ずっしりと重い課題をいただくこととなりました。

(5)研究発表「『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート―弱視生徒の目をかりて」(渡邊寛子)
 変体仮名を取り入れた、弱視者を対象とした高校古典の実践報告でした。
 板書の実演も、本当に目が見えないとは思えない感動が伝わるものでした。


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 また、授業の録音を流しながら、熱く語りかける先生と生徒との、丁々発止のやりとりが、実にすばらしいと思いました。
 ただし、長年教職にある先生からは、ご自分の体験を振り返りながらも、自分が見えないものを黒板に書くのは邪道である、という考え方があることも述べられました。これもまた真実です。
 教える、ということの根源を問う問題提起でもあります。
 いろいろと考えさせられる時間を共有する機会を得ることができました。

(6)研究発表「浮舟巻の「つゝみふみ」と『花鳥余情』勘物―古註釈書に伝わる薫物の贈答様式について―」(田中圭子)
 『紫式部日記』にある「黒方をまろがして、ふつゝかにしりさきて、白き紙一かさねに、立文にしたり。」という部分から派生したワークショップとなりました。
 黒方によく似たものを立文にする、という課題のもとに、香の実演と解説がなされました。
 今回のものは「稲妻」だそうです。これに麝香をいれたら黒方になります。立文に包んだ練り香を、参加者みんなが、ありがたくいただきました。


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 食べてもいいとのことだったので、広瀬先生に倣って私も少し口にしました。蜜で練ってあるだけに、おいしいのです。しばらくして、お腹がホコホコと温かくなりました。

(7)研究発表「手でみる絵画の作成の基礎・基本——「手でみる新しい絵画を作ろう」の取組から」(大内進)
 展覧会情報を中心とした発表でした。
 一枚のポスターが、北斎の「神奈川沖浪裏」になるのです。しかも、立体的なものです。形はデフォルメしないと立体の認識に至らないのだと。
 時間が来たので、大内先生の発表の続きは次の懇親会場で、場所を変えて行なうことになりました。

 研究会終了後、民博から懇親会会場までは、タクシーで移動しました。

 大内先生の引き続いての発表の後も、懇親会は大いに盛り上がりました。みなさんが喋り足りない思いもあったため、ホテルにチェックインしてから、また近くで語り合いました。
 日付が替わる頃まで、全盲の3人と見える3人が、熱っぽく日頃の思いの丈を語りました。

 昨年度採択された科研「挑戦的萌芽研究」としては、今回が最後の研究会です。しかし、今後につながる、充実した時間を共有することができました。
 来夏、さまざまな問題を持ち寄って、また討議を重ねたいと思います。
 
 
 

2016年12月 9日 (金)

総研大文化フォーラム-2016 で触読研究の成果を発表します

 今日の第4回「古写本『源氏物語』の触読研究会」の後、明日12月10(土)と11日(日)は2日間にわたり、京都にある国際日本文化研究センターで、総合研究大学院大学文化科学研究科が主催する「総研大文化フォーラム 2016」が開催されます。

 本年度は「異文化へ旅する、異分野を旅する ―文化科学からの招待状―」と題するテーマが設定されています。

 私は、第1日目(12月10日)の、Aグループ発表(16:00 ~ 16:30)となっており、会場はセミナー室1横です。

 今年の題目は、「指と耳で700年前の古写本『源氏物語』を読み書きする —視覚障害者と文化を共有するために—」としました。


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 これまでに、本文化フォーラムでは、以下の通り2回のポスター発表をしてきました。

■2014年 「視覚障害者と共に古写本『源氏物語』を読むための試み」
「視覚障害者と共に古写本を読むためのポスター発表をする」(2014年12月20日)

2015年 「指で読めた鎌倉期の写本『源氏物語』 ─視覚障害者と文化を共有する─」
「「学術交流フォーラム 2015」でポスター発表をする」(2015年11月21日)

 回を重ねるたびに、少しずつバージョンアップしています。
 総合研究大学院大学は多彩な分野の研究者や大学院生が集まっておられます。
 今年も、異分野からのアドバイスを楽しみにして参加し、発表してきます。
 
 
 

2016年12月 3日 (土)

江戸漫歩(146)皇居東を散策し出光美術館で仮名古筆を見る

 ぽかぽかとした陽気に誘われて、皇居東御苑側の竹橋駅付近から時計回りに、日比谷駅までを散策しました。皇居周辺では、九段下と日比谷という、ピンポイントしか知りません。長年東京にいたのに、あらためて皇居の周りを散策するのは初めてです。

 竹橋御門の説明が立派な石に刻まれていました。
 目の前に平川橋が見えています。その右手後方に東京駅があります。


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 この説明文を読もうとして、しばし目が泳ぎました。縦書きだと思って読もうとしたからです。原稿用紙のマス目のデザインだと錯覚しました。横書きだとは思いもしませんでした。


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 竹橋駅の近くから平川門を望みました。いつもは、この下を走る地下鉄東西線で通っています。通勤経路の地上を歩くと、頭の中の地図が立体的に再構成されておもしろいものです。
 お濠の鴨たちも、気持ちよさそうです。賀茂川の鴨たちを、遠足でここに連れて来たくなりました。


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 白鳥がいました。これは、賀茂川にはいません。


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 お濠の散策路に、秋田県のパネルが敷かれていました。今度のんびりとこのお濠ばたを一周しながら、私が行ったことのある都道府県を確認してみましょう。


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 本日のお目当てである、出光美術館へ行き着きました。今、開館50周年記念として「時代を映す仮名のかたち」という展覧会が開かれています。
 平安時代から鎌倉、そして室町へとつながる仮名の名品が、これでもかと並んでいます。国宝に重要文化財などなど、出光美術館所蔵の古筆を中心として、贅沢な展覧会となっていました。じっくりと古筆の名品の数々を堪能できました。

 休憩スペースで足腰を休めて皇居の紅葉を眺めては、また展示会場へ戻りました。


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2016年11月30日 (水)

古写本『源氏物語』の触読研究会を開催します

 来週、古写本『源氏物語』の触読研究会を開催しますので、関係者のみなさまのご参加をお待ちしています。
 今回は、大阪の万博公園の中にある、国立民族学博物館をお借りして行ないます。


科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究
「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(15K13257)代表者:伊藤鉄也
 
2016年度第2回研究会プログラム

 日時:2016年12月9日(金)
 場所:国立民族学博物館

Ⅰ.民博のさわる展示の学習会(14時〜15時半)

 民博のさわる展示をMMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)によるガイドでめぐり、触察の仕方や説明方法などの情報収集をする
 
Ⅱ.古写本『源氏物語』の触読研究会(15時半〜18時)

(1)挨拶(伊藤鉄也)

(2)2016年6月から12月までの活動報告(関口祐未)

(3)研究報告「i-Penを活用した触読資料」(伊藤鉄也)

(4)研究発表「絵巻の触読と触察に関する実践報告
   ―共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」―」(尾崎栞)

〜休憩〜

(5)研究発表「『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート
   ―弱視生徒の目をかりて」(渡邊寛子)

(6)研究発表「浮舟巻の「つゝみふみ」と『花鳥余情』勘物
   ―古註釈書に伝わる薫物の贈答様式について―」(田中圭子)

(7)共同討議(質疑応答・用語確認と実験方法など、参加者全員)

(8)連絡事項(関口祐未)


 
 
 

2016年11月23日 (水)

橋本本「若紫」の原本で削除されている文字を確認して気付いたこと

 日比谷図書文化館の「古文書塾てらこや」で、鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読み続けています。

 今秋から、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)をテキストにして、みなさんと一緒に本文を翻字する時の注意点を考えています。

 せっかく国文学研究資料館が所蔵している写本をテキストにしているので、その原本を直接見ていただくことにしました。今から700年前に書き写された写本を、直接見て確認してもらおうというものです。

 昨日は、午前と午後の2回にわけて、4人ずつにたっぷりと2時間、詳細なところまで見てもらうことができました。鎌倉時代の写本ということで、みなさんにとっても、なかなか得難い体験ができたかと思います。

 この写本の特徴的な書きざまが見られる箇所や、私が説明し切れない箇所を、以下に紹介します。

(1)本行の文字が削られ傍記だけが残っている
(1丁ウラ)

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 1行目の本行には、「【侍】越と□こそ」と書かれています。
 ここで、削られて空白となっている4文字目は、その下に「く」と書かれており、それが小刀で削り取られていることがわかります。ただし、傍記の「く」だけはそのまま残っています。
 おそらく、「とく」と書いた時の「く」が「久」の崩しとしてはあまりにも漢字に近いものであり違和感を覚えた人が、あらためて「く」を傍記したものかと思われます。この字母である「久」に近い「く」は、他にも各所に見られます。
 さらには、この本行の「く」にはミセケチ記号としての「˵」があったと考えられます。この「く」が削られているので、そこまでは原本で痕跡が確認できませんが。
 この箇所で「く」が削られて空白となっているのは、この写本が書写された後の仕業であることを示していると思われます。本行の「く」を削った後に、その上に「く」を書いていないことと、傍記の「く」が残ったままであることからそう想定していいと思われます。

 また、上掲写真の4行目7文字目の「まう□□たれ盤」も、同じような状況を考えていいと思います。
 削られた文字は「さ勢」です。そしてその直前の「う」の右下に小さな補入記号である「○」を添え、その右に補入文字としての「し」が書き加えられています。
 最初は「まうさ勢たれ盤」と書き写されました。しかし、「さ勢」をミセケチにしてその右横に異本との校合によって「し」を書いたのでしょう。ここでも「さ勢」が削られているので、ミセケチ記号の痕跡は確認できません。しかし、後に下に書かれていた「さ勢」が削られていることと、補入文字としての「し」が残っているので、そのように考えていいと思います。
 ただし、こう説明しても、ここになぜ補入記号があるのかは、今説明ができません。

 この橋本本「若紫」の写本には、後に写本に手を入れたと思われる、さまざまな人の手が確認できます。ここに示した2例は、書写されている文字に対して、他本との校合をしたにもかかわらず、その上に文字をなぞって書けなかった事情が推測できるものです。
 こうした判別を続けて行くと、写本が受容され、そこに加えられた手の歴史が確認できます。書写後に写本が経巡ってきた背景が少しずつわかると、さらにおもしろい受容史が見えてくることでしょう。
 
(2)同じ文字を左横に傍記
(14丁オモテ)

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 最終行と後ろから2行目の間の行末に、「よし堂ゝ」という少し小さな文字が傍記されています。この傍記は、その右の本行本文である「よし堂ゝ」に関係するものです。
 普通は、異文注記などは本行本文の右側に傍記されます。しかし、ここは左側にあるのです。もっとも、行末においては、こうした左傍記はよくあることです。
 そのことに加えて、この左傍記の文字は、本行本文と字母のレベルまでがまったく同じ文字列です。もし「四志多ゝ」などと、親本と字母が異なるための注記としての傍記であるなら、あえてここに記されたことの意味は理解できます。しかし、ここにはまったく同じ文字が記されているのです。
 その前の2行分の行末に、「盤」と「尓」が隙間に挟み込まれるように小さく書写されていることからもわかるように、この写本は親本の書写状態を忠実に書き写しています。勝手に改行して書写したりはしていないようです。
 そのことと併せて考えると、この行間に記された「よし堂ゝ」という文字も、親本に記されていたのかもしれません。ただし、この行間に記された文字の「堂」は、本行の本文に書かれている「堂」とはその字形が異なることをどう説明したらいいのか、今私は解決策を持っていません。
 
(3)和歌の直前で削除された「僧都」
(26丁オモテ)

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 これは、丁末に「僧都」と書かれていたところで、その「僧都」が削られているものです。この次の丁の最初は、僧都の「優曇華の」という和歌で始まります。削られた「僧都」は、次の歌を詠んだ人を明示しているのです。
 この箇所の諸本を確認すると、次のようになっています(諸本の略号は今は省略します)。


僧都/〈削〉[橋]・・・・052034
 そうつ[尾国高]
 僧都[中陽天]
 ナシ[大麦阿池御肖日穂保伏]

 つまり、橋本本をはじめとして[尾国高中陽天]のグループ(私が〈甲類〉とするもの)は、この和歌の直前に「僧都」という文字を伝えています。現在一般に読まれている大島本(〈乙類〉)を始めとする流布本には、この「僧都」がないことがわかります。
 「若紫」の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2つにわかれる、ということは煩雑になるので今はおきます。
 橋本本「若紫」は、現在の流布本となっている大島本のような本文で校合され、本文が異なる箇所には削除などの手が入っていることが、この例からも言えます。

 参考までに、その直前にある和歌についての確認もしておきます。

(25丁オモテ)

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 この箇所の諸本の本文を調べると、次のようになっています。


僧都/〈改頁〉[橋]・・・・051904
 僧都[中陽穂天]
 そうつ[尾御国高]
 そうつ/〈朱合点〉、=イ[肖]
 ナシ[大麦阿池保伏]
 ナシ/+僧都イ無本[日]

 橋本本をはじめとする[尾国高中陽天]の〈甲類〉の諸本は、和歌を詠んだ者が「僧都」であることを明示しています。しかし、それ以外の現行流布本である〈乙類〉としての大島本などは、この「僧都」を文字を持っていないのです。
 このことから、橋本本の「僧都」を削除しているかと思うと、ここでは削除していないことが明らかになったのです。前例との違いは、丁末にあるか丁始めにあるか、という違いです。
 この違いについて、私は今はまだ説明できません。校合の手が不十分のままに今に伝わっている、と考えられること以外に。

 ここでは、具体的な問題箇所を提示しただけに留まっています。
 こうした点について、ご教示をいただけると幸いです。
 
 
 

2016年10月27日 (木)

変体仮名の「个」と漢字の「箇」の用例

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読むことが続いています。
 今日は、熱心に変体仮名を読んでおられるKさんが、終了後に貴重な資料を持ってきてくださいました。
 明治23年と32年の商法の法律文書に書かれている文字です。

 まず、明治23年のものから。
 この中に、「一个年」という文字があります。


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 変体仮名の「介」と「个」について、私は「个」の方を字母としてよしとしています。それは、その字母が「箇」だと思われるからです。変体仮名の字典などを見ていると、このことはさまざまに用例が示されています。ほとんどが、「介」の方を示し、「个」は括弧付きで補足的に例示されているのです。

 上の文書だと、「个」はカタカナの「KE」を示し、「箇」は漢字で「KO」と書かれているのです。

 また、明治32年の同じく商法の条文には、次のようになっています。
 これは、「六个月ヲ」と書かれている部分です。


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 この後に、「箇」が何度も出てきます。


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 こうした法律の条文の例を見ると、ここで揚げたのはカタカナではあるものの、変体仮名の「KE」についても、「介」ではなくて「个」がいいと言えそうです。

 私はこの分野を専門としているのではないので、理由づけが今はできません。
 とにかく、気付いたときに、わかったことを記しておくことにしています。

 このことで、ご存知のことがありましたら、どうかご教示いただけると助かります。
 
 
 

2016年10月26日 (水)

橋本本「若紫」の翻字の補訂(1)

 先週、「『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました」(2016年10月20日)という記事を書きました。

 その橋本本「若紫」の翻字で、早々と1箇所にミスを見つけたので報告します。

 それは、第1丁表4行目の行末にある「万う」に、ミセケチ記号が付いていたことです。次の写真の赤矢印の箇所に、小さな黒い点があります。


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 それを、刊行した書籍の翻字には、当該箇所にそのミセケチ記号「˵」がありませんでした。
 お手元に本書がある方は、4行目の行末の「万う」の左横に、ミセケチ記号「˵」を2つ付けてください。お手数をおかけして申し訳ありません。


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 手元の翻字データベースでは、ミセケチ扱いでデータが出来ています。


万う春/$

 この表記は、「万う春」の3文字がミセケチとなっていることを、「$」の記号で示しています。

 翻字データベースのデータを元にして版下を作成する段階で、「万う」の左横にミセケチ記号「˵」を付け忘れたようです。

 細心の注意をはらって、何度も翻字を見直したはずでした。
 しかも、あろうことか、開巻早々のミスで恐縮しています。

 また何か見つかりましたら、ここで報告いたします。
 ないことを祈りながら。
 
 
 

2016年10月20日 (木)

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉中期の書写と思われる『源氏物語』「若紫」を「変体仮名翻字版」で刊行しました。

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10、¥1,400)


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 本書の写本としての特徴は、「解説」に書いたとおりです。
 懐中電灯で紙面をくまなくスキャンして精査し、〈墨ヨゴレ〉・〈付箋跡〉・〈剥落〉などの付加情報を丹念に記録しました。また、顕微鏡やカメラを用いて80倍に拡大し、削られた箇所で下に書かれている文字を推読したり、破損個所の判読も充分な時間をかけて読み取りました。
 こうした調査結果を、本書の本文の右横に注記として添えています。

 この次に本書を調査なさる方は、さらに精巧な機器を用いて翻字と付加情報を補訂してくださることを望みます。一応、現在可能な限りの手法で「変体仮名翻字版」を作成したことになります。

 本書を刊行した背景については、巻末の「編集後記」に記しました。
 その全文を、以下に引きます。


編集後記

 本書は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(平成二五年)、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(平成二六年)、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(平成二七年)に続く、鎌倉期古写本の影印資料シリーズの四冊目となるものである。いずれも、写本を読む楽しさを共有できるテキストになれば、との思いから編集し続けているものである。
 本書との出会いは、国文学研究資料館に収蔵されてすぐの平成一六年に、室伏信助先生(跡見学園女子大学名誉教授)とご一緒に閲覧した時である。この「若紫」は、一時期は室伏先生のお手元にあったため、数十年ぶりのご対面の場となったのである。先生は、この本が棚にあった時には『源氏物語』の本文に興味や関心がなかったので、と当時を振り返りながら感慨深げに話してくださったことが思い出される。こうして身近にあるのだから、君もじっくりと本文を調べて、あらためて報告してください、とおっしゃったことばが忘れられずにここまで来た。あれから十数年が経過した今、遅ればせながら室伏先生に影印本としてではあっても、直接本書をお手渡しできることを嬉しく思っている。
 変体仮名を字母に忠実な翻字で表記する、自称「変体仮名翻字版」という形式で刊行するのは、前著『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』に次いで二冊目となる。この翻字のよさは、今後の利活用によって認められるものだと確信している。手元の三五万レコードの翻字データベースも、この「変体仮名翻字版」に置き換えつつある。正確な『源氏物語』の本文データベースを次世代に手渡すことを一義に、臆することなく山を移す覚悟で取り組んでいるところである。
 本書の翻字資料作成と編集にあたっては、国文学研究資料館の淺川槙子プロジェクト研究員による的確な対処に負うところが多い。すでに構築したデータベースを元にした作業とはいえ、「変体仮名翻字版」への再構築は思いのほか手間と時間を要するものとなった。いつものことながら、字母に正確な翻字を行うことは、気力と体力が求められるものであることを実感している。
 引き続き、橋本本として残っている「絵合」「松風」「藤袴」の残欠三巻の編集に入っている。本書の姉妹編ともなるものであり、併せて有効な活用がなされることを楽しみにしている。
 影印画像と原本の熟覧にあたっては、国文学研究資料館の担当部署の方々のご理解とご協力をたまわった。あらためてお礼申し上げる。
    平成二八年一〇月一日
              編者を代表して 伊藤鉄也

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉期に書写された写本は、この橋本本の他の残欠本三冊と、「若菜上」の零本があります。近日中に、これらもこの影印本シリーズの一つとして刊行する準備をすすめています。

 現在私は、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本が読める環境を、こうして構築しているところです。これまでは、江戸時代の人が書き込んだ文字を取り込んだ本文を、平安時代の物語として精緻に読み込んでいました。そうした読みの意義はそれとして、それに並行して、平安時代とは言わないまでも鎌倉時代に書写された『源氏物語』を読むことも、新しい『源氏物語』の読み方になると思っています。その意義を痛感して、鎌倉時代の写本による、こうした正確な翻字を目指した作業をしています。

 本書のよううな資料を作ることは地味ではあっても、いつかは、誰かがしなければならない、必要な研究基盤の整備だと思います。そして、『源氏物語』の研究の本文という根本のところが脆弱であったことを知り、写本に書き写された本文に向き合うことから再出発する若者の出現を心待ちにしています。

 今市販されている活字の校訂本文で『源氏物語』を読むことと共に、こうした鎌倉時代の『源氏物語』の本文を読む楽しみも、新しい〈源氏読み〉として体験していただきたいと思っています。
 
 
 

2016年10月13日 (木)

変体仮名の練習用シートを試作中

 仕事帰りの電車が遅れていました。
 立川駅で、特急が遅れていたために、その特急の待ち合わせをせずに、私が乗った快速が先に発車しました。
 中野駅で乗り換えて地下鉄に乗ったところ、途中の駅で電車が止まりました。線路内に人が立ち入ったために点検をしているとのことです。
 相変わらず、電車は時刻通りには走ってくれません。
 よく考えると、あの時間に厳格に走っていたのは無理があり、こうして多少の誤差があることが普通だと思う方が自然なのでしょう。

 さて、今日から、国文学研究資料館が所蔵する橋本本「若紫」を、日比谷図書文化館で読み始めました。
 ただし、テキストが間に合わなかったので、プリントで進めました。みなさまには、本当に申し訳ないことです。来週の19日には書店に並びますので、もうしばらくお待ちください。

 今日は、効率のよい学習に役立つのではと思い、こんなプリントを作ってみました。


161014_waka2


 【原案】では、変体仮名の部分が空欄になっています。影印画像を見ながら、この空欄に変体仮名の字母を書いていくのです。
 たとえば、次のようになります。


わら〔〕や〔〕〔〕~

 このシートを埋める方式で進めていたところ、どうも反応がよくありません。
 後で感想や意見を聞けたので、次のように改訂案を作ってみました。


わら〔  ha〕や〔  mi〕〔  ni〕~

 この改訂案の方のシートに変体仮名の字母を記入していくと、次のようになります。
 変体仮名の読みがわかるので、ことばの意味なども確認でき、理解しながら進むことができます。


わら〔八 ha〕や〔三 mi〕〔尓 ni〕~

 さて、このシートは、変体仮名が読めるようになるために、有効なものなのでしょうか。
 どのような方針で改良したり取り組んだらいいのか、このところ思案しています。
 もちろん、初心者、中級者、上級者の区別があるかもしれません。しかし、変体仮名は多くの文字を読んで慣れることで、めきめきと上達します。上達ということばが不適切なら、自在に読めるようになると言い代えましょう。

 改訂案のほうで数ページを読んだら、後はそのまま読み進めることが可能だ、とも思われます。

 変体仮名の指導をなさっている方や、かつてやっていたという方からの、体験談や実践例をお聞きできないかと思い、あえてこんな話題を記しました。
 ご教示をいただけると幸いです。

 今日は、参加者から非常にいいことばを教えていただきました。
 昨日も国文学研究資料館のくずし字講座に参加されていた方で、京都での古写本を読む会にもお越しになったYさんが、『目習い』『手習い』『耳習い』ということばを口にされたのです。
 よくお聞きすると、それは稽古事等で言われることばで、特に『目習い』は、質の高いものを観て目を養うことを言うそうです。きれいなことばだと思います。これは、変体仮名などを学ぶ時にも当てはまるものです。今後とも、『目習い』ということばを大いに使わせていただきます。
 
 
 

2016年10月12日 (水)

連続講座(その7)「くずし字で読む『百人一首』」

 国文学研究資料館主催の連続講座「くずし字で読む『百人一首』」がありました。
 本年度第7回目は、私が担当しました。
 各回毎に研究部の教員が一人ずつ代わる代わる登壇する、まさに駅伝の襷リレーのような公開イベントです。受講者のみなさまは、毎回違う味が楽しめます。その意味からも、おもしろい企画だといえます。

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読んでいる要領で臨みました。私は、割り振られた『百人一首』の和歌4首(63~66)を、字母を確認しながら読み進めました。くずし字を読むことが主旨であり、歌の意味や作者についてはまったく触れず、テキストとなっている版本の文字にだけを注目していきます。

 全回使用するテキストは、国文学研究資料館が所蔵する江戸時代中期の版本『錦百人一首あつま織』です。これは、勝川春草の手になる極彩色の歌仙絵を添えた版本で、安永4年(1775)に刊行されたものです。

 ただし、版本の印刷体の文字だけではおもしろくないと思い、複製版の『陽明文庫旧蔵 百人一首』(有吉保、おうふう、昭和五十七年十二月)もテキストに加え、独特の書体のくずし字も同時に読みました。
 休憩時間には、持参した複製版の陽明文庫のカルタを、受講者のみなさまに触っていただきました。

 2種類の字体が異なる『百人一首』を、4首だけとはいえ仮名の字母にこだわって読んだので、多くの方が興味を持って参加してくださったと思います。
 みなさまにはアンケートを書いていただいたので、後日その結果を見るのが、怖さ半分の楽しみです。

 こうして、多くの方々がくずし字に興味を持ってくださることはいいことです。しかも、男性が予想外に多かったことで、私のこれまでの思いが嬉しい誤算となりました。

 おまけの資料として、福沢諭吉の『学問のすゝめ』(明治4年)と、谷崎潤一郎の『春琴抄』(昭和8年)も、その冒頭部分を変体仮名に注意して読みました。これも、受講されていたみなさまにとって、意外な体験となったようです。

 さらには、宮川保子さんが書いてくださった、視覚障害者のための触読用の『百人一首』の立体コピーをお一人一枚ずつ配り、目を瞑って指だけで読む体験もしていただきました。これも、意外な体験となったことでしょう。

 短い時間ながらも、一緒に楽しくくずし字を読むことができました。
 私にとって最後の公開講座でもあり、十分に手応えがありほっとしています。

 参加なさったみなさま、長時間お疲れさまでした。



2016年10月 5日 (水)

鎌倉期の橋本本「若紫」の字母が見せる2つの疑問

 国文学研究資料館蔵の『源氏物語』の古写本である橋本本「若紫」を、詳しく見ています。
 第1丁表4行目に、「おこ里・【給】気れは」と書かれている箇所について、まだ思いつきながら疑問点を記しておきます。


161005_kereba


 ここで「【給】気れ」と書かれた文字については、この下の文字が小刀で完全に削られており、その後に上から書かれているものです。下に何が書かれていたのかは、いろいろと道具を使って読み取ろうとしました。しかし、まったく一文字も読めませんでした。
(今、その直前の「おこ里」も、削除された上に書かれていることについては触れません)

 そこで、こんなことを考えてみました。
 この箇所の異文を調べると、次のようになっています。
 まだ「変体仮名翻字版」でのデータが揃っていないので、従来の通行の平仮名を使った翻字で校異をあげます。
 記号などについては、煩雑になるので省略します。


給けれは/△△△〈削〉給けれ[橋]・・・・050013
 給けれは[池大麦阿御国肖日伏]
 たまひけれは[穂]
 給ひけれは[保]
 たまへは[尾高天]
 給へは[中陽]

 この17種類の諸本の本文異同は、私が〈甲類〉とする[尾高天尾中陽]は「たまへは(給へは)」であり、〈乙類〉とする[池大麦阿御国肖日伏穂保]は「給けれは」となっています。

 私の自説である、『源氏物語』の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2つにわかれる、という傾向をここでも見せています。

 それはさておき、〈甲類〉に属する性格を色濃く見せる橋本本が、ここでは「給けれは」なので、〈乙類〉ということになるのです。しかし、それはなぞられた文字で読むとそうだということです。もし、最初に書写された、ここでは下に書かれて削られた文字がわかると、また別のことがわかるかもしれません。これは、探る価値があります。

 橋本本が〈甲類〉の本文を持っていたとすると、この下に書かれていた文字は「給へは」である可能性がありそうです。
 そこで試しに、前の行頭にあった「堂まへ」という三文字をここに複写して貼り付けてみました。


161005_tamahe


 するとどうでしょう。ぴったりと収まったのです。
 これは実証的でも何でもなくて、力技で、ただ思いつきの切り貼りをしただけです。しかし、これも可能性の追及ということで、やってみる意味はあった、と言ってもいいでしょう。

 橋本本において、本行の本文を削った上に書写されている文字は、意外に対立する本文(異文)なのかもしれません。後の人が、橋本本で異文となっている箇所を、流布本で校訂したのが、この削除してなぞり書きをしているものかもしれません。

 これは、学問的ではなく、一例を取り上げての単なる思いつきの段階です。

 本文を削除して、その上からなぞるという本文の修正は、この橋本本には無数にあります。今、手元の「変体仮名翻字版」による翻字本文で調べると、削除後になぞり書きされているのは、114箇所に見られます。この削除された114箇所に書かれた本文を、時間を見つけて、一つずつ調べてみようと思っています。根気のいることですが……

 もう一つは、鎌倉期の写本で「気」という字がどのように使われているか、ということです。

 ハーバード本「須磨」と「蜻蛉」、そして歴博本「鈴虫」には、「気」はまったく見られません。しかし、橋本本「若紫」には、63例も使われています。これはどういうことを意味するのでしょうか。

 ほとんどが、上掲の例のように「【給】気れ」と助動詞などで使われています。
 そこで、この「気」を漢字の意味を持たせて使われている例を抜き出してみました。
 私の基準で漢字と認定したのは、以下の18例です。


きよ【気】なるや(3オL5)
きよ【気】な累(3ウL3)
を閑し【気】なる(3ウL9)
【御】ものゝ【気】(8ウL1)
ゆ可し【気】那累(11ウL2)
い者【気】なき(19ウL4)
すこ【気】に(20ウL1)
【気】はひ(20ウL5)
つゆ【気】さ(22オL8)
【御気】しきの(34オL3)
【御気】しなるもの可ら(37オL2)
【御気】しきも(39オL1)
【御】ものゝ【気】能(39オL6)
【御気】しきも(39オL7)
【気】しきの(40ウL6)
堂のもし【気】那く(42オL3)
すこし可た【気】にて(44ウL7)
春こ【気】尓(46オL8)

 これらの語句の「気」について考えるには、まだ翻字した写本の数が少ないので何とも言えません。しかし、今後のために、こうした用例が確認できた、ということを記録に留めておきます。
 
 
 

2016年9月12日 (月)

国文研蔵「橋本本 若紫」〈その4〉傍記の削除と書写者

 橋本本「若紫」は、書写の過程や書写後に、丹念な削除による本文の補訂をしています。本行はもちろんのこと、傍記にもその跡が数多く確認できます。

 まず、1丁表の5行目にある例をあげます。


160912_mu0


 この行間で、一文字が擦り消されていることがわかります。
 ここは、「~き堂【山】なな尓可し~」と書写しているところです。
 この「る」にミセケチ記号である「=」を付け、その右に「む」かと思われる一文字が書かれていたようです。ここで、傍記が「む」であったのではないかと思うのは、紙面を削った跡の繊維を目で追うと、「む」のように見えるからです。

 この箇所を拡大鏡を取り付けたカメラで撮影すると、次のような画像が得られました。


160912_mu1


 残った墨痕と削られた繊維の流れから、ここに書かれていたのは確かに「む」であることがわかります。さらに、ミセケチ記号の「=」は削除していないこともわかります。

 参考までに、諸本と本文を較べてみました。
 確かに、「北山なる」と「北山になむ(ん)」の2種類の本文が伝わってきています。そして、橋本本は「北山なる」のグループに属する本文を伝承しているのです。私が〈甲類〉とするグループです。流布本として読まれている大島本とは異なるグループです。
(なおここでも、翻字は「変体仮名翻字版」が間に合わないので、復元性の低い従来の翻字で掲示します。)

 きた山なる[尾高尾]

 北山なる[天]

 きた山に[中]

 きた山になむ[大肖]

 きたやまになむ[保]

 北山になん[麦阿]

 きた山になん[陽御国穂]

 きたやまになん[池日伏]

 書写者あるいは校訂者は、「き堂【山】なる」と書き、その後、「る」をミセケチにして異文である「む」と傍記して「き堂【山】なむ」という本文に補訂したのです。しかし、どうしたことか、傍記の「む」を後で削除することになったのです。

 ここは、本文を書写した時点での本文訂正や校訂ではなくて、書写後に他本で本文を校訂したか、親本の書写状態をそのまま写し取ったけれども不要と判断したものかと思われます。書写者ではなく、校訂者の判断が入っている箇所です。
 また、削除した文字の一部が残っていることと、ミセケチ記号に削除の手が入っていないので、補訂が不徹底なままに放置されている例ともなっています。

 本書の削除は徹底的に削る傾向があります。書写し始めてすぐのことでもあり、後の人の手ではないかと思っています。

 次は、11丁裏の8行目にある例です。


160912_koso0


 これは、本行の「く」の右側に補入記号の「◦」を付した上で、傍記として「ものし給」と書かれているところです。
 ここをよく見ると、傍記の「給」の下に文字が削除されたかと思われる、紙面の乱れが認められます。

 拡大写真を撮ると、次のようになっていることがわかりました。


160912_koso2


 諸本の本文とも対照させると、ここで削られた文字は「こ楚」であることが判明します。そう思ってみると、確かに残っている墨痕と削られた繊維の流れから、そのような文字が浮かび上がります。ただし、私が現在までに確認した17本すべてに「こそ」があるので、橋本本がこの「こそ」を削除している意味は不明です。

 国文学研究資料館所蔵の橋本本「若紫」には、こうした本文を補訂するために紙面を削った痕跡が無数にあるのです。

 この写本がどのようにして書写され、どのような訂正の手が入ったものかを、こうしてなぞられた箇所から推測することを、これからも時間をかけて点検し確認していくつもりです。それによって、書写や校訂された現場の再現が可能になると思っています。

 写本が出来るその裏側で、その時代の人がどのように関わってきたのかは、非常に興味深い問題を提示してくれます。特に、なぞられた箇所は、書写者や校訂者の強い意思を伴った営為が読み取れるので、本が写された時代の人々のありようを探求する上で、貴重な情報や読み解く資料がもらえるのです。

 私はまだ、興味のおもむくままに写本の背景を想像して楽しんでいるレベルです。しかし、こうした訓練を続けていると、いつか書写者に、この写本で言えば鎌倉時代の人と気持ちが通じるのではないかと、それを楽しみにして読み続けています。

 物語の内容と共に、写本を書き写している人とも対話を楽しんでいるのです。
 
 
 

2016年9月10日 (土)

国文研蔵「橋本本 若紫」の破損個所〈その3〉

 国文研蔵「橋本本 若紫」の後半には、綴じ目から大きく破損した個所があります。
 その中でも、微かに読める部分は、最大限の方策を尽くして読み取るようにしています。

 国文学研究資料館からいただいた画像データで、61丁裏と62丁表の見開き下の部分を例にあげて確認します。


160910_musi2


 上掲画像の右側から左へと翻字すると、次のようになります。

~閑く八あ里

〜ん△△△□

——————

〜ふ可△△□

    さし

〜ひしよ里も

 右から2行目を無理やり読めば、「ん」の次が「よ」の頭らしく見えます。その次は「き」の右半分、その次は「れ」の右側のように見えます。
 欠けている文字の境界を確認すれば、さらにこの文字が推測しやすくなるはずです。
 この個所の破損状況がよくわかるようにするために、実見による調査の際、裏に白紙を差し入れて背景をなくして際立たせてみました。


160910_musi1


 これで、破損個所のありようが明らかになりました。そして、微かに残った文字の残存部分から、書かれていた文字がより正確に推測できるようになりました。
 さらに、この箇所での諸本の本文を確認することにより、それがさらに明確になります。
 昨日もそうであったように、まだ「変体仮名混合版」での翻字が進んでいないので、ここでは再現性に問題があるのを知りつつも従来の翻字で確認しています。

 手元の翻字本文資料で確認したところ、右から2行目下の諸本はすべて「よきなと」(陽明文庫本だけは「よきなんと」)となっています。
 橋本本のこの破損個所は、「よきなと」と書かれていたと思われます。

 次に、その左丁一行目下の諸本の異同は、次のようになっていました。

かほ△…△/ほ〈判読〉[橋]・・・・055301

 かほかたちは[尾中高天尾]

 御かたちは[大麦阿池御国日穂保伏]

 御かたちは/=ミ[肖]

 御かほかたちは[陽]

さしはなれて[橋=大中麦阿陽池御肖日穂保伏高天尾]・・・・055302

 さしはなれて/△〈削〉れ[尾]

 さしはなれて/は〈改頁〉[国]

 ここでも、「若紫」の本文は2つにしか分別できないことがわかります。
 そのことは今は措き、破損個所の推測をします。

 橋本本の破損個所は、同じグループ[尾中高天尾]が伝える「かほかたちは」だったと思われます。もう一つのグループ(現在の流布本となっている大島本等)の「御かたちは」ではない、ということです。ここからも、この橋本本は現在流布する大島本による本文とは異なることばを伝える写本だったことがわかります。

 行末の左側に「さし」が書き添えられています。これは、次に続く「さしはなれて」の語頭の部分を、親本通りに一行目に書写しようとしたために、左横にはみ出して書かれたものです。それだけ、この写本は親本に忠実に書写しようとする姿勢が見られるものだといえます。

 こうしたことを勘案すると、ここは、次のように書かれていたことが判明します。文字が欠脱していて推測する手だてがまったくない場合は、□を使って示します。
 


閑く八あ里

よき那(判読)

——————

ふ可本(判読)△□□□

   さし

ひしよ里も


 この箇所では、白紙を差し込むことで、新たに文字が読めるようになることはありませんでした。
 麦生本(天理図書館蔵)は膨大な虫食いがある写本であり、穴から下の文字が見えるために、写真資料だけでは線が重なって別の文字に読めたりしました。そこで、図書館の司書の方の手を煩わせて、薄様等を差し入れて読んだことを思い出します。

 麦生本などの翻字において、影印資料だけではとんでもない翻字をすることがある、という経験をしたので、この橋本本でも慎重に対処しました。幸いなことに、そうした微妙な判断を伴う例はなかったことに安堵しています。
 
 
 

2016年9月 9日 (金)

国文研蔵「橋本本 若紫」のナゾリ〈その2〉(本文2分別のこと)

 古写本『源氏物語』のなぞりに関して、国文研蔵「橋本本 若紫」の書写状態を確認しています。

 58丁表の6行目には、昨日取り上げた「多つねいて・堂万へらん」に続けて、「いと・春ゝろ尓(改行)」とあります。


160909_suzuroni1


 この行末の「春ゝろ尓」という箇所には、2つのなぞりが確認できます。

 まず、「春ゝろ尓」の「春」とある文字では、その文字の下に「そ」が隠れていることが精細な写真からもわかります。「そ」と書いた後、その上から「春」をなぞっています。


160909_su


 行末の「尓」にも、なぞりがあります。


160909_ni



 ここでは、「八志」と書いた文字を紙面から削り、その上に「尓」と書いています。

 つまり、ここでは「いと・そゝろ八志」と書いて改行する時に、「そ」の上に「春」をなぞって書き、「八志」という2文字については、削った後に大きく「尓」と書いているのです。
 こうして、最終的な文字は「春ゝろ尓」となります。

 このようになぞった原因としては、次の行が「者し多那可るへき」と続くことから、次の行頭の「者し多…」の「ha si」という音が書写者の意識に残っていたことが考えられます。

 古写本では、行末や丁末にケアレスミスが多発します。それは、親本を手で書き写しながら、目は次の行や次のページに移っているからです。書写する人の気持ちは、次へ次へと流れていっているので、改行や改丁という物理的な変化が、書写者のミスを誘発するのです。先を見る視線の移動と、筆で文字を書く手の動作とが、この行末や丁末でズレが生まれるのです。

 書かれている本文に立ち入って、もう少し詳しく説明します。

 私がこれまでに「若紫」で翻字した15本の写本の本文を較べると、次のような本文の異同が確認できます。まだ「変体仮名翻字版」のデータベースが出来ていないので、非常に不正確ながらも従来の現行ひらがなだけを使った翻字による校合結果を示します。(こんな問題を考える時には、変体仮名の使われ方がわかる「変体仮名翻字版」で校合できる日が待ち遠しく思われます。)

いと[橋=尾中陽高天]・・・・054849

 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]

すゝろに/そ&す、はし〈削〉に[橋]・・・・054850

 すゝろに[尾中陽高]

 はしたなう[大麦阿池御国肖日穂保伏]

 心に[天]

はしたなかるへきをと[橋=尾中陽高天]・・・・054851

 すゝろなるへきをと[大麦阿池御肖保伏]

 すゝろなへきをと[国日]

 そゝろなるへきおと[穂]

 「いと」を始めとして、この異文を見ると、橋本本と同じ本文を伝えるのは[橋尾中陽高天]の6本であることがわかります([天]は少し違いますが)。今、煩わしくなるので、諸本の略号の説明は省略します。
 そして、ここからだけでも、本文が2つにわかれることがわかります。

 池田亀鑑は、『源氏物語』の本文を、〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類しました。しかし、この諸本分類の基準については、近年さまざまな形で問題点の指摘がなされ、今は再検討の時期に入っています。阿部秋生氏の『源氏物語の本文』(昭和61年、岩波書店)以来、『源氏物語』の本文はその足元がすでに不安定な状態になっていたのです。

 古典の中でもよく読まれる『源氏物語』において、その基礎的研究とでもいうべき本文研究は、非常に遅れています。80年もの長きにわたり、停滞ではなくて停止しているのです。
 大島本が微に入り細に渡って読まれ続けています。しかし、大島本には独自異文が多いこともよく知られているので、いったい今なにを読んでいるのかを自覚する必要があります。この大島本が現状では『源氏物語』を理解する唯一の本文なので、この研究環境は基本的なところから整備する必要を痛感しています。
 その背景には、池田亀鑑が成した仕事の大きさが横たわっています。私は、呪縛だと思っています。
 と言いながら、もう30年が過ぎようとしています。
 自分のためにも、本記事の末尾で一つの方向性を示すことにしました。

 さて、池田亀鑑は『源氏物語大成』の「校異源氏物語凡例」で、「原稿作成ノ都合上、昭和十三年以後ノ発見ニ係ル諸本ハ割愛シタ。」(五頁)と言っています。このことから、『源氏物語』の本文を〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類できるのは、昭和13年までに確認された『源氏物語』の本文資料を整理した場合にのみ適用できることだといえるのです。

 昭和13年以降になると、さらに多くの写本が見つかり、さまざまな本文が紹介されています。今ここで取り扱っている国文研蔵本の橋本本「若紫」も、池田亀鑑は見ていないと思われます。
 昭和13年以前に池田亀鑑が確認した写本だけで『源氏物語』の本文のことを考えるのは、もうやめた方がいいと思います。今年は平成28年なので、80年前のモノサシで今の『源氏物語』の本文を考えるのは、とにかく生産的ではありません。
 〈青表紙本・河内本・別本〉という分別が、解説などで便利に使われています。しかし、これは見当違いなモノサシで『源氏物語』の本文を見ることなので、大いに問題だと思っています。

 私は、〈河内本群〉と〈別本群〉という2分別の私案を経て、現在は〈甲類〉と〈乙類〉という2分別の試案を提示しています(「源氏物語本文の伝流と受容に関する試論 —「須磨」における〈甲類〉と〈乙類〉の本文異同—」『源氏物語の新研究』横井孝・久下裕利編、新典社、2008・10、拙著『源氏物語本文の研究』平成14年、おうふう 所収)。簡単にいうと、従来の河内本は〈甲類〉の中心となることが多いようです。

 その視点で「若紫」を通覧すると、上記の例示だけでも、きれいに2つのグループに本文がわかれる様子が確認できます。

 ややこしい話は、これくらいにして、当面の橋本本「若紫」に書写された本文をみましょう。
 上記の本文異同から、書写されていた環境を考えます。

 「すゝろ」という言葉に対して、「そゝろ」ということばが穂久邇文庫本に書かれています。
 橋本本が最初に「そゝろ」と書いたのは、こうした本文が伝流していたことが関係しているかもしれません。親本にそうしたメモとしての注記があったことなどが想定できます。最初に書かれた「そゝろ」という文字列は、書写者の単純なミスとするのではなく、根拠のあるミスだと考えていいでしょう。

 また、「はしたなう」ということばが「すゝろ」よりも前に出ている、語句が転倒した本文を、橋本本とは別のもう一つのグループが伝えています。
 現在一般的に読まれているのは、大島本によって作られた校訂本文だけです。その大島本は、この橋本本とは対極にある、もう一つのグループに属しています。
 そして、「八志」と書いた文字を刃物を使って紙面から削り、その上に「尓」と書いているのです。これも、「はしたなう」に続く書写文字の影響があると考えられます。
 実際に、次の行頭のことばが、その直前の行末に先取りして書かれることはよくあります。目と手が異なる動きをすることによる、混乱から生じた書写ミスです。

 この「すゝろ」と「はしたなう」ということばが入れ替わっていることに関して、私は傍記の本行への混入によって異文が発生する、ということを考えています。
 このことは煩雑になるので、また別の機会にします。

 いずれにして、本文が2つにわかれる中でこの橋本本を読むということは、大島本とは異なることばが散見する橋本本という新たな『源氏物語』を読むことになります。これまでは、大島本の校訂本文しか提供されていなかったので、その大島本しか読めませんでした。というよりも、活字で公刊された大島本の校訂本文だけを、一般には読んでいました。
 しかし、こうして、また別の本文で語られる『源氏物語』を読む楽しみが出てきたのです。これは、文学の受容の問題としても、おもしろいことです。
 ここで取り上げた橋本本のなぞりを手掛かりにした本文異同の諸相は、興味深い問題を投げかけてくれます。

 何十年も前から、『源氏物語』の本文研究が数十年も停止している、と言ってきました。ここでも、同じことの繰り返しで恐縮しています。
 このことについては、何度も聞いた方は聞き流し、何度も読んだ方も読み飛ばしてください。

 なお、現在私は机の横で、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』(新典社、336頁、平成28年9月30日 刊行予定)の最終校正を終えたところです。池田亀鑑の顕彰をしながら、こうして池田亀鑑の本文分別に異論を唱えているのです。
 学問というのは、対立するのではなくて共存する中で、さまざまな展開を見せるもののようです。
 異なるベクトルを我が身に抱え込んで、いろいろと試行錯誤を楽しんでいるところです。

 この機会に、もう少し宣伝をしておきます。

 今月から来月にかけて、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、平成28年10月初旬 予定)を刊行します。昨日と今日の記事は、その本文を確認している過程で気付いたことの報告です。
 これは、鎌倉時代の『源氏物語』を読む楽しさを味わっていただく資料の提供となるものです。さらには、明治33年に平仮名が一つに制限された下での従来の翻字が妥協の産物であることへ異を唱え、「変体仮名翻字版」という変体仮名の字母を交えた翻字の事例報告も兼ねるているものです。

 また、《NPO法人〈源氏物語電子資料館〉・伊藤鉃也・須藤圭 責任編集》『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」』(試行第1版 平成28年10月1日、非売品)を、今月末あたりから簡易製本したものを配布する予定です。天理図書館と八木書店との打ち合わせ等を通して、お互いの権利関係を守る意味から、ネットでの公開ではなくて私家版としての印刷による配布、という形を選択しました。
 現在、池田本の校訂本文の最終チェックをしているところです。大島本に代わる『源氏物語』の流布本のテキストとして、新たに池田本の校訂本文を試験的に提供する中で、よりよい校訂本文に仕上げていくつもりです。

 《江戸時代の大島本『源氏物語』から、鎌倉時代の池田本『源氏物語』へ》、というキャッチフレーズで、印刷媒体による無料配布となります。
 詳細は、月末までに、また本ブログでお知らせします。
 これも、楽しみにお待ちください。
 
 
 

2016年9月 8日 (木)

国文研蔵「橋本本 若紫」のナゾリ〈その1〉

 国文学研究資料館が所蔵する橋本本「若紫」は、鎌倉時代の中期頃に書写された貴重な写本です。この写本の「変体仮名翻字版」を作成中なので、原本の確認をしているところです。
 これには、文字を削ったり、そのまま上からなぞっている箇所が無数に確認できます。
 なぞりの一例を紹介します。

 58丁表の6行目に、「多つねいて・堂万へらん」とあります。
 その「堂万へらん」という箇所は、国文学研究資料館が撮影した写真によると次のようになっています。


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 この「へ」は「ふ」のようにも見えるので、「堂万らん」かとも思われます。
 しかし、私が調査を終えた諸本16本の中に、「ふ」とする写本は一本もありません。
 実際にこの部分を接写して確認すると、次のようになっています。


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 この拡大写真は許可を得て、本日私が撮影したものです。
 よく見ると、横に引かれた線の「へ」は、その下に見える縦線二本の墨の濃淡とは明らかに差があります。料紙に墨が乗っている状態から見ても、後に書かれたものであり、なぞることによって書写した本文を訂正するものであることがわかります。

 ここは「堂万八ん」と書いた後、「八ん」を刃物等で削って、その上から「へら」とナゾリ、続けて「ん」を書いているのです。

 なお、ここで接写に用いた道具は、藤本孝一先生のご指導の下、大島本(重要文化財)の精細な調査をした時に大活躍した機材です。


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 影印本や写真ではよく見えない箇所でも、実際に原本を見て、さらにこうした道具を活用すると、書かれた文字の実態が明確になり、より正確な翻字ができます。

 今回の調査を通して、さまざまなことがわかりました。
 時間と手間のかかる工程を踏んで書写されている実態を確認するものでもあり、いつでもできることではありません。
 これを機会に、以下、何回かにわけて書かれた文字の状態を紹介します。
 翻字のスキルアップに役立てていただけると幸いです。
 
 
 

2016年9月 2日 (金)

日比谷図書文化館で歴博本『鈴虫』を読む

 池田研二先生のお宅で、池田亀鑑に関する遺品や資料を確認したその足で、地下鉄を乗り継いで霞が関に出て、日比谷公園に駆け込みました。日比谷公会堂周辺では、相変わらず「ポケモン GO」を楽しむ多くの人で賑わっていました。
 日比谷図書文化館で古写本を翻字する講座は、今回が第7期10回目となり最終回です。

 いつものように、最初はさまざまな情報をお伝えしました。

 千代田図書館の「古書販売目録」のパンフレットを配布し、独力で調査をしている話をしたところ、お二人が参加してみたい、との意志を示してくださいました。また、その後、もうお一方も参加希望の連絡をして来られたので、今のところ3人が参加ということになっています。

 この調査体験は、9月13日(火)に実施します。
 興味と関心をお持ちの方は、あらかじめ本ブログのコメント欄か私宛のメールで参加の意思を連絡していただき、午後1時に1階ロビーにあるパン屋さんの近くにお越しください。
 膨大な古書販売目録から、『源氏物語』の写本や版本に関する情報を抜き出しています。
 得難い体験ができるかと思います。

 さて、歴博本「鈴虫」は、ハイペースで翻字の確認をしました。これまでで最高最速の9頁分も進みました。どうにか、歴博本「鈴虫」の全丁を変体仮名に忠実に翻字と確認をすることができました。そして、翻字の誤りは1文字もなかったので安堵しています。

 古写本に書かれている文字を読む上で、注意しておくべき事例を記録として残しておきます。

 まず、歴博本「鈴虫」の17丁表の後半下部に見られる「おほ(す)」の仮名文字の書かれ方です。


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 右端を翻字すると「おほ春」、真ん中は「おほえ」、左端は「おほされ」です。
 この「おほ」に当たる仮名は、現行の平仮名「おほ(於保)」です。とは言うものの、この字形に慣れないと、すぐには「おほ」と読めません。パターンとして覚えておくしかありません。

 私がまだ学生だった頃、この「おほ」という文字の形に慣れていなかったこともあり、「覚」と翻字していました。まもなく、これが漢字ではなくて平仮名としてしか読めない字形であることがわかりました。

 この歴博本「鈴虫」の墨付き最終丁である18丁裏の冒頭にも「おほし」があります。


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 右側は「おほし」です。ただし、前出の3例とは「お」に該当する文字の字形が大きく異なります。
 左側が「お本し」です。これは、「本」という変体仮名を含むものの、すなおに翻字できる文字列となっています。

 古写本を読む時には、理屈なしに字形をパターン化して覚えておくべき場合があります。この「おほす」の「おほ」は、まさに反射的に「おほ」と読めるようになっていると、効率的にすばやく文字列を読み取ることができる例だといえるでしょう。
 
 
 

2016年8月23日 (火)

《仮名文字検定》の公式サイト(仮)公開

 先月下旬に、「《仮名文字検定》2018年夏より実施のお知らせ」(2016年07月22日)を、本ブログに掲載しました。

 その《仮名文字検定》の公式サイトを、まだ完成型ではないものの、新たに公開しました。
 アドレスは、本ブログの「お知らせ」に記したものと、今後とも変更はありません。
 以下の通りですので、ブックマークやリーダーなどに登録していただけると幸いです。

  《http://www.kanakentei.com/》

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 多くの方々に「設立趣旨」や「検定概要」などを確認していただけるようにとの思いから、仮バージョンではあるものの公式サイトの立ち上げを急ぎました。

 今後は、「受付ページ」や「申込みページ」等の作り込みと共に、スマートフォン対応のページも用意します。

 お知り合いの方々に、《仮名文字検定》が動き出しているということを、ニュースとしてお知らせいただけると幸いです。

 公式テキストは、2017年12月末にできます。

 まずは、鎌倉時代に書写された仮名写本(『源氏物語』等)を使って、変体仮名を読むことから受験の準備をなさってはいかがでしょうか。
 その時には、仮名文字の字母に注意していただくと、着実に変体仮名を読む力がつくはずです。さらに注意していただきたいのは、変体仮名の「阿」を「あ(安)」に、「可」を「か(加)」にというように、変体仮名を現行の平仮名に置き換えて翻字しないで、字母のままに翻字する練習をしてください。それが、本検定試験の受験対策につながる近道となることでしょう。

 みなさまが《仮名文字検定》を受験するための準備として自習なさる際には、私が科研(A)の成果として公開しているホームページ「海外源氏情報」の中にある、「『源氏物語』原本データベース」が、有益な情報源の一つになるかと思います。


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 そこでは、『源氏物語』の写本の画像が閲覧できるサイトを、50件以上も紹介しています。
 また、刊行されている『源氏物語』の影印本についても、30件以上を紹介しています。
 これは『源氏物語』に限定してのものです(現在では入手困難な書籍も含んでいます)。
 こうした情報も、《仮名文字検定》を受験するための学習資料の一部として活用していただければ幸いです。

 なお、《仮名文字検定》の特徴の一つとして、視覚障害者が触読で受験することも可能としています。
 もし興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、本ブログのコメント欄を活用してお問い合わせください。
 立体コピーによる写本の触読に関して、現在お手伝いできることをお知らせします。

 変体仮名を触読することに関する情報源としては、私が科研の「挑戦的萌芽研究」で取り組んでいるホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」も、お役に立つかと思います。


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 古写本の触読については、その中の「触読通信」の記事が、具体的で実践的な参考情報となっています。ここもご覧いただいて、《仮名文字検定》を触読で受験する対策の一つとしてお役立てください。
 
 
 

2016年8月19日 (金)

尾崎さんからすぐに届いた『源氏物語 鈴虫』を触読した感想文

 昨日、日比谷図書文化館で歴博本「鈴虫」を読んだ記事をアップした後、すぐに参加していた共立女子大学の尾崎さんから感想文が届きました。
 メールには、こんな言葉が添えてあります。


1年前に比べたら自分でも驚くほど読める文字が増えていて、だてに毎日変体仮名を読んでいないなとうれしくなりました。

 一人の若者が、ひたすら前を見て歩んでいることを実感させてくれる文章なので、ここに紹介します。
 目が見えない方でも、鎌倉時代に写された『源氏物語』などの古写本をこれから読んでみようと思われた方や、そうした方が身近にいらっしゃる方は、遠慮なくこのブログのコメント欄を使って連絡をください。
 
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「講座を終えて ~触読できる文字が増えた今 思うこと~」

 私は今回、伊藤先生にメールで送っていただいたデータを大学の助手さんに立体化していただき、それを持参して講座に参加させていただきました。
 助手さんの配慮で、私が触読しやすいようにと、変体仮名を拡大してから立体コピーしてくださったので、A3サイズの大きな紙で触読しました。

 卒業論文執筆のため、ここ最近は頻繁に変体仮名を触読していたせいか、講座には問題なくついていくことができました。分からない文字があった時は、お隣の席の受講者の方や、同行してくださった助手さんに、指を持って一緒に文字をなぞっていただき、形を把握しました。
 その後、書写できる文字は持参していたノートにサインペンで書き取り、形を記録しました。

 やはり、漢字は読めないものが多くありました。「侍」や「六条院」の「条院」などは字が細かいのか、完全に形を把握することができませんでした。

 触読のスタイルは、右手で紙を抑え、左手で先生の読みに合わせて文字を触読しました。私は主に左手で点字を読むので、そのせいか、変体仮名も左手が中心に触読しているようです。ただ、右手で触読することもあるので、左手でなければ読めないということではありません。
 左右で触読のスピードに差があるのか、今後検討していきたいと思います。

 昨年度の夏に、初めてハーバード本「須磨」と「蜻蛉」を触読した時は、これまで読んできた江戸時代の変体仮名と形が異なる文字が多いため、ほとんど触読することができませんでした。
 しかし、いま振り返ってみると、書かれた時代によって、字形が異なるとは言え、あの時は単に勉強不足で、変体仮名の字形の一部しか把握していなかったため、読めなかったのだと思います。

 見える見えないに関係なく、字形を知らなければ文字が読めないのは当たり前だと思います。触読以前に、いかに字形を記憶しているかが大きな焦点となるはずです。
 文字の記憶方法も、伊藤先生がおっしゃっていましたが、通常目から入ってくる形が、触読の場合指から入って来るだけで、形を記憶する大本のメカニズムのようなものは、目で読むのも触読するのも変わらないと思います。どちらも勉強すれば読めると言うことなのでしょう。

 また今回、書き癖を把握することで、スムーズに読めると言うことも実感しました。
 同じ文字でも、書き手によって若干異なります。始めのうちは戸惑っていた文字も、
「これがこの人の【な】なんだ」
「これがこの人の【ふ】なんだ」
というように、読みながら覚えていくことで、書き癖を把握できるだけでなく、読むスピードは上がるのだということを、あらためて実感しました。

 点字には版があり、フリーハンドで書くことはできません。そのため、書き手の癖のようなものが反映されることもありません。読みやすい文字を書くことはできますが、どうしても形は一定になってしまいます。

 それが変体仮名だと、書き癖をもろに感じることができるだけでなく、字母が何種類かあるので、その中からどの字母の文字なのかということも知ることができます。これは変体仮名の魅力だと思います。
 変体仮名を触読することで、書き手はもちろん、書かれた時代の文化にも触れることができます。

 今回の講座で変体仮名を触読したことによって、『源氏物語』の本体に触れられたようで、大変うれしく思います。伊藤先生やご参加のすべてのみなさまに、心より感謝もうしあげます。

 触読によって変体仮名を読むことで、目が見えなくても日本の文化や物語に直接触れることができるということを、多くの人々に広めるべく、伊藤先生と共に触読の方法をより確かなものにしていきたいと思っています。
 
 
 

2016年8月18日 (木)

日比谷図書文化館で歴博本「鈴虫」を読む

 朝からの大雨が、夕方には止んでいました。
 日比谷図書文化館の前では、今日も多くの方が「ポケモン・ゴー」に熱中しておられます。


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 今日読んだ歴博本「鈴虫」で、読みにくかった箇所の確認をしておきます。

 「御さ可りの」(13丁オ5行目)では、「さ可り」から「の」へと、流れるように筆が走っています。


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 この部分だけを見ていては、「さ可り」の「可」にあたる箇所が何という文字なのかがよくわかりません。ここは、文意を意識して見ていかないと、「さ八りの」とか「さとりの」あるいは「さ尓の」などと読んでしまいかねません。

 次は、行末の例です。
 古写本では、行末や丁末においては、書写者の意識が次の行や次の頁に向いているので、ケアレスミスが多発します。


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 これは、「やを」ではなくて、「やう/\」と読むところです。しかし、「う」は読みにくい字形をしている上に、その位置も左にずれています。前後の文意を考えないと判読に苦しみます。親本通りに書写しようとして、行末が詰まってしまった例です。

 こうした行や丁の末尾における判読が困難な文字は、書写者の集中力が途切れる場所であることを意識しておくと、さまざまな読みの可能性に思いを巡らしながら、候補となる文字が絞り込みやすくなるものです。

 今日は、大学生で全盲の尾崎さんにも参加してもらい、実際に講座に参加されている方々と一緒に、歴博本「鈴虫」を読んでもらいました。立体コピーを活用して、自由に触読の訓練をしてもらったのです。そして、尾崎さんが読み取りにくい文字は、みなさんが翻字をなさる時にも有効なポイントとなります。

 変体仮名を読むのが大好きだという尾崎さんは、今日も多くの文字を追いかけ、読み取っていました。漢字や線の多い変体仮名などには手を焼いていたようです。しかし、それでも持ち前の勘を働かせて、少しずつ仮名文字のパターンを習得していました。

 日頃は一人で翻字などをしているそうなので、もっと仲間と一緒に写本を触読する環境を整えてあげると、迷うことも少なくなり、早く読み取れるようになることでしょう。
 今後がますます楽しみになってきました。人間の可能性の豊かさを実感しています。
 今日の感想を文章にして送ってくれるとのことなので、明日には紹介できると思います。
 
 
 

2016年8月 3日 (水)

国冬本「鈴虫」の長文異同(その5-仮名文字表記)

 日録として本ブログに書くことがいろいろとあったために、古写本に書写された文字を見つめての私見が途絶えてしまいました。

 これまでの「その1」から「その4」までは、国冬本「鈴虫」に見られる長文異同の内、漢字の表記に注目して、その出現する様相を見てきました。
 私が注目しているのは、長文異同があった箇所で、物語があらためて書き継がれた痕跡が見いだせないか、ということです。

「『源氏物語』国冬本「鈴虫」の長文異同(その1-問題点)」(2016年07月19日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その2-【御】と【心】)」(2016年07月20日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その3-【給】と【侍】)」(2016年07月21日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その4-【人】と【見】)」(2016年07月26日)

 最後にここでは、仮名で表記された例について、気になっているものを見ます。


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 長文異同となっている箇所に、「あはれ」という語が集中しています。
 「をかし」は、その後に見られます。
 「たてまつる」ということばが、長文異同がある箇所の前後で、その用いられる頻度が異なっています。
 「のたまふ」という語が、長文異同の後に見られます。

 以上、5回にわけて、長文異同がある国冬本を例にして、それが現在の物語にはまったく痕跡すら残っていない箇所の前後における、文字や語句の使われ方に何か変化がないかを見てきました。

 今回は、国冬本における特定の範囲に限定しての私見を記しました。
 限られた場面ではあっても、本文異同の様子から、539文字もの長文の異文が破棄された背景には、物語の生成発展という舞台裏が想定できそうだ、ということをあれこれと記しました。

 そう断定するためには、さらに厳密な調査と分析が必要であることは承知しています。

 もし、この不可思議な『源氏物語』の本文異同に興味を持たれたら、頭の体操をしてみてください。考える資料は『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』(臨川書店、240頁、2001年)にすべて掲載しています。私の仮説はともかく、これまでの研究成果に囚われない、若手の方からの意見を聞きたいと思っています。
 
 
 

2016年7月26日 (火)

国冬本「鈴虫」の長文異同(その4-【人】と【見】)

 『源氏物語』の長文異文に関するこの一連の記事では、拙著『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』で提起した仮説、長文の独自異文が廃棄された後に、二千円札の図様に採択された国宝源氏物語絵巻詞書にある「十五夜の夕暮に〜」が書き継がれたのではないか、ということを再確認しています。

 国冬本「鈴虫」巻には、諸本にはない539文字もの長文の異文があります。その箇所(後掲表中の「長文異同(539字)」)の前後に、どのような文字列が使われているのかを確認することで、外観上からの物理的な切れ続きの一端が確認できないか、と思って見ています。
 もちろん、文字遣いは語られる内容に規制されるので、あくまでも現象の確認にすぎないことを、あらかじめ意識しての検証であることをお断わりしておきます。

 今回は、「人」と「見」という漢字の使われ方を確認します。
 この漢字を平仮名で「ひと」「み」等と表記したものは、今回対照とする範囲内にはありませんでした。


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 この2種類の例からも、「異同後(537字)」がそれまでの文字使いの傾向とは異なることが容易に確認できます。
 特に、長文異同(539字)に「人」が多く使われているのは、そこに登場する人物に関係すると思われます。拙著『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』で、次のように記したことに関連する事象かもしれません。


 この異文の特徴は、文字数において長いばかりでなく、また話題転換部分である以外に、この異文の中に七人もの人物が登場することです。そこには、女三宮・薫・光源氏・小侍従君・柏木・夕霧・一条御息所の動静が語られるのです。
(中略)
 第二十一巻「少女」や第三十三巻「藤裏葉」において、登場人物の多くが呼び出されていたことに思いを致すからです。(157〜158頁)

 「見」について、今は説明できません。
 「異同後(537字)」で、「人」と同じように「見」も使われていないことについては、ここで検討対象としている部分の内容を解釈していくと明らかになることでしょう。

 この検討はさらに続きます。
 
 
 

2016年7月22日 (金)

《仮名文字検定》2018年夏より実施のお知らせ

 一昨年より検討を重ねていた《仮名文字検定》について、検定試験の準備が整いましたのでその実施概要を公表します。

 今から2年後(2018年)の夏に第1回を実施します。
 近日中に公開するホームページを、おりおりにご確認ください。
 
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■《仮名文字検定》実施概要■

         (2016.7.22 公表)

◎主催
 仮名文字検定委員会

◎協力
 株式会社 新典社
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉

◎仮名文字検定 事務局
 〒101-0051東京都千代田区神田神保町 1-44-11 新典社ビル
 Tel 03-3233-8054(10:00〜12:00 および 13:00~17:00、土・日・祝日を除く)
 ・問い合わせ用メールアドレス:
    info@kanakentei.com
 ・公式ホームページ(近日公開):
    http://www.kanakentei.com/

◎検定趣旨
 《仮名文字検定》は、平安時代から伝わる平仮名を幅広く学び、その運用能力を高め、日本の古典文化を継承する中で、日本語の読解と表現世界を豊かにすることを目的として実施するものです。
 日本古典文学における中古・中世の時代に普及していた数多くの仮名文字が、広く一般的にその習得の意義を再評価されるようになりました。日本文化の理解を深め、文化資源としてさらに身近なものにするためにも、《仮名文字検定》の必要性が求められる時代が来たといえるでしょう。
 現在私たちが使っている平仮名「あいうえお〜」は、明治33年に1書体に制限され統制されてからのものです。それまでは、多くの仮名文字が使われていました。現行の「平仮名」以外を「変体仮名」と呼び、昭和初期までは普通に流通していたものです。
 日本の古典籍や古い印刷物には、さまざまな書体の仮名文字を用いた文章が記されています。今でも、博物館や資料館のみならず、街中の書道展や看板などでも、変体仮名をよく見かけます。
 明治時代後半から使わなくなってきた変体仮名が、日本文化の見直しと再発見の中で、新たに注目を集めるようになりました。「国際文字コード規格」(ユニコード化)に登録するために「学術情報交換用変体仮名」が提案され、国際的な場で承認に向けて審議が進んでいることは、変体仮名の再認識を促し新たな活用が期待できるものだといえます。
 多彩な文字をちりばめて表現された、見た目にも美しい仮名文を読んで理解する能力を高めませんか。変体仮名を使った楽しい遊びの空間に身を置くこともできます。時代を超えて情報と気持ちを交わす技術を習得する上で、この《仮名文字検定》を豊かな日本文化の理解と継承の鍛錬道場として活用していただくことを望んでいます。
 なお、《仮名文字検定》では、点字と立体文字が触読できる視覚障害者も受験できる体制を用意しています。

◎検定内容
 仮名文字に関する知識と読解力を問う

◎検定開催年月日
 年1回8月末開催
 第1回は2018年8月末
 (第8回 日本文学検定と同時開催)

◎開催場所
 東京・京都

◎受験料(個人受験・団体受験・学割・再受験)
 4,900円(学割・再受験 4,600円)(税込)

◎受験資格
 学歴・年齢その他制限なく、どなたでも受験できます。
 ※ 視覚障害者は、点字と仮名文字の触読による受験ができます。

◎受験時間
 60分

◎合格基準
 新人級:60%以上の正解
 玄人級:70%以上の正解
 達人級:90%以上の正解
 ※ 試験で獲得した点数により、各級が決定される方式。

◎問題形式
 全50問筆記

◎公式テキスト
 『仮名文字の達人』
  (A5判・192頁・本体1500円・新典社発行・2017年12月末)
 〈目次〉(案)
   1 仮名の歴史と書道史(高城弘一)
   2 仮名の字母の基礎知識(伊藤鉄也)
   3 読み・書き・連綿の知識(田代圭一)
   4 未来の仮名文字活用法(高田智和)
   5 視覚障害者の触読実践(渡邊寛子)

◎申込み方法
 クレジット(公式ホ一ムページ)
 郵便振替(リーフレット付載)

◎関係者(敬称略、50音順)
・監修者:高城弘一(大東文化大学)
     高田智和(国立国語研究所)
     田代圭ー(宮内庁)
     渡邊寛子(福島県立盲学校)
・協力者:淺川槙子(国文学研究資料館)
     須藤圭(立命館大学)
     畠山大二郎(愛知文教大学)
・企画運営総括:伊藤鉄也(国文学研究資料館)
 
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2016年7月21日 (木)

国冬本「鈴虫」の長文異同(その3-【給】と【侍】)

 国冬本「鈴虫」巻において、諸本にはない539文字もの長文の異文がある箇所の前後に、どのような文字が使われているのかを確認しています。
 特に、二千円札で有名になった「十五夜の夕暮に〜」の直前にある長文の異文は、どのような意味を持つのかを考えようとするものです。

 なお、昨日書き忘れたことを補っておきます。
 ここで抜き出した3箇所の文章は、「長文異同(539字)」とほぼ同じ分量でその前後にあり、意味の上からも切れのいい箇所を取り出したものです。そして、「異同前(539字)」の文字数が539文字なのは、偶然に「長文異同(539字)」と一致したものです。

 今日は、【給】について見ます。併せて【侍】についても触れます。


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 ここで検討対象とする3箇所で語られている内容については、今は吟味をしていません。物語の内容と用字は密接に関連するものなので、当然それを語る用字に話の内容が強く関係します。また、語学的な視点での解明も必要です。しかし、ここでは書写された文字の違いという現象にだけ注目し、その外形的な違いを確認しているところです。

 ここで【給】については、「異同前(539字)」で15例、それに続く「長文異同(539字)」で7例、「異同後(537字)」で6例見られます。「15—7—」です。
 さらに細かく見ると、「【給】て」が「異同前(539字)」で4例、それに続く「長文異同(539字)」で0例、「異同後(537字)」で2例見られます。「4—0—」です。
 その他でも、「給」に続く文字を見ていくと、さまざまなことを考えさせてくれます。「長文異同(539字)」にある「【給】えり个り」の「え」という語尾の表記も気になります。
 なお、この「給」を平仮名で表記した例は、今回切り出した3箇所には1例もありませんでした。
 さらには、今回抜き出した中で「異同後(537字)」に1例だけ見られる「【侍】へ連と」も、「給」と一緒にその使われ方を考える際に参考となるものです。

 国冬本「鈴虫」におけるこうした文字使いを見ていると、私が仮説として提示したことが、外形的な様態からも可能性が高いのではないかと思われます。
 昨日記した私見を、ここに再度引きます。


物語が、上記表の真ん中に位置する「長文異同(539字)」を破棄した後に、それを挟むようにして存在する旧「異同前(539字)」と新「異同後(537字)」をつなげることで、現行の「鈴虫」が構築されているという拙著『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』で述べた仮説は、ここでの用語例の出現傾向から見て、決して的外れなものではありません。

 この検討は、さらに続きます。
 
 
 

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2016年7月20日 (水)

国冬本「鈴虫」の長文異同(その2-【御】と【心】)

 昨日の記事で提示した、国冬本「鈴虫」における539文字もの長い異文は、中秋十五夜の遊宴の場面の直前にある独自異文です。
 これは、二千円札に印刷されたことで広く知られるようになった、国宝源氏物語絵巻詞書の「十五夜の夕暮に〜」という文言の場面に当たります。

 なお、この二千円札の詞書は、二種類伝わる「鈴虫」の絵と詞の内の第一場面のものであり、二千円札の左上の絵とセットのものではありません。二千円札に採択された絵は第二場面です。第一場面の絵巻詞書の冒頭にある、タイトルとしての「すゝむし」という文字列がほしかったがための選択かと思われます。(拙著『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』29頁に詳説)

 さて、国冬本に長文異同がある箇所の前後に関して、その字数に近い分量の500文字程を切り出して、使われている語句を字母レベルで較べてみましょう。

 これは、私の仮説である、「十五夜の夕暮に〜」の直前でこの「鈴虫」巻は当初は終わっており、その長文を破棄した後に「十五夜の夕暮に〜」を書き足したのではないか、という提言の可能性を考えるヒントを得るためにも有益な検討となるものです。

 ここでは、「御」と「心」に関する用例を見ます。

 次の表で、左端の「異同前(539字)」は539文字もの長い異文の前にある文章の一群から抜き出したものです。
 右端の「異同後(537字)」とある列は、539文字もの長い異文の後の「十五夜の夕暮に〜」以降の文章の部分からの抜き出しです。


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 漢字「御」で始まる語句については、「異同前(539字)」に7例、「長文異同(539字)」に2例、「異同後(537字)」に3例見られます。「7—2—」です。
 さらに、「御心」については、「3—0—」です。

 このことは、「心」という漢字の出現数からも似た傾向がうかがえます。
 「異同前(539字)」では3例、「長文異同(539字)」では8例、「異同後(537字)」では3例なので、「3—8—」となります。

 この「御」と「心」の出現傾向から、「異同後(537字)」の「十五夜の夕暮に〜」は、その前とは異なった本文の様態を見せているといえます。

 この事例から、「鈴虫」の物語は、「異同前(539字)」と「長文異同(539字)」で一旦は終わっていたと想定する私見の妥当性は否定されないと言えるでしょう。
 物語が、上記表の真ん中に位置する「長文異同(539字)」を破棄した後に、それを挟むようにして存在する旧「異同前(539字)」と新「異同後(537字)」をつなげることで、現行の「鈴虫」が構築されているという拙著『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』で述べた仮説は、ここでの用語例の出現傾向から見て、決して的外れなものではありません。

 また、「異同後(537字)」には「へ多て【心】」という、その前にはない形の使用例もあります。

 今、ここではそれぞれの文章の意味は考慮せずに、あくまでも切り出した範囲内で使われている語句の様態と用例数からの分析に留めています。

 こうした検討は、さらに用例を広げて見ていくことで、より説得力を持った結論へ導かれるものだと考えています。

 以下、「その3」に続きます。
 
 
 

2016年7月19日 (火)

『源氏物語』国冬本「鈴虫」の長文異同(その1-問題点)

 天理大学付属天理図書館が所蔵する国冬本『源氏物語』の「鈴虫」巻は、鎌倉時代末期の写本です。それは、長大な異文が散在する貴重な写本です。

 藤原定家が書写した〈いわゆる青表紙本〉などと較べると、377文字もの異文が挿入されていたり、これまでの写本にはない539文字もの長い本文があったりします。539文字のものは、源氏物語絵巻詞書の直前にあるものです。この絵巻詞書の冒頭の文章は、二千円札の裏面に印刷されています。

 池田亀鑑はこの国冬本「鈴虫」巻の本文を、『源氏物語大成』に収録しませんでした。他の巻は校合に用いているのに、この国冬本「鈴虫」は外されたのです。
 そこで、私は『源氏物語別本集成』の第十巻に、この国冬本「鈴虫」の正確な翻字を収載しました。

 その後、二千円札が出回り始めた頃に、『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』(臨川書店、2001年)を刊行しました。


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 そこでは、次のような仮説を提示しました。
 特に、二千円札に印刷された絵巻詞書の直前にある539文字もの文章に関する私見には、まだどなたからも反論や評価をいただいていません。ここに一部を再掲して、問題点の所在を確認しておきます。
 
《その1》


 この異文の特徴は、文字数において長いばかりでなく、また話題転換部分である以外に、この異文の中に七人もの人物が登場することです。そこには、女三宮・薫・光源氏・小侍従君・柏木・夕霧・一条御息所の動静が語られるのです。特に、柏木の乳母の姪で、柏木を女三宮のもとに手引きした小侍従君は、流布本本文では、第三十四巻「若菜上」・第三十五巻「若菜下」・第三十六巻「柏木」の後、第四十五巻「橋姫」に登場する人物です。また一条御息所は、朱雀院の更衣で落葉の宮の母親です。婿柏木の早逝に娘の薄幸を嘆き、さらには夕霧と娘の仲を苦慮し、夕霧の誠意を確かめるために消息を送るのですが返事がない中で、夕霧の冷淡さを恨みながら死去するのです。流布本によれば、第三十四巻「若菜上」・第三十五巻「若菜下」・第三十六巻「柏木」・第三十七巻「横笛」の後、第三十八巻「鈴虫」を飛び越して第三十九巻「夕霧」、そして第五十三巻「手習」に登場します。こうした人物の「鈴虫」のこの場面での登場は、どのような意味を持つのでしょうか。私は、物語作者が、ここでひとまず筆を擱いた時の本文の姿を伝える異文ではないか、と思っています。第二十一巻「少女」や第三十三巻「藤裏葉」において、登場人物の多くが呼び出されていたことに思いを致すからです。この国冬本の長文異文が、「鈴虫」の後半から次巻「夕霧」が執筆される以前に存在したと思われる本文の断片と見るのは、空想に過ぎないのでしょうか。(157~158頁)

 
《その2》

破棄された本文の再活用という事例の確証は、いまのところは得られていません。しかし、今後とも注目したいパターンの異文であることに変わりはありません。
 こうした異文の例は、「輝く日の宮」巻を廃棄した後の再利用の可能性などと関連する問題として、いろいろと想像を掻き立ててくれるものです。今後とも、さまざまな視点で読み解いていきたいものです。(161頁)

 
《その3》

言経本が、国冬本の異文の冒頭と末尾だけを伝えていることの意味は何なのか。私は、これも先にお話したように、貼紙形式で貼付されていた異文表記があまりに長文であるがために、その首尾だけ残して伝えられたために生じたものと考えています。いわゆる、「〜」「……」という省略記号による手法の一つではなかろうかと。いずれにしても、言経本が伝えようとした本文は国冬本と同種のものであることは明らかです。(162頁)

 
 今回、この国冬本「鈴虫」巻を「変体仮名翻字版」で翻字したものを確認しながら、これまでの翻字方法ではわからなかったことを何回かに分けて整理して報告します。
 不定期ながらも続きますので、気長にお付き合いください。
 
 
 

2016年7月15日 (金)

歴博本「鈴虫」巻の気になる変体仮名の表記

 日比谷図書文化館で読み進んでいる歴博本「鈴虫」で、気になる変体仮名の例をあげます。

(1)「遊くれ」(7丁裏3行目)


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 現在私が確認を終えた「鈴虫」巻34本の写本の中では、この箇所は東大本が「夕に」としているだけで、それ以外のすべては「夕暮」か「ゆふくれ」「夕くれ」となっています。国宝の『源氏物語絵巻詞書』の「鈴虫」で、ここは「遊ふくれ」しています。二千円札にも印刷されているところなので、お手元にあれば確認してみてください。
 ここで歴博本が「遊くれ」としているのは、「遊」を漢字と認識して「ゆふ」と読んでのものではなく、あくまでも「ふ」の脱落とすべきものかと思います。
 他本での「遊」の用例を点検したいところです。しかし、これまでの『源氏物語』の翻字がすべて明治33年のひらがなを1つに統制した後の表記でなされている不完全な翻字しかないので、私のもとで進めている「変体仮名翻字版」のデータが集積するのを待つしか、確認の方途はありません。
 『源氏物語』の本文を考えていく上で、『源氏物語』の翻字ですら不正確なものしかないというインフラの整備がなされていない現実を、こんな時に痛感します。ここでは、問題点の1つとして提示しておきます。

(2)「あ弥陀」(8丁表2行目)


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 現在私が確認している「鈴虫」の34本の写本の中では、日大本が「阿みた」であり、それ以外のすべては「阿弥陀」か「あみた」となっています。
 ここで語頭を「あ」とするか「阿」とするかは、何か背景があってのものなのか、今はよくわかりません。この歴博本「鈴虫」が伝称筆者を「伝慈鎮筆」としているように、私もお坊さんかその周辺の文化圏で書写されたものだと思います。とすれば、仏教用語の扱いが漢字に統一されていない表記に、いささか戸惑います。日大本が「阿みた」としているので、この「あ」「阿」の使い分けが、何かあったのかもしれません。
 表記の問題として、しかも仏教語に関するものとして、その一例をここに提示しておきます。

(3)「野へ」(8丁表7行目)


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 現在私が確認している「鈴虫」の34本の写本の中では、陽明本・国文研正徹本・伏見天皇本・国冬本・東大本・国文研俊成本・LC本の7本が「野辺」であり、絵入源氏・湖月抄・尾州家本・高松宮本、為家本、河内大島本、鳳来寺本、明融本の8本が「野へ」で、それ以外の9本は「のへ」となっています。
 ただし、国文研俊成本だけは「野辺」の「辺」に「へ」と傍記があります。
 私が「へ」の字母を問題とするのは、この歴博本「鈴虫」の箇所の翻字を「野部」としたほうがいいのではないか、との思いがあるからです。
 一般的に、「へ」の字母は「部」の旁のオオザトの省略形だとされています。しかし、私はこの見解に違和感を覚えます。私は「辺」の「刀」が「へ」となったのではないか、と思うからです。
 これに関しても、「変体仮名翻字版」による翻字を1本でも多くやり遂げることで、用例を多数集積してから、あらためて考えたいと思います。
 なお、歴博本「鈴虫」に「野」は、もう一例「古野/$【此】」(ミセケチの例)があるだけです。

 
 
 

2016年7月 3日 (日)

池田本『源氏物語』が高精細カラー印刷で刊行開始

 待ち望んでいた『源氏物語』の池田本(第3期第1回配本)が、八木書店より刊行開始となりました。
 この池田本は「新天理図書館善本叢書」の中において、全10巻セットとして今後2年で完結するものです。


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 本巻には、「桐壺・帚木・空蟬・夕顔・若紫」の5帖を収録しています。
 岡嶌偉久子さんによる詳細な解題は、次の2編と付編で構成されています。


『源氏物語 池田本』解題 —書誌的概要

各巻の書誌的事項 —桐壺・帚木・空蟬・夕顔・若紫—

〔付〕池田本と伝明融筆臨模本 —書写様式・合点その他の様相から— 桐壺・帚木巻

 本書のカラー印刷については、かねてより八木書店の会長より伺っていました。
 池田本については、次の記事に述べたことにそのすべてを譲ります。

「千代田図書館の調査中に八木書店の会長と池田本談義」(2014年12月04日)

 この記事の末尾で、「翻字確認と字母翻字および校訂本文と各巻の小見出しを作成する仕事をお手伝いしてくださる方を募ります。」と記しました。
 しかし、この作業は遅々として進展していません。すべて私の段取りの悪さからであり、バタバタするばかりの日々の中で停滞しています。お待ちの方々には、本当に申し訳ないことです。

 今回、池田本の精彩な影印版が刊行されたことを契機に、「翻字確認・字母翻字・校訂本文・小見出し」の作成をさらに推進させることにします。
 影印本が全国どこでも見られる環境ができたので、この翻字などの仕事がやりやすくなりました。そのためにも、全国の公共図書館や大学などで、本叢書を配架してくださることを希望します。次の世代が『源氏物語』を読む上で、この池田本は基本資料となるものだと確信しています。
 また、活字本による『源氏物語』の研究だけに終始せず、少しでも多くの方が古写本に接しながら、日本の文化としての変体仮名を読むスキルを次世代に継承するためにも、この本は意義のあるものだと思います。

 そこで、池田本の「翻字確認・字母翻字・校訂本文・小見出し」のお手伝いをしてくださる方を、あらためて募ります。
 本ブログのコメント欄を通して連絡をください。
 新しい『源氏物語』の受容環境を構築するためにも、意欲的な協力者と参加者をお待ちしています。

 この池田本に関するプロジェクトは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の主要な事業でもあります。一過性のものではありません。私が作業に関われなくなっても、NPO法人として末長く継承し更新されますので、安心して翻字および校訂の仕事に協力してください。
 
 
 

2016年6月30日 (木)

日比谷図書文化館で読む歴博本「鈴虫」

 今日は、というか今日も、私がお話をし過ぎたことと、新幹線で京都へ帰る最終時間が迫っていたために、質問と翻字の確認にいらっしゃった方には大変失礼な対応となり、本当に申し訳ありませんでした。
 慌てて日比谷公会堂の裏からタクシーを飛ばし、ギリギリで新幹線に間に合いました。

 さて、歴博本「鈴虫」はきれいに書写された本とはいえ、読み難い箇所はたくさんあります。
 その中から2箇所を引きます。


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 これは、6丁裏の6行目から8行目の中ほどです。
 右側の行の中ほどから「けれ八三那」とあります。この「れ」と「那」をよく見つめながら、次の行の上から2文字目にある「古れ八」の「れ」と見比べてください。
 「れ」と「那」は、字形だけでは判別が難しく、意味を考えないと正確には翻字ができません。

 左端の行の「者し免八可りと」も、文字の続き具合にばかり注意を惹かれていると、文字がうまく読めません。特に「免八可り」は、落ち着かないと読めません。
 字形だけでなく、文章の流れと意味を理解しながら読んでいくと、すんなりと翻字できる箇所だと言えます。

 次の例はどうでしょう。


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 まず、右側の2文字目からは、「【本】い」と私は翻字をします。
 ここでは、「本」を漢字で翻字しておくことをお勧めしています。これは、漢字の「本意」の「本」が意味として残っていると思われることばなので、今は漢字を残しておく例です。
 「身つから」などと同じように、当座は漢字の意味が残っているものとしています。
 近い将来、「変体仮名翻字版」のデータが出揃ったところで、こうした語句を漢字の意味が残っているものかどうかを判断し、それから次にどうすればいいのかを判断すればいいと思っています。
 後で一々、漢字で表記されたものとして区別するのは大変です。まずは漢字の可能性を明示しておくのです。この隅付き括弧(隅付きパーレン)は、いつでも外せるのですから。

 そして、「本い」に続く「多可日」の「日」が「る」に見えることに注意しましょう。見た感じでは「る」であっても、意味から「日」となるものです。
 左側の行の「こ那多」では、「那」の懐深くに「多」が潜り込んでいます。一文字ずつを見分けながら丁寧に文字を追っていくと、こうした文字もしだいに見えてくるはずです。

 ここまで綴ってきて、新幹線「のぞみ」は結構揺れることを、あらためて実感しました。これでは、読書もままなりません。
 特に今日は、やけに揺れています。本が読めないのでパソコンを開きました。しかし、これでも目が前後左右に揺れるので、すぐに疲れます。
いつもはiPhone で文字の入力をしています。新幹線の中でノートパソコンを使うことはあまりないので、液晶モニタの揺れが不気味です。

 新幹線がこんなに揺れるとは、いままであまり感じませんでした。スピードアップしたためなのか、車体が古くなったせいなのでしょうか。
 加齢に伴い疲れやすくなっている、と言われるとそれまでです。
 パソコンも読書もダメとなると、音楽を聴くしかないのでしょうか。
 移動時の楽しみが減っていきそうです。
 
 
 

2016年6月28日 (火)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の再確認(その5)

 今回も、「変体仮名翻字版」を作成する際に翻字作業で使う、付加情報としての記号の説明をまとめておきます。以下にあげたものは、従来の使い方と大きく異なるものではありません。

 これは、阿部江美子さんが作ったマニュアルを元にして、再編集したものです。
 これまでのものは、以下の通り本ブログにアップしています。
 参考までに、もう一度列記します。
 
「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)」(2015年09月25日)
 
「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その2)」(2016年03月19日)
 
「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その3)—改丁(改頁)に関する新方針」(2016年05月06日)
 
「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加と補訂(その4)」(2016年06月27日)
 
--------------------------------------
【補入】記号(「+」(「○」「・」等)
例一 おかた/お+ほ・・・本行「おかた」の「お」の次に「ほ」の補入
例二 ほかた/+お・・・文節の第一字目が補入となっている場合
例三 /+おほかた・・・文節全体が補入となっている場合
例四 おかたおかしき/前お+ほ・・・前の「おかた」の「お」の次に「ほ」を補入
   おかたおかしき/後お+ほ・・・後の「おかしき」の「お」の次に「ほ」を補入
   おかたおかたおかしき/前2お+〈朱〉ほ〈朱〉・・・前から二番目の「お」の次に「ほ」を補入(補入記号、書き入れともに朱筆)
例五 くりて/く±た・・・「○(補入記号)」がなくて「た」を補入
例六 行末の右下に書き添えられた補入文字(ハーバード本「蜻蛉」520196)
    本とて/と±二
--------------------------------------
【ミセケチ】記号「$」(「ヒ」「\」等)
例一 おほむかた/む$・・・本行「おほむかた」の「む」がミセケチ
例二 おほむかた/む$ん・・・本行「おほむかた」の「む」がミセケチで「ん」書き入れ(ミセケチ、書き入れともに墨書)
例三 けしき/$・・・「けしき」という文節全体がミセケチ
例四 けしき/$けはひ・・・「けしき」という文節全体がミセケチで「けはひ」と傍記
例五 しはしにも/後し$す・・・後ろの「し」をミセケチして「す」と書き入れ
例六 給へり/給へ$〈朱〉まい〈朱〉・・・ミセケチ記号と傍書が共に朱書き
例七 かほ/ほ$〈朱〉け歟〈墨〉・・・「ほ」を朱書きでミセケチ、「け歟」と墨書で傍記
例八 さしあたりて/あ$〈墨〉シア〈朱〉・・・「あ」を墨でミセケチ、朱書のカタカナで「シア」と傍記
例九 たくひなき/たくひ$〈墨朱〉ひま〈朱〉・・・墨と朱でミセケチ。朱筆で「ひま」と傍記
--------------------------------------
【なぞり】記号「&」
例一 かけを/に&を・・・本行「を」の下に「に」と書かれている
例二 きこえむを/△&を・・・本行「を」の下に何の字か不明だが、その字の上に「を」と書かれている
-------------------------------------
【合点】記号(朱書の場合は/〈朱合点〉)
例一 つなかぬふねの/〈合点〉・・・文節の第一字目「つ」のところが合点「\」がついている場合
例二 そのつなかぬふねの/つ〈合点〉・・・「つ」のところに合点「\」がついている
--------------------------------------
【濁点】記号〈濁〉
例一 いみしう/し〈濁〉・・・「し」に濁点が付されている
例二 きはきは/後き〈濁〉・・・後ろの「き」に濁点が付されている
例三 さま/\//\〈朱濁〉・・・「/\」に朱筆で濁点が付されている
例四 御てうとゝも/て〈濁〉、とゝ〈濁〉・・・「て」「と」「ゝ」に濁点が付されている
--------------------------------------
【その他の注意事項】
※書写状態を付加情報として記述する際、記入方法がわからない箇所には「?」を付ける。
※翻字や書写状態の記述で迷ったら、個人で判断せずに申し送り事項とする。
--------------------------------------
 
 
 

2016年6月27日 (月)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加と補訂(その4)

 日比谷図書文化館で翻字講座に参加なさっているOさんから、『源氏物語』の写本を「変体仮名翻字版」に作り替える作業中に疑問に思われた、踊り字に関する質問を受けました。

 忙しさにかまけて、「変体仮名翻字版」の凡例の見直しが不十分なままになっています。こうして問い合わせを受けた機会に、少しずつ凡例を整備しています。

 これまでに、以下の通り3回に分けて凡例の追加や補訂をして、簡単な説明をしてきました。
 これらは、あくまでも「変体仮名翻字版」としての翻字データを作成する、作業上の共通理解となる凡例です。翻字データの利用者向けのものではないことを、あらかじめお断わりしておきます。

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)」(2015年09月25日)

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その2)」(2016年03月19日)

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その3)—改丁(改頁)に関する新方針」(2016年05月06日)

 今回これらに続き、【漢字・仮名・記号・その他】に関する凡例の補訂版「その4」としてアップして確認しておきます。

 現在、『源氏物語』の「変体仮名翻字版」のデータ更新をしてくださっている方々や、今後このNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の翻字活動に協力してくださる方は、この一連の凡例を折々に確認していただけると、よりよい翻字データが受け継がれていくことになると思います。
 今後とも、ご理解とご協力のほどを、よろしくお願いします。


【漢字・仮名・記号・その他】

1 基本的に、書写されているそのままを翻字。以下の場合は要注意。
 漢字表記は【 】で括る。
 例 「【女御】」(「め【御】」とはしない)、
   「【更衣】」(「【更】え」とはしない)、
   「【左近】」(「さ【近】」とはしない)、
   「【御衣】」(「【御】え」とはしない)、
   「【上達部】」(「【上達】へ」とはしない)、
   「ひめ【君】」(「ひ【女君】」とはしない)、
   「【侍】(6ウ)」【覧】」(改丁箇所で泣き別れとなる場合は別個に処置)
   「ゐ【中人】」(平仮名と漢字が混在するものは、漢字の部分のみを亀甲括弧で括る)
  熟語の漢字部分の表記。
 例 【雲】井(「井」は当て字として漢字にはしない。「【雲居】は熟語とする」
  二種類の語意が共存している場合は、それぞれを漢字として【 】で明示。
 例 「【御事】」(「【御】【事】」としない)
   「【物思】ひ」(「【物】【思】ひ」としない)
 例 「【給】【京】へ」(「【給京】へ」としない)
 例 「【入道】の【宮】」(「【入道の宮】」「【入道乃宮】」としない)
2 旧漢字はすべて新漢字にする。
   萬→万、哥→歌、佛→仏、條→条
3 「【見】る」などで「【見】」を活かす場合は、そのまま「【見】る」とする。
   「【形見】」「【見】くるし」などの場合も同様。
   「【身】つから」「【世】けん」「すく【世】」も漢字の意味が活きているものとする。
4 「けしき」「けはひ」の「け」が「気」の場合はそのまま(「気」を残す)とする。
   「をかしけなり」などの「け」は、そのまま仮名にしておく。
5 踊り字は、基本的に書写されているままの記号・符号で翻字。
 例 「【人】/\」
  従来は「人々」としていた。
  ただし「々」が用いられている場合は「【人】々」)。
  これは「/\」や「々」を記号として扱うことによるもの。
  従来は、翻字記号を統一して、電子データ固有の検索の手間を一元化する処置をしていた。
  文節が、「ゝ」または「/\」ではじまる場合。
   ( )内に踊り字を開いた形を付して、当該文節が踊り字で始まらない形を明示。
 例 おほしゝを・ゝしからぬ(をしからぬ)
6 虫損などにより、文字の一部がわからなくても、残っている部分から類推できる場合。
 例 ・・・/□〈判読〉
7 虫損、汚れなどにより、文字がまったくわからない場合は、その字の部分を△とする。
8 明らかに誤字脱字の場合。
  入力ミス等、見落としではないことをはっきりさせる場合には〈ママ〉を付す。
 例 たてまつつるに/つつ〈ママ〉
9 「ハ」「ミ」「ニ」はひらがな表記で統一。
  ただし、明らかにカタカナである場合はそのまま記す。
10 本文注の朱句点「・(赤字)」、墨句点または句点のない場合は、その旨を巻名の最初に記す。
  「朱点」「墨点」「句点なし」は、本文中には入れない。
11 注記が複数の時。
 例 色にも/△&に〈判読〉、も&も、も$〈朱〉・・・読点で区切る
  その注記内にさらに注記がある時。
 例 そしりをも/も+え、傍え=へ〈朱〉
  補入文字の「え」の右横に「へ」と朱書きの文字が傍記されている。
12 削除された文字(塗り消しや擦り消しされた文字)。
 例 なりぬるか/か〈削〉
13 紙面の一部がくり抜かれたような穴となり、文字が欠落している場合。
 例 お△かた人の/△〈破損〉
14 和歌の始発部と末尾には、カギカッコ(「 」)を付す。
15 底本の語句に対応する本文(文節箇所)が対校本文に存在しない時は「ナシ」と表記。
16 落丁の該当箇所には、「ナシ/落丁」と明示。
17 「も」と「ん」について。
   当然「も」と読むべき「ん」でも、表記された字形を優先して書かれているままの文字で翻字。
18 写本に記入された倒置記号について。
   ○印と引き込み線やレ点などを用いて、字句の転倒を正す符号が付された本文箇所
 例 とやまも/記号ニヨリ「とまやも」
19 付箋に異文などの記載がある場合。
  「あしき/=かなしき〈付箋〉」として傍記扱いとする。
20 異本異文注記が上部余白部分に記されている場合。
  「人や/人$我イ〈上空白部〉」として対処。
21 注記混入かと思われるものが本行に書写されている場合。
  「/本行書写」として対処。
22 本行本文に割り注がある場合。
  「よ/(割注)常陸守取婿(改行)少将たかへす」として、本文に関わる付加情報として注記。
23 底本の和歌に関して、一首全体が補入となっている場合。
  「いせ人の/コノ歌ハ補入」とする。
24 ミセケチ記号(「ヒ」「\」等)や補入記号(「○」「・」等)。
   また書き入れ等が朱筆で書かれている場合は、「〈朱〉」「〈朱合点〉」「〈朱濁〉」等の記号を用いる。
   墨筆であることを強調する場合は、「〈墨〉」等の記号を用いる。
 例 いみしう/し〈朱濁〉・・・「し」に朱筆で濁点が施されている。
 例 はねを/〈墨朱合点〉・・・「は」に墨筆と朱筆で合点が施されている。
25 文字に清音で読む事を示す記号がついている場合。
 例 あつしく/つ〈清〉・・・「つ」に清音で読む事を示す記号が施されている。


 
 
 

2016年6月18日 (土)

刺激的だった「第3回 古写本『源氏物語』の触読研究会」

 今日は、私が主宰する2つの研究会を、同じ会場で午前と午後に分けて開催しました。


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 プログラムは、予告したように以下の通りです。


(1)挨拶(伊藤鉄也)
(2)2015年度の研究報告(伊藤鉄也)
(3)2015年11月から2016年6月までの活動報告(関口祐未)
(4)研究発表「視覚障碍者による絵巻研究の方法」(尾崎栞)
(5)研究発表「日本語漢字不可欠論再検討
    〜漢字がないと同音異義語でこまるのか?〜」(中野真樹)
(6)研究発表「触文化研究の課題と展望
    ―「無視覚流」の極意を求めて」(広瀬浩二郎)
(7)共同討議(質疑応答、用語確認と実験方法など、参加者全員)
(8)連絡事項(関口祐未)

 全体の内容等については、後日ホームページ(「古写本『源氏物語』の触読研究」の「研究会報告」でお知らせします。今少しお待ちください。

 さて、本日の研究会も、刺激的な内容に満ちた2時間となりました。昼食を兼ねた懇親会を含めると4時間もの長きにわたり、みんなで語り合いました。

 研究会が始まる前から、触読の話で盛り上がっていました。

 右利きと左利きで、点字を読む効率に差があるのか、とか、人間の人差し指は脳の神経支配と関連していること。
 変体仮名が読めているかどうかを判断するのには、資料を模写してもらうとよい、ということでした。この指摘は、現在進行している調査と実験実証において、さっそく実際に取り入れたいと思います。

 4人の全盲の方が参加されていたこともあり、ご自身の実体験を踏まえた具体的な事例を元にした情報交換会となったので、貴重な勉強の場となりました。


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 私は、点字を読むことと墨字を読むことの意義について、あらためて考えさせられました。
 また、文章を解釈する上で、目が見える人と見えない人で違いがあるとしたら、どのような解釈の違いが認められるか、というテーマにも挑戦すべきです。
 作者が言いたいこと、伝えたいことの核心を、見えない人がより的確に読み取ることもあるように思われます。この、思われます、という点を検証する必要がある、と思いました。

 触読に関する調査研究は、まだまだ可能性があります。
 今後の成果を楽しみにしてください。
 
 
 

2016年6月16日 (木)

歴博本「鈴虫」巻だけにある変体仮名「遅」

 変体仮名を意識して『源氏物語』の古写本を読んでいると、いろいろとおもしろいことに出会います。

 歴博本「鈴虫」に、変体仮名の「遅」が3例出てきます。
 しかもそれは、非常に近接した場所にだけ見られます。


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能遅のよ尓 (4ウL9)
(のちのよに)

う遅那可 (5オL1)
(うちなか)

者遅春者越 (5オL2)
(はちすはを)

 カッコ内に示したのは、明治33年に1字に統制された、現今のひらがなを用いて翻字したものです。この統制後のひらがなで翻字をしている限りは、今回のようなおもしろさには気付きません。

 この「遅」は、歴博本「鈴虫」のツレとされるハーバード本「須磨」と「蜻蛉」には、まったく出てこない文字なのです。

 上の画像でもわかるように、折の真ん中に綴じ糸があるので、折の一番内側の見開きの丁にあたる、そのまた真ん中に3例が集まっています。

 今、私には、この書写状態における「遅」の使われ方が意味するところを、うまく説明できません。
 この点について、ご教示をいただけると幸いです。
 
 
 

2016年6月13日 (月)

今週末の触読研究会での尾崎さんの報告内容を公開

 今週18日(土)に開催される第3回「古写本『源氏物語』の触読研究会」(2016年06月10日)に関連するお知らせです。

 発表者の一人である尾崎栞さんの発表原稿である「視覚障碍者による絵巻研究の方法」を、当該科研のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」の「研究報告」からPDFで公開しました。

 尾崎さんが報告する内容は、目が見えない方や関係する方々に、一日も早くお知らせする価値があると思ったことからの対処です。障害をお持ちの方々と一緒に、元気や希望や夢を共有する上で、意義深いものだと思います。
 さらには、私が推進する【古写本の触読研究】に広く興味を持っていただきたい、との思いを後押しするものとなっています。

 尾崎さんは共立女子大学の学生さんなので、発表することから報告内容の公開までは、指導に当たっておられる先生のご理解をいただいています。多くの視覚障害者に刺激を与えることができる報告だとの思いを共有する中で、この内容を公開することに至りました。

 なお、インターネットに接続する環境はさまざまです。
 上記科研のホームページからはPDFで公開しました。
 しかし、それはA4版2段組みなので、スマートフォンはもとより携帯電話では読み難いかと思われます。そのことを考慮して、以下、ここではテキストで引用しています。
 PDFでご覧いただける方は、まったく同じ内容なので、以下はパスしていただいて結構です。
 



視覚障碍者による絵巻の学習方法

  共立女子大学文芸学部 文芸学科       
  日本語・日本文学コース(四年生) 尾崎 栞


    はじめに

 現在、視覚障碍者が日本美術史や古典文学を研究しようとした時、その方法は確立されているとは言い難い。視覚的な情報を一切得る事ができない中で、美術史や古典文学をどのように学び、研究していくべきなのか。私は大学入学直後から常に考えてきた。視覚的な部分を補う方法を模索し続けた結果、触察が有効であるという事が徐々に分かってきた。というのも、ふだん点字を使っている私は指先で何かを触る行為に非常に慣れており、何より点字は指で読んでいるから、それを応用する形で文字や絵を触察する事も可能だと考えたのである。

 触察と言う方法を用い、大学の先生や助手さんのご協力の元、一年次から目標としていた絵巻研究に、四年生になった今本格的に取り組んでいる。その方法を確立してきた過程を、当事者の視点から記録として記しておきたい。

 なお、絵巻の詞書や絵を立体化するまでの記録は、『平成26年度総合文化研究所助成「変体仮名教材作成の研究︱文学作品を中心に︱」に関する報告』(共立女子大学・共立女子短期大学 総合文化研究所紀要 第22号2016年、代表者 岡田ひろみ)を参考とした。

    一 絵巻研究をしようと思った経緯

 まず、私がなぜ絵巻に興味を持ったのか、そのきっかけを簡単に記しておきたい。

 私は大学に入学して初めて、日本美術史と言う学問領域がある事を知った。仏像や寺院、絵巻や曼荼羅など、制作された時代背景、作者、作品の特徴に至るまで、まだ分かっていないものはあるとはいえ詳細に研究されており、初めて知る事ばかりだった。そのような中で、どうしたら作品の形を覚える事ができるのか、という問題が生じた。美術史を勉強しようとするとき、作品の名前を覚える事は必須であり、作品を見て作品名と一致しなければ話にならない。もちろん作品名だけでなく制作年代も覚える。しかし私の場合、作品名や制作年代を覚える事はできても、肝心の作品の姿形が把握できないので、なかなか学習方法を?めずにいた。

 そんな時、授業中に先生がパワーポイントに映し出した作品を、スクリーンを引き出す棒でなぞってくださった。私はその音を聞いて、持っていた紙に作品の形を書き写した。授業後に先生に見ていただくと、ほぼ正確に作品の形を書き取れている事が分かり、この方法で作品の形を把握していく事にした。自分なりの勉強方法が分かった事で、日本美術史に対する興味は徐々に高まって行った。

 そして絵巻と出会ったのである。元々私は、日本の古典文学が好きだった。そこに絵が付属する絵巻物を初めて見た時の衝撃は、すさまじいものがあった。その時は「源氏物語絵巻」の画像とレプリカを見たのだけれども、文字だけでは表せないような世界観が絵によって一気に広がったように感じたのである。実際は見えていないにもかかわらず、絵巻の持つ強大な世界観に魅了されたのである。卒業論文では絵巻を取り上げたいと考えるきっかけとなった出来事だった。今となって思えば、自分が実際に目で見る事ができないからこそ、中身が気になり、いったい何がどのように描かれているのか明らかにしたいと考えたのであろう。

 とにかく、この出来事がきっかけとなり、絵巻研究がしたいという思いが生まれ、実現に向けて研究方法を模索する事になったのである。

    二 変体仮名の触読

 二年次の授業で、私は変体仮名の触読に取り組むこととなった。『首書源氏物語 夕顔巻』(和泉書院)をテキストとし、変体仮名を読めるようになるべく晴眼者の学生と共に、触読に挑戦したのである。この授業は私が所属する日本語・日本文学コースの必修科目であり、当時は絵巻研究をやりたい気持ちはあったものの、具体的なイメージが?めなかった。そのため、絵巻研究がしたいから変体仮名の触読に挑戦したというより、所属コースの必修科目に変体仮名を読む授業があったから挑戦したという方が正しい。私は変体仮名について知らなかった。つまりまったくの初心者だったのである。

 そのことを考慮した上での変体仮名の触読教材が、日本語・日本文学研究室で制作されていた。以下に教材制作に関して詳細に記した咲本英恵先生の「視覚障碍者向け変体仮名学習テキストの作成について」を引用する。

 テキスト作りの第一の問題は、文字の大きさであった。授業では、和泉書院が出版しているA5版の『首書源氏物語』を用いたが、この作品は、前述のように上下を半分に分け、上半分に古注釈本文、下半分に『源氏物語』本文が載る。本文部分には12行×18文字、およそ216文字の変体仮名が詰め込まれていて、頭注はさらに文字が細かい。そのまま立体印刷しても、文字が小さすぎて指が文字を判断できないから、拡大コピーをする必要がある。どれだけ拡大すればよいのかも見当がつかなかったから、ともかくまずは本文の半分の分量にあたる6行を、A3版に収まるくらいに拡大した。また、テキストの膨大化を避けて、授業で最低限必要な本文部分のみを立体化することにした。

 作業は試行錯誤である。本文の半分の分量にあたる6行をきりとり、倍率を変えて何パターンか拡大コピーする。採用したのは、6行を倍率400%、A4サイズに拡大コピーし、そのA4サイズの本文を、さらにA3サイズに拡大したものである。また、本文の翻刻は10.5ポイントで作り、同じく6行を倍率200%でB4サイズにし、それをさらに倍率150%に拡大、さらにA3版に拡大した。

 次の問題は、文字の触読のしやすさにあった。小さい文字を拡大すれば、文字の輪郭はがたがたになり、直線はぼやけてしまう。それが「あ」や「ま」「め」など、交差する箇所の多い文字の触読を特に困難にさせた。また、コピー台が汚れていたために紙に無駄な点や線や影がカプセルペーパーに印刷され、立体印刷機によって浮かび上がったそれらが触読の邪魔をした。そこでカプセルペーパーに印刷する以前の拡大版テキストの文字を、輪郭を太ペンでなぞりあるいは修正液でけずることでなめらかな直線や曲線を持つ字に変え、文字のほかに余計な黒点や線がついていれば、それも修正液で消した。コピー機の印刷台の汚れもふき取った。(90〜91頁)

 このような手順で制作された教材を用い触読をした。授業中はTAの方がつきサポートをしていただいた。例えば、書き順は指を持って文字をなぞり教えていただいた。仮名字典を引く際もサポートをしていただいた。だが、そう簡単には読めるようにはならなかった。私は一五歳の時に失明したいわゆる中途失明者なので、もともと平仮名や漢字を読み書きしていた素養がある。そのため、平仮名に形が似ている「ひ」や「し」「の」などはなんとか読むことができた。しかし、その他の文字についてはなかなか触読することができなかった。また、仮名字典から該当する文字を探す事も困難であった。その問題は字母である漢字の下に「阿部のア」などと書いた点字シールを貼り、瞬時にその漢字が何であるかを分かるようにした。また、文字ごとにテープを貼り簡易的な枠組みを作り、文字を探しやすいようにする工夫をした。この工夫はとても効果的で、仮名字典から該当する文字が探しやすくなったので、触読の効率が飛躍的に上がった。

 しかし、やはり授業を一人で受ける事は最後までできなかった。他の受講生は読みながら、その場で翻刻をしていく。しかし私の場合、触読する事に精一杯でその場で翻刻して書き取ることはできなかったため、授業後にTAの方にメールで送ってもらっていた。その際は漢字の部分は「 」で囲い、点字で書いた時に分かりやすいようにしてもらっていた。このような工夫をしながら、私は半年間講義を受講した。

 授業の回を重ねる毎に触読に慣れ、読める文字が増えてきた。私の場合、一つの文字を空書きできるようになるまで繰り返し触る事で、文字の形を覚えていった。もちろん多くの時間を費やすことにはなった。しかし、読めたときの喜びは大きかった。その喜びは単に変体仮名が読めたことだけではなく、目の見える晴眼者の学生と同じ文字が読めたことに対するものだった。

 点字は視覚障碍者にとって大変画期的で便利な文字である。しかし、一般に普及しているとは言えず、盲学校を卒業すると読める人に出会う事は少ないのが現状であろう。もちろん私の通う大学には点字を読める人は一人もいない。そのため、私は孤独を感じていた。自分が書いた文字も誰にも読んでもらえないことはもちろん、配付される資料もその場では読む事ができない。そんな状況下で、変体仮名を立体印刷することで、晴眼者と同じ文字を読むことが可能になった。咲本先生も先のレポートで述べておられるように、立体化した変体仮名はそういった観点から見ると、ある意味で〔平等〕な教材なのではないだろうか。

    三 視覚障碍者による絵巻の学習方法

 以上のように、私は江戸時代に使われていた変体仮名をほぼ触読できるようになった。これを応用する形で、三年次には共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」を取り上げた授業を履修し、共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」の学習を始めた。

 絵巻の詞書は咲本先生が行っておられた方法で立体化し、触読できていた。しかし、絵をどうするかという問題があった。そこで、授業を担当していただいていた山本聡美先生の提案で、東京藝術大学大学院の五十嵐有紀先生を中心に協力を依頼し、絵巻の書き起こしを制作していただき、それを立体印刷する方法を用いることとなった。書き起こしの詳細については、五十嵐有紀先生の「共立女子大学大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」トレース図制作に関する報告」(『総合文化研究所紀要 第22号』二〇一六年二月)を参照していただきたい。

 絵巻の絵の触察に際しては、線が多すぎると内容を把握できないということがわかった。絵巻の絵を模写して立体印刷機にかけても、線が多すぎて建物と人物の区別がつかなかったり、絵の全体像をつかむことができなかった。そこで、絵の内容を把握するのには不要だと思われる線を削除して、絵を単純なものにしていただいた。そうして触察しやすいように改良を重ね、絵巻の絵を把握していった。

 また、かなりのレアケースとして、実物を触らせていただいたことも、絵の内容を理解する上で、大きな助けとなった。実際に絵に触れ、絵の具の感触を感じる事で、翁や嫗の位置、かぐや姫の顔や着物の色、屋敷の様子まで、詳細に知る事ができた。また、二月の初旬に参加させていただいた日本画の色彩に関するワークショップで、絵の具の色と感触について学ぶ機会があり、緑青は緑色であることを知り、色に関しても触察することで把握できるようになった。

 ただし、私には立体化された教材や実物を触る前の段階として、絵巻の内容、例えば第一段の絵は、翁と媼に挟まれてかぐや姫が入った箱が置いてあるというように、絵の内容に関する知識があったことを書き添えておきたい。なおこの知識は授業中の先生の解説によってついたものである。内容を把握していることで、絵巻の絵を触察した際瞬時にその内容を把握できた。ただやみくもに絵巻を触察して内容を把握するより、あらかじめ内容を把握した上で触察した方が効率的だと考えられる。

    おわりに

 視覚障碍者が絵巻の内容を学習する場合、触読、触察が有効であった。絵巻の内容を立体化する際には、触読、あるいは触察のしやすさを重視する必要がある。それにより、変体仮名の場合は書き順など、把握できる情報が限られる問題点もあった。しかし、詞書を読む、あるいは絵を見る際には、今回の場合大きな問題となることはなかった。ただし、変体仮名や絵を立体化したものは、大変かさばり持ち運びに不便であった。実際私は、長期休み中に自宅で勉強したいと思った時、あまりの量の多さに持ち帰る事を躊躇したことがあった。この点に関しては、現在教材の軽量化を図るための方法を検討している。

 また、私は中途失明者ということで、ひらがなや漢字の素養があった。これが点字以外の文字を全く知らない人の場合、変体仮名の触読はより困難であろう。変体仮名の触読に関しては、文字を知っているかどうかが大きな焦点になることが推測される。

 絵巻の学習を通して、私は触読、触察の可能性について考えるようになった。目で見るはずの絵巻を、その内容を立体化するという方法を用い、全盲である私でも学習できるようになった。視覚障碍者が敬遠しがちな日本文学や日本美術史の分野に、文字や絵の立体化という方法が確立しつつあることで、視覚障碍者の可能性は大いに広がるであろう。

 さらに文字の立体化によって、視力の有無に関わらず同じ文字空間にいられることは、点字という固有の文字を使用している視覚障碍者にとって、大きな喜びに繋がるだろう。変体仮名のように点字では書き表せない文字を視覚障碍者が学習しようとする時、立体プリンターを用いた教材の立体化は有効である。今後他の分野にも応用していきたい。


[参考文献]
『平成26年度総合文化研究所助成「変体仮名教材作成の研究︱文学作品を中心に︱」に関する報告』(共立女子大学・共立女子短期大学 総合文化研究所紀要 第22号2016年)に所収の左記三論文
・咲本英恵「視覚障碍者向け変体仮名学習テキストの作成について」
・五十嵐有紀「共立女子大学大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」トレース図制作に関する報告」
・山本聡美「共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」を用いた変体仮名教材制作」


 
 
 

2016年6月 7日 (火)

立体コピーによる触読の問題点と平仮名文字の説明文

 北九州で実施した、『変体仮名触読字典』のための触読シート「あ」(立体コピー試作2版)による調査と意見交換については、一昨日の「触読調査の後は小倉の松本清張記念館へ」(2016年06月05日)の冒頭で簡単に報告した通りです。
 そして、以下の2点を今後の課題としておきました。


(1)シートの角に切り欠きをつけることで、文字の上下を判別
(2)紙面に配置されている文字の説明注記を点字で添える

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 この触読シートに関しては、科研の研究協力者である福島県立盲学校の渡邊さんと共立女子大学の尾崎さんから、お手元にお送りした立体コピーを触読しての感想を寄せていただきました。
 お2人のコメントを整理して、以下にまとめます。


・文字は大きい方が線がはっきりしていて触読しやすい
・文字が小さいと字母の漢字が把握できない
・文字が小さいと全体的に線がごちゃごちゃして触りにくい
・個々人の指の大きさが異なるので適切な文字の大きさは難しい
・導線となる枠と文字との距離が近すぎるのでかなり窮屈
・空白が少ないので一つの文字をイメージしにくい
・どういう向きで触読するのか迷う
・右上に何らかの指示があるとよい
・ただし点字の「あ」は点が1個なのでわかりにくい
・点字の数字なら前に数符がつくのでわかる
・点字のアルファベットも前に外字符がつくのでわかる
・変体仮名による連綿の例は最初の一文字が読めないと先へ進めない
・すっきりと読み下せないと気になる

 こうした感想や指摘を踏まえて、今は次のような対処と方針で取り組みたいと思っています。


・サイズの大きい方で検討を進める
・字母などを細い線で囲うのはやめる
・文字を囲う枠は文字と離す
・空白をもっと活かした文字の割り振りを心がける
・新しく認定される国際標準のためのユニコードの番号を付加情報として添える
・「愛」と「惡」の変体仮名を採択するかどうか再検討
 (これは、変体仮名としては使用例も少なく、『変体仮名触読字典』に取り上げる必要はないと思います。ただし、ユニコード化にあたって候補として入っているので、一応新ユニコードに対応した字典ということで取り上げています。近世の文書には出てくるので、外すことをためらっています。ただし、仮名を中心として書かれた文学作品を読むという用途に限定した字典を目指すのであるならば、使用頻度の低いこうした「愛」や「惡」という変体仮名は取り上げない、ということも検討すべきかも知れません。)
・付すインデックスとしてのは、点字とアルファベットに関して、さらに検討中
・上部にインデックスとして付す指示文字も検討中
 (点字で「あ」を、その横にアルファベットの「A」と「a」を添えることを考えています。ここで、「あ(字母は「安」)」という、明治33年に一つに統制された文字をインデックスにしなかったのは、4種類の平仮名「安・阿・愛・惡」はいずれも対等の関係であり、現在使われている「あ」だけが唯一のひらがなではなくなる次世代を意識したものです。)
・変体仮名の連綿例に、活字で「平仮名」と「字母」を併記した理由
 (目が見える方にも、そして介助者にもこの字典を使っていただけるようにとの配慮から、変体仮名の連綿例には、活字で「平仮名」と「字母」を併記しました。この列がそうした意図を持ったものであることを、何かの記号を使って明示して、触読のための情報ではないことを明示する必要があります。この振り仮名(読み仮名)の部分だけは立体コピーにしない、という対処もあります。しかし、そうすると立体コピーと混在して印刷が面倒なことになるので、まだ思案中です。)

※2段目の、国語研が公開しているフリーの変体仮名フォント以外は、すべて新典社版の『実用変体がな』から採字したものです。

 なお、一連の触読をサポートするものとして、音声による説明や解説を併用できる環境作りにも取り組んでいます。
 以下に、科研運用補助員の関口祐未さんが作成を進めている、立体平仮名文字「あ」の部の説明文を紹介します。


【平仮名文字の説明文について】
・平仮名文字の説明文は、凸字を触りながら、平仮名の形がより明確にイメージできるように作成しました。
・平仮名文字の説明文は、平仮名を書くときの筆順に従って考えました。短く簡潔で、平易な表現を心がけました。
・曲線の形については、線の形がイメージしやすいように、次のような工夫をしました。
 例1 「弓形」といった場合→半円の曲線を表す。
 例2 「上へ向かって9時から3時までの曲線」といった場合→アナログ時計の文字盤をイメージし、時計回りに9時の位置から12時を回って3時の位置に至る半円の曲線を表す。
 例3 「下へ向かって9時から3時までの曲線」といった場合→アナログ時計の文字盤をイメージし、反時計回りに9時の位置から6時を回って3時の位置に至る半円の曲線を表す。
・説明文は、より分かりやすい文章に仕上げていくために、皆様のご意見を反映しながら更新していく予定です。

■「あ」の説明■

1画目。中央・上の位置。左から右へ横線。
2画目。1画目横線の真ん中を通って、縦に下がる長い線。
3画目。1画目横線の終わり・下の位置。左へななめに、2画目縦線の終わりを通って下がり、上へ向かって8時から5時までの曲線。
 このとき2画目縦線の真ん中と3画目線の始めを通る。
 説明文終わり。

 この他の平仮名については、科研のホームページである「古写本『源氏物語』の触読研究」に掲載している『立体〈ひらがな〉字典』の項目をご覧ください。

 また、この説明文が読み上げられるような仕掛けを、触読の対象となる文字に設定することによって、学習が効果的におこなわれるようにできないか、ということも検討中です。
 これには、タッチパネルの導入が考えられます。
 この「タッチパネルによる古写本触読システム」については、「宇治の街歩きと〈運読〉のワークショップ開催」(2015年12月05日)の後半で、2枚の写真を交えて紹介していますので、参照していただけると実際の触読のための道具をイメージしていただけるかと思います。

 まだまだ、試行錯誤を繰り返している段階です。
 ご教示をいただく中で、よりよい触読環境を作り上げて行きたいと思います。
 また、そのためにも『変体仮名触読字典』を早急に形にして、実際に使っていただく中で改訂をしていく予定です。

 思いつきで結構です。
 ご意見やご提案をお待ちしています。
 
 
 

2016年6月 2日 (木)

変体仮名の字母─「天」と「弖」は見分けられるか

 立川駅の構内に、「北天の炎 阿弖流為」という「ねぶた」(青森県立青森工業高等学校 制作)が飾られています。これは、昨年もこの時期にありました。昨年の写真と見比べたところ、まったく同じものでした。
 この「ねぶた」は立川駅に保管してあるのでしょうか、それとも、毎年東北から持ち込まれているのでしょうか。


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 「阿弖流為」については、「ウィキペディア」に次の説明がありました。


アテルイ(? - 延暦21年8月13日(802年9月17日))は、平安時代初期の蝦夷の軍事指導者。789年(延暦8年)に胆沢(現在の岩手県奥州市)に侵攻した朝廷軍を撃退したが、坂上田村麻呂に敗れて処刑された。

 京都清水寺の境内に「アテルイ・モレ顕彰碑」があります。平安遷都1200年を記念した平成6年に建立されたものだとか。「阿弖流為」という名前は、この碑で知っていました。

 さて、アテルイの「弖」という変体仮名についてです。この「弖」と、一般的に使われる「て(天)」の崩し字は、実に紛らわしい形なのです。
 『古典かなの知識と読みかた』(駒井鵞静、東京美術選書39、昭和59年10月)から〈「て」の字母は「弖」か「天」か〉という項目にある例示を引きます(120〜121頁)。
 これを通覧して、第一図の一と三は「て」だと言えます。しかし、それ以外は「弖」としたいところです。第三図の三と四は、「天」でもいいし「弖」でもいいという、このあたりが線引きの分かれ目のようです。また、この字体が非常によく出てくるのです。


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 このことを、今日の日比谷図書文化館での翻字講座で話題にしました。

 夏を迎える日比谷公園は、陽の落ちるのも遅くなり、鶴の噴水も緑に包まれてきれいです。とても18時を過ぎているとは思えない明るさです。


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 日比谷公会堂は、老朽化と耐久化のために、本年4月1日より改修工事となっています。しばらくは休館です。


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 そんな公園の中で、熱心に変体仮名の勉強をなさるみなさまと一緒に、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)をテキストとして、仮名文字の字母を確認しながら読み進めています。

 今日話題にした「天」と「弖」に関しては、第4丁オモテの8行目と9行目の行末部分にみられる2つの「て」を切り出しておきます。


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 右下の仮名の字母は「弖」でもよさそうです。しかし、これを「弖」として認めると、これに類する膨大な文字の字母の修正が発生します。
 左上の「て」の字母は「天」でいいと思います。

 上記の『古典かなの知識と読みかた』で駒井氏は、次のような見解を示しておられます。


 ひらがな(女手)の「て」は、古くから使用してきた「弖」を母体とし、「天」の草書と合流させて、生み出したものではないでしょうか。
 「て」の字母は「弖」としても「天」としても、妨げないと思うのですが、本書では通説に従い、「天」といたしました。(121〜122頁)

 私も、歴博本「鈴虫」、ハーバード大学本「須磨」、同「蜻蛉」で、「弖」を字母とするものは一例も採りませんでした。「弖」にしてもいいかと思うものが多いのは確かです。しかし、「天」との線引きが難しいので、「天」にしておいたにすぎません。今後とも、鎌倉時代の古写本をさらに精査して、この見極めができるような指針を見つけられないかと思っています。
 
 
 

2016年5月13日 (金)

日比谷図書文化館のみなさまと鎌倉期源氏写本を見る(第2回)

 日比谷図書文化館で歴博本「鈴虫」の翻字を勉強なさっている方々10名が、国文学研究資料館においでになりました。
 国文学研究資料館が所蔵している、鎌倉期に書写された『源氏物語』を閲覧するためです。

 前回のことは、「日比谷図書文化館のみなさまと鎌倉期源氏写本を見る」(2016年2月 6日)に書いています。

 古写本の翻字をやっていて、実際にその時代の写本を見るといい勉強になります。
 書写された料紙の色艶、文字の大きさ、墨の濃淡、虫食い、墨汚れ、等々。
 時には、700年以上も前の墨の匂いも、かすかに残っている写本もあります。

 表紙絵に馬がきれいに描かれていることに気付かれました。
 筆箱を落としたのか、四角い墨跡がくっきりと残っていました。
 ここで書写していた人が変わっている、という発見もありました。
 虫食いの箇所では、そのねじ曲がった穴をじっと見つめていらっしゃいます。

 みなさんと一緒に、楽しい一時となりました。
 得難い体験となり、記憶に残る学習会となったことでしょう。

 帰りには、国文学論文目録データベースの作業室に案内し、簡単な説明を聞いていただきました。
 ここで作成している目録データベースは、たんに論文のタイトルや筆者などの情報に留まらず、大学院生などのアルバイトさんが直接受け持った論文を読み、データを取って入力しているのです。そのために、要求したキーワードに的確な検索結果を返してきます。このことがまだ理解されていない実情を、近年は外部に訴えています。
 とにかく、手間がかかっているところを、今日は見ていただきました。

 前回同様、地下の書庫も学術情報課の担当者の説明を聞きながら見ていただきました。
 日本にこうした機関があることと、古写本を翻字する上でスキルアップの機会となれば幸いです。 
 
 
 

2016年5月11日 (水)

来週末に埼玉県本庄市で『群書類従』のお話をします

 以下の通り、『群書類従』に関するお話を、塙保己一ゆかりの地でいたします。
 これは、「古写本の触読研究に取り組むきっかけとなった講演録」(2015年11月16日)に記した『温故叢誌』という冊子から派生したものです。
 総検校塙保己一先生遺徳顕彰会事務局と、本庄市教育委員会生涯学習課の方々のお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。

 今回の話は、上記冊子にまとめたことに加えて、古写本や『群書類従』を目の不自由な方々と一緒に読める環境作りに取り組んでいることを、具体的な事例を交えてお話をする予定でいます。塙検校が当日の会場にいらっしゃることを想定して、検校に語りかけるような内容に組み立てているところです。

 また、目が不自由な方々にも聞いていただきたいと思っています。
 『群書類従』の版本の一部を立体コピーしたものを、当日の会場でお一人ずつに配布する予定です。実際に触読体験をしていただきますので、後で感想をお聞かせいただけると幸いです。

 『広報ほんじょう5 2016 No.124』(編集/本庄市役所企画財政部秘書広報課)には、次の予告がなされていますので、併せて紹介しておきます。


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総検校塙保己一先生遺徳顕彰会総会の記念講演

         記

1.開催日時 平成28年5月21日(土)
   受 付 午後1時30分から
   開 式 午後2時から
      ※記念講演は午後3時からの予定
2.会  場 本庄市児玉文化会館(セルディ)ホール
       所在地:本庄市児玉町金屋782-2
       電 話:0495-72-8851
3.演  題 「世界中だれでも読める『群書類従』」
   講 師   総合研究大学院大学
         国文学研究資料館 伊藤鉄也


 
 
 

2016年5月 9日 (月)

鎌倉期写本の改頁箇所では語句の泣き別れが少ないこと

 今年の連休は、古写本の「変体仮名混合版」を作ることに明け暮れていました。
 そんな日々の中で、書写されている丁(頁)が変わる箇所の文字について、これまで思い描いていた傾向が鮮明に再確認できました。

 3年前に「ハーバード大学本『源氏物語』の改行意識」(豊島秀範編『源氏物語本文のデータ化と新提言Ⅱ』所収、平成25年(2013年)3月)という考察を、研究成果の一部として掲載していただきました。
 そこでは、ハーバード大学所蔵の『源氏物語』(須磨・蜻蛉)の2帖を中心として、鎌倉時代中期の書写にかかる貴重な古写本の改行意識を調査した結果を報告しました。
 確認したのは、ハーバード本2帖に加えて、歴博本「鈴虫」、国冬本「鈴虫」、源氏物語絵巻詞書」の「鈴虫」、室町時代の大島本「鈴虫」でした。

 その紙面に記されている物語本文の各行末の文字列を見ていくと、どのような状態で書写されているか非常に興味深い傾向が見て取れます。
  (1)文節で切れているか
  (2)単語で切れているか
  (3)語中で切れているか
 この3つの視点で各写本を見ると、鎌倉期の写本では、語彙レベルで改行される傾向にあることがわかります。語彙が泣き別れで書写されることは少ないのです。
 これは、書写ミスを避けるために、自己防衛的な心理が働いての結果ではないか、と思われます。

 具体的に言うと、書写者の文節意識は5割の例に見られ、単語意識は2割で、合わせて7割の箇所に、語彙レベルでの改行意識が確認できました。語中で改行や改頁がなされるのは3割以下である、ということがわかったのです。
 古写本における書写者の心理を反映するものとして、貴重な調査結果となっていると言えるでしょう。

 さて、今回ハーバード本「須磨」「蜻蛉」に加えて歴博本「鈴虫」(落丁あり)における改丁(頁)箇所に限定して詳しく追跡しました。この3本は、かつては一揃いのセットとして組まれていたと思われる、「ツレ」と言われる写本です。
 鎌倉時代中期に、同じ文化圏にいた書写者によって書き写されたものだと思われます。したがって、書写傾向も似たものがあると思っています。

 改頁(丁)箇所の切れ続きがわかりやすいように、その傾向をグラフ化しておきます。


160509_graf


 それぞれの写本の墨付き丁数は、次の通りです。


「須磨」(63丁・126頁)
「鈴虫」(18丁・36頁)
「蜻蛉」(67丁・134頁)

 数値をあげた表の左側で「35 13 43〜」とある行は、丁末が文節で切れる回数です。右側の表に「47 15 52〜」とある行は、単語で切れる回数です。
 最下段の「55.56 72.22 64.18〜」とある行は、その写本で改頁箇所が文節で切れる比率(%)であり、「74.6 83.33 77.61〜」とある行は単語で切れる比率(%)です。
 上のグラフは、この変化(%)を折れ線で示したものです。

 書写にあたって、親本の影響が強いことは当然として、明らかに文節意識と単語に対する切れ続きの意識が見て取れます。

 さらに今回、表丁と裏丁での違いが確認できました。
 その前に、「列帖装」という写本のことを確認しておきます。
 『源氏物語 千年のかがやき』(104頁、国文学研究資料館編、思文閣出版、平成20年10月)に掲載されている「『源氏物語』列帖装未完成本」(陽明文庫蔵、江戸時代前期写)の写真は、「列帖装」という写本の形態を知るのに最適です。


160509_retujyo_2


 参考までに、その解説文(伊藤執筆)も引きます。


 これは、本として完成しなかった『源氏物語』の写本である。冊子本がどのようにしてできているかを知る好例である。近衛家一九代尚嗣(一六二二〜一六五三)が書写したもの。(中略)

 列帖装(綴葉装と同義)の本を作る過程は、次のようになる。

 (1)数枚の料紙を束ねて真ん中から折り、括を作る。

 (2)二つ折りの括をいくつか重ねる。

 (3)表と裏に表紙を当てる。
 
 (4)各折り目に四つの綴じ穴をあける。

 (5)両端に針を付けた二本の糸を通して綴じる。

一括を開くと、見開きの綴じ目に綴糸が見える。

 例えば、池田本(天理大学付属天理図書館蔵)の桐壺巻は三折(三二丁)だが、若菜下巻は六折(一二三丁)である。巻によって、一括の枚数や折の数が異なる。

 表丁の丁末に文節や単語の切れ続きに関する意識が高いのは、頁をめくって書写していく行為の中で、単語が泣き別れした状態で書写を中断したくない、という気持ちが生まれるからだと思います。
 親本と書写本を共にめくるという動作が入る時には、筆を一先ず机に置くこともあるでしょう。書写の流れが乱されるので、書き間違いを防ぐ意味からも、必要最小限の動作で書き続けるためにも、語彙の切れのいいところで中断することになるかと思われます。
 このことは、すでに親本の段階で発生していた傾向でもあるはずです。

 列帖装の写本では、親本と同じ折数で書写します。
 あらかじめ数枚の紙を半分に折って、それを糸で仮綴じした数折に書写していくことが多いようです。すると、裏丁(見開き右側)の丁末での改頁については、次の表丁(見開き左側)の紙面が目の前に開かれているので、書き始める位置がすでに視野に入っています。書写するための用紙をめくる必要がないので、表丁よりも書写文字の切れ続きに乱されることは少ないと言えるでしょう。
 この裏丁から表丁への書写であるなら、改丁箇所で単語が語中で泣き別れしても、写し間違いは最小限に留められていると言えます。

 私は上のグラフを見ながら、そんなことを考えています。
 
 
 

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2016年5月 6日 (金)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その3)—改丁(改頁)に関する新方針

 「変体仮名翻字版」の新しい凡例については、昨年正月に公開した以下の3回の記事で報告したことで確認をしているところです。
 この記事の中で「変体仮名混合版」とあるのは、今は「変体仮名翻字版」と呼んでいるものです。わかりやすい名称に変更していますので、読み替えてください。
 また、「その3」の「E-⑱」では漢字で書写された文字については「/〈漢字〉」という記号を付すとしています。しかし、これはその後の再検討の結果、【 】(隅付き括弧)で漢字を囲うことにしています。

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その1)」(2015年01月18日)

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その2)」(2015年01月19日)

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その3)」(2015年01月21日)

 もちろん、これだけでは凡例として不十分です。
 次の記事では、その欠を補うものとして、〈左傍記〉〈行末右〉〈行末左〉〈丁末右〉〈丁末左〉を、付加情報を記述する符号として増補したことを報告しています。

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)」(2015年09月25日)

 その後も、さまざまな問題点に対処するために、付加情報の追加を検討してきました。しかし、まとまりきらないままに日時が経過していました。

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その2)」(2016年03月19日)

 以下に報告する【改頁(改丁)】の新方針は、翻字以外で諸写本全体にかかわるものです。
 書写状態を記述するための符号である【改頁(改丁)】の方針は、従来とは大きく方針の転換となるものであり喫緊の課題でした。今の時点で確定として、前進していきたいと思います。

 NPO活動の一環として翻字のお手伝いをしてくださっているOさんから、改頁に関する質問と確認をいただきました。
 これをきっかけとして、次のように「変体仮名翻字版」の新しい作業用の凡例を整理しました。

 まだまだ、再検討すべき凡例はあります。特に、翻字作業用のマニュアルとしての凡例は、いまだに確定していないので、大急ぎでまとめているところです。多くの方々に翻字をお願いしながら、この付加情報に関しては後追いで、泥縄式に確定しているのが現状です。
 『源氏物語別本集成』と『源氏物語別本集成 続』という作業と成果を経て、翻字に関してはほぼ凡例は出来上がっていました。しかし、「変体仮名翻字版」となり、翻字作業もNPO法人を母体とする研究者ではない方々のお力添えをいただく、ということで展開しています。そのこともあり、一人で方針を決めていると、どうしても翻字方針が揺れてしまいます。
 実際に「変体仮名翻字版」の翻字をなさっている方々からの意見が、今は一番心強いアドバイスとなります。
 今後とも、みなさまからお寄せいただく疑問点を中心にして、よりわかりやすいデータベース作成用マニュアルに育てていきたいと思っています。


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【凡例(案)】(2016/05/05)


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■【改頁(改丁)】の新方針
※ 各丁ごとに、最終文節が書写されている箇所の丁数と表裏を、丸カッコ内に明記する。
   例1 みちひき可葉志/(2オ)   ・・・380117-000(歴博本「鈴虫」)
   (従来は、続く次頁冒頭の字句に付加情報を付していた。「たまふへき/〈改頁〉」)
  丁末で文字が泣き別れしている場合は、次頁冒頭の一文字に〈次頁〉と付して掲示する。
   例2 きはや可尓/(1ウ)や〈次頁〉   ・・・380082-000(歴博本「鈴虫」)
   (従来は、「きはやかに/や〈改頁〉」としていた。)
 なお、使用する文字・記号・数字は、原則として全角文字とし、2桁以上の数字の場合のみ半角数字とする。
 これらは、すべてテキスト・データベースで検索する際の便宜を考慮しての処置である。

 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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