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2016年4月17日 (日)

『源氏物語』を書写する際の現代風の料紙加工の一例

 昨日に引き続き、銀座4丁目の鳩居堂で開催されている宮川保子さんの書道展に、今日も脚を運びました。今日が最終日だったことと、いくつかお尋ねしたいことがあったからです。

 私のブログをお読みくださっている方から、宮川さんの料紙加工についていくつか質問がありました。そこで、厚かましくも説明と写真撮影をお願いしたところ、快諾をいただけました。展観者の対応でお忙しい中を、少し手の空いた時に撮影をさせていただけたのです。

 ここでは、版木を用いた型押しの例をあげます。

 まず、「手習」の場合。
 本文を書写する前の仮綴じされた用紙には、すでに絵柄が摺られています。


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 ここに『源氏物語』の本文が書写されると、次のようになります。
 新写本の右横に、ここで用いられた版木を並べました。


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 全体の様子もあげます。
 版木の左端の絵が、見開き右側に摺られているのです。


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 次に、「浮舟」の場合です。
 同じ版木の右半分を用いて絵柄が摺られています。


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 これも、全体をあげます。
 見開き左側に摺られています。


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 『源氏物語』を書写するにあたり、料紙の調達と加工に始まり、実に多岐にわたる制作手順があることがわかりました。宮川さんは、それをすべてお1人でなさっているのです。

 平安時代から鎌倉時代に古写本がどのようにして書写されてきたのか、どのような過程を経て制作されたのか等々、こうした例を拝見すると、おのずと想いは千年前に誘われます。

 今回は、書を拝見するとともに、その背景に興味を持ちました。
 まずは見る。そして聞く。さらには触ることもできました。

 宮川さんは、『源氏物語』の全帖の書写を目指しておられます。
 ただし、新潮古典集成という、活字の校訂本文を底本にして書写しておられることが、お目にかかって以来ずっと気になっていることです。
 昨日も今日も、押しつけがましくならないように、また呟いてしまいました。ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』の「須磨」と「蜻蛉」、そして国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の模本を作成しませんか、と水を向けました。三兄弟の模本を、若者に見てもらい触ってもらいましょう、と囁きました。
 どのように受け取っていただけるのか、まだよくわかりません。
 それはともかく、ますますの活躍を楽しみにしています。

 帰りがけに、連絡をとろうと思っていた大東文化大学の髙城弘一(竹苞)先生が、ちょうど会場にお越しになりました。
 久しぶりにお目にかかり、少しソファーに座ってお話ができました。
 いろいろとお願いごとやご相談ができ、今日もいい出会いと収穫の多い一日となりました。
 みなさまに感謝いたします。
 
 
 

2016年4月16日 (土)

古写本をめぐって慌ただしい中でも充実した一日

 午前中に開催された、平成28年度NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の総会は、予定していた議案がすべて了承され、無事に終了しました。
 和やかな中で、今後の活動や運営に関する多彩な申し合わせ事項も、うまくとりまとめることができました。

 今回の会場は、2014年03月23日に「NPO設立1周年記念公開講演会」のイベントをした、東京都中央区にある築地社会教育会館でした。


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 話し合った内容については、後日NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページでお知らせします。

 参加してくださった会員のみなさま、そして委任状をお寄せくださったみなさま、ご協力をありがとうございました。そして、これからも、活動の支援に関してよろしくお願いします。

 閉会後、みなさんと一緒に、ブラブラと銀座4丁目の鳩居堂3階にある画廊へ移動しました。


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 会員でもある宮川保子さんが、『源氏物語』の宇治十帖の作品展をなさっているからです。

「宮川保子さんの宇治十帖と継色紙の個展」(2016年03月16日)

 ご自身で料紙の装飾を摺る際に使われる版木や、継ぎ紙の手法について、実作をもとにして説明してくださいました。多くの展観者の方々がいらっしゃる中で、ありがたいことです。

 その後、私が行っているコナミスポーツクラブ銀座の上にあるレストランで食事をしました。
 京都からお出でいただいた石田さんも、ありがとうございました。

 みなさんとお別れしてから、私は淺川さんと一緒に、永井和子先生とお話ししたいことがあったので、先生のご自宅にうかがいました。駅前でと思っていたところ、先生の温かいお誘いのままに、お言葉に甘えてご自宅に寄せていただくことになったのです。
 過日、永井先生が送ってくださった、ご自宅に舞い降りた鷺がいた庭を、これがあの、と感激して拝見しました。

「京洛逍遥(392)京洛の三日月と東都の白鷺」(2016年03月12日)

 残念ながら、初夏に向かう今日は、あの白鷺はいませんでした。
 私の話を聞いてくださり、そして、たくさんのありがたいお話をうかがうことができました。いつも、ありがとうございます。

 その先生のお話の中に出てきた、古典和歌集である「伊勢集」の摹本を作成なさった藤原彰子さんの作品を拝見することができました。


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 ちょうど、銀座で宮川さんの作品を見てきたばかりだったので、同じことを指向し、挑戦なさっている方の存在に驚きました。最初は、宮川さんと藤原さんは同一人物ではないか、と思うほどに、その作品に対する姿勢が同じなのです。

 さらに私は、装飾料紙を駆使して『源氏物語』の書写に挑まれた右近正枝さんのことも思い出しました。


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 宮川さんは、新潮日本古典集成の活字校訂本をもとにした創作かな書道であり、右近さんは岩波旧大系本の活字校訂本文を自在な仮名書きにして書いておられます。

 私は、このお2人が書写なさっている底本の選定に対して、大いに不満の意を伝えています。2人ともに、活字で印刷された校訂本文を用い、現代向けに組み立てられた本文を自分が思う通りの変体仮名に変えながら書写なさっているのです。
 私は、活字校訂本文を使っての書写は止めてほしい、と伝えています。臨書をする中で、仮名の使い分けで芸術性を追究するのであれば、それは『源氏物語』の本文史の中に定位できると思います。しかし、活字校訂本文を変体仮名で書写して後世に残す意義は、弊害こそあれ、何もないと思っています。
 紛らわしい新写本を後世に残すべきではない、というのが私見です。

「何故かくも愚行を誇らしげに」(2010/9/26)

 このことは、今後も言い続けていきたいと思っています。

 右近さんは、数日前に宮川さんの書道展にお出でになったそうです。

 宮川さん、右近さん、そして藤原さんと、それぞれ一歳ずつ違う、同世代の方です。しかも、期せずして3人の女性が、大阪・奈良・三重という関西にご縁のある方なのです。
 人との出会いとつながりに、これまでも恵まれてきました。今回も、この3人の方との接点を求めて、少し動いてみようかと思っています。
 
 
 

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2016年4月12日 (火)

変体仮名の学習法と視覚障害者が触読することに関する報告

 「平成26年度総合文化研究所助成『変体仮名教材作成の研究―文学作品を中心に―』に関する報告」(共立女子大学・共立女子短期大学 総合文化研究所紀要 第22号 2016年、代表者 岡田ひろみ)を読みました。

 この報告書は、初学者が変体仮名を習得する過程を、実践を通して追ったものです。これからの変体仮名の学習指導において、よき手引書となっています。
 併せて、視覚障害者向けの変体仮名学習教材の作成についても、実践報告があります。
 古写本の触読研究に取り組んでいる私にとって、非常にタイムリーなものでした。

 ここでは、変体仮名や絵を読み取る方法として「触読」によっています。その取り組みの苦労は承知の上で、あえて私見を加えるならば、ここに音声を活用することを導入すると、さらに学習効率が向上することでしょう。
 また、指筆による古写本の臨書や模写を取り入れると、変体仮名の習得がさらに確実で迅速になると思われます。
 次には、こうした取り組みもなされることを期待したいと思います。

 本書の冒頭、[研究の目的]で、研究代表者である岡田ひろみ氏は、次のように言っておられます。


 本研究の目的は主に二点、①学生だけでなく、変体仮名を学びたいと考える人々が自主的に学ぶための教材を作成すること、②変体仮名を指導する立場にいる人間が視覚障碍のある人々にも平等に教えることができるような教材を、また、視覚障碍のある人々が変体仮名を学びやすい教材を作成することである。これらの研究成果は、視覚障碍のある人だけでなく、変体仮名を読んでみたいと考えるすべての人々に対しても寄与するものだと考え研究をすすめてきた。(156頁)

 つまり、目が見える見えないを問わず、とにかく誰でもが平等に変体仮名が読めることを願って作成された、変体仮名の教材作成のための成果報告書なのです。

 目次は、次のようになっています。
 この執筆者は、岡田ひろみ 内田保廣 半沢幹一 山本聡美 咲本英恵 五十嵐有紀の各氏です。


平成26年度総合文化研究所助成「変体仮名教材作成の研究-文学作品を中心にー」に関する報告

物語を変体仮名で読むために
 目次
 1 概説—漢字と仮名
 2 概説—いろは歌と変体仮名
 3 概説—仮名文字と仮名文学
 4 概説—平安時代の物語史
 5 概説—平安時代の本
 6 変体仮名を読む—『竹取物語』上巻第一段詞書①
 7 変体仮名を読む—『竹取物語』上巻第一段詞書②
 8 物語の絵画化—テキストとイメージ
 9 変体仮名を読む—『伊勢物語』初段
 10 変体仮名を読む—『伊勢物語』三段
 11 変体仮名を読む—『伊勢物語』五段
 12 変体仮名を読む—『伊勢物語』六段
 13 練習問題
 14 付録
 15 補助教材の使い方

視覚障碍者向け変体仮名学習テキストの作成について

共立女子大学図書館所蔵『竹取物語絵巻』を用いた変体仮名教材作成

共立女子大学図書館所蔵『竹取物語絵巻』トレース図制作に関する報告

 以下、報告書の内容を簡単に紹介します。

 「概説」は、一般の学習者にも有益な、平易でわかりやすい説明がなされています。勉強会において使える、格好の手引書です。

 「変体仮名を読む」は、『竹取物語』と『伊勢物語』を例にした、変体仮名の入門編となっています。【翻字】【語注】【解説】や【現代語訳】が優しく語りかけてきます。

 「付録―校訂本文と比較してみよう」は、変体仮名で書写、印刷された資料と、一般的に読まれている古文との違いから、古典への興味を誘うものです。
 もっともこれは、さらに紙数を費やして説明する価値のある項目だと思いました。

 後半の視覚障害者のための変体仮名学習資料の作成とその実践報告は、私が現在抱えている問題点において、大いに参考になる内容に満ちています。実践を通して生み出された教材とその活用の実体が、障害者に対する文字指導において多くのヒントを与えてくれます。

 「視覚障碍者向け変体仮名学習テキストの作成について」には、次のように記されています。


これはAさんが教えてくれたことだが、変体仮名を学んで嬉しかったのは、見えている人と同じ文字を読めるということだったそうだ。Aさんが日頃読んでいる点字は、盲学校を卒業してしまえば他に読める人を見つけることは難しく、また常に点字を読むAさんは、他の人と同じ文字を読むことはできない。その点、変体仮名を読む時だけは、みんなと同じ文字の世界にいることができる。それが嬉しくて、Aさんは変体仮名を読み続けたいのだという。立体印刷機さえあれば、変体仮名とは、現代においてそれ自体で実は〈平等な〉教材なのかもしれない。変体仮名学習の意味を、思わぬところから気づかされた思いがする。(88 頁)

 目の見えない方と一緒に古写本を読む、という試みは、まだほとんどなされていません。その意味からも、この報告書には貴重な取り組みの事例が提示されているのです。

 冒頭に私見を記したように、今後は「音」を導入し、「筆」でなぞりがきをする、という試みを導入するとどうなるか、というチャレンジに期待したいと思います。

 なお、私が取り組んでいる「挑戦的萌芽研究」の科研「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」で、科研運用補助員として研究協力をしてもらっている関口祐未さんから、本報告書を読んでのコメントをいただいています。
 以下に引用し、本書の意義の確認にしたいと思います。


 触読に関する報告では、『首書源氏物語 夕顔巻』本文と『竹取物語絵巻』詞書を触常者が変体仮名で学ぶことができるように、変体仮名を立体化するときの工夫と試行錯誤の過程が詳しく述べられていて大変参考になります。
 教材の立体化には残された課題や改善の余地があるということですが、触常者Aさんが変体仮名を読み続けたいと意欲を持ったことや、触常者のために行った工夫の多くが、他の学生の学習にも有益であった点など、触読の研究をする人が目指す到達点が示されています。
 『竹取物語絵巻』の絵を筆とペンでフィルムシートに敷き写す作業では、完成したトレース図は、データ化しモノクロ画像に変換するため、墨の濃淡で表現した線の強弱が消えてしまうとあります。それでも肥痩に差をつけて描いた線の表現が少しでも残り、立体化した教材から絵画表現の豊かさを読み取ってもらえればとの思いで筆を走らせたと書かれています。
 伝わらないかもしれないけれど、でき得るかぎりのことをするという意識は、触読の教材を作る上で大切なことだと教えていただきました。
 変体仮名も、立体コピーすると、墨の濃淡がつぶれ黒一色になってしまいます。文字の形を伝えることの他に、筆文字が持つ線の美しさや個性を伝えていく工夫も、あきらめず考え続けたいと思います。

 
 
 

2016年3月19日 (土)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その2)

 昨年、2015年(平成27年)1月15日に、これまで構築してきた『源氏物語』の本文データベースを「変体仮名翻字版」として再作成することにしました。翻字方針の一大変更を決断したのです。
 それにともない、データベースの総称も、〈源氏物語翻字文庫〉(略称は「GHB」)と呼ぶことにしました。

「作成中の翻字データベースを〈源氏物語翻字文庫〉と総称する」(2015年01月25日)

 また、翻字するにあたっての凡例も、3回にわたって本ブログに改訂版を公開しました。上記記事の中で、それらを整理して確認できるようにしています。

 その後、2015年9月25日に、書写状態を再現する上で基本となる〈行末〉や〈丁末〉の様態を記述する追補案を提示しました。

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)」(2015年09月25日)

 これは、行末や丁末に傍記および補入されている文字の状態を正確に記述するためのものでした。

 これに関連して、従来から要望されていたことを、今回追補することにします。
 それは、丁変わりの情報が〈改頁〉とあるだけでは、第何丁目(頁)かがわからない、というご意見があったことに対処するために、丁番号を示す数字を追記するものです。

 「須磨」の巻頭を例にして、従来と新しい翻字の場合を例示します。

(1)1丁表から1丁裏にかけて(文節番号 120041)
  ~おほつ(1オ)」
  るへき越~
 とある箇所で、1丁裏に「可那可るへき越」が書かれている場合は、次のようにデータベースとして記述します。


おほつ可那可るへき越/前可〈改頁2ウ〉

 これは、1文節の中程から改丁がおこなわれていて、表丁から裏丁に移った最初の文字の「可」が2丁裏の冒頭に書かれていることを示します。
 ただし、この文節内には「可」が2つあるので、その内の前の「可」であることを「前可」とします。この前の方の「可」は〈2ウ〉という付加情報だけでも十分です。しかし、検索の効率を高める意味から、〈改頁〉という付加情報としての文字もこれまで通りに残すことにしました。

 この補訂では、これまで〈改頁〉箇所の明示が紛らわしいと言われていたことの解消も果たしています。
 これまでの方式(「変体仮名翻字版」以前)は、次のようになっていました。


おほつかなかるへきを/前か〈改頁〉

 ここでは、前の方にある「か」が〈改頁〉された裏丁の冒頭にあることを示す方式でした。「〈改頁〉された」文字を明示していたことが、表丁か裏丁かの判断で混乱させていたのです。
 今回の凡例の追加補訂により、この問題点はなくなるはずです。

 現在、10人ほどの方々が、「変体仮名翻字版」に取り組んでくださっています。
 今回の新しい〈改頁〉箇所の記述について、可能でしたら今から対処していただけると助かります。
 もちろん、この記述をパスしていただいても大丈夫です。
 再確認する時点で一括して補訂すればいいので、可能であれば今から、というご理解で対処してください。

 凡例にしたがったデータベース化の統一表記については、最終段階でも十分に手を入れられます。
 現段階では、これまでの曖昧だった翻字を、「変体仮名翻字版」に書き換える点に特に力点を置いた翻字版を作成する、ということで、引き続きよろしくお願いいたします。
 
 
 

2016年3月16日 (水)

宮川保子さんの宇治十帖と継色紙の個展

 書家の宮川保子さんが、2回目の個展を開催されます。
 1回目は『伊勢物語』でした。
 御自身で料紙加工・表具・装丁をなさっています。
 私も平安の雅を追体験するために、足を運ぼうと思っています。

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 宮川さんとお弟子さんたちが書いてくださった『百人一首』は、立体コピーとして目の見えない方々に触っていただいています。
 本ブログの「書道家にお願いした触読用の『百人一首』」(2015年12月01日)で、宮川さんとの出会いからこれまでを書いています。おついでの折にでも、ご参照いただければ幸いです。
 
 
 

2016年3月15日 (火)

『源氏物語』における「変体仮名翻字版」の進捗状況

 昨年1月に、古写本『源氏物語』を翻字する方針を変更しました。
 従来の、明治33年に制定されたひらがな1文字ずつを使って翻字することをやめ、変体仮名の字母を混在させた、より正確で原本に戻れる翻字方針に方向転換しました。

 実作業に入り、翻字データの確認と修正に手間取っています。
 しかし、着実に「変体仮名翻字版」による『源氏物語』の本文データベースは構築されています。

 ここに進捗状況を報告し、このプロジェクトに協力していただく方を、さらに募りたいと思います。

 私自身は、このプロジェクトに90年というメドで取り組み出しました。しかし、どうもこの調子では100年は超えそうです。
 幸い、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の次世代のメンバーがいるので、たすきリレーで着実に翻字を進めていけば、目的を達成できるはずです。
 また、日比谷図書文化館の講座に参加してくださっているみなさまの応援を得て、さらに前に進んで行けるようになりました。

 少数の正会員の会費だけで運営しています。翻字をしていただいた方々には、本当に些少で申し訳ないと思いながらも、わずかばかりの謝金をお渡しすることを心がけています。
 気持ちだけは、ボランティアは無償では続かない、ということを肝に銘じて、今は気持ちとしてお渡ししているものです。
 雀の涙で恐縮しています。しかし、翻字してくださった方々のお名前だけは、長く継承していくものです。
 今後とも、幅広いご支援のほどを、よろしくお願いいたします。

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2016年2月 9日 (火)

〈ひらがな〉と〈変体仮名〉をめぐる試行錯誤

 本ブログで「点字による変体仮名版の翻字は可能か」という連載をしています。

 それと平行して、、「古写本『源氏物語』の触読研究」という科研「挑戦的萌芽研究」のホームページでは、『立体〈ひらがな〉字典』という項目のもとに、具体的な文字の説明文を提示して試行錯誤を続けています。

 この「点字による変体仮名版の翻字」と『立体〈ひらがな〉字典』に関して、それを実際に確認してくださっている渡邊寛子さんからのご意見をもとに、今後の新たな展開を期待してここに取り上げてみました。

 この問題に関して、幅広くご意見をいただけると幸いです。
 
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160209_渡邊「点字による変体仮名版の翻字」について
 
 1月28日で取り上げていただいた私の点字の翻字の例ですが、できるだけ点字のマス数を抑えて本文がわかりにくくならないようにしています。
 点字は表音文字ですので以下、ひらがなで書き表します。


こ(古) こぶんのこ(7マス) ふるい(3マス)
しん(新) しんぶんのしん(9マス) あたらしい(5マス)
し(志) しがんするのし(10マス) こころざし(6マス)
す(寿) じゅみょうのじゅ(9マス) ことぶき(5マス)
す(春) しゅんぶんのしゅん(10マス) はる(2マス)
た(堂) どうどうたるのどう(13マス) どう(3マス)
た(多) たしょうのた(7マス) おおい(3マス)
ら(羅) もうらするのら(9マス) らしょうもん(6マス)
ら(良) りょうこうなのりょう(11マス) よい(2マス)

 それでは以下に「須磨」の冒頭を2パターンで示します。


〈本文〉
よの【中】・いと・わ徒らしく・は新堂な
き・ことの三・ま佐れ八・せ免て・志ら須可
本尓て・あ里へむも・これよ里・八志多那支・
 

よの【中】・いと・わつ(せいとのと)らしく・はし(しんぶんのしん)た(どうどうたるのどう)な
き・ことのみ(かんすうじのさん)・まさ(さとうのさ)れば(かんすうじのはち)・せめ(めんきょのめん)て・し(しがんするのし)らず(ひっすかもくのす)か(かのうせいのか)
ほ(ほんばこのほん)に(じごのじ なんじのぞくじ)て・あり(きょうりのり さと)へむも・これより(きょうりのり さと)・は(かんすうじのはちし(しがんするのし)た(たしょうのた)な(なはしのな)き(しじするのし ささえる)・
 
 

よの【中】・いと・わつ(せいと)らしく・はし(あたらしい)た(どう)な
き・ことのみ(数符3)・まさ(さとう)れば(数符8)・せめ(めんきょ)て・し(ここ
ろざし)らず(すま)か(かのう)
ほ(ほん)に(なんじ)て・あり(さと)へむも・これより(さと)・は(数符8)し(こころざし)た(おおい)な(なは)き(ささえる)・

 ②で短く触る方が本文のつながりを妨げませんが、私が変体仮名を知っている、漢字の字形を覚えていることに由来します。

 関口さんのご指摘ご提案のように、使用されている変体仮名の一覧をつけた方がよいのかもしれません。必要な情報を選べるように。


 
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160208_渡邊『立体〈ひらがな〉字典』について
 
立体に触りながらなら、わかりやすい表現の数々です。
特にカーブするところ、
「か」「ち」「と」「や」「ら」「を」など
触ればわかる丸みというか、角度ですが、「右へ曲がる」などは音声のみで理解するには形を知っていることが前提になりそうです。
 
 
160208_関口
 
ご教示いただいたカーブするところは、例えば「か」でしたら、
「1画目。左・上の位置から書き始めます。右へ横線、左へななめに下がる長い線。」
としました。
横線から、左へななめに下がる、だけでは、確かにどれぐらいの曲がり方をしているのか漠然としています。
ご指摘の「ち」「や」「ら」のカーブはどう言い表してよいか最後まで悩みました。
カーブは難しいです・・・。
やはり何かの形に例えた言い方のほうがよいのでは、と思っております。
このカーブをうまく表現できたらよいのですが。
角度やカーブの形といった、文字の形の特徴となる部分は、もう少し詳しく、具体的に伝わるように考えたいと思います。
 
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2016年2月 8日 (月)

点字による変体仮名版の翻字は可能か(8/from 関口)

 1月21日から2月2日までの7回にわたるやりとりを拝読しました。
 点字に関しては初心者ながら、点字によって変体仮名を翻字することは可能なのでは、と感じました。

 変体仮名、つまり漢字を、点字によってどのように再現するかという問題は、1月28日の記事で、渡邊先生が、翻字データをご自身で点訳し、変体仮名のメモを作って実際に活用されている事例が参考になります。

 例えば、単純ですが、変体仮名の情報を、翻字本文のなかに丸括弧でくくるなどして直接組み入れる方法を考えてみました。写本の「なつ古ろ」でしたら、「なつこ(こぶんのこ)ろ」のようになります。あるいは、欄外に注のような形で、「なつころ」の「こ」は「こぶんのこ」である、という情報を添える方法も考えられます。

 現実的かどうかはわかりませんが、翻字本文は易しく読みやすいほうがよいと思いました。

 変体仮名に対応する点字を新たに作ることも一案かと思います。
 しかし、翻字本文が複雑になりますし、研究開発のコストが必要になることなどもこれまでのやりとりのなかで挙がっています。
 まずは、点字の古文を読むのと変わらずに、気軽に翻字本文を読むことができるように工夫をこらすほうがよいのではと思いました。

 しかし、「こ」は「こぶんのこ」という情報も、「古」という漢字を知らなければ「こぶんのこ」を想起することはできません。「古」という漢字をどのように伝えればよいかという問題があります。

 翻字本文とは別に、変体仮名を学ぶための点字資料を用意する必要があると思いました。

 1月31日の記事では、ハーバード本『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」と歴博本「鈴虫」の翻字に必要な変体仮名は57種ということでしたので、57種を習得するための点字資料を作成します。加えて、変体仮名の形を詳しく説明する場合には、音声を使えば多くの情報を伝えることができます。翻字本文にあたる前に、点字版・音声版の両方で変体仮名の情報を得ることができれば、翻字本文がさらに読みやすくなるのではないでしょうか。

 音声読み上げによって『源氏物語』本文を読むときは、中野先生の2月1日のご意見で、音のみが読み上げられる場合と、変体仮名の情報が読み上げられる場合を、読み手が時と場合によって自在に選択できるようにするのが一番よいとあります。
 読み手の目的や興味に応じて、情報を選べる、得られる仕組みや環境を整えることも大切だと思いました。
 
(科研運用補助員の関口祐未さんからのメールを、本ブログ用に整形して掲載しました。)
 
 
 

2016年2月 7日 (日)

『立体〈ひらがな〉字典』を公開しました

 平成27年4月に採択された科研「挑戦的萌芽研究」では、目の不自由な方々と一緒に古写本『源氏物語』が読めないか、というテーマに取り組んでいます。

 関係者のみなさまのお陰で予想以上の成果があがり、科研のホームページ:「古写本『源氏物語』の触読研究」で多くの情報と報告を発信しています。

 今回、その中に『立体〈ひらがな〉字典』という項目を追加しました。

 これは、ひらがなの字形がより明確にイメージできるように、ひらがなの形をことばで説明した『字典』です。

 初めて取り組むものであり、問題も多々散見するかと思われます。
 実際には、手作りの厚紙凸字を触りながら、ひらがなの字形を確認するための説明文です。


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 ただし、上の写真のような触読用の厚紙凸字を、ネットでは体感していただけません。そのため、当座は文字による説明文でどこまでイメージを構築していただけるか、ということに留まるものです。今後は、3Dプリンタの活用など、さまざまな可能性を模索していくつもりです。

 暫定版であっても『立体〈ひらがな〉字典』を広く公開することで、異種他分野や障害をお持ちの方々からのご教示をいただけることを期待しています。
 少しずつ改良の手を加えて、便利な『字典』になるように育てていきたいと思っています。

 今回公開した『立体〈ひらがな〉字典』は、「挑戦的萌芽研究」において科研運用補助員として奮闘している関口祐未さんの試行版です。

 感想なども含めて、ご意見やアドバイスをいただけると幸いです。
 
 
 
 

2016年2月 6日 (土)

日比谷図書文化館のみなさまと鎌倉期源氏写本を見る

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の翻字の勉強をなさっている方の内の有志9人が、国文学研究資料館所蔵で鎌倉時代に書写された『源氏物語』(榊原本、16冊)を閲覧するためにいらっしゃいました。

 正面玄関前には、まだ先月の雪が少しだけ残っています。


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 閲覧場所は、1階グループ閲覧室を使用しました。
 ちょうど土曜日開館ということもあり、司書の方々をはじめとしてあまりご迷惑をおかけすることなく、じっくりと閲覧していただくことができました。

 みなさま好奇心の旺盛な方々なので、2時間たっぷり熱心に、700年前に書写された『源氏物語』に見入っておられました。

 この榊原本は、影印本『源氏物語 榊原本』(国文学研究資料館編、勉誠出版、平成24年)として刊行されているので、写真版でご覧になれます。
 また、ネットでも詳細な画像が確認できます。
 「榊原本『源氏物語』」
 
 問われるままに、いろいろとお話をし、お答えしていました。
 その中で、特に興味深かったことを記しておきます。

 第4巻「夕顔」の最終見開き丁で、「人」という文字が3行にもわたって大きく書かれていたことです(1016コマ目)。


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 これまでに私が見た大きな文字は、陽明文庫本『源氏物語』(重文)の第3巻「空蝉」のあばれた文字で書写されたものがあります。
 その様子は、『千年のかがやき』(国文学研究資料館編、思文閣出版、平成20年、91頁)の「7 陽明本『源氏物語』」の項目に写真を掲載しましたので、その写真をご覧いただければ一目瞭然です。この写真は、陽明文庫の名和修先生に特にお願いして撮影していただいたものです。2008年に国文学研究資料館で開催した特別展でも、この丁を開いて見ていただきました。

 さて、この榊原本では、「人」という文字だけが、上の写真で見られる通りに大胆なのです。
 3行にもわたる文字を見ていると、書写のための道具としての糸罫には、糸を張らずに用いたものを考えたくなります。
 これまで私は、隣の行にまではみ出した大きな文字については、縦に張られた糸を跨ぐ際に小指で少し押してずらして書いていた、と説明してきました。
 しかし、この榊原本の「人」を見ていると、糸が張られていない、木枠に上下の行を誘導する印だけを刻印したものもあったのではないか、と思えてきます。
 行末がきれいに揃っているので、木枠を使用したことは間違いないと思っています。

 糸罫については、『千年のかがやき』の103頁に写真が掲載されていますので、その形を確認してください。

 この推測も含めて、こうした大きな文字を書写していた実態について、ご存知の方がいらっしゃいましたらご教示をお願いします。

 写真版の複製本などを見ていては伝わってこない、墨で書かれた文字が持つ迫力が、こうして原本を間近に見ると圧倒されるほど響いてきます。
 原本をご覧になると、写本というものが持つ、時間の流れの奥に潜む書写者の気迫も伝わってきます。
 その意味からも、可能な限り原本を見るようにしていると、翻字をしていても実感を伴って文字が読めてきます。

 こんな700年前もの写本を、実際に手にして読めるのですから、和紙に墨書された写本の魅力は尽きないものがあります。
 
 
 
 

2016年2月 2日 (火)

点字による変体仮名版の翻字は可能か(7/to 中野)

 昨日掲載した、中野さんからの点字による翻字に関する意見に関して、私が今思うところを記しておきます。
 
(1)写本の情報をどの程度翻字で再現するのか


 「わざわざ翻字を作成する意味」については、私も真っ正面からは考えていませんでした。
 確かに、「最初から現物やその写真、凸字版を研究に使えばよい」わけですから。
 しかし、写本に書写された文字を読み取り、その意味するところを考えるのは、やはり時間と手間がかかります。しかも、翻字には原本固有の誤写や誤読が存在するので、文字列や字形からいろいろと想像を逞しくするのには、相当のエネルギーが求められます。
 さらには、虫損や落丁や錯簡などなど、写本が抱える状況も翻字に影響を与えます。

 そこで、現行の文字で印字されている翻字資料を横に置いた方が、書かれている内容の判読は格段に正確で早くなります。また、書写状態を考慮することなく、書かれている文字列に集中できます。
 分野を異にする方々も、統一された現行の文字で印字された翻字だと、利用の便が拡大するのも確かです。

 さらには検索に関連して、「検索の利便性のために原文の再現性を犠牲にして、語の表記の統一をめざす翻字の方針もありうるのではないか」という見方は、私が『源氏物語別本集成 全15巻』(伊井・伊藤・小林編、桜楓社・おうふう、1989(平成元)年~2002(平成14)年)と『源氏物語別本集成 続 全15巻』(同編、おうふう、2005(平成17)年〜第7巻まで刊行)に取り組む中で実施していたことでもあります。デジタル化を意識した本文データベースの構築のためには、検索されることを意識して文字を統一した翻字をせざるをえなかったのです。
 つまり、「原文の再現性と検索の利便性の両立」は、相矛盾するものなので今後とも検討課題です。

 とはいえ、もっとも優先すべきことは、翻字対象とする原本の再現性だと思います。
 しかも、変体仮名がユニコードとして登録されると、電子情報としての文字がこれまでの手書きや印刷物とはまったく異なったものとなります。本文データベースの基礎となる文字データの中でも、特に仮名文字がもつ情報の質と量が一大変革をきたします。上記の矛盾点は、文字を操作するプログラムやコーパスによって、意識することなく自由に双方の文字を扱えるようになります。

 その意味からも、原本に立ち戻れる、変体仮名を交えた翻字の意義が重要になるはずです。
 原本に「阿」と書いてあるのに、現在の翻字方式では「あ」としています。これでは、未来永劫に原本の正しい書写状態や表記に戻れないのです。
 中野さんも書いておられる、「出来る限り原文の再現ができる方法」は、この問題に着手する最初に確認しておくべきことだと思います。

 また、目が不自由な方が写本を触読や聴読によって読むにあたり、変体仮名の字母レベルでの区別がつかなけれは、写本を読みだしてもすぐに中断することになります。
 現在の変体仮名は、明治33年以降は、ほとんど教育の現場では扱われなかったのですから、今後とも目が見える見えないに関わらず、学習する環境を整える必要があります。
 その際に、変体仮名を点字でどう表記・表現すべきかが問題となるはずです。
 今私は、この問題に一日も早く着手して、多くの方々の意見を集約する形で、変体仮名の理解と習得をめざすシステム作りが急務だと思っています。


 
(2)変体仮名を点字で表す場合どのようにするか

 中野さんのおっしゃる、「変体仮名に対応する点字そのものを作成する」ことに関して、「点字2字、もしくは3字を組み合わせて変体仮名であるという情報を付与する」ということが、今一番可能性の高い方策かもしれません。
 ただし、その場合にも、国立国語研究所が提示しておられる「学術情報交換用変体仮名セット」の中でいえば、「か」の変体仮名として以下の11文字が掲載されていることが、大きな問題をもたらします。

「佳・加・可・嘉・家・我・歟・賀・閑・香・駕」


160202_unicodoka


 鎌倉時代の書写になるハーバード大学本「須磨」「蜻蛉」と歴博本「鈴虫」の三冊だけであれば、「か」は「加」と「可」だけで翻字できます。具体的に言えば、各巻には次のような用例数が確認できています(各巻の数値の多寡は今はおきます)。


   須磨/ 鈴虫/ 蜻蛉= 合計
か= 82/ 10/409= 501
可=303/389/626=1318

 しかし、室町時代から江戸時代へと翻字対象となる写本や版本を広げていくと、上記のような11文字種も出現する「か」などは、その対処が大変になります。
 これは、時間をかけて方策を練る必要がありそうです。


 
(3)変体仮名の音声よみあげについて

 ご提案の「音声情報が付与された写本源氏物語コーパスの作成」については、触読研究の科研で研究協力者としてご協力願っている、国語研の高田智和先生のお力にすがることにしましょう。高田先生は「学術情報交換用変体仮名セット」を策定して提案するメンバーのチーフということでもあり、いろいろと示唆に富むアドバイスをいただけることでしょう。
 高田先生、勝手に頼りにしています。ご寛恕のほどを。

 
 
 

2016年2月 1日 (月)

点字による変体仮名版の翻字は可能か(6/from 中野)

 私が中野さんに投げかけたこと「点字による変体仮名版の翻字は可能か(3/伊藤 to 中野)」(2016年01月26日)に関して、以下の返信をいただいています。
 一昨日(1月30日)にいただいたものです。

 私の文章に触発されて、また新たに気づいた問題点もあるようです。
 お互いが思いついたままにやりとりしている内容を公開するものです。
 問題点や対処及び解決策などについては、このコラボレーションを通して、折々に整理したいと思います。

 いましばらくのお付き合いを願います。
 また、ご意見やご感想などがありましたら、いつでもお寄せください。
 
----- 以下、中野さんからの返信(No.2─1月30日) -----
 
(1)写本の情報をどの程度翻字で再現するのか

しろうとの考えでお恥ずかしいのですが、この際なので聞いてしまいます。
私は写本がスラスラとは読めないので、翻字文の存在は非常にありがたく感じています。それを作成してくださっている方々には日頃から感謝の気持でいっぱいでした。
他方、写本をすらすらとよめる専門家の先生方にとって、翻字の作成とはご自身の研究上のどのような利点があるのだろう、という素朴な疑問が長年ありました。
翻字の際には、どうしても情報量や情報の質が変化するもので、すべての情報をそのまま再現したい、というのはとてもコストのかかる作業となります。それならば、写本を読める方にとっては、最初から現物やその写真、凸字版を研究に使えばよいのであって、わざわざ翻字を作成する意味とはなんなのだろう、というのは前々から不思議におもっておりました。

しろうと考えとして、翻字の意義としましては、
まず、写本をよめる研究の後継者の育成のためにはやはり、翻字されたなるべく原文に近い活字文が用意されることは必要なのかもしれないと思います。いままで活字ばかり読んできて、大学に入学していきなり写本の写真を渡されて読むように言われたときに、やはり翻字文にずいぶん助けられた覚えがあります。

もう一つは、検索の利便性です。
翻字の際には、索引が作成されることが多く、これが研究の際には非常に助けになりました。
また、近年では電子化された翻字文がインターネット上などで公開されることとなりますが、これによりさらに検索の利便性が向上しました。
ただし、このとき、原文の表記の差異を忠実に再現してしまうと、たとえば表記にゆれのある語を、一括で検索する、などということが難しくなります。翻字ならではの特性を利用しよう、という方針があるときには、検索の利便性のために原文の再現性を犠牲にして、語の表記の統一をめざす翻字の方針もありうるのではないか、と考えました。
そして、原文の再現性と検索の利便性の両立を考えるのであれば、翻字文の作成のみならず、言語情報(語彙・品詞・統語・音声・文字表記情報等)が付与された源氏物語コーパスの作成までを考慮に入れる必要もあるでしょう。

いろいろ書いてしまいましたが、まとめますと、原文にある情報を翻字の際にすべて再現するというのは難しく、どの情報を優先して再現するか、という取捨選択がかならず必要になるかと思います。
そのときに、優先すべき情報とはなにか、という議論が必要になるのではないでしょうか。ただし、その優先順位は、研究者の研究目的や専門によってさまざまであるかと思います。そのなかで、多くの研究者がおおむね合意ができそうな翻字文とはどのような形のものなのか、ということに私は興味があります。専門の研究者の方々のご意見をうかがいたいところです。

ただし、今回の点字翻字の場合は、研究目的は置いておいて、「出来る限り原文の再現ができる方法」を検討しておくことも、必要かと思います。まず、点字で翻字はどこまで可能か、というところも未知数ではありますので。
 
(2)変体仮名を点字で表す場合どのようにするか

変体仮名の点字についてですが、ブログの記事で渡邊寛子氏がお示しのとおり、文字そのもので翻字するというより、注釈のような形で補う、というものが一つ、おおきな方法としてあり得るかとおもいます。
また、変体仮名に対応する点字そのものを作成する、ということも考えられるかもしれません。漢字対応点字を利用することも考えられますが、原文の漢字表記も翻字の際に再現するのであれば、それらとの混在が問題になってきます。
まったく新しく作るのであれば、点字2字、もしくは3字を組み合わせて変体仮名であるという情報を付与する、などが考えられるかもしれません。
たとえば点字で「が」をかきあらわす場合、「濁音符+か」で2字で「が」という1音を表しています。同様に、たとえば「変体仮名符+音生情報+字母情報」のような組み合わせで、あらたに点字で変体仮名を作成することも可能かと思います。ただし、まったく新しいこころみとなりますので、研究開発にコストが必要となるかと思います。
 
(3)変体仮名の音声よみあげについて

自動音声よみあげの問題についてですが、作品の読解の際などには、いちいち変体仮名の情報がよみあげられるよりは、音のみがよみあげられたほうが良い場合もあるでしょう。表記の研究をするばあいには変体仮名の情報がよみあげられる方がのぞましいでしょう。どちらか、ではなく両方を、よみてが時と場合によって自在に選択できるようにするのが、一番よいのではないかとおもいます。
(1)ともかかわりがあるのですが、電子化するさいには、翻字文の作成、というよりは、音声情報が付与された写本源氏物語コーパスの作成を目指すことも、音声よみあげのためには有用かもしれないと考えております。
 
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〈この意見交換は、明日の「点字による変体仮名版の翻字は可能か(7/伊藤 to 中野)」へ続く〉
 
 
 

2016年1月29日 (金)

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その27)

 まずは、鎌倉時代中期に書写された榊原本(国文学研究資料館蔵)について、概略をお話しました。

 続いて、点字によって変体仮名を翻字できるようにできないか、ということを、本ブログ「点字による変体仮名版の翻字は可能か(4/from 渡邊)」(2016年01月28日)を紹介しながら考えました。

 さらに、挑戦的萌芽研究のオンラインジャーナル(創刊号)に掲載予定である、淺川槙子さんの「明治33年式棒引きかなづかいの今」を読みながら、問題点の所在を確認しました。こうした問題は、ずっと引きずったままで今に至っているのです。
 ひらがなを表記してきた歴史は、これからを見据えて再確認しておく時期にあると思っています。

 この日は、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」の24オモテ6行目から25ウラ最終行までの文字を確認しました。これまでで一番多く進んだことになります。

 ここは、比較的問題の少ない箇所で、今の感覚のままで多くのひらがなが読めます。これまで以上に進んだのは、こうしたこともあります。

 その中でも、注目したことを一例だけとりあげましょう。
 まず、写真をご覧ください。


160129_onajimojiretsu


 これは、24オモテの7行目と8行目の行頭部分です。
 ここでは、7行目の上から2文字めから「万いり給へといへ八」と書写されています。
 その右横の8行目の行頭には、「まいり給へといへ八」とあります。
 語頭の「万」と「ま」が違うだけで、あとは書写されている文字の姿形はほとんど同じです。安定した書き振りである、といえます。

 普通は、同じ字母が隣同士に並ぶことを避ける傾向があります。そこで、字母を変えたりします。しかし、ここでは、語頭だけ字母が異なるものの、それ以下はまったく同じなのです。

 おそらく、書写に当たって見ていた親本もそうだったと思われます。この写本の書写者が、親本通りに書写していることがわかる例でもあります。個人の書写癖や個性の表出がない写本となっているのです。淡々と書写していたようです。

 8文字も同じ文字が左右に並ぶことはめったにないので、ここで紹介しておきます。

 なお、この箇所での本文異同について確認しておきます。
 後者の「まいり給へといへは」が書写されていないのは、議会図書館本『源氏物語』と保坂本だけです。ただし、共に「侍従の君よひ出てまいり給へといへは」と17文字がないので、これはちょうど1行分が同じ文字列に目移りして脱落したものだと言えます。諸本に異文はありません。
 
 
 

2015年9月25日 (金)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)

 ハーバード大学本「須磨」と「蜻蛉」、そして歴博本「鈴虫」の「変体仮名翻字版」を作成しています。その中で導入した、これまでの翻字の方針をさらに改善した事例を紹介します。

 これまでに、「変体仮名翻字版」を作成するための凡例は、暫定版ではあるものの、次の記事で一応の形を提示しました。

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その1)」(2015年01月18日)

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その2)」(2015年01月19日)

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その3)」(2015年01月21日)

 今は、新しい凡例を公開する用意を進めています。
 その前に、これまでと異なる場合の対処を提示して、ご教示をいただきたいと思います。

 「変体仮名翻字版」は、より原本の文字表記を忠実に再現できるように翻字し、精緻な古写本の書誌と本文の研究に資する情報を提供するところに特色があります。

 これまで個人的に思案していた中に、写本の書写状態をどのようにデータベースに記述するか、という問題があります。

 文字で記述するテキストデータベースでは、画像がなくても原本が再現できるものを目指します。そのために、これまでに、次のような付加情報を仕分けして明示する記号を用いてきました


〈/(備考)〉〈ナシ(欠脱)〉〈=(傍書)〉〈+(補入)〉〈±(補入記号なしの補入)〉〈$(ミセケチ)〉〈&(ナゾリ)〉〈△(不明)〉〈「 」(和歌)〉〈合点〉〈濁点〉〈改頁〉〈改行〉〈判読〉〈ママ〉〈朱〉〈墨〉〈墨ヨゴレ〉〈削除〉〈抹消〉〈落丁〉〈破損〉〈付箋〉〈上空白部〉〈割注〉

 今回、「変体仮名翻字版」に全面移行するにあたり、書写状態を再現する上で基本となる〈行末〉や〈丁末〉の様態を、次の識別記号を用いて記述することにしました。
 従来これは、傍記情報として「/=○○」としたり、補入記号である「○」のない補入としていたものを、さらに詳細に識別できるようにしたものです。
 以下にあげる例の末尾の6桁の数字は、『源氏物語別本集成』の文節番号です。
 
* 本行の本文の左側に、本行本文とすべき傍書がある場合は、〈左傍記〉として明示する。
   例 きこしめしける尓こそ八/尓=こ〈左傍記〉(522940)


150925_nikoso


 これは、「こそ」が一続きの文字で書写されているため、「こ」は傍記ながらも本行本文として扱ったものです。ただし、「尓」と「そ」の間が空いているのは、どのような理由なのかはわかりません。親本がどのような状態だったのか、他の例を集めて参照しながら、機会をあらためて考えます。
 
* 一行に書ききれなくて行末の左右にはみ出しているものは、〈行末右〉〈行末左〉〈丁末右〉〈丁末左〉という付加情報を付した。ただし、これは一行に納めようとする気持ちが強いため、本行本文として扱う。補入記号なしの補入とはしない。
   例 【申】させ多る二/る=二〈行末右〉(520233)


150926_taruni


 ここで、「る」の右横に書き添えられた「二」は、補入記号のない補入とせず、一行に書ききれなかった行末の文字「二」を右横に書いてから次の行に移ったものとしました。
 
* 丁末に、書ききれなかった文字を左端に書き添えた例。
   例 【侍】ら八/ら=八〈丁末左〉(520281)


150925_haberaha


 この丁末の「八」は、この丁に親本通りには最終行内に書ききれなかったものです。ただし、次の丁に「八」だけを持ち越すことを避けるために、あえて丁末の左横に書き添えたものです。
 
 非常に複雑な例もあげておきます。
   例 ふく尓て/く$く、傍く&く、そ&尓、尓=て〈行末左〉(521486)


150925_fukunite


 これは、まず、「ふく」の「く」をミセケチにした後、「く」をその右に傍記しています。ただし、その傍記の「く」も念を入れてなぞっているのです。どうやら「く」が「て」に見える文字だったために、その上からご丁寧に「く」をなぞったようです。
 次に、「そ」の上から「尓」となぞり、その行に書ききれなかった「て」を「尓」の左横に書き添えたのです。
 
 こうして、〈行末右〉〈行末左〉〈丁末右〉〈丁末左〉を用いて、書写状態を再現できるように明示することにしました。これにより、書写者が行末で次の行へ移行するために注意力が緩む場合や、丁末で次の用紙に移る動作が伴うことから誘発される書写ミスの原因や傾向が、さまざまに推測できるようになりました。ここは、異文が発生しやすい箇所でもあります。

 付加情報を記述するための記号をあまり増やすと、今後の翻字の進捗とデータ作成の手間が妨げられます。それでなくても、『源氏物語』の古写本の翻字が遅れに遅れているのです。データ作成に手間がかかりすぎると、いつまでたってもデータベースの構築が捗りません。
 このあたりは、妥協しながらデータ構築に専念すべきところでしょうか。

 この『源氏物語』の「変体仮名翻字版」によるデータベースは、現在確認できている古写本を翻字して入力するだけでも90年はかかると、私は見ています。
 私がこのデータベースに関われるのは後十年あればいい方なので、さらなる再現性の高い『源氏物語』の本文データベースは、バトンタッチする次の世代にお願いするしかありません。
 現在、この『源氏物語』の本文データベースとしての〈源氏物語翻字文庫〉は、私の手元で管理して追加や更新を重ねています。

 幸いなことに、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉に関わる方々によって、こうしたデータの編集方針の継承が期待できるので、私はそのインフラ整備にさらなる精力を注ぎ込もうと思います。
 今回の凡例の追加も、その一環です。
 そして、少しずつであっても成長しつづける『源氏物語』の本文データベースに育てていく基盤を構築し、次世代に渡すことに専念したいと思っています。

 まずは、翻字という基礎的な部分を手伝ってくださる方の参加を求めています。
 「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉」のこうした活動へのご理解とご協力を、どうかよろしくお願いいたします。
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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