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2016年7月21日 (木)

国冬本「鈴虫」の長文異同(その3-【給】と【侍】)

 国冬本「鈴虫」巻において、諸本にはない539文字もの長文の異文がある箇所の前後に、どのような文字が使われているのかを確認しています。
 特に、二千円札で有名になった「十五夜の夕暮に〜」の直前にある長文の異文は、どのような意味を持つのかを考えようとするものです。

 なお、昨日書き忘れたことを補っておきます。
 ここで抜き出した3箇所の文章は、「長文異同(539字)」とほぼ同じ分量でその前後にあり、意味の上からも切れのいい箇所を取り出したものです。そして、「異同前(539字)」の文字数が539文字なのは、偶然に「長文異同(539字)」と一致したものです。

 今日は、【給】について見ます。併せて【侍】についても触れます。


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 ここで検討対象とする3箇所で語られている内容については、今は吟味をしていません。物語の内容と用字は密接に関連するものなので、当然それを語る用字に話の内容が強く関係します。また、語学的な視点での解明も必要です。しかし、ここでは書写された文字の違いという現象にだけ注目し、その外形的な違いを確認しているところです。

 ここで【給】については、「異同前(539字)」で15例、それに続く「長文異同(539字)」で7例、「異同後(537字)」で6例見られます。「15—7—」です。
 さらに細かく見ると、「【給】て」が「異同前(539字)」で4例、それに続く「長文異同(539字)」で0例、「異同後(537字)」で2例見られます。「4—0—」です。
 その他でも、「給」に続く文字を見ていくと、さまざまなことを考えさせてくれます。「長文異同(539字)」にある「【給】えり个り」の「え」という語尾の表記も気になります。
 なお、この「給」を平仮名で表記した例は、今回切り出した3箇所には1例もありませんでした。
 さらには、今回抜き出した中で「異同後(537字)」に1例だけ見られる「【侍】へ連と」も、「給」と一緒にその使われ方を考える際に参考となるものです。

 国冬本「鈴虫」におけるこうした文字使いを見ていると、私が仮説として提示したことが、外形的な様態からも可能性が高いのではないかと思われます。
 昨日記した私見を、ここに再度引きます。


物語が、上記表の真ん中に位置する「長文異同(539字)」を破棄した後に、それを挟むようにして存在する旧「異同前(539字)」と新「異同後(537字)」をつなげることで、現行の「鈴虫」が構築されているという拙著『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』で述べた仮説は、ここでの用語例の出現傾向から見て、決して的外れなものではありません。

 この検討は、さらに続きます。
 
 
 

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2016年7月20日 (水)

国冬本「鈴虫」の長文異同(その2-【御】と【心】)

 昨日の記事で提示した、国冬本「鈴虫」における539文字もの長い異文は、中秋十五夜の遊宴の場面の直前にある独自異文です。
 これは、二千円札に印刷されたことで広く知られるようになった、国宝源氏物語絵巻詞書の「十五夜の夕暮に〜」という文言の場面に当たります。

 なお、この二千円札の詞書は、二種類伝わる「鈴虫」の絵と詞の内の第一場面のものであり、二千円札の左上の絵とセットのものではありません。二千円札に採択された絵は第二場面です。第一場面の絵巻詞書の冒頭にある、タイトルとしての「すゝむし」という文字列がほしかったがための選択かと思われます。(拙著『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』29頁に詳説)

 さて、国冬本に長文異同がある箇所の前後に関して、その字数に近い分量の500文字程を切り出して、使われている語句を字母レベルで較べてみましょう。

 これは、私の仮説である、「十五夜の夕暮に〜」の直前でこの「鈴虫」巻は当初は終わっており、その長文を破棄した後に「十五夜の夕暮に〜」を書き足したのではないか、という提言の可能性を考えるヒントを得るためにも有益な検討となるものです。

 ここでは、「御」と「心」に関する用例を見ます。

 次の表で、左端の「異同前(539字)」は539文字もの長い異文の前にある文章の一群から抜き出したものです。
 右端の「異同後(537字)」とある列は、539文字もの長い異文の後の「十五夜の夕暮に〜」以降の文章の部分からの抜き出しです。


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 漢字「御」で始まる語句については、「異同前(539字)」に7例、「長文異同(539字)」に2例、「異同後(537字)」に3例見られます。「7—2—」です。
 さらに、「御心」については、「3—0—」です。

 このことは、「心」という漢字の出現数からも似た傾向がうかがえます。
 「異同前(539字)」では3例、「長文異同(539字)」では8例、「異同後(537字)」では3例なので、「3—8—」となります。

 この「御」と「心」の出現傾向から、「異同後(537字)」の「十五夜の夕暮に〜」は、その前とは異なった本文の様態を見せているといえます。

 この事例から、「鈴虫」の物語は、「異同前(539字)」と「長文異同(539字)」で一旦は終わっていたと想定する私見の妥当性は否定されないと言えるでしょう。
 物語が、上記表の真ん中に位置する「長文異同(539字)」を破棄した後に、それを挟むようにして存在する旧「異同前(539字)」と新「異同後(537字)」をつなげることで、現行の「鈴虫」が構築されているという拙著『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』で述べた仮説は、ここでの用語例の出現傾向から見て、決して的外れなものではありません。

 また、「異同後(537字)」には「へ多て【心】」という、その前にはない形の使用例もあります。

 今、ここではそれぞれの文章の意味は考慮せずに、あくまでも切り出した範囲内で使われている語句の様態と用例数からの分析に留めています。

 こうした検討は、さらに用例を広げて見ていくことで、より説得力を持った結論へ導かれるものだと考えています。

 以下、「その3」に続きます。
 
 
 

2016年7月19日 (火)

『源氏物語』国冬本「鈴虫」の長文異同(その1-問題点)

 天理大学付属天理図書館が所蔵する国冬本『源氏物語』の「鈴虫」巻は、鎌倉時代末期の写本です。それは、長大な異文が散在する貴重な写本です。

 藤原定家が書写した〈いわゆる青表紙本〉などと較べると、377文字もの異文が挿入されていたり、これまでの写本にはない539文字もの長い本文があったりします。539文字のものは、源氏物語絵巻詞書の直前にあるものです。この絵巻詞書の冒頭の文章は、二千円札の裏面に印刷されています。

 池田亀鑑はこの国冬本「鈴虫」巻の本文を、『源氏物語大成』に収録しませんでした。他の巻は校合に用いているのに、この国冬本「鈴虫」は外されたのです。
 そこで、私は『源氏物語別本集成』の第十巻に、この国冬本「鈴虫」の正確な翻字を収載しました。

 その後、二千円札が出回り始めた頃に、『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』(臨川書店、2001年)を刊行しました。


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 そこでは、次のような仮説を提示しました。
 特に、二千円札に印刷された絵巻詞書の直前にある539文字もの文章に関する私見には、まだどなたからも反論や評価をいただいていません。ここに一部を再掲して、問題点の所在を確認しておきます。
 
《その1》


 この異文の特徴は、文字数において長いばかりでなく、また話題転換部分である以外に、この異文の中に七人もの人物が登場することです。そこには、女三宮・薫・光源氏・小侍従君・柏木・夕霧・一条御息所の動静が語られるのです。特に、柏木の乳母の姪で、柏木を女三宮のもとに手引きした小侍従君は、流布本本文では、第三十四巻「若菜上」・第三十五巻「若菜下」・第三十六巻「柏木」の後、第四十五巻「橋姫」に登場する人物です。また一条御息所は、朱雀院の更衣で落葉の宮の母親です。婿柏木の早逝に娘の薄幸を嘆き、さらには夕霧と娘の仲を苦慮し、夕霧の誠意を確かめるために消息を送るのですが返事がない中で、夕霧の冷淡さを恨みながら死去するのです。流布本によれば、第三十四巻「若菜上」・第三十五巻「若菜下」・第三十六巻「柏木」・第三十七巻「横笛」の後、第三十八巻「鈴虫」を飛び越して第三十九巻「夕霧」、そして第五十三巻「手習」に登場します。こうした人物の「鈴虫」のこの場面での登場は、どのような意味を持つのでしょうか。私は、物語作者が、ここでひとまず筆を擱いた時の本文の姿を伝える異文ではないか、と思っています。第二十一巻「少女」や第三十三巻「藤裏葉」において、登場人物の多くが呼び出されていたことに思いを致すからです。この国冬本の長文異文が、「鈴虫」の後半から次巻「夕霧」が執筆される以前に存在したと思われる本文の断片と見るのは、空想に過ぎないのでしょうか。(157~158頁)

 
《その2》

破棄された本文の再活用という事例の確証は、いまのところは得られていません。しかし、今後とも注目したいパターンの異文であることに変わりはありません。
 こうした異文の例は、「輝く日の宮」巻を廃棄した後の再利用の可能性などと関連する問題として、いろいろと想像を掻き立ててくれるものです。今後とも、さまざまな視点で読み解いていきたいものです。(161頁)

 
《その3》

言経本が、国冬本の異文の冒頭と末尾だけを伝えていることの意味は何なのか。私は、これも先にお話したように、貼紙形式で貼付されていた異文表記があまりに長文であるがために、その首尾だけ残して伝えられたために生じたものと考えています。いわゆる、「〜」「……」という省略記号による手法の一つではなかろうかと。いずれにしても、言経本が伝えようとした本文は国冬本と同種のものであることは明らかです。(162頁)

 
 今回、この国冬本「鈴虫」巻を「変体仮名翻字版」で翻字したものを確認しながら、これまでの翻字方法ではわからなかったことを何回かに分けて整理して報告します。
 不定期ながらも続きますので、気長にお付き合いください。
 
 
 

2016年7月15日 (金)

歴博本「鈴虫」巻の気になる変体仮名の表記

 日比谷図書文化館で読み進んでいる歴博本「鈴虫」で、気になる変体仮名の例をあげます。

(1)「遊くれ」(7丁裏3行目)


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 現在私が確認を終えた「鈴虫」巻34本の写本の中では、この箇所は東大本が「夕に」としているだけで、それ以外のすべては「夕暮」か「ゆふくれ」「夕くれ」となっています。国宝の『源氏物語絵巻詞書』の「鈴虫」で、ここは「遊ふくれ」しています。二千円札にも印刷されているところなので、お手元にあれば確認してみてください。
 ここで歴博本が「遊くれ」としているのは、「遊」を漢字と認識して「ゆふ」と読んでのものではなく、あくまでも「ふ」の脱落とすべきものかと思います。
 他本での「遊」の用例を点検したいところです。しかし、これまでの『源氏物語』の翻字がすべて明治33年のひらがなを1つに統制した後の表記でなされている不完全な翻字しかないので、私のもとで進めている「変体仮名翻字版」のデータが集積するのを待つしか、確認の方途はありません。
 『源氏物語』の本文を考えていく上で、『源氏物語』の翻字ですら不正確なものしかないというインフラの整備がなされていない現実を、こんな時に痛感します。ここでは、問題点の1つとして提示しておきます。

(2)「あ弥陀」(8丁表2行目)


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 現在私が確認している「鈴虫」の34本の写本の中では、日大本が「阿みた」であり、それ以外のすべては「阿弥陀」か「あみた」となっています。
 ここで語頭を「あ」とするか「阿」とするかは、何か背景があってのものなのか、今はよくわかりません。この歴博本「鈴虫」が伝称筆者を「伝慈鎮筆」としているように、私もお坊さんかその周辺の文化圏で書写されたものだと思います。とすれば、仏教用語の扱いが漢字に統一されていない表記に、いささか戸惑います。日大本が「阿みた」としているので、この「あ」「阿」の使い分けが、何かあったのかもしれません。
 表記の問題として、しかも仏教語に関するものとして、その一例をここに提示しておきます。

(3)「野へ」(8丁表7行目)


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 現在私が確認している「鈴虫」の34本の写本の中では、陽明本・国文研正徹本・伏見天皇本・国冬本・東大本・国文研俊成本・LC本の7本が「野辺」であり、絵入源氏・湖月抄・尾州家本・高松宮本、為家本、河内大島本、鳳来寺本、明融本の8本が「野へ」で、それ以外の9本は「のへ」となっています。
 ただし、国文研俊成本だけは「野辺」の「辺」に「へ」と傍記があります。
 私が「へ」の字母を問題とするのは、この歴博本「鈴虫」の箇所の翻字を「野部」としたほうがいいのではないか、との思いがあるからです。
 一般的に、「へ」の字母は「部」の旁のオオザトの省略形だとされています。しかし、私はこの見解に違和感を覚えます。私は「辺」の「刀」が「へ」となったのではないか、と思うからです。
 これに関しても、「変体仮名翻字版」による翻字を1本でも多くやり遂げることで、用例を多数集積してから、あらためて考えたいと思います。
 なお、歴博本「鈴虫」に「野」は、もう一例「古野/$【此】」(ミセケチの例)があるだけです。

 
 
 

2016年7月 3日 (日)

池田本『源氏物語』が高精細カラー印刷で刊行開始

 待ち望んでいた『源氏物語』の池田本(第3期第1回配本)が、八木書店より刊行開始となりました。
 この池田本は「新天理図書館善本叢書」の中において、全10巻セットとして今後2年で完結するものです。


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 本巻には、「桐壺・帚木・空蟬・夕顔・若紫」の5帖を収録しています。
 岡嶌偉久子さんによる詳細な解題は、次の2編と付編で構成されています。


『源氏物語 池田本』解題 —書誌的概要

各巻の書誌的事項 —桐壺・帚木・空蟬・夕顔・若紫—

〔付〕池田本と伝明融筆臨模本 —書写様式・合点その他の様相から— 桐壺・帚木巻

 本書のカラー印刷については、かねてより八木書店の会長より伺っていました。
 池田本については、次の記事に述べたことにそのすべてを譲ります。

「千代田図書館の調査中に八木書店の会長と池田本談義」(2014年12月04日)

 この記事の末尾で、「翻字確認と字母翻字および校訂本文と各巻の小見出しを作成する仕事をお手伝いしてくださる方を募ります。」と記しました。
 しかし、この作業は遅々として進展していません。すべて私の段取りの悪さからであり、バタバタするばかりの日々の中で停滞しています。お待ちの方々には、本当に申し訳ないことです。

 今回、池田本の精彩な影印版が刊行されたことを契機に、「翻字確認・字母翻字・校訂本文・小見出し」の作成をさらに推進させることにします。
 影印本が全国どこでも見られる環境ができたので、この翻字などの仕事がやりやすくなりました。そのためにも、全国の公共図書館や大学などで、本叢書を配架してくださることを希望します。次の世代が『源氏物語』を読む上で、この池田本は基本資料となるものだと確信しています。
 また、活字本による『源氏物語』の研究だけに終始せず、少しでも多くの方が古写本に接しながら、日本の文化としての変体仮名を読むスキルを次世代に継承するためにも、この本は意義のあるものだと思います。

 そこで、池田本の「翻字確認・字母翻字・校訂本文・小見出し」のお手伝いをしてくださる方を、あらためて募ります。
 本ブログのコメント欄を通して連絡をください。
 新しい『源氏物語』の受容環境を構築するためにも、意欲的な協力者と参加者をお待ちしています。

 この池田本に関するプロジェクトは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の主要な事業でもあります。一過性のものではありません。私が作業に関われなくなっても、NPO法人として末長く継承し更新されますので、安心して翻字および校訂の仕事に協力してください。
 
 
 

2016年6月30日 (木)

日比谷図書文化館で読む歴博本「鈴虫」

 今日は、というか今日も、私がお話をし過ぎたことと、新幹線で京都へ帰る最終時間が迫っていたために、質問と翻字の確認にいらっしゃった方には大変失礼な対応となり、本当に申し訳ありませんでした。
 慌てて日比谷公会堂の裏からタクシーを飛ばし、ギリギリで新幹線に間に合いました。

 さて、歴博本「鈴虫」はきれいに書写された本とはいえ、読み難い箇所はたくさんあります。
 その中から2箇所を引きます。


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 これは、6丁裏の6行目から8行目の中ほどです。
 右側の行の中ほどから「けれ八三那」とあります。この「れ」と「那」をよく見つめながら、次の行の上から2文字目にある「古れ八」の「れ」と見比べてください。
 「れ」と「那」は、字形だけでは判別が難しく、意味を考えないと正確には翻字ができません。

 左端の行の「者し免八可りと」も、文字の続き具合にばかり注意を惹かれていると、文字がうまく読めません。特に「免八可り」は、落ち着かないと読めません。
 字形だけでなく、文章の流れと意味を理解しながら読んでいくと、すんなりと翻字できる箇所だと言えます。

 次の例はどうでしょう。


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 まず、右側の2文字目からは、「【本】い」と私は翻字をします。
 ここでは、「本」を漢字で翻字しておくことをお勧めしています。これは、漢字の「本意」の「本」が意味として残っていると思われることばなので、今は漢字を残しておく例です。
 「身つから」などと同じように、当座は漢字の意味が残っているものとしています。
 近い将来、「変体仮名翻字版」のデータが出揃ったところで、こうした語句を漢字の意味が残っているものかどうかを判断し、それから次にどうすればいいのかを判断すればいいと思っています。
 後で一々、漢字で表記されたものとして区別するのは大変です。まずは漢字の可能性を明示しておくのです。この隅付き括弧(隅付きパーレン)は、いつでも外せるのですから。

 そして、「本い」に続く「多可日」の「日」が「る」に見えることに注意しましょう。見た感じでは「る」であっても、意味から「日」となるものです。
 左側の行の「こ那多」では、「那」の懐深くに「多」が潜り込んでいます。一文字ずつを見分けながら丁寧に文字を追っていくと、こうした文字もしだいに見えてくるはずです。

 ここまで綴ってきて、新幹線「のぞみ」は結構揺れることを、あらためて実感しました。これでは、読書もままなりません。
 特に今日は、やけに揺れています。本が読めないのでパソコンを開きました。しかし、これでも目が前後左右に揺れるので、すぐに疲れます。
いつもはiPhone で文字の入力をしています。新幹線の中でノートパソコンを使うことはあまりないので、液晶モニタの揺れが不気味です。

 新幹線がこんなに揺れるとは、いままであまり感じませんでした。スピードアップしたためなのか、車体が古くなったせいなのでしょうか。
 加齢に伴い疲れやすくなっている、と言われるとそれまでです。
 パソコンも読書もダメとなると、音楽を聴くしかないのでしょうか。
 移動時の楽しみが減っていきそうです。
 
 
 

2016年6月28日 (火)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の再確認(その5)

 今回も、「変体仮名翻字版」を作成する際に翻字作業で使う、付加情報としての記号の説明をまとめておきます。以下にあげたものは、従来の使い方と大きく異なるものではありません。

 これは、阿部江美子さんが作ったマニュアルを元にして、再編集したものです。
 これまでのものは、以下の通り本ブログにアップしています。
 参考までに、もう一度列記します。
 
「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)」(2015年09月25日)
 
「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その2)」(2016年03月19日)
 
「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その3)—改丁(改頁)に関する新方針」(2016年05月06日)
 
「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加と補訂(その4)」(2016年06月27日)
 
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【補入】記号(「+」(「○」「・」等)
例一 おかた/お+ほ・・・本行「おかた」の「お」の次に「ほ」の補入
例二 ほかた/+お・・・文節の第一字目が補入となっている場合
例三 /+おほかた・・・文節全体が補入となっている場合
例四 おかたおかしき/前お+ほ・・・前の「おかた」の「お」の次に「ほ」を補入
   おかたおかしき/後お+ほ・・・後の「おかしき」の「お」の次に「ほ」を補入
   おかたおかたおかしき/前2お+〈朱〉ほ〈朱〉・・・前から二番目の「お」の次に「ほ」を補入(補入記号、書き入れともに朱筆)
例五 くりて/く±た・・・「○(補入記号)」がなくて「た」を補入
例六 行末の右下に書き添えられた補入文字(ハーバード本「蜻蛉」520196)
    本とて/と±二
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【ミセケチ】記号「$」(「ヒ」「\」等)
例一 おほむかた/む$・・・本行「おほむかた」の「む」がミセケチ
例二 おほむかた/む$ん・・・本行「おほむかた」の「む」がミセケチで「ん」書き入れ(ミセケチ、書き入れともに墨書)
例三 けしき/$・・・「けしき」という文節全体がミセケチ
例四 けしき/$けはひ・・・「けしき」という文節全体がミセケチで「けはひ」と傍記
例五 しはしにも/後し$す・・・後ろの「し」をミセケチして「す」と書き入れ
例六 給へり/給へ$〈朱〉まい〈朱〉・・・ミセケチ記号と傍書が共に朱書き
例七 かほ/ほ$〈朱〉け歟〈墨〉・・・「ほ」を朱書きでミセケチ、「け歟」と墨書で傍記
例八 さしあたりて/あ$〈墨〉シア〈朱〉・・・「あ」を墨でミセケチ、朱書のカタカナで「シア」と傍記
例九 たくひなき/たくひ$〈墨朱〉ひま〈朱〉・・・墨と朱でミセケチ。朱筆で「ひま」と傍記
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【なぞり】記号「&」
例一 かけを/に&を・・・本行「を」の下に「に」と書かれている
例二 きこえむを/△&を・・・本行「を」の下に何の字か不明だが、その字の上に「を」と書かれている
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【合点】記号(朱書の場合は/〈朱合点〉)
例一 つなかぬふねの/〈合点〉・・・文節の第一字目「つ」のところが合点「\」がついている場合
例二 そのつなかぬふねの/つ〈合点〉・・・「つ」のところに合点「\」がついている
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【濁点】記号〈濁〉
例一 いみしう/し〈濁〉・・・「し」に濁点が付されている
例二 きはきは/後き〈濁〉・・・後ろの「き」に濁点が付されている
例三 さま/\//\〈朱濁〉・・・「/\」に朱筆で濁点が付されている
例四 御てうとゝも/て〈濁〉、とゝ〈濁〉・・・「て」「と」「ゝ」に濁点が付されている
--------------------------------------
【その他の注意事項】
※書写状態を付加情報として記述する際、記入方法がわからない箇所には「?」を付ける。
※翻字や書写状態の記述で迷ったら、個人で判断せずに申し送り事項とする。
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2016年6月27日 (月)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加と補訂(その4)

 日比谷図書文化館で翻字講座に参加なさっているOさんから、『源氏物語』の写本を「変体仮名翻字版」に作り替える作業中に疑問に思われた、踊り字に関する質問を受けました。

 忙しさにかまけて、「変体仮名翻字版」の凡例の見直しが不十分なままになっています。こうして問い合わせを受けた機会に、少しずつ凡例を整備しています。

 これまでに、以下の通り3回に分けて凡例の追加や補訂をして、簡単な説明をしてきました。
 これらは、あくまでも「変体仮名翻字版」としての翻字データを作成する、作業上の共通理解となる凡例です。翻字データの利用者向けのものではないことを、あらかじめお断わりしておきます。

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)」(2015年09月25日)

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その2)」(2016年03月19日)

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その3)—改丁(改頁)に関する新方針」(2016年05月06日)

 今回これらに続き、【漢字・仮名・記号・その他】に関する凡例の補訂版「その4」としてアップして確認しておきます。

 現在、『源氏物語』の「変体仮名翻字版」のデータ更新をしてくださっている方々や、今後このNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の翻字活動に協力してくださる方は、この一連の凡例を折々に確認していただけると、よりよい翻字データが受け継がれていくことになると思います。
 今後とも、ご理解とご協力のほどを、よろしくお願いします。


【漢字・仮名・記号・その他】

1 基本的に、書写されているそのままを翻字。以下の場合は要注意。
 漢字表記は【 】で括る。
 例 「【女御】」(「め【御】」とはしない)、
   「【更衣】」(「【更】え」とはしない)、
   「【左近】」(「さ【近】」とはしない)、
   「【御衣】」(「【御】え」とはしない)、
   「【上達部】」(「【上達】へ」とはしない)、
   「ひめ【君】」(「ひ【女君】」とはしない)、
   「【侍】(6ウ)」【覧】」(改丁箇所で泣き別れとなる場合は別個に処置)
   「ゐ【中人】」(平仮名と漢字が混在するものは、漢字の部分のみを亀甲括弧で括る)
  熟語の漢字部分の表記。
 例 【雲】井(「井」は当て字として漢字にはしない。「【雲居】は熟語とする」
  二種類の語意が共存している場合は、それぞれを漢字として【 】で明示。
 例 「【御事】」(「【御】【事】」としない)
   「【物思】ひ」(「【物】【思】ひ」としない)
 例 「【給】【京】へ」(「【給京】へ」としない)
 例 「【入道】の【宮】」(「【入道の宮】」「【入道乃宮】」としない)
2 旧漢字はすべて新漢字にする。
   萬→万、哥→歌、佛→仏、條→条
3 「【見】る」などで「【見】」を活かす場合は、そのまま「【見】る」とする。
   「【形見】」「【見】くるし」などの場合も同様。
   「【身】つから」「【世】けん」「すく【世】」も漢字の意味が活きているものとする。
4 「けしき」「けはひ」の「け」が「気」の場合はそのまま(「気」を残す)とする。
   「をかしけなり」などの「け」は、そのまま仮名にしておく。
5 踊り字は、基本的に書写されているままの記号・符号で翻字。
 例 「【人】/\」
  従来は「人々」としていた。
  ただし「々」が用いられている場合は「【人】々」)。
  これは「/\」や「々」を記号として扱うことによるもの。
  従来は、翻字記号を統一して、電子データ固有の検索の手間を一元化する処置をしていた。
  文節が、「ゝ」または「/\」ではじまる場合。
   ( )内に踊り字を開いた形を付して、当該文節が踊り字で始まらない形を明示。
 例 おほしゝを・ゝしからぬ(をしからぬ)
6 虫損などにより、文字の一部がわからなくても、残っている部分から類推できる場合。
 例 ・・・/□〈判読〉
7 虫損、汚れなどにより、文字がまったくわからない場合は、その字の部分を△とする。
8 明らかに誤字脱字の場合。
  入力ミス等、見落としではないことをはっきりさせる場合には〈ママ〉を付す。
 例 たてまつつるに/つつ〈ママ〉
9 「ハ」「ミ」「ニ」はひらがな表記で統一。
  ただし、明らかにカタカナである場合はそのまま記す。
10 本文注の朱句点「・(赤字)」、墨句点または句点のない場合は、その旨を巻名の最初に記す。
  「朱点」「墨点」「句点なし」は、本文中には入れない。
11 注記が複数の時。
 例 色にも/△&に〈判読〉、も&も、も$〈朱〉・・・読点で区切る
  その注記内にさらに注記がある時。
 例 そしりをも/も+え、傍え=へ〈朱〉
  補入文字の「え」の右横に「へ」と朱書きの文字が傍記されている。
12 削除された文字(塗り消しや擦り消しされた文字)。
 例 なりぬるか/か〈削〉
13 紙面の一部がくり抜かれたような穴となり、文字が欠落している場合。
 例 お△かた人の/△〈破損〉
14 和歌の始発部と末尾には、カギカッコ(「 」)を付す。
15 底本の語句に対応する本文(文節箇所)が対校本文に存在しない時は「ナシ」と表記。
16 落丁の該当箇所には、「ナシ/落丁」と明示。
17 「も」と「ん」について。
   当然「も」と読むべき「ん」でも、表記された字形を優先して書かれているままの文字で翻字。
18 写本に記入された倒置記号について。
   ○印と引き込み線やレ点などを用いて、字句の転倒を正す符号が付された本文箇所
 例 とやまも/記号ニヨリ「とまやも」
19 付箋に異文などの記載がある場合。
  「あしき/=かなしき〈付箋〉」として傍記扱いとする。
20 異本異文注記が上部余白部分に記されている場合。
  「人や/人$我イ〈上空白部〉」として対処。
21 注記混入かと思われるものが本行に書写されている場合。
  「/本行書写」として対処。
22 本行本文に割り注がある場合。
  「よ/(割注)常陸守取婿(改行)少将たかへす」として、本文に関わる付加情報として注記。
23 底本の和歌に関して、一首全体が補入となっている場合。
  「いせ人の/コノ歌ハ補入」とする。
24 ミセケチ記号(「ヒ」「\」等)や補入記号(「○」「・」等)。
   また書き入れ等が朱筆で書かれている場合は、「〈朱〉」「〈朱合点〉」「〈朱濁〉」等の記号を用いる。
   墨筆であることを強調する場合は、「〈墨〉」等の記号を用いる。
 例 いみしう/し〈朱濁〉・・・「し」に朱筆で濁点が施されている。
 例 はねを/〈墨朱合点〉・・・「は」に墨筆と朱筆で合点が施されている。
25 文字に清音で読む事を示す記号がついている場合。
 例 あつしく/つ〈清〉・・・「つ」に清音で読む事を示す記号が施されている。


 
 
 

2016年6月19日 (日)

熱く語り合った「第8回 海外平安文学研究会」

 午後は、4時間という長時間の討論の後、場所を東京駅の地下街に移して、さらに2時間も語り合いました。なんと6時間。よく喋り合ったものです。


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 午前中もそうですが、午後も有史以来はじめてというテーマを掲げて、それぞれの立場での思いをぶつけ合ったのですから、頭の中はフル回転です。
 今、心地よい疲労を感じています。

 今日は、スペイン語訳『伊勢物語』と、ウルドゥ語訳『源氏物語』に関する発表を聞いてから、自由に意見を闘わせました。興味深い問題が次から次へと繰り出されるので、気の休まる暇もありません。それでいて疲れが溜まらないので、こんなに楽しくて有意義な時間はありません。


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 プログラムは以下の通りです。


・挨拶(伊藤鉄也)
・2016年4月・5月の研究報告(淺川槙子)
・科研のサイト利用について(加々良惠子)
・2016年度の研究計画(伊藤鉄也)
・発表「スペイン語版『伊勢物語』における官職名の訳語について
  ―「大臣」「中将」「馬の頭」を中心に」(雨野弥生)
・発表「ウルドゥー語版『源氏物語』の特徴と問題点─「桐壺」を中心に」(村上明香)
・発表「十帖源氏 桐壺の巻のウルドゥー語翻訳に関する所感」(麻田豊)
・諸連絡(淺川槙子)

 これについても、後日ホームページ(「海外源氏情報」)で、詳細を議事録として報告します。

 スペイン語訳の特色や、ウルドゥ語訳の特徴、そして翻訳の意義などについて、興味深い研究の成果が報告されました。
 特に、インド語の一つであるウルドゥ語訳『源氏物語』については、今秋インドのデリーで開催される「第8回 インド国際日本文学研究集会」で、『十帖源氏』のインド語10言語による翻訳の問題点で扱う言語の一つでもあります。秋の研究集会が、ますます楽しみになりました。

 そのインドでの研究集会に参加を予定している者が、今日は5人も出席しているので、なおさら話し合いにも熱がこもります。

 日本の文化の特質とその伝播を、翻訳を通して鮮明に浮かび上がらせることは、非常に新鮮な驚きと共に知的刺激を与えてくれます。
 さらには、翻訳とは何か、という問題も炙り出されるのです。

 多言語翻訳という視点で日本の文学や文化を見つめ直すと、我々の精神世界から風俗習慣までが浮かび上がります。異文化交流という時空の中に自分を置いてみると、これまでに知り得た知識が少しずつ繋がることに気付かされます。知的快感とでもいうものなのでしょうか。得難い体験の中で、知的好奇心と異文化理解が浮遊する世界に、時を忘れて彷徨う楽しみが味わえました。

 貴重な場を展開してくださった参加者のみなさま、お疲れさまでした、そしてありがとうございました。
 次は、今秋インド・デリーでお目にかかりましょう。
 
 
 

2016年6月12日 (日)

エスペラント訳『源氏物語』は33種類目の言語による翻訳

 やましたとしひろ氏より、エスペラント訳『源氏物語』を進めている旨の連絡をいただきました。

 これは、「源氏千年(76)エスペラント訳『源氏物語』」(2008年11月30日)の記事に対するコメントとしてご教示いただいたものです。

 やましたとしひろ氏は、対訳形式でブログに掲載し、帖はとびとびながらも、現在は「夕霧」の半ばまで訳しておられます。
 底本は、小学館「日本古典文学全集」(S49、初版)とのことです。


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 今月2日までに公開しておられる巻は、以下の通りです。


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 今後の進捗が楽しみです。

 これまでに私は、『源氏物語』は32種類の言語によって翻訳がなされている、としてきました。
 上記「源氏千年(76)エスペラント訳『源氏物語』」で紹介した藤本達生氏のエスペラント訳は、中井和子さんの『現代京ことば訳 源氏物語』を参考にしての、「桐壺」巻のみだったために、言語の数にはカウントしていませんでした。
 しかし、今回のやましたとしひろ氏のエスペラント訳が全巻翻訳を目指して着実に進行していることから、これを33番目の言語による『源氏物語』の翻訳にしたいと思います。

 現在、以下の言語で『源氏物語』が翻訳されていることを、あらためて報告し確認しておきます。


【『源氏物語』が翻訳されている33種類の言語】
    (2016年06月12日 現在)

アッサム語(印度)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(印度)・英語・エスペラント・オランダ語・オリヤー語(印度)・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミル語(印度)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(印度)・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・韓国語・パンジャビ語(印度)・ヒンディー語(印度)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤラム語(印度)・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語


 
 
 

2016年6月11日 (土)

第8回「海外における平安文学」研究会のご案内

 来週6月18日(土)午後に、以下の通り科研A「海外における平安文学」研究会を開催します。
 これは、昨年度から取り組んでいる科研「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」の成果と、今後の課題を考え話し合う会です。

 今回は、ウルドゥー語訳『源氏物語』とスペイン語訳『伊勢物語』を取り上げます。

 小さな研究会ながら、最新の情報が行き交う集まりです。

 本科研の活動内容については、ホームページ「海外源氏情報」をご覧ください。膨大な分量の海外における平安文学に関する情報を確認していただけます。きっと、新しい発見があるはずです。また、これに関連した情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。

 こうしたテーマに興味と関心をお持ちの方がいらっしゃいましたら、本ブログ下部にあるコメント欄から参加希望の旨を2日前の16日(木)までに連絡していただければ、資料を用意してご来場をお待ちいたします。

 また、昨日の記事「第3回「古写本『源氏物語』の触読研究会」のご案内」にも記しました通り、当日の午前中は目が見えない方々と一緒に古写本『源氏物語』の変体仮名を読むことをテーマとした研究会が、同じ会場であります。よろしかったら、これへの参加も検討していただけると幸いです。
 
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日時:2016年6月18日(土) 午前3時開始。
研究会:午後3時〜7時。
場所:京橋区民館 3号室
・住所:東京都中央区京橋2丁目6番7号
・アクセス
(1)東京メトロ銀座線京橋駅下車6番出口 徒歩2分
(2)都営地下鉄浅草線宝町駅A5・A6番出口 徒歩2分
(3)中央区コミュニティバス(江戸バス)
  [北循環]八重洲通り西5番 10分程
「会場周辺地図」
「京橋区民館のホームページ」
 
〈プログラム〉
 第8回「海外における平安文学」研究会
 
・挨拶(伊藤鉄也) 15:00〜15:05
・2016年4月・5月の研究報告(淺川槙子)15:05〜15:15
・科研のサイト利用について(加々良惠子) 15:15〜15:25
・2016年度の研究計画(伊藤鉄也) 15:25〜15:40
・発表「スペイン語版『伊勢物語』における官職名の訳語について
  ―「大臣」「中将」「馬の頭」を中心に」(雨野弥生) 15:40〜16:00
 休憩(20分)
・発表「ウルドゥー語版『源氏物語』の特徴と問題点─「桐壺」を中心に」(村上明香)16:20〜16:40
・発表「十帖源氏 桐壺の巻のウルドゥー語翻訳に関する所感」(麻田豊)16:40〜17:00
・休憩(20分)
・共同討議 17:20〜18:50
・諸連絡(淺川槙子) 18:50〜19:00
 
 なお、研究会終了後に懇親会を予定しています。
 日時:2016年6月18日(土) 午後7時から2時間ほど
 会場:東京駅周辺

 
 
 

2016年5月13日 (金)

日比谷図書文化館のみなさまと鎌倉期源氏写本を見る(第2回)

 日比谷図書文化館で歴博本「鈴虫」の翻字を勉強なさっている方々10名が、国文学研究資料館においでになりました。
 国文学研究資料館が所蔵している、鎌倉期に書写された『源氏物語』を閲覧するためです。

 前回のことは、「日比谷図書文化館のみなさまと鎌倉期源氏写本を見る」(2016年2月 6日)に書いています。

 古写本の翻字をやっていて、実際にその時代の写本を見るといい勉強になります。
 書写された料紙の色艶、文字の大きさ、墨の濃淡、虫食い、墨汚れ、等々。
 時には、700年以上も前の墨の匂いも、かすかに残っている写本もあります。

 表紙絵に馬がきれいに描かれていることに気付かれました。
 筆箱を落としたのか、四角い墨跡がくっきりと残っていました。
 ここで書写していた人が変わっている、という発見もありました。
 虫食いの箇所では、そのねじ曲がった穴をじっと見つめていらっしゃいます。

 みなさんと一緒に、楽しい一時となりました。
 得難い体験となり、記憶に残る学習会となったことでしょう。

 帰りには、国文学論文目録データベースの作業室に案内し、簡単な説明を聞いていただきました。
 ここで作成している目録データベースは、たんに論文のタイトルや筆者などの情報に留まらず、大学院生などのアルバイトさんが直接受け持った論文を読み、データを取って入力しているのです。そのために、要求したキーワードに的確な検索結果を返してきます。このことがまだ理解されていない実情を、近年は外部に訴えています。
 とにかく、手間がかかっているところを、今日は見ていただきました。

 前回同様、地下の書庫も学術情報課の担当者の説明を聞きながら見ていただきました。
 日本にこうした機関があることと、古写本を翻字する上でスキルアップの機会となれば幸いです。 
 
 
 

2016年5月 9日 (月)

鎌倉期写本の改頁箇所では語句の泣き別れが少ないこと

 今年の連休は、古写本の「変体仮名混合版」を作ることに明け暮れていました。
 そんな日々の中で、書写されている丁(頁)が変わる箇所の文字について、これまで思い描いていた傾向が鮮明に再確認できました。

 3年前に「ハーバード大学本『源氏物語』の改行意識」(豊島秀範編『源氏物語本文のデータ化と新提言Ⅱ』所収、平成25年(2013年)3月)という考察を、研究成果の一部として掲載していただきました。
 そこでは、ハーバード大学所蔵の『源氏物語』(須磨・蜻蛉)の2帖を中心として、鎌倉時代中期の書写にかかる貴重な古写本の改行意識を調査した結果を報告しました。
 確認したのは、ハーバード本2帖に加えて、歴博本「鈴虫」、国冬本「鈴虫」、源氏物語絵巻詞書」の「鈴虫」、室町時代の大島本「鈴虫」でした。

 その紙面に記されている物語本文の各行末の文字列を見ていくと、どのような状態で書写されているか非常に興味深い傾向が見て取れます。
  (1)文節で切れているか
  (2)単語で切れているか
  (3)語中で切れているか
 この3つの視点で各写本を見ると、鎌倉期の写本では、語彙レベルで改行される傾向にあることがわかります。語彙が泣き別れで書写されることは少ないのです。
 これは、書写ミスを避けるために、自己防衛的な心理が働いての結果ではないか、と思われます。

 具体的に言うと、書写者の文節意識は5割の例に見られ、単語意識は2割で、合わせて7割の箇所に、語彙レベルでの改行意識が確認できました。語中で改行や改頁がなされるのは3割以下である、ということがわかったのです。
 古写本における書写者の心理を反映するものとして、貴重な調査結果となっていると言えるでしょう。

 さて、今回ハーバード本「須磨」「蜻蛉」に加えて歴博本「鈴虫」(落丁あり)における改丁(頁)箇所に限定して詳しく追跡しました。この3本は、かつては一揃いのセットとして組まれていたと思われる、「ツレ」と言われる写本です。
 鎌倉時代中期に、同じ文化圏にいた書写者によって書き写されたものだと思われます。したがって、書写傾向も似たものがあると思っています。

 改頁(丁)箇所の切れ続きがわかりやすいように、その傾向をグラフ化しておきます。


160509_graf


 それぞれの写本の墨付き丁数は、次の通りです。


「須磨」(63丁・126頁)
「鈴虫」(18丁・36頁)
「蜻蛉」(67丁・134頁)

 数値をあげた表の左側で「35 13 43〜」とある行は、丁末が文節で切れる回数です。右側の表に「47 15 52〜」とある行は、単語で切れる回数です。
 最下段の「55.56 72.22 64.18〜」とある行は、その写本で改頁箇所が文節で切れる比率(%)であり、「74.6 83.33 77.61〜」とある行は単語で切れる比率(%)です。
 上のグラフは、この変化(%)を折れ線で示したものです。

 書写にあたって、親本の影響が強いことは当然として、明らかに文節意識と単語に対する切れ続きの意識が見て取れます。

 さらに今回、表丁と裏丁での違いが確認できました。
 その前に、「列帖装」という写本のことを確認しておきます。
 『源氏物語 千年のかがやき』(104頁、国文学研究資料館編、思文閣出版、平成20年10月)に掲載されている「『源氏物語』列帖装未完成本」(陽明文庫蔵、江戸時代前期写)の写真は、「列帖装」という写本の形態を知るのに最適です。


160509_retujyo_2


 参考までに、その解説文(伊藤執筆)も引きます。


 これは、本として完成しなかった『源氏物語』の写本である。冊子本がどのようにしてできているかを知る好例である。近衛家一九代尚嗣(一六二二〜一六五三)が書写したもの。(中略)

 列帖装(綴葉装と同義)の本を作る過程は、次のようになる。

 (1)数枚の料紙を束ねて真ん中から折り、括を作る。

 (2)二つ折りの括をいくつか重ねる。

 (3)表と裏に表紙を当てる。
 
 (4)各折り目に四つの綴じ穴をあける。

 (5)両端に針を付けた二本の糸を通して綴じる。

一括を開くと、見開きの綴じ目に綴糸が見える。

 例えば、池田本(天理大学付属天理図書館蔵)の桐壺巻は三折(三二丁)だが、若菜下巻は六折(一二三丁)である。巻によって、一括の枚数や折の数が異なる。

 表丁の丁末に文節や単語の切れ続きに関する意識が高いのは、頁をめくって書写していく行為の中で、単語が泣き別れした状態で書写を中断したくない、という気持ちが生まれるからだと思います。
 親本と書写本を共にめくるという動作が入る時には、筆を一先ず机に置くこともあるでしょう。書写の流れが乱されるので、書き間違いを防ぐ意味からも、必要最小限の動作で書き続けるためにも、語彙の切れのいいところで中断することになるかと思われます。
 このことは、すでに親本の段階で発生していた傾向でもあるはずです。

 列帖装の写本では、親本と同じ折数で書写します。
 あらかじめ数枚の紙を半分に折って、それを糸で仮綴じした数折に書写していくことが多いようです。すると、裏丁(見開き右側)の丁末での改頁については、次の表丁(見開き左側)の紙面が目の前に開かれているので、書き始める位置がすでに視野に入っています。書写するための用紙をめくる必要がないので、表丁よりも書写文字の切れ続きに乱されることは少ないと言えるでしょう。
 この裏丁から表丁への書写であるなら、改丁箇所で単語が語中で泣き別れしても、写し間違いは最小限に留められていると言えます。

 私は上のグラフを見ながら、そんなことを考えています。
 
 
 

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2016年5月 6日 (金)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その3)—改丁(改頁)に関する新方針

 「変体仮名翻字版」の新しい凡例については、昨年正月に公開した以下の3回の記事で報告したことで確認をしているところです。
 この記事の中で「変体仮名混合版」とあるのは、今は「変体仮名翻字版」と呼んでいるものです。わかりやすい名称に変更していますので、読み替えてください。
 また、「その3」の「E-⑱」では漢字で書写された文字については「/〈漢字〉」という記号を付すとしています。しかし、これはその後の再検討の結果、【 】(隅付き括弧)で漢字を囲うことにしています。

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その1)」(2015年01月18日)

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その2)」(2015年01月19日)

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その3)」(2015年01月21日)

 もちろん、これだけでは凡例として不十分です。
 次の記事では、その欠を補うものとして、〈左傍記〉〈行末右〉〈行末左〉〈丁末右〉〈丁末左〉を、付加情報を記述する符号として増補したことを報告しています。

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)」(2015年09月25日)

 その後も、さまざまな問題点に対処するために、付加情報の追加を検討してきました。しかし、まとまりきらないままに日時が経過していました。

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その2)」(2016年03月19日)

 以下に報告する【改頁(改丁)】の新方針は、翻字以外で諸写本全体にかかわるものです。
 書写状態を記述するための符号である【改頁(改丁)】の方針は、従来とは大きく方針の転換となるものであり喫緊の課題でした。今の時点で確定として、前進していきたいと思います。

 NPO活動の一環として翻字のお手伝いをしてくださっているOさんから、改頁に関する質問と確認をいただきました。
 これをきっかけとして、次のように「変体仮名翻字版」の新しい作業用の凡例を整理しました。

 まだまだ、再検討すべき凡例はあります。特に、翻字作業用のマニュアルとしての凡例は、いまだに確定していないので、大急ぎでまとめているところです。多くの方々に翻字をお願いしながら、この付加情報に関しては後追いで、泥縄式に確定しているのが現状です。
 『源氏物語別本集成』と『源氏物語別本集成 続』という作業と成果を経て、翻字に関してはほぼ凡例は出来上がっていました。しかし、「変体仮名翻字版」となり、翻字作業もNPO法人を母体とする研究者ではない方々のお力添えをいただく、ということで展開しています。そのこともあり、一人で方針を決めていると、どうしても翻字方針が揺れてしまいます。
 実際に「変体仮名翻字版」の翻字をなさっている方々からの意見が、今は一番心強いアドバイスとなります。
 今後とも、みなさまからお寄せいただく疑問点を中心にして、よりわかりやすいデータベース作成用マニュアルに育てていきたいと思っています。


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【凡例(案)】(2016/05/05)


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■【改頁(改丁)】の新方針
※ 各丁ごとに、最終文節が書写されている箇所の丁数と表裏を、丸カッコ内に明記する。
   例1 みちひき可葉志/(2オ)   ・・・380117-000(歴博本「鈴虫」)
   (従来は、続く次頁冒頭の字句に付加情報を付していた。「たまふへき/〈改頁〉」)
  丁末で文字が泣き別れしている場合は、次頁冒頭の一文字に〈次頁〉と付して掲示する。
   例2 きはや可尓/(1ウ)や〈次頁〉   ・・・380082-000(歴博本「鈴虫」)
   (従来は、「きはやかに/や〈改頁〉」としていた。)
 なお、使用する文字・記号・数字は、原則として全角文字とし、2桁以上の数字の場合のみ半角数字とする。
 これらは、すべてテキスト・データベースで検索する際の便宜を考慮しての処置である。

 
 
 

2016年4月17日 (日)

『源氏物語』を書写する際の現代風の料紙加工の一例

 昨日に引き続き、銀座4丁目の鳩居堂で開催されている宮川保子さんの書道展に、今日も脚を運びました。今日が最終日だったことと、いくつかお尋ねしたいことがあったからです。

 私のブログをお読みくださっている方から、宮川さんの料紙加工についていくつか質問がありました。そこで、厚かましくも説明と写真撮影をお願いしたところ、快諾をいただけました。展観者の対応でお忙しい中を、少し手の空いた時に撮影をさせていただけたのです。

 ここでは、版木を用いた型押しの例をあげます。

 まず、「手習」の場合。
 本文を書写する前の仮綴じされた用紙には、すでに絵柄が摺られています。


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 ここに『源氏物語』の本文が書写されると、次のようになります。
 新写本の右横に、ここで用いられた版木を並べました。


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 全体の様子もあげます。
 版木の左端の絵が、見開き右側に摺られているのです。


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 次に、「浮舟」の場合です。
 同じ版木の右半分を用いて絵柄が摺られています。


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 これも、全体をあげます。
 見開き左側に摺られています。


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 『源氏物語』を書写するにあたり、料紙の調達と加工に始まり、実に多岐にわたる制作手順があることがわかりました。宮川さんは、それをすべてお1人でなさっているのです。

 平安時代から鎌倉時代に古写本がどのようにして書写されてきたのか、どのような過程を経て制作されたのか等々、こうした例を拝見すると、おのずと想いは千年前に誘われます。

 今回は、書を拝見するとともに、その背景に興味を持ちました。
 まずは見る。そして聞く。さらには触ることもできました。

 宮川さんは、『源氏物語』の全帖の書写を目指しておられます。
 ただし、新潮古典集成という、活字の校訂本文を底本にして書写しておられることが、お目にかかって以来ずっと気になっていることです。
 昨日も今日も、押しつけがましくならないように、また呟いてしまいました。ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』の「須磨」と「蜻蛉」、そして国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の模本を作成しませんか、と水を向けました。三兄弟の模本を、若者に見てもらい触ってもらいましょう、と囁きました。
 どのように受け取っていただけるのか、まだよくわかりません。
 それはともかく、ますますの活躍を楽しみにしています。

 帰りがけに、連絡をとろうと思っていた大東文化大学の髙城弘一(竹苞)先生が、ちょうど会場にお越しになりました。
 久しぶりにお目にかかり、少しソファーに座ってお話ができました。
 いろいろとお願いごとやご相談ができ、今日もいい出会いと収穫の多い一日となりました。
 みなさまに感謝いたします。
 
 
 

2016年4月16日 (土)

古写本をめぐって慌ただしい中でも充実した一日

 午前中に開催された、平成28年度NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の総会は、予定していた議案がすべて了承され、無事に終了しました。
 和やかな中で、今後の活動や運営に関する多彩な申し合わせ事項も、うまくとりまとめることができました。

 今回の会場は、2014年03月23日に「NPO設立1周年記念公開講演会」のイベントをした、東京都中央区にある築地社会教育会館でした。


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 話し合った内容については、後日NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページでお知らせします。

 参加してくださった会員のみなさま、そして委任状をお寄せくださったみなさま、ご協力をありがとうございました。そして、これからも、活動の支援に関してよろしくお願いします。

 閉会後、みなさんと一緒に、ブラブラと銀座4丁目の鳩居堂3階にある画廊へ移動しました。


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 会員でもある宮川保子さんが、『源氏物語』の宇治十帖の作品展をなさっているからです。

「宮川保子さんの宇治十帖と継色紙の個展」(2016年03月16日)

 ご自身で料紙の装飾を摺る際に使われる版木や、継ぎ紙の手法について、実作をもとにして説明してくださいました。多くの展観者の方々がいらっしゃる中で、ありがたいことです。

 その後、私が行っているコナミスポーツクラブ銀座の上にあるレストランで食事をしました。
 京都からお出でいただいた石田さんも、ありがとうございました。

 みなさんとお別れしてから、私は淺川さんと一緒に、永井和子先生とお話ししたいことがあったので、先生のご自宅にうかがいました。駅前でと思っていたところ、先生の温かいお誘いのままに、お言葉に甘えてご自宅に寄せていただくことになったのです。
 過日、永井先生が送ってくださった、ご自宅に舞い降りた鷺がいた庭を、これがあの、と感激して拝見しました。

「京洛逍遥(392)京洛の三日月と東都の白鷺」(2016年03月12日)

 残念ながら、初夏に向かう今日は、あの白鷺はいませんでした。
 私の話を聞いてくださり、そして、たくさんのありがたいお話をうかがうことができました。いつも、ありがとうございます。

 その先生のお話の中に出てきた、古典和歌集である「伊勢集」の摹本を作成なさった藤原彰子さんの作品を拝見することができました。


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 ちょうど、銀座で宮川さんの作品を見てきたばかりだったので、同じことを指向し、挑戦なさっている方の存在に驚きました。最初は、宮川さんと藤原さんは同一人物ではないか、と思うほどに、その作品に対する姿勢が同じなのです。

 さらに私は、装飾料紙を駆使して『源氏物語』の書写に挑まれた右近正枝さんのことも思い出しました。


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 宮川さんは、新潮日本古典集成の活字校訂本をもとにした創作かな書道であり、右近さんは岩波旧大系本の活字校訂本文を自在な仮名書きにして書いておられます。

 私は、このお2人が書写なさっている底本の選定に対して、大いに不満の意を伝えています。2人ともに、活字で印刷された校訂本文を用い、現代向けに組み立てられた本文を自分が思う通りの変体仮名に変えながら書写なさっているのです。
 私は、活字校訂本文を使っての書写は止めてほしい、と伝えています。臨書をする中で、仮名の使い分けで芸術性を追究するのであれば、それは『源氏物語』の本文史の中に定位できると思います。しかし、活字校訂本文を変体仮名で書写して後世に残す意義は、弊害こそあれ、何もないと思っています。
 紛らわしい新写本を後世に残すべきではない、というのが私見です。

「何故かくも愚行を誇らしげに」(2010/9/26)

 このことは、今後も言い続けていきたいと思っています。

 右近さんは、数日前に宮川さんの書道展にお出でになったそうです。

 宮川さん、右近さん、そして藤原さんと、それぞれ一歳ずつ違う、同世代の方です。しかも、期せずして3人の女性が、大阪・奈良・三重という関西にご縁のある方なのです。
 人との出会いとつながりに、これまでも恵まれてきました。今回も、この3人の方との接点を求めて、少し動いてみようかと思っています。
 
 
 

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2016年4月13日 (水)

海外における『源氏物語』に関する情報群の活用法

 海外の『源氏物語』に関する情報について、よく問い合わせをいただきます。
 そこで、参考までに、現在私が運用しているホームページから、基本的な情報のありかを2つだけ取り上げて記しておきます。


(1)「各国における源氏物語や平安文学の翻訳・研究史や動向」

 現在、科研(A)で取り組んでいる「海外源氏情報」のホームページにおいて、海外における『源氏物語』や平安文学に関する翻訳や研究論文情報を年表形式で確認していただけるようにしています。
 ここから、最新情報のおおよそを見渡すことができるはずです。


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「『源氏物語』翻訳史」(現在 261件)

「平安文学翻訳史」(現在 554件)」

「翻訳 - 源氏物語・平安文学論文検索」(現在 475件)」

「海外 - 源氏物語・平安文学論文検索」(現在403件)

 論文情報の一覧では、まだ少数ながらも、可能なものはPDFや画面等で読めるようにしています。

 これらの情報群については、検索もできます。
 その際、表示件数を増やしていただくと一覧しやすくなります。

 さらに、『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)をオンラインで読め、かつ自由にダウンロードしていただけるようにもしています。

『海外平安文学研究ジャーナル』(既刊4冊)

 2016年3月までで、4冊のオンラインジャーナルを刊行しています。
 モニタ画面で、あるいは印刷して、ご自由にお読みください。

(2)「『源氏物語』や平安文学関連のグロッサリー」

 今日から公開したものに、グロッサリーのための検索コーナーがあります。
 トップページのメニューバー右端にある「翻訳・海外資料」から「対訳データベース(グロッサリー)」を辿ると、『十帖源氏』の「桐壺」巻の英訳を活用したデータが、閲覧や検索が可能となっています。


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 これは、『十帖源氏』の外国語訳を有効に活用する意味も持たせたものとして提供することにしたものです。当座は、『十帖源氏』の各国語訳を日本語の現代語訳と対象させただけのものです。しかし、これは今後ともデータを増やし、多様な機能をもたせることで、さらに利用価値の高いものに育てていく予定でいます。
 日本古典文学に関する用語がどのような語彙として外国語に訳されているのかが、おおよそではあってもわかるので参考になるかと思います。

 グロッサリーというと、一語一語を対象させた、一覧表形式の方がいいことは自明のことです。しかし、それを作成するのは膨大な時間と労力が求められるのです。そこで、当座の用に役立ち、簡便なもので、かつ汎用性の高いものを提示することにしました。データを増やすことで、さらなる利便性が高まる仕掛けが構築できるはずです。
 利用されるみなさまのご意見を伺いながら、さまざまな形のグロッサリーを提案していくつもりです。

 この「海外源氏情報」(科研HP)というサイトには、さまざまな情報が取り出せる引き出しが用意されています。
 順次情報を追補することにより、より身近なデータベースに育っていくことでしょう。このサイトに関する要望やご教示を、お待ちしています。
 
 
 

2016年3月23日 (水)

オンライン版『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル vol.1』を創刊

 昨春より来春までの2年間、日本学術振興会 科学研究費補助金 「挑戦的萌芽研究」による研究として、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(課題番号:15K13257、研究代表者:伊藤鉄也)に取り組むことになりました。

 その成果の一部を、ホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」の中の「研究会報告」→「ジャーナル」からダウンロードできるようにしました。
 今回創刊した『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル』(ISSN:2189−597X)という電子ジャーナルは、どなたにでも自由に読んでいただける形で公開しています。
 また、記事の音声読み上げも、パソコンではマッキントッシュとウインドウズで確認しています。目の不自由な方にも読んでいただけるようにしました。何か不具合がありましたら、コメント欄を通してご教示をお願いします。

 このジャーナルの紹介を兼ねて、創刊号の「表紙」と「はじめに」および「目次」を引用します。


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 近年、コンピュータに端を発した情報文具が、世界中の人々の生活スタイルを変えています。インターネットが、国と国や人と人の関わり方を変えました。スマートフォンも、情報の取り扱い方を一変させました。情報をアウトプットする道具も、ドットからレーザー、そして3Dとめまぐるしく進歩しています。
 そのような中で、視覚に障害がある触常者の読書や書記活動は、情報文具の活用により多様化しています。目の見えない方からの電子メールの返信がリアルタイムに届くのは、そのことを如実に示しています。
 しかし、情報を受容して発信する環境が豊かになったとしても、やはり受動的な待つ姿勢が日常的にあるのではないでしょうか。点字と音声だけでは、先人が残した日本の文化資産を受容するのに限界があります。
 古代から書き継がれてきた墨書きの文字を手掛かりにした、温故知新の知的刺激を実感し実践することには困難が伴うからです。

 一つのことがきっかけとなり、日本の古典文化を目が見えなくても体感できる環境に思いをいたすようになりました。古写本『源氏物語』を素材とした実験に、素人ながらも挑戦することにしたのです。
 一つのこととは、『群書類従』を編纂した塙保己一との出合いです。
 思いがけないことから、目が見えなくても手書きの文字が識別できる世界をイメージできるようになりました。
 墨字の中でもひらがな(変体仮名)で書かれた紙面を、触常者が能動的に読み取れるかどうか。
 その可能性にアタックすることは、私自身にとっても手探りの中でのチャレンジです。

 その方策を、実践的に調査研究し実現することを目指すことにしました。触常者と視覚に障害がない見常者とのコミュニケーションをはかる意義の再認識です。
 日本学術振興会の科学研究費補助金の中に「挑戦的萌芽研究」があることがわかり、早速プロジェクトを組み立てて申請しました。幸運にも、平成26年4月に、申請課題「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」が採択されました。

 多くの方々のご理解とご協力が得られ、予想外の成果が実感できるようになりました。
 こうした成果を広く公開して共有するために、「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)というホームページを立ち上げました。
 さらにオンライン版の「古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル」(ISSN番号:2189−597X)を発刊することにしました。
 これは、産声を上げたばかりのジャーナルです。大切に育てていきたいと思います。

 本課題では、新たな理念と現実的な方策の獲得に挑戦します。その舞台の一つとして、この電子ジャーナルが有効に働けば幸いです。ご教示や投稿などでの積極的な参加をお待ちしています。

 なお、ホームページと電子ジャーナルにおける情報収集、整理、発信、更新、編集等は、本科研の運用補助員である関口祐未が主体となり、研究協力者である国文学研究資料館プロジェクト研究員の淺川槙子と技術補佐員の加々良恵子が支援を担当しています。
 このメンバーで、さらなる展開と成果の結実を目指していきます。
 ご理解とご協力のほどを、どうかよろしくお願いいたします。 (2016年3月30日)


『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル vol.1』


【目次】
●はじめに
●原稿執筆要綱
●研究論文
 日本語点字による写本翻刻作成のための表記論 中野真樹
   付属資料:『日本点字表記法 2001 年版』より抜粋
 音声触図学習システムの開発と古写本「源氏物語」の触読への利用 森川慧一、細川陽一
●小論文
 明治33 年式棒引きかなづかいの今  淺川槙子
●ディスカッション
 点字による変体仮名版翻字の検討 伊藤鉄也、中野真樹、渡邊寛子、関口祐未
●研究の最前線
 手書き文字についてミッタル先生との討議(インド報告) 伊藤鉄也
●レポート
 2015 年度「古写本『源氏物語』の触読研究会」活動報告 関口祐未
●巻末付録
 基本的な言葉の説明
●執筆者一覧
●編集後記
●研究組織


 無事に創刊号の発行ができたことを受けて、早速第2号の原稿を募集します。
 詳細は、本科研のホームページに掲載している、「『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル』応募執筆要綱」か、創刊号の巻頭に置いた「原稿執筆要綱」をご覧ください。


・原稿の締め切り 2016年9月30日(金)
・刊行予定    2016年10月31日(月)
・注意 原稿執筆者は公開から1年以内に1度だけ、原稿を《改訂版》に差し替えることができます。

 
 
 

2016年3月22日 (火)

『海外平安文学研究ジャーナル vol. 4.0』を発行

 現在、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A) による研究として、「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」(課題番号:25244012、研究代表者:伊藤鉄也)に取り組んでいます。

 その成果の一部を、ホームページ「海外源氏情報」の中の「ジャーナル」から、閲覧およびダウンロードできるようにしています。
 この『海外平安文学研究ジャーナル』という電子ジャーナルは、今号『海外平安文学研究ジャーナル vol. 4.0』を含めて4冊分を、どなたにでも自由に読んでいただける形で公開しています。昨秋より、ダウンロード時のパスワードはなくしました。

 その紹介を兼ねて、今号の「表紙」と「あいさつ」および「目次」を引用します。


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 平成26年秋に創刊したオンライン版『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN:2188ー8035)は、お陰さまで好評のうちに号を重ね、今号で4冊目となりました。さまざまな分野の方々から、温かく迎えていただきましたことに、篤くお礼申し上げます。
 年2冊の刊行も順調に進捗し、その内容も多彩な論稿を並べる異色の電子ジャーナルとして話題にしていただいています。ありがたいことです。
 今号も、科研のメンバーに留まることなく、広く国内外の研究者に投稿を呼びかけたこともあり、さまざまな切り口で海外の平安文学が取り上げられています。日本の文学をこのような角度から見ると、また違った姿が見えてきます。
 本課題では、国際的な視野で日本文学および日本文化を見つめることを意識して、さまざまな問題に取り組んでいます。多角的な視点で平安文学を論じた、みなさまからの意欲的な投稿を歓迎します。
 これまでに、多くの方々のご理解とご協力をいただきました。改めて、お礼申し上げます。
 そして、これからも変わらぬご支援のほどを、どうかよろしくお願いいたします (2016年3月30日)                   


『海外平安文学研究ジャーナル4.0』


【目次】
●あいさつ
●執筆要綱
●研究論文
 ロシア語訳『源氏物語』とウォッシュバーンによる新英訳の比較研究
   〜<語り>・和歌・「もののあはれ」の観点から 土田 久美子
 スペイン語版『伊勢物語』について 雨野 弥生
●研究会拾遺
 ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本発見 伊藤 鉄也
●翻訳の現場から
 「十帖源氏」ヒンディー語訳の問題点 菊池 智子
 ウルドゥー語版『源氏物語』の色の世界 村上 明香
 『十帖源氏』の多言語翻訳と系図について
   〜「母の堅子」と「祖父の惟正」はどこから来てどこへ行ったのか 淺川 槙子
●付録
 各国語訳『源氏物語』・『十帖源氏』「桐壺」翻訳データ
   (モンゴル語・英語・ロシア語・ヒンディー語・ウルドゥー語)
●執筆者一覧
●編集後記
●研究組織

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 第4号の発行を受けて、現在は第5号の原稿を募集しています。
 詳細は、本科研のホームページに掲載している、「『海外平安文学研究ジャーナル』応募執筆要綱」か、今号の巻頭に置いた「執筆要綱」をご覧ください。

・原稿の締め切り 2016年5月31日(火)
・刊行予定    2016年6月29日(水)
・注意 原稿執筆者は公開から1年以内に1度だけ、原稿を《改訂版》に差し替えることができます。

 
 
 

2016年3月19日 (土)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その2)

 昨年、2015年(平成27年)1月15日に、これまで構築してきた『源氏物語』の本文データベースを「変体仮名翻字版」として再作成することにしました。翻字方針の一大変更を決断したのです。
 それにともない、データベースの総称も、〈源氏物語翻字文庫〉(略称は「GHB」)と呼ぶことにしました。

「作成中の翻字データベースを〈源氏物語翻字文庫〉と総称する」(2015年01月25日)

 また、翻字するにあたっての凡例も、3回にわたって本ブログに改訂版を公開しました。上記記事の中で、それらを整理して確認できるようにしています。

 その後、2015年9月25日に、書写状態を再現する上で基本となる〈行末〉や〈丁末〉の様態を記述する追補案を提示しました。

「古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)」(2015年09月25日)

 これは、行末や丁末に傍記および補入されている文字の状態を正確に記述するためのものでした。

 これに関連して、従来から要望されていたことを、今回追補することにします。
 それは、丁変わりの情報が〈改頁〉とあるだけでは、第何丁目(頁)かがわからない、というご意見があったことに対処するために、丁番号を示す数字を追記するものです。

 「須磨」の巻頭を例にして、従来と新しい翻字の場合を例示します。

(1)1丁表から1丁裏にかけて(文節番号 120041)
  ~おほつ(1オ)」
  るへき越~
 とある箇所で、1丁裏に「可那可るへき越」が書かれている場合は、次のようにデータベースとして記述します。


おほつ可那可るへき越/前可〈改頁2ウ〉

 これは、1文節の中程から改丁がおこなわれていて、表丁から裏丁に移った最初の文字の「可」が2丁裏の冒頭に書かれていることを示します。
 ただし、この文節内には「可」が2つあるので、その内の前の「可」であることを「前可」とします。この前の方の「可」は〈2ウ〉という付加情報だけでも十分です。しかし、検索の効率を高める意味から、〈改頁〉という付加情報としての文字もこれまで通りに残すことにしました。

 この補訂では、これまで〈改頁〉箇所の明示が紛らわしいと言われていたことの解消も果たしています。
 これまでの方式(「変体仮名翻字版」以前)は、次のようになっていました。


おほつかなかるへきを/前か〈改頁〉

 ここでは、前の方にある「か」が〈改頁〉された裏丁の冒頭にあることを示す方式でした。「〈改頁〉された」文字を明示していたことが、表丁か裏丁かの判断で混乱させていたのです。
 今回の凡例の追加補訂により、この問題点はなくなるはずです。

 現在、10人ほどの方々が、「変体仮名翻字版」に取り組んでくださっています。
 今回の新しい〈改頁〉箇所の記述について、可能でしたら今から対処していただけると助かります。
 もちろん、この記述をパスしていただいても大丈夫です。
 再確認する時点で一括して補訂すればいいので、可能であれば今から、というご理解で対処してください。

 凡例にしたがったデータベース化の統一表記については、最終段階でも十分に手を入れられます。
 現段階では、これまでの曖昧だった翻字を、「変体仮名翻字版」に書き換える点に特に力点を置いた翻字版を作成する、ということで、引き続きよろしくお願いいたします。
 
 
 

2016年3月17日 (木)

銀座探訪(35)イェール大学のケイメンズ先生と「銀座のすずめ」を飲む

 イェール大学のエドワード・ケイメンズ先生が国文学研究資料館にお出でになりましたので、書庫などをご案内しました。

 国文学研究資料館が品川にあった頃には、何度か利用されたようです。しかし、立川に移転してからは初めてだとのことでした。

 ケイメンズ先生と最初にお目にかかったのは、2003年9月に伊井春樹先生とご一緒にアメリカへ行ったときでした。ニューヨークのコロンビア大学での仕事を終えて、手配してくださった車でイェール大学へ行きました。
 2008年11月のハーバード大学での研究集会では、私の研究発表のコメンテーターを務めてくださいました。
 そして昨年、2015年2月に英国ケンブリッジ大学において、ジョン・コーツ先生の研究室で偶然にお目にかかりました。
 いろいろとご縁があり、いつも楽しい話をうかがっています。

 今日はお昼に一旦お別れをし、夜、日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読む勉強会でまたお目にかかりました。おもしろそうな勉強会だ、とのことで興味をもってくださり、ゲストとして参加してくださったのです。


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 最初に自己紹介をお願いした中で、昨年アメリカで刊行されたデニス・ウオッシュバーン氏の英訳『源氏物語』のことに触れてくださいました。


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 ケイメンズ先生は、ウォッシュバーン氏がイェール大学の大学院生だった頃に教えておられたのです。教え子が英訳『源氏物語』を刊行したということもあり、イェール大学の授業でこの新英訳を読んでいる、とのことでした。
 いつか詳しく、この新英訳のことをうかがうつもりです。

 今日はケイメンズ先生に、「変体仮名翻字版」を実際に体験していただきました。これまでの翻字方式とは違い、字母を正確に翻字していくので、その意義を納得してくださったようです。また、変体仮名の使われ方についても、今後の大きな検討課題であることをご理解いただけたようで安心しました。

 終わってから2人で有楽町へ出て、駅前の店でご一緒に食事をしました。
 先生は、若かった時に有楽町前の帝国ホテルの中の会社で仕事をなさっていたことがあるそうです。
 有楽町は懐かしいところだ、とお誘いした所を喜んでくださいました。
 もちろん、当時とは駅前の雰囲気は一新しています。しかし、青春時代の想い出は、楽しく美しく変質しているようです。

 1時間半以上もの長時間、盛りだくさんの話題で楽しく食事をしました。
 私が「銀座のすずめ」という麦焼酎のお湯割りを注文したところ、先生は同じ「銀座のすずめ」を生で召し上がっておられました。おいしいお酒でした。

 5月の葵祭の頃には、京都にお出でになるそうです。
 次は、京都でお目にかかれるかと思います。
 若い時に、表千家のお茶をお稽古なさっていたそうです。
 それでは私は裏千家のお点前でお茶を差し上げましょう、と申し上げたところ、喜んでくださいました。
 京都で私が先生にお茶を点てて、またご一緒にお話ができる日を楽しみにしています。

 地下鉄日比谷線の改札口でお別れする時に、ご丁寧なお言葉をいただきました。
 こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。
 
 
 

2016年3月16日 (水)

宮川保子さんの宇治十帖と継色紙の個展

 書家の宮川保子さんが、2回目の個展を開催されます。
 1回目は『伊勢物語』でした。
 御自身で料紙加工・表具・装丁をなさっています。
 私も平安の雅を追体験するために、足を運ぼうと思っています。

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 宮川さんとお弟子さんたちが書いてくださった『百人一首』は、立体コピーとして目の見えない方々に触っていただいています。
 本ブログの「書道家にお願いした触読用の『百人一首』」(2015年12月01日)で、宮川さんとの出会いからこれまでを書いています。おついでの折にでも、ご参照いただければ幸いです。
 
 
 

2016年3月15日 (火)

『源氏物語』における「変体仮名翻字版」の進捗状況

 昨年1月に、古写本『源氏物語』を翻字する方針を変更しました。
 従来の、明治33年に制定されたひらがな1文字ずつを使って翻字することをやめ、変体仮名の字母を混在させた、より正確で原本に戻れる翻字方針に方向転換しました。

 実作業に入り、翻字データの確認と修正に手間取っています。
 しかし、着実に「変体仮名翻字版」による『源氏物語』の本文データベースは構築されています。

 ここに進捗状況を報告し、このプロジェクトに協力していただく方を、さらに募りたいと思います。

 私自身は、このプロジェクトに90年というメドで取り組み出しました。しかし、どうもこの調子では100年は超えそうです。
 幸い、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の次世代のメンバーがいるので、たすきリレーで着実に翻字を進めていけば、目的を達成できるはずです。
 また、日比谷図書文化館の講座に参加してくださっているみなさまの応援を得て、さらに前に進んで行けるようになりました。

 少数の正会員の会費だけで運営しています。翻字をしていただいた方々には、本当に些少で申し訳ないと思いながらも、わずかばかりの謝金をお渡しすることを心がけています。
 気持ちだけは、ボランティアは無償では続かない、ということを肝に銘じて、今は気持ちとしてお渡ししているものです。
 雀の涙で恐縮しています。しかし、翻字してくださった方々のお名前だけは、長く継承していくものです。
 今後とも、幅広いご支援のほどを、よろしくお願いいたします。

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2016年3月 6日 (日)

大津科研の谷崎源氏研究会をさらに活性化させる提言

 谷崎源氏研究会のシンポジウムが、「谷崎源氏を考える」と題して國學院大學学術メディアセンター1F(常磐松ホール)で開催されました。


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 これは、科学研究費補助金【若手研究(B)】「〈旧訳〉を中心とした谷崎源氏テクストに関する基礎的研究 ―翻訳文学としての再検討― 」(研究代表者 大津 直子)で企画・立案されたものです。
 事前に広報された開催趣旨を引用しておきます。


 没後50年という記念すべき年に当たる本年度は、新全集も刊行され、谷崎潤一郎に関する研究一般は、従来以上に活発化していたと言えます。しかしながら、谷崎源氏に限定すれば、新全集からも漏れてしまい、創作による作品群に比べて、研究者の関心の高まりが目に見えづらかったような観があります。
 一方で、谷崎自身は近代文学研究の対象ではあるものの、谷崎源氏となると、平安文学研究の立場からも扱われてしかるべき領域であり、相互補完的な学術交流が不可欠な分野ではないかとも思われます。
 そこで今般、下記の要領でシンポジウムを企画し、谷崎が『源氏物語』を訳した意義について考えようとするものです。

 私は、「翻訳文学」ということばを使う大津さんを後方支援する立場から、この記事の末尾で私案を記すことにしました。

 その前に、研究会における発表をうかがいながらメモしたことの一部を、以下に残しておきます。
 
[報告1]「戦時下版「谷崎源氏」成立の背景 ―編集者宛て新出書簡にふれながら― 」京都精華大学 西野厚志

・谷崎源氏ができあがる上での、歴史的背景がよくわかりました。
・新資料である谷崎書簡を通して、編集者の役割に興味を持ちました。
・谷崎が自主的に削除していた、ということについては、さらにその実態や用例を知りたくなりました。
 
[報告2]「削除という方法―『潤一郎訳源氏物語』考」静岡大学 中村ともえ

・削除の実態をさらに知りたくなりました。
・配布されたレジメの最後に、谷崎訳の推移が簡潔にまとめてあるので、当該部分を引きます。


▽谷崎は『潤一郎訳源氏物語』で削除した一部分を、「藤壺」の題をつけて発表し(「藤壼—「賢木」の巻補遺—」(「中央公論文芸特集」昭24・10))、その後、削除部分を補った『潤一郎新訳源氏物語』を刊行した(全十二巻、昭26・5〜昭29・12、中央公論社)。『潤一郎新訳源氏物語』は、愛蔵本(昭30)・普及版(昭31)を経て、新書版(昭34)の段階で「今更「新」でもあるまい」として表題から「新」の一字を取り除かれた。「新訳」は決定版として扱われ、さらにその後の「新々訳」は文庫化され、また全集に収録されて、流通している。

 また、レジメの末尾に記された、「谷崎源氏を、作家谷崎潤一郎の個人の仕事としてではなく、複数の関係者が関与した事業として捉える」というコメントは、谷崎源氏を考える上での共通認識としての視点だといえます。さらに丹念な事実の掘り起こしを報告していただきたいと思いました。
 
[報告3]「〈旧訳〉と〈新訳〉との間―新紹介資料「藤壺―賢木の巻補遺」改稿版から考える―」國學院大學 大津直子

・賢木補遺は旧訳を補完するものであり、新訳の構想は、昭和20年10月にはあった。
・祇園のタイプライター屋さんで新訳を打った。
・新訳は岡崎義恵の批判を意識したもの。
・谷崎の自筆草稿には、活字からは伝わらない関係者のドラマをみる思いがする、という最後のことばが印象に残りました。
 
◆討論、質疑応答

・山田孝雄を戦後も校閲者として残した理由とその山田が果たした役割について、興味深い問題が俎上に載りました。ただし、パネラーの意見がうまく噛み合わなかったのは残念でした。
 また、このセッションは、取り上げられた話題があまりにも些細なことだったこともあり、私は退屈でした。これでは、若者たちが日本の文学研究に魅力を感じないでしょう。登壇者のみなさま、ごめんなさい。
 
 学術メディアセンター2階の図書館内で、國學院大學の所蔵となった『谷崎源氏新訳草稿』の一部が展示されていました。


谷崎潤一郎 創造の内幕 ―『谷崎源氏新訳草稿』を中心に
 
1)『谷崎源氏新訳草稿』「桐壺」「帚木」の部分
2)「藤壺―「賢木」の巻補遺―」改稿版
3) 谷崎潤一郎旧蔵「物語音読論序説」抜刷
4)「懺悔話」原稿
5)「兄弟」原稿

 この展示資料の中の「玉上書き入れ旧訳本」に気になるメモがありました。
 「桐壺」四頁6行目の訳文「人々からは上臈として重く〜」とある箇所の下部に「p5-l4」とある部分です。
 その行頭に鉛筆書きで、次のように記されています。


池田「世間の信望も重く、貴人らしく見えるが、むやみに……」の方が原文脈に忠実。

 この「池田」とあるのが池田亀鑑のことかと思われたので、大津さんに確認しました。『朝日古典全書 源氏物語』(池田亀鑑編著)を指すとのことでした。

 今、『全書』(昭和21年12月発行)の「桐壺」で確認すると、一六〇頁15行目の「おぼえいとやむごとなく」の頭註(七)に同文が記されています。
 玉上は、昭和25年6月から谷崎源氏の訳文を改訂する仕事に携わっています。池田亀鑑の『全書』によって原文との照合をしたこととは矛盾しません。

 機会があれば、この『全書』を参照しながら谷崎の訳文を検討した、若き玉上琢彌の研究者としての姿勢を、草稿から抜き出して確認したいものです(どなたか、よろしくお願いします)。

 今回この研究会に参加して、谷崎源氏の成立過程と改訂事情に関する研究が緻密になされていくことを確信しました。ただし、それが問題点を多くの人々と共有しながら展開しないかもしれない、という心配も抱きました。一部の研究者が袋小路に突き進んでいくのではないか、ということです。

 この谷崎潤一郎とその関係者が書き込んだ、谷崎源氏訳文の自筆草稿をベースにした研究を、さらに多くの人々を巻き込んで展開するためには、次の2つの視点を導入したらいいのではないか、と思うようになりました。

 人さまの研究に口出しするのは僭越かと思います。しかし、大津さんは彼女が大学院生のころから知っており、一緒に室伏信助先生の授業を受けた仲間でもあります。さらなる展開を期待する意味でも、勝手なことながら個人的な展望私案を大津さんに伝え残しておきます。

 まず、与謝野晶子の『源氏物語』と『蜻蛉日記』の2作品に関して、自筆原稿が残されていることです。しかも、それは画像として国文学研究資料館より公開されています。

「与謝野晶子の自筆原稿『新新訳源氏物語』と『蜻蛉日記』の撮影」(2010/10/26)

 この原稿とその周縁に関する研究成果は、次の2冊が必読の書です。

「与謝野晶子に関する刺激的な2冊」(2011/3/29)

 つまり、谷崎源氏と与謝野源氏に関しては、その自筆原稿を元にした研究が共同研究として組めるのです。
 これが実現すると、大津さんの科研のテーマはさらに大きな展開となっていきます。
 大津さんのテーマが、今後とも尻すぼみにはなりません。
 また、古典文学と近代文学のコラボレーションともなります。
 そのためにも、谷崎源氏と与謝野源氏の共同研究を立ち上げる必要があります。

 私は上記の与謝野源氏と『蜻蛉日記』の画像データベースを構築する中で、科研への申請を考えていました。しかし、それに優先するテーマがあったので見送ったのです。
 もう私は科研を申請できないので、どなたかが申請なさるのであれば、お手伝いはいたします。

 大津さんの科研のさらなる展開の第2段としては、谷崎源氏を参照した外国語訳の『源氏物語』に着目することです。
 手元の資料を確認したところ、次の4種類の外国語訳『源氏物語』が谷崎源氏を参照して翻訳していることがわかりました。特に、モンゴル語訳は、谷崎源氏を底本として翻訳されています。詳しくは、「モンゴル語訳『源氏物語』の話」(2010/1/13)をご覧ください。


◎モンゴル(ジャルガルサイハン・オチルフー)2009年
○中国(豊子愷)1961年
○ハングル(柳呈)1975年
○ロシア(タチアナ・ソコロワ・デリューシナ)1981年

 谷崎源氏の現代語訳が、海外で翻訳されている『源氏物語』にどのような影響を与えているか、というテーマは、研究の国際的なコラボレーションに展開します。
 ここに提示した4種類の翻訳は、いずれも日本に隣接する国々です。これは、何を意味しているのでしょうか。

 さらには、多数の谷崎潤一郎の小説等の外国語訳に関するテーマも呼び込めます。
 またこれは、異分野間のコミュニケーションにも発展し、日本文学という殻に閉じこもることのない、開放された議論が呼び込めるものに変質します。
 貢献度の低い日本文学研究と言われ続けている現状において、こうした視点でプロジェクトを組んで進むことは、特に若い方々には必要なことだと思います。

 科研(若手研究B)が、科研(基盤研究B)を経て科研(基盤研究A)へと、さらにはもっと多くのブランチを抱え込んだ一大プロジェクトへと成長していくことでしょう。

 研究代表者を務める大津さんは、科研のテーマとして「〈旧訳〉を中心とした谷崎源氏テクストに関する基礎的研究 ―翻訳文学としての再検討― 」を掲げています。この「翻訳文学」という定義が、今後とも萎縮していかないように願っています。

 そこで、上記のような、「与謝野晶子の現代語訳の自筆原稿」と、海外における翻訳への影響を両睨みした、さらなる進展を楽しみにしたいのです。
 日本文学の研究が先細りしないためにも、大津さんのますますの活躍を期待しているところです。

 学生時代からの先輩として、偉そうに勝手なことを書きました。
 妄言多謝
 
 
 

2016年3月 5日 (土)

渋谷で麻田豊先生と翻訳を話題にしての会食

 インドで私がお世話になった、アラハバード大学大学院に留学中の村上明香さんは、東京外国語大学では麻田豊先生の教えを受けておられました。そして今も。
 麻田先生のご専門は、もちろんウルドゥー語です。

 ウルドゥ語訳『源氏物語』のことで、2010年5月にお二人お揃いで、国文学研究資料館の私の研究室にお出でになったことがありました。インドの話で大いに盛り上がったことを覚えています。
 その後、村上さんには、マラヤラム語訳『源氏物語』とアッサム語訳『源氏物語』を見つけて私の手元に届けてもらいました。

 今日は、午後から國學院大學で研究会があるため、麻田先生とは渋谷でお昼をご一緒してお話をすることになりました。

 待ち合わせ場所は、渋谷と言えばハチ公前となります。
 ハチ公を見ていたら、みなさんが写真を撮っておられます。さすがは有名な犬だな、と思っていたら、何とハチ公の前足とお腹の隙間に、一匹のウサギがいるのです。しかも、タオルが敷かれています。誰が連れてきて置いていったのやら。ハチ公と一緒に、みなさんから可愛がられているようです。


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 ハチ公前で麻田先生とお目にかかってから、近くの天麩羅屋さんに向かいました。

 麻田先生からは、インドでの演劇活動をまとめたご本をいただきました。
 『特色ある大学教育支援プログラム「生きた言語修得のための26言語・語劇支援」活動報告 ウルドゥー語劇団 2005〜07「はだしのゲン」インド・パキスタン公演の記録』(麻田豊編、2008年10月刊)という長いタイトルの、170頁の報告書です。


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 目次を揚げます。


0 はじめに
1 ウルドゥー語劇団始動
2 「ヒロシマ」追体験
3 稽古、そして出発まで
4 インド公演2005 全記録
5 インドから帰国して
6 インドからパキスタンへ
7 稽古再開
8 パキスタン公演2006 全記録
9 帰国、再びインド公演へ
10 日印交流年企画としての再インド公演(二〇〇七年二月〜三月)
11 帰国後
あとがき

 最終章で、麻田先生は次のように言っておられます。


 こうして、二〇〇五年一月一日に始まったウルドゥー語劇「はだしのゲン(ヒロシマの物語)」プロジェクトは、インド・パキスタンの二十一会場で合計二十八公演を行なって幕を閉じた。(159頁)

 また、あとがきでは、次のようにも言われます。


 ウルドゥー語での情熱あふれる演技。その演技と声が観客の心を打つ。終わったあとの拍手喝采。共感し合えた実感。ここまで来るのに、僕はインドとパキスタンと三十年以上も付き合わなければならなかった。(168頁)

 デリー在住の菊池智子さんと同じように、麻田先生は早くから、平和活動に積極的に取り組んでおられます。今日も、楽しい話をたくさんうかがいました。
 インド歴15年の私の2倍もの、30年以上にもわたる土固めという土台作りを、麻田先生は根気強くなさってきたのです。信念を持って行動しておられる方とは、お話をお聞きしていて飽きません。理念を語られるだけの方のお話とは、ことばの重みが違います。

 翻訳についても、村上さんと一緒に出版なさった本などを例にして、ありがたいアドバイスをいただきました。特に、翻訳の質については、得難い勉強をさせていただきました。多言語翻訳に取り組んでいる私にとって、この翻訳の質という問題からは、厳しい現実を突きつけられています。失敗の連続です。
 しかし、その失敗から得られたことを、次の糧にしてひたすら前に進んでいこうと思います。

 私は、母語話者と非母語話者の翻訳を並べることで、その質の問題を均そうとしていました。しかし、どうやらそれは心得違いをしているところがあるようです。
 麻田先生のお話をうかがいながら、自分の力では十分に理解しづらい外国語による翻訳を、しかも評価できないことに直面する中でどう対処すべきか、という点からの心構えを教えていただいたように思います。

 最終的には、『源氏物語』の多言語翻訳は30言語以上の外国語で取り組みます。
 焦らず、慌てず、一巻ずつ、一言語ずつ、丁寧に良質の翻訳を意識して、このプロジェクトを推進していく覚悟です。
 多くの方々にご理解とご協力をお願いしながら、私は進行管理に徹して、多言語翻訳『源氏物語』の編纂をしていくつもりです。今後とも、みなさまの変わらぬご支援を、よろしくお願いします。

 最後に、麻田先生には、村上さんが取り組んでいるウルドゥー語訳『十帖源氏』を、今イギリスにおられるマララ・ユフスザイさんに読んでもらえるように手助けをお願いしました。私らしい頼みごとだと大笑いしながら、多くのお知り合いを通して可能性を探ってくださることになりました。マララさんには、英語ではなくて母語であるウルドゥー語で『源氏物語』に語られている日本の物語を読んでもらいたいのです。
 この私の想いが、麻田先生には通じたようです。
 また、楽しみが一つ増えました。
 
 
 

2016年2月27日 (土)

科研(A)「海外における平安文学」第7回研究会(京都)

 京都駅前のメルパルクで、総合研究大学院大学文化科学研究科の教授会がありました。毎年、秋は東京、春は京都でと、交互に開催されます。

 それが終わってからすぐに、駅前のキャンパスプラザ京都で開催される、伊藤科研(A)の研究会会場に移動しました。

 プログラムは次の通りです。


2015年度 伊藤科研 第7回研究会
 「海外における平安文学」

■内容(発表者の敬称略)
16:30〜16:35
・挨拶(伊藤鉄也)
16:35〜16:40
・2015年度の研究報告
  (淺川槙子)
 科研サイトの運営報告
  (加々良惠子)
16:40〜16:45
・2016年度の研究計画
  (伊藤鉄也)
16:50〜17:05
・「インド報告」
  (伊藤鉄也)
17:05〜17:30
・「ウォッシュバーン訳の問題点」
  (緑川眞知子)
 17:30〜17:45
・「〈国際日本研究〉と日本文学研究
     ―近時の体験と実見から―」
  (荒木浩)
17:45〜18:00
・諸連絡


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 私は、アラハバード大学図書館で見つけた、ウルドゥ語訳『源氏物語』のことを報告しました。

 緑川先生は、昨年夏に米国で刊行されたウォッシュバーン氏の英語新訳『源氏物語』の特徴を論じてくださいました。

 荒木先生は、ご自身で見聞きしてこられた、最新の海外における平安文学研究の実情を報告してくださいました。

 新鮮な視点から見た平安文学の事例の検討や、なかなか得難い海外研究情報を、研究会のメンバーで共有することができました。
 この研究会報告は、科研のホームページである「海外源氏情報」に後日掲載されます。

 この科研ならではの海外情報満載の討議の中に身をおき、居ながらにして贅沢な時間を持つことができました。

 さらに打ち合わせを経て、無事に終わってからの懇親会も、刺激的な話題で盛り上がりました。特に、今秋行く予定のインドの話は、みんなで楽しく語り合いました。

 この科研のメンバーは、各自が研究分野を異にすることもあって、実に話題が豊富です。すばらしい研究仲間が集まり、自由気ままに語ることのできる研究会を開催できることの幸せを、身にしみて感じました。

 参加してくださった先生方には、あらためてお礼もうしあげます。

 この科研も、あと1年となりました。

 これまで同様に温かいご支援をいただく中で、さらなる研究成果につなげていきたいと思います。
 
 
 

2016年2月23日 (火)

海外における平安文学」研究会(京都開催)のお知らせ

 開催日直前のお知らせとなり恐縮です。
 下記の通り、「海外における平安文学」に関する研究会を開催します。
 これは、私が取り組んでいる科研(A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」(課題番号:25244012)における研究成果を報告し、意見を交歓する集まりです。
 夏に東京で、春に京都でと、年2回開催して来ました。
 今回で7回目となります。

 本科研の研究分担者、連携研究者、研究協力者12名が集まる小さな研究会です。
 もし今回の発表内容に興味と関心をお持ちの方がいらっしゃいましたら、2月25日午後3時までに、本ブログのコメント欄を利用して、参加の意向をお知らせください。
 懇親会のみの参加も歓迎します。
 資料等を東京で準備して京都入りする都合上、早めの連絡をお願いします。
 なお、急な予定変更等があり得ますので、ご所属とお名前及びメールアドレス(あるいは携帯番号)などをお知らせいただくと、ご迷惑をおかけしないですむと思います。
 ご理解とご協力のほどを、よろしくお願いいたします。





 2015年度 伊藤科研
  第7回研究会
海外における平安文学


■日時:2016年2月26日(金)16時30分〜18時

■場所:キャンパスプラザ京都 第2演習室(5階)
(所在地)京都市下京区西洞院通塩小路下る東塩小路町 939
(Tel)075-353-9111
(URL)http://www.consortium.or.jp
(アクセス)京都駅から徒歩5分

■内容(発表者の敬称略)
16:30〜16:35
・挨拶(伊藤鉄也)

16:35〜16:40
・2015年度の研究報告
  (淺川槙子)
 科研サイトの運営報告
  (加々良惠子)

16:40〜16:45
・2016年度の研究計画
  (伊藤鉄也)

〈休憩(5分)〉

16:50〜17:05
・「インド報告」
  (伊藤鉄也)

17:05〜17:30
・「ウォッシュバーン訳の問題点」
  (緑川眞知子)

 17:30〜17:45
・「〈国際日本研究〉と日本文学研究
     ―近時の体験と実見から―」
  (荒木浩)

17:45〜18:00
・諸連絡


※懇親会について
 「酒菜 乗々」
(所在地)京都市下京区西洞院通七条下る東塩小路町607-10
     サンプレ京都ビルB1F
(Tel)050-5799-2164
(URL)http://r.gnavi.co.jp/k935400/
(アクセス)京都駅から徒歩5分
(時間)18時30分〜2時間程度
(会費)一応、5,000円をご用意ください。


 
 
 

2016年2月19日 (金)

ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本発見

 アラハバード大学図書館の書庫で、ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本を、偶然とはいえ司書の方が見つけてくださったのです。

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 あればいいが、との思いで、あてもなくとにかく書庫に入れていただきました。
 書庫内の通路で、村上さんがいつもお世話になっているというレヘマトゥッラー司書が、たまたま前から歩いて来られました。ひょっとして何かご存知ではないかとの思いから、ウルドゥー語訳『源氏物語』の本のことを聞いてもらいました。

 レヘマトゥッラーさんは初めて聞く本の名前だとのことで、何もご存知ではありません。それでも村上さんが食い下がって、ありったけの情報を語り続けると、一つの書棚の列に入られました。そこは、ウルドゥー語に翻訳された外国語のお話のコーナーでした。

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 レヘマトゥッラーさんが、最初に一冊の本の小口に指を掛けて引き出されたものを見て、村上さんが声を上げました。何と、それが探しているウルドゥー語訳『源氏物語』だったのです。レヘマトゥッラーさんも私もびっくりです。


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 偶然とはいえ、一触で『源氏物語』が出てきたのです。
 伊井春樹先生がおっしゃった、本は探し求めている者においでおいでをする、という秘技をまた体験することになりました。

 ネルー大学でウルドゥー語訳『源氏物語』を発見した時のことは、「ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見」(2009/3/5)に書いた通りです。あの本は、表紙や奥付などがないものでした。また、東京外国語大学にある本も、一部が欠けています。今回みつかった本は、すべて揃っている完本です。刊行された時のままなのです。経年変化だけの、誰かが開いた形跡もない本です。
 またもや、偶然が現実のものとなりました。

 この本の両隣は別の分野の本です。また、背文字は薄くて読み難い上にめくれていて、ウルドゥー語で「げんじものがたり」と書かれた「じ」の終筆部分からしか読めないのです。この書棚の中からこの本と行き当たったのは、まさに奇跡です。

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 この本は、1971年にサヒタヤアカデミーから刊行された8種類の言語の内の一つです。
 アラハバード大学に収蔵された経緯を調べてもらうことにしました。何と言っても、このウルドゥー語訳をしたのは、1971年当時アラハバード大学で学科長をしていたウルドゥー語の文学批評者だったエヘテシャーム・フセイン教授なのです。
 フセイン教授の献本であれば、もう少し資料がありそうです。

 かつてわたしがネルー大学で見つけた時のように、まず図書カードを調べてもらいました。この本の書誌は、まだ書籍化も電子化もされていないからです。

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 目録カードでは、この本の番号に当たるものが飛んでいました。カードがないのです。勝手にカードを引き抜いて持って行かれることが、よくないことながらよくあるそうです。

 そこで次に、この本の図書番号を、受け入れ図書の登録簿と照合して、基本台帳の情報を見てもらうことにしました。こうした点は、帳簿管理としてシステム化されていることに感心しました。
 手前勝手なお願いにもかかわらず、テキパキと調べてくださいます。司書の方々には、ほんとうにお騒がせしました。


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 台帳保管庫にあったノートに記載されていた図書番号から、受け入れ当時のことがわかりました。1971年にサヒタヤアカデミーから刊行されたこのウルドゥー語訳『源氏物語』の受け入れの事情などについて、いくつかのことが判明したのです。

 サヒタヤアカデミーから刊行された翌年の1972年に、アラハバード大学図書館が6ルピー50ペイサで買い上げたものだったのです。これで、今回見つかった本が初版本の完本であることがわかりました。
 ただし、フセイン先生は1972年にお亡くなりになります。このことは、後でも確認します。
 アラハバード大学図書館に収蔵された御自身の翻訳になるこの本を、フセイン先生が実際に手に取られたかどうかは不明です。

 村上さんがこの本を借り出したいと言うと、全館的に図書の電子登録を進めているところなので、まずはこの本の書誌を優先的に電子情報として登録し、その後に貸出手続きができるようにしてあげよう、ということになりました。
 学生の向学心を最大限に尊重して支援する図書館側の計らいには、あらためて感激しました。ありがたいことです。

 さっそくこの本の書誌をコンピュータに優先的に登録してもらえました。図書の登録作業も見ていてもいいし、撮影もいいとのことです。
 ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本が今回初めて見つかり、それをコンピュータに登録した記念に、担当の司書見習いのプリヤーさんが登録するところを記念写真として撮影することになりました。

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 プリヤーさんは、この大学の出身者だそうです。こうしてウルドゥー語訳『源氏物語』がコンピュータにアラハバード大学図書館の蔵書として登録されたことにより、一人でも多くの方がこの本を見ることができるようになったのです。インドの方々が、日本の『源氏物語』に興味をもっていただき、勉強に役立てていただけたら幸いです。ウルドゥー語訳『源氏物語』の研究も、これで進んで行くはずです。とにかく、今は村上さんしかいないのですから。

 プリヤーさんは、司書としてこうした学問的なお手伝いをしていることを自覚なさったようで、共に喜んでくださいました。ますます活躍してほしいと思いました。
 もっとも、まだアラハバード大学の OPACは一般には公開されていません。日本からこの本を検索することはできないのは残念です。

 この大学のキャンパスは、積極的に整備が進められていて、草花が校舎を背景に咲き誇っています。いい環境です。

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 村上さんの指導教授であるノシャバ・シャルダール先生の部屋へ挨拶に行き、今回の成果を報告しました。
 先生は、翻訳者であるエヘテシャーム・フセイン先生に、修士課程1年目に口頭試問を受けたそうです。しかし、『源氏物語』をウルドゥー語訳しておられたことはまったく知らなかった、とのことです。そして、シャルダール先生もサヒタヤアカデミーから刊行されたこの本のことはご存知なくて、村上さんに日本の『源氏物語』のウルドゥー語訳の研究もするといいね、とおっしゃっていました。
 この本が見つかったことで、これから『源氏物語』が研究されることだろう、とおっしゃっていました。

 お茶請けとして出してくださったほうれん草の唐揚げは、パリパリとしてとても美味しくいただきました。

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 学科長のアリ・アフマド・ファトミー先生にも挨拶と報告に行きました。
 ファトミー先生も学生時代にフセイン先生の指導を受けておられました。しかし、文学批評がご専門のフセイン先生が何かを翻訳なさっていたことは知っていたし、論文に翻訳のことが書かれていたように思う、ということです。しかし、それが日本の『源氏物語』だったかどうかはまったくわからないし、資料もお手伝いした人がいたかどうかも不明だそうです。

 次の写真中央右の男性がファトミー学科長、右端の女性がシャルダール先生です。

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 この部屋には、歴代の学科長の写真が掲げられており、フセイン先生の写真もありました。

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 ファトミー先生の席の後ろには、歴代の学科長の名前と在任期間が記されています。

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 第3代がフセイン先生で、在任期間は、1961年から72年までの11年間。フセイン先生は、1972年にお亡くなりになりました。
 第9代と第12代がシャルダール先生、第10代と当第13代がファトミー先生です。

 今回は、フセイン先生が在職中に学生であり、歴代の学科長をそれぞれ2代ずつ務めておられるお2人の先生に、直接お話をうかがいました。しかし、『源氏物語』のウルドゥー語訳に直結することは何も出てきませんでした。

 そもそもが、サヒタヤアカデミーのプロジェクトは、アーサー・ウェイリーの英訳『源氏物語』の第1巻目だけを、インドの8言語で翻訳することでした。ウルドゥー語訳は、サヒタヤアカデミー側からフセイン先生に依頼された、という事情があります。
 日本に対する理解や、『源氏物語』に関する興味や関心がなくても、ウエイリーの英訳をウルドゥー語に翻訳することが、この背景にあることは重要です。
 海外における日本文学について調査するときに、こうしたことは十分に承知して対処すべきことのようです。

 お2人の先生に感謝しつつ、入口近くにあったフセイン先生を顕彰し記念するホールを拝見しました。学生達が授業を待っているところでした。
 (横に書いてあるウルドゥー語については、後日村上さんに訳していただいて追補します。村上さん、よろしくお願いします。)

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 バナラス・ヒンドゥー大学(BHU) の文学部ウルドゥー学科博士課程(Ph.D)で研究中の森山武さんと、アラハバード大学で待ち合わせをしていました。ここに掲載した先生方との写真は、森山さんが撮影してくださったものです。

 街中のコーヒーハウスで、森山さんと積もる話をしました。
 森山さんとは、2009年4月に、私が書いた上記紹介のブログ「ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見」の記事を読んでコメントをいただいた時から、デリーで国際集会をする折を見ては、お目にかかれないかと連絡をしていました。

 今回、バナラシからわざわざアラハバードまで片道3時間のところを駆けつけてくださったのです。当初は私がバナラシへ行く予定を組んでいました。しかし、日程などの関係で行けなくなったところを、こうして森山さんから足を運んでくださったのです。ありがたいことです。

 このコーヒーハウスは、かつては文人たちが集って談論風発した所だそうです。
 今回の我々の面談場所として、まさに願ってもないコーヒーハウスです。
 そう思って見回すと、それらしいインテリ風の方がちらほらと見かけられます。


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 夕方4時ころまでお話をして、それから森山さんはまたバラナシへととんぼ返りです。短い時間でしたが、楽しいおもしろい話ができたことは幸いでした。私のブログを読んでくださっていることもあり、ごく普通に翻訳本の話などができました。
 また、秋にお目にかかれるようです。楽しみにしています。
 博士論文の1日も早い完成を心待ちにしています。
 
 
 

2016年2月12日 (金)

サヒタヤアカデミーで『源氏物語』の翻訳に関する話し合い

 アラハバードからデリーに列車で出てきたばかりの村上さんと、ワールド・ブッディスト・センターのロビーで『源氏物語』のウルドゥー語訳のこと等の相談をしました。異国の地で夢のある話をするのは、気持ちのいいものです。


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 お昼過ぎに、タクシーでアニタ・カンナ先生のお宅に行きました。そこで、菊池さんとも合流。今後のプロジェクトについて、みなさんから多くの示唆に富む意見をうかがうことができました。

 ここでおもしろい場面が見られました。菊池さんと村上さんは、共に福島県の出身であることは知っていました。そこへ、隣町であることに加えて、なんと同じ高校で学んだ先輩と後輩だったのです。
 福島県というと、今私が取り組んでいる触読研究の研究協力者である福島県立盲学校の渡邊寛子さんを思い出しました。すると、渡邊さんが住んでおられる所もお2人にとって隣町だそうです。突然ながら、『源氏物語』をネタにして語り合う福島県人会の様相を呈してきました。私が間にいないと、何も接点のなかった3人です。
 異国の地でまさかこんな展開になるとは。
 本当に人と人とのつながりは、実におもしろいものです。

 昼食時に、国際日本文化研究センターの鈴木貞美先生も、アニタ・カンナ先生のお宅に駆けつけてくださいました。客員教授として今月一ヶ月はネルー大学にお出でだったのです。
 スケールの大きな研究のお話を楽しくうかがい、パワーをいただきました。

 その後、サヒタヤアカデミーへ行きました。


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 サヒタヤアカデミーは、日本式にいえばインド国立文学研究学院ということになります。まさに、国文学研究資料館と同じ性格を持つ組織です。
 このサヒタヤアカデミーのスリーニーヴーサーラオ所長と、親しく意見交換をしました。インド語8言語による『源氏物語』の翻訳に関するプロジェクトへの理解と協力をお願いしたのです。

 2011年にも、当時の所長にこの提案をしました。しかし、進展しないままになっていたのです。今回は、さらに具体的な内容を盛り込んだ提案として、丁寧に説明をしながらお話をしました。
 長期間にわたるスケールの大きな企画でもあり、お互いに検討すべき課題も多くあります。この件では、今年度末までに楽しい報告ができるようになればいいと思っています。

 帰りは、デリーの交通事情を大きく変えたメトロに乗りました。
 インドで最初にメトロが走った時には、ちょうどデリーにいた時でもあったため、早速初乗りに行ったものです。

 それが今、ゲートと乗車券代わりのコインは、こうなっています。


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 市内を走るメトロは、もうデリーを移動するみなさんの足となっています。
 今回乗った時間帯が、仕事帰りの方々とぶつかったこともあり、車内は満員すし詰めの状態でした。

 デリーを走る車の多さはどうしようもなく、市内への車の乗り入れはナンバープレートの奇数や偶数によって制限されています。それでも、排気ガスによる大気汚染は止まらない状況にあるそうです。北京に次ぐ空気の悪さを指摘されています。私が見たところ、言われるほどに大気汚染は感じられませんでした。数値はともかく、車の多さによる渋滞の方が深刻なようです。

 今日お目にかかった鈴木先生も、車の渋滞に巻き込まれてしまい、お昼の時間ギリギリにお越しになりました。発展していく国が抱える問題だとは言え、できることならこんな問題はない方がいい事象であることに代わりはありません。
 
 
 

2016年2月 9日 (火)

〈ひらがな〉と〈変体仮名〉をめぐる試行錯誤

 本ブログで「点字による変体仮名版の翻字は可能か」という連載をしています。

 それと平行して、、「古写本『源氏物語』の触読研究」という科研「挑戦的萌芽研究」のホームページでは、『立体〈ひらがな〉字典』という項目のもとに、具体的な文字の説明文を提示して試行錯誤を続けています。

 この「点字による変体仮名版の翻字」と『立体〈ひらがな〉字典』に関して、それを実際に確認してくださっている渡邊寛子さんからのご意見をもとに、今後の新たな展開を期待してここに取り上げてみました。

 この問題に関して、幅広くご意見をいただけると幸いです。
 
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160209_渡邊「点字による変体仮名版の翻字」について
 
 1月28日で取り上げていただいた私の点字の翻字の例ですが、できるだけ点字のマス数を抑えて本文がわかりにくくならないようにしています。
 点字は表音文字ですので以下、ひらがなで書き表します。


こ(古) こぶんのこ(7マス) ふるい(3マス)
しん(新) しんぶんのしん(9マス) あたらしい(5マス)
し(志) しがんするのし(10マス) こころざし(6マス)
す(寿) じゅみょうのじゅ(9マス) ことぶき(5マス)
す(春) しゅんぶんのしゅん(10マス) はる(2マス)
た(堂) どうどうたるのどう(13マス) どう(3マス)
た(多) たしょうのた(7マス) おおい(3マス)
ら(羅) もうらするのら(9マス) らしょうもん(6マス)
ら(良) りょうこうなのりょう(11マス) よい(2マス)

 それでは以下に「須磨」の冒頭を2パターンで示します。


〈本文〉
よの【中】・いと・わ徒らしく・は新堂な
き・ことの三・ま佐れ八・せ免て・志ら須可
本尓て・あ里へむも・これよ里・八志多那支・
 

よの【中】・いと・わつ(せいとのと)らしく・はし(しんぶんのしん)た(どうどうたるのどう)な
き・ことのみ(かんすうじのさん)・まさ(さとうのさ)れば(かんすうじのはち)・せめ(めんきょのめん)て・し(しがんするのし)らず(ひっすかもくのす)か(かのうせいのか)
ほ(ほんばこのほん)に(じごのじ なんじのぞくじ)て・あり(きょうりのり さと)へむも・これより(きょうりのり さと)・は(かんすうじのはちし(しがんするのし)た(たしょうのた)な(なはしのな)き(しじするのし ささえる)・
 
 

よの【中】・いと・わつ(せいと)らしく・はし(あたらしい)た(どう)な
き・ことのみ(数符3)・まさ(さとう)れば(数符8)・せめ(めんきょ)て・し(ここ
ろざし)らず(すま)か(かのう)
ほ(ほん)に(なんじ)て・あり(さと)へむも・これより(さと)・は(数符8)し(こころざし)た(おおい)な(なは)き(ささえる)・

 ②で短く触る方が本文のつながりを妨げませんが、私が変体仮名を知っている、漢字の字形を覚えていることに由来します。

 関口さんのご指摘ご提案のように、使用されている変体仮名の一覧をつけた方がよいのかもしれません。必要な情報を選べるように。


 
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160208_渡邊『立体〈ひらがな〉字典』について
 
立体に触りながらなら、わかりやすい表現の数々です。
特にカーブするところ、
「か」「ち」「と」「や」「ら」「を」など
触ればわかる丸みというか、角度ですが、「右へ曲がる」などは音声のみで理解するには形を知っていることが前提になりそうです。
 
 
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ご教示いただいたカーブするところは、例えば「か」でしたら、
「1画目。左・上の位置から書き始めます。右へ横線、左へななめに下がる長い線。」
としました。
横線から、左へななめに下がる、だけでは、確かにどれぐらいの曲がり方をしているのか漠然としています。
ご指摘の「ち」「や」「ら」のカーブはどう言い表してよいか最後まで悩みました。
カーブは難しいです・・・。
やはり何かの形に例えた言い方のほうがよいのでは、と思っております。
このカーブをうまく表現できたらよいのですが。
角度やカーブの形といった、文字の形の特徴となる部分は、もう少し詳しく、具体的に伝わるように考えたいと思います。
 
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2016年2月 6日 (土)

日比谷図書文化館のみなさまと鎌倉期源氏写本を見る

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の翻字の勉強をなさっている方の内の有志9人が、国文学研究資料館所蔵で鎌倉時代に書写された『源氏物語』(榊原本、16冊)を閲覧するためにいらっしゃいました。

 正面玄関前には、まだ先月の雪が少しだけ残っています。


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 閲覧場所は、1階グループ閲覧室を使用しました。
 ちょうど土曜日開館ということもあり、司書の方々をはじめとしてあまりご迷惑をおかけすることなく、じっくりと閲覧していただくことができました。

 みなさま好奇心の旺盛な方々なので、2時間たっぷり熱心に、700年前に書写された『源氏物語』に見入っておられました。

 この榊原本は、影印本『源氏物語 榊原本』(国文学研究資料館編、勉誠出版、平成24年)として刊行されているので、写真版でご覧になれます。
 また、ネットでも詳細な画像が確認できます。
 「榊原本『源氏物語』」
 
 問われるままに、いろいろとお話をし、お答えしていました。
 その中で、特に興味深かったことを記しておきます。

 第4巻「夕顔」の最終見開き丁で、「人」という文字が3行にもわたって大きく書かれていたことです(1016コマ目)。


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 これまでに私が見た大きな文字は、陽明文庫本『源氏物語』(重文)の第3巻「空蝉」のあばれた文字で書写されたものがあります。
 その様子は、『千年のかがやき』(国文学研究資料館編、思文閣出版、平成20年、91頁)の「7 陽明本『源氏物語』」の項目に写真を掲載しましたので、その写真をご覧いただければ一目瞭然です。この写真は、陽明文庫の名和修先生に特にお願いして撮影していただいたものです。2008年に国文学研究資料館で開催した特別展でも、この丁を開いて見ていただきました。

 さて、この榊原本では、「人」という文字だけが、上の写真で見られる通りに大胆なのです。
 3行にもわたる文字を見ていると、書写のための道具としての糸罫には、糸を張らずに用いたものを考えたくなります。
 これまで私は、隣の行にまではみ出した大きな文字については、縦に張られた糸を跨ぐ際に小指で少し押してずらして書いていた、と説明してきました。
 しかし、この榊原本の「人」を見ていると、糸が張られていない、木枠に上下の行を誘導する印だけを刻印したものもあったのではないか、と思えてきます。
 行末がきれいに揃っているので、木枠を使用したことは間違いないと思っています。

 糸罫については、『千年のかがやき』の103頁に写真が掲載されていますので、その形を確認してください。

 この推測も含めて、こうした大きな文字を書写していた実態について、ご存知の方がいらっしゃいましたらご教示をお願いします。

 写真版の複製本などを見ていては伝わってこない、墨で書かれた文字が持つ迫力が、こうして原本を間近に見ると圧倒されるほど響いてきます。
 原本をご覧になると、写本というものが持つ、時間の流れの奥に潜む書写者の気迫も伝わってきます。
 その意味からも、可能な限り原本を見るようにしていると、翻字をしていても実感を伴って文字が読めてきます。

 こんな700年前もの写本を、実際に手にして読めるのですから、和紙に墨書された写本の魅力は尽きないものがあります。
 
 
 
 

2016年2月 5日 (金)

『源氏物語』の翻訳本に関する情報を求めています

 現在、『源氏物語』の各国語訳の整理を進めています。
 私が確認できているのは、次の32言語で翻訳された『源氏物語』です。
 大多数を手元に集めることができました。
 しかし、残念ながらコピーや写真によるものも何種類かあります。


【『源氏物語』が翻訳されている32種類の言語】
アッサム語(印度)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(印度)・英語・オランダ語・オリヤー語(印度)・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミル語(印度)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(印度)・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・韓国語・パンジャビ語(印度)・ヒンディー語(印度)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤラム語(印度)・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語

 こうした諸言語訳『源氏物語』は、「ミニ展示《さまざまな言語に翻訳された『源氏物語』》-2015-」(2015年09月08日)と題して、国文学研究資料館の展示室において公開してきました。

 そこで、これらに関してさらなる情報を求めて、以下の4種類の翻訳本について、この場を借りてご教示を乞うしだいです。
 
(1)「ヘブライ語」による『源氏物語』の翻訳本は、交流基金のデータベース「日本文学翻訳書誌検索」によると、ペンシルバニア州立図書館にあるようです。
 また、オーストラリア国立図書館に寄贈されているとの情報も、かつていただきました。ただし、未確認です。
 この本は、イスラエルのテルアビブにある出版社 Schocken(ショッケン)から 1971年に刊行されています(214頁、サイズ22㎝)。
 日本のどこかに所蔵されていないでしょうか。
 
(2)インドのオリヤ語訳『源氏物語』が、大英図書館にあることは確認できています。2011年7月に、当時ケンブリッジ大学におられたレベッカ・クレメンツさんにお願いして、本の表紙と首巻「桐壺」だけは現状を確認していただきました。
 これも、日本のどこかで所蔵されていないでしょうか。
 
(3)インドのウルドゥー語訳『源氏物語』については、「ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見」(2009/3/5)で報告した通りです。ネルー大学にあることは確認しました。東京外国語大学にもあります。しかし、それは一部分を欠いていたように思います。
 日本国内で、東京外国語大学以外で所蔵されていないでしょうか。
 
(4)アラビア語訳『源氏物語』については、「【復元】エジプト・カイロと日本文学との接点を求めて」(2011/2/1)で、アハマド先生を紹介する中で書きました。
 その後、中東のどこかで刊行されているようだ、との情報を得ながら、追跡が不十分なまま今に至っています。
 このアラビア語訳『源氏物語』に関する情報をお持ちの方からの連絡を、お待ちしています。
 
 以上、4種類の『源氏物語』に関して、情報を求めています。
 ご教示のほどを、よろしくお願いいたします。
 
 
 

2016年1月31日 (日)

点字による変体仮名版の翻字は可能か(5/私案の提示)

 渡邊寛子さんからの報告を受けて、「点字による変体仮名版の翻字は可能か(4/from 渡邊)」(2016年01月28日)という記事を書きました。そして、具体的な方策をいろいろと考えました。

 暫定的ではあっても、目が不自由な方が変体仮名を扱う上で便利なものとして、一つの私案をここに提示します。

 これは、渡邊さんが「翻字データをパソコンで聴きながら点訳」しておられるということから、それではそのための基礎データを作成しておけばいいのではないか、と思ったことに端を発するものです。
 いわば、「視覚障害者用変体仮名表記表現一覧」とでも言うべきものです。

 国立国語研究所がウェブサイトに「学術情報交換用変体仮名」として公開されているものは、「約293文字の文字画像(字形)」でした。
 ただし、これには現行のひらがなである「て(天)/な(奈)/み(美)/も(毛)/る(留)」に関しては変体仮名が3パターン採録されています。
 その他、変体仮名である「可/佐/数/春/須/所/多/登/那/尓/年/能/盤/者/飛/本/満/井/衛/乎」等のよく使われるものには、2パターンの字形が採録されています。
 そのため、字母別変体仮名の文字数は次の176文字に整理することができます。

 これを、さらに鎌倉時代の『源氏物語』(ハーバード本「須磨・蜻蛉」と歴博本「鈴虫」)の写本に使われる変体仮名だけにしぼってみると、次の赤文字(57種)が点字で書き分けられればいいのです。


悪/愛//意/移/憂/有/雲//盈/縁/要/隠/佳//嘉/家/我/歟/賀/閑/香/駕/喜//木/祈/起/九/供/倶//求//気//期/許/乍//差/散/斜/沙/事//受/寿/数//聲//楚/蘇/處//當/千/地/智/致//津/都/亭/低/傳/帝/弖/轉/土/度/東//砥/等/南/名/菜//難/丹//児//而/耳/努//子//熱/濃//農//半/婆//破//頗//避/非//布/倍/弊//邊/報/奉/寳//萬/麻//微//身/无//牟/舞//面/馬//茂//夜/屋/耶//余/餘//李/梨/理//離/流//類/連/麗/婁/樓//露/倭//遺/衛/乎/尾/緒/

 この赤字以外の変体仮名については、鎌倉時代の写本の変体仮名を点字で翻字した後に、そこから見えてきた問題点を整理する中で、室町時代や江戸時代の版本にまで及ぼして考えればいいのではないか、と思います。

 なお、通信で用いられる「無線局運用規則第十四条 別表第五号 通話表」(「ちょっと便利帳」http://www.benricho.org/symbol/tuwa.html)に掲載されている文字に関しては、その表現を利用しています(※印を付したもの)。

阿=「阿弥陀のア」
伊=「伊勢のイ」
江=「江戸のエ」
可=「可能のカ」
支=「(思案中)」
具=「道具のグ」
个=「一个のケ」
希=「希有のケ」
遣=「遣唐使のケ」
古=「古文のコ」
故=「故郷のコ」
佐=「佐渡のサ」
四=「四国のシ」※
志=「志願のシ」
新=「新聞のシ」※
寿=「寿司のス」
春=「(思案中)」
須=「須磨のス」
勢=「伊勢のセ」
所=「余所のソ」
堂=「(思案中)」
多=「多少のタ」
遅=「遅刻のチ」
徒=「生徒のト」
登=「登山のト」
那=「那智のナ」
二=「数字のニ」
尓=「爾の異体字」
怒=「鬼怒川のヌ」
年=「年号のネ」
能=「能登のノ」
八=「数字のはち」※
盤=「円盤のハ」
者=「(思案中)」
葉=「葉月のハ」
悲=「悲劇のヒ」
日=「日本のニ」※
飛=「飛行機のヒ」※
婦=「婦人のフ」
遍=「遍照のヘ」
本=「本文のホ」
万=「万年のマ」
満=「満月のマ」
三=「三笠のミ」※
見=「見舞のミ」
無=「無線のム」※
免=「免許のメ」
母=「母屋のモ」
裳=「裳着のモ」
遊=「遊山のユ」
羅=「羅生門のラ」
里=「里程のリ」
累=「累積のル」
路=「路上のロ」
王=「(思案中)」
井=「井戸のヰ」※
越=「越度のヲ」
【以上57文字】

 まだ、点字で表記するための表現を決めかねているものがいくつかあります。
 「(思案中)」としたのがそれです。
 「王」については、「王仁のワ」を考えました。しかし、応神天皇の時代に『論語』や『千字文』を伝えた王仁(和邇吉師)は、目が見えない方々に「王」という文字をイメージする喚起力に欠けるように思われます。これらは、追い追い考えることにします。
 まずは、現時点での私案を提示しておきます。

 現行(明治33年に制定)のひらがなに加えて、この57種類の変体仮名だけで、ハーバード大学本「須磨」「蜻蛉」と歴博本「鈴虫」が読めるのです。もちろん、「給」や「御」などの漢字は読み飛ばしてのことです。

 漢字を読み飛ばしても、意味は伝わるので心配はいりません。
 これについては、音声による支援を考えています。
 「名工大で古写本の音声システムが初稼働して感激」(2015年11月09日)
 いろいろな視点から対処していくことで、一人でも多くの方に『源氏物語』の写本というものとの接点を見つけ出していただけるのでは、と思って取り組んでいるところです。

 お気付きの点などをご教示いただけると幸いです。

2016年1月29日 (金)

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その27)

 まずは、鎌倉時代中期に書写された榊原本(国文学研究資料館蔵)について、概略をお話しました。

 続いて、点字によって変体仮名を翻字できるようにできないか、ということを、本ブログ「点字による変体仮名版の翻字は可能か(4/from 渡邊)」(2016年01月28日)を紹介しながら考えました。

 さらに、挑戦的萌芽研究のオンラインジャーナル(創刊号)に掲載予定である、淺川槙子さんの「明治33年式棒引きかなづかいの今」を読みながら、問題点の所在を確認しました。こうした問題は、ずっと引きずったままで今に至っているのです。
 ひらがなを表記してきた歴史は、これからを見据えて再確認しておく時期にあると思っています。

 この日は、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」の24オモテ6行目から25ウラ最終行までの文字を確認しました。これまでで一番多く進んだことになります。

 ここは、比較的問題の少ない箇所で、今の感覚のままで多くのひらがなが読めます。これまで以上に進んだのは、こうしたこともあります。

 その中でも、注目したことを一例だけとりあげましょう。
 まず、写真をご覧ください。


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 これは、24オモテの7行目と8行目の行頭部分です。
 ここでは、7行目の上から2文字めから「万いり給へといへ八」と書写されています。
 その右横の8行目の行頭には、「まいり給へといへ八」とあります。
 語頭の「万」と「ま」が違うだけで、あとは書写されている文字の姿形はほとんど同じです。安定した書き振りである、といえます。

 普通は、同じ字母が隣同士に並ぶことを避ける傾向があります。そこで、字母を変えたりします。しかし、ここでは、語頭だけ字母が異なるものの、それ以下はまったく同じなのです。

 おそらく、書写に当たって見ていた親本もそうだったと思われます。この写本の書写者が、親本通りに書写していることがわかる例でもあります。個人の書写癖や個性の表出がない写本となっているのです。淡々と書写していたようです。

 8文字も同じ文字が左右に並ぶことはめったにないので、ここで紹介しておきます。

 なお、この箇所での本文異同について確認しておきます。
 後者の「まいり給へといへは」が書写されていないのは、議会図書館本『源氏物語』と保坂本だけです。ただし、共に「侍従の君よひ出てまいり給へといへは」と17文字がないので、これはちょうど1行分が同じ文字列に目移りして脱落したものだと言えます。諸本に異文はありません。
 
 
 

2016年1月15日 (金)

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その26)

 最初に連絡をいつくか。

 日比谷図書文化館の〈特別講座 翻字者育成講座〉の本年第3回目は、来月の2月18日(木)となっています。しかし、私の海外出張と重なったため、一週間先の25日(木)に変更となります。この日だけは、これまでのB教室ではなく、A教室です。お間違いのないようにお気をつけください。

 もう一つ。
 今月23日(土)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のイベントとして、東海大学で開催中の「桃園文庫展─池田亀鑑の仕事─」にご一緒に行きませんか、というお誘いをしました。

 参考までに、私が編集した『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第1集』(2011年)と『同 第2集』(2013年)を回覧しました。

 このイベントの詳細は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の「ホームページとブログ」でご確認ください。
 参加者は当法人の会員となっています。これを機会にご入会いただけると嬉しく思います。

 さて、日比谷図書文化館の講座では、鎌倉時代の変体仮名だけではなく、近現代の変体仮名も折々に確認しています。

 昨日は、山田美妙の『夏木立』(明治21年)の巻頭部分を見ました。
 『夏木立』の序文である「まへお起」は、さまざまな変体仮名が見られます。3行目に「籠能と里古」とあり、6行目に「志えィくすぴィあ」とあることなどは、注意しておいていいと思います。


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 この序文に続く本文は、次のようになっています。


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 ここで、最初の見出し「籠の俘囚」の「俘囚」に、「とりこ」と振り仮名が振られています。ところが、先の序文では「籠能と里古」となっていました。
 当てられた仮名が違うのです。序文の方の「能」「里」「古」は変体仮名です。

 また、序文と本文の字体(フォント)も違います。序文の方が、格調の高い字体となっているのです。これは、近世以来の伝統のようです。この序文の字体は清朝体だとか。
 この点について私はまだ不勉強なので、ご教示いただけると助かります。

 ハーバード本「蜻蛉」巻は、23オモテから24オモテL5までの3頁分を確認しました。

 ナゾリがある箇所について少しだけ記しておきます。


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 ここで書写者は、まず「おもへ多万へつゝ」と書いたと思われます。そして、「おもへ」の「へ」が間違っていることに気づき、その「へ」の上から「飛」をなぞったのです。
 「飛」が後で書かれたものであることは、「おもへ多」の「多」と、なぞられた「飛」の線が交錯していることからわかります。

 もし、「おもへ」と書いてすぐに「へ」の上に「飛」をなぞったとすると、続く「多」の起筆部分が「飛」とはぶつからないように書いたはずです。

 あるいは、もう一つの可能性も考えられます。
 「おもへ多万へ」までを書き、間違いに気づいて「へ」の上から「飛」となぞってから、続く「つゝ」を書いたとしてもいいでしょう。
 「飛」となぞったタイミングに関して、もう一つの可能性として提示しておきます。
 
 
 

2016年1月13日 (水)

現在取り組んでいる科研の新年会で確認したこと

 現在取り組んでいる2つの科研では、研究員・補佐員・補助員の3人の方にお手伝いをしていただいています。この3人の英知と努力と根気なくして、あれだけの膨大な情報を集積し、手際よく整理し、迅速に幅広く発信することは叶いません。

 新年を迎え、この仲間4人で、新年会を兼ねて今後の打ち合わせをしました。

 立川駅のレストラン街にある、自然食バイキングのお店が折々に行くところです。これは、外での食事が自由にできない私にとって、非常に使い勝手のいいお店です。食べられる食材の料理を、その時に食べられる分量だけいただけばいいからです。

 今年は、2つの科研が共にラストランとなるので、以下のような課題とその問題点のとりまとめを、みんなで確認しました。
 思いつくままに列記しておきます。


(1)「海外源氏情報」と「古写本の触読研究」は、来年3月に私の定年とともに終了となる。
(2)両科研で収集・構築した情報資源やデータ群は、来年4月以降はNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に維持管理してもらう。
(3)公開中の電子ジャーナルやダウンロード可能なデータは、その利活用を積極的に広報する。
(4)今秋、インド・デリーにおいて『源氏物語』の翻訳に関する〈インド国際日本文学研究集会〉を開催する。
(5)『十帖源氏』の多言語翻訳に関して、インド8言語の試行版に着手する。
(6)『源氏物語』の多言語翻訳と翻訳研究史に関する研究成果を、印刷物としてまとめる。
(7)目が不自由な方々の触読環境を整備して、古典文学の領域から情報発信を心がける。
(8)現行の平仮名と変体仮名の触読字典作成のため、文字の説明文を完成させ、公開する中で補訂を加える。
(9)研究者に限らず社会人や学生に、ホームページ及び広報活動を通して、刺激的な情報を発信する。
(10)当面は、『海外平安文学研究ジャーナル第4号』と『触読研究ジャーナル 創刊号』の発行に全力を注ぐ。

 とにかく、これまで通り前を見すえて、ひたすら走っていきます。
 折々に、ご理解とご協力をいただけると幸いです。

 情報発信母体となる科研のホームページは、以下の通り、これまでと変わりません。

「海外源氏情報」(基盤研究A)
 
「古写本『源氏物語』の触読研究」(挑戦的萌芽研究)
 
 多くの方々から、ご意見や情報をお寄せいただけることを、心待ちにしています。
 
 
 

2016年1月 8日 (金)

ロシア語訳『源氏物語』に関する土田久美子さんの成果

 研究仲間である土田久美子さんの学位論文が、オンデマンド出版という形態で昨年末に刊行されました。


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『ロシア語訳『源氏物語』の研究 ─<語り>・和歌・もののあはれの観点から─』(関西学院大学出版会、A4判、425頁、2015年12月、¥4,860)

 参考までに、外国語による表記もあげておきます。

A study of the Russian translation of The tale of Genji : an analysis in terms of the narrative technique, waka poetry, and the aesthetic concept mono no aware

К вопросу о русском переводе 《Повести о Гэндзи》 : С точки зрения приема повествования, поэтики вака, и эстетического понятия моно но аварэ

 これは、平成19年3月に青山学院大学より授与された学位に関わる学位論文を、関西学院大学出版会から刊行したものです。
 その制作にあたっては、コンテンツワークス(株)との共同作業により、オンデマンド出版方式を採用したものです。したがって、注文に応じてその都度印刷製本して届けられことになります。
 印刷した書籍を出版社も著者も抱えることがないので、非常に効率のいい出版形態です。現在の出版状況を考えると、今後ともお勧めしたい出版形式だといえます。

 土田さんは、青山学院大学大学院を修了後、ロシア国立人文大学(モスクワ)の非常勤講師を経て、現在は青山学院大学と東京工業大学の非常勤講師をし、幅広く研究活動を展開する頼もしい若手研究者です。
 今後のますますの活躍が楽しみです。

 すでに、土田さんの以下の論文を、「海外源氏情報」(伊藤科研HP)からダウンロードして読んでいただけるようにしています。

「ロシア語訳『源氏物語』をめぐって ―〈語り〉と和歌の部分の翻訳を中心に」

 また、本ブログでも、「中国とロシアにおける『源氏物語』の翻訳について」(2011/7/26)で紹介しています。

 本書の構成がよくわかるように、目次を引用します。
 


序論
第一章 本論文のテーマと構成
 第一節 研究課題とその意義
 第二節 先行研究、及び本研究の意義
 第三節 考察の視点と論文の構成
第二章 ロシア・ソ連における『源氏物語』研究史─完訳出版に至るまで─
 第一節 アストン『日本文学史』の書評から
 第二節 ロシア日本学の黎明期
 第三節 ニコライ・ヨシフォヴィチ・コンラドについて
  3.1.『源氏物語』翻訳に至るまでの略歴
  3.2.コンラド訳の概要
  3.3.コンラドの『源氏物語』解説
  3.3.1.世界文学的視座からの評価
  3.3.2.形式への関心
 第四節 コンラド以降の『源氏物語』研究
  4.1.ピーヌス著「古代日本文学における人間」(1969年)
  4.2.ボローニナ著『日本の古典長編小説』(1981年)
 第五節 タチアーナ・リヴォヴナ・ソコロワニデリューシナ氏について
  5.1.デリューシナ氏略歴
  5.2.デリューシナ訳『源氏物語』の概要
  5.3.底本について
  5.4.『源氏物語』翻訳のためのロシア語
第一部 ロシア語訳『源氏物語』における〈語り〉の諸問題
第一章 人物呼称
 序 本章の問題意識及び構成
 第一節 『源氏物語』における人物呼称の用法
 第二節 外国人翻訳者たちの人物呼称に対する見解
  2.1.タイラー氏の見解
  2.2.サイデンステッカー氏の反論
  2.3.林文月氏の見解
  2.4.ベンルの見解
  2.5.デリューシナ氏の見解
  2.6.シフェールの見解
  2.7.ロシア人翻訳者とフランス人翻訳者の見解の共通点と差異
 第三節 翻訳例の検討
  3.1.源氏の呼称─「無常」の体現
  3.1.1.原文における源氏の呼称の移り変わり
  3.1.2.デリューシナ訳における源氏の呼称の移り変わり
  3.1.3.源氏の呼称翻訳における問題点
  3.1.4.「ゲンジ」呼称にっいて─視点の移動
  3.2.頭中将、夕霧、柏木、薫の呼称─「不変性」の体現
  3.2.1.「頭中将」の呼称
  3.2.1.1.原文における頭中将の呼称の移り変わり
  3.2.1.2.デリューシナ訳における頭中将の呼称の移り変わり
  3.2.2.夕霧の呼称
  3.2.3.柏木の呼称
  3.2.4.薫の呼称
  3.3.デリューシナ訳の問題点
 第四節 考察のまとめ
第二章 時制の交替
 序 本章の問題意識及び構成
 第一節 『源氏物語』の時制
 第二節 他の外国語訳『源氏物語』の時制をめぐる議論
 第三節 ロシア語訳の検討
  3.1.コンラド訳の場合
  3.2,デリューシナ訳の場合
  3.2.1.吹抜屋台の原理を活かして
  3.2.2.コンラド訳と同様の手法
  3.2.3,垣間見の現在形
  3.2.4.会話・詠歌場面の現在形
  3.2.5。ロシア文学における時制の用法
 第四節 考察のまとめ
第二部 作中和歌の考察
 第一章 リズムの翻訳
 序 本章の問題意識及び構成
 第一節 デリューシナ氏の和歌の翻訳方針
 第二節 他の外国語訳の場合
  2.1.和歌の音節数にそろえられた翻訳
  2.2.和歌の音節数に従わない翻訳
 第三節 ロシア詩のリズム構造
  3.1.音節詩からアクセント主体のリズムへ
  3.2.詩脚の種類
  3.2.1.ヤンブ(ямб弱強格)
  3.2.2.ホレイ(хорей強弱格)
  3.2.3.ダクチリ(дактиль強弱弱格)
  3.2.4.アンフイブラーヒイ(амфибрахий弱強弱格)
  3.2.5.アナペスト(анапест弱弱強格)
 第四節 コンラド訳和歌のリズム構造
  4.1.二種類の実験
  4.2.コンラドの和歌の翻訳方針
 第五節 デリューシナ訳和歌のリズム構造
  5.1.デリューシナ訳和歌の具体例
  5.2.ジュコフスキイ『彼女に』一和歌翻訳のリズムの手本として
  5.3.問題点─翻訳の形式を守るために
 第六節 両訳の検討
第二章 和歌の修辞技法
 序 本章の問題意識及び構成
 第一節 掛詞、縁語とは何か
 第二節 外国人翻訳者の和歌の修辞技法に対する認識
  2.1.翻訳不可能で巧妙な表現として
  2.2.人間と自然の一体化を表現する手段として
 第三節 翻訳例の検討
  3.1.二重の意味のうち一方のみの翻訳
  3.2.両義訳出
  3.3.ロシア語の言葉遊びによる翻訳
  3.3.1.「隠し題」による訳
  3.3.2.類音掛けによる翻訳
  3.3.3.反復掛けによる翻訳
 第四節 考察のまとめ
 補足 言葉遊び以外による修辞技法の翻訳方法
第三部 訳語の問題─「もののあはれ」「あはれ」を中心に─
第一章 ロシア人翻訳者の「もののあはれ」理解
 序 本章の問題意識及び構成
 第一節 「もののあはれ」とは何か
  1.1.「もののあはれ」の語義
  1.2.本居宣長の「もののあはれ」論
  1.3.宣長以降の「もののあはれ」論
 第二節 「もののあはれ」の他の外国語訳
  2.1.英訳の場合
  2.2.フランス語訳の場合
  2.3.ドイツ語訳の場合
  2.4.中国語訳の場合
 第三節 ロシア語訳『源氏物語』の「もののあはれ」紹介
  3.1.コンラドの「もののあはれ」紹介
  3.2.ボローニナ著『日本の古典長編小説』における「もののあはれ」
  3.3.デリューシナ氏の「もののあはれ」紹介
  3.3.1.「モノの哀感をたたえた魅力」として
  3.3.2.本質的な美の概念として
 第四節 「もののあはれ」理解の手掛かりとなった作品
  4.1.1.ジュコフスキイ『表現されえぬもの』
  4.1.2.ジュコフスキイの思想的背景
  4.2.1.フランク『理解不能なるもの』
  4.2.2.フランクの思想的背景
 第五節 考察のまとめ
第二章 「もののあはれ」「あはれ」訳語の検討
 序 本章の問題意識及び構成
 第一節 物語本文における「もののあはれ」の翻訳
  1.1.翻訳例の検討
  1.2.考察のまとめ
 第二節 物語本文における「あはれ」「ものあはれ」の翻訳
  2.1.ロシア語訳・各英訳において頻出する「あはれ」の訳語
  2.1.1.「трогать(感動させる)」─最も多い「あはれ」のロシア語訳
  2.1.2.「печальный(悲しい)」─「あはれ」の第二番目に多いロシア語訳
  2.2.ロシア語訳・各英訳において頻出する「ものあはれ」の訳語
  2.2.1.「печальный(悲しい)」─「ものあはれ」の最も多いロシア語訳
  2.2.2.「тоска(憂い、ふさぎの虫)」として
  2.3.コンラド訳とデリューシナ訳の比較
  2.4.デリューシナ氏の「もののあはれ」理解に基づく翻訳
  2.4.1.「глубокий смысл(深い意味)」として
  2.4.2.「очарование(魅力)」として
  2.4.2.1.用例一覧
  2.4.2.2.ロシア語訳と他の外国語訳に共通する事例
  2.4.2.3.ロシア語訳の特徴と考えられる事例
 第三節 考察のまとめ
結論
引用文献

 参考までに、「BookPark」より公開されている本書の紹介文を引きます。


 本論は、「ロシア文化を背景とするロシア人翻訳者が、『源氏物語』をどのように理解したのか、そしてその『源氏物語』観に基づいてどのような翻訳テクストを生み出したのか」という問題意識に沿って、タチアーナ・リヴォヴナ・ソコロワ=デリューシナ(1946-)による『源氏物語』のロシア語完訳の特徴を明らかにするものである。
 筆者は修士課程在学中の1997年6月から1998年3月までロシアのプーシキン大学、及び博士後期課程在学中の2001年4月から2002年2月までモスクワ大学に留学し、その間にデリューシナ氏と共にロシア語訳『源氏物語』を検討する機会を得た。翻訳者本人の証言を資料として、ロシア人翻訳者が『源氏物語』を読んで何を考え、それがどのように翻訳テクストに反映されたのかを検証する。
 具体的には<語り>、和歌、「もののあはれ」の観点から、原文はもとより英・仏・独・中国語訳とも比較しながら論じる。
 『源氏物語』は語り手が話の内容を語る散文部分と、作中人物が詠む和歌の部分から構成されている。そして本居宣長が提唱して以来、「もののあはれ」は本物語の中心となる美的理念とみなされている。
 筆者が原文とデリューシナ訳を読み比べた結果、やはり特にこの三つの観点に同訳の特徴が表れていると判明した。
 そのため、まず第一部で『源氏物語』の散文部分における<語り>の手法、第二部で和歌のリズムと修辞技法という形式面から考察を加え、そして最後の第三部で物語全体を貫く「もののあはれ」の美的理念の面に焦点を当てる、という順序で三方面からロシア人翻訳者デリューシナ氏の『源氏物語』理解及びそのロシア語訳の特徴を解明する。
 従って、本論は三部構成である。
 本論の第一部では、<語り>の手法に着目する。デリューシナ氏は原文の<語り>の手法をどのように理解し、どのように訳文に移したのかという問題である。デリューシナ氏も翻訳にあたり、これらの手法を特に重視していた。よって第一章で人物呼称、第二章では時制の問題を取り上げ、これらの翻訳方法にもデリューシナ氏の『源氏物語』理解が反映していることを示す。
 第二部では、『源氏物語』の不可欠な要素でありながら翻訳が容易でない和歌に、ロシア人翻訳者がどのように取り組んだのかを検証する。第一章では、まず和歌の31音のリズムが、どのようなロシア語の詩のリズムに移しかえられているのかという問題を扱う。第二章では、和歌の修辞技法に焦点を当てる。デリューシナ氏はこうした手法にも『源氏物語』の重要な特質が表現されていることを読み取っていた。その理解に基づき、修辞技法を含む和歌をどのような方法で翻訳したのかを明らかにする。
 第三部では、「あはれ」、「もののあはれ」の訳語の問題を論じる。「もののあはれ」は『源氏物語』の中心となる美的理念であるだけでなく、翻訳研究にとしても興味深い語彙である。外国語への等価な翻訳が困難であると考えられるからである。まず第一章では、日本における「もののあはれ」認識と照らして、デリューシナ氏が「もののあはれ」の概念をどのように理解しているのかを明らかにする。第二章で、その「もののあはれ」理解を基に『源氏物語』本文で「もののあはれ」、「あはれ」にどのようなロシア語の訳語があてられたのかを検討する。
 最後に結論をまとめる。
 本論により、デリューシナ氏の認識が訳文に反映されたところは、英訳、仏訳、独訳、中国語訳には見られない、あるいは大多数の他の外国語訳には見られない特徴となっていたことが明らかになった。氏の『源氏物語』理解の独自性が、翻訳テクストの独自性を生んだと言える。

 
 
 

2015年12月20日 (日)

古写本で文字を書き止している箇所の表現方法

 一昨日の本ブログに、「ハーバード本「須磨」の翻字の一部を訂正します」(2015年12月18日)という記事を書きました。
 そこでは、なぞった文字となぞられた文字に関するデータベース化にあたり、「なぞった文字は直下の一、二文字に意識が滞留したために、思わず知らず写し忘れていたことに起因する」例を検討した結果として、5例の翻字を補正する報告をしました。

 その中の(D)で、「あけ尓あさ可ら須/前あ$、△&け」(「須磨」9ウL2)については、「あけ尓あさ可ら須/前あ$、佐〈書止〉&け」に訂正しました。

 そこで〈書止〉という付加情報を施したことに関して、つぎのような説明をしています。


 ここで付加情報として記述した〈書止〉という符号は、今回新たに設定するものです。今後の「変体仮名翻字版」では、この記述を取り込んだ翻字方針で臨みたいと思います。

 この〈書止〉という付加情報符号の新設について、さらに追補する用例が見つかりました。そこで、〈書止〉に関する補足説明をしておきます。

 まず、〈書止〉(書き止し)という用語について。

 『日本国語大辞典』によると、「かき‐さ・す 【書止】」という立項のもとに、次のように記されています。


〔他サ五(四)〕(「さす」はある動作を中止する意)
書いていて途中でやめる。途中まで書く。
*蜻蛉日記〔974頃〕下・天延二年「やもめずみしたる男の、ふみかきさして」
*百座法談〔1110〕二月二八日「為陵しふしふに法花経の文字六十四字をかきさしてねたる夜のゆめに」
*十六夜日記〔1279〜82頃〕「いそぎたる使ひとて、かきさすやうなりしを、又ほどへず返しし給へり」

 また、「【書止】言海」ともあります。

 これによって、「書き止し」ということばは古くから使われていたことがわかります。
 そこで、『源氏物語』の翻字本文データベースに〈書止〉という付加情報用の符号を新設することにしたのです。

 今回調査対象とした「須磨」「鈴虫」「蜻蛉」の3巻の写本に認められるなぞりに関する箇所で、さらに次の2例に〈書止〉という用語を追記して翻字データベースを補正したいと思います。

[補正1]「ひやく/△&ひ」(「鈴虫」36ウL7)


Photo


 「ひ」の下に書かれている文字は、次の「や」を書き止したものと思われます。「く」が行末の文字であることからも、書写者は次の行へ意識が向いていたために、不必要な目配りがこうした書き止しという現象となってしまったと思われます。
 ここでの翻字は、書き止していることを示す付加情報としての〈書止〉を用いて、「ひやく/や〈書止〉&ひ」に訂正したいと思います。

 この用例については、先月11月 6日の放送大学での講義で、受講生の方から質問として指摘を受け、以来その対処を思案していたものです。すでに『源氏物語別本集成 全15巻』(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、桜楓社・おうふう、平成元年~平成14年)と『源氏物語別本集成 続 全15巻』(同編、おうふう、平成17年〜刊行中)において、〈中断〉という付加情報を苦し紛れに使ったことがあるように思います。
 それを、今回〈書止〉という用語で翻字方針を統一することにしたしだいです。

[補正2]「お〈改丁〉ほゆる/おほ&ほゆ」(「蜻蛉」27オL10〜ウL1)

 「おほゆる」という文字列を、丁の表から裏にかけて書写する場面です。

2〈丁末〉


 上の写真のように、27丁表10行目(最終行)の丁末で、「お」と書いてから丁をめくり、新しい紙面の行頭に「ほゆる」と書いているところです。


3(丁頭)


 ここで書写者は、紙をめくる時まで覚えていた「お」はすでに前の丁末に書いてしまっていたのに、そのことを忘れたようで、新しい頁に「おほ」と書き出したのです。
 しかし、「お」と書いたすぐ後に、それも「ほ」の左側の縦線を書き出したところで、すでに「お」は丁をめくる前に書いた文字であることに気づいたようです。そこで、「ほ」の一画目で書き止したまま、筆を行頭に持っていって2度目に書いた「お」の上に「ほ」となぞり、続けて「ゆる」と書いたのです。

 このような例をデータベース化するにあたり、〈書止〉という符号を用いて、ここでは次のような付加情報を伴う記述とすることにしました。
 「お〈改頁〉ほゆる/おほ〈ほ書止〉&ほゆ」

 〈書止〉という書写状態について、「須磨」1例、「鈴虫」1例、「蜻蛉」1例において、手元で構築している本文データベースに追記することにしました。

 新しい翻字方針の補訂となるため、ここに報告し、現在翻字作業を進めてくださっているみなさまへのお知らせとします。

 もし現在、こうした例があったことに気づかれた方は、より正確な翻字本文データベースを構築するためにも、ご連絡をくださいますよう、よろしくお願いいたします。
 
 
 

2015年12月19日 (土)

豊島科研の源氏本文研究会は通算22回目となりました

 10日前に予告した通り、今日は渋谷の國學院大學で「『源氏物語』の本文に関する豊島科研の研究会」がありました。

 正面玄関には、門松が置いてありました。
 師走に入っていることを実感します。


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 久しぶりに大学を訪れたこともあり、敷地に隣接する塙保己一史料館・温故学会に立ち寄りました。ただし、齊藤理事長にはあらかじめ連絡をしていなかったので、玄関の保己一検校の像と黄葉だけを写真に収めてきました。


151219_onko_2


 さて、『源氏物語』の本文に関する研究会が、それも10年にもわたって続いていることは、あらためてすごいことだと思っています。

 今日は、会場に足を運んでくださった若い方々の姿を見かけて、うれしくなりました。こんな地味な研究に興味を持ってもらえたことは、本当にありがたい限りです。

 また、昨年度まで国文学研究資料館のプロジェクト研究員として私の仕事を助けてもらっていた阿部さんが、研究会に参加してくれていました。新しい仕事が忙しい中をとにかく駆けつけてくれたことは、本当にうれしく思いました。『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)で一緒に翻字の確認をしたことが、昨日のことのように思い出されます。また、いい仕事を一緒にしましょう。

 さらにうれしいことに、実践女子大学の上野先生の紹介で、大学3年生だというMさんが私に挨拶に来てくれました。写本の翻刻に興味があるそうです。
 得難い若者の出現に、今後の成長が大いに楽しみです。

 今日の研究会に参加された若いみなさん。ここで見聞きしたことを、ぜひともご自宅に帰られてからも反芻し、今後の勉強に役立ててほしいと願っています。
 そして、写本を読んでみたくなったら、まずはこのコメント欄を利用してでもいいので、連絡をください。

 とにかく、『源氏物語』の研究といっても、古写本を対象にしたこんな研究分野があるのです。ほとんど見向きもされない、地味な研究です。古典籍の資料を扱うので、手間がかかり、時間がかかり、しかもなかなか成果が見えません。しかし、着実に前に進んでいることが実感できます。日に日に、手応えが感じられる研究分野なのです。

 若者を見つけると、つい、こんなことを念力でも伝えたくなります。
 写本や影印本を見ていて息苦しさを感じたら、それは私の念力が届いた証拠です。無心に変体仮名と、にらめっこを続けてください。しだいに快感になっていくこと請け合いです。

 今日も濃密な時間を、参加された皆さま方と一緒に共有できました。
 得難い一日となりました。ありがとうございました。

 思いつくままに、今日の発表に関する私のメモを残しておきます。
 これは、あくまでも私の理解を通しての、自分のための備忘録です。
 各論は、本年度の豊島科研の報告書に掲載されるはずです。
 詳しくは、そちらでご確認ください。
 
(1)河内本の本文の特徴―「若紫」巻を中心に―(豊島秀範)
 次の3点に関して、私から質問をさせていただきました。これは、この研究会が内輪での労い合う場にならないようにと、少し批判的な立場からの質問にしました。
 「系統」という言葉の使い方/「本文は2分別される」という実態/「三系統論」で諸本を見ることについての限界
 
(2)「おぼす」と「おもほす」の偏向(神田久義)
 次の3点に関して、私から質問をしました。
 修正後の本文ので考えることの意味/麦生本と阿里莫本の表記の違い/「ジャパンナレッジ」を使う上での注意点
 
(3)類義語と本文異同(中村一夫)
 手堅い手法で、わかりやすく異文の本文解釈を元にした評価がなされました。納得です。いつものことながら、テーマの設定と資料の扱い方は鮮やかです。
 ただし、内輪褒めに終わらないためにも一言。発表から教えていただくことは多いものの、私自身が持つ問題意識を刺激するもの、言い換えれば啓発とでも言うべきパワーが感じられませんでした。場違いを承知での無い物ねだりですが。

(4)字母から見たハーバード本「須磨・蜻蛉」と歴博本「鈴虫」─写し忘れた文字をなぞる場合─(伊藤鉄也)
 私は、以下の内容で研究発表をしました。


 ■発表要旨■
 鎌倉時代中期に書写された写本として、これまでに次の三帖の翻字を終えた。
 ・『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(新典社、2013年)
 ・『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社、2014年)
 ・『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(新典社、2015年)
 歴博本「鈴虫」及びその巻末資料において、「変体仮名翻字版」として字母レベルでの翻字を公開したことにより、さまざまな書写実態に即応した検討が可能になった。
 本考察では、この翻字資料をもとにして、なぞられた文字を確認していく。なぞった文字は、直下の一、二文字に意識が滞留したために写し忘れたものである場合が多い。
 これは、『源氏物語』において異本や異文が発生し伝流する事情を説明するのに、一つのユニークな視点を提供するものとなるはずである。
 ■書写道具としての糸罫■
 「檜製糸罫」(宮内庁書陵部蔵)『源氏物語 千年のかがやき』(国文学研究資料館編、一○三頁、平成二十年一〇月、思文閣出版)は、親本を目の前に置いて複写本をそっくりそのままに作成する時に使用する道具である。書写本の行末および丁末におけるなぞり・ミセケチ・補入・傍記等の書写に関する問題は、この道具の存在がその物理的な要因となっていることは明らかである。
 また、このことが、書写しながら本文を改変するという説明がいかに非現実的なものであるかを、如実に物語るものとなっている。
 親本をもとにして写本を作成するということは、原則として可能な限り臨書によるものである、ということが基本となっている。その際、傍記や傍注が本行の本文に混入することによって、書写本における異文が発生すると考えられる。安易に書写しながら本文は改変されてきた、とは言うべきではない。
 ■「須磨」のなぞり(資料1〜14)■(全六四例)
  (中略)
 ■「鈴虫」のなぞり(15〜18)■(全一九例)
  (中略)
 ■「蜻蛉」のなぞり(19〜30)■(全一七四例)
  (中略)
《なぞられた文字が判読できるか》
  (中略)

 この私の発表に対して、次の3つの視点からの質問を4人の方から受けました。これについては、後日ウエブ公開する論稿にもお答えを掲載する予定です。
 「檜製糸罫の実態」/「変体仮名の字母のパターン」/「変体仮名翻字版は良い」
 特に「檜製糸罫の実態」については、日向一雅先生からもお尋ねを受けました。江戸時代以前のものが確認できていないことをお答えしました。この糸罫について、詳しいことをご存知の方は教えていただけると幸いです。

 また、翻字された文字の計測をする文学研究用のツールについての確認を受けたので、来週をメドに公開する予定です。楽しみにお待ちください。

 現在私は、自分の研究内容と成果を印刷物にして配布することに疑念を持っています。手間と時間を考えると、いつでも誰にでも自由に読んでもらえるウエブ投稿を率先して実践しています。今回の発表も、豊島先生の科研報告書に掲載してもらうかもしれません。しかし、その前に、まずはウエブに公開するつもりでいますので、今回の発表内容の詳細はもう少しお待ちください。
 
(5)三条西家源氏学における本文と註釈の形成史(上野英子)
 今回の発表の内容は、おおよそ次のものでした。問題点の広がりと流れをよく伝える発表でした。
 「本文と注釈と校訂」の変遷/「流布本の証本になったこと」/「新しい発展につながるのか、本文提供のあり方を期待」/「極楽寺入道本とは何か?」
 
(6)東海大学桃園文庫蔵零本「浮舟」巻本文の位置(上原作和)
 今回の発表は、豊富な資料での論証/「諸本の整理が難しい」としながらも諸本のマッピングを提案/「脱文と補入」/「蓬左文庫本を軸にしての再検討を」というものでした。私と問題意識が重なり合うこともあり、刺激的な内容でした。
 
 最近、外食中に腹痛になることがあります。今日もその不安があったので、懇親会でみなさまにご心配をおかけしないようにと思い、勝手ながら欠席させていただきました。
 みなさま、失礼しました。
 またの機会を楽しみにしています。
 よいお歳をお迎えください。
 
 
 

2015年12月18日 (金)

ハーバード本「須磨」の翻字の一部を訂正します

 明日おこなわれる國學院大學での研究発表の準備をしていて、翻字で補訂すべき箇所が見つかりましたので、ここにその補正例を報告します。

 いずれも、なぞった文字は直下の一、二文字に意識が滞留したために、思わず知らず写し忘れていたことに起因するものです。

 ここで補正を加えるのは、従来の翻字方法で刊行した、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、2013年)と『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年)の巻末に収載した「変体仮名翻字版」における翻字です。

 以下にあげる5例すべてが間違った翻字だというのではなくて、なぞりの部分に関してその箇所に書かれている文字の認定の問題から発生した補正です。

 「鈴虫」と「蜻蛉」については、後日追記する形で報告します。
 
 

(A)「遍多てしよ那と/し&し」(「須磨」8ウL3)


151219_hedatesi


 これは、「遍多てし」と書いたつもりが、「てし」の「し」に目が走ったためか「て」が字形をなしていないことに、書写者がすぐに気付いた箇所です。
 そこで、不十分な字形の「て」をあらためて墨を継ぎ足して「て」にし、その次に丁寧に「し」を書き続けています。
 したがって、前掲書の翻字は「遍多てしよ那と/てし〈判読〉&てし」と訂正したいと思います。
 
(B)「【侍】る尓/し&る」(「須磨」5オL2)


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 「侍るに」の「る」は、「し」をなぞったものとして前掲書では翻字しました。しかし、なぞりに関する調査をもとにした検討結果を踏まえて再確認すると、「侍尓」と書いた後、すぐに「尓」を「る」になぞったものだと考えられます。
 したがって、翻字を「【侍】る尓/尓&る」と訂正したいと思います。
 
(C)「那く/△&く・うち」(「須磨」9オL6)


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 「那う」と書いた後に「うちすし」と書こうとしたようです。「那」の次の「う」が、それに続く「く」を書き飛ばしたための「う」であり、しかも曖昧な字形となっています。書写者はすぐにここが「那く」であることに気づいたものと思われます。「う」に目がいったために「那う」と書いてしまったのです。
 したがって、ここの翻字は、「那く/う&く」と訂正したいと思います。
 
(D)「あけ尓あさ可ら須/前あ$、△&け」(「須磨」9ウL2)


151219_akeni


 これは、「あけに」と書くときに、続く「あさからす」の「あ」に目がいってしまい、「あ佐」と書こうとして「佐」の途中で筆を止めたものと思われます。すぐに間違いに気づき、「あさ」の「あ」をミセケチにした後に、書き止しの「佐」を「け」となぞって「尓」と続けているのです。
 翻字としては、「あけ尓あさ可ら須/前あ$、佐〈書止〉&け」と訂正したいと思います。
 ここで付加情報として記述した〈書止〉という符号は、今回新たに設定するものです。今後の「変体仮名翻字版」では、この記述を取り込んだ翻字方針で臨みたいと思います。
 なお、「佐」については、本書には次の字形が散見するので、一例だけをあげておきます。


151219_sama (1ウL8)



 

(E)「ことも/こ&こ」(「須磨」9ウL3)


151219_kotomo


 これは、「ことゝも」と書いてしまい、すぐに「と」の次が踊り字ではないことに気づいたようです。「ことゝ」を「こと」となぞって、直下の「も」に続けた例です。
 翻字を「ことも/ことゝ&こと」と訂正したいと思います。
 
 
 
 

2015年12月10日 (木)

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その25)

 日比谷公園の中にある日比谷図書文化館は、すでに黄葉の絨毯の中にあります。


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 今日の翻字者育成講座は、まず「難波津」の歌を記した木簡が出土したニュースから。
 京都新聞・毎日新聞の記事を使って、先月の講座の翌日27日(金)に京都市埋蔵文化財研究所から発表された内容を確認しました。京都市内で発見された木簡には、「難波津」の歌がほぼ全文書かれていたのです。全文の文字が見つかったのは初めてのことです。
 その一部を拡大して掲示します。


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 ここには、「能」だけが変体仮名で書かれており、後は明治33年に一字に統制された現今の平仮名の字形や字母です。

 これまで、平仮名は女手といって、女性が作り育てて使っていたと説明してきました。
 しかし、9世紀後半の木簡に平仮名で書かれた「難波津」の歌が、しかも今回はその全文が見つかったのです。今の平仮名に非常に近いものです。
 この左側には、この歌の注釈かとも思われる文字列が書かれています(ここでは省略)。

 3年前の11月には、右大臣藤原良相(813~867)の邸宅跡から、「ひとにくしとおもはれ(人憎しと思はれ)」と読めるもの等、平仮名40文字が書かれた皿が見つかりました。
 今回の木簡は、良相邸の皿よりも30年ほど新しいのではないか、とも言われています。
 となると、平仮名は女性の専売特許とは言えなくなりそうです。木簡に文字を書いていたのが、女性だったとは思えないからです。
 草仮名や平仮名がどのようにして完成形に至ったのか、今後の専門家の研究を待ちたいと思います。

 次に、変体仮名の国際標準化に関する資料が公開されたのを受けて、その簡単な説明をしました。
 変体仮名の国際文字コードの提案については、先々月10月19日から23日の間、島根県松江市において松江会議が開催されました。その報告が、IPA情報処理推進機構のページに、やっと掲載されました。

 以下のサイトから、議事録や会議報告などが読めますので、変体仮名の今後の動向に興味をお持ちの方はぜひご覧ください。

「平成27年度第2回 文字情報検討サブワーキンググループ」

 私も、十分に理解できていません。今日は、この報告書の一部を確認しただけです。今後の推移を見守ることにします。
 とにかく、日本の文字の使われ方において、今後は変体仮名が情報交換用の文字として社会生活に浸透することは明らかです。
 こうした動きを、文部科学省はどうするのでしょうか。いつまでも、我関知せず、で押し通すことはできないと思われます。
 その動向が、非常に気になるところです。

 『小説神髄』の初版本における、変体仮名の表記の確認もしました。


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 これまでに、明治4年の『学問のすゝめ』、昭和8年の『春琴抄』を見てきました。それに続いて、明治18年の『小説神髄』の冒頭部分を確認したのです。
 「に」が「尓」「丹」「仁」と、3種類もの字母で書き分けられています。この使い分けに何か法則性があるのか、専門家の説明を探しているところです。

 ハーバード本「蜻蛉」の翻字の確認については、21丁裏から22丁裏までを終えました。

 今日見たところで判断に窮した箇所は、次のような文字でした。


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 左端の「尓多る」(21ウL1)については、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』の翻字では「かたる」として、なぞられている「か」の下の文字は不明(△)とし、その右横に「に(傍記)」と書かれているとしました。
 しかし、その後の検討を経て、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』に巻末資料として収載した「変体仮名翻字版(「蜻蛉」)」では、「尓多る」として、なぞられている「尓」の下の文字は「可」とし、その右横に「尓」が傍記されている、と変更しました。
 このなぞりは、その墨の色から推測するに、本行を書写しているときにすぐに施したものではないように思われます。当座は「かたる」と書かれており、時間の経過があってからなぞりと傍記がなされたのではないか、と私は見ています。

 次の2例の「あ者れ尓」については、「者」と「尓」が紛らわしい字形となっています。
 「尓」は、その下の例にある「所れも」の「所」とも紛らわしいものです。
 その下段の隣に掲げた「者ゝ」についても、しばし考え込む字形です。
 「古ゝ」(22オL7)も、すぐには読み取れない字形です。
 「こと尓可」(22オL10)は、一文字ずつを切り分けるのが大変な文字列となっています。
 その下段の「こゝ」も、どこまでが一文字なのか困る例です。

 写本が読めるようになっても、常に判読に苦しむ文字はついて回ります。
 文章の流れや意味から判断することが、当座の解決策です。それでもすっきりしないときは、他の写本がどのような語句を伝えているかが、解決の糸口を与えてくれます。

 いずれにしても、一文字でも多く翻字をしておくと、こうした紛らわしい文字に出会ったときにも、参考になるはずです。

 場数を踏んで、さまざまな文字に対応できる柔軟な目力と、古典を読む力を養っていきましょう、ということに尽きそうです。

 帰りに乗り換える大手町駅では、少し休憩してから帰ることがあります。
 今日は電飾で飾られたツリーがきれいだったので、写真に収めて来ました。


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 上の階からも見ることができたので、高所恐怖症の私ですが身体の震えを我慢しながらシャッターを切りました。


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 気分転換に新鮮な空気を吸おうと戸外に出ると、粋なライトアップを目にしました。


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 おしゃれな東京を満喫してから、帰路につきました。
 
 
 

2015年12月 8日 (火)

『源氏物語』の本文に関する豊島科研の研究会(ご案内)

 年末の恒例となった、豊島秀範先生の科研による公開研究会に関するご案内です。

 豊島秀範先生が取り組んでおられる科研費研究の基盤研究(C)「源氏物語の新たな本文関係資料の整理とデータ化及び新提言に向けての共同研究」では、第2回となる共同研究会を、平成27年12月19日(土、13:00〜18:00)に開催されます。会場は、國學院大學120周年記念2号館1階2102教室です。
 科研Aの時から通算で22回目となります。

 本文研究の分野は、研究者が極端に少ないのです。
 そうした中で、こうして研究が続けられているのですから、その成果も着実に積み重ねられています。
 地道な基礎研究です。
 すぐには成果が見えてきません。
 資料作成には手間がかかります。
 しかし、こうして長く続けていくうちに、若者が興味を持ってもらえることを願って、倦まず弛まず研究会は続いているのです。

 この研究会では、『源氏物語』の研究の中でも、源氏物語の本文関係の資料を扱った研究の最新の成果が提示されます。
 今の若い研究者には、このような研究があることを知る、よい機会かと思います。
 参加は自由ですので、お気軽にお越しください。
 研究仲間が限られているので、多分に内輪の集まりという雰囲気があるかと思います。
 しかし、会場にいる者に声を掛けてください。
 いろいろなことが教えてもらえて、得るものが多い時間を共有できるはずです。

 今回は、次の研究発表が予定されています。


河内本の本文の特徴―「若紫」巻を中心に―(豊島秀範)

「おぼす」と「おもほす」の偏向(神田久義)

類義語と本文異同(中村一夫)

字母から見たハーバード本「須磨・蜻蛉」と歴博本「鈴虫」(伊藤鉄也)

三条西家源氏学における本文と註釈の形成史(上野英子)

東海大学桃園文庫蔵零本「浮舟」巻本文の位置(上原作和)


 
 
 

2015年12月 7日 (月)

2013年版のオランダ語訳『源氏物語』

 いろいろと行き違いや手続きの煩雑さから、なかなか入手できなかったオランダ語訳『源氏物語』(Het verhaal van Genji)が、先月ようやく手元に届きました。
 ただし、ハードカバー版ではなくて、ペーパーバック版の方です。
 次の写真は、2冊本の内の右が表表紙、左が裏表紙です。


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 これから、この本の解題を現地の方にお願いしますので、詳細は後日になります。

 オランダ語訳『源氏物語』について、現在鋭意更新しながら構築中の「データベース 『源氏物語』翻訳史」(科研Aの HP)を見ると、以下の情報が検索できます。


西暦/元号/言語/重訳の有無/翻訳者/題名/翻訳範囲/備考/出版社

(1)1918/大正7/オランダ語/〈重訳〉/Marinus Willem de Visser(末松謙澄訳)/『Die Genji Monogatari』//※翻訳開始/A. Langen

(2)1930/昭和5/オランダ語/〈重訳〉/Ellen FOREST(Arthur Waley訳)/『Het Verhaal van Prins Genji』/「桐壺〜葵」//Holkema & Warendorf

(3)1969/昭和44/オランダ語/〈重訳〉/Hans Cornelis ten Berge(Arthur Waley訳)/『Yugao』/「夕顔」/※底本:Arthur Waley『The tale of Genji』、5つの能楽作品の翻訳も掲載/

(4)2000/平成12/オランダ語/〈重訳〉/Hans Cornelis ten Berge(Edward G. Seidensticker訳)/『Avondgezichten』/「若紫・花宴・葵・賢木・花散里・須磨・明石」/底本:Edward G. Seidensticker『The Tale of Genji』/Meulenhoff

(5)2008/平成20/オランダ語//Jos Vos/『Eeuwige reizigers』/「賢木・若紫・乙女・御法」//Uitgeverij De Arbeiderspers

 これに、今回入手した Jos Vos氏のオランダ語訳『源氏物語』が加わることになります。

(6)2013/平成25/オランダ語//Jos Vos/『Het verhaal van Genji』/2冊本/電子本あり/

 電子本が同時に刊行されているので、これは海外での『源氏物語』の普及に追い風となることでしょう。また、日本にいる留学生にとっても、助かるはずです。

 とにかく、本という物体を確保するのが大変な上に、その物自体を日本に輸送するのに、書籍代以上に送料が高くつきます。

 私自身は電子本は読みません。というよりも、こうした外国語訳『源氏物語』は、読まないという主義以前の問題として、読めないという現実があります。
 しかし、今回の入手により、書籍が重さとして実感できたことと、異文化を理解する上で重要な意味を持つ、文化表現としての表紙を直に確認できることだけでも、ありがたいものなのです。送料は、実感を伴うための対価だと思うことにしています。

 以上、取り急ぎの報告とします。
 
 
 

2015年12月 5日 (土)

宇治の街歩きと〈運読〉のワークショップ開催

 京都の宇治を舞台にして、「4しょく会 秋のイベント 〈運読〉で楽しむ『源氏物語』〜視覚障害者が古典文学を味わう三つの方法〜」が開催されました。
 主催は、視覚障害者文化を育てる会(4しょく会)で、宇治市源氏物語ミュージアムと、宇治観光ボランティアガイドクラブの協力を得ての大きな行事です。参加者は、北は福島県、西は福岡県に跨がって50人以上となり、当初の予定を大きく上回っての盛会でした。

 私は、宇治にゆかりの深い『源氏物語』をテーマにした内容で参加してもらえないか、という国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんの依頼を受けて、講演とワークショップを担当しました。

 広瀬さんが配布なさったお誘いの文章から、その一部を引きます。


 目で『源氏物語』を読んできた見常者に対し、視覚障害者は「聴読」(耳で読む=録音図書)と「触読」(指で読む=点字図書)という方法で、源氏の世界にアプローチしてきました。
(中略)
 聴読と触読は視覚障害者にとって伝統的な読書法だと定義できますが、じつはその背後には見常者にも共通する「行間を読む」文化があることは重要です。今回の4しょく会イベントでは、視覚障害者発の第三の読書法として「運読」(体で読む=立体コピー)を提案します。
(中略)
 物語を書いた作者、それを筆写した老若男女の思いや息遣いを実感するためには、写本そのものを立体コピーし、指で文字をなぞる身体運動が必要です。墨で書かれた線を指先で辿る行為は、写本作りの追体験ともいえます。千年以上もの間、先人たちの手から手へと伝えられてきた『源氏物語』。その運筆(筆の使い方)の妙味を体感するのが運読なのです。
(中略)
 『源氏物語』の情景を想像しつつ、写本の立体コピーをみんなで解読してみましょう。運読をより効果的なものにするために、今回は実際に『源氏物語』の舞台となった宇治に足を運ぶ予定です。
(中略)
 聴読・触読に加え、運読というユニークな鑑賞法を獲得すれば、視覚障害者にとって古典文学は身近で豊かなものになるでしょう。

 〈運読〉というのは、広瀬さんの造語です。〈聴読〉〈触読〉〈運読〉という3つの読書方法を提示して、多くの方々の注意を惹き付けて、宇治の街歩きを織り込んでの開催です。

 まず、お昼にJR宇治駅の改札口で集合し、4班に分かれて宇治市内の街歩きを楽しみにました。
 駅前では、道路に埋め込まれていた標識の絵柄を確認しました。十二単を着たお姫さまを図案化したものです。


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 宇治橋の袂に座す紫式部像の前では、その姿を手で確認なさっている方がいらっしゃいました。


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 さらに歩いて、源氏物語ミュージアムを見学(聴学)しました。
 入口のいろは紅葉のみごとさは、言葉で説明するのが大変です。


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 ミュージアムの中では、お香体験がみなさん一番印象的だったようです。

 世界遺産の宇治上神社周辺の散策も、紅葉の中を楽しく回りました。


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 平安時代後期の本殿は国宝です。その扁額に「正一位離宮太神」と書かれていることに注意が向きました。「太神」についてボランティアガイドの方と神職の方に尋ねると、「太神」はなぜ「太」の字になっているのかはわからないとのことでした。


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 この扁額は、長く倉庫に眠っていてぼろぼろだったものを、補修をして今年の2月から元あったここに掲げているのだそうです。
 「天照大神」が太陽神であることから「天照太神」と書くこともあるので、それと関連する表記なのでしょうか。どなたか、ご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。

 宇治上神社から宇治神社にもお参りし、知恵の輪も潜りました。


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 宇治川では、鵜と鷺が仲良く日向ぼっこです。


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 平等院は、外から垣間見ただけです。


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 本日の講演とワークショップは、宇治市観光センターが会場です。


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 ここでの内容は、「源氏写本研究の魅力と可能性」と題するもので、用意した『源氏物語』の説明を記したプリント4頁分と、立体コピーと科研の宣伝用リーフレットを配布してお話をしました。
 今日配布した資料は、私の科研のホームページである「古写本『源氏物語』の触読研究」の中の「イベント情報/配布資料・源氏写本研究の魅力と可能性」に、その全文を公開しています。参照いただけると、宇治の地を話題にして〈運読〉の実際をみなさんとやった内容がわかるかと思います。

 今日は、「【心】うかりけるところ可な お尓なとやすむらん」という箇所を立体コピーして配布しました。
 また、その前後を、朗読したものも iPhone を使って流しました。

 みなさん、思いがけない長駆の散策でお疲れのところを、熱心に聞いてくださいました。

 その後半で、名古屋工業大学大学院生の森川恵一さんが開発した、タッチパネルによる古写本触読システムの実演をしました。


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 本邦初の公開実験ということもあり、みなさん興味深くハーバード大学本「蜻蛉」の一節を指でダブルタップして、音声による説明に耳を傾けておられました。

 例えば、「心うかりける」の「心」をダブルタップすると、「心という漢字です」という音声が流れます。次に、もう一度「心」をダブルタップすると、「読み飛ばしましょう!!」という声が聞こえるようになっています。
 私は、漢字は無視して、ひらがな(変体仮名)だけを読むシステムを構築しているところです。
 読むことが困難な漢字は、今はパスすることにしています。

 次に、「うかりける」の「う」をダブルタップすると、「うかりける の う です。うかりける は、憂し の連体形です。憂し は 物事が自分の思うようにならず情けない 嫌だ という意味です。」という説明が流れます。

 今日の初公開で、いろいろと問題点も見えてきました。
 今後のさらなる改良において、おおいに意義深い試行となりました。

 今日は好天にも恵まれ、楽しく宇治を散策できました。
 参加者のみなさま、お疲れさまでした。
 関係者のみなさまも、お疲れさまでした。
 また来年、楽しいイベントでお目にかかりましょう。

 なお、『百人一首』の〈運読〉については、福島県から参加の渡邊寛子さんにいろいろと触っていただき、有益なアドバイスをいただきました。これも、今後とも試行錯誤をする中で、変体仮名の学習システムの中に組み込んでいくつもりです。

 懇親会も多くの参加を得て、いい出会いがたくさんありました。
 今後の楽しい企画も、すでに始動しました。
 みなさん、ありがとうございました。
 
 
 

2015年12月 2日 (水)

視覚障害をテーマとする3本の記事の紹介

 本年10月24日(土)に京都で開催された、第4回日本盲教育史研究会については、本ブログ「日本盲教育史研究会第4回研究会に関する報告」(2015年10月24日)に記した通りです。

 その研究会全体の詳細な報告が公開されたので、以下に2つを紹介します。

 『月刊 視覚障害─その研究と情報─』(障害者団体定期刊行物協会、社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター)という雑誌は、この分野の情報を幅広くよく取り上げています。記者である星野敏康氏は、さまざまな情報を丹念な取材によって的確にまとめておられます。
 今号12月号(No.331、2015 December)では、過日の研究会が要領よく、わかりやすい記事として掲載されています。


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 小見出しの「学校令と源氏物語と海外留学」の項に記されている、私の発表に関する箇所だけを引用します。全体については、同誌をご覧ください。


 つづく国文学研究資料館教授の伊藤鉄也氏は、昨年10月の第3回研究会で紹介されて以来、盲史研会員とも協力しつつ「『源氏物語』を触って読む」研究を続けている。約700年前の鎌倉時代に書写された「須磨」の巻(ハーバード大学美術館蔵)を資料に、毛筆で書かれた変体仮名を立体コピーして触読しようという実証実験だ。日本学術振興会の科学研究費助成事業「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」として採択されている。
 当日配布されたのは写本の影印を1.5倍に拡大し、立体コピーしたもの。続け字や墨継ぎによる文字の濃淡などが再現され、視覚障害者にも「日本の伝統的な筆による書写の文化が体感できる」ようになっている。この実験に参加している福島盲学校国語科教諭の渡邊寛子氏と共立女子大学の尾崎栞氏も紹介され、ふたりは既に変体仮名の触読を始めているとのことだったし、さらに協力者も募集された。画数の多い漢字は難しいが、仮名を読むだけでもストーリーは追える。なにより変体仮名を読めない、知らないという点で、多くの晴眼者・視覚障害者が同じ条件で古典文化に触れられるのがこの研究の魅力だ。発表を待ちきれずに資料を触り出す人がいたのも当然だろう。今後は書写実践や音声支援システム等の導入を目指すだけでなく、変体仮名の触読に必須ともいうべき『変体仮名触読字典』、オンライン版『触読研究ジャーナル』の発行も予定されている。「700年前の写本に挑戦する」という意欲的なこの研究の進展や関連するイベント情報などは「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)でも随時紹介されている。(3~4頁)

 
 また、日本盲教育史研究会から、「日本盲教育史研究会事務局通信№25 2015年11月30日」が会員に配信されました。そこで、日本盲教育史研究会副会長である大橋由昌氏の大会報告があります。
 その中に、私の発表に関する記述がありますので、当該箇所を引きます。


 伊藤氏の報告は、先駆的研究テーマであり、興味深く拝聴しました。豊かなかな文字文化であった平安文学作品を視覚障害者が理解するためには、同じ音を表すかな文字も数種類あるので、より深く鑑賞できる可能性が広がります。ただ現実的な教育現場での活用においては、日本点字考案以前における墨字の読み書き指導の限界性が現場の共通認識であるのですから、小中学部の漢字の構成を学ぶ導入部に使えるのではないかと直感したほかには、文字を触読してみようとする試みは、中途視覚障害者などで、今後趣味の世界などで楽しむ人も出るだろうと思いました。

 共に、私が発表した内容とその意図を的確に捉えた要約であり、すっきりとまとめてくださっています。
 ありがとうございました。
 
 3つ目は、『ノーマライゼーション 障害者の福祉 11月号』(公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会、平成27年11月)に掲載された関場理華氏(展示付き百人一首~百星の会 事務局長)の「かるたを通したコミュニケーション」と題する活動報告です。
 関場氏は、「点字付百人一首~百星の会」を精力的に牽引しておられる方です。


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 「京洛逍遥(375)嵯峨野で「点字付百人一首」を楽しんだ後は時雨殿へ」(2015年08月31日)と、「「点字付百人一首〜百星の会」の紹介と活動内容」(2015年09月01日)で紹介した魅力的な活動は、関場氏なくしては実現しないプロジェクトです。

 今回の記事から、一部を引用します。


 助成金で再度、ボランティアの方々に増産していただいたかるた台を100台と、点字付きの札を持って、大阪・埼玉・千葉・神奈川・京都・静岡・愛知・福岡等で、体験会や用具の電話説明、そんな不眠不休の普及活動(!?)の甲斐あって、全国に散らばる百人一首のファンと繋がることができました。
(中略)
 私たちの会では百人一首だけでなく、点字が苦手な弱視者も触れて分かりやすい「坊主めくり」や、「おやじギャグかるた」等々も点字札を作って、かるたを通したコミュニケーションの場の創設を目指しています。
 視覚に障がいをもつ皆さん! なんでもパソコンで終わらせてしまって、ついつい外出が億劫になってしまっていませんか? 私たちと一緒にかるた取りを楽しんで、人と人との生のコミュニケーションを復活させましょう! (58~60頁)

 この「点字付百人一首」に触発され、『源氏物語』の触読の成果を生かして、変体仮名で書かれたカルタ取りにも挑戦しているところです。

 『源氏物語』の触読につながるように、変体仮名の『百人一首』により、日本の古典文化の主流であった和歌の学習とゲームを取り入れた、新たな触読研究に取り組んでいます。

 多くの方のご理解とご支援をお願いするところです。
 
 
 

2015年11月27日 (金)

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その24)

 最初は、変体仮名に関する話題から。
 「住民基本台帳収録変体仮名」として、現在も住民票で使用されている168字の変体仮名の確認をしました。
 ただし、資料として参照した「ウィキメディア・コモンズ」の「Juki-Gana(住基仮名)」は、その字体が明瞭ではないので、1文字ずつ詳細な確認はしませんでした。


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 次に、福沢諭吉の『学問のすすめ』(明治4年)の巻頭部分の変体仮名を確認しました。
 これは、近代文学館が昭和49年に復刻したものからとりました。


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 巻頭部において、赤丸で囲った「八」「尓」「春”」「連」「累」が変体仮名であることが確認できます。「連」は写本等では見慣れない字形です。

 それに加えて、青丸で囲ったのは、現行のひらがなである「以」「与」「奈」「止」の字体が異なるものが出現している例です。
 「以」は漢字とひらがななの使い分けなので問題はありません。しかし、「与」「奈」「止」については、何か使い分けがあるのか、今の私には不勉強でよくわかりません。
 「止」を見ると、語頭と語中で使い分けているとも思われません。

 ここでは指摘に留めておきます。ご教示いただけると幸いです。

 古写本では、行末や丁末で書き間違いやうっかりしたミスがよく見られることは、これまでにも何度か確認してきました。
 ハーバード本でそうした箇所が続いたので、1例をあげて確認しておきます。

 行末で「いし」(20丁ウラ2行目)をミセケチにして、その右横に「石」と傍記している例です。


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 ここは、「人木石にあらず」という、白居易の新楽府「李夫人」にあることばを引くところです。
 諸本の本文異同は、次のようになっています。


人木いしにあらされは/いし$石[ハ]
   ・・・・521910
 人木いしにあらされは[保]
 人木石にあらされは[大平尾池御正L高国]
 人ほくせきにあらされは[麦阿陽]

 ハーバード本と同じ「木いし」という本文を伝えるのは保坂本だけです。保坂本はハーバード本とは微妙に本文が異なる写本なので、ここでハーバード本が書写している親本が保坂本に類するものだった、とは言えません。
 保坂本も鎌倉時代に書写された写本です。当時、「木いし」と言っていたのかもしれません。

 このミセケチにしている箇所について、書写事情を推測してみましょう。
 ハーバード本のこの場所が行末であることから、書写者は次の行に目も気持ちも移っていて、改行後の書写文字列に注意が向いていたと思われます。そこで、文意を考えずに、つい日常的に聞き知っていた「木いし」と書写してしまったのではないでしょうか。親本の「木石」を「き・いし」と覚えて書写にかかったのかもしれません。
 「木いし」と書いてから、次行の文字を書写しようとして、親本が「木石」であることに気づき、すぐに「いし」をミセケチにして「石」と傍記した、と考えられるところです。

 次は、読みがややこしい例です。

 「木石」の次の行(20丁ウラ3行目)に、「うちしゆんして」とあります。
 ここは『新編全集本』(小学館)などが大島本によって、「うち誦(ずう)じて」としているところに当たります。口ずさんで、という意味です。

 諸本の本文異同を整理すると、ハーバード本は「うちじゅんじて」と「じゅす(誦す)」という読みで理解していると見られます。


うちしゆんして[ハ]・・・・521915
 うちすうして[大]
 うちすんして[平陽国千]
 うちすして[尾阿池御正]
 うちすして/ち←[麦]
 打すうして[L]
 うちすむしつゝ[保]
 うちすむして[高]

 このハーバード本の「ゆ」という文字に関して、「うちしして」ではないか、という意見が出ました。
 次の写真の左側を見てください。


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 確かに「免」のように見えます。
 しかし、写真の真ん中の例にある「免」から、この左の例はやはり「免」ではなくて「ゆん」とすべきことがわかります。これは、上掲写真右側の「しゆ法」(修法)の「ゆ」からも確認できます。

 写本を読んでいると、いろいろな字形に出くわします。筆記体なので、同じ字形はないとも言えます。そうした状況の中を、1文字1文字を読み分けながら、ことばの意味も考えながら翻字を続けています。

 翻字は退屈な作業のように思われがちです。しかし、こうして書写した人のことを想像しながら翻字を進めていると、昔の人の様子を思い描き、その人と対話をする気持ちになれて、けっこう楽しいものです。
 
 
 

2015年11月24日 (火)

平成27年11月18日にお亡くなりになった秋山虔先生へ

 平安時代の文学研究を牽引して来られた秋山虔先生の訃報が、先週の18日に伝わって来ました。突然でした。

 昨秋の中古文学会で先生とお話をしたときのことを、今思い出しています。
 新座にある立教大学で、先生と奥様が仲良くお茶を召し上がりながら、休憩なさっていました。ちょうどお見かけしたので、出来上がったばかりの私が編集したハーバード大学本「蜻蛉」の献本を、直接手渡しで差し上げました。

 先生はいつも、「よくやっているね」と励ましてくださいます。そのときも、「誰にでもできることではないですよ。古写本を整理して、これからの人のためにも、研究環境を整備してください」と、優しくおっしゃってくださいました。

 NPO法人を作るときにも、お手紙やお電話でご相談したり、アドバイスをいただいたりしました。直接の教え子ではない私にまで、ご配慮いただけたことに感謝しています。

 池田亀鑑に関する調査とその成果である編著を刊行するときにも、いろいろとお話をうかがい、編集や構成のヒントをいただきました。

 国文学研究資料館が品川から立川に移転して新館をお披露目した際、当時の館長だった伊井春樹先生から、来賓である秋山先生のお世話係を申し渡されました。
 一日中、秋山先生のおそばにいた日のことは、忘れることができません。館内をご案内しているときや、休憩なさっているときなどに、たくさんのお話をうかがうことができました。

 私などは、秋山先生の学問とはほとんど接点を持たない、古写本や文献資料の整理に明け暮れているだけです。しかし、それでも成果をお届けすると、ご丁寧なお言葉をいただけました。ありがたいことです。研究とは程遠い作業にしか過ぎない私の仕事にも、ご理解をいただけたことは幸せでした。

 今日は、会議が終わるとすぐに国文研を出ました。
 途中、月がクレーンに吊られているように見えたかと思うと、その前をモノレールが通りかかったので、思わずシャッターを切りました。


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 秋山先生のお通夜は、本駒込駅の近くにある臨済宗の養源寺でした。

 記帳を済ますとすぐに、藤原克己先生から声をかけられました。お忙しいのに、お気遣いをありがとうございました。

 本堂の上には、月が爽やかに照っていました。


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 国文学研究資料館の今西祐一郎館長とともにお斎の会場へ行くと、多くの先生方とお話をする機会に恵まれました。これも、秋山先生のお引き合わせです。

 小山利彦先生、『源氏物語【翻訳】事典』の編集再開について承知しました。
 笠間書院の大久保さん、小山先生のお話の通りですので、よろしくお願いします。
 日向一雅先生、関口さんには大いに羽ばたいてもらいましょう。
 堀川貴司先生、国文研で同期だった仲間が大活躍のさまは嬉しいかぎりです。

 多くの先生方にご挨拶できないままに、秋山先生のご冥福をお祈りしながら、斎場を後にしました。
 
 
 

2015年11月21日 (土)

「学術交流フォーラム 2015」でポスター発表をする

 総合研究大学院大学文化科学研究科の「学術交流フォーラム 2015」が、今年も賑やかに開催されました。
 このフォーラムは、文化科学研究科の基盤機関である5つの研究組織(国立民族学博物館、国際日本文化研究センター、国立歴史民俗博物館、放送大学 教育支援センター、国文学研究資料館)が、学生と教員の学術交流を目的として実施されているものです。

 昨年度は、大阪にある国立民族学博物館を会場として、テーマは「文化をカガクする?」でした(2014年12月20日(土)-21日(日))。
 そのとき私は、「視覚障害者と共に古写本『源氏物語』を読むための試み」と題するテーマのポスター発表を行いました。
 これは、科研の「挑戦的萌芽研究」に申請したばかりのときで、これからどのようなことができるか、という内容でした。

 本年度は、「文学際 ―「文化科学」を発見する―」というテーマのもとに、国文学研究資料館が会場です。


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 今回も私は、「指で読めた鎌倉期の写本『源氏物語』 -視覚障害者と文化を共有する-」というポスター発表をしました。
 これは、本年4月に科研「挑戦的萌芽研究」が採択され、次々と成果が出たことを踏まえて報告するものです。
 昨年度から飛躍的に進展した「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)に関する内容なのです。


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 大会議室前のフロアでは、私以外では、以下の通り実に多彩なポスター発表がなされました。


  ■Aグループ■

「野生動物群に対する人為的介入を主題とした実践的研究」
    東城 義則 地域文化学専攻

「日本史における東海道の「旅」」
    倉本 一宏 国際日本研究専攻 教授

「弥生時代前半期北部九州の集落・墓地空間構造の検討」
    宇佐美 智之 国際日本研究専攻

「ハワイ・ホノウリウリ抑留所の変遷とその機能
  ——太平洋の中のホノウリウリ抑留所/収容所——」
    秋山 かおり 日本歴史研究専攻

「指で読めた鎌倉期の写本『源氏物語』
  -視覚障害者と文化を共有する-」
    伊藤 鉄也 日本文学研究専攻 教授

「『徒然草』地名新考」
    黄 昱 日本文学研究専攻

「核融合炉開発の進展とその仕組み」
    池本 憲弘 物理科学研究科 核融合科学専攻

「有害捕獲されたカラスは食資源として利用可能か?」
    塚原 直樹 学融合推進センター 助教

  ■Bグループ■

「配給制度における天津住民の日常食生活に関する考察」
    劉 征宇 地域文化専攻

「フィリピン近代美術における聖母子像の現地化
  -ガロ・B・オカンポ作《褐色の聖母》(1938年)」
    古沢 ゆりあ 比較文化学専攻

「植民地と医学-日本統治下朝鮮における医学者の足跡-」
    松田 利彦 国際日本研究専攻 教授

「うどん屋の看板」
    小島 道裕 日本歴史研究専攻 教授(文化科学研究科長)

「豊後大友氏の居館と城下町-考古学の視点から-」
    永越 信吾 日本歴史研究専攻

「GIS利用により現出される歴史地名・地名の連関性と分布例」
    相田 満 日本文学研究専攻 准教授

「外国語訳『枕草子』問題
  -「春はあけぼの」章段を中心に-」
    張 培華 日本文学研究専攻 修了生

  ■その他■

「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」
    谷川 惠一 日本文学研究専攻 教授

 今日の大会議室での研究発表は、以下の通りでした。


口頭発表 第一部

「『香名引歌之書』-和歌が語る香り-」
    武居 雅子 日本文学研究専攻

「仏教説話を題材とした説経・古浄瑠璃の諸相
             -『阿弥陀胸割』を中心に」
    粂 汐里 日本文学研究専攻

「『方丈記』の受容:夏目漱石とディクソンを中心に」
    ゴウランガ チャラン プラダン 国際日本研究専攻

口頭発表 第二部

「City Museum, City Memory, and People of the City」
    邱 君妮 比較文化学専攻

「古代日韓における彫金技術の変遷と意味」
    金 跳咏 日本歴史研究専攻

 今日は、お隣の国立国語研究所でも、興味深い研究集会が開催されていました。
 休憩時間を利用して、国研の高田智和さんのところへ挨拶に行ってきました。
 漢字を中心にしたテーマで、興味深い成果が発表されていたからです。
 日時が重複したことが惜しまれます。
 明日は、この国研での発表にも参加する予定です。
 
 
 

2015年11月12日 (木)

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その23)

 今日は変体仮名に関してお話することが多すぎて、写本の翻字を確認するのはわずかでした。
 20オモテ3行目から最終行である10行目までを、終わる直前に何とか確認するに留まりました。
 ちょうど今は変体仮名に関するニュースが多い時期だったから、ということでお許しください。

 まずは、国文学研究資料館が開催する国際連携研究「日本文学フォルム」という第3回国際シンポジウムの宣伝からです。
 これは、私が代表者となっているイベントであり、12月12日(土)に開催されるものです。今年度のテーマは「時間を翻訳する」となっています。開催が近づきましたら、またここで紹介します。

 次は、新聞記事をもとにして、現在話題となっている、変体仮名をスマホで学ぶアプリの新聞記事(讀売新聞、2015年11月3日(水))を紹介しながら、変体仮名が今やブームになっていることをお知らせしました。
 これは、早稲田大学と大阪大学で取り組みが進んでいるものです。


(1)「変体仮名あぷり」 早稲田大学とUCLAが開発
  変体仮名の読解能力をゲーム感覚で身につけられるスマートフォンアプリ
    Android版とiOS版をリリース。
     http://www.waseda.jp/top/news/34162

(2)大阪大学の飯倉洋一先生のプロジェクト 科研(挑戦的萌芽研究)
  「日本語の歴史的典籍に関する国際的教育プログラムの開発」
    くずし字をスマホで学習するアプリの開発中
    「KuLA(Kuzushi-zi Leaning Application))」
     http://bokyakusanjin.seesaa.net/article/428414317.html
   「くずし字教育プロジェクト」
     https://plus.google.com/104467959383842469455/posts
(3)国立国語研究所が「学術情報交換用変体仮名」データベース試験公開
     文字画像のPNG/JPGファイルをCCライセンスで提供
     http://kana.ninjal.ac.jp/

 この話をしたら、早速ダウンロードしておられる方がいらっしゃいました。
 変体仮名の受け入れ環境は、着実に形成されていることを実感します。大歓迎です。

 前回の講座のブログ記事(「は」のこと)と、過日実施した放送大学での講座のブログ記事(「お」のこと)も、プリントを参照しながら問題点を確認しました。

 最近私の手元に届いた、ハーバード本「須磨」の冒頭部分を全盲の方が筆写されたものは、少し時間をかけて説明しました。指で立体コピーを触りながら、それを鉛筆で書写していかれたものです。
 5行分です。しかし、この書写された文字は、いろいろなことを考えさせてもらえます。貴重な資料です。
 これについては、後日あらためて紹介しようと思っています。

 今日は、谷崎潤一郎の『春琴抄』の初版本(昭和8年12月刊行、創元社)の装幀と表記についても、時間をかけてお話しました。


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 まずは、次の冒頭部分をみなさんと一緒に、手持ちの録音素材を流しながら確認しました。


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 この冒頭1頁だけでも、ここに出てくる変体仮名は、次のものが確認できます。


本 連 里 春 古 能 阿 志

 この本は昭和8年(1933年)刊行なので、今から82年前になります。その本の文章が、読み出して3文字目の「本んたう」から、もう読めない方が大多数でしょう。

 日本のひらがなのありようは、明治33年に1つに制限されてから、しだいに読めなくなりました。
 今では、変体仮名とされるものは、ほとんどの日本人が読めなくなってしまっているのです。
 この谷崎潤一郎の『春琴抄』などは、そのいい例といえるでしょう。

 こうした中で、ユニコードに変体仮名が認められる流れが生まれたり、スマホのアプリに変体仮名をゲーム感覚で覚えるものが登場しているのです。

 これからの若者たちが、変体仮名を自由に読める環境が整いつつあります。
 『源氏物語』の古写本を変体仮名に注目しながら読むことは、これからますます求められる学習の1つとなることでしょう。

 さらに今日は、名古屋工業大学で開発が進んでいる古写本の音読システム「音で読む機器の開発」の紹介も、YouTubeを映写しながら説明しました。


 そんなこんなで、さまざまなことを話しているうちに、あっという間に時間が経ってしまったのです。
 参加のみなさま、どうもお疲れさまでした。
 
 
 

2015年11月 9日 (月)

名工大で古写本の音声システムが初稼働して感激

 早朝の小雨の中を、名古屋へ向かいました。
 北大路橋から賀茂川沿いに北山を望むと、紅葉が鮮やかになってきたことがわかります。


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 名古屋駅から乗り換えて鶴舞駅まで7分。
 駅前の道をまっすぐ行って突き当たりが、名古屋工業大学です。
 校門前の木々は、京都とはまた異なる色を見せています。


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 雨上がりの舗道に散る色付いた葉が、水たまりに浮いているのもいいものです。


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 名古屋工業大学では、古写本の触読に関して大きな収穫があったので、取り急ぎ書き記しておきます。

 大学院情報工学専攻の橋本芳宏先生と大学院生の森川慧一さん、そして愛知県立名古屋盲学校高等部の細川陽一先生に会い、音声触図学習システムを古写本の触読に応用する今後について、ざっくばらんに話し合いました。

 まず、前回私が提案したこと(2015年10月09日)の確認から。

 Windows で構築されたシステムを Macintosh で同じ動作をするようにするのは、何かと手間がかかるようです。このことは、優先順位を下げることにしました。

 マルチタッチに対応したタッチパネルに関しては、静電容量の関係からさまざまな問題があることを伺い、理解しました。
 当面は、今のシングルタッチタイプで実験を続けることになります。

 ただし、橋本先生からカメラで指の動きを読みとる、という方式の提案がありました。
 カメラで、現在指が置かれている位置を判別し、その指が置かれている位置にある文字に関して、音声でガイダンスをするというものです。
 これは、思いもしなかったことです。また、それがそんなに難しいものではない、ということです。

 古写本の文字は、上から下へと1行に17文字ほどで書写されています。
 その行を触る指の軌跡を監視すればいいので、これは応用範囲が広そうです。
 行末で改行される文字が、一単語の泣き別れの場合は面倒です。しかし、それはまたその時に考えればいいことです。とにかく、これで1行分を何度も読んで説明することができるようになるのです。文章読解への道が拓けます。

 最近は、ノートパソコンやスマホには必ずカメラがついているので、これは有望な改善策となることでしょう。
 今後は、この方式も検討していくことになります。

 前回の打ち合わせで私が提案した中に、ブルートゥースで情報のやり取りを無線化することについては、これもさまざまな問題があることがわかりました。
 しかし、自由な触読の環境を提供する上では、この無線化は無視できません。
 これは、さらなる課題として保留です。

 そんなこんなで、実際にシステムを組んでくださる細川先生の参加で、さまざまな問題点が明らかになり、またその対処策が具体的に話題となりました。
 予想外に、可能となることの多いのに驚きました。
 非常に内容の濃い打ち合わせになっていったのです。

 そうこうするうちに、私が今日の午後に分子科学研究所で古写本の触読について話をすることに関連して、橋本先生から、今すぐできることがあるだろう、と森川さんにふられました。
 つまり、タッチパネルの上に置いた立体コピーの文字を触ると、その文字について音声で説明させる、ということです。データを登録すれば、今すぐにも実現するものなのだそうです。

 実際に、いとも簡単に、「須磨」巻の最初の「よの中」という文字を1文字ずつ押すと、あらかじめ私が渡しておいた説明文を読み上げてくれたのです。しかも、用意した2種類の文を読み分けるのには驚きました。


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 現在できあがっているシステムに、ハーバード大学本「須磨」の巻頭部分をデータ登録してもらい、タッチパネルに置いた立体コピーをダブルタップすると音声で説明を読み上げるテストは、意外に早く、しかも目の前で確認できたのです。

 私が思い描いていた第1段階は、これでクリアできました。あとは、根気強く読み上げデータを登録していけばいいのです。

 さらには、午後の講演の中で、この動画を見てもらったら、ということになりました。
 実作業にあたる森川さんは大変です。しかし、触読を実演する動画ができて、今日の分子科学研究所で見てもらえたら、これに勝るものはありません。
 可能であれば是非にと私からもお願いし、できたものをユーチューブにあげてもらうことになりました。

 私の午後の出番は、3時50分からです。
 できあがったデモ版を、3時までにユーチューブに上げていただけると、私は午後の話の中で、このできたばかりの画像を参会者のみなさまに見ていただくことができます。
 まさに、電光石火の早業です。

 突然の急展開で、森川さんは大忙しとなりました。
 私は、分子科学研究所がある東岡崎駅まで行かなければならないので、11時半になると挨拶もそこそこに、大急ぎで次の場所へ移動することになりました。

 実験の大成功ということもあり、電車の時間にギリギリというタイミングで研究室を出ることになりました。鶴舞駅までは、キャリーバックを引っぱりながら、もと来た道の紅葉した木々を見る余裕もなく街路を走り抜けました。
 どうにか電車には間に合いました。
 道中、用意していた私の話の内容を変更するために、名鉄の特急電車にゆったりと座り、内容を再構成することに没頭することとなりました。
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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