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2007年7月の23件の記事

2007年7月31日 (火)

またまた小さなお引っ越し

 単身赴任の生活も8年になります。こんなに長くなるとは、あの時には思いもしませんでした。

 東京の品川区にある職場が、来年2月から立川市に移転します。
 現在の私の赴任先の住まいは、横浜の金沢文庫という所です。ここから立川までは2時間では行けそうにありません。そこで、毎週の京都からの通勤が可能で、平日に立川に通勤できるという条件を満たす所として、東京の江東区にある宿舎に移り住むことにしました。東京駅に近い所にあるので、京都からも、立川へも何とか通えます。相変わらずの電車移動の日々となりますが。

 奈良から京都への引っ越しが終わったばかりなのですが、また引っ越しです。これが終わると、秋口から職場の引っ越しの荷造りが始まります。今年は、引っ越しに明け暮れることとなります。

 今回の引っ越しは、自分でやるのではなくて、業者に頼むつもりです。現在調査中ですが、単身赴任用として5万円位でできるようです。家具が一切なくて、本の量も知れたものなので、2トン車で十分でしょう。一人で運転してやれるのですが、この暑い時期なので止めておきます。明日から、真剣に業者を探すことにします。

 引っ越しにあたって先ず最初にしたことは、インターネットのプロバイダー探しでした。
 現在は、マンションタイプの部屋に、ヤフーBBの電話線なしのものを引いて使っています。とにかく、つながればいいのですから、何でもいいのです。つながれば、後はドットマックのお世話になるだけです。
 近所の大型量販店のブロードバンドコーナーで相談しました。その結果、「OCN光withフレッツ(NTT東日本エリア用)」というものになりました。「なりました。」というところがミソです。

 私は、NTTは廃業させるべきだと公言しています。
 これまでにNTTがやってきた悪行の数々に対して、日本人はあまりにも寛容すぎると思います。
 国策として電話線を全国に引き回した功績は評価します。しかし、その上に胡座をかき、民間の参入を拒み、呆れるほどの酷い低技術力で私を始めとする多くの市民を苦しめてきました。この会社がふんぞり返っていたお陰で、とんだ迷惑を被った人が多いと思います。もっとも、被害を受けたと自覚しないままに今がある人が大多数でしょうが……。
 膨大な失策の中でも、ISDNという愚かな商品を売ったことは記憶に新しいことでしょう。日本のインターネットの普及を阻んだのも、そのレベルが伸びなかったのも、みんなNTTの自己保身の戦略の犠牲でした。

 これまでに、私のホームページ〈へぐり通信〉で、以下のような記事を書きました。10年も前のものですが、興味のある奇特な方はお立ちよりください。参考までに、その記事のタイトルとアドレスを記しておきます。

(1)ISDN移行へのドタバタ騒ぎ(1996.7.19)
(2)「INSテレホーダイ」の不気味さ(1996.7.24)
http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/hitec_folder/R4.2_hitec_01_1995.html

(3)NTT電話の怪〈1998.7.28/31補訂〉
http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/hitec_folder/R4.2_hitec_03_1997.html

 それやこれやの苦い体験を経て、電話会社を選べるようになった数年前からは、NTTの回線は局内だけで、電話関係のすべてはKDDIと契約しています。
 NTTは、自分たちが社会の技術的な進歩の邪魔をしているのだ、という自覚を一日も早く持つべきです。そのことを、我々は教えてあげるべきだと思っています。もっとも、NTT自身は、そんなことは重々承知しているので、教えてもらうには及ばない、と言うのでしょうが。

 いつまでも日本にこのような会社を残しておいてはいけないと思います。

 それなのに、今回なぜ私がNTTの光ネットを契約したのか、ということです。
 まず第1に、今回移転する建物には、すでにNTTの光回線が各部屋に配線されていたのです。せっかくあるのなら、当分はあるものを使って様子を見ようと思いました。
 第2に、私としては、ヤフーBBを使うつもりだったのですが、1年後の利用料金を計算すると、NTTが格段に安いのです。これは、いろいろな条件が複合してのものです。
 こんな事態があるので、こうしたことに対するヤフー側の対処も、1日も早くなされるべきです。安かろう悪かろうというのは、そんなに長くは続きません。時間の問題なのですから。

 とにかく、京都の新居では徹底的にNTTを排除したのですが、今度は仮住まいということもあり、節操もなく現実と妥協です。
 実は、2ヶ月ほど使った後に、NTTに解約手数料の5,000円をとられたとしても得をする秘策を教えてもらっています。こんなことを教える店員も店員ですが、それを実行しようとする私も私です。私のNTT批判に賛同してのアドバイスがもらえたのです。
 こんなことがあるのを、各社ともに知りながらの顧客争いなのでしょう。いずれにしても、利用者が快適に使える環境を提供することを第一に、通信各社のみなさんが、一致協力して事業を進められることを願うのみです。

 引っ越しに伴い、現在通っているスポーツクラブも変わらざるを得ません。
 今は、全国に支店をもつクラブに入っているので、非常に重宝しています。今は、神奈川県の川崎にあるクラブの会員です。ところが、京都の自宅の近くにある支店に行っても、300円を払えば普通に利用できるのです。女房も2週間前に会員になったので、一緒にエアロビクスなどのクラスに入って汗をかいています。なかなか便利に使えるので、今回の移転でスポーツクラブを変えたくはありません。このクラブは、職場の移転先にもあるのですから。

 再来週から住む所と、勤務先を結ぶ線上にある支店の一覧を眺めて、銀座店に眼をつけました。そして、実際に店に足を運び、話を聞いてきました。
 所属を移すことにともなう問題は何もありません。しかし、川崎店に比べて銀座店は施設が相当劣ります。
 立地条件から当然とはいえ、スペースが狭いことが一番の問題でしょう。プールは18メートルが2本しかないのです。普通は25メートルが8本はあります。また、お風呂がなくて、シャワーだけなのです。湯船に浸かれないのは痛手です。
 言えばきりのないほど貧弱な施設ですが、銀座という場所が魅力です。何がいいといって、すぐ隣にアップルストアの銀座店があるのですから。毎日アップルストアに立ち寄れるのです。パソコンやiPodの調子が悪い時には、すぐに相談に行けます。新製品もすぐに確認できます。

 半月後からは、刺激的な日々が送れそうです。
 これは楽しくなってきました。

2007年7月30日 (月)

京都の別称はこんなにある

 京都は古い都だけに、その呼び方も多彩です。
 私も、自分のホームページに「京洛」ということばを冠しています。
 そこで、京都のことを表現するのにどんな名前があるのかを、江戸時代の文学に詳しい入口敦志氏に教えてもらいました。

 以下のリストを見て、いくつご存知のものがあるでしょうか。
 これは、江戸時代に出版された本の奥付などから、京都の別称に当たるものを集めて一覧にしたものです。だいたい18世紀に確認できる資料から抜き出したものだと思ってください。

 それでは、ごゆっくりとご覧ください。

京(きょう)
京兆(けいちょう)
京城(けいじょう)
京師(けいし)
京洛(きょうらく)
京畿(けいき)
京華(けいか)
中原(ちゅうげん)
中土(ちゅうど)
中州(ちゅうしゅう)
九重城(ここのえのしろ?)
帝王州(ていおうしゅう)
帝畿(ていき)
帝都(ていと)
平安(へいあん)
洛(らく)
洛〓[〓=水+ム+矢](らくし)
洛〓[〓=水+内](らくぜい)
洛下(らっか)
洛中(らくちゅう)
洛之〓[〓=水+ム+矢](らくしし)
洛城(らくじょう)
洛水(らくすい)
洛畿(らくき)
洛邑(らくゆう)
洛陽(らくよう)
洛陽城(らくようじょう)
清洛(せいらく)
玉京(ぎょくきょう)
王城(おうじょう)
皇京(こうきょう)
皇城(こうじょう)
皇州(こうしゅう)
皇畿(こうき)
皇都(こうと)
神州(しんしゅう)
西京(さいきょう)
西都(さいと)
輦轂之下(れんこくのした)
都畿(とき)
長安(ちょうあん)

2007年7月29日 (日)

スクーバ・ダイビング(5)

 今日は、スクーバ・ダイビングの筆記テストでした。
 昨日は所属する研究会での司会や発表などがあり、帰ったのも遅くて試験対策が出来ませんでした。今朝はやっつけで練習問題の答えを暗記しながらの泥縄方式です。3時間ほど勉強して、ダイビングスクールへ行きました。

 少し早く行って、計算問題の解き方でわからないところを教えてもらいました。
 どんなことかと言うと、人間はダイビング中に空気に79パーセント含まれる窒素を吸収します。その窒素ガスが身体の細胞に溶け込む量が多いと、人体に悪影響を及ぼすことになります。というか、生命を脅かすものとなります。
 身体に吸収される窒素の量は、潜る深さと時間とに密接に関係します。うまく身体から窒素を排出しないと、減圧症といわれる重大な被害を人体に及ぼします。そこで、窒素の量を限界内に留めるために、ダイブテーブルやダイブコンピュータを使って、潜る深さや時間や休憩時間などをあらかじめ計算して計画し、安全なダイビングをすることになります。
 簡単に例え話で言うと、炭酸飲料のフタを開けた時に、泡が噴き出します。あの、不要な泡が体内に留まっていると、疲労感や酷い場合には意識不明になるのだそうです。

 そんなことにならないように、あらかじめ潜水計画を立てる際に、潜る深さと時間と休息時間を計算をして、減圧症にならないようにするのです。もしくは、ダイビング中に何かの事情で潜水深度が深くなり過ぎたり、潜水時間が延びたりした場合に備えて、実際には、ダイブコンピュータという腕時計式のものを使います。私も、8万円以上もするダイブコンピュータという腕時計を買いました。不測の事態に命を守るための投資と観念しての買い物です。しかし、コンピュータは壊れることがある、というすばらしい考えの元に、小さなボードに記された表を使って計算する練習をするのです。なんと人間的な発想でしょうか。
 そのプレートボードは、こんなものです。まずは表面。

Rf1i0oa6_s計算表1


そして、裏面です。

T01iltd6_s計算表2


 コンピュータに全幅の信頼を置かない思想に共感します。しかし、こんな表をもとにしての勉強は、できることなら逃げたいものです。今回限りと言い聞かせないと、ノイローゼになります。

 そんなことばかりを言っているわけにはいきません。テストでは、この計算問題が1割以上とのこと。つまり、6・7問はこの問題が出るので、この対策が合否を分けるとも言えましょう。ただし、合格のラインは示されていません。これが、社会人のライセンスらしいところです。
 この試験自体がそんなに厳密なものではなくて、緩やかな監視の元に実施されるようです。また、採点も厳しくはないとのこと。しかし、それを鵜呑みにするのも不安が伴うので、可能な限りの努力をするしかないのです。試験前の学生の心境が、こんな時によくわかります。気休めに聞こえる慰めは、こんな時には不要なのです。

 さて、インストラクターの方には、テキストにあった練習問題について、3問を質問しました。いずれも、上記の表を使って答えを出すものです。
 例えば、こんな質問があるのです。

「最初のダイビング:18m/50分、2回目のダイビング:14m/60分。この反復ダイビングを実行するために必要な最小水面休息時間はどのくらいですか?
 a. 0:42
 b. 1:34
 c. 1:18
 d. 1:00 」

 表が印刷されたプレートをひっくり返しながら悪戦苦闘しても、こんな練習問題はわかりません。このプレートに説明書が付いていたのを知らなかったので、自習段階で皆目わからないのは当然です。授業で聞いた説明を思い出しながらやってみましたが、時間ばかりが経つのです。

 質問をしたインストラクターの方は、どうもこの問題がよく分からない方だったようで、しばらく自信なさそうに沈黙の後、相当時間が経ってからようやく説明をして教えてくださいました。こんな時は、誰か分かる人はいませんか、と相手を外す発言はためらわれます。日本的な発想による、事態の雰囲気を悪くしたくない、という心優しい思いやりの文化を共有しているせいでしょうか。
 しかし、次の問題で手も足もでないことになって躓いたその方は、もう一人のインストラクターにバトンタッチとなりました。そして、今度の方の説明によると、先ほど教えてもらった遣り方は、まったく違う説明だったことがわかりました。もちろん、そんなことはこの方に告げ口はしません。とにかく、試験を受ける直前なのですから。主催者側の気分を悪くしかねないことはしないのが、日本の対人関係を円滑に保つ対処方法です。
 それにしても、さきほどの方は、なんといい加減な……。わからないなら、はっきりとわからないと言うべきでしょう。むだな時間を過ごしたことになります。
 新しいインストラクターの方の説明で、ようやくプレートを使って計算して答えを出す方法がわかりました。
 また、水中生物によるケガの原因について、テキストの説明では「水中生物の自己防衛」が正解で「水中生物の母性防御」が間違いになっていました。これは同じことではないかと尋ねると、その通りだが、テキストにはいろいろと間違いがあるので、とかなんとか弁明しておられました。
 確かに、今回使用したテキストは、誤字・脱字・日本語として変な表現などが散見します。英語版を日本語訳して作ったものなので、そこは仕方のないことでしょう。正しい日本語の知識は海底に捨て置いて、とにかくこのテキストを使うしかありません。

 さて、試験がスタートです。
 四択の問題が48問と、五つの項目を並べ替えるものが2問、計50問でした。

 自信のないものもありましたが、すべてを記入して提出しました。試験時間は無制限だとのことでしたが、30分ほどで終えることができました。
 表を使っての計算問題は6問か7問ありました。それも、レベルの高いもので、脳みそは加熱状態でした。
 すべてを答え終わった後は、もう見直す気力もなく、すぐにそのまま提出しました。どうにでもなれ、というか、もう一度、問題を見たり考えたりするのが億劫になったのです。早く開放されたかったからでしょうか。

 優しく的確に説明してくれたインストラクターの方は、すぐに目の前で採点してくれました。どうやら、採点する中で出来なかったところを先生と生徒が一緒に確認して、確実に知識を身に付けるという学習方法の意義を、性善説のもとに実施するテストのようです。信頼の上に立った仲間意識は、試験を受けた身にとっては、本当にいい考え方だと思われます。

 私の結果は、50問中まちがいは2問とのことでした。その間違い箇所の説明を聞いて、一つは私が問題文を誤解して答えたものでしたが、もう一つはどうも納得できません。
 問題は、水深10mでコップに空気を入れて、それを引き上げて水面までもって来ると、中の空気はどうなるか、というものでした。
 私は、空気が溢れて零れ出るとしたのですが、間違っていると言われるのです。2気圧の水中でコップいっぱいに入れた空気は、1気圧の水面に出ると、コップの中の空気は膨張して外に出るはずです。そうであるからこそ、水中から浮上する時には、肺の過膨張に細心の注意を払うのです。緊急浮上する時も、肺が膨張するので、口からは息を少しずつ吐きながら上昇するのだと教わりました。
 そんなことを説明すると、私の方が正しいとのこと。それ以上の話は不要だと思い、私としてはそこで打ち切りました。
 思うに、どうやら元が英語のテスト問題だったせいか、その日本語訳に関わる不備がこんなところに潜んでいるようです。上記の問題も、模範解答から推測するに、水深10mでコップに空気を入れるという表現が、どうやらおかしいのでは、と思われます。つまり、水深10mの所に空気を入れたコップを下ろして引き上げた、という場合を想定しての問題なのではないでしょうか。
 いずれにしても、練習問題の5回分と、今回のテスト問題も解答用紙も引き上げられているので、確認のしようがありません。
 何割できたら合格だとか、そうした基準も示されていません。
 また、私の採点も、おそらくたくさんの間違いがあるのではないでしょうか。合格ということなので、内心ではホッとしてはいます。そんなに厳密な学力試験ではないので、たいした問題にはならないのでしょうが、今後のためには、もう少し厳密にとは言わないまでも、あまり疑問が残らないような実施運用をしてはどうだろうか、と思いました。

 何はともあれ、これで、やっと肩の荷が下りました。
 あとは、来週末の伊豆での2日間の海洋実習です。
 体育会系の合宿ではないとのことなので、楽しんで来たいと思います。
 実際には、思うように自然の中で動けなくて、悔しい思いをするのでしょう。しかし、とにかくこれはスタートなので、焦らずにリラックスして、たくさんのスキルを習得してくるつもりです。

 そして、エジプトにあって地中海の花嫁とも呼ばれる港町アレクサンドリアの海に潜り、クレオパトラが着けていたペンダント(何故これなのかは自分でも不明)を、小野小町で有名な秋田県生まれの妻にプレゼントするという願いを叶えたいものです。多分に、苦労をさせ続けている贖罪の気持ちからのことですが……。
 今回のライセンスは18mまでしか潜れません。さらなる精進を重ね、もっと深くまで潜れるライセンスの取得を目指すつもりです。
 (楊貴妃のペンダント?については、私が愚かなる中国嫌いなので、長安郊外の温泉保養地・華清池を潜って探す気はありません。どうせ、まがいものしか出ないでしょうから。)

2007年7月28日 (土)

弁護士は美味しい仕事?

 ちょうど1年前に、私の車の後部がぶつけられました。

Nyph9ln7_s接触事故現場


 写真の中央で赤いテールランプの車が私のものです。その手前右が、ぶつかって来た相手側車輌です。
 場所は、奈良の自宅近くの天然温泉施設の入り口。
 ブログに新名所としての記事を書こうと思っての、いわゆる取材を兼ねて行ったのです。それが、こんな形での報告と化しました。

 とにかく、この温泉はいつも満員です。この日も、入口で駐車待ちをしていた時に、帰りを急ぐ車にぶつけられたのです。小さな事故ですが、いろいろと興味深いことが付随していたので、忘れないうちに書いておきましょう。京都に住まう身となり、それまでの奈良を懐かしむ中での想い出話の一つとして。

 写真を見てわかる通り、私は右奥の駐車場へ行きたいのですが、右前に対向車がいるために動けません。その後ろには、出て来る車がつながっています。
 ぶつかってきた加害者の車のタイヤの向きを確認してください。実は、この駐車場から出るためには、写真の右側に曲がらないといけません。もしくは、直進です。このように写真の左へ行くと、そこには壁があります。
 また、前の通りを挟んで、さらに大きな駐車場があるので、そこへ行く人の通路を確保するためにも、私は自分の車の左側を人が通れるほどの隙間を空けて停まっていました。

 接触部分は、こんな状況でした。

0k2cqw0p_s接触部分



 私の車の右後輪の位置と、加害者側の車の右後輪の食い込むV字の角度を見てください。私は、前にも後ろにも行けない状態で、ぶつかる瞬間をバックミラー越しに見ているしかありませんでした。衝撃を感じるとともに、車外に出て状況を確認しました。
 私がここに来た目的が地元の温泉取材ということもあり、ポケットには愛用のカメラを入れていました。この事故の直後の様子をたくさん撮りました。撮影中、相手方の車に乗っていた方は、他の車が出られないからすぐに車を移動しろ、とか、いつまで写真をとっているのだ、と叫んでおられましたが、私は無視して写真を撮り続けました。運転されていたのは奥さんのようでした。カメラの前に立たれるので、なかなか思うようなアングルで撮影できません。私は、しつこくシャッターを切っていました。とにかく、何事も事実を記録することが大事ですから。
 少し興奮気味の相手を刺激しないように、フラッシュは控えました。SONYのサイバーショットは、夜でもフラッシュなしで撮影できます。後でパソコンで再現できるのは、デジタルカメラの一番の利点です。

 まずおもしろかったのは、この事故をどこに報告するかです。
 私は、温泉のフロントの方に尋ねて、まずは生駒警察署に電話をしました。自分が住んでいる地域を管轄するのは、西和警察署だと思っていました。しかし、言われるままに生駒警察に電話をしました。
 ところが、事故の場所を聞いた生駒警察は、西和警察署に届けろと言うのです。この生駒警察のいい加減さは、かつてホームページで「痴漢は性差の文化的問題か ―被害対策の事例報告をかねて―(2001.2.27)」(http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/tankyuu_folder/R1.1_chikan.htm)と題して報告した、あの不真面目な警察署です。
 結局は生駒警察が来たのですが、この事故現場は両警察署の管轄範囲の境界上にあったために、このように警察署がたらい回しにしたのです。
 2人の警官が来て、事情聴取と事故車輌の被害の確認がなされました。そして、お互いが保険会社に連絡することなどを確認して、その場を離れました。この日の取材は取り止めにしました。

 翌日すぐに、加入していた自動車保険の会社に連絡をして、手続きを進めてもらいました。撮影した事故現場での写真も、ネットで送りました。そして、すべてを保険会社にまかせました。車の修理をするタイミングも相談しました。
 どのような経緯からだったのかは失念しましたが、私の保険には弁護士特約がついていたので、それで対処してもらうことになりました。おそらく、相手側が私の方にも過失があると言って来たためだと思います。
 私には過失は皆無だと信じていたので、その旨を保険会社に伝えたところ、交渉などは弁護士にまかせることになりました。弁護士に入ってもらっても、私の費用負担はなくて、また保険の評価も下がらないとのことでした。

 とにかく昨年の8月から9月にかけては、ロシアに行ったり、国内出張などが立て込んでいる時期でした。大阪北浜にある弁護士事務所へ行って経過説明をしたのは、3ヶ月後でした。
 土曜日の午後、弁護士事務所で事故の経緯を説明しました。
 弁護士は、事故現場の図面を、鉛筆と定規を使って、丁寧に作図されました。こんな小さな事故なのに何と丁寧なことか、と感心しました。1時間半ほどだったでしょうか。何度も書いては消して、詳細な図面ができあがりました。その弁護士さんは忙しい忙しいと言いながら、土曜日にわざわざ出勤して手作業で図面を作られる意味が、その時の私にはわかりませんでした。わざわざ私のためにこんなにしてくれて、本当に親切な方だと思いました。

 相手方が非を全面的に認めないので、弁護士から以下の「請求書」という書面が送られました。



        請  求  書

           平成18年11月28日
大阪府・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・ 殿
           大阪市・・・・・・・・ビル5階
                   ・・法律事務所
                   ・・・・氏代理人
                   弁護士 ・・・・
           (電話 06ー・・・・ー・・・・)
           (FAX 06ー・・・・ー・・・・)

前略  当職は,・・・・氏(以下,「通知人」といいます。)の代理人として本書を呈します。
 さて,貴殿は,平成18年8月・・日午後8時40分ころ,奈良県生駒市・・・・所在の「・・・・温泉」南側出入口付近において,普通乗用自動車(大阪・・・・)を運転して・・・・温泉駐車場(北)から左方道路(東)へ大回りで左折進行するにあたり,同温泉駐車場に進入するために同駐車場の出入口付近にて先頭を北東に向けて停車して待機していた通知人運転車両(奈良・・・・)に接触しないように十分に安全確認し,車間距離を保持して進行すべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠り,十分に通知人車両との車間距離を確認しないまま,大回りに左折進行しようとしたことから,貴殿車両の右後角を通知人車両の右側後部に接触させるという事故を起こされました。
 そして,この事故により,・・・・氏所有車両は損傷を受け,修理費として金4万0601円の損害が発生しています。
 本件事故は,上記のとおり,貴殿に安全確認義務違反・車間距離保持義務違反の一方的な過失責任のある事故です。
 ついては,貴殿おいて,・・・・氏の披った物的損害金4万0601円を全額賠償いただく必要がありますので,貴殿に対し,本書をもちまして,上記金4万0601円を請求いたします。
 本書到着後,1週間以内に,上記金員全額を当職まで持参または送金して全額お支払ください。
 万一,貴殿が上記期限までに上記金員の支払をされず,かつ,当職に対し何らの連絡もされない場合には,貴殿に対し,弁護士費用を加算した上で,速やかに裁判手続をとらざるを得ないと思料しておりますので,ご承知置きください。
 いずれにしても,本件に関しては,今後,当職が,・・・・氏の一切の窓口を相務めますので,よろしくお願いします。
 上記要用のみにて失礼します。
                    草 々




 あからさまに、支払わないと裁判をするぞ、という脅しに近いものとなっています。これで、まったく不利な立場の相手方は、支払わざるをえなくなるのです。結果的には、この強気が功を奏しました。加害者側はすぐに全額を支払うことで決着しました。
 とにかく、写真という証拠は、大きな威力を発揮しました。
 その後、弁護士から「事故解決に関する承諾書(免責証書)」が送られてきました。相手方の保険会社から、自動車の修理費用も振り込まれてきました。

 私には過失がなかったことで終わり、ホッとしました。
 そんな時に、保険会社から弁護士に支払われた内容を明記した書類が届きました。それを見て驚いたことはもちろん、過般、弁護士事務所での弁護士の対応のバカ丁寧だったことの舞台裏が見えました。

 その送られて来た書面には、「弁護士費用等担保特約保険金」として、「198,020円」と「20,000円」の2回の振込みが弁護士事務所になされていたのです。
 当該弁護士は、私への対応に関わる報酬として、約21万円を手にされたのです。
 いくら特殊な職業とはいえ、これは結構な商売です。
 金額の妥当性を云々する根拠はないのですが、休みの日に出勤して、いい年をした男がパリッとしたスーツを着込んで、バカ丁寧に鉛筆と消しゴムを使って図面を作成するだけの価値は、この報酬を考えると理解できます。

 私がホームページ〈へぐり通信〉に「海外留学と保険契約 −驚くべき損害保険会社の対応を裁判体験から報告する−」と題する報告をしたのは、2004年5月でした(http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/R1.3.0_hoken_top.html)。
 そこでは、本当にいい加減な東京地方裁判所の裁判官のことや、平気で嘘をつき通す保険会社の弁護士に対する憤りを記しました。

 特権に守られて仕事をする方々の、私には理解できないところを、今回また一つ見た思いです。

2007年7月27日 (金)

スクーバ・ダイビング(4)

 水深4メートルのプールでのダイビング実習は、今日で最後です。
 まずは、200メートルを泳ぐテストでした。これは、とにかく足をつかずに泳ぎきればいいので、日ごろから鍛えている水泳の調子でできました。
 続いて、水の上に10分間ジッと浮いたままでいる、という課題「サバイバルフロート」をこなしました。ウエットスーツを着ての水面浮游なので、楽に浮いていられました。それにしても、10分も水の上でプカリプカリは初めての体験です。リラックスする訓練だと思って、ボーッと天井を見ていました。やってみると、10分は意外に短いものだと感じました。3分間チキンラーメンを待つ方が、長く感じるのではないでしょうか。

 さて、今日はこれまで学んだスキルの復習でした。初めてやったのは、パワー・インフレーター・ホースといって、ボンベから空気を送るホースを外して、また付けるというものでした。また、足がつった時の直し方や、疲労したダイバーを曳行する訓練もしました。

 総復習が終わってから、自由に4メートルの水底を泳ぐ時になって、急に体が軽くなり、水面の方にだんだんと上がってしまいました。そして、なかなか沈めなくて苦労しました。後で聞くと、ボンベの空気が減っていたために、そのボンベが浮きの働きをして浮力が大きくなったことが原因のようでした。水の中では、いろんなことがあるものです。

 まだ初心者の域を出られませんが、一先ずはやるべきことは一通りやり終えました。実感は乏しいのですが、思い出すといろいろと出来そうなので怖くなります。

 残るは、ダイビングに関するペーパーテストです。3日後に試験を受ける予約をして帰りました。さて、これから試験対策のラストスバートです。暗記が多いので、この年では限界を感じます。覚えていられないのです。
 体内窒素の残留に関する計算問題は、もう頭がパニックです。

 来週は、伊豆長岡温泉にある大瀬崎という所で、最後の海洋実習です。本当に海に潜るのです。不安が潜行する中での期待は、非常に複雑な思いを体感させてくれています。
 さて、どうなりますか。
 その前に、とにかく試験勉強です。

2007年7月26日 (木)

井上靖卒読(12)『花と波濤』

 この小説は、男2人女3人が繰り広げる恋愛物語です。
 女主人公である佐竹紀代子の目を通して語られ物語は、純粋な愛を文章で追究するものとなっています。男である井上に、よくこんな女性心理が描けるものだと、感心しながら読み進みました。
 男の心理描写はごく自然です。それでは、女性はどうでしょうか。この作品を女性が読むと、同じように女性の心理描写を自然に受け取るものなのでしょうか。このことが、知りたくなりました。

 作中で、「紀代子にしろ、この女にしろ、戦前には決して見られなかった若い女性の型だった。」(94頁、講談社文庫)とあります。作者は、戦後という新しい時代の新しい女性を描きたかったようです。それは、明るく清潔な文章によって成功したと思います。

 最終章で、やっと私にとって待望の月が出ました。
 砂浜の月、賀茂川の月、満月の夜に認められた紀代子の決意と別れの手紙。しかし、その背景にある月は、あまり効果的なものではないように思います。まだ、月の設定が井上の小説の中に生かされていないと感じました。

 物語も、何となく人物が描ききれないままに終わっています。スッキリしません。煮え切らない登場人物たちが織りなす、思い悩む恋物語であるせいでもありましょう。私は井上らしい、明るい明日がみえないものとなっている点が不満です。透明感はあるのですが、時間と共に濁っていくのです。

 この作品は、『あすなろ物語』と同時に連載が開始されたものです。男から見た人生に対して、本作品は女から見た人生を語るものです。その書き分けが、精力的な執筆時期でもあり、疲れの中で最後の甘さが出たのでは、と思われます。【3】


 なお、今後も作品に関する参考情報として、ウエブサイト「文庫本限定! 井上靖作品館」(http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/)で公開されているデータを抄出させてもらいます。
 このデータベースは、非常に広範囲にデータを収集し、国民的な財産となるような整理をして公開されているものです。井上靖のことを調べようとおもったら、まずはこのサイトを確認することです。
 ますますの充実を声援しつつ、多いに有効活用をさせていただきます。

初出誌:婦人生活
連載期間:1953年1月号〜12月号
収録文庫・全集:講談社文庫

映画の題名:花と波濤
制作:新東宝
監督:松林宗恵
封切年月:1954年3月
主演俳優:上原謙、久慈あさみ

2007年7月25日 (水)

読書雑記(1)吉村昭『死顔』

 私が好きな作家の一人である、吉村昭氏の小説から始めます。

Nem606ku 単行本


 『死顔』(新潮社、2006・11・20)は、吉村氏の遺作短編集です。本書には、5編が収録されています。その中の2作、「二人」と「死顔」に、私は注目しています。それは、吉村氏の小説作法が解明できるものだと思うからです。

 この2作は、兄の死をめぐる同想の小説です。「二人」は平成15年1月に、「死顔」は平成18年10月に、共に『新潮』に発表されたものです。間に、4年弱の時間があります。
 本書の巻末に、吉村氏夫人の津村節子氏が「遺作について ―後書きに代えて」を書いておられます。その中で、この作品については次のように語られています。

 吉村は入院前に書き上げていた短編「死顔」があった。(中略)小説を書くだけの体力気力はなかったのである。かれにとって書斎が唯一心安らぐ場所で、「死顔」の推敲という仕事があってよかった、と思う。(154頁)


 「死顔」は、まさに吉村氏の遺作なのです。そして、これに対する吉村氏の推敲の手は、執拗に入れられたのです。
 津村氏は、さらに次のように語ります。

 「死顔」の推敲は、果てもなく訂正し続けた細かい字が並び、それを挿入する個所が印してある。あれはいい作品よ。私が言うのだから信じてね、と言っても納得した顔はしなかった。七月十八日の日記に、―死はこんなにあっさり訪れてくるものなのか。急速に死が近づいてくるのがよくわかる。ありがたいことだ。但し書斎に残してきた短編「死顔」に加筆しないのが気がかり―と記されている。(155頁)


 この吉村氏がこだわり続けた推敲の跡を辿ることは、それこそ吉村氏の小説作法が見えてくることにつながると思います。「二人」から「死顔」への流れと、「死顔」の飽くなき推敲の検証は、今の私に、それができる時間があればやりたいことですが、どなかたがなさるのであれば、応援したいと思います。
 吉村氏がこの「死顔」の出来に拘ったのは、前作の「二人」の内容との重複に納得できないものがあり、それを解消するための戦いを推敲作業の中でするつもりだったからではないでしょうか。前作にあった女の話が、遺作にはまったくないことなどは、こうした吉村氏の小説を仕上げる手法と関係しているように思っています。

 津村氏の追悼文(後書き)は、次の文章で閉じられています。

 「死顔」のゲラ校正は、私がかれのためにしてやれる最後の仕事となったが、幕末の蘭方医佐藤泰然が、自分の死期が近いことを知って高額な医薬品の服用を拒み、食物も断って死を迎えたことが書かれている。
 ―医学の門外漢である私は、死が近づいているか否か判断のしようがなく、それは不可能である。―と書いているが、遺言に延命治療は望まない、と記したかれは、佐藤泰然の如く自らの死を決したのである。
 作中、私が褒めた場面で、川があたかも激流のように、こまかい波を立てて流れ下っている描写があるが、かれの父の死が引き潮時であったように、吉村が息を引き取ったのは七月三十一日の未明、二時三十八分であった。
(157頁)


 なお、本書所収の「クレイスロック号遭難」は未定稿であり、この作品のタイトルも津村氏が付したものだ、との編集部注記が巻末に記されています。
 私はこの作品を読んで、「小説と言えるかどうか。史実の描写のみ。ロシア人の死と日英のことに関係がない。」というメモを記しました。
 編集部の注記を知り、幕末から明治に関する吉村氏の創作の構想が窺えるものとして、資料的な意味を汲んで本書に収載されたものであることを、後で知ったのです。何も知らずに読んで変な思いを抱いたのは、それでよかったのですが、最初に断りがあっても良かったかな、と今となっては思われます。こうした事情は、事前に知らされる方がいいのではないでしょうか。

 吉村氏の生きざまが垣間見えるこの短編集は、これまでの吉村小説を読み直すきっかけを与えてくれるものとなりました。

2007年7月24日 (火)

不可解なモニタの修理代金

R1lrbr_6_sモニタ背面



 私が使っているパソコンは、アップルのマッキントッシュです。メインのマシンはiMac(20インチ、写真の後ろに見えている)ですが、その外部モニタに30インチを並べています。これは、A4用紙を2枚並べても余白に余裕がある広さです。本体の20インチとともに、いろいろな資料を画面の中に並べられるので、非常に重宝しています。
 その30インチのモニタを後ろで支える部品が、根元からバキッと折れてしまいました。


Veyyqhzi_s3本のビス




 早速業者に連絡したところ、この支えに当たる部品だけを取り寄せることはできないとのことでした。モニタ本体を送り返して修理をしてもらうのだそうです。修理代金は5万6000円と聞こえました。確かそのはずです。2000円位で部品を送ってもらえれば、こちらで簡単に直せると思っていたのでびっくり仰天です。

 写真を見てもらえばわかるように、3本のビスで止めてあるだけです。そのビスのところからプラスチックが割れたのです。
 割れた部品を嵌め込むと、こうなります。


Opnbnziw_s支え


 部品さえあれば、子供にでも直せます。

 法外な値段に呆れ果てています。アップルも、サポートのすべてを一元化したために、このような笑い話のようなことが発生するのでしょう。サポート契約を結べばいいとの考えもあるのでしょうが、これはすでに3年以上も前の商品です。
 また、写真を見ればわかるように、上からビスでプラスチックを止めていることに疑問を持ちました。つっかい棒のようにして大きくて重たいモニタを後ろから支えるのですから、下側からビスで止めれば、もっと強く支えられるはずです。これでは、股裂き状態に耐えられない構造です。アップルの知恵のある技術者が考えた結果なのでしょう。しかし、素人には、このビス止めの方法はカミワザ過ぎて理解できません。

 こんなことに6万円近くも払えません。壁に立て掛けて使うつもりです。アロンアルファで固定してもいいですし。

 アップルのサポート(?)に疑問を持ちました。
 iPodやiPhoneで世界を制覇しつつあるのは大方の認めるところです。今後は、パソコンがその形を変えていくのはわかります。しかし、それとサポート体勢は違います。パソコン関連の事業に、アップルが見切りをつけないことを願っています。

 これまでの20数年間に、目先の現金に走ったシャープは論外として、技術力を喪失したNEC、役割が分からずに迷走する富士通などなど、多くのパソコンメーカーに裏切られてきました。

 アップルがそのようなことをしないことを信じています。

2007年7月19日 (木)

紫式部巻

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 「紫式部の巻」という『源氏物語』の新しい巻が見つかったのではありません。京都大学附属図書館に、「紫式部の巻」という明暦4(1658)年に刊行された刊本があります。しかし、これはそれでもありません。

 自宅の近くのスーパーマーケットのお総菜売り場に、「紫式部巻」という巻き寿司があります。ボリュームたっぷりなので、一本で満腹となります。
 この命名は何に由来するのでしょうか。
 ネットで検索したところ、以下の情報が得られました。

紫式部巻 780円 18cm×5.5cm しばわかめ、ふき、高野豆腐、桜でんぶ、玉子、きゅうり、味付しいたけ、えび、いか数の子、かに風味かまぼこ、かんぴょう、サーモン


 これは、節分の恵方巻に関するもので、ネットでの予約注文のページにあったものです。札幌発の情報であることがおもしろいと思いました。この製造元は、おせち料理にもこの「紫式部巻」を取り合わせて販売しています。
 どうやら、平安朝の十二単にあやかって、12種類の具材を巻き込んだところから、紫式部という名前を呼び込んだもののようです。ただし、私が見つけた近所の「紫式部巻」は、値段が千円を越えているので、相当いい具材を使っているようです。食べてみましたが、そのあたりはわかりませんでした。
 また、紫式部はイワシが大好物だったという説があります。真偽のほどは別にして、この「紫式部巻」にイワシを入れるほどの洒落っ気はないようです。寿司で使う醤油のことを「ムラサキ」といいますが、これも関係ないのでしょうか。天然伊勢海老に「紫式部」というものがありますが、これでもないようです。

 別に「十二単の招福巻」というものもあります。

十二単の招福巻 980円 予約限定:瀬戸内海産焼き穴子、えび、おぼろ、高野豆腐、カニカマ、しいたけ、かんぴょう、玉子、きゅうり、いんげん、ごぼう、人参


 この二品の違いを見ると、こんな具合です。

【共通する具材】
高野豆腐、玉子、しいたけ、えび、きゅうり、かんぴょう
【紫式部巻だけの具材】
しばわかめ、ふき、桜でんぶ、いか数の子、かに風味かまぼこ、サーモン
【十二単の招福巻だけの具材】
瀬戸内海産焼き穴子、おぼろ、カニカマ、いんげん、ごぼう、人参

 ウーン、もう何もひらめきません。

2007年7月18日 (水)

スクーバ・ダイビング(3)

 ダイビングのプールでの実習は3回目となります。
 前回は鼻から水を飲んだり、口に水が入ったりで、水中で悪戦苦闘しました。その記憶が残っていたので、今日は行くのが何となく気詰まりな気がしていました。しかし、それでは何も出来ないので、とにかく足を向けました。学校に行きたくない時の気持ちがこれなのでしょう。

 まずはスポーツクラブのラウンジで、これまでダイビングの講習用のテキストで勉強したことの半分ではありますが、テキストの練習問題(2回分)を解いた紙をもとにして自己採点をしました。
 9割くらいのできでだったでしょうか。間違った1割は、記述式の問題です。述べている内容がピンボケでした。ダイビングのテキストを理解するのも大変です。あと3回分の練習問題が残っています。
 実際に海で実習をうける2週間後までに、都合5回分の練習問題を見てもらい、出来なかったところの復習をしてから、本テストを受けることになっています。受験生の気分で取り組んでいます。電車の中では、教本のテキストにかじりついています。

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258頁の本なので、結構なボリュームです。

 午後8時半から実習です。
 今日からは、自分のスーツ、マスク、フィン(足ヒレ)でのダイビング練習です。とにかく、水に入るまでの準備が大変です。水中をさ迷うということは、生と死が隣り合わせのことをするので、道具に神経を配るのは当然のことです。事故が一番怖いのですから。
 私は、腰に巻くウエイトとしての重りを、左右2キロづつつけて水の中に入りました。しかし、それでは体が沈まないのです。さらに1キロづつ足して、ようやく水中で静止できました。痩せ型で脂肪がない体なので、浮力が足りないのです。

 早速、スクーバ・ダイビングで必要なスキルの練習です。早くも、水中でマスクを外し、口で呼吸をしながら付け直す脱着訓練です。前回は、ここで水が鼻から入ってきて閉口しました。緊張の一瞬でしたが、今日は、おっかなびっくりながらも、難なくクリアしました。マスクで鼻を覆わない状態で、レギュレーターだけで呼吸ができたのです。口だけで呼吸をしても、鼻から水が入ってこないことが、体で覚えることができました。今日の一大収穫です。
 本日の難関と思って神経質になっていたのですが、関門を突破してホッと一息です。出来てしまえば何でもないのですね。考えすぎるからだ、とインストラクターの方から言われ続けていたことの一つが、これでとりあえず解決しました。

 水中4メートルまで潜行しました。1メートル潜る毎に、頻繁に耳の空気抜きをするように指示を受けていたのですが、私は難なく潜ることができました。今日はもう一人の方と一緒の講習でしたが、後で聞くと、その方は空気抜きがうまくいかず、耳が痛かったのと、鼻に水が入って苦しいし痛いし大変だったとか。一緒に水中にいたのですが、そんな状態だとはつゆ知らず、慣れた人だなと思っていたのは的外れだったことがわかりました。人の体と心の中の状態は、こちらも必死なせいか分からないものです。

 水底で呼吸だけで浮き沈みするのは、もう得意なスキルとなっています。しかし、おもしろく上下しているうちに、突然浮上しだしたのです。あれよあれよという間に、水面に出てしまいました。水中でのバランスを崩して浮き出した時に、足をバタバタさせたために上へ上へと移動したようです。
 後でインストラクターからは、フィンで蹴るからますます上にあがるんですよ、と笑いながらのアドバイスをもらいました。じっとしていたらよかったのです。何とかしなくては、との思いから、足をバタバタさせたのです。中々むつかしいものです。

 水深3メートルの位置を確保しながら、ゆっくりと泳ぐ練習も、体がいうことを利かず、思い通りにならない我が体にアイソがつきそうになりました。方向転換も、水中ではぎこちなくて情けないことです。
 とにかく、何事もあせらずに繰り返し練習をして、水中生活に体を慣らすことに尽きるようです。

 今日の圧巻は、タンクの空気がなくなったという想定での、緊急事態の訓練でした。自分の空気がなくなり、バディといわれる同行の人の予備の空気源を借りる、というものです。オクトパスと呼ばれるこのバックアップ空気源は、本当によく考えられた装備です。

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 まず、自分の空気がなくなったことを相手に伝え、そして相手のオクトパスを借りるのです。練習とはいえ、自分のレギュレーターという空気取り入れ具を外すのに勇気がいります。そして、相手のものを受け取って付け替えるまでは、やはり心臓がドキドキです。何とかうまくいって一安心。相手との水中でのコミュニケーションの大切さを痛感する場面です。
 スクーバ・ダイビングは、奥の深いスポーツのようです。
 このコースで勉強することは、これでほとんど終わりです。ライセンス用手帳には、終了内容のチェックがされています。

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 何とか資格を取得できそうなところまできました。一通り終わりましたが、海での実習の前に、もう一度プールでの練習をすることにしています。

2007年7月17日 (火)

電車を待つ心理

Ixmw_au9_s整列乗車の線を跨ぐ


 電車を待つ時に、整列乗車をするのがマナーとされています。
 関東はきちんと並んでいるのに、関西は列を作らないといわれています。関西から関東に通勤する身としては、近ごろはそんなに極端な差はないように思います。最近は、関西も並ぶ人が多いようです。私鉄などでは、沿線の雰囲気も大いに関係すると思われます。

 さて、今朝の京都駅でのことです。上京するために新幹線を待っていた時です。自由席に座るために並ぼうとしたところ、すでに一人の男性が列の先頭に立っていました。私は、その立つ位置に興味をおぼえました。ホームに引かれた線は2列に並ぶようになっているのですが、私の前の方は、その線のちょうど真ん中を跨ぐようにして立っておられるのです。私は、その内側の後ろに立ちました。次の人は、私の後ろに、そして次々と前の人に倣うので、列は1列で長くなります。

 もし、先頭の人が2列の内の左右どちらかに立てば、私はその横に、そして後ろの人は多少の乱れはあっても、2列で並ぶことになる可能性が高くなります。

 なぜ、先頭の人は真ん中に、左右に人が来ないようにして一人で立つのでしょうか。これは、よくあるパターンなので、考えてみました。
 そこには、自由席なので何とか座りたい、という心理が大きなウエイトを占めます。指定席なら、このような並び方にはならないでしょう。
 先頭の人の心理として、自分が最初に車内に入り、空いている一番いい席を確保したいのです。隣に並ぶ人に先を越されたくないし、また先を競うことを避けたいためにも、自分が並んだ列の横に人が来にくいように、2列分の線の真ん中に立つのではないでしょうか。
 座席に座った時に、隣に人が来にくいように自分の荷物を隣の席にソッと置いておく心理と同じなのです。そのお陰で、新幹線の自由席の3列シートの真ん中は、ほとんど空き席です。新幹線は、飛び込んでも自由席の3列シートには必ずと言っていいほど座れます。

 案の定、列車到着と同時に、ドアが開くやいなや先頭の方は飛び込んで行かれました。お目当ては、2列シートの窓側だったようです。

 ホームの混雑緩和のためにも、一列に並ばないような工夫が必要です。どうすれば、引いてある線の通りに2列に並んでもらえるのか。3列乗車の場合などは、せいぜい2列に並んでいればいいところです。
 他人と肩を触れ合って電車を待つことに、抵抗感もあります。それならば、体を密着させないですむ間隔で並ぶように、ゆとりをもった列を指示すればいいのかもしれません。

 駅では、ホームに線や矢印やマイク放送などで注意を喚起しておられるようですが、決め手を欠くようです。
 よく眼にする光景なので、何か対処法はないかと思い、少し考えてみました。

2007年7月16日 (月)

京洛逍遥(11)祇園祭・宵山

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 昨年の大晦日に「京洛逍遥(10)京の台所・錦市場」をブログ〈たたみこも平群の里から〉にアップしましたが、今春そのサーバーがダウンして以来、久しぶりの京洛の逍遥記です。

 祇園祭の山鉾巡行の前夜にあたる宵山は、祭りの中でももっとも活気があります。
 台風一過、小雨の残る中をブラブラと散策しました。
 この前に祇園祭に来たのは、小学生の頃に両親に連れられてだったと思います。四十数年ぶりとは、本当にご無沙汰でした。

 まずは「鯉山」から見ました。
 町屋の中を通り抜けて町席のどん詰まりに、ロウソクをあげるところがあります。

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 ここで30円を納めて火をつけてもらうと、周りにいた子どもたちがみんなで歌を歌ってくれました。大変かわいくて、なかなか温かいおもてなしです。

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 町席には、立派なタペストリーが飾られています。山鉾の回りを飾るものです。これは、16世紀にベルギーで作られたタペストリーで、ギリシャ神話「イーリアス」をもとにしたものです。伊達政宗の家臣の支倉常長が遣欧使節としてローマを訪れた折に、法王から贈られた5枚の内の一枚だそうです。昭和25年に重要文化財に指定され、いつもは京都国立博物館にありますが、この祇園祭の4日間だけはこの鯉山町に里帰りをし、ガラス越しではなくて直接見ることができます。
 鯉山は、鯉が黄河の難所である龍門を登りきって龍になったという、有名な登竜門の故事に因む町です。真偽のほどは知りませんが、左甚五郎作の鯉もみごとです。
 鯉山町の町席は、こんな雰囲気です。

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 街中を歩くと、屏風祭といって、町内の旧家や老舗が秘蔵の屏風や掛け軸を飾っています。それを、窓越しに見るのですが、これがまた京都らしい雰囲気を醸し出しています。
 今回、一番気に入ったのは、この着物の見せ方でした。なかなか憎いしつらいで、京の品を感じました。

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 山や鉾のそばでは、粽(ちまき)を売っています。これは、門口の飾りで、疫病や災難を除けてくれる、無病息災の神符です。スサノオノミコトと蘇民将来の話でよく知られているものです。5月の端午の節句で粽を食べるのと同じ意味合いがあります。
 私は、黒主山で粽をもらいました。一つ300円です。
 男の子が2人で、一生懸命になって粽を売っているのです。この子に魅かれて、ここの粽を買ってしまいました。

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 黒主山は、平安初期の歌人で六歌仙の一人である大友黒主がご神体です。黒主が桜の花を仰ぎ見る姿を、人形で表現していました。

 夜も更け、お腹が空きました。溢れんばかりの屋台が所狭しと並んでいます。しかし、衛生面で不安が残るので、どうしても避けます。中華料理屋がありましたが、薬品づけや違法なニセ食材が混入しているという、渦中の中国の食材を口にする勇気はありません。宵山を散策がてら食事をするところを探しました。しかし、飲み屋はたくさんありましたが、食事のできる所は見当たりません。少し歩いて、錦市場の近くで京料理屋を見つけました。鱧の入ったご飯やおばんざいを盛った、祇園祭ならではの特別メニューでした。
 カボチャの煮物は冷凍ものを使っているらしくて、食感に違和感がありましたが、味は薄味で上品でした。

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 今年は、室町通りを北上する道を散策したので、来年は新町通りを抜けましょう。
 それにしても、よくもこれだけの人が集まったものです。それも、浴衣姿の女性の多さには驚きました。男性もそこそこ眼に付きます。
 このような時に、日本の民族衣裳の一つが生きているのを見ると、嬉しくなります。私も、来年は着物で来ましょう。
 たくさんの出店の中の一つで、青海波の鼻緒のゲタを買いました。
 

2007年7月15日 (日)

久しぶりの二千円札を手に

 郵便局の窓口で、お釣りとして二千円札をもらいました。しかも、新札です。
 最初はお釣りの中に五千円札が混じっているのかと思いました。しかし、よく見ると、久しぶりの対面となった二千円札でした。まだ、このお札は流通していたのですね……。つい、どうしていたの、と声をかけたくなります。本当にご無沙汰でした。

 二千円札がデビューした年のその月に、私は二千円札およびその紙幣の絵柄となった『国宝 源氏物語絵巻 鈴虫巻』に関して、『「源氏物語」の異本を読む-「鈴虫」の場合』(臨川書店、京都、平13)という本を刊行しました。

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結局二千円札は話題にならなかったこともあり、拙著はブームという風に乗れませんでした。

 久しぶりに出会った二千円札でしたが、駅で切符を買う時に、自動券売機では扱ってくれませんでした。街中の自動販売機も……。対面での支払いに使うしかないようです。
 この紙幣は、今はどうなっているのでしようか。お役人さんたちの世界で、そして一般の人たちの中で。
 このお札は、あまり知られないままに消えていく運命にあるようですね……。
 二千円札は『源氏物語』に関する絵柄なので、今年の〈源氏物語千年紀〉の機運に乗じて再復活してもいいのですが、お役人さんたちは、もうこれには興味がないようです。

 折角、紙幣を通して日本の古典文学にも眼を向けてもらう絶好のチャンスだったのに、うまく活かしきれないままに幕引きのようです。残念なことです。

2007年7月13日 (金)

今春まで書いていたブログの継続を断念

 今春まで、「たたみこも平群の里から」と題するブログで、快調に更新を重ねていました。200回を超す記事をアップしていました。
 ところが今春(3月25日)、突然にサーバーがダウンしたのです。これまでのブログが、その日を限りにすべてが消失したのです。

 以下のアドレスで昨年までの記事は確認できます。

http://www.npo-genjimonogatari.org/blog/genjiito/index.php

 サーバーを運営していた会社は、当然のごとく責任は取ってくれません。契約上そうなのだそうですが、まったくもって知らぬ存ぜぬで無責任なものです。しっかりとバックアップを取っていなかったそうです。こちらもそうだったのでお互い様ですが、それにしてもいいかげんな会社です。

 以来、私のブログはまったく読めなくなりました。業者の報告によると、ハードウエアの事故のため、データの復旧は不可能ということです。欠陥商品をよく手にする私ですが、パソコンやネットワークでのトラブルも頻繁です。今回も、いつものことと言えばそれまでですが、それにもめげず何事もなかったかのように生きています……。

 そこで、グーグルという巨大なシステムを活用することにしました。「続・たたみこも平群の里から」と題して、壊れたサーバーを受けて発信拠点を変更して再出発しました。私にとっては第3弾のブログです。グーグルからの発信ならば、問題があっても、なにがしかのデータ救出は可能性が大きいと思われたからです。
 しかし、それも何かと使い勝手がよくなかった所へ、突然の引っ越しもあり、京都でのプロバイダーが運営するネットワークでのブログに統一することにしました。つまり、私にとって、これは第4弾のブログです。

 そうこうする内に、壊れたサーバーから公開していたデータを、仲間がどうにか再構築してくれました。ただし、昨年末までのもの179件と、新年から3月までの中からは1件のみですが……。
 200件中の180件がどうにか回復できました。たくさんの記事が復活して、少し安堵しました。
 これからは、今年に入ってから3月までに書いた20件のものを、なんとかして思い出しながら書き足したいものです。実際には不可能ですが、書けそうなものもあるので、いずれ、ということにしておきます。

 ブログは、ネットに繋げた状態で書くことが多いので、文章は送信したらそれまでなのです。ただし、写真は、そのすべてが手元にあります。これは、一度編集したものをアップするからです。

 ここに、1月下旬以降3月中旬までに公開した項目のリストを揚げます。
 この後にもいくつか掲載したのですが、そのリストは後日ここに追加します。

Vbcwl2bm_s消失したブログの項目一覧


 これらの記事に関する画像はあるのですが、その中身にあたる文章がないのです。
 こんな私のブログの内容を、テキストかプリントアウトかでお持ちの方がいらっしゃいませんでしょうか。もしお持ちでしたら、連絡をください。

 いつも思うことです。こまめにバックアップを取っておくんでした。
 コンピュータに関わって20年、バックアップを取っていなかったことで泣かされ続けています。

2007年7月12日 (木)

いい仕事をするロフト

 一月前、突然、腕時計が止まっていました。
 そして最近、腕時計が遅れることがあります。
 私の腕時計は、7年前にスイスの山の麓で買ったものです。高級品ではありません。しかし、まったくと言っていいほど狂わない時計です。それが、どうしたことか変なのです。

 時計屋さんに持って行って、とにかく電池を交換してもらうつもりでした。しかし、つい通勤の行き帰りの慌ただしさに、行きそびれていました。

 今日は、時計を何とかしようと思った、ちょうどその時、私の目の前にロフトがあり、時計の修理コーナーが見えました。これ幸いと、さっそく電池交換をお願いしました。15分かかるとのことだったので、しばらく店内をブラブラして受け取りに行って驚きました。電池の交換は不要だとのことなのです。

 店員さんは親切に説明してくれました。そして、手渡された記録カードから引いておきましょう。
 ・電池の残量は1.56ボルトなので、十分使える状態である。
 ・時計の日差は+0.3で問題はない。
 ・裏ぶたのパッキンが少し劣化している。
 ・ケースのフタに錆がある。
 ・時計の内部が、磁気の影響を強く受けている。
 ・機械内部に錆がある。
 以上の結論として、今回は磁気を少し放出しただけで、電池交換は不要、料金は無料、とのことでした。

 この時計は、下の息子が小学六年生の時に、卒業旅行としてイギリス・ドイツ・リヒテンシュタイン・スイスへ連れて行った時に、自分への土産として買ったものです。CANDINOという、有名な会社のものではありませんが、まったく狂わないお気に入りの時計です。

 店員さんいわく、もう大分使っておられるので、そろそろ分解修理をする時期です、とのことでした。そうなのです。一度もオーバーホールをしていませんでした。次に遅れるようなことがあったら、すぐに分解掃除をしてもらいましょう。五年に一度は点検を、とのアドバイスをもらいました。

 それにしても、無料で時計の検査をしてもらったことになります。説明も丁寧でした。
 JR川崎駅に隣接するラゾーナ川崎の2階にあるロフトの内海さんは、ほんとうにいい仕事をしています。縁もゆかりもない者ですが、ますますの活躍を祈念しています。

2007年7月11日 (水)

心身(5)「シャイ」の私

 現在私は、二つのメガネを持ち歩いています。外出時には遠くを見るメガネを、屋内では中近レンズのメガネを掛けます。取っ換え引っ換え、メガネを掛け替えるのは面倒ですが……。
 仕事帰りなどで書店に立ち寄った時は、書棚の前で中近メガネをカバンから取り出して掛け替えるのです。そして、店を出る時には、遠くを見るメガネにまた掛け替えます。遠中近の三つの機能を持つメガネをしていたこともありますが、首を上下に振るのと、視野が狭いのでやめました。肩凝りと眼の疲れがひどくなったからです。

 そんな私が、スクーバ・ダイビングで使用するマスクには、度付きのレンズを付けることになります。広い海の中やお魚さんたちを見るのに、遠くが見えないと潜水している意味がありません。また、手元の計器類を確認するのも大切なことです。ということで、私には海中では遠近レンズが必要になるのです。
 ついでに、現在使っている2本のメガネも調べてもらうことにしました。眼が疲れやすくなっていることもあり、どうも使い心地が悪くなっているように思えるからです。

 メガネ屋さんで、いろいろな検査をされました。お定まりの、前に映し出される文字や、丸の切れ目を答えるのです。
 突然、「しゃいですか?」と聞かれました。すぐに「内気で恥ずかしがり屋」の意味での「シャイ(shy)」かと思いましたが、どうも話の流れに合いません。よく意味がわからないので、鸚鵡返しに尋ねたところ、「ものがズレて見えることはありませんか?」とのこと。
 「しゃい」の「しゃ」は「斜視」の「斜」のようです。「い」はどんな漢字を当てるのかはわかりませんでしたが、どうやら私は「しゃい」だということで話が進んでいきました。そして、今使っているメガネにはプリズムが入っていて、それでうまく像がブレないように調整されているようです。いつも行く奈良のメガネ屋さんは、そんな小細工を知らない間にしていてくれたのです。
 そして、中近レンズのメガネが、ズレが大きくなってきているそうです。確かに、偏光レンズで丸を見ていると、しだいに丸が左右に分かれて離れていくのです。そのせいで、目が疲れていたのだそうです。遠くを見るメガネは問題ないとのこと。中近レンズの上の端で、もう少し遠くが見えるものにしてもらうことで決まりました。

 帰ってから、辞書で「しゃい」を調べてみました。

(A)『広辞苑 第五版』しゃ-い 【斜位 】
  胎児が母体内で、横位と縦位との間の斜めの位置をとること。

(B)『新辞林』『大辞林 第三版』しゃ-い【斜位】
  (1)胎位の異常の一。
     妊娠中に胎児の縦軸と子宮の縦軸が斜めに交差した状態。
  (2)眼球の視軸が潜在的にずれている状態。

(C)『新英和・和英中辞典』しゃい 【斜位】
  【医】 〈眼球の〉 encliticism; heterophoria.

 メガネ屋さんが使ったのは、どうやら「斜位」という表記のことばのようです。
 辞書を見比べてみると、『岩波国語辞典 第六版』に立項されていないことがわかりました。また、『広辞苑』には立項されていても、眼球に関する意味は記されていません。

 どうでもいいことですが、街で出会った専門用語の一つ、ということで取り上げてみました。

2007年7月10日 (火)

ド派手な「舞妓Haaaan!!!」

 テンションの高い映画です。何も情報を持たずに、それも通り掛かりに観たせいか、話の展開の意外性を大いに楽しみました。奇想天外な発想に、脳ミソをくすぐられます。
 内容の概略については、インターネットに公式のウェブサイトがあります。
http://www.maikohaaaan.com
 ここでは、至れり尽くせりの情報が満載です。これを見てから観る人も多いことでしょう。

 主人公は、京都のお茶屋で舞妓さんと野球拳をすることを夢見ています。最後に実現させるのですが、私は野球拳からリンハルト先生を思い出しました。
 ウィーン大学のリンハルト先生は、昭和17年に山片蟠桃賞をとられました。一昨年の夏、ウィー大学で開催された「EAJS」という学会でお目にかかりました。著書は『拳の文化史』(角川書店)。虎拳、狐拳、虫拳、そしてジャンケンなどなど。日本文化の中での拳を通して、日本社会の力の構造を探求しておられるのです。先生は、祇園のお茶屋で虎拳を研究としてなさったとか。海外から見る日本の魅力は、日本に定住している者にはわからないのかもしれません。文化というものは、本当におもしろいものです。

 お茶屋についても、映画を観た後に、明治時代に海外へのお土産用として作られた写真を思い出しました。それは、『THE JAPANESE TEA-HOUSE. The Social Restaurant.』(高木庭次郎、明治39年、玉村写真館)というものです(これは近々公開されるはずです)。その序文に、こう記されています。

The Japanese tea-house(social restaurant) is a national institution,and is patronised by all classes of society,there being many grades of these refreshment houses,from the highest to the lowest. These sketches represent the middle class tea-house,and thus,from a moral point of view,the repesentations are in no way extraordinary.

【日本のお茶屋(社交の場としてのレストラン)は、日本の慣習の一つで、日本社会に存在する身分階級の上から下まで、階級ごとに多くのお茶屋が運営されています。この絵では中流階級のお茶屋が描かれています。したがって、ここに描かれている表現は決して風変わりで驚くべきものというわけではありません。】

 この写真集には、お茶屋でのあそびの作法について、一つ一つの写真に説明があります。今で言えば、日本の文化の紹介ですが、当時は外国人に興味を持たれた珍しいものとして、商品価値を有するお土産だったようです。

 「舞妓Haaaan!!!」も、日本の伝統的な文化を自分とは切り離されたものとして眺めて楽しむものとなったお茶屋でのあそびが、明治の頃に外国人が興味を示したことと同じレベルで見せてくれます。
 今から百年前に外から日本を見たのと同じような視点で描いたこの映画は、日本の文化が外から興味本位で覗き見する対象になったことを示すものだと思います。

 気付かなかった日本の伝統文化を、このようにして再認識するのは、行き詰まった日本の将来を考える上で、メディアからの問題提起として、非常に好ましいものになっていると思います。
 難しくなくて、こうした楽しいものに形を変えて日本文化の魅力が提示されることは、日本再認識のいい手法だと言えましょう。

 また一つ、いい映画が出来上がったようです。

2007年7月 9日 (月)

スクーバ・ダイビング(2)

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 ダイビングの講習の2日目は実習からでした。
 この写真は実習をするプールで、小さいながらも深さは4メートルあります。
 まず、自分で器具をセットして、それを背負って水中へ。
 何をするのか、うまくいくのか、水中での呼吸が苦しならないか、などなど、初心者なればこその不安な思いが交錯します。
 水中でゴーグルを外す練習で、外してから着ける間に、どうしても鼻から水を吸ってしまいます。昨日はできたのに……。マウスピースで口から空気を取り入れるのですが、口呼吸だけでなく鼻も使ってしまうのです。ランニングの時に、鼻で吸って口から吐く癖が出てしまうようです。インストラクターからは、意識しすぎだとのアドバイスをもらいましたが、今日はもう断念です。マウスピースを外して空気を移動したり、ゴーグルに水を入れて鼻息で出したりできるのに、意識し出すと思うようにできなくなったのです。
 そのせいもあって、背負っている酸素ボンベの付いたジャケットの脱着訓練も、最後のところで口が「い」の字になって、水を飲んでしまいました。おしい、と言われてこれまた失敗。
 水中に寝そべり、肺呼吸だけで浮き沈みするのは、気持ちよくできました。呼吸だけで、1メートルも上下に移動するのです。不思議なものです。
 インストラクターからは、何度もリラックスして、という注意を受ける講習でした。
 午後の学科は、潮流や干満の勉強と、海中での窒素酔いと減圧症、そしてダイビング計画立案上の計算などなど、もう頭はパニックです。
 今日は、海底ケーブルの仕事をしているという男性と2人の受講でした。
 実習も講義も、水中でこうしたことが本当にできるのか、大いに不安になりましたが、なんとかなるさの気持ちしか頼るものがありません。
 宿題も出され、海での実習までに筆記試験もあります。なかなかハードなライセンス取得となりました。

2007年7月 8日 (日)

スクーバ・ダイビング(1)

 スクーバ・ダイビングの講習初日の報告です。
 何となく地中海を潜って見たくなり、スクーバ・ダイビングの国際ライセンスを取ることにしました。試しに体験実習を受けたところ、思ったより呼吸が楽で、身に付ける機材も重くなかったので、それではと本格的に資格取得にまっしぐらです。
 いつも利用しているスポーツクラブで受講して取得できるとのこと。ただし、ここ数ヶ月は引っ越しのために週末は体が空いていなかったので、ようやく講習を受けることになりました。予約を4回も延期しました。

 朝の10時半から夕方5時までの講習を2日受けます。
 初日の午前は、ダイビングのテキストを使ってのお勉強です。国際共通テキストの日本語版のようです。丁寧に構成された親切なテキストです。
 発行は「PADIジャパン」(URL www.padi.com)

 まずは、気圧と水圧のお勉強を通して、水中で無重力状態で静止できることの理由を理解します。ペットボトルを使った写真や図版で、次の写真のように説明されています。

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 水中でのコミュニケーションに使う、ハンド・シグナルも教わりました。手話のような感じですが、これは何となくわかります。

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 講師役のインストラクターの先生が、仲間に話しかけるようにして説明してくださるので、楽しく理解できました。
 今回、日本の航空会社の新人アテンダントだという二人の女性と一緒に、この講習を受けました。自分の娘と同い年のようなので、私も一緒に、気軽に先生に質問をしました。

 午後は深さが4メートルのプールでの実習です。
 身に付けるスーツや機材は、こんなものです。(説明省略)
 右がウエットスーツ(夏用)、左がドライスーツ(夏以外用)です。

2vscth5v_sスーツ


 そして、こんな道具を身に付けます。組み合わせるのですが、大変な装備です。

B4oxzgxm_s各種小道具類


 こうしたものを付けて、次の写真のようにして実習を受けます。

Mp9cyxtr_sテキストより


 一度体験したとはいえ、それは普通のプールで器具を装着し、呼吸と潜水をしただけなので、今日が実質的には初めてのダイビングです。水深4メートルでも、結構深く感じました。
 それにしても、思うようには動けません。
 水中でマウスピースを外してそれを探す方法や、ゴーグルの中に入った水を抜く方法など、まさかの場合の訓練もしました。おっかなびっくりではありましたが。
 最後は、自由に回游するのです。ところが、なかなか水中の一定のポジションに浮いたままで移動することができません。水中を上がったり下がったりするので、空気を抜いたり入れたりと、左手で空気圧を調整するボタン操作も大変です。ぶざまなことをしているうちに、スーと安定して動けるようになりました。気持ちよく浮いていられるようになりました。水槽の中を回遊できたのです。
 これは早速、水族館へいかなければなりません。今までとはまったく違った水族館になるはずです。泳いでいるお魚君(さん?)の気持ちで見ることでしょうから。

 この感触をマスターすれば、海の中を何とか散策できそうです。
 これで、水中世界を彷徨う楽しみができました。
 すでに、パラグライダーで空中散歩はできるようになっています。
 もちろん、地上を歩くことは日常のことなので得意です。
 陸海空を自分の力で動き回れることが実現するのです。
 せっかくこの世に生を受けたのですから、いろんなことにチャレンジをしているところです。

 今回のライセンスは、水深18メートルまでのものだとか。それでは行動範囲が狭いので、30メートルまで潜れるアドバンスドコースを、早々と予約しました。ワンランク上のライセンスも、取れる時に取っておきます。

 最終関門の海での実習も、体が感触をつかんだ早い時期がいいようなので、8月初旬に伊豆の海で2日間の研修を受けることにしました。
 つまり、来月の上旬には、インターナショナル・ライセンスが手に入ることになるのです。

 回遊魚と言われている私なので、それなら本物の回遊魚たちと話をしてみようと思っています。見たこともない水中世界へ行けるようになるので、ますますこれからの練習が楽しみです。

2007年7月 7日 (土)

画像で判定するテニス

 イギリスのウインブルドンでは、今、テニスで盛り上がっています。
 高校生の頃からテニスをしている私は、ウインブルドンはあこがれの地です。家族とイギリスへ行った時には、みんな別々の機会でしたが、必ず最初にウインブルドンへ連れて行きました。いつかは、家族みんな一緒に、ウインブルドンでテニスをするつもりです。センターコートは無理ですが、その回りのコートなら借りられるのですから。

 時差の関係で、ウインブルドンの試合の中継は日本の真夜中です。それでも、つい見てしまいます。そして、新しい楽しみを見つけました。それは、審判の判定にプレーヤーが異を唱え、その結果、主審の判定が覆ることが多いのに気付いたのです。写真判定にコンピュータグラフィックを活用したものが導入されているのです。

 選手は、1セット中に3回の「チャレンジ」と称する異議を申し立てられます。すると、その場でボールの落下点とテニスコートのラインの位置関係を、画像で場内の観客にも見せるのです。再確認を申し出て、審判の判定が異なるものであった場合には、3回使える権利はそのままです。審判の判定通りであった場合は、異議を申し立てたプレーヤーの権利は1回減ることになります。

 ここ数日、審判の判定につけられた「チャレンジ」の9割は、申し立ての通りに判定が覆るものでした。ほんの数ミリのズレでも視覚的に表示されるのですから、審判にはお気の毒なことです。それだけ、プレーヤーの判断が的確であると言えましょう。

 今大会から、このルールが導入されたそうです。これまでにもテレビではこの映像を見せてくれていました。しかし、あれはあくまでも放送局側のサービスだったようです。

 相撲でも同体などで「物言い」がつくと、テレビでは写真判定をしていますが、あれは正式に採用されているのでしょうか。競馬のゴールで写真判定で「鼻の差」などといっているのは、お金が直接関係するのでしかたのないことでしょう。

 テニスの写真判定は、私には少し幻滅です。野球の審判がミスを冒すように、テニスでも審判には確たる権限を与え、その場の流れの中での判定ミスは許容してもいいように思います。
 機器を導入して完璧な判定をすることよりも、その場の人間の眼の範囲で判断をする方式を支持します。プレーヤーにとっては、とんでもない審判に当たると悲惨な思いをするでしょうが、それは言いっこなしです。

 テニスもパワーとスピードのスポーツです。確かに、ラインにボールが乗ったかどうかは、大変な問題です。プレーの一瞬一瞬を止めて、確認をしながら進めて行くのはいいことです。しかし、ものごとには「流れ」というものがあります。そこから、異議は1セット中に3回まで、と決まったのでしょう。しかし、人間の眼ではなくて、最終的には機械がとらえた映像に寄り掛かる姿勢には、この世に人間が存在する意義を軽く見ているように思えます。

 と書いてきましたが、やはり本当はどうなのか、ということを追求する観点からは、機器を導入して客観的な真実を追究するのも悪くないな、という思いもします。機器導入反対と断言できないところに、この問題の奥深さを感じます。

 日本の文化は、白黒をハッキリさせないところがありました。グラデーションの世界です。それに引き換え、欧米の判断は2値で結論を得る世界でしょう。文化の違いに帰するのはよくないのですが、スポーツも2種類の楽しみがあるとすれば、このウインブルドンの新ルールは、新たな楽しみ方を教えてくれていると言えるでしょう。

 どうも歯切れがよくないのですが、何か引っ掛かりをもちながらも、プレーヤーのクレームが認められることの多いテニスを観て、人間の素晴らしさと、スポーツの面白さを改めて知ることとなりました。

2007年7月 6日 (金)

心身(4)18歳レベルの体力

 スポーツクラブへ、相変わらずマメに通っています。お風呂だけのときもありますが……。
 全国展開しているクラブなので、各地のどこの施設でも利用できます。京都の家のそばにもあるので、好きな時に行っています。
 また、歩くことも心がけています。万歩計をベルトに付け、毎日結果を楽しんでいます。私の場合は、だいたい毎日、1万5000歩以上を歩いています。通勤時の駅は、少し遠いところを利用するようにしています。また、職場では、エレベータを極力使わないようにしています。私の部屋は4階にあるので、階段を使ってちょうどいい運動量のようです。

 毎月、体力測定もしています。自転車を、決められた時間に決められた負荷を段階的に増加させて、持久力を中心とした体力を測るのです。

 先月は、50歳の年齢に相当する体力だという結果でした。実年齢よりも6歳も若いので、疲れた日々が流れて行く中で、思っているほど体力が衰えていないことがわかり、内心ホッとしました。
 そして今日は、何と驚くなかれ、18歳相当の体力だということでした。60に手が届きそうになった私としては、この結果には複雑な思いが入り混じります。素直に受け入れがたいのです。しかし、結果は結果なので、それが機械のいたずらだったとしても、気分はいいものです。
 自転車を漕いでいても、確かにいつもよりも楽な感じはしました。目の前の表示を見続けながら漕いでいたのですが、液晶パネルのグラフは、自転車のペダルへの負荷が増加しても安定していました。
 快調に測定を終え、表示される「優秀」という文字を見て、これは引っ越しの成果だと思いました。重い荷物の上げ下ろしを、この2ヶ月間やり通したからです。そんなことで、体力が18歳レベルというのも、俄には信じがたいのですが、気分のいいことは素直に受け入れることにします。精神年齢の話ではないので、喜ぶべきことなのです。

 体力が基本となって、気力も活性化します。
 これを一つの誇りとして、またいろいろなことにチャレンジしましょう。
 そう言えば、明後日から2日間は、スキューバダイビングの講習会です。そして、この夏にはスキューバダイビングの国際免許を取得するのです。

 気力体力の減退を如実に実感する日々の中、18歳という励ましの測定結果は、とにかく私にとっては朗報といえましょう。

2007年7月 4日 (水)

心身(3)目覚めると「ここはどこ?」

 最近、目覚めると、自分が今どこにいるのか、まわりを見渡して確認してから起きることが多くなりました。
 寝起きに天井が見えると、首を左右に振って自分が横たわってる所がどこなのか、窓などを無意識に点検し、居場所がわかって安心してから起き上がります。変な習慣がついたものです。
 そして、すぐに血糖値を測ります。
 今日は、98という、驚異的な低い数値でした。このごろは寝る前に、ビールと一緒に、キャベツに擂りゴマをかけて食べるようにしています。赤ワインやビールなど、いろんなもので実験をしています。起きてすぐに、昨日の食事を確認します。特に血糖値が高い日には、真剣に前日の食事の点検をします。何がいけなかったのかを。大抵が、前夜飲んだお酒とオツマミに帰着しますが……。

 さて、目覚めとともに自分が「ここはどこ?」という状態になることです。
 このところ、引っ越しのせいだと思われますが、毎朝起き抜けに、自分がどこにいるのか、ということに思いを迴らせます。
  京都? 横浜? 生駒? 海外?

 同じことが、今年の2月から3月にかけてもありました。
 国内外の出張続きだったせいでしょうが、
  ここは、イギリス? インド? 中国? 大阪? 奈良? 横浜?
という状態でした。
 寝起きのことでもあり、心臓によくないことは確かです。

 もっとゆったりと生きなければいけない、と自分に言い聞かせています。しかし、相変わらず、バタバタと日々を送っています。
 やっていることと言えば、事務的な作業に終始する毎日です。勉強や研究などとはほど遠い生活です。研究三昧でいいですね、と言われます。しかし、現実はそのような仮想社会を容認してはくれません。

 「何とかしなければ」と思いながら、また明朝も目覚めとともに、あたりを見回して起きることでしょう。

 「何とかしなければ」、ではなくて、「何とかなるさ」、の方がいいかもしれません。


 「何とかなるさ」

2007年7月 1日 (日)

偶然に知った車検切れ

 2ヶ月にも及ぶ奈良から京都への気の遠くなるような引っ越しの間には、いろいろなことがありました。そんな中でのエピソードを。

 私はトヨタの小型車に乗っています。今回の引っ越しでは、毎週のように奈良と京都を行き来しました。小粒ながらも、大活躍でした。

 翌日は細かな荷物を運ぼうと思っていた週末の夕方、突然ではありましたがトヨタの営業の人が顔を出されました。近所を回っていたので、新しく来た我が家に挨拶に立ち寄られたのです。

 これまでも、奈良のネッツトヨタのお世話になっていました。来られたのがちょうど近くにある京都のネッツの方だったので、奈良から京都への引き継ぎを頼みました。車検証が必要だとのことで、車の中から取り出して渡したところ、なんと車検がその週で切れていたことがわかりました。先週、奈良と京都を往復したのは、車検切れスレスレの状態での運転だったのです。

 たまたま、転入して来た家のトヨタ車を見かけて立ち寄られた営業の方に、ウッカリした手続きミスを指摘されて助かりました。明日、車検切れの車を運転するところでした。

 大至急車検の依頼をし、明日のための代車を確認したところ、幸運にも1台同じ車を手配してもらえたのです。ラッキーが続きました。

 危なかった車検切れも、大過なくクリアできたのです。
 あの日あの時、あの人が通り掛からなかったら、と思うと、偶然な幸運に感謝の念が湧きます。もちろん、幸運もあれば、不運もあります。そうであればこそ、偶然がなせるおもしろさを実感しながら生きていけるのです。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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