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2007年10月の15件の記事

2007年10月29日 (月)

京洛逍遥(17)八瀬・瑠璃光院

 京の東北の山中に八瀬があります。比叡山への京都側からの上り口になります。
 出町柳から出ている叡山電鉄にフラリと乗り、八瀬比叡山口駅に降り立った時、駅の出口に掛かっていた小さなポスターが目に留まりました。
 瑠璃光院というところで、『源氏物語』の千年紀を記念して、寺宝の屏風絵を展示しているのです。この寺は、春と秋の一定期間しか一般公開されていないということです。
 駅員さんに場所を聞くと、木橋を渡って5分ほど歩いたところだ、とのことなので、それではと拝観することにしました。

 瑠璃光院は、苔の美しい庭を持つ、静かな佇まいの建物でした。

G7qtyh73_s苔の庭


 庭では、一人の庭師の方が、丁寧に苔の手入れをしておられました。
 ここは、建物の中をみんな見ることが出来ます。日本建築のよさが、随所に感じられるのです。よそ行きではなくて、簡潔で日本的な雰囲気の中に、いつもとは違う風景の中に、しばし我が身を置くことができました。質素な部屋と緑に輝く庭が、毎日とは違う時間と空間を演出してくれます。

 特別公開の屏風は、「井出玉川図屏風」というものでした。駅の小さなポスターにカラー写真で掲載されていたものです。
 説明文によると、『源氏物語』の第24巻「胡蝶」で交される和歌に「井出の川瀬」とあるのが、これが「井出玉川」のことだとあります。
 そして、説明文はさらに、西行の『山家集』の歌や『新古今和歌集』の藤原俊成の歌を引いて、井出玉川の由緒正しいことを言おうとしています。
Pg9ytbvk_s井出玉川図屏風


 説明文の最後は、次の言葉で閉じられています。

 この井出玉川図屏風(六曲一隻)は宮内庁所蔵、狩野探幽筆の「井出玉川、大井川屏風」(六曲一双)との類似点が人物、背景の配置や服装などに見られる。
 作者について、寺伝では、住吉派と伝えられているが、狩野派のしかるべき作者との指摘もある。


 『源氏物語』の千年紀を記念しての特別公開ということだったので、源氏絵かと思って楽しみにしました。しかし、説明文が『源氏物語』の例から始まるだけで、この屏風絵は源氏絵ではなかったのです。早とちりをしてしまいました。
 しかし、丁寧に描かれた屏風絵です。季節感を大切にして描かれたもののようです。

 瑠璃光院は、中を自由に歩き回れます。
 トイレに入った時に、小便器の水洗ボタンの位置に感動しました。水道の配管をわざわざ横向きにして、ボタンが前に突き出さないように配慮してあるのです。

S6afmh9a_sトイレ1


 この建物の内部がよく手入れされているので、なおさらここまで行き届いているのか、と感心したのです。
 合計3ヶ所あるトイレを確認しました。他の2ヶ所は、一般的なボタンの配置でした。

Moyvi0jn_sトイレ2


 一番よく使われる一階のトイレだけが、ボタンを横に向けてあったのです。この心遣いだけでも、この建物と庭を大切に守り伝えようとする気持ちが伝わります。

 今年の紅葉は、温暖化のせいもあって、いつもより一ヶ月ほど遅くなっているようです。来月には、自慢の紅葉を見せてもらいに来ることにしましょう。ちょうど、特別拝観も、10月と11月だけなので、来月の月末を狙うことにします。

 1時間半はいたでしょうか。瑠璃の庭を見ながら、お抹茶もいただきました。和菓子が、さっぱりとしたクリの干菓子で、お茶と合ったいい味でした。屏風絵を背にして、庭を見ながらのお茶席は、のんびりとして気分をほぐしてくれます。

 お昼でもあり、駅へ行く途中の茶店のようなところで、食事をしました。外観は田舎屋造りですが、中は和洋折衷で明るい雰囲気でした。
 食事も、丁寧に作ったものでした。

Qs_vhayu_s京もみじ


 瑠璃光院は、私が持っている観光ガイドブックには載っていなかったので、もっと詳しい京都案内にはあるかもしれません。それよりも、何気なく目に留まって足を向けた所が、意外にいい所だったという、出会いと発見の喜びを味わえたのです。京都には、まだまだこうした場所があるようです。

 また、フラリと出歩いてみることにします。

2007年10月27日 (土)

藤田宜永通読(2)『いつかは恋を』

Timv6gfq_s新刊小説


 最近の藤田宜永氏の恋愛小説は、非常に抑制の効いた文章で展開します。
 この『いつかは恋を』(講談社、2007.10)も、静かな中にもエネルギーを感じさせるものとなっています。
 特に、最終章の話の盛り上げ方はうまい、と思いました。
 母を捨てた息子との関係が元にもどる流れは、ごく自然に進んでいきます。いい場面設定ができています。
 そして、意識不明の状態にあった恋する男が、何とか命を取り留めます。そこから、主人公の久美子にとって、男との新しい人生が開けます。
 この小説は、「久美子は万感の思いをこめて、ドアをノックした。」というところで終わるのです。

 抑え気味の語り口に、これからの明るい展望が示され、読んできた者は安堵の思いで本を閉じることになるのです。

 読んでよかった、と思わせる作品です。

 初出誌は「小説現代」の2007年2月号から5月号です。出来たての小説です。
 中には、作者からのサプライズがちりばめられています。
 昭和40年代の音楽が背景に流れているのです。オールディーズの曲がオンパレードです。
 まずは、『花はどこへ行った』、そして『パフ』、『500マイル』、『夕陽が泣いている』、『帰ってきたヨッパライ』などなど。こうした曲を思い出しながら読めるのは、作者と同世代の特権なのでしょう。物語の中でロマンスを展開するのも、私たちと同世代なのです。まさに、「我らの文学」の一つが誕生したのです。
 これは、若い人にも理解が十分に届く作品です。このような世界を共有することで、世代をまたぐ文化の相互理解が深まる、と難しくいえばそんなところに落ちつきます。

 日ごろは接することの少ない職人の世界での話です。藤田の作品によくある設定です。その取材力がいかんなく発揮されていて、いい社会勉強にもなりました。

 ハードボイルド小説から恋愛小説へと作風を変遷させてきた藤田氏の、一つの型が出来上がったと言えると思います。
 やや情に流れるきらいのあった藤田氏の恋愛ものが、ここに一つの完成形を示したものだと、私は読み終えて感じました。

 もう一つ、感じたことを。
 月が印象的に扱われていました。これまで、藤田の作品に、このような描写はなかったように思います。少なくとも、効果的なものとしては。

「右の肩越しに三日月を見ると、運が開けるんですって」ふたりは月に背中を向け、右の肩越しに振り返った。(97頁)


 この場面は、なかなかいいと思います。この時のことが、後に一度だけ振り返る時があります。
 今後の藤田氏の作品で、月がどのように描写されるのか、楽しみになりました。

2007年10月26日 (金)

源氏千年(2)イベント4種

 来年は、『源氏物語』が書かれてから千年という記念の年です。
 その前年の今年は、それを祈念して、早々とさまざまなイベントが組まれています。
 特に来月11月は、東西で目白押しです。

 手元のパンフレットを紹介します。
 まだ間に合うものばかりなので、お時間の許す方はぜひ足を運ばれたらいかがでしょうか。

 私は、この内の1つは行こうと思っていますが、なかなか実現は難しそうです。

 以下、4点をあげます。詳細は、パンフレットを表示して確認してください。


(1)華麗なる源氏物語の世界 2007.11.1 於:京都
(2)ひかる君        2007.11.3-4 於:東京
(3)艶は匂へど……     2007.11.7-11 於:東京
(4)私の源氏物語      2007.11.4 於:京都


1epijlo4_s(1)華麗なる源氏物語の世界



Zwh2gacz_s(2)ひかる君



5guulksn_s(3)艶は匂へど……



Z6wr9vgp_s(4)私の源氏物語



2007年10月23日 (火)

トイレ表示 なぜ男は青、女は赤?

 昨日22日の朝日新聞の「疑問解決 モンジロー」というコーナーで、「トイレ表示 なぜ男は青、女は赤?」というテーマが取り上げられていました。
 日常的に、こうした色による性差はみかけます。また、私も自然にこれを受入れています。そこを、なぜ、と問い掛けられると、戸惑ってしまいます。

 この記事では、こんなことが書かれています。

中世に欧州で描かれた聖母マリアの姿は赤のドレス、キリストは青の衣服を身につけているものが多い。信者たちがそれに影響を受けて、後に男女の違いに分かれていった。欧州などでは新生児の誕生時に男の子に青、女の子はピンクを着せる習慣が今も残っていて、それもここから来ているんじゃないかという。


 我が家でも、赤ちゃんの服をお祝いにプレゼントする時などに、確かにこうした色分けをして選んでいます。もらい物もそうでした。

 こうした傾向は世界的だそうで、男性は青系、女性は赤系を好みの色としているということです。

 さて、日本のトイレの色分けは、1964年の東京オリンピックあたりからで、1970年の大阪万博で知れ渡ったそうです。
 ただし、海外でトイレの表示を青と赤に色分けしている例は少ないらしいのです。
 私は、これまでにいろいろな国へ行きましたが、この色分けがなされていたかどうか、どうしたわけか記憶にありません。じっくりと表示を確認していくことが少なくて、瞬間的に絵を見て男女別を判断してトイレに行くからでしょうか。
 今度、海外に行くことがあったら、よく確認します。

 これは、ジェンダー(文化としての性差)という問題でもあります。
 そこで、この固定観念を排して色分けをやめ、水戸市などではトイレの男女の表示を同系色にしました。すると、男も女も間違って入ることが多く、思わぬトラブルが続出したのだそうです。
 市民千人にアンケートをしたところ、7割が青と赤の色分けを支持したために、結局は元に戻したのだとか……。

 このようなことが起こるのは、日本は文化的なレベルが高いので、さまざまな情報を瞬間的に判断できる人が多いからではないでしょうか。漢字をグラフィックとして判断するよう訓練されているので、絵の違いはたやすいことです。その上、色分けがあれば、なおさら判断は瞬時です。

 今から6年前に、初めてイギリスへ行きました。ケンブリッジ大学のピーター・コーニツキ先生のもとへ、データベース作成の打ち合わせで訪問したのです。これは、今も続いています。次のアドレスで公開していますので、興味のある方はご覧ください。

http://base1.nijl.ac.jp/~oushu/

 さて、、地図を片手に、キャスター付きのバッグを引きずって、ヒースロー空港から地下鉄と列車を乗り継いでケンブリッジに直行しました。ロンドンもケンブリッジも単色の街だというのが、第1印象でした。

 その日は、ピーター先生のご自宅にお世話になることとなり、先生とご一緒に夕食の買い物に出かけました。先生お手製のカレーを作ってくださるとのこと。初対面なのに買い物に一緒に連れて行ってくださり、カレーの材料やワインなどを物色するという、楽しい一時でした。
 買い物をしながら、いろいろな話をした中に、服装のことがありました。
 その日の先生は、赤いパンツを穿いておられたのです。ワインを選びながら、先生は私に、伊藤さんは赤い服は着ないの?、と訊かれたのです。
 私は、ネクタイでさえ赤は滅多にしないんですよ、と答えたら、赤い色は元気が出ますよ、という趣旨のことをおっしゃいました。赤が流行だとも。

 その夜、奥様を交えて先生の通訳を介して、インドの話で盛り上がりました。奥さんは、インドの文学・文化・美術の専門家で、ケンブリッジ大学の先生です。
 その奥様も、真っ赤なセーターでした。対する私は、焦げ茶のタートルネックのセーターに黒いズボンという、いかにも日本風の地味な格好でした。
 浮世絵やインド美術の実物や写真を見ながら、カラフルな話題になりました。色彩に関する感覚の違いに、日本文化を考えるきっかけをもらいました。

 以来、赤いモノを身につけるように心がけることが多いのですが、私にとっては、それでもささやかな冒険ではあります。

 実は、昨日22日の本ブログで、藤田宜永と小池真理子の会話部分を、青と赤で色分けしていました。

http://blog.kansai.com/genjiito/83

 ここから、文章を色分けするのは、性差を考える時には意味がないことがわかりました。
 しかし、トイレの色分けは、重要なメッセージを持っています。

 この問題は、ジェンダーに関連して、いろいろと調査がなされていることでしょう。調べてみると、たくさんの意見が確認できそうです。
 色による区別と、それを我が身に着けることは、まったくの別問題です。私が赤いブレザーやセーターやズボンを着ることは、100%ないことです。私が、そのような文化を持ち合わせていないと思われるからです。しかし、色が持つ役割を理解はできます。

 どうやら、このあたりに切り込む糸口がありそうです。

 ピーター先生は赤いパンツを穿かれます。私にはできません。
 しかし、トイレなどの男女の識別で、私は、赤は自分が属するものではないということには、瞬時に反応します。ピーター先生はどうでしょうか。おそらく、色には関係なく、図や表示で判断なさるのではないかと思われます。今度お目にかかった時に訊いてみましょう。

 いずれにしても再考する価値のあるテーマなので、また取り上げることがあると思います。

2007年10月22日 (月)

今日は22日です。

 新聞を見ていて、今日22日は「夫婦の日」であることを知りました。この記念日は、毎月あるようです。
 さて、「ふうふの歩み」(朝日新聞東京版)という記事で、藤田宜永と小池真理子の作家夫婦が質問に答える形で、出会いから今後について語っていました。
 その最後に、こんなやりとりがあります。


藤田 年を取って良かったのは、物忘れをすること。映画の題名とかすぐ思い出せないから、あれ、あれっ、て共同作業ができる。そうすると夫婦仲がすごくよくなる。
小池 負の状況を共有している時こそ、長く一緒にいるんだなあと、肯定的に思うことができますよね。



 なるほど……。

 最近とみに惚け出した私も、妻と代名詞で語ることが多くなり、何となくわかったつもりの会話になっている時など、少し情けない思いをしていました。しかし、これを、お互いの記憶を確かめ合う共同作業をしているのだ、と思うと、これはこれで楽しくなります。

 また、その少し前で、記者からの「今後はどうなっていくと?」、という質問に、2人はこう答えています。


藤田 「生涯現役」なんて標語を大声で言わなくても、生きていれば、なるようになると思う。我々は一緒になった時から全く計画的でなかった。(下略)
小池 画一的な蓄積型の人生が奨励されているけど、どうしてそんなに頑張んなきゃいけないの、と思いますね。



 これまた、我ら夫婦にも当てはまる意見で、すんなりと納得……。
 これまで通りでいいか、というのが、今日22日の自分なりの結論です。

2007年10月19日 (金)

一仕事を終えてホッと一息

 先週から書類の作成に追われていました。
 それが、締め切りの今日、何とか間に合って提出しました。
 風邪で体調不良の中を、根を詰めて連日コンピュータに向かって文章を書いていたのです。やれやれです。

 しかし、それで気を抜くわけには行きません。
 書類を提出するやいなや、博物館の学芸員の資格を取るための授業に出席するために、つまり学生として授業を受けるために、渋谷の大学へ急行しました。
 今日の授業は、私が現在職場で抱えている来年度の記念展示に関して、大いに参考になる内容でした。特に、国宝や重要文化財を展示するにあたっての法令などの説明は、直面することでもあり真剣に聞きました。
 これは、来年度の展示に関係するだけではないのです。過日の陽明文庫で調査した『源氏物語』の古写本は、重要文化財でした。また、来週行く、京都文化博物館での調査も、重要文化財の『源氏物語』の古写本です。再来週には、奈良の天理大学附属図書館で、これまた貴重な資料を見せてもらいます。
 国の宝物に接する機会が多いので、資格を取るためだけではなくて、日々の調査や研究に直結する勉強を通して、学生として学ぶ楽しさを実感することの多い日々です。

 授業を終え、いつものように、渋谷の回転寿司屋で夕食です。
 今日は、50歳以上の客に小鉢をプレゼントする、というスタンプカードをもらいました。スタンプを50個集めると、小鉢がもらえるそうです。数ヶ月通うと、どんな小鉢がもらえるのか、楽しみです。

 帰りがけに、渋谷の薬局でこの前もらった割引券があることを思い出したので、血糖値を測定するチップと採決用の針を、2カ月分まとめ買いしました。相変わらず、まめに血糖値を測って、自分の健康チェックをしています。

 渋谷から銀座に出て、いつものようにスポーツクラブで泳ぎました。今日は、水泳の後に蒸気のサウナで、タップリと霧を吸ってきました。風邪気味なので、鼻の洗浄です。泡風呂も、先週来の夜更かしの連続だった日々の疲れを、爽快に吹き飛ばしてくれました。
 今日気づいたのですが、このクラブには外国の人が多いように思います。もともとが場所柄か、たくさんの会員がいるとも思えません。こじんまりとした施設です。それだからこそ、外人さんが目立つように思います。
 もっとも、日本語以外は操れない私は、話しかける勇気が出ないのが悔やまれます。日本語が堪能な人たちでしょうが、しばらくは様子を見ることにします。

 小雨の中を、築地市場まで散策してから帰りました。
 雨の銀座も絵になります。時間がゆっくりと動き、人々もうつむき加減に傘をさし、ネオンが路地に反射しています。アベックは、中年が多いようです。雨の日の銀座は、若者が少ない、と感じました。

2007年10月16日 (火)

心身(8)風邪と牛乳の相性

 糖尿病と、どうにかうまく折り合いをつけて、大事に至らずに暮らしています。というか、暮らしているつもりです。
 先週から風邪気味だったので、内科で薬をもらいました。薬がなくなっても調子がよくならないので、再診を受けました。
 今度は、薬が1種類増えました。そして、その注意書きには、こう書いてあります。

アルミニウムまたはマグネシウムを含む制酸剤や鉄剤などは同時に飲むと効きめが弱くなりますので1〜2時間後に飲んでください。


 薬剤師の方の説明では、牛乳やヨーグルトなどの乳製品がそうです、とのことでした。

 私は、1日1500キロカロリーの食事制限をしています。
 薬も注射もしない生活を望んでいます。
 朝食は、コーンフレーク(プレーンなシリアル)に牛乳をかけ、野菜ジュースやバナナなどを食べています。これが、明朝からは難しくなりました。
 1日も早く体調を戻すことを心がけるようにします。

2007年10月15日 (月)

ちぐはぐなエスカレーター

 毎日、1万歩以上を歩く生活をしています。
 それでも、東京での住まいを都心に移してからは、通勤でエスカレーターを使うことが増えました。地下の駅から駅への移動に、とても階段では不可能なほどの距離を歩かされることになるからです。
 東京の交通は、地下網が発達しています。しかし、深いところに駅があることが多いため、乗換えのたびに地底に潜行したり、海底から浮上する気分になります。
 もっとも、スクーバ・ダイビングではないので、潜行と浮上の際に体内の残留窒素を計算しながら、頭を使って電車を乗り換えることはありません。

 しかし、今日のエスカレーターは、非常に危険な思いをしました。

 ステップと手すりの速度が違っていたのです。それも、手すりの速度が速かったので、長い下りのエスカレーターで、体が前のめりになりました。
 遥か彼方の地下へ向かって、延々と下る時だったので、左手(そうなのです、東京ではエスカレーターの左側に立つので、手すりも左手で持ちます。)が、ゴムのベルトに引きずり下ろされる格好になりました。足を踏ん張っているステップが取り残されているので、前方というより下方に倒れる姿勢になります。危険を感じて、左手を放して難を避けました。
 反射神経で、我が身を守ったわけです。そんなに手すりを握りしめるな、というツッコミはナシで……。

 今日は、京都から上京したこともあり、荷物が多かったのです。体の前に置いていたキャスター付きのバッグも、落下しそうになりました。
 以前にも、ステップと手すりの速度が微妙にズレるエスカレーターに乗ったことがあります。確かに、よく思い出すと、そのスピードが一致しているものは、少ないようにも思えます。ただし、その差が歴然とする以前にエスカレーターから離れることになるので、今日のような怖さは感じませんでした。
 エスカレーターの距離が長い時には、気をつけましょう。
 というよりも、みなさんは適当に手すりから手を滑らせて利用されているのでしょうか。

 これまでに一番長くて深いところに潜ったエスカレーターは、モスクワで乗ったモノだったように思います。ロンドンも、日本と比べると長いようですが、モスクワのエスカレーターは高所恐怖症気味の私には驚異でした。ただし、あの時、ステップと手すりの速度差については、そんなに意識しませんでした。

 エスカレーターは、日常的に使われる移動の道具なので、危険のないように調整し、管理してほしいものです。

2007年10月11日 (木)

井上靖卒読(16)『春の海図』

 純粋な恋愛小説なのでしょうが、登場人物に精彩がありません。体調の悪い時に読んだせいばかりとは思えません。
 さらには、ストーリーも変化に乏しくて、描写も粗雑なものとなっています。井上靖は、もっと読ませる文章を書く人だったはずです。
 ストーリーが穏やかなのは、いつものことです。人物設定も、3人の男女の関わりで進みます。いつものパターンなのですが、物語を作り過ぎたせいか、一人一人がガラスの人形のようです。
 これは、書かれた時期が影響しているのでしょう。多作の中での1つとして見るべきものなのかもしれません。
 軽く流れていった小説でした。
 私が井上靖の作品の中で注目している「湖」と「月」は出ますが、とりたてて井上らしさはありません。
 残念でした。【1】

初出誌:主婦の友
初出号数:1954年2月〜10月(9回)

角川文庫:春の海図

2007年10月 9日 (火)

72歳のアラン・ドロン

 昨日、山形市からの帰途、ノドの痛みに耐えかねて、東京駅の構内にある薬局で風邪薬を買いました。今日も朝からノドが痛く、熱が出だしました。今週もハードなスケジュールが組まれているので、寝ているわけにはいきません。しかし、体がだるくて、一日中臥せっていました。

 そんなこともあり、シェフを目指す息子に、ポトフを作ってもらいました。一風変わった卵料理も一緒に。

 息子の料理を食べていたら、テレビでスマップの料理番組をしていました。そのまま観ていたら、アラン・ドロンが出ているではありませんか。何と贅沢な……。
 彼は、私と誕生日が同じなので、親近感をもっています。ほんとうに手前勝手な、どうでもいいことですが……。

 アラン・ドロンがスマップの料理に対して下すコメントは、歯に衣を着せぬというか、おもしろいものでした。遠慮なく、本物とは違う、と言うのです。ただし、必ず「おいしい」ということばは忘れずに。

 一緒に観ていた息子は、フランス人は保守的だな、とつぶやいていました。創作・創造がわからないのだと……。立場が異なると、そんな感想もあるのですね。

 この日は、アラン・ドロンのためのブイヤベースがテーマでした。
 息子いわく、世界の三大スープは、ブイヤベース(フランス)・フカヒレスープ(中国)・トムヤンクン(タイ)だそうです。ボルシチ(ロシア)が入ることもあるかも、とか。
 そのブイヤベースに対するアラン・ドロンのコメントを聞いていた息子は、この人はマルセイユの料理をあまり知らんみたいだ、と言うのです。マルセイユの代表的な料理であるブイヤベースに使う食材を知らないところからの、息子なりの意見です。しばし、テレビのアラン・ドロンを観ながら、息子の蘊蓄に耳を傾けました。
 世界のアラン・ドロンを批評するなど、息子もなかなか成長したものです。もっとも、息子の世代は、アラン・ドロンが何者かは、ほとんど知らないようです。

 それにしても、アラン・ドロンは存在感がありますね。たくさんの映画を観ました。まだ元気なのを知り、うれしくなりました。いつまでも、カッコイイですね。72歳とは、とても思えない人です。

 アラン・ドロンが元気であることを知り、熱で気落ちしていた私にも、爽快な元気をもらった気がします。

2007年10月 8日 (月)

井上靖卒読(15)『星よまたたけ』

 これは、井上靖の童話4作品を集めたものです。

 「銀のはしご ─うさぎのピロちゃん物語─」
 初めて井上の童話を読みました。
 子供は、眼を輝かせて、心やさしい語りに聞き入ることでしょう。
 しかし、私には、そのよさが、まだわかりません。
 何となく、作り話という面が前面に見えるからでしょうか。すなおに読まなかったからでしょうか。
 今の自分は、この手の作品の読者ではない、ということを感じました。また、読み直します。【2】

初出紙:小学一年生
連載期間:1978年7月号〜1979年4月号
連載回数:13回

新潮文庫:星よまたたけ-井上靖童話集-
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話


 「猫がはこんできた手紙」
 短いながら、よくできていると思います。小学4年と5年の男の子と女の子、猫、手紙、引っ越しと、子供が興味を持つ道具立てがそろっています。
 お話は、特に変わってはいませんが、うまいと思いました。
 ただし、両親への敬語が過剰かと思います。【2】

初出:不明

新潮文庫:星よまたたけ-井上靖童話集-
井上靖小説全集1:猟銃・闘牛
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話


 「ほくろのある金魚」
 温かい掌編です。童話というより、詩です。ほほえましい小品です。【3】

初出紙:東京日日新聞
掲載日:1950年7月8日

新潮文庫:星よまたたけ-井上靖童話集-
井上靖小説全集3:比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話


 「星よまたたけ」
 文庫本の標題にもなっている作品です。亡くなった姉の日記にあった、「高い山、青い湖」という文句の謎を探し求める妹の話です。
 姉の書いた地図に、琵琶湖、比良、伊吹があるなど、『星と祭』の原型といえなくもありません。
 謎解きをする2人の子供につられて、つい話に参加します。
 最終場面は、きれいな話にまとめ過ぎたような気がします。
 亡き母と姉と湖とバイオリンという道具はうまいのですが、子供向きのせいか、作り話の面が出過ぎているように思います。
 童話は作り話なのですが、私には、物語や小説との区別がまだできません。良さがわからない、というのが、今のところの感想です。【2】

初出誌:少女
連載期間:1952年1月号〜12月号

新潮文庫:星よまたたけ-井上靖童話集-
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話


※なお、私も基本データを活用させていただいている、貴重なウェブサイト「文庫本限定!井上靖館作品」には、以下の備考が付されています。参考までに引用します。

「銀のはしご−うさぎのピロちゃん物語」は昭和55年12月に小学館より刊行された。「猫がはこんできた手紙」「ほくろのある金魚」「星よまたたけ」は昭和29年12月に童話春秋社から刊行された『星よまたたけ』に収録された。

2007年10月 7日 (日)

ガンジス河でバタフライ ―なぜ今ここに―

 一昨日の金曜日の夜、テレビドラマで「ガンジス河でバタフライ(前編)」を見ました。
 数年前に私がインドにいた時、娘がやって来てしばらく滞在しました。休日を利用して、ガンジス河のほとりのバナラシへ旅をしたその詳細は、下記のホームページの2月7日の拙文に譲りましょう。

http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/india_folder/R2.1_delhi05.html

 ガンジス河での火葬は、こんな様子でした。

Wtwaqrp5_sガンジス河の火葬場


 河にボートで繰り出した時、もろもろのことに対して、献灯で自分の気持ちを伝えました。

P9wyrqqi_sガンジスへの献灯


Cqwgki4m_sろうそく流し


 河をながれ行くロウソクは、とてもきれいでした。今も自分の眼に映し出すことができます。

 ドラマを見ながら、この5年前のことを思い出しました。

 私も、このドラマの主人公と一緒で、インドへ行くきっかけは、ガンジス河で泳ぎたい、と言ったことからのものでした。実際には出来ませんでした。しかし、自分の体験とよく似たシーンがこのドラマにちりばめられており、物語展開は陳腐ではありましたが、映像に魅かれて見てしまいました。

 インドは、自分が忘れかけていたことを思い出させてくれます。日本での日常の意味を、さまざまな場面で問いかけてきます。
 なぜ自分はインドに生まれなかったのだろう、インドに生まれたかったなー、と思うことが何回かありました。私が子供だったころのシーンが、何かの拍子に蘇った国です。ニューデリーにいてそうだったのですから、インドの中でも地方に行けば、もっとそのことを実感したことでしょう。

 インドは、自分が何なのかを、日常のふとした瞬間に考えさせてくれます。

 昨日来、1泊2日で山形市に行っていました。
 中古文学会という、平安時代の文学の研究者が集まって研究成果を発表し合う会場が、今秋は山形大学だったからです。

 昨日の夜、前日に引き続き放映された「ガンジス河でバタフライ」の後編を、ホテルの部屋のテレビで見ました。続編もまた、盛り上がりに欠ける仕上がりのドラマでした。しかし、インドでの体験を思い出させてくれた点では、その出来具合はともかく、私にとってはいい番組でした。

 今日、2日目の学会では、お昼の休憩時間を利用して、学会の委員による会議がありました。委員に選任された先生方が、40人ほど集まって、学会の運営に関して検討をしました。
 どうしたわけか、私もそのメンバーの一人として参加しています。回りを見渡すと、日ごろから尊敬する先生方ばかりです。第一線で活躍なさっている先生方ばかりです。なぜ自分が今ここにいるのか、不思議に思いました。
 卑下でも自虐でもありません。無理をして、背伸びをせざるを得ない状況に自分の身を置くことは、何とも言えず心苦しいものがあります。
 無理のある生活はいけません。自分でもどうしようもないことは、しばらくは耐える中で、納得のいく道を模索しなければなりません。

 いやはや、とんだ所に身を晒すこととなっていることに、「恐縮」以外の表現が見当たりません。1日も早く、分相応の生活に身を置かなければ、自分の人生が空中分解しかねません。どうでもいいことですが、分不相応とはこのことでしょう。私は、単なる『源氏物語』という資料の整理屋にすぎないのですから。

 もっとも諸先生方にとっては、そんな人間が混じっていようがいまいが、それこそどうでもいいことでしょう。こうしたことは、ひょんなことからなったことなので、過度に思い過ぎないことだ、と自分に言い聞かせています。
 謙遜でも何でもなくて、よくわからないことは色々とあるものです。流れの中に身を置いて、それらしく振舞ってはいますが、場違いな所でジッとしているのは、あまり気持ちのいいものではありません。

 小さいころの夢は、バスの運転手でした。それが、それとは似ても似つかぬ場所にいるのですから、私の小さいころを知っている人は、目をパチクリとさせることでしょう。こんな間違いというものが、世の中にはあるのです。

 今、自分が本来の生きざまで日々を送っているのではないことは、当の本人が一番よく知っています。これも1つの幸せ、と思うことにしていますが、これは私が受け取るものではありません。

 生活の根拠地を奈良から京都に移し、自分の意思で生活を送りたいと思っています。しかし、現実はそうやすやすと、思いどうりにはさせてくれません。

 もうしばらくは、こうした不本意な生活が続くのでしょう。
 1日も早く、無理のない、自分が思い描いている生き方の中で、自分が納得のできることをして現世をまっとうしたいと願いながら、こうしてフッと溜息をついたりしています。 

2007年10月 6日 (土)

『源氏物語』の写本をDVDで見る

 現在、一般に読まれている『源氏物語』は、大島本と言われている一揃いの写本によっています。この大島本に書かれている文章を、高校の時に習った歴史的仮名遣いと漢字や仮名に統一し、注や訳を付けたものが流布しています。書店では、『新編日本古典文学全集』(小学館)とか、『新日本古典文学大系』(岩波書店)、『日本古典集成』(新潮社)というシリーズ名で売られています。

 しかし、その文章が平安時代に書かれた『源氏物語』と同じか、というと、私はそうではないと思っています。

 それでは、と思って他の本の文章を読もうとすると、途端に資料が入手しにくい状況に直面します。はっきり言うと、活字で読めるようになっている『源氏物語』は、実は大島本だけなのです。

 この大島本について、最近はその本文のありように再検討が加えられ出しました。この本だけで、平安時代の『源氏物語』を読んだことにして本当にいいのか、大きな疑問があります。

 さて、一部の専門家の中では何かと話題のこの大島本の写本が、DVDで見ることが出来るようになりました。しかも、全てのページがカラー版です。

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 また、本文だけではなくて、傍注などから検索ができるのです。
 そしてさらには、大島本には膨大なナゾリの文字や削除箇所が随所にあり、そうした後人の手が入っているところも、自在に検索ができるのです。これは、調査研究を格段に変質させてくれることでしょう。
 大島本は影印本も出版されているので、それと併用するとさまざまなことが確認できます。

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 非常に便利なツールができたのです。

 価格は、見ないようにしましょう。
 大きな図書館に行って使いましょう。大学の図書館なら、必ず入るはずです。

 私は、これまでは、この大島本には深入りしないようにしてきました。いわゆる青表紙本といわれる本ではなくて、〈別本群〉と名付けた本を対象にしてきました。しかし、このツールは、〈別本群〉を知る上でも有効なものとなっています。
 私は、大島本も〈別本群〉の中の1つとして位置づけているので、たくさん確認できる大島本の独自異文や、紙面から削り取られた字句がどんなものであったのか、ということから、他の本の性格を知る手がかりが得られるのです。

 このDVDの製作に、少しだけですがお手伝いをしました。以上の視点から収録搭載したデータや機能も盛り込まれています。

 大島本の本文を、このDVDを使って自在に探索してください。特に、大島本というものに先入観のない若者や異分野の方々が、このDVDをどのように使われるのか、その反応が楽しみです。(近日発売予定)

2007年10月 4日 (木)

陽明文庫で聞いた水の音

B6_foerl_s/名宝展チラシ



 京都の北西に位置する仁和寺の近くに陽明文庫があります。
 一般には開放されていないために、あまり知られていない特殊な図書館です。しかし、日本の古典籍の勉強をしている人は、ここが所蔵する資料のお世話になっています。

 文学や歴史の分野を中心とする貴重な文書や記録類を、藤原鎌足以来の近衛家が、千年以上もの長きにわたり守り伝えているのです。

 その陽明文庫が、第29代当主近衛文麿の設立以来70年になるのを記念して、上記のポスターにあるように陽明文庫展を開きます。
 「宮廷のみやび 近衛家1000年の名宝」と題して、来年早々に東京国立博物館の平成館(上野公園)で開催されます。

 「見たことがありますか? 道長自筆の日記

というメッセージは、大切な古文書類を保存し継承するばかりではなく、学術の振興や文化の普及に取り組んでおられる陽明文庫からの、専門家以外の方々へのわかりやすい呼びかけです。

 平安時代の藤原道長が書き残した日記『御堂関白記』は国宝に指定されています。
 来年2008年は、『源氏物語』の千年紀としてのイベントがたくさん組まれています。その先陣を切って、この陽明文庫展が始まるのです。楽しみです。

 その陽明文庫へ、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本を調査するために伺いました。

 現在、『源氏物語別本集成 続』を刊行しています。その資料集で基本とする『源氏物語』の本文は、陽明文庫が所蔵する本にしています。一般に流布する本文とは少し異なる写本群です。
 その原本を直接拝見し、その墨の跡を丹念に追い、写真からはわからない所を直接原本で確認しているのです。
 年2回ほどお世話になります。今回は、第18巻「松風」から第21巻「少女」までの4冊を見せていただきました。この『源氏物語』は重要文化財に指定されているので、非常に緊張します。

 この日は、若い研究者が2人来ていたために、私は敷地内にある「虎山荘」という和室で拝見することになりました。
 文庫長の名和先生が、机や敷物を準備してくださいました。恐縮します。それも、庭の見える南向きのいい場所に。

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 物音一つしない静かな一室で、あらかじめチェックして来た約600箇所の字句の確認を進めます。

 『徒然草』に「懸樋(かけひ)の雫(しづく)ならでは、つゆおとなふものなし」とあるそのままに、かすかに水が滴る音だけが耳に届きます。

 神経を集中して古写本と向き合っている時に、その水音のする方をフッと振り向くと、背後の庭のしつらいと竹の懸樋の美しさにドキッとします。

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 その空間の透明感から、自分が今なにをしているのか、一瞬わからなくなりました。
 千年近く前に写された『源氏物語』の写本を、こんな雰囲気の中で読めるとは……。

 一緒に来ていた若い大学院生は、先生の執務室で長時間かけて貴重な文書を調査していました。若者が、こうした古文書を自分の目で見て勉強することは、本当にすばらしいことです。
 もっとたくさんの若者が、こうしたモノ(現物・原本)を直接見ることにより、実感と実証の学問をしてほしいものです。

 日本には、たくさんのモノが守り伝えられています。大切なものなので、誰でも気安く見られるというものではありません。しかし、しっかり調べた上で、最後に本物を確認する時には、多くの所蔵者は温かく迎えてくださいます。

 日本には、まだまだ多くの資料があります。
 昔の人が書いた文字を読み解くことは、本当に根気のいる地味な作業です。なかなか成果に結び付かないことが多いでしょう。そうだからこそ、若い方たちが取り組むべきだと思います。たくさんの壁にぶち当たるという、すばらしい権利を持っているのですから。年とともに、そうした障害を乗り越えるのではなくて、うまく避けるスキルを身に着けていくので、正面突破は若者の特権です。

 昔の人たちから伝えられて来たものの歴史的・文化的な意義を、これからの人たちが解明してくれることに期待したいと思います。

2007年10月 2日 (火)

読書雑記(4)高梨耕一郎『京都半木の道 桜雲の殺意』

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 自宅のそばの桜並木が出て来るというだけで、つい読んでしまいました。
 写真の半木の道がそうです。桜の名所として有名です。この小説も、桜にちなんでの殺人事件が展開します。

 今は秋。季節外れの桜の話も一興か、と思って読み進みました。もっと桜に関する蘊蓄を期待しました。大学の先生が中心となる話なので……。結果は大いに失望。
 本書は、昨春に刊行された、文庫本での書き下ろし作品です。

 あまりいい話が書けませんが、せっかくなので感想文を。
 おもしろがって読みましたが、実は京都という舞台が活かしきれていない印象が強く残りました。また、犯人も早々にわかってしまいました。

 話をややこしくしようとする手法が施されていても、そもそもの話が単純なので、読後の印象が薄くなります。また、登場人物の関西弁というか京都弁に品がありません。小さいひらがなをもっと使うなど、文字を視覚的にする工夫があったらよかったと思います。
 若い女性が電話で「久保やけど」もいただけません。

 大学の先生宛のメールを、研究助手が自由に読み、印刷し、転送しています。プライバシーなどあったものではありません。アドレスから発信者をたどる所も不自然です。

 助手が取材記者のために資料を大量にコピーして渡していました。これは教授の研究費からのものなのでしょうか。公費を無自覚に使うところなど、もっと丁寧に描いてほしいものです。また、某教授の発言は、セクハラやアカハラに該当するものです。細かなところが雑でした。

 タイトルにある「半木の道」は、物語の展開にはまったくといいほど必然性がない場所でした。Aと言う代わりに「半木」という固有名詞をあてただけです。
 ここは桜の名所として取り上げるだけではもったいない所です。
 作者は現地に足を向けたのでしょう。しかし、写真にあるように、飛び石で反対の河原に簡単に行けることには興味がなかったようです。

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 橋を使わなくても、賀茂川の両岸をこうしてショートカットができるのです。物語の中で、この飛び石をうまく使うと、もっとおもしろくなったのに、と残念に思っています。

 こう書くと、まったくの駄作としか言えない小説です。
 ご当地小説は、その地域が舞台として出て来ることだけに興味があるものです。それに期待したのですが、それもイマイチでした。
 京都をブラブラした気分だけは、印象として残っています。

 書き下ろしの小説は、それが殺人事件に関するものは、その場限りの読み捨てと割り切ることにします。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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