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2008年1月 3日 (木)

【復元】古都散策(24)龍田大社へ初詣

(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)


☆2007年1月1日

人出の多い元日の龍田越え


 新年を迎え、いつものように家族で、河内高安にあるお墓参りに行きました。

 我が家のお墓は、『伊勢物語』の第23段「筒井筒」で有名な大阪河内の高安山の中腹にあります。大阪市内から淡路島までが一望できる地です。我が家のある平群の里は、ちょうど山の反対側に当たります。在原業平とおなじように歩いて山越えすれば、2時間ほどでしようか。

 私の出身小学校は大阪府八尾市立南高安小学校、中学校は同 南高安中学校です。まさに、高安の地です。
 中学校の冬のマラソン大会は、学校から奈良側の山を越えた平群町の信貴山までを往復することでした。小さい頃は河内高安で、大きくなってからは大和平群という、まさに業平の竜田越えの世界に私は生きているのです。

 お墓参りの後は、これまた例年のごとく、我が町の信貴山にある朝護孫子寺に初詣です。
 河内側から高安山を経て信貴山へ行くと、ことのほか人出が多いようでした。
 信貴山は虎が守護するところだけに、阪神タイガースの聖地です。優勝した年の人手はすごいものがあります。しかし、今年は優勝した年でもないのに、初詣客が多いのです。
 駐車場への待ち時間がすごいので、明日にすることで下山しました。
 反対車線の登りは、山頂から麓の王寺町まで、それも息子が卒業した信貴丘高校の校門あたりまで、車の列が続いているのです。こんなことは初めてです。

 我がご町内のお寺に、こんなに人がたくさん来ることは大歓迎です。しかし、ゴミが溢れ、自然が汚されるのはかないません。複雑な心境です。

 信貴山を下り、竜田の地にある龍田大社(大和国平群郡 龍田坐天御柱国御柱神社、現奈良県生駒郡三郷町立野南)にお参りすることにしました。


Y8zotvpc_s龍田大社の鳥居



 『日本書紀』の675(天武4)年4月10日の条に、龍田大社の風神祭のことが記されています。
 また、『延喜式』には「龍田風神祭祝詞」というものが収録されており、旧官幣大社の一つとしても全国に知られています。

 なお、法隆寺のすぐそばに龍田神社(大和国平群郡 龍田比古龍田比女神社、現奈良県生駒郡斑鳩町龍田)があります。
 私もその昔、この龍田神社を、かの有名な龍田の神の社だと思って、レタンサイクルで訪れたことがあります。しかし、平群の地に住むようになってから、そうではなくてもっと西の立野の地にあるのが、風の神の龍田大社であることを知りました。ややこしいことです。

 この龍田大社も、すごい人でした。賽銭を投げてお祈りをしようとする人が、長蛇の列をなしていました。


Gm07ocis_s本殿



 こんなに人が多い龍田大社は初めてです。
 本殿の横で振る舞い酒がありました。


Azkgy05b_sお屠蘇



 月桂冠でした。車で来ていて、おまけに糖尿病の私は、日本酒は避けました。
 例年、この場所では焚き火に人が群がっていました。しかし、今年の元日は非常に暖かかったからでしょうか、焚き火はありませんでした。

 いつものように、この龍田大社の破魔矢を買って帰り、床の間に掲げました。


Crnm5vt1 破魔矢



 今年も家族全員が無病息災で暮らせますように。



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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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