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2008年1月26日 (土)

源氏のゆかり(3)浮舟の石碑

 京都府宇治市莵道に三室戸寺があります。西国33ヶ所の第10番札所でもあります。


8mlupx4n_s三室戸寺山門



 私は、この寺が好きです。広い庭園には、いつ来てもたくさんの花がある、きれいなお寺だからです。
 この三室戸寺に、『源氏物語』の宇治十帖で知られる浮舟にまつわる石碑(供養塚)があります。
 ここに掲載する写真は、平成16年の9月、母が亡くなる1ヶ月前に西国札所巡りで訪れた折のものです。


2vpk3zwo_s 浮舟の記念碑




 説明板には、『源氏物語』の浮舟と、謡曲の浮舟のことが記されています。
 石碑に近づくと、草花に埋もれるようにして立っています。



Rdeosvgi_s浮舟之古墳



 この浮舟の碑に関して、平成19年12月13日の京都府宇治市議会一般質問で久保田勇市長が答えたこととして、京都新聞にこんな記事がありました。


  久保田勇市長は現在ある三室戸寺(同市莵道)から宇治川沿いへの移設や、碑がかつて川沿いにあったことを示す方法を検討する考えを示した。。
 久保田市長は「所有者(三室戸寺)の了解が得られれば、元の場所の宇治川周辺に移設することが最も望ましい」と述べた。また、寺の了解が難しい場合は「古跡がもともとあった場所を何らかの形で示す方法を検討する」とした。
 浮舟は、源氏物語全五十四帖のうち、宇治が舞台となった「宇治十帖」のヒロイン。宇治川に身を投げて命を絶とうとした物語で知られる。久保田市長は碑の位置について「象徴的な舞台として川に近いところがふさわしい」と述べた。
 浮舟の碑は三室戸寺が浮舟の古跡を明示するため1742年に建てた。もともとは川べりの「莵道稚郎子の墓」辺りにあったが、明治中期以降、移転を何度も繰り返した末、現在の三室戸寺に移されたとされる。
(京都新聞 平成19年12月13日)



 確かに、宇治川沿いに石碑があった方が、観光的にはいいと思います。
 ただし、三室戸寺に今ある経緯とその意味を確認してからでないと、歴史を無視した現代のご都合主義による暴挙となりかねません。市長が言い出したのには、何かその背景があるように思われます。
 その後どうなったのかは、まだ調べていません。
 わかり次第に、また報告しましょう。





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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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