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2008年1月 5日 (土)

源氏のゆかり(2)若紫がいた北山

 『源氏物語』の第5巻「若紫」は、次のような話で進みます。

  1-源氏は瘧病の煩いにより北山の聖のもとを訪れる
  2-なにがし僧都の僧房の様子
  3-源氏は後ろの山から風景を眺めるとともに、
    明石入道の生活と女君の噂を聞く
  4-夕暮れ時に小柴垣の僧房を垣間見し、
    尼君とともに若紫を見いだす
    (『CD-ROM 角川古典大観 源氏物語』より)

 この話の舞台がどこなのかは、いろいろと説があります。
 鞍馬寺とするのが古来よりの通説です。
 しかし、角田文衛先生は岩倉の大雲寺とされます。

 そこで、よく知られた上の2つ以外の所を訪ねてみました。
 霊厳寺というお寺です。

 この霊厳寺は、今はその姿を確認することはできません。
 洛北西賀茂にある正伝寺の背後に、大文字五山送り火の一つである舟山があります。このあたりが、霊厳寺のあった所ではないか、と言われています。ただし、この霊厳寺は、平安時代の末期には廃絶したようです。
 この霊厳寺については、『今昔物語集』(巻31)に、おもしろい話があります。その内容は今は措くとして、この霊厳寺には、上寺と下寺があったとされています。下寺が、今の正伝寺のようです。


Owi4icx6_s正伝寺山門




 この正伝寺は、西賀茂ゴルフコースの中にあり、お寺のまわりはゴルフ場となっています。参道を上っていくと、ゴルファーとゴルフバックを乗せたカートが横切るのに出会います。


1a18kkzc_sゴルフのカート



 お寺の境内がきれいなので、このような情景に違和感はありませんでした。

 重要文化財の方丈は、木々の中に姿を見せます。これは、伏見桃山城にあった遺構を移築して、本堂としたものです。

7uw_w3bn_s本堂



 ここの本堂には、江戸時代の小堀遠州が作庭した「獅子の児渡し庭園」があり、京の名庭の一つとされています。


12rgqqc7_s庭園



庭は、竜安寺の石庭を思わせます。ただし、ここの庭は、サツキの刈り込みの枯山水です。さらには、庭の向こうに比叡山が望めます。ぜいたくな借景庭園です。

 境内の一角に墓地があり、木々の間からゴルフ場が覗けました。


Nwghqifr_s墓地



 どんなところか足を運んでみたところ、京の街が一望のもとに臨めるのです。


Qal9drub_sゴルフ場からの眺め



 少し小高いところからは、こんなにみごとな景色が目に飛び込んでくるのです。
 中央右端の白い長方形の建物のそばに、拙宅があります。その右には、京都御所が、さらに右に目をやると、京都タワーも見えました。
 まさに、絶景です。


Nrzz9oxk_s市外遠望



 ゴルフ場の反対側に行ってみました。
 山峡には、民家のような屋根が散在しています。


Urxejv13_s山麓の人家



 『源氏物語』の原文を読み比べると、この情景と物語の舞台の雰囲気が非常によく似ていることに気付かされます。丁寧に原文を読めば、さらに実感が湧いてくることでしょう。

 行くまでは、あまり期待をしていませんでした。一応、若紫が見つけ出された北山の一つを見ておこう、という動機で来ただけでした。しかし、その印象は、物語の場面を彷彿とさせる所でした。
 これは、少し真剣に調べてもいいかもしれません。

 早速、以下の2つを読んでみようと思います。


・永井義憲「源氏物語『若紫』の北山は霊厳寺か」(『大妻国文』五、1974年3月)

・竹内正彦「北山の天女―「若紫」巻における明石一族の噂話―」『源氏物語発生史論』(平成19年12月、新典社)



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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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