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2008年4月26日 (土)

辻村寿三郎さんの古典人形

 この記事は、本年3月9日に京都・高島屋グランドホールで観た、辻村寿三郎さんの「新作人形展 〜平成アールデコ〜」についてのものです。
 実は、以下の文章を書いた後に、突然パソコンの電源が入らなくなりました。そして、原因がロジックボードらしいということだったので、修理に出していました。このことは、以下の2つのブログで報告した通りです。

「またパソコンが休眠」
http://blog.kansai.com/genjiito/201

「仮死状態のノートパソコン」
http://blog.kansai.com/genjiito/202

 先日修理を終えた、というか、ロジックボードが交換されたパソコンがもどってきたので、無事だったハードディスクから取り出した文章の一つが、この記事です。
 時期を失した内容ですが、大事な記録でもあるので掲載します。

***************
 辻村さんの人形展を初めて観ました。なかなか機会がなかったからです。
 展示会場に入ったところで、たまたま辻村さんご本人によるギャラリートークが、入口の『雨月物語』をテーマとする作品から始まったところでした。こんな企画があったとは知りませんでした。
 これはまたとないチャンスなので、辻村さんの説明を聞きながら、人形にまつわる苦労話や、お得意(?)の人生訓に耳を傾けました。今の世相へのご不満が、作品の説明を忘れてなされていましたので、これはこれで楽しく拝聴しました。
 とにかく偶然とはいえ、真横で作者のお話を聞きながら作品を見て回るのは、人形に込められた気持ちが伝わってくるので、得難い体験となりました。
 辻村さんの、『平家物語』の時代や『八犬伝』『雨月物語』の江戸時代など、中世から近世への造詣の深さをかいま見ました。

 私が楽しみにしていた『源氏物語』については、ご本人が説明してくださる機会に恵まれたので楽しみにしたのですが、あまり熱が入っていなかったように思います。
 第1巻の「桐壷」から第5巻の「若紫」までのトピックシーンが、四角い大きな枠のスペースに組まれていました。若紫を北山から盗んでくる場面について、粗っぽい若者のやることは今も昔も変わらない、という短い説明だけで終わりました。時間がなくなったということもあります。
 終わってから、辻村さんのお話に付いてきていた30人ほどの女性たちの中から、3人くらいが質問をしていました。桐壷の更衣が狂っている状況や、着物の色、そして真ん中に置かれた大きな女性の人形についてです。

 辻村さんは、『源氏物語』にはあまり思い入れがないようです。『雨月物語』の説明の時のような、熱っぽい説明はありませんでした。ただし、桐壷の更衣のかわいそうな境遇には心惹かれたらしくて、放心状態で裸のまま庭をさまよう更衣と、そんな更衣に女房が赤子の光源氏を差し出す場面の説明を、ほんの少しだけしてくださいました。
 「人を孤独にしてはいけない」
 「人は温もりを求めている」
 辻村さんは、ドラマの内側に見え隠れする、人間の情念のほとばしりに反応される方のようにお見受けしました。
 人形が付けている着物については、京都などの各所で催される古物市などで入手された布などを活用されているとのこと。古着を使って、自分好みの人形にしているのだとか。スダレなどの小道具も、処分されるものの再活用だそうです。
 真ん中に展示されていた大きな人形は、紫式部だとのことでした。男っぽい人になっていますが、真実を見ることのできる人は、こんなイメージになると仰っていました。

 『源氏物語』のコーナーの前に大日如来や空海の人形があり、熱っぽく人間の生き方とか人生について語られました。しかし私は、その右手前にあった、桐壷をテーマにした人形が気になりました。直前の解説では、桐壷帝の膝やお腹にハマグリを使っているので、その丸みを観てほしいとのことでした。平家の公達などの人間を表現する時には、人間の形をした人形になるが、『源氏物語』などの場合は、自分を拒否する貝を使うので、こうした形になる、と言われました。その意味がまだよく私にはわかりませんが、聞いたままをここに書き留めておきましょう。

 なお、『源氏物語』の人形の中でも桐壷の更衣については、作品の添え書きに「桐壷」とありました。例えば先ほどの大日如来の右側にあった人形には、「若宮の誕生を帝に報告する桐壷」と。
 紛らわしいので、これは「桐壷更衣」とハッキリさせたほうがいいように思いました。

 辻村さんが『源氏物語』に着手されたのは、2001年4月の日本橋三越で発表された「源氏絵巻縁起」からのようです。68歳の時です。これが今回も展示会場の中央にあったもののようです。
 辻村さんは、早くから『源氏物語』に取り組んでおられたように思っていましたが、勘違いしていました。

 帰ってからすぐに、手元の資料を出して見ました。
 『アサヒグラフ』(通巻4001号、1998年11月、朝日新聞社)の表紙を見て、自分の思い違いの原因がわかりました。表紙には「ホリ・ヒロシ 源氏物語」とあるのです。
 ホリさんの人形は、宇治市源氏物語ミュージアムで上映されていた映画『浮舟』でよく知られています。このホリ版『源氏物語』と、この辻村さんの『源氏物語』の人形は、今回たまたま人形の顔をジックリと観、そして着物の作られ方を知ったために、ようやくその違いがわかりました。2人の人形師の味の違いが、少しわかってきました。

 今回、辻村さんにお目にかかれたのもご縁なのでしょうから、図録として販売されていた作品集を買い、それにサインをしてもらいました。


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 作品集には、『源氏物語』は1頁だけで、桐壷更衣が狂っている部分が、ほんの小さく紹介されているだけでした。これが、辻村さんにとっての『源氏物語』の位置づけなのでしょう。
 今回は、源氏千年紀という流れの中での京都での展示でしたが、ご本人はそんなことには頓着することなく、マイペースで作品に向かっておられるのがわかりました。



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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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