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2008年5月10日 (土)

源氏のゆかり(7)説明板9-淑景舎(桐壺)跡

 二条城の北西の端から500メートルほど北に上ると、田村備前町があります。その一角に、淑景舎(桐壺)跡があり、源氏千年紀の記念の説明板が建っているとのことなので、早速でかけました。
 この日も自転車ででかけました。京都を散策するには、自転車が一番です。
 何よりも、ゆっくりと漕ぐ早さが、まわりの様子を見ながら進むのに最適です。

 この田村備前町とその左隣の東神明町には、源氏ゆかりの説明板が8基も建てられています。民家が建ち並ぶ地域ですが、点々と説明板があるので、歩くだけで当時の内裏にあった殿舎と殿舎との距離感がつかめます。
 そして、ここにあの人がいたのか、ここであの人が彼と……などなど、タイムスリップを楽しめるのです。

 最初の目的地である淑景舎(桐壺)跡は、上京区出水通浄福寺東入ルになります。
 光源氏の母、桐壺更衣が帝のもとへ通ったのが、ここからでした。光源氏が雨夜の品定めをしたところでもあります。
 南北に通る浄福寺通りから東西に走る出水通りに入り、まっすぐに東向きに自転車を走らせたのですが、どこまで行っても説明板が見つかりません。


Juxgd6aq_s桐壷跡がみつからない



 どんどん行って、智恵光院通を突っ切ってしまったのに、それでもないのです。
 しかたがないので、引き返してきたところ、何と先ほど通り過ぎた所の壁の裏側に、「ゆかりの地」の説明板が取り付けられていたのです。
 これでは、見つからないはずです。


Mbfepvld_s説明板発見



 ローソク屋さんが目印です。
 そばまで来ると、こういう形で見えます。


Db71i2lp_sローソク屋さんの前



 説明板の文面は、こうなっています。


F5afji4b_s説明板



 この中央にある内裏図の中の赤い点が、説明板のある場所を示しています。これを頼りに、この一角を回ると、効率よく回れそうです。

 次回から、この桐壺の跡を起点にして、時計周りでこの内裏の建物跡を確認していきましょう。



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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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