« 源氏のゆかり(6)説明板31-雲林院 | メイン | 源氏千年(43)朝日「人脈記」10 »

2008年5月 7日 (水)

源氏千年(42)新聞誤報で「車争図」見られず

 上賀茂神社では、5月4日に「御禊の儀」がありました。
 これは、今月15日に行なわれる葵祭のヒロインである斎王代が、身を清める儀式です。御手洗川に手をつける所作が、写真で報じられていました。
 この「御禊の儀」は、上賀茂神社と下鴨神社とが隔年交代で行なっています。

 5月5日の朝日新聞(関西版、朝刊)は、このニュースを次のように記していました。



 源氏物語千年紀の今年は禊の儀の場所取りを描いた「車争い」の巨大なバネルも登場、儀式に彩りを添えた。
 パネルは高さ5メートル、幅17メートル。禊の儀で行列に参加する光源氏を見ようと、光源氏を愛する六条御息所と光源氏の妻葵の上が牛車を止める所を争う場面を描く「源氏物語車争図屏風」を引き伸ばした。
 今年新調された十二ひとえに身を包んだ斎王代の村田紫帆(25)さんには今回初めて地元の小学生が育てたフタバアオイが飾り付けられた。パネルは6日までと14〜17日に見られる。



 ここで言う「源氏物語車争図屏風」は、掲載されていた写真から、京都文化博物館の源氏展で展示中の「車争い図屏風」(土佐光茂作、六曲一双、江戸時代、京都市歴史資料館蔵)だと思われます。

 この巨大パネルを見たかったので、5日に行くつもりでした。しかし、当日はお昼頃から小雨となりました。朝日新聞には「6日までと14〜17日に見られる」とあったので、雨が上がる6日に行くことにしました。
 そして今日6日、朝日新聞の朝刊に、こんな訂正記事が掲載されました。


 5日付「源氏屏風さながら 葵祭」の記事で、「車争い」のパネルが見られるのが「6日までと14〜17日」とあるのは、「5日までと15日」の誤りでした。訂正します。


 巨大パネルを見に行こうとしていただけに、見られるのが昨日までと15日だけだとわかり、ガッカリでした。18日は京都で調査なので、前日の土曜日に見る機会も奪われた形です。

 またいつか公開されることを願って、今回は諦めます。

 昨日が雨でなければ、と思うと、この誤報の被害にあわれた方は多いのでは、と推測します。
 新聞の訂正欄では、人名や顔写真の間違いなどはよく見かけます。しかし、自分の行動予定を狂わすものに直面したのは初めてです。
 報道の正確さの重要性を再認識しました。




トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/350595/14409217

源氏千年(42)新聞誤報で「車争図」見られずを参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

Powered by Six Apart
Member since 07/2008