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2008年8月15日 (金)

源氏のゆかり(26)説明板21-一条院跡

 この名和児童公園の地は、紫式部がお仕えした、中宮彰子が住んでいた場所です。
 ここは、一条天皇の里内裏だったのです。

 東三条院詮子は、息子の一条天皇のためにここを用意しました。
 長保元年(999)に内裏が焼けた後、寛弘8年(1011)に一条天皇が崩御されるまでの里内裏として利用されました。


080814itijyoin1一条院

 現在ここは、名和長年の遺跡として知られています。

080814itijyoin2名和長年遺跡

 その公園の前に、説明板があります。写真の左端です。


080814itijyoin3説明板


 『紫式部日記』の中に出てくる内裏は、この一条院を指します。
 紫式部はこのあたりで、中宮彰子の家庭教師役をしていたのです。
 ここが、当時の女房階級を中心とした知的文化圏だったのです。
 そう思って周囲を歩いてみました。しかし、今はそのようなイメージを掻き立てるものは、何もありません。
 この児童公園の隣にあるアンティークショップが、タイムスリップの手伝いを、少しだけですがしてくれます。ただし、昭和初期までしか連れていってくれませんが……。


 説明板の中の、平安時代の一条院周辺の位置図を拡大しておきます。


080814itijyoin4位置図


 こうした図は、平安京の雰囲気を想像するのに役立ちます。
 もう少し、説明がほしいところです。

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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