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2008年10月の31件の記事

2008年10月31日 (金)

源氏千年(68)源氏展閉幕—4千人以上の方々に感謝

 本日午後4時半に、10月4日から約1ヶ月にわたって開催してきた『源氏物語 千年のかがやき』が閉幕となりました。


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 無事に最終日を迎えることができて感激です。
 ありがとうございました。

 4千人以上の方々が、この源氏展に足を運んでくださいました。
 図録は、千人以上の方々が手にして帰られました。
 25パーセントの入場者の方が、この展示図録を求められたことになります。
 もちろん、正確な数字ではありませんが、おおよそこんなところです。

 この、4人に1人が、展示室を出る時に図録を購入してくださったということは、想像を絶する比率だといえるでしょう。
 ささやかな展覧会にしては、内容の濃い図録になっています。それがよかったのでしょうか。
 少し高目の展示品のレベルと図録の説明との連携が、うまく機能し、補完したのではないか、と思っています。

 この図録は、思文閣出版で刊行してもらったものなので、書店でも販売しています。
 新宿のジュンク堂などでは、平積みになっており、結構売れているそうです。

 今回の国文学研究資料館での源氏展は、もっと『源氏物語』について知りたい、という方々を立川の地に呼ぶことができたように思います。
 来館者の方々の分析は後日としても、みなさんが『源氏物語』をどのように思っておられるのか、いろいろと考えさせられる展覧会でした。
 土日も返上で毎日毎日、何度も展示室に足を運び、展示物を観ておられる方々の間を縫って、展示ケースの中に設置した温湿度計の数値を確認していました。

 また、【見どころ案内】というパンフレットを作成し、この開催中に4千部以上を印刷し、毎日展示室に運びました。ご覧になっている方々の意見などを参考にして改訂を繰り返し、最終的には第7版まで作りました。
 明日からは、もう毎日印刷して製本することもないのか、と思うと、少し寂しくなります。

 こうして、1日に何度も出入りするうちに、いろいろな会話やつぶやきを聞くことになりました。
 やはり、『源氏物語団扇画帖』は大人気でした。
 次は、豆本だったように思います。
 もちろん、海外の『源氏物語』の翻訳本も、その表紙のおもしろさに、眼を釘付けにしておられました。
 陽明本や大島本をジッと見入っておられたのは、研究者や大学院生の方々でした。
 書道関係の方も、多かったように思います。

 昨日は、近所の高校生の一団に、ギャラリートークとして展示品の解説を1時間ほどしました。
 書道を勉強している生徒さんたちだったので、今回の古写本はいい教材になっていたと思います。
 鎌倉時代の写本がたくさんあるので、贅沢な空間だったはずです。
 みんなの目は真剣でした。

 展覧会は、たくさんの方々との出会いの場でした。
 春先から、この源氏展に掛かり切りでした。
 忘れかけていた研究というものを、また思い出すことにしましょう。

 早速、来週末は國學院大學で源氏絵に関する発表です。
 翌週は、大阪で海外の翻訳本について話します。
 下旬には、ハーバード大学で発表です。

 口頭発表が続きますが、これも研究成果の公表ということで、研究活動の一環ともいえるでしょう。

 こうした機会を活かして、徐々にこれまでの生活に戻ることにします。

2008年10月30日 (木)

源氏千年(67)源氏写本発見というエセ新聞報道に異議あり

 大学が記者発表として流した情報を、よく確認もしないですべてのマスコミがそれを鵜呑みにして報道する、ということに直面しました。
 マスコミの限界と存在意義を疑うようになりました。

 朝日新聞だけは、鍵を握る人物に電話取材をする、という、いいところまで追いかけたのですが、それが記事にはまったく反映していませんでした。惜しいところで転んでしまいました。あと一歩で事実を報道できたのに、お気の毒なことでした。

 さて、昨日の夕刻、突然、神戸新聞の記者から私のところに電話取材がきました。

 それは、甲南女子大学で「梅枝」巻の古写本が発見されたので、記者発表を受けてのコメントをもらえないか、というものでした。
 取材内容は、今回見つかった「梅枝」巻は、保坂本とどうちがうのか、ということでした。

 私は、甲南女子大学の「梅枝」巻と聞いて、すぐに3年前にその本を調査したことを思い出しました。
 しかし、どうやら記者発表では新発見としてなされたようなのです。
 この写本の調査については、私が指導を担当していた大学院生が論文にしてまとめ、出版社から公表しています。それなのに、3年も経った今ごろ、何を騒いでいるのだろうと訝しく思い、電話取材には適当にとぼけました。手元に資料がないのでわからない、ということにして。
 すると、電話口の記者は、後でまた別の者が話を聞くかも知れない、と言って電話を切られました。コメントを入手するのにお急ぎのようでした。他の先生への取材をして、思わしいコメントが得られなかったらまた頼む、ということのようです。
 いつまで研究室にいるかと聞かれ、おおよその時間を伝えました。しかし、その時間になっても連絡はなかったので、いつものようにお客さんと一緒に夜の食事に出かけました。

 とにかく、無礼な電話取材でした。質問がくだらないのです。
 それにしても、変な話だな、と思いました。
 こちらとしては、3年前に調査報告書としての成果を公表しているのですから。

 そして昨夜、ネットのニュースを見て、仰天しました。
 ほとんどの新聞社が、次の内容の報道をしていたのです。

源氏物語の鎌倉時代中期の写本が発見される=29日、神戸市東灘区の甲南女子大〔共同〕(「NIKKEI NET」の写本の写真に付けられたキャプション)

 この本については、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻・国文学研究資料館の博士後期課程の大学院生であった大内英範君(現在は研究員)が、3年も前に原本を甲南女子大学の図書館で調査をした後に、詳細な考察を加えた論文にまとめ、「伝為家筆梅枝巻とその本文」(『古代中世文学論考 第14集』、平成17年5月17日発行、新典社)と題して公表しています。
 この論文を掲載した本は、平成17年6月21日に、2冊を甲南女子大学付属図書館に寄贈しています。写本の調査を許可していただき、写真掲載等に高配をたまわったお礼としての献本です。

 また、私も3年前に同図書館で本書を調査し、大内英範君の論考を追認しています。図書館への献本は、この時のことです。
 また、「梅枝」巻の本文は、大内君の博士論文において翻刻されています。この博士論文は公刊されていませんが、要望があればいつでも公開できる準備は整っています。もし、これから当該「梅枝」の本文を翻字しようとしておられる方がいらっしるのであれば、大内君に連絡をすれば配慮してもらえることでしょう。
 さらには、現在刊行を続けている『源氏物語別本集成 続』全15巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、平成一七~刊行中、おうふう)の第7巻に、この「梅枝」は校合本文の一つとして入ることになっています。
 1年ほどお待ちになると、他の20種類の「梅枝」の本文との違いを、容易に見比べられるようになります。現在は、第6巻の編集中なので、しばらくお待ちください。


 その「梅枝」巻が、なぜ今ごろ新発見ニュースとなっているのか、わけがわかりませんでした。
 
 十数社のネットニュースを確認しました。
 その中で、代表的なものとして「毎日新聞(ネット版)」の一部を引きます。

甲南女子大(神戸市)は29日、所蔵する源氏物語54帖(じょう)の一つ「梅枝巻(うめがえのまき)」の「別本」系統の写本が、鎌倉時代中期のものと確認されたと発表した。梅枝巻としては、東京国立博物館所蔵の写本と同時期で、現存するものでは最古。他の写本にはない表現があり、紫式部が書いた原文を知る手がかりになる可能性もあるという。  1973年に古書店から購入したもので、縦15.4センチ、横15.6センチ。「斐紙(ひし)」と呼ばれる紙に書かれ、文字を記した「墨付」は65ページあった。Y教授(日本文学)が「源氏物語千年紀」を記念した書展を開くため、書庫で保管されていた梅枝巻を確認。T教授(同)に鑑定を依頼し、書体や紙質などから、鎌倉中期の1240~80年ごろの写本と確認した。

 この記事を読み、「「別本」系統の写本」という物言いが引っかかりました。
 また、なぜ東京国立博物館所蔵の写本(「保坂本」)を引き合いにだされたのでしょうか。古いものとしての参考なのでしょうが、その意図がよくわかりません。大内英範君の論文を読めば、ますますこの小細工が見え透いてしまいます。
 さらに、「書庫で保管されていた梅枝巻を確認」とありますが、我々は3年前にホームページでその存在を知って閲覧を許可してもらいました。今も、ホームページに堂々と貴重書として紹介されています。申請すれば、いまでも誰でも、調査研究目的であれば閲覧できるはずです。

 この記事には、2人の識者のコメントが添えられています。しかし、偶然だとは思いますが、核心をうまく外したものとなっています。このかわし方は、なかなかうまいと思います。

▽伊井春樹・国文学研究資料館館長の話 古ければ古いほど紫式部の原文に近いとは単純には言えないが、「青表紙本」により固定化された世界観とは違う新しい源氏物語が見えてくる。

▽加藤洋介・大阪大准教授の話 鎌倉時代にどのような形の源氏物語が読まれていたのかを考える手がかりになるだろう。

 次の朝日新聞の記事は、本文に関しては正確な説明です。「別本」は系統ではないのですから。
 しかし、千年紀に対する理解が浅いようです。なお、産経新聞も「別本系」という表現をしています。

〈源氏物語〉 紫式部が創作した平安貴族の恋愛物語。紫式部日記の内容から、1008年11月までに書かれたとされる。原本は残っておらず、これまでに見つかった写本では鎌倉初期の4冊が最も古い。鎌倉時代前期に藤原定家がまとめた「青表紙本」、同時期に源光行らがまとめた「河内本」の2系統と、それ以外の様々な「別本」に分類される。


『源氏物語』は、1008年11月までに書かれたのではなくて、この時には『源氏物語』が存在していたことが確認できる、というのが正しいのです。

 産経新聞は、伊井館長のコメントを、少し長く引いています。

 国文学研究資料館の伊井春樹館長の話 「源氏物語は藤原定家が編纂した『青表紙本』が一般的になってしまったので、これまで『別本』と呼ばれるほかの写本にあまり注目が集まらなかった。鎌倉時代中期と古く、表現の異なる部分がある写本が出たことで、青表紙本とどういう違いがあるかなど、さまざまな研究が進む史料になると思う。今までと違う源氏物語の世界を読み取ることができるのではないか。そういう意味で、別本に光が当たるのはいいことだと思う」

今、『源氏物語別本集成 続』を刊行している時なので、この援護射撃はありがたいものです。


 私に取材をしようとした神戸新聞は、Y教授の談話として「所蔵本は紫式部の原文に近い可能性があり、従来の注釈が書き換えられるかもしれない」と話しているとします。
 「おいおい」、と言いたくなります。もっと、『源氏物語』の本文研究の現状を知ってほしいものです。
 マスコミ相手とは言え、思いつくままに発言するのは、無責任すぎると思います。

 ここで、大内英範君と私の、本書との係わりを整理しておきましょう。




2004.10 大内英範君が2日間にわたって甲南女子大学で原本調査。
     当初は、伊藤も閲覧調査申請をだしていたが、
     母の急死により、大内君だけが調査を実施。

2004.12 調査の成果を甲南女子大学の紀要か論集に投稿することを
     大学側に問い合わせる。
     ただし、結果的には、学外者という掲載条件の関係で、
     掲載許可が下りなかった。

2005.05 『古代中世文学論考 14』に大内論文が掲載刊行される。

2005.06 伊藤が甲南女子大図書館で当該書を調査。
    その折、大内論文掲載書2冊を甲南女子大図書館に寄贈する。

2006  大内英範君の博士論文に当該資料の翻刻を掲載する
     許可を得る。

2007.3 大内君が「源氏物語 鎌倉期本文の研究」で学位を取得する。

2008.10 甲南女子大から鎌倉中期の古写本発見という記者発表がある。


今回の報道の内容に関して、大内君にコメントを求めましたので、受け取ったものを以下に引用しておきます。

すでに甲南女子大学図書館のwebページから、

 ・伝為家筆の鎌倉期の書写本であること、

 ・勝海舟の蔵書印が捺してあること

などは発信されていましたし、

私の論文中には

 「非常に特異な本文を有する」

 「他本との異同がはなはだしく」

 「大島本等よりは陽明本等に近い傾向をみせつつ、独自異文も多く有する」

 「平安時代の本文の姿の一つを伝える貴重な写本ではないか」

とあって、要するに異文の具体例を除けば、今回の記者発表には何も新見がなかったといえる気がします。

ということでした。
 また、大内英範君の所には、昨日、朝日新聞から電話取材があったようです。
 彼は、調査の経緯や論文として成果を公表していることを、記者に電話口で言ったそうです。
 しかし、記事ではそのことはまったく現れていないのです。
 折角、3年前に当該原本を調査した者に辿り着いていたのに、それが朝日新聞の記事には反映されなかったことになります。
 なぜ、こんな不正確に記事になってしまったのでしょうか。
 いいところまで追い込んだ朝日新聞には、もう一押しが足りなかった、ということに尽きるようです。

 なお、産経新聞の記事に、以下のようにあります。

「「これだけ古い別本が出てくることは、今後ほとんどないでしょう」と話すのは、同大文学部のY教授(53)。同大の「梅枝の巻」の写本は、主流である「河内本」とされていたため、長年保管庫に保存され顧みられることはなかった。が、千年紀を機に再読していたY教授はこれまでの写本と異なる記述があることに気づいた。(略)Y教授は「まさか別本では」と胸が高鳴ったという。」

 よく言うよ、という印象しか書けません。
 若き学徒とともに、着実に『源氏物語』の諸本を精査することを続けています。『源氏物語別本集成 続』をご覧になれば、それがどれだけ気の遠くなる作業を伴うものであるか、実感していただけると思います。
 そのような地道な調査と研究を積み上げている一方で、所蔵者側はこんな能天気な発言をしているのですから、学問や研究が軽視される一端をかいま見た思いがします。
 『源氏物語』の諸本研究は、遅々とした歩みではありますが、着実に前に向かって進んでいます。

 さらには、青表紙本とか河内本とか別本ということばが、最近のマスコミで再度ばらまかれていることに、私は心を痛めています。
 時代が変わろうとしている時に、時計を逆に戻すような役割をマスコミがしていることに、私は憤慨しています。
 このことは、また日を改めて述べることにしましょう。

 さて、こうした一連の記事を見ると、3年前に甲南女子大学のホームページで当該書に興味を持ち、調査を実施して論文にまとめて報告したことの意義が、まったく生きていないことを悲しく思います。
 繰り返しますが、一人の若き学徒が、真剣に原本調査をした結果を、3年前に論文集に収録して公表しました。今も市販されている本です。
 しかし、それが、今回の報道発表の経緯の中で、まったく評価されていません。知らなかった、では通らないことは、上記の経過説明で十分でしょう。

 学問の成果の公表が、大学の場で軽視されていることを、非常に残念に思います。
 これでは、若者たちは調査をして研究をする意欲を無くします。

 今回問題となっている「梅枝」は、同大学図書館のホームページでは、今も「源氏物語 梅ヶ枝 河内本伝藤原為家筆」として写真入りで紹介されています。あのような報道発表がなされたのですから、少なくとも「河内本」を「別本」と書き換えたほうがいいのでは、と思いますが……。
 


 公開された研究成果は、正しい評価を受けて、そのいい所を共通の情報として継承すべきです。
 大内論文は、当該「梅枝」の本文の内容を詳細に検討しています。
 冷静沈着に、写本に書かれた本文を例に引きながら、詳細な考察をくわえています。
 今回は、それが、所蔵先ではまったく顧慮されなかった、ということです。
 私は、大内君というこの若き学徒がまとめた報告書としての論文の意義を、それも3年前に公表されたものであるということを関係者はよく認識し、それを踏まえた資料の有効活用を目指すべきだと思います。

 たった一冊の『源氏物語』の古写本を、大学入試を控えた時期に、世間の注目を集めるための道具として利用することに疑念を持ちます。
 それよりも、若き学徒が調査してこんな研究成果を【出している】古写本である、という形での公表が、本来あるべきものであり、学生たちへの学習・研究意欲の喚起に役立つはずだと思います。

 貴重な写本を、学問の世界を無視して、源氏ブームに便乗した人集めのために転用してはいけないと思います。
 少なくとも、大内英範君が成した成果を踏まえた公開にすべきでした。
 研究成果を無視したり、踏みにじってはいけないと思います。


2008年10月29日 (水)

源氏千年(66)朝日のニッポン人脈記が文庫本になる

 本年の朝日新聞「ニッポン人脈記」(4月21日〜5月12日)に連載された「千年の源氏物語」の記事が、その前後の連載記事とともに一冊の文庫本に収録されて刊行されました。

 『千年の源氏物語』と題する朝日文庫がそれです。


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 この本には、本ブログで詳細に報じた『源氏物語』に関する記事の他に、「風薫る飛鳥」「笑う門には福でっせ」「ピアノが見た夢」「わが町で本を出す」「絵本 きらめく」も収録されています。

 私は、『源氏物語』に関する連載は丁寧に読みましたが、その他は気ままに読み飛ばしていました。
 それが、こうしてまとまったのを機に読んでみると、それぞれが面白い記事だったことに気付かされました。

 タイムリーな刊行だと思います。

 私を紹介して下さって白石さんの解説は、本当によく勉強して取材なさっていたことがわかり、改めて敬意を表したいと思います。

 ますますのご活躍を楽しみにしています。


2008年10月28日 (火)

不愉快になる添え書き

 通勤時の自転車は、駅の傍にある市営の無料駐輪場に置いています。

 職場は、立川駅からモノレールに乗って一駅の「高松」駅から徒歩8分です。
 自転車だと、立川駅から15分です。
 駅間の乗り継ぎと、電車の待ち時間を考えると、自転車が早くて便利なのです。
 雨の日以外は、国営の昭和記念公園の横を、サイクリング気分で通勤しています。

 その駐輪場は、こんな所です。


081028jitensya駐輪場


 狭い入口ですが、そこに赤のコーンポールがあり、プレートにはこう書いてあります。


081028mansyaよめますか


 私は、この「よめますか」という文字が下品で、なるべくなら見たくないものだと思っています。

 これを書いた人の気持ちは分かります。
 とにかく、満車にもかかわらず、無理やり自転車を押し込んで行く人が多いのでしょう。
 その整理たるや、大変なことでしょう。
 こう書きたくなる気も、分からなくもありません。
 しかし、こう書いてしまったらおしまいです。

 入口から上にあがって振り返ると、入口はこんな感じです。

081028slopeスローブから


 この立川地区の駐輪場は、どの場所でも市の職員の方が、きちんと整理してくださっています。

 私が利用してるここは、いつもこんな感じで整然と整理整頓されています。

081028space整然とした駐輪場


 自転車置き場は、どこでもゴチャゴチャしています。しかし、立川市は手間をかけて整理してくださっているのです。
 整理員の方には、いつも頭が下がります。いつも、ご苦労様です、と言っています。

 そうであるからこそ、この入口に書かれている「よめますか」という文字の下劣さが気になるのです。
 いつも整理している方々は、身勝手な利用者に対して苦々しく思っておられることは、想像に難くありません。
 しかし、だからといって、このように書いてしまっては、嫌みを通り越して、嫌悪を感じてしまいます。

 このプレートはやめてほしいな、と思いながら、この駐輪場を利用させていただいています。


2008年10月27日 (月)

欠陥品の電源アダプタを交換

アップルのiPhoneに付属していた「Apple 超コンパクト USB 電源アダプタ」に欠陥があるとのことで、その交換の通知が来ていました。

ネットでも、交換の手続きができるとのことでした。しかし、ネットという通信をほとんど信用しない私は、アップルストアでの対面による交換を希望していました。

ただし、アップルストアの前は通るのですが、時間がなくてなかなか交換してもらっていませんでした。

今日、やっと交換してもらいました。

欠陥というのは、電源アダプタのプラグ部分 (金属製の差し込み部分) が外れて電源コンセント内に残り、それが感電の原因となる可能性があることだそうです。

とにかく、欠陥商品が氾濫する世の中なので、こうして自発的に交換してもらえるのは歓迎すべきことです。

アップルストア銀座店へ行くと、すぐに交換してくれました。しかし、申し訳ありませんとか、わざわざお越しいただき、ということばはまったくありませんでした。

プライドの塊と化したジーニアス・バーの店員が、淡々と処理をしてくれました。
お詫びも、持参への恐縮さもまったくないことに、アップルの先行きが心配になりました。
こんなに横柄でいいのでしょうか。
相談には、何とか丁寧に対応してくれます。しかし、自分たちの不始末に関する態度は、マナーが欠如した最低な対応だと感じました。

アメリカ企業だからしかたがない、ということで納得するのではなくて、日本人スタッフまでが愚かなアメリカ人のまねをする必要はないのです。
ここは日本なので、日本流の誠意の示し方をすべきでしょう。
傍若無人で地球のお荷物と化しているアメリカ人のスタイルに学ぶものは何もないはずです。

いつまでもアップルには存続してほしいので、こんな低レベルのサポートは大至急改善してほしいと思います。銀座店の店員さんに、日本的な接客作法を、もう一度思い出してほしいと思っています。

なお、交換してもらった電源プラグは、こんなものでした。

081027charg交換したプラグ

底部に緑色の丸印が付いています。これは、この交換プログラムによって対処したものであることの印だそうです。。

2008年10月26日 (日)

井上靖卒読(49)『こんどは俺の番だ』

 一人の女のためにビルを攀じ登る賭けをする男の話から始まります。
 このビル登りは、最後にも出てきます。こだわりの設定のようです。

 この小説には、純粋な心を失わない青年が描かれています。青臭く、嘘臭い話が展開します。
 これが、井上靖の作品が持つ一面でもあります。

 また、一人の女の周りを、人のいい男が何人も取り巻き、さまざまなドラマを生む話ともなっています。
 人間の細やかな描写は少なく、話題の展開で読ませる手法です。
 井上靖の軽みのある小説は、こうしたテンポのよさで進行します。

 登場人物たちは、お互いのコミュニケーションを大事にしています。説明のできる行動をしようとしています。真っ直ぐな人間群像が織りなすドラマです。

 いかにも作り話だ、という感じが、最後まで付き纏います。
 話が、いささかぎこちないのです。思いつくままに、話を展開させている、という感がします。片手間に書いている作品だ、という印象が拭えませんでした。

 他愛もない男と女たちの話を、ダラダラと語っているようにも見えます。
 青春小説といえばそれまでですが、なぜ井上は、この生活感が欠如した作品を公開したのでしょうか。

 『井上靖全集』にこの作品が未収録なのは、こうしたことが理由なのではないか、と思ってみたりもしています。【1】


初出誌︰オール読物
連載期間︰1956年1月号~12月号

文春文庫︰こんどは俺の番だ

〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/


 

2008年10月25日 (土)

井上靖卒読(48)「玉腕記」「三ノ宮炎上」

■「玉腕記」
 歴史を扱った、読者に想像力を掻き立てる話となっています。
 緊張感のあるしっかりとした文章に、読んでいて確かな手応えがありました。
 考古学者である桑島が、生き生きと描かれています。作者には、具体的なイメージがあってのことのように思われます。
 ただし、登場人物がストーリーの中で生き生きとは出てこないので、映像化・劇化には失敗したのではないかと、今では思っています。【3】


初出誌︰文藝春秋
初出号数︰1951年8月号

新潮文庫︰ある偽作家の生涯
旺文社文庫︰猿狐・小盤梯 他八編
講談社文芸文庫︰異域の人・幽鬼
井上靖小説全集15︰天平の甍・敦煌
井上靖全集2︰短篇2

■「三ノ宮炎上」
 オミツを中心にして、終戦前の不良少女を描いています。三ノ宮という一つの街を描いた小説で、珍しいものだと思います。
 炎上する三ノ宮が印象的です。日常とは異なる状況で、街と人々が冷静に描かれています。社会が描かれた小説とも言えます。
 時代背景を負って、そこで生き抜く女の子たちが、社会を斜に見ながらも、前向きに生きていきます。前の見えない若者と、どうなっていくのかわからない三ノ宮という街が、対照的に静かに語られています。
 おもしろい小説というのではなくて、印象的な、読者のイマジネーションを刺激する小説です。【3】

初出誌︰小説新潮
初出号数︰1951年8月号

集英社文庫︰三ノ宮炎上
潮文庫︰桜門
井上靖小説全集4︰ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集2︰短篇2

〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/

2008年10月24日 (金)

古書との出会い『井上靖-ロマネスクと孤独-』

 大谷大学の帰りに古本屋で、ずっと探していた本の一つである『井上靖 -ロマネスクと孤独-』(三枝康高、有信堂、1973)を見つけました。
 定価1,500円の本が、売価は6,000円でした。

 なかなか見かけない本なので、思い切って買おうかと思いました。それでも、何となく踏ん切れずに、『あさきゆめみし画集』だけを買って店を出ました。

 その店には、もう一冊、『井上靖の世界』(福田宏年、講談社、1972年)もありました。それは8,000円だったので、これは即刻パスとしました。

 人手に渡る前にあの本を、やはり早めに買っておこうか、と気掛かりでした。
 本とは出会いがあるものですから。

 そんな折、京都大学からの帰りに、道を隔てたところのよく行く古書店で、昨日と同じ箱入りの『井上靖 -ロマネスクと孤独-』を見かけました。
 縁のある本だと思って裏表紙を開いて値札を見ると、なんと1,000円でした。
 間違いないかをジックリと確認してから、小躍りしながらレジに持っていきました。


081106inouebook研究書


 古典籍に限らず、本との出会いは、いつもながら楽しいものです。

 こんな楽しさがあるので、私はインターネットで本を買うことは、洋書以外にはありません。
 それも、明らかにあることがわかってからのネット注文です。

 ネットで本を探していても、本との出会いに感激することがないのです。
 古書店で、狭い隙間をのぞきながら、首を縦や横にかしげながらの本探しは、本当に楽しい一時です。
 そして、今回のように、探していた本が見つかったときの嬉しさや、同じ本が別の店で特価で並んでいるのを見つけたときの驚喜や落胆は、格別の味が体を走ります。

 もっとも、一つ間違って、この前の時点でこの本を買っていたら、この本を見るにつけ、恨めしく思っていることでしょう。

 実に楽しい本との邂逅を求めて、また古書店巡りを続けます。


2008年10月23日 (木)

源氏千年(65)源氏展図録が24%も売れている意味

 国文学研究資料館の特別展『源氏物語 千年のかがやき』は、今日で会期の3分の2を経過しました。

 毎日 130人以上の方々が鑑賞に来てくださっています。3000人になろうとしているので、予想以上の方々に観てもらっていることになります。

 それよりもなによりも、来館者が図録を購入される比率が、何と 24%を超えています。
 これには、館内でのイベントの際に、書店が受け付けテーブルに本を並べて売ったものは入っていません。
 たとえば、5回の連続講演として室伏信助先生にお願いしている『源氏物語』の講演の際、講演会場の受付横で外部の書店が図録などを販売しています。源氏展を観てから講演会場にいらっしゃった方々も、この受付で図録を購入なさっています。しかし、上記の数値には、この数は入っていません。
 つまり、純粋に展示室の入口カウンターで購入されたものが、来館者の24%なのです。

 展示終了後に、館内で業者が販売した図録の数も加算しますので、この24%という数値は跳ね上がることでしょう。

 京都文化博物館の図録は10%の購入率だったそうです。それが驚異だといわれています。
 一般的に、博物館や美術館での展覧会での図録の販売は、3%から7%くらいだとのことでした。もちろん、その根拠は知りませんが。

 この国文学研究資料館における図録の売れ行きは、どう評価したらいいのでしょうか。
 観に行く、という動機が明確な方々がいらっしゃったから、ということは確かにあります。
 しかし、それだけではないように思うのです。

 品川から立川に移転して、都心を離れたことにより、交通の便は悪くなりました。
 遠くなったという心理的影響は、足を向けてもらうことにおいては、大きいと思います。

 それでも、たくさんの方々がいらっしゃっています。

 これは、地元の方への宣伝がうまくいったのではなくて、いい評判がうまく広がったからでは、と私は考えています。
 宣伝は、呆れるほど下手でした。愚直なまでに、動きませんでした。
 マスコミ対策も、悔しい思いを抱いての日々です。
 反省しきりなのですが、それだけの余裕がなかったのと、すべてが初めてのこと、ということに甘えていたように思います。
 あくまでも、個人的なブログに書くことなので、このことはこれくらいにしておきます。


 今回は、終始一貫、展示のレベルを他の施設における『源氏物語展』よりも、2から3ランクは高めに設定しています。

 これが、もっと知りたいと思っている方々を呼び込んだ可能性が、少なからずあることでしょう。
 展示品のレベルを保ちながら、パネルなどの説明は字数をはじめとして平易を心掛けました。
 会場の入口には、「見どころ案内」という、展示品のコラム集のような20頁の冊子を置き、自由に取ってもらえるようにしました。
 現在、改訂第6版を配っています。
 これが、わかりやすいと評判です。ただし、その内容を見ることもなく、手にしたままでお帰りになる方が多いことが、時間を割いて作成した者としては残念です。
 あのガイドのパンフレットを片手にして回ると、もっと面白く観られるのに、と、つい耳元でささやきたくなりますが、それができないのが歯がゆいところです。
 それでも、「見どころ案内」の新しいものだけを取りに来られる方がおられるのは、説明文を書き、印刷し、入口にセットしている者としては、嬉しい限りです。手作りのコミュニケーションが伝わった時の喜びを、少しではありますが感じられる瞬間です。
 今日印刷した改訂第6版で、この発行部数は2250部となっています。
 無くなると印刷する、という嬉しい手作業の日々です。
 本当に個人的な営為を続けているのですが、一般の方々に分かってもらえることを願って、作り続けるつもりです。

 それと呼応するように、図録の内容は、学問的なレベルでの評価にも耐えられるようになっています。
 文字を多く、コラムの内容を硬軟とりまぜ、絵引き索引を充実させました。

 そして、色遣いには、細心の注意と時間を贅沢に注ぎ込みました。京都の鷺草デザイン事務所には、何度も通いました。カラー印刷の出来は、格段にいいはずです。
 これで、1995円なのです。
 思文閣出版の刊行なので、書店でも購入できます。

 こうしたことが理解されて、一度来た方が再度来てくださる要因になっているのかも知れません。

 展示品も、資料性の高い、『源氏物語』に関する一級資料を中心としています。
 『源氏物語』の資料とされる中で、重要文化財と重要美術品は漏れなく押さえています。
 選定にも、『源氏物語』の専門家をうならせているはずです。
 さらには、観てもらう巻や、開いている頁や、表紙の演示などにも、これからの研究に資するところを意識して展示するように配慮しました。
 大島本などは、研究の現状をご存知の方は、ニヤリとなさったことだろう、と自負しています。
 今、我々が読んでいる『源氏物語』の本文が一体どんなものなのか、我々は何を読んでいるのか、という問い掛けは、問題意識を持っていただくための展示装置としては、これで成功したのではないか、と勝手に思っています。
 さりげなく池田本を並べていますが、この意図も何人かの方には通じたようです。私からの提言のいくつかの内の1つなのです。

 これは、図録の写真にも言えます。
 今後とも、研究論文などで言及される図版となることを意識して図録に収載したものが、ここにはいくつもあります。
 研究会や大学のゼミでも使えるように構成し、記述されるようにしてあるので、いくつかのゼミで採択していただけることを知り、編集の意図を理解していただけたことを嬉しく思っています。

 いずれにしても、こうした意図で作成した図録が高い比率で手にしていただけるのは、そこに国文学研究資料館という組織が背負う性格が反映しているからに他なりません。

 今、24%という数値を示していることは、現在の『源氏物語』の研究状況が停滞している実情を知る上で、非常に参考になる物差しではないでしょうか。
 とにかく、『源氏物語』の本文研究は、70年も止まっていたのです。それが、この『源氏物語』の千年紀を起爆剤として、今、少しずつ動き出したのです。国文学研究資料館がこの分野で果たす役割も、おぼろげながら見えてきます。

 この分析は、会期終了後に、あらためてしたいと思います。

 源氏展の会期は、あと10日です。
 最終週は、招待券などをお持ちで、まだいらっしゃっていない方々が来られます。
 来場者は増え続けることでしょう。しかし、その方々が、図録を購入される方々なのかどうかは、今はわかりません。

 これからのラストスパートで、図録がどのくらい伸びるのか、それとも伸びないのか、大いに楽しみです。


2008年10月22日 (水)

藤田宜永通読(5)『喜の行列 悲の行列』

福袋を求めて並ぶ人たちの、年末から年始にかけての2日間の人間ドラマです。

並んでいるうちに、人間関係ができ、連帯感が生まれます。その諸相が、さまざまな角度から描かれていきます。そして、同時進行で、別のドラマが … 。
オムニバスです。
ますますエンターティンメントになった藤田宜永を見ました。

この小説は、群衆を描くことに成功しています。
福袋を求めて並ぶ人々の一人一人をクローズアップしながらも、その一人一人とつながる人間関係を追います。
たくさんの人の連環が、Aデパートを中心にして展開するのです。

終盤で作者は、絡みあった糸をほぐすように、一見バラバラのように見えながらも実はつながっている人間関係を、読者のために整理してくれます。サービスです。

偶然と必然が、綯い交ぜになって展開する物語です。小説というよりも、物語です。

最後は、藤田宜永の初期作品を思わせる、ハードボイルドタッチの描写が見られます。このところ、フニャフニャとしていた藤田宜永ですが、私はこの破天荒な活劇風の描写が好きです。
1日も早く、文学を気取らない藤田宜永にもどってほしいて思っています。

とにかく、いろいろな味が楽しめる作品です。

俺たちには分からない必然性があったと思うけどな(431頁)

というのが、この物語に通底する考え方です。

年末年始の40時間に起こった、一人の男を取り巻く人生の悲喜劇は、何でもなかったかのように幕が下ろされます。【4】

2008年10月21日 (火)

源氏千年(64)PDAを使った鑑賞ナビゲー ションの実験

 現在開催中の国文学研究資料館の特別展『源氏物語 千年のかがやき』では、メディア教育開発センターとの共同研究として、手のひらサイズのPDA(ヒューレット・パッカード製)を使った鑑賞ナビゲー ションの実験を行っています。

081022pdaPDA

 これは、展示についてのさまざまな参考情報を得るため、調査研究として取り組んでいるものです。

 総合研究大学院大学メディア社会文化専攻では、『源氏物語 千年のかがやき』のための展示学習教材を開発しました。
 この教材は、自宅で事前に展示について学習してもらい、事前鑑賞の内容にそって、展示室をナビゲーションするというシステムです。

 鑑賞ナビゲー ションは、一般来館者を対象にしたもので、パソコンであらかじめ予習してから展覧会場をPDA片手に巡覧してもらうものです。
 もちろん、PDAだけで展覧会を観てもらうことも可能です。
 展示作品の前で、音声による説明を聞くものとは、大いに異なる性格のものです。
 
 25日(土)の午前中と、26日(日)に実施します。
 一人でも多くの方に参加していただき、今後の貴重な参考情報とさせていただきたいと思います。

 この実験の詳細と内容(PDA用教材)については、以下のホームページで確認していただけます。

事前学習HP

 「自宅で事前に学習」とありますが、国文学研究資料館のビデオルームで、この事前学習をしていただくこともできます。

081018pdatest1ビデオルーム

081018pdatest2事前学習中

 今回の展示内容の概要も、このホームページを通覧することによって自宅で確認できます。
 上記ホームページの左下にある「事前鑑賞ウェブページを見る」というボタンをクリックしてみてください。

 実験に参加して協力してくださる方は、展示室の入口前の受付に、遠慮なくお申し出ください。

 なお、ビデオルームでは、古系図や歌合絵巻、そして与謝野晶子の自筆原稿画像データベースなどのデジタル展示も開催しています。

 こちらにも、ぜひ足を運んでみてください。

081018pdatest3デジタル展示


2008年10月20日 (月)

源氏千年(63)『源氏物語』講演会の報告

 今日は、「たちかわ市民交流大学市民企画講演会」というイベントが、国文学研究資料館の2階大会議室でありました。

 テーマは「源氏物語千年紀の意味するもの」ということで、伊井春樹館長が「源氏物語 —読み継がれる不思議な魅力— 千年の享受史〜大沢本発見まで」と題する講演がありました。

081020ii講演会


 会場は、200名の方々で埋め尽くされました。

 いつもの、滑らかな語り口の伊井節でした。

 「若紫」の雀を逃がした場面からはじまり、中世・近世の『源氏物語』が読み継がれた歴史に及びました。
 時々おもしろいエピソードを交えて、会場を沸かせての語り口です。
 加賀美幸子さんとのラジオ放送の話なども、みなさん聞き入っておられました。

 大沢本については、「夕霧」の例をあげての説明でした。
 今後は、大沢本に描かれた人間像や人物像を明らかにしていくつもりだ、とおっしゃって、90分の講演が終わりました。

 最後に、質問の時間がありました。

(1)「匂宮」は「におうのみや」と読んでいることについて、なぜ「の」が入るのか? と。
 多分に読み癖なのだが、ラジオの朗読でも、リハーサルで読み方についてはいつも困っているとか。

(2)紫式部は男だったということについて。
 軽妙に、会場を沸かせながら、事実を踏まえて答えておられました。

(3)「松風」巻の右大将と左大将に関して、山岸先生と玉上先生の解釈の違いについて。
 これには、丁寧にお答えになっていました。そして、玉上説の方が妥当だと思われるが、と。

 なかなか盛り上がった講演会でした。
 参加者の、知りたいという気持ちが伝わってきました。
 素晴らしい企画だったと思います。

 終了後、たくさんの方が、1階展示室で開催中の『源氏物語展』にも、足を運んでくださいました。
 ありがたいことです。


2008年10月19日 (日)

銀座探訪(12)銀座で突然、板前さんと出会う

 今日は、日曜日にもかかわらず、源氏展はあまり人が入っていませんでした。
 図録も、あまり売れませんでした。
 いろいろと心を配った者としては、落胆の日でした。

 気分転換に銀座へ行きました。
 相変わらず、たくさんの人が行き来しています。
 それも、若者が多いのが目に付きます。

 銀座二丁目にあるブルガリの裏手に、回転寿司屋があります。
 そこで、夕食のお寿司を食べて帰ろうとした時、私を呼び止める声が聞こえました。
 振り返ると、品川にいた頃に、仕事帰りに立ち寄っていた大井町のゴミゴミした飲食店街の中にある、「まりも」という飲み屋の板前さんでした。
 久しぶりに、なんと銀座の庶民的な寿司屋でばったりと会ったのです。
 少し、立ち話をしました。

 人間関係は、本当におもしろいものです。
 戦前の雰囲気を残す飲み屋の板前さんから、こうして声をかけてもらえるのも、嬉しいものです。

 人間は、いろんな形でつながっているのですね。


2008年10月18日 (土)

井上靖卒読(47)『波濤』

 圭子という一人の女性の成長が、彼女の恋愛を通して描かれています。
 無理のない、自然な心の動きが、冷静に見つめられています。
 善人だけの、井上靖の世界です。

 慌ただしさの中に、ゆったりとした時間が流れていきます。
 井上靖らしい小説です。

 父親的な存在の宇津木は、人間が夢中になるすばらしさと、純粋な心の大切さを説きます。物語を引っ張っていく人物です。

とにかく相手の総てを肯定して、愛するように努めることですよ。(217頁)

と言う宇津木のことばは、作者である井上のメッセージでもあります。

愛情は努力でつくり上げるものではなくて、自然に生まれて来るものではないだろうか。(236頁)

 愛情とは何か、鋭い指摘です。

 最後は、もう少し先の、さまざまな問題を残しながら終わります。しかし、圭子にも、矢野井にとっても、明るい明日が保証されています。

 読者としては、もう少し語ってほしいところですです。しかし、これで十分です。
 満たされた気持ちで読み終えることができました。【5】

初出誌︰日本
連載期間︰1958年1月号~1959年3月号
連載回数︰15回


角川文庫︰波濤
井上靖小説全集7︰あした来る人・波濤

参照書誌データ:井上靖作品館
  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/

2008年10月17日 (金)

源氏千年(62)源氏展の展示替え

 国文学研究資料館の『源氏物語展』は、今日は展示替えのために休室でした。

 前期の入場者数は2000名弱なので、立川という地を考えるとなかなかの入りです。
 図録は、観覧者の25パーセントの方々が購入されました。これは、驚異的な数字です。後期の推移が楽しみです。
 10パーセントの方が購入されたという、今春の京都文化博物館が異例の多さだったそうなので、これは大変な数字です。

 展示の姿勢と、展示品のラインナップが、こうした成果につながっているのでしょう。解説などのレベルを少し上げ、文字が多い中でもわかりやすい文を目指したことも、評価されているようです。
 それよりも何よりも、色の美しさに神経を配ったことも、受け入れてもらえた要因の1つでしょう。

 さて、明日からの後期を控え、今日はいくつかの作品を入れ替えました。

(1)国文学研究資料館蔵『源氏物語団扇画帖』は、第1図「東屋」から第15図「蓬生」までをしまい、第24図「御法」から第37図「横笛」までを展示しました。
 次回は、10月25日から最後までの15枚を展示します。

(2)天理図書館の『源氏物語絵巻』をしまい、奈良絵表紙『源氏物語』「絵合」を出しました。

(3)池田本(天理図書館蔵)、国冬本(天理図書館蔵)、三条西本(宮内庁書陵部蔵)、大島本(古代学協会蔵)の展示する巻を入れ替えました。
 大島本は、「若紫」の最終丁を広げています。俊成風の書風をお楽しみください。

(4)国文学研究資料館蔵の『源氏物語』断簡を入れ替えました。

(5)天理図書館蔵の周桂本『源氏物語』を入れ替えました。


 明18日(土)は、午後2時から私がギャラリートークをします。
 明日観覧を予定されている方は、よろしかったらお聞きいただければ幸いです。


2008年10月16日 (木)

井上靖の奥さまのご逝去

井上靖の奥さんのふみさんが、先日12日にお亡くなりになった、との記事を読みました。
心不全で、98歳だったそうです。

ちょうど、お書きになっていたエッセイを読み始めようと思っていた矢先でした。

明17日が葬儀で、喪主は、プール学院大学学長の長男修一氏だとのことです。

折を見ては、井上靖の小説を読み、本ブログで「井上靖卒読」として書き続けています。
現在は、43回の『河口』を掲載したところです。

井上靖の作品は膨大なので、私が生きているうちに「卒読」できるのか、いささか心もとないのです。しかし、コツコツと読み、そして書き続けようと思っています。目標は、全作品に個人的な感想を記すことです。

昨年1月には、鳥取の井上靖記念館に行きました。
また、西大井の井上靖が住んでいた家の辺りも散策しました。
しかし、私のブログでは、この時期のものが、サーバーがクラッシュしたために、再現できていません。
記憶を頼りに、いつか再執筆を考えていますが、なかなか思い出せないのです。

井上靖との接点は、『星と祭』が掲載されていた朝日新聞を、ちょうど私が配達していたことにあります。
毎朝、配達を終えた後に、この新聞小説を楽しみにして読みました。ちょうど、私が18歳の時でした。
満月をエベレストで見るということと、琵琶湖周辺の観音菩薩を経めぐるという話に、どんどんと引き込まれました。

私は以来40年近く、井上靖の小説を読み続けていることになります。
奥さんについても、折を見て知るようになりました。

井上靖との接点をつなげようとしていた矢先の訃報に接し、少し戸惑いを感じています。

心置きなく、仲良く語らいの場を持たれることを念じて、ご冥福をお祈りいたします。

2008年10月15日 (水)

一本を見つめて読むこと

 昨日行われた、室伏信助先生の『源氏物語』に関する連続講演の報告です。

 第2回目のタイトルは、「人なくてつれ/\なれば —一本を見つめるということ—」でした。

 これは、「若紫」巻の有名な本文異同を対象にしたものです。
 つまり、大島本と伏見天皇本だけが「人なくてつれ/\なれば……」と書かれているところを、他の本はすべて「日もいと長く……」としていることを取り上げてのお話です。

 この本文の違いについて、一本を見つめるという立場から、あくまでも大島本で読み通そう、ということを強調なさいました。それは、岩波の『新大系 源氏物語』で示された、校訂本文のありように通じるものです。いろいろな本文から、いいと思われるものを選んで読むのではなくて、一本を読み通す、ということです。

 そして話は、伊井春樹先生がなさった、先日の中古文学会での講演に及びました。
 伊井先生が紹介なさった大沢本について、新聞記事と「夢浮橋」の本文異同を例にして、室伏先生なりの読みを示してくださいました。

 伊井先生が講演で例示されたものに、「夢浮橋」の「谷の軒ばより」という箇所があります。
 ここを、大沢本は、「たきのきは」としているのです。まったく異なった表現です。

 室伏先生は、大島本のまま「谷の軒ばより」で解釈できないか、という視点から、句読点の切り方で読めるとされます。そして、「谷の、軒ばより」として、「の」を中止法となさるのです。
 そして、「私がやった『新大系』では「谷の軒ばより」としたが、これは恥ずかしいことだった。」とおっしゃり、「谷の、軒ばより」としたい、と明言なさいました。
 これは、大沢本の異文を受けての提言です。

 講演会だったのですが、非常にわかりやすい話でした。

 「一本を見つめるということ」の実践例を拝聴することができ、有意義な時間となりました。

 次回は、10月28日(火)の3時から、「竹取物語からうつほ物語へ —源氏物語の承けたもの〈その一〉—」と題しての講演です。


2008年10月14日 (火)

立川の謎の寿司屋のレーンが回転

 先週の土曜日のことです。
 国際日本文学研究集会が終わってから、いつもいろいろとお教えいただいている先生を、この立川の謎の回転寿司屋にお連れしようと思いました。お忙しい先生を無理やり引っ張って行った格好でしたが、行ってみると、あれあれ、お休みなのです。
 この前は、日曜日がお休みだったので、土曜日は大丈夫だろうと思ったのですが … 。
 この店のポリシーを読みきれませんでした。

 その日は、別の回転寿司屋へ行きました。
 とにかく、私は一日に一食はお寿司なのです。それも、日本文化の詰まった回転寿司なのです。

 今日は、室伏信助先生の『源氏物語』の連続講演がありました。担当の私は、今日も進行役です。
 今日は2回目です。100人以上の方が、会場を埋めておられます。

 室伏先生は、来聴者に語りかけるようにして進めて行かれるので、みなさん親しみを感じておられるのでしょう。講演の途中で先生が、ここまでで質問はないですか、と問い掛けられると、サッと手が上がって、会場は活気づきます。

 今日のお話が『源氏物語』の写本のことだったので、質問も、紫式部の書いた写本のことでした。
 なかなかいい質問だったので、先生も丁寧に、わかりやすく説明してくださいました。

 私は、この時はマイクを持って、会場を走り回ります。なかなか体力仕事です。
 先週から連日、マイクを持っての進行役で、それなりに神経を使うので、帰りにはドッと疲れがでます。

 それはさておき、室伏先生のご講演が終わってから、展示室へご案内して、大島本の「胡蝶」で「みるこ」となっている箇所のご説明をしました。
 先生は岩波書店の『新大系 源氏物語』の校訂本文を作られたので、朱書きの傍記を採用したことに関して、とにかく訂正されたものを採り上げる方針でしたから、と、先生の立場を語ってくださいました。

 その後、小雨の中を、今日は開いているだろうと、あの寿司屋へ向かいました。

 今日は、お店に電気が点いていました。
 しかし、お客は誰もいません。

 めったに客が来ないのですから、おやじさんもおばさんも、私の顔を覚えていてくれたようです。
 早速、この前の美味しかったシャコを頼みました。
 いいシャコでした。

 3品目あたりで、突然レーンが動き出し、なんとお寿司が回ってくるではないですか。
 てっきり、この回転レーンは錆びついているだろうと思い込んでいたので、これには感動しました。

 レーンを動かしても、おやじさんは無表情です。どうだ、動くんだぞ、なんていう顔は見せません。
 やはり、このおやじさんは、銀座で名を上げた人に違いありません。

 帰りがけに、先週来たことを伝え、土日は休みですか、と聞きました。
 すると、思いがけない返事が返ってきました。
 土曜日は7時までで、日曜日は5時までやっていると。

 おーぃ やる気はあるの?

 それにしても、本当におもしろい寿司屋さんです。
 結局、今日も客は誰も来ませんでした。
 それなのに、ネタはいいものを入れているのです。
 おやじさんの意地なのでしょうか。

2008年10月13日 (月)

源氏千年(61)『源氏物語』への熱気

 今日は、有楽町駅前にある朝日ホールで、『源氏物語』に関する講演会とシンポジウムがありました。

 主催は国文学研究資料館です。

 タイトルは、「源氏物語一千年紀記念 国際源氏物語研究集会 源氏物語の魅力」と題するものです。

 講師としてお招きしたのは、以下の方々です。

 第1部 基調講演【源氏物語の魅力】
  ハルオ・シラネ(コロンビア大学教授)
  カレル・フィアラ(福井県立大学教授)
  平野啓子(語り部・大阪芸術大学教授)
  竹西寛子(作家)
 第2部 シンポジウム【源氏物語の世界を語る】
  パネラー ハルオ・シラネ
       カレル・フィアラ
       平野啓子
       スティーブン・G・ネルソン(法政大学教授)
       ツベタナ・クリステワ(国際基督教大学教授)
  司  会 伊井春樹(国文学研究資料館長)

 会場は、早くから参加者が詰めかけておられました。
 開会時には、600人を超えていたと思います。
 およそ、800人による一大イベントとなりました。

 『源氏物語』には、とにかく人が集ります。
 その魅力を、この研究集会でも再確認できました。

 シラネ先生は、いつものようにわかりやすく、「物語」と「和歌」が持つ働きについて語ってくださいました。
 カレル先生は、自分の体験に根ざした考えや思いを、文学的な表現で語ってくださいました。
 平野先生は、『源氏物語』の「若菜」などの原文を、情感を込めて朗読なさいました。
 竹西先生は、作家としての立場から『源氏物語』への思いを語ってくださいました。

 『源氏物語』に対する姿勢の違いについて、この講演でさらに多様であることが明らかになりました。
 『源氏物語』の切り口や接し方が、いかに多面的であるかが、こうした機会に実感させられます。

 『源氏物語』に関する集会は、男女を問わず、年齢も幅広く、とにかく、さまざまな人々が集ります。
 それに加えて、何よりも熱心です。

 このような古典文学作品を持つことに、日本人として誇りに思います。
 この『源氏物語』について、海外で活躍中の、そして海外からいらっしゃった先生方が、今日は語ってくださいました。
 すばらしいことです。

 この文化を、これからの若い方たちが受け継いでくれることを、大いに楽しみにしています。

 そのためにも、私は資料の整理屋に徹して、『源氏物語別本集成 続』の完結に向けて、さらに作業を進展させていきたいと思います。
 とにかく、私は、『源氏物語』の本文の整理をすることが、自分に課せられた仕事だと思っています。
 そして、みんなで読むのに相応しい本文の提供をしたいと願っています。


2008年10月12日 (日)

地球文学の講演

 昨日と今日は、国際日本文学研究集会でした。
 今回が32回目となるので、日本における文学関係の国際集会としては老舗です。
 私は2日間の総合司会として進行役を担当していたので、終日席を外せませんでした。

 今回のプログラムは、なかなか充実した内容でした。
 個人的なメモを記しておきます。

 本日、2日目の最後は、招待講演でした。
 「地球文学としての物語の可能性と行方」と題する、プリンストン大学教授の岡田 Richard 英樹先生のお話を聞きました。
 講演の前に、講師のご紹介をする関係で、岡田先生にいろいろとお尋ねしました。
 先生ご自身はアメリカ生まれのアメリカ育ちでしたが、ご両親が奈良県のご出身とのこと。私も最近まで奈良にいました、と言うと、お互いの顔が急に緩み、お話がしやすくなりました。
 現在は、イギリスの出版社から刊行予定の、英語で書かれた『源氏物語』の論文集を編集なさっているそうです。

 岡田先生の講演が始まると、とにかく日ごろは耳にしないことばが飛び交います。
 「地球文学」とか「惑星文学」のお話は、「世界文学」という範囲しか想定できない私には、そのスケールの大きさに付いていくのがやっとでした。

 さらには、「エコ源氏」の話は興味深く聞きました。
 「『源氏物語』のエコメンタルスペースを切り拓くべきだ」というくだりは、必死に聞きましたが、私の知能がついていきません。
 「環境問題を考える時、『源氏物語』はすばらしいテキストである。」という話も、私の頭の中は理解しようとしながらも空転しました。

 日ごろ、このような切り口で考えたことがないので、非常にいい刺激を受けました。
 考える、ということの大切さを痛感しました。

 この2日間、進行の切り盛りで疲労の極致にあった私でしたが、この岡田先生の話で、異次元を見た思いにさせられました。

 今回の国際日本文学研究集会の委員長は、東大のロバート・キャンベル先生です。
 キャンベル先生は、最近はテレビのコメンテーターなどで大活躍なので、ご存知の方も多いことでしょう。
 先生は、東大に行かれる前は、国文学研究資料館にいらっしゃいました。
 今回の国際集会の最後に、総括をお願いしました。いつもながらのシャープなまとめ方に、見習うべきことの多いことを知らされます。その語り口には脱帽です。
 そのキャンベル先生の先生が岡田先生だったという話とエピソードの披露は、参加者を大いに楽しませてくださいました。


 今回の国際集会には、『源氏物語』のスウェーデン語訳の発表をお願いした、ストックホルム大学のスティーナ・イエルブリンさんが約束通り来てくれました。
 年末に刊行予定の『源氏物語【翻訳】事典』で、スウェーデン語訳の項目を担当してもらった方です。
 これまでは、メールによる連絡と文書のやりとりだけだったので、お目にかかったのは初めてです。そして、女性であることを知りました。
 海外の方とのおつきあいで、こうした経験は何度かしています。
 すばらしい日本語を話されます。そして、しっかりした日本語をお書きになります。しかし、メールなどの文章だけでは、女性であることがわからなかったのです。これは、日本語の特徴なのでしょう。

 海外からおこしになった方々とは、今後とも、いろいろな情報を交換したいと思います。

2008年10月11日 (土)

携帯メールの文字化け

 iPhoneは、実に良くできた携帯パソコンです。
 そうした点が理解されないままに、iPhoneを携帯電話だと勘違いして購入・加入した人は、勝手が違っていて使い物にならない、と判断されるようです。
 物の性格が違うのですから、これは致し方のないところでしょう。
 アップルの商品は、一割前後の方が使っておられる、ということでいいのではないでしょうか。
 つまり、今のiPhoneは、不必要に売れすぎているのです。

 iPhoneに、不満はたくさんあります。しかし、こんなに便利なものを個人で所有して活用できることには、大いに満足しています。
 パソコンを初めて操作した二十数年前のトキメキに似た思いを、今度は、さらにパワーアップしたものとして体感しています。この気持ちは、機器の操作を通して身体で感じるものなので、ことばで表現することが難しいのです。

 日々、最先端の恩恵を蒙りながら、生活の隙間を滑らかにしています。

 そんな中、妻と息子からのメールだけが文字化けをして表示されます。
 原因不明のため、ソフトバンクの窓口へ行って来ました。

 店員の方は販売を任されたソフトバンクの方なので、アップルの商品に関する知識は皆無に等しいのです。そのためもあって、分からないとのことです。お決まりの文句である、アップルストアへ行くように、と言われました。
 ただし、帰り際に一人の店員の方が、携帯電話で絵文字を使ったらiPhoneでは文字化けする確率が高いはずだ、とつぶやかれました。
 なるほど。
 思い当たることがあります。

 妻と息子からのメールは、パソコンで確認すると、確かに絵文字が使われています。
 妻はハートマークを飛ばし、息子のはペコリと頭を下げています。
 そしてその絵文字を含むメールが、iPhoneでは文字化けしています。
 先程、息子に絵文字のあるものとないメールを送ってもらいました。
 そして、この事実を確認しました。

 私にメールを下さる方は、絵文字は使わないでください。

2008年10月10日 (金)

井上靖卒読(46)『河口』

 井上にはめずらしく、多情な女が主人公です。しかし、上品で爽やかさがあり、女性の心の動きをわかりやすく描いています。この李枝を引き立てているのが、仕事を手伝う館林です。いい組み合わせです。

 後半の、奈良と京都の旅は、現地を知り尽くしている作者ならではの描写だと思います。さりげなく書いていますが、当地に住んでいた、そして住んでいる私には、その場所がうまく描かれているのに感心ながら読みました。
 奈良と京都との雰囲気の違いが、本当にうまく描き分けられています。

 最後の話の盛り上げ方も、少しずつトーンが上がるようになっていて、これもうまいと思いました。

 女主人公は、自分勝手に見えます。しかし、それがこうして自分で生きようとする女性の一面として、巧みに描かれているのです。
 男の身勝手さと、女のわがままが、程よくぶつかり合う話です。

 そんな展開の中で立ち回る館林は、実によくできた男として、理性的な一人の人間として、語られています。作者の分身であり、このような男が、井上の作品には欠かせません。

 最後に、前向きな姿勢で生きようとするところは、井上の作品の明るさの表明です。
 明日へのエネルギーを読者に感じさせて、河口が持つイメージを読者に見せて終わります。【3】

初出誌︰婦人公論
連載期間︰1959年1月号~1960年5月号
連載回数︰17回

角川文庫︰河口
井上靖小説全集12︰満ちて来る潮・河口

映画の題名︰河ロ
制作︰松竹
監督︰中村登
封切年月︰1961年7月
主演俳優︰岡田茉莉子、山村聡


参照書誌データ:井上靖作品館
  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/


2008年10月 9日 (木)

心身(26)廬山寺の前の京都医大病院へ行く

 先日ノドに刺さった小骨は、どうやら自然と取れたようです。
 もう、何にも違和感がありません。

 ノドで思い出しました。
 先月の気も狂わんばかりの忙しさの中で、突然ノドが痛くなり、どうしても我慢できなくなりました。
 原因不明のままに、だんだん熱っぽくなりました。
 ちょうど日曜日ということで、耳鼻咽喉科が開いていません。それも、もう夜の6時近くです。

 妻が、必死で病院に電話をかけて、診察してもらえるかという確認をとってくれました。
 すると、その日は大徳寺の北の耳鼻咽喉科が見てくれるとのことでした。しかし、自転車で夜に行くには距離があります。

 二条城の近くにある休日診療所で、耳鼻科のお医者さんが当直だ、とのことでした。しかし、これも夜なので、躊躇しました。

 そんな時に、鴨川畔の京都府立医大病院は、とにかく何時間か待てば見てくれるとのことでした。
 ちょうど、紫式部邸跡として有名になった廬山寺の向かいにある病院です。
 紫式部が暮らしていた屋敷の前の病院で診察を受けるのも、これまたおつなものだと思い、大急ぎで賀茂川沿いに自転車を走らせました。

 長時間待たされることを覚悟して、たくさん抱えている仕事の書類や、愛用のパソコンであるMac Book Airを持参しました。
 待合室で書類を出し、パソコンに電源を入れて起動させていた時に、何と早々と私の名前を呼ばれるではないですか。

 あれよあれよと言う間に、診察室のイス座らされていました。

 親切な先生で、胃カメラで口からノドの奥や食道を見てくださいました。
 いろいろな説明を受け、とにかく身体を休めなさい、との指導を受けました。

 薬をもらって、医大病院を出たのは、病院に入ってから40分位がたっていたでしょうか。
 気の抜けるほどの早業でした。
 仕事の用意をしっかりとして行ったので、拍子抜けがしました。
 こんな場合には、早く終わってよかった、と言うべきでしょうか。

 後日、通りかかった時に写真を撮りました。


081009furituidai廬山寺から見える府立医大病院

 廬山寺の門前から向こうに見える白い建物が、お世話になった府立医大病院の屋上棟です。

 紫式部がいた屋敷の側の病院で診察を受けるとは、何とも奇妙な気持ちになります。
 これもご縁なので、体調を崩したらこの病院に駆け込むことにしましょう。
 入院でもしようものならば、紫式部が見舞いに来てくれるのでは、という錯覚に陥りそうです。
 もちろん、看護婦さんは、十二単を着ているはずもありません。
 駐車場に、牛車は一台も止まっていませんでした。

 いろいろなことを想像しながら、夜の京を北に向かって自転車を漕いで帰りました。

 なかなか楽しい京都生活です。

2008年10月 8日 (水)

NHKさん、卑怯ですよ

 以下、意識して、いささか挑発的に書きます。

 朝日新聞の平成20年10月7日の東京版(夕刊)に掲載されたNHKに関する記事を見て、朝日新聞はついにNHKのいいなりに強迫行為の片棒を担ぐことになったとしか思われないことに失望しています。
 この記事を書いた記者は、NHKの実態を知らないままに、提灯記事を書いてしまった、と私は思っています。
 無知ゆえの執筆と思われるので、お気の毒としか言いようのないことですが … 。

 さて、当該記事の見出しは、次のようになっています。

NHK、支払い督促拡大  11年度から年1万件程度

 この記事の内容は、3割の受信料未払い者に対して、NHKは簡易裁判所に申し立てることで未払い率を改善しようとしている、というものです。
 未払いについての不公平感の一掃だとも。

 未払い者への強制執行も可能な法的処置でもあると、脅迫的な文章がつづられています。
 この文章を書いている記者に対して、私は「オイオイ」と言いたい気持ちを抑えきれません。
 「不公平感の一掃」ということばは、まやかしです。

 新聞記事には、つぎのようなNHK側のコメントが記されています。

NHKは「あくまでも何度も訪問して支払いをお願いした上での措置。それでも応じてくれない人を対象にする」という。

 詭弁です。
 朝日新聞は、NHK側のお雇い新聞に脱してしまったのですか。
 若い時に、朝日新聞の記者になりたかった者としては、情けないことだと思っています。

 翻って、NHKの方にお伝えします。
 私は、受信料をかれこれ30年も払っていません。
 どうか、私のところに、支払いの督促をしてください。
 受けて立ちます。
 もっとも、「あくまでも何度も訪問して支払いをお願いした上での措置。それでも応じてくれない人を対象にする」という例に、私はあてはまらないので督促の対象外だ、と、また逃げる気なのでしょうか。もう、逃げ続けるのはやめませんか。

 この30年来、NHKが私に行った極悪非道の数々を引っさげて、正々堂々と渡り合う用意はあります。
 ただし、このことを、私から仕掛けるつもりはありません。
 今は、とにかく忙しくて、自分から動くことができないからでもあります。
 また、マスコミを通して問題提起する気もありません。
 第三者の介在なしに、NHKさんと、直接話し合いたいのです。

 これまでにも、支払いの督促にいらっしゃった時を契機に、埼玉県浦和市の支局と、大阪府八尾市の支局と、奈良県奈良市の支局と、神奈川県横浜市の支局と、東京都内の支局の責任ある方との話し合いを申し込んで来ました。浦和と奈良の支局には、わざわざ足を運びました。しかし、すべて、責任者は逃げ通しています。不在を理由に、会ってもくださいません。私に連絡をくれると言いながら、誰一人として連絡もありません。

 私のところへ来られる受信料支払いの案内に来られる方は、皆さんが一様に、帰って上司に必ず伝えて話し合いの場を持ちます、と言って帰られます。しかし、一度としてNHK側から連絡があったためしがありません。

 この場をかりて、疚しい気持ちがないのであれば、正々堂々と私と話し合いをすべきだ、と強く不満の意を表明します。

 NHK側には私と話をする意思がないようなので、新聞報道にあるように、まずは私に支払いの督促をしてください。そして、公衆の面前で、簡易裁判所であれば、そこで話し合いをすべきです。いつまでも、NHKの責任者がコソコソと逃げ回っていてはいけません。卑怯です。今ここでは、「卑怯」という言葉でNHKさんを挑発しておきます。

 私は、NHKが私に対して行った極悪非道の数々の、その真意が知りたいのです。
 それも、マスコミなどの第三者の力を借りることなく、私自身の力で、納得したいのです。
 なぜNHKは、あんなに酷いことを私にしながら、それでいて現場の人からの報告を無視し続けることができるのかを、本当に知りたいと思っています。

 NHKさん、事実から目を逸らし、逃げ回ってはいけません。
 そして、事情のよくわからない人たちに強迫観念を押し付けて、集金業務の矛盾を解消しようとしてはいけません。
 真っ正面から、自分たちのしたことを、知ろうとするべきです。
 素直に受信料を払っている国民を、いいカモにしてはいけません。

 下請け業者の責任にして、下から上がる報告を切り捨ててはいけません。
 それは、トカゲの尻尾切りにしか過ぎません。

 先日も東京で私の対応をされた方は、NHKから委託されてこうして来ているだけなので、私たちにはわかりません、と言っておられました。逃げ口上はうまい方でした。さらには、確かに上司に私からの意向を伝えます、と言って帰られたのですが、その後、責任ある立場の方からは何も連絡はありません。私が渡した名刺は、いったいどうなっているのでしょうか。即刻ゴミ箱行きだったのでしょうか。

 これまでにも、私がお話しをしたNHKの証明書を持った集金業務の方々には、すべての方に名刺を渡しています。しかし、NHK側からは、まったく連絡がありません。上に報告があがっていないのか、こうしたケースは無視しろという通達が行き渡っているのでしょうか。

 私が体験した事例の詳細な報告は、NHKの方との話し合いの中で公開するつもりです。
 とにかく、NHKは酷いことをする会社です。
 30年間、変わることなく、今でも私からの話し合いの提案は無視され続けています。「され」は迷惑の受け身の表現です。

 今、私は職場の展覧会などの仕事で、この件に係わるだけの余裕がありません。
 年を越せば、少しは余裕が生ずるでしょうから、その時にNHKからの督促が来るといいですね。
 年明け早々の私への督促を、お待ちしています。

 ここでは、新聞記事を見て、これは酷いと痛感したので、あえてNHKに対して挑発的に記しました。このように書けば、NHKも私の申し出に応じてくれるのでは、と微かな期待を込めて認めました。
 とは言うものの、おそらく何も反応はないでしょう。

 こうまで書けば、何がしかの反応があるのでは、と微かな期待を込めてはいますが … 。

 くれぐれも、マスコミ関係の方にこの詳細な話をする気がないことは、ここに表明しておきます。
 これまで通り、終始一貫としてNHKと直接話をしたいので、取材などはお断りしますので、悪しからずご了承ください。


2008年10月 7日 (火)

源氏のゆかり(28)説明板36-法成寺跡

 かつてのグループサウンズでタイガースを知っている人は多いと思います。
 そのリードボーカルだったジュリーこと沢田研二の出身校は、京都御所の東に隣接する鴨沂(おおき)高等学校です。
 その高校の道を隔てた北側にあるグラウンドの南側塀沿いに、藤原道長が建立した法成寺跡があります。

 ただし、この説明板はなかなか見つけにくい所に埋め込まれています。


080921houjyuuji1南塀


 写真の左には、京都御所が見えます。このグランドの北側には、紫式部の住まいとされる廬山寺があります。

 この説明板を正面から見ると、こんな感じです。


080921houjyuuji2正面

 ここは、今では法成寺の面影はまったくありません。しかし、鴨川の西で、この地しかないのは明白です。

 これといってなにもない、殺風景な所ですが、廬山寺と梨木神社に立ち寄った帰りに、足を向けるといい場所です。


080921houjyuuji3説明板


 この説明板を読むだけで、当時の様子がイメージできることでしょう。

2008年10月 6日 (月)

源氏千年(60)加賀美さんの朗読

 国文学研究資料館が所蔵する『源氏物語団扇画帖』が、記念切手の背景画に選定されたことは、すでに本ブログ「記念切手の背景画になった国文研の源氏絵」(208.7.24)で、ご紹介した通りです。

 その初刷り切手の贈呈式が、本日おこなわれました。

 そして、それに引き続き、朗読など古典文学の紹介でお馴染の加賀美幸子さんの、『源氏物語』の朗読と講演が開催されました。

 会場は、事前に申し込まれた200人の方々で埋まりました。

 加賀美さんの講演は、「さわやか」ということばのお話から始まり、ご自分の『源氏物語』に対する思いを語りながら、『源氏物語』の「桐壺」巻冒頭から朗読が始まりました。

 場内は、その読み方の巧みさに、うっとりと聞き惚れる、という感じに包まれました。

 加賀美さんには、昨年の9月に立川で開催された国文学研究資料館の講演会でも、その源氏語りを披露してくださいました。
 これも、本ブログで、「源氏千年(1)講演会 in 立川」と題して紹介しました。

 いつ聞いても、すばらしい朗読です。また、優しい語り口も、ファンの多い理由でしょう。

 その後、国文学研究資料館の伊井春樹館長との対談がありました。
 加賀美さんと伊井館長は、ラジオやテレビで購読や朗読を続けておられるので、お聞きになった方も多いことかと思います。

 本日も、息の合った掛け合いで、会場の笑いを誘いながらの名対談でした。


081006kagami対談


 公的なイベントの写真は、こうした私的なブログに掲載するにあたっては、ご本人の許可が必要です。
 大変不躾で失礼ながら、私のあくまでも個人的なブログではありますが、本日の対談の様子を撮影した写真を掲載していいのかを、直接お尋ねしました。
 すると、快くご許可をいただけました。お役にたつのでしたらどうぞ、とありがたいことばもいただきました。
 
 ということで、上の写真は、そのような事情のもとに掲載するものです。

 会場の一番後ろから撮影したものなのですが、雰囲気を感じ取っていただければ幸いです。

 その後、立川のケーブルテレビの取材が入りました。

 お借りしている貴重な作品は写らないようにする、という条件のもと、今回の源氏展を紹介する取材がなされました。

 前回の源氏展の紹介では、掲載しなかった角度での風景なので、改めて第二部以降の展示空間をご紹介します。


081006tvテレビ取材

 本日も、たくさんの方々に展覧会を見ていただきました。
 そして、お出でになった半数以上の方々が、図録を手にしてお帰りです。
 みなさまの『源氏物語』に対する興味と理解が、よりいっそう深まることを、喜んでいます。

 場内で、たくさんの質問を受けます。
 みなさま、よく『源氏物語』のことをご存知なので、こちらも真剣に答えるようにしています。

 特に今回は、美術館や博物館で開催される展覧会よりも内容の濃さを高目に設定しているのですが、みなさまの知的好奇心を刺激したのか、熱心にご覧になっています。
 それが、図録をお求めになる方の数に影響しているのではないでしょうか。

 とにかく、いろいろなことを考えさせられる展覧会となっています。

2008年10月 5日 (日)

心身(25)ノドに魚の小骨が刺さる

 中古文学会の2日目です。

 國學院大學の大学院生の畠山大二郎君の発表は、衣の裾を引くことに関するものでした。

 非常にいい発表でした。それだけでなく、質問に対する答えも、発表に倍する正確さと豊富な情報による説明で、さらに感心して聞きました。さまざまなことを調べていることが、質問に対する答えを通して滲み出てくるという、近年まれな、と言っていいほどに充実した研究発表でした。

 私の隣には、室伏信助先生がいらっしゃいました。先生も、その出来のよさのみならず、発表と質問に対する態度の見事さを、大変ほめておられました。
 わかりやすく、そしてたくさんのことを教えてもらい、考えさせられる研究発表に、久しぶりに出会いました。
 畠山君の、ますますの活躍を、楽しみにしたいと思います。


 お昼に、別室で委員会がありました。その会議の時に出されたお弁当を食べていたら、突然ノドをチクリと刺すものがありました。

 ちょうど、シャケの塩焼きを食べたときでした。
 周りにえらい先生方がズラリと並んでおられるテーブルで、お弁当を食べながらの会議だったのです。お茶を飲んだり、ご飯やオカズを食べたりするときに、噛む音や、ノドが鳴らないように気をつけていた矢先の出来事でした。

 運悪く、すぐ後で私が2回ほど発言する場面があったのですが、何とか痛みをごまかして話しました。

 しばらくしても痛みが引きません。というより、唾を飲み込むときに、右のノドの奥に小さな骨が刺さっているのがわかるのです。

 その後、源氏展の様子を見るために、東京学芸大学のある武蔵小金井駅から立川駅へ向かいました。そして、立川駅の駐在所で事情を説明して、病院を探しました。
 親切なお巡りさんで、気の毒がりながら電話をしてくださいました。私も、iPhoneを駆使して、近辺で診てもらえる所を探しました。

 結局、立川の休日診療所へ行きました。それも、歯科です。

 本来なら耳鼻咽喉科なのだそうですが、今日は休日のために近くにないのです。歯医者なら何とかしてもらえるのでは、ということで、急いで行きました。

 診察してくださったお医者さんは、小骨が見えれば何とかなるが、と言いながら、これは無理ですね、と、これまた気の毒そうにおっしゃいます。看護婦さんも、親身になって心配してくださいました。

 とにかく、ノドの奥に入った骨をとるための道具がないので、どうしようもないのです。

 食べたシャケと小骨の大きさと太さを説明したところ、とにかく大事には至らないので、自然に取れるのを待つように、とのことでした。明日になっても変だったら、その時に耳鼻咽喉科へ行けばいいとも。

 そのことばだけで、とにかく、ホッとしました。

 精算をしてもらうと、今日は何もしていないので、費用は要りません、とおっしゃいます。

 お言葉に甘えて、お礼を言って、源氏展の展示室へと急ぎました。

 昨日も今日も、土日ということもあり、また新聞に掲載されたこともあり、共に100人弱の方が展示をごらんになったようです。

 図録も、予想以上に売れているとか。
 来館者の30パーセントの方が、図録を購入して行かれるようです。2冊とか、さらには5冊も買って帰られた方がおいでだそうです。
 ありがたいことです。

 表紙は、落ち着いたトーンです。

 今回の源氏展の目玉である『源氏物語団扇画帖』を7点ほど散らしてあります。


081005book1表紙

 2日間の中古文学会の書籍販売のコーナーでも、発売元の思文閣出版の話では、予想以上に売れているとおっしゃっていました。
 何人かの先生方は、帰ってから図書館にも入れるように伝えておく、とおっしゃっていました。
 教科書に使うことにした、という先生もおいででした。

 いろいろな用途を想定して編集してよかった、と安堵しています。

 この図録は、華麗な印刷に仕上がっている『源氏物語団扇画帖』の全54枚の絵について、その1枚1枚に詳細な解説と、フレーム図に人名や植物名を明記し、図様の参照図版が掲載されていることでしょう。

081005book2団扇絵

そして、巻末には、『源氏物語団扇画帖』に描かれたものの詳細な索引があります。絵の中に描かれた絵も、索引で検索できます。

081005book5事物索引

 また、初紹介の『源氏物語古系図』は、「巣守三位」に関する記述があって注目されているものです。
 この資料については、5頁にもわたる詳細な解説がなされています。
 この説明は必見です。


081005book3古系図


 巻末付録の登場人物系図には、『源氏物語団扇画帖』から該当する人物の絵を添えてみました。
 一味違った系図になっていると思います。


081005book4人物系図

 その他、いろいろな仕掛けを潜ませていますので、楽しみながらご覧いただければ、と思っています。

 本図録を書店で注文される時は、以下の書名でお願いします。

 書名︰『源氏物語 千年のかがやき』
 発行︰思文閣出版
 定価︰1,995円

 この2日間の学会でも、至る所で今回の源氏展のすばらしさと、図録の良さを耳にしました。

 当事者の立場なので割り引きして聞いたとしても、平安時代の文学を研究なさっている方々には、なかなか好印象で迎えられていることは確かなようです。

 こうした評判が、大事なことだと思います。
 あとは、どうして一人でも多くの方々に、この源氏展のことを知っていただくか、図録を手にしていただくか、ということに尽きます。

 とにかく、好スタートを切った、ということは確かです。
 安堵しました。
 気を緩めることなく、PRに努めたいと思います。

 一人でも多くの方々の来館を、心よりお待ちしています。

 こう書いているうちに、ノドの痛みは、徐々に引いてきました。
 小骨が無事にノドを通過してくれることを祈るのみです。

 「展覧会」の成功と、「図録」の販売に加えて、難儀な「小骨」への祈りというものが増えてしまいました。
 これから、ご飯の丸のみをして、何とか急場をしのぐことにします。


2008年10月 4日 (土)

3本対照「桐壺」校訂本文の試作版

 源氏物語を読むというと、第二次大戦以後は、大島本をもとにした活字の校訂本文を、私たちは読んで来ました。

 それが、近年は本文に対する意識が高まり、

「今、私たちが読んでいる本文はいったい何なのか? 」

という疑念が持たれるようになり、そこから、

「大島本とは何なのか? 」

という問題が議論されるまでになりました。

 現在編集刊行を続けている『源氏物語別本集成 続』の意義が、少しずつではありますが認識をされだしたことは、それに関わる者の一人として、責任の重さを感じています。

 大島本について考えるにしても、私たちの手元には、大島本で作成されたテキストしか共通の資料がありません。
 『源氏物語別本集成 続』は、あくまでも研究者のための本文資料集です。

 大島本の活字校訂本文だけを机上に置いて、大島本についての論議をするのは変です。これでは、源氏物語の本文については、いつまでたっても進展しません。
 大島本を相対化するものがないのですから。

 大島本以外の信頼すべき古写本で作成した校訂本文が、強く求められていました。
 いつもお世話になっている室伏信助先生からも、河内本だけでもいいので、本文を校訂して、みんなが読めるようにしてほしい、と言われてきました。

 すでに、陽明文庫本については、『源氏物語別本集成 続』で、その校訂本文を提示してきました。
 そこで、大島本に替わるものとして「池田本」(天理図書館蔵)を、「尾州家河内本」に替わるものとして「天理河内本」(天理図書館蔵)の校訂本文を作成し、陽明文庫本と合わせた3本を対比できるようなテキストを作成することにしました。

 校訂本文については、南里一郎氏と福田智子氏の協力を得ました。
 そして、3種類の校訂本文を見やすく整形するプログラムは、川﨑廣吉氏の援助を受け、ひとまずは「桐壺」の試作版を作成しました。


 いろいろな方に見てもらい、よりよいものにしていきたいと思います。
 まずは以下のPDFファイルをご覧いただき、ご意見をいただければ幸いです。

 「三本対照校訂本文『源氏物語』桐壺(試作・第一版)」は、産声をあげたばかりのものです。

 不備が多いことと思います。
 注記や語釈も必要でしょう。
 すべてが、今後の問題です。

 とりあえず、試作版の提供とさせいてただきます。


「三本対照校訂本文『源氏物語』桐壺(試作・第一版)」

2008年10月 3日 (金)

源氏千年(59)源氏展の内覧会

 本日、国文学研究資料館において無事に、「立川移転記念特別展 源氏物語 千年のかがやき」の内覧会をおこないました。

081003hall展示室前


 開場前の室内はこんな感じでした。

081003entrance入口


 これは、今回の目玉である『源氏物語団扇画帖』から抜き出した登場人物が、バナーとなってお出迎えです。


 展示室に入ってすぐ右が、【第一部 描かれた名場面】です。

081003naka01第1部の通り

081003naka2団扇絵

 『源氏物語団扇画帖』を展示する10メートルのウォールケースには、17図しか広げられません。
 これは、3回に分けて展示します。ぜひ、3度足を運んでいただき、すべてを見ていただきたいと思います。

 もちろん、展示図録には、54枚の絵をすべて収録し、一枚一枚に丁寧な解説を付けています。


081003book図録表紙

 この『源氏物語団扇画帖』については、国文学研究資料館の基幹研究プロジェクトとして「『源氏物語』再生のための原典資料研究」を発足させ、2年間の研究成果を解題に盛り込んだものです。
 また、この源氏絵の事物索引も、図録の巻末に収録しています。

 なお、9月22日に発行された特殊切手「『源氏物語』一千年紀」のシートの背景画像にも、この『源氏物語団扇画帖』が採用されています。


 この王道を、内覧会が始まると、たくさんの方々で埋まりました。

081003naka11内覧中

 とにかく、さまざまな仕掛けに驚かれたようです。


 この通りの反対側には、『源氏物語』の古写本などが姿を見せます。

 【第二部 どのように書写されたか】

 【第三部 どのように鑑賞されたか】

 重要文化財の中山本や陽明本、そして大島本と、『源氏物語』に関する主要な写本はほとんど展示しています。
 鎌倉時代から江戸時代にかけて、『源氏物語』が伝えられてきたありようが一望できるという、贅沢な空間です。


 与謝野晶子の自筆原稿も必見です。
 鞍馬寺のご理解により実現した画像データベースは、ビデオルームでご覧ください。

 紹介したいものが目白押しですが、それは会場で……、ということに留めます。


 最終コーナーは、海外の翻訳本です。


 【第四部 世界文学としての『源氏物語』】

081003kaigai翻訳本


 ここは、意外な空間となっていることもあり、みなさん立ち止まって翻訳本の表紙に見入っておられました。

 解説は少ないかもしれません。
 しかし、「見どころ案内」という12頁のパンフレットを作成し、入り口に置いてあります。
 ぜひ、このパンフレットを手に、展示作品をじっくりとご覧いただきたいと思います。

 一人でも多くの方に見てもらうためにも、とにかく立川に足を向けていただけるよう、可能な限りの情報を提供していきたいと思います。

 明日は、東京学芸大学で中古文学会が開催されます。
 招待券をお配りしているので、たくさんの方々で会場が埋まることでしょう。

 さて、どのような反応があり、どのような評価が下されるのか、心配であり、楽しみでもあります。

 展覧会としては、その内容のレベルを少し高く設定しています。
 そのため、ぜひ展示図録(1,995円)は手にしてほしいと思います。

 図録は、入場者の5パーセント位しか購入されないそうです。
 今春の京都文化博物館での源氏展は、13万人の入場者のうち一割の方が、図録を購入されました。
 これは、驚異の数字なのだそうです。
 さて、国文学研究資料館の展示図録は、どのような評価を受けるのでしょうか。

 本図録は、『源氏物語 千年のかがやき』と題して、思文閣出版から刊行されています。
 全頁フルカラーの豪華な印刷をしましたが、定価は、1,995円です。
 お近くの書店で注文しても、入手できます。
 展示を見られない方は、是非この図録で雰囲気を体感してください。
 期待を裏切らない図録に仕上がっています。 … いるはずです … 。


2008年10月 2日 (木)

井上靖卒読(45)『白い風赤い雲』

母親に起こされて歯磨きをする場面から始まります。
これが、実にみごとです。
全編を通してのこの親子の会話が、なにげない会話が、自然と心に沁みます。
5年前に父親を亡くした卓次は、もう10歳になりました。

「来年からは、ちゃんとしたお家に住みましょうね。タアちゃんが学校から帰っても、いつも母さんがお家にいるようにしましょうね」(25頁)

と抱きしめながら言う母の姿は、最後にその意味がわかります。
最終章近くで、母はこう言います。

タアちゃんは今夜、こうして母さんと夜店へ金魚を買いに行ったことを大きくなっても覚えてるかしら」 と言った。 「どうかな」 「覚えておきなさいよ。今夜はタアちゃんの一生にとっても、きっと大切な日だと思うわ」 と言った。 「どうして大切なの」 「それはね」

これは、子供のために生きようと決心した母親が、愛に生きることを諦めた場面です。
こころ優しい母親です。

子供の眼から見た世界が、克明に描かれています。
子供の物の考え方や見方が、生き生きと鮮やかに描かれています。
子供の世界と大人の世界の境界を行き来する、子供と大人の心のありようが、なにげない日常の生活を通して、興味深く巧みに描かれています。

母親を見る息子の心に映る映像が、そして心の動きを丹念に語る作者の筆致は、温かいまなざしに満ちています。少年の鋭い感覚もみごとに描き出されています。
井上靖の観察力に感心しました。
目の前に展開する大人の世界を、素直に受け取る10歳の卓次少年。
人間の純粋な心が伝わってきます。気持ちよく、爽やかに読めます。

息子が見た母の心遣いや思いやりが、読者である私自身の母親と生き写しになる時が何度も、いや屡々ありました。
これは、生きる上での生活環境や社会事情は異なるとしても、母親というものの普遍的な姿を描いているからではないでしょうか。

最初この小説の題目を見て、戦国武将の物語かと思っていました。それが、まったく意外な内容でした。それも、親子のありようを非常に感動的に語るものだったので、いまだにこの題名がしっくりときません。
この題名の意味するものは何なのでしょうか。
井上靖の小説には、私にとっては題名と内容がうまく連接しない作品が、時々ですがあります。【4】


初出誌︰主婦の友
連載期間︰1956年1月号?12月号

角川文庫︰白い風赤い雲
井上靖小説全集20︰渦・白い風朱い雲

参照書誌データ:井上靖作品館
  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/

2008年10月 1日 (水)

井上靖卒読(44)『遠い海』

 始まる早々、女と女の対決です。
 愛人らしき女と妻とのやりとりは、迫力があります。テンポがいいですね。
 最初から、緊張感があります。いつもはのんびりとスタートする井上にしては、めずらしい展開です。

 続く、男2人による、1人の女をめぐる話は、夏目漱石の『こころ』を思わせる三角関係です。うまい構成で話が進んでいきます。

 こんなことばがあります。

「あの娘さんに会いたいんでなくて、あの娘さんのお母さんよ。—似ているでしょう、あの娘さん」

「あの娘さんを通して、ほかのひとのことを考えるんじゃありませんか。もっと嫌だわ」
(117-8頁)

 形代としての栄子は、母の代わりでもあります。『源氏物語』をはじめとする、古典文学のパターンを想起させました。

 つぎのことばも、伝統的な日本文学の視点を持っています。

「わたくし、もう主人を前のように愛せないと思います。愛せないのなら、向うの好きなように勝手にさせておけばいいじゃないかという考え方もできるんですが、それができません。女というものは変なものですわ。愛情はなくなっても嫉妬だけはありますの。嫉妬って、堪らなく汚なくて厭です。嫉妬するたびに、自分で自分の汚れるのが判ります。嫉妬するたびに顔に小皺が一本づつ増え、手に黒いしみが一つずつ増えて行きます。それがよく判ります。」(83頁)

 『源氏物語』で言うならば、さしずめ六条御息所がこんなことをつぶやきそうです。

 つぎのことばは、この作品を凝縮したものではないでしょうか。

「人間というものは、みんな遠くに見える海のようなものを持っていますよ。眼をつぶると、どこか遠くに海の欠片のようなものが見える。そこだけ青く澄んでいます。幹君も、恐らくそうした遠い海を持っているんだと思いますね。その遠い海は、幹君の場合、あなたの亡くなったお母さんなのでしょう」(150頁)


 また、「月光に照らされた氷河」(85-6頁)も、効果的な場面を作り出しています。

 ただし、最後の栄子の結婚の決断は、なぜその相手で妥協することになったのか、十分には理解できないままに話が閉じられました。私には、終わりを急いだとしか思えませんが … 。

 この小説は、朝の連続ラジオ小説として発表されたものだそうです。そのための制約があったのでしょうか。
 せっかくの絶妙の男女の組み合わせが、うまく活かされないままの、未消化の作品のように思えます。
 後半、急速に失速したことが惜しまれます。【2】

初出︰NHK第一放送
備考︰NHKのラジオ小説として1962年に書き下ろされたもの
放送期間︰1963年1月4日~
連載回数︰22回


文春文庫︰遠い海

参照書誌データ:井上靖作品館
  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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