平安神宮の前の「みやこめっせ」で開催中の「第27回 春の古書大即売会」に行きました。
主催は京都古書研究会です。単なる古本を集めただけのバザール、というイメージが感じられないのがいいですね。
古本まつり
昨年も、ちょうど同じ時期の5月4日(日)に行き、「みやこめっせで春の古書市」 と題するブログを書きました。
今回も、40を超す古書店が出店していました。50万冊以上の古書が、何列にも並んでいるのです。
壮観です。
特に、左奥の京都コーナーは、京都に関する書籍がたくさんあり、本探しが楽しい一角となっていました。
3時間ほどかけて、すべての本屋をまわりました。
50万冊以上の本の背表紙を目で追いながら、眼球の疲労と闘いながら、いろいろなことを考えました。
ほしいと思っていた本、読みたい本、まったく関係ない本。とにかく、先人の英知の結晶としての書籍の集合です。
買いたい本がたくさんありました。しかし、買っても、結局は読む暇もないままに書棚に放置されることに想いが及ぶと、それでサッと諦めがつきます。
かつて、貪欲に本を探し、買い込み、読んでいた頃と、今の自分が大いに変わっていることを痛感します。
画帖と版本の何冊かに、しばし目が留まりました。ほしかったのですが、個人で買える値段ではありません。
何十万冊もの本を見ながら、こんな本も出ているのだ、とか、読もうと思っていた本はこんなものだったのか、と、今後に生きる情報収集の場にもなりました。
どんな本が刊行されているのか、ということは、ものごとを調べて考える上では、重要な情報なのです。そうした情報の整理と確認ができるので、こうした大古書市は大切な場所です。
買うためだけではなく、自分の頭の整理ができます。
同じ階の近くの一室では、文房四宝展示即売会をやっていました。
筆や硯や紙が中心でしたが、私はそれ以外の文具を目当てで脚を運びました。
そして、桐の箱と、黄銅に1字を刻んだ遊印とを買いました。
桐箱は、A2の紙が入る大きさで、ずっと探していたものでした。
7割引とのことで、幸運な出会いでした。
大きな荷物を、先ほど買った重たい本と一緒に、自転車の荷台に括り付けて岡崎公園を出ました。
次に、近くの京都市国際交流会館で開催されている「旧満州−敗戦−シベリア抑留の真実を伝える展」に行きました。
これは、シベリア抑留の体験を絵画で伝える展覧会です。
シベリア抑留展
私の父は、終戦後は満州からシベリアに抑留されていました。母とは満州で別れての、捕虜の生活でした。
母が満州から引き上げた後に、2年後に父が無事に帰国してから、私が生まれたのです。
小さいときから、シベリアでの苦しかった話は、折々に聴いていました。
両親の属する戦友会のみなさんからも、戦時中の満州のことや、シベリアのことは聴いていました。
その過酷な日々を克明に描いた絵が、30点ほど展示されているとのことだったので、立ち寄りました。
展覧されていたものは、戦争と抑留生活の記憶をもとに描いた絵です。社会的な活動に結びつけておられることに敬意を表して見に行きました。父が送った抑留生活を、少しでも理解したかったこともあります。
ただし、作者の方には本当に申し訳ないのですが、父から聴いた話の感触が、その絵からはほとんど感じられませんでした。
絵の横に添えられた文章も、私には絵と結びついたメッセージとしては伝わらないものでした。
絵とは別の意図がある、何か異質な文章のようにも思えました。絵との乖離があるものです。それが何かは、今はまとめられませんが。
絵は絵で、説明文は別のものとして、両者が異なる方角を向いているようです。説明文があっての絵のようでもあります。
死者のシーンを描いた一枚の絵の説明には、「気の毒に思い、私が二人の手を合わすように描いた。」とありました。
各絵に、そうした描き手の私情を交えた創意が加えられているとしたら、真実を絵で語らせるための虚構というか技術には、相当な筆力を要求されるものとなります。
慰安婦をテーマにしたものも、嘘ではないのでしょうが、どこまで事実に基づくものか、少し疑問を感じました。
あまりにも、その絵を見る者を意識した絵でした。
聴いた話による絵が多かったのも、絵に入り込んでいけない要因になっていたように思えます。
シベリア抑留の真実を伝える絵の展覧会だ、とのことでしたが、私には何か違和感がつきまといました。それが何に起因するのか、その原因はわかりません。とにかく、私には、その絵に描かれているとされる真実が、リアルには伝わってきませんでした。絵からも、文からも。
作者の意図を正しく汲み取れなかったとしたら申し訳ないのですが、事実とは違うものを見せつけられたような印象を持ちました。
一面識もない作者には、本当に申し訳ないことです。
父から聴いた話と、あまりにも違うからでしょうか。
父の話は、もっと悲惨でしたが、その話の中には、人間の温かさが感じられました。伝えたいメッセージがありました。
この絵の説明文からは、錐で人の心を突く感触が残りました。
絵からは、戦争を描いてはいましたが、非常に平板な印象を持ちました。
そこに作者の意図がある、ということであれば、私がシベリアの絵に何かを求めて見にいったことと、大いなるズレがあったことになります。
抑留された地域により、または人により、その生活と描写される世界は違うのでしょうか。私は、人間の感情は、大きく異なることはないと思っていました。画題が、あまりにも興味本位に感じられたからかも知れません
父は、何度も話してくれたました。
朝、隣にいた戦友が凍死していると、その亡骸を弔うために、来る日も来る日も凍土を掘っていたのだそうです。1日に数センチしか掘れなかったとか。
ラーゲルでの生活も、たくさん聴きました。
父の話に強く打たれた想いが強かったので、こうして絵を見ると、かえって現実感が薄れていくように感じました。
ことばが持つ力と、絵が訴える力に、こんなに違いがあるのかと、今は不思議な思いです。
あるいは、あらかじめ見る者に訴えようとする意図をもって描かれた絵と、自分のありのままの苦しかった日々を語るのと、この点に違いがあのかもしれません。
一兵卒である自分たちは被害者であり、あくまでも日本の軍部が悪いかのように書かれた絵の説明文に、個人的な意見の押しつけも感じました。そのために、絵から感じるはずの素直な印象が、色あせて薄れていったのでしょうか。
いずれにしても、この「絵」と「詞」の果たす役割については、改めて考えてもいいことだと思いました。