« 芥川賞受賞作「終の住処」 | メイン | 調理修行(2)最近食べた油揚げ »

2009年8月25日 (火)

源氏のゆかり(44)五条の夕顔町

 『源氏物語』の第4巻「夕顔」に出てくる女性夕顔の話はよく知られています。
 その夕顔の宿の想定地は、現在、夕顔町と呼ばれる一角にあります。

 五条大橋のある五条通りから堺町通りを上がっていくと、高辻通りの手前に夕顔町があります。
 
 
 
090811yugao2夕顔町
 
 
 
 前方を左右に走るのが高辻通りです。
 この高辻通りを左に曲がると、すぐに仏光寺が、そしてその隣にホテル日航プリンセス京都があります。
 高辻通りの3本北が、四条通りです。
 夕顔町は、鴨川の西で、四条と五条の間にあるのです。
 
 
 一軒の民家の前に、「夕顔之墳」と記した石柱が建っています。昭和4年1月に京都史蹟会が建てた碑だそうです。
 40年前に、ここを訪れて写真を撮ったはずです。その頃は、ひっそりと佇む石碑だったと思います。
 今は、こんなに立派な柵の中にあります。
 
 
 
090811yugao3夕顔之墳
 
 
 
 このお宅の中庭には、江戸時代に造られた小塔が大切に守られているそうです。
 ただし、一般には公開されていません。私も、まだ実際には見たことがありません。
 拝見したいという思いを持ち続けていると、いつか叶うものなので、いずれその機会が来ることでしょう。

 この石碑のある家の隣は、「シェリー・夕顔」という高級マンションです。
 
 
 
090811yugao1高級マンション
 
 
 
 上の写真にもあるように、ここに高級外車が駐まっていることに、隔世の感を抱きます。
 光源氏が身をやつして訪れた時の車とは、あまりにも違いすぎます。
 
 
 
090811yugao0
 
 
 
 『源氏物語』の本文(陽明文庫本)には、「御車も、いといたう、やつしたまへり。」とありました。「六条わたりの御忍び歩きのころ」なので、この時の車は、網代車だったと思われます。
 源氏絵では、扇に載せた夕顔の花を受け取る場面として、よく描かれています。

 今は亡き夕顔がこの地を訪れたら、自分がいた住まいのこの環境の激変に、さぞかし驚くことでしょう。
 自分を記念する碑を見ながら、なんと言うでしょうか。
 「ここはどこ?」
 と言った後のことばを考えるだけでも、楽しくなります。
 さしずめ私なら、「このお車は、どなたの?」と彼女に言わせます。
 そして、夕顔は運転手の惟光を呼び寄せて、この隣のマンションに住まう女性たちの素性と、光源氏の今の様子をそれとなく、遠慮がちに、遠回しに聞き出そうとするのです。

 実はこのマンションに、六条御息所がひっそりと一室をもらっていたのです。
 自分に取り憑いた六条御息所に、今度は夕顔が罠をしかけます。
 蘇った夕顔には、自分でも思い及ばぬ復讐心があったのです。

 千年後の「夕顔」という物語ができそうです。


トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/350595/21218751

源氏のゆかり(44)五条の夕顔町を参照しているブログ:

コメント

今週、烏丸御池の大切なお客様を訪問するのですが、少し時間があるので源氏物語ゆかりの場所を訪ねてみようかと思い、このブログに出会いました。夕顔町、行ってみようと思います。マンション住まいの六条御息所に会いに…。

ブログを拝見しました。
『源氏物語』は長いので、ゆったりと気長につきあうと読破できるのでは、と思っています。
瀬戸内訳はハングルの全訳10巻も出ています。もしハングルをお読みになれるのでしたら、こちらも楽しい異文化体験が出来るのではないでしょうか。
海外でご活躍のようですね。私が行った町もたくさんあり、思い出しています。
烏丸御池には、先週私も仕事で何度か通っていました。三条通は散策にいいですね。
ますますのご活躍を。

わざわざのお返事ありがとうございます。また、私のつたないブログもご覧いただいたようで恐縮です。コメント入れさせていただいた後、他の記事もたくさん読ませていただきました。興味深いものが沢山あってとても一晩では読み切れず・・・今後も読者として楽しませていただきたいと思っています。私のライフワークとしての古典文化の探究、まだまだ始まったばかりです。よろしくお願い致します!

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

Powered by Six Apart
Member since 07/2008