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2009年8月11日 (火)

学問とは無縁な茶番が再び新聞に

 朝日新聞の関西版(2009年8月8日夕刊)に、平等院の鳳凰堂に奉納された『源氏物語』の新写本の話が掲載されました。
 これは、東京では2009年7月2日(夕刊)に掲載されたものです。1ヶ月の時を経て、ほぼ同じ文が掲載されました。
 ただし、鳳凰堂の阿弥陀如来座像の前に新写本を積み上げて法要を営むという、狂態を演じたカラー写真は、関西版には掲載されていません。
 これで、この記事は、関東と関西で読まれることとなりました。
 その記事を書いた記者のレベルの低さに、おーい、朝日新聞よ、と嘆いても仕方がないので、あらためてその意味を問題提起します。

 勝手に物語の新たな異本を垂れ流すのは、それが学問的な背景を装っているかのごとくなされているだけに、罪が深いと言えます。

 この記事については、すでに1ヶ月前の本ブログで、「新写本『源氏物語』を平等院に奉納する愚行」と題して批判的な記事を寄せました。

 そこでは、

『源氏物語』の受容史から見ると、あまりにも愚かな行為であり、報道のされ方に、信じられない思いでいます。

と記しました。この書写行為は『源氏物語』の研究史に残る烏滸(おこ)の沙汰です。
 それを無批判に大きく取り上げた朝日新聞の記事は、これまた興味深い『源氏物語』の恥ずべき受容資料となるのです。

 活字で印刷された『源氏物語』の校訂本文を書かせた方も書かせた方なら、それをご丁寧に東西の紙面で記事にする記者も記者です。

 人間の愚かさを嘆いていても始まりません。

 これは、学問的にも貴重な受容資料となるものです。もっとも、低級な受容資料ではありますが、ここは客観的な姿勢で、東西の記事の本文の異同を確認しておきます。あくまでも今後は、学問的な態度で対します。

 まず、関東版(2009年7月2日夕刊)を揚げ、そして矢印の右側に関西版(2009年8月8日夕刊)の本文異同を明示します。その変更の意味は、ここでは一々言及しません。

 まずは、この記事のタイトルの異同です。

・「源氏物語」平成の写本 平等院に奉納「宝に」→源氏五十四帖写本 平等院に奉納

 昨春、『源氏物語』の千年紀ということで、「千年の源氏物語」という「ニッポン人脈記」が朝日新聞に連載されました。
 本ブログでも、その13回すべての記事にコメントを付けました。

 「源氏千年(27)朝日新聞「人脈記」1」
  ……
 「源氏千年(46)朝日「人脈記」13」

 記者の白石さんは非常に勉強家で、よく調べてお書きになっていました。私も取り上げていただいたので、いろいろと教えていただく機会に恵まれました。
 その中でいただいたご教示に、タイトルは東西の編集部でつける、ということがありました。

 「源氏千年(35)朝日の「みだし」への疑問解消!」

 このことから推して、このタイトルの違いは、東西の編集部によるものだと考えればいいのでしょうか。

 以下、記事に関する本文異同です。

・6月20日→ナシ
・「宇治十帖」ゆかりの平等院→平等院
・この30年ほど→40年以上の書歴あり、この30年ほど
・紙の製作を依頼。→紙の製作を依頼した。
・料紙は模様や色、表裏も異なるので→料紙は模様や色などすべて異なり、表裏も異なるので
・1年かけ、→1年かけて、
・写した。→写しきった。
・製本。→製本している。
・こんな本だったか→あるいはこんな本だったか

 この本文の変更については、記者のO氏が説明されたら一番いいのですが、そんなことはなさらないでしょう。
 本人の同意が得られれば、この記事の意義と、本文の異同の意味について、共に考えるとおもしろいかとも思います。しかし、そんなことが実現するとも思えません。
 時期を見計らって、いつか私のほうで解説をすることになるのでしょう。ただし、私は、特にこうした異同に、問題点を見いだせませんでした。担当記者の納得の問題なのでしょう。

 それにしても、岩波の古典大系本をもとにして書写されたことについては、まったくそのままの記事となっています。
 『旧大系』なのか『新大系』なのか、その明示すらありません。
 『旧大系』ならば、その底本は、宮内庁書陵部の「三条西家本」です。
 『新大系』ならば、古代学協会の「大島本」です。
 巻によっては、その本文は大きく異なります。

 例えば、第36巻「柏木」の最後が、

秋つかたになれば、この君は、這ひゐざりなど(し給ふさまの、言ふよしなくをかしげなれば、 人目のみにもあらず、まことに、かなしと思ひきこえ給(ひ)、常に抱き、もてあそび聞え給ふ)。

となっていれば、『旧大系』です。
 『新大系』ならば、

秋つかたになれば、この君はひゐざりなど。

となっています。

 機会があれば、平等院に奉納された新写本『源氏物語』の「柏木」の巻末を拝見したいものです。

 それはともかく、関東で掲載されて1ヶ月経っても、活字校訂本文を書写するというその意味するところの滑稽さに、担当記者はお気づきにならなかったようです。

 これは、記者を批判するものに留まってはいけません。
 その背景にある、『源氏物語』を代表とする古典籍に対する研究者の意識に、問題の根幹があるといえるでしょう。
 活字の校訂本文を書写させるということに。

 新しい異本をつくり、それを権威付けするという、学問とは無縁な茶番が行われたのです。

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学問とは無縁な茶番が再び新聞にを参照しているブログ:

コメント

この件は、僕もブログで感想を書かせていただきました。

http://blog.livedoor.jp/yatanavi/archives/52395899.html

京都新聞にもこの記事が載っていて、こちらでは「「文字の流れを出すため、できるだけ漢字を使わず、スピード感や潔さを表した」という作者の言葉が引用されています。
このことから、新大系か旧大系かにかかわらず、恣意的に本文を変えたようです。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009062000132&genre=J1&area=K00


これを書いた書家としては、あくまで書作品として書いたのであって、写本を作るとか、再現するなんて意識はなかったんじゃないかと思います。

それを写本として記事にしてしまったことが、間違いの根本なのだと思います。

 中川さま

 ご教示をありがとうございます。

 書家の芸術活動には、ある程度の理解をもって拙文を書いたつもりです。

 私が批判の対象としているのは、書家の指導者と記事の執筆者の2人です。

 ご教示いただいた京都新聞は、私もチェックをしていました。

 しかし、京都新聞に記事が掲載された時には、私は何も反応しなかったようです。

 ご指摘をいただき、あらためて京都新聞を見て、そういえば、と思い出した次第です。

 京都新聞では、書家に視点が当たっているので、素直に読めました。

 仰る通り、朝日新聞の記者が、「写本として記事にしてしまったこと」が一番の問題のようですね。

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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