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2009年10月26日 (月)

再録(4)インターネット導入の頃〈1996.7.19〉

 今から十数年前、自宅でインターネットを使い出したころの話です。
 ISDNという通信技術に関して、いろいろと苦しめられました。
 こんなことがあった、というドタバタ劇の一幕です。
 NTTという会社が、いかにいい加減な体質の会社か、ということが如実にわかる話です。
 こんな会社は信用できないので、我が家の通信環境はKDDI一本に絞っています。

(出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「1年目/1995.9.30?1996.9.30」)
 
 
 
ISDN移行へのドタバタ騒ぎ〈1996.7.19〉
 
 7月15日より、わが家の電話がISDN(INSネット64)のデジタル回線となりました。
 変更の第一は、インターネットで情報のやり取りをするスピードを、より早くすることです。
 第二は、わが家の三人の子どもたちも成長し、最近とみに自分たちの情報交換用に電話を活用しだしました。これでは、私の情報収集と発信に影響大となります。危急存亡の秋到来です。
 そこで、電話回線数を増やすのなら、この際、1回線でアナログ2回線分が利用できるISDNにすることにしました。

 1995.1.17
 NTTにISDN利用の問い合わせをしたところ、テレホンアドバイザーの方二名が拙宅に説明に来てくださいました。私の居住区を含めて、今後の調査研究のためもあってのこととか。結局、時期尚早で負担経費が予想外に多かったために断念。

 1996.3.10
 95年末よりISDN導入の費用が従来の半額以下になったのを機に決断。「INSネット64仮申込書兼設備検討依頼書」をNTTに提出。利用開始は7月中旬以降。NTTの都合で4ヶ月待たされることになる。

 1996.7.1
 「INSネット64お申込票」「INSネット64配線フロア図」をNTTに提出。

 1996.7.8
 新電話番号が決まる。

 1996.7.9
 大阪日本橋でDSU内蔵ターミナルアダプタ購入(AtermIT45DSU/PC-IT45D1、NEC、実売価格5.5万円)。NTTとの話の中で、お客さまの方で用意してもらえば、とのことだったので、大急ぎで入手したものです。NTTとしては、局内工事だけで終えたいようでした。

 1996.7.12
 電話番号変更通知の葉書を、知人・親戚・友人に送付。

 1996.7.15
 ※午前9〜10時の局内工事のはずが何の連絡もない上に、9時頃から電話使用不能となりました。アナログもデジタルも使えないので、10時半頃、車で5分ほど走り外の公衆電話からNTTに問い合わせました。あいにくと親しいお隣さんが留守だったからでもあります。暑い中、25分位、公衆電話の受話器を持たされた挙げ句の返答は、作業は午後1?2時になっていた、とのことでした。局内での連絡の不徹底をわびてくださいました。それでは、9時から2時まで電話が使えない状態が続きます。何とか従来の電話だけでも使えるようにしてくれとお願いしましたが、結局は工事完了まで我慢してくれとのことでした。朝から昼までの5時間も電話が止まるのです。何か緊急の連絡でもあってはと、不安になりましたが、どうしようもありません。

 ※携帯電話を持っていないかとか、携帯電話をお貸しするので持参するとの申し出もありましたが、脳波に異常を来す可能性のある危険なものを自分の頭にくっつけて使用するのはご免なので、鄭重にお断りし、残念ながら外部との連絡は諦めました。大阪府と奈良県の境に聳える生駒山麓の小高い丘陵の一番高いところにあるわが家は、高度情報化社会への移行に備えて、しばし孤立することになりました。

 ※1時半頃から、電話局内の工事の方と、どうにか通じた電話で連絡を取りながら、いろいろな点検をしました。4?5回は、スイッチやプラグやコンセントを抜き差しし、さらには新旧の電話番号を変えながら、接続テストに協力しました。しかし、従来のアナログ回線は使えるのですが、新しいISDN回線は使えないのです。当方の機器のスイッチやランプを指示のままに確認したのですが、うまくいきません。
 ※結局、技術者が立ち会わないとだめということで、夕方、大和高田市という遠路はるばる、お二人の方が拙宅まで足を運んで来られました。持参のデジタル電話や携帯電話を駆使して、ようやくISDNが使えるようにしてもらいました。

 ※専門的に言えばいろいろとあるのでしょうが、その内の一つに、ソフト的な設定がありました。それは、アナログポートの設定で、「識別着信」を「しない」にすることです。これがもっと早くにわかっていれば、対応が変わっていたと思います。これは、接続したパソコンから設定できるものです。あらかじめ私は、NECのインターネットのホームページから、今回購入した「AtermIT45DSU」用の「IT45らくらくユーティリティー」というものをダウンロードして用意していました。「AtermIT45DSU」用のMac用のオプションキット(別売)は、今月下旬か八月上旬に発売予定です。あくまでも予定なので、あてにしないで待つしかないようです。Windows用のものは購入した製品に添付されているのですが、Mac用は入手が面倒です。インターネットなどのパソコン通信が不慣れでMacをご利用の方は、くれぐれもご注意ください。また、NTTのホームページからも、ISDN関係の資料はほとんど入手していました。しかし、所詮は素人ですから、知識と資料は急場の間に合わせとして持ち合わせていても、実際に設定する段になると、専門的なノウハウが欠かせません。NTTの方のアドバイスを受けながら、どうにか接続に至りました。電話開通に、丸一日を費やしてしまいました。本当に疲れました。特に、Macユーザーはハンディキャップが多いようです。

 1996.7.16
 次は、今回の主目的であるパソコン通信にISDNを使うことです。これがまた、苦行でした。とにかく、アナログポートもデジタルポートも、これまでのようにアクセスポイントへ電話をしているのかいないのか、わからないのです。繋がらないか、BUSYの連続なのです。

 1996.7.18
 原因がわからなくて、NECの技術コンサルティングに電話をして、長時間にわたって説明を受け、いろいろなテストをしてもらいました。結局、機器も回線も異常なしとのこと。NECには、15年前からいろいろな問い合わせをしてきました。不快な思いをしたことしか記憶にありません。ここ数年は、Macに転向したためにNECの機器を使うことがなく、連絡をとることがありませんでした。しかし、今回ほど親切で明快で好印象をもったNECの方の対応は、とにかく初めてです。田中さん、ありがとうございました。
 それでも、通信ができません。最後に、私が利用しているインタネットプロバイダー「まほろば」に連絡しました。責任者じきじきの懇切丁寧なアドバイスを受け、ようやくISDNを通してのインターネットが利用できるようになりました。「まほろば」の天野さん、ますますのご活躍を期待いたします。いやはや、みなさんに助けられてのパソコン通信です。今回の経緯を振り返ってみると、結果的には私の不注意もいくつかありました。しかし、そうした点を指摘してもらい、適切なアドバイスをしてくださる方に恵まれたことを、感謝しています。これからのネットワーク社会においては、このようなヒューマンインターフェースの部分が、非常に大切なポイントではなかろうか、ということを痛感した次第です。

 ・問題点その1
 電話番号が変更になったため、変更手続きと通知が大変でした。局番も変わったのには驚きました。小学校の連絡網の電話番号は、下4桁の数字だけです。その前の局番が変わると、そこだけフォームが崩れます。ローカルな問題だけではないように思えます。

 ・問題点その2
 まだまだNTTが迅速に手続きと作業をしてくれないようです。

 ・問題点その3
 DSUとかTAといわれる回線接続装置をどのようにして調達するか。

 ・問題点その4
 家族に変更した理由を簡単に説明できるパンフレットがありません。

 ・問題点その5
 不馴れ・知らないことに巻き込まれるので、アドバイスを受けられる人がどうしても必要となります。
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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