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2009年10月25日 (日)

再録(3)インターネット以前の奮闘劇〈1997.2.13〉

 今や、どこの国に行っても、無線でインターネットにつながる時代です。
 欧米はあたりまえですが、トルコでも、エジプトでも、ホテルで無線通信ができました。
 しかし、こんな時代になる十数年前には、今から思えば、いろいろと楽しい苦労がありました。
 以下、何かにつけて、チャレンジを繰り返していた頃の話です。

(出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「2年目/1996.10.1〜1997.9.30」)


ヨーロッパから日本に通信する方法〈1997.2.13〉

 イタリアからはどうするのでしょう?

 数日後に、友人の娘さん(大学1回生)が海外旅行に出発します。イタリアに2週間いくそうです。
 先日、自由行動でどんなところへ行ったらいいの、と電話で聞いてきました。小さい頃から知っている子なので、〈ローマの休日〉コースや、フィレンツェのペーパーショップ、ミラノのノミの市などの話をしました。

 昨年末に会ったとき、私が小学5年生の息子を連れて来年のクリスマスにイタリアへ行くと言ったら、一緒に行きたいと言っていたはずなのに。おそらく、友人夫婦が昨年末にスペインへ1週間ほど行ったので、親の話を聞いて待ちきれずにイタリアへ行くことにしたのでしょう。自分のやりたい夢を持っていて、専門的な勉強をしたいようなので、きっと実り多い旅をしてくることでしょう。

 さて、海外への旅行が容易になった今、外国からパソコン通信をしたい人も多いことでしょう。参考までに、これまでに私が行なった方法を記しておきます。
 ただし、これは今から2年前の1995年春の話です。インターネットはまだまだの頃でした。
 3年前の1994年の春には、OECDパリ本部でUNIXマシンを操作して、インターネットによるE-メイルを京都大学の知人宛に送ったことがあります。これは、国文学に身を置く立場の者があくまでも個人的にチャレンジしたこととしては、ごく初期の出来事に属するものだと思われます。

 いずれにしろ、2・3年前のヨーロッパで、それも一旅行者が格安ツアーで行ったホテルの電話を使ってのパソコン通信なのです。企業の方が出張でメイルを送られるのとは、条件が違うことをご了承ください。

 今年のクリスマスに、予定通り息子を連れてイタリアへいきます。これまで、イタリアからの通信はすべて失敗に終わっています。最近は、通信環境も変わっていることでしょう。最近イタリアからパソコン通信をなさった方がいらっしゃいましたら、その様子をお教えください。こんな方法では、ということでも結構です。アドバイスをお待ちしています。

 それでは、私の場合の実例をあげましょう。これは、〈第6回 西日本国語国文学データベース研究会(DB-West)〉1995.6.4 於・大阪樟蔭女子大学)で報告したことをもとにして、今回あらたにまとめ直したものです。

 私が海外旅行に行くようになって3回目の1994年冬のことでした。
 旅行に持って行ったパソコンは、購入したばかりの〈オアシスポケット3〉です。これは、大きさが普通の郵便封筒くらいの、本当に軽いワープロです。その年の春には、Macintoshの〈パワーブック 145B〉を持って行き、移動の時に苦労したからです。

 10日間、ロンドンとパリへ、私の娘とその友達(共に小学6年生)を連れての旅行でした。その道中で、海外から日本の友人にメイルを送ることにしました。
 出発の5日前のことです。その方法を教えてもらうために、ニフティサーブのフォーラムに問い合わせをしました。急に思いついたのです。いつもこんな調子で、周辺の方々にご迷惑をかけっぱなしです(思い当たる節のある方々、ごめんなさい)。
 ニフティサーブのフォーラムで聞きたかったのは、ロンドンとパリのホテルから日本のニフティに加入している友人にメイルを送る場合についての、次の2点でした。


  1-まず、どこへ電話をするのか。
  2-〈オアシスポケット3〉はどのように操作するのか。

 他に持って行く物は、〈オアシスポケット3〉のAC電源とモデム(aiwa PV-AF144V5)、そして変圧器はワールドコンバーターβの精密機器専用です(これがまた重いのです)。

 素人考えでは、インターネットを利用するのかと思いました。しかし、当時はまだ私のアカウントはありませんでした。リムネットというプロバイダーと契約したのは、翌1995年の2月です。海外のホテルの電話回線が、通信端末として利用できるのかどうかも、わからない点でした。

 早速、何人かの方からアドバイスをいただき、 NODE とか FCIS の情報をダウンロードしました。プリンターでの打ち出しがA4版で200枚を越えましたが、知りたいことがたくさんあったので、必至に読みました。久々に、新しいものを手にする感動の予感がしたことを覚えています。

 アドバイスをお聞きしたところでの私の方針は、


  1-現地ロンドン・パリにおいて電話を扱っている店で
   電話コンセントのアダプターを入手する。
  2-次善の策として、カプラー使用を考える。
   もっとも、カプラーはこれから購入することになる。
  3-コンピュサーブからニフティに入って日本へメールを送る。

ということになりました。

 あまりスマートな対処方法ではないようにも思えますが、出発までに3日しかなかったので、とにかくフル回転で、パソコン通信を活用して情報を仕入れました。

 その結果、音響カプラが必要である、という結論に達しました。

 出発2日前に、大阪日本橋の電気店で、音響カプラを購入。BPS社のXAC-1(\14800/300-14400bps)というものです。当時、音響カプラを探すのは大変でした。大型電気店にしかありません。私は、十数年前に8ビットマシンで音響カプラを使用したことがあります。しかし、それ以来のことなので、出発前日の夜に友人にメイルを送るなどして、使用方法のテストをしました。

 〈オアシスポケット3〉から送出する漢字コードは、「MS漢字」だけが通信に可能であり、「新旧JIS」はすべて文字化けしていました。これが分かったのが出発直前であり、間一髪の旅立ちとなりました。

 さて、ロンドンからは、コンピュサーブ経由でメイルを送りました。私はコンピュサーブの会員ではなく、単なるニフティだけの会員でした。それでも構わないのです。

 泊まったホテルがロンドン市内だったので、アクセスポイントへダイレクトに電話をしました。もっとも、私が入った部屋の電話は外線とうまく繋がらないのです。現地でおちあった甥の部屋の電話は正常だったので、通信は甥の部屋から行ないました。

 以下に、その際の手順を参考までに記しておきます。

音響カプラ(XAC-1)とモデム(aiwaPV-AF144V5)を使い〈オアシスポケット3〉で海外からNIFTYへ通信する手順(ロンドンからコンピュサーブ経由で日本にメイルを送る・コンピュサーブのIDは不要)

1 「オアシスメニュー」から「AutoCom」又は「PF9(通信)」
2 「通信メニュー」から「通信」を選択
3 最下段の「ターミナルモード」を選択
4 アクセスポイントにダイヤルする。
   コンピュサーブ ロンドン=071-490-8881/パリ=47-89-39-40
5 ガーピー音を確認後(ダイヤル前に入力しておく) >> 「ATD」
6 「CONNECT 9600」の表示を確認後 >>>>>>>> リターンキー
7 「HOST NAME?」    >>>>>>>>>> 「NIFTY」
8 「Enter Connection?ID??>」 >>「SVC」
9 「Enter User?ID???>」 >>>>>> 「********」
10 「Enter Password??>」 >>>>>> 「********」
11 NIFTY のメニューから「2.電子メール」>>>> 「2」

 これ以降は、通常のニフティの操作で通信ができます。

 「8ビット、パリティーなし」での接続例のために、「7」で「NIFTY」と入力する前後は画面表示の文字が化けます。しかし、画面表示は気にせずにキーを打つと、「8」からは正常な表示となりす。
 9600bpsで繋がったので、快適に通信ができました。

 なお予想通り、ロンドンの電話コンセントのアダプターを入手するのは時間的にも困難でした。売っている店の所在は分かっていたのですが、一旅行者としては、とてもそのために時間は割けません。ハイドパークで、リスと半日も遊びましたが。

 とにかくロンドンからの通信は、コンピューサーブ経由で可能です。この確認は貴重な体験でした。

 ちなみに、ホテルの明細による電話料金は2.2ポンド(400円弱)。コンピューサーブのロンドンノッドにコネクトするまでに、市内通話が出来るかどうかの実験で、ピザ屋にかかったりして大慌てをしたので、正味300円程で日本に二回の通信が出来たことになります。これは経済的で便利なコミュニケーション手段だと思います。

 次は、パリからです。しかし、残念ながら通信はできませんでした。部屋からパリ市内に電話が出来なかったのです。外線も無理でした。
 翌朝、ホテルのロビーで出会った日本人ガイドの方に尋ねたところ、「このホテルは清算が面倒なので、部屋からは電話が出来ないようになっている。」とのこと。設備と人件費の問題で、省力化されているのだろうと、あきらめました。ところがパリ出発の時に、今回空港とホテルの送迎をしてくれたJTBの人に聞くと、「それは部屋の電話が故障していたのでしょう」とのこと。「一言いってくれれば、交渉して修理してもらったのに。」と言われて、ガクッ。

 自分でフロントに掛け合うだけの語学力がないもので、ついパスしてしまったことが悔やまれます。
 そんなわけで、パリからは通信できませんでした。
 重たい機器を持っていったので悔しい気もしますが、ロンドンからの通信に成功しているので、一応は満足でした。
 パリからのパソコン通信は、1995年春に成功しました。初日はまったくダメだったので、二日目にホテルの技術者に部屋へ来てもらいました。ところが、電話の不具合を説明しているときに、突然コネクトOKとなりました。技術者氏は、結局私のわけのわからない話を聞いただけで、暇な奴だという顔をして帰っていきました。忙しそうに部屋を出ていく彼に、思わずペコリ。原因は不明ですが、とにかく使えればいいのです。

 それにしても、海外のホテルの電話は、故障が多いようです。ロンドンでも甥の部屋の電話が使えたからよかったものの、そうでなかったら、早々に諦めていたところです。

 〈オアシスポケット3〉のような小さなワープロで通信ができるのですから、日本語が半角片仮名しか使えなかったころからのパソコン利用者としては、その進歩の凄さを実感しました。マッキントッシュの「PB 145B」という重たいノートパソコンを担いでヨーロッパを旅した時は、通信のための道具まではとても持って行けませんでした。そのことを思うと、あの苦労は何だったのかと、技術の飛躍的な進展の驚異を痛感させられます。

 さて、問題はイタリアからの通信です。1995年に、ミラノとフィレンツェとローマで試みました。いずれも失敗です。
 ホテルの電話からインフォネットを利用して、ミラノとローマのポイントに接続しました。ポイントには繋がるのですが、すぐに切れるのです。この繰り返しでした。
 チェックアウトの時の電話代の請求を覚悟していたのですが、すべて請求はありませんでした。イタリアらしいではありませんか。
 夜中に怪しげな機器を取り出し、小刻みに数十回も電話をする日本人を、ホテルの人は知るや知らずや。今思い出すと、おかしさがこみあげてきます。
 ホテルの部屋の電話のコードをいじくり回していた男が、スパイ容疑で捕まった、という話があります。私も、怪しげな客の一人に違いはありません。今だから言えますが、実は私もペンチ・ニッパー・ドライバー・ヤスリなどの工具と、少々の電話機用の部品を持参していました。これ、内緒です。もうしません。

 ところで、イタリアから日本に通信をするためには、どうしたらよいのでしょうか。当時の雑誌によると、ちょっと難しいという商社マンのコメントが載っていました。私も、あまり期待せずに行ったので、また今度と思いながら今日まできました。今年のクリスマスには、イタリアだけの旅をするので、そろそろ通信事情を調べる必要があります。ご存じ方がいらっしゃいましたら、お教えください。お願いします。

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