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2009年10月20日 (火)

井上靖卒読(97)『天平の甍』

 中国の唐・洛陽や長安、そして地方の街が、目に見えるように描かれています。井上靖が大好きな土地なので、知識に留まらない興味が、想像力をかくも掻き立てたようです。

 平群広成が、4年半かけて帰国します。遣唐使の苦難がよく映し出されています。これは、鑑真の度重なる苦闘とともに、集団を描き出す才に長けた井上ならではの筆力です。

 鑑真が来朝の意を語るのが意外に早い設定なので驚きました。そこに偉大さがあるのでしょうが、私としてはもっとその決断までを盛り上げてほしかったところです。

 行動を共にする僧17名の中に、最初は反対した詳彦が入っており、物語の進展の中で興味をもって追いかける人物となっていました。細部にいたるまで、各人物が描写されていて、いつもながら感心します。

 一行が登る天台山国清寺へ、私も行ったことがあります。その場面では、リアルに物語に入っている自分がいました。鑑真が引き戻された杭州も、かつて行った時の情景を思い浮かべながら読み進めました。
 井上の小説は、語られる場が丁寧に描かれています。その地を知れば、物語の背景が鮮やかに立ち現れます。

 鑑真が日本に来るまでに、多くの経巻や仏像が海中に没しました。海中を浮遊し、海底へと降下していくさまは、いたたまれない思いで読みました。
 今、それらが引き上げないかと思ったりします。印象的なシーンとなっています。

 鑑真が失明するとき、晋照は和上が自分の名前を呼ぶのを聴きます。別れて2ヶ月たった時でした。
 私も、母が意識を失ったときに、ちょうど母の思い出の地である中国の長春にいたので、こうした不思議なことが理解できます。このようなことはあるのです。科学的な説明はできないでしょうが…。
 詳彦が夢の中に出た時、ちょうど他界する時だったのも、私には納得できます。

 全編を通して、人間が持つ想像を絶する粘り強さの背景には、諦めないということと、人間に対する敬愛の念があることが滲み出ている物語でした。

 鑑真は日本に来てから、河内、竜田、平群、斑鳩の里を通って奈良の都を目指します。
 かつて住んでいた所なので、懐かしさと早く都へ着いてほしいという思いで、心が逸りました。

 なお、鑑真と共に中国を発った4隻の船の内、第一船には清河や仲麻呂が乗っていました。その第一船は、流浪のはてに日本へは辿り着かず唐に舞い戻って漂着します。そして、その背景に、安禄山の乱などがありますが、それはここでは語られません。背後に大きな歴史を抱えながら、物語は淡々と閉じられます。

 ただし、急ぐようにしての終わり方が、ややもったいないと思いました。もうすこし余韻を楽しみたい思いで読み終えました。【4】


初出誌︰中央公論
連載期間︰1957年3月号~8月号
連載回数︰6回

※1958年『芸術選奨文部大臣賞』受賞


新潮文庫︰天平の甍
旺文社文庫︰天平の甍 他一編
必読名作シリーズ ︰天平の甍
井上靖小説全集 15︰天平の甍・敦煌
井上靖全集 12︰長篇5

■映画化情報
映画の題名︰天平の甍
制作︰東宝
監督︰熊井啓
封切年月︰昭和55年1月
主演俳優︰中村嘉葎雄、田村高広

〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/

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