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2009年11月 8日 (日)

古都散策(28)唐招提寺の落慶法要

 古都奈良に関しては、2年ぶりの記事となります。
 2年前に居を古都から京洛へ移してから、奈良に行く機会がなかなかなかったのです。
 秋晴れのもと、西の京の風は心地良いものでした。

 先月中旬に「井上靖卒読(97)『天平の甍』」を書きました。

 その物語で最後の舞台となる唐招提寺に、この日、脚を運びました。
 行った日は、折しも金堂の落慶法要の最中でした。
 この平成の大修理は、平成12年から10年間にも及ぶものです。
 奈良にいたときから、唐招提寺には何度も行きました。しかし、金堂はいつも修理の大屋根に覆われていて、あの<天平の甍>はしばらく見られなかったのです。

 平成の大事業が終わったばかりの所へ行けたのも、何かの縁なのでしょう。知らずに脚を向けたら、ちょうど落慶の日だったのですから。
 
 
 
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 もちろん、私は招待者ではないので、一般の入口であるテントに並びました。入場のパンフレットが手渡され、そのままどうぞ、と言われました。拝観料はいらなかったのです。

 金堂の回りは、紅白の幔幕で囲まれています。
 その中で、折しも読経と楽の音が聞こえます。
 一般の私たちは、その法要を覗き見ることすらできないので、少し残念でした。
 見上げると、新しい天平の甍が輝いています。
 
 
 
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 後で知ったことですが、この日、谷村新司の落慶法要ライブがあったそうです。

 反対側に回ると、鴟尾にきれいな布が巻かれていました。
 
 
 
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 新しい息吹を境内の雰囲気から感じ、こちらも気持ちが改まりました。

 新宝蔵も、この日は自由に入れました。
 創建時の奈良時代からずっと、屋根の上には鴟尾がありました。
 西側の奈良時代の鴟尾と、鎌倉時代に造られた東側の鴟尾が、平成の鴟尾と交代で下ろされました。そして、役目を終えた2つの鴟尾は、今この宝蔵に置かれていたのです。

 天平の甍を間近に見ることができました。
 なんとなく来てしまった唐招提寺でした。しかし、なんとなんと、私は鑑真さんから呼ばれたような気持ちのまま、帰路につきました。

 帰りのバス停に佇んでいたら、次の停留所が「都跡小学校」とあり、これまた驚きでした。
 
 
 
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 「都跡」という地名は、昨年から話題となっている大澤本の元の所有者の所在地なのですから。『鑑定雑記』に出てくる地名です。
 意外なことに出会い、意外なものを見つける、何とも不思議な日となりました。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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