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2009年12月 2日 (水)

再録(8)海外のゲーム事情〈1997.9.8〉

 

この記事は、今から12年前の話です。
 (出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「2年目(1996.10.1~1997.9.30)」→「海外のお子さま向けコンピュータゲーム事情〈1997.9.8〉」)


 
 
********************** 以下、再録掲載 **********************
 

 小学校六年生の息子と海外旅行をして、昨日帰ってきました。
 今回はすべて自分でプランを練り、手配をし、息子と二人だけで歩いてきたせいもあり、いつもより充実感がありました。そして、今こうしてキーを打っているのですから、疲れも少なかったように思います。

 この旅行では、今まで私には見えなかった新しい流れを見つけることができました。子供たちの世界共通の話題として、最近ではコンピュータゲームとミニレースカーがあるようです。そのことに関する見聞録を、以下に取り急ぎ認めておこうと思います。

 これまでに、何度か海外旅行を経験しました。いずれも、女性の装身具を中心にした買い物が興味の中心になることが多かったように思います。それが今回、息子と一緒に二週間ほど海外を気儘に散策をしていて、子供には子供の、世界共通の話題としてのアイテムがあることを知りました。

 新しい町に入ると、息子はまず玩具屋さんか電気店を覗くのです。そして、ウインドウ越しに見え隠れするコンピュータのゲームソフトを物色し、ミニ四駆を探すのです。どの町にも、きまってこうしたお店があるのです。これまでは、私はそのような店に興味がなかったこともあって、こんなにたくさん子供の目を引くものが並べてあることに気づきませんでした。

 コンピュータゲームについて私は、その草創期からまったく関心がありませんでした。遊びで、マシン語といわれる数字の羅列を入力してみたことはありましたが、それだけです。ずっと昔に、インベーダーゲームを改造したことはありますが、自分が遊ぶことはありませんでした。

 そんな状態なので、海外に行ったときのコンピュータに関する興味といえば、どんなコンピュータがいくらで売られているかとか、いろいろな雑誌やソフトや周辺機器などを眺めるくらいでした。

 今回は、香港返還のこともあり、関西新空港から香港経由でイギリスを目指しました。まず乗換地である香港の空港内の売店では、三つの店でコンピュータのゲームソフトが売られていました。ほとんどが日本で入手できるものだとのことでしたが、それでも、いくつかは息子の知らないソフトがあったようです。

 我が家では、マッキントッシュのゲームと任天堂のゲームボーイは許可していますが、プレイステーションやセガなどのゲームとタマゴッチに類するものは禁止しています。それでも、友達がたくさん持っているせいか、また、子供向け雑誌が毎月特集を組んでいることもあり、これに関する情報は相当持っているようです。インターネットとCS衛生テレビからも、最新情報を仕入れている模様です。

 ロンドンのピカデリーサーカスには、セガのプレイゾーンがありました。入場料が1500円ほどなので入らなかったのですが、ものすごい混雑でした。
 ロンドンのヒースロー空港の売店では、日本にないゲームボーイのカーレースのソフトを見つけました。イギリスのソフト会社が開発したものでした。弟と通信ケーブルを使って対戦するということで、同じものを二つ買わされました。

 宿泊したロンドンのホテルのバーの一角には、ゲーム台がありました。これまでにその機械で記録された得点よりはるかに高いポイントを、それも短時間に二回も出したとのこと。何年後かにまた来たときに、誰かが自分の得点を越しているのかどうかが楽しみだ、と言っていました。私は、そのゲームが来年そこにあるかどうかすら疑問に思いましたが、次にロンドンに来るのが楽しみになったなぁ、と一緒に祝福してやりました。

 ロンドンのソーホーにあるボードゲーム専門店で、バックギャモンを買いました。これは、日本の双六と同じルールのゲームで、私が学生時代に熱中したものです。この平安朝以来の双六を、今回の旅行中に飛行機の中で息子と一緒に楽しみました。初めて目にする洋風双六を、息子も気に入ったようです。

 ちょうどイギリスを離れる日の朝、駅前のスタンドでダイアナさんの事故のことをデカデカと取り上げた新聞があり、何事かとその一つを買って読みました。『SUNDAY MIRROR August 31,1997』の一面は「DODI DEAD, DIANA HURT IN SMASH」となっています。第一報は「衝突で怪我」でした。「DIANA AND DODI . A STORY OF LOVE」と題する40頁ものグラビアの付録が付いていたために、これにしたのです。「DIANA DEAD」とする新聞もあったように思いますが、そのときはまさかと思っていたので、オーバーな表現の新聞には手を出しませんでした。今から考えると、あれも買っておけばよかった、と思っています。

 さて、我々の旅行はロンドンからスイスのチューリッヒへ飛びました。ここでは、日本製のゲームソフトばかりが並んでいたそうです。数は少なかったようです。川沿いの一角に、ゲームセンターがありましたが、未成年者はダメだと言われました。ここだけなのか、この国の方針なのかは、よくわかりません。

 イタリアのベニスでは、伝説の幻のミニ四駆・ポセイドンXとやらを見つけた息子が、やたら興奮していました。香港製で、すでに日本にはないものとのこと。水の都ベニスで見つけたポセイドンだからとか何とか言って熱心に話をするので、ついついこれを買わされてしまいました。

 フィレンツェでも、街角のタバッキーのウインドウに、一つ二つのソフトや四駆がかざってありました。ピッティ美術館のそばにも、おもちゃ専門店がありました。日本にないゲームソフトがあるそうですが、これは諦めさせました。おかげで、ピッティのラファエロの絵を見る時間がなくなりました。

 ピサの斜塔の前に並ぶ出店のお土産物屋さんの中の一つに、ミニ四駆を並べている店がありました。駅前には大きなおもちゃ屋があり、たくさんのソフトやゲームがありました。駅の構内のマーケットの一角には、ゲーム機が四、五台ありました。みんな日本にあるものと同じで、少し古いものだったようです。夜7時過ぎでもやっていました。日の落ちるのが9時ころなので、町は遅くまで開いています。街角のゲームセンターでは、若い子たちが遊んでいました。

 こうした事情は、ローマでも同じでした。

 ナポリでは、市内を散策する余裕がなかったのでよくわかりませんが、駅の地下街の電気店のショーウインドウに、ゲームソフトがいくつか並んでいました。

 ポンペイへも足を延ばしたのですが、ビラ・ディ・ミステリ駅側のオールドポンペイから入場したので、屋台の出店だけで、これといったお店はありませんでした。反対の入り口に当たるニューポンペイ側には、おそらくたくさんあったのではないでしょうか。

 いやはや、こうした文化とでもいうべきものが、視点を変えると見えてくるのには驚きました。今回の旅行を通して、息子に外国というところがどう見えたのかが楽しみですが、私もいい勉強をすることができました。

 それはそうと、ロンドンの書店で、ソニーのプレイステーションを組み込んだマッキントッシュ互換機に関する記事を載せた雑誌を見かけました。希望的観測にもとづく文章だったように思いますが、英文記事に添えてあった写真を見ていた息子は、早くこれが発売されないかとワクワクしていました。
 真偽のほどはどうなのでしょうか。
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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