« 銀座探訪(22)桜通りは咲き初め | メイン | 吉行淳之介濫読(3)「餓鬼」「火山の麓で」「花」 »

2010年4月 3日 (土)

わが父の記(3)父の仕事(その1)

 父は、亡くなる直前に『句集 ひとつぶのむぎ』を刊行しています。ガンで余命幾許もないことがわかってから、それまでに作っていた川柳を整理し、4ヶ月で刊行に漕ぎ着けたのです。
 文字入力は、姉と私がパソコンの PC-8801を2台使って行い、オフセット用の版下を作成しました。原稿は母が病院と自宅を行き来して運びました。献本をすべて発送し終えるやいなや、すべてをやり尽くしたかのように亡くなりました。

 その巻末の略歴によると、昭和7年に島根県の出雲商業高校を卒業後、淀川製鋼所に就職しています。その6年後、昭和13年に、現役兵として入隊し、ただちに満州に渡っています。
 ハイラル第119師団獣医部附士官として終戦。この間、ノモンハン事件と太平洋戦争に参加しています。今年の正月にモンゴルへ行った折に、ノモンハン事件の慰霊碑に足を運んだのは、この父のことがあったからです。

「亡父の代わりに日本人墓地跡へ」

父は、あそこで慰霊されていても不思議ではない時代を生きていたのです。

 昭和20年に、終戦と同時にシベリヤに抑留され、昭和23年に復員し、引き揚げてきています。昭和35年に山一証券に勤めるまでは、さまざまな仕事をしていました。本人は、自由業と書いています。

 この、引き揚げ後の仕事について、その内容はわかりませんが、どんなことをしていたかは、朧気ながら覚えています。

 当時、運搬車といわれた自転車で、父はポン菓子を作っては村々を渡り歩いていました。それに、小さかった私も、よくついて行きました。そして、私もボイラーの横でハンドルを回す手伝いをしていました。

 このことは、「わが父の記(2)川で流された時」に書きましたので、ご参照を。

 出先で作ったポン菓子の残りを持ち帰り、母が水飴を混ぜてお菓子にして、どこかに卸していました。それも、手伝ったことを覚えています。この時、食品の色づけに色素を使うことを知りました。
 屋根裏で、一家4人が天井のない8畳一間の生活をしていた頃のことです。

 その後、父は広島の牡蠣の養殖の仕事をし出しだしたようです。
 牡蠣の養殖には、竹を使います。その竹の節に、ベルトで回転する錐で穴を開け、それを広島へ持って行っていました。どのようにして運んでいたのか、まったく知りません。高速で回転する錐が危ないというので、仕事場の近くに行くことは止められました。掘っ立て小屋の外から、父の後ろ姿を見ていた記憶があります。以来、先端恐怖症になったように思います。
 節の穴を開けた竹を広島に運んだ帰りに、父はひろ子ちゃん事件に巻き込まれています。一緒に連れていた姉が、当時誘拐されたひろ子ちゃんに似ているということで、父は警察で犯人扱いされたことがあったのです。多分に人相の問題もあったかと思います。以来、父に似ていると言われるのがいやでした。今では、父に似ていると言われても、あまり気にならなくなりましたが。

 自分の親の仕事は、子供は意外と知らないように思います。どんなことをしていたのかは何となくわかっていても、その内容は、ほとんど知りません。
 もっとたくさんのことを聞いておくんだった、と思うときには、親はいないものです。
 今は、ごくろうさまでした、大変だったでしょう、と言うしかないのが、非常に残念です。心残りです。元気なときに、このことばを言えたらよかったのに、と思っています。
 息子にとって、父親は少し距離のある存在です。そのため、何となく他人行儀な付き合いに終始したように思います。しかし、本当にありがとう、と、今では素直に言えます。

 父が残した『句集 ひとつぶのむぎ』は、毎年のように読み返しています。この句集を通して、人間はいろいろなことを考えて生きているんだ、ということを教えてもらいます。涙で文字が滲むこともしばしばです。それは、書かれていることがわかるようになったからでしょう。それだけ、私も成長して、父に近づいたのだ、と思う時です。そして、生きていくことが、本当に楽しくなってきます。父ができなかったことを、今こうしてしているのだ、と思うと、何となく誇らしいときがあります。
 こんな自分を見て、父も喜んでくれていることでしょう。何はともあれ、父ができなかったことをしているのですから。
 後は、父の生きた年まで生きることです。それでやっと対等なのではないでしょうか。寿命を、あと5年延ばすための努力をしたいと思います。もちろん、寿命が努力で克服できればのことですが。
 
 
 

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

Powered by Six Apart
Member since 07/2008