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2010年7月20日 (火)

心身雑記(60)東へ西へドタバタの一日

 先週の金曜日に、東京の病院から悪性の腫瘍が見つかったので至急来るように、とのことだったので、今朝の新幹線の始発で、取る物も取り敢えず上京しました。

 連休明けのせいか、新幹線は満員でした。指定席が取れないので、京都から新横浜間は、ずっと立ち通しでした。こんなことは久しぶりです。ジッと立ったままは、足腰によくないですね。

 朝の5時25分に京都の自宅の玄関を出ました。
 東京の九段下の病院には、8時50分に着きました。
 予定の9時までに、どうにか受け付けにたどり着いたのです。

 先週は内科の先生から連絡を受けたので、早速内科に予約してある旨を申し出ました。すると、看護婦さんは他の患者さんに話の内容がわからないように、私のそばにくっ付いて、耳元で小さな声と大きな目ん玉で話されます。自分が他人に秘すべき内容の病気であることを、この時あらためて認識しました。
 本人としては、他人に聞かれても一向に構いません。しかし、看護婦さんは、話の内容が内容だけに、心遣いをしてくださっているのです。

 結局、内科ではなくて外科でした。
 私が内科しか頭になかったので、よく電話での指示を聞かないままに、思い込みで来てしまったのです。そういえば、切った貼ったは、外科の担当でした。

 外科に行くと、先週電話を下さったA先生が、手回し良く新しいカルテを作って、準備万端整えて、外科の先生にバトンタッチしてくださっていたのでした。
 それだけ、自分の病状が緊急を要する状態であることを痛感しました。

 外科の先生は、初めて診てもらう方でした。診察は、一刻も早く胃を切る以外にないことを前提に、それ以外にガンが転移していないかの検査を急いでおられました。ただし、幸いなことに人間ドックの検診の中で胃ガンが見つかったこともあり、腹部の超音波診断などのデータがあるために、おおよその転移について推測はできそうでした。しかし、慎重に調べることの重要性はもちろんです。見逃しは、致命的なのですから。

 この東京の病院で入院となると、単身赴任の身なので何かと不自由です。そこで、京都の自宅に近い病院に入院したい旨を伝えると、非常に理解の早い先生で、希望する京大病院にすぐに行くようにと、手際良く紹介状を書いてくださいました。本当に、急を要するようです。
 ことの次第を妻に伝え、これまた大急ぎで京大病院へ連絡をとってもらいました。

 九段下の病院から立川にある職場へ脚をのばし、いろいろな方に必要な連絡と指示を伝え、館長にも挨拶をし、事務の方とも打ち合わせをしました。

 この、立川の職場に行くのに、立川駅からバスを使いました。ところが、いろいろと考え事をしていたせいか、降りる停留所を3つも乗り越してしまい、見知らぬ地点から引き返しました。
 おまけに、降りようとすると、ドアが閉まったままです。アノー、と言うと、降りるならボタンを押してくれないと、とのこと。たまたま、乗る人がいたので、その停留所に止まったのでした。我ながら、オイオイと自分にカツを入れました。

 仕事の段取りを付けた後、立川で景気づけ(?)に回転寿司をお昼ご飯として食し、すぐに深川の宿舎に帰って必要な荷物を持って、また東京駅に引き返して新幹線に乗りました。

 自宅に帰ってみると、何と今日は息子の誕生日でした。
 複雑な想いで、バースデーケーキのお裾分けをもらいました。
 疫病神が帰ってきたと思われないように、息子共々、明日からがいいスタートとなるようにしたいものです。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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