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2010年11月27日 (土)

テレビドラマ『球形の荒野』は「後編」に期待

 私が好きな小説の一つである『球形の荒野』(松本清張、『オール讀物』昭和35年4月特大号〜昭和36年12月号連載)が、2夜連続で放映されます。これは観ずにはいられません。活字の小説は好きなので、何度も読みました。その映像化の出来具合が楽しみです。

 映画化は、昭和50年6月でした。芦田伸介と島田陽子が親子を演じました。このビデオとDVDは、何度か観ました。
 この映画に前後して、テレビドラマでは、野上顕一郎と久美子親子は、こんな組み合わせで放映されました。

 昭和37年・「?」と水木麗子
 昭和38年・市村羽左衛門と富士真奈美
 昭和44年・森雅之と山本陽子
 昭和53年・滝沢修と栗原小巻
 昭和56年・三船敏郎と島田陽子
 平成 4年・平幹二朗と若村麻由美
 平成22年・田村正和と比嘉愛未

 昭和37年のNHKドラマは「松本清張シリーズ・黒の組曲」として2回放映されています。ただし、この時の野上顕一郎役の俳優さんがわかりません。いろいろな情報では、宗近晴見さんを当てているものが散見されます。しかし、宗近さんは添田役でした。孫引きが広がっていて、実際のところがわかりません。どなかた、教えてください。

 さて、今回のドラマ化は、私の好みではありませんでした。まだ前編を見ただけなので、明日の後編を楽しみにしています。
 田村正和と生田斗真は大失敗です。私の『球形の荒野』を台無しにしてくれました。というよりも、今の私に理解できないのは、素人だからということにしてください。
 草刈正雄と江口洋介は、抑え気味の演技がよかったと思います。
 女性陣もイマイチだと思いました。ただし、野上顕一郎の妻で久美子の母である孝子役の風吹ジュンは、際だって存在感がありました。明日も、楽しみにします。

 話の流れとしては、奈良を訪ねた芦村節子が、唐招提寺で芳名帳に叔父である野上顕一郎の手跡を見かけた、と、原作通りにしてほしいですね。新薬師寺にしたのは、どうしてなのでしょうか。新薬師寺と唐招提寺では、映像に雲泥の差がでます。まず、これがこのドラマの最初の躓きでした。
 唐招提寺にできなかったのは、修理中だったことに起因するのでは、と勝手に思っています。

 昨年、次の2つのブログを書きました。

「古都散策(28)唐招提寺の落慶法要」(2009年11月 8日)


「【復元】古都散策(2)唐招提寺」(2009年11月14日)


 製作者としては、唐招提寺にしたかったのでしょうが、昨年の撮影の交渉の段階でいろいろとあったのでしょう。そのために断念されたのでしょうか。撮影は、3月27日(土)〜5月12日(水)だったようなので、何があったのでしょうか。
 それでは、白毫寺に、という選択もあります。飛鳥の安居院なら、松本清張にピッタリです。海住山寺も浄瑠璃寺も、奈良には時間の広がりを感じさせるお寺がたくさんあります。興福寺の五重塔も出してほしかったですね。時間と予算の兼ね合いでしょうか。

 歌舞伎座は、改築前の撮影だったようなので、これはこれで記念となりそうです。

 なお、この小説は雑誌『オール讀物』に発表後、単行本として刊行する時に、大幅な削除がなされました。『オール讀物』の昭和35年12月号の冒頭部分の約8000字もの文章が、単行本には入っていないのです。添田が滝を追って信州に行って東京に帰った翌日の場面です。また、滝が笹島画伯の死について語る場面も、削除されました。

 このことについては、『週間 松本清張 9号 『球形の荒野』』(10頁)に詳しく書いてあります。

 松本清張が父を捜し求める作品を書いた背景は、鳥取県の日南町に行った時によくわかりました。

「松本清張ゆかりの日南町」


 父のことを知りたくて立ち寄った町に入れてもらえなかった清張の心は、この『球形の荒野』にも形を変えて生きているように思います。

 短絡的な印象記はこれくらいにします。
 続きは明日。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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