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2011年3月30日 (水)

【復元】モスクワの旅(1)

 先週開催された「伊井春樹先生の古稀をお祝いする会」の2次会で、奥様ともども海外での調査に行ったときの話になりました。
 昨年は何かと国内での仕事に忙殺されたため、先生は一度も海外にはいらっしゃらなかったそうです。めずらしい1年だった、とおっしゃっていました。
 その時の思い出話で、ロシアのことが話題になりました。ブログに書けないことが多く、とにかく珍道中でした。

 あのモスクワ行きの記事も、平成19年3月にブログを発信していたサーバーがクラッシュしたために、今では読めなくなっています。
 何とか当時のファイルを探し出しましたので、せっかく先生が思い出そうとなさっていた旅のことなので、ここに復元しておきます。

 まずは、3回分を一気に復元します。
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
 
2006年8月31日公開分
 
「海外から書き込むための準備です」
 
 副題「出張用のパソコンが Mac ではない為です」
 
 もうすぐ、ロシアへ旅立ちます。
 持参する機器の関係で、マッキントッシュで作成していたブログの更新ができません。そのために、しばらくは発信場所を変更します。

 海外出張には、800グラムの「バイオX505/P」(SONY)を持って行きます。
 最新の、520グラムの「バイオUX50」を持っていくつもりでしたが、拿捕に伴う死亡、市場をマフィアが爆破、飛行機の墜落で170人が死亡、訪問先の寺院炎上と、何かと物騒な状況です。スパイと間違えられないためにも、最先端の精密機器は持ち込まないことにしました。
 最新鋭のSONYのカメラ「α100」も、用意をしていたのですが断念しました。ただし、SONYのICレコーダーは取材等に必要なので、2台を持っていきます。

 今回は、在ロシア日本大使館(モスクワ)、同総領事館(サンクトペテルブルグ)、国際交流基金、昭和女子大学のご理解と協力が得られたために、たくさんの方々とお目にかかれることになりました。皆様方に感謝しつつ、いつも以上に無事を祈っての出発です。

 当初は、モスクワ→サンクトペテルブルグ→英国ケンブリッジの予定でしたが、諸般の事情により、英国は延期しました。

 ロシアのホテルでインターネットがうまく使えたら、ここに記事をアップする予定です。
 はたして、どうなりますか。
 
 
 
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2006年9月1日公開分
 
「雨のモスクワです」
 
 副題「まず初日の夕食はイタリア料理」
 
 モスクワは雨です。
 昨日到着し、雨の中をホテルに入りました。
 『地球の歩き方 ロシア』によると以下のように書かれています。
 


モスクワの玄関口であるシェレメチェヴォ2国際空港。
設備、アクセス、対応、どれをとっても世界の主要国のなかで最低ランクの空港である。(38頁)

 
 とにかく、楽しみにして降りました。入国審査に1人あたり5分前後かかるくらいでした。
 もっとも、カップ麺が延びるほどの時間ですから、待たされている方はイライラしますが。
 入国審査官の方は、一言も質問はしません。ただひたすら、パスポートを眺め、顔写真の頁とビザが貼り付けられている頁をスキャンして、あとは黙々とキーボードのテンキーを打ち続けます。見ていた限りでは、20ストロークは打っていました。モニタに表示されるスピードも遅いようです。

 私も、何も聞かれないままにOKとなりました。

 空港でのことはあらかじめ知っていました。市内までの足は、到着早々に嫌な気分になることもないと思い、ホテルの送迎用の車を手配していました。1万円ほどかかりますが、気持ちよくスタートしたいので。

 とにかく無事にホテルまで到着。
 夕方から、雨の中を散歩しました。思ったよりも賑やかです。首都ですから、そうでしょうが。

 夕食はイタリア料理。
 ロシア料理屋さんと思って入ったら、違っていました。
 日本食屋が二軒ありました。
 
 
 
110330_moscou
 
 
 

 モスクワは、寿司を食べさせる店がたくさん目に付きました。日本の文化を寿司で知ってもらうことはいいことです。

 本屋さんで、三島由紀夫の『豊饒の海』4冊が平積みになっていました。谷崎など、7、8人の作家の小説がロシア語に翻訳されて並んでいました。日本文学は、なかなか人気があるようです。よしもとばななや大江健三郎は見あたりませんでした。
 
 
 
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2006年9月2日公開分
 
「ヒッチハイク感覚で車を捕まえる人たち」
 
 副題「モスクワで移動する足としての交通機関」
 
 モスクワの街中では、道路際で手を差し出して通行中の車を止める人が、朝夕は特にたくさんいます。若者に限らず、年配の人もやっています。最初は、タクシーを止めているのかと思っていたのですが、どうやらそうではないのです。
 車が止まると、運転席を覗き込み、何やら話しかけています。そして、助手席に乗り込んで出発する人や、乗らずに次の車を止めにかかる人もいます。
 
 
 
110330_car
 
 
 

 不思議に思って知人に尋ねたところ、かつて日本でもあった、いわゆる白タクなのです。運転手とは、値段の交渉をしていたのです。

 モスクワは物価の高い町です。地下鉄が発達していますが、やはり地上を走る車は便利です。そこで、通りがかりの車を活用して移動する、という目的で、手を上げて車を止めていたのです。大学の先生方も、これを活用して移動しておられます。

 モスクワのガソリン料金は、1リットル120円くらいだそうです。現在の日本では、最近は140円台になっていて、モスクワはまだ安いと見られます。しかし、所得が低いのです(大学の若手の先生方で月に6万円くらいだそうです。通訳や翻訳の仕事をしないと本も買えません)。したがって、ガソリン代は非常に高価なモノとなっています。そのために、運転者もチョッと小遣いかせぎの意味もあって、通行人を乗せてあげるのです。
 好きなときに好きなところへ、しかも迅速に移動したい人と、少しでもガソリン代の足しに小銭をかせぐドライバーの、両者の気持ちが一致してのことだったのです。

 数日見たところでは、比較的旧式の車が、積極的に利用者に反応していたように思います。車はほこりだらけです。これは、インドと変わりません。

 私が歩いていると、横を車が近寄ってきて、スピードを落としながら顔を向けてきます。乗らないか、という誘いなのです。左ハンドルなので、身体を長く延ばして窓から声をかけてきます。
 いくらくらいが相場なのかはわかりませんが、比較的乗せてもらうケースが多いように見受けられました。

 この話をしてくださった先生は、かつて日本の東京で、急いでいたので車道に向けて手をあげても、誰も止まってくれなかったと、楽しそうに懐かしがって話してくださいました。その先生は、トラックが乗せてくれたとか。ただし、運転手がお金は受け取らなかったことを褒めておられました。

 地下鉄にも乗りました。ロシアの地下鉄の駅は、すばらしい建築物となっています。
 
 
 
110330_tikatetu
 
 
 

 列車には、網棚やつり革がありません。そのせいか、列車の天井が高く見えました。
 駅の構内のエスカレーターは、深く深く潜行しています。恐ろしいほどに深い地底を、地下鉄は走っています。高所恐怖症の私は、このエスカレーターは足がすくみました。どの駅も、とにかく深い地底にあります。
 
 
 
110330_escareta
 
 
 

 東京駅の地下へ降りる以上の、長いエスカレーターです。降り口には、モニターで乗客のようすを監視している人がいました。何かあったら大変なので、監視しているのでしょう。日本ではないことです。

 モスクワのエスカレータは、関西方式の、人が右側に立ちます。海外のエスカレータは、ほとんどこの方式です。東京のように、利用者がエスカレータの左側に立つ国は、今は思いつかないほどに少数です。

 街中には、カラオケスタジオもあります。
 
 
 
110330_karaoke
 
 
 

 カラオケは、世界に普及した日本の文化です。

 クレムリンのまん前にあるモスクワ大学の文科系学部がある校舎は、現在は修理が進行中でした。
 
 
 
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 次に訪れる時には、きれいな校舎ができていることでしょう。
 
 
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 

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