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2011年5月 8日 (日)

江戸漫歩(37)清澄公園から芭蕉庵旧跡へ

 好天に恵まれた週末です。
 清澄公園でお弁当を食べました。さまざまな緑色が楽しめる公園です。清澄庭園はこの横にあります。
 
 
 

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 清澄庭園の前には、村田春海のお墓がありました。村田春海は賀茂真淵の門人で江戸中期の国学者です。平春海先生墓と書いた墓石は、この石柱の向かい側の本誓寺にあるそうですが、まだそこまで確認はしていません。村田春海が亡くなったのは、今からちょうど200年前にあたります。
 
 
 
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 村田春海に目がいったのは、私が修士課程の時代に指導教授だった内野吾郎先生が、近世国学を専門にしておられた先生だったからです。内野先生からは、この村田春海のお話をよく聞きました。また、ドイツに留学しておられたこともあり、ドイツ文献学などの話を伺っているうちに、私も文献学に興味を持ち、今に至っているのです。内野先生を偲びながら、この石碑と説明板の前でしばし立ち止まりました。

 食後の散策を兼ねて、清澄の近くにある芭蕉庵を目指しました。
 隅田川沿いに少し上ると、まずは芭蕉稲荷神社がありました。ここは、大正6年の大津波の時に出土した芭蕉遺愛の蛙石を祀っているとか。
 
 
 
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 そのすぐそばに、芭蕉庵史跡展望庭園があります。ここは、芭蕉記念館の分館ともなっています。
 
 
 
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 芭蕉像の向こうに見える清洲橋は、ドイツのケルンにあった大吊り橋がモデルだそうです。関東大震災の後、男性的な永代橋と対をなすように、女性的な橋として設計されたものです。2000年にこの2つの橋は、土木学会の「第一回土木学会選奨土木遺産」に選定されたということなので、広く高い評価を得ている橋です。

 芭蕉記念館は、ここからさらに隅田川を上ったところにあります。
 
 
 
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 私は江戸時代についてはあまりよく知らないので、もう少し勉強してから来たら、さらに展示されているものの意味がわかると思われます。自分への宿題となった記念館でした。

 帰り道に、清澄庭園の南側の橋のたもとにある採荼庵跡も確認しました。
 
 
 
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 この「荼」は「と」と読むことを初めて知りました。「茶」ではないのです。「さいちゃあん」だとばかり思っていました。こんな調子で、気ままに歩きながら知らないことが少しずつわかっていくのも、なかなか楽しいものです。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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