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2011年7月11日 (月)

古都散策(33)平群でお茶のお稽古

 バタバタするだけの日々の中で、やっとお茶のお稽古に行くことができました。
 去年、初めてお稽古に来た日も、焼けるような暑い昼でした。

「お茶のお稽古を始める」(2010年7月25日)

 今日も昨年と同じように、ジリジリと照りつける近鉄生駒線の元山口上駅に降り立ちました。
 相変わらず、単線の駅です。
 
 
 
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 千光寺から流れてくる川上へ、小豆と白色の車体を見せて、ワンマンの電車が生駒へ向かって走って行きました。
 眼下に流れる川は龍田川です。ここは上流なので、こんなに細い川筋です。大和川に合流する下流では、モミジに彩られる名勝の地となるのです。
 
 
 
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 4年前まで24年間も住んでいた若葉台は、目の前の森のさらに奥の山の中にあります。
 
 
 
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 毎日、この山を上り下りしていた頃を懐かしく思い出します。
 この地にお茶のお稽古に来るのは、この山の中で3人の子どもを育て上げた、楽しい思い出に浸れる時でもあります。

 今日は、盆略手前を2度ほどおさらいした後、お薄のお手前に初挑戦となりました。
 昨日と一昨日は、京都の家で、娘に盆略手前の復習をしてもらいました。
 とにかく、忘れています。あっ、あっ、と言いながら、おっかなびっくりで手を伸ばしながら、すぐに引っ込めたりと、頭の中がぐるぐると回る中を、何とか手順を思い出しました。
 そして今日は、先生からいろいろと指示を受けながら、どうにか一通り終えることができました。ということにしておきましょう。

 初めてお薄を点てるために、お茶碗やお柄杓を持って部屋に入ります。
 釜の前は、思っていたよりも炭火の熱さを感じました。
 そして、釜の蓋を取るとき、男は素手でということなので、思い切ってやってみました。熱いのなんの……。何度かやっているうちに、慣れていくものだそうです。それを信じるしかありません。

 四角い塗り箱の中のお水を鉄釜の中に入れたり、夏らしく水の音をさせたり、ガラスのお茶碗があったり、いろいろな趣向があって楽しいお稽古でした。

 最後に、お棗やお茶杓の作者や銘などを訊ねられ、それに応える練習もおもしろいものでした。これまでに何度も見ていたのですが、実際に自分がやる段になると大変です。お茶杓の銘などは、季節を先取りした言葉を使う練習です。私などは、『源氏物語』に出てくる人物や巻名などを応えたらいいとのことです。それなら、四季折々に雅なことばが出てきます。おもしろい遊び心を楽しめそうです。

 畳の上で膝を折ったままで向きを変えたり移動するたびに、足が痛みました。
 つい、畳に手を突いて身体を動かすことになります。これは、よくないようです。
 元来が痩せている上に、昨年の手術後は足腰の筋肉が痩せ細ったこともあり、畳と接する骨が痛むのです。これは、お尻の下に置く小さな椅子を活用して、何とか和らげたいと思います。

 終わってからの雑談で、一昨日の大徳寺でお薄を我流で飲んでおられた方の話をしました。先生は、いろいろな流派があることや、自分がいただくことだけを考えたらいいと仰っていました。
 そうでした。自分の知っていることだけで相手を批判的に見てもいけないし、いろいろな流儀があるので、先ずは自分のことに専念することは、確かに賢い心構えです。
 昨日のブログで、この大徳寺での出来事を批判的に、偉そうに書いてしまいました。改めて、少し反省しています。

 帰り道では、ひんやりと涼しい風が肌に心地よく感じられました。山の中ならではの、きれいな空気であり、爽やかな風です。
 こんなにいいところにいたのか、という想いを新たにして、生駒、西大寺、京都経由で、高層マンションが立ち並ぶ東京に向かいました。

 ここ数日は、夏の日差しを和らげながら流れる賀茂川を散策しました。
 今日は、懐かしい龍田川の川筋を眺めました。
 そして先ほど、高層マンションが夜空に屹立する隅田川沿いの宿舎に到着しました。
 明日のお昼には、九段坂病院での診察があるために、皇居の北側のお堀端の田安門から千鳥ヶ淵を通ります。
 偶然ですが、結果的に景勝の地を経巡る日々になっていることを、こうして大いに楽しんでいます。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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