蓬左文庫の鎌倉期古写本『源氏物語』
中古文学会の2日目は快晴となりました。
昨日は天気が思わしくなかった名古屋も、天気がいいと愛知淑徳大学の門を潜る気分も晴れやかです。
関係者のみなさまは安堵なさったことでしょう。
着いて早々に、研究仲間のY先生から蓬左文庫の展示の話を伺いました。
鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本が出ていた、とのことです。
展示リストを拝見したところ、確かにそうです。
尾州家本『源氏物語』は当然のこととして、以下の2冊の写本の名前に目が止まりました。
2 源氏物語 松風(別本系) 伝越部局筆 松浦家伝来 鎌倉時代 13世紀
5 源氏物語 浮舟(別本系) 伝藤原為家筆 鎌倉時代 13世紀
これは、私にとっては無視のできない写本なのです。
《源氏物語千年紀》だった2008年に、国文学研究資料館で立川移転記念を兼ねて『源氏物語』の特別展を開催しました。その時に作成した展示図録『源氏物語 千年のかがやき』(国文学研究資料館編、思文閣出版)の「中山本」の解題を担当した私は、以下のように記しました。
なお、蓬左文庫蔵「松風」は、この中山本「若紫」巻のツレである。また、ハーバード大学蔵「須磨」巻・「蜻蛉」巻は、この中山本「鈴虫」巻のツレであり、鎌倉時代の『源氏物語』の本文を考える上で重要な古写本といえよう。これらの本文異同は『源氏物語別本集成 正・続』で確認できる。(90頁)
実は、蓬左文庫蔵「松風」は、なかなか実見できなかったので、『源氏物語別本集成 続 第5巻』に収録できませんでした。いつか本文を確認したいと思いながら、なかなか果たせなかった写本です。
それが今、蓬左文庫で展示されているというのですから、これは一刻も早く自分の目で見なければなりません。
お昼の休憩時に開催された中古文学会の委員会に出席してすぐに、とるものもとりあえず徳川美術館にタクシーを飛ばしました。

実際に原本を、ガラス越しではありますが実見して、蓬左文庫蔵「松風」は、国立歴史民俗博物館蔵「若紫」やハーバード大学蔵「須磨」「蜻蛉」と同じ仲間の本であることを確信しました。鎌倉時代の中期から末期の写本と言っていいと思います。また、本文の内容も、〈いわゆる青表紙本〉や〈河内本〉といわれる類とは違うようです。このことは、後日詳細に調査するつもりです。
実は、先ほど名古屋から東京の宿舎に着き、明朝早々には新幹線で山形大学に行くことになっています。
休息する時間もないので、今日、展示会場でのメモを、取り急ぎ以下にそのまま引きます。
展示されていた写本の翻字は、「松風」だけは開かれていた部分のすべてを、それ以外は、説明プレートにも翻字されていた和歌の部分だけです。
時間の都合で私が翻字できなかった部分については、ご一緒だった豊島秀範先生もメモをしておられたので、後日あらためて紹介できると思います。
手直しなどがあれば、山形から帰ってから、ということにします。
この展覧会は、今月12日から来月12月11日まで開催されています。
もしこの写本をご覧になった方で以下の翻字の間違いに気づかれましたら、どうぞご指摘いただければと思います。
写真ではなくて、公開展示されている部分に関する情報の一部の筆記なので、こうして紹介するのに許可は必要ないと考えています。もし問題があるようでしたら、その旨ご教示いただければ幸いです。
なお、展示品の解説に添えられた翻字に少し誤読がありました。すぐに学芸員の方に連絡をしましたので、近日中に訂正されるはずです。訂正された時点で、この翻字もその旨の注記を削除します。
以下は、私が読み取ってメモを認めたものであることをお断りしておきます。カッコ内は私個人のメモです。また、この解説文には、「青表紙本系」「河内本系」「別本系」という用語が使われています。これについて、私は不正確で誤解を招く用語なので使わないようにしよう、という提案と、暫定的に〈甲類〉と〈乙類〉という2分別する名称を提唱しています。
したがって、以下は展示品に添えてある文章をそのまま引用していることをご了承いただきたいと思います。
2
伝越部局筆
源氏物語 松風
(別本系)
松浦家伝来
鎌倉時代 13世紀
名古屋市蓬左文庫蔵
「青表紙本」「河内本」どちらの系統にも属さない別本系の本文をもつ端本。河内本成立以前の比較的早い時期に書写され、いわゆる古伝本に属するとされている。同じ別本系の本文をもつ「中山家本 源氏物語 若紫」(文化庁蔵・重文)とは、つれの関係にあり、ともに歌学、歌人の名家烏丸家旧蔵。明治三〇年代に烏丸家の蔵書処分に際し、「若紫」は中山家に、本書は平戸の松浦家に譲られ、大正の末、尾張徳川家に譲渡された。
つれ/\なれはかの御かたみの
きむをかきならしたるを
りのいみしうしのひかたけ
れは人はなれたるにうち
とけてすこしひくに松風
はしたなきまてひゝきあ
ひたりあま君ものかなし
けにてよりふし給へるに
をきあかりて(〈改頁〉)
みをかへてひとりかへれる
ふるさとに(2011.11.20現在の解説プレート翻字は「やまさとに」)きゝしにゝたる
松風そふく
(身を変えて一人帰れる山里に
聞きしに似たる松風ぞふく─解説プレート翻字)
御うた(/う$か)
ふる里にみしよのとん
おこひわひてさしつるしゑを(/ゑ$と)
たれかわくらん□かやうに物
はかなくてあかしくらすを
とゝ(/△△&とゝ)中/\しつ心なくおほ
※(2折目2〜3枚目あたり)
※(9行本)
3
伝藤原為家筆
源氏物語 竹河
(別本系)
鎌倉時代 13世紀
名古屋市蓬左文庫蔵
源氏物語五十四帖の内、それぞれに「竹河」「総角」「浮舟」の巻だけとなった端本。どれも別本系の源氏物語と考えられてきたが、近年の研究では、竹河が「河内本系」総角が「青表紙本系」に属するとされる。
「松風」同様、三冊ともに歌学、歌人の名家烏丸家に伝わったもので、後に平戸の松浦家をへて尾張徳川家の蔵書となった。
たけかはのはしうちいてしひとふ
しにふかき心のそこはしりきやとか/〈改頁〉
※(9行本)
※(国立歴史民俗博物館蔵の中山本「総角」は断簡)
※(「近年の研究」をどなたの論考を指すのか今は手元に資料がないので保留とします。)
4
源氏物語 総角
(別本系)
鎌倉時代 13世紀
名古屋市蓬左文庫蔵
あけまきになかきちきりをむすひ
こめおなし心(翻字プレートは「こころ」)によりもあはなん(翻字プレートは「む」)
※(10行本左丁6行目)
5
伝藤原為家筆
源氏物語 浮舟
(別本系)
鎌倉時代 13世紀
名古屋市蓬左文庫蔵
たちはなのこしまのいろはかはら
しをこのうきふねそゆくえしられぬ
※(10行本初行)

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