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2012年8月の32件の記事

2012年8月31日 (金)

空転国会の暇つぶしで決まった「古典の日」の条文は空疎な文字列

 8月29日の第180回通常国会参議院本会議で、11月1日を「古典の日」と定める法律が可決され成立しました。
 これは、24日に衆議院本会議で可決された後、参議院に送られて採決されたものです。
 多くの方々が期待されていたようですが、残念ながら祝日ではありません。しかし、日本の文化を守るための、ささやかながらも第一歩だとは言えるでしょう。

 いまや大学でも一番人気のない「文学」。しかも「文学」の中でも「古典」となると、みなさん敬して遠ざけられるのもいたしかたなし、というのが現実です。残念ですが、実際には就職に直結しないことですので。

 そのような風潮の中で、よくぞ成立したものだと思います。人々の潜在意識の中にあった危惧が、こうしたことに反応したのでではないか、とも思われます。
 また、国会が空転していたからこそ、暇つぶしと言っては何ですが、何か一つでも罪滅ぼしに良さそうなことをしておきたい、という国会議員のささやかな良心のかけらが、幸運にも作用したのだろうと、私は邪推しています。
 とにかく今は、よかったよかった、と一応はしておきましょう。

 もっとも、この法律の条文のいいかげんさに気付かれた方がいらっしゃいます。京都市芸術文化協会理事長の村井康彦先生は、国会議員の気まぐれなお遊びという一面を見抜いておられるようです。こうした思いは、私だけではなかったことを知り、やはり、という気持ちでいます。


村井 (前略)可決された法律の条文は、法律制定の背景や経緯が完全に捨象されている。源氏物語千年紀を経て、古典を大事にしなくてはと機運が盛り上がった中で制定する、といった前文でもあればいいが、「文化の日」の条文といっても通用するような内容。これでは、「古典の日」に皆で古典を鑑賞する機会を増やしましょう、というだけ。法制化は喜ぶべきですが、今後の運用をきちんと考えていかなければ。(京都新聞、2012年8月30日、「対談 「古典の日」法成立」)

 これは、冷泉貴美子さんとの対談の中での発言です。

 採決に付された条文本体を引用してみます。冒頭の「案」と末尾の「理由」以下を削除したものが、今回可決された条文となります。
 


古典の日に関する法律
 (目的)
第一条 この法律は、古典が、我が国の文化において重要な位置を占め、優れた価値を有していることに鑑み、古典の日を設けること等により、様々な場において、国民が古典に親しむことを促し、その心のよりどころとして古典を広く根づかせ、もって心豊かな国民生活及び文化的で活力ある社会の実現に寄与することを目的とする。
 (定義)
第二条 この法律において「古典」とは、文学、音楽、美術、演劇、伝統芸能、演芸、生活文化その他の文化芸術、学術又は思想の分野における古来の文化的所産であって、我が国において創造され、又は継承され、国民に多くの恵沢をもたらすものとして、優れた価値を有すると認められるに至ったものをいう。
 (古典の日)
第三条 国民の間に広く古典についての関心と理解を深めるようにするため、古典の日を設ける。
2 古典の日は、十一月一日とする。
3 国及び地方公共団体は、古典の日には、その趣旨にふさわしい行事が実施されるよう努めるものとする。
4 国及び地方公共団体は、前項に規定するもののほか、家庭、学校、職場、地域その他の様々な場において、国民が古典に親しむことができるよう、古典に関する学習及び古典を活用した教育の機会の整備、古典に関する調査研究の推進及びその成果の普及その他の必要な施策を講ずるよう努めるものとする。
   附 則
 この法律は、公布の日から施行する。

  理 由
 古典が、我が国の文化において重要な位置を占め、優れた価値を有していることに鑑み、様々な場において、国民が古典に親しむことを促し、その心のよりどころとして古典を広く根づかせるため、古典の日を設けること等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。


 
 「古典の日」については、源氏物語千年紀に当たる平成20年(2008年)11月1日に、源氏物語千年紀委員会が高らかに宣言しました。
 この日のことは、私もブログ「源氏千年(69)「古典の日」宣言を両陛下の前で」(2008年11月 1日)で詳しく書きました。その宣言文の「一九三〇年代に英訳されて以来、近年では二十余の外国語に翻訳されて、世界各地の人々に愛読され、感銘を与えている。」という箇所が不正確であることを、その日のブログでは問題にしていますが、このことは今は措きます。

 今回の「古典の日に関する法律」の文章では、村井先生がおっしゃるように、その契機となった『源氏物語』のことについて、何事もなかったかのように、まったく触れていません。不思議な話です。
 事務官が作文したものを、日本語の運用能力と理解力に欠ける国会議員有志の集まりとされる〈「古典の日」推進議員連盟〉が、よくそこに表現されている内容を理解できないままに法案として提出し、審議され、成立したもののようです。これまた、日本人の一人として恥ずべき事の一つだと思っています。国会が空転していたからこそ、その文案の検討が疎かになったとしか言いようがありません。

 この法案成立について、源氏物語千年紀委員会を引き継いだ古典の日推進委員会会長のコメントを拝見しました(「古典の日絵巻[制定記念臨時増刊号]」(平成24年8月29日))。
 そこには、裏千家前家元や瀬戸内寂聴さんのメッセージも掲載されています。共に、それが源氏物語千年紀から生まれたものであることを認識しながらも、その『源氏物語』から一挙に「古典」に拡大されたことにより、村井先生が指摘されるそれまでの経緯が切り捨てられていることに思いが及んでいません。なんとも、よかったよかったに終始する、脳天気なメッセージとなっています。

 裏千家の前お家元に直訴します。お家元は、本当にこの条文に満足しておられますか?
 提灯メッセージを送られたことに、私は失望しています。この条文を、しっかりとお読みになったのでしょうか。法律が制定されたという現実だけを慶んでおられる、としか思えません。

 つまり、この条文では、京都市を中心としたこれまでの努力の積み重ねが切り捨てられ、足下を掬われた形であることに、あまり気付いておられないようです。
 こんな日本語のセンスでいいのでしょうか。ことばに対して、こんなに鈍感でいいのでしょうか。

 特に、源氏物語千年紀委員会と古典の日推進委員会は、2008年を中心として獅子奮迅の活躍をなさいました。京都府も、京都市も、このことに注いだ労力は絶大です。それが、こうした古典一般に押し広げられ、その発想の母体すら消されてしまった事に対して、1日も早く気付かれるべきです。広い気持ち、などというきれいごとではなくて、正しく評価されるべきことなので、そこはしっかりと条文に明記されるべき事柄です。

 さらには、この条文の冒頭において、「国民が古典に親しむことを促し、その心のよりどころとして古典を広く根づかせ、」とある文言に違和感を覚えます。

 この赤字で示した「促し」と「根づかせ」は、具体的には誰が国民にそう強いるものでしょうか。これは、国民に対して無礼な物言いだと、私は思います。
 この文章を作成した事務官の方に解説をしてもらいたいと思います。〈「古典の日」推進議員連盟〉の方々には理解の及ばない日本語の表現だと思えますので。サッと見て問題なしとして通過した文章なのでしょう。
 あまりにも中身のない、軽薄な条文なので、ガッカリしています。

 〈「古典の日」推進全国会議〉のメンバーの中には、恩師である伊井春樹先生も推薦人として名を連ねていらっしゃいます。果たして、このメンバーは、この条文の最終版を事前にご覧になったのでしょうか。そうであれば、こんな低レベルな駄文がまかり通るはずがありません。どうも疑問が残ります。

 私は、この「古典の日」の制定には賛成します。しかし、この条文の酷さには承服しがたいものがあります。あまりにもことばが上滑りした日本語だからです。そして、人間がその背景にいない、辞書的な意味しかない空疎な日本語の条文だからです。

 私は、法律の何たるかは、よく知りません。所詮は、法律の条文なのでしょう。法律のための日本語は、こんなものかもしれません。しかし、です……

 とにかく、この「古典の日」の制定までの歩みは、源氏物語千年紀と連動していました。
 そうであるからこそ、2008年11月1日に、国立京都国際会館で開催された「源氏物語千年紀記念式典」に天皇、皇后両陛下もご出席になり、その同じ壇上で女優の柴本幸さんが十二単姿で「古典の日」宣言を読み上げたのは、本当に意義深いものだったのです。こうした京都での動きを、自分なりに追体験もしてきたつもりです。ところが、それと今回の「古典の日」の条文が、あまりにも乖離しているのです。

 「古典の日に関する法律」の日本語による字句は、容易に受け入れがたい、まったく重みの感じられない、単なる漢字と仮名の文字列で構成された日本語文にしか、私には思えません。

 こんな愚かなことを平気でする国会議員と称する無能な一群に、私が納入している税金の一部が使われているのです。
 勿体ない極みです。無駄遣いの極みです。
 
 
 

2012年8月30日 (木)

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を設立します

 かねてより準備を進めていたNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に関して、所轄の役所へ設立のための最終的な確認に行って来ました。

 担当部局の方からは、詳細で丁寧な助言を数多くいただきました。
 特に、平成23年6月15日に「特定非営利活動促進法の一部を改正する法律」(平成23年法律第70号)が成立し、平成24年4月1日より施行されたため、私が作成して持参した書類では、何カ所か修正が必要になりました。そうした細かな点も、懇切丁寧にチェックしてくださいました。ありがたく感謝しています。

 そして、夢のある計画ですね、と励ましてくださったことばは、計画から実施にかけて迷走した私にとって、何よりもの労いのことばとして響きました。その意味でも、夢の実現がスタートしたことを、ようやく実感し出しました。

 今週末に、東京の新宿で設立総会を開催します。
 申請までに至ったのは、中村一夫氏と畠山大二郎氏はもとより、神野藤昭夫先生の教え子のみなさんの力が集結できたからこそです。私が代表者を務めますが、実際には会員のみなさんに支援していただき、会員のみなさんが中心となって活動を展開する中で成果を上げていくことになります。

 追って、報告やご協力のお願いを掲載していくつもりです。
 今の予定では、来年2月の認定を目指しています。

 まずは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を設立するにあたり、その目的と趣旨を記した案文を掲載します。
 いろいろとご教示をいただければ幸いです。
 
 


■ 目 的 ■
 『源氏物語』の本文に関するデータベース化は、『源氏物語別本集成』と『源氏物語別本集成 続』の刊行を通して、約22万レコードのデータベースとして構築が進行しています。今も更新の手が加えられ、日々成長しているデータベースです。
 本法人は、『源氏物語』の本文データベースに関連するあらゆる資料及び情報を、調査・収集・整理・修正・追補することを活動の原点とします。そして、その知的資産としての情報の維持管理を次世代に継承する中で、さらなるデータベースの発展に資することを目的とする会です。
 併せて、『源氏物語』が海外でも幅広く理解されることを願い、『源氏物語』のダイジェスト版の多言語翻訳や海外の研究者との懇談会も実施します。このような、国際的な日本文化の理解を深める活動にも取り組みます。
 
 
 
■ 趣 旨 ■
 『源氏物語』に関する研究論文は、国文学研究資料館の論文目録データベースによると、年間500本も発表されています。日本文学の中では、もっとも人気のある研究対象となっています。
 ただし、その9割以上が印刷して刊行された校訂本文を読んでなされています。この流布本だけで研究されている現状は、改めて再検証する必要があります。そのためにも、墨で書写された写本を基にした、新たな各種翻字本文と校訂本文の提供によって、『源氏物語』の受容をさらに幅広いものにしていきたいものです。
 そこで、以下の5つの活動を展開することで、本会の目的を達成することを目指します。

《活動1》 変体かなで書かれた数多くの写本を読み解き、翻字し、データベース化することで、さまざまな本文の異同が容易にわかる研究環境を構築します。これは、この世に存在する『源氏物語』の写本・版本・活字本など、ありとあらゆる本文を対象とします。ここで作成されるデータベースは、次世代に引き継がれる知的資産となります。

《活動2》 『源氏物語別本集成 続』が第7巻で休刊となっているため、《活動1》の成果を踏まえてその継続も推進します。

《活動3》 平安時代の『源氏物語』の写本は、一冊も伝わっていません。そこで、鎌倉時代に写された「池田本」と呼ばれる写本を基にした校訂本文を新たに作成し、昭和以降広く流布する「大島本」に代わるものとして提供します。新しい流布本を作ることで、『源氏物語』のさらなる普及のための活動を展開します。

《活動4》 『源氏物語』のダイジェスト版の多国語翻訳に取り組みます。『源氏物語』は、現在31種類の言語に翻訳されています。そこで、最終目標は31言語へ翻訳することにあります。これは、翻訳を通して国際文化理解を深める役割も担います。

《活動5》 『源氏物語』をテーマとした講演会、懇談会、輪読会、写本を読む勉強会、そして『源氏物語』関連のグッズ販売などを通して、『源氏物語』に対する幅広い理解を共有する活動も展開します。


 
 
 

2012年8月29日 (水)

京洛逍遥(235)グリル生研会館の洋食

 下鴨神社の糺の森に隣接して、生産開発科学研究所があります。バス停「糺の森」のすぐ前です。
 
 
 
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 用事を済ませてから、そのビルの1階に入っているレストラン「グリル生研会館」に行きました。
 お店の名前があまりにも堅苦しいので、食事と結びつきません。それでも、常連さんらしい方が、次から次といらっしゃいます。年齢層は高そうです。ご近所の常連さんたちなのでしょう。
 ガラスブロックが明かり取りとして埋め込まれた下鴨本通り側の席に座りました。
 
 
 
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 まさに、昭和の洋食屋さんです。創業は昭和33年。京都大学の中にあった生産開発科学研究所がこの下鴨に移転して来た時以来のお店だそうです。
 銀座の「煉瓦亭」は明治28年創業です。このお店のことは、「銀座探訪(11)柳ではなくて桜満開」(2008年4月22日)で詳しく書きました。しかし、この「グリル生研会館」はそれに負けず劣らず、その流れの老舗の洋食屋さんとしての風格と雰囲気があります。

 少し分厚い透明ビニール製のファイル入れに、手書きのメニューが挟み込まれています。少しベタ付くその手触りが、地方のバス停横の大衆食堂のメニューを思い出させました。
 壁際には、蓄音機とまではいかないまでも、小さなターンテーブルのレコード機と、その左右にビクターの犬のマークが付いたスピーカーが置かれています。もうレコードは鳴らないのでしょうが、大切に飾りとして置いてありました。どこにでもあった、ありふれた道具のように思えるので、わざわざこうして置いてあるのは、何か謂われのあるものなのでしょう。

 ハンバーグも海老フライも、そして野菜サラダも、穏やかな大人の味です。おいしくいただきました。
 
 
 
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 ただし、一つだけ気になったのは、ご飯が少し水っぽくて、ベタベタしていたことです。妻はこれくらいがいい、といいます。しかし、私はもっとふっくらとしたご飯が好きです。それでも、また足を運びたくなるお店です。

 退院記念を何にしようかと思案していたところ、帰り道のすぐ近くにあった、陶磁器とガラスのお店「ちゃわんや歳時器」で、野村由紀夫さんの茶碗が目に留まりました。色と手触りがいいので気に入ったので、一ついただきました。
 
 
 
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 作者の野村さんは、立命館大学で電気工学を学ばれた方で、2007年に独立されています。
 他にどんなものを焼いておられるのか、これまで縁のなかった世界とのキーワードとなるお名前を覚えることとなりました。

 帰ってから、いつものように血糖値を測りました。今日は炭水化物の多い食事だったので、食前にベイスンを飲んでいました。その結果は、食後1時間は236、食後2時間は106でした。これまた、何も問題はありません。

 夕食は、焼きそばにしてもらいました。おいしかったので、お腹いっぱい食べました。それでも、血糖値は1時間後が241と、拍子抜けするほどいい値です。しかも、これはベイスンを飲まずに食べた夕食なのです。
 血糖値を上げない食事の要領が、しだいにわかってきました。
 
 
 

2012年8月28日 (火)

京洛逍遥(234)河原町三条の回転寿司むさし

 退院したら真っ先に行く予定だった寿司のむさし三条本店に、やっと行けました。
 久しぶりに来ると、お店の前のアーケードがなくなっていて、明るい雰囲気の店構えになっていました。
 
 
 
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 この店については、ちょうど2年前の「京洛逍遥(155)下鴨神社の「納涼古本まつり」2010版」(2010年8月11日)の記事の後半部分に書いた通りです。あの時は、胃ガンの手術のために京大病院へ入院する直前でした。

 今日も2階にあがり、大好きなおじさんが握っているそばの席に座りました。
 おじさんは、本当に丁寧にお客さんに接しておられます。「ありがとうございます。」という感謝のことばが、おじさんの口からは常に出ているのです。言われた方も、いい気分でお寿司をいただけます。

 ネタのことを聞くと、今は何が一番おいしいかを、懇切丁寧に説明してもらえます。野菜サラダのことを聞くと、ほっき貝などのサラダはあるけど、野菜はないということを、これまた丁寧に、そして申し訳なさそうにおっしゃいます。そうですか、いいですよ、と言うことになります。ものの言い方というのは、本当に不思議なものです。

 私は一皿に2個乗っているうちの1個を取り、その握りのご飯の半分だけを食べました。自ずと、後は妻に任せることになります。妻は、太る太ると大騒ぎです。私は、そうしたポケット寿司とでもいうものを、結局は10個いただきました。ついでに赤ワインも。
 特に今日は、うなぎを美味しくいただきました。煮つめの醤油をベッタリではなくて、さっと一ハケ塗って、ふっくらと焼いて下さいました。

 さて、回転寿司を食べての血糖値については、あらかじめベイスンという薬を飲んだことが功を奏したのか、望み通りの結果でした。
 食後1時間は266、食後2時間は120です。
 教科書に掲載してもいいような、お寿司の実食報告となっています。

 お寿司が食べられる日の再来を、大いに楽しんでいます。
 
 
 

2012年8月27日 (月)

立川での館長科研の研究会に参加

 今西祐一郎・国文学研究資料館館長の科研費研究は、今年で3年目です。その第2回研究会が、本日午後、立川の国文学研究資料館で開催されました。
 今朝、新幹線で京都から上京してきました。

 プログラムは以下の通りです。


(1)〈ご挨拶〉今西祐一郎(国文学研究資料館・館長)
(2)〈研究発表〉中村一夫(国士舘大学・教授)「仮名文テキストの文字遣」
(3)〈研究発表〉坂本信道(京都女子大学・教授)「「无」文字をめぐる問題」
(4)〈研究発表〉海野圭介(国文学研究資料館・准教授)「二つの方丈記:ひらがな/カタカナのエクリチュールとリベラトゥラ」
(5)〈研究発表〉伊藤鉄也(国文学研究資料館・教授)「『和泉式部日記』の文字表記」
(6)連絡及び打ち合わせ

 今回の研究会は、来月9月24日にイタリアのフィレンツェ大学で開催される、今西科研第1回国際研究集会の予行演習を兼ねています。

 イタリアの方にわかっていただけるような発表を目指して、いろいろなアドバイスを受ける場ともなります。

 今西館長の挨拶のあと、まず中村一夫氏の「仮名文テキストの文字遣」と題する発表です。

 これは、『源氏物語』の各種書写本における漢字使用率に関する報告でした。『源氏物語』54巻全体を見通しての、大きな視野からの研究発表です。今後につながる貴重な指摘が数多くなされました。
 鎌倉期の古い写本ほど漢字の使用率が低い、という確認のまとめとして示された次の「時代別漢字使用率」は、いろいろと考えさせられるものとなっています。


    平均  最大  最小
全体   8.8
江戸  12.7  15.0   7.8
室町   9.3  15.5   4.7
鎌倉   6.2   9.9   2.8

 
 
 続いて、坂本信道氏の「「无」文字をめぐる問題」です。

 「も」の字母に「无」はないとする論文があるとのことです。角紀子氏「「も」の字母に「无」はない─国語学・古筆学の視点から─」(『書学書道史研究11号』2001年9月)がそれです。ただし、この論文の評価は難しいようです。私も、後でこれを読んでみたいと思います。
 定家は尊経閣文庫本『土左日記』を書写するにあたり、「も」を「无」ではなくて「毛」に書き改めているそうです。いろいろな用例を検討された上で、当時の人がどう書き分け、読み分けて区別していたのかは、今もってはっきりしない、という結論でした。
 この問題は、すでに解決していると思っていました。意外な指摘が数多くなされました。
 
 
 海野圭介氏は「二つの方丈記:ひらがな/カタカナのエクリチュールとリベラトゥラ」と題する発表です。

 特に、漢字平仮名交じりのテキストのありようについては、興味深い指摘がなされました。『三宝絵』は、女性のために、漢字平仮名交じりのテキストが最初だったそうです。『方丈記』の伝本も前田家本は平仮名交じりの書写本で枡形本なので、一見『源氏物語』などと区別がつきにくいものだという指摘は、おもしろく聞きました。大福光寺本『方丈記』は漢字カタカナで書かれているからです。書写の問題と書型の問題からの視点も、非常に新鮮でした。
 副題にある「リベラトゥラ」とは、本の内容と形を合わせて評価する、という意味だそうです。形としての本の作品性に関する概念です。最近流行していることばだそうです。
 質疑応答の中で、『方丈記』が日記や物語として捉えると、さらにおもしろくなるという指摘がなされました。
 
 
 最後は私でした。「『和泉式部日記』の文字表記」と題する発表です。

 『和泉式部日記』は4種類の本文が伝わっています。今日は、それぞれの写本の文字表記に関して、漢字と仮名の使い分けの分別をした後、その使用文字の傾向を確認することから始めました。そして、漢字と仮名の写本毎の使われ方の違いが明らかになる例を、丁寧に指摘していきました。
 また、本文異同の視点から、漢字と仮名表記に起因する例を取り上げ、異文の位相の今後への提言もおこないました。
 具体例として、「そら」「空」「浦」の本文異同は、「そら」の「そ」が「う」と同じ字形として書かれることから来るものであることなどを示しました。
 写本に書かれた文字の字母にまで遡っての調査研究は、まったくといっていいほどなされていません。その意味では、新しい切り口を提示できたかと思います。
 ただし、このネタがイタリアで理解してもらえるかというと、それは疑問です。写本などは、見たこともないでしょうから。また、平仮名にいくつもの種類があり、それが漢字から来ていることも、理解してもらうには時間がかかりそうです。これから、発表の工夫を考えます。

 連絡と打合せでは、実施担当者である私から、イタリアでの国際集会の確認をし、プログラムを確定しました。

 研究会が終わってから、立川駅前のいつものお店で懇親会を開きました。10人で賑やかに、楽しい話になっていきました。硬軟取り混ぜての話題が飛び交います。幹事役も大変ですが、きさくなみなさんなので、いつも充実した懇親会となります。

 お開きになった後、私は立川駅から夜行バスで京都に向かいます。懇親会場からすぐの立川駅北口から、神戸・大阪・京都行きの夜行バスが出ているのです。これは便利です。
 今日のブログは、その夜行バスの車中からアップしています。
 今、中央高速道を西に向かって軽快に走っています。
 それでは、車内の消灯時刻なので、おやすみなさい。
 
 
 

2012年8月26日 (日)

京洛逍遥(233)上賀茂神社の手作り市

 体調がいいので、賀茂川散策は上賀茂神社まで足を伸ばしました。
 植物園の西側を南北に延びる、賀茂川右岸の半木の道は、3つに分かれています。ここは、春には桜の名所として知れ渡るようになりました。
 
 
 
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 この道の右側は石畳です。
 
 
 
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 日射しが強いので、今日はこの石畳の道を歩きました。

 川原では、今日も鷺が遊んでいます。
 
 
 
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 以前、出雲路橋にいた鯉が、今日は上流の上賀茂橋のあたりを泳いでいました。
 
 
 
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 京都五山の送り火で大役を果たした舟形が、静かに夏の川の流れを優しく見送っています。
 
 
 
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 今日の補食は、いつものマリービスケットではなくて、上賀茂神社横の神馬堂の焼き餅にしました。ここの焼き餅は始めて食べます。いつも、売り切れのため、口に入らなかったのです。ふっくらと柔らかい食感でした。覚えたての「カーボカウント」で〈2カーボ〉と見ました。
 
 
 
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 いつもいただく葵家の焼き餅は、今日はパスです。
 
 
 
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 上賀茂神社では、ちょうど手作り市をやっていました。
 
 
 
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 今日は、少し荒っぽく焼いた、細長いものとお結び型の2種類の皿をいただきました。
 
 
 
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 古歌に歌われるならの小川は、この日ばかりは子どもたちの水遊びの場となっています。
 活気と長閑さと喧噪が入り交じった、夏の最後の休日です。
 
 
 
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2012年8月25日 (土)

糖質制限食を意識しない2日目のこと

 昨夜の食事は、ご飯とかき揚げが中心でした。血糖値が気になったので、あらかじめ消化を遅らせるためにベイスンを飲みました。
 結果は、1時間後が225、2時間後が200。豆腐を温めて抹茶をかけた補食の1時間後が152と、これまた予想通りでした。病院での推移とほぼ同じです。自宅に帰ってからも、病院での成果が再現できています。

 今朝は、薬を飲みませんでした。朝は血糖値が安定しているので、薬の有無に左右されないはずです。
 結果はその予想通りで、1時間後が226、2時間後が101でした。良すぎます。というよりも、2時間後が低すぎます。病院の給食を食べ続ける中で、身体の消化吸収能力が高まったのでしょうか。
 妻いわく、これまで1年にもわたって糖質制限食を作って来た癖で、つい炭水化物を摂らないような料理にしてしまう、とのことでした。ご飯も五穀米だったのでなおさらです。病院では、予算のこともあって、五穀米食は月に1回でした。妻は、味付けなどでも無意識に極力糖質のないものにしてしまったそうです。これからは普通で行こう、という話をしました。
 あまりに血糖値が低いので、2時間後の補食では多めに補いました。

 お昼は、近所の中国料理屋さん「白雲」の定食を食べました。今後とも、お世話になることを想定してのことです。
 これまでにも、家族と何度か来ました。その時には、ご飯や炭水化物が含まれているものは妻や息子に食べてもらっていました。この店の料理は、あっさりとした味で、気に入っています。

 今日の定食は、揚げ焼売と芙蓉蟹でした。見たところ、薬がなくても大丈夫だと判断し、飲まずに食べ始めました。ただし、ご飯が多そうだったので、出てきた半分の100グラム見当を食べました。2種類のおかずは、3分の1を妻に渡しました。また、妻が頼んだ八宝菜を、小皿に小分けてもらっていただきました。
 1時間後の血糖値は326と、予想外に高めに出ました。おかずは半分にすればよかったかもしれません。芙蓉蟹の餡かけ部分をいただいたことと、揚げ焼売の衣が意外と多かったせいでしょうか。八宝菜も、とろみがきつかったので、餡かけと共に片栗粉がたくさん使われていたようです。
 さらに2時間後は、171といつものように落ち着いていました。これで一安心です。

 夜は、娘が退院祝いとして持ってきてくれた柿の葉寿司4個と、ゴーヤチャンプルやサラダでした。柿の葉寿司は押し寿司なので、念のためにベイスンを飲みました。
 1時間後の血糖値は296と、予想よりも少し高めでした。関西で多い押し寿司は、ご飯の量が多いことと、握りよりも少し甘い点を見過ごしていました。しかし、ほぼ予想通りです。そして2時間後は195と、しっかりと落ちていました。
 今夜も、温めた豆腐にいつもの福寿園の抹茶をかけたものと、牛乳とナビスコのプレミアムクラッカーを、さきほど補食として食べました。今、1時間後の血糖値を測ったら190でした。調子に乗って、少し赤ワインを飲んだので、こんなものでしょう。

 こうして、糖質制限食に縛られない食事パターンの2日目も、ほぼ想定内の結果で安堵しています。
 何よりも、スーパーマーケットに行っても、いろいろな食材が選べることはストレスがなくていいものです。食べることを控えるものがなくなったことは、とにかく楽しく買い物ができます。この開放感は、実際に体験してみて、身に滲みて感じていることです。また、外食としてお店に入っても、メニューから自由に選べることも、呪縛から解き放たれたことを実感します。
 それよりも何よりも、妻の負担が減ったことが一番の収穫と言えるでしょう。

 これらは、あくまでも胃を切除した者の体験談です。糖質制限食とは無縁の方や、糖質制限食を実践中の方々とは異なる、いわば特殊な状況下での試行錯誤の成果を、中間報告として記しているものとしてお読みいただければ幸いです。

 今日の午後の賀茂川散歩では、昨日とは異なる鷺がいました。ダンスをしている鷺や、飛び立つ優雅な姿を見せる鷺など、賀茂川ウオーキングは飽きることがありません。
 
 
 
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 その後、『古事記』1300年と出雲大社大遷宮を記念して開催中の、特別展覧会「大出雲展」を見るために、京都国立博物館に行きました。
 
 
 
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 どうしても見たかった、重要文化財の『口遊』に「雲太、和二、京三」と書いてある箇所を、実際に確認してきました。これは、平安時代の巨大建築のベスト3のことを言っています。第1位が島根の出雲大社、第2位が奈良の東大寺大仏殿、第3位が京都の平安京大極殿を指しています。
 実際に展示されていたこの『口遊』には、「雲太、和二、京三【謂大屋誦】。今案、雲太謂出雲国城築明神神殿【在出雲郡】。和二謂大和国東大寺大仏殿【在添上郡】。京三謂大極殿、八省」と書かれていたのです。
 こうして、実際の資料を自分の眼で確認できたことは感激です。

 私は、島根県出雲市古志町の生まれです。小学校4年生までは、出雲市立古志小学校に通っていました。今日の「大出雲展」で展示されていた『出雲国風土記』にも、素戔嗚尊と縁のある古志の郷のことが記されています。図面に記された神門川や斐伊川は、私が子供の頃に遊んだところです。出雲大社の門前では、親戚がヘルン(小泉八雲)の宿として「いなばや旅館」を経営していました。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が執筆活動をしていた部屋である「かの間」に、私は小さい頃、お正月や夏休みになると泊まっていました。
 この出雲を最近訪れたことは、「50年前の自分に会う」(2009年12月19日)に詳しく書いた通りです。

 小学校5年生の時に大阪に出ました。そして、河内王朝の河内八尾に住み、難波宮にほど近い上町台地にある夕陽丘高校に通い、東京の國學院大學で学び、卒業後にまた八尾に帰って大阪市内の高校教員をし、奈良に転居して斑鳩里の隣の平群町で子育てをし、今は京都の下鴨神社の近くに住んでいます。東京の宿舎は、江戸深川にあります。

 偶然とはいえ、私は古代からの都を渡り歩いているのです。今日の出雲の展示物も、1つ1つを感慨深く見て回りました。

 中でも、松江工業高校の生徒が作った出雲大社の本殿の復元模型には圧倒されました。ここだけは写真撮影をしてもいいという配慮も、なかなか気の利いたサプライズです。
 
 
 
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 古代出雲人の技術力のすごさを、目の当たりにすることができました。これを見ただけで、充分に満足しています。
 
 
 

2012年8月24日 (金)

糖質制限食から距離を置いた初日

 私が1400キロカロリーというカロリー制限食から、今話題の糖質制限食に切り替えたのは、昨夏、2011年8月21日でした。
 その日の私のブログを見ると、糖質制限食のことには何も触れていません。そんなに強い意識はなく、単にその日に私が糖質制限食について知り、興味を持ちはじめた、という程度のことだったようです。

 その日は、「クレマチスの丘にある井上靖文学館」(2011年8月21日)を書いています。

 これは、三島にある井上靖文学館へ行った話です。それでは、なぜその日が糖質制限食に切り替えることになった、私にとっての記念日だと言えるのか、ということについて少し書いておきます。

 その前日、小さな旅に出掛けるために、妻と深川辺りで買い物をしました。その折、商店街にある小さな本屋さんで、たまたま手にした雑誌が『わかさ』でした。このことは、「健康情報誌『わかさ』の糖質制限食特集」(2012年4月18日)で書いた通りです。この雑誌が、私の食生活を一変させたのです。

 三島へ向かう東海道線の車中で、この『わかさ 10月号』の糖尿病に関する記事を見ながら、糖質制限食のことを初めて知ったのです。そして、おもしろそうなので見よう見まねで取り組んでみよう、と思ったのです。車中で、隣にいた妻にも話したように思います。しかし、特に反応はなかったと記憶しています。いつものように、やってみたら、という程度のリアクションだったように思います。

 そんな調子のスタートだったので、その旅先ではいつもと変わらぬ、しかし多少主食を意識した食事をしたように思います。そんな程度の取り組みが最初だったのです。それが証拠に、それから3日後の記事である「食事と血糖値の管理に関しての傾向が判明」(2011年8月24日)では、血糖値の話に終始していますが、糖質制限食については一言も語っていません。その翌日には、そばぼうろの話です。
 その後も、お茶やお茶菓子やそばぼうろの話があっても、糖質制限食については触れていません。この頃、主食や副食をどうしていたのか、よくわかりません。ご飯、パン、麺類は食べない生活を始めていたはずですが。

 9月の中旬になって、少し様子がわかります。ここでは、次のように記しているのです。


 私は、先月から糖質制限の食事に切り替え、ご飯・パン・麺類を食べない生活を送っています。この食生活は、肉などが食べられるので、これまでとは食事が一変しています。
 そして、血糖値もうまくコントロールできているようです。

 「江戸漫歩(44)深川も夏から秋へ」(2011年9月14日)

 そして、その翌日に、糖尿病外来に行ったときの話で、8月26日から糖質制限食に取り組んでいたことを先生に話し、アドバイスをもらおうとしていることがわかります。
「お医者さんが勧める薬物治療に足踏み中」(2011年9月15日)
 ここでは、先生に糖質制限食についての問いかけを無視され、糖質制限食は勧められないと言われたことが記されています。そして、ここで、薬物療法に移行することが先生から提案されているのです。この提案は、これまでにも何度か受けたものでした。

 この時に、なぜ先生はもっと丁寧に説明して下さらなかったのか、もし私がわかる説明がなされていれば、こんなに遠回りをしなかったのに、と、今となっては思い返されます。その意味では、今回の京都大学病院の先生方は、丁寧に噛んで含めるようにアドバイスをしてくださいました。そして何よりも、今後の治療方法についての決定は、患者である私にすべてを任せてくださったのです。これは、私にとってはありがたいことでした。

 さて、昨年9月15日の上記記事の中に、「カーボカウント」というものがあることを知った、とあります。
 今回、京都大学病院に入院して、初めて「カーボカウント」について知り、勉強したと思っていました。しかし、すでに1年ほど前に、このことばは目にしていたのです。それを、さらに知ろうとしなかったために、忘却の彼方に消えていったことばだったのです。このことばと再開したという認識もないままに、今回そのことばと意義を知り、その活用方法を身につけたということです。おもしろいものです。

 昨年の記事を追いかけると、それから2週間後に築地へ行った記事で、お寿司をお刺身で我慢したことを記しています。
「江戸漫歩(46)糖質制限と築地のすし塚」(2011年9月28日)

 糖質制限食の日々の中で、お寿司の幻想と闘っている姿が伺えます。

 そして今夏、1ヶ月の長期にわたる京都大学病院での入院から退院を果たした今日、胸を張ってお寿司を食べました。

 今朝は、6時に血液検査のために大量の採血がありました。
 
 
 

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 そして、妻に見守られる中、最後の給食をいただきました。
 
 
 
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 病院のスタッフのみなさんに挨拶をし、自転車でのんびりと下鴨神社の参道を通って帰宅しました。

 昼食は迷わず回転寿司屋へ直行です。ベイスンという薬があるので、お寿司を敬遠する必要がなくなったのです。

 三条と紫明のどちらにしようかと迷いました。しかし、退院したばかりでもあり、近くの紫明の寿司屋に行くことにしました。我が家のそばを流れる白川疎水が賀茂川を潜って堀川に流れる途中に、目指す回転寿司屋はあるのです。ところが、行ってみて驚きました。お店がないのです。普通のビルになり、シャッターが降りています。あったはずのお店が、影も形もないのです。
 昨夏以来、糖質制限食にしてからはご飯がいけないので、回転寿司屋から遠ざかっていました。今浦島の気分を味わいました。

 先ほどネットで確認したところ、平成3年に開店した紫明通り店は昨年8月に閉店した、とありました。となると、むさしは三条本店、上堀川店、京都駅八条口アスティーロード店の3店ということになります。この内、先日も書いたように、京都駅店と上堀川店はレベルが極端に低いので、よほどのことがない限りは行きません。楽しく食べられるのは三条店だけということになります。紫明店もよかったので、残念です。

 三条へ出るのも、今日は疲れているので見送り、近所の持ち帰り専門のお寿司屋さんで買って、家でのんびりと食べることにしました。ささやかながら、妻と息子の3人で、退院のお祝いをしました。私は、ご飯を半分にして8貫いただきました。そして、野菜サラダと茶碗蒸しも。

 食後の血糖値は、1時間後が229、2時間後が161です。ベイスンを飲んでお寿司を食べる、というテーマに関しては上々です。というよりも、出来過ぎです。
 次は、薬を飲まずにお寿司を食べるための方策を見つけ出したいと思っています。

 食後しばらくしてから、賀茂川へウオーキングに出掛けました。
 自宅近くの浅瀬では、鷺と鴨が遊んでいました。
 
 
 
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 久しぶりの対面です。みんな、元気にしていたようです。いつものご老体は見当たりませんでした。どこか日陰で休んでいるのでしょう。

 こうして、私にとっての新しい生活がスタートしました。
 
 
 

2012年8月23日 (木)

豊かな食生活を通して長生きをするために

 早朝5時に血糖値を測定しました。111でした。これで、先日の明け方に長時間にわたって300以上だった件は、機器の誤作動だったことが確認できました。一安心です。どうも、私は相変わらず、機械類との相性がよくありません。

 今朝は、CT検査があるために絶食です。これは、今年の春から予約を入れていた、2年前の胃ガンの手術の後の健診の一環です。ちょうど、それが退院の前日に重なったのです。

 5時起きなのに11時まで食事がお預けということなので、体力温存のために読書です。

 今回の入院では、谷崎潤一郎が訳した『源氏物語』の全巻読破を目指していました。新書版の谷崎潤一郎全集と同じ判型の8冊の本です。しかし、退院を明日に控えた今日までに、第6冊目に収録されている第39巻「夕霧」にようやく到達したところです。『源氏物語』の第2部を読み終えることができなかったことになります。
 『源氏物語』は、とにかく長い物語です。奥の深い作品であることを、現代語訳とはいえ、今回の通読で痛感しました。人間の気持ちが、丹念に、詳細に描写されているのです。現代語訳だからこそ読み取れる心情表現が、いくつもありました。多くの発見がありました。現代語訳を読むことも、『源氏物語』の新たな魅力を再認識する上で、おもしろいものです。

 『源氏物語』全巻を現代語訳で読むことに取り組むのは初めてです。原文で読むのとは違った感触や感想を、さまざまな文脈の中で感じ取ることとなりました。
 もちろん、谷崎潤一郎の訳ということで、癖もあります。息の長い訳文であることと、谷崎の敬語表現にいまだに馴染めないために、読み進めながらチェックを入れています。「〜と聞えられます。」が頻出するので、そのたびに違和感を持っています。このことは、また機会をあらためて、まとめてみるつもりです。

 さて、CT検査で造影剤を注入されると、身体が熱くなります。まずは喉から温かくなりました。
 MRIと違い、リング状のドームの中を行ったり来たりしている内に、あっと言う間に終わりました。身体に持続血糖測定装置を付けたままでしたが、問題なく終わりました。

 腹ぺこで、ようやく昼食にありつきました。
 
 
 
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 血糖値の上昇を遅らせる薬であるベイスンを飲むことでは、私の我が儘を聞き入れていただき、飲まないことにしました。その結果は、確かに1時間後の値は310と高く出ました。しかし、2時間後には258となり、薬を使った時とほぼ一緒です。

 看護師さんなどから退院後の説明と確認をしていると、消化管外科から呼び出しがありました。
 CTの結果をもとにして、いろいろと説明を受けました。リンパの転位を含めて、何も問題がないことがわかりました。私の胆嚢が摘出されたのかどうかについては、残っていることが確認できました。
 どうやら、先日、腹部の超音波検査を受けた際、研修医の方が勘違いをしたのか胆嚢が陰にあって確認できなかったのか、ケアレスミスで「胆嚢摘出後」と検査報告書に記されたようです。あの日の記事「胆嚢は摘出したかと訊かれて返答に窮す」(2012年8月 2日)を読み直すと、冒頭に記したように、確かに心もとない状況での検査だったことがわかります。いろいろなことがあるものです。

 娘から、昨日頼んだ英文の日本語訳が届きました。
 以下に、今後の参考のために引用します。
 現時点での私のコメントは、とにかく控えておきます。


Joslin's Diabetes Mellitus
(Fourteenth Edition ,2005,Boston)

ジョスリンの糖尿病(第14版、2005、ボストン)

CARBOHYDRATE
炭水化物

The diet of the normal and diabetic individuals differs very little these days, chiefly because of the discovery of insulin.
インシュリンの発見によって、一般人と糖尿病患者の食事は近年ほとんど違いがなくなっている。

At onetime my hospital patients did not have over 30 grams of carbhydrates per day, or the equivalent of about one ounce or two tablespoons of sugar.
私の病院ではかつて、患者に一日あたり30g以上の炭水化物、又は1オンス/大さじ2の砂糖に相当するを与えてはいけないと指導してきた。

Today no patient has less than 150 grams of carbohydrate or the equivalent of 10 tablespoonfuls of sugar or 10 slices of bread.
しかし最近では、全ての患者が150g以上の炭水化物、大さじ10の砂糖、又は食パン10枚以上の食事を摂取している。

Carbohydrates.
炭水化物。

No more than 40% of total daily calorie intake should come from carbohydrates, which should be mainly low-glycemic-index foods such as vegetables, fruits, and whole and minimally processed grains.
人が一日に摂取するカロリーのうち、炭水化物から摂取するカロリーは全体40%以下に抑えるべきで、その他大部分は野菜や果物、全粒穀物や精白歩合を最小限にした穀物などの低GI食品から摂取するべきである。

Refined carbohydrates or processed grains and starchy food such as pasta, bread, cereal and white potatoes should be avoided or consumed in limited quantities.
精製炭水化物、精白穀物、またパスタやパン、シリアル、ジャガイモなどのデンプン質食品は極力避け、摂取する場合も少量に抑えるべきだ。

 夕食前後は、明日が退院ということでいろいろな部署の担当の方がお出でになり、慌ただしい一時でした。
 まず、研修医のM先生が、一昨日来、私の身体に装着している機器を外してくださいました。そして、すぐに解析に回されました。
 看護師さんとの事務書類や物品や薬の受け渡し、薬剤師さんの説明、栄養士さんからのいろいろなアドバイスなどなど、きめ細やかな対応に恐縮します。

 担当医のO先生が、私の血糖値の24時間の推移を解析してグラフにしたものを持って来られました。そして、詳細な解説を伺いました。今度はきれいにデータが取れていたのだそうです。そして、ベイスンという薬もよく効いているとのことです。
 
 
 
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 今後のことも含めて、長時間お話をすることができました。
 『ジョスリン糖尿病学 第2版』の「40%以内」という記述についても、単刀直入に伺いました。日米の文化と身体と食事環境の違いを考慮すると、このような違いを修正したもので取り組むことになる、ということだったかと思います。つまり、日本では「55%」を目安にしていることに関してです。しかし、これも時代と共に変わるので、今はその見直しの時期でもある、とのことでした。

 その後、主治医のN先生がお出でになりました。最近、iPhoneになさったとのことです。便利で感心しているとのことでした。しばし、パソコン談義です。エバーノートをお薦めしました。
 また、『ジョスリン糖尿病学 第2版』については、教科書的な存在だけれども、もうあれは古いのであまりこだわらなくてもいいのでは、とおっしゃいます。医学界もどんどん変わっていて、さまざまな方がいろいろなことを言っておられ、そうした中で変化していっているのだそうです。治療についても模索の中におられることがよくわかり、信頼できる先生であることを改めて認識しました。

 今回、この1ヶ月間を通して私に示して下さった血糖値に関する対処方法は、非常に参考になりました。その意義も理解できました。ただし、薬がなくてもいい状況もあります。これは、N先生ご自身もおっしゃっていたことでもあります。提示していただいた方策を参考にし、積極的に取り入れた生活に、これからは軌道修正していきたいと思います。
 ただし、今後とも、いろいろな意味での試行錯誤にも取り組むつもりです。

 夕食は、じっくりと時間をかけていだきました。そして、私個人の判断で、これも薬を飲まずに食べました。
 
 
 
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 食後の結果は、1時間後が251、2時間後が223でした。これも、薬を飲んだ時とほぼ同じパターンです。今後の取り組みの参考になるチャレンジとなりました。

 この1ヶ月を振り返ると、ありがたい有意義な入院生活でした。数多くの適切な治療と指導や助言をしてくださったスタッフのみなさまに、とにかく感謝しています。
 みなさんがおっしゃるように、本当にこれからがスタートです。その気持ちを忘れずに、明日から豊かな食生活の中で、長生きすることを心がけた人生を送りたいと思います。
 
 
 

2012年8月22日 (水)

『ジョスリン糖尿病学・第2版』の原書を手にして

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 毎朝、病院の給食には果物が付いています。これまでは、グレープフルーツをよく食べていました。しかし、ここでは、いろいろな果物が出て来ます。このパイナップル4切れで1カーボとするので、これまで避けてきたことが損をしていたように思えます。つい、糖度の高い果物として敬遠していたのです。
 それぞれの食品に含まれる炭水化物の量が見えてくると、食事のコントロールが楽しくなります。

 毎週恒例の教授回診がありました。
 私の今後のことが問題となりました。どうしますか、と私に問われました。つまり、ベイスンという薬を今後とも使うか、それともこれまで通り食事療法でクリアするのか、ということです。
 私は、今装着している持続血糖測定装置による結果が明日わかるので、それを待って結論を出します、と答えました。先生は、そうしましょう、と理解を示して下さいました。
 患者に最終決断をさせるのは、自分のこれからの生活のことなので、正しい医療の姿だと思えるようになりました。先生が何事も指示を出すのではなくて、患者の意志を可能な限り尊重することは、それだけ患者側に責任と負担がかかります。しかし、それができると判断してもらえた患者である私にとっては、ありがたいことです。
 明日までに、自分なりの結論を出すつもりです。

 昨日身に着けた持続血糖測定装置は、快調に、私の身体の中を流れる電流の変化を記録しているようです。手元で入力するタイプの機器なので面倒です。しかし、それだけ精度の高い情報が採取できるのです。明日の解析が楽しみです。

 昼食は、牛の冷しゃぶでした。脂身が少ないので、パサパサした食感がしました。しかし、これで糖質は意外に少なくて、1カーボもないと見ました。
 
 
 

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 午後は、ひょんなことから英語の文献と格闘することになりました。

 糖質制限食の主唱者で京都高雄病院の江部康二先生が、ご自身のブログ「ドクター江部の糖尿病徒然日記」の8月17日付けの記事で、「「ジョスリン糖尿病学」推奨の炭水化物摂取比率は40%以下」と題することを書いておられました。
 炭水化物はどれくらい摂ればいいのか、かねてより興味を持っていたので、このことが気に掛かっていました。

 その記事では、糖尿病の教科書とされているらしい『ジョスリン糖尿病学 第2版』(医学書院、2007)の693頁に、


ジョスリン糖尿病センターは、太りすぎや肥満合併2型糖尿病患者の食事療法勧告を改定し、炭水化物は総摂取カロリーの40%以下とする

とあることを引き、糖尿病学会の門脇孝理事長(東大病院長)が7月27日の読売新聞の取材に対して発言されたことに、批判の矢を向けておられます。

「炭水化物を総摂取カロリーの40%未満に抑える極端な糖質制限は、脂質やたんぱく質の過剰摂取につながることが多い。短期的にはケトン血症や脱水、長期的には腎症、心筋梗塞や脳卒中、発がんなどの危険性を高める恐れがある」と述べておられます。

つまり、ご自身が翻訳者の一人であるジョスリン糖尿病学の記述に対して、根拠もあげずに真っ向から否定しておられるのですが、氏はジョスリン糖尿病学を読んでおられないのでしょうか?。

ともあれ、根拠もあげずに40%未満の糖質制限食を否定された門脇理事長の私見よりも、ジョスリン糖尿病学の記載のほうが、はるかに信頼に値すると考えるのは、精神科医Aさんや私だけでしょうか?


 江部先生はご自身の持説で問いかけをした上で、さらに次のように言われます。

日本糖尿病学会の重鎮諸氏は、このジョスリン糖尿病学の「推奨タンパク質摂取:総摂取カロリーの30%」に対してもどのようにお考えなのか、是非お伺いしたい所ですね。

 ここで問題となっている『ジョスリン糖尿病学 第2版』の日本語版を、病院の地下にある医学書専門店で手にとって確認しました。確かに、その翻訳には、糖尿病学会の門脇理事長も関わっておられます。この問題の項目を翻訳してはおられませんでしたが。
 この本を買おうとしたら、定価が27,300円とあるのを見て、当該部分をさっと読んで元の棚に戻しました。

 私はこの京大病院に入院して、最初に1日の糖質260グラム、1日のカロリーの60%を摂取する方針で治療が始まりました。少しずつ数値が下げられ、今は糖質1日200グラム、総カロリーの45%の摂取となっています。
 これ以上は下げられないと、この病院の副院長で糖尿病学会の理事であるI先生は言われます。素人考えでは、糖質制限食を11ヶ月体験した身から言えば、もっと敷居を下げるとどうなるのかを知りたいところです。
 一体、炭水化物の摂取量は何%がいいのか、どうも混乱しているようですし、私自身がわからないままでいます。

 問題の『ジョスリン糖尿病学 第2版』をよく読み返そうと思い、私の担当の研修医であるM先生にこの本の所在を尋ねたところ、研究室から英語版ならあった、と言って持ってきて下さいました。日本語版は見当たらない、とのことです。
 それなら、原文の正しい日本語訳を確認することから始めようと思い、早速娘に、とにかく数字の前後の表現を厳密に日本語訳してほしいと頼みました。
 これについては、また記します。
 一応、ここにはその当該英文を引用します。


Joslin's Diabetes Mellitus
(Fourteenth Edition ,2005,Boston)

CARBOHYDRATE
The diet of the normal and diabetic individuals differs very little these days, chiefly because of the discovery of insulin. At onetime my hospital patients did not have over 30 grams of carbhydrates per day, or the equivalent of about one ounce or two tablespoons of sugar. Today no patient has less than 150 grams of carbohydrate or the equivalent of 10 tablespoonfuls of sugar or 10 slices of bread. (1) (P616,Left)

Carbohydrates. No more than 40% of total daily calorie intake should come from carbohydrates, which should be mainly low-glycemic-index foods such as vegetables, fruits, and whole and minimally processed grains. Refined carbohydrates or processed grains and starchy food such as pasta, bread, cereal and white potatoes should be avoided or consumed in limited quantities. (P616,Right)

 夕食の時に、妻が来ました。
 昨日の病院からの帰りに、四条で大雨に遭い、2時間以上も軒下で足留めさせられた、とのことでした。先ほども雷雨で、家を出るに出られなかったとか。何やら変な天気が続いています。
 それにしても、食事は、一人よりも誰かと話をしながら食べるのが一番いいようです。
 
 
 

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2012年8月21日 (火)

米国議会図書館本『源氏物語』の匂宮3帖の翻字公開

 米国ワシントンにある議会図書館所蔵の『源氏物語』に関して、その本文資料の公開が順調に進んでいます。
 これは、国立国語研究所の高田智和先生が推進しておられるプロジェクトの一環として、議会図書館本『源氏物語』の翻字テキストが公開されているのです。

 本日、〈匂宮3帖〉と呼ばれている、第42巻「匂宮」、第43巻「紅梅」、第44巻「竹河」の3巻分の翻字本文が、これまでの公開データに追加されました。

「米国議会図書館蔵『源氏物語』翻字本文」(平成24年8月21日)

 これで、残すところ〈宇治十帖〉のみとなりました。
 年内には、議会図書館本『源氏物語』54巻全部の Web 公開ができるように、着々と準備が進められています。
 高田先生、あと一息ですね。
 そして、翻字作業に協力していただいているみなさま。暑い中を大変でしょうが、いい翻字本文を作成してください。

 なお、これまでの公開に至る詳細は、「米国議会図書館蔵『源氏物語』翻刻本文の試験公開開始」(2011年3月24日)をご参照ください。
 
 
 

再度 CGM 持続血糖測定装置を身に纏う

 明け方4時に血糖値を測りました。77でした。これは、先週実施した機器による24時間計測で、夜明け前に300台の数値が続いていた原因を調べるためです。どうやら、やはり機器の悪戯のようです。
 
 
 

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 昼食会では、メニューがちらし寿司だったので、今日の栄養士さんの解説はにぎり寿司の話題で盛り上がりました。多分に私を意識して下さってのサービスもあったかもしれません。
 
 
 

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 私の一食におけるご飯は、100グラムとされています。にぎり寿司一貫のご飯は20グラムなので、私は5貫は食べても大丈夫です。先週のようにご飯を半分にすると、8〜10貫も食べられます。これまでにも、小食の私は、回転寿司屋で5皿が限界でした。その意味では、そんなに気にすることはなさそうです。

 あとは、野菜が問題です。これを寿司屋でいかにクリアするかは、先日の京都駅のむさしの対応を見れば明らかです。まだ店側の意識が低い現状では、利用者側が工夫すべきことです。寿司屋に行く前に、コンビニやスーパーで野菜サラダをあらかじめ買い、ワンパック食べてからお店に入ることで、この問題は解決します。先に野菜類を食べると、それだけ血糖値の上昇を遅らせることができるからです。
 となると、その野菜サラダをどこで食べるか、ということになります。寿司屋に持ち込むことができない現在の日本の寿司屋の雰囲気では、ここが思案のしどころです。変な話ですが、これも現実なのです。

 最近は、回転寿司屋ではサラダが回るところが増えました。先週の鶴橋の店などが、その好例です。一皿で満腹になりそうな海鮮サラダでした。
 1店でも多くの回転寿司屋の経営者が、この炭水化物に依存した食事の提供に疑問を持って欲しいと、切に思うようになりました。

 薬剤師さんが、私の様子を見に来られ、いろいろな話をしてくださいました。だだし、その中心は、抹茶の効用です。抹茶は血糖値の上昇を抑える効果があるか、ということです。
 私が夜な夜な実験していることを話しました。夜9時半に食べる補食の豆腐に、抹茶を混ぜていることです。それも、冷たい豆腐と、電子レンジで温めた豆腐で、1時間後の数値がちがうのです。
 また、先週末にお茶のお稽古で実験した、約30グラムの糖質のお菓子をいただいてからお薄を飲んだところ、1時間後の血糖値は9しか上がらなかったので、実質的にはそうとう上昇を抑制したと思われるのです。
 このことは、薬剤師さんも興味を持ってくださいました。ご専門の立場で調べて下さるようです。

 午後の糖尿病教室は、その薬剤師さんの薬物療法のお話でした。しかも、生徒は私一人だったので、たくさんの質問をし、たくさんのことを教えていただきました。

 血糖値を下げるための薬物や注射に関して、この病院に来てからというもの、膨大な情報をいただいているので、急に物知りになった気分です。もっとも、医学や薬学の進歩が早いので、千年前の『源氏物語』のことを考えている私には、とてもついていけません。それでも、自分の身を守るためです。いろいろと知っておきたいと思っています。

 先週の火曜日に、CGM(Continuous Glucose Monitoring)システムという、自分の血糖値を連続的に測定する持続血糖測定装置を身体に着けました。薬なしの計測では、きれいに結果が出たそうです。しかし、薬を飲んだ日のものが不安定だったので、今日の夕刻から再度のチャレンジとなりました。
 条件を同じにするために、予定されていた小さな機器ではなくて、前回と同じものを装着しています。
 使い方は、もう手慣れたものです。早速、夕食前の血糖値を測り、それを身に着けた機器に入力し、やおら食事を始めました。これから3日間、この機器に情報を送り続けることになります。
 さて、この最後の検査から、どんな結果がでるのか楽しみです。
 
 
 

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2012年8月20日 (月)

持続血糖測定装置の結果を見ながら

 今朝も、おいしい朝食をいただきました。もともとわが家の食事は薄味だったこともあり、この病院食の味付けは気に入っています。赤魚鯛の味噌漬けは、朝にピッタリの、淡泊でさらっとした食感でした。小松菜は、日頃食べないせいもあって、食べにくい野菜です。
 
 
 

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 入院中にもかかわらず、いろいろな仕事を熟しています。しだいに、あれがない、これがないと、手元の資料が足りなくなってきました。そこで、急遽外出許可をもらって、自宅に帰ることにしました。
 自転車を飛ばして家に帰り、引っ越しから半年が経つというのにまだ整理を終えていない荷物の山から何冊かの本と資料を取りだし、また自転車で病院に引き返してきました。1時間ほどの、慌ただしい外出でした。

 昼食はイタリアンです。スパゲティは柔らかくて、非常に食べやすいものでした。みなさんには腰がないと不評のようでしたが……
 ちょうど1ヶ月後には、イタリアのフィレンツェに行きます。スパゲティとピザが食べられるように、血糖値を上げない食べ方を会得しました。これで、イタリアでの食事は安心です。
 
 
 

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 夕食前に、担当医のO先生が、先週実施した血糖値の24時間連続測定の結果をグラフとしてプリントアウトして、それを元に説明してくださいました。
 初日はきれいな線を描いているそうです。
 
 
 

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 しかし、2日目の測定で、薬を飲むことでその効果を見るデータには、いろいろと乱れがあるそうです。
 
 
 

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 まず、不可解なことがある、と。
 明け方の4時から7時にかけて、なんと300以上が続いています。眠っている時間帯なので、このようなことにはならないとか。この時間帯でこの山型は不可思議なので、機器の問題だと思われる、とのことでした。私が夢遊病者として勝手にこっそりと何か食べている、ということはありえないのですから。寝相の悪さも関係なさそうです。

 ベイスンというメモがある左側の午前9時から10時の山は、消化を遅らせるベイスンという薬を飲み忘れたまま、妻の手料理の朝食を食べたものです。10時の次の山は補食として牛乳とビスケットを食べたものです。
 そこから右の12時からが、薬を飲んで回転寿司を食べた後です。15時に補食、18時に夕食、21時半に補食ですが、20時あたりからのグラフが乱れています。コンピュータがデータをうまく補正できなかった可能性もありそうです。とにかく、機械がすることですから、時には気まぐれです。

 以上、先生の説明とは別に、素人判断で好き勝手な思いつきを認めています。正しいグラフの解釈は、また後日先生から詳しく伺うことになるはずです。それまでの時間に、興味本位の妄想語りのつもりで楽しんでいます。

 このまま退院では気がかりな点と不安が残るので、念のために明日から3日間、再度薬を服用してのデータの変動を24時間体勢で見ることになりました。薬を飲まない生活については、初日にうまくデータが取れているので、もう必要ないとのことです。

 これが終われば、晴れて退院となります。ということは、うまくいけば、今週の金曜日には退院できそうです。
 やっと出口が見えて来ました。あと一息です。予想外に長びいているので、何かと対応やその対処に慌ただしく連絡を取る毎日となっています。

 夕食は、意外とシンプルでした。慣れたこともあり、もう少し食べたいと思うようになりました。
 
 
 

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2012年8月19日 (日)

抹茶の不思議体験

 今日は、お茶のお稽古があるので、奈良に行く日です。
 
 
 
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 朝食を食べるとすぐに一旦家へ帰って用意をし、昨夜から来ている娘夫婦と一緒にバスで京都駅に出ました。
 駅前のバス停では、冷水ミストシャワー(京の駅ミスト)が細かい霧を道行く人々の頭上に降り注いでいました。京都四条の高島屋前でも見かけたものです。一瞬ひんやりとして、なかなか気持ちのいいものです。
 
 
 
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 駅の構内では、島根県と鳥取県の観光イベントをしていました。島根県生まれの私は、小学校5年生から大阪に出ました。また、鳥取県は池田亀鑑の生まれ育ったところです。イベントを見たかったのですが、病院からの外出の身なので、ゆっくりと拝見する時間がありません。

 昼食は、京都駅八条口にある回転寿司の「むさし」に決まりです。京都に4店あるこの店は、三条と紫明はいいのですが、ここと北山の店はお薦めできません。客のあしらいが雑なのです。しかし、今はそんなことを言ってはいられません。私と娘はこれから大和平群へお茶のお稽古に、婿殿は週末の帰阪を終え、またまた単身の研修先である東京の立川に向かうのですから。
 
 
 
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  お寿司を握っておられた方に、野菜を使ったものはないかと尋ねると、ここは寿司屋だと言わんばかりに、無愛想に「ない」の一言。サラダも、と聞いても、野菜は一切ないとのことです。これからの日本人の食生活を考えた時に、炭水化物ばかりで商売をしていくのは大変だと、他人事ながら思いました。
 娘いわく、ここは京都駅なので、海外からの観光客も含めて、みんな日本的なお寿司を食べにきているので、野菜サラダなどを置いても、手間ばかりかかって売れないのでは、とのことです。しかし、すべて炭水化物だけの食品を提供するというのは、大いに問題だと思います。先日の鶴橋の店がそうだったように、他の店では野菜サラダや海鮮サラダなどが増えているので、いずれはサイドメニューに入れざるを得ないと思います。そのことに、まだお店の方は気付いておられないようです。ともかく、このことは今はおいておきましょう。

 私は、ようやく見つけた、この店では唯一の糖質とは無縁なモズクを一椀選びました。そして、一皿に2個乗って回ってくるお寿司から、一つだけ手元に取り、さらにそのにぎり寿司のご飯を半分にして、都合8種類8個だけを選り分けて美味しくいただきました。当然、私が食べなかった半分以上は、娘夫婦が食べてくれました。
 
 
 
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〈湯葉・ハマチ・ウナギ・鴨ロース〉
 
 
 


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〈鯛のカルパッチョ・マグロ・シマアジ・エンガワ〉
 
 
 

 血糖値の上昇を遅らせる薬を飲んでいたこともあり、食後1時間は177、食後2時間は109でした。これならば、昨年夏までのように、毎日でもお寿司を食べられます。実は、薬がなくてもお寿司を食べられる秘策を、すでに会得しています。いずれ、その成果を報告します。

 平群はいつ来てもいい所です。龍田川の上流は、水の流れも変化に富んでいます。
 
 
 
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 薄茶のお稽古をしました。1ヶ月も入院生活を送っていると、足腰がそうとう弱っていることを実感します。立ったり座ったりが大変です。足が痺れないところだけが自慢です。

 今日のお茶菓子も、先生の手作りです。寒天で固めた水羊羹(?)でした。後から教えてくださったことですが、おおよその砂糖の量は、小豆(12.5g)、餡(9g)、黒砂糖(6g)を使ったとのことでした。30グラム弱の糖質があったということは、中位の大きさの柿1個に糖質が29グラムあるそうなので、それに相当します。チョコレートケーキ1個と言ったらいいでしょうか。意外に糖質が多いものでした。しかし、さっぱりとした甘さで、おいしくいただきました。
 お茶は、娘がたっぷりと点ててくれた薄茶でした。

 お稽古が終わった帰りがけに、ちょうどお菓子をいただいて1時間ほど経過していたので、失礼して血糖値をはかってみました。お菓子が甘かったので200以上だろうと思っていたところ、驚く勿れ、118という予想外に低い数値だったのです。
 お稽古の直前に、最寄り駅である元山上口駅で測った空腹時血糖が109でした。ということは、ほとんど上がらなかった、ということです。ある程度は予想できたとはいえ、実際に目の当たりにすると、抹茶畏るべし、ということを実感することとなりました。
 これは、あくまでも個人的なお遊びです。どなたか、正確に計測して研究しておられることでしょう。それはそれとして、非科学的ではあっても、これからも楽しみながら見ていきたいと思います。

 病院からの外出時間がギリギリになったということで、先生が駅まで車で送ってくださいました。するとちょうど駅前に、「長屋くん号」という平群町のコミュニティバスが駐まっていました。
 
 
 

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 平群町には長屋王と吉備内親王のお墓(古墳)があります。下の息子は、この古墳のそばの保育所のお世話になりました。そこの御陵苑というささやかな広場で、毎日遊んで育ちました。このバスは、その長屋王との縁でのネーミングのようです。今度、このバスに乗ってみたいと思っています。

 帰りは、生駒駅、西大寺駅、丹波橋駅で乗り換えて、神宮丸太町駅から歩いて病院に辿り着きました。乗り換えがスムーズだったこともあり、元山上口駅から2時間もかかりませんでした。

 夕食は、美味しいビーフシチューがたっぷりと出て来ました。こんなに食べて良いのかと思うほどの量でした。最近「カーボカウント」の要領で、食事の炭水化物(糖質)量が計算できるようになりました。覚えたての計算によると、この夕食で夜9時半に食べる間食分を除いて、5.5カーボという低さでした。これは、ざるそば一人前と同じ糖質の量しかなのです。
 プロはうまく料理を作るものだと、感心しています。
 
 
 
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2012年8月18日 (土)

薬の不思議な働きを目の当たりにして

 今日は、3食ともに、消化吸収を遅らせる薬であるベイスンを、欠かさず無事に飲みました。
 食後1時間が238、食後2時間が152なので、なかなかいいようです。もっとも、妻の朝食には及びませんが。
 
 
 
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 今日は土曜日なので昼食会はありません。一人で病室のカーテンとにらめっこをしながら食事をするのは味気ないと言っていたら、妻と息子が話し相手に来てくれました。
 昨日栄養士さんから、一昨日息子が作った料理の栄養バランスが絶妙だと褒めていただいたことを伝えると、照れながらも喜んでいました。血糖値と炭水化物の関係に興味を持ったらしく、私の昼食と「カーボカウント」の本を見比べながら、いろいろな話をしてくれました。
 
 
 
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 妻も、糖質制限食に縛られない、多彩な食事のメニューが作れる道が大きく開けて来たこともあり、息子との話も盛り上がります。いろいろな意味で、糖質制限食には無理があるように思うようになりました。
 糖質制限食にすると、血糖値は確実に下がります。しかし、そのリスクもあります。そのリスクを視野に入れると、私の場合には、もっといい方法が見えて来だしたのです。それも、薬物療法ではなくて……
 大きな収穫が得られそうな楽しみを感じながら、3人で「カーボカウント」の本を片手に食事談義となりました。

 今日の昼食では、不思議な現象が起きました。
 食後1時間がなんと160なのです。先日勝手にやった糖質制限の時が157と168だったので、ほぼ近い値です。ただし、あの時は食後2時間が111と137だったのに、今日の薬を使った結果は、何と235に跳ね上がったのです。私が飲んだ薬は、食後1時間だけを抑えた、ということなのでしょうか。
 さらには、その後の補食後は、いつも170前後なのに、今日は食後2時間よりもさらに高くなって252でした。
 さらにさらに、夕食前はいつも110前後のところを、今日は149もありました。
 ベイスンを飲むことによって、これまでのパターンとは異なる血糖値の推移が見られることについて、先生からの説明が楽しみです。

 夕食は、これまでとほとんど変わらない傾向を示していました。
 この薬は、私の身体の中でどんな働きをしているのか、ますます知りたくなりました。
 
 
 
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2012年8月17日 (金)

熊に噛まれた方と話していて薬を飲み忘れる

 私が入っている病室は4人部屋です。入退院の早い病棟です。この部屋も、昨日から新たな2人が入ってこられました。いろいろな方のお話が聞けて、楽しさと共にいい勉強になります。さまざまな生きざまがあるものです。

 朝食の前に、消化を遅らせるというベイスンを飲みました。
 結果は、この薬を服用する以前の、妻の料理の方が低い数値でした。一体何に利いているのか、知りたくなりました。わからないことが多いので、こうしていろいろと調べてもらっているのですが。
 
 
 
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 1時間経ったころから、急に身体が気だるくなりました。少し身体が熱っぽく感じられます。しばらく、横になって休んでいました。薬のせいだと思われます。しかし、間もなく本を読める状態には回復しました。

 そんな中で、先日から身体に着けていた持続血糖測定装置を一旦外すことになりました。これからデータをパソコンに吸い上げて詳細な解析をする、とのことです。来週から、また別の用途での持続血糖測定装置による検査が始まります。もうしばらくここに釘付けです。

 新聞報道ですでにご存知かと思いますが、京都市北部の山中で熊に腕を噛まれた方と、先日までご一緒の部屋でした。そして、手術のために上の階の部屋に移られた後、無事に手術を終えて隣室に戻って来られました。ようようと挨拶に来られたので、親しく話をしています。とにかく、スケールの大きな方です。私には初めて会うタイプの方です。人間これだけ気持ちが大きいと、お話をしていても爽快です。
 そんなこんなで話をしていて、昼食会に一緒に行ってまた話をしていたら、食前に飲むことになっていたベイスンを飲み忘れたことに気付きました。薬を飲む習慣がないので、昨日の朝食の時にも忘れたのです。これも仕方のないことです。
 
 
 
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 午後は、妻と一緒に、W栄養士から丁寧な栄養指導を受けました。これは、いい勉強になります。食事をするということの意味が、多面的に見えてくるようになりました。まさに、豊かな食生活で元気に長生きするために、という趣旨が次第に実感として伝わってきます。ただし、そのための薬物療法については、消化管のない私の場合は、いろいろと特殊な事情が絡んでいるようです。この点が、今回解明されればいいと思っています。

 一昨日と昨日の外泊により、私が食べた食事を細かく点検してもらいました。妻の献立はなかなか良かったようです。夕食で血糖値が急に高くなったのは、開放感から少し食べ過ぎたことと、タマネギが主因だったようです。タマネギは意外と炭水化物が多いことを知りました。

 また、息子の昼食の料理は栄養バランスが良かったようで、さすがプロですね、とのことでした。美味しいだけではなくて、ヘルシーで、なおかつ栄養バランスの良い料理が作れる腕があることを、こうした機会に認めてもらえたのです。今度あったら本人に言っておきましょう。

 肝心のお寿司については、私にとっては死活問題でもあるので、とにかく熱心に訊きました。快適に食べられる方策を、いろいろと伝授してもらいました。早速、来週にでも外出許可が出たら試してみます。
 
 今回は、夕食の前には、しっかりと忘れずに薬を飲みました。
 
 
 
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 遅い時間に、突然の見舞客がありました。インドのネルー大学から国費留学生として京都大学で勉強している、アルチャナさんでした。しばらく連絡がなかったので、ホームシックに罹っていないか心配していました。7月に東京で会うはずでした。しかし、それが実現しないままだったので、本当に久しぶりです。6月に京都で食事をしたことは、「インドからの留学生とカレーを食べる」(2012年6月 6日)に書いた通りです。

 秋からは、博士論文を執筆するために、本格的に研究活動を開始するそうです。目標が明確なので、きっと成果が上がることでしょう。病院のロビーで、いろいろな話をしました。これからが大いに楽しみな学生さんです。
 
 
 

2012年8月16日 (木)

お墓参りと大文字の送り火-2012

 久しぶりに、自宅で目を醒ましました。少し煤けた焦げ茶色の天井を見ながら、一瞬、今どこにいるのか思いを巡らせました。
 7時に、病院で習慣となっている、体重を計りました。しかし、突然環境が変わったせいか、食前の血糖値を7時半に計るのをすっかり忘れていました。8時になると、妻が用意してくれた病院食に近い朝食を食べ始めました。このご飯は麦20%入りです。病院では麦入りや五穀米は給仕できないとのことなので、こうした機会に試すことにしました。
 また、このご飯は半分を、玉子も半分を食べました。少し分量が多過ぎたからです。
 
 
 

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 食べ始めてからしばらくして、今日からテストをすることになっていた、消化を遅らせるベイスンという薬を食前に飲むことを、これまたすっかり忘れていることに気付きました。しかし、もう遅いので、これは次の昼食からにします。

 病院での、管理された生活が意義深いことを、あらためて思い知らされました。

 ベイスンという薬のテストはできなかったものの、食後1時間は197、2時間後は142と、非常に良好な結果でした。私にとっての課題だった1時間後が200を切っているので、まったく問題のない朝食だったことになります。いろいろと気遣って配慮してくれている妻に感謝です。

 10時に補食としての牛乳とビスケットをお腹に入れ、大阪の八尾市にあるお墓に家族みんなでお参りに行きました。
 今日のお昼は回転寿司しかない、と決めていました。ちょうど乗り換えの鶴橋駅が食事時間になったので、駅前の回転寿司屋「海幸」に入りました。
 このあたりは、私の出身高校が近くにあることもあり、親しみのあるところです。テニスに明け暮れる日々、北は大阪城公園から南は天王寺公園まで、ランニングで走り回った地域です。
 
 
 
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 久しぶりのお寿司に、妻が一番感激していたようです。ドキドキする、と言っていました。私は、ご飯を半分にして、8貫をいただきました。そして、山盛りの海鮮サラダも。もちろん、この昼食から、消化を遅らせるらしいベイスンという薬を直前に飲んで臨んだのです。実験の最終ステージが始まりました。

 お寿司をいただいた前後の血糖値は、次のように推移しました。

食前101→食後1時間210→食後2時間91

 この食後2時間の血糖値が91というのが、これまでになかった低さです。昼食に限って言えば、食後2時間で100を割ったのは、後にも先にもこれが初めてです。薬の影響だと思われます。これがどういう意味をもつのかは、明日先生の説明を伺うしかありません。

 八尾市の東端、奈良県との境にある信貴霊園という我が家のお墓からは、今日は小豆島の左に四国の徳島県の一部がかすかに望めました。すばらしい景色でした。これまでに何度も書いた、『伊勢物語』の「筒井筒」の段で有名な高安の里が眼下に見えます。すぐ下にある、南高安小学校と中学校が、私の育った学校です。この霊園は、小さい頃に忍者部隊月光あそびをしながら登った山にあります。
 
 
 
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 一旦わが家に帰り、少し休んでから病院へ戻ることにしました。病院の玄関からは、数時間後に迫った大文字の送り火の火床が、如意ヶ岳の山肌にはっきりと確認できます。来る途中の賀茂川縁には、すでにたくさんの人たちが河原に見物場所を確保しておられました。
 
 
 
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 夕食をいただいた後、お風呂に入り、送り火をどこで見るか思案しました。
 
 
 
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 まずは、2年前に入院していた癌病棟である積貞棟の6階に行きました。あの時は、入院が延び延びになり、実際に入ったのは8月下旬でした。今回は、運良くちょうど送り火の日に、すぐそばで見られることになったのです。
 しかし、楽しみにしていた6階からは、大の字の右半分しか見えません。そこで、玄関に出ると、なんと黒山の人だかりとはこのことで、駐車場が人でいっぱいでした。
 夕方の17時半に見た如意ヶ岳を、今度は20時に撮影しました。
 
 
 
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 ふと玄関から積貞棟を見上げると、6階の2つ上の8階に人だかりがします。
 
 
 

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 急いでエレベータで上がると、ガラス越しではあるものの、目の前に消えゆく大の字がくっきりと見えました。
 
 
 

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 最後は、また玄関に引き返し、自分の眼で送り火が消えていくのを確認しました。

 今年も、壮大な送り火の劇場に身を置くことができました。妻は、自宅近くの北大路橋と出雲路橋のあたりから見たようです。去年は、自転車で「妙・法」と「舟形」を見てまわりました。「京洛逍遥(196)京都五山の送り火を考える-2011」(2011年8月16日)

 さて、来年はどこで見ることになるのでしょうか。
 
 
 

2012年8月15日 (水)

銀閣寺山門前で大文字の護摩木を志納

 お盆の今日は、お昼前にはお寺さんが我が家に来られることになっているので、朝食をすますと、すぐに帰宅しました。
 身体には、一日中血糖値を測定する機器を着けての外出です。そして、一泊二日の外泊でもあります。
 
 
 
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 朝早くからやってきた息子は、今年も凝ったお供えのお膳を作ってくれました。料理人としての、すごい技術を持っています。ミニチュアのお膳として、店頭に置いてもおかしくありません。彩りに、一番苦心したようです。
 
 
 

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 お供えしたお菓子は、昨年と同じく俵屋吉富の「送り火」と、鶴屋長生の「大文字の夏」です。明日の京都五山の送り火に相応しいものです。というよりも、甘いものに目がなかった両親に食べてもらおうというものです。娘夫婦が持って来てくれました。
 
 
 
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 養林庵の庵主さんは、今年も元気に来てくださいました。ご高齢にもかかわらず、ご自分でタクシーを使って来られます。この新しい家にお迎えするのは初めてです。少し早めにお出でになったので、いろいろとお話をしました。
 
 
 
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 今日は、娘夫婦もいたので、お茶の話が中心でした。庵主さんも長くお茶を教えてこられたとのことです。お茶にまつわる京都の気風について、たくさん教えて下さいました。

 昼食は、息子が作ってくれました。私のためのメニューは、病院の食事を参考にしたイタリアンでした。食後の血糖値も良好です。1時間後が248、2時間後が119です。
 あまり本格的な料理だったので、食べることに専念し、写真を撮ることを忘れていました。

 今日の補食は、これもお盆らしく大文字のお煎餅を口にしました。
 いつもはマリーのビスケット3枚なので、団扇の煎餅を3枚いただきました。
 
 
 
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 明日は、京都五山の送り火です。先月の祇園祭とこれは、京の夏の風物詩です。

(1)東山如意ケ嶽の「大文字」
(2)松ヶ崎西山(万灯籠山)と東山(大黒天山)の「妙法」
(3)西賀茂船山の「船形」
(4)金閣寺大北山(大文字山)の「左大文字」
(5)嵯峨曼荼羅山の「鳥居形」

 この五山すべてを、3年前に陽明文庫の名和先生のご高配をいただき、百万遍にある思文閣出版のビルの屋上から見ることができました。そのことは、「京洛逍遥(99)大文字の送り火2009」(2009年8月17日)に詳しく書いてあるので、ご笑覧いただければ幸いです。

 今年は、京大病院のすぐ前にある如意ヶ岳の大文字を、明日の夜8時から見ることになります。2年前にお世話になった、癌病棟の積貞棟から見るつもりです。

 そこで、今日は娘夫婦も来ていたこともあり、送り火で焚く護摩木を志納するため、銀閣寺へ出向きました。その山門前では、明日の夜に如意ヶ岳で送り火に使う薪としての「護摩木」と「割木」を受け付けているのです。
 
 
 
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 自分の名前と持病を書いた護摩木を、送り火の火床で焚いてもらうと、その病が治癒するという信仰があるそうです。そんな思いも込めながら、先祖代々のために心を込めて筆を持ちました。
 
 
 

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 夕食は、妻が作ってくれました。お刺身を中心とした、野菜たっぷりの食事でした。せっかく栄養バランスを考えてくれたのに、あまりにもおいしかったので食べ過ぎてしまい、血糖値は1時間後が383と非常に高いものとなりました。しかし、よくしたもので、2時間後には151に急落です。この落差の大きいのも問題です。グルコーススパイクと言われるものです。
 また、食べることばかり頭にあったせいか、夕食も写真を撮るのを忘れてしまいました。
 そんなこんなで、なかなか忙しい一日でした。
 
 
 


2012年8月14日 (火)

霊気を浴びた後に持続血糖測定機を装着

 夜中から明け方にかけての雷雨で、京大病院の病棟全体のエアコンが早朝より停止しました。その他の電源は大丈夫だったようで、照明や電気機器は一瞬の停電ですみました。

 全病棟で感染予防のため、窓やドアは開放厳禁となっています。しかし、蒸し暑くなってきたこともあり、看護師の方がガラス戸を開けてくださいました。
 朝の心地よい外気が吹き込んできます。足下は寒いくらいに、スースーと涼風が通り抜けていきます。大文字山から賀茂川へと吹き渡る風が、病棟の空気を一気に入れ換えて行きました。一陣の風が、早朝の入院患者に一服の清涼感をもたらしてくれました。

 朝食中に、エアコンが復旧しました。人工の冷気に安堵するとともに、山と川からの霊気を肌身に感じた小一時間が、今となっては貴重な体験だったように懐かしく思われます。
 
 
 
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 今日のお昼から3日間、自分の血糖値を連続的に測定するための、CGM(Continuous Glucose Monitoring)システムを身体に着けます。持続血糖測定装置というものです。
 てっきり、★★戦隊◎◎レンジャーの変身ベルトのようなものを着けるのだと思っていました。しかし、これでもまだ大きい方で、来週にはさらに小さな装置を着けるのだそうです。人気の機械のようで、なかなか順番が回ってきませんでした。担当医であるO先生が、慎重に取り付けてくださいました。さらには、私があまりにもこの実験を楽しんでいるのが伝わったのか、この機器の取り扱い説明書までくださいました。これで、自由に使えることになりました。お心遣いに感謝です。

 5分ごとにお腹に刺したセンサーが測定して、24時間で288回の血糖測定が可能だそうです。
 自分の血糖値が、1日24時間でどう変化するかがわかります。毎日自分で測定しているSMBG(血糖自己測定器)によるデータや、ヘモグロビンA1cの値とは異なる、貴重な情報が得られることが期待できます。
 これを着けながら、いろいな検査が行われるのです。
 
 準備としてはまず、皮下脂肪に常時チューブを挿入しておき、そこから皮下組織の体液(間質液)の中のブドウ糖成分の変化を見ます。
 
 
 


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 ただし、これは血糖値ではないので、その時々に装置に直接、いつもの計測でわかった血糖値を入力してやる必要があります。その誤差から、後でパソコンのプログラムでデータ処理をして、血糖値に変換するのです。二手間三手間かかるのです。ただし、これはすぐに便利なものが開発されることでしょう。一番いいのは、血管に直結させて血糖値の変動を見ることです。しかし、まだ危険性があるために、そこまではいっていないようです。時間の問題でしょうが。

 昼食会は、先週から来ている教育実習生が、食事の内容の説明をしてくれました。なかなかうまく話していました。すかさず、私は忘れずに機器に食事スタートの情報を入力しました。この情報は、後で時間を確認するとわかるので不要だ、とのことでした。しかし、自分のためでもあるし、こうした手間は厭わないので、こまめに入力することにしました。データ処理をなさる先生方も、後で食事の資料等と見比べる手間が減るはずです。
 
 
 
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 食後1時間や2時間の血糖値を、身体に着けた CGM に入力しました。また、補食の時も入力します。
 夕食前に少し運動をしました。玄関までの2往復と、地下1階から8階までを1往復したので、そのスタート時に CGM にイベントとしてエクササイズのチェックを入れました。あとで、この運動中の血糖値の推移もわかるようにするためです。

 夕食の後も、しっかりとスタート時と食後の血糖値を入力しました。
 
 
 
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 こうした機器の操作には慣れているので、正しく記録されているはずです。

 早いもので、入院してから3週間が経ちました。時間の隙間を見ては、ハーバード大学所蔵の古写本『源氏物語』の「蜻蛉」巻と格闘していました。鎌倉時代に書写された、おそらく現存最古に近いこの古写本の、精密な翻刻・翻字の最終確認をしていたのです。それが、ようやく今日、どうにか終えることができました。ベットにどっしり(?)と座り込み、ひたすら空き時間に写本とにらめっこをしていたのです。たくさんの修正箇所がみつかりました。退院までに、元データを修正することにします。ここに入院するまでに、海を渡っていたもう一冊の古写本「須磨」巻を終えていたので、これで一つの仕事のメドがたち、とにかく一安心です。

 それにしても、仕事が捗りません。入院中にたくさんの仕事をするつもりで、いろいろな資料を持ち込んでいました。しかし、1日15回もの血液の採取があり、その間にいろいろな検査や健診・問診があるので、意外に自分の時間がないのです。多くの仕事を抱えたまま、多くの方々に迷惑をおかけしています。すみません。こんな状況なので、ご理解のうえ、ご寛恕のほどをお願いします。
 
 
 

2012年8月13日 (月)

勝手に主食を食べないで再確認

 今日も、食事を見ながら、本を片手にカーボ数を確認しました。この朝食で5カーボと見ました。
 朝の食事で体調を狂わすことが多いので、配慮して下さっているようです。
 この繰り返しで、炭水化物の量を見極められるようになるはずです。カロリーを計算するよりも、ずっと楽です。
 
 
 
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 なお、今日はご飯を食べないという、自分で勝手に糖質制限食にしてみました。
 これまでの食事を見渡してみて、ほぼ傾向が明らかになりました。食後1時間の値を200以下に抑えることは、今の食事では難しいのです。また、その必要性がどれくらいあるのか、これは主治医の先生にまた教えていただくしかありません。夜は、食後1時間と2時間の差が、あまりないことが多いのです。これも、よくわからないことです。

 そこで、自分をリセットする意味で、朝食のご飯を食べないことにしてみたのです。
 結果は明らかで、見事に血糖値が上がりませんでした。炭水化物の多くを食べないのですから、当たり前のことです。身体は、正直に反応しています。


食前     92
食後1時間 157
食後2時間 111

 参考までに、昨日の朝食の時の結果は、次の通りです。


食前    100
食後1時間 308
食後2時間 154

 昼食は、おいしい八宝菜でした。シュウマイも付いていて、ボリュームがあります。しかし、その割には炭水化物は少なそうです。全部で7カーボと見ました。
 
 
 
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  この昼食でも、ご飯だけを食べないで残しましてみました。朝食と同様に、低い数値が出ました。


食前     87
食後40分 165
食後1時間 168
食後2時間 137

 これでは、ご飯を食べなかった分だけカロリーが不足しているので、下の売店でチーズを買ってきて、朝2個、昼3個を食べました。本当に我流です。一度だけなので、大目に見てもらいましょう。

 昼食後に主治医のN先生がいらっしゃったので、いろいろとお話をしました。糖質制限食のことが中心です。
 今後については、これまでのデータでほぼ傾向がわかったので、次は24時間の血糖値の経過を見ることにして、その後、インスリンを調整するのではなくて消化を遅らせる薬が私の身体にどういう効果をあげるかを見たい、とのことでした。

 N先生は、私が薬に拘ってその対処を避ける方策を考えたいと言うと、目が悪いときにはメガネをかけるように、という例で話されます。食事毎に服用して調整する方法です。
 今取り組んでいる、炭水化物を45パーセントにまで下げての食事療法だけでは、もう先が見えています。それならば、糖質制限食にもどるかと言うと、その弊害がよくわからないだけに躊躇します。いずれにしても、長期的な目で見た場合、何が本当に私にとっていいのか、誰にもわかりません。となると、主治医を信頼するしかないのです。また、信頼できると思っています。ここは、当初から変わりません。

 あまりにも糖質制限食に即効性があり、目に見えて数値が下がったので拘っています。しかし、炭水化物をとらない生活のリスクも、しだいに自分なりにわかりかけてきました。
 N先生は、結論は急がないので納得できることを優先しましょう、とおっしゃっています。
 二者択一の前に、まだすべきことがあるので、今週から来週にかけてそれに身を委ねることになります。

 『カーボカウントナビ2 おうちごはん編』(坂根直樹編・佐野喜子著、エクスナレッジ、2012.4.28)という本について、「糖質摂取量に関する新しい提案を受けて」(2012年8月 1日)で紹介しました。しかし、これは1カーボを15グラムで計算するものでした。日本の場合は一般的に10グラムで計算するのがよいとされているので、この本は参考にならないことになります。今年の5月の刊行で、写真も多くて便利です。おそくら、近々改訂されることでしょう。紛らわしい本を買ってしまったようです。

 なお、栄養士のAさんから紹介された『糖尿病のあなたに かんたんカーボカウント 〜豊かな食生活のために〜改訂版』(大阪市立大学医学部編、医薬ジャーナル社、2011.8改訂第6刷)を、N先生も勧めてくださいました。早速、病院前にある医学専門書店で購入しました。
 
 
 
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 また、同時に次の本も参考にしています。
 『糖尿病患者のための カーボフラッシュカード』(大阪市立大学医学部編、医薬ジャーナル社、2011.11 初版第5刷)
 
 
 
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 私は、インスリンは今のところは使う予定も必要もないようです。しかし、この「カーボカウント」の本は、インスリンを使うことを前提にしてのものとはいえ、炭水化物のことを知っての食生活を考える上では、有益な参考書です。
 食事は毎日のことなので、1日も長生きできることを励みに、しばらくはこのテーマに取り組み続けます。

 夕食は、野菜たっぷりで、おいしくいただけました。これも、7カーボだと思います。
 
 
 
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 我が家がもともと薄味だったので、それよりも少し味の濃い病院の給食に、最初は戸惑いました。しかし、他の患者さんは今でも味が薄くて不味い、とおっしゃっていますが、私は満足しています。なかなかよく考えて工夫された、レベルの高い食事だと思っています。
 これを食べ続ける中で、自分にとって最良の食事療法を探し求めていきます。
 
 
 

2012年8月12日 (日)

第25回下鴨納涼古本市

 今朝の朝食では、1時間後の血糖値が4日ぶりに300を超えました。理由はわかりません。2時間後にはしっかりと下がっているので、もう気にならなくなりました。
 
 
 
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 昼食から、「カーボカウント」をしてみました。炭水化物の量を見るのです。本を片手に、見よう見まねで調べたところ、7カーボとなりました。手元の本が、10グラム1カーボと15グラム1カーボの2種類があるので、まだこの意味するところがよくわかっていません。とにかく、やってみた、というところです。1日20カーボが、現在この病院で私に設定されている糖質量に相当するもののようです。
 
 
 
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 午後は外出の許可を得ていたので、自宅に帰る途中で「第25回下鴨納涼古本まつり」に立ち寄りました。下鴨神社の太古以来の鬱蒼とした森に、38店舗80万冊の本が並んでいます。千年以上もの歴史を包み込む糺の森で、こうして古書を探し回るのは楽しいものです。
 
 
 
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 今年は、子ども達に本を読んでもらおうということで、児童書のコーナーには1万冊の本が並べられています。そして、紙芝居も行われていました。「アトムマン」という出し物でした。
 
 
 
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 語りのお姉さんは表情たっぷりに、声色を使っての熱演です。子ども達も真剣に見入っていました。そして、関西の子供らしく、しっかりと突っ込んでいます。お姉さんは、子ども達とコミュニケーションを取りながら、言葉巧みに惹き付けておられます。紙芝居のおもしろさを、私も堪能しました。

 終わると、みんなにタコセンを配っています。子ども達は大喜びです。
 
 
 
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 こうして、テレビやゲームとは一線を画す、紙芝居や絵本や読み物に興味が向けば、この糺の森は最高の物語体験や読書への案内場所となります。今年で25回目です。今後とも、ますます人が集まることが期待できます。そして、子ども達も足を向けてくれることでしょう。

 自宅での用事を済ませてから、賀茂川沿いの散策路を、妻と自転車で病院への帰路につきました。
 ほっそりとした鷺が、のんびりと夕方の川縁を歩いていました。
 
 
 
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 何を見つけたのか飛び立ち、鴨たちが居並ぶところに移動しました。
 
 
 
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 川風が心地よい時間でした。

 夕食の「カーボカウント」は6でした。うまく1日20に収まっているようです。
 
 
 
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 このところ、夕食に関しては4日続きで食後1時間と2時間の血糖値の数値が近い値を示しています。
 なぜなのか、新たな不思議が生まれました。
 
 
 


2012年8月11日 (土)

自宅への外出途中で大雨に見舞われる

 今日も、朝食後1時間の血糖値が高いのです。食前の数値より、150から200前後の上昇です。この病院に来てからは、三度三度の食事で主食をはじめとして炭水化物をしっかりと摂っているので、これは仕方がないことです。それでも、2時間後には120前後に下がるので、身体の中での調整はしっかりとなされているようです。
 この、朝食1時間後をいかに低くするのかが、当面の素人判断ながらも課題だと思っています。
 
 
 
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 昼食の丼は、これまでの糖質制限食では食べてこなかったものです。おいしくいただきました。ただし、それだけ数値も上がります。
 
 
 

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 炭水化物を身体に取り込み、それに伴って血糖値を上げ、そして2時間以内に下げる、という食事行為を繰り返しています。私には消化管がないことにより、食後血糖の値の振幅が大きいのが問題なのです。どの程度に抑えればいいのか、手探り状態が続いています。

 極端だと言われる糖質制限食で命を縮める危険性を回避し、バランスのとれた豊かな食生活で長生きをするための食事方法を模索しているところです。お医者さんと栄養士さんが、いろいろと考えてくださっています。しかし、今のところ、炭水化物を摂りながらの日々では、まだ明るい明日は見えません。

 現在は、1日に占める糖質の量は45パーセントです。日本糖尿病学会が推薦する糖尿病食では、栄養バランスのとれた食生活では糖質は60パーセントとされており、今の私の45パーセントはその意味では限界だと言われています。ちなみに、3食共に主食を抜くスーパー糖質制限食では、糖質は12パーセントなのだそうです。

 さて、そろそろお医者さんも栄養士さんも、そして私も、決断の時が近づいている気配を感じています。

 土日は、病院で用意された教育プログラムがないこともあり、午後は外出許可をもらって自宅に帰ることにしました。次の食事である夕食までに帰って来たらいいのです。

 お昼ごろから、外では雷が鳴り出しました。しかし、雨は降っていません。病院から自宅までは、自転車で10分ほどです。雨が降り出す前にと、急いで賀茂川を遡って自宅を目指しました。

 今日は、ちょうど下鴨神社の糺の森で、青空古本市が始まる日でした。ここを覗いて本を物色してから自宅へ、と思って出掛けました。しかし、下鴨神社の南端にある葵橋あたりに差し掛かったころから、ポツリポツリと雨滴を身体に感じるようになりました。そして、急がなくてはと思った途端に、まさにバケツをひっくり返したという形容がぴったりの、大粒の雨を全身に浴びることになりました。マンガの一コマかと思うほどです。
 糺の森で雨宿りを、と思いました。しかし、自宅まではあと5分もかからないので、一気に大雨の中を走り抜けることにしました。

 自宅に着いたときには、全身ずぶ濡れです。玄関に水溜まりができるほど、ボタボタと滴り落ちるのです。玄関先で待ち構えてくれていた妻からバスタオルを受け取るが早いか、身体から一つずつ身につけていたものを剥ぎ取っていき、お風呂場に直行しました。
 妻は、帰るのを中止するようにメールと電話をくれたようです。しかし、それを見る余裕は、私にはなかったのです。

 同じ時間に、息子が府立総合資料館へ調べ物をしに自転車で出たとのこと。案の定、息子もずぶ濡れで帰って来ました。一度決めたら予定を変えないところは、本当によく似た親子だと、妻は呆れ顔でした。

 病院ではできない仕事を自分の部屋でやり、雨がからりと上がった夕食前には、何事もなかったかのように病院にもどりました。
 
 
 

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2012年8月10日 (金)

五条坂の陶器市とおけそくさん

 今朝も、ご飯は半分を残して完食しました。
 
 
 

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 もう、朝のご飯には慣れました。しかし、朝食後に急激な腹痛に襲われ、しばらく苦しみました。2時間ほど、ジッと耐えました。理由はわかりません。血糖値はそんなにあがらなかったので、身体が怠くなることはなく助かりました。どうも、朝はいけません。

 昼食会では、久しぶりに冷やしうどんを食べました。
 
 
 

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 その後、引き続き栄養教室として「食品交換表の使い方」が始まりました。食事の栄養バランスが中心の話でした。

 午後は外出許可を得て、五条坂で開催中の陶器市へ行きました。
 家から持って来ている自転車で、建仁寺の境内を横切り、六波羅蜜寺に立ち寄ってから、六道の辻である珍皇寺へお詣りです。
 このお寺の読み方は、「ろくどうちんのうじ」でも「ろくどうちんこうじ」でも、どちらでもいいようです。
 
 
 

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 境内に「小野篁卿旧跡」とあるように、ここは篁の亡霊が冥府に通ったという伝説がある所です。夜ごと井戸から地獄に降り、閻魔大王の裁判の補佐をしたそうです。ここの閻魔堂には、篁の木像と、篁が作った閻魔大王があります。
 なお、堀川通りの北大路交差点を下ったところにある紫式部の墓の隣には、篁の墓があります。これについては、学生時代から恩師小林茂美先生から小野氏の唱導文芸との関連で、詳細な考察を聞いてきました。またいつか、機会を得て記したいと思います。

 陶器市は、予想よりも人出は少なかったように思います。抹茶茶碗のいいのがあれば、と思って物色しました。しかし、時間も限られており暑かったので、早々に帰路につきました。
 
 
 

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 なお、過去の五条坂の陶器市については、「京洛逍遥(98)五条坂陶器まつりの源氏絵-2009」(2009年8月10日)をご笑覧いただければ幸いです。

 帰り道に、「おけそくさん」を見つけたので2つほど買いました。新仏には1つ、普通は2つが多いそうです。
 
 
 

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 この「おけそくさん」については、すでに書いた記事がありますのでご笑覧を。この記事は、意外とよく読まれているようで、私のブログの中でもアクセス数の多いものとなっています。

「「おけそくさん」という言葉の意味」(2010年8月13日)

 自宅に帰り、仏壇に「おけそくさん」をお供えし、一休みしてから病室に戻りました。
 賀茂川沿いを自転車で走ると、気持ちのいい爽やかな風が身体を流してくれます。いつもの鷺や鴨に挨拶をして来ました。

 無事に夕食までに病院に帰り着きました。今日は外出をしたので、食後の運動を控えたところ、数値はやや高めに出ました。食後の運動がポイントの1つのようです。
 
 
 

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2012年8月 9日 (木)

今日から6回食となる

 これまで毎日の朝食がきつかったので、朝ご飯も分食となりました。
 
 
 

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 トレーの上にあるムーンライト・ビスケットと牛乳を、朝食後2時間の10時に食べることになったのです。
 また、ご飯は盛られた半分の、50グラムだけを食べるように指示されました。これは、50グラムを茶碗に盛り付けても、ご飯がすぐに固くなるためだそうです。
 この結果、食後の血糖値は非常に良好な状態になりました。

 昼食も、またその間に食べるマリー・ビスケットと牛乳とチーズの補食後も、ほぼ良好です。
 
 
 

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 ただし、夕食だけはやや高くなります。これが残された問題です。
 今の楽しみは、夜9時半からの、豆腐に抹茶をかけて食べる補食です。
 
 
 

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 今日のまとめをすると、1日6回食、40分を目安に完食、食後2000歩以上のウォーキング、ということになります。これで、もう少し様子を見ながら続けていきます。

 今日は珍しく検査がなかったので、時間の隙間を活用して仕事に没頭しました。これまでは、毎日数百通のメールの対処が精一杯でした。やっと、書類作成などの仕事ができるだけのまとまった時間が確保できるようになりました。

 ただし、ソフトバンクのポケット Wi-Fi が使い物にならなくて、とにかく遅いしブチブチと切れます。こんな出来損ないの通信回線にお金を払うのが馬鹿らしくなりますが、今ここではどうしようもありません。

 秋田に帰省している妻にも、iPhone での連絡がつきません。秋田の実家の地域も、みごとにソフトバンクの圏外なのです。秋田に行く時期になると、auの携帯を持つことを検討しながら、それもアホらしくて別契約はしていません。秋田の実家のみなさんは、つながるauをお持ちです。

 いつになったら、私の生活圏である深川、立川、京都がソフトバンクの圏外から解放されるのでしょうか。
 この京大病院からの通話も、ブチブチと切れます。圏外ではないだけ、少しはましだといえましょうか。

 そういえば、マッキントッシュの新しいシステムである Mac OS X Mountain LION を、先週の土曜日に更新手続きをしてアップルからネット経由で購入しました。すぐに引き落としの手続きは完了しました。しかし、通信回線が不安定なために、毎日、この病室からチャレンジしていますが、6日経過した今日も、まだシステムのダウンロードの途中でエラーとなります。毎日のように再度のダウンロードをしています。その日の内なら、中断しても続けてダウンロードができるのですが、日をまたぐとだめなようです。雲散霧消とはこのことです。

 ソフトバンクのポケット Wi-Fi は、一見ネットワークにつながっているかに見えます。しかし、ふと気がつくと、小さな窓に「Disconnected」と、よく表示されています。横のボタンを押して、1日の内に何度もつなぎ直しています。

 その前に、ダウンロード終了までの予定時間が「335日8時間」と表示されるので、これには笑います。そのころには、もうこの京大病院にはいないはずです。そうかと思うと、しばらくすると「44日」とか「125日」とか、目まぐるしく変わります。今も、「40日19時間」と表示されています。おそらく、その40日後は、成田からフィレンツェに旅立っている頃です。

 病院にいる間にマッキントッシュのシステムをアップグレードしたいのですが、退院後に自宅へ帰ってからになりそうです。枕元にある、『Mac Fan』という雑誌の付録である、200頁近いスタートアップのための冊子がポツンと横たわっています。
 
 
 

2012年8月 8日 (水)

正直に反応する身体に驚く日々

 今朝の食事は賑やかでした。
 
 
 

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 そのせいもあってか、食後に少しだけ気分が悪くなりました。血糖値も、4日ぶりに300を超えて、1時間後が359でした。2時間後も200台です。高すぎます。
 どうやら、まだ食事の量が多いようです。W栄養士さんと相談し、明日から朝食も分食にしてもらうことになりました。これで、1日6回食になります。入院する前とほぼ同じ環境となります。

 お昼前に教授回診がありました。I先生はいつものように気さくに話しかけてくださいます。この1週間の様子を主治医から聞き、的確な指示を出されます。その後、今日は、糖尿病学会の理事長さんが新聞で、糖質制限食の批判を語られたことに触れられました。I先生も理事のお一人なので、今後の議論の展開が門外漢としては楽しみです。

 昼食会には、実習生が4人ほど参加していました。その内の一人が、私と同じように30分以上かけて食べていました。家でもそうなのだそうです。いい家庭に育っているのだな、と頼もしく思いました。
 
 
 

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 午後は、いつもの糖尿病教室の拡大版とでも言うべき、オーブンなセミナーでした。参加者は20人ほどです。3人の講師の先生が、それぞれのテーマで話してくださいました。
 


「糖尿病の合併症予防 〜網膜症について〜」
 プリントを読み進めながらの説明でした。
 一般の方々に、文字の多いレジメを手渡して、それを読み上げるやり方には一考を要します。聞き手である患者を一顧だにせず、ひたすら視線をレジメに落として、黙々と読んでおられました。一度くらいは頭を上げてもよかったのに、と思いました。実際には、45分間に6回顔が上がりました。つまらなかったので、そんなことを数えていたのです。そういえば、レジメにお名前がありませんでした。
 
「糖尿病の検査」O臨床検査技師
 プロジェクタを使ってのお話でした。目の前のスクリーンに画像を映し出して語るのは、絵解きになっていたのでわかりやすく、よく理解できました。いつも測定している血糖値に関して、現場からの話は興味深いものがあります。
 小さな部屋でのお話なので、この話題はちょうどいいくらいでした。また、何回か参加者に挙手での質問がありました。意見交換は大事なことだと思います。患者さんからの質問も、活発に出ていました。
 
「外食の注意点と工夫〜上手な外食のとり方が食事療法を長続きさせる秘訣です〜」K管理栄養士
 さまざまな外食料理をスクリーンに写し、栄養バランスなどについてわかりやすく話してくださいました。
 具体的な写真で例示しながらの話だったので、みなさん興味深く見入っておられました。
 外食をする機会は意外に多いので、こうした視点での解説は実用的です。欲を言えば、もっと脱線してくださったらよかったのに、との感想を持ちました。

 
 昨日の昼食から、食前食後の運動を中断したら、とたんに血糖値が上がりました。また、運動を再開です。ただし、主治医の先生からは、食前の運動は低血糖になりがちなので控え、食後にしたらいいというアドバイスをもらいました。
 W栄養士さんとも相談し、これまで食前食後に3000歩だったのを、食後2000歩くらいにし、食事時間も50分を40分くらいに縮めることにしました。
 
 
 

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 実際に変更してみると、また先週のように最適な範囲に収まるように改善されました。
 40分間の食事の後、2,325歩のウォーキングで、食後1時間が225、食後2時間が189でした。なかなか快調です。
 驚くほどに、身体は正直に反応してくれています。次々と課される環境に素直に適応しようとする、この自分の身体を見詰めてしまいます。貧弱な痩せ細った身体ですが、立派に機能しようとする姿には愛しさを抱かずにはいられません。苦労をかけるな、と言葉をかけてしまいます。
 
 
 

2012年8月 7日 (火)

食前食後の運動を止めるとどうなる

 
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 今日から、朝食のパンがご飯に変更となりました。血糖値はこれまでと変化なく、高くならなかったので安心しました。また、昨日まで連日あった吐き気も、どうにか止まりました。やはり、早朝からの不快感がないと、気分的にも1日が楽です。私には、パンは合わないようです。少し、無理を引きずり過ぎたのかもしれません。下手に従順になろうとせずに、もっと早くギブアップすべきでした。

 W栄養士がおいでになり、いろいろと話を伺いました。この2週間は、なかなか好調のようでなによりだ、とのことです。300という数値がすっかりなくなり、200前後に落ち着いています。薬を使わずに、糖尿病食だけで低くなっているのです。ただし、その原因が、ゆっくり食べることと運動によるものと思われるので、さらに問題を切り分けるために運動をやめてみて、しばらく様子をみることにしました。ただし、今朝までの運動の効果が持続するので、この結果はすぐには現れず、来週以降になるのではないか、ということでした。

 昼食前の血糖値は67でした。低血糖なのですが、一昨日同様にブドウ糖は使わず、すぐに昼食に移りました。ここからは、食前食後の運動をあえてしないことにしました。
 
 
 
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 予想通りと言うべきか、食後1時間の血糖値は276と高めに出ました。ただし、300以下なので、一応よしとしておきましょう。食後2時間は252となり、ほとんど下がりませんでした。これまでならば、100近く下がっていたので、運動をしなかった効果が、早速現れているようです。まだまだ様子見です。しかし、身体は正直に、素直に反応していることを実感しています。

 午後3時の補食後も、夕食前の数値も、共に低めに安定しています。そして夕食では、やはり食前食後の運動をしなかったせいか、1時間後が243、2時間後が274と、300以下とはいえ予想外に高くでました。しかも、2時間後の方が高いのです。
 
 
 
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 特にこの夕食では、息子が様子を見に来てくれたので、マッキントッシュの話をしながら60分をかけて食べました。それなのに300に近かったので、運動をしなかったことによる影響はほぼ明らかになったと言っていいと思われます。もっとも、素人判断なので早計だとは思いますが。これについては、後日、先生が詳しく説明して下さることでしょう

 今日の糖尿病教室での内容は、薬物療法についてでした。インスリンについて、興味深い話をたくさん伺いました。
 私はインスリンも経口血糖降下剤(内服薬)も使っていません。この分野での新薬の開発が盛んになされ、その成果としての安全性の確認も慎重になされているようです。しかし、薬はあくまでも薬です。低血糖や副作用の弊害も完全にゼロではないのです。
 今後の医療のあり方における薬物が占める経費などなど、個人的にはいろいろと思うところがありました。できることなら、薬をつかわない医療に越したことはないでしょう。しかし、さまざまなケースがあるので、これは一概に言えないかと思います。それでも、何でも薬で対処して解決することへのブレーキが、私の中には根強くあるのも事実です。

 就寝前の午後9時半の補食では、クラッカーと牛乳と豆腐を食べています。そこで、昨夜に続き、先日買ってきた抹茶を、茶杓2つ分だけ豆腐にかけて食べました。抹茶が血糖値に何がしかの影響を与えているのではないかとの思いがあるので、この際ついでに調べてみようと思ったからです。一応、栄養士の先生にはお話をしてあります。抹茶には糖質が含まれていないはずなので、数日後のこの結果も楽しみです。
 
 
 

2012年8月 6日 (月)

抹茶と和菓子を補食にうまく取り入れた食生活を

 一昨日、南禅寺の方丈でお茶をいただいた時に食べた和菓子について、栄養士のW先生にお話を伺いました。
 写真を見てもらいながらでしたが、おそらく1個150キロカロリー、糖質30グラムくらいではないか、とのことでした。まわりがきな粉であることを考慮してのことだそうです。
 
 
 
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 あれは、ちょうど3時でした。本来はカバンに入れて持参していた、補食としての牛乳(100ml)とマリービスケット(3枚)を食べる時間でした。その代わりになるだろうと思って、お茶とお菓子をいただき、牛乳とビスケットは娘たちにあげました。カロリーも糖質も、持って行った補食とほぼ同じと見ていいようです。すると、この抹茶と和菓子の組み合わせは、補食のパターンの一つとして今後とも取り入れることが可能なのです。抹茶が私の血糖値の上昇を抑制してくれるかどうかは、今はまだわかりません。今後の課題です。

 こうして、少しずつではありますが、私の新しい食生活の構想ができあがりつつあります。

 さて、今日も血糖値はなかなかいい推移となっていました。300以上には、一度もなりませんでした。運動をして、そしてゆっくり50分という時間をかけて食べることを、根気強く実践しています。

 朝食後2時間の数値が100を切りました。95という数字を見て、器具がおかしくなったのかと思って、再度計測したくらいです。こんな理想的な数値は初めてです。
 
 
 
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 明日から、朝食のパンをご飯に代えてもらえることになりました。これで、入院以来続いている毎朝の吐き気から、何とか解放されることでしょう。

 昼食は焼きそばでした。これも、何年ぶりでしょうか。焼きそばとラーメンは、まったく無縁の食生活を送ってきました。ソースと青のりが、子供の頃を思い出させる味でした。
 
 
 
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 夕食では、鯖がいい具合に焼けていました。おいしい料理でした。昼食会でもそうでしたが、みなさん味が薄いとおっしゃっています。夕食でも、ニンジンに味がないと、みなさんおっしゃいます。しかし、ニンジンらしい香りと味がしていて、私はこれくらいがちょうどいいと思っています。味覚はみんな違うことを、こうしてみなさんと食事をいただくとよくわかります。
 
 
 
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 今日は、3食ともに各々50分以上をかけて、ゆっくりと食べました。みなさんは10分以内に食べ終えておられるので、そのスピードの違いが際立っています。しかし、みなさん優しく「ゆっくり食べや」と声をかけて、部屋を出て行かれます。毎日、一人黙々と食べているのです。

 ウォーキングに慣れてきたこともあり、病室の前の階段の段数を数えると、173段ありました。地下1階から8階に登ってUターンする時には、少し息が上がっています。少し汗ばむ位で、ちょうどいい運動量だと思います。

 いつもブログをチェックしてくれている娘から、ペットボトルをダンベルのようにして持ち歩いたら、筋肉が付くし運動量の加減ができるよ、というアドバイスをくれました。足腰が運動に慣れた頃合いを見計らって、チャレンジしてみたいと思います。
 
 
 

2012年8月 5日 (日)

運動をして時間をかけて食べる

 今朝は、食事前に廊下→階段→廊下と、10分間のウォーキングをしました。万歩計を使ったところ、約1500歩でした。
 
 
 
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 朝食を50分をかけて食べ、食後も同じコースを歩きました。
 ウォーキングをしての、食後1時間の結果は261でした。これまでの朝食後が320前後だったので、喜ぶべき成果だと言えるでしょう。2時間後も128と良好です。ただし、今朝も吐き気があるのが問題です。これは、続ける中で確認していきます。

 ふと思ったのです。朝食が食べ慣れないパンなので、そのせいで吐き気が続くのだと。ここに来てからというもの、吐き気のない朝食は1度だけでした。それでは、朝食をパンからご飯に変えたらどうだろうと。栄養的には、パンもご飯も置き換えられる主食(炭水化物)です。先生に相談してみる価値はありそうです。

 お昼前に68と低血糖になりました。看護師さんが先生に確認してくださったところ、すぐに昼食なのでブドウ糖は飲まず、このまま様子をみることになりました。体調はよかったので、予定通りウォーキングをしました。
 
 
 
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 ゆっくりと50分かけて食べて運動をしたら、昼食後1時間は236と良好です。昼食前後に歩いた歩数は3255でした。

 今日の午後は外出の許可をとっていたので、熊野神社前からバスで15分かけて自宅に帰り、いろいろな仕事の整理をして、夕方にまた病院に戻りました。

 2週間ぶりの自宅では、花壇の花がきれいに咲いていました。花好きの妻が丹精込めて育てている、ささやかな花壇です。
 
 
 
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 昨夜東京に立ち寄り、今朝の一番列車の小町に乗った妻の話では、宿舎の花壇のひまわりが元気に咲いていたとのことです。
 光を浴びて逞しく育つ植物の力強さから、励ましの声が聞こえてきそうです。

 上京する檀那さんを京都駅に送った娘が、我が家に足を伸ばしてやってきました。自転車で東山近辺を散策するのだと言って、自転車に跨がるが早いか出かけていきました。
 この暑い中を、みんな元気に動き回っています。今年の京都は、爽やかな風が通っているようです。確かに自転車は、京都見物には最適な移動手段です。

 大好きなコーヒー豆を挽いて、携帯ポット2つに入れてカバンに詰め、気分一新で病院に戻りました。

 夕食の時も、食前食後にウォーキングです。2970歩でした。
 食事は、たっぷりと60分をかけました。血糖値は229でした。これも良好です。
 
 
 
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 今日は3食ともに200台の半ばまでだったので、これまでとは様相が一転してきています。運動とゆっくり食べることを実践しての手応えを感じています。これが長い目で見て効果的なものなのか、今後の推移が楽しみです。
 
 
 

2012年8月 4日 (土)

南禅寺散策と聖護院のお茶屋さん

 朝食の前に病院内をウォーキングしました。
 病室の前から玄関まで、直線で170メートルあります。これを一往復します。
 
 
 
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 また、階段は、地下1階から8階までの上り下りを一往復します。この階段は旧タイプなので段差があり、結構きつい運動になります。
 
 
 
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 廊下と階段をウォーキングすると、ちょうど10分かかります。
 その後、朝食をゆっくりと時間をかけて、50分で食べました。
 
 
 
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 食べ終わってからの血糖値は、363でした。予想外に高く、食事前の運動の効果があったのかどうか、これではわかりません。とにかく、高い数値でした。2時間後には116と下がったので、ひとまずはほっとしました。

 昼食前の測定では、71と、今度は逆に低血糖です。69以下だと、ブドウ糖を飲むことになります。食事前の運動をするかどうかは、看護師さんに確認し、了承を得てスタートしました。

 昼食の時に、妻と娘夫婦が来ました。お弁当を作って来たので、病室でベットを囲んでみんなで食べました。いつもはカーテンとにらめっこをしながら食べているので、こうしてみんなと食べるとなかなか楽しいものです。50分間はあっと言う間に経ちます。
 
 
 
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 楽しく喋りながらゆっくりと食べたせいか、1時間後の血糖値も200を切りました。ここに来て、昼食では初めてのことです。

 午後は外出の許可を得ていたので、娘夫婦と南禅寺へ散策に行くことにしました。妻は、東京経由で秋田へ帰省です。みんな、何かと忙しいことです。

 南禅寺は、いつ来てもいいところです。私は、松本清張原作の映画『球形の荒野』での印象的なシーンを、いつも思い出します。この三門の下で、食後2時間の血糖値を測りました。
 
 
 
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 また、水路閣は、テレビドラマなどの京都ものの殺人事件の舞台として有名になりました。
 
 
 
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 名取裕子や沢口靖子が、ヒョッコリと歩いてきそうです。もう、このレンガ作りのアーチ型の琵琶湖疎水の水路は、立派な観光地となっています。この水路を流れる水が、北上して哲学の道から銀閣寺を通って左折すると、我が家の横を流れて賀茂川から堀川へと注いでいきます。この南禅寺の水路に手紙を流すと、私の家の前に辿り着くのです。事件ものに使えそうな設定だということで、3人で盛り上がりました。

 方丈でお茶をいただきました。
 
 
 
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 本当は、この時間は私にとっては補食を食べる時間です。しかし、ここでお茶菓子をいただくことで補食に代えることにしました。お菓子は落雁で、きな粉を固めた中に晒し餡を入れたものでした。お茶もお菓子も、おいしくいただきました。

 そんな和の気分に浸っているとき、前方の瀧と竹垣の間を1台の青色の乗用車が通り過ぎました。あまりにも興ざめで、それはないでしょう、と突っ込みたくなりました。お茶席に人がいるときだけでも、車が目の前を通らないような配慮がほしいものです。竹垣で道路は見えないので、瀧は庭続きだと思っていたのですから。

 方丈の一画に、狩野探幽の絵がありました。その廊下に、「室内撮影禁止 DONT TAKE A PHOTO IN A ROOM」というプレートが掲げてありました。娘夫婦は英語が堪能なので、この英語が正確ではないことを話していました。この「IN A ROOM」では、室内からの撮影はいけないが廊下からならいいことになるとか。室内の絵を撮影しないでほしいのなら、「OF A ROOM」とすると誤解を招かないそうです。

 帰りがけに、法堂の前で外国の方が、龍の天上画を知らずに通り過ぎようとしておられました。娘が英語で説明すると、相手はフランスの方だったようで、すぐにフランス語に切り替えて説明をしていました。その方々も親しみを持たれたのか、少しフランス語で娘と話をなさいました。何やら『球形の荒野』のヴァンデベルデ夫人が出現したような錯覚に陥りました。確か、映画でも山本陽子がフランス語を使っていたと思います。

 門前のお土産物やさんにお茶道具がいろいろとあったので、抹茶がないかと尋ねました。ないとのことでしたが、お客さんの一人がこの近くの野村美術館の関係者で、そこで使っているお茶が熊野神社のそばの竹村玉翠園のものなので、三条寺町の一保堂へ行くよりも近い、とのことでした。これから京大病院へ帰るので、その近くなら私にとっても好都合です。
 
 
 

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 このお茶屋さんで、野村美術館や南禅寺に納めていると言われる抹茶をいただきました。そして、本当に偶然なのですが、京大病院で糖尿病の治療のために入院しておられる方が、たまたま外出で来ておられました。私と同じように、手首にバーコード入りの腕輪をしておられます。病院での苦労話に花が咲きました。そして、気が緩んだこともあり、お店でおいしい冷茶をいただきながら、南禅寺でいただいた補食後1時間の血糖値を測定させていただきました。166だったので、抹茶が血糖値の上昇を抑えているというのは確かなのかも知れません。ここでいただいた抹茶を食事の間に飲むことで、血糖値への影響を機会を見て調べようと思っています。

 病院へ帰る途中で、すぐそばにあった2軒の八ッ橋の老舗に立ち寄りました。先日紹介したのは交差点を挟んで向かい合うお店でした。そのすぐ北の京大病院の前の通りに、お互いの本家と覚しきお店が、これまた向かい合うようにしてあったのです。
 
 
 
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 なかなか興味深いお店のありようです。

 夕食でも、食事の前後にウォーキングをし、ゆっくりと食べると300までは上がりませんでした。
 
 
 
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これで、朝以外はうまくコントロールできました。課題は、やはり朝食です。
 
 
 

2012年8月 3日 (金)

食事方法をさらにスローに変えてみる

 今日は、仕事帰りの娘が夜に見舞いに来てくれました。東京へ3ヶ月研修で行っている婿君が週末に帰ってくるので、一緒にこれから妻がいる下鴨の自宅に泊まりに行くそうです。そんなことを話している所へ、今春から看護師になったという方が食後の血糖値を聞きに来られ、「お孫さんですか?」と。これを聞いた娘は大喜びです。私も相当の老人と思われていたようで、がっかり。
 連日、血糖値と闘っている内に、すっかり老け込んでしまったのでしょうか。これではいけないので、気持ちを切り替えなければなりません。

 さて、入院生活の日録です。

 いつものように、朝6時半に起きて体重を量ります。47.8キロ。ここに来てから連日下がり続けています。原因は、食事のエネルギー量が少ないことと、あまり動かない生活のためと思われます。貧弱な身体が、さらにスリム(?)になっています。これは、しばらく静観するしかありません。

 朝食で、蓋を取るのを忘れたままで写真を撮りました。右下には、キャベツのコンソメ煮がありました。
 
 
 

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 食後、急激に動悸がし、吐き気と腹痛に襲われました。あまりに辛いので、身体をベットに横たえ、看護師さんに来てもらいました。昨日から1食当たりの炭水化物量が減っているのに、血糖値は相変わらず高いままです。2時間後には収まりました。よくわかりません。

 昼食のカレイの南蛮煮は、おいしくいただきました。
 昼食会の話題では、油のことが中心でした。
 
 
 

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 それに引き続き、集団栄養指導では、必要なエネルギー量と食事療法の基礎について学びました。私の標準体重は61.4キロ。1日に必要なエネルギー量は1,842キロカロリーと出ました。これと現実とのズレを調整していくことになります。

 今日の糖尿病教室は、「日常生活の注意〜糖尿病との上手なお付き合い〜」でした。内容が、インスリンを使った治療をしている方のためであったことと、先生がテキストを読み上げるだけだったので、とにかく退屈でした。読んだら終わりだったからです。これは、お話をなさる先生の方にさらなる工夫が必要です。参加されたみなさんも、終わってから自分の部屋に帰るとき、不平不満を漏らしておられました。

 今日は、夕食から食生活に変化をつけることにしました。
 発端は、栄養士のW先生と現在の食事内容について相談していたとき、主治医のN先生がいらっしゃったことからでした。N先生はいろいろな話の中で、薬を使うことを勧められます。それが受け入れがたいのであれば、このまま食事療法の進め方での工夫を検討するしかない、ということで、食事を長くゆっくりと食べる中で、納得のいく方法を探しましょう、ということでした。理解してくださっていることに感謝しています。

 その後、W先生との相談で、食前食後に軽い運動をし、食事をゆっくりすることになりました。
 これまで私は、1時間以上をかけて食べていました。それが、ここに来てからは30分と、2倍のスピードで食べています。そこを見直して、45分から50分かけて食べることにしました。つまり、食後40分の血糖値計測をパスし、食事が終わると軽いウォーキングをして帰って来てから、食後1時間の計測をする、というものです。
 
 
 

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 実際にやってみると、これまで夕食後はずっと350から400の間だった1時間後の血糖値が、今夜は311に、わずかながらも下がりました。2時間後の数値も、250と低いものでした。また、夜9時半に食べる補食の後の血糖値も、これまでで最低に近い146でした。運動を組み合わせた成果なのでしょうか。
 まだ最初なので、これがどうなのかはわかりません。しばらく、この方法で続けてみます。

 これでだめなら、出てくる主食の半分だけを食べることで、血糖値を下げるという強硬手段を取ってみるつもりです。まさに、非常に緩い糖質制限食です。こう言ったときに先生は、それは困るし聞かなかったことにする、とおっしゃいました。食べなかった分をどこで補うかを検討しなければならない、とのことでした。

 とにかく、食後1時間の血糖値が300以上に上がらないような方策を模索することに専念します。しかも、糖質制限をするのではなくて、先生がおっしゃる、食事の栄養バランスを保ちながら取り組むものです。ここだから、そして今だからできることだと思います。

 無理のない豊かな食生活の中で、バランスの取れた食事をして長生きをする、というテーマを提示してもらっているので、もうしばらくこの環境の中で試行錯誤を繰り返し、自分で納得のできる状況で社会に復帰したいと思います。
 
 
 

2012年8月 2日 (木)

胆嚢は摘出したかと訊かれて返答に窮す

 今日は、検査のために朝から絶食です。
 腹部超音波検査は、研修医が最初に機器を操作して行ない、次に先生がここはこうしてゆっくりと動かすと見えるよ、と同じ工程を実演なさいます。そうか、私は今、実習用の教材になっているのだ、ということを実感しました。
 確かに、先生と学生さんでは、各段に強く押された時の痛さが違います。学生さん、あばら骨が痛かったですよ。表情が真剣だったので、悲鳴をあげるのは我慢しましたが……

 その検査報告書に、「胆嚢摘出」と書いてありました。この報告書をもとにM先生が説明しながら、2年前の手術で取ったのですか?と訊かれました。わかりません。思い出せません。検査担当者が勘違いした可能性もあるので、ということで、調べてくださることになりました。

 今、私の身体の中で、何が切り取られていて無いのか、よくわからなくなりました。どの臓器が私にはもう無いのかを知らないとは、迂闊なことでした。絶対にあるのは心臓だ、と言うのでは、本当に情けないことです。

 今日の昼食会でのご飯は、ここに来た最初の半分の100グラムになりました。それでも多いと感じます。
 
 
 
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 今日から、午後3時に食べる補食にチーズが付きました。いつもは塩分の少ないクリームチーズを、毎日四角いもので10個以上は食べていました。やっとありつけました。ただし、病院では諸事情もあり、普通のスライスチーズが1枚です。これにナッツが付くと、もう私のいつもの間食です。ナッツも、病院では出せないのだそうです。

 食後の血糖値は、40分後が325、1時間後が334だったので、依然として高い数値であることには変わりがありません。というよりも、これまででも悪い部類の数値です。
 炭水化物の摂取量を、1日につき240グラムから200グラムに減らしてくださいました。しかし、その結果は、まだ始まったばかりとはいえ、最悪のスタートとなりました。近々、また炭水化物を減らしてもらうことになりそうです。とにかく、私の身体は炭水化物に敏感に反応しているようです。さて、どこまで減らすことになるのか、新たな試行が始まりそうです。

 糖尿病教室は、「糖尿病治療方法」がテーマでした。担当は、私がここの外来で最初に診察をうけた担当医の先生です。1時間の半分が、インスリン注射を打つ時の苦労話やコツについてだったので、薬物療法を避けている私は「みなさん大変な思いをしておられるんだ!」という第三者的な興味で聞いていました。

 中盤以降は、原則論と抽象論だったので、具体的な治療方法は聞けませんでした。私がいることを少し意識なさったのか、「人間が食べて活動する上で必要なものは何か」ということで、炭水化物の大切さとその意義を強調なさっていました。糖質制限食の批判です。しかし、血糖値が上がることに対する個人レベルでの対処策と方法については、私が伺いたかったことには言及がありませんでした。血糖値の上昇を制限するなり、管理する意義と対処方法において、薬物に依存しない視点での話があるとよかったのに、と思いました。

 また、例え話がゼロか100かという、極端な例でした。極論で話されると、対立軸が鮮明になり、わかりやすいことは確かです。しかし、現実から遊離しますし、具体性に欠けてきます。

 終わってから、なぜここでは「カーボカウント」についての情報が患者に流されないのかを質問しようかと思っていました。「糖質制限」について批判的なのは、1つの見識としていいと思います。それはそうとして、「糖質管理」「血糖管理」と言われる「カーボカウント」について、学習機会がメニューの中にあってもいいと思っています。しかし、予定時間を20分もオーバーしていたので、今日は伺いませんでした。始まる時間が遅れたことを含めて、検査があった方や、私の場合は血糖値を測る時間が大幅に狂ったので、そのあたりの配慮もほしいと思いました。
 まだここでの時間があるので、またの機会にします。

 夕食に出た鶏肉のトマト煮は、これまでに出た給食の内では、お寿司の次に気に入りました。
 この病院の給食は、なかなか味付けに配慮がなされていて、おいしい料理だと思います。ほとんどの方が貶しておけばいいと思っておられるのか、作っている方々の努力には思いをいたしておられないような発言が目立ちます。しかし、薄味とはいえ、これはおいしくする工夫が随所に感じられ、作る上でも参考になるはずです。料理人の息子も感心していました。病院や学校の給食を作る方にとって、正しく評価されることのない環境だと言えるのかも知れません。
 また、今夜から補食に豆腐が加わりました。分食を進めてくださっています。いろいろと変化が出て来て、気分転換にもなります。
 
 
 
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2012年8月 1日 (水)

糖質摂取量に関する新しい提案を受けて

 今日は、一日中身体が怠い日でした。
 朝食のパン3個は、私には多いようです。胸のあたりが苦しくなります。対策をお願いしています。
 
 
 
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 朝食後、血糖値が急激に300を超え、1時間後も変わりません。身体が熱を持っているようなので体温を測ると、36.9度でした。おとなしく午前中はゆっくりと横になっていました。
 今日から、食後に「メチコバール」を飲み出しました。

 お昼前に教授回診がありました。I先生は主治医の先生方に状況を確認し、相談をして、食事の炭水化物の量を減らすことで血糖値の上昇を控える方策を示されました。炭水化物は、1日にどうしても60以上は必要だ、とおっしゃいます。私の糖質制限は1日50以下でした。
 I先生は糖尿病学会の理事をなさり、この病院の副院長でもあります。その先生が私にも「どうする」と聞かれました。何かを言えようはずがありません。患者に確認しながら治療の方針を決めていく、という姿勢を大切にしておられるようです。もっとも、聞かれても「お任せします」と答えるしかありませんが……。私の場合は、薬物療法だけは避けたい旨の希望を伝えてありますし、それを理解してくださっているので安心しています。

 結局、明日から私の炭水化物の摂取量は、1日200グラム程度となりました。入院以来、260→240→200と下方修正されてきました。
 私が入院するまでは、先日の妻との聞き取り調査によって、1日50くらいだったことがわかっています。それから見ると4倍なので、素人目には相当多い量です。しかし、食生活のバランスを考えながら、長生きと豊かな食生活を送れるようにするために、こうして調整して様子を見てくださっているのです。私にとっての最適な食事が、こうして少しずつ見えだしたように思えます。

 これでまだ1時間後の血糖値が下がらないようだったら、試しに薬を使ってみようか、とのことでした。もちろん、私の意志とは違うことは承知の上で、ここにいる間だけでもという話でした。

 今日も昼食は昼食会でいただきました。野菜がたっぷりのメニューでした。ここからご飯を抜くと、ここに来るまで私が食べていた糖質制限食とほぼ同じです。
 
 
 
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 昼食後、2時間経っても300以上です。ご飯が血糖値の半分以上を占めるとしても、どうも高すぎます。よくわかりません。

 午後は、頸動脈の血管超音波検査を受けました。いろいろな検査は、こうした間にもなされていきます。

 夕方、A栄養士さんと「カーボカウント」の話をしたところ、本を3冊貸して下さいました。特に、『カーボカウントナビ2 おうちごはん編』(坂根直樹編・佐野喜子著、エクスナレッジ、2012.4.28)は写真が多くてわかりやすいそうです。すぐに、妻に購入してくれるように連絡を入れました。
 
 
 
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 私が今回読んだ『はじめてのカーボカウント』(坂根直樹・佐野喜子編著、中外医学社、2009.5)は、「はじめての……」とあるけれども、相当難しい本だったようです。昨日の記事で少し触れている本です。この病院の地下にある医学書専門書店で買ったものです。
 
 
 
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 それを、私がわからないなりにも最後まで読んだことを、非常に褒めてくださいました。

 この「カーボカウント」の本は、あくまでもインスリンを使う方がその治療を助けるためのものです。しかし、私のような例にも、どうやら活用できる道がありそうです。いい勉強をさせてもらっています。

 それにしても、いろいろと宿題を抱えることになりました。自分の身体のことであり、食事は毎日のことなので、ここにいる間にたくさんのことを学んでいきたいと思っています。

 夕食前、どうも身体の怠さと熱っぽさが気になるので体温を測ると、37.4度もありました。夕食までは、じっと休んでいました。身体が熱を出して闘っていることもあり、血糖値が高くなっているかもしれない、とのことでした。

 体調がよくなり、夕食は完食できました。ただし、食後1時間の数値は380と高いものでした。
 
 
 
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 明日からは、炭水化物が1日200グラムと、入院時よりも60グラム減ります。代わりに、半熟玉子とチーズと豆腐がカロリーアップとして、各食事に一品ずつ追加されます。こうして、ここに来る時までのメニューに近づいていきます。炭水化物を完全に絶つ方法とは別に、こうした折衷案が具体的になり、前途が明るくなったような気がします。どこまで炭水化物の摂取量を落とすか、という鬩ぎ合いになってきました。
 これが解決すれば、待望のお寿司が食べられる生活も夢ではありません。私の目標は、非常に具体的でわかりやすいものなのです。
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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