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2012年8月16日 (木)

お墓参りと大文字の送り火-2012

 久しぶりに、自宅で目を醒ましました。少し煤けた焦げ茶色の天井を見ながら、一瞬、今どこにいるのか思いを巡らせました。
 7時に、病院で習慣となっている、体重を計りました。しかし、突然環境が変わったせいか、食前の血糖値を7時半に計るのをすっかり忘れていました。8時になると、妻が用意してくれた病院食に近い朝食を食べ始めました。このご飯は麦20%入りです。病院では麦入りや五穀米は給仕できないとのことなので、こうした機会に試すことにしました。
 また、このご飯は半分を、玉子も半分を食べました。少し分量が多過ぎたからです。
 
 
 

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 食べ始めてからしばらくして、今日からテストをすることになっていた、消化を遅らせるベイスンという薬を食前に飲むことを、これまたすっかり忘れていることに気付きました。しかし、もう遅いので、これは次の昼食からにします。

 病院での、管理された生活が意義深いことを、あらためて思い知らされました。

 ベイスンという薬のテストはできなかったものの、食後1時間は197、2時間後は142と、非常に良好な結果でした。私にとっての課題だった1時間後が200を切っているので、まったく問題のない朝食だったことになります。いろいろと気遣って配慮してくれている妻に感謝です。

 10時に補食としての牛乳とビスケットをお腹に入れ、大阪の八尾市にあるお墓に家族みんなでお参りに行きました。
 今日のお昼は回転寿司しかない、と決めていました。ちょうど乗り換えの鶴橋駅が食事時間になったので、駅前の回転寿司屋「海幸」に入りました。
 このあたりは、私の出身高校が近くにあることもあり、親しみのあるところです。テニスに明け暮れる日々、北は大阪城公園から南は天王寺公園まで、ランニングで走り回った地域です。
 
 
 
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 久しぶりのお寿司に、妻が一番感激していたようです。ドキドキする、と言っていました。私は、ご飯を半分にして、8貫をいただきました。そして、山盛りの海鮮サラダも。もちろん、この昼食から、消化を遅らせるらしいベイスンという薬を直前に飲んで臨んだのです。実験の最終ステージが始まりました。

 お寿司をいただいた前後の血糖値は、次のように推移しました。

食前101→食後1時間210→食後2時間91

 この食後2時間の血糖値が91というのが、これまでになかった低さです。昼食に限って言えば、食後2時間で100を割ったのは、後にも先にもこれが初めてです。薬の影響だと思われます。これがどういう意味をもつのかは、明日先生の説明を伺うしかありません。

 八尾市の東端、奈良県との境にある信貴霊園という我が家のお墓からは、今日は小豆島の左に四国の徳島県の一部がかすかに望めました。すばらしい景色でした。これまでに何度も書いた、『伊勢物語』の「筒井筒」の段で有名な高安の里が眼下に見えます。すぐ下にある、南高安小学校と中学校が、私の育った学校です。この霊園は、小さい頃に忍者部隊月光あそびをしながら登った山にあります。
 
 
 
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 一旦わが家に帰り、少し休んでから病院へ戻ることにしました。病院の玄関からは、数時間後に迫った大文字の送り火の火床が、如意ヶ岳の山肌にはっきりと確認できます。来る途中の賀茂川縁には、すでにたくさんの人たちが河原に見物場所を確保しておられました。
 
 
 
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 夕食をいただいた後、お風呂に入り、送り火をどこで見るか思案しました。
 
 
 
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 まずは、2年前に入院していた癌病棟である積貞棟の6階に行きました。あの時は、入院が延び延びになり、実際に入ったのは8月下旬でした。今回は、運良くちょうど送り火の日に、すぐそばで見られることになったのです。
 しかし、楽しみにしていた6階からは、大の字の右半分しか見えません。そこで、玄関に出ると、なんと黒山の人だかりとはこのことで、駐車場が人でいっぱいでした。
 夕方の17時半に見た如意ヶ岳を、今度は20時に撮影しました。
 
 
 
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 ふと玄関から積貞棟を見上げると、6階の2つ上の8階に人だかりがします。
 
 
 

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 急いでエレベータで上がると、ガラス越しではあるものの、目の前に消えゆく大の字がくっきりと見えました。
 
 
 

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 最後は、また玄関に引き返し、自分の眼で送り火が消えていくのを確認しました。

 今年も、壮大な送り火の劇場に身を置くことができました。妻は、自宅近くの北大路橋と出雲路橋のあたりから見たようです。去年は、自転車で「妙・法」と「舟形」を見てまわりました。「京洛逍遥(196)京都五山の送り火を考える-2011」(2011年8月16日)

 さて、来年はどこで見ることになるのでしょうか。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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