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2012年11月の32件の記事

2012年11月30日 (金)

土器に書かれたひらがなをどう読むか

 昨日、ひらがなが書かれた、9世紀後半の土器片が出土したニュースが、財団法人京都市埋蔵文化財研究所から流れました。見つかった場所は、京都市内の貴族邸宅跡でした。平安時代前期の西三条大臣・藤原良相(813〜867)の「西三条第」(百花亭)の跡地だったのです。

 この良相は冬嗣の5男、文徳天皇の外叔父で、貞観8年(866)の応天門の変で失脚し、翌年亡くなりました。良相の逸話は、『今昔物語集』『江談抄』『大鏡』などに語られています。

 公開初日の今日、今回確認された土器を速報として展示している京都市考古資料館へ、京大病院の診察帰りに自転車を飛ばして立ち寄って来ました。

 展示場所である京都市考古資料館は、同志社大学の前の大通りである今出川通りに面し、堀川通りから西に少し歩いたところにあります。地下鉄今出川駅から歩くか、市バスの今出川大宮バス停の目の前です。西隣が「ねぎ太郎 西陣店」なので、すぐにわかります。
 
 
 
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 この京都市考古資料館の玄関を入って右手すぐに、ケースに入った土器が目に飛び込んで来ます。
 
 
 
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 自由に写真を撮ってもいいとのことだったので、ここに紹介します。
 ケースの中に置かれていた、入口に近い土器から9個の写真を並べます。漢字の墨書土器は、ここではとりあげません。また、ガラスケースの上から撮影しているため、文字が読みやすいように画像処理をしています。そのため、土器の地肌の色が実際とは相当異なっていることをご了承ください。

 資料館の方が、不明なところが読めたら教えてください、とおっしゃっていたので、解読に挑戦してみてください。
 仮名文字を読むのが仕事の私とはいえ、なかなかの難題です。いつも読んでいる鎌倉時代の古写本とは、これは勝手が違います。連綿体の続け文字も確認できて、非常に興味深い資料です。

 これを機に、ひらがなの成立事情が、これまで言われていた10世紀後半から9世紀後半と、少し遡ることになります。今回実際に見て、読んで、意外と変体仮名が少ないことに驚きました。今の通行のひらがなの字体に近いものが多いのです。今後は、さまざまな機器を導入して、さらに文字を解読してほしいものです。

 置かれていた資料に記されていた読みを、参考のために写真に添えておきます。
 インターネットによる横書き表示のため、縦書きが横並びに表示されていることを、ご了承ください。
 
 
 
121130_moji1
 
  □そこ
 なしも
 そまほる
   □□
 
 
 
121130_moji2
 
 □れ れ or な
 わあな
  □き or な く
  □ま□
 
 
 
121130_moji3
 
 □かくは□
 □たにひ□
 は ら □
   う or に
 
 
 
121130_moji4
 
  か
    に  か(逆)
     た
 
 
 
121130_moji50
 
 
 
121130_moji5
 
 写真の上部パネルを参照
 
 
 
121130_moji6
 
  なかつし
 □あけかて□
 
 
 
121130_moji7
 
 かつらきへ
 
 
 
121130_moji8
 
   へ
    あ
 (り)よいけにい□
 
 
 
121130_moji9
 
 はなわを
 はなま
 はこそ
 □て□□して

 めしろ□は
  へ
 
 
 

 財団法人京都市埋蔵文化財研究所のホームページに、今回の速報展に関して、以下の案内が掲載されています。


京都市考古資料館速報展『藤原良相邸出土の墨書土器』開催のお知らせ

京都市考古資料館では、佛教大学二条キャンパスの発掘調査(藤原良相邸)の整理作業を受け、明らかとなってきた文字資料の内、墨書土器につきまして、速報展を行い皆さまに見ていただく機会を設けることといたしました。下記の要項で速報展を行いますので、是非,ご覧下さい。

          記

1.期  間 平成24年11月30日(金)〜12月16日(日) 休館日は月曜日
2.展 示 品  藤原良相邸から出土した墨書土器20点(仮名墨書9点も含む)
3.開館時間 午前9時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
4.入 館 料  無料

 
 
 京都新聞との記事は、以下のアドレスからご覧になれます。

「最古級の平仮名確認 京都・中京の貴族邸宅跡」( 2012年11月28日 23時50分)
 
 
 

2012年11月29日 (木)

充実していた総研大学院生の研究発表会

 総合研究大学院大学の中に文化科学研究科日本文学研究専攻があります。その基盤機関である国文学研究資料館では、大学院生が熱心に研究活動を続けています。

 今日は、各院生が本年度の成果を、研究発表の形で公開する日です。
 私も大阪大学の大学院に在籍していた時、この時期になるとみんなの前で発表をしました。学会と違い、何かとお世話になっている先生方と仲間の学生の顔が並ぶ中で、独特の視線を感じて照れくさい思いをして発表したことを覚えています。

 今日は5人の発表がありました。そのうち私が担当している1人の発表について書き記しておきます。

 武居雅子さんは、「『源氏千種香』の依拠本文を探る」と題する発表でした。よく調べていて、お香の伝書である『香道蘭之園』に収録されている「源氏千種香」は、『源氏小鏡』がその依拠本文だ、という結論を述べるものでした。
 新説ともいうべき仮説を最初に明示し、問題点を丁寧に考察するものです。資料の提示の仕方から論証に至るまで、手堅い手法となっていました。お香の世界から『源氏物語』を見るのがテーマなので、あやふやな文化論に陥りがちです。しかし、そこを文献資料を押さえての論証なので、安心して聞いていられました。文献をしっかりと見ていることがわかり、頼もしい限りです。

 もっとも、初めてこの話を聞く人は、香道に親しんでいないだけに理解するのが大変だったようです。しかし、おおよそのことが伝わったようで、安堵しました。専門外の方3人から質問があったということは、それだけ注意を喚起する力のある発表だった、ということになります。

 この研究は、さらに展開する可能性が大きいことを示しています。充分に博士論文に結実するテーマです。ますますの進捗を期待したいと思います。

 今日の研究発表が終わると、先週同様に新幹線に乗るために東京駅を目指しました。
 ただし、これまた先週同様に、中央線の電車が大幅に遅れました。構内放送では、線路内に人が立ち入ったために点検をしているとのことでした。しかし、いつもの飛び込み事故のようです。本当に、この中央線はこうしたトラブルが多い路線です。
 こうしたことが度重なるので、早め早めの行動を心がけたいと思っています。

 京都駅前は、すでに年末のイメージがありました。
 京都タワーは、相変わらずお釈迦さんの雰囲気を伝えてくれています。
 
 
 

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 慌ただしい毎日の中で、こうして毎週のように京都のロウソクを目にすると、溜まりに溜まった疲れもフッと抜けていきます。
 東京タワーとも東京スカイツリーとも違う、日本の伝統と文化を感じさせてくれる京都タワーです。
 
 
 

2012年11月28日 (水)

血糖値に関する1年半の取り組み

 昨年8月より1年間、糖質制限食に取り組みました。ご飯・パン・麺類を一切食べない食生活です。
 そして、今夏7月より検査入院をすることで、日本糖尿病学会が推奨する炭水化物60%を基本とするカロリー制限食を医師の指導のもとに計画的に試みました。

 1ヶ月の入院を経て、退院後3ヶ月が経ちました。
 この時点で、手元のメモをもとに現状を整理しておきます。

 今夏の入院検査の結果、処方として出された消化を遅らせる薬であるベイスンは、概ね効果があります。食事の直前に1錠を呑むのです。
 しかし、少なくとも薬を使うことの意味は、今の私にはいまだによくわかりません。
 そんなに医療費を支出してどうする、という気持ちが払拭しきれていないのです。

 それよりも、今後の医療行政と国民の医療費のことを考えると、患者を薬漬けにして糖尿病に対処することへの疑問が、大きく膨らんできています。それというのも、薬を一切使わない糖質制限食というものを1年間体験してきて、その成果を知っているからです。しかし、それは日本糖尿病学会が認知しない、推奨されない対処方法となっているのです。
 医薬品業界が構築した集金システムの存在も大きいのでしょうか。栄養指導をして仕事を増やし、薬を投与して収益を上げるシステムです。

 この分厚い壁を、自分なりになんとかクリアーしたいと思っています。それは、日本糖尿病学会に所属するお医者さんすべてが、そんなに愚かな方針に従順に屈服しているとは思えないからです。

 業界や学会から弾き出され、職を失うことへの畏れだけで、薬物療法による糖尿病治療にあたっておられるとは、どうしても考えられないのです。カロリー制限の指導に当たっておられるのには、きっと何か他に理由があるはずです。信念があるはずです。医師集団は、理性のある集団だと思われるからです。そうでなければ、客観的な病状診断や手術はできないでしょう。愚かな医者たちということで一笑に付して片付けては失礼である、との思いが強いのです。

 そんなこんなで、面倒な手順を踏みながら、一進一退の血糖値測定のマニアックな調査に首を突っ込んでいるのです。しかし、なかなか結論が出せないので、こうして、ああでもない、こうでもないと試行錯誤の日々です。しかし、そろそろ結論を出すべき時ではないか、との思いを強くしています。

 食事と血糖値は、その日の体調も関係することでしょう。こんなことも、という例として、この3ヶ月間のいくつか具体的なものをいくつか取り上げます。ささやかな例なので、まだまだ今後共に検討をすべきものであることは、充分に承知の上での例示であることを、まずはお断りしておきます。あくまでも、素人判断による興味本位の推論遊びの一環なのです。

 まずはお寿司からです。このことが今回の一大テーマだったからです。

 次の具体的な事例は、まず1時間後の血糖値をあげ、そして2時間後の血糖値を「→」の後に示しました。
 「=」の次に食事の内容をあげています。そこに「◎」があるのは、ベイスンという今回処方された、消化を遅らせる薬を呑んだケースであることを示しています。


218→290 =◎手巻き寿司
262→263 =手巻き寿司

 手巻き寿司は、薬を呑んで2時間後の数値の方が高くなっています。薬を呑まなくても、2時間経ってもほとんど下がりません。これは何が原因なのでしょうか。たまたまなのか、何か理由があるのか、興味深いテーマを自分に課したいと思います。これで、また食べることが楽しくなります。


229→161 =◎持ち帰り寿司
366→187 =◎すし+天婦羅
266→120 =◎回転寿司/10貫
310→156 =回転寿司/ご飯半/10貫

 普通の握り寿司に関しては、持ち帰り、普通の寿司屋、回転寿司屋のいずれも、薬の効果が認められます。薬によって消化が遅くなっているようです。もっとも、薬を飲まなくてもご飯さえ控えればうまく血糖値は下がっているので、今後とも様子を見ながら、うまくお寿司を食べていく必要があります。これは、ますますお寿司を食べることが楽しみになります。
 この実験を実りあるものにするためにも、お寿司を食べることにお付き合いください。特に、回転寿司は格好のネタとなります。

 結論としては、お寿司は薬がなくてもご飯を控えればいいし、薬を事前に呑めば普通に食べられる、という、私にとっては好都合な成果が得られました。

 ただし、今の日本の寿司屋さんでは、そのほとんどが野菜を考慮に入れていません。サラダを用意していない店が多いのです。これは、お寿司の自殺行為に近いと言えるでしょう。
 日本のすばらしい食事としてのお寿司を、今後とも一つの文化としても継承していくためには、野菜サラダの導入が必須です。

 ほとんどの店で、野菜サラダが欲しいというと、冷たい目で見られるか無視されるのが現実です。1日も早く、お寿司屋さんが野菜の意義を認識する日が来ることを祈っています。そうでないと、健康を考えて、お寿司を食べる人が減ります。というよりも、健康志向の人はお寿司を避けます。

 すでに海外の企業がお寿司業界を席巻しそうな勢いがあります。自由な発想で、さまざまなネタやサイドメニューを提供しているからです。野菜とトッピングとサイドメニューが、これからのお寿司が楽しく食べられるようになるためのキーポイントです。その意味でも、回転寿司屋には柔軟な姿勢が感じられます。

 回転寿司で、海外の市場から日本人が弾き出された憂き目を再現しないためにも、古い寿司職人の意識改革に着手してほしいものです。このままでは、ファーストフードとしての海外の寿司産業が、偉そうにして踏ん反り返っている寿司職人を駆逐してしまいかねないのです。

 それこそ、お寿司は韓国が発祥のもので、日本は韓国の寿司を真似している、という風聞がさらにまことしやかに喧伝されるようになりかねません。

 京都が今も新しいものを積極的に取り入れて文化を継承しているように、日本の寿司業界も柔軟にならないといけません。

 また、インド好きな私にとって、日本のカレーの問題点にぶつかりました。


408→399→179=◎ココナツカレー
436→223=レトルトカレー

 ココナッツカレーは、ベイスンの効果が相当遅くにあらわれています。3時間後に、やっとセーフティーゾーンになったのです。レトルトカレーもそれに近いようです。
 インドへ行くと体調がよくなる私です。それは、インドのカレーはマサラ料理であり、サラッとしたカレーが多いからだと思われます。日本のカレーは、異常なほどの甘さととろみが、辛さを競う中で看過されています。インドからイギリスへ渡ったカレーが日本で褒め称えられているからでしょう。残念なことです。

 焼き肉とカキフライも、再確認が必要です。


222=◎牡蠣+焼肉
195=牡蠣+焼肉

 牡蠣と焼肉について、意識して食べ競べたところ、薬を呑まない方が血糖値の上昇は抑えられていました。何度も繰り返し試さないと、こうしたことは一般化できません。しかし、胃がないということでの自分のための人体実験なので、当分は恣意的な状況を見つめていくしかありません。

 バラつきはあるにしても、ベイスンは血糖値のみならず急激な上昇を押さえているようです。しかし、炭水化物に気をつけて食事をしていると、そんなに血糖値はあがらないのも事実です。主食とされるご飯を減らせば、あがらないのですから。

 わざわざ血糖値を上げてから、無理やり落としたり、薬を使って消化を遅らせて血糖値の高騰を抑えることの意味は、改めて考える必要があるでしょう。こんなことを敢えてする必要があるのか、と。

 それにしても、思案のしどころです。栄養のバランスがいいとされる炭水化物の多い食事と、お医者さんがあまり勧めない糖質を制限した食事のどちらを選択するのか、という悩ましいことになりました。

 1年間、糖質制限食を試みました。そして、今夏、それとは正反対の糖質たっぷりのカロリー制限食を、お医者さんと栄養士の方の協力と指導の下に計画的に取り組んでみました。

 その結果をどうみるか。まだ3ヶ月です。しかし、もう、とも言えます。
 それでもやはり、もうしばらく様子を見て判断したいと思います。
 
 
 

2012年11月27日 (火)

血糖値管理と体重の推移

 今夏の検査入院を終えて退院した時以降の体重の変化を確認しておきます。

 すでに「入退院時の血糖値と体重の整理」(2012年9月 1日)の後半で、退院後10日までの体重の推移はまとめました。

 8月下旬の退院時は47.5キロで、それ以降は食事を工夫して摂取カロリーを増やしたこともあり、徐々に体重も増えました。
 ただし、当然のことながら、血糖値も比例するように上昇しています。そのことは、昨日のヘモグロビン A1cの推移グラフにおいて、右端の「7」前後の点が高いことが示しています。

 次のグラフが、8月24日以降の体重の変化です。
 
 
 
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 最初の目標だった50キロを超えたのは、退院後2週間経った9月の初旬でした。そして、9月下旬からは51キロ台になりました。
 それ以降は、炭水化物の取り過ぎに気をつけ、ご飯も一食に50グラムにする日々にしたところ、11月も終わろうとする今日は、49.8キロと50キロを割りました。

 炭水化物をどれくらい食べたらいいのか、そのバランスがまだ微妙です。
 ヘモグロビン A1cの値と体重の推移を見ながら、ご飯、パン、麺類をどれくらい食べたらいいのか、あるいは食べない生活に戻した方がいいのか、その兼ね合いを今は思案中です。

 胃がないことに伴う試行錯誤の日々は、まだまだ続いています。
 今週の検診結果を見て、あらためて今後の食生活を考えようと思っています。
 
 
 

2012年11月26日 (月)

糖尿病予防のためのヘモグロビン A1c

 今週は京大病院で糖尿病に関する検診を受けます。
 夏の検査入院後の様子を見てもらうのです。
 そこで、これまでのヘモグロビン A1cの値の推移を、あらためて確認しておくことにします。
 
 
 
121126_hemograph
 
 
 

 現在、私としては相当高い数値にあると思っています。それは、必要最低限とされる炭水化物を摂っていることに起因していることは明らかです。

 ヘモグロビン A1cは、今は7前後です。気持ちとしては6以下にしたいところです。しかし、夏の検査入院を通して、京大病院の先生からはご飯を取り入れたメニューの中で、血糖値をコントロールする指導を受けました。炭水化物は身体に必要なものだという意見でした。それを、ほぼ忠実に実践しているところです。その結果は、上のグラフの通り、数値は鰻上りです。
 ちょうど、胃ガンによって胃を全部切除した後の状況に似ています。
 このままでいいのか、素人の私には今はよくわかりません。

 ベイスンという消化を遅らせ薬は、食事内容によってケースバイケースで服用しています。継続して服用するようにと、先生から言われたことを守っていません。それでも、呑んでも呑まなくても、血糖値に大きく影響はしていないようなので、これでいいと思っています。

 病院の指示に沿った食事をしていることによって、体重は増えてきました。このことは、また整理します。
 体重は50キロを超えるようになりました。しかし、血糖値は高いままなのです。

 これではいけないと思い、このところ、糖質制限食に近い食事をしています。炭水化物を極力摂らない食事です。
 今度、先生との相談次第では、また糖質制限食に取り組んでみようかと思っているところです。
 
 
 

2012年11月25日 (日)

京洛逍遥(240)芳春院と興臨院

 朝一番に、紫野の大徳寺へ行きました。
 今年の紅葉は発色がいいので、大徳寺のものを見てから上京することにしたのです。

 自転車を飛ばして行ったところ、開門の10時よりも前に着いたので、広い境内を少し散策しました。
 大徳寺の塔頭の中でも一番北にある芳春院では、受付の窓口までのまっすぐな塀に沿って、さまざまな色が競っていました。
 せっかくなので、色とりどりの紅葉が朝日を浴びて輝くのを、しばし堪能しました。
 
 
 
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 すると、今日の拝観者を迎えるために、丁寧に落ち葉をかき集める作業が始まりました。下の苔を傷めないように落ち葉を取るのも大変そうです。ご苦労さまです。
 
 
 
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 すでに、芳春院のお庭のお掃除は終わったのでしょう。朝早くからなさっていたことでしょう。昨日は自然の庭の中の紅葉でした。ここはそれとは違い、手をかけて見事な紅葉を楽しんでもらおうとなさっています。昨日の赤山禅院とは違い、ここは名だたる観光地でもあり拝観料を取るのですから、当たり前のこととはいえ、なかなか大変なことです。

 この芳春院については、「京洛逍遥(172)パイプオルガンと蕎麦寿司と大徳寺」(2010年11月21日)の中程でも紹介していますので、ご笑覧を。

 大徳寺には、20以上の塔頭があります。まだすべてを回っていないので、折々に拝見するようにしています。
 今日は興臨院に行きました。利休が秀吉から死を賜る原因となった金毛閣のすぐ西にある塔頭です。

 この興臨院については、すでに「京洛逍遥(189)そば鶴と大徳寺興臨院」(2011年4月30日)で紹介しています。しかし、昨春ここに来たことをすっかり忘れ、また入ったのです。後で、そのことに気づき、何とも自分の記憶の曖昧さに驚いています。ただし、昨年は春でした。今年の晩秋は、春とはまた違う、新たな感激がありました。

 入るとすぐに、ムラサキシキブ越しに真っ赤な紅葉が目を射ます。
 
 
 
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 本堂に入ってすぐに、お茶室「涵虚亭」を拝見しました。ジッと中をみていると、ボランティア・ガイドの方がお出でになり、詳しく説明してくださいました。古田織部好みの四帖台目に隅板を加えたものであること等々、懇切丁寧な説明でした。

 方丈から石庭をみていると、またガイドの方が声を掛けてくださり、親切にもまた詳しく説明してくださいました。京都検定の1級を取っておられるのでしょう、いろいろと質問してもわかりやすく答えてくださいます。とにかく何でもご存知でした。ありがたいことです。

 方丈の一室では、宇治の彫刻家の方の作品展がありました。作者の方がいらっしゃったので、六道や机や坐禅する僧の浮き彫りなどの製作裏話を伺うことができました。丹念に作られた木の芸術は、その背後にはさまざまな試行錯誤と苦労があるものです。いい勉強をさせいてただきました。

 その方丈を出て、正面に涵虚亭を臨む庭は、紅葉が燃えるように拡がっていました。
 苔の美しさも、印象に残りました。
 
 
 
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 新幹線は、連休最終日ということもあり、京都駅のホームはごったがえしていました。「のぞみ」と「ひかり」の指定席はすべて満席でした。自由席も行列で大変です。そこで、少し待った「こだま」なら座れたので、1時間ほど余計にかかりますが乗りました。
 名古屋を過ぎるまでは空席が目立っていました。しかし、静岡を出る頃には、通路にたくさんの方が立っておられます。小田原では、まさに立錐の余地もない状態となりました。

 横にたくさんの方が立っておられると、座っていても落ち着かないものです。いわんや、親に抱かれた子供がぐずっていると、本当に申し訳なさで身が縮みます。
 新横浜で、サッと潮が引くように人が少なくなりました。やっと安堵の一時でした。

 東京の宿舎では、今日実施された仲間とのプレゼンのために上京していた息子と、一緒に晩ご飯を食べました。一昨日は京都で一緒に食事をして、夜行バスで上京する息子を送り出しました。そして、今夜は東京で、これから京都へまた夜行バスで帰るという息子と一緒に食事をした後、東京駅へ送り出しました。何やら、今ここが何処なのか混乱するほどに、ややこしいことです。

 それにしても、成長している子供の姿は、見ていてハラハラするものの、気持ちがいい面もあります。
 息子は昨日、この東京の宿舎で震度4の地震を体験したそうです。相当揺れたようで、あまり地震に慣れていない息子は、とにかく恐かったと言っていました。
 京都では地震を感じることがないので、貴重な体験をみやげにして、八重洲口へと時間の余裕をもって出かけて行きました。今頃は疲れとバスの揺れで、夢見心地のことでしょう。
 
 
 

2012年11月24日 (土)

京洛逍遥(239)赤山禅院と修学院周辺の紅葉

 穏やかな晩秋の昼過ぎに、紅葉を求めて修学院の方へ向かって自転車で出かけました。
 マフラーはしていても、手袋はいりません。

 北大路通りを真っ直ぐ比叡山を目指して東北へと走り、高野川を遡ると一乗寺を経て修学院に至ります。まさに、京都御所から見て表鬼門の方角です。そこには、方除けの神として知られる赤山禅院があります。
 
 
 
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 ここには初めて来ました。
 紅葉のグラデーションとなっている参道は、気持ちのいいものです。交通機関の駅から歩く距離が結構あるので、この時期の京都の中でも観光客は少ない方です。もっと華やかな紅葉の名所が、他にたくさんあるからです。

 寒桜が咲いていました。
 
 
 
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 難しい顔の羅漢さんと、柔和な表情の観音さんが迎えてくれます。
 
 
 
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 入山料もなく、自由に院内をまわれます。京都のありのままの自然の中で、人の手が加わらない紅葉が楽しめます。

 予約をしていないと入れない修学院は素通りして、曼殊院の方から帰ろうとしたら、禅華院の鐘楼門を挟むようにして紅色の鮮やかな色が目に留まりました。
 
 
 
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 境内には、弥勒菩薩坐像や阿弥陀如来など多くの石仏があり、背には「大治元年五月八日」(1126)の銘があるのだそうです。たまたま通りかかったこともあり、確認をし忘れました。
 
 
 
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 また、この禅寺は臨済宗大徳寺派で、裏千家の茶室「今日庵」の命名に関係する清厳宗謂が中興したのだそうです。宗旦が招いた茶席に遅れた清巌の話は、またいつか記します。

 曼殊院道を西へと白川通りに向かっていたら、鷺森神社の参道の紅葉が目に飛び込んで来ました。
 
 
 
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 紅葉の絨毯が敷き詰められていた一帯では、多くの方々が紅葉狩りよろしく宴会をしておられました。

 白川通りから北山通り沿いに帰る道々、京都五山の送り火で知られる松ヶ崎の「妙」と「法」の文字が、色付いた中に浮かび上がっていました。
 
 
 
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 自宅近くに来てから、あらためて白川疎水通りの紅葉もいいことに気づきました。家のすぐそばにも、こんなにいい景勝の地があったのです。
 
 
 
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 今年は、異常気象が云々されていたので、どうなるのか心配していました。しかし、どうやらきれいな紅葉がみられる秋となっていたのです。

 全国各地で、こうした自然が生み出す色のマジックが見られることでしょう。
 来週末の散策も楽しみになりました。
 
 
 

2012年11月23日 (金)

平群へお茶のお稽古に行って

 午前中は時雨模様でした。風邪気味でもあったので、朝の賀茂川散歩は中止です。

 今日の午後はお茶のお稽古があります。
 久しぶりなので、自宅で練習をしてから出かけることにしました。

 今月11月から来年4月までは、炉を用いたお点前となります。
 我が家の炉は本格的ではなくて、電気式の炉壇を畳の下に埋め込んだものです。
 畳の一角を囲炉裏に切ってあるので、そこの畳を捲って床下のコンセントにつなぎ、準備OKです。
 これから半年間、折々に炉が使えるようになりました。

 炉点前は半年も前に教わったことなので、もうほとんど覚えていません。
 何とか夏の風炉点前の感触がつかめたかと思う頃に、ガラリと炉点前に変わるのです。
 お稽古は繰り返さないと覚えられません。本当にうまい仕組みになっています。
 おまけに、月に一度のことでは、なおさら身体にまでは染み着きません。

 妻にお客さん役をしてもらいました。ただし、そのついでに教則本を取り出してきて、お作法の手順と注意点を読み上げてもらいながらの練習です。それでも、わからない所がいくつも出てきます。

 釜の蓋を開けるとき、我が家の蓋の摘まみは南鐐なので、帛紗扱いになります。この蓋を蓋置きに置いた後、右手に握っている帛紗をどこに置いたらいいのか、突然わからなくなりました。また、その帛紗を腰につけるタイミングも。

 そんなこんなでなんとか一服点てて、それを妻に飲んでもらいました。少し練習をしただけで、すでにぐったりです。

 大和・平群に着くと、雨は上がっていました。山の中ということもあってか、かつて我が家のあった山手側の紅葉はまだのようです。京都よりも相当遅いのです。
 
 
 
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 お稽古は、なかなか思うようにはいきません。頭で覚えるのではなくて、体で覚えるように、といわれる由縁です。

 今日も、身体がお爺さんのように曲がっていることや、歩く時の手がブラブラしていることなど、いろいろと注意を受けました。気をつけることが多くて、ついうっかりとしています。
 頭の中をフルに回転させて取り組んでいます。しかし、それでも順番や手の動きが、思うようにいきません。うまくできないのに、それでいて、おもしろいのですから、お茶のお稽古は不思議なものです。

 続ける中で、1つずつよくすることを楽しみにして、このお茶の作法を身に付けたいと思っています。続けていれば、いつか身体が覚えてくれることを期待しながら。
 
 
 

2012年11月22日 (木)

再録(14)ソニー「VAIO 505」

 このところのソニーの動きを見ていると、かつての輝きがまったくなくなりました。完全にアップルにねじ伏せられ、その存在価値が問われています。もう、あのワクワクさせてくれたソニーはないのです。残念なことです。

 あれだけ好きだったソニーなのに、今、私が使っているのは、デジタルカメラだけになってしまいました。それも、撮影した画像を記憶させるメディアが、メモリースティックとSDカードの2種類が使えるからだけです。もしメモリースティックしか使えなかったら、おそらくソニーの製品から完全に離れていたことでしょう。かろうじてソニーのデジカメを使っている、という状態です。娘の結婚相手はアップルとソニーの両刀遣いでないと、と公言していた者としては、もう信じられないことです。

 ここに再録したのは、今から15年前に、大和平群に住んでいた頃に書いた記事です。
 (出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「3年目(1997.10.1〜1998.9.30)」→「ソニー「VAIO 505」〈1997.12.19〉」)

 薄型のノートパソコンを購入し、その感激もあらたな頃の気持ちを記したものです。ただし、Windows については、結局は縁がなく、今に至るまで使わないままで来ています。

 このソニーの VAIO は、今ではアップルの MacBook Air に受け継がれ、私が日々使うメインマシンとなっています。ソニーに起死回生を望まなくなったことからも、時代の流れを痛感します。
 それでも、日本的な発想での情報文具は、密かに期待しています。さて、どこが産み出してくれるのか、楽しみに待っています。
 
 
********************** 以下、再録掲載 **********************
 
◇ソニー「VAIO 505」〈1997.12.19〉◇

 ソニーのパソコン「VAIO」を買って一ヶ月になります。厚さ2センチ程のB5版のコンピュータですが、すばらしい仕上がりのノートパソコンです。

 この間までは、オリベッティのノートパソコンを待っていました。しかし、この「VAIO PCG-505」を見て、思わず衝動買いをしてしまいました。
 周りのことを気にせずに、自分のことだけを考えてパソコンを購入したのは、この20年間のパソコンとの付き合いの中で初めてのことです。以前に、ソニーの「NEWS」というunixマシンを検討して以来です。

 私はソニーの大ファンです。家庭のビデオ機器をβ(ベータ)からVHSに移行するときに、そのことを痛感しました。
 VHSはシャープ・ナショナル・ソニーの3台があります。しかし、いずれもβに劣ります。シャープは最低です。わが家には、保存用のビデオが800本ほどありますが、500本以上がβタイプのものです。老後の楽しみとして見る映画などをβで保存しているのです。この安心感は、ソニーに対する信頼によるものです。

 現在も現役のβのビデオは、もう20年も前の製品です。何度も、奥村さんに修理をして貰いました。
 奥村さんとは、機器の調子が悪い時に連絡するとすぐに拙宅に様子を見に来てくださる〈ソニーサービス奈良〉の方です。私は、ソニーとは無関係の一ユーザーです。しかし、βビデオに子供がクレヨンやハサミを入れてガラガラ回して遊んで壊した時も、ニコニコして子供をあやしながら修理をしてくださいました。そして、立派に動くようになるのです。驚異でした。おまけに、数百円の部品代だけでした。

 以来、奥村さんはわが家の絶対の信頼があります。他社の製品でもなにか調子が悪くなると、ソニーのおにいさんに、と子供が言う始末です。テレビの時は、はんだごてを器用に操りながら、綺麗に映るようにしてくださいました。
 コンピュータのディスプレイの色が不安定になったときは、何度か足を運んでくださった後に、新製品と交換していただけました。何か得をしたような気になりました。いま愛用している20インチのディスプレイがそれです。15インチのディスプレイも、手際よく直して貰いました。17インチの他社2製品についても、私がトリニトロンにこだわる方なので、ついでにアドバイスを貰ったことがあります。

 わが家にないソニーの製品は、洗濯機と冷蔵庫と炊飯器と電子レンジと食器洗い器と湯沸かしポットとエアコンと掃除機と自動車くらいです。ソニーの自動車は、ぜひ運転してみたいですね。もちろん、電気自動車でしょう。カーナビからさらに手を広げて、ぜひチャレンジしてほしいものです。

 私が手にしたソニーの製品の中でも、ハンディコピーは失敗作品でした。何度か修理をしてもらいましたが、結局まともには使えませんでした。他社のものも大したことはないのですが、ソニーらしさのなかった製品でした。

 さて、ソニーの「VAIO PCG-505」です。
 月刊雑誌『ASCII 1月号』の解体記事を見て、開発にあたったソニーの方が打ち明ける、そのこだわりのコンセプトに感動すら覚えました。このような会社がある限り、機械はただの機械では終わりません。夢と希望と感激を与えてくれます。
 今日のニュースで、井深大氏の死去を知りました。これまでの心意気を、今後とも継承してほしいと思います。

 私の「VAIO PCG-505」は、わが家の家庭内LANの中に組み込まれ、Macintoshとはイーサーネットでファイル交換をしています。具体的に言えば、イーサー接続をして「Xin/Xout」というソフトでファイル転送をしています。かなりというより、あっと言う間の高速で転送できます。

 私が使っているWindowsマシンは「VAIO PCG-505」だけです。日本ゲートウェー2000のペンティアムマシンもありますが、これはまったく使っていません。アイサカードを入れてあるので、家庭内LANの中に組み込んでもいいのですが、ほとんど設定すらしていないので放置状態です。図体だけが大きい、どうしようもないパソコンになっています。Windowsのできが悪いせいもあって、あまり使う機会がなかったのです。

 しかし、「VAIO PCG-505」は違います。なにか、Windowsという未熟なシステムを包み込んで使う気にさせるパソコンです。これからは、少しWindowsのソフトを使ってみましょう。βからVHSに移行したようにはいきませんが、MacintoshとWindowsは、並行して使いこなす時期かも知れません。

こんな気にさせてくれた SONY に感謝します。
 

********************** 以上、再録掲載 **********************
 
 
 

2012年11月21日 (水)

『和泉式部日記』に関する研究発表をしました

 今日は、国文研フォーラムという公開の研究発表会がありました。今回は私が発表する役割だったので、『和泉式部日記』に関する研究発表をしました。
 タイトルは、「古典文学作品の本文異同 —『和泉式部日記』の場合—」です。

 いつもは『源氏物語』のことばかりを調べているので、久しぶりに違う作品を扱いました。

 かつて、私は『和泉式部日記』に関して、そのデータベース化の成果として、次の3つの仕事をしました。

 (1)拙稿「『和泉式部日記』データベース化の問題点ー現代版〈異本・異文〉の発生についてー」(『人文科学データベース研究 創刊号』同朋舎、昭和六三)

 (2)拙編著『データベース・平安朝 日記文学資料集 第一巻 和泉式部日記』(同朋舎、昭和六三)

 (3)拙編著『四本対照 和泉式部日記 校異と語彙索引』(和泉書院、平成三)

 その後、特にこの作品に関して論ずることがなかったので、『和泉式部日記』のことを考えるのは、十年ぶりとなります。

 本日の発表の内容は、『和泉式部日記』の本文の横に記されたと想定する傍記傍注が、書写を繰り返す過程で本行の本文に入り込んでくる、という現象を立証することです。しかも、一般に読まれている三条西本では、傍記が当該箇所の直前に混入する傾向が強い、ということまでを確認しました。

 これは、すでに『源氏物語』の諸本において、私が考察し立証してきたことの援用でもあります。
 これまで、傍記が本行の本文に混入することを指摘する研究は皆無でした。この問題は、さらに別の作品でも応用できる手法となるはずです。

 もし傍記があったら、という仮定を前提にした調査研究なので、例示とその検証に細心の注意を払いました。おおむね、妥当な結論を提示できたと思います。実際に質疑応答でも、この点での論理の飛躍は指摘されませんでした。無事に終わった今、正鵠を得た仮説検証の実践報告となったことに、安堵しています。

 本日配布した発表用の資料に興味をお持ちの方は、次のPDFをダウンロードしてご覧ください。
 
PDF資料をダウンロード
 
 念のため、「発表要旨」と「はじめに」を、参考までに引いておきます。


〈発表要旨〉
 平安時代の歌人である和泉式部に関する『和泉式部日記(和泉式部物語)』には、現在四種類の本文が伝わっている。三条西本・応永本・寛元本・混成本と呼ばれているものがそれである。
 本発表では、伝三条西実隆筆本(宮内庁書陵部蔵)に記された本文のありようを精査し、諸本間の本文異同の実態から、一つ前の段階の写本の姿を明らかにする。具体的には、三条西本は傍記が本行の当該語句の直前に混入することによって異文が発生している可能性が高いことを確認する。それによって、本行の本文に傍記がなかった、一つ前の時点での本文の姿が推定できるようになる。さらには、異文の位相に関しても、今後の問題点を確認したい。これによって、『和泉式部日記』の読みを新たに展開していく可能性が広がるからである。


〈はじめに〉
 三条西本は書陵部本だけが知られている。その最初の紹介者である池田亀鑑は、昭和二年までは自作説だった。しかし、昭和四年に『異本和泉式部日記』(現三条西本)を発見(『文学』岩波書店、昭和六年一一月号で紹介、昭和八年八月と一一月に翻刻紹介)してから、昭和九年以降は他作説に転じた。本書について鈴木知太郎は、「原典の形態を推究する上にも、欠くべからざる、第一義的な資料」(『和泉式部日記(解説・校異篇)』一一頁、古典文庫 or 武蔵野書院、昭和三三年)だという。
 なお、混成本は、『群書類従』所収本を用いた。これは、応永本を基にして寛元本の本文を適宜取り込んで成立したものとされる。本書について吉田幸一は、「校訂は恣意的になされてゐるし、本文は一層改悪されてゐる。」(『和泉式部研究一』古典文庫、七二頁、昭和三九年)としている。本考察では、参考資料としてその翻字を適宜参照している。
 現存三系統の本文から原本にたどり着くことは不可能だとされている。そのため、三系統論から原本を追求することは、現在では断念されているといえよう。
 しかし、傍記が本行に取り込まれるという、『源氏物語』と同じ書写状態が想定できるとすると、『和泉式部日記』における本文も再検討する必要がでてくる。ここでは、異文が発生し、収拾がつかないほどに混在している諸本間の本文異同の一端を、傍記混入という視点から考えていく。

 発表後、何人かの先生から質問を受けました。
 みなさん、私が言いたいことであった、傍記が本行に混入することはわかった、ということだったので、発表の意図が伝わったことに安心しました。

 その上で、質疑応答を通して、傍記の性格と傍記の有無を考慮して作品を読むことから、果たして何がわかるのかという、新たな考えるヒントをいただきました。

 さらに傍記には、

(A)〈注釈的なもの〉と〈異本校合の結果〉

に関するものがあることと、

(B)〈作者レベルの傍記〉と〈受容者レベルの傍記〉

があることの分別が必要であることも、質疑応答の中で認識を新たにしました。

 傍記の仕分けを通して、傍記の性格を明確にすることも今後の課題です。
 そうしたことを踏まえた作品の読みから、諸本の位相を論ずることになります。
 その際、混成本の本文のありようも、興味深い問題を内包しています。まったく別な表現になっている箇所が、いくつもあるのですから。近世の本文整定の位相も、こうした視点から考えることができます。

 研究発表することにより、あらためて問題意識が整理でき、問題点が明らかになりました。資料を整理して、それを報告し、ご教示をいただくことで、問題解決の道がさらに開けるのです。

 会場でご教示いただいた先生方に、あらためてお礼を申し上げます。
 研究発表という、いい機会をもらったことにも感謝しています。
 そして、考えをまとめて話すことの大切さを、今日の発表で再認識しました。

 発表後は、博士論文を執筆している大学院生が来週研究発表をするので、その予行演習を聞いてアドバイスを述べるなど、発表にあたっての準備のお手伝いをしました。資料の作り方、言葉遣い、そして言いたいことをいかにして伝えるか。自分が研究発表をし終えた直後というこもあり、1時間ほどでしたが、具体的なアドバイスになったかと思います。

 そしてすぐに、明日は京都で検査健診を受けるため、大急ぎで東京駅へ向かいました。
 案の定というべきか、今日も中央線が人身事故のために遅れていました。幸運にも、1時間半遅れの特急あずさが入ってきたので、飛び乗って終点となっている新宿駅まで出ました。もっとも、電車が前に支えているということで、立川駅の次は新宿駅なのにノロノロ運転です。
 そこから中央線に乗り換えたまではよかったのですが、今度は神田駅の直前で長時間停車し、東京駅でもホーム直前で長時間の入線待ちがありました。

 いつものことながら、中央線はあてになりません。それでも、17時50分に職場を出て、東京駅に着いたのは19時20分、そして19時33分の新幹線に乗れたので、効率的な移動ができたといえるでしょう。

 新幹線の改札口で待ち合わせをしていた妻と合流し、取るものも取り敢えず、ひかり号の自由席に飛び乗りました。新大阪行きの自由席はガラガラです。焼酎のウーロン茶割りを飲みながら、こうして今日のできごとをiPhone に入力しています。

 今年も、相変わらず慌ただしい年末です。
 
 
 

2012年11月20日 (火)

井上靖卒読(149)「青い照明」「黄いろい帽子」「風わたる」

■「青い照明」
 クリスマスパーティに出たときの話です。パーティの人混みの中の人間模様が、生き生きと描かれています。特に何がある話ではありません。しかし、パーティの華やぎと、心が浮き立つ様子が伝わってくる文章です。光もうまく表現されています。井上靖には珍しい描写です。【1】
 
 
初出誌:小説公園
初出号数:1953年3月号
 
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3:短篇3
 
 
 
■「黄いろい帽子」
 クリスマスパーティを背景にして、話が進みます。顔にマスクを着けることで、人間のおもしろさが出る所が、読者の気を惹くことになります。これは、6人の作家による連作リレー小説の第1回目です。どう展開するのかが楽しみな、人物と出来事が最初に鏤められているのです。【2】
 この後は、源氏鶏太、寺崎浩、小山いと子、梅崎春生、飯沢匡が書き継いでいきます。
 『井上靖全集』の解題には、「これまでのいかなる短編集、小説全集にも未収録で、本全集に初めて収められた。」(624頁)とあります。
 
 
初出誌:花椿
初出号数:1953年2月33号
備考:リレー小説第1回
 
井上靖全集3:短篇3
 
 
 
■「風わたる」
 大切な息子を死なせた女が憎くてたまらない母親の心理が、実にみごとに活写されています。その憎むべき女が墓参に来るのです。母はこの女を憎みきれません。しかし、かえって息子への想いを、いやましに掻き立てるのです。そして、つい、優しくなるのでした。
 人間の心の変化を描きます。自分にも説明のできない心の揺れ動きを、丁寧にことばで紡いでいきます。人間への温かいまなざしがあるからこそ、こうした場面や心の中が描けたと思います。【3】
 
 
初出誌:週刊朝日
初出号数:1953年3月春季増刊号
 
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3:短篇3
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
 
 
 

2012年11月19日 (月)

マウスピースを着けて寝る

 歯の治療が続いています。
 先週から、マウスピースを着けて寝ています。

 歯医者さんいわく、歯を食いしばりすぎだ、とのことです。
 このことは、これまでにずっと言われてきました。
 すでに、「歯医者さんに通い突貫工事の日々」(2012年10月 2日)で書いた通りです。

 歯軋りはしていないようです。しかし、グッと噛みしめる日々がよくないとのこと。
 このままだと、顎の関節を痛めることになり、口が大きく開けられなくなると脅される始末です。

 そこで、少なくとも、夜だけはクッションを入れて衝撃を和らげよう、ということです。
 今後は、様子を見ながら調整してもらうことになりそうです。

 かつて、マウスピースを着けていたことがあります。しかし、次々と歯が欠けだしたために、合わなくなってしまいました。そしていつしか、填めることもなくなりました。

 今回は、どのような経過を辿ることになっていくのか、自分でも楽しみにしています。
 
 
 

2012年11月18日 (日)

「たけくらべ」の自筆原稿における本文の異同

 第36回国際日本文学研究集会の2日目です。

 本日最後は、戸松泉先生の公開講演「「たけくらべ」自筆草稿を開く ―樋口一葉〈書くこと〉の領域―」でした。
 会場の真下にある1階の展示室では、「たけくらべ」の自筆原稿が展示されています。それと連動しての、貴重な勉強の場となりました。
 
 
 

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 戸松先生は、樋口一葉の「たけくらべ」の自筆原稿を素材として、作品の本文の変遷を語ってくださいました。『源氏物語』の本文の異同に取り組んでいる一人として、その近代文学研究の実態と対処に共通点が多く、非常に刺激的な内容でした。

 『文学会』掲載本文(『新日本古典文学大系明治編24 樋口一葉集』岩波書店)と、『文芸倶楽部』再掲載本文(『全集 樋口一葉』小学館)との本文の違いが、プリントを元にして丹念に追求されました。。
 どちらの本文を読むべきか。これは、いつの時代でも、どの作品にも共通する問題のようです。

 今日のお話では、第12章あたりから本文が特に変容するようです。

 詳細な本文の違いを検討した結果、『文芸倶楽部』へ再掲載するにあたって、作者は変貌したのではないか、ということでした。真如をどう描写するかが揺れているようです。

 今後の検討課題として、再掲載の原稿で、作者である一葉自身が、通読する読者になっているのではないか、ということを考えていきたいとおっしゃいました。

 論証が難しい問題が、数多く提示されました。本文をどう読むか、というところに帰結する内容だったので、原典を基にしたさらなる本文研究が必要だと思いました。

 なお、配布されたレジメの最後に、気になる言葉が目に留まりました。


「〜ではないか。」「ようである。」「気がする。」「感じられる。」

 こうした言い方は、実証的ではなくて、印象批評に受け取られかねません。

 全体を通しては、非常に興味深い内容でした。
 『源氏物語』に通ずる、視点を変えてのいい勉強をさせていただきました。

 これで、近代文学における身近な本文の問題として、与謝野晶子、谷崎潤一郎、そして樋口一葉の自筆原稿が確認できるようになったのです。千年前の『源氏物語』とは異なり、まさにこの100年間に書かれた生の原稿と、容易に対峙することができます。

 作者の手元で文章が揺れ動いていたことを考えるのは、本当におもしろいことです。その環境が充実してきたことと、具体的な資料が提示されたことは、今後の大いなる楽しみとなります。
 古典を敬して遠ざける方々とは、この近代の自筆原稿の話でつながりを持ちたいと思うようになりました。
 
 
 

2012年11月17日 (土)

立冬を過ぎて加齢を実感

 ようやくと言うべきか、立冬を過ぎてやっと寒くなりだしました。

 今年の立冬は11月7日でした。私は結婚記念日と誕生日が同じ日です。ちょうど毎年この立冬の頃に中るので、季節の移り変わりがお祝いのタイミングと重なります。

 今年で61回目の立冬を迎えました。妻とは、37回もの立冬を共に迎えたことになります。もっとも、同級生だった学生時代から数えると40回目になりますが。

 月日の経つのは早いのか遅いのか、よくわからなくなりました。短かったような、長かったような。ただただ助けられながらの年月でした。
 これが、齢を重ねる、ということなのでしょうか。

 今朝は、この冬初めて、コートを着て出勤しました。
 自治大学の前では、落ち葉がカサカサと音をたて舞っていました。
 
 
 
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 今日から2日間にわたって、第36回目となる国文学研究資料館主催の国際日本文学研究集会が開催されるのです。

 この老舗と言える国際集会は、私が結婚後、大阪に移り住むようになってからスタートしています。品川にあった国文学研究資料館へ行き、伊井春樹先生にご挨拶をしてから大阪へ引っ越しました。ちょうどその頃、伊井先生などが第1回目の開催に向けて尽力なさっていたようです。
 サイデンステッカー先生やキーン先生をはじめとして、海外で日本文学を研究なさった方々は、みなさんこの国際集会を踏み台として大きな仕事をなさいました。
 今後ともこの国際研究集会がますます発展し、海外の若手研究者がたくさん育っていくことでしょう。

 委員会や打ち合せを慌ただしく終えると、熱気と活気のある研究発表と、それを受けての質疑応答を聞いていたこともあり、外の様子がわかりませんでした。そのため、午後から雨になっていたこともわからず、今朝方羽織って来たコートを部屋に忘れたまま帰りました。中野駅で電車を乗り換えるとき、大雨と強風で寒さに気付いたのです。

 明日の天気はいいようです。コートはなくても大丈夫でしょう。

 現在、国文学研究資料館の1階にある展示室では、〈研究展示「江戸の「表現」-浮世絵・文学・芸能-」〉が来週の11月20日(火)まで開催中です。

 また、特別展示として、〈樋口一葉「たけくらべ」自筆原稿展〉が、国文学研究資料館創立四十周年展示として、同じく11月20日(火)まで展示されています。この一葉の自筆原稿は、20年ぶりの公開です。

 共に入場無料です。この機会に、立川へどうぞ足をお運びになってはいかがでしょうか。
 
 
 

2012年11月16日 (金)

『十帖源氏』の「夕顔」の点検が終わる

 昨日も、新宿アルタ横のミーティングスペースで、『十帖源氏』の輪読会を行いました。参加者は6人。細々とではありますが、気長に続けています。

 第4巻「夕顔」の2回目の確認が、ようやく終わりました。
 海外の方々が翻訳しやすい日本語訳を提供するために、いろいろと悪戦苦闘を続けています。

 昨日は次の確認をしましたので、列記しておきます。

・人名について。「頭の中将」などの「の」が揺れているので、『新編日本古典文学全集』(小学館)の表記に従う。
・「布施」「幣」「時雨」等はそのまま漢字で表記して、無理に説明的な言い換えはしない。
・「うた」を「和歌」とは訳さず「歌」とする。

 昨日は、お礼に渡す袴のことで盛り上がりました。

 次回からは第6巻「末摘花」の確認をします。12月20日(木)の18時半からです。
 この輪読に参加してみたいと思われる方は、本ブログのコメント欄を利用してお知らせください。

 点検と確認を終えたものは、近日中に本ブログにアップします。

 各国語に翻訳して下さる方は、本ブログのコメント欄を利用してご連絡をお願いします。
 翻訳していただくにあたっての注意事項などをお知らせします。

 現在、英語とヒンディー語が進行しています。
 ただし、一言語に何種類もの翻訳があっても構いません。
 積極的にチャレンジしてくださる方々を募っています。
 留学生の方々も腕試しを兼ねてどうぞ。

 『十帖源氏』の翻訳は、次の31種類の言語を予定しています。

アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(インド)・英語・オランダ語・オリヤー語(インド)・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・ハングル(韓国)・パンジャビ語(インド)・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・ポルトガル語・マラヤラム語(インド)・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語
 
 
 

2012年11月15日 (木)

読書雑記(53)中村久司『イギリスで「平和学博士号」を取った日本人』

 中村久司著『イギリスで「平和学博士号」を取った日本人 —英国の軍産学複合体に挑む—』(高文研、2012年9月刊、¥1,800)は、平和ボケした日本人にジワジワと効くボディーブローを打ち付けてくる本です。
 「出る釘は打たれる」という喩えを自戒の念とすべく教え込まれた人には、現代の日本において、もう著者のような生き方は不可能です。しかし、巧みに教育的配慮からガス抜きをされた人でも、本書を読めば、正しいと思うことにどう立ち向かうか、ということに対する視野は広がります。
 闘う、ということを忘れた人には、刺激の多い内容です。それだけ、本書には毒も薬も盛られていると言えるでしょう。

 最近、夢を育てようとしているか? と自問することが多くなりました。
 過日も、本ブログに「今、夢を育てようとしているか」(2012年10月 9日)と題する拙文を書いたところです。

 常に夢を抱き、そしてそれを実現すべく真っ直ぐに歩んで行く姿勢が、本書の著者には顕著です。それが、言葉という形でこの本から立ち現れて来ます。
 そして、今を語るのが、本書のサブタイトルとなっている〈英国の軍産学複合体に挑む〉という闘いの報告です。

 
 
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 夢を持ちようにも持てない人々、もしくは夢を探し求めている人々に、私はこの本を勧めます。

 人はみな生き方を異にしています。しかし、同じではないにしても、基底にはよく似た問題が横たわっています。解決すべき問題を前にして、各自がどう立ち向かうのか。その一つの対処と方策が、現在進行形の形で本書には提示されているのです。

 特に終章は、著者の終始一貫した生きざまが語られ、心に響くものがあります。最後に記される「抵抗の意思表示」や「何もしないでいることは、とても罪深いことに感じられた。」ということばには、読者である我々にあらためて考えることを迫る力と奥深さがあります。

 さて、開巻冒頭から、巧みな文章で読まされました。非常に個人的な話から始まります。それでいて、実体験をもとにした内容なので、語られる言葉がストレートに伝わってきます。ドキュメンタリーの世界に引き込まれていくのです。

 また、作者は、読者に語りかける内容を、次のように明確にしているので、わかりやすく読み進められます。


本書は、イギリスという国や異文化・国際関係の問題、また留学に関心を持っておられる人々や、多様な状況下で広い意味の平和問題に触れ、その問題解決のために悩み、考え、たたかっておられる世代を超えた広範な人々に、私のささやかな体験を紹介したいと願って書き出しました。状況と形態は私の場合とはまったく異質でも、平和の問題を真摯に考えその実現のためにたたかっておられる人々には、私の日本とイギリスでの生活・就労・留学体験の中の、苦悩・葛藤・失敗・発見・感動・喜びなどを共有していただけるのではないかと考えたからです。(3頁)

 著者は私よりも1つだけ年上ということもあり、時代背景もよく理解できました。あらためて、その生きざまが理解できました。

 読み進むうちに、海外に向けられた知的好奇心も、ジンジンと伝わってきます。正しいと思うことには、真正面からぶつかっていく、その具体的な実話が興味深く、そしておもしろいだけに、一晩中この一冊が手放せず、ついつい読み耽ってしまいました。

 また、奥様との結婚話や娘さんへの溢れんばかりの愛情は、それまでの道のりの険しさを知ると、その底流に家族の間での信頼に裏打ちされた思いやりがあることに気付かされます。

 英語と英国文化の話もおもしろく読めました。その苦闘の中で、著者はひたすら前を見て、いわゆる義憤にかられながら、それをコントロールしながら生きてこられたのです。そしてこれからも。

 そうそう、「いわゆる」ということばの英訳の話は、このことばを「いわゆる青表紙本」などということばとして使う私には、大いに参考になるものでした。


「自衛隊」なる存在も、英語の文献・記事では、「the so-called SelfDefense Force(s)」と、「so-called」を「自衛隊」の前に付けて論じられる場合が多い。「so-called」は、「いわゆる」「世にいう」ではあるが、通常の場合、「不信・軽蔑・嘲笑」を含む。「自衛隊とやら」「本当かどうか疑わしいが自衛隊」となる。実質上、「自衛隊などと呼んでいるが軍隊だ」という含みがある。(163頁)

 後半で、ヨークへの篤い思いが溢れ出るように語られます。しっかりと立ち位置を定めて、自分の足で生きようとする著者の強い意志が、行間の各所から伝わってきました。しかも、その背後では、慎重な判断がなされています。

 学びながら生きる、という姿勢も明確です。ここがしっかりとしているので、納得できないことへの抵抗や抗議や闘争という行動にブレがないのでしょう。

 「コングラチュレーションズ、ドクター・ナカムラ!」という祝福の言葉と共に、平和学博士という称号がもたらされます。このくだりを読んでいて、つい私の目頭も熱くなりました。

 本書は、非常に不思議な本です。生々しい事実をもとにした話題が展開しています。そして、著者の人間としてのすべてが、読み進む内に読者の体内に染み込んできます。しかも、時間軸が今に近づく後半に至るまで、著者の強い意志が貫き通されているのです。

 活動家でも研究者でもない、いつまでも夢を追い続ける一人の人間が、この一冊の本の中にいて、問わず語りに話しかけて来るのです。
 日頃はフィクションの世界に身を委ねる私にとって、久しぶりに魂の叫びを聞いた余韻に浸っています。
 
 
 

2012年11月14日 (水)

読書雑記(52)岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿』

 この小説には、〈また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を〉というサブタイトルが付いています。
 私なら、このサブタイトルの方を書名にします。もっとも、今後のシリーズ化を狙ってのことなのでしょうから、このタイトルで行くのなら、もっと事件やミステリ性を盛り込んでサービスを心掛けないと、読者に失望を与えます。
 なお、本作品は、第10回「このミステリーがすごい!」大賞(2012年度)の応募作であり、最終選考まで残ったことにより「隠し玉」として出版されたものだとのことです。

 私は、毎日のように自分でコーヒーを淹れています。自分で気に入った豆を買ってきて、電動ミルで挽いて淹れるのです。
 一度に5杯分を作るのが、朝夕の楽しみです。ほぼ毎日10杯近くものコーヒーを飲んでいることになります。
 まったく同じコーヒーメーカーを3台持っていて、京都、東京、立川の3ヶ所に1台ずつ置いています。
 何度かフィルターを交換したので、よく使っている方でしょう。
 
 
 
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 それぞれの場所で、挽く豆も変えています。好みは、香り高くソフトな味の豆です。京都北大路にある伊藤珈琲店の「さくらブレンド」が一番のお気に入りです。次は、これも京都にある小川珈琲の「KAORI」です。京都は、コーヒーの文化も楽しめる街です。

 挽いた粉が飛び散るので、粉のお掃除には、100円ショップで見つけたお化粧用で太い刷毛を使っています。
 この小説を読み、ハンドミルで豆を挽くのもいいかな、と思うようになりました。

 忙しい時期には、すでに挽いてある粉を買ってくることもあります。さまざまなブレンドがあるので、おもしろ半分ではあっても、いろいろと楽しめます。

 この小説は、読んでいるとコーヒーの香りが漂う作品です。ただし、少しだけ温めのコーヒーを飲んだ後の感触がするのは、どうしてでしょうか。特に取り立てて心躍る事件がなかったせいかもしれません。

 バリスタである切間美星が謎解きをする物語です。テンポよく会話が遣り取りされて、話が進行していきます。
 コーヒー豆を、ハンドミルでコリコリと挽くのが、謎を解き明かす時の一つのパターンとなっています。
 コーヒーの香りが行間から匂い立つ中で、ささやかながらも理詰めの推理が展開します。そして、舞台は京都。

 取り立てて大きな事件が起きるわけではありません。男と女の関係を通して、人間のつながりのおもしろさが描かれていきます。
 第3話(103頁)で、北大路にある焙煎屋さんから豆を仕入れている、とあります。私が好きな伊藤珈琲店ではなさそうだし、どこだろうと、地元民としてはあれこれと思いをめぐらせました。京都には、たくさんの喫茶店と、豆を挽いてくれるお店があります。この豆選びは、私の楽しみの一つとなっています。

 さて、物語は想像力を刺激する話が並んでいます。ただし、そのつながりが弱いせいか、話の展開に置き去りにされることもあります。特に、第3話など。
 作者の構成力が足りないのか、原稿に手を入れすぎたためにこうなったのか。この作者の今後の成長を見たいと思いました。

 バリスタの美星さんを描く筆が冴えています。丁寧にふっくらと焼き上げたオムレツのように、魅力的に語られています。
 ちょうど真ん中あたりで、美星さんがこう言います。


「これは私の勝手な希望かもしれませんが、アオヤマさんとはいずれ、互いの内側の深いところまで立ち入ることのできる間柄になるのでは、という予感がしています。けれども今はまだ、その勇気がないのです。どうか、もうしばらくそっとしておいていただけませんか。しかるべき時期がきたら必ず、私のほうからお願いいたしますので」(208頁)

 このセリフを美星さんに言わせた時点で、その後の展開が見えてきました。
 作品の構成力が弱いのは、こうした不用意な発言を挟んでいるからだと思われます。原稿に手を入れすぎたために、人間の感情がこんなところに紛れ込み、かえって話がぼやけてしまっています。読んでいて、ここで余計なことを言わせなければいいのに、と残念に思った場面です。

 また後半で、美星さんの秘められた過去というものが語られます。これは、もっと早く匂わせておいた方が、作品全体に緊張感を与えたと思われます。これも、手の入れ方が中途半端だったからだと言えるでしょう。

 この作品の推理は、あまりにも日常的なレベルでの小事に終始しています。これがこの作品の上品さだとしても、もう少しダイナミックさを加味してほしかったと思っています。そこに、物足りなさを感じました。
 
 全体的に、理詰めで堅苦しさが感じられます。しかし、文章に歯切れの良さがあることが救いとなり、一気に読めました。エピローグは、映画のエンディングのようでした。
 脚色を工夫すれば、京都を舞台にしたいい映画ができそうです。

 なお、最終章である第七章は、なぜか、節が「 2  4 5 6」となっています。ローマ数字の「」と「」が用いられているのは、何か意味があるのでしょうか。その他の章ではないものなので、校正ミスなのでしょうか?【2】
 
 
 

2012年11月13日 (火)

再録(13)佐川急便の受け取りを拒否

 佐川急便に関しては、おもしろネタに事欠きません。
 「今でもデタラメな佐川急便」(2011年1月18日)でリンクを張ったサイトの1つが読めなくなるので、12年も前の記事ですが以下に再録しておきます。相当改善されたとのことです。しかし、実際にはどうなのでしょうか。

 全力疾走で配達しておられる姿を見かけると、ご苦労さまと声をかけたくなります。しかし、実情としてはいろいろな問題が引き起こされていることは、ネットに報告されているのでここで追い打ちをかけることはやめておきます。
 私宛に荷物を送られる際には、佐川急便は控えていただくよう、あらためてお願いいたします。

 とにかく、こんなことがあったということを、個人の記録として残しておきます。
 
 
********************** 以下、再録掲載 **********************
 
◇佐川急便の受け取りを拒否〈2000.5.10〉◇
 
 先日、佐川急便に電話をして、今後は佐川急便からの荷物の受け取りを拒否する旨の連絡をしました。預かった荷物の取り扱いが、あまりにも無責任でいい加減で、でたらめだったからです。

 発端から認めます。
 4月26日の午後3時に、佐川急便の配達担当者がK書房という出版社からの荷物を、拙宅に届けに来られたようです。中身は、今月刊行の『G 第五号』で、そこに「源氏物語とニューメディアとの接点」という拙稿が掲載されているものです。しかし私が不在だったために、不在票をドアに挟んでおいて行かれたのです。
 深夜に帰宅した私は、翌日、佐川急便に電話をし、私の実家の方に荷物を転送してもらうようにお願いをしました。ちょうどゴールデンウイークの時期であり、その電話をした27日から実家へ行くことになっていたので、荷物を実家で受け取るためでした。転送先の住所と電話番号を、電話に出られた方に伝えました。何も問題なく了解してもらえました。

 待てど暮らせど、その荷物が、4日経っても実家に届かないのです。不安になり、5月1日に、また佐川急便に実家から確認の電話をしました。電話口にでられた女性は、担当者に聞いて調べた後、折り返し電話をしてくれるとのことでした。またまた、私の住所と電話番号を言わされました。

 ところが、その日はおろか、3日後の5月4日になっても音沙汰がないのです。荷物がどうなったのか不安になり、佐川急便に確認の電話をしました。そして、またまたまた住所と電話番号を聞かれ、さすがに今回は、この前に2回も住所と電話番号を伝えたので記録はないのでしょうかと言うと、担当者が連休の休暇をとっているのでわからないので、もう一度言ってくれとのことでした。しかたなく伝えると、これから調べるので一旦電話を切り、後ほど電話をするとのことでした。

 そして数時間後、配達するはずの荷物は、今、当方のセンターに残っていた、とのことでした。
 なんともはや、荷物は転送の手配すらされずに、倉庫に放置状態だったようです。大至急こちらの実家に転送してほしいというと、明後日になるとのこと。クロネコ大和の宅急便は翌日に届くのですがというと、こちらではそれは無理だというのです。

 私も、たまたま5月のゴールデンウイークと年休を組み合わせて自宅を離れていたのですが、いつまでも実家にいる訳でもないので、この実家と自宅と、どちらに送ってもらうか悩んだ末、しかたがないので一日も早い実家に転送してもらうことにしました。そして、荷物は無事に土曜日の6日に入手し、翌7日にそれを持って自宅に帰りました。

 自宅に着いた途端に、玄関のドアを見てびっくりしました。ドアの隙間に、ヒラヒラと風になびく佐川急便の不在通知票が挟み込まれていたのです。赤地に白抜きで「明日また、お伺い致します。」と大きく書かれた紙です。
 よく見ると、5月1日の午後4時に来て挟んで行かれたものだとわかりました。4月27日に、実家へ転送してくれと連絡したはずなので、転送もせずにのこのこと自宅に持ってこられたようです。そして、その不在通知の紙が、まるまる一週間ものあいだ、自宅のドアの隙間に挟まれたままだったまです。この紙が、「この家の住人は今日もいませんよ。」という不在証明を一週間もしつづけてくれていたのです。

 私が自宅にいないことを佐川急便の方によって、第三者に証明してもらう必要はまったくないし、それは私にとっては迷惑なことです。

 佐川急便については、この「ハイテク問はず語り」の1999.03.09「またまたメディアビジョンのこと」で、以下のように記したことがあります。壊れた状態で配達されたパソコンを返送する時のことでした。


荷物を受け取りに来た佐川急便の方は、何かと急き立てるのです。回収を急いでおられました。こちらは、大切にあつかってもらえると思っていたのに、梱包材料も何も持ってこず、そちらで早く荷造りをしろというのです。
 大急ぎでやると、まだ一方をテープで止めていないのに、さっとテープを一カ所だけ貼って担いで持って行かれました。上記のメモを印字したプリントも、隙間に入れただけでした。何となく不安になる引き取り方でした。おまけに、「預り書」もくれません。
 佐川急便というのは、こんなにいい加減な宅配業者だったのですね。唖然としました。その時以来、いまだに何のお詫びもありません。ということは、今回のパソコンの損傷の全責任は、メディアビジョンにあったということなのでしょう。
 また、今年の2月には、キヤノン販売から送られてきたMacintosh用のビデオボード「ATI XCLAIM VR128」を、2週間がかりで受け取ったということもありました。原因は、夜間配達はしないということなので、いつも朝出勤して夜帰宅する私には、配達してもらう時間帯に家にいることが不可能だったからです。
 職場へ転送をとも考えたのですが、自宅で使うパソコンの部品なので、その大きな箱を電車で持ち帰るのが苦痛だったのと、道中に精密部品が壊れることの可能性をおそれたのです。

 そんなこんなの耐えられない理由の積み重ねもあって、佐川急便に対して、今後の拙宅への荷物の配達をお断りしたのです。

 今回のように、無神経に不在通知書をドアに掲示したまま帰られたのではたまったものではありません。電話口で対応にでられたTさんは、電話の最中に、3度も別の方に相談をするために、電話口から長時間、中座されました。その結論が、とにかく不承不承の「わかりました。そのように手配します。」という主旨の発言でした。
 実際には、もっとぶっきらぼうでしたが。「勝手に好きなことを言え、客の申し出なのでそのようにせざるを得ないのだから」という匂いがぷんぷんする対応でした。今後はこのようなことがないようにしますから、とか、お届けするのが仕事なので配達しないわけにはいかない、などなどの理由をもとに、謝ってこの場を収めようとされたのですが、こちらはもうこりごりなので、今後の拙宅への配達便はすべて受け取り拒否という扱いにしてもらうように、ひたすらお願いしました。
 謝ってすますことが通用しない相手だと観念されたのでしょう。あまりにも形式的な了承でした。この調子なら、また不在中の配達がなされることでしょう。

 なんともはや、佐川急便さんには、利用者の立場に立ったサービス業務に邁進してほしいと望む以外にない、というのが現状のようです。

 以上の理由により、拙宅への佐川急便を使っての荷物は届かないことになりました。佐川急便は会社などが利用するものなので、普通我々が荷物を預けることはありません。コンビニや街角には、荷物の取扱場所がないからです。
 私の場合でいえば、コンピュータ関係のソフトウェアや、出版社からの書籍などが送られてくることが多いようです。これから、機会を見て、会社関係の方々に、佐川急便では荷物を受け取れないということを伝えていこうと思っています。

 私と一緒に仕事をしている人も、佐川はひどいですね、といっています。会社を相手にした商売だからでしょう、とも。とにかく、佐川急便の配達方法には不明確なことが多いので、皆様方も十分にお気をつけください。
 
********************** 以上、再録掲載 **********************
 
 
 

2012年11月12日 (月)

再録(12)コンビニと宅配便の話

 今から14年前に、大和平群に住んでいた頃に書いた記事の再録です。
 (出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「3年目(1997.10.1〜1998.9.30)」→「コンビニと宅配便の話〈1998.9.4〉」)
 
 ここに報告したコンビニや自動販売機や宅配便の問題点は、今ではすでに解消されているのでしょうか。内部的には対策がとられていることでしょう。しかし、利用者から見て、その改善の度合いはよくわかりません。すでに解決されている、と信じるしかありません。
 もっとも、宅配便の傲慢な違法駐車は、最近では相当減ったようです。手押し車や自転車などに積み替えて配達しておられる場面をよく見かけるようになりました。配達される方は大変でしょうが、これはいいことです。

 一方、佐川急便のイケメンのことが話題になっています。しかし、現実の配達実態は酷いものです。このことは、また別の機会にしましょう。
 
 
********************** 以下、再録掲載 **********************
 
◇コンビニと宅配便の話〈1998.9.4〉◇
 
 コンビニで購入した缶入りウーロン茶を飲んで、一人の方がお亡くなりになったとのこと。身近な出来事だけに不気味です。

 不気味と言えば、過日、近所のコンビニエンスストアで「桃の天然水」というペットボトルを買ってきた息子が、突然「これ気持ち悪い」と言って、私の所に持ってきました。よく見ると、透明ボトルに入っている液体の表面に、ドロッとしたブドウの実のとろけたようなものが浮いているのです。表示ラベルを見ると、果汁の沈殿物があるかもしれないが無害である、と書いてあります。しかし、沈殿ではなくて浮遊しているのです。桃の実の一部かとも思いましたが、どう見ても異物なので、購入したコンビニへ持って行きました。

 店員の方は、他の同等の商品と比べてから、こんなものが浮いているのはおかしいと言って、新しいものと交換してくれました。透明ボトルだったからわかったものの、あれが色付きボトルだったらわかりません。缶入りだったら、中身が見えないだけに、それこそ飲み干していたことでしょう。

 昨日の夕方、息子と信貴・生駒の山中を、大阪との県境付近まで1時間ほどジョギングしました。山越しに見えた大阪側の夕日は、まさに茜色でした。
 喉が乾いたので汗を拭き拭き、途中の自動販売機でドリンクを買いました。息子は、すぐにスポーツドリンクの缶の飲み口や底を点検し、「大丈夫(^_^; 」と言っていました。私も笑いながら「気をつけような」と言って日本茶のドリンクを飲んでから、慌てて缶の上下を見ました。
 自分の無防備さを子供に教えられることが、最近は多くなりました。

 一昨日は、拙宅の近所の町で、自動販売機の瓶入り清涼飲料水に殺虫剤が入っていたそうです。無人有人にかかわらず、口にするものを安心して買えなくなってしまいました。日常生活で疑うという訓練をあまり受けなかったせいか、こうした社会の風潮に戸惑いを感じています。

 さて、拙宅から歩いて2分のところに、前記の「サンクス」というコンビニがあります。買い物は車でないと行けない山の中腹に住んでいるため、家族みんながチョッとした買い物によく利用しています。私は、宅急便を頼むのによく利用していました。しかし、今は、わざわざ車で山の下の取扱店へ持っていきます。近所のこのコンビニでの、荷物の取り扱いに不満があるからです。

 その「サンクス」では、預かった荷物を店内のレジカウンターの中に積んでいます。しかし、いつしか足下が狭くなるのでしょう。そうなると、宅急便の荷物を店の外に積むのです。

 その店を通りかかったとき、自分の預けた荷物が外に放り出されているのを見て唖然としました。私が預けた、書類を入れた封筒が、店外に積まれた宅急便の紙箱や段ボール箱の上に、ヒョイと乗せられていたのです。すぐに店に言いに行こうかと思いましたが、「大丈夫だろう」と思うことにして、そのままにしました。
 抗議をするというのは、勇気のいることなのですね。日常の生活圏ならなおさらのことです。

 そうこうする内にその店では、宅急便の預かり荷物がますます粗雑になりました。
 ドリンクやお菓子が入っていた空き箱や段ボールが店外に数十枚積まれている、そのすぐ側に積み並べられるようになったのです。毎週2つ位は宅急便を出すことが続くことがあったときに、店外に出さないで業者が受け取りに来るまでは店内に置いてほしい、と平身低頭お願いしました。そして、外に出すなら、業者からネットが貰えるはずなので、それで覆って貰えないか、ともお願いしました。

 店外ではネットをかけてほしいとのお願いは、3度ほどしました。そして、どうなったかを店員さんに聞くと、業者はそのようなものは用意していないそうだ、との返事でした。
 ヤマト運輸はそのような対策をしていると知人から教えてもらっていたので、再度確認してほしいとお願いしました。しかし、いまだに、夕刻になると預かった荷物は店外に放置されています。

 また、夏休みは、その店外の空き段ボールの山と宅急便の荷物の前で、時間を持て余した中・高校生が車座になってはしゃいでいるのです。自分の荷物がどうなるのか、ハラハラしました。
 これは異常だと思い、その店が頼りにならないので、宅急便の回収時間を目がけて持参することを続けました。しかし、それもばからしくなり、車で山を降り、きちんと屋内で管理してくれる店に持っていくようになりました。

 歩いて持っていけるところにあるのに、わざわざその店の前を通って車を走らせる愚かな自分に腹が立つこともあります。しかし、当の「サンクス」がこちらの要望を無視される限りは、安心して預けるわけにはいきません。そう思って、何々便を扱う街角のコンビニや酒屋やクリーニング店を見ると、結構、預かった荷物が店外や車道や舗道に積まれています。
 預かった店の人の視線の外に、荷物が転がっているのです。荷物の所有権はどこにもないかの状況です。あくまでも、私の生活圏である、奈良・京都・大阪でのことです。

 最近は、預けた荷物がうまく届いたかどうかを、インターネットで確認できるようになっています。私も、預けた店の雰囲気がおかしいときは、これで確認することが増えました。

 まさに、ヤマト運輸を疑い、そして自分の手で確認して安心します。荷物のトラブルが多いからでしょう。
 このインターネットのサービスは、利用者の不信感を何とか紛らわせるための方便なのでしょうか。しかし、利用者の立場からは、預けてから不安がるよりも、こうして確認できることは、ないよりはましです。

 みんな、信頼の上に成り立っている行為なのでしょう。しかし、これは宅配業者が何とか手を打たないと、いずれは信用をなくすと思います。お客様の荷物を預かるという原点が、末端にいけば単なるモノにすぎなくなるようです。そして、その荷物が紛失しても、取扱店も、それを回収する人も、そんなに責任を感じないシステムなのでしょう。
 宅配便の中身には、命を左右すると言えば大げさかもしれませんが、大切なものも多いと思います。預ける側も預かる側も、平和な社会に慣れてしまった一つの例といえましょう。

 海外に行ったときは、郵便物は届かないかもしれないことを前提に投函します。ロンドンの郵便局から日本に小荷物を送ったときは、到着に時間がかかっただけに心配しました。

 荷物の行き先を正確に区分けするバーコードが開発されたとのことです。しかし、上に記した例は、集配業務に入るまでの問題です。荷物を最初に預かる「人」の問題であることが、ハイテクと言われる社会の落とし穴のように思えます。
 企業は「人」を強調しますが、現実には効率的なシステムに依存するところで終わっているようです。とくに、コンビニという便利さを追求するところでは、商品や情報の提供・公共料金収納の代行は得意でも、荷物を預かったりする業務に関しては、まだまだ研究が必要だと思います。

 先日も、2つ持ち込んだ荷物の宛先ラベルを、それぞれを間違って貼り付けられそうになり、慌てて指摘しました。あのラベルは、やはり自分で貼るものですね。親切にやってくださるのを制止できないときは、目だけはラベルをジッと見ていましょう。あらかじめ書いたものを貼ってから持ち込むのがベターです。

 ついでといっては何ですが、もう一つ関連して……。

 宅配便の車です。わがもの顔での違法駐車がいまだにあります。早くからいろいろと指摘されていますが、まさに無法地帯です。宅配業界は、各省官庁や警察関係者にそうとう金品を渡し、接待をしてきたからこそ可能なことなのでしょう。お役人からの免罪符があるのでしょう。貢ぎ物の効き目のある内は、とにかく強気で、道ならどこでも車を止めてよいことになっているようです。町中では、舗道や商店街の中でもお構いなしに車を止め、ドアを開けっ放しで荷物の出し入れをしているのですから。

 近所のコンビニも、交差点の角にあることもあり、宅急便のみならず、商品納入業者の交差点内の駐車はもとより、人の迷惑を顧みない利用者のでたらめな駐車には、いつもいやな思いをさせられています。
 コンビニも、このような店周辺の状況にわざと目をつぶり、知らぬ顔で営業を続けています。このようなお店が全国にあることを思うと、コンビニと宅配流通業は社会への迷惑と地域住民による忍耐の上にあぐらをかきながら、便利さと人々の幸せを強調することによって成り立つ商売と見受けられます。

 自分たちが、人々に不快な思いをさせていることに気づいたときに、コンビニや宅配という業界は人間社会になじむ業種になることでしょう。かつての、村や町の人たちへの配慮があった個人商店のような信頼を得るには、まだまだ時間がかかるようです。もっとも、その信頼が得られるようになったときには、また別の物流形態が生まれているのでしょうが。
(妄言多謝)
 
 
********************** 以上、再録掲載 **********************
 
 
 

2012年11月11日 (日)

再録(11)突然意識を失ったこと

 今から17年前の話の再録です。
 (出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「3年目(1997.10.1〜1998.9.30)」→「突然意識を失ったこと〈1997.12.24〉」)
 
 これは、私がホームページ〈源氏物語電子資料館〉を公開する直前の、1995年9月の出来事を取り上げたものです。1つの記録として、ここに再録しておきます。
 
 
********************** 以下、再録掲載 **********************
 
◇突然意識を失ったこと〈1997.12.24〉◇
 
 テレビアニメの「ポケットモンスター」に端を発した、ディスプレイによる心身への異常に関する報道が、マスコミをあげて盛んです。アメリカやロシアでは、光線の点滅を応用した兵器が開発されているとか。アメリカ国防総省のものは、点滅するストロボ光線を非殺傷兵器にするものだそうです。ロシアで完成しているコンピュータウイルスは、人体に影響を与える特定の光の配合をパソコンの画面に表示するものだとのこと(朝日新聞、1997.12.24)。パソコンのディスプレイの前に座るのが怖くなります。

 さて、最近の子供より時代を先取りしたのではないかと思われる体験が、私にもあります。
 今から丁度2年4ヶ月前のことです。コンピュータに限らず、ハードな日々をお過ごしの皆さまのご参考までに、1995年9月2日に知人に送ったメイルの一部を、以下に転載します。[]カッコ内は、今回付けた注です。

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 昨日、9月1日(金)の夕刻のことです。突然、[近鉄]特急の車内で意識を失い、救急車で畝傍山[大和三山の一つ]の麓の橿原神宮に近い病院に運ばれました。中京大学[名古屋市]の『源氏物語』の写本調査の帰りのことでした。
 前日31日の経路は、伊井春樹先生[大阪大学]とご一緒だったこともあり、往復とも新幹線でした。しかし、昨日は一人だったので、気分転換にと、帰路は近鉄特急にしたのです。三重県経由です。

 4時30分名古屋発に乗ったところ、禁煙車ではなかったせいか、発車後しばらくして、まわりの煙草の煙で涙が止まらなくなりました[車内はガラガラでしたが]。
 検札に来た車掌に、禁煙車に移りたいと申し出ると、探しにいったきり、そのままなしのつぶて。1時間が過ぎたころから、呼吸が困難になりました。車掌が通りかかったのに何回か気づいてはいたのですが、意識が朦朧としていたのと、声がでないのです。悔しかったですね。

 1時間40分程経過した、大阪まであと40分という地点で、もうだめだと思ったとき、車掌が通りかかりました。
 身体を通路に倒して気づいてもらうことに成功。とにかく煙のない車両に移してくれと訴えたのですが、前後の車両を調べに行って、やはり無いというのです。
 車内に医者がいないかを調べて欲しいと頼みました。すると、そこで初めて、その車掌は私の状態が尋常でないことに気づいたようです。

 それからのその若い車掌の行動は敏速でした。あと10分ほどで次の停車駅の八木なので、そこに救急車を手配したとのこと。ほっとして、また意識が朦朧となりました。

 八木駅では、駅員が8人はいたでしょうか。担架で駅長室まで運ばれました。階段を下ろされる時は、振動が強くて、意識が行ったり来たりします。運んでいる駅員さんも大変だったでしょうが、運ばれるほうも苦痛でした。

 そうそう、特急からホームにフラフラとでて担架に乗せられるときに、ホームにいた労務者風のおっさんが、私に向かって、「若い者はだらしない」、「情けない奴や」、「あほか」、などなど、口汚く大声で罵っていたのが、おぼろげながら記憶に残っています。あの侮蔑の眼は、かすんだ目からではありましたが、今度会ったら飛びかかれるほどによく覚えています。

 救急車に乗るまでと、車内と、病院で、何回も名前などを聞かれました。頭では答えようとするのですが、声にならないのです。手と足は鉄アレイを持たされている時の、重くずっしりとした感覚です。自分の意思で、手足が動かせないのです。ウルトラマンの冷凍光線に当たったらこんなものでしょうか。

 時々、のどの部分が解凍状態になり、その瞬間に言葉を発する事が出来るのです[救急隊員が「もうあかんわ」と言ったときには、意識は正常なので、「まだ火葬にしないでくれ」、と叫びたい思いでした。お葬式の最中に棺桶から手足を出した人がいたのは、あれは本当のことだと確信します。土葬にしてから、夜中に地中からもぞもぞと這い出るのも、本当に起こりうることだと、信じるようになりました]。

 医者との会話も、とぎれとぎれに行いました。救急隊員も医者も、脳の障害を心配したようで、すぐにCTスキャンの検査をされました。初めてです。あのガメラのギャオスの超音波光線を思いだし、頭がタマネギのスライスにならないかと、訳の分からぬ心配をしました。

 検査終了後の画像ファイルが欲しいなあ、とか思いながら受けました。
 障害はないとのこと。いろんな注射をされ、2時間後に、通常の意識に戻りました。午後9時を過ぎた頃です。
 そうこうするうちに、女房がかけつけました。丁度始業式[高校]の日で、帰宅が遅かったのです。7時半に自宅をでて、病院まで1時間半ほどかかったようです。とんだ、神武天皇陵詣でです。

 入院をして経過を見ましょうか、と言われたのですが、とにかく自宅に帰りたかったので、病院、駅員の方にお礼を言って、女房と二人で帰りました。真夜中の帰宅となりました。長い一日でした。

 今、まだ少し手足がびりびりします。リハビリだと思って、こうしてキーを打っています。病名は、「過換気症候群」[脚注参照]だろうとのことでしたが、来週、精密検査をします。

 鞄のなかには貴重な資料が入っていたのです。それがこのどさくさで紛失してはと、気が気ではなかったんです。意識は薄れていても、鞄がどこにあるか、ということを、担架に乗っているときも、救急車の中でも、病院でも、駅員さんや救急隊員さんや看護婦さんに、尋ねていたそうです。

 それと、インターネットのホームページ[この〈源氏物語電子資料館〉]の設計を、夢のなかで作成していたように思います。9月から開設すべく、31日は、夜遅くまでがんばり、やっと絵を貼り込んで一応完成というところまで来たのですが、こんなことになったので、少し先に延ばします[オープンしたのは9月30日でした]。
 後、依頼原稿が2本ありますが、パスします。長生きを先決することにします。わがままを言うようですが、一週間ほど、休養させてください。

 思い返すと、この夏は、仕事に家族サービスにと、フルに時間を使っていました。充実していたのは事実ですが、身体が資本ですから、気をつけます。
 くれぐれも、無理のない生活をしてください。

 今、こうしてキーがどうにか打てるのが嬉しいですね。見知らぬ救急病院のベッドの上にいたとき、鉛のようになって動かない手が身体にくっ付いているだけの状態を認めざるを得なかったとき、口でキーボードを打つ道具はどこで売っているのか、とか、視線入力のキーボードの値段はいくらだろうかとか。
 いやはや、とんだ夏休みの締めくくりでした。
 ご自愛ください。

[その後、半年間はさまざまな検査を受けました。体に電極を着けながら、徐々に傾斜角度が増すベルトの上を走りました。目に何度も光を当てて脳波を調べたり、耳や歯も検査しました。そして結果は、いつも異常なしでした。長い検査の結論は、正常です、とのこと。それでは、あれは一体なんだったのでしょうか。]
 
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【脚注】EBブック版『ホームクリニック(家庭の医学)』(主婦の友社)より転載

【過呼吸症候群】
 過換気症候群ともいうが、心理的不安が続いている人に、心臓や肺に少しも異常がないのに急にあらわれる呼吸困難発作をいう。
〈主な症状〉 
 酸素が足りない、空気が肺に入っていかないと訴え、金魚のように口をぱくぱくあけて息をする。頻回に呼吸をするため血液中の炭酸ガス不足がおき、手足がしびれ、胸も痛くなる。頭がぼーっとして、ひどい時には意識を失う。
〈原因〉 
 ストレス解消の上手にできない内向的な性格の人にストレスがたまったときに起きる。
〈治療〉 
 ビニール袋を口に当てて自分の呼気をため、それを呼吸するようにすればだいたい軽快する。不安になったとき精神安定剤を頓服してもある程度は発作を予防できる。発作は繰り返す傾向があるが、運動などでストレスを発散させるとよい。(五十嵐)
 
 
********************** 以上、再録掲載 **********************
 
 
 

2012年11月10日 (土)

iPhone5を入手するも旧データの復元ができず

 無事にauのiPhone5を入手しました。これで、やっとソフトバンクから抜けられました。ホッとしています。しかし、これまでのiPhone4のデータが転送できません。今日、半日かかってもうまくできませんでした。このあたりで、今日のところは断念します。

 電話としては使えるので、本来のコンピュータ機能については、明日またチャレンジします。その意味では、今回も難儀な思いをしています。

 購入してきて、すぐにスッと使えることは、いつになったらできるのでしょうか。当分、使えるようになるまでの難行苦行が待ち構えているようです。

 とはいえ、ハードウェアに問題はなかったので、一応は安堵しています。こんなことは、まずなかったことなのですから。

 この前のiPhone4の時は、案の定と言うべきか、欠陥商品を渡されました。そのことは、「店頭で手渡された iPhone4が初期不良品」(2010年10月 1日)に書いた通りです。

 また、その後に届いた交換品も、これまたB級品でした。いつものことなので、もう慣れたとは言え、気分はよくありませんでした。そのことは、「やっと届いた iPhone4はB級品」(2010年10月 6日)に書いた通りです。

 それに引き替え、今回の商品は本当に新品でちゃんと動く完動品なのです。私がこのようなまともな商品を手渡されるのは、非常に稀なことです。そのことだけでも、満足しています。後は、明日以降時間を作って、バックアップからの復元に精力をつぎ込むことにします。それにしても、また数日は膨大な時間をこの小さな機械に取られることでしょう。

 正直なところ、暗澹たる思いでいます。いつものことながら、コンピュータがまだまだ未成熟な段階にあることを、こうした混乱の中にいると実感します。

 アップルの製品ですら、こんなに不確実な製品として世に送られてくるのです。
 人間に寄り添った、使いやすい情報文具が普及するまでには、まだまだ年月を要するのでしょうか。
 
 
 

2012年11月 9日 (金)

ソフトバンクのポケットWi-Fi を解約〈その1〉


 現在、スマートフォンをソフトバンクからauに乗り換える準備をしています。iPhoneをこれまでの[4]から[5]に移行するにあたり、何かと不具合の多いソフトバンクを見限るのにいい機会だと思っているからです。
 この、スマートフォンをauへ移行することについては、また書くことにしましょう。

 処分する予定のソフトバンクのiPhoneの中に、不可思議なやりとりに関するメモが残っていました。その時のやりとりを整理し、2012年にはこんなことがあったという記録として再現しておきます。

 いつも欠陥商品を渡され、擦った揉んだの顛末は、すでに何度も書きました。
 つながらないソフトバンクのポケットWi-Fiで苦労している話については、以下の記事に詳しく書いています。

「突然つながったソフトバンクのポケット Wi-Fi」(2012年4月14日)

「ポケット Wi-Fi が使えなかった理由が判明」(2012年4月20日)

「今日から6回食となる」(2012年8月 9日)

 今回見つけたメモのことです。
 今年の5月22日から4日間の出来事は、いろいろとメモをしていました。しかし、当時のブログには書いていませんでした。その下書きを整理して、以下に引きます。
 何でも折々に書いておくと、何かと話がつながってまとまるものです。

 明日にでも、iPhoneをソフトバンクからauに代えると、このボケットWi-Fi も不要になるため、また解約することになるはずです。その時にも、何かとおもしろそうな問題があることでしょうから、今回のメモは〈その1〉としておきます。

 さて、上記のブログで書いた顛末の後、ソフトバンク門前仲町店へ、不要になった旧型のポケットWi-Fiの処分をしに行ったときのことです。担当者と話をしているうちに、先般ポケットWi-Fiを契約した池袋西口店とよく話をしたほうがいいですよ、とのアドバイスをもらい、その場では機器の処分を依頼せずに持ち帰りました。門前仲町店の方の話によると、当店なら買い換えではなくて機種変更を案内するのですが、とのことなのです。

 早速、池袋西口店に電話をし、1ヶ月前に対応してもらった方と電話で話をしました。
 すると、その時にスクラッチカードを渡さなかったか、とおっしゃいます。もらっていないと応えると、それではキャッシュバックの件を調べて折り返し電話をする、とのことでした。
 しばらく時間をおいて電話があり、説明が漏れていたとのことでした。解約に伴う私の負担分の5,000円は、現金で返金することになるキャンペーンがあるそうです。というよりも、急遽調べて、あったことにして私の不満に適応しようという感触でした。

 この前に契約したときは、そんな話はまったくなかったのですから。この携帯電話事業の裏には、いろいろと聞いてはいけない事情や逃げ道があるようです。

 とにかく、お店に来てほしいとのことでした。しかし、池袋は何度も行く地域ではありません。書類を送ってもらえないかと言うと、その手続き書類は、個人情報のために郵送不可だそうです。契約の時には何カ所にも住所氏名を書いたのに、今回は変な言い分です。背景に、公言できない何かがあるのでしょう。直接交渉をしたいようです。証拠が残らないように?!

 結局、妻が書類を受け取りに行くことになりました。その際、振り込み口座がわかればいいそうです。それなら、電話で伝えるのに、それではダメなのだとか。とにかく、直接お店でやりとりをしないといけないようです。変な話です。密室でやりとりをしなければならない事情がありそうです。

 その後、妻が池袋西口店に返金の手続きで行きました。ところが、今回の場合は3,000円のキャッシュバックの対象なのだそうです。一昨日と話が違うのでは、ということで電話口で話をしました。
 これまでの経緯を説明すると、とにかく今日は3,000円のキャッシュバックの手続きをし、それ以外で請求されている分については、カスタマーケアと料金調整の相談をして、後で連絡をしてもらえることになりました。何か変です。

 また、解約については、妻では委任状が必要なので、本人でないと出来ないそうです。昨日の確認の電話では、契約書と本体を持って来てほしいとのことであって、そんな話ではありませんでした。変なことばかりです。

 その後電話があり、キャッシュバックの手続きは妻によって完了したことと、カスタマーセンターとの相談で、今月分は徴収せず、残りがあれば来月以降に減額して精算するとのことでした。それにしても、妻も長時間を無駄にしたようで、申し訳ないことをしました。

 また、近くのソフトバンクで解約をしたら電話をしてほしいとのことです。早目に、門前仲町店で解約手続きをします。私も妻も、無駄に多くの時間を潰しました。
 電話口の店長さんは、冷静に理路整然と説明をしてくださったので、時間はかかりましたがスッキリと終わりました。

 そして翌日、ポケットWi-Fiを門前仲町店で解約し、機器は処分してもらうことにしました。簡単な手続きであっけなく完了です。残金は16,800円あり、これは支払うことになりました。
 私としては、「1年2ヶ月持っていて数回つながっただけの記念的なものでした。」と言うのが精一杯でした。

 帰ってから、池袋西口店に解約完了の電話連絡をしました。

 この一連のやりとりは一体何だったのでしょうか。欠陥商品を渡され、わからないままに接続実験を繰り返しただけの代物だったようです。そして、解約をめぐる不可解な通信業者の論理と経緯と手続きの連続でした。見聞きしてはいけない闇の存在が、この業界の背景にありそうです。

 さらにその翌日、ソフトバンクからキャッシュバック代金として3,000円が指定口座に振り込まれていました。予想以上の素早い対応です。
 やればできる、と言うべきか、面倒なことはサッサと片付けようというのか、いずれにしても、結果的にはお互いにいい結末となったのでした。
 
 
 

2012年11月 8日 (木)

人騒がせな集団健診の結果

 先月受けた健康診断の報告書が届きました。その検診結果を受けて、眼科を受診することにしました。

 今回受け取った「健康診断報告書」の「所見欄」に、次の記載があったからです。


両眼視神経乳頭陥凹拡大(緑内障)疑い
両眼写真不鮮明で白内障の疑い疑い〈ママ〉」

 「緑内障」とか「白内障」と書いてあれば、これは放置できません。
 また、矯正視力が、「右1.5、左0.6」と記されています。昨年の欄には、「右1.0、左1.2」と印字されています。左目がずいぶん悪くなったようです。

 「各検査判定コメント」には、こんなことが書いてあります。


【眼底】異常が疑われますので、眼科受診をお勧めします。
【視力】視力の低下がみられます。矯正器具を使用されるか、すでに使用している方は器具の調整をお勧めします。

 最近、ものが見づらくなったのは、急激に眼底に変化があったのかもしれません。
 それというのも、今夏7月、糖尿病で検査入院した京大病院の眼科の検査では、特に問題は指摘されませんでした。
 次回の眼科の検査は、1年後の7月に予約が入っています。私の眼に異常あり、ということであれば、それは今夏7月以降のことだということになります。

 これまで、東京で受診した眼科は、九段坂病院だけです。人間ドックも含めて、これまでの記録があるはずなので、念のために思い切って行きました。

 眼底検査も含めて、診察の結果はまったく問題なし、とのことです。メガネが合わないだけだったようです。メガネ屋さんで調整してください、と言われました。
 集団健診は意外といいかげんですから、とも。ということは、逆に病気を見逃すことも多いということになります。
 今後は、小まめに京大病院と九段坂病院に通うことにします。

 帰り道、田安門の傍の木々は紅葉を始めたところでした。
 
 
 

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 眼は大切にしているつもりだったので、何事もなくてホッとして職場へと急ぎました。

 I先生、K先生、Oさん、人間ドックに行かれましたか。
 前にもお話したように、私は2年前の5月に人間ドックに入る予定が、都合で2ヶ月遅らせて7月になりました。そして、即座に出来立てと思われる胃ガンが見つかりました。もし予定通り、5月にドックに入っていたら、恐らくガンの発見はもう1年延びて、手遅れになる可能性もあったのです。
 運ということから言えば、私は結果的に幸運でした。こんなことがあるのです。

 私は、何かあるとすぐに病院へ行くので、その意味では大病に至るのを未然に防いでいるといえるでしょう。
 とにかく、こまめに健康チェックをするに越したことはありません。
 
 
 

2012年11月 7日 (水)

ネット社会に対応したクリニック体験

 先週末のことです。喉がいがらっぽくなり、鼻水が少し出だしました。これは危ないと思い、早めに医者にかかることにしました。京都の自宅近くにある内科へ行きました。それまでに数回行った別の内科医院は、私の身体に合った薬の処方ではなかったので、今回は変えてみました。

 賀茂川に面したところにある、胃腸病などが専門のクリニックです。丁寧に話を聞かれるお医者さんで、葛根湯が処方されました。大きめの粒を6個も飲むので、多めの水が必要です。しかしこれで、とにかく治まりました。
 待合室にあった雑誌が、京都情報と食べ歩きを中心にしたものだったことも、大いに気に入りました。よくある、婦人雑誌だらけの書棚とマガジンラックではなかったのです。

 その後、上京してからもスッキリしません。薬もなくなりました。そこで、同僚が行っている東京の病院を教えてもらい、そこへ行くことにしました。通勤途中に行けるのが最大の魅力です。

 まず、ネットでそのクリニックにつなぎ、診察に関する情報を登録しました。そして、すぐに予約画面に移れます。ちょうど、今日の帰りの時間帯の診察が空いていたので、すぐに診察を申し込みました。先生も指定できるのです。もっとも、初診なので意味はありませんが。ただし、男性医か女性医かの選択では、男性医にしました。
 問診票もPDFをダウンロードして、行くまでに記入しました。

 クリニックは立川駅の真上の階にあり、場所としては非常に便利です。あらかじめ個人情報が登録してあったせいか、手続きがスピーディでした。時間通りに、スクリーンに受け付け番号が表示され、マイクでも名前が呼ばれました。

 お医者さんは聴診器で私の胸の音を聴き、喉の奥をステンレスの篦とライトで見て、初期なので漢方薬と鼻水の薬を出しましょう、とのことでした。ツムラの桔梗湯が処方されました。
 机の上には、iMacとMacBook Air がありました。マック遣いのお医者さんなのです。お医者さんには、マックユーザーが多いようです。画像が扱いやすいからでしょう。関西でなら、お医者さんとしばしマック談義となるところです。しかし、この大都会のクリニックでは、そんな雰囲気は微塵もありません。診察が終わると、長居はできない空気に満ちていました。

 ビルの一室とは思えない、おしゃれな病院です。室内の色や照明や物の配置などなど、よく考えられたレイアウトです。次に何かがあれば、ネットで予約してすぐに立ち寄れます。このアクセスのよさもスマートです。

 あまりにもシステマチックなので、気持ちがいいほどです。患者としては、スムースに診察してもらい、的確な処方をしてもらえたらいいのです。それも、気分よく。
 スタッフの方々も、そのための努力を心がけておられるようでした。居心地のいい雰囲気と空間が作られています。関西にはない、クールな印象が漂っていました。これはこれでいいと思います。

 ネット社会の病院のありようを体験した思いです。まさか、バーチャルな診察も可能とまではいかないまでも、慌ただしい日々の中の診療所として、これはこれで、あってよかった一つだと言えるでしょう。コンビニ感覚というと言い過ぎでしょうか。もっと丁寧で、何かあれば即座に対処できる施設となっているようです。

 患者が待つことを極力減らす努力は、病院のスタッフのみなさんが目指しておられるところのようです。今日は、そのいい例に出会えたように思います。
 
 
 

2012年11月 6日 (火)

井上靖卒読(148)「ある日曜日」「石の面」「燃ゆる緋色」

■「ある日曜日」
 妻に不満を抱きながらも、子供3人を動物園に連れて行く木原。妻の方は、同窓会に行きます。動物園で子供が迷子になったとき、昔好きで1年間ほど同棲していた道子と偶然にも出会いました。道子の子も迷子になっていたのです。一緒に園内を回ることになり、木原は不思議な気持ちになります。人間の気持ちの通い合うさまを、温かい目で描いていきます。
 学生時代の木原と道子の別れ方が、非常に印象的です。お互いを思いやりながらも、サッパリとした別れだったのです。今、他人ながらも、お互いの子供たち7人と動物園にいます。親子や家庭というもののおかしさが、柔らかいまなざしで表現されています。人間というものは、いいな、おもしろいな、と思わせてくれます。【5】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1953年1月号
 
集英社文庫:楼門
潮文庫:桜門
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3:短篇3
 
 
 
■「石の面」
 愛人と別れるにあたり、男は余裕の目でそれまでを想起しています。南禅寺の料亭が別れの場となっています。
 別れの予感をお互いに持ちながら、ここまで来ていたのです。しか、別れられません。男が好きだという竜安寺から仁和寺に通じる、静かな道を歩きます。道端に、山羊がつながれているのもいいものです。仁和寺の茶室から庭を見ます。男は、この庭に女を棄てに来たと思いました。女一人を残して庭を出たとき、男は言いしれぬ寂しさに襲われます。茶室に引き返しました。しかし、女が一人座っていた濡れ縁には、姿がないのです。男は庭の石を見ながら、女を追いかけていくべきか、思案の中に身を置きます。
 静寂の時の流れの中にいる二人の男女には、大人の愛を育んできたことが漂っています。人間の心に滲みる情感が語られており、それが直接伝わってきます。【4】
 
 
初出誌︰サンデー毎日
初出号数︰1953年1月新春特別号
 
集英社文庫︰夏花
井上靖小説全集10︰伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3︰短篇3
 
 
 
■「燃ゆる緋色」
 仕事に振り回されていた男が、年末年始に逃げ出すように自分の時間を持ちます。大阪へ。自分のための休暇です。ふと、折々に会ってきた仲間を思い出しました。大学時代の同級生です。しかし、探し出したときには、昨日亡くなったばかりであることを知らされます。特に親友でもなかった男同士です。それでも、忘れられない存在というものはあるのです。思い出が死者を成仏させる、ということを読者に語りかける作品です。【2】
 
 
初出誌︰文学界
初出号数︰1953年3月号
 
文春文庫︰貧血と花と爆弾
井上靖小説全集10︰伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集3︰短篇3
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
 
 
 

2012年11月 5日 (月)

京洛逍遥(238)紅葉が始まった大河内山荘

 秋田からのお客様を、今回は嵯峨野に案内しました。
 京都の紅葉は年々遅くなっていると言われています。「ヒートアイランド現象」とされる、都市部の気温が郊外に比べて高くなる影響からと思われます。そこで、少しでも紅葉が見られるところとして、嵐山方面へ足を向けることにしたのです。
 予想的中で、もう紅葉が始まっていました。

 大堰川には、鷺がいました。賀茂川ののんびりとした鷺と違い、慌ただしい動きを見せていました。観光地のせいなのでしょうか。
 
 
 
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 天龍寺の北にある竹林の道を歩くと、嵯峨野に来たことを実感します。この竹林の道は、アップルのパソコンで、壁紙の1つになっていることでも有名です。竹の清々しさが、肌を通して伝わってきます。観光客を乗せた人力車のお兄さんが、この竹林の空気には美肌効果があります、と説明しながら通り過ぎて行きました。
 
 
 
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 通りがかりの野宮神社の黒木の鳥居を潜り、久しぶりにおみくじを引くと、なんと大吉でした。いつもは悪いくじばかりなのに、こんなこともあるのです。私には無縁のものだとばかり思っていたので、後は下がるばかりとならないようにと、気を引き締めながら縄に結びつけました。

 さらに奥へ進むと、大河内山荘です。ここには初めて入ります。
 まずは和菓子と抹茶のお持てなしを受けてから、庭園に入りました。
 
 
 
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 大河内山荘は、時代劇の俳優として知られる大河内傳次郎が、30代半ばに別荘として造営した回遊式庭園です。個人の庭という認識しかなかったので、なかなか行く機会を持ちませんでした。
 64歳で亡くなるまでの30年間にもわたり、丹精込めて作り上げた庭園でした。その素晴らしい雰囲気の中に我が身を置き、来てよかったという思いに浸る一時となりました。
 寝殿造、書院造、数寄屋造などなど、とにかく日本の伝統的なものを我が目と肌で感じることができます。
 特に、滴水庵に向かう庭は、写真には収められない引き締まった空気に満ちています。
 
 
 
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 月香亭からは、正面に比叡山が、その右に大文字山が、そして京都市街と京都タワーも視野に入ります。
 
 
 
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 大河内傳次郎の妻妙香が50回忌に新しく建てた妙香庵は、先月から一般に公開されているようです。ただし、ネットで調べてもほとんどその情報が見当たりません。静寂を旨として、写経ができます。ただし、写経と言っても道元のことばであったり、ビートルズの歌詞であったりと、実に自由なのです。
 ここに足を向ける方は、お出でになった方の100分の1にも満たないと思われます。石段を登り、ぜひ一度どうぞ。
 
 
 
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 大河内傳次郎記念館の展示を見ていたら、『源氏物語』の台本が展示されているのに気付きました。昭和26年11月2日封切りの吉村公三郎監督の映画です。大河内傳次郎は播磨入道役だったようです。まったく知らなかったので、これから調べてみます。
 
 
 
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 帰り道、嵐山駅の前にあった有職菓子の老松で、「北嵯峨」という小倉山を模した茶菓子を買いました。
 自宅で早速、みんなにお茶を点てて、美味しくいただきました。
 
 
 
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2012年11月 4日 (日)

秋の中古文学会(2)―2012

 大阪大谷大学での中古文学会の2日目です。いくつか、楽しみにしていた発表がありました。その中から、2つだけ取り上げます。

 中葉芳子さんの「『源氏物語』の古筆切をめぐって―歌集と梗概本との間―」は、大変興味を持って聞きました。新たに紹介された「伝西行筆源氏集切」をもとにして、そこに記された詞書を丹念に検討するものでした。結論としては、源氏集と梗概本は同じ時期に作られたのではないか、ということでした。

 質問にもあったように、絵巻や絵詞や画帖とも関連しそうで、今後とも興味深い資料です。
 また、和歌を理解するためにも梗概が必要だった、という視点も大事にしたいものです。
 本文については、諸本に異同がないそうです。少し残念なことでした。

 秋澤亙氏の「『谷崎源氏』の中の玉上琢彌―國學院大學蔵「『潤一郎新訳 源氏物語』自筆草稿」を手がかりに―」も、多くの刺激を受ける報告でした。

 谷崎の言う旧版を見直した手順と、玉上琢彌が述べる手順には違いがあります。しかし、國學院大學に残る草稿を確認する限りでは、玉上の言う方が正しいようです。これによって、谷崎訳『源氏物語』の旧訳から新訳を経て新々訳に至る過程が明らかになるのです。

 谷崎は訳を一つの作品として捉えていたので、注は入れたくなかったのです。そのことは、外部からの意見をどう聞き入れたのかを、この改稿の痕を見ていくことでわかってきます。ひいては、谷崎の現代語訳への姿勢が明らかになるのです。
 山田孝雄の書き入れを、谷崎は八割は採用し、二割は無視したようです。もっとも、この数値化は難しいので、今後のさらなる調査に待つことになります。

 玉上琢彌が具申した意見について、書き入れは第7巻「紅葉賀」から、頭注については8巻の「花宴」あたりから、谷崎は玉上を信頼し出したとの指摘がありました。しかし、これも単純なカウントによるものなので、今後に待ちたいと思います。

 質問でわかったことによると、愛蔵版での訳文の変更もあったようです。谷崎訳『源氏物語』は、まさにこれからその制作の経緯が明らかになると言えるでしょう。
 その意味では、今回の報告でこの段階での数値化は、発表者も言うように多分に無理のあるものでした。発表のためのグラフ表示になっていたからです。資料をどう調査し、どのように整理して報告するかは、今後の大きな課題でしょう。当面は、資料紹介と調査報告に徹した方がいいように思います。

 現在、谷崎の新々訳『源氏物語』を通読しています。そろそろ終わろうとしているところです。その訳文の舞台裏を、こうしてドラマの台本ができる過程を追体験するようにして楽しめるのです。ますます谷崎源氏がおもしろくなりました。
 
 
 

秋の中古文学会―2012

 快晴の秋の一日、大阪の中南部にある大阪大谷大学へ行きました。中古文学会が今日と明日、富田林市にある大阪大谷大学で開催されるのです。

 この大学は、私が和歌山県に近い関西新空港のそばにあった大阪明浄女子短期大学(現大阪観光大学)に勤務していた頃、車で通勤していたのでよくこの横を走っていました。ただし、一度も中に入ったことはありませんでした。

 また、この大学には、私が高校の教員をしていた頃に大変お世話になり、今も感謝の気持ちを忘れていない中林功先生が、校長退職後にこの大学の入試担当をなさっていました。その直前まで中林先生は、妻が勤務する高校の校長をなさっていたのです。本当に縁のある先生です。
 さらには、この大学で中世文学を担当なさっていた小林先生は、今は同僚としてご一緒に立川の国文学研究資料館で仕事を共にしています。
 今回、中古文学会の開催校を引き受けたのが、この大学で中心的な存在となって活躍している浅尾広良君であり、彼は國學院大學の後輩なのです。
 まだあります。ある先生から電話があり、この大学に行かないかというお誘いがありました。しかし、私が大阪明浄女子短期大学に就職したばかりの年だったので、すぐに移ることもできない事情を話して、折角のありがたいお話をお断りしたことがあるのです。
 何とも、重ね重ね縁のある大学です。

 さて、滝谷不動駅に着いてから、ご一緒だった伊井春樹先生がお昼をどこで食べよう、とおっしゃいました。確かに、この小さい駅前には食事をするところはありません。一軒だけたこ焼き屋さんがあったので、ここしかないということで入りました。
 
 
 

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 伊井先生とは世界各地をお供した関係で、いろいろなレストランで食事をご一緒しました。しかし、ご一緒にたこ焼きというのは初めてです。たこ焼きは、6個で240円でした。
 取り敢えずお腹を満たした後、狭い道を縫って大学へと急ぎました。
 
 
 
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 開会後すぐに、第5回中古文学会賞授賞式がありました。今回の受賞者は、大津直子さんでした。彼女はこれまた私の後輩で、現在は日本学術振興会の特別研究員をしています。谷崎潤一郎の源氏物語訳の自筆原稿を整理していることに関して、私が特にその成果を期待している若手です。こうした賞を受賞したことにより、ますます活躍の幅を広げることに期待したいと思います。

 研究発表については、私が何かコメントできるとものはありませんでした。
 何か記すとすれば、活字校訂本文である『新編日本古典文学全集』(小学館)の『源氏物語』を引き、当該箇所に「別本」として異文を揚げて発表された方がいらっしゃいました。しかし、何を別本とするのかの説明もなく、しかも異文を掲載するにあたって、それがどこの何を引いたのかも明示されていません。異文の扱いが疎かだな、という感想を持ちました。これが『源氏物語』の本文を大事にしていない実態かと思うと、物語本文に対する意識の低さにガッカリしました。。

 休憩時間には、たくさんの先生方と言葉を交わし、慌ただしく今後のことなどの打ち合わせをしました。学会は、貴重な情報交換の場なのです。人と会って直接話をすることを、私は大事にしています。

 今日は、秋田から義兄と義姉が上洛されることもあり、懇親会は失礼して、少し早めに会場を出ました。
 
 
 

2012年11月 3日 (土)

投稿2千件一覧(5終)〈情報化/国際交流/NPO〉

 本ブログは、2000件目の記念すべき投稿となりました。
 これまでの記事を項目別に5つに分類し、その題目が一覧できるように整理した第5弾であり、最終回です。
 これらのリンクをたどって、また折々にご笑覧いただければ幸いです。

 今回は、〈8-情報化社会/9.0-国際交流/9.1-NPO〉に関する記事の一覧です。
 ここで中心となる「国際交流」というカテゴリーは、その内容にさまざまな要素が含まれます。一意に仕分けることが難しく、分類種別が混在していることをご了承ください。それらは、またいずれ整理します。
 
 
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【8-情報化社会】

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【8-情報化社会】「投稿2千件一覧(5終)〈情報化/国際交流/NPO〉」(2012/11/3)
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【8-情報化社会】「投稿2千件一覧(4)〈身辺雑記/回想/心身/美味〉」(2012/11/2)
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【8-情報化社会】「アクセス数が「333,333」になる」(2012/11/1)
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【8-情報化社会】「投稿2千件一覧(3)〈ブラリ/京洛逍遥/古都/江戸/銀座〉」(2012/10/31)
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【8-情報化社会】「投稿2千件一覧(2)〈読書/井上靖/藤田/谷崎/吉行/池田〉」(2012/10/30)
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【8-情報化社会】「投稿2千件一覧(1)〈古典文学/源氏物語〉」(2012/10/29)
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【8-情報化社会】「自分の名前の漢字表記でまたもや面倒なことに」(2012/10/5)
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【8-情報化社会】「iPhoneが発する青色光から眼を守るフイルム」(2012/9/3)
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【8-情報化社会】「津波被災文書の救助復旧活動と実演」(2012/6/13)
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【8-情報化社会】「授業(4)エバーノート活用法」(2012/5/11)
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【8-情報化社会】「ウルトラサイン(五十音表)について」(2012/5/7)
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【8-情報化社会】「新聞に写真が載ったこと」(2012/5/6)
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【8-情報化社会】「電動式ひらがなタイプライタの資料」(2012/5/2)
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【8-情報化社会】「授業(3)LAN・共有・エバーノート・翻訳・ヒカリエ」(2012/4/27)
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【8-情報化社会】「ポケットWi-Fiが使えなかった理由が判明」(2012/4/20)
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【8-情報化社会】「突然つながったソフトバンクのポケットWi-Fi」(2012/4/14)
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【8-情報化社会】「科研の報告書に製本ミスが見つかる」(2012/4/7)
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【8-情報化社会】「自宅の無線LANが不調で庵の生活に危機が」(2012/2/12)
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【8-情報化社会】「再録(10)発車後の新幹線の指定席を発券されたこと」(2012/1/30)
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【8-情報化社会】「雑誌と切り抜きの整理」(2012/1/27)
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【8-情報化社会】「再録(9)経験から得た知識は重い」(2012/1/20)
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【8-情報化社会】「今年の年賀状で迷惑をかけたこと」(2012/1/12)
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【8-情報化社会】「「まばたき」でパスワードを入力したい」(2012/1/10)
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【8-情報化社会】「30年前のパソコン用・漢字ワープロ情報」(2011/12/25)
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【8-情報化社会】「1981年の雑誌に見られる「パーコン」」(2011/12/24)
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【8-情報化社会】「復刊〈へぐり通信〉第5号(昭和63年2月)」(2011/12/13)
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【8-情報化社会】「復刊〈へぐり通信〉第4号(昭和62年8月)」(2011/12/12)
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【8-情報化社会】「タヌキのキンタマから日本文化が見えた?」(2011/12/11)
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【8-情報化社会】「復刊〈へぐり通信〉第3号(昭和62年4月)」(2011/12/8)
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【8-情報化社会】「復刊〈へぐり通信〉第2号(昭和62年4月)」(2011/12/6)
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【8-情報化社会】「復刊〈へぐり通信〉創刊号(昭和62年2月)」(2011/12/5)
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【8-情報化社会】「【復元】26年目にして痛恨の失態」(2011/10/26)
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【8-情報化社会】「スティーブ・ジョブズの死と雑誌の特別付録」(2011/10/6)
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【8-情報化社会】「【復元】プレゼンテーションのためのiPod」(2011/10/5)
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【8-情報化社会】「ウェブ版「異文校合ツール」の設置場所アドレス変更」(2011/9/6)
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【8-情報化社会】「マック版日本語入力「ATOK2011」で不具合発生」(2011/8/9)
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【8-情報化社会】「JISカナ・キーボードの存続が危うい」(2011/7/24)
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【8-情報化社会】「未完成品ながらも期待したくなる「pogoplug」」(2011/6/6)
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【8-情報化社会】「何を今更「電磁波」と「発がん性」の認定」(2011/6/1)
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【8-情報化社会】「【復元】インドにもアップル製品が」(2011/5/31)
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【8-情報化社会】「無用の長物と化している iPad」(2011/5/13)
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【8-情報化社会】「【復元】回転寿司屋探しでカーナビの不具合発見」(2011/4/25)
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【8-情報化社会】「【復元】携帯電話の電磁波を調査すべし」(2011/4/20)
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【8-情報化社会】「【復元】磁気や電磁波の恐ろしさ」(2011/4/19)
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【8-情報化社会】「アップルのAC電源アダプタが発火」(2011/4/14)
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【8-情報化社会】「キャッシングの返済が大変」(2011/3/4)
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【8-情報化社会】「職場のメールアドレスを廃止しました」(2011/3/2)
_____
【8-情報化社会】「与謝野晶子デジタル化の報道資料提供」(2011/2/9)
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【8-情報化社会】「【復元】36歌仙絵にまつわるマナーのこと」(2011/1/11)
_____
【8-情報化社会】「2年分の京都新聞をまとめ読み」(2010/11/10)
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【8-情報化社会】「やっと届いた iPhone4はB級品」(2010/10/6)
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【8-情報化社会】「秋晴れの京都で研究会と学会」(2010/10/2)
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【8-情報化社会】「店頭で手渡された iPhone4が初期不良品」(2010/10/1)
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【8-情報化社会】「25年越しの仲間とのデータベース談義」(2010/8/17)
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【8-情報化社会】「消失したブログの見出しリスト」(2010/7/8)
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【8-情報化社会】「欠陥品だったACアダプタ」(2010/7/4)
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【8-情報化社会】「年収証明書類を送っても受領の連絡がないこと」(2010/7/1)
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【8-情報化社会】「【復元】こんな不在者投票でいいのでしょうか?」(2010/6/23)
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【8-情報化社会】「無償交換品がまたまた不良品」(2010/6/12)
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【8-情報化社会】「【復元】選挙制度への疑問」(2010/6/10)
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【8-情報化社会】「無償交換品も不良品だった」(2010/6/1)
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【8-情報化社会】「【復元】またまた欠陥商品」(2010/5/31)
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【8-情報化社会】「本屋で本が見つけられない」(2010/5/26)
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【8-情報化社会】「太田敦子著『源氏物語 姫君のふるまい』は電子本が相応しい」(2010/5/24)
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【8-情報化社会】「現代社会での漢字表記の重み」(2010/5/21)
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【8-情報化社会】「【復元】縦書き & 横書き」(2010/4/21)
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【8-情報化社会】「転々として消失したブログの復元」(2010/4/19)
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【8-情報化社会】「モニタ用ケーブルが断線」(2010/4/18)
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【8-情報化社会】「与謝野晶子自筆原稿の画像を見るために」(2010/3/4)
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【8-情報化社会】「スパムメールの猛威」(2009/12/30)
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【8-情報化社会】「再録(8)海外のゲーム事情〈1997.9.8〉」(2009/12/2)
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【8-情報化社会】「再録(7)続・雷の悪戯〈1997.8.17〉」(2009/11/18)
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【8-情報化社会】「再録(6)文明の利器と雷の悪戯〈1997.8.8〉」(2009/10/28)
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【8-情報化社会】「再録(5)固定電話の不思議〈1996.7.24〉」(2009/10/27)
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【8-情報化社会】「再録(4)インターネット導入の頃〈1996.7.19〉」(2009/10/26)
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【8-情報化社会】「再録(3)インターネット以前の奮闘劇〈1997.2.13〉」(2009/10/25)
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【8-情報化社会】「再録(2)初期のインターネット事情〈1996.10.7〉」(2009/10/24)
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【8-情報化社会】「専門家でも知らないことがあるものです」(2009/8/1)
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【8-情報化社会】「当たり外れを左右する選別の眼」(2009/7/27)
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【8-情報化社会】「リコール対象商品だったソニーのデジカメ」(2009/7/25)
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【8-情報化社会】「初めてiPhoneでブログを書く」(2008/8/7)
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【8-情報化社会】「iPhoneで遊ぶ」(2008/8/5)
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【9.0-国際交流】

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【9.0-国際交流】「「ちょこっとイギリスだより 最終回」by川内」(2012/10/19)
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【9.0-国際交流】「コーツ先生のお点前をいただく」(2012/10/15)
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【9.0-国際交流】「コーツ先生を宇治にご案内して」(2012/10/14)
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【9.0-国際交流】「オルシ先生のイタリア語訳『源氏物語』の書評」(2012/10/13)
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【9.0-国際交流】「「ちょこっとイギリスだよりNo.5」by川内」(2012/9/28)
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【9.0-国際交流】「「ちょこっとイギリスだよりNo.4」by川内」(2012/9/27)
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【9.0-国際交流】「帰国の機内食も糖尿病食でした」(2012/9/26)
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【9.0-国際交流】「心地よい熱気が残った国際研究集会」(2012/9/25)
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【9.0-国際交流】「オルシ先生のイタリア語訳『源氏物語』を入手」(2012/9/24)
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【9.0-国際交流】「フィレンツェの新たなお寿司屋さん」(2012/9/24)
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【9.0-国際交流】「国文研・イタリア共同シンポジウム」(2012/9/23)
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【9.0-国際交流】「さっそく懇親会での出会いから」(2012/9/23)
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【9.0-国際交流】「ウフィッツィとピッティの2つの美術館」(2012/9/23)
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【9.0-国際交流】「フィレンツェの夜を散策」(2012/9/22)
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【9.0-国際交流】「パリ行きの機内で食べた糖尿病食」(2012/9/22)
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【9.0-国際交流】「機内で見た3本目の映画「天と地と」」(2012/9/21)
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【9.0-国際交流】「機内で見た2本目の映画「テルマエ・ロマエ」」(2012/9/21)
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【9.0-国際交流】「機内で映画を3本観てパリへ」(2012/9/21)
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【9.0-国際交流】「フィレンツェへの旅立ち」(2012/9/20)
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【9.0-国際交流】「「ちょこっとイギリスだより No.3」by川内」(2012/9/19)
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【9.0-国際交流】「フィレンツェで開催される国際集会の[予稿集(完成版)]の公開」(2012/9/18)
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【9.0-国際交流】「フィレンツェでの国際集会の予稿集を公開」(2012/9/14)
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【9.0-国際交流】「「ちょこっとイギリスだより No.2」by川内」(2012/9/13)
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【9.0-国際交流】「「ちょこっとイギリスだより No.1」by川内」(2012/9/12)
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【9.0-国際交流】「追伸・フィレンツェでのもう一つの研究集会」(2012/9/11)
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【9.0-国際交流】「イタリアでの国際研究集会(案内)」(2012/9/10)
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【9.0-国際交流】「授業(14)日本文学の用語解説集を構築すること」(2012/7/20)
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【9.0-国際交流】「授業(13)翻訳史とグロッサリー集」(2012/7/13)
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【9.0-国際交流】「牛歩のごとき『十帖源氏』の現代語訳」(2012/7/12)
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【9.0-国際交流】「授業(12)国際文化交流と翻訳史」(2012/7/6)
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【9.0-国際交流】「授業(11)インドの先生の参加を得て」(2012/6/29)
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【9.0-国際交流】「イタリアの多彩な日本文学研究者」(2012/6/28)
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【9.0-国際交流】「来日中のインドの先生と大学院生の研究発表」(2012/6/24)
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【9.0-国際交流】「授業(10)海外における日本文学教育と日本語教育」(2012/6/23)
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【9.0-国際交流】「『十帖源氏』を多国語翻訳するための準備」(2012/6/22)
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【9.0-国際交流】「キーン先生と伊井先生の対談に陪席して」(2012/6/20)
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【9.0-国際交流】「授業(9)演劇の翻訳とヒンディー文学の日本語訳」(2012/6/15)
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【9.0-国際交流】「授業(8)文学の翻訳から異文化理解に及ぶ」(2012/6/8)
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【9.0-国際交流】「インドからの留学生とカレーを食べる」(2012/6/6)
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【9.0-国際交流】「授業(7)平安文学の翻訳本と女性の功績」(2012/6/2)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-11)最終日はタクシーで移動」(2012/6/1)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-10)デリー市内散策とコンサート」(2012/5/31)
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【9.0-国際交流】「国際日本文学研究集会で研究発表者を募集中」(2012/5/21)
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【9.0-国際交流】「授業(5)翻訳の役割」(2012/5/18)
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【9.0-国際交流】「『インド国際日本文学研究集会の記録』が出来ました」(2012/4/5)
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【9.0-国際交流】「コーニツキ先生の大きな夢」(2012/3/27)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-9)インド語訳『源氏』を知った最初」(2012/2/28)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-8)国際集会での英語について考える」(2012/2/27)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-7)池に不思議な乳白色の液体が」(2012/2/26)
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【9.0-国際交流】「インドの学生さんたちとの懇談」(2012/2/23)
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【9.0-国際交流】「第7回インド国際日本文学研究集会」(2012/2/20)
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【9.0-国際交流】「牛が忽然と目の前から消えてしまったこと」(2012/2/19)
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【9.0-国際交流】「機内食で糖質制限食」(2012/2/17)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-5)タクシーの運転手をどこまで信用するか」(2012/2/10)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-4)3階しかない書店のエレベータのボタン」(2012/2/9)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-3)電子音楽を聞く修行者に会う」(2012/2/8)
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【9.0-国際交流】「インドでのメモ(2002-2)ソーナ温泉へ巡礼」(2012/2/6)
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【9.0-国際交流】「イギリス経由でインドへ行った時のメモ出現」(2012/2/5)
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【9.0-国際交流】「インドビザの申請に行って」(2012/2/4)
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【9.0-国際交流】「『十帖源氏』のヒンディー語訳がスタート」(2012/2/3)
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【9.0-国際交流】「インドに関する拙文一覧」(2012/1/21)
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【9.0-国際交流】「海外における鴨長明の翻訳本リスト」(2012/1/4)
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【9.0-国際交流】「中国語訳『源氏物語』の林文月版(簡体字)入手」(2011/12/14)
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【9.0-国際交流】「書物の「奥付」とは何か?」(2011/11/16)
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【9.0-国際交流】「インド古典舞踊発表会2011」(2011/11/4)
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【9.0-国際交流】「翻訳に関する新聞記事から思うこと」(2011/10/23)
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【9.0-国際交流】「新しいポルトガル語訳『源氏物語』入手」(2011/10/22)
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【9.0-国際交流】「リトアニア語訳『源氏物語』が届きました」(2011/9/25)
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【9.0-国際交流】「ポルトガル語訳『源氏物語』が届きました」(2011/9/4)
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【9.0-国際交流】「千代田図書館の内田嘉吉文庫のこと」(2011/8/27)
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【9.0-国際交流】「インドからの報告」(2011/8/19)
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【9.0-国際交流】「66年目の原爆の日」(2011/8/6)
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【9.0-国際交流】「明治27年刊行の末松訳『源氏』に関する訂正」(2011/7/25)
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【9.0-国際交流】「千代田図書館蔵古書目録の中の英訳『源氏物語』(1)」(2011/7/22)
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【9.0-国際交流】「多言語翻訳のための『十帖源氏 末摘花』の資料公開」(2011/6/12)
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【9.0-国際交流】「【復元】インドこぼれ話 2006年」(2011/6/10)
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【9.0-国際交流】「【復元】バラナシでの爆発騒動」(2011/5/30)
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【9.0-国際交流】「【復元】いろいろな色を塗りまくる人々」(2011/5/23)
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【9.0-国際交流】「【復元】チャイを毎日こぼす少年」(2011/5/22)
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【9.0-国際交流】「【復元】デリーの古本屋で」(2011/5/20)
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【9.0-国際交流】「【復元】春先の蚊に悩まされたデリー」(2011/5/18)
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【9.0-国際交流】「【復元】とにかくおもしろいインドと日本に関する一冊」(2011/5/15)
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【9.0-国際交流】「【復元】腹痛で始まったインド行き」(2011/5/14)
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【9.0-国際交流】「【復元】モスクワの旅(5)」(2011/4/13)
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【9.0-国際交流】「【復元】モスクワの旅(4)」(2011/4/12)
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【9.0-国際交流】「【復元】モスクワの旅(3)」(2011/4/5)
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【9.0-国際交流】「【復元】モスクワの旅(2)」(2011/4/4)
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【9.0-国際交流】「【復元】モスクワの旅(1)」(2011/3/30)
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【9.0-国際交流】「フランスで震災支援活動を続ける娘のこと」(2011/3/23)
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【9.0-国際交流】「エジプト・カイロの最新情報」(2011/2/28)
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【9.0-国際交流】「インドで思ったこと」(2011/2/24)
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【9.0-国際交流】「ネルー大学から空港へ」(2011/2/23)
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【9.0-国際交流】「朝日を拝む」(2011/2/22)
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【9.0-国際交流】「盛会だった第6回〈インド日本文学会〉」(2011/2/22)
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【9.0-国際交流】「オールドデリー散策と結婚式」(2011/2/21)
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【9.0-国際交流】「デリーの地下鉄」(2011/2/21)
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【9.0-国際交流】「慎重になったざくろジュース」(2011/2/20)
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【9.0-国際交流】「インドからの通信に手こずっています」(2011/2/20)
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【9.0-国際交流】「かつてのデリーを懐かしむ気持ち」(2011/2/19)
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【9.0-国際交流】「大雨の中を成田へ」(2011/2/18)
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【9.0-国際交流】「【復元】地球のお荷物「アメリカ」」(2011/2/16)
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【9.0-国際交流】「〈第6回 インド日本文学会〉のご案内」(2011/2/15)
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【9.0-国際交流】「イタリア語訳『源氏物語』完成を祝して」(2011/2/14)
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【9.0-国際交流】「拙文の偏見に対する批判に納得」(2011/2/11)
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【9.0-国際交流】「ポーランドの源氏物語研究」(2011/2/10)
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【9.0-国際交流】「【復元】人との出会いの背景にあるもの」(2011/2/3)
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【9.0-国際交流】「【復元】カイロの握り寿司」(2011/2/2)
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【9.0-国際交流】「【復元】エジプト・カイロと日本文学との接点を求めて」(2011/2/1)
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【9.0-国際交流】「【復元】飛行機にアルコール類がないエジプト航空」(2011/1/31)
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【9.0-国際交流】「時差ボケに苦しむ」(2011/1/29)
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【9.0-国際交流】「在英源氏画帖に関する続報」(2011/1/28)
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【9.0-国際交流】「ワシントンを発つ前に」(2011/1/27)
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【9.0-国際交流】「議会図書館のラウンジのお寿司」(2011/1/26)
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【9.0-国際交流】「貧困なる精神の空港職員」(2011/1/25)
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【9.0-国際交流】「アップルストア巡礼記 in ボストン」(2011/1/24)
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【9.0-国際交流】「ボストンとリヨンの満月」(2011/1/23)
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【9.0-国際交流】「雪に埋もれたハーバード大学で」(2011/1/22)
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【9.0-国際交流】「映画「ソーシャル ネットワーク」を観て」(2011/1/21)
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【9.0-国際交流】「慌ただしく成田へ」(2011/1/20)
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【9.0-国際交流】「海外旅行の持ち物リスト第15版」(2011/1/19)
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【9.0-国際交流】「【復元】もう乗りたくないユナイテッド航空」(2011/1/14)
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【9.0-国際交流】「【復元】ハーバード大学の寿司」(2011/1/13)
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【9.0-国際交流】「【復元】成田空港とバージニア大学の寿司」(2011/1/12)
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【9.0-国際交流】「在英国・源氏物語画帖に関する情報公開」(2011/1/10)
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【9.0-国際交流】「【復元】ウサギの会での干支の話」(2011/1/4)
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【9.0-国際交流】「フランスから届いた「すし水」」(2010/12/19)
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【9.0-国際交流】「インドからの留学生を預かって」(2010/12/1)
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【9.0-国際交流】「第34回 国際日本文学研究集会—職場復帰報告」(2010/11/29)
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【9.0-国際交流】「ポーランド語訳『源氏物語』の新情報」(2010/11/20)
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【9.0-国際交流】「娘からのフランス便り」(2010/11/15)
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【9.0-国際交流】「APEC のホームページの英訳完成」(2010/8/27)
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【9.0-国際交流】「ハンガリー語訳『源氏物語』の訳者から届いた回顧談」(2010/8/26)
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【9.0-国際交流】「パンジャビ語訳『源氏物語』との取り組み」(2010/8/9)
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【9.0-国際交流】「最近刊行された2種類の英訳『源氏物語』」(2010/8/7)
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【9.0-国際交流】「アッサム語訳『源氏物語』落掌」(2010/8/5)
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【9.0-国際交流】「迷走する「ゆうパック」で届いたハンガリー語訳源氏」(2010/8/2)
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【9.0-国際交流】「雨男キーン先生とポルトガル語訳『源氏』」(2010/7/9)
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【9.0-国際交流】「朴光華先生のハングル訳『源氏物語』」(2010/7/5)
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【9.0-国際交流】「ハンガリー語訳『源氏物語』の新情報が届く」(2010/7/3)
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【9.0-国際交流】「マラヤラム語訳『源氏物語』を入手」(2010/6/30)
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【9.0-国際交流】「【復元】好きな街、思い出の街」(2010/6/27)
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【9.0-国際交流】「【復元】ドバイに不時着した娘、イスタンブールで放置された私」(2010/5/30)
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【9.0-国際交流】「『源氏物語』のスロヴェニア語訳とセルビア語訳」(2010/5/27)
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【9.0-国際交流】「【復元】ワーストワンのトルコ航空」(2010/5/14)
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【9.0-国際交流】「「過ちは繰返しませぬ」とは?」(2010/3/9)
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【9.0-国際交流】「異文化間での行き違い」(2010/3/3)
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【9.0-国際交流】「上場廃止となった日航のこと」(2010/2/24)
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【9.0-国際交流】「海外に持ち出した資料の隔離」(2010/2/17)
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【9.0-国際交流】「インドを旅しての院生の感想」(2010/2/16)
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【9.0-国際交流】「搭乗券なしでもインドから日本へ帰国可能なJAL」(2010/2/15)
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【9.0-国際交流】「〈第5回 インド日本文学会〉2日目」(2010/2/14)
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【9.0-国際交流】「6年ぶりにインドで再会」(2010/2/14)
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【9.0-国際交流】「第5回〈インド日本文学会〉の初日」(2010/2/13)
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【9.0-国際交流】「インドの日本語日本文学の教育現場で」(2010/2/12)
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【9.0-国際交流】「結婚披露会場に立ち寄ってコーヒーを飲む」(2010/2/11)
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【9.0-国際交流】「急遽ベジタリアンになる」(2010/2/10)
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【9.0-国際交流】「お寿司にありついて日本出国」(2010/2/10)
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【9.0-国際交流】「またも珍妙な成田行き」(2010/2/9)
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【9.0-国際交流】「新聞が廃止になった帰路のANA」(2010/1/31)
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【9.0-国際交流】「ワシントンの中の日本」(2010/1/30)
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【9.0-国際交流】「米国議会図書館での調査」(2010/1/29)
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【9.0-国際交流】「ワシントンのお寿司(3)」(2010/1/29)
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【9.0-国際交流】「面倒な地下鉄の乗り方」(2010/1/29)
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【9.0-国際交流】「ワシントンのお寿司(2)」(2010/1/28)
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【9.0-国際交流】「議会図書館での調査開始」(2010/1/27)
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【9.0-国際交流】「ワシントンのお寿司(1)」(2010/1/26)
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【9.0-国際交流】「米国と文化について考える」(2010/1/25)
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【9.0-国際交流】「仁川空港のウォーキング大会」(2010/1/23)
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【9.0-国際交流】「山岳寺院と宮殿博物館と写本文化」(2010/1/22)
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【9.0-国際交流】「モザイク壁画の前に佇んで」(2010/1/21)
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【9.0-国際交流】「在モンゴル日本大使と『源氏物語』」(2010/1/20)
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【9.0-国際交流】「モンゴルの食事と買い物メモより」(2010/1/19)
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【9.0-国際交流】「モンゴルでの日本語教室に参加」(2010/1/18)
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【9.0-国際交流】「亡父の代わりに日本人墓地跡へ」(2010/1/17)
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【9.0-国際交流】「モンゴル相撲観戦記」(2010/1/17)
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【9.0-国際交流】「チンギス・ハーン像に上る」(2010/1/16)
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【9.0-国際交流】「読み継がれる日本センターの本たち」(2010/1/15)
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【9.0-国際交流】「ガンダン寺の開眼観音」(2010/1/14)
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【9.0-国際交流】「大相撲解説者トゥムルバートルさん」(2010/1/14)
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【9.0-国際交流】「ホテルの部屋からの通信は断念」(2010/1/12)
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【9.0-国際交流】「雪の中のゲルを訪問し馬に乗る」(2010/1/12)
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【9.0-国際交流】「ウランバートルの街を予習する」(2010/1/11)
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【9.0-国際交流】「初外出で眼鏡が曇りさらに転倒」(2010/1/10)
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【9.0-国際交流】「マイナス34度のウランバートルに到着」(2010/1/10)
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【9.0-国際交流】「あえて仕事を作っていた仁川空港」(2010/1/9)
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【9.0-国際交流】「最悪の経路で成田へ」(2010/1/8)
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【9.0-国際交流】「モンゴル行きの準備開始」(2009/12/3)
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【9.0-国際交流】「成田空港でインドに関して打合せ」(2009/12/1)
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【9.0-国際交流】「インドからのお客様を小林茂美先生宅へ」(2009/11/29)
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【9.0-国際交流】「時計と時間を考える(3)」(2009/11/25)
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【9.0-国際交流】「時計と時間を考える(2)」(2009/11/24)
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【9.0-国際交流】「時計と時間を考える」(2009/11/23)
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【9.0-国際交流】「英訳短歌の冊子あり?」(2009/10/4)
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【9.0-国際交流】「英国料理は高カロリー?」(2009/9/27)
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【9.0-国際交流】「機内で見た映画2本」(2009/9/26)
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【9.0-国際交流】「ロンドンの最後は回転寿司で」(2009/9/25)
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【9.0-国際交流】「花とオブジェのカレッジを散策」(2009/9/24)
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【9.0-国際交流】「ケンブリッジでの国際研究集会」(2009/9/23)
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【9.0-国際交流】「ケンブリッジ行き電車がストライキ」(2009/9/22)
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【9.0-国際交流】「寒かったホテルの部屋」(2009/9/21)
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【9.0-国際交流】「偶然に出くわした珍しい瞬間」(2009/9/21)
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【9.0-国際交流】「ハリーポッターのカートが移動」(2009/9/20)
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【9.0-国際交流】「ロンドンで回転寿司を楽しむ」(2009/9/19)
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【9.0-国際交流】「ヨーロッパにある日本の古典籍など」(2009/9/18)
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【9.0-国際交流】「英国ノーリッジ到着」(2009/9/17)
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【9.0-国際交流】「成田離陸までの予期せぬ事態」(2009/9/16)
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【9.0-国際交流】「海外へ出かける直前の荷造り」(2009/9/15)
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【9.0-国際交流】「ケンブリッジ版「横断する日本文学」の配布資料」(2009/9/13)
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【9.0-国際交流】「EAJRSで紹介されました」(2009/9/7)
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【9.0-国際交流】「英国での研究集会のポスター完成」(2009/8/30)
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【9.0-国際交流】「国際研究集会・横断する日本文学」(2009/8/5)
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【9.0-国際交流】「インドにおける知的財産」(2009/7/17)
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【9.0-国際交流】「カイロのお役人さんのお話」(2009/7/10)
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【9.0-国際交流】「インド人留学生の眼(5)4日のテレビに登場?」(2009/4/3)
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【9.0-国際交流】「『家庭画報 国際版』に源氏翻訳本の記事」(2009/4/2)
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【9.0-国際交流】「インド人留学生の眼(4)「よ〜し、インド留学決まったぞ」」(2009/4/1)
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【9.0-国際交流】「「欧州所在日本古書総合目録」で原本画像を公開」(2009/3/31)
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【9.0-国際交流】「クマール君が審査員特別賞を受賞」(2009/3/20)
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【9.0-国際交流】「接客の基本を忘れたアリタリア航空」(2009/3/16)
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【9.0-国際交流】「血糖値の管理」(2009/3/15)
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【9.0-国際交流】「携帯電話で起こされる」(2009/3/15)
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【9.0-国際交流】「ホテルマンとハイタッチ」(2009/3/15)
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【9.0-国際交流】「イタリア語に訳された日本古典文学」(2009/3/14)
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【9.0-国際交流】「おしゃれなローマ大学」(2009/3/14)
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【9.0-国際交流】「フィレンツェの満月とお寿司」(2009/3/13)
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【9.0-国際交流】「アルノ川の夕焼けと蔀戸」(2009/3/13)
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【9.0-国際交流】「親子3代の似顔絵を描いたおじさん」(2009/3/13)
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【9.0-国際交流】「フィレンツェ大学の中へ」(2009/3/13)
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【9.0-国際交流】「駅のホームの自動販売機」(2009/3/13)
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【9.0-国際交流】「橋でつないだ街が抱える問題」(2009/3/12)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィア大学周辺」(2009/3/11)
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【9.0-国際交流】「ローマ空港で待ちぼうけ」(2009/3/10)
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【9.0-国際交流】「大らかなアリタリア航空の客室」(2009/3/10)
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【9.0-国際交流】「伽羅の香りの水」(2009/3/8)
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【9.0-国際交流】「ナント80GのUSBメモリー」(2009/3/7)
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【9.0-国際交流】「デリーの空港が大変身」(2009/3/6)
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【9.0-国際交流】「慌ただしい帰国の準備」(2009/3/6)
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【9.0-国際交流】「ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見」(2009/3/5)
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【9.0-国際交流】「デリーの停電」(2009/3/4)
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【9.0-国際交流】「デリー大学で学生と交流」(2009/3/3)
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【9.0-国際交流】「ジュースで栄養補給」(2009/3/2)
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【9.0-国際交流】「■夜中の結婚式」(2009/3/1)
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【9.0-国際交流】「■インドの匂い」(2009/3/1)
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【9.0-国際交流】「●映画『私は貝になりたい』」(2009/3/1)
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【9.0-国際交流】「●出発間際のトラブル(3)」(2009/3/1)
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【9.0-国際交流】「●出発間際のトラブル(2)」(2009/3/1)
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【9.0-国際交流】「出発間際のトラブル(1)」(2009/3/1)
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【9.0-国際交流】「時間と空間を移動する」(2009/2/27)
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【9.0-国際交流】「時差ぼけの不思議」(2009/2/23)
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【9.0-国際交流】「先入観で見てはいけないインド」(2009/2/21)
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【9.0-国際交流】「ロンドン・パリ間が2時間」(2009/2/18)
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【9.0-国際交流】「ロンドンの回転寿司」(2009/2/17)
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【9.0-国際交流】「壁に取り付けられたハリポタのカート」(2009/2/17)
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【9.0-国際交流】「800年を祝うケンブリッジ大学」(2009/2/17)
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【9.0-国際交流】「ケンブリッジの1日 突然雪に」(2009/2/13)
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【9.0-国際交流】「英国への機中で」(2009/2/12)
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【9.0-国際交流】「マンガ『源氏物語』のタイ語訳」(2009/2/9)
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【9.0-国際交流】「モンゴル語訳『源氏物語』」(2009/2/5)
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【9.0-国際交流】「ハングル訳『源氏物語』その後」(2009/1/28)
_____
【9.0-国際交流】「インド人留学生の眼(3)「年末に実家で考えたこと」」(2009/1/26)
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【9.0-国際交流】「『源氏物語』の翻訳状況」(2009/1/24)
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【9.0-国際交流】「タイ語訳『源氏物語』がないこと」(2009/1/23)
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【9.0-国際交流】「ハングル訳『源氏物語』の不確かな情報」(2009/1/18)
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【9.0-国際交流】「各国語訳『源氏物語』の最新情報」(2008/12/20)
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【9.0-国際交流】「インド人留学生の眼(2)「日本の常識の不思議」」(2008/12/3)
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【9.0-国際交流】「ハーバード(8)機体不良で離陸延期」(2008/11/25)
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【9.0-国際交流】「ハーバード(7)おもしろい本たち」(2008/11/23)
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【9.0-国際交流】「ハーバード(6)古写本『源氏物語』2冊」(2008/11/23)
_____
【9.0-国際交流】「ハーバード(5)初日の報告」(2008/11/22)
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【9.0-国際交流】「ハーバード(4)寿司屋が新規開店」(2008/11/21)
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【9.0-国際交流】「ハーバード(3)明け方の電話とメール」(2008/11/20)
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【9.0-国際交流】「ハーバード(2)朝日新聞を見る」(2008/11/20)
_____
【9.0-国際交流】「ハーバード(1)寒さに震える」(2008/11/20)
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【9.0-国際交流】「インド人留学生の眼(1)日本人はシャイか?」(2008/11/18)
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【9.0-国際交流】「英語の短歌を読む」(2008/11/13)
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【9.0-国際交流】「突然の日本通訳協会の閉鎖で検定試験中止」(2008/11/8)
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【9.0-国際交流】「続・英国からの朗報」(2008/11/5)
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【9.0-国際交流】「英国からの朗報」(2008/11/5)
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【9.0-国際交流】「地球文学の講演」(2008/10/12)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(9)帰路の機内サービス」(2008/9/15)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(8)マドンナ」(2008/9/14)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(7)イタリア本」(2008/9/14)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(6)点描」(2008/9/13)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(5)国際学会」(2008/9/12)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(4)深夜のこむら返り」(2008/9/11)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(3)光起の画帖」(2008/9/10)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(2)ネットの功罪」(2008/9/10)
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【9.0-国際交流】「ヴェネツィアから(1)機内での映画」(2008/9/9)
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【9.0-国際交流】「政局混迷の中を参議院へ行く」(2008/9/3)
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【9.0-国際交流】「イタリアで源氏物語の集会」(2008/8/20)
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【9.0-国際交流】「原爆は必要だったと強弁する駐日米国大使」(2008/8/3)
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【9.0-国際交流】「ハーバード大学での国際研究集会」(2008/7/29)
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【9.0-国際交流】「海外での食事の影響」(2008/6/20)
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【9.0-国際交流】「またもやKLMに失望」(2008/6/19)
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【9.0-国際交流】「ヘレンという男」(2008/6/18)
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【9.0-国際交流】「ライデンの市街にある日本」(2008/6/17)
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【9.0-国際交流】「ライデンの月光」(2008/6/16)
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【9.0-国際交流】「夜でも明るいライデン」(2008/6/15)
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【9.0-国際交流】「オランダのライデンから第一報」(2008/6/14)
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【9.0-国際交流】「テルグ語訳とフィンランド語訳『源氏物語』」(2008/2/18)
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【9.0-国際交流】「アーサー・ウェイリー宅訪問記」(2008/2/16)
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【9.0-国際交流】「世界中で読まれている『源氏物語』」(2008/2/15)
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【9.0-国際交流】「中国にあるか?『源氏物語』の古写本」(2008/2/14)
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【9.0-国際交流】「海外との連絡はメールで」(2008/2/8)
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【9.0-国際交流】「72歳のアラン・ドロン」(2007/10/9)
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【9.0-国際交流】「ピカは人が落とさにゃ落ちて来ん」(2007/8/6)
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【9.0-国際交流】「ド派手な「舞妓Haaaan!!!」」(2007/7/10)
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【9.1-NPO】

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【9.1-NPO】「NPO法人の申請書類が受理されました」(2012/10/12)
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【9.1-NPO】「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の設立総会で活動内容が承認される」(2012/9/2)
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【9.1-NPO】「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を設立します」(2012/8/30)
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2012年11月 2日 (金)

投稿2千件一覧(4)〈身辺雑記/回想/心身/美味〉

 本ブログは、1999件目の投稿となります。
 これまでの記事を項目別に5つに分類し、その題目が一覧できるように整理した第4弾です。
 このリンクをたどって、また折々にご笑覧いただければ幸いです。

 今回は、〈5.0-身辺雑記/5.1-回想追憶/6-心身雑記/7-美味礼賛〉に関する記事の一覧です。
 日常周辺の雑多な話や、健康と病気の記事が中心です。
 
 
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【5.0-身辺雑記】

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【5.0-身辺雑記】「初めての長崎へ来ました」(2012/10/24)
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【5.0-身辺雑記】「今、夢を育てようとしているか」(2012/10/9)
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【5.0-身辺雑記】「「今日庵訪問」で貴重な実地実見を体験」(2012/10/6)
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【5.0-身辺雑記】「お稽古帰りに見た2筋の虹」(2012/9/17)
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【5.0-身辺雑記】「意外な原因でガステーブルの火が消える」(2012/9/6)
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【5.0-身辺雑記】「新しく我が家の一員になったメダカたち」(2012/9/5)
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【5.0-身辺雑記】「平群の里で許状をいただく」(2012/7/1)
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【5.0-身辺雑記】「婿殿が内地留学で立川に入寮」(2012/6/25)
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【5.0-身辺雑記】「雅楽の音に身を委ねながら考える」(2012/6/21)
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【5.0-身辺雑記】「マスコミで話題の被災予定地域に住んでいて」(2012/4/19)
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【5.0-身辺雑記】「送別会は前途を励まし合う場」(2012/3/29)
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【5.0-身辺雑記】「それはないぞ、と思う時(1)」(2012/3/26)
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【5.0-身辺雑記】「楽しくて美味しかった娘たちの結婚式」(2012/3/24)
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【5.0-身辺雑記】「さまざまな物を整理していて」(2012/3/21)
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【5.0-身辺雑記】「ゆらゆら揺れる釜の横でお稽古」(2012/3/18)
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【5.0-身辺雑記】「ささやかな私の地震対策」(2012/3/15)
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【5.0-身辺雑記】「楽しみな結婚式後のお茶会」(2012/3/4)
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【5.0-身辺雑記】「重たいキャリーバッグを引きずって雪中行軍」(2012/2/29)
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【5.0-身辺雑記】「お茶のお稽古で特訓を受ける」(2012/2/11)
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【5.0-身辺雑記】「【復元】釣り銭の錯乱を招いた状況」(2012/2/1)
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【5.0-身辺雑記】「庵の生活をめざして」(2012/1/31)
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【5.0-身辺雑記】「子供たちの成長を確認した1日」(2012/1/29)
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【5.0-身辺雑記】「本を処分すること」(2012/1/26)
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【5.0-身辺雑記】「極寒の夜の暖かいパーティー」(2011/12/23)
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【5.0-身辺雑記】「若手の春画と翻訳に関する研究発表を聞いて」(2011/12/10)
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【5.0-身辺雑記】「自治会や町内会での持ち回りの仕事」(2011/12/3)
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【5.0-身辺雑記】「タイトルを「鷺水亭より」と改名します」(2011/11/8)
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【5.0-身辺雑記】「大和平群での炉開き」(2011/11/3)
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【5.0-身辺雑記】「テレビドラマ『砂の器』を観て」(2011/9/12)
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【5.0-身辺雑記】「真夏のお茶のお稽古」(2011/8/8)
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【5.0-身辺雑記】「台風の中をお茶のお稽古に」(2011/7/18)
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【5.0-身辺雑記】「「戦前期の出版検閲と法制度」の講演会」(2011/7/2)
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【5.0-身辺雑記】「伊井春樹先生の古稀を祝う会」(2011/3/27)
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【5.0-身辺雑記】「京都と東京を慌ただしく往復した一日」(2011/3/14)
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【5.0-身辺雑記】「高校入試で行書体の文字を問うこと」(2011/3/5)
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【5.0-身辺雑記】「西国三十三所の朱印軸」(2011/2/26)
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【5.0-身辺雑記】「今でもデタラメな佐川急便」(2011/1/18)
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【5.0-身辺雑記】「【復元】入金中の銀行ATMが突然操作不能に」(2011/1/15)
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【5.0-身辺雑記】「図書館でのペットボトル」(2010/12/17)
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【5.0-身辺雑記】「テレビドラマ『球形の荒野』(後編)を観て」(2010/11/28)
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【5.0-身辺雑記】「テレビドラマ『球形の荒野』は「後編」に期待」(2010/11/27)
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【5.0-身辺雑記】「雷雲を躱した後の夜はお茶の特訓」(2010/8/24)
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【5.0-身辺雑記】「一年ぶりの運転で高安へお墓参り」(2010/8/15)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビングを楽しむ」(2010/8/14)
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【5.0-身辺雑記】「「おけそくさん」という言葉の意味」(2010/8/13)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビングの練習後の爽快な筋肉痛」(2010/8/12)
_____
【5.0-身辺雑記】「オートバイに跨がったフルフェイスのお客様」(2010/8/8)
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【5.0-身辺雑記】「お茶のお稽古を始める」(2010/7/25)
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【5.0-身辺雑記】「竹工芸の My.セカンドバッグ完成」(2010/7/22)
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【5.0-身辺雑記】「浄水による管の汚れ」(2010/6/19)
_____
【5.0-身辺雑記】「【復元】戸籍の本籍は現住所に移すべきである」(2010/5/12)
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【5.0-身辺雑記】「我が家の春の花々」(2010/5/7)
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【5.0-身辺雑記】「【復元】女性専用車両大賛成の弁」(2010/4/28)
_____
【5.0-身辺雑記】「【復元】日本の裁判の実態に落胆」(2010/4/20)
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【5.0-身辺雑記】「私を支えてくれている人たち」(2010/4/8)
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【5.0-身辺雑記】「初春の白梅(4)」(2010/1/4)
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【5.0-身辺雑記】「初春の白梅(3)」(2010/1/3)
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【5.0-身辺雑記】「初春の白梅(2)」(2010/1/2)
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【5.0-身辺雑記】「初春の白梅」(2010/1/1)
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【5.0-身辺雑記】「2009年の10大出来事」(2009/12/31)
_____
【5.0-身辺雑記】「ヒートテックの下着は効果あり」(2009/12/28)
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【5.0-身辺雑記】「モンゴル行きの装備」(2009/12/27)
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【5.0-身辺雑記】「絵や書を縁取る表装の妙技」(2009/12/5)
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【5.0-身辺雑記】「映画「沈まぬ太陽」」(2009/11/12)
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【5.0-身辺雑記】「予期せぬ夜の祝祭」(2009/11/4)
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【5.0-身辺雑記】「北山の秋の草花-2009」(2009/10/16)
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【5.0-身辺雑記】「手製の和風の灯り3点」(2009/10/14)
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【5.0-身辺雑記】「ひとヒト人の週末の東京」(2009/8/29)
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【5.0-身辺雑記】「昨日の「電車もトイレと同じく男女別にしよう」の不備」(2009/8/29)
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【5.0-身辺雑記】「電車もトイレと同じく男女別にしよう」(2009/8/28)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバダイビング2009(2)」(2009/8/19)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバダイビング2009(1)」(2009/8/18)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバダイビング2009(0)」(2009/8/17)
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【5.0-身辺雑記】「いつものお盆です」(2009/8/15)
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【5.0-身辺雑記】「裁判員には裁判を監視する役目もあるはず」(2009/8/13)
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【5.0-身辺雑記】「スキューバ・ダイビングの練習」(2009/8/8)
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【5.0-身辺雑記】「新幹線の車中での泣き声」(2009/7/23)
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【5.0-身辺雑記】「映画『劔岳 点の記』」(2009/7/22)
_____
【5.0-身辺雑記】「図書館の資料の切り抜き被害」(2009/7/20)
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【5.0-身辺雑記】「新自転車の後輪が破裂−意外なその後」(2009/7/19)
_____
【5.0-身辺雑記】「愛用のブックカバー(3)」(2009/7/18)
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【5.0-身辺雑記】「小林茂美先生を送る灯」(2009/7/16)
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【5.0-身辺雑記】「新自転車の後輪が破裂」(2009/7/12)
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【5.0-身辺雑記】「ウインブルドンのテニスに釘付け」(2009/7/6)
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【5.0-身辺雑記】「一瞬の運について」(2009/7/2)
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【5.0-身辺雑記】「夜行バスからの投稿(補訂)」(2009/6/27)
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【5.0-身辺雑記】「30年かかって体得したバックアップ」(2009/6/19)
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【5.0-身辺雑記】「ネットワークの設定に苦戦」(2009/6/17)
_____
【5.0-身辺雑記】「情報源としての京都新聞」(2009/6/12)
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【5.0-身辺雑記】「液晶モニタがこんなに安い!」(2009/6/6)
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【5.0-身辺雑記】「退屈だった映画『天使と悪魔』」(2009/6/4)
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【5.0-身辺雑記】「ハードディスクがクラッシュ」(2009/5/27)
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【5.0-身辺雑記】「賀茂川べりでテニス」(2009/5/5)
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【5.0-身辺雑記】「コメントの再掲載」(2009/5/3)
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【5.0-身辺雑記】「古書大即売会とシベリア展」(2009/5/1)
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【5.0-身辺雑記】「液晶モニター入門講座に参加」(2009/4/22)
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【5.0-身辺雑記】「デパート店員の仕事」(2009/4/21)
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【5.0-身辺雑記】「映画『鴨川ホルモー』」(2009/4/20)
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【5.0-身辺雑記】「玄関先の花壇にも春」(2009/4/6)
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【5.0-身辺雑記】「伊井春樹館長の送別会」(2009/3/27)
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【5.0-身辺雑記】「総研大の学位授与式で湘南葉山へ」(2009/3/24)
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【5.0-身辺雑記】「般若心経の写経」(2009/3/23)
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【5.0-身辺雑記】「プリンタはボックス型からノート型に」(2009/3/17)
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【5.0-身辺雑記】「プリンタを修理に出す」(2009/3/8)
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【5.0-身辺雑記】「結婚式から慌ただしく上京」(2009/2/28)
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【5.0-身辺雑記】「平和ボケした銀行の窓口」(2009/2/25)
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【5.0-身辺雑記】「公衆電話を探す」(2009/2/3)
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【5.0-身辺雑記】「iPhoneで読書」(2009/1/29)
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【5.0-身辺雑記】「露天風呂の二人の想い」(2009/1/22)
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【5.0-身辺雑記】「崎陽軒の醤油差し」(2009/1/19)
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【5.0-身辺雑記】「日本語の入力の歴史」(2009/1/14)
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【5.0-身辺雑記】「成人式を欠席」(2009/1/12)
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【5.0-身辺雑記】「映画『禅』に失望」(2009/1/10)
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【5.0-身辺雑記】「喪中と年賀状の混乱」(2009/1/9)
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【5.0-身辺雑記】「新年の墓参で高安へ」(2009/1/2)
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【5.0-身辺雑記】「2008年の10大出来事」(2008/12/31)
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【5.0-身辺雑記】「お風呂の改修完了」(2008/12/26)
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【5.0-身辺雑記】「中島岳志さんのガンディー語り」(2008/12/9)
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【5.0-身辺雑記】「突然のプチお引っ越し」(2008/12/5)
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【5.0-身辺雑記】「iPhoneをリセット」(2008/11/27)
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【5.0-身辺雑記】「日本の五重搭と三重塔」(2008/11/26)
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【5.0-身辺雑記】「青木周平さんの突然の訃報」(2008/11/12)
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【5.0-身辺雑記】「自分だけのための1日」(2008/11/9)
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【5.0-身辺雑記】「不愉快になる添え書き」(2008/10/28)
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【5.0-身辺雑記】「欠陥品の電源アダプタを交換」(2008/10/27)
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【5.0-身辺雑記】「立川の謎の寿司屋のレーンが回転」(2008/10/14)
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【5.0-身辺雑記】「携帯メールの文字化け」(2008/10/11)
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【5.0-身辺雑記】「NHKさん、卑怯ですよ」(2008/10/9)
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【5.0-身辺雑記】「立川の謎の回転寿司屋を再訪」(2008/10/8)
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【5.0-身辺雑記】「瀑布に打たれ続ける日々」(2008/9/28)
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【5.0-身辺雑記】「移転して半年経った国文研」(2008/9/4)
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【5.0-身辺雑記】「耳で食べるイタリア料理」(2008/9/2)
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【5.0-身辺雑記】「辞めることの煩わさし」(2008/8/31)
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【5.0-身辺雑記】「祇園で聴いた女言葉」(2008/8/30)
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【5.0-身辺雑記】「7時間がかりの出勤」(2008/8/25)
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【5.0-身辺雑記】「日常化した遅れる電車」(2008/8/21)
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【5.0-身辺雑記】「ネットと電話とFAXで展示図録を作製中」(2008/8/13)
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【5.0-身辺雑記】「下鴨神社の「納涼古本まつり」」(2008/8/12)
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【5.0-身辺雑記】「プリウスで墓参」(2008/8/11)
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【5.0-身辺雑記】「文庫本の自動販売機」(2008/8/9)
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【5.0-身辺雑記】「auの巧妙な携帯電話欠陥隠し」(2008/8/4)
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【5.0-身辺雑記】「auという電話会社の限界を痛感」(2008/8/1)
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【5.0-身辺雑記】「生みの苦しみ」(2008/7/31)
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【5.0-身辺雑記】「グッタリと入洛」(2008/7/25)
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【5.0-身辺雑記】「電車のドアの開閉ミス」(2008/7/20)
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【5.0-身辺雑記】「注文と違う商品が届く」(2008/7/18)
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【5.0-身辺雑記】「杜撰なクレジット購入時の署名」(2008/7/18)
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【5.0-身辺雑記】「欠陥品だった携帯電話」(2008/7/17)
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【5.0-身辺雑記】「iPod touch を使って研究発表」(2008/7/16)
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【5.0-身辺雑記】「なぜかブログの発進地が変わりました」(2008/7/15)
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【5.0-身辺雑記】「突然の一等賞」(2008/7/14)
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【5.0-身辺雑記】「ブログ移転のお知らせ」(2008/7/12)
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【5.0-身辺雑記】「パソコンのバッテリー無償交換」(2008/6/26)
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【5.0-身辺雑記】「ちょうど1年経過したブログ」(2008/6/23)
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【5.0-身辺雑記】「地縁への不思議な気持ち」(2008/6/23)
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【5.0-身辺雑記】「ノートパソコンのバッテリが変形」(2008/6/8)
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【5.0-身辺雑記】「iPod の文字入力の問題点」(2008/6/6)
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【5.0-身辺雑記】「またもや欠陥品だったMacBookAir」(2008/6/2)
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【5.0-身辺雑記】「「ヒラギノ」フォントは京都の地名から」(2008/6/1)
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【5.0-身辺雑記】「国文研の立川移転記念式典」(2008/5/23)
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【5.0-身辺雑記】「さざれ石のこと」(2008/5/21)
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【5.0-身辺雑記】「角田先生のお通夜」(2008/5/18)
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【5.0-身辺雑記】「平城京から平安京へ遷都して1年」(2008/5/13)
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【5.0-身辺雑記】「モバイルノート」(2008/4/26)
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【5.0-身辺雑記】「「ねんきん特別便」の結末」(2008/4/17)
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【5.0-身辺雑記】「JR中央線ストップ」(2008/4/11)
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【5.0-身辺雑記】「消された年金記録の報告(続)」(2008/4/3)
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【5.0-身辺雑記】「隣からの騒音への対処」(2008/3/30)
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【5.0-身辺雑記】「通勤電車内でライターを点火する女性」(2008/3/27)
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【5.0-身辺雑記】「「ねんきん特別便」を受け取って」(2008/3/25)
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【5.0-身辺雑記】「東京駅でダイビング」(2008/3/21)
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【5.0-身辺雑記】「誇るべき日本語「お役にたてなくて…」」(2008/3/19)
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【5.0-身辺雑記】「皆で使える無線LANの公開」(2008/3/13)
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【5.0-身辺雑記】「春の美術展「白いろ黒展」」(2008/3/11)
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【5.0-身辺雑記】「仮死状態のノートパソコン」(2008/3/10)
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【5.0-身辺雑記】「またパソコンが休眠」(2008/3/9)
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【5.0-身辺雑記】「立川の謎の回転寿司屋」(2008/3/1)
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【5.0-身辺雑記】「立川での新生活がスタート」(2008/2/27)
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【5.0-身辺雑記】「いつもは不調な機械なのに」(2008/2/21)
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【5.0-身辺雑記】「au携帯を見切る時期到来か」(2008/2/20)
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【5.0-身辺雑記】「仕事場との別れ」(2008/2/19)
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【5.0-身辺雑記】「負け組を指向する」(2008/2/17)
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【5.0-身辺雑記】「車のない生活へ」(2008/2/13)
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【5.0-身辺雑記】「京都大不満の会」(2008/2/10)
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【5.0-身辺雑記】「満員の新幹線でのこと」(2008/2/9)
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【5.0-身辺雑記】「京洛北山での初雪」(2008/2/4)
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【5.0-身辺雑記】「相変わらず杜撰な保険屋さん」(2008/1/21)
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【5.0-身辺雑記】「贈られた言葉」(2008/1/18)
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【5.0-身辺雑記】「マックでタイムマシンを体感」(2008/1/16)
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【5.0-身辺雑記】「映画『茶々 天涯の貴妃』」(2008/1/13)
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【5.0-身辺雑記】「東西の都でガスストーブを買う」(2008/1/8)
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【5.0-身辺雑記】「未読メールの多さに仰天」(2007/12/28)
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【5.0-身辺雑記】「2007年10大ニュース」(2007/12/26)
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【5.0-身辺雑記】「お店で味付けの変更をしてもらう」(2007/12/25)
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【5.0-身辺雑記】「新しいシステムに移行」(2007/12/17)
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【5.0-身辺雑記】「コンピュータ離れ宣言」(2007/12/10)
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【5.0-身辺雑記】「崎陽軒のシュウマイ」(2007/12/7)
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【5.0-身辺雑記】「私の好きな父の川柳」(2007/12/6)
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【5.0-身辺雑記】「ささやかな紅葉を楽しむ」(2007/11/28)
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【5.0-身辺雑記】「命にかかわる緊急事態のための講習」(2007/11/26)
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【5.0-身辺雑記】「【復元】デタラメで強引な警察の捜査」(2007/11/24)
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【5.0-身辺雑記】「【復元】欠陥ハードディスクケース」(2007/11/23)
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【5.0-身辺雑記】「トルコ製カーペットの怪」(2007/11/20)
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【5.0-身辺雑記】「つもり違い十カ条」(2007/11/18)
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【5.0-身辺雑記】「お寿司をポン酢で」(2007/11/17)
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【5.0-身辺雑記】「3月にクラッシュした題目」(2007/11/14)
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【5.0-身辺雑記】「やる気のないアルバイト店員」(2007/11/12)
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【5.0-身辺雑記】「映画『続・三丁目の夕日』」(2007/11/10)
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【5.0-身辺雑記】「トイレ表示 なぜ男は青、女は赤?」(2007/10/23)
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【5.0-身辺雑記】「今日は22日です。」(2007/10/22)
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【5.0-身辺雑記】「一仕事を終えてホッと一息」(2007/10/19)
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【5.0-身辺雑記】「ちぐはぐなエスカレーター」(2007/10/15)
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【5.0-身辺雑記】「ガンジス河でバタフライ ?なぜ今ここに?」(2007/10/7)
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【5.0-身辺雑記】「タバコが気になる映画『HERO』」(2007/9/24)
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【5.0-身辺雑記】「「水道をお使いになられているご様子」」(2007/9/22)
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【5.0-身辺雑記】「ウエブで申し込む時の不安」(2007/9/21)
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【5.0-身辺雑記】「宅急便の破損品の対応」(2007/9/19)
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【5.0-身辺雑記】「エレベータはなぜ仲良く昇降するのか」(2007/8/27)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(11)」(2007/8/27)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(10)」(2007/8/26)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(9)」(2007/8/24)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(8)」(2007/8/23)
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【5.0-身辺雑記】「お風呂とトイレの工事だとか」(2007/8/21)
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【5.0-身辺雑記】「有料のゴミ袋」(2007/8/20)
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【5.0-身辺雑記】「洗濯用ホースの欠陥」(2007/8/19)
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【5.0-身辺雑記】「熱風が一転して涼風となる」(2007/8/18)
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【5.0-身辺雑記】「養林庵の庵主さん」(2007/8/13)
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【5.0-身辺雑記】「楽しい似顔絵」(2007/8/5)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(7)」(2007/8/4)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(6)」(2007/8/3)
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【5.0-身辺雑記】「家を空ける時の身辺整理」(2007/8/1)
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【5.0-身辺雑記】「またまた小さなお引っ越し」(2007/7/31)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(5)」(2007/7/29)
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【5.0-身辺雑記】「弁護士は美味しい仕事?」(2007/7/28)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(4)」(2007/7/27)
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【5.0-身辺雑記】「不可解なモニタの修理代金」(2007/7/24)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(3)」(2007/7/18)
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【5.0-身辺雑記】「電車を待つ心理」(2007/7/17)
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【5.0-身辺雑記】「今春まで書いていたブログの継続を断念」(2007/7/13)
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【5.0-身辺雑記】「いい仕事をするロフト」(2007/7/12)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(2)」(2007/7/9)
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【5.0-身辺雑記】「スクーバ・ダイビング(1)」(2007/7/8)
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【5.0-身辺雑記】「画像で判定するテニス」(2007/7/7)
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【5.0-身辺雑記】「偶然に知った車検切れ」(2007/7/1)
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【5.0-身辺雑記】「街で財布を拾うと」(2007/6/30)
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【5.0-身辺雑記】「相変わらずでたらめな佐川急便」(2007/6/29)
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【5.0-身辺雑記】「確信犯(?)京都市交通局」(2007/6/27)
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【5.0-身辺雑記】「レンタカーでの引っ越し」(2007/6/26)
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【5.0-身辺雑記】「愛機たちとの別れ」(2007/6/25)
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【5.0-身辺雑記】「本たちとの別れ」(2007/6/25)
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【5.0-身辺雑記】「引っ越しはピアノから」(2007/6/25)
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【5.0-身辺雑記】「京洛からのことあげ」(2007/6/24)
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【5.1-回想追憶】

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【5.1-回想追憶】「懐かしいパンチカードシステムの遺品」(2012/10/22)
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【5.1-回想追憶】「本ブログ30万アクセスに感謝」(2012/7/15)
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【5.1-回想追憶】「高校教員時代の書類を廃棄」(2012/5/10)
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【5.1-回想追憶】「レガシーデバイスとなった録音録画テープの処分」(2012/3/6)
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【5.1-回想追憶】「荷物の整理を忘れて伯母たちの文章に励まされる」(2012/1/13)
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【5.1-回想追憶】「今年 2011年のブログ写真・自選15」(2011/12/28)
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【5.1-回想追憶】「2011年の十大出来事」(2011/12/27)
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【5.1-回想追憶】「お通夜で奥様にお休みのあいさつをする」(2011/6/20)
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【5.1-回想追憶】「小林茂美先生の奥様の訃報」(2011/6/18)
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【5.1-回想追憶】「【復元】映画「ALWAYS(三丁目の夕日)」」(2011/5/16)
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【5.1-回想追憶】「【復元】福田秀一先生を偲んで」(2011/4/21)
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【5.1-回想追憶】「わが父の記(5)名前とお菓子」(2011/3/25)
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【5.1-回想追憶】「幼馴染みからのお別れの電話」(2011/3/24)
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【5.1-回想追憶】「【復元】2004年と05年の10大出来事」(2010/12/29)
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【5.1-回想追憶】「2010年の10大出来事」(2010/12/28)
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【5.1-回想追憶】「今年のブログ写真・自選15」(2010/12/27)
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【5.1-回想追憶】「宙に浮いている郵便貯金1900万口座」(2010/8/20)
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【5.1-回想追憶】「【復元】母子の絆の不可思議さ」(2010/4/29)
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【5.1-回想追憶】「わが母の記(7)叱られると押し入れに」(2010/4/7)
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【5.1-回想追憶】「わが父の記(4)父の仕事(その2)」(2010/4/6)
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【5.1-回想追憶】「わが父の記(3)父の仕事(その1)」(2010/4/3)
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【5.1-回想追憶】「恩師の奥様と池田亀鑑」(2010/1/5)
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【5.1-回想追憶】「50年前の自分に会う」(2009/12/19)
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【5.1-回想追憶】「小林茂美先生 お別れの会」(2009/8/9)
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【5.1-回想追憶】「わが母の記(6)未読だった第2信(下)」(2009/6/27)
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【5.1-回想追憶】「わが母の記(5)母からの第1信(中)」(2009/6/26)
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【5.1-回想追憶】「わが母の記(4)40年間未開封だった亡母からの手紙(上)」(2009/6/25)
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【5.1-回想追憶】「ベータのビデオで『古都』を見た時のCM」(2009/6/15)
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【5.1-回想追憶】「ソニーのビデオが27年後も動く」(2009/6/1)
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【5.1-回想追憶】「小林茂美先生のご逝去を悼んで」(2009/5/19)
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【5.1-回想追憶】「わが母の記(3)扁桃腺を切る」(2009/1/8)
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【5.1-回想追憶】「背景が欠落する青春の記憶」(2008/12/10)
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【5.1-回想追憶】「わが母の記(2)階段から落ちる」(2008/5/26)
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【5.1-回想追憶】「わが父の記(2)川で流された時」(2008/5/20)
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【5.1-回想追憶】「わが母の記(1)風呂敷が結べない」(2008/4/4)
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【5.1-回想追憶】「わが父の記(1)感謝の念を伝える」(2008/3/26)
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【6-心身雑記】

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【6-心身雑記】「歯医者さんに通い突貫工事の日々」(2012/10/2)
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【6-心身雑記】「外食食品の食品成分メモ」(2012/9/9)
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【6-心身雑記】「入退院時の血糖値と体重の整理」(2012/9/1)
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【6-心身雑記】「糖質制限食を意識しない2日目のこと」(2012/8/25)
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【6-心身雑記】「糖質制限食から距離を置いた初日」(2012/8/24)
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【6-心身雑記】「豊かな食生活を通して長生きをするために」(2012/8/23)
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【6-心身雑記】「『ジョスリン糖尿病学・第2版』の原書を手にして」(2012/8/22)
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【6-心身雑記】「再度CGM持続血糖測定装置を身に纏う」(2012/8/21)
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【6-心身雑記】「持続血糖測定装置の結果を見ながら」(2012/8/20)
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【6-心身雑記】「抹茶の不思議体験」(2012/8/19)
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【6-心身雑記】「薬の不思議な働きを目の当たりにして」(2012/8/18)
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【6-心身雑記】「熊に噛まれた方と話していて薬を飲み忘れる」(2012/8/17)
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【6-心身雑記】「銀閣寺山門前で大文字の護摩木を志納」(2012/8/15)
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【6-心身雑記】「霊気を浴びた後に持続血糖測定機を装着」(2012/8/14)
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【6-心身雑記】「勝手に主食を食べないで再確認」(2012/8/13)
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【6-心身雑記】「第25回下鴨納涼古本市」(2012/8/12)
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【6-心身雑記】「自宅への外出途中で大雨に見舞われる」(2012/8/11)
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【6-心身雑記】「五条坂の陶器市とおけそくさん」(2012/8/10)
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【6-心身雑記】「今日から6回食となる」(2012/8/9)
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【6-心身雑記】「正直に反応する身体に驚く日々」(2012/8/8)
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【6-心身雑記】「食前食後の運動を止めるとどうなる」(2012/8/7)
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【6-心身雑記】「抹茶と和菓子を補食にうまく取り入れた食生活を」(2012/8/6)
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【6-心身雑記】「運動をして時間をかけて食べる」(2012/8/5)
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【6-心身雑記】「南禅寺散策と聖護院のお茶屋さん」(2012/8/4)
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【6-心身雑記】「食事方法をさらにスローに変えてみる」(2012/8/3)
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【6-心身雑記】「胆嚢は摘出したかと訊かれて返答に窮す」(2012/8/2)
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【6-心身雑記】「糖質摂取量に関する新しい提案を受けて」(2012/8/1)
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【6-心身雑記】「賀茂川散策後の昼食はお寿司\(^_^)/」(2012/7/31)
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【6-心身雑記】「入院後1週間の血糖値の推移」(2012/7/30)
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【6-心身雑記】「吸血鬼に魅入られた高血糖の日々」(2012/7/29)
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【6-心身雑記】「入院6日目にして初めて外気を吸う」(2012/7/28)
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【6-心身雑記】「腹痛に苦しみ耐え抜いた一日」(2012/7/27)
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【6-心身雑記】「血糖値の誤差に慣れる」(2012/7/26)
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【6-心身雑記】「診療計画に安堵し学習に勤しむ」(2012/7/25)
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【6-心身雑記】「急激な腹痛で夕食を中断」(2012/7/24)
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【6-心身雑記】「京大病院入院初日の記録」(2012/7/23)
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【6-心身雑記】「入院前の血糖値の推移」(2012/7/22)
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【6-心身雑記】「血糖値が下降してきました」(2012/7/5)
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【6-心身雑記】「エアコンのない生活」(2012/7/4)
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【6-心身雑記】「ブームとなりつつある糖質制限食」(2012/6/14)
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【6-心身雑記】「7月下旬に検査入院します」(2012/6/4)
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【6-心身雑記】「ヘモグロビン値が上昇する危険な日々」(2012/6/3)
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【6-心身雑記】「糖質制限食を続けて来ての朗報」(2012/5/24)
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【6-心身雑記】「突然身体が冷たくなった時のこと」(2012/5/12)
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【6-心身雑記】「越智波留香さんの作品展-2012-」(2012/5/9)
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【6-心身雑記】「不運が一転して幸運になった1日」(2012/4/29)
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【6-心身雑記】「人体実験中にヘモグロビンA1c急上昇」(2012/4/26)
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【6-心身雑記】「健康情報誌『わかさ』の糖質制限食特集」(2012/4/18)
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【6-心身雑記】「花嫁の父の心境はいたって平静です」(2012/3/23)
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【6-心身雑記】「2ヶ月ぶりのヘモグロビンA1cの測定」(2012/3/17)
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【6-心身雑記】「大徳寺瑞峰院老師の書「放下着」」(2012/3/8)
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【6-心身雑記】「知らず知らずに思わず午睡」(2012/3/3)
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【6-心身雑記】「同病相憐れむ仲同士での世間話」(2012/3/2)
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【6-心身雑記】「半年ごとの京大病院での検診」(2012/3/1)
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【6-心身雑記】「体重が50キロに戻りました」(2012/2/14)
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【6-心身雑記】「電車内で他人の話を聞かない方法は?」(2012/1/19)
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【6-心身雑記】「驚異の糖質制限食効果で血糖値が平常になる」(2012/1/17)
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【6-心身雑記】「ヘモグロビンa1cの値はほぼ安定」(2011/12/16)
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【6-心身雑記】「お見舞いに天王寺の病院へ通う」(2011/11/29)
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【6-心身雑記】「久々に卓球を楽しむ」(2011/11/13)
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【6-心身雑記】「はらはらドキドキの血糖値」(2011/11/10)
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【6-心身雑記】「うれしい「完治」と記された1枚の書面」(2011/10/31)
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【6-心身雑記】「職場の健康診断でバリウムを飲む」(2011/10/27)
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【6-心身雑記】「牛歩の日々に慣れるために」(2011/10/17)
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【6-心身雑記】「信じがたいヘモグロビン値の急降下」(2011/10/12)
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【6-心身雑記】「病院で悠久の時を刻む」(2011/10/11)
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【6-心身雑記】「スポーツクラブを退会」(2011/9/30)
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【6-心身雑記】「お医者さんが勧める薬物治療に足踏み中」(2011/9/15)
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【6-心身雑記】「食事と血糖値の管理に関しての傾向が判明」(2011/8/24)
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【6-心身雑記】「何事も加齢ですよと60歳」(2011/8/22)
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【6-心身雑記】「病院内で丸一日を過ごす」(2011/8/11)
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【6-心身雑記】「「隠れ脳梗塞」だとの診断を受けて」(2011/8/4)
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【6-心身雑記】「左手首が痺れるので病院へ」(2011/8/1)
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【6-心身雑記】「「鼻糞」みたいな「疣」が消える」(2011/7/30)
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【6-心身雑記】「血糖値をコントロールすることの難しさ」(2011/7/21)
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【6-心身雑記】「完治という嬉しいことば」(2011/7/12)
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【6-心身雑記】「心身雑記(98)久しぶりの体力測定」(2011/5/25)
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【6-心身雑記】「心身雑記(97)食後の血糖値管理へ移行」(2011/4/23)
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【6-心身雑記】「展覧会「水の記憶」を見て」(2011/2/8)
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【6-心身雑記】「心身雑記(96)医者からリラックスしなさいと」(2010/12/10)
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【6-心身雑記】「心身雑記(95)女性の敵と言われる私」(2010/12/3)
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【6-心身雑記】「新新雑記(94)インフルエンザの予防接種」(2010/11/19)
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【6-心身雑記】「心身雑記(93)腹痛との闘い」(2010/11/13)
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【6-心身雑記】「心身雑記(92)招かれざる患者となる」(2010/10/22)
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【6-心身雑記】「心身雑記(91)ワイン色は一過性との診断」(2010/10/13)
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【6-心身雑記】「心身雑記(90)病院で検査の後は体力作りに励む」(2010/10/4)
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【6-心身雑記】「心身雑記(89)血の気が引いた尾籠な話」(2010/10/3)
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【6-心身雑記】「心身雑記(88)手術後の回復情報と「まいこネット」」(2010/9/30)
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【6-心身雑記】「心身雑記(87)入院中のスナップあれこれ」(2010/9/19)
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【6-心身雑記】「心身雑記(86)ワイン片手に2週間ぶりの我が家で」(2010/9/13)
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【6-心身雑記】「心身雑記(85)穏やかな一日」(2010/9/10)
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【6-心身雑記】「心身雑記(84)秘事口伝をiPadで書く」(2010/9/9)
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【6-心身雑記】「心身雑記(83)退院延期これもまた良し」(2010/9/8)
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【6-心身雑記】「心身雑記(82)お腹が不調で退院が保留に」(2010/9/7)
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【6-心身雑記】「心身雑記(81)食べ過ぎでお腹が張る」(2010/9/6)
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【6-心身雑記】「心身雑記(80)「にぎり寿司セット」はいつ」(2010/9/6)
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【6-心身雑記】「心身雑記(79)手足と食事が自由になる」(2010/9/5)
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【6-心身雑記】「心身雑記(78)ウソのように豪華な朝食」(2010/9/4)
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【6-心身雑記】「心身雑記(77)逆血・祝砲・伊右衛門」(2010/9/3)
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【6-心身雑記】「心身雑記(76)病室を移りオナラを待つ」(2010/9/2)
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【6-心身雑記】「心身雑記(75)術後20時間で病棟内を歩き回る」(2010/9/1)
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【6-心身雑記】「心身雑記(74)夢に出て来たモネの花畑」(2010/9/1)
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【6-心身雑記】「心身雑記(73)6時間にわたる自分との闘いへ」(2010/8/31)
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【6-心身雑記】「心身雑記(72)手術前日の慌しさの中で」(2010/8/30)
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【6-心身雑記】「心身雑記(71)入院2日目にしてお茶のお稽古へ」(2010/8/28)
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【6-心身雑記】「心身雑記(70)入院初日の第一報」(2010/8/27)
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【6-心身雑記】「心身雑記(69)【至急・関係者への業務(?)連絡】」(2010/8/19)
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【6-心身雑記】「心身雑記(68)座席を譲ったところ意外な辞退の弁が」(2010/8/10)
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【6-心身雑記】「心身雑記(67)食事療法でガンが消えるか?」(2010/8/6)
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【6-心身雑記】「心身雑記(66)今後の我が身についての巻」(2010/7/30)
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【6-心身雑記】「心身雑記(65)不安を抱えて胃の中を探訪するの巻」(2010/7/29)
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【6-心身雑記】「心身雑記(64)腸の中を遊覧するの巻」(2010/7/28)
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【6-心身雑記】「心身雑記(63)検査台の上で熟睡するの巻」(2010/7/27)
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【6-心身雑記】「心身雑記(62)楽しみな今年の大文字」(2010/7/26)
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【6-心身雑記】「心身雑記(61)任天堂が寄付した京大病院の新病棟へ」(2010/7/21)
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【6-心身雑記】「心身雑記(60)東へ西へドタバタの一日」(2010/7/20)
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【6-心身雑記】「心身雑記(59)ガンの告知を受けた時の気持ち」(2010/7/17)
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【6-心身雑記】「心身雑記(58)楽だった口からの胃カメラ」(2010/7/12)
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【6-心身雑記】「心身雑記(57)ボケ予防のために」(2010/6/22)
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【6-心身雑記】「心身雑記(56)3本のメガネを使いわける」(2010/6/9)
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【6-心身雑記】「心身雑記(55)瞼が重たい日々」(2010/4/22)
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【6-心身雑記】「【復元】心身雑記(54)血糖値とお酒」(2010/4/15)
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【6-心身雑記】「心身雑記(53)栄養指導を受ける」(2010/4/14)
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【6-心身雑記】「心身雑記(52)瞼が開かない朝、突然の花見」(2010/3/31)
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【6-心身雑記】「心身雑記(51)口臭の原因判明」(2010/3/29)
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【6-心身雑記】「息つく暇もなかった一日」(2010/3/2)
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【6-心身雑記】「心身(50)微熱での水中浮遊」(2010/2/6)
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【6-心身雑記】「心身(49)微熱の中、お寿司の丸かぶり」(2010/2/3)
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【6-心身雑記】「心身(48)新年の血糖値を分析する」(2010/2/1)
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【6-心身雑記】「心身(47)電車で耳障りなポリ袋の音」(2010/1/6)
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【6-心身雑記】「心身(46)車中でのポリ袋の音」(2009/12/7)
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【6-心身雑記】「心身(45)歯医者さんが急逝」(2009/11/28)
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【6-心身雑記】「心身(44)行こか戻ろか思案の時」(2009/10/11)
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【6-心身雑記】「心身(43)体調チェック」(2009/9/14)
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【6-心身雑記】「心身(42)血糖値が自分で測定しにくい環境になる」(2009/9/8)
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【6-心身雑記】「心身(41)再度、歯の手術」(2009/9/4)
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【6-心身雑記】「心身(40)銀座のプールでダンベル体操」(2009/8/31)
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【6-心身雑記】「心身(39)半日の人間ドック」(2009/7/31)
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【6-心身雑記】「心身(38)血糖値が下がらない」(2009/7/7)
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【6-心身雑記】「心身(37)愚かな薬事法改正に困っています」(2009/6/3)
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【6-心身雑記】「心身(36)疲れていても体力年齢18歳」(2009/5/25)
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【6-心身雑記】「心身(35)体内内蔵方位センサーが不調」(2009/5/24)
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【6-心身雑記】「心身(34)タマネギの威力」(2009/4/28)
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【6-心身雑記】「心身(33)歯の手術に1時間半」(2009/4/24)
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【6-心身雑記】「心身(32)ただの筋肉痛?」(2009/4/7)
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【6-心身雑記】「心身(31)体力はまだありそう」(2009/3/18)
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【6-心身雑記】「心身(30)体重が50Kgを割ってしまった」(2009/2/19)
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【6-心身雑記】「心身(29)さんざんな一日」(2009/2/6)
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【6-心身雑記】「心身(28)認知症が他人事ではなくなった」(2009/1/7)
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【6-心身雑記】「心身(27)体力は21歳」(2008/11/25)
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【6-心身雑記】「心身(26)お通夜から帰って来て」(2008/11/17)
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【6-心身雑記】「心身(25)廬山寺の前の京都医大病院へ行く」(2008/10/9)
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【6-心身雑記】「心身(24)ノドに魚の小骨が刺さる」(2008/10/5)
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【6-心身雑記】「心身(23)注意散漫の日々」(2008/9/19)
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【6-心身雑記】「心身(22)身体への不安」(2008/9/1)
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【6-心身雑記】「食後の血糖値を測る」(2008/8/27)
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【6-心身雑記】「心身(21)血糖値の測定方法を変える」(2008/7/30)
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【6-心身雑記】「心身(20)緑内障の疑い」(2008/7/26)
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【6-心身雑記】「心身(19)帝国ホテルで人間ドック(3)」(2008/7/3)
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【6-心身雑記】「心身(18)帝国ホテルで人間ドック(2)」(2008/7/2)
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【6-心身雑記】「心身(17)帝国ホテルで人間ドック(1)」(2008/7/2)
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【6-心身雑記】「心身(16)病院で年金生活談義」(2008/6/27)
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【6-心身雑記】「心身(15)初体験に困惑」(2008/6/25)
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【6-心身雑記】「心身(14)人ごみの中での保身の術」(2008/5/28)
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【6-心身雑記】「心身(13)エスカレーターでの不覚」(2008/4/16)
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【6-心身雑記】「心身(12)運転免許を返納するタイミング」(2008/3/18)
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【6-心身雑記】「心身(11)トイレを間違える」(2008/3/14)
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【6-心身雑記】「心身(10)窓口での待ち時間」(2008/3/6)
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【6-心身雑記】「心身(9)健康維持の日々」(2008/1/23)
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【6-心身雑記】「心身(8)風邪と牛乳の相性」(2007/10/16)
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【6-心身雑記】「心身(7)鼻からの胃カメラは良好です」(2007/8/22)
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【6-心身雑記】「心身(6)五十肩に苦しむ十八歳」(2007/8/11)
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【6-心身雑記】「心身(5)「シャイ」の私」(2007/7/11)
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【6-心身雑記】「心身(4)18歳レベルの体力」(2007/7/6)
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【6-心身雑記】「心身(3)目覚めると「ここはどこ?」」(2007/7/4)
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【6-心身雑記】「心身(2)体重激減の対処策」(2007/6/29)
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【6-心身雑記】「心身(1)水道のパイプと動脈硬化」(2007/6/28)
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【7-美味礼賛】

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【7-美味礼賛】「工夫をこらしたお茶のお稽古」(2012/10/8)
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【7-美味礼賛】「信貴山で仲秋の名月のお茶会」(2012/10/7)
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【7-美味礼賛】「京洛逍遥(234)河原町三条の回転寿司むさし」(2012/8/28)
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【7-美味礼賛】「出町柳の「ろろろ」で昼食」(2012/7/21)
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【7-美味礼賛】「実験2・スーパーの握り寿司を食べる」(2012/7/16)
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【7-美味礼賛】「届いたばかりの多彩な糖質制限食」(2012/6/19)
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【7-美味礼賛】「糖質ゼロのビール類のすすめ」(2012/6/18)
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【7-美味礼賛】「慰労と予祝のファミリーパーティ」(2012/6/17)
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【7-美味礼賛】「すき家の「牛丼ライト」を食べてみました」(2012/6/16)
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【7-美味礼賛】「伊藤ハムの糖質ゼロのハムはどこにある」(2012/5/29)
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【7-美味礼賛】「糖類ゼロのチョコと糖質ゼロの羊羹などなど」(2012/5/28)
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【7-美味礼賛】「読書雑記(50)西村慎太郎『宮中のシェフ、鶴をさばく』」(2012/5/22)
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【7-美味礼賛】「お稽古帰りに食育について考える」(2012/5/13)
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【7-美味礼賛】「糖質ゼロのお酒3種」(2012/5/8)
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【7-美味礼賛】「今年に入ってから食べた木綿豆腐一覧(京都編その2)」(2012/3/22)
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【7-美味礼賛】「インドでのメモ(2002-6)日本女性が握るインドマグロのお寿司」(2012/2/25)
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【7-美味礼賛】「帰りの機内での糖尿病食は良好」(2012/2/24)
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【7-美味礼賛】「ニューデリーに出来た巨大ショッピングモール」(2012/2/22)
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【7-美味礼賛】「妻の手作り糖質制限チョコ」(2012/2/15)
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【7-美味礼賛】「糖質制限食にやはり餃子は禁物」(2012/1/25)
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【7-美味礼賛】「茶道から空間感覚を学ぶ」(2012/1/22)
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【7-美味礼賛】「今月の豆腐リスト」(2011/12/30)
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【7-美味礼賛】「「バカ」と言われる立場になって」(2011/12/18)
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【7-美味礼賛】「目の前にある「レスキューフーズ」」(2011/12/15)
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【7-美味礼賛】「実験と称して回転寿司を食べる」(2011/12/4)
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【7-美味礼賛】「ボルシチを食べ今年一番の大仕事に向かう」(2011/11/30)
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【7-美味礼賛】「久々のインド料理でラッシーを飲む」(2011/11/28)
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【7-美味礼賛】「なかなか出会えない糖質制限食と食材」(2011/11/15)
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【7-美味礼賛】「初めてのお茶事に行って」(2011/10/29)
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【7-美味礼賛】「袴を着けてお茶のお稽古」(2011/10/16)
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【7-美味礼賛】「【復元】京都駅前の回転寿司」(2011/10/1)
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【7-美味礼賛】「【復元】紙製回転寿司玩具入手」(2011/9/29)
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【7-美味礼賛】「いろいろな「そばぼうろ」を楽しむ(4)」(2011/9/3)
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【7-美味礼賛】「いろいろな「そばぼうろ」を楽しむ(3)」(2011/8/25)
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【7-美味礼賛】「いろいろな「そばぼうろ」を楽しむ(2)」(2011/8/20)
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【7-美味礼賛】「東京には鱧がない」(2011/8/18)
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【7-美味礼賛】「法事の後に「えのき」で会席料理」(2011/8/15)
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【7-美味礼賛】「いろいろな「そばぼうろ」を楽しむ」(2011/7/31)
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【7-美味礼賛】「【復元】ウイットに富むJALのお姉さん」(2011/5/17)
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【7-美味礼賛】「3年で壊れた炊飯器」(2011/2/25)
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【7-美味礼賛】「新装開店の回転寿司屋へ」(2010/11/30)
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【7-美味礼賛】「食事を高カロリーに変える実験」(2010/9/20)
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【7-美味礼賛】「術後の治療食(夕食編)」(2010/9/19)
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【7-美味礼賛】「術後の治療食(昼食編)」(2010/9/19)
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【7-美味礼賛】「日本食から見える日本文化を学ぶ」(2010/9/18)
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【7-美味礼賛】「術後の治療食(朝食編)」(2010/9/17)
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【7-美味礼賛】「術前術後の病院食」(2010/9/16)
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【7-美味礼賛】「ミニお寿司に舌鼓」(2010/9/11)
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【7-美味礼賛】「外泊で外食の締めは回転寿司」(2010/8/29)
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【7-美味礼賛】「茶事懐石料理の歴史と作法を学ぶ」(2010/8/21)
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【7-美味礼賛】「精進料理の思想を学ぶ」(2010/7/31)
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【7-美味礼賛】「食べ物の節制はビールとお揚げさんから」(2010/7/18)
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【7-美味礼賛】「調理修行(6)息子が蕎麦寿司に初挑戦」(2010/6/14)
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【7-美味礼賛】「調理修行(5)初めて作ったポトフ」(2010/5/25)
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【7-美味礼賛】「回転寿司屋の危険な給茶装置」(2010/5/10)
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【7-美味礼賛】「【復元】回転中華寿司」(2010/4/30)
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【7-美味礼賛】「【復元】中国の長春と博多の回転寿司」(2010/4/30)
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【7-美味礼賛】「【復元】回転寿司のこと」(2010/4/20)
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【7-美味礼賛】「何か変だった回転寿司」(2010/3/28)
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【7-美味礼賛】「調理修行(4)最近食べたお揚げさん」(2009/12/30)
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【7-美味礼賛】「「楚者鶴」の「そば寿司」」(2009/12/29)
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【7-美味礼賛】「調理修行(3)お揚げさん」(2009/8/27)
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【7-美味礼賛】「調理修行(2)最近食べた油揚げ」(2009/8/26)
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【7-美味礼賛】「調理修行(1)油揚げいろいろ」(2009/8/14)
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2012年11月 1日 (木)

素直に祝えない「古典の日」に伊井語りを堪能する

 昨夜の京都新聞デジタル版に、「古典の日」をイメージするキャラクターが文化庁から公開された、というニュースが流れました。
 
 
 

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初の「古典の日」 “顔役”誕生

文化庁の「古典の日」キャラクター

 初の「古典の日」(11月1日)をアピールするため、文化庁がこのほどキャラクターを作った=イラスト。目と鼻に「1」を配した愛らしい表情の子どもたちがデザインされている。

 筆が前髪になっており、それぞれ扇、鼓、巻物を持ち、古典の多彩さを表現した。本年度途中の9月5日に制定法が施行され個別の事業予算がなかったため、同庁政策課文化広報・地域連携室の非常勤職員Oさん(25)が描いた。Oさんは「節約を心がけ作った。古典に親しみを持ってもらえたら」と話している。

 古典の日は、幅広く古典に親しむ機会を広げようと、京都ゆかりの文化人や府、京都市などが提唱して設けられた。

【 2012年10月31日 22時00分 】

 今朝の朝日新聞の朝刊には、「古典の日」のことは「天声人語」に取り上げられていました。しかし、このキャラクターのことは載っていなかったので、今日の夕刊に掲載されるのでしょうか。それとも無視されてしまうのでしょうか。

 このキャラクターは、文化庁のポスターにも配されています。
 
 
 
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 キャラクターが作成された背景は何となくわかります。「事業予算がなかったため」とか「節約を心がけ」とあるので、担当者としてはなんとか認知度を高めたかったのでしょう。しかし、実際の絵を見ると、首を傾げざるを得ません。
 左端の女の子が持つ張り扇のような桧扇、浴衣スタイルの下着に締めた回しのような帯、その後ろ髪、真ん中の男の子の鼓、右の男の子が持つ巻物の向き、着物に描かれたいろは歌、男の子の草履などなど、不思議なことが至る所に目に付く、突っ込みどころ満載の絵なのです。
 これ以上は書きませんが、なにやら拙速の感を拭えません。
 折角の「古典の日」が台無しです。

 過日の本ブログ「空転国会の暇つぶしで決まった「古典の日」の条文は空疎な文字列」(2012/8/31)でも指摘したように、この法律の文言には、依然として私は納得できていません。

 何となくお役人に軽く流されているようで、私個人としては「古典の日」のこんな軽薄さに嫌悪感を覚えます。いずれはみんなが経緯などは忘れ去ることを、すでに織り込み済みのことなのかもしれません。しかし、喉に小骨が引っかかったままのようで、どうしても素直になれません。本当に、「古典の日」がこんなことでいいのでしょうか。今日からスタートしたばかりなので、今ならとの思いから、批判と不快感を記して問題提起としておきます。お役人の実績作りに荷担したくないので、あえて記す次第です。

 さて、話題は替わります。

 今年から「古典の日」が制定されたことを受けて、国文学研究資料館では「平成24年度「古典の日」講演会」を開催することになりました。一国の国文学の研究センターとしては、当然の企画です。

 本日14時から16までの2時間、国文学研究資料館の2階にある大会議室で、次の2つの講演がありました。

1.「京伝と馬琴-悪女の描き方-」大髙洋司(国文学研究資料館・教授)
2.「『源氏物語』の場面について」伊井春樹(逸翁美術館・館長、国文学研究資料館名誉教授)

 たくさんの方から事前の参加申し込みがあり、会場は150名で満員となりました。

 大高洋司先生は、近世の読み本の分野からのお話でした。平安の雅とは異なる「悪女」がテーマで、非常に興味深く聞くことができました。
 ただし、私とは専門が違うということもあり、ここには伊井春樹先生の『源氏物語』に関する講演内容を紹介します。それも、個人的なメモということでお許しください。今日は、先生がどこでどのような内容で聴衆の皆さんを捕まえられるのか、という、話し方のテクニックに集中して聴きました。
 
 
 
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 今日の題目は「『源氏物語』の場面について」です。実際には、「若紫」と「御法」の2巻が取り上げられました。いずれも、原文の本文を読み上げて確認なさっていました。一般の方々が対象なので、普通は古文を読み上げることは控えます。しかし、先生はいつも原文を朗読なさるのです。

1 古典の日の意義
 まず、語り出して早々でした。2008年の〈源氏物語千年紀〉が「古典の日」の根拠であることを確認なさいました。そして、2008年の出来事には、源氏物語の花火大会などもあったというエピソードの紹介があり、その時には会場が苦笑でどよめきました。

2 源氏物語ダイジェスト化の方法と場面
 源氏絵を例にして、スクリーンに様々な絵を映し出した後、絵の役割と意義などを説明されました。

3 源氏物語の始発―光源氏の誕生
 レジメに上げられたこの項目は、「桐壺」の元服の絵を写されただけでした。

4 紫上の生涯
 サイデンステッカー先生との対談で、紫上の臨終場面になると涙がでるとおっしゃったけれども、私は出ないが、とおっしゃった時に、会場はその話の流れとタイミングにどっと沸きました。聴衆の反応を見ながら、気持ちを惹き付けるのがうまいと思いました。
 また、紫上は幸せだったか疑問だ、とか、浮舟もよくわからない、とおっしゃいました。会場の皆さんも、思い思いの考えの中をさまよっておられました。知らず知らずの内に、提示された話題に聴衆も参加させられているのです。

5 若紫の登場
 「あてにやせたれど〜」と朗読なさりながら、どうしたら上品に痩せられるのか、というところでも会場は沸きました。
 女性が髪を洗うことを嫌がる話も受けていました。
 源氏絵を写しながら、雀が逃げる場面の話には熱が籠もっていました。先生が得意とされる話柄です。鳥が大きく描かれたり、何羽も飛んでいる場面を解説した後、雀が一羽、二羽、三羽とおっしゃると会場は最高潮に達しました。
「オーストラリア国立美術館 色紙 若紫」をスクリーンに写しながら、ここではまだ雀は逃げていなかった、と。雀が竹籠に入ったままのところを光源氏が覗き見している場面です。いろいろな手法でさまざまな場面に描き替えられていることが、本当に楽しくわかります。
 『源氏綱目』という本に記された文を読みながら、絵をどのように描くか、ということに話題は移ります。
 物語を読みながら絵描きさんが描くわけではない、手引書のようなものを見て指示通りに描くのだと。
 図様の変遷や変化の様が納得できます。

6 御法巻の紫上
 最後に、紫上が亡くなる場面を朗読なさいました。ここで皆さんは泣かないでください、とおっしゃると、また沸きます。うまく、最初に話された、サイデンステッカーの涙につながったのです。
 しっかりと原文を読み進みながら、先生の解き語りが佳境に入ったのです。いつもの名調子です。
 「〜明けはつるほどに消えはてたまひぬ。」と紫上が亡くなるところまで読まれました。
 ここに来て、サイデンステッカーは泣くわけですね、との一言で会場は湿っぽくなりそうだった雰囲気が一転してドッと沸きました。
 そして、「ちょうど時間になりました」と終わられました。まさに、きっかりと持ち時間の50分です。先生お得意の、秒針をも睨みながらの、ぴたりと着地が決まった瞬間です。いつもながらの名人技を堪能させていただきました。
 
 
 

本ブログの閲覧数が【333,333】になる

 本日、京都に住むようになってから書き続けている本ブログのアクスセス数が、きれいに「3」が並んだ【333,333】になりました。午後7時半過ぎでした。いつかは通過する数字です。しかし、それを目にすることができて、ありがたいという感謝の念と共に、元気づけられる後押しの力も感じています。

 「本ブログ30万アクセスに感謝」(2012年7月15日)を書いてから110日間に、33,333件のアクセスをいただいたのです。毎日300件以上も閲覧されている、ということです。1回のアクセスで何件かの記事を読んでくださっているようなので、実際に読まれている記事の件数は、この数倍になると思われます。

 たくさんの方々に読んでいただいていることは、書いている私にとっては励みになります。
 本ブログの「プロフィール」に、次のように書きました。


 『源氏物語』に関する情報の収集と整理、井上靖の作品の卒読、そして、海外との文化交流のお手伝いをすることが、私の人生における終盤の取り組みだと思っています。
 この世に生存していたことの証明も兼ねて、日々の雑録を記します。

 私という人間がこの世にいたことは、これでなにがしかの意義を持たせることができた、と思うことにします。ただし、これで満足することなく、自分自身の研究生活を活性化するためにも、これまで通り、マイペース、スローペースを守っていくつもりです。

 今後とも、とにかく淡々と書き続けていきたいと思います。
 これまでと変わりなく、おついでの折にご覧いただき、多くの方々とコメント欄を通して意見交換ができれば、それに越したことはありません。いただいたコメントは、あまり公開していません。この点はご寛恕のほどをお願いします。

 おもしろ半分に始めたブログが、このように望外の展開となり、困惑すると共に辞められないというプレッシャーも感じます。しかし、そんなことに拘ることなく書き続けますので、折々にクリックしていただければ幸いです。
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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