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2012年11月12日 (月)

再録(12)コンビニと宅配便の話

 今から14年前に、大和平群に住んでいた頃に書いた記事の再録です。
 (出所︰「大和まほろば発 へぐり通信」→「新・奮戦記」→「ハイテク問はず語り」→「3年目(1997.10.1〜1998.9.30)」→「コンビニと宅配便の話〈1998.9.4〉」)
 
 ここに報告したコンビニや自動販売機や宅配便の問題点は、今ではすでに解消されているのでしょうか。内部的には対策がとられていることでしょう。しかし、利用者から見て、その改善の度合いはよくわかりません。すでに解決されている、と信じるしかありません。
 もっとも、宅配便の傲慢な違法駐車は、最近では相当減ったようです。手押し車や自転車などに積み替えて配達しておられる場面をよく見かけるようになりました。配達される方は大変でしょうが、これはいいことです。

 一方、佐川急便のイケメンのことが話題になっています。しかし、現実の配達実態は酷いものです。このことは、また別の機会にしましょう。
 
 
********************** 以下、再録掲載 **********************
 
◇コンビニと宅配便の話〈1998.9.4〉◇
 
 コンビニで購入した缶入りウーロン茶を飲んで、一人の方がお亡くなりになったとのこと。身近な出来事だけに不気味です。

 不気味と言えば、過日、近所のコンビニエンスストアで「桃の天然水」というペットボトルを買ってきた息子が、突然「これ気持ち悪い」と言って、私の所に持ってきました。よく見ると、透明ボトルに入っている液体の表面に、ドロッとしたブドウの実のとろけたようなものが浮いているのです。表示ラベルを見ると、果汁の沈殿物があるかもしれないが無害である、と書いてあります。しかし、沈殿ではなくて浮遊しているのです。桃の実の一部かとも思いましたが、どう見ても異物なので、購入したコンビニへ持って行きました。

 店員の方は、他の同等の商品と比べてから、こんなものが浮いているのはおかしいと言って、新しいものと交換してくれました。透明ボトルだったからわかったものの、あれが色付きボトルだったらわかりません。缶入りだったら、中身が見えないだけに、それこそ飲み干していたことでしょう。

 昨日の夕方、息子と信貴・生駒の山中を、大阪との県境付近まで1時間ほどジョギングしました。山越しに見えた大阪側の夕日は、まさに茜色でした。
 喉が乾いたので汗を拭き拭き、途中の自動販売機でドリンクを買いました。息子は、すぐにスポーツドリンクの缶の飲み口や底を点検し、「大丈夫(^_^; 」と言っていました。私も笑いながら「気をつけような」と言って日本茶のドリンクを飲んでから、慌てて缶の上下を見ました。
 自分の無防備さを子供に教えられることが、最近は多くなりました。

 一昨日は、拙宅の近所の町で、自動販売機の瓶入り清涼飲料水に殺虫剤が入っていたそうです。無人有人にかかわらず、口にするものを安心して買えなくなってしまいました。日常生活で疑うという訓練をあまり受けなかったせいか、こうした社会の風潮に戸惑いを感じています。

 さて、拙宅から歩いて2分のところに、前記の「サンクス」というコンビニがあります。買い物は車でないと行けない山の中腹に住んでいるため、家族みんながチョッとした買い物によく利用しています。私は、宅急便を頼むのによく利用していました。しかし、今は、わざわざ車で山の下の取扱店へ持っていきます。近所のこのコンビニでの、荷物の取り扱いに不満があるからです。

 その「サンクス」では、預かった荷物を店内のレジカウンターの中に積んでいます。しかし、いつしか足下が狭くなるのでしょう。そうなると、宅急便の荷物を店の外に積むのです。

 その店を通りかかったとき、自分の預けた荷物が外に放り出されているのを見て唖然としました。私が預けた、書類を入れた封筒が、店外に積まれた宅急便の紙箱や段ボール箱の上に、ヒョイと乗せられていたのです。すぐに店に言いに行こうかと思いましたが、「大丈夫だろう」と思うことにして、そのままにしました。
 抗議をするというのは、勇気のいることなのですね。日常の生活圏ならなおさらのことです。

 そうこうする内にその店では、宅急便の預かり荷物がますます粗雑になりました。
 ドリンクやお菓子が入っていた空き箱や段ボールが店外に数十枚積まれている、そのすぐ側に積み並べられるようになったのです。毎週2つ位は宅急便を出すことが続くことがあったときに、店外に出さないで業者が受け取りに来るまでは店内に置いてほしい、と平身低頭お願いしました。そして、外に出すなら、業者からネットが貰えるはずなので、それで覆って貰えないか、ともお願いしました。

 店外ではネットをかけてほしいとのお願いは、3度ほどしました。そして、どうなったかを店員さんに聞くと、業者はそのようなものは用意していないそうだ、との返事でした。
 ヤマト運輸はそのような対策をしていると知人から教えてもらっていたので、再度確認してほしいとお願いしました。しかし、いまだに、夕刻になると預かった荷物は店外に放置されています。

 また、夏休みは、その店外の空き段ボールの山と宅急便の荷物の前で、時間を持て余した中・高校生が車座になってはしゃいでいるのです。自分の荷物がどうなるのか、ハラハラしました。
 これは異常だと思い、その店が頼りにならないので、宅急便の回収時間を目がけて持参することを続けました。しかし、それもばからしくなり、車で山を降り、きちんと屋内で管理してくれる店に持っていくようになりました。

 歩いて持っていけるところにあるのに、わざわざその店の前を通って車を走らせる愚かな自分に腹が立つこともあります。しかし、当の「サンクス」がこちらの要望を無視される限りは、安心して預けるわけにはいきません。そう思って、何々便を扱う街角のコンビニや酒屋やクリーニング店を見ると、結構、預かった荷物が店外や車道や舗道に積まれています。
 預かった店の人の視線の外に、荷物が転がっているのです。荷物の所有権はどこにもないかの状況です。あくまでも、私の生活圏である、奈良・京都・大阪でのことです。

 最近は、預けた荷物がうまく届いたかどうかを、インターネットで確認できるようになっています。私も、預けた店の雰囲気がおかしいときは、これで確認することが増えました。

 まさに、ヤマト運輸を疑い、そして自分の手で確認して安心します。荷物のトラブルが多いからでしょう。
 このインターネットのサービスは、利用者の不信感を何とか紛らわせるための方便なのでしょうか。しかし、利用者の立場からは、預けてから不安がるよりも、こうして確認できることは、ないよりはましです。

 みんな、信頼の上に成り立っている行為なのでしょう。しかし、これは宅配業者が何とか手を打たないと、いずれは信用をなくすと思います。お客様の荷物を預かるという原点が、末端にいけば単なるモノにすぎなくなるようです。そして、その荷物が紛失しても、取扱店も、それを回収する人も、そんなに責任を感じないシステムなのでしょう。
 宅配便の中身には、命を左右すると言えば大げさかもしれませんが、大切なものも多いと思います。預ける側も預かる側も、平和な社会に慣れてしまった一つの例といえましょう。

 海外に行ったときは、郵便物は届かないかもしれないことを前提に投函します。ロンドンの郵便局から日本に小荷物を送ったときは、到着に時間がかかっただけに心配しました。

 荷物の行き先を正確に区分けするバーコードが開発されたとのことです。しかし、上に記した例は、集配業務に入るまでの問題です。荷物を最初に預かる「人」の問題であることが、ハイテクと言われる社会の落とし穴のように思えます。
 企業は「人」を強調しますが、現実には効率的なシステムに依存するところで終わっているようです。とくに、コンビニという便利さを追求するところでは、商品や情報の提供・公共料金収納の代行は得意でも、荷物を預かったりする業務に関しては、まだまだ研究が必要だと思います。

 先日も、2つ持ち込んだ荷物の宛先ラベルを、それぞれを間違って貼り付けられそうになり、慌てて指摘しました。あのラベルは、やはり自分で貼るものですね。親切にやってくださるのを制止できないときは、目だけはラベルをジッと見ていましょう。あらかじめ書いたものを貼ってから持ち込むのがベターです。

 ついでといっては何ですが、もう一つ関連して……。

 宅配便の車です。わがもの顔での違法駐車がいまだにあります。早くからいろいろと指摘されていますが、まさに無法地帯です。宅配業界は、各省官庁や警察関係者にそうとう金品を渡し、接待をしてきたからこそ可能なことなのでしょう。お役人からの免罪符があるのでしょう。貢ぎ物の効き目のある内は、とにかく強気で、道ならどこでも車を止めてよいことになっているようです。町中では、舗道や商店街の中でもお構いなしに車を止め、ドアを開けっ放しで荷物の出し入れをしているのですから。

 近所のコンビニも、交差点の角にあることもあり、宅急便のみならず、商品納入業者の交差点内の駐車はもとより、人の迷惑を顧みない利用者のでたらめな駐車には、いつもいやな思いをさせられています。
 コンビニも、このような店周辺の状況にわざと目をつぶり、知らぬ顔で営業を続けています。このようなお店が全国にあることを思うと、コンビニと宅配流通業は社会への迷惑と地域住民による忍耐の上にあぐらをかきながら、便利さと人々の幸せを強調することによって成り立つ商売と見受けられます。

 自分たちが、人々に不快な思いをさせていることに気づいたときに、コンビニや宅配という業界は人間社会になじむ業種になることでしょう。かつての、村や町の人たちへの配慮があった個人商店のような信頼を得るには、まだまだ時間がかかるようです。もっとも、その信頼が得られるようになったときには、また別の物流形態が生まれているのでしょうが。
(妄言多謝)
 
 
********************** 以上、再録掲載 **********************
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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