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2012年11月15日 (木)

読書雑記(53)中村久司『イギリスで「平和学博士号」を取った日本人』

 中村久司著『イギリスで「平和学博士号」を取った日本人 —英国の軍産学複合体に挑む—』(高文研、2012年9月刊、¥1,800)は、平和ボケした日本人にジワジワと効くボディーブローを打ち付けてくる本です。
 「出る釘は打たれる」という喩えを自戒の念とすべく教え込まれた人には、現代の日本において、もう著者のような生き方は不可能です。しかし、巧みに教育的配慮からガス抜きをされた人でも、本書を読めば、正しいと思うことにどう立ち向かうか、ということに対する視野は広がります。
 闘う、ということを忘れた人には、刺激の多い内容です。それだけ、本書には毒も薬も盛られていると言えるでしょう。

 最近、夢を育てようとしているか? と自問することが多くなりました。
 過日も、本ブログに「今、夢を育てようとしているか」(2012年10月 9日)と題する拙文を書いたところです。

 常に夢を抱き、そしてそれを実現すべく真っ直ぐに歩んで行く姿勢が、本書の著者には顕著です。それが、言葉という形でこの本から立ち現れて来ます。
 そして、今を語るのが、本書のサブタイトルとなっている〈英国の軍産学複合体に挑む〉という闘いの報告です。

 
 
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 夢を持ちようにも持てない人々、もしくは夢を探し求めている人々に、私はこの本を勧めます。

 人はみな生き方を異にしています。しかし、同じではないにしても、基底にはよく似た問題が横たわっています。解決すべき問題を前にして、各自がどう立ち向かうのか。その一つの対処と方策が、現在進行形の形で本書には提示されているのです。

 特に終章は、著者の終始一貫した生きざまが語られ、心に響くものがあります。最後に記される「抵抗の意思表示」や「何もしないでいることは、とても罪深いことに感じられた。」ということばには、読者である我々にあらためて考えることを迫る力と奥深さがあります。

 さて、開巻冒頭から、巧みな文章で読まされました。非常に個人的な話から始まります。それでいて、実体験をもとにした内容なので、語られる言葉がストレートに伝わってきます。ドキュメンタリーの世界に引き込まれていくのです。

 また、作者は、読者に語りかける内容を、次のように明確にしているので、わかりやすく読み進められます。


本書は、イギリスという国や異文化・国際関係の問題、また留学に関心を持っておられる人々や、多様な状況下で広い意味の平和問題に触れ、その問題解決のために悩み、考え、たたかっておられる世代を超えた広範な人々に、私のささやかな体験を紹介したいと願って書き出しました。状況と形態は私の場合とはまったく異質でも、平和の問題を真摯に考えその実現のためにたたかっておられる人々には、私の日本とイギリスでの生活・就労・留学体験の中の、苦悩・葛藤・失敗・発見・感動・喜びなどを共有していただけるのではないかと考えたからです。(3頁)

 著者は私よりも1つだけ年上ということもあり、時代背景もよく理解できました。あらためて、その生きざまが理解できました。

 読み進むうちに、海外に向けられた知的好奇心も、ジンジンと伝わってきます。正しいと思うことには、真正面からぶつかっていく、その具体的な実話が興味深く、そしておもしろいだけに、一晩中この一冊が手放せず、ついつい読み耽ってしまいました。

 また、奥様との結婚話や娘さんへの溢れんばかりの愛情は、それまでの道のりの険しさを知ると、その底流に家族の間での信頼に裏打ちされた思いやりがあることに気付かされます。

 英語と英国文化の話もおもしろく読めました。その苦闘の中で、著者はひたすら前を見て、いわゆる義憤にかられながら、それをコントロールしながら生きてこられたのです。そしてこれからも。

 そうそう、「いわゆる」ということばの英訳の話は、このことばを「いわゆる青表紙本」などということばとして使う私には、大いに参考になるものでした。


「自衛隊」なる存在も、英語の文献・記事では、「the so-called SelfDefense Force(s)」と、「so-called」を「自衛隊」の前に付けて論じられる場合が多い。「so-called」は、「いわゆる」「世にいう」ではあるが、通常の場合、「不信・軽蔑・嘲笑」を含む。「自衛隊とやら」「本当かどうか疑わしいが自衛隊」となる。実質上、「自衛隊などと呼んでいるが軍隊だ」という含みがある。(163頁)

 後半で、ヨークへの篤い思いが溢れ出るように語られます。しっかりと立ち位置を定めて、自分の足で生きようとする著者の強い意志が、行間の各所から伝わってきました。しかも、その背後では、慎重な判断がなされています。

 学びながら生きる、という姿勢も明確です。ここがしっかりとしているので、納得できないことへの抵抗や抗議や闘争という行動にブレがないのでしょう。

 「コングラチュレーションズ、ドクター・ナカムラ!」という祝福の言葉と共に、平和学博士という称号がもたらされます。このくだりを読んでいて、つい私の目頭も熱くなりました。

 本書は、非常に不思議な本です。生々しい事実をもとにした話題が展開しています。そして、著者の人間としてのすべてが、読み進む内に読者の体内に染み込んできます。しかも、時間軸が今に近づく後半に至るまで、著者の強い意志が貫き通されているのです。

 活動家でも研究者でもない、いつまでも夢を追い続ける一人の人間が、この一冊の本の中にいて、問わず語りに話しかけて来るのです。
 日頃はフィクションの世界に身を委ねる私にとって、久しぶりに魂の叫びを聞いた余韻に浸っています。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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