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2012年12月24日 (月)

父が遺していた焼けた帛紗の由緒書

 今年の1月に引っ越しをして以来、まだまだ荷物が整理しきれていません。とにかく、なんでもかんでも、段ボール箱に押し込んで、賀茂川の右岸から左岸に移ってきたのです。

 今日、父と母に関するものが入っているパッケージを開けたところ、私が父から受け取るはずだったものが出てきました。

 高校卒業後、東京で新聞配達をしていた時、住み込みの店が火事になりました。大学1年生の冬休みが明けた早々です。成人式の数日前のことでした。晴れ着として作ってもらったスーツは、着ないままに灰になりました。大阪に帰る気持ちがなかったので、私のすべての持ち物を持って来ていたのです。そのすべてが無くなりました。

 しかし、お茶のための帛紗だけは、焼け残っていたのです。このことは、記憶に残っていました。しかし、父は以下のような「由緒書」を付けて、保存していてくれたのです。このことは、知りませんでした。父は、29年前に亡くなっています。
 
 
 

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   由来書
昭和四十七年一月十一日 午前三時二十分頃、東京都大田区○●丁目○ノ● 朝日新聞○○専売所一階ヨリ出火、折柄異常乾燥下、火ハ忽チ燃ヘ拡ガリ約三十分ニシテ同家ヲ全焼セリ 鉄也事、同家二階ニ居住シアリ 出火後 暫ラクニシテ大声ニ目ヲ醒マシタル処、既ニ室内ハ煙入リ込ミ 息苦シク覚ヘタリ。
「火事」咄嗟ニ枕元ノ「ズボン」ヲ身ニ附ケ 「ハーフコート」ニテ 煙ヲ吸入セザル如ク 口ヲ覆イ 襖ヲ開ケタル処、濛々タル煙 流入スルヲ以テ裏ノガラス戸ヲ開ケ 屋根ヨリ飛ビ降リ 一命ヲ拾イタリ。
(コノ間数十秒ニ過ギズ)
深夜且ハ異常乾燥下ノコトトテ、店主Y氏ハ素ヨリ二階ノM夫妻他五名、何一ツ持出ス能ハズ 文字通リ命カラ/\ 奇跡的ニ無事ナリシヲ得タリ。
夜明ト共ニ 無残ニ焼ケ落チ 一切ヲ灰トシタル中ニ 只一ツ コノ帛紗ノミ概ネ原形ヲ留メアリタリ。
余ソノ不思議サト嬉シサニ 記念トシテ永ク後世ニ遺スベク 保存スルコトゝセリ。
因ミニ此ノ帛紗ハ 森下紫鶴氏ヨリ贈ラレタルモノナリ。
           伊藤忠右衛門記
  昭和四十七年一月記

 私が父に話したことを、こうして記録してくれていたのです。「余ソノ不思議サト嬉シサニ 記念トシテ永ク後世ニ遺スベク 保存スルコトゝセリ。」とあるのは、いささかオーバーです。しかし、ありがたいことです。

 写真でも認められるように、帛紗ばさみが入っていた紙箱は、片端がひどく焼損しています。その痕は、帛紗ばさみにも燃え痕が認められます。右上の帛紗と真ん中下の古帛紗には、何かが溶けて付着していました。懐紙は、熱い火を潜り抜けた後、相当水を被ったようです。楊枝は、今でもこのまま使えます。何故か、扇子がありません。

 最後に「森下紫鶴氏」とあるのは、父の同僚で姉のお茶とお花の先生です。私も、姉にくっついて何度かお稽古に行ったことがあります。今から考えると、夏休みだったので風炉のお稽古だったのです。何も知らずに、遊び半分で行き、帰りに未生流のお花の生け方を教わったりしていました。

 我が家の本家のおじいさんが茶人で、自分で小さな庵を持っていたことを覚えています。父も、何度か出雲と松江であったお茶会に連れて行ってくれました。まだ私が小学校入学前のことです。
 生まれが出雲なので、小さい頃からお茶には親しんでいたのでしょう。作法など関係なしに、毎日のようにお茶をいただいていたように思います。近所や親戚の家に行ったときに、よく抹茶がでてきました。

 突然その姿を見せた帛紗と、父の由緒書に驚いています。
 30年越しの、父親からの贈り物に、よろこんでいます。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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