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2013年4月の30件の記事

2013年4月30日 (火)

京洛逍遥(273)SUVACO・ジェイアール京都伊勢丹

 京都駅から東京へ行くときや、京都駅に着いてお弁当を買うときには、JR京都駅西改札口前の南北自由通路を挟んだ真ん前にある「SUVACO(スバコ)・ジェイアール京都伊勢丹」をよく利用します。
 ここには、京都ではよく知られたお店の弁当が、節度をもってたくさん並んでいるのです。

 食事において糖質を気にかける日々の私は、このスバコで、おばんざいと野菜サラダを組み合わせたり、健康指向の和風食材のお弁当を買います。駅弁とはまったく違った、質の高い弁当が並んでいます。それでいて、安いのです。私は千円以内を基準にして組み合わせています。

 そのお弁当コーナーに、糖質制限食を提供することで知られる京都北山通りにある「南山」の「糖質オフ 焼肉弁当」があったのです。南山に行こう思っていたところだったので、これは買うしかありません。
 
 
 
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 糖質オフの焼き肉と、一見冷めんかと見紛うばかりの豆腐麺のチャンプルーを美味しくいただきました。
 原材料名の中に「エリスリトール」とあるので、わが家でも使っている糖質0の「ラカント」で甘味を出しているようです。
 砂糖を大量に振りかけて、いかにも美味しいかのように見せかける手法とは違って、節度のある甘味が気に入りました。このお弁当一個で、糖質は4.5グラムだそうです。

 今後とも、こうした商品をたくさん開発してほしいものです。

 スイーツと称して、砂糖漬けで味覚を破壊するものを女性を中心に売りつけて、糖尿病患者を大量生産する商売は、今後の医療費の増大を抑制するためにも、一日も早くやめてほしいものです。将来の莫大な医療費を国民が負担することのリスクを、もっと考えて商品開発ができないものでしょうか。
 
 
 

2013年4月29日 (月)

京洛逍遥(272)流鏑馬神事の準備風景

 毎年5月3日に、葵祭の前儀として下鴨神社では流鏑馬神事が行われます。

 昨年の様子は、「京洛逍遥(227)下鴨神社の流鏑馬神事」(2012年5月 3日)に書いた通りです。

 今年は、当日に仕事が入っていて見に行けません。そこで、その馬場の様子を見てきました。
 この流鏑馬神事は、「糺の森流鏑馬保存会」が公家装束で行うもので、非常にめずらしいものです。

 馬は、河合神社の前からスタートします。
 ちょうど、整地作業が進められている所でした。
 
 
 
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 3つある的の内、最初に標的となる「一の的」の付近を、ショベルカーで走路を整地しておられるところでした。
 
 
 
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 ちょうど「一の的」を設置するための目印を付けに来られた方に、少しお話を伺いました。
 この石灰でカギ型が描かれた場所が、その「一の的」が置かれることになります。
 
 
 

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 観客側から見ると、こんな風景の場所になります。
 
 
 
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 私は、「一の的」が一番的中率が高いと思っているので、いつもこの位置に陣取っています。
 3年前の「京洛逍遥(137)糺の森の流鏑馬神事」(2010年5月 3日)では、まさに矢が的に当たった瞬間を写真に収め、かつ、その時の破片に揮毫してもらったものを手に入れた話を書いています。ご笑覧を。

 さて、今年はどのような流鏑馬になるのでしょうか。
 どなたか、見に行かれた方は、報告をお願いします。
 
 
 

2013年4月28日 (日)

逸翁美術館で池田亀鑑賞の選考委員会がありました

 今日は、第2回となる池田亀鑑賞を選考する委員会がありました。審査会場は、当委員会の会長である伊井春樹逸翁美術館館長が文庫長を兼務なさっている、美術館に隣接する池田文庫の会議室です。
 
 
 

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 私は、昨日のお昼までは東京日本橋で開催されたNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の通常総会に出席し、午後はそのままみんなと一緒に、皇居前の出光美術館で公開されている「土佐光吉没後400年記念 源氏絵と伊勢絵―描かれた恋物語」(2013年4月6日~5月19日)の展覧会に足を運びました。これは、多くの刺激を受けるすばらしい展覧会でした。

 その足で、すぐ目の前の東京駅から新幹線で入洛です。
 京都の自宅に着くとすぐに、委員のみなさまから送られて来ていた審査資料を整理し、まとめたものを委員の先生方にお送りしました。

 今日の会議では、各委員の先生方から事前に伺っていたコメントに加え、当選考会での話題に沿って、さまざま角度から発言がありました。ありとあらゆる視点から検討することによって、今回の受賞作が決定したのです。

 また、今回も日南町から、「池田亀鑑文学碑を守る会」の事務局長をなさっている久代安敏氏が、オブザーバーとして参加してくださいました。主催者側である日南町のご理解がいただけていることは、大変ありがたいことです。

 審議の結果、池田亀鑑賞にふさわしい著作一点が、第2回受賞作として選定されました。近日中に、池田亀鑑賞のホームページを通して発表されますので、今年度の詳細は今しばらくお待ちください。

 授賞式は、本年6月22日に日南町で行われます。
 このことに関しては、「池田亀鑑賞のホームページ」をご覧いただければ幸いです。

 第3回の募集については、今回の受賞作の発表と共にお知らせします。
 
 

2013年4月27日 (土)

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の通常総会の報告

 特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉の平成24年度_第1回_通常総会が開催されました。
 場所は、日本橋公会堂の集会室でした。
 
 
 
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 まずは、代表理事を務める私が、以下のメモを配布して、この法人の基本的な確認事項をお話しました。


心構え
(1)ゼロからの出発であること
   もとより何も失うものはない
(2)みんなで実績を積み上げる
   丁寧な仕事をして信頼を得よう
(3)みんなで相談して仕事を進める
   自分だけで判断せず苦楽を共有する
(4)次世代への継承を意識する
   判断に迷ったら継続できることを
(5)ボランティアは無償の奉仕と違う
   何かをすればなにがしかの報酬を
 
取り組む課題
(1)『源氏物語』の写本すべてを翻字
   全世中の源氏写本をデータベース化
(2)『源氏物語別本集成 続』の継続
   止まっている第8巻から再開する
(3)『十帖源氏』の多言語翻訳する
   世界31言語で翻訳して公開する
(4)『源氏物語』の本文関連情報を提供
   ホームページを通してのサービス
(5)写本を読める人を育成する
   写本を読む勉強会を出前する

 続いて、五つの議案の検討と確認と承認を得ました。
 これは、平成24年度と平成25年度の事業報告や会計監査、そして事業案に関するものです。
 また、役員選任に関して、理事の交代も了承されました。
 これらの内容は、後日、ホームページで報告いたします。

 今年度実施する活動の具体的なことも、時間をかけて話し合うことができました。
 予想時間を大幅にオーバーし、3時間もの熱気溢れる意見交換の場となりました。たっぷりと、じっくりと意思の確認などを行なうことができました。

 今日は、京都や秋田という遠方からの、会員の参加がありました。
 充実した総会となりました。
 みなさまに、篤くお礼申し上げます。
 これで、今年度の活動がスムースに運びます。
 活動を始めると、いろいろな問題などに遭遇することでしょう。
 幅広い方々のご理解とご支援をいただくなかで、着実に成果を出していきたいと思います。
 ますますのご協力を、よろしくお願いいたします。
 
 
 

2013年4月26日 (金)

授業(2013-3)海外の日本文学研究の実情と研究者のこと

 まず、9世紀の平仮名書きの土器をめぐる新聞記事をもとにして、海外における日本語教育や変体がなの教育的な役割を説明しました。
 その際、写本を読むことの重要性とその意義を、日本の研究者は特に意識すべきであることを強調しました。

 また、文学を論じるときに、海外の方にありがちな、読書感想文的なものにならないように、という話題も投げかけました。実証的な姿勢を早い段階で身につけてほしい、という観点からの要望です。活字の校訂本文だけに頼らず、文献資料を押さえた手堅い研究手法を見につけてほしいと熱望して、そんな話をしたのです。

 2008年に開催された源氏物語千年紀の成果である『源氏物語国際フォーラム集成』(伊井春樹監修、源氏物語千年紀委員会編集、平成21年3月)をもとにして、海外で活躍中の研究者の紹介と報告をしました。
 
 
 
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 平安文学に関しては、若手としてアメリカのマイケル・エメリック君とイギリスのレベッカ・クレメンツさんに今後とも注目すべきであることを力説しました。2人とも江戸時代に足を置きながら、『源氏物語』を中心とした作品の受容史を見据えています。非常にシャープな切り口で、日本文化論を意識した問題提起をしています。個人的にではありますが、この2人に今後の活躍を大いに期待しています。

 海外の日本文学の研究事情は、容易に語れません。それは、多様な取り組みがなされているからです。そのような中で、多くの方と会う機会があるので、私が見た範囲での諸先生方のことを語りました。
 
 
 

2013年4月25日 (木)

ソフトバンクのポケットWi-Fi を解約〈その2〉

 昨冬、「ソフトバンクのポケットWi-Fi を解約〈その1〉」(2012年11月 9日)で、持ち運び用のインターネット接続無線機のことを書きました。

 その後、iPhone をソフトバンクからauに、無事に乗り換えました。
 auは、快調につながっています。もっとも、先週から今週にかけては、メールの送信が一時的に使えないという状態が続きました。しかし、それも一時的であり、ソフトバンクのように年がら年中ではありません。

 さて、上記の「ソフトバンクのポケットWi-Fi を解約〈その1〉」で、auの iPhone を使うようになると、ソフトバンクのポケットWi-Fi が不要になり、その時にまた解約するので、「何かとおもしろそうな問題があることでしょう」と書きました。
 今日、その解約をしたので、そのことを書いておきます。

 実は、期待に反して、まったくの肩透かしでした。
 解約の相談は、すでに今年のお正月にしてあり、2月末に解約することにしていました。しかし、何かと忙しかったため、ついついソフトバンクのお店に行っていなかったのです。

 その間も、毎月利用料の5,400円を払い続けていました。月に1回使うか使わないという状況が、この1年ほど続いていたのです。もったいない、ということよりも、また面倒なもめ事に対処するのに気疲れするのが嫌さに、ついつい解約をしに行く足が遠のいていたのです。

 1時間半ほど待たされたことはともかく、何も問題なくスムースに解約できました。私にしては、本当に珍しいことです。こんなこともあるのです。

 したがって、この件では何も書くことがありません。気分は爽やかです。

 息子も先日、ソフトバンクの iPhone からauの iPhone に乗り換えたので、これでわが家にソフトバンクのユーザーはいなくなりました。

 最初からauが iPhone を取り扱っていたら、こんなに遠回りをしなかったのに、と言っても無意味でしょう。iPhone を使いたいばかりに、auの携帯電話からソフトバンクに移り、そしてまたauに戻ったのです。
 もっとも、auにしても、変な会社です。
 これまでに、以下のようなことを書いていました。読み返すと、おもしろいものです。
 こんなに酷かったauでも、ソフトバンクよりも大分マシというのが、さらにおもしろいのです。

(1)「au携帯を見切る時期到来か」(2008年2月20日)
 ★これは、まだauが iPhone を取り扱う前の話です。この頃は、NTTが iPhone を受け持つような情報が流れていたのです。ところがその後、ソフトバンクが引き受けることになったのです。あの、私が20数年来バカにしていた社長の会社です。私は、アスキーの西和彦派だったのです。
 
(2)「欠陥品だった携帯電話」(2008年7月17日)
 ★私が大好きなソニーの製品の欠陥話です。iPhone に移行する直前のトラブルを記しています。とにかく、欠陥商品に出くわすことの多い私です。こんな話は、ネタが尽きることがありません。
 
(3)「auという電話会社の限界を痛感」(2008年8月 1日)
 ★これは、auという会社の企業内論理に関する問題でした。とにかく、私はクレーマーと言われないように、ひたすら気を遣って対応をしました。変な話ですが、本当の話です。こんな不思議なauという会社が、何とソフトバンクよりも数段マシであることがわかりました。変な話ですが。
 
(4)「auの巧妙な携帯電話欠陥隠し」(2008年8月 4日)
 ★auという会社の不可思議さを記したものです。
 
 
 


2013年4月24日 (水)

森田巧氏の『全訳 十帖源氏』について

 『十帖源氏』の現代語訳が、それも「全訳」が見つかった、という連絡を、立命館大学の川内有子さんから受け、突然の朗報に私は小躍りしました。また、訳者の森田巧氏は、富士市の書店のホームページの情報などから、教育関係のご著書のある方のようだ、とのこと。

 これまでにも、いろいろな方法で、『十帖源氏』の情報を探っていました。それだけに、川内さんからのメールを見て、教えてもらったサイトをすぐに確認しました。

 静岡県立中央図書館の蔵書を検索すると、確かに森田氏の『十帖源氏』に関する本があるのです。
 
 
 
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 同じ本が2種類あります。副本なのでしょう。さらに詳細な書誌データをみると、所蔵図書の番号は異なります。
 早速、この本を図書館同志のネットワークを活用して、貸し出していただく手続きをしました。

 素早い対応をしてくださったおかげで、週末を挟んだ一昨日、その本を東京で手にすることができました。予想通り、軽装の私家版でした。

 なお、本書に関する情報は、この静岡県立中央図書館以外にはみあたりません。国会図書館をはじめ、もちろん国文学研究資料館にもないのです。よくぞ見つけてくれた、という本なのです。

 届いた2セットの本は、全く同じものでした。乱丁や落丁やがあっては、と思い、念のために副本も送っていただいたのです。
 
 
 
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 森田氏の手になる『十帖源氏』(平成3年7月)の現代語訳編の青色の表紙には、「全訳 十帖源氏」と記されています。

 左側のピンク色の分厚い本は、『十帖源氏』の江戸期版本の影印本でした。
 その序文には、これがご架蔵の本の汚損や虫食いを修正し、縮小コピーした復刻本であることが記されています。そして、その序文には次のように書かれています。


ごく最近(平成二年十一月)早稲田大学から、影印本(写真本)という形で出版されました。(私蔵のものは、京大図書館蔵系のものであります)

 この早稲田大学本のことは、「全訳」編の巻頭にも記されています。

 実は、早稲田大学本が刊行された前年の平成元年一月に、野々口立圃自筆版下本の複製本が刊行されています。「古典文庫 第五〇七冊」に『十帖源氏 上』が、同年七月に「古典文庫 第五一二冊」として『十帖源氏 下』が、吉田幸一氏によって影印本の形で刊行されていました。
 森田氏は、このことまでは調査が及ばなかったようで、ご架蔵の本の公開に踏み切られたのです。
 この森田氏所蔵の『十帖源氏』の意義は、今ではネット上で何種類もの版本の全頁画像が確認できるので、いずれ明らかになることでしょう。現在、この『十帖源氏』を容易に見ようと思えば、国文学研究資料館、早稲田大学、ハーバード大学などのサイトがあります。

 その意味では、多くの方々がお持ちの古典籍は、今後はどしどしネット上に公開していただけると、研究環境が格段に向上すると思います。

 森田氏の本ができた事情を、以下に簡単に記しておきます。

 森田巧氏は、小学校と中学校の校長をなさっていた方です。校長まで勤め上げられ、退職なさったのです。
 もともと、昭和20年代に大学の卒業論文で『源氏物語』を取り上げられたこともあり、こうした分野には理解がありました。そして、教育現場で活躍されている途中に、神田の古書店で『十帖源氏』の木版本との出会いがあったのです。それでも40年もの歳月を教員及び管理職としてご多忙な日々を過ごされた後、定年後の2年間で『十帖源氏』を読み込まれたのです。
 これについては、次のように巻末の「感謝」で述べておられます。


 月に二回ずつ私と共に、十帖源氏を読む同好の皆さん方が、懲りもせず、二年間一緒に読んでくださったことに勇気付けられ、ともかくもたどり着いたという形であります。

 本書は、森田氏にとって初めての出版という仕事だそうです。タイプライターとワープロを使った、手作りの本です。本文部分は、上下2段に組まれ、上段の翻字はタイプライターで印字され、下段の現代語訳はワープロで打たれたものです。次の図版は、「桐壺」巻の巻頭部分です。
 
 
 

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 なお、現代語訳をするにあたっては、冒頭部分で次のようにおっしゃっています。


 もともと十帖源氏は長文を縮刷してありますので、文脈を繋げる作業が必要になりました。

 つまり、原文に忠実に訳した逐語訳ではない、ということです。
 この点に注意しながら、今後とも、翻字や現代語訳について、この森田版『十帖源氏』を参考図書として活用させていただくことにします。
 
 
 

2013年4月23日 (火)

新宿の中心で『十帖源氏』を読む

 今日は、国文学研究資料館の外来研究員として日本に来ている趙君が参加しました。
 漢字の表記によっては、意味がまったく違ってくることがあるので、中国の方々にもわかるかどうか、ということと、中国でなんと言うのかを確認しながら進めました。

 こうした、異文化で育った方の参加は、現代語訳を作っていく上でも確認になり、意義深い勉強会となります。今後とも、積極的に海外の方々の参加を求めていきたいと思います。

 今日はまず、「懐妊」という言葉にこだわりました。藤壺が妊娠したことを言う場面です。
 原文は「藤つぼは懐妊ゆへ参らせ給はず。」となっています。ここを、担当者は「藤壺は懐妊中なので朱雀院へは行きません。」と訳していました。
 いろいろと類語を調べても、固い漢語が多いのです。妊娠、身ごもる、身重、受胎などなど。しかし、これらも何となくしっくりときません。「おめでた」では軽すぎます。
 結局は、「藤壺は出産をひかえていたので朱雀院へは行きません。」という訳になりました。

 『十帖源氏』を全訳した本が出ている、という情報が、京都の川内さんからもたらされました。ただし、この本は静岡県立中央図書館にあるだけで、全国の他の図書館のどこにもないのです。国会図書館にも見当たりません。

 早速先方の図書館に連絡をして、東京に送っていただくように、貸し出し手続きをしました。ありがたいことに、すぐに送り届けてくださいました。

 2冊あり、一冊は『十帖源氏』の版本の影印本でした。もう一冊が、森田巧さんの全訳です。

 この本の詳細は、また後日にします。
 今日は、輪読をする「紅葉賀」巻の該当個所だけを、参考として見ました。

 上にあげた例の場合は、こんな感じです。


原文︰藤つぼは懐妊ゆへ参らせ給はず。

我々訳︰藤壺は出産をひかえていたので、朱雀院へは行きません。

森田訳︰藤壺の宮は御懐妊されたため、里に退出されておりました。


 我々の訳では、帝以外には敬語はつけないという方針のもと、原文から離れないようにしています。しかし、森田さんの訳は意訳になっています。また、敬語も正確ではありません。

 森田訳は、今日少しだけ見た範囲からではありますが、『十帖源氏』の原文の訳というよりも、元の『源氏物語』の話の流れを汲み取って、話がつながるように訳しておられるようです。
 これも、一つの現代語訳のあり方です。我々は、『十帖源氏』の本文を尊重した訳を目指しているので、当然訳文が異なってきます。しかも、海外の方に翻訳してもらうための現代語訳を心がけているので、なおさら訳文が違ってきます。

 この森田訳に関する情報がほとんどないので、そのことを意識して、これからも話題にしていきたいと思います。『十帖源氏』の最初の現代語全訳ということなので、森田巧氏に対する敬意とともに、参考にさせていただきたいと思います。

 今日は、その他に「密通」という訳語がでてきました。これは、先日の京都では「許されない恋愛」としたので、東京の場合もそれに倣うことにしました。
 東西で、可能な限り統一した方針で訳文を作る方がいいとの判断からです。

 また、『十帖源氏』は特定の人のことを訳さないのでは、という意見が出ました。作者である野々口立圃は、藤壺が好きなのではないか、などなど。
 確かに、誰をダイジェスト化にともなって訳さずにいるのか、ということを見ていくと、おもしろい傾向が見えてきそうです。
 誰のことを省略しているか、どんな場面を切り捨てているのか、などは、今後とも気をつけて見ていくことにします。
 
 
 

2013年4月22日 (月)

土器に書かれた日本最古の平仮名

 昨秋、本ブログの「土器に書かれたひらがなをどう読むか」(2012年11月30日)という記事で、9世紀後半の土器片に書かれたひらがなのことを報告しました。

 私は、画数の多い「漢字」がたくさん書写された、江戸時代を中心とした文献資料を読むのは苦手です。しかし、どこまでが1文字か悩ましい「ひらがな」を中心とした鎌倉時代の『源氏物語』の写本などは、目の前にすると心躍る気持ちを抑えられません。
 さらには、一度書いた文字を竹や金属のヘラなどで削ったり、文字を上からなぞたりして書き直してある箇所などに出くわすと、もう血が騒ぎます。その最初に書かれた、読めないようになっている文字を推測することに、無上の喜びを感じてジッと何時間でも見つめてしまいます。
 重要文化財となっている大島本『源氏物語』の調査をさせていただいた時などで、80倍に拡大できる顕微鏡などを使い、削られた繊維の屑の流れなどから、下に書かれていた文字を解読できたときなどは、言い知れぬ爽快感が身体中に込み上げてきました。

 ひらがなは、奥深い謎を秘めています。先般発掘された土器に関して、その責任者である丸川義広氏が、直接の当事者としてお話をなさる公開講座が開催されます。
 本来なら私もかけつけてお聞きするところです。しかし、あいにくこの開催日の6月22日は、鳥取県の日南町で池田亀鑑賞の授賞式があり、私はこの東京での講演を拝聴することができません。

 以下にその案内とポスターを掲載しますので、これをお聞きになった方からの報告をお待ちします。
 
 
 
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専修大学人文科学研究所公開講座
日時 2013年6月22日(土)13時半より
場所 専修大学神田校舎303教室
「平安京右京三条一坊六町、藤原良相邸の調査」
 京都市埋蔵文化財研究所 統括主任 丸川義広氏
 
開会の言葉:
 良相邸出土墨書土器が語るもの 専修大学人文科学研究所 所長 小山利彦
総括:藤原良相の周辺     専修大学文学部 教授  荒木敏夫

 2012年11月29日三大新聞を含めて大活字の見出しが踊った。
 「9世紀後半 土器に墨書」「最古級の平仮名発見」「宴で歌い器につづる」などである。
 平安京跡から平安時代の有力貴族・右大臣藤原良相(よしみ)邸百花亭跡が京都市埋蔵文化研究所によって発掘された。
 それは歴史学・日本文化史・日本文学史における一大発見である。
 発掘責任者である丸川義広氏をお招きして、その重大史料を東京でも紹介して戴く貴重な機会である。
 
申込み方法:
 ご住所、お名前を明記のうえ、「人文科学研究所公開講座申込み」と題して、電子メール・ファックス・郵送のいずれかにてお申し込みください。
 定員超過の場合のみご連絡させていただきます。
 〒214-8580 川崎市多摩区東三田2-1-1 専修大学人文科学研究所
 Tel:044-911-1090 Fax:044-900-7836
 E-Mail:jinbun@isc.senshu-u.ac.jp

お問い合わせは、人文科学研究所まで電子メールでお願いします。


 
 
 

2013年4月21日 (日)

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のパンフレットができました

 本年2月4日に設立の特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉のパンフレットが、2ヶ月がかりでようやくできあがりました。

 A4版の三つ折りなので、最近普通に使われている定型封筒に入る大きさです。
 
 
 

130421_npopanflet1外側
 
 
 

130421_npopanflet2内側
 
 
 
 このパンフレットを、イベント会場やお店や事務所・フロントなどに置いてくださる方がいらっしゃいましたら、ご連絡いただければお届けします。

 その際、以下の情報を教えてください

(1)お世話くださる方の簡単な自己紹介
(2)置いてくださる場所の情報
(3)必要部数(10部程度をメドに)
(4)送付先

 上記4点を、このコメント欄か、「〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」に記載している事務局への連絡先(npo.gem.info@icloud.com)を通じてお知らせください。

 取り急ぎ、この場を借りてのお願いです。
 
 
 

2013年4月20日 (土)

江戸漫歩(63)西麻布の江戸風居酒屋「権八」

 西麻布の交差点角にあった、おもしろい建物で食事をしました。たまたま通り掛かって入ったお店です。
 
 
 
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 入口は蔵に入る、という趣です。
 
 
 

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 いかにもお江戸、という雰囲気の居酒屋のその蔵の中は、1階と2階が吹き抜けの巨大な空間となっていました。
 
 
 
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 お店の方は、インターナショナルです。しかし、日本語はごく自然に話しておられます。
 BGMは、三味線と尺八が流れています。ボリュームが少し高すぎます。京風の雰囲気に慣れているので、耳障りに感じました。

 海外からのお客さんが多いようです。和風を強調しているので、日本の方はくどく感じるかもしれません。私も、最初は海外の日本料理屋さんに入った気分でした。それでも、次第に慣れてくると、誰かを連れてきたくなるので不思議です。

 ここのお店の名前は、歌舞伎に登場する「白井(平井)権八」に由来するそうです。幡随院長兵衛に「お若えの……」と問われ、権八が「待てとお止めなされしは……」と応える台詞は有名です。ただし、鈴ケ森の刑場を連想してしまうので、辻斬りの権八に私はあまりいい印象はもっていません。

 それはさておき、「石焼うなぎめし」を注文しました。熱くてホクホクしていました。ただし、ベタベタしてしつこかったので、私の好みではありません。半分は妻に渡しました。
 それでもお薦めするのは、サラダや飲み物がバイキング形式で自由にいただけたからです。血糖値を気にする私には、このサラダバーがあると安心です。これがサービスで無料なので、なかなか良心的です。お寿司屋さんも、野菜サラダを用意しておいてほしいものです。
 さらには、果物とヨーグルトとコーヒーを2杯もいただきました。
 ランチだったので、お代は千円でした。これは非常にお得感がある食事となりました。

 場所と建物の雰囲気からすると、夜は高そうです。しかし、メニューを見た限りでは意外とそうでもないのです。
 機会があれば夜にまた来たいと思います。
 
 
 

2013年4月19日 (金)

授業(2013-2)『海外における平安文学』の補足説明

 前回の話に出した『海外における平安文学』(伊藤編、国文学研究資料館発行、349頁、2005年)という本をもとにして、その中身を確認しました。
 
 
 

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130419_heian2裏表紙
 
 
 

 今日は時間の余裕がなかったので、その補足説明を以下に記します。

 『海外における平安文学』は、科研費・基盤研究(B)「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する調査研究」(研究代表者:伊藤鉄也、課題番号︰15320034、平成15〜17年)の研究成果報告の一部をなすものです。
 海外における日本文学に関する情報が整理されていない状況を踏まえて、平安時代の『源氏物語』以外の物語・日記・和歌に関する翻訳書と研究書の解題を作成してまとめたものです。

 この報告書の「まえがき」で、以下のように調査研究の概略を記しました。


まえがき

 日本文学作品が実に多くの言語に翻訳されて、海外の人々に読まれています。外国へ行った時に大きな書店を訪れると、日本文学のコーナーにたくさんの翻訳本が並んでいることに驚かされます。近現代の文学作品に接することが多いのは当然ですが、意外と古典文学作品の翻訳が書棚に並んでいます。『万葉集』や『源氏物語』はよく知られています。しかし、これはいったい誰が読むのだろう、と不思議に思われるほどの平安時代の翻訳作品を見かけると、国や言語を越えた人間の興味や共通理解の深淵に想いを馳せてしまいます。ことばを移し替えることによって伝わる人間の感情や文化の共有は、人々に知的興奮と楽しい一時を与えてくれます。手軽に翻訳本を手にすることができる現代社会において、これは異空間を容易に体験させてくれるものとなっているのです。もちろん、外国語を理解できる人に限られる楽しみではありますが。

 そうした翻訳本と言われる書籍や冊子は、いまや膨大な量になっています。インターネットが普及し出した1995年以降は、キーボードを叩くことによって瞬時にさまざまな翻訳作品の所在を確認できます。しかし、めぐりあった翻訳本の内容を知りたくなったとき、途端に情報が途切れます。本のリストは入手できても、その一々の中身がよくわからないのです。そんな時に、内容を確認できるハンドブックがあれば便利ではないか、というところから本企画の編集作業が始まりました。

 実際には、平成14年秋頃から、国文学研究資料館の名誉教授である福田秀一先生より、国文学研究資料館の松野陽一館長を経由して日本文学作品に関する翻訳書籍を大量に寄贈していただけることになったのが、そもそもの出発点です。現物を手にして、その本の紹介を短い文章にまとめるのです。20種類を越す多言語の世界です。日本語しか理解できない私ですが、幸いにも多くの大学院生が手伝ってくれました。巻末の「編集メンバー」をご覧になればおわかりのように、実に多彩な若者たちです。まさに、共同作業で本企画は進んでいます。

 おかげさまで、好評をいただいた『海外における源氏物語』(2003年12月)に続く『スペイン語圏における日本文学』(2004年9月)も、入手方法の問い合わせに追われました。原始的ですが、報告書であるということで手渡しが原則です。そしてここに、第3冊目となる『海外における平安文学』ができあがりました。今回も、菅原郁子さんが中心となって形にしてくれました。いろいろな言語に立ち向かう若者たちと一緒にいると、羨ましさを越して勇気がもらえます。一人一人のすばらしい能力が結集すると、専門分野ではないにもかかわらず、大きな力となることを実感する日々です。資料編も、そうしたものの結実です。本書の内容などに関する不備は、こうした翻訳や外国語の専門家ではない立場の者が、各自の役割を果たす中で作成し編集しているということで、どうかご寛恕いただきたいと思います。

 「とにかく第一歩を」、ということでスタートした翻訳本の解題作成も、少しずつシリーズ化していく機運になってきました。本書に収載紹介した翻訳本は、巷間に流布する内の一部です。実際には、福田先生から拝受した本に関する報告書です。本企画を推進するためには、まずは当該の翻訳本を入手する必要があります。予算の乏しい文科系の現実から、寄贈に頼らざるをえません。そして、たくさんの情報を必要とします。温かいご理解とご教示やご協力をお願いするしだいです。そして、協力者のご紹介やお申し出を待ち望んでいます。
 お気づきの点などご教示をいただければ幸甚です。

 なお、本書は次の文部科学省科学研究費補助金の成果の一部です。
 2004年度文部科学省科学研究費補助金(研究成果公閉促進費)データベース(一般)
  「日本古典調査データベース」
   課題番号[168041]、グループ代表者:松野陽一
 2004年度文部科学省科学研究費補助金基盤研究B
  「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する調査研究」
   課題番号[15320034]、研究代表者:伊藤鉄也

 印刷発行にあたっては、国文学研究資料館調査収集事業部のご理解とご援助をいただきました。
                 平成17年2月19日
                     伊藤鉄也

 また、「目次」は以下のようになっています。
 本書所収の資料編では、平安文学に関する各種資料を整理しました。『源氏物語』に続き、『枕草子』の章段一覧を収録しています。本書は、あくまでも2005年時点での国文学研究資料館所蔵翻訳本を中心とした解題の試行版であることを、あらかじめお断りしておきます。


目次

まえがき
1.解題編
〈一般〉
〈空海〉
〈円仁〉
〈菅原道真〉〈春記〉
〈韻文〉
  古今和歌集
  寛平御時后宮歌合
  新撰和歌集
  小野小町
  紀貫之
  和泉式部
  藤原道長
  催馬楽
  梁塵秘抄
〈散文〉
  竹取物語
  伊勢物語
  大和物語
  落窪物語
  平中物語
  宇津保物語
  浜松中納言物語
  堤中納言物語
  とりかへばや物語
  栄花物語
  大鏡
  日本霊異記
  今昔物語集
  土佐日記
  蜻蛉日記
  和泉式部日記
  更級日記
  讃岐典侍日記
  枕草子
〈その他〉
〈付録〉ユネスコ代表作コレクション'

2.資料編
 平安文学の翻訳書一覧
 平安文学の研究書一覧(翻訳関係)
 平安文学の研究論文一覧(翻訳関係)
 平安文学の翻訳書・研究書年表
 平安文学に関する映画一覧
 平安文学に関するサイトー覧
 『枕草子』章段一覧
 ※資料編は暫定版である。
イタリア・インドにおける平安文学
あとがき
編集メンバー
人名索引

 海外で翻訳された平安文学作品はたくさんあります。精力的にそれらを集めてきました。しかし、まだまだ手元には集めきれていません。今後とも、地道に集めていくつもりです。情報をお持ちの方からの連絡をお待ちしています。
 
 
 

2013年4月18日 (木)

谷崎全集読過(18)「魔術師」「玄奘三蔵」「詩人のわかれ」

■「魔術師」
 無国籍小説とでも言うべき作品です。そして、何となく妖艶な雰囲気が漂っています。妖しい様子をことばで紡ぎ出そうとする姿勢が明らかです。ただし、私は話の内容に集中できず、何度も行きつ戻りつしながら読み直しました。あまりにも説明的な文章でした。飾りの字句が多すぎるように思われます。目の前で展開しようとする魔術を、作者が解説者よろしく語るために、読んでいて中身に入っていけないのです。
 そして、結末も私にはよくわかりません。人間の世界以外にすばらしい所がある、ということなのでしょうか。視点を変えて読み直してみたいと思います。【1】
 
※初出誌『新小説』大正6年1月号(大正5年12月作)
 
 
 
■「玄奘三蔵」
 冒頭は、リグベーダの英訳文で始まります。中程にも、英文が置かれています。谷崎の意図が、まだ私には理解できていません。
 谷崎は、インドの秘密は幽玄な微妙な観念だと言います。それ以上には、詳しくは述べていません。
 ラーマーヤナの詩句についても、尼を通して語られます。美しい声がラーマーヤナの歌を気高いものにする、と。そして、詩は人間のことばの中で一番神に近いものだとも。
 三蔵は、ただインドの行者の修行を見る立場に徹しています。三蔵の目を通して、行の意味を読者に問いかけるのです。果たして何の意味があるのかと。
 谷崎は、少し批判的な視点でインドの宗教者を見つめています。仏教については触れていません。【3】
 
※初出誌『中央公論』大正6年4月号(大正6年3月作)
 
 
 
■「詩人のわかれ」
 夏にインドへ行く話が出てきます。
 北原白秋をめぐる実話だとのことです。ただし、話はまったく拡がることなく閉じられます。
 私には、単なる記録としか思われません。まったく意味がわからない文章でした。【1】
 
※初出誌『新小説』大正6年4月号(大正6年3月作)
 
 
 

2013年4月17日 (水)

読書雑記(63)山本兼一『赤絵そうめん』でお茶のイメージトレーニング

 山本兼一の〈とびきり屋見立て帖〉の第3冊目である『赤絵そうめん ―とびきり屋見立て帖』(山本兼一、文藝春秋、2011年11月)は、今の私の古道具趣味と茶道に対する興味と一致することが多く、楽しく読めました。
 前2作は文庫本でした。移動中に読むのに、文庫本はコンパクトなので重宝します。しかし、本作がなかなか文庫化されないので、待ちきれずに単行本で読みました。
 
 
 
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■「赤絵そうめん」
 坂本龍馬の土佐弁が、いかにもそれらしく聞こえてきます。読み進んでいて、楽しくなります。
 高価な万暦赤絵の鉢でそうめん食べる女の子。その背景には、道具屋の事情があります。その中で、きれいな商いを目指す真之介とゆず夫婦をめぐる、心落ち着く話です。【3】
 
初出誌:『オール讀物』2010年2月号
 
 
■「しょんべん吉左衛門」
 御恩と奉公に直面する中で、自らの信念を貫く真之介が、気持ちよく描かれています。
 話は前話の赤絵の鉢の後日譚です。明るく爽やかな話に仕上がっています。【3】
 
初出誌:『オール讀物』2010年5月号
 
 
■「からこ夢幻」
 真之介のお点前が見物です。今、私がそのお稽古をしているところなので、あたかも目の前で、話も所作も展開しているように錯覚します。作者は、相当の茶人のようです。
 お茶の力が、芹沢鴨も黙らせるのです。お茶のもつ魅力が伝わってきます。私が好きな「放下着」という禅語も出てきます。ますます茶人の世界が拡がります。
 本話も、上品できれいに仕上がっています。【3】
 
初出誌:『オール讀物』2010年8月号
 
 
■「笑う髑髏」
 源頼朝のご幼少のみぎりの髑髏のくだりだけが、一読の後の印象として僅かに残りました。
 相撲と見せ物小屋の興行話には、まったく興が沸きませんでした。一息入れて、というところでしょうか。【1】
 
初出誌:『オール讀物』2010年11月号
 
 
■「うつろ花」
 名物の茶道具の話に釣り込まれ、時間を忘れて読み耽りました。目の前に道具が広げられているようで、イメージが膨らみます。京の古道具屋さん巡りをする楽しみが、さらに増えました。
 彫三島の茶碗の貸し借りについての話に展開します。そして、夕去りの茶事へと。話題に興味があるだけに、とにかく楽しいのです。自分が少し経験した茶事へと思いが連なり、心浮き立つ思いでページを繰りました。
 まだ私がお稽古を始めたばかりの頃に、先生に誘われるがままにお茶事に行きました。何も知らずに行ったのです。しかし、それがよかったと思います。作品の行間に、自分が見聞きしたことが埋もれており、それに気付かされるのが、非常におもしろいのです。最後の落ちも絶妙です。【5】
 
初出誌:『オール讀物』2011年2月号
 
 
■「虹の橋」
 桂小五郎登場。三条実美も。
 ゆずが、三条公に薄茶を点てた後に、虹が月にかかって現れたのです。茶碗は、最初に菊花天目、二服目は虹の橋。作者の遊び心が満載です。茶の湯の組み合わせの妙が、存分に楽しめます。
 勤王と佐幕が蠢く激動の世を背景にチラつかせながら、お茶と道具の世界がゆったりと展開しているのです。国事に奔走する志士たちや新撰組の心の内が、古い道具を通して炙り出されています。【4】
 
初出誌:『オール讀物』2011年5月号
 
 
 

2013年4月16日 (火)

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉から総会とイベントのお知らせ

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の総会の開催日時及び場所が、下記の通り決定しました。

 この法人のことや活動内容などについて、もう少し知りたいと思っていらっしゃる方は、当日会場に直接お越しいただければ、いろいろと詳細なことがわかる機会ともなります。受け付けで、その旨をお伝えください。

 総会の後は、『十帖源氏』の輪読会(紅葉賀巻)を行います。このことに興味をお持ちの方は、この機会に参加して様子をご覧になってはいかがでしょう。
 午前10時頃から始まり、12時には終わります。
 飛び入り参加も歓迎します。

 また、『十帖源氏』の勉強会の後、さらにその足で出光美術館で開催中の展覧会「源氏絵と伊勢絵」を、みんなで見に行く予定です。
 この出光美術館の展示を一緒に見に行くだけの参加も、大歓迎です。
 12時までに、日本橋公会堂集会室〈第1洋室〉の前の受け付けに来てください。

 いずれも、あらかじめ連絡をいただけると、資料等の準備の都合上、大変助かります。

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特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉総会

■日時4月27日(土) 9:00〜12:00

■場所
〒103-8360
中央区日本橋蛎殻町一丁目31番地1号
日本橋区民センター内日本橋公会堂 集会室〈第1洋室〉
・受付電話:03-3666-4255
・URL:http://www.nihonbasikokaido.com/
・最寄り駅は半蔵門線「水天宮前駅」、日比谷線「人形町駅」、東西線「茅場町駅」、都営浅草線「人形町駅」。
・中央区コミュニティバスも使えます。


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2013年4月15日 (月)

ワックジャパンのカルタが京都府知事賞を受賞

 先日の記事「京都で『十帖源氏』を読む会がスタートしました」(2013年4月 6日)で、京都の活動場所としてワックジャパンをお借りしてスタートしたことを記しました。

 ワックジャパンでは、草の根の国際交流と、家庭の主婦の力を発揮した活動を展開しておられます。
 その活動成果の一つに、本ブログでも紹介した、「英語と日本語で楽しめる『茶の湯かるた』」(2013年1月13日)があります。なかなかユニークなカルタです。

 この「英語付茶の湯かるた」に、先般、京都府知事賞の奨励賞が授与されたのです。
 その実現に奔走された小川さん、おめでとうございます。
 
 
 

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 賞状には、「第一回京都女性企業家賞(アントレプレナー賞)」ともあります。
 「英語付茶の湯かるたの開発と展開」が、高く評価されたのです。

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動場所の一つとしてお借りすることになった京町家が、そのワックジャパンの本拠地です。なかなか刺激的な環境とご縁ができました。ありがたいことです。

 今、京都で、鎌倉時代の古写本を変体がなで読み、〈物語〉を読み解く勉強会を立案しようとしています。ハーバード大学本『源氏物語』の写真版を資料に使う予定です。
 月1回、土曜日にワックジャパンで『十帖源氏』を読むことがスタートしたので、その日の午前中の時間帯を活用できないか、とプランを練っているところです。
 関心をお持ちの方は、連絡をいただけると、暫定的なものではありますが案内を差し上げます。

 この勉強会も、試行錯誤を繰り返しながらであっても、息の長い活動になればと願っています。
 いろいろな方からのご支援やご協力を、よろしくお願いします。
 
 
 


2013年4月14日 (日)

井上靖卒読(164)「ローマの宿」「訪問者」「晴着」

■「ローマの宿」
 ローマオリンピックに新聞記者として行った時の見聞を語るものです。さすがに、ローマでの宿は大変だったようで、その苦労話です。ことばが通じない宿の老婆との悪戦苦闘は、とにかくおもしろくて微笑ましいのです。
 電気を消さない、カギをかけない、などなど、老婆は口うるさいのです。ただし、お風呂の話は笑えます。
 通訳で画家でもある宇津木に作者は、


「ヨーロッパに何年も居ると、月というものに何も感じなくなりますね。美しくも何ともなくなる。変なものですよ、月は。───強いて言えば、慾情的な刺戟でしょうか、そんなものしか感じない」(255頁)

と言わせています。井上の月に対する意識が垣間見えることばとなっています。
 最後は、通訳であった宇津木が俳優として紙面を飾る話です。井上らしいサービス精神に満ちた終わり方です。【3】
 
 
初出誌:小説中央公論
初出号数:1961年10月秋季号
 
新潮文庫 :道・ローマの宿
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「訪問者」
 突然、書生になりたいという画学生が正木の自宅にやってきます。そして、画家である正木に、忠告をして帰るのでした。その後も、慕う気持ちからか連絡は絶えません。しかし、画家とその妻は、画学生を狂人と見なします。
 終わり方が中途半端です。1つのネタとして書かれたもののようです。【1】
 
 
初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1961年12月78号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖小説全集30:夜の声・欅の木
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(上野)
 
 
 
■「晴着」
 妻との約束に間に合うように夫九谷は、タクシーを使って急ぎます。こうした形での移動は、井上の作品によく描かれます。そして、決まって思うようには車は走らないのです。いろいろなトラブルがその途中で引き起こされ、禍が降りかかってきます。話がそれによって、軽妙に語られる、というパターンです。
 妻との待ち合わせ場所になかなか行けず、タクシーの運転手の娘さんが結婚式に行くのにつきあわされることになるのです。ほのぼのとした話です。タクシーの運転手が、娘さんに父親として見せる顔が目に浮かぶようで、人間の内面がうまく引き出せた話となっていると思いました。【4】
 
 
初出誌:家の光
初出号数:1962年1月号
備考 初め『盛装』の作品名で発表。後に長編小説『盛装』が発表され、『晴着』に改題。他に『晴れ着』の表記あり
 
集英社文庫:火の燃える海
講談社文庫:北国の春
井上靖小説全集30:夜の声・欅の木
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(武蔵野、日本橋、京橋)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
 
 
 

2013年4月13日 (土)

若手に古典文学研究の場を提供すること

 今年の新年5日に書いた本ブログ「王朝文学研究会創立50周年記念祝賀会」で、日本の古典文学研究に取り組む若い学生たちの頼もしい姿を紹介しました。

 その時に進行していた企画、『王朝文学研究会発足五十周年記念 志能風草(復刊)創刊号』が、300頁ものボリュームで先日発行されました。ズッシリとした手応えを感じます。
 
 
 
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 この記念誌には、37名の論稿が収載されています。12名は大学院生以上の研究者です。しかし、それ以外の25名は、学部の学生なのです。これには驚きました。

 学部1年生が10名、2年生が3名、3年生が2名、4年生が10名です。
 この研究会を継承して指導している秋澤亙先生の成果であるとともに、若い学生にこのような発表の場を用意できたことが、何よりも大きな収穫となっています。

 4年生のうちの5人が大学院に進学したようです。『志能風草』の奥付けにある編集委員の前から5人です。その内の2人が、昨日の私の授業に顔を出していました。しかも、この記念誌の編集を担当したとのことです。慌てて読み返しました。しっかりした論稿となっています。
 若者の成長を間近に見る機会が得られ、今後がますます楽しみになりました。

 国内では全国的に文学部そのものが衰退し、日本文学の中でも古典文学に関しては、若者たちから顧みられなくなって久しい、と言われています。しかし、今この目の前で展開している現状はどういうことなのか、あらためて周辺の様子が知りたくなりました。
 若者たちが、日本の伝統的な文学や文化に目を向け出したのでしょうか。
 しばらく、あたりを見渡して情報を集めることにします。

 以下に、記念誌『志能風草』の目次を拾っておきます。
 ここに私は、手書きのガリ版刷りで印刷した『しのぶ草 第2号』(昭和50年3月刊)に寄せた、拙いものを再録という形で掲載させてもらいました。大学4年生の時の原稿なので、今回の記念誌に収録されている今の4年生の論稿と、つい見比べてしまいます。みんな立派な考察を展開しているので、冷や汗ものの参加となりました。逞しい若者たちの諸論の後にでも、ご笑覧いただければ幸いです。


『志能風草(復刊)創刊号』 目次
 
巻頭言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・池田憲昭
(1) 『源氏物語』の皇女 ―「女源氏の物語の視点から」―・・・・・・・秋澤 亙
(2) 玉鬘巻の霊験について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・井出 寿明
(3) 『百人一首』九十五番歌考・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・奥田 欣生
(4) 逢坂の関の秋の情景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小出 健太郎
(5) 『竹取物語』石上麿足の役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・高橋 慧丞
(6) 『拾遺集』八七〇番歌の解釈について・・・・・・・・・・・・・中安 奈樹沙
(7) 源典侍の「まみ」「まかは」・・・・・・・・・・・・・・・・・橋本 誠太郎
(8) 『紫式部集』冒頭歌考・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・廣澤 彰子
(9) 猫と人との関わり ―『更級日記』を中心に―・・・・・・・・・・福沢 孝子
(10)『源氏物語』空蝉巻巻末歌考・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤本 千織
(11)明石の君と花橘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・矢野 遼
(12)『古今和歌集』の「涙川」 ―「見立て」から見て―・・・・・・五十嵐 大樹
(13)『源氏物語』花散里香・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・池田 貴惠
(14)『源氏物語』における御簾 ―開かれる御簾、隔てる御簾―・・・・山本 夏希
(15)『源氏物語』「女にて見たてまつらまほし」考
      ―賢木巻における藤壺の視点―・・・・・・・・・・・・・・浦野 ちなみ
(16)『源氏物語』夕霧の大学入学・・・・・・・・・・・・・・・・・・矢部 志保
(17)「あてはか」なる明石の入道
      ―『源氏物語』明石の入道の人物像をめぐって―・・・・・・・神原 勇介
(18)『古今和歌集』における業平歌
      ―貫之ら撰者の立てた業平の墓標―・・・・・・・・・・・・・齋藤 佑介
(19)〈したり顔〉で〈さかしだつ〉人
      ―『紫式部日記』清少納言批評の解釈―・・・・・・・・・・・佐藤 有貴
(20)『源氏物語』の「落葉」と夕霧 ―光源氏の言葉の影響―・・・・・嶋田 龍司
(21)式子内親王論 ―忍ぶる恋を中心として―・・・・・・・・・・・田結庄 真衣
(22)『源氏物語』の扇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・玉手 正直
(23)「玉鬘物語」における「おほどか」・・・・・・・・・・・・・・・・成川 茜
(24)『源氏物語』胡蝶楽の山吹と胡蝶の喩 ―玉鬘十帖を中心に―・・・浜田 賢一
(25)『枕草子』道隆讃美考・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・村田 駿
(26)業平歌の独自性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・村山 大樹
(27)女三宮の心情 ―若菜上巻から―・・・・・・・・・・・・・・・・青柳 朝子
(30)『堀川百首』の恋歌と『源氏物語』・・・・・・・・・・・・・・長谷川 範彰
(31)『土佐日記』仮名表記による散文の実験と言説分析の方法・・・・・東原 伸明
(32)鳥部野の対岸、鴨川のほとり
      ―『源氏物語』の展開と六条院の歴史地理的背景―・・・・・・塚原 明弘
(33)〔新資料紹介〕揖夜神社所蔵・養法院様御筆『伊勢物語』・・・・・伊藤 鉄也
(34)数奇の世界にみる〈本歌〉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・飯沼 清子
(35)アレゴリーとしての歳時 ―構造表現論の試み―・・・・・・・・・山田 直巳
(36)装束の試験的復元 ―『紫式部日記』の小袿―・・・・・・・・・畠山 大二郎
(37)『紫式部日記』祝祭の作法
      ―五日の産養における夜居の僧の位相をめぐって―・・・・・・大津 直子
(38)『蜻蛉日記』の表現 ―歌言葉「穂に出づ」を中心として―・・・・針本 正行
(39)『源氏物語』松風・総角の本文 ―蓬左文庫蔵の鎌倉期写本―・・・豊島 秀範
巻末言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・船津卓人

 
 
 

2013年4月12日 (金)

授業(2013-1)非常勤講師として渋谷に行く

 今年度も、國學院大學大学院の博士前期課程・文学研究科の講座を、非常勤講師としてお引き受けしました。
 科目の名前は、「日本古典海外研究A」と「海外日本文学研究」です。
 あまり馴染みのない科目名です。しかし、日本文学が海外でどのように研究されているか、また今後我々が国際的な視野でどのように対処していったらいいのか、ということについては、これからの研究者にとっては大切なことです。
 シラバスには、以下のように書きました。


【研究のテーマ】
 海外における日本古典文学研究の実態や実情と具体的な作品における受容状況の理解を深める。

【講義・演習の内容】
 海外における日本古典文学がどのように受容され研究されているかを確認する。その際、国別・作品別の受容状況と研究状況とを、インターネットなどを通して通覧する。
 さらに、『源氏物語』に関する海外での情報を整理する。特に、31種類の言語で翻訳されている実態を踏まえ、その特質を考えていく。
 なお、翻訳の実態確認とともに、翻訳用語のグロッサリーを構築するところまでを追体験していく。

 昨年度は、十数年ぶりに大学院生を相手にした授業だったので、何かと刺激があり新鮮でした。
 今年度も、若い活力を浴びながら、一緒に勉強していくつもりです。

 渋谷駅までは、昨年とは違う経路で行ってみました。
 地下鉄東西線の九段下駅から半蔵門線ではなくて、日本橋駅で銀座線に乗り換えて渋谷駅に出ました。所要時間は同じです。

 東急が新しくヒカリエの地下に移ったので、渋谷駅も様変わりのようです。特に、ハチ公がいる道玄坂とは反対の、宮益坂の今後の発展が楽しみになります。
 銀座線の出口から仮設の連絡橋を通り、ヒカリエを通り抜け、青山通りに出て、國學院大學へ向かいました。

 学生時代だった40年前には、この青山通りはほとんど使いませんでした。青山学院大学に行く用事もなかったので、なおさらです。今は人通りも多く、明るい雰囲気になっています。

 國學院大學は、キャンパス内に神社があることで知られています。
 学生時代から、通りかかると神殿にお辞儀をしたものです。
 今日も、今年もまたよろしく、と手を合わせて来ました。
 
 
 
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 校舎の前の広場には、立派なモニュメントがあります。
 
 
 
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 私が学生として通っていた頃の建物は、今は何一つとして残っていません。
 この大学は、明治15年の皇典講究所の創設に始まり、明治23年にその皇典講究所に國學院が設置されました。以来130年の歴史があります。キャンパスの雰囲気は、まったく様変わりしています。しかし、歴史の重みは、今に伝えられていると言えるでしょう。

 今日は受講登録前で最初の授業ということもあり、学生とお互いの自己紹介や懇談になりました。

 私が強調したのは、国際化の意味することです。
 自分が自国の文化や歴史や文学のことが語れないのに、いくら英語教育を最優先にしても中身のない文化交流にしかなりません。異文化コミュニケーションにおいては、語る内容を持たない人の話は、いくら外国語が堪能であってもどうしようもありません。

 また、日本文学のことを語るためにも、専門用語の外国語表現を共有しないと、お互いに誤解を積み上げるだけです。わけのわからない、すれ違いだらけの会話は、いくら流暢な外国語が使えても無意味です。

 その意味からも、グロッサリーという日本文学を外国語で表現するための「用語解説」や「小辞典」が必要です。それなのに、それがない状態のままで、各自が思い思いの用語で語ったり書くので、共通理解がどこまでなされているのか、心もとないことこの上もないのが実情なのです。

 今後のためにも、さまざまな情報を学生のみんなに提供していくつもりです。そのためのツールは、エバーノートというアプリにしています。
 幸い、受講者は iPhoneとノートパソコンを持参していたので、すぐにエバーノートの共有設定をしました。
 この共有フォルダに、これから私が折々に情報や資料を流せば、いつでも確認してもらえます。
 つまり、授業の時間だけではなくて、いつでもお互いが情報のやりとりができるのです。
 エバーノートは、非常に便利なツールです。今年も大いに活用したいと思います。

 参考までに、昨年の授業に関するメモを記した本ブログの記事を、時間を遡って一覧にしておきます。
 
 
【9.0-国際交流】「授業(14)日本文学の用語解説集を構築すること」(2012/7/20)

【9.0-国際交流】「授業(13)翻訳史とグロッサリー集」(2012/7/13)

【9.0-国際交流】「授業(12)国際文化交流と翻訳史」(2012/7/6)

【9.0-国際交流】「授業(11)インドの先生の参加を得て」(2012/6/29)

【9.0-国際交流】「授業(10)海外における日本文学教育と日本語教育」(2012/6/23)

【9.0-国際交流】「授業(9)演劇の翻訳とヒンディー文学の日本語訳」(2012/6/15)

【9.0-国際交流】「授業(8)文学の翻訳から異文化理解に及ぶ」(2012/6/8)

【9.0-国際交流】「授業(7)平安文学の翻訳本と女性の功績」(2012/6/2)

【9.0-国際交流】「授業(6)翻訳事典の上代を確認」(2012/5/25)

【9.0-国際交流】「授業(5)翻訳の役割」(2012/5/18)

【9.0-国際交流】「授業(4)エバーノート活用法」(2012/5/11)

【9.0-国際交流】「授業(3)LAN・共有・エバーノート・翻訳・ヒカリエ」(2012/4/27)

【9.0-国際交流】「授業(2)データベース・写本・翻訳」(2012/4/21)

【9.0-国際交流】「十数年ぶりの非常勤講師」(2012/4/13)
 
 
 
 

2013年4月11日 (木)

27年前の西大寺の夜を懐かしく思い出しながら

 なにはなくとも、気心の知れた仲間がいることはいいものです。

 本ブログ「27年も続くパソコン仲間との交流」(2013年4月 7日)で記した通り、充実した時を共有した過日は得難いものでした。

 その仲間が、それぞれのブログで当日のことを語っています。
 あった出来事は一つです。しかし、それが語り手によって、視点が異なるとこんなに違った表現になるのです。
 その微妙なニュアンスの違いがおもしろいので、以下に仲間2人のブログを紹介します。

(1)「★慈愛の眼差し」(2013.04.07)

(2)「小説木幡記:「出町ろろろ」のNDK、あるいは幻の「マツモト模型」店」(2013年4月10日)

 この2人との出会いは、今から27年前です。当時のことは、(2)の小幡翁が以下のように語っておられます。


 昭和62年2月、三人の男が奈良の近鉄西大寺駅ホームに集合した。ホーム番線は不明だがおそらく、京都方面から奈良に向かっての電車が到着する最後部のベンチ辺りであったろう。
 日も暮れた6時すぎだった。
 三人のうち、二人は既に顔見知りで、残りの一人は全く面識がなかった。たがいに接近遭遇する符丁として、二人組は[ THE BASIC ]、一人は[ ASCII ]をそれぞれ、これ見よがしに持っていた、と記録にはある。
 どれほどたがいに気恥ずかしい思いをしていただろうか。二人組の一人は30半ば、京都からの一人は年齢不詳だが互いにいい歳した中年、関西風ではオッサンがガキの読む[ THE BASIC]や[ASCII]を人混みの中でひらひらさせて相手を捜すのだから。免れていたのは、現場に居合わせた20代半ばの長身痩躯紅顔の青年一人であったろう、と記録にはある。
 三人はそのまま申し合わせたように路地奥の赤提灯に歩みを進めた。
 これがNDK(日本文学データベース研究会)の始まりの最も原始引金であった。この時三人がシティーホテルの高級レストランや、高級料亭でなく、西大寺路地裏の「だしまき」(関西では卵をダシでといて卵焼きを作るが、これをダシ巻という)一皿150円の店に集合したのが、その後の道筋を象徴的に現わしている。地方志向、建前よりも質実、軽快。
 (中略)
 それにしても西大寺の夜、実際に伊藤さんの関わるプロジェクトや(源氏物語別本大成)、それにまつわるよもやま話は最初奇談じみて聞こえた。伊藤さんの御師匠筋にあたる伊井春樹先生や大学時代の諸先生のこと、パソコン奮戦記(これは伊藤さんの著書名でもある)、どれをとっても雲をつかむような事ばかりであった。
 圧巻は源氏のことだった。新聞記事で伊藤さんの仕事の内容は知ってはいたが、今に伝わる源氏物語に異本が何十種類もあって、それを本当にパソコンPC-9801にデータ登録しているという、事実をじかに知って、ま、目がくらくらした。「この人誇大妄想ちがうやろか」それが私の伊藤さんへの第一印象だった。(「プロムナードのこと」『人文科学データベース研究創刊号』昭和六十三年、同朋舎出版)

 これが、コンピュータを活用した日本文学研究を黎明期から牽引した、日本文学データベース研究会(略称はNDK)のスタートでした。
 そして、その1年半後に、もう一人N君が加わって4人の仲間となり、伊井春樹先生を頭に戴いて、ひたすら突っ走ってきたのでした。

 今となっては、いろいろなことが伝説となって語り伝えられています。しかし、当事者である我々は、理想としてきたものとは違う流れに、また新たな提案をしようとしています。理想とし、探し求めていたコンピュータを活用した日本文学研究は、今の状況のように陳腐なものではなかったからです。

 この新たな活動は、来春には提示できます。
 請うご期待。
 
 
 

2013年4月10日 (水)

井上靖卒読(163)「北国の春」「狼災記」「海の欠片」

■「北国の春」
 結婚して25年。会社を経営していて多忙を極める香貫二郎は、結婚後初めての旅行ともいえる北陸への旅をします。
 金沢で、かつての恋敵とでも言うべき親友に会います。昔の友人とその妻になっている恋人に会うのです。そんな夫を送り出す妻は、初めての旅で浮き浮きしています。
 さて、友人宅へ行くと、妻となっている女性が昔の恋人と違うのです。かの女性は結婚してすぐに亡くなっていたのです。と同時に、これまで闘って来た親友と昔の恋人とのことが、気持ちを揺すぶるのでした。一体、何と闘っていたのかと。妻は、若くして亡くなった夫の恋人に嫉妬していると言います。若さについて、考えさせられます。【4】
 
 
初出誌:オール読物
初出号数:1961年5月号
 
集英社文庫:楼門
講談社文庫:北国の春
井上靖小説全集27:西域物語・幼き日のこと
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「狼災記」
 歴史を語る文体で、秦の始皇帝後の中国を描きます。陸沈康は、匈奴との戦闘の中で、異族の女と親密になります。そして、獣になるのです。中島敦の『山月記』の異版とも言える物語となります。
 人間の心と狼の心を持ち、女狼となった異族の女と一緒に親友を襲います。『山月記』よりも酷い話として終わります。
 もう一捻りほしいところです。もっと語ってほしいてという思いが、最後まで残りました。【3】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1961年8月号
 
新潮文庫:楼蘭
井上靖小説全集16:蒼き狼・風濤
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「海の欠片」
 半島の先端の崖の下の別荘でのこと。そこの管理人の問はず語りです。
 別荘の主人であるデントン夫妻の妙な関係が話の中心です。夫妻は1年の内、アメリカから来日して1週間だけ滞在して、1日だけパーティを開くだけなのです。そして、2人はほとんど会話をしません。
 この夫婦の関係は、それだけが語られています。そして、この管理人は、2人にはアメリカ流の愛情があるのではないのか、と言うのです。人間の結びつきの妙が、行文の行間から立ち現れる小品です。【2】
 
 
初出誌︰日本
初出号数︰1961年10月号
 
集英社文庫︰冬の月
井上靖小説全集30︰夜の声・欅の木
井上靖全集6︰短篇6
 
時代︰昭和30年代?
舞台︰ある半島のアメリカ人の別荘
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
 
 
 

2013年4月 9日 (火)

源氏物語と宝塚歌劇を語る『阪急文化 VOL.04』

 広報誌『阪急文化』に、『源氏物語』と宝塚歌劇に関する興味深い鼎談が掲載されています。
 
 
 
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 最新号である『阪急文化 VOL.04』(平成25年4月1日発行)の《目次》をあげます。


鼎談
源氏物語への誘い
~宝塚と文学からみた最古の長編小説〜
柴田侑宏、伊井春樹、剣 幸、吉田優子、朝峰ひかり

VIEW〈演劇〉なんでも帳 奥役の思い出 奈河彰輔

VIEW〈茶道〉小林逸翁と湯木貞一 谷端昭夫

VIEW〈阪神文化〉小林一三が開いた阪急文化~小林一三を「考えるヒント」~ 塩田昌弘

VIEW〈阪急電車〉小林一三翁と関西学院 大橋太朗

VIEW〈うめだ〉大阪の新名所・阪急古書のまち誕生 廣岡 倭

マグノリアホールイベント、友の会入会のご案内

展覧会予定、マグノリアホール予定、編集後記

表紙解説 回也写香合 庸軒好

 この巻頭で、館長である伊井春樹先生と宝塚歌劇団の関係者とが、楽しい話を展開しておられます。
 今回の鼎談は、昨年2012年11月11日に、逸翁美術館のマグノリアホールで開催されたシンポジウムを編集したものです。


(鼎談}
源氏物語への誘い
〜宝塚と文学からみた最古の長編小説〜
【出席者】
柴田侑宏(宝塚歌劇団、演出家)
伊井春樹(阪急文化財団理事、館長)
剣幸(元宝塚歌劇団月組トップスター、女優)
吉田優子(宝塚歌劇団理事、作曲家)
朝峰ひかり(司会、元宝塚歌劇団星組)

 この鼎談の小見出しもあげておきます。


1 演劇・文学へのきっかけ
2 青春時代の映画
3 万葉集の犬養節
4 源氏物語の演出
5 剣幸の『恋の曼陀羅』
6 源氏物語・好みの女性のタイプ
7 これからの活動

 ここでは、柴田氏と伊井先生が、さまざまな思い出話をなさっています。伊井先生から詳しくはお聞きしていなかった学生時代の話もあり、おもしろく拝聴(通読)することができました。

 伊井先生が初めて宝塚歌劇をご覧になったのが2001年だったそうです。実は、私はまだ一度も見ていません。これは、一度見に行かなければ、と思っています。
 来年が宝塚歌劇創立百周年ということで、伊井先生は相変わらず全国を飛び回っておられます。先生は私よりも10年歳上であるだけなのに、そのエネルギッシュな行動力にはとてもついていけません。

 今回の鼎談の中で、伊井先生の次の言葉が印象に残りました。


映画とか現代語訳だとか、現在の『源氏物語』に関するものはできるだけ読んだり見たりしないようにしているんです。自分の想念に描いたイメージが壊れてしまいますからね。古典の原文で読む者にはしょうがないと思います。(10頁)

 『源氏物語』という幅広い受容がなされる文学作品の場合、原文が我々現代の読者のどこに位置するか、ということを考えます。
 現在、『源氏物語』は恵まれすぎるほどに、多彩な選択肢の中から自由に受容できる環境にあります。そうであるからこそ、さまざまな読まれ方がなされるのでしょう。さらには、温めているイメージというものも、大事なものです。
 そんな中での『源氏物語』の原文というものの存在が、非常に興味深いものとなってきました。

 なお、前号である「阪急文化 VOL.03」の内容に関しては、本ブログ「「対談:キーン×伊井」を掲載する『阪急文化 第3号』」(2012年10月10日)で紹介しています。

 これまでに発行された「「阪急文化」の VOL.01〜02」については、表紙だけですがホームページの「雑誌」の項目をクリックすると確認できます。
 
 
 

2013年4月 8日 (月)

ピーター・コーニツキ先生が山片蟠桃賞を受賞

 英国ケンブリッジ大学のピーター・コーニツキ先生が、第24回・山片蟠桃賞を受賞なさいました。
 おめでとうございます。

 ピーター先生とは、国文学研究資料館から公開している「コーニツキ・欧州所在日本古書総合目録データベース」のお手伝いをしている関係で、毎年のように往き来をしてお目にかかり、ご指導いただいています。

 この「コーニツキ・欧州所在日本古書総合目録データベース」について、私はそのデータベース化の起ち上げの段階から、渡英を繰り返してお手伝いしてきました。そして現在は、原本の画像も一部ではありますが公開しています。

 このことについては、本ブログの以下の記事で取り上げています。
 また、英国ノーリッジで開催されたEAJRS(日本関係資料専門家欧州協会)で、このデータベースに関する研究発表もしました。

(1)「「欧州所在日本古書総合目録」で原本画像を公開」(2009年3月31日)

(2)「ヨーロッパにある日本の古典籍など」(2009年9月18日)

(3)「コーニツキ先生の大きな夢」(2012年3月27日)

 これまでの山片蟠桃賞の受賞者リストを拝見すると、第1回のドナルド・キ-ン先生に始まり、エドワード・サイデンスティッカー先生、エドウィンA.クランストン先生と、錚々たる先生方の名前が確認できます。
 何人かの先生は、これまでに国内外でお目にかかり、お話を伺った方々です。この中にピーター先生が名前を連ねられたことを知り、我が事のように嬉しく思い喜んでいます。

 「大阪府のホームページ」には、今回のピーター先生の受賞に関して、詳しく報じられています。
 贈呈理由などが参考資料として公開されていますので、そこからいくつかの項目を引用しておきます。

 まず、ピーター先生の紹介です。


(1)受賞者について 

1 氏 名   ピーター・フランシス・コーニツキー(Peter Francis Kornicki)

2 生 年   1950年

3 現 職   英国 ケンブリッジ大学東洋学部東アジア学科長、同大学教授、
同大学ロビンソン・カレッジ副所長

4 略 歴
   1950年    英国バークシャー州生まれ
1972年    オックスフォード大学東洋学部卒業学士号取得
1972年-73年  文部省奨学金学生として旧東京教育大学に留学
1975年    オックスフォード大学修士号取得
1979年    同大学博士号取得
1978年-82年  オーストラリア・タスマニア州立大学講師
1983年-84年  京都大学人文科学研究所助教授
1985年-    ケンブリッジ大学講師・助教授・教授
2001年 英国学士院会員
2011年 オックスフォード大学文学博士
2012年 全欧学士院会員

(受賞歴)
1992年 国際交流基金奨励賞(林望と共に受賞)
1993年 ロンドン・ジャパン・フェシティヴァル賞
2004年 オックスフォード大学・リンカン・カレッジ名誉所員

 次に、今回の受賞にあたっての理由です。


(2)贈呈理由

 ピーター・コーニツキー教授は、英国ケンブリッジ大学教授にして、同大学東洋学部東アジア研究科長および同大学ロビンソン・カレッジ副所長の任にある、英国における日本研究の代表的研究者である。
 氏は、オックスフォード大学卒業後、筑波大学の前身東京教育大学に留学、オーストラリア・タスマニア州立大学講師、京都大学人文科学研究所助教授を経て、1985年よりケンブリッジ大学において、研究・教育に従事し、英国学士院会員(2001年)、全欧学士院会員(2012年)にも推挙されている。
 氏の研究分野は、広くは漢字文化圏の中国、ベトナム、日本の書籍・リテラシーにわたるが、中でも日本の江戸時代の書籍文化に対する業績が群を抜いている。
 代表的な著述としては1998年にライデンで刊行され、のちにペーパーバック版としても刊行された『日本の書籍―始発より19世紀にいたる文化史』(The book in Japan: a cultural history from the beginnings to the nineteenth century )があり、数十本にのぼる論文には、日本語で著された論文だけでも、「貸本文化比較考」(1984)、「地方出版について」(1985)、「寛政十年の近江国犬上郡東沼波村農民所蔵の書物に関する報告書」(2003)、「江戸前期の女性と漢籍」(2004)、「江戸時代における写本のパブリケーション」(2004)、「江戸時代の写本の可能性」(2007)などがある。
 また、氏は、明治以後、ヨーロッパにもたらされた日本古典籍の調査という、フィールドワークにおいても、大きな業績をあげている。1988年に林望氏と共同で欧州所在日本古書総合目録プロジェクトを立ち上げ、その成果の一端が『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(1990)として、1992年度の国際交流基金国際交流奨励賞を受賞した。さらに、この総合目録プロジェクトは、フランス、ドイツ、イタリア、ベルギー等、広くヨーロッパ各地の図書館・文庫に所蔵される日本古典籍の書誌調査を行ったもので、その結果は2001年より、国文学研究資料館のサーバーを介して、「コーニツキー・欧州所在日本古書総合目録データベース」(http://base1.nijl.ac.jp/~oushu/)としてWEB公開されている。その点数はすでに13000点を超えており、今後更に情報量の増加が期待されるところである。
 今日、我が国においても欧米を初めとする諸外国に所蔵される日本古典籍の調査・研究が、人間文化研究機構の在外資料調査プロジェクト等によって実施されるようになったが、コーニツキー氏による、欧州所在日本古典籍の調査・研究はその先鞭を付けた活動として、大きく評価されるべき業績である。
 以上の理由により、コーニツキー氏に今回の山片蟠桃賞を贈呈することを決定した。

 この後半で、「コーニツキー・欧州所在日本古書総合目録データベース」の公開点数が「13000点を超えており」となっています。これについては、先月下旬に担当者の大石裕子さんが情報を更新し、500点ほどデータの追加を果たしたので、今日現在は14,318件のデータが公開されています。

 さらに、ピーター先生から、受賞にあたったのコメントが寄せられていますので、それも以下に紹介しておきます。


 第24回山片蟠桃賞受賞のお知らせを突然のメールでいただき大変に驚いたことは申し上げるまでもありません。海外の日本研究に携わる者にとっては、西洋の学者に認められるよりも、日本で評価されることの方が意味深いことであり、一瞬喜悦の感にひたりました。しかし、その後歴代の受賞者の方々のお名前を拝見し、私自身の業績のまだ至らないことを思い知り、喜びの気持ちよりも恐れ多い気持ちになりました。とは言え、このたび、大阪府および山片蟠桃賞審査委員会からご推薦を受けたことは誠に嬉しく、謹んで御礼を申し上げたいと思います。
 いささか自叙伝的な話になりますが、私がオックスフォード大学東洋学部に入学して日本学を始めたのは1969年のことで、何とすでに四十年以上も前のことになります。一年目を終えて夏休みに初めて日本を訪れる機会に恵まれました。二ヶ月間一年生の授業で覚えた日本語を何とか使いながら昭和45年の日本を味わいました。実はその時に到着したのは羽田ではなく大阪国際空港でしたので、当然のことながら実際の日本を初めて経験したのも大阪でした。大阪万国博覧会の会場をぐるぐる歩き回るうちに教科書とは違う日常の話し言葉が次第に分かるようになりました。数日後、金銭的な余裕のなかった私は新幹線を避けて当時まだ運行されていた夜行急行「銀河」に乗って東京に向かいました。当時の東京では排気ガスの汚染が激しく、スモッグで小学生が道で倒れたという報道があり、また軍帽に白い浴衣姿の旧軍人が駅の近くに佇んでいる悲しい姿も見かけました。こうして振り返ってみるとこの四十年の間に日本がどれほどの変貌をとげたかに改めて驚かざるを得ません。
 その初めての日本体験に動かされてか、帰国してからはそれまでよりも真面目に勉強するようになり、卒業後は日本研究に従事することとなり、今に至っております。 主として明治以前の書籍(漢籍、刊本、写本を問わず)が何を物語ってくれるかというような文化史的研究がその中心となっております。このような研究には書誌学の素養が不可欠であり、蔵書印や書入れなどを求めて全国を回りましたので、各県・市立図書館の地方史専門の方々には大変にお世話になり、また相当のご迷惑もおかけしたことと思います。
 私が研究活動を続けることが出来たのはひとえに京都大学などの指導教官はじめ、全国の図書館の司書の方々、また日本の友人や同僚の鞭撻や援助に負うものであります。ここに心からの感謝の意を表したいと思います。

 ピーター先生のますますのご活躍をお祈りします。
 
 
 

2013年4月 7日 (日)

27年も続くパソコン仲間との交流

 四半世紀以上にも及ぶパソコン仲間4人と、出町柳の「ろろろ」で久しぶりに会食をしました。
 
 
 
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 この前は、私が京大病院の癌病棟に入院する直前だったので、2年振りの食事会です。
 その日のことは、「25年越しの仲間とのデータベース談義」(2010年8月17日)をご笑覧ください。

 コンピュータが日本文学の研究に活用できることを、実証的な啓蒙普及活動として推進したメンバーです。昭和62年に、伊井春樹先生と共に立ち上げた日本文学データベース研究会(略称はNDK)は、今でもその活動を継続しているのです。
 来年には、また新たなデータベースを提案する予定です。

 当時の4人は、図書館員であり高校の教員でした。今は、みんな大学の教員として、日本文学の研究者という環境にいます。身の回りは変わりました。しかし、その志は今も同じなので、語り出すと止まりません。

 苦楽を共にした旧知の仲間は、気が置けないこともあって、逢うといつも、夢を交えた話が際限なく拡がります。
 今日も、みんな50歳を越えたこともあり、加齢に伴う病気の話題は避けられません。しかし、その話を挟みながらも、やはりコンピュータと情報に関する話題では声も大きくなります。

 食後は我が家へ来てもらいました。
 玄関脇の小さな花壇は、春の花が芽吹いています。
 チューリップも、お客様を迎えるかのように、数日前から咲きだしました。
 
 
 
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 その花をささやかな茶室に活け、お茶を点てました。
 
 
 
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 最近退院したばかりの御大にお正客となっていただき、心をこめた薄茶を差し上げました。
 お菓子は、鶴屋吉信の「花弥生」と長生堂の「かも川」です。
 お抹茶は、一保堂の「幾代の昔」にしました。
 部屋の隅には、『源氏物語』の「空蝉」巻をテーマにしたお香を置きました。これは、御大に最初にお願いした仕事が、「空蝉」の本文を扱ったプログラム開発だったからです。

 まだ我々には、すべきことがたくさんあります。日本文学研究の情報処理化においては、ここまで牽引してきたという自負があります。手がけてそのままになっていた、平安時代の物語や日記のデータベースを、また手がけることになります。

 お茶の後は、コーヒー豆をゴリゴリと挽いて淹れました。
 いい豆だと思って、大事にしていたものです。しかし、冷凍庫で保存していた関係か、薫りがひきたちませんでした。

 暗くならないうちにということで、賀茂川に出て半木の道の紅枝垂れ桜を見てから、駅まで見送りました。
 いい仲間といると、いい時間が持てます。
 次は、これから取り組む仕事がらみで、夏に逢うことになりそうです。
 
 
 

2013年4月 6日 (土)

京都で『十帖源氏』を読む会がスタートしました

 本日午後3時から5時まで、京都で『十帖源氏』を読む会の初会合がありました。
 これは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動の一環として、東京で長く続けている勉強会の京都バージョンとなるものです。

 午後から雨が降る中を、地下鉄丸太町駅から歩いて5分ほどのところにある「ワックジャパン(WAK JAPAN)わくわく館」(京都市中京区高倉通二条上ル天守町761)の2階にある和室に、6人が集まりました。

 私にとって、取りまとめ役の川内さん以外は、まったくの初対面です。初めまして、と挨拶をしながら、年齢はもとより、勉強をしている分野も違う者同士ではあっても、通じるものは自ずと伝わってきます。いい仲間が集い、安堵しました。

 東京のメンバーは、当初より日本文学に興味を持つ者だけです。しかし、ここ京都のメンバーは、今は立命館大学と同志社大学の学生さんで、しかも、英語・ドイツ語・フランス語がわかる方々です。『源氏物語』を勉強しているのは、私の他にはあと一人だけです。これは、おもしろい集まりになりそうです。

 自己紹介の後に、早速「須磨」巻を見ていくことにしました。

 まずは、この『十帖源氏』を現代語訳する上で大切な、凡例です。
 東京で作成したものを確認しながら、海外の方が理解できるような平易な日本語文を作ることを共通理解としました。

 今日は、「須磨」巻の冒頭の1頁分を、試しに確認しました。
 担当者が作成した、翻字や現代語訳の資料を見ながら、恐る恐るのスタートです。
 版本を読み慣れていないこともあり、読めない文字や読み間違いも当然のことながらあります。そうしたことを少しずつ確認する中で、要領を会得して進んでいくことになります。一応、東京でのこれまでの活動で、方針や手順はできあがっていると言っても、やはり手探りでのスタートには違いありません。

 ウォーミングアップとしての初回では、「密通」ということばをどう訳すか、ということが問題となりました。
 担当者の現代語訳は、『十帖源氏』のことばをそのまま取った「密通」でした。しかし、結論としては、「許されない恋愛」となりました。

 中学3年生にもわかる現代日本語訳を目指していると、こうしたことばの訳も丁寧に置き換えていくことになります。

 「ものさびしく」の「もの」や、「気の毒なほど」の「ほど」なども、立ち止まって再確認し、「さびれた様子で」とか「気の毒に見えます」などとしました。

 お茶とお菓子を食べながら、最初とは思えないほど自由にみんなで思うことが言え、聞くことができたと思います。
 よかったよかった、という思いを胸に、終わってから、丸太町駅の上にある喫茶店で1時間半ほどよもやま話となりました。

 次回は、5月11日(土)午後3時から2時間です。場所は、今日と同じワックジャパンです。
 興味がおありの方の参加をお待ちしています。特に、異分野の方の参加は大歓迎です。
 「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」か、本ブログのコメント欄から連絡をいただければ、折り返しあらためてのご案内をいたします。
 
 
 

2013年4月 5日 (金)

京洛逍遥(271)良好だった検診2日目と京洛の桜

 早朝の散歩で、日の出直前の荘厳な賀茂川と比叡山を目にしました。
 こんな日は、一日中満ち足りた気分ですごせます。
 
 
 

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 今日も京大病院へ行き、検査と診察を受けて来ました。
 病院の玄関前から桜越しに大文字の如意ヶ岳を臨みました。
 
 
 
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 昨日は消化管外科、今日は糖尿病栄養内科です。
 午前中に採血と尿検査をすませ、午後は検査結果を受けての診察です。

 私にとって課題のヘモグロビン A1cの値は、6.9(従来の6.5)でした。前回2月と同じ値で、変化はありません。

 先生の説明では、最近わかりやすい基準となり、国際基準の7.0以下(従来の6.6以下)は良しとし、6.0以下は問題なし、となったとのことです。
 今回の私の場合は6.9なので、新しいモノサシでは良好ということになります。ただし、消化を遅らせる薬の「ベイスン」を使って、ということではありますが。

 もっとも、私は常時薬を飲んでいるのではなく、カーボカウントで7を越えそうな食事の時にだけ、この薬を飲んでいます。
 お昼ご飯は、炭水化物を含む食事をとっています。そして朝晩は糖質制限食が多いので、今回の結果は、この調子で食生活を続けて行けばいい、という理解で大丈夫だといえるでしょう。

 体重も50キロを超えだしたので、血糖値の調整は順調にいっていると思います。

 担当医の長嶋先生は、お話ししやすい先生なので、最近話題の、マグネシウムが血糖値の上昇を抑える働きがあることをお聞きしました。すると、意外な答えをいただきました。
 これまでに「マグミット」という薬を便秘予防として飲んでいました。それが何と、マグネシウムの処方されたものだったのです。いろいろな配慮が、連携しながらなされていたことを知りました。

 今回の検査結果を見ながら、鉄分の不足を補うことを考えるように、とのことでした。これは、これまでにいつも言われていたことです。その意味からは、ビタミン剤としてこれまでずっと処方されていたメチコバールが、その働きを補うものだったのです。
 今後は、この鉄分のことをさらに意識した食事をすることにします。

 以下、今回2日間の病院への行き帰りに見た、京洛の桜をカメラから取り出しておきます。
 
 先ずは、平安神宮から。
 この姿は、平安時代の明るさを感じさせてくれます。
 
 
 
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 神苑では、鷺も飛んで居ました。
 
 
 
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 イチイの木がありました。『源氏物語』の第45巻「橋姫」を引いての説明がありました。しかし、これはイチイではなくてカヤの木なのです。何か勘違いがあるようです。
 
 
 
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 谷崎潤一郎の『細雪』で語られる桜も、元気に咲いています。
 
 
 
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 紅枝垂れコンサートの会場となる苑地の桜は、いつ見ても見事です。
 
 
 
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 平安神宮から南へ下り、青蓮院の先にある知恩院の桜もいいものです。
 
 
 


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 知恩院での見物は一葉松です。とにかく珍しい松なので、一見の価値があります。
 
 
 
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 祇園白川の桜は、清潔感があって爽やかです。
 
 
 
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 一羽の鷺が、料理旅館の中をジッと見つめています。ここでいつもご馳走をもらっているのでしょうか。
 
 
 

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 廬山寺の桜は静かに咲いていました。
 
 
 
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 今年の京都御所の一般公開では、何と言っても源氏絵屏風が目玉です。
 伝狩野尚信の六曲一双の源氏絵は、左隻の左側から「松風」「賢木」「明石」「夕顔」「須磨」「空蝉」が描かれています。
 右隻には、左側から「玉鬘」「初音」「花宴」「玉鬘」「紅葉賀」が描かれていました。
 
 
 
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 紫宸殿の前の左近の桜は、今日は満開を過ぎて、葉桜になるところでした。
 
 
 
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 自宅近くの植物園では、チューリップ越しに雄大な桜が見られます。
 
 
 
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 今しばらく京洛では、満開から花吹雪までが目の前に展開する、心騒がせる空間に身を置くことができる都となっています。
 
 
 

2013年4月 4日 (木)

京洛逍遥(270)定期検診の後に新婚ペアを見かける

 今日と明日は、京大病院の2つの科で定期検診があります。

 まず今日は、2年半前に胃癌になり、消化器をすべて摘出する手術の執刀をしてくださった岡部先生の診察がありました。
 岡部先生にお目にかかるのは、昨夏、糖尿病内科に栄養指導で入院していた時に、病室に顔を出してくださって以来です。いつも、にこにこと、体調はどうですか? と聞いてくださいます。元気です、と答えています。

 今回は、2つのことをお聞きしました。
 まず、このところ週に一度くらいですが、食事の時にお腹が詰まった感じで、少ししか入らないのです。その時には、お腹を締め付けるような腹痛も伴います。

 これについては、腸も敏感で、調子の良くない時や、休みたい時もあるそうです。動きの鈍い時などは、受け付けないこともあって普通だ、と。朝などはよくあることだそうです。
 ずっとそうではないのなら、特に心配はいらない、とのことでした。わかりやすい説明を受け、安心しました。

 2つ目は、口臭が気になり、お腹から血の匂いがする時があることです。
 これについて先生は、私の消化器にはチャックがないので、食堂から下は口が開いたままの状態だとおっしゃいます。そのため、食べたものや消化の具合によっては、そのガスや匂いが上がってきてもおかしくはないのだそうです。なるほど。納得です。

 こんな自分の身体の特質については、慣れることで、うまくコントロールすればいいのです。
 自分の体調の管理については、まだまだ気長に付き合っていかなければなりません。

 次は術後3年目の8月下旬に2回通院し、CTスキャンなどでその後の様子を詳しく見てくださることになりました。
 今日のところは、順調に回復しているとのことばをいただき、安堵しています。

 最近は、体重も50キロ台になりました。先月までは、46キロから49キロを行ったり来たりしていたので、この点でも心配はなくなりました。私の身体なら、体重が増えて困る事態には絶対にならないので、無理のない食生活をしたらいいそうです。この点でも、ホッとしました。

 気持ちが軽くなったこともあり、午後はブラブラと京洛の桜見物をしました。

 まずは、京洛で見かけた新婚ペアの記念写真の撮影風景をまとめておきます。
 陽気がよくなったこともあり、京洛のあちこちで新婚さんたちと遭遇したのです。

 早朝の賀茂川畔、半木の道の土手で。
 
 
 

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 祇園白川では3組も見かけました。
 
 
 

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 平安神宮では応天門の前で。
 
 
 

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 みなさん、京都らしい背景の中に溶け込もうとしておられます。
 幸せなスタートを切って、明るく歩んで行かれることでしょう。
 
 
 

2013年4月 3日 (水)

国語研から源氏写本画像の試験公開が始まりました

 国立国語研究所の高田智和先生が手がけておられる、米国議会図書館本『源氏物語』の原本画像の一部がネット上に公開されています。

「米国議会図書館蔵『源氏物語』画像(桐壺・須磨・柏木)」(2013.03.27)

 これは、〈平成22年度 人間文化研究連携共同推進事業「海外に移出した仮名写本の緊急調査」〉と、引き続き調査・研究がなされた〈平成23〜24年度 人間文化研究連携共同推進事業「海外に移出した仮名写本の緊急調査(第2期)」〉の画期的な成果の一部です。

 米国議会図書館蔵の『源氏物語』については、本ブログで何度か紹介しました。
「米国議会図書館蔵『源氏物語』の全文翻字が公開されました」(2012年12月27日)
 このサイトも折々に補訂の手が入っていて、最新の更新は〈2013.03.01 第44巻「竹河」〉です。

 そして今回、さらにパワーアップした魅力的な趣向の元に、米国議会図書館本『源氏物語』の原本画像の試験公開サイトが開設されたのです。ただし、今は「桐壺」巻のみの公開です。追って、「須磨」「柏木」が公開されます。
 ここでは、米国議会図書館から提供された原本画像が見られます。

 高田先生からのご教示によると、以下のような特色を持たせたものとなっています。


・下の画像をクリックすると、別画面に原本画像が表示されます(「原資料」モード)。
・原本画像と翻字本文とを対照表示させることもできます(「並べ」モード・「レイヤー」モード)。
・画像表示にはContetnsView FLEXを使っています。操作ガイドは準備中です。
・所在表示には丁数・表裏を用いず、表紙からの通し番号(画像番号)を用いています。
 例えば、桐壺の第1丁表は0005になります。
 丁数・表裏と通し番号との対応表はこちらを参照してください。
・桐壺・須磨・柏木の原本画像は、米国議会図書館サイトからダウンロードすることができます。
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・タブレットも使えるビュアーを選びました。
・スマートフォンでも見えますが、見えるだけで、よくないです。
(議会図書館の伊東司書から、原本と翻字を並べて表示するようなソフトがあったらいい、というサジェスチョンを受けて、古典写本を原本で読みたい人や、崩し字・変体仮名を学びたい人向けに、作ってみました。)
・翻字の縦書き表示を実現するために、翻字も画像にしました。
 そのため、検索機能はありません。
・「原資料」では、見開きの画像に加工しています。
・「並べ」では、原本画像と翻字画像を左右に並べて表示しています。
・「レイヤー」では、左上のつまみを動かすと、原本画像と翻字画像を行き来します。

 どうぞ、上記のアドレスからこのサイトをご覧になり、追体験をしてみてください。
 ご要望などのコメントを寄せると、またいろいろな機能を付加してもらえるようです。

 まずは、私から要望を1つ。
 「レイヤー」のモードが気に入りました。左上のつまみを左右にスライドさせると、変体かなと翻字本文がオーバーラップして、異文化を体験できます。そこで要望です。
 この変体かな文字の画像と翻字を、もう少しずらしてもらうと、お互いがルビのように対応する関係となり、さらにおもしろくなるはずです。画像か翻字をユーザーが自由にずらせたら、もっと愉しいものとなることでしょう。ご一考を。


 この、議会図書館本『源氏物語』のテキストと画像の提供は、今後の古典籍に関するウエブ対応版のありかたを考える好例になると思います。
 今はまだ試験版であり実験版なので、多くの方々からの意見や要望が、今後の展開の栄養源となります。
 まだまだ成長する情報の公開として、今後の展開が楽しみなサイトとなりました。
 
 
 

2013年4月 2日 (火)

お茶のお稽古で平群の若葉台へ

 昨日のブログに途中まで書いたように、書道展の後は大和・平群へお茶のお稽古に行きました。
 京阪電車の祇園四条駅から丹波橋で近鉄電車の京都線に乗り継いで大和西大寺駅まで出ます。そういえば、京阪特急の名物だったテレビのついた車輌が廃止になったそうです。奈良や大阪から京都へ京阪で行く時には、このテレビカーが楽しみでした。個人がテレビなどを持ち歩く時代になり、みんなで見るテレビの役割は終わった、ということのようです。

 さて、大和西大寺駅からは近鉄奈良線で生駒駅に行き、そこから近鉄生駒線に乗り換えて元山上口駅まで行きます。京都の自宅からお茶の先生のお宅まで、いつも2時間20分を見ています。
 遠いようですが、私にとっては平群に住んでいたころから毎週のように京都経由で東京の職場に通っていたので、かつての通勤経路のつもりで乗り継いでいます。

 平群の桜は、京都よりも花開いているように見えました。
 今日のお稽古は、歩き方を特に気をつけて教えていただきました。どうも、バタバタとせわしなく歩く癖が抜けないのです。畳をドンドン言わせながら歩いています。摺り足の要領がよくわかりません。

 先生からいろいろとアドバイスをいただき、踵を擦るようにして歩くことを意識すると、少しはそれらしくなったようです。ただし、気を抜くと足を踏みしめるようにしています。足の内側の筋肉を鍛えたらいい、とのことなので、それも心がけてみます。

 職場をはじめとして、仲間の先生方に能楽をやっておられる方が何人もいらっしゃるので、今度は歩く時のコツも聞いておきます。

 運びの薄茶のお稽古は、昨日、妻を相手に練習をしたので、流れは掴めていました。
 家では、お点前の教則本に書いてある説明を妻に声を出して読んでもらい、その流れに従って私が所作をするのです。本にはカラー写真が添えてあるので、間違うと妻から指摘もしてもらえます。これはこれで、結構おもしろくできる練習です。妻は、お茶のいただきかたがわかるので、いい勉強になると言っています。

 これまでにも何度かこうして練習をして来ました。今回は、最初にお点前の手順を文章で列記してあるところで、次のように書いてあることに疑問が生まれました。


帛紗扱いの釜の場合は、柄杓をかまえ、帛紗で釜の蓋を開けて、帛紗を膝前に仮置きする。(『裏千家茶道 点前教則②薄茶点前 風炉・炉』千宗室、淡交社、平成22年12月、54頁)

 これが、その後に写真付きで説明がなされていく本文の中では、次のように説明されているのです。


帛紗扱いの釜の場合は、茶碗を引いたら帛紗を左手の人さし指と中指ではさみ、柄杓をかまえて帛紗を右手に持ち替え、帛紗で釜の蓋を開けて茶巾を釜の蓋の上に置き、帛紗を左膝横に仮置きします。(同上、68頁)

 つまり、「帛紗を膝前に仮置き」なのか「帛紗を左膝横に仮置き」なのか、ということです。「膝前」か「左膝横」なのか、大したことではないようでも、初心者にはどっちだろうと迷い悩む(?)ところです。
 先生に確認したところ、後者の「左膝横に仮置き」するように、とのことでした。

 この教則本の記述のことは、また確認したいと思います。

 これで 今日のお稽古が終わったと一安心した時に、先生から新たな問いかけがありました。新しく「茶箱」のお稽古をしましょうか、と。
 薄茶だけでも毎回頭の中がパニックなのに、それ以上にまた別のことを覚えるのは大変です。しかし、気分転換にもなるので、やってみることにしました。「卯の花手前」というものだそうです。初夏に向けて、なかなかいいものかもしれません。

 今回は流れをつかむだけのお稽古でした。
 鉄瓶、茶箱、古帛紗・茶筅筒・茶巾筒・振出し・山道盆などなど、初めて聞く名前の道具が、自分の目の前に並び、そして出し入れするのは新鮮でした。
 新しいことを始めるのは、楽しいものです。
 それにしても、また悩ましいことが加わったものです。
 しかし、おもしろそうなので、これにも挑戦します。

 帰りに、平群の里を少し散策しました。
 写真中央奥に桜が咲いている一画の右手が、かつて我が家のあった若葉台です。
 
 
 
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 竜田川沿いに下り、よく通ったAコープ(旧サンシティ・ショッピングセンター)に立ち寄りました。そして、私が大好きな「あすかルビー」というイチゴを買いました。
 
 
 

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 これは、イチゴの銘品です。東京の宿舎のベランダでは、妻がこの「あすかルビー」を大切に育てています。イチゴらしい馥郁たる香りと味には、何とも言えない豊かさがあります。イチゴと言えば「あすかルビー」、と言いふらしています。

 子どもたちが通っていた平群東小学校からAコープ越しに若葉台を望みました。右手の山上には生駒山のテレビ塔が見えます。
 
 
 
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 小学校から剣道の練習を終えた人たちが出てこられたので、つい校庭まで入ってみました。
 
 
 
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 この校庭は、3人の子どもたちの運動会やさまざまなイベントで、9年間にわたり何度もシートを敷いて座った場所です。桜も、この同じ場所に毎年咲いていました。

 平群駅に向かい、少し寂しくなった雰囲気の通りを歩いていると、駅前が一変しているのに気づきました。駅前の再開発に伴う拡張整備なのでしょう。とにかく、あたり一帯が更地になっているのです。
 
 
 
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 平群の駅前が、新しく生まれ変わろうとしています。旧懐の想いで歩いて来た者としては、淋しさよりも驚きが先に立ちました。いつかは、とは思いながらも、実際にこの変貌するさまを目の当たりにすると、かえってかつての姿を瞼の裏に思い描こうとします。

 とにかく、期せずして目にした光景に違和感と新鮮な気持ち抱きながら、単線のためにすれ違うようにして入線してきた電車に乗り込みました。
 
 
 

2013年4月 1日 (月)

京洛逍遥(269)新年度の朝日と白川の書道展

 4月となり気分一新です。
 早朝6時に賀茂川の出雲路橋を少し下ったところで、比叡山の右に昇る朝日を拝みました。
 
 
 

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 今年度こそは溜まりに溜まった仕事を、とにかく1つずつ確実に仕上げていきたいと、気持ちを新たにしての出発です。

 さて、まずは先週書き残したことから。

 学生時代に書道を習っていました。その時の吉田佳石先生が、毎年桜の頃になると、展覧会を京都の方々となさいます。
 この前の「弥生展」のことは、「京洛逍遙(130)白川沿いの書道展」(2010年3月27日)で詳しく書きました。
 今回は、妻と一緒に行きました。妻も、学生時代に少しだけ吉田先生に教わっていました。
 
 
 
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 階段を上がった入口のガラスケースの中に、柔らかなかなの書が展示してありました。
 八木重吉の詩でした。


 もくもくと
 雲のやうに
 ふるへてゐたい

 もう1点。次の漢詩の一節が、会場奥の目立つところに架かっていました。


啓窓来清風

 これは、六朝時代の王度の作です。
 「風」という字が印象に残りました。力強いのです。吉田先生は漢字がお好きなようです。

 先生は昨日、東京から展覧会場にお出でになるとのことでした。しかし、京都に着いてから道が混んでいたとのことで、残念ながら今回はすれ違いとなりました。私は、午後は奈良でのお茶のお稽古があったので、お昼前に会場を出ることになったのです。その30分後に、先生は会場に到着されたとのこと。後でお電話をいただき、久しぶりにお話をしました。
 今夏、8月下旬に銀座で例年の展覧会をなさるので、その時にお目にかかることにしました。

 会場となっていたギャラリー門前の前は、桜が8分咲きでした。
 
 
 

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 この白川あたりは、夜桜が特に有名です。
 折しも日曜日で祇園一帯ということもあり、日中でも艶やかな桜を見る人で混雑していました。
 これからは、日々さまざまな桜の表情が楽しめます。
 いい春となりました。
 
 
 


NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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