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2013年6月26日 (水)

インドのみなさんと『十帖源氏』を読む「紅葉賀」(その4)

 インドからお越しのネルー大学のアニタ・カンナ先生とその院生のみなさんには、国文学研究資料館の今西館長との懇談を終えた後、すぐに新宿へ移動していただきました。『十帖源氏』を読む会に参加するためです。

 慌ただしいことです。しかし、限られた時間を有効に使うためにも、理解を得てこんなハードなスケジュールとなりました。

 新宿に着くと、少し時間があったので、歌舞伎町に案内しました。もちろん、みなさん初めての地です。
 テレビやニュースなどで見知った場所ということで、興味深く辺りを見ておられました。記念写真を撮ることも忙しかったようです。
 
 
 
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 いつもの、新宿アルタ横のレンタルスペース「ボア」で、『十帖源氏』を一緒に読みました。
 中国からの留学生もいたので、インドと中国で理解できる現代日本語訳を作るということで、非常に楽しい時間となりました。
 話題となったことを、何点が記録として残しておきます。

(1)原文に「うへの御けづりぐし」とあるところ。
 担当者は「桐壺帝の整髪」と訳しました。「整髪」という訳は、日本人にとっては何かすっきりとはしない言葉です。しかし、海外の方々にとっては、この方が理解してもらいやすいということで、このままにしました。
 その際、整髪役の人について、インドでは男性が、中国では女性がするようです。高貴な方の髪の毛を触る職掌にも、国によって違いがあるようです。このことには異論もあるようなので、さらにさまざまな方に確認し、文化の違いとして整理すべきことのようです。

(2)原文の「このましげ」について。
 担当者は、「どことなくなまめかしく」と訳しました。
 この「なまめかしく」という言葉について、インドのみなさんは理解できるということでした。しかし、中国の方では、意味がわかりづらい、とのことです。これは、中国から来た青年ということもあるかもしれません。しかし、日本の平安文学を学ぶ若者なので、その意見を尊重して考え直すことにしました。
 いろいろな意見が出た中でも、「好色」が一番幅広く理解されそうでした。源典侍のことなので、ここはこれでよさそうに思えます。しかし、どうもしっくりときません。結局は、「好ましく」というところに落ち着きました。

(3)「しどけない姿」という現代語についても、意見がわかれました。
 「だらしない」、「あられもない」、「みだらな」などの訳語を経て、「みっともない」に落ち着き、さらに「ふさわしくない服装」という現代語訳にきまりました。
 ここは、原文では省略されすぎていて文意が読み取れない状況の場面でした。言葉を補うことで、物語としての理解を進めるところです。その意味もあり、こうしたさまざまな意見がでたのです。

 海外の方々と、こうして自由に日本語訳を作りながら語り合うことは、非常に楽しく、時間もあっと言う間に経ってしまいます。
 古典文学を現代に蘇らせる中で、得がたい体験をしていることを実感するひとときでした。

 次回は、7月30日(火)午後6時半から、これまで通り新宿アルタ横の「ボア」で輪読会を行います。
 興味のある方は、どうぞご参加ください。特に、海外からの留学生の方を歓迎します。日本文学とは違う分野の方でも、突っ込んでいただく場面は満載の集まりです。
 遠慮なく、お越しください。
 その際は、あらかじめこのブログのコメント欄を利用して、お声がけいただけると資料の準備などができて助かります。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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