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2013年8月 4日 (日)

27年来の仲間を思い出しながらの追善供養

 日本文学データベース研究会(略称はNDK)を立ち上げたのは、今から27年前の昭和62年のことです。
 当時は大阪大学にいらっしゃった伊井春樹先生のもとで、精力的に研究会を開催し、積極的に成果を公開してきました。

 その時以来ずっと一緒に、日本文学にコンピュータを導入した研究を啓蒙推進してきた、心強い仲間の一人であった谷口敏夫(浅茅原竹毘古)さんの訃報を、今日知りました。
 お亡くなりになったのは、7月29日とのことです。
 『源氏物語』の写本を翻字したテキストデータを、自由自在に処理するプログラムを開発していただきました。私たちのわがまま勝手な注文にも、とにかく夢を叶えるべく開発に取り組んでくださいました。

 末期癌と聞いてすぐ、今年の4月には、お正客として下鴨の我が家にお出でいただきました。
「27年も続くパソコン仲間との交流」(2013年4月 7日)
 心を込めて、薄茶をさしあげました。お点前の作法よりも何よりも、リラックスして美味しく召し上がっていただくことを心がけて、お茶を点てました。

 初夏より覚悟はしていました。それ以降、特に連絡もなかったので、そろそろまた我が家でご一緒にお茶でも、と思って準備を進めようとしていた矢先の訃報でした。

 今年4月の上記ブログにも引いたように、2010年8月に、私が癌で入院手術をする直前にも、この仲間が我が家に集まっています。あの時は、賀茂川の西にある北大路の家に住んでいた時でした。手術前の私をリラックスさせてくださいました。

 折々に、節目節目に逢い、食事をしながら楽しい夢を語ってきました。
 奈良に住んでいた時にも、何度か我が家に来ていただきました。

 今、これまでのことが、さまざまに駆け巡っています。
 今、すぐに思い出すのは、次のような表現で私を語っておられたことです。


 昭和62年2月、三人の男が奈良の近鉄西大寺駅ホームに集合した。ホーム番線は不明だがおそらく、京都方面から奈良に向かっての電車が到着する最後部のベンチ辺りであったろう。
 日も暮れた6時すぎだった。
 三人のうち、二人は既に顔見知りで、残りの一人は全く面識がなかった。たがいに接近遭遇する符丁として、二人組は[ THE BASIC ]、一人は[ ASCII ]をそれぞれ、これ見よがしに持っていた、と記録にはある。
 どれほどたがいに気恥ずかしい思いをしていただろうか。二人組の一人は30半ば、京都からの一人は年齢不詳だが互いにいい歳した中年、関西風ではオッサンがガキの読む[ THE BASIC]や[ASCII]を人混みの中でひらひらさせて相手を捜すのだから。免れていたのは、現場に居合わせた20代半ばの長身痩躯紅顔の青年一人であったろう、と記録にはある。
 三人はそのまま申し合わせたように路地奥の赤提灯に歩みを進めた。
 これがNDK(日本文学データベース研究会)の始まりの最も原始引金であった。この時三人がシティーホテルの高級レストランや、高級料亭でなく、西大寺路地裏の「だしまき」(関西では卵をダシでといて卵焼きを作るが、これをダシ巻という)一皿150円の店に集合したのが、その後の道筋を象徴的に現わしている。地方志向、建前よりも質実、軽快。
(中略)
 それにしても西大寺の夜、実際に伊藤さんの関わるプロジェクトや(源氏物語別本大成)、それにまつわるよもやま話は最初奇談じみて聞こえた。伊藤さんの御師匠筋にあたる伊井春樹先生や大学時代の諸先生のこと、パソコン奮戦記(これは伊藤さんの著書名でもある)、どれをとっても雲をつかむような事ばかりであった。
 圧巻は源氏のことだった。新聞記事で伊藤さんの仕事の内容は知ってはいたが、今に伝わる源氏物語に異本が何十種類もあって、それを本当にパソコンPC-9801にデータ登録しているという、事実をじかに知って、ま、目がくらくらした。「この人誇大妄想ちがうやろか」それが私の伊藤さんへの第一印象だった。(「プロムナードのこと」『人文科学データベース研究 創刊号』昭和六十三年、同朋舎出版)

 この時からご一緒に、道なき道を雑草を掻き分けながら猛進してきました。無事に『源氏物語別本集成』を刊行し、『CD-ROM 角川古典大観 源氏物語』も作り、さらなる展開を期していたばかりでした。

 今思い返しても残念なのは、『源氏物語別本集成 続』の第8巻以降を見てもらえなかったことと、『データベース〈平安日記・物語〉』が作成途中であったこと、そしてNPO法人〈源氏物語電子資料館〉にさらに深く関わっていただけなかったことです。

 「てつ!」とか「てっつぁん」と、親しく呼びかけてくださった優しい声が、今も耳に残っていて、いつでもその姿を思い浮かべることができます。
 私は、もう少し仕事をさせていただきます。
 これまでと変わらない「てつ!」という声を励みにして、もう少しやり残した仕事をします。

 私が初めて書いた『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(昭和61年)が毎日新聞に取り上げられ、それに対して連絡をいただいたのが最初のご縁でした。お陰で今も、日本文学研究とコンピュータの接点で仕事ができています。

 来週には、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』が刊行されます。辛口の批評が聞けなくなったことが残念です。
 とにかく、27年前と同じように、私は前に向かって進んでいきます。
 2人で語り合った夢が1つでも2つでも叶うように、見守っていてください。
 
 ご冥福をお祈りします。
 
 実は、谷口さんをお呼びしてお茶会を、という準備を進めていたところでした。
 思い出してあげるのが最高の供養だと言われています。
 近い内に、追善供養のお茶会を、また我が家で開くことを考えています。
 
 以下、谷口さんにご尽力いただいて刊行できた本を列記し、思い出すよすがとします。
 


(1)『資料検索表示ソフトウェア〈プロムナード〉』同朋舎出版、昭和63年

(2)『人文科学データベース研究 創刊号』同朋舎出版、昭和63年6月
    ↓
   『人文科学データベース研究 第6号』同朋舎出版、平成2年11月

(3)『データベース・平安朝 日記文学資料集 第一巻 和泉式部日記』同朋舎出版、昭和63年11月

(4)『源氏物語別本集成 第一巻 桐壷〜夕顔』桜楓社、、平成元年3月
    ↓
   『源氏物語別本集成 第十五巻 蜻蛉〜夢浮橋』おうふう、平成14年10月

(5)『四本対照 和泉式部日記 校異と語彙索引』和泉書院、平成3年5月

(6)『データベース・平安朝 日記文学資料集 第二巻 蜻蛉日記』同朋舎出版、平成3年6月

(7)『CD—ROM 古典大観 源氏物語』角川書店、平成11年11月

(8)『日本文学どっとコム』おうふう、平成14年5月

(9)『源氏物語別本集成 続 第一巻(桐壷〜夕顔)』おうふう、平成17年5月
    ↓
   『源氏物語別本集成 続 第七巻(野分〜梅枝)』おうふう、平成22年7月

(10)『本文研究第一集 - 考証・情報・資料』和泉書院、平成8年1月
    ↓
   『本文研究第六集 - 考証・情報・資料』和泉書院、平成16年5月


 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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