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2013年9月 1日 (日)

品川区戸越にあった国文学研究資料館の跡地

 古典文学に関するポータルサイトである「やたがらすナビ」をご存知ですか?
 「やたがらすナビって何?」をご覧になると、このサイトの性格とその意義がよくわかります。
 または、「やた管ブログ」の方を紹介した方がいいかもしれません。

 このサイトを運営なさっている中川さんは、精力的に情報を収集し整理してくださっています。ありがたいことです。
 折々に提供される情報を参考にさせていただいています。

 そのブログの記事として、一昨日は「続・戸越の国文学研究資料館はこうなった」(2013年08月30日)が掲載されました。

 国文学研究資料館は2008年2月に立川市に移転しました。
 それまで館があった品川区戸越の跡地の様子が、9枚の写真とともにブログで紹介されています。
 その変貌ぶりには言葉もありません。

 私は、この戸越にあった国文学研究資料館に、1999年から9年間通いました。2008年に立川へ移転してからは、1度も訪れていません。行こう行こうと思いながら、忙しさにかまけてご無沙汰だったのです。

 その戸越における最後の様子は、「仕事場との別れ」(2008/2/19)として自分のブログに書いています。
 その数日後、新しい立川での様子を、「立川での新生活がスタート」(2008/2/27)として報告していますので、併せてご笑覧いただければと思います。

 さて、私が戸越の国文学研究資料館に初めて行ったのは、今から38年前です。大学院生だった私が、当時は助教授としておいでだった伊井春樹先生を訪ねて行った時でした。
 伊井先生は創設当初からのスタッフでした。研究室へお邪魔し、館内を案内していただき、すぐに利用登録をしてくださいました。

 私が大学院の修士課程を修了して大阪の府立高校で教員をすることになった時、東京を離れるにあたってご挨拶をするために戸越へ行った日のことも、鮮明に覚えています。

 その伊井先生とは、国文学研究資料館から大阪大学に移られてすぐの1984年に、大阪で再会しました。
 1997年に、私は大阪大学大学院博士後期課程に入学し、遅ればせながら伊井先生の指導を受けるようになりました。しかし、満期退学直前の1999年に私が国文学研究資料館に身を移したため、2000年の課程博士ではなく、2002年に大阪大学から論文博士の学位をいただきました。
 その先生が、2005年に国文学研究資料館の館長として着任なった時には驚きました。
 ちょうどその頃、私が日本国家公務員労働組合連合会(国公労連)の支部の委員長をしていた関係で、過半数代表者として伊井先生と労働協約に関して交渉や調印をするなど、忘れられない時代となっています。
 そして先生は、戸越から立川への移転や組織の法人化などの難題に取り組まれ、2010年の退任後は逸翁美術館の館長をなさっているのです。

 そんなこんなで、戸越から立川へと移り変わる時期は、私にとっても思い出すことの多い激動の時代だといえます。

 その戸越の地の今を、中川さんの記事とともに写真で見ながら、かつてを思い出そうとしました。しかし、気持ちのいいほど、旧懐の情は湧きません。懐かしさが甦るのではないのです。小旅行のために現地をあらかじめ確認する時の心境で、ネット越しに「文庫の森」を見ています。あまりにも違う光景が展開しているからでしょうか。

 とはいえ、実際に現地へ行けば、不思議な気持ちになることでしょう。
 いろいろなことを思い出すことでしょう。
 そんな機会を、近いうちに持ちたいと思っています。

 中川さん、貴重な情報と写真を、ありがとうございました。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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