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2014年3月26日 (水)

「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)

 現在、「桐壺」巻の翻字本文と校訂本文の整理をしています。
 校訂本文は、大島本(古代学協会蔵)ではなく、池田本(天理図書館蔵)で試案を作成中です。
 その過程で、物語の内容が把握しやすいように、詳細な小見出しを作成しました。
 諸伝本との違いや、現代語訳や外国語訳本との違いなども、この詳細な小見出しを単位として比較して見ていくと、それぞれの違いがわかりやすく一覧できるという利点があります。
 その他にも活用できそうなので、参考までにここに掲載します。
 問題箇所やお気づきの点をご教示いただければ幸いです。

 なお、この一覧は以下の順番に列記されています。


(1)■ No. 伊藤小見出し
(2)校訂本文(最初の数文字)+参照資料情報
(3)[伊井小見出し(29項目)]

 (1)の「伊藤小見出し」は、72項目に細分化されています。
  これまでの流布本では、小見出しは以下のような数になっていました。


『日本古典全書』(朝日新聞社)【18】
『日本古典文学大系』(岩波書店)【8】
『源氏物語評釈(玉上琢彌)』(角川書店)【15】
『新潮日本古典集成』(新潮社)【19】
『新編日本古典文学全集』(小学館)【17】
『新日本古典文学大系』(岩波書店)【21】
『角川古典大観 源氏物語』(角川書店)【29】

 このことから見ても、今回の「伊藤小見出し」の試案が詳細なものであることがわかると思います。

 (2)の参照資料情報としては、次の3種類を「/」で区切って掲載しました。


・『源氏物語別本集成 続 第1巻』(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、2005(平成17)年、おうふう)の分節番号

・『源氏物語大成 第1巻』(池田亀鑑編、1953年(昭和28年)、中央公論社)の頁行数

・『新編日本古典文学全集20 源氏物語①』(1994年(平成6年)、阿部秋生・秋山虔・今井源衛・鈴木日出男編、小学館)の頁数

 (3)の[伊井小見出し(29項目)]とは、『角川古典大観 源氏物語<CD-ROM>』(伊井春樹編、1999年(平成11年)、角川書店)に収載されている、伊井版デジタル校訂本文に付された小見出しです。該当する箇所に引きました。
 これは、これまでに伊井春樹先生のご許可をいただいて、『源氏物語別本集成 続』(おうふう、各800頁、2005(平成17)年〜刊行中)や、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(新典社、2013(平成25)年)などに、再編集版として有効に使わせていただいているものです。

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■1ある帝の御代に、身分は高くない更衣への帝寵を女御方は憎悪する
  「いづれの御時〜」(0001/五①/一七)
    [1桐壺更衣の寵愛と楊貴妃の不吉な例の噂が広まる]

■ 2帝から寵愛される桐壺更衣は、周囲からの嫉妬が集中し病弱となる
  「朝夕の宮仕〜」(0031/五④/一七)

■ 3中国の楊貴妃まで引き合いに出される桐壺更衣は、帝の愛情に頼る
  「唐土にも〜」(0073/五⑧/一七)

■ 4桐壺更衣は父大納言の没後に入内し、孤立無援の宮中で心細い生活
  「父の大納言〜」(0103/五⑫/一八)
    [2桐壺更衣は父の没後入内し、宮中での心細い生活]

■ 5美しい玉の男御子が誕生し、帝は第一皇子よりこの弟宮を寵愛する
  「前の世にも〜」(0136/六①/一八)
    [3若宮の誕生と桐壺帝の私ものとしての寵愛ぶり]

■ 6帝は桐壺更衣を厚遇し、弘徽殿女御は我が皇子の立坊に疑いを抱く
  「はじめより〜」(0184/六⑦/一九)
    [4弘徽殿女御の若宮立坊の疑いと桐壺更衣の心労の重なり]

■ 7帝は弘徽殿女御を気遣うも桐壺更衣を寵愛し、更衣の気苦労は増す
  「人より先に〜」(0248/六⑬/一九)

■ 8更衣の局は東北隅の淑景舎で、参上の折毎に酷い嫌がらせを受ける
  「御局は桐壺〜」(0288/七③/二〇)
    [5帝は桐壺更衣への執拗ないじめをいたましく思い、後涼殿に移り住まわせる]

■ 9帝は桐壺更衣への虐待を不憫に思い、局を淑景舎から後涼殿に移す
  「ことにふれ〜」(0344/七⑨/二〇)

■ 10若宮は三歳で袴着の儀式をし、成長と共に憎しみが賞賛へと変わる
  「この御子三つ〜」(0378/七⑪/二一)
    [5帝は桐壺更衣への執拗ないじめをいたましく思い、後涼殿に移り住まわせる]

■ 11若宮が三歳の夏に桐壺更衣は重病になり、御子を宮中に残して退出
  「その年の夏〜」(0439/八②/二一)
    [7若宮三歳の夏、桐壺更衣は病となり、御子を宮中に残して退出する]

■ 12帝は絶え入らんばかりの桐壺更衣をご覧になるにつけ途方に暮れる
  「限りあれば〜」(0488/八⑦/二二)
    [8桐壺更衣の里邸への退出と桐壺帝との離別]

■ 13輦車の宣旨を受けた桐壺更衣は、帝に歌を残して里邸へと退出する
  「輦車の宣旨〜」(0537/八⑭/二二)

■ 14心塞がる帝は眠れぬ夏の短夜に、桐壺更衣の死を聞き悲嘆に暮れる
  「御胸つと〜」(0608/九⑦/二三)
    [9桐壺更衣の死の知らせにより、桐壺帝の悲嘆]

■ 15三歳の若宮は母君の死により、服喪のため宮中から里邸へ退出する
  「御子は〜」(0644/九⑪/二四)

■ 16桐壺更衣の葬送は鳥辺野で行われ、母は娘と一緒にと泣き焦がれる
  「限りあれば〜」(0684/一〇②/二四)
    [10桐壺更衣の愛宕での葬送と三位の追贈]

■ 17気が動転している母は、火葬の現実も受け入れられず諦めきれない
  「「むなしき〜」(0712/一〇⑤/二四)

■ 18桐壺更衣に三位追贈の宣命がくだり、女御更衣たちは憎しみを増す
  「内裏より御使〜」(0741/一〇⑧/二五)

■ 19聡明な女房たちは桐壺更衣の美質を追想し、思慕の情をもって偲ぶ
  「もの思ひ知〜」(0775/一〇⑪/二五)
    [11桐壺更衣への女房たちの思慕の情]

■ 20秋となり帝はただ涙の日々の中、弘徽殿女御は桐壺更衣を許さない
  「はかなく〜」(0809/一一①/二六)

■ 21帝は若宮を恋しがり、野分だつ夕暮に靫負命婦を更衣の里に遣はす
  「一の宮を〜」(0850/一一⑤/二六)
    [12桐壺帝は桐壺更衣母の邸に、女房や乳母、靫負命婦などを遣はす]

■ 22帝は夕月夜の美しい折に催した管弦を思い出し、更衣の面影に浸る
  「夕月夜の〜」(0877/一一⑨/二六)

■ 23命婦は亡き更衣の邸に入り、八重葎で荒れた庭には月影が差し込む
  「命婦かしこ〜」(0907/一一⑫/二七)

■ 24更衣の母は命婦と対面し感極まり涙し、命婦は帝の仰せ言を伝える
  「南面に〜」(0937/一二②/二七)
    [13帝は祖母君に文を遣はし若宮とともに参内するよう促す]

■ 25命婦は帝の心意を更衣の母に伝え、涙にむせぶ帝からの手紙を渡す
  「「『しばしは〜」(0987/一二⑦/二八)

■ 26帝からの文は、若宮と共に参内するようにと懇ろに促すものだった
  「「目も見え〜」(1043/一二⑬/二八)

■ 27母君は桐壺更衣の入内のいきさつを語り、横死のようなさまを嘆く
  「「命長さの〜」(1094/一三⑥/二九)
    [14祖母君、桐壺更衣入内のいきさつを語り横死のようなさまを嘆く]

■ 28若宮が就寝した後、勅使役の命婦は役目を終えたために帰参を急ぐ
  「宮は大殿籠〜」(1149/一三⑫/三〇)

■ 29亡き更衣の母君は、横死した我が子への尽きせぬ思いを命婦に語る
  「「くれ惑ふ〜」(1163/一三⑭/三〇)

■ 30命婦は帝が悲涙の内に更衣との因縁を偲ぶさまを語って帰参を急ぐ
  「「上もしか〜」(1256/一四⑪/三一)
    [15靫負命婦の帰参に際して祖母君は桐壺更衣の形見の装束などを贈る]

■ 31月が沈む頃、命婦の歌を受け祖母君は惜別の情を車中の命婦に伝える
  「月は入り方〜」(1315/一五④/三二)

■ 32靫負命婦の帰参に際して、祖母君は桐壺更衣の形見の装束等を贈る
  「をかしき御贈〜」(1358/一五⑩/三二)

■ 33亡き更衣の女房たちは若君の参内を促すも祖母君は手放し難く思う
  「若き人々〜」(1378/一五⑫/三二)

■ 34桐壺帝は女房と語り明かし長恨歌の絵を見ながら命婦の帰参を待つ
  「命婦は〜」(1420/一六③/三三)
    [16桐壺帝は長恨歌の絵を見ながら靫負命婦の報告を聞き若宮の将来を思う]

■ 35帝は里邸の様を命婦から聞き、とり乱した祖母君の返書に心を遣う
  「いと細やか〜」(1469/一六⑧/三三)

■ 36悲嘆を隠せない帝は更衣入内の頃を思い出し祖母君をも不憫に思う
  「いとかうしも〜」(1504/一六⑫/三四)

■ 37帝は若宮の将来を約束し、贈物から長恨歌の釵に思いを重ねて歌う
  「「かくても〜」(1543/一七③/三四)
    [17桐壺帝は祖母君の贈り物から玄宗皇帝と楊貴妃との物語を連想する]

■ 38帝は玄宗と楊貴妃の物語から、更衣との尽きぬ愛情を恨めしく思う
  「絵に描ける〜」(1572/一七⑦/三五)

■ 39帝の心を踏みにじるように、弘徽殿女御は傍若無人な遊び事に耽る
  「風の音〜」(1615/一七⑫/三五)
    [18弘徽殿女御の傍若無人なふるまいと、帝の政治までもおろそかにしかねない悲しみ]

■ 40更衣の里邸に思いを馳せて悲しみ歌う帝は、眠ることすらできない
  「月も入りぬ〜」(1660/一八③/三六)

■ 41帝は政治まで疎かにしかねない悲しみの中で食事も召し上がらない
  「朝に起き〜」(1693/一八⑦/三六)

■ 42帝に奉仕する者たちも政道放棄を嘆き楊貴妃の例まで引合いに出る
  「「さるべき契〜」(1731/一八⑫/三七)

■ 43若宮参内で不吉な予感、弘徽殿女御は息子が四歳の春に立坊し安堵
  「月日経て〜」(1762/一九②/三七)
    [19若宮参内した翌年の春、立坊の定め、若宮六歳の年、祖母君の死]

■ 44祖母君は期待も虚しく潰え若宮六歳の年に無念さを残したまま死去
  「かの御祖母〜」(1805/一九⑥/三七)

■ 45若宮七歳の読書始めの後は、その聡明さと美貌に弘徽殿女御も感服
  「今は内裏に〜」(1844/一九⑪/三八)
    [20若宮七歳の読書始め。学問はもちろん音楽などの才能のすばらしさ]

■ 46若宮は二人の皇女方より優雅で学問や音曲にも秀でる超人さを発揮
  「女御子たち〜」(1904/二〇②/三九)

■ 47高麗の相人は鴻臚館で右大弁の子として来た若宮を観て不思議がる
  「そのころ〜」(1955/二〇⑥/三九)
    [21高麗人の相人による若宮の観相もあって、帝は源氏にすることを決意]

■ 48博識の右大弁と高麗人が漢詩を作り交わし若宮も興深い詩句を作る
  「弁も、いと〜」(2019/二〇⑬/四〇)

■ 49帝は若宮を臣籍降下させ朝廷の補佐役にと決めると学問に励ませる
  「帝、かしこき〜」(2075/二一⑤/四〇)
    [22帝は若宮を源氏にすることを決断する]

■ 50帝は宿曜道の判断も参考に、若宮を皇位継承権のない源氏にと決断
  「際ことに〜」(2120/二一⑩/四一)

■ 51更衣が忘れられず世を疎ましく思う帝に、先帝の四の宮の噂が届く
  「年月にそへ〜」(2147/二一⑬/四一)
    [23桐壺更衣に似ているという先帝の四の宮の入内、藤壺と称し帝の寵愛はまさっていく]

■ 52典侍は先帝の四の宮を亡き更衣に生き写しだと奏上し帝の気を引く
  「母后世になく〜」(2173/二二②/四一)

■ 53帝を巡る女たちの怖さを言う四の宮の母が死ぬと、入内の道が開く
  「母后、「あな〜」(2233/二二⑧/四二)

■ 54不思議なほど更衣に似る四の宮は周りに押され入内し藤壺と称する
  「さぶらふ人々〜」(2264/二二⑫/四二)

■ 55藤壺は皇女の身ゆえに誰に気兼ねもなく、帝の寵愛もしだいに移る
  「これは人の〜」(2295/二三②/四三)

■ 56源氏の君は常に父帝の傍にいて、若く美しい藤壺の姿を透き見する
  「源氏の君は〜」(2327/二三⑤/四三)
    [24若宮は藤壺を母のように慕う、世の人二人を光る君とかかやく藤壺とたたえる]

■ 57三歳で母と死別した源氏の君は、母に生き写しだという藤壺を慕う
  「母御息所も〜」(2370/二三⑨/四三)

■ 58帝は藤壺と源氏を愛し、更衣の形代である藤壺に源氏は好意を示す
  「上も、限りなき〜」(2396/二三⑪/四四)

■ 59弘徽殿と藤壺が険悪な中、世の人は光る君とかかやく日の宮と賞讃
  「こよなう〜」(2433/二四①/四四)

■ 60光源氏は十二歳で兄東宮に劣らぬ元服の儀式を帝の主導で執り行う
  「この君の〜」(2483/二四⑤/四四)
    [25源氏十二歳で元服、帝そのすばらしさに感嘆する]

■ 61清涼殿で左大臣が光源氏に冠を被せ、帝は更衣がいたらと感極まる
  「おはします〜」(2537/二四⑩/四五)

■ 62加冠の儀の後、光源氏の拝舞にみなは感涙し帝も更衣を想い感無量
  「かうぶり〜」(2580/二五①/四五)

■ 63左大臣は娘を春宮ではなく光源氏の元服の添い臥しに心積もりする
  「引き入れの〜」(2623/二五⑥/四六)
    [26源氏、元服の添い臥しとして左大臣娘の葵上と結婚]

■ 64祝宴で左大臣から娘葵の上との結婚を仄めかされ光源氏は恥じらう
  「さぶらひに〜」(2658/二五⑨/四六)

■ 65左大臣は帝から二人の結婚を催促されると返歌で応諾して拝舞する
  「御盃のついで〜」(2703/二五⑭/四七)

■ 66左大臣や親王たちは禄を賜い、この日の元服の儀式は春宮より盛大
  「左馬寮の〜」(2730/二六④/四七)

■ 67元服した光源氏は左大臣邸に迎えられ、娘の葵の上と初々しく結婚
  「その夜〜」(2768/二六⑧/四七)

■ 68左大臣は帝の信頼に加えて光源氏まで加わり右大臣家を凌ぐ勢いに
  「この大臣の〜」(2800/二六⑫/四八)
    [27左大臣家の世のおぼえと蔵人少将の四の君との結婚]

■ 69左大臣家の蔵人少将は右大臣家の四の君と政略結婚して牽制し合う
  「御子ども〜」(2833/二七①/四八)

■ 70光源氏は藤壺を理想の女性として慕って想い悩み、葵の上とは疎遠
  「源氏の君は〜」(2863/二七④/四九)
    [28源氏は藤壺を慕い、宮中での生活をもっぱらとする]

■ 71宮中での光源氏は藤壺の存在を慰めとし、左大臣家は温かく気遣う
  「大人になり〜」(2912/二七⑨/四九)

■ 72後の二条院を修築し、そこで理想の女性と暮らしたいと望む光源氏
  「内裏には〜」(2976/二七⑭/五〇)
    [29二条院の修築と、そこに理想とする女性を置きたいとの望み
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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