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2014年4月の30件の記事

2014年4月30日 (水)

第3回池田亀鑑賞は若手の『狭衣物語 受容の研究』に決定

 一昨日の本ブログで経過を報告したように、第3回池田亀鑑賞の授賞者が決定しました。
 本日の「池田亀鑑賞公式サイト」で、その受賞作品が発表されましたので、ここに報告いたします。

 第1回池田亀鑑賞は、40代後半の杉田昌彦氏(明治大学)の『宣長の源氏学』(新典社)。
 第2回は、60代前半の岡嶌偉久子氏(天理図書館)の『林逸抄』(おうふう)。
 そして今回の第3回は、20代後半の須藤圭氏(立命館大学)の『狭衣物語 受容の研究』(新典社)となりました。


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 私は公式サイトの「選考委員紹介」に、次のコメントを寄せていました。


文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要である。そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続への理解と応援が必要である。池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っている。達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っている。

 今回の須藤氏の『狭衣物語 受容の研究』は、まさにこれにぴたりと当てはまる研究の成果だと言えます。
 基本姿勢として、書誌的事項を押さえつつ写本や版本に立ち返って確認し、文献調査を踏まえた手堅い研究手法には、須藤氏が20代であることをを忘れさせます。実見できなかった資料は、国文学研究資料館のマイクロ資料で補う姿勢も徹底しており、極めて地道な研究だと言えます。


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 これからがますます楽しみな若い研究者を、池田亀鑑賞で顕彰することとなりました。
 これを契機として、若手研究者が文献を丁寧に読み解き、コツコツと一歩ずつ成果をまとめる励みともなれば、この池田亀鑑賞もさらに意義深いものとなることでしょう。

 最近の私の口癖となりましたが、読書感想文を突き抜けた、文献で実証する研究を後方支援する池田亀鑑賞となるように、今後とも目配りをしていきたいと思います。

 なお、「第四回 池田亀鑑賞 募集・選定概要」の内容が少し補正されています。
 来年3月末日までに応募していただく際には、お気を付けください。

 以下に、受賞者須藤圭氏の著作である『狭衣物語 受容の研究』(2013年10月25日、402頁、新典社)の目次を掲載します。


〈目次〉
はじめに 
  一 なぜ、そして、どのように、狭衣物語は読み継がれてきたか 
  二〈受容〉〈享受〉〈影響〉 
  三 本文について 

第一章 狭衣物語歌集の諸相 
 第一節 狭衣物語歌集の成立と展開 
  一「源氏集」の諸相 
  二 狭衣物語歌集の発生 
  三 現存狭衣物語歌集の諸相 
  四 物語をどう評するか 
  五 狭衣物語の和歌がもたらすもの 

 第二節 『類句和歌』の狭衣物語所収歌 
  一 三条西実隆と狭衣物語 
  二『類句和歌』の成立 
  三『新編類句和歌』の成立 
  四 大永期における新写本の作成 
  五 尊経閣文庫蔵『類句和歌四句』の狭衣物語 
  六 おわりに 

 第三節 伝尊鎮法親王筆『さころもの哥』 
  一 はじめに 
  二 諸本書誌 
  三 本文の様相 
  四 付載された定家詠十四首、慈円詠一種 

 第四節 鷹司信房筆『さころもの哥きゝ書』 
  一 はじめに 
  二 書誌と成立過程 
  三 依拠本文の推定 
  四 受容の様相 
  五 おわりに—信房と信尹と紹巴と—
  付 翻刻・山路の霧切、源氏物語夢浮橋巻切各一葉 

 第五節 近衞信尹外題筆『さ衣之集謌』 
  一 はじめに 
  二 依拠本文の推定 
  三 近衞家、連歌師の関与 
  四 おわりに 

 第六節 『古今類句』の狭衣物語所収歌 
  一 はじめに 
  二 『古今類句』の編者 
  三 依拠本文の推定 
  四 雅章とのかかわり 
  五 おわりに 

第二章 狭衣物語注釈の諸相 
 第一節 『狭衣三箇秘訣切紙』の方法
       —狭衣物語と涅槃経— 
  一 はじめに 
  二 諸本とその伝来 
  三 狭衣物語と源氏物語 
  四 狭衣物語と涅槃経 
  五 おわりに 

 第二節 切臨の解釈一面
      —承応三年版本の傍注と巻四「よそなから」歌の詠者—
  一 はじめに 
  二 問題の所在 
  三 承応三年版本傍注と下紐 
  四 宰相中将妹君の人物造形 
  五 おわりに 

第三章 狭衣物語本文の諸相 
 第一節 京都大学文学研究科蔵『さころも』の和歌の異文と空間 
  一 はじめに 
  二 諸本の様相 
  三 京大五冊本巻四の本文 
  四 「むかいひの岡」という表現 
  五 おわりに 

 第二節 巻四飛鳥井女君詠二首の異文 
  一 はじめに 
  二 二首を有する本文 
  三 二首の順序が相違する本文 
  四 二首を欠く本文 
  五 おわりに 

 第三節 狭衣物語古筆切の一様相
      —伝阿仏尼筆切(伝冷泉為相筆切・伝花山院師賢筆切)から—
  一 はじめに 
  二 伝阿仏尼筆狭衣物語の紹介 
  三 本文の検討 
  四 おわりに

資料紹介
 一 冷泉家時雨亭文庫蔵『口伝和歌釈抄』所収「さころもの哥」
 二 尊経閣文庫蔵『類句和歌四句』狭衣物語所収歌
 三 寛文六年版『古今類句』狭衣物語所収歌
 四 元禄五年東園基雅筆『源氏狭衣歌』所収「狭衣和歌抜書」

 初出一覧
 あとがき
 索  引


 
 
 

2014年4月29日 (火)

電子化された『群書類従』に関する情報

 『群書類従』に関する情報を収集しています。
 電子化されたものとしては、本年夏(2014年夏)にネットワーク版が配信されることで、一通り出揃うことになります。ただし、これもPDFによる画像版で提供されるため、検索はできても利用者側の使い勝手はよくない環境は続きます。

 ともかく、この時点で、『群書類従』の本文を確認する用途に関する情報のすべてを整理しておきます。

 現在、『群書類従』を利用する環境としては、印刷物としての書籍版と、CD—ROMやインターネットで確認できる電子版の2種類があります。

 書籍版の『群書類従 正・続・続々』は、街の古書店やネットの古本屋で見かけます。オークションにも出ているかもしれません。
 それ以外で新本(オンデマンド版)を購入する場合は、八木書店が窓口となります。

 これまで『群書類従 正・続・続々』は、大正11年に創業した続群書類従完成会(国書刊行会:明治38年創立の後身)が出版・販売をしていました。しかし、同会は2006年9月に閉会し、その後は八木書店が2007年6月より出版事業を継承しています。販売形式はオンデマンド出版です。

【その1】
翻刻資料 群書類従
群書類従(全30冊)〔オンデマンド版〕
初版発行:2013年4月25日
定価(本体314,000円+税)
A5判 カバー装
ISBN978-4-8406-3585-1 C3321

【その2】
翻刻資料 続群書類従
続群書類従(全86冊)〔オンデマンド版〕
初版発行:2013年4月25日
定価(本体688,000円+税)
A5判 カバー装
ISBN978-4-8406-3586-8 C3321

日本古典文化の集大成!
最新の改訂版を底本に、オンデマンド版で提供!
群書類従・続群書類従は旧版よりも版面を拡大し、読みやすくなりました
分売可

【その3】
翻刻資料 群書類従
群書類従・続群書類従・続々群書類従(全133冊)〔オンデマンド版〕
初版発行:2013年4月25日
定価(本体1,187,000円+税)
A5判 カバー装
ISBN978-4-8406-3588-2 C3321


日本古典文化の集大成!
古代から近世末期まで、法律・政治・経済・教育・道徳・宗教・社会・史学・文学・美術・音楽・言語・風俗・遊芸その他各分野にわたる全三七五〇書目を分類収録した一大叢書
最新の改訂版を底本に、オンデマンド版で提供!
復刊の待たれていた基本資料がすべて入手可能に!
群書類従・続群書類従は旧版よりも版面を拡大し、読みやすくなりました
分売可
○法律・政治・経済・教育・道徳・宗教・社会・史学・文学・美術・音楽・言語・風俗・遊芸その他各分野にわたる約3750点の書物を分類収録した、日本古典文化の集大成である一大叢書。
○続群書類従完成会本の最新の改訂版を底本に、群書類従・続群書類従・続々群書類従の合計133 冊をオンデマンド版にて提供。
○76 冊が品切(残部僅少26 冊)など、入手困難で復刊の待たれていた基本資料がすべて入手可能に。
○群書類従(30冊)・続群書類従(86冊)は、B6 判からA5 判に拡大、読みやすくなりました。
○装幀も従来の上製・函入から、使いやすい並製・カバー装に。「八木書店ホームページより」

 書籍版以外に『群書類従』は、CD—ROM版やUSB版、さらにはインターネットで確認できるPDF版(2014年夏より)として電子化されています。

【その4】大空社・CD—ROM版『群書類従』
 底本=続群書類従完成会『群書類従』全30巻・訂正三版
 出版年 1997年
 注記 CD—ROM3枚/Windows 対応のみ
 ISBN 4-7568-0178-1
 定価 本体 50,000円+税
 ●文献名・輯・巻・頁数等による検索。
 ●付箋・メモ機能および付箋検索機能。
 ●画面拡大・縮小機能。
 ●「文献一覧」「文献年表」(テキストデータ)も付録。

【その5】大空社・CD—ROM版『続々群書類従』
 底本=国書刊行会版『続々群書類従』全16巻
 出版年 2004年
 注記 CD—ROM2枚/Windows 対応のみ
 ISBN 4-283-60001-6
 定価 本体 32,000円+税
 『群書類従』『続群書類従』に漏れた資料、10部・約300点収録。

【その6】大空社・デジタル資料叢書[USB版]『群書類従』
 ISBN 978-4-283-01239-4
 定価 本体 50,000 円+税
 2013年3月刊行
 【仕様】 USB 1本 ・対応OSは Windows(他のOS利用不可)
 WindowsXP(SP2 以上)〈32bit〉,Windows Vista〈32bit〉,Windows 7〈32/64bit〉
 収録内容・形式・機能 *以下をPDF形式で収録。
 (1)塙保己一編纂『群書類従』【底本:続群書類従完成会版、全30巻・訂正三版。1~29 輯および別巻(総目録・年表ほか)を各輯1ファイルとした。原本1頁を1コマとするモノクロ画像】
 (2)「文献一覧(目次)」【(1)に収録する文献の書名・輯・頁の一覧(収録順)。テキスト検索可。各文献にジャンプ】
 (3)「文献年表」【底本別巻所収「正続群書類従文献年表」に準拠し編集。テキスト検索可】
 ※本製品は『CD-ROM 版 群書類従』全3枚(大空社)をPDF形式で閲覧できるようにしたものです。
 ※3枚が1本に メディア差し替えが不要。研究が大幅にスピードアップ!
「[USB版]『群書類従』パンフレットより」

【その7】八木書店オンデマンド版『群書類従』パンフレットより


【予告】Web 版 群書類従シリーズ〔2014年夏公開予定〕
 『群書類従』『続群書類従』『続々群書類従』を電子化!
 全文横断検索(フルテキスト検索)が可能に!

 2014年夏配信を目指し、『群書類従』『続群書類従』『続々群書類従』
 合計133冊を電子化し、Web配信にて販売をいたします(予価100万円)。
 書籍紙面をPDF画像で忠実に再現し、新字による全文横断検索(フルテキスト検索)を可能にいたします。全3750書目という一大叢書を全文横断検索することで、よりいっそうの活用が期待されます。
 鋭意製作進行中です。ご期待ください!


 
 
 以上、『群書類従』は、従来の書籍版と新しいオンデマンド出版、そしてPDF版があります。電子化されたといっても、いずれもPDFレベルのものです。検索はできます。しかし、テキストデータや画像データを利用者側で自由に使い熟すレベルには至っていません。

 米国バージニア大学の〈日本語テキスト・イニシアティヴ〉から公開されている『群書類従』は、文学関係のほんの一部(『伊勢物語』など7作品)を私が試験的に作成したものです。

 『竹とりの翁物語』の場合は、次のような表示で確認できます。

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 こうしたテキストベースでの公開の必要性は、今後とも議論が必要かと思います。
 PDFで十分だとしておくと、いつか読めなくなったり、検索できなくなることも予想されます。テキストの抜き出しにあたって、文字化けがつきものであることも、今後の障碍となることでしょう。私は、テキストにしてデータベース化すべきだと思っています。
 『群書類従』の本文の質について検討すると、時間ばかりが経ちます。とにかく、今ある最良の状態のテキストを、忠実にデータベース化することが、喫緊の課題だと認識しています。
 
 

2014年4月28日 (月)

「第3回 池田亀鑑賞」の選考委員会を終えて

 昨日は、大阪なんばの難波八坂神社での聞き取り調査の後、地下鉄と阪急を乗り継いで大阪府池田市に向かいました。伊井春樹先生が館長をしておられる逸翁美術館に隣接する池田文庫で、「第3回 池田亀鑑賞」の選考委員会が開催されるためです。

 池田駅前の喫茶店で、「池田亀鑑文学碑を守る会」の事務局長をなさっている久代安敏さんと打合せをしてから、会場に向かいました。

 池田文庫の入口には、小林一三のイラストを配した、こんなおしゃれな案内表示がありました。

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 伊井先生は、この池田文庫と、さらには小林一三記念館の館長もなさっています。先生の温かい心遣いに感謝して、会議室に入りました。

 今回もこれまで通り、委員のみなさんにはあらかじめ応募作に対する評価と講評をお願いしてありました。
 それは昨日までにいただいていたので、すべてをとりまとめた資料は、昨夜までに選考委員のみなさんには送付してあります。したがって、その資料を参考にしながら選考作業を進めることとなります。

 第1回池田亀鑑賞は、40代後半の杉田昌彦氏(明治大学)の『宣長の源氏学』(新典社)。
 第2回は、60代前半の岡嶌偉久子氏(天理図書館)の『林逸抄』(おうふう)でした。
 今回の結果は、今月末に池田亀鑑賞の公式サイト(http://www.shintensha.co.jp/sp/ikeda_kikan/index.html)で発表されます。

 また、公式サイトから公開していた「募集・選定概要」(http://www.shintensha.co.jp/sp/ikeda_kikan/case03.html)の各項目すべてについて、あらためて見直しをしました。
 第4回池田亀鑑賞の応募(平成26年4月1日〜平成27年3月末日刊行奥付および発表分)については、このあたらしい要項で選考審査を行うことになります。

 今回の第3回池田亀鑑賞の授賞式は、予定通り平成26年6月28日(土)午後1時30分〜4時に、日南町総合文化センター多目的ホール(鳥取県日野郡日南町霞785)で行われます。
 今年も、受賞者の記念講演があります。
 近隣の方をはじめとする一般の方々のご来場をお待ちしています。
 
 
 

2014年4月27日 (日)

難波八坂神社の綱引き神事

 大阪なんばの西にある、難波八坂神社へ行きました。

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 境内には大きな獅子頭の舞台が存在感を示しています。

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 今日は、香道の大枝流芳が「郷里」の「綱引き」と言っているところから、その出自を求めて綱引き神事に関連する神社の探訪です。1730年頃の調査の一環です。
 この難波八坂神社は、綱引き神事でよく知られています。

 お忙しい中を大石勝利禰宜は、資料をもとにして丁寧な説明をしてくださいました。
 この地域は空襲などですべての資料は焼けてしまい、今は何も残っていないそうです。
 しかし、他の社寺に残る資料から、この難波八坂神社のことが少なからずわかっています。興味深いお話を、いろいろと伺うことができました。

 また、大阪天満宮の岸本政夫禰宜にわざわざ電話をしてくださり、ご教示いただけるように仲介の労をとってくださいました。ありがたいことです。

 帰りに、綱引き神事で使う今年のオロチを見せていただきました。年末にこの綱を燃やして灰にし、また新たに来年の神事に使うオロチを作るそうです。

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 今日の調査でわかったことなども、後日、武居さんが考察を加え、論文の形で発表されるので、詳細はそれに譲ります。

 この神社は、今から30年ほど前、私が大阪の高校で教員をしていた頃、通勤時に自転車で通っていた一帯にあります。

 当時は今回のような問題意識がなかったこともあり、何気なく通り過ぎていたのです。
 こうした機会に訪問し、詳しい説明を伺うことができたことは幸いでした。

 また、綱引き神事のオロチは、ご祭神の素戔嗚尊と共に、私が生まれ育った島根県出雲市に縁の深い伝承にまつわるものです。毎年1月第3日曜日に行われている難波八坂神社の綱引神事は、御祭神である素盞鳴尊が八岐大蛇を退治した故事にまつわるものです。これは、『摂津名所図絵』などでも確認できる、古いお祭りなのです。
 個人的なこととのつながりとはいいながら、自分と関係のある話は身を乗り出すようにして聴いてしまいます。

 今日も、収穫の多い調査となりました。
 武居さんの今後の報告が、ますます楽しみになりました。
 
 
 

2014年4月26日 (土)

一仕事終えた後お茶のお稽古で新緑の平群へ

 午前中は大阪市内で、神社関係の方との香道に関する情報収集と打合せをしていました。明日以降の調査の準備のためです。

 その後、お茶のお稽古のために平群へ向かいました。
 最近は、1ヶ月に一度行くのもなかなか大変になりました。やる気はあるのです。しかし、なかなかお稽古に行く時間が確保できないのです。

 平群は、新緑の季節となっています。
 竜田川は、いつも季節の移り変わりを教えてくれます。


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 今日のお稽古は、丸卓を使った薄茶の復習です。
 先日来、家で何度か妻を相手にやっていました。しかし、我流になっていたことを知りました。身体で覚えるように言われています。微調整しながら続けていきたいと思います。

 自分が思うようにできないことを続けるということは、なかなか楽しいものです。ほんの少しでも無意識の内にできるようになると、嬉しいものです。

 お点前の手順を確認しながら新しいことを覚えるのは、自分が成長していく様子がわかるので充実感が味わえます。日常生活で、そうした実感を得ることが少ないだけに、これも貴重な体験となります。

 茶道がいろいろな道を経て今に伝えられ、多くの方々が茶道と関わっておられる背景と意義が、少しずつ理解できるようになりました。これも、半歩でも前進したからこそ、そう思うのでしょう。
 
 
 

2014年4月25日 (金)

京洛逍遥(316)京都における香道関係の調査に同行

 昨夜帰洛し、今朝は茶道資料館へ行きました。

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 総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻で、香道伝書と文学に関する博士論文を執筆中の武居雅子さんの調査に同行しての訪問です。
 茶道資料館では、筒井紘一先生にお目にかかり、長時間にわたりお話を伺いました。
 筒井先生は、茶道資料館副館長、今日庵文庫長、京都学園大学人間文化学部教授、茶書研究会会長と、幅広く活動なさっています。
 6月には、古田織部400年遠忌追善茶会をなさいます。

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 ご著書も多く、私が読んだ本については、以下の記事で報告しました。

「読書雑記(65)筒井紘一『茶道具は語る』」(13年5月19日日)

 筒井先生は、武居さんの修士課程における指導教授です。そのことは、以下の記事で紹介した通りです。

「茶道資料館で香道具を見たあと筒井先生にお目にかかる」(2013年5月 2日)

 本日は、茶道資料館のテラスで苔の庭を見ながら、筒井先生から多くの示唆に富むお話を伺いました。その内容に関しては、今後発表される武居さんの論考に譲ります。

 筒井先生からは、今後の研究におけるありがたいアドバイスを、何点か示してくださいました。特に私が記憶に残ったのは、大枝流芳と茶道についてはあまりやられていないのでは、というご指摘でした。香道にばかり目がいっているのではなくて、こうしたところもやってほしいとの提言でした。

 さまざまなお話を伺う中で、山田松香木店の山田英夫社長からもっと詳しい話を聴くように、とのことで、早速電話で仲介の労をとってくださいました。

 前回お目にかかった折にも、山田社長と三条西堯水氏(御家流香道宗家)と勉強会をするので来ないか、というお誘いを受けていました。まだその会は実現していませんが、今日もその話が出ました。この勉強会がスタートしたら、また新鮮な情報交換ができるようになります。大いに楽しみにしています。

 ただし、今日はあいにく山田社長が上賀茂神社へ出向いておられたこともあり、筒井先生いわく山田松の大番頭だとおっしゃる大杉直司さんを紹介してくださいました。
 そして、山田松香木店で大杉さんから、『香道秋の光』の巻末に記載されている「香道具細工所」に関して多くのご教示をいただきました。

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 その後、「香道具細工所」に記載されていたことで一番気になるという「京河原町姉小路西南角 人形屋幸助」を追うことにしました。
 香道における盤物では、人形を使ったりします。その人形を作る職人さんの1人が、人形屋幸助という人だと推測されるからです。それを、大枝流芳が紹介している、という流れの中での調査なのです。

 これについては、私が思いついきで推薦した『京都マップ 伝統と老舗編』(光村推古書院)に橋本人形店が掲載されており、そこが初代幸助から4代目だとの記述があります。
 もっとも、この橋本人形店は安政2年(1855)創業となっており、『香道秋の光』に記載された「京河原町姉小路西南角 人形屋幸助」よりも100年以上も後の創業となります。しかし、とにかく行ってみないことには埒があかないということで、四条から仏光寺へと出かけました。

 橋本人形店はすぐに見つかりました。

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 突然のことながら思い切ってお店に入り、訪問の趣旨などを説明していると、対応してくださったご当主は開口一番「それはうちですわ。その幸助は初代やと思います。」とのことでした。そして、創業はもっと前かもしれない、ともおっしゃっていました。京都に来る前は名古屋だったのではないか、とも。
 300年も前の話をしているのに、それがごく普通に今と結び付いて話題にできるのです。
 畏るべし京都、を実感しました。

 話をしていると、曖昧な部分が出てきました。しかし、それがつい昨日のことを思い出すかのように進んでいたので、不思議な思いでやりとりに参加していたことになります。

 また、この人形屋さんは、○に平という文字がお店の印となっていました。これがいつからかはわからないそうです。

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 この橋本人形店は、お店が京都の中を何カ所も移動しているので、いつの時代にどこにお店があったのかもよくわかりませんでした。そのため、「京河原町姉小路西南角」という場所についても、情報は掴めませんでした。

 とにかく、「人形屋幸助」「丸平」などなど、キーワードはわかってきました。
 このことについて、ご存じの方がいらっしゃいましたら、情報をお寄せいただけると幸いです。

 今回私が武居さんの研究調査に同行しているのは、京都の市街に土地勘があるために効率的に回れるためです。また、私は学生時代から民俗学の現地調査をしており、こうした聞き取りには馴れていることもあります。その点では、武居さんの研究の現地調査のお手伝いはできたと思います。しかし、こうしてわかったことをつなぎ合わせるのは武居さんの問題なので、専門的なことはすべて後日ということになります。
 
 
 

2014年4月24日 (木)

江戸漫歩(77)立川の新名所?「IKEA(イケア)立川」

 最近、国文学研究資料館にお出でになった方は、すでにお気づきのことと思います。
 モノレール高松駅の立川寄りに、とてもつなく大きな四角い建物ができたのです。

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 朝日新聞によると、次のように書かれていました。


 スウェーデン発祥で家具販売世界最大手のIKEA(イケア)は10日、都内初出店となる「IKEA立川」(立川市緑町)を開業した。(中略)この日は3万人を超す買い物客が訪れた。
 「IKEA立川」は国内7店目で、売り場面積約4万平方メートル。家具や生活雑貨、子ども用品など約9500品目が並ぶ。また、スウェーデン料理を味わえる約750席のレストランや、レジ近くにある軽食スペースなど、日中はどこも順番待ちの長い列ができていた。(2014年4月11日)

 北欧の「IKEA」の家具は、我が家にもあります。
 奈良に住んでいた時、6人家族だったので、大きめのテーブルを部屋の真ん中に置いて、みんなで食事をしたり、おやつを食べたりしました。
 丈夫なテーブルだったので、私が単身赴任で上京した1999年から今に至るまで、勉強机として使っています。
 ということは、20年以上も使い続けているのです。

 その「IKEA」が、立川駅の北に大きな施設を作ったのです。ショールームの要素が強いと思っていたら、中には様々なお店が入っています。連日、たくさんの人で溢れています。

 この周辺は国有地でした。国文学研究資料館と統計数理研究所と極地研究所が入った合同庁舎は、「立川学術プラザ」と言われています。東隣に裁判所、向かいに市役所、西隣には陸上自衛隊立川駐屯地、裏に国立国語研究所や自治大学校、さらに南には、国立災害医療センターに警察署、立川駅の北には国営昭和記念公園があります。ただし、ショッピングセンターやレストランなどは皆無の国の施設が林立する地域だったので、みなさんには日常的には昭和記念公園以外は縁の薄い地域でした。

 それが、突然、周辺地域の方々が集まるようになったのです。これは、立川北側の再開発の一環でもあります。高松駅の北東には、ららぽーとも2015年秋の開業を目指して計画中です。

 立川北地域は、この店舗1つで様変わりしています。今後も、ここは大きく変貌することでしょう。ダイナミックに姿を変えていく立川は、魅力的な街へと衣替えする日も近いのです。
 
 
 

2014年4月23日 (水)

オンラインストレージの「ビットカーサ」を解約できない

 大容量のデータをネットワーク上のクラウドに置くために、オンラインストレージサービスとして「ビットカーサ」を使うことにしました。
 昨年末の時点で、料金と容量の観点からこれに決めました。パソコンの雑誌にも、これがいかに便利なものであるか、という紹介記事があり、それが決定打となりました。
 まずは無料会員になって使い始め、しばらくして、新年になってから有料会員になりました。

 ところが、どうも使い勝手がよくないのです。保存してから職場へ行っても、2時間前に保存したはずのファイルが見当たりません。

 そんなことが何度も続くうちに、次第にこのサーバーがあてにできなくなりました。
 やがて、新たにファイルを保存することもなくなりました。
 古いファイルは、読めるものがいくつか散在し、放置状態となっていきました。

 契約を続ける意味がなくなったので、見限って解約しようとしました。毎月、私のクレジットカードから、一定額が引き落とされています。

 インターネットのサイト内には、日本語の説明は見当たりません。いろいろとサイト内を経巡って、契約をキャンセルする場所を探しました。苦労して英文も読みました。しかし、見つかりません。

 こんな時には、えてして何でもないことで躓いているものです。そう思って、しばらくいろいろとクリックしていました。

 これでは埒があかないので、どうしようかと思いながら、忙しさの中で放置していました。

 先日、思い切ってサポート窓口にメールを送りました。
 要点は、次の2点です。


(1)データをすべて消したい
(2)契約をやめたい

 しかし、3日経っても、なんの音沙汰もありません。

 その後、さらに2度ほど同じような問い合わせのメールを送りました。しかし、無視されたままです。

そこで、本件の問い合わせをこのブログを通してする事にしました。

 この「ビットカーサ」を、うまく使いこなしておられる方もいらっしゃることでしょう。しかし、私の利用環境とは相性がよくないようです。

 どなたか、「ビットカーサ」の解約方法について情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教示をよろしくお願いいたします。
 
 

2014年4月22日 (火)

読書雑記(97)千梨らく著『翻訳会社「タナカ家」の災難』

 たまたま書店の棚でこの書名の背文字を見かけたことから、千梨らく著『翻訳会社「タナカ家」の災難』(2013年9月、宝島社文庫)を読みました。

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 軽いタッチの作品なので、行き帰りの電車の中で、一気に読み終えることができました。こんなに軽い小説は久しぶりです。病院の待ち時間に、マガジンラックに入っていた週刊誌を読み終えた時の感覚に近いものがあります。マンガを見終えた時の印象に近いとでも言いましょうか。

 冒頭、「六本木ヒルズの裏手に〜」と始まるので、若者の青春群像が語られるのかと思いました。しかし、場違いにも都心に堂々と佇むおんぼろ一戸建を社屋とする翻訳会社「タナカ家」を舞台とすることから、吉本新喜劇の要素もあることがわかります。このゆるキャラ的な要素が、この作品の持ち味かもしれません。ただし、私にはこの傾向はよくわかりません。

 カバー裏表紙のキャッチコピーには、「極上の翻訳エンターテインメント小説!」とあるので、現在翻訳に興味を持っている私は、とにかく翻訳物ということに惹かれて読んでみました。

 ストーリーは入社間もない女性、押切可南の目を通して進んでいきます。もっとも、この設定がよかったかどうかは、非常に微妙です。それは、この押切可南の存在が中途半端だからです。
 押切が物語の進行役を果たすのは、その魅力が不透明なだけに、この物語展開では時期尚早の感を抱きました。まだ、魅力に欠ける女性だからです。
 その立ち位置が曖昧です。その存在を考え直すと、この作品はさまざまなエピソードを交えながら、英語にコンプレックスを抱いている日本人には、受けるシリーズになることでしょう。

 さて、この物語は軽快なテンポで展開します。マンガを読むように楽しめます。翻訳業の舞台裏を見せられているところを、おもしろいと思いながら読みました。もっとも、中身のない話に失望したことも事実ですが。

 各章末に置かれた「Talk Time」は、知的な味付けで、一服の清涼剤の効果がありました。

 「認め合い、分かち合い、助け合い」をモットーにしたタナカ家は、一人息子の新社長の出現で、「独立独歩」が社訓となります。この切り替えのテンポの良さはスマートです。
 切り捨てられる情の世界がどう展開するのか、読者に期待させます。

 ただし、翻訳会社の話が上滑りしています。著者は、今も翻訳会社勤務されているとか。それにしては、翻訳の現場の臨場感が欠如しています。思い出しながら話している、という印象が拭えません。現場では、もっと人間としての悩みや苦闘があるはずです。それがリアルに表現されていません。描写力の不足です。
 あまりにも若者受けを意識した、軽いタッチの話に落としすぎです。悪役がいないせいかもしれません。

 最後になって、やっと話が盛り上がります。しかし、もっと前から仕掛ければ、話の出来は違ったことでしょう。これは、作品の構成の問題です。
 次作に期待しましょう。

 なお、本書の巻頭に、若者の読者を意識したと思われる、登場人物の略説とイラストがあったことが悔やまれます。
 物語を読みながら、自分なりにその登場人物をイメージし、姿形を勝手に想像する楽しみを奪われたのです。今の若者向けの本の常套手段なのでしょうか。

 何年かしたら、このイラストはなくなることでしょう。新聞の連載小説などに挿絵があるのは、今の時点で読む者にとっては楽しみでもあります。しかし、一書になった時には、作品が発表された時の時間軸から自由になるためにも、登場人物に関するイラストなどの情報は不要です。歴史物なら、人物略説や年表や地図は、理解を深める意味から必要だと思います。しかし、現代物では、当座は不要だと言えます。

 この作者は、2009年に『惚れ草』で第4回「日本ラブストーリー大賞」エンタテインメント特別賞を受賞してデビューされた方だそうです。その意味でも、おもしろい話が創作できる方だと思いました。次にこの千梨氏の作品が目に触れる時を、大いに楽しみにしたいと思います。【1】
 
 
 

2014年4月21日 (月)

井上靖卒読(177)「屋上」「高天神城」「夏の終り」

■「屋上」
 入院中の病室から見える3階建てビルの屋上で、男女がゴルフの練習をしています。それを毎日見ながら、さまざまに想像を逞しくし、妻と語り合います。そのビルが火事になること以外、特に動きはありません。夫婦の語らいと、平凡な人生を送る気持ちが、穏やかに綴られています。【2】
 
 
初出誌︰文藝春秋
初出号数︰1957年6月号
 
角川文庫︰花のある岩場
井上靖小説全集19︰ある落日
井上靖全集5︰短篇5

時代︰昭和(戦後)
舞台︰東京都(高台の病院、ビルの屋上)
 
 
 
■「高天神城」
 人間は2つに1つの選択を迫られることがあります。時は永禄12(1569)年正月。40歳の城主である小笠原弾正の、迷いの心情を描いています。突然の判断の変更。よくあることです。武田側の視点で、冷静に歴史を紡いでいます。【2】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1957年8月号
 
ロマンブックス︰楼蘭
井上靖全集5︰短篇5
 
 
 
■「夏の終り」
 今から見ると、海水浴場の話は懐かしく思えます。ところが、話は浜辺を舞台にしての意外な展開を見せるのです。きれいにまとまっています。しかし、短編ゆえの物足りなさが残りました。【3】
 
 
初出誌︰新潮
初出号数︰1957年10月号
 
角川文庫︰花のある岩場
井上靖小説全集19︰ある落日
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和(戦後)のとある年の立秋過ぎ
舞台︰静岡県(駿河湾に面した漁村)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
 
 
 

2014年4月20日 (日)

漱石の新聞連載小説『心』を本文異同の視点から読む

 夏目漱石の『心』が朝日新聞に連載されたのは、今からちょうど100年前の大正3年(1914)4月20日でした。それを記念して、朝日新聞では、今日から当時の新聞小説の再現をスタートさせました。


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 当時の連載記事の冒頭は、こんな感じでした。


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 物語や小説の本文の変容に興味を持つ私は、この100年前に朝日新聞に掲載された連載小説『心』の本文と、今日の新聞に再現された本文の違いを確認してみました。

 結果は、ほとんど同じでした。しかし、多少の相違もありました。そのことを、門外漢の立場ではありますが、確認できた事実としてまとめてみました。

 専門家の間では、すでに解決済みのことかもしれません。しかし、そうしたことはまったく知らず、手元に資料もないこともあり、確認したことだけを以下に記します。

 今日の新聞の「連載開始にあたって」で明示された今回の再現掲載に当たっての断り書きは、以下の通りです。


現代の読者に読みやすいように、本文の旧仮名遣いは現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠します。

 実際に、この2つを見比べてみたところ、以下の5カ所の相違が目につきました。

 大正3年の新聞に掲載された連載小説の文章(●印の箇所)と、今日の再現掲載文(○印の箇所)を抜き出してみます。丸括弧「( )」で示したのは振り仮名です。


〈その1〉
●私(わたし)は金(かね)の工面(くめん)に二三日を費(つひや)やした。

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○私は金の工面に二(に)、三日(さんち)を費やした。

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〈その2〉
●電報(でんはう)には母(はゝ)が病氣(びやうき)だからと斷(ことわ)つてあつた。けれども友達(ともだち)はそれを信(しん)じなかつた。

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○電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった

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〈その3〉
● 學校(がくかう)の授業(じゆけふ)が始(はじ)まるにはまだ大分(たいぶ)日数(につすう)があるので、鎌倉(かまくら)に居(を)つても可(よ)し、歸(かへ)つても可(よ)いという境遇(きやうぐう)にゐた私(わたし)は、當分(たうふん)元(もと)の宿(やど)に留(と)まる覺悟(かくご)をした。

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○ 学校の授業が始まるにはまだ大分(だいぶ)日数(ひかず)があるので、鎌倉におっても可(よ)し、帰っても可いという境遇にいた私は、当分元の宿に留(と)まる覚悟をした

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〈その4〉
●其時(そのとき)海岸(かいがん)には掛茶屋(かけちやや)が二軒(にのき)あった。

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○その時海岸には掛茶屋(かけぢゃや)が二軒あった。

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〈その5〉
●私(わたし)は不圖(ふと)した機會(はづみ)から其(その)一軒(けん)の方(はう)に行(ゆ)き慣(な)れてゐた。

(上掲画像参照)

○私はふとした機会(はずみ)からその一軒の方に行き慣(な)れていた。

(上掲画像参照)

 まず〈その1〉から。
 ここでは、最初は「二三日」だったものが、今回の掲載文では「二(に)、三日(さんち)」となっています。
 これは、「23(二十三)日」と読み誤らないようにという配慮から、再現版では「二、三日」としたのでしょう。現代の日本語表記としては、「二、三日」でいいのです。しかし、最初に掲載された時の表記とは違います。ただし、「二、三日」を「にさんち」と読む根拠は何でしょうか。
 なお、漱石の自筆原稿では、次のようになっています(本日の新聞に掲載された生原稿の写真より)。

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 ここでは、「二三日」とあり、振り仮名はありません。

 〈その2〉から。
 ここでは、当初は「〜あつた。けれども〜」とありました。しかし、今回の再現では「あったけれども」と、句点がありません。上掲の自筆原稿では、この句点が打たれているのか、削除されているのかが曖昧です。この1枚目の自筆原稿を見る限りでは、この句点は削除されているとしてよさそうです。しかし、大正3年の新聞には明らかに「〜あつた。けれども〜」となっています。
 句点の有無については、ここで切るのか、続けるのか、微妙な問題を孕んでいます。おそらく、これについてはすでに考察があることでしょう。今は、本文異同の指摘に留めておきます。

 〈その3〉から。
 最初は「日数」に「につすう」という振り仮名がふられていました。しかし、今日の再現版では、「ひかず」という振り仮名が振られています。この違いが意味することが、今の私にはよくわかりません。

 〈その4〉から。
 最初は、「二軒」には「にのき」と振り仮名が振られていました。しかし、今日の再現掲載では、振り仮名がありません。

 〈その5〉から。
 最初は、「一軒」の「軒」に「けん」と振り仮名があります。しかし、今日の再現では振り仮名がありません。
 これは、〈その4〉の「にのき」が今では使わない読みなので、あえて振り仮名をつけないことで、「にけん」とか「いっけん」と読ませたいのではないでしょうか。

 以上、まったくの素人が、掲載文章の本文異同を確認したものです。
 今後の検討の手掛かりとして、まず気付いたことを記しておきます。
 
 

2014年4月19日 (土)

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉第2回総会を終えて

 少し肌寒かった今朝、自転車で聖路加国際病院に隣接する東京都中央区明石町区民館へと向かいました。
 今日は、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉の第2回総会がある日です。

 会場は、越中島の宿舎を出て相生橋と佃大橋を渡ってすぐの所にある施設なので、自転車で10分もかかりません。

 佃大橋から隅田川の上流を望むと、中央大橋の向こうに東京スカイツリーが見えます。

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 橋上から隅田川を振り返ると、目指す先である聖路加タワーの間に東京タワーが見えました。
 通りかかった遊覧船の左手奥には、ビルに挟まれて茶色い尖り帽子の明石町区民館が見えます。遊覧船の向かう先には、勝鬨橋も見えています。

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 自転車を漕ぎながら橋を渡るのが気持ちのいい朝です。

 会場である明石町区民館は、落ち着いた雰囲気の建物でした。

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 その2階の一室で、総会を持ちました。

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 詳しい内容に関することは、「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」に譲ります。

 ここでは、私なりにその要点をメモとして残しておきます。

 昨年度の事業報告や活動決算と、今年度の案を確認しました。
 また、役員の内で理事2名の変更により、若返りを図ることとなりました。
 次の世代へと、確実にバトンタッチが行われています。

 私が昨秋より科研費の研究代表者となったため、今後のNPO法人の活動は科研と重複しないように、活動内容について慎重に検討を重ね、確認しました。
 それは、科研の研究期間と重なる今後3年間、NPO法人では『源氏物語』の本文に関するデータベースを構築することに専念する、ということが主たるものです。これは、科研費の研究内容である「海外源氏情報」(科研HP)と、その内容が被らないものだからです。

 公私混同と思われることを避け、経費の流用には十分すぎるほどに細心の注意を払い、それぞれの運営をしていくことになります。今回の理事の交代は、そのための対処でもあります。

 昨年の活動では、『源氏物語別本集成 続 第8巻』で扱うはずの第32巻「梅枝」と第34巻「若菜上」の翻字がほぼ終わった、との報告がありました。
 『源氏物語』の絵画における服飾関係の索引も、ホームページから公開しました。
 『源氏物語』のどの古写本が、現在どこに所蔵されているのか、ということの調査も一通り終わりました。これは、今年度の公開を目指してデータの整理をしていただいているところです。

 目に見える活動としては、東京と京都で『十帖源氏』の多言語翻訳のための現代語訳を作成するプロジェクトが、これまで通り順調に進んでいます。
 また、京都では、ハーバード大学本『源氏物語』「蜻蛉」巻の古写本を読む勉強会も、快調に回を重ねています。
 先月は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の設立1周年記念の公開講演会も実施しました。

 こうした活動を振り返ると、弱小ながらも、よく組織として活発に動いていると思います。

 基本方針に、無償のボランティア活動にならないようにする、ということがあります。
 些少でも謝金をお渡しするように努力しています。

 しかし、如何せん、資金という面での背景も蓄積もないので、まだまだ努力目標です。写本を読んだり、古写本に関する情報を整理していただいても、十分な謝金が渡せないことを、申し訳なく思っています。
 それでも、苦しい資金繰りの中で、みなさんのご理解とご協力のもとに、着実に実績に結びつけることができていることに、感謝の思いを忘れないで運営をしているところです。

 いろいろなイベントをしたいと思っています。しかし、今のこのNPO法人〈源氏物語電子資料館〉には、体力も資金も乏しいのです。当初の目的を実現するには、程遠いことは事実です。
 しかし、これは理解が拡がり、そして深まれば、自ずと解消出来ることだと楽観的に構えています。

 NPO法人のホームページやブログのアクセス数も、しだいに多くなって来ているのは、明るい話題です。
 当分は、地道な活動とその広報で、本会の存在意義を訴え、理解を求めていきたいと思っています。

 現在の会員は27名です。
 正会員の年会費が1万円なので、本会の事業規模は推して知るべし、というところです。
 また、スポンサーもないので、これらは今後の大きな課題です。

 さらには、本会の会員の内で、『源氏物語』の研究者は私を含めて4名です。
 この研究者の少なさには、意外に思われることでしょう。
 これは、現在の『源氏物語』の研究が、『新編日本古典文学全集』に代表される活字校訂本文による研究が主流であり、それが実質的には9割以上を占めるという実態の反映である、と私は理解しています。
 つまり、『源氏物語』の古写本に関する情報は必要がない、という研究者の現実があるのです。
 しかし、活字校訂本文だけに頼った研究は、時流と共に変質していくと思われます。
 共通本文としては大島本しか流布していない『源氏物語』の本文の供給の実態は、それがいかに歪んだ研究環境にあるのか、ということに少しずつ疑問を持つ若手研究者が現れています。
 将来的に、本文に対する見方は変わってくる可能性が高いと言えます。
 また、そうあるべきです。
 活字校訂本文による読書感想文と、写本を基本とする本文研究の距離が、あまりにもありすぎます。現代人のために提供されている活字校訂本文による研究と、平安時代の物語を研究することの位相の違いを、もっと自覚したいものです。

 そのような中で、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉では、地球上に現存する『源氏物語』の写本すべてを翻字し、データベース化しようとしています。研究のための基盤を構築することが急務だと思うからです。まさに、『源氏物語』を研究するためのインフラの整備を、当面の課題としているのです。

 この件についての理解が行き届いていない現状は、まだこの会の存在を訴える力が弱いことも背景にあると言えます。広報と宣伝が不足していることは自覚しています。そのこともあり、今は身の丈に合った活動に留まっているのが実情です。

 今は会費のみの運営なので、思うような活動はできていません。
 しかし、古写本を読むことを中心として少しずつであっても実績を積み上げていれば、それが存在意義を理解していただくことにつながり、支援してくださる方々も着実に増えていくはずです。そのこと期待し、楽しみにしているところです。

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉では、『源氏物語』に関する基礎的なデータを、これからも構築し、ホームページを通して公開していきます。そして、それを若い世代に引き継いで行くことを、活動の根幹としていきます。

 コツコツと運営を続けていきますので、今後とも変わらぬご支援のほどを、どうかよろしくお願いいたします。
 
 

2014年4月18日 (金)

『源氏物語』の翻訳史略年表の試行版

 現在、手元で作業用として使っている『源氏物語』の翻訳史略年表を、試行版として公開します。
 これは、科研のホームページ「海外源氏情報」で公開するにあたり、その前に情報の確認の意味で公開し、みなさまに通覧していただくことで、さらなる補訂をしたいと思っているからです。

 この『源氏物語』の翻訳に関する略年表をご覧になり、記載のミスや補訂すべき更新情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、遠慮なくご教示をお願いいたします。
 作品名の末尾に付してある〔◆〕印は、刊行を予定している『源氏物語【翻訳】事典』の頁数を入れる予定をしている部分です。

 情報をお寄せいただける場合は、本ブログのコメント欄を利用していただくのが一番簡便かと思います。
 ご協力のほどを、よろしくお願いいたします。
 
 

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2014年4月17日 (木)

夢語り「今回の科研で取り組みたいこと」

 昨日、科研の報告書として発行した『日本古典文学翻訳事典1』のPDF版を、ホームページ「海外源氏情報」から公開しました。
 幸い、多くの方々に興味を持っていただけたようで、予想外のアクセスやダウンロードが続いています。公開してよかった、との思いを強くしています。
 こうした内容の事典がこれまでになかったので、草分けとしての第一歩となったようです。

 無謀にも、上代から近世までという守備範囲が広いこともあり、まだまだ不完全な翻訳事典です。しかし、折々に事典の項目を参照していただき、不備や追補すべき情報収集の誘い水になれば、と思っての発刊でした。ご自由にご覧いただき、お知り合いの方にも紹介していただければ幸いです。それが、掲載した情報の更新や増補につながれば、願ってもないことなのですから。

 予想していたと言うべきでしょうか、今後の科研での活動予定に関する問い合わせがありました。
 本来なら、科研のホームページで公表すべきことです。しかし、その前にこの場でブレーンストーミングをし、みなさんと意見交換をして取り組む課題を絞るのもいいかと思います。
 これを機会に、現時点で何とかしたいと思っていること等々、私見を思いつくままに記し残しておきます。
 いつもの夢語りだということで、以下は読み捨てていただければ幸いです。

 このブログは、何の制約もなく、私が勝手に個人の日録として記す場所です。ご意見やご要望があれば、コメント欄を使ってお知らせいただけると、そこからまた具体策を練る足がかりができます。

 さて、今回の翻訳事典は、次のシリーズ化を私が勝手に想定しての、初巻となるものでした。


(1)『日本古典文学翻訳事典〈1・英語改訂編〉』平成26年3月刊
  ※上代から近世までの英語訳された作品で『源氏物語』以外を扱う

(2)『日本古典文学翻訳事典〈2・諸外国語編〉』平成27年3月刊
  ※諸外国語とは、英語以外のイタリア語・フランス語・ドイツ語等

(3)『日本古典文学翻訳事典〈3・関連資料編〉』平成28年3月刊
  ※関連資料とは、翻訳史年表・ウェブサイト情報・翻訳論文情報等

(4)『英語表記のための日本文学研究語彙事典』平成29年3月刊
  ※日本文学を英語で表記表現する際に参照できる古典文学用語用例集

(5)『海外における日本文学研究論文3』平成29年3月刊
  ※既刊の『海外における日本文学研究論文1+2』の続編となるもの

(6)『海外における日本文学研究者事典』平成29年3月刊
  ※海外で日本文学に興味と関心を持つ研究者や翻訳家等の情報資料集

 ここには『源氏物語』の翻訳情報がありません。
 『源氏物語』については、2008年に笠間書院より刊行していただくはずでした。そのために、一応の原稿はお渡しし、再校までは終えています。
 しかし、その後も次々と翻訳が出現し、今も増え続けているために、私が再校まで目を通して、その後は止まったままになっている企画です。本当に申し訳ないことです。

 これについては、平成29年3月に本科研が終了した早い段階で、一書として刊行する準備を進めています。残された3年間では、とてもまとめきれないほどに、『源氏物語』の翻訳書は大量にあり、今も世界各国で刊行されているのです。本年2月にも、32言語目となるベトナム語訳があることがわかり、早速現地に飛んで調査をしてきました。
 『源氏物語』の翻訳本の9割9分以上は、すでに収集し終えています。後は、今後刊行が予定されていることがわかっているいくつかの『源氏物語』の翻訳本について、随時入手して事典の項目としてまとめていくことになります。
 すでに原稿を頂戴している先生方、および根気強く出版を待っていただいている笠間書院には、本当に申し訳ありませんが、もうしばらくお待ち下さい。と言うよりも、いつも我がままを言って恐縮ですが、あと3年ほどお待ちください。

 上記6点は、翻訳研究を中心とした[資料編]というべきものです。
 これ以外に、[研究編]として、以下の研究誌を発行する予定です。


『海外における平安文学研究ジャーナル 第1集』平成27年3月刊
『海外における平安文学研究ジャーナル 第2集』平成28年3月刊
『海外における平安文学研究ジャーナル 第3集』平成29年3月刊

 これは、海外での研究や翻訳に関する考察等を、〈論文〉〈研究ノート〉〈コラム〉〈資料〉の4項目に分けて1冊に収録するものです。
 執筆者は、海外の方および留学生のみなさんを想定しています。
 試しに、私が原稿を依頼できる方々をリストアップしたところ、94名もいらっしゃいます。
 海外がらみの論考や報告は、雑誌の特集などが組まれない限り、あまり目にする機会がありません。そこで、そうした関係の研究に資する原稿を、ここで集めたいと考えています。
 来月から原稿のお願いをする準備を進めています。
 みなさんのご協力を、よろしくお願いいたします。

 以上、あくまでも今自分が描きうる夢を書き綴ってみました。
 しかし、これらは夢とばかりは言い切れず、これらが結実する可能性は大きいと思っています。
 とにかく、多くの方々のご協力をお願いするしだいです。
 
 
 

2014年4月16日 (水)

PDF版『日本古典文学翻訳事典1』がダウンロードできます

 先月、科研の報告書として発行した『日本古典文学翻訳事典1』には、残念ながら製本ミスがありました。「早々と本ブログで紹介」(2014年4月 1日)しながらも、今日現在、印刷物として広く配布できない状態にあります。
 スタッフ一同で精魂込めて作成したものだけに、忸怩たる思いで刷り直しが届くのを首を長くして待っているところです。

 この印刷所に関しては、一昨年も「科研の報告書に製本ミスが見つかる」(2012/4/7)ということがあり、多大な手間と時間を吸い取られた経緯がありました。また、同じ印刷所でのことです。正直なところ、もう勘弁して下さい、と叫びたい気持ちを、今回もグッと堪える日々が続いています。

 『日本古典文学翻訳事典1』に関するお問い合わせが多いことから、当初の計画を早めて、科研のホームページである「海外源氏情報」から、PDF版としてダウンロードできるようにしました。これは、海外の方々にも利用していただきやすい環境を、このような方法で実現することにしたものです。

 ただし、本日公開したPDF版には、パスワードを設定しています。データ管理上、以下の要領でパスワードを請求していただく必要があることを、ご了承ください。
 申請していただくと、即座にメールの自動応答という形で、PDF版を閲覧できるパスワードをお届けいたします。もっとも、日本語による返信であることを、あらかじめご了承ください。

 今後とも、可能な限り、本科研で作成したデータは公開していきます。
 これは、一人でも多くの方々に利用していただき、その上でデータの不備や追補すべき情報等をいだいて補訂することを前提としたものです。ご教示いただくことを目的として、ウェブを通して広く公開するものです。
 この趣旨をご理解の上で有効に活用され、そして情報を提供していただければ幸いです。

 以下、本データをダウンロードする手順を、簡単に記します。


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『日本古典文学翻訳事典1』ダウンロード方法

(1)メニューバーの「経過報告」の下に出るプルダウンメニューから「研究報告書一覧」を選択。
   (「お急ぎの方はここをクリックしてください」
 
 

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(2)「研究報告書一覧」の説明を読み、「申請は[こちら]からお願いします。」の「こちら」をクリック。
 
 

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(3)「日本古典文学翻訳事典パスワード請求」という画面で、必要な情報を入力し、その下段にある[確認画面へ]をクリック。
 
 

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(4)入力内容を確認して、よければその下段左側の[送信する]のボタンをクリック。
 
 

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(5)すると、閲覧用パスワードを記したメールが、指定のメールアドレスに送信されます。
 
 

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 なお、情報を提供していただける方は、上記画面の下部にある[こちら]のボタンをクリックしてください。

 そして、「情報提供のお願い」の最下段に記された[メールフォームへ]をクリックして、入力欄にご教示いただける内容を記入して送信していただけると幸いです。
 
 

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 まだまだ、本書に掲載している情報は不完全です。また、遺漏も多々あることは承知しています。
 みなさまのご理解とご協力を得て、さらに的確な記述で、全時代を網羅した事典へと、気長に育てて行きたいと思っています。
 これを機縁として、本科研の趣旨をご理解いただき、ご協力のほどを、どうかよろしくお願いいたします。
 
 
 

2014年4月15日 (火)

食生活に見合った活動のバランスを考える

 昨日は京大病院で、糖尿病内分泌栄養内科の検査と診察を受けました。
 いつものように血液検査を受け、その結果をもとにして約1時間後に診察があります。

 診察室に入ると、最近の体調をたずねられました。体重が50キロを切ったことを伝えると、いつもより少し痩せたように見えたので、とのことでした。

 ヘモグロビン A1cの値は、前回の7.1(国際標準)から7.3に上がっていました。これは、体重が減るので、カロリーを摂ることを優先した食生活を心がけていたことが関係しています。

 先生は、年度末で忙しかったこともあるでしょう、とおっしゃっていました。私の生活パターンを理解してくださっているのです。
 摂取カロリー以上に動き回り、いつもより神経を使っているので、栄養のバランスが崩れているようです。動き過ぎで、根を詰めて仕事をし過ぎではないか、と。

 現在は1日5回以上食べています。1回にたくさん食べられないので、小分けしています。それでもエネルギーが足りないのであれば、もっと小分けしてでも、たくさん食べるように心掛けた方がいい、とのことでした。となると、しょっちゅう口の中に何かを入れていることになります。

 血糖値のことよりも、身体を作ることを優先すべきだとも。
 エネルギー消費に見合った食生活と、食生活に見合った活動のバランスを考える時期のようです。
 簡単に言えば、一度にあまり食べられないので、当面は日々の活動も控えめに、ということも意識すべきなのかもしれません。
 実際には、なかなか難しいことですが……

 これまでにも、いろいろなことをするのを自制したことがあります。しかし、これは性分なのでしょう。ついつい手を広げては、いけないと思いながらも、新しいことに取り組んでしまいます。

 どうしようもない性とは思いながら、どうにかしなければ、と立ち止まる自分を見つめる時があります。

 ともかく、今は体重を増やし、50キロに戻すことを最優先にするしかありません。

 今後とも、矛盾したことを言い、辻褄の合わない行動をするかもしれません。そこは、こんな状況にあるということで、平にご容赦をお願いいたします。
 
 

2014年4月14日 (月)

京洛逍遥(315)第40回鴨川茶店とトントンの桜

 昨日はお花見には最後の日曜日ということもあり、散り初めた賀茂川畔には多くの人出がありました。
 折しも、半木の道沿いでは、第40回の鴨川茶店が開催中でした。これは、美しい川を取り戻そうというスローガンの下に地域住民が立ち上がって結成された「鴨川を美しくする会」などが中心となって行われている催しです。「京都府鴨川条例 みんなで 守ろう 育てよう」を合い言葉にしての活動の一環で、注目されているイベントです。

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 桜は、散り初めとはいえ、見事な咲き振りです。

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 私が大好きな、トントンと言っている飛び石のそばの桜は、今が一番の見頃です。

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 西岸から植物園を望みました。
 ちょうど人が渡っているトントンの右上の緑の茂みのさらに右上が、私の好きな桜です。

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 トントンの下流には、テントが見えます。

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 今年もいい鴨川茶店でした。また来年が楽しみです。
 
 

2014年4月13日 (日)

京都で『十帖源氏』を読む「明石_その2」

 ワックジャパンでの『十帖源氏』の輪読会も、順調に回を重ねています。
 昨日は、前半のハーバード大学本「蜻蛉」で盛り上がった余波もあり、後半の『十帖源氏』でもいろいろと話が展開しました。

 前回の3月に「須磨」巻が終わったのを受けて、続く「明石」巻に入っています。昨日は、その「明石」の2回目となりました。

 ここでは、『十帖源氏』に「京にもあやしきものゝのさとしなりとて仁王会おこなはる。」とある箇所で、ほとんどの時間を費やしました。「もののさとし」の訳が問題になったのです。

 この「もののさとし」ということばについては、研究仲間である藤井由紀子さんが詳細に論じていることは承知しています。そのことを踏まえて、さて海外の方々に翻訳していただくにあたり、参考となる現代語訳を提供するという場合に、これをどうするかということになります。

 担当者の訳は、「不思議な天の啓示」でした。しかし、「天」と「啓示」ということばが問題となりました。特に「天」については、中国語の意味を詳細に検討した結果、世界各国でさまざまな意味に捉えられるので避けよう、ということになりました。

 候補としてあがったのは、「不吉な」ということばと「前触れ」あるいは「お告げ」の組み合わせでした。「きざし」も有力でした。しかし、検討を重ねるうちに取り下げとなりました。「神仏」という候補もあがりました。しかし、それも「さとし」とうまく結びつきません。
 「何かの神の」ということばを間に挟むことも考えました。それでも、何かしっくりとはきません。

 それこそ、ああでもない、こうでもない、と知恵を出し合った後に、訳の頭に「この嵐を」という具体的な状況を示せばいいのでは、という提案のもとに、次の訳に落ち着きました。


この嵐を不吉なお告げだといって、仁王会が行われます。

 1カ所に拘っている内に、陰陽師や占いのことが話題となりました。
 そして、京都新聞にはテレビ欄に占いが載っていることが指摘されました。
 スポーツ紙や芸能紙はともかく、こうした占いが一般紙としての新聞に載ることについて、いろいろと憶測も飛び出しました。これは、京都特有の現象ではないのか、と。地方紙を調べてみると、意外とおもしろいことがわかるのではないか、とも。
 この件については、今のところは保留です。

 帰ってからすぐに京都新聞を確認したところ、その日のテレビ欄の横には、確かに次のように占いが掲載されていました。

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 さて、この件はどう展開するのか、みなさまのご意見をお聞きしたいと思います。
 
 
 

2014年4月12日 (土)

京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第9回)

 桜も葉桜が目立つようになりました。
 肌寒い賀茂川を自転車で下り、御所南にあるワックジャパンを目指しました。
 今日は、古写本ハーバード大学本『源氏物語』の「蜻蛉」巻を読む会がある日です。

 途中、出雲路橋から北山を望んだ風景です。

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 目を南の下流に転ずると、北山方面とは違って、景色が拡がっていく感じがわかります。

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 これからこの川沿いの道は、新緑の季節を迎えることになるのです。

 会場へ行く前に、ワックジャパンのすぐ近くにあるお香の松栄堂さんで、『源氏物語』に因むお香を一つ求めました。

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 今日は、《源氏かをり抄》の内から、第52帖の「蜻蛉」巻をモチーフにした『うたかた』を選びました。
 中には、4種類のお香のスティックが入っています。

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 紺の「たるひ」は水仙、赤の「うつろい」は梅花、黄の「かほとり」は甘く涼やかな香り、そして緑の「はちす」は蓮の花をイメージした香りがセットになっていました。
 今日はその内から、「うつろい」と名付けられた、梅花をイメージした赤色のアソートを焚きました。

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 専門的なことは、あまり詳しくはありません。しかし、再来週から香道に関する調査旅行をすることもあり、気持ちだけでもその気になるようにしたのです。あるいは、昨日、河添房江先生のご本『唐物の文化史』を読んだことが刺激となり、お香に気が向いたのかもしれません。

 さて、今日はハーバード大学美術館蔵『源氏物語』の「蜻蛉」の古筆を読む前に、配布したプリントを元にして、小見出しを確認しながら、お話を追っていきました。そして、浮舟にまつわる不確実な噂話がまことしやかに伝えられ、自殺や行方不明という事実となって信じられていく過程を確認しました。
 ここから、話がいろいろな方面に飛び、その後は参加者みんなでフリーディスカッションとなりました。
 STAP細胞のことや男と女の論理の違い、果てはセクハラやアカハラのことなど。実に自由に意見交換をしました。
 特に、男の論理で社会が構成されていることについては、女性のみなさんは言いたいことがたくさんあってか、大いに盛り上がりました。
 また、学問の世界についても、若い大学院生がいたこともあり、ものを見る目を養うという点からも、有意義な時間となりました。

 そんな調子で展開したため、本日用意した字母の資料は一行も確認できませんでした。
 それでもみなさんは、日頃の思いを自在に語り合ったこともあり、また次回に仕切り直しを、ということで楽しく終わりました。

 今日も、娘がおいしい和菓子を差し入れてくれました。烏丸御池にある、創業が文化元年という亀末廣の干菓子でした。前回は、雛祭りということもあり、亀屋良永と笹屋伊織の「ひちぎり」でした。
 また、今日は最新式のコーヒーメーカーで、おいしいカプチーノもいただきました。
 この会も、古写本を読むだけではなくて、さまざまな伝統的な文化をみんなで共有する集まりになってきました。京町家の雰囲気の中で、いにしえに思いを馳せるのも、贅沢な時間の持ち方だと思います。

 次回は、5月17日(土)の午後1時からです。
 興味のある方は、一度のぞいてみて下さい。
 なお、開催日の1週間前には、京都新聞の「まちかど」欄の「集う」というイベントのグループに、この会へのお誘いの記事が掲載されます。一度、それもご覧ください。
 現在お越しの社会人の方は、みなさんこの新聞記事が機縁となってお出でになっています。
 
 
 

2014年4月11日 (金)

読書雑記(96)河添房江著『唐物の文化史』

 河添房江著『唐物の文化史―舶来品からみた日本』(2014.3.20、岩波新書)を読みました。
 切り口がはっきりしているので、楽しみながら読めました。ただし、一般向けの新書としては、いつもの著者らしくない、文章のぎこちなさと硬い雰囲気を感じました。そう感じたのは、歴史にシフトした内容のためかも知れません。調査してわかったことが多すぎたからかも知れません。

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 まず、カラー口絵が8頁17点もあるので、こうした新書としては読者に対する心配りを感じました。
 雑感を記す前に、アマゾンの「カスタマーレビュー」で、秋谷高志氏が「目次」を掲載しておられるので、それを引用しておきます。これを通覧するだけで、本書の内容の多彩さがうかがえるからです。


目 次

第一章 「唐物」のはじまり
     ―正倉院と聖武天皇
唐物のルーツをたどる/『万葉集』の中の「舶来品」/日本産の「からもの」/正倉院の錦の逸品/聖武天皇の遺品あれこれ/遣唐使・吉備真備がもたらしたもの/聖武天皇の舶来趣味/聖武朝の国際関係/新羅使がもたらした舶来品/鑑真の来朝/王羲之父子の書跡/異国文化受容の糧として

第二章 百花繚乱、貴族があこがれた「異国」
     ―「国風文化」の実像
嵯峨天皇という人/「茶」の伝来/王者を彩る文物/正倉院の新羅琴/嵯峨期と渤海/渤海国使と正倉院宝物/承和の遣唐使/仁明天皇の唐物趣味/富裕層への広がり/「国風文化」の実像/黄金と「火鼠の皮衣」/『うつほ物語』と二つの交易ルート/秘色青磁と瑠璃/俊蔭が招来した唐物/蔵開以降の世界

第三章 王朝文学が描く唐物趣味
     ―『枕草子』『源氏物語』の世界から
『枕草子』を読み解く/唐の紙と青磁/定子の華やかな正装/「この世をば わが世とぞ思ふ」/道長の書物への愛着/入宋僧との交流/実資が残した記録/『源氏物語』の時代/源氏の女君たちと和漢の構図/薫物は和か漢か/『うつほ物語』と『源氏物語』/光源氏の見事な手本/「光源氏」にあこがれた人々

第四章 武士の時代の唐物
     ―福原・平泉・鎌倉
平清盛の台頭/清盛と『源氏物語』の明石一族の栄華/福原での日宋貿易/「揚州の金、荊州の珠……」/『平家納経』と『太平御覧』/世界遺産・平泉と唐物/『吾妻鏡』の記事/鎌倉将軍と北条一族/沈没船は語る/渡海僧・渡来僧の時代/金沢文庫の遺物から/兼好の唐物嫌い/『明月記』と『徒然草』

第五章 茶の湯と天下人
     ―中世唐物趣味の変遷
バサラ大名、佐々木道誉/道誉の「逸脱の美学」/足利義満と「日本国王」/朝鮮との外交/義満の文化戦略/美術品としての唐物/『君台観左右帳記』の世界/義政と書院の茶/「つくも茄子」の行方/「和漢のさかいをまぎらかす」/信長の名物狩り/「茶湯御政道」/信長御物から太閤御物へ/家康から柳営御物へ

第六章 庶民が夢みる舶来品へ
     ―南蛮物・阿蘭陀物への広がり
家康の「御分物」/南蛮貿易のはじまり/信長・秀吉の南蛮趣味/秀吉の強硬外交/家康の親善外交/南蛮貿易の終焉とオランダの台頭/鎖国体制の確立/カピタンたちの記録/「蘭癖の将軍」吉宗/朝鮮人参とサトウキビの国産化/天皇に謁見した象/庶民たちの「象フィーバー」/江戸初期の唐物屋/西鶴のまなざし/庶民でにぎわう唐物屋/阿蘭陀趣味の流行/金唐革の変貌/唐物屋の終焉

終 章 「舶来品」からみた日本文化
唐物の歴史/尚古趣味と新渡り物/和製の唐物/唐物の日本的変容/「日本の中の漢」に位置する唐物/「日本の中の和」にとりこまれる唐物/「和漢のさかいをまぎらかす」再考

 参考文献
 あとがき


 以下、章を追って、門外漢からのメモを残しておきます(妄言多謝)。

 第1章
 正倉院の宝物が、聖武天皇や嵯峨天皇を通して、国際交流の品として甦って来ました。これは、奈良から平安時代を通して、日本の対外文化外交の実態を教えてくれます。
 第2章
 お茶の伝来について、個人的にはもっと語ってほしいと思いました。これは、私が今興味を持っている事柄だからです。しかし、それはともかく、この章は『うつほ物語』に光が当てられています。あらためて読んでみようと思いました。
 第3章
 平安貴族の背後に、夥しい舶来品としての唐物があることに驚かされました。異国のもの珍しい物を求める人々の心が、読み進む内に浮かび上がってきて、楽しくなります。『源氏物語』の話でも、唐物が物語られる人物の環境を炙り出していきます。物語が、新しく読めそうです。
 第4章
 平家の話や金沢文庫のことも、興味深いものです。特に金沢文庫には、単身赴任で上京して9年もその近くに住んでいました。近所にあった金沢文庫のことなので、格別の思いで楽しくこのくだりを読みました。もっとも、ないものねだりなのですが、『源氏物語』の河内本の話には展開しません。あの大振りの河内本には、唐物の影響はないのでしょうか。また、沈没船の話も、最近ベトナムで海底から引き上げられた茶器を入手しただけに、もっと知りたいところでした。ただし、これも本書の対象を逸脱することでもあるので、またの機会を楽しみにしたいと思います。
 第5章
 室町から安土桃山時代にかけて、唐物や名物が茶の湯と政治に絡めて語られます。今お茶に興味を持っている私は、おもしろく読み進めました。しかし、お茶に興味のない方は、客観的な視点で語られていくので、退屈かも知れません。第4章ともども、華やぎの欠ける内容となり、男のオタクの話に終始しています。資料の限界があるにしても、女性がもっと姿を見せる話の展開の方が、読者も楽しめるし、著者らしさも発揮できる読み物となったように思います。調べた結果はこうでした、という余所行きの雰囲気が行文に感じられたからです。
 第6章
 唐物屋の話は、図説形式でもっと語ってほしいところです。このような内容は、新書形式では語り尽くせないもののように思われました。続編を期待したいところです。
 終章
 一時代前の文物を愛好する傾向への言及があります。尚古趣味と言われるものです。これについては、私も以前から日本人と日本文化を考える上で、おもしろい問題だと思っていました。さらに掘り下げていただけることを期待したいと思います。
 また、曜変天目の茶碗は、さらにおもしろい文化論になっていきそうです。お香も、こうした問題を考える上で、いい例となります。
 唐物・舶来品は、古くて新しい問題を提起する、日本文化を考える上での大切な素材であることが、本書によってあらためてわかりました。コンパクトな本です。しかし、収穫の多い一書となりました。
 
 

2014年4月10日 (木)

読書雑記(95)伊藤新之介著『ネットが味方になる Webマーケティングの授業』

 親ばかですみません。息子が初めての本を刊行したので、ここに紹介します。  私のブログを読んでくださっている方には、この本は私とは違う分野のものなので無縁な情報かと思われます。しかし、我が家の日々の実録として、紹介を兼ねて記しておきます。
 昨日、『ネットが味方になる Webマーケティングの授業』(2014.3.28、秀和システム)という本が発売されました。

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 私がコンピュータに興味を持った今から30年も前から、この出版社の本は、さまざまな機会に手にして読み、勉強をしてきたものです。  今回の出版について、詳しいことは何も聞いていなかったので、この会社からの刊行であることを知り驚きました。一度は刊行したかった出版社だったからです。

 私が最初に本を書いたのは、『新・文学資料整理術 パソコン奮戦記』(桜楓社、1986年、昭和61年)でした。まだ35歳の時で、息子が生まれる2年前のことです。
 表紙絵や中の挿絵は、すべて妻が描いてくれました。

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 あれから28年経った昨日、息子の本を手にすることになったのです。
 私の本の帯には、次のように書かかれています。

煩雑な資料整理の労力が一挙に10分1になるパソコン活用術。 資料整理に苦しんできた著者が苦闘の末につかんだノウハウをやさしく全公開!! あらゆるジャンルの資料整理に活用できる本

 そして息子の本の帯には、次のように書かれています。

「ユーザーの心にガツンとくる言葉を発信し、それをネットで拡散させたい」あなたのために、頭さえ使えばタダでPRできるスキルを公開します。

 「公開」を意識した、よく似たキャッチコピーなので、ニヤリとしました。
 『新・文学資料整理術 パソコン奮戦記』では、文学研究にコンピュータを導入することを提唱しました。その予見は当たりました。
 また私は、日本文学関係では最初にホームページを開設しました。1995年9月の〈源氏物語電子資料館〉がそれです。
 その後も、『源氏物語』の本文および研究情報のデータベース化に取り組んでいます。
 今回の息子の本は、3人の先達から対談を通して教えを受ける、という設定でまとめてあります。まさに、専門家からマンツーマンで生きた授業を受けているのです。
 「Webマーケティング」というものを、私はまだよく理解できていません。しかし、インターネットを活用したビジネスの可能性は、私なりにイメージはできます。
 実におもしろい体験のできる本でした。
 今更ながら、我が子から啓発を受ける、いい本でした。
 参考までに、本書の目次をあげておきます。

目 次 はじめに 伊藤新之介

第1章
プロブロガー イケダハヤト
 時に炎上しながら 毎日のんびりやってます
  先行者優位は続かない? 先行と後続のサイクルから「意見」へ抜ける 読まれる企業ブログの運営に必要なのは、まず編集長 編集長とは誰か? 社内を巻き込むには? クラウドソーシングは使えるのか? 読者は企業? 消費者? ユーザーニーズがわかればコンテンツもわかる 読んでもらえる記事の作り方 「役に立つ」だけ? ビジョンを語らなければ独自性は出ない 現場はトップを巻き込め バイラルに可能性はあるか? ターゲットはインフルエンサーであると意識する 二つのバイラル マーケター? アーティスト? 長続きするのは意見を言うアーティスト寄りメディア

第2章
ネットニュース編集者・PRプランナー 中川淳一郎
 ネットでユーザーが食いつくPRの方法
  〜ネット民が欲しい情報と企業が伝えたい情報は全然違う
 ネットでウケるネタとは? 2ちゃん民に刺さるかどうか  2ちゃんねるの独特の「自虐」文化は奉仕の精神にも溢れている 「若者の○○離れ」はメディア嫌いの人たちが食いついてネットでウケる ネット民に「ルイ15世」は伝わるか? 知名度の問題と一瞬のインパクト 記者が食いつく見出し・読者が食いつく見出し 予算のない企業のPR方法 企画が面白ければ、大企業のキャンペーンもネットで記事になる スピード感も必要 一緒に遊ぶ感覚でライフネットは歓迎された 「いいね!」キャンペーンの錯誤 バイラル、いいんじゃない? 正しい2ちゃんねるの歩き方 ガリガリ君が成功したワケ お金をかけずにPRするなら泥にまみれろ 一緒に遊ぶ。見下す。応援する。

第3章
ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 出口治明
 突き抜けたプロモーションは経営トップの判断から ウェブの使い方がうまいライフネット生命 手弁当で講演を続けた創業期 安さだけでは伝わらない 10人の力を10人分引き出してイノベーションを起こすのはダイバーシティ 「業界の常識」ではマーケティングができない マーケティングは経験ではない――相手の立場で考える 物欲がインセンティブにならない21世紀 女性とともに意思決定をしたか? 価格・人口・技術要因でプッシュからプルに移る マーケティングの実行フェーズは30代に任せる 「わからないから決断できない」という勘違い 正しい決断はインプットの総量による リーダーの条件 チームで補うリーダーシップ 商いの本質 ダイバーシティがなぜ必要か? 若者は皆、未経験者 「日本の市場」という発想が古い

「あとがき」に代えて 伊藤新之介
 筆者が実験したバイラルメディアの報告

 この本を読み、親としては唸ってしまいました。
 息子が小さいときには、毎朝、奈良県生駒郡平群町にある、長屋王と吉備内親王の古墳の横にある託児所に預けに行きました。
 小学校6年生の時には、2人でレンタカーを使って、イギリス・ドイツ・スイスの旅をしました。
 中学と高校時代には、私がそうであったように、軟式テニスに明け暮れる日々でした。
 高校卒業後のことは、何を考え、何をしていたのか、ほとんど知りません。ただ、茂木健一郎に憧れ、脳科学の話をしてくれたことは覚えています。
 私も、角田忠信の脳に関する本を読み漁った若き日がありました。
 親子ですから、なにがしかの影響が、成長過程であったのでしょうか。
 その子が、この本でいろいろなことを語っているのです。知りませんでした。知らない内に、自立していたのです。
 息子が、株式会社ビットギャザーを起業したのは、昨年の4月でした。
 私が、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉を設立したのが、昨年の2月でした。
 共に同じ頃、新しい時代を見据えた組織を設立すべく、走り回っていたのです。しかし、これは期せずして時期が重なっただけのことです。何かを相談し、打ち合わせたものでもありません。
 息子の会社が都内の大森にある、というのも機縁です。
 私は高校卒業後、大森で新聞配達をしていたのですから。
 私が新聞を持って走り回っていた地域で、息子は起業して走り回っているのです。
 生きているということは、何と楽しくて、おもしろいのでしょう。
 これまでの息子との接点を、あれこれと思い出し、つなぎ合わせています。
 この1冊の本を手にしながら、旧懐の情とともに、嬉しさも入り交じった気持ちで、ほんのりとした甘さを噛みしめているところです。
 
 
 

2014年4月 9日 (水)

ケンブリッジ大学図書館の『群書類従』に関する新情報

 昨日の本ブログで、「『群書類従』に関する講演会のお知らせ」(14年4月8日火)を書きました。

 これに関連して、早速ケンブリッジ大学図書館の小山騰先生から、以下のようなエピソードを詳細に教えてくださいました。

 この中には、渋沢栄一に言及したところもあり、職場の仲間にも関係する情報となっています。私の所に留めるにはもったいない内容なので、以下に小山先生からのご教示を引用して、大方の参考に供します。

 なお、ブログで読まれることを考慮して、いただいた文面の一文毎に改行処置を施し、画面で読みやすいように手を入れていることを、お断りします。

 さらなる関連情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメント欄を利用してご教示いただけると幸いです。


 ケンブリッジ大学は戦後日本研究・日本語教育を始めることになり、ケンブリッジ大学図書館は戦後の早い時期から日本語書籍を収集しようとしております。
 もちろん、戦前、1911年にはアストン・サトウ・シーボルト・コレクションがすでにケンブリッジ大学図書館に収納されていましたが、当時(戦後直後)近代の日本語コレクションはほとんどありませんでした。
 1949年〜1950年にはスカーブラ報告により政府から補助金を受けて、日本研究関係者が日本に出かけ大量の日本語書籍を購入いたします。

 スカーブラ報告の補助金による大量の日本語書籍購入以前には、日本との国交が回復していなかった事情などが影響して、直接日本から日本語書籍を購入することは困難でした。
 そんな事情から、ケンブリッジ大学図書館は、英国やヨーロッパで敵国財産として没収されたものなどを購入するなど、いろいろな手段で日本語書籍を収集しておりました。
 そのひとつとして、1849年にハワイ大学図書館から約330冊の日本語書籍を購入いたしました。
 当時、外貨の問題などがありましたので、直接取引はできず、ハワイ大学がケンブリッジ大学に日本語書籍を送り、ケンブリッジ大学はケンブリッジにあるHeffersという書店にその日本語書籍の代金を支払い、ハワイ大学はHeffersから必要な洋書を受け取るという方法を取りました。
 ハワイ大学が売りに出した日本語書籍は、ハワイで敵国財産として没収されたものやハワイ大学図書館では複本にあたるものなどでした。
 ホノルルにあった伏見宮記念奨学会東洋文庫の蔵本なども含まれておりました。

 ケンブリッジ大学図書館がハワイから受け取った約330冊の中に、経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」19冊が含まれております。
 それらの書籍には、ハワイ大学図書館の印や貸出用のカードも含まれております。

 まず、その経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」がハワイ大学図書館に収蔵されたのには、次のような経緯がありました。
 ハワイにハワイ大学が設立され、大正の終わりころには壮麗なる大学図書館ができました。しかし、日本関係の図書がきわめて乏しかったので、昭和のはじめころに、ハワイ大学関係者により渋沢栄一などの日本の財界人に働きかけ、日本で寄金を集め、日本語書籍をハワイ大学に寄贈する運動がありました。
 その結果、昭和3年に東京帝国大学図書館長である姉崎正治が選書した950冊が、ハワイ大学図書館に寄贈されました。
 その寄贈書の主なるもののリストが、「渋沢栄一伝記資料」第40巻(pp.444-445)に記載されています。そのリストの筆頭が「群書類従」正、続、続々、新編(64冊)です。
 それらの書籍には「Presented to University of Hawaii Library by Japanese friends in Japan and Hawaii」というラベルが貼られました。

 ケンブリッジ大学図書館は、ハワイ大学図書館から提供されたリストにより、1949年に約330冊の日本語書籍を購入しました。
 なぜそのリストに経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」19冊が含まれていたのか、そのあたりの事情は多少不可解な印象を受けます。
 というのは、現在インターネットで見られるハワイ大学図書館の目録によれば、経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」はハワイ大学図書館には所蔵されておりません。1949年の段階でも、厳密に言えば経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」は複本ではなかったような印象を受けます。
 おそらく、当時でもハワイ大学図書館には群書類従関係の書籍はたくさんあるので、経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」も複本に相当するとみなされ、ケンブリッジに提供できる日本語書籍のリストに含められたのかもしれません。

 いずれにしても、上記のような経緯で、経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」19冊はケンブリッジ大学図書館の日本語コレクションの一部になり、現在下記のように、インターネットで見らる目録に入っております。

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http://ul-newton.lib.cam.ac.uk/vwebv/holdingsInfo?searchId=826&recCount=25&recPointer=8&bibId=4992893

 なお、昭和天皇が皇太子時代にケンブリッジを来訪された時に寄贈された群書類従については、まだインターネットで見られる目録には含まれておりません。

ケンブリッジ大学図書館

小山騰


 
 

2014年4月 8日 (火)

『群書類従』に関する講演会のお知らせ

 今年のゴールデンウイークの最中に、下記の記念講演会でお話をすることになりました。

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塙保己一検校 生誕第268年記念大会 ご案内
日時 平成26年5月5日(祝)午後1時半 開会
場所 塙保己一史料館講堂
   JR渋谷駅東口から日赤医療センター行きバスで國學院大學前下車、前進200m
   【注・渋谷駅工事中につきバス停移動しています】
一、開会挨拶 公益社団法人温故学会理事長 齊藤幸一
一、記念講演「英国ケンブリッジ大学と米国バージニア大学の『群書類従』」
       国文学研究資料館 研究部教授 伊藤鉄也
一、記念講演「古賀政男 我が心の歌」
      ―メロディーで綴るその音楽人生―
       古賀政男音楽博物館 学芸員 漆山賢明
一、閉会挨拶 研究員代表 堀口和正

※ 聴講無料 先着80名
※ 懇親会 希望参加 会費2000円(当日受付にて)
       東京都渋谷区東2丁目9番1号
       公益社団法人温故学会理事長 齊藤幸一
       電話・FAX03-3400-3226

 これは、英国ケンブリッジ大学図書館の小山騰先生からもたらされた情報が縁となり、今回、海外における『群書類従』に関するお話をすることになったものです。

 また、米国バージニア大学から「テキストイニシアティブ」の1つとして公開されている『群書類従』を担当した経緯を踏まえて、その現状も報告します。

 『群書類従』は、現在、活用されることは少なくなりました。しかし、若手による貴重な研究例もあるで、その報告もしたいと思います。

 こうした内容のもとに、日本の文化史において『群書類従』が果たした意義と次世代に引き継ぐ問題点を、文学研究の立場からお話しする予定です。

 興味をお持ちの方は、ご参加ください。

 なお、この『群書類従』に関しては、本ブログでは以下の記事で報告していますので、参考までに紹介しておきます。

「授業(2013-4)海外における『群書類従』と学際的研究」(13年5月10日金)
 
 
 

2014年4月 7日 (月)

江戸漫歩(76)お江戸深川の夜桜 -2014-

 江戸には夜桜が似合います。
 自然を背景にしにくい中で、周囲が無機質な環境ということもあり、桜をライトアップした夜桜が人の目を惹きます。
 京都の夜桜が、いかにもやらせっぽくて不自然なことと、好対照をなしています。

 深川の夜桜は、今年もいい雰囲気を醸し出しています。
 黒船橋から大横川沿いの桜並木は、雪洞に映えています。

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 川縁に枝を垂らす風情と散策路が、いつもと違う世界に引き込んでいく魅力を持っています。

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 深川のお不動さんの横には、みごとなヤエベニシダレザクラが咲き誇っています。

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 帰り道に、黒船橋の船着場から中央大橋を望みました。
 川面に映る灯りの揺らめきが幻想的です。

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2014年4月 6日 (日)

海老蔵が〈人間浄瑠璃〉と言う『源氏物語』のこと

 過日、「市川海老蔵特別公演 歌舞伎×オペラ×能楽 源氏物語」(京都四條南座)に関する情報を掲載しました。

「『源氏物語』に関連する最新情報3つ」(14年2月27日木)

 昨日5日の公演初日に、私は行けませんでした。しかし、妻が行って来たのでそのパンフレットを見ながら、歌舞伎とオペラと能を融合させた歌舞伎の未来を考えた作品、と海老蔵が言うものを想像しています。

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 海老蔵のコメントの中で、次の2つに、日本古典に対する挑み心が読み取れ、今後の活動が楽しみになりました。


今回は日本での公演ですから基本は日本人が日本語で喋りますが、海外へ行った場合は逆にオペラに転嫁して歌ってもらえるようなシステムをつくり、海外に進出するときのひとつの基盤にしたいと考えています。


日本の古典を海外で成功させて、これが凱旋すれば、歌舞伎を観たいという人も増えるでしょう。

 パンフレットの間に、「源氏物語歌唱曲歌詞」というB5版両面印刷のプリントが挟み込まれていました。時と共に散逸する一枚物の印刷物なので、参考までに画像として残しておきます。

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 演目は以下の通りとなっています。


第一幕
 冬の巻 雪の石山寺
 春の巻 宮中桜の宴
第二幕
 夏の巻 夕顔の咲く頃
 秋の巻 光と影の間

 21日(月)が千穐楽です。私は行けそうにありませんので、『源氏物語』に関する記録として、ここに記しておきます。

 なお、市川海老蔵特別企画として、「源氏物語の世界展」と題する展覧会が、宇治市源氏物語ミュージアムで4月24日(木)〜6月22日(日)まで開催されるようです。
 
 

2014年4月 5日 (土)

京洛逍遥(314)半木の道の早咲きの桜を確認

 一昨日の本ブログ「京洛逍遥(313)半木の道の早咲きの桜に関する謎解明」(14年4月3日木)で紹介した、先行開花する桜を、実際に半木の道で確認してきました。次のパノラマ写真で赤の矢印を付した桜がそれです。

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 居並ぶ「ベニヤエシダレザクラ」と違う早咲きの「ベニシダレザクラ」だと言われると、確かに色の違いからそうなのか、と納得させられました。

 飛び石のトントンを渡り、近くに寄って確認しました。

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 私には、右の桜との違いはわかっても、左との違いは色以外にはわかりません。
 近くにいた鷺も、一緒に考えてくれているようでした。

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 帰宅後、上記記事「京洛逍遥(313)半木の道の早咲きの桜に関する謎解明」の終わりで触れた、「京洛逍遥(267)賀茂川の桜はまだ6分咲き」(2013年3月30日)の昨年の写真が、急に気になりました。早速手元のデジタルアルバムを確認したところ、今問題にしている早咲きの「ベニシダレザクラ」が、はっきりと写っていました。

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 確かに、昨年もこの桜だけが早く満開になっていたのです。迂闊にも、このことにまったく気付いていなかったのです。

 さらに発見がありました。
 「京洛逍遥(310)京洛の桜はちらほらです」(14年3月30日)の4枚目の写真で、次のように書いたことです。


 川縁に、あまり見かけない鷺がいました。
 新人なのでしょうか。落ち着きがありません。よそ者の雰囲気を漂わせています。

 昨年の桜の写真を確認していたところ、桜と同じく2013年3月30日の写真の中に、何とこの新人かと思っていた鷺とそっくりの鷺がいるのです。

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 「京洛逍遥(310)京洛の桜はちらほらです」(14年3月30日)の鷺を左右反転して、比べやすくしました。

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 さて、今日の鷺と先週の鷺と昨年の鷺は、同一人物(?)なのでしょうか。

 鳥類に詳しくない私には、同じような気がします。しかし、今日の鷺の姿は幾分窶れて見えます。そう思って見ると、目の上から後に流れる黒い毛並みや、目のくぼみ具合などなど、三羽ともに違うようにも見えます。どこかに着眼すれば判別できるのでしょう。この個体識別方法については、今後とも意識して見ていこうと思っています。
 この正解を解き明かされた方からご一報いただけると、悩みの一つが解消されて気が楽になります。
 
 

2014年4月 4日 (金)

義兄の入院手術で大阪中之島に急行

 ちょうど1週間ほど前に姉から、義兄が手術のために入院する、との連絡を受けました。
 そして、昨日入院し、今日無事に手術が終わりました。

 義兄は大病もなく、定年後の充実した日々を送っておられました。
 そこへ、降って沸いたような病気という現実と向き合うことになり、ここ数日は不安な日々だったことでしょう。
 素人判断での対処が思わしくなかった、そんな折に、病院勤務の娘(私の姪)の助言により、半信半疑で行った病院で事態の深刻さを知らされ、急遽入院して手術となったのです。
 気付いてからの対応が迅速だったので、事なきを得たと言えるでしょう。

 予定では、今日の午後2時からの手術でした。しかし、私の経験から、病院での手術は非常に時間的な誤差があるので、予定の2時間前には病室に行っているのが一番いい、と判断して、大分早めに出かけました。

 入院先である住友病院は、大阪中之島にあるリーガロイヤルホテルと大阪国際会議場の裏手にあります。お昼過ぎに着くと、案の定、予定よりも40分早く実施される、という連絡が看護師さんから告げられたところでした。早めに来たこともあり、これで義兄を手術室に見送れます。

 少し時間があるので、階下のレストランで軽く昼食をとることにしました。行ってみると、ヘルシーメニューで話題となった「丸の内タニタ食堂」のメニューが、ここのレストラン「いずみ」で食べられたのです。限定30食という「さんまのイタリア風南蛮定食」をたのみました。

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 タニタ食堂のランチに出会えたのも、手術の無事を願って足を運んだからこそです。
 ありがたく、ゆっくりといただきました。

 病室に帰ると、すでに義兄は術前に打つ精神安定の注射でウツラウツラの状態でした。
 すぐに看護師さんが迎えに来られ、エレベーターで病棟7階から手術室のある3階へ。この頃には義兄も目覚め、少し話ができました。
 手術室の前で見送り、また病室に戻った頃に、姪が息子を連れてやって来たところでした。今朝まで夜勤だったために遅くなって、と言っていました。末期医療の患者の面倒を看ているそうです。

 1時間半ほどで、ベッドと共に義兄が病室に帰って来られました。早かったのは、手術がうまくいった証拠です。切除と移植共々に、問題なく予定通りに終わったのです。

 病室で、賑やかに話をしてから帰りました。
 あの様子では、もう大丈夫です。
 安堵の気持ちで帰路につきました。
 1日も早い回復を願っています。
 
 
 

2014年4月 3日 (木)

京洛逍遥(313)半木の道の早咲きの桜に関する謎解明

 京都新聞に、興味深い記事が掲載されていました。

 先日の本ブログで、「京洛逍遥(310)京洛の桜はちらほらです」(14年3月30日)と題して、半木の道の桜の中に一つだけ満開の桜があることを紹介し、写真も掲載しました。
 その3枚目の写真には、次の文章を添えました。

ただし、その少し下流には、早々とみごとに咲いて楽しませてくれている桜もあります。

 この桜について、意外な事実が判明したのです。

 京都新聞によると、次のように報じられています。

 まず、植物園を背景にした半木の道沿いの桜並木の写真に、次のキャプションが付いています。


鴨川河川敷の「半木の道」。中央の1本だけ一足早く満開を迎えている
(2日正午すぎ、京都市左京区)

 そして、以下の記事が掲載されているのです。


毎年1本謎の先行開花

北山大橋南岸
品種間違って植える

 鴨川の北山大橋南岸「半木の道」(なからぎ)に並ぶしだれ桜74本のうち、なぜか真ん中の1本だけが毎年10日ほど早く咲く。この謎を解明すべく、鴨川を管理する府京都土木事務所の職員が挑んだところ意外な真実が…。

 「隣の植物園の温室から温水が流れ込んでいる」。地元ではそんな臆測まで呼んでいたほど。広報担当の山本哲さん(46)が、この桜の手入れをしている造園業者に早咲きの理田を文書で尋ねた。
 答えは「品種違い」だった。花弁が多い「ベニヤエシダレザクラ」に早咲きの「ベニシダレザクラ」が交じっていた。両者は枝ぶりや葉では見分けがつかないのだという。
 造園業者の回答書はこう結んであった。「先人のミスを笑って受け流していただきたいと思います」(樺山聡)
(2014年4月3日朝刊「地域プラス」22面)

 樺山記者のオチが、これまた洒落ています。
 そして、また、この桜を見に行きたくなります。
 両側に並ぶ桜たちとの違いを、自分の目で確認したくなります。
 この桜の生い立ちについて、桜に寄り添って語りたくなります。

 こんな背景があったことをつゆ知らず、何年もの間、トントンと勝手に我が家で名付けた飛び石を渡り、この半木の道の桜並木を楽しんでいたのです。

 昨年のこの半木の道の桜情報を確認してみました。
 次の記事に掲載した1枚目の写真では、ちょうどこの問題の桜は右端に切れています。

「京洛逍遥(267)賀茂川の桜はまだ6分咲き」(2013年3月30日)

 まったく気付かず、さして疑問にも思わずに、毎年この桜並木を見ていたのです。
 自然をあるがままに受けとめている自分に、あらためて気付かされました。
 疑問に思うことの大切さを、身近な例として教えていただきました。
 裏事情の意外さを知ることで、ますます京洛逍遥を楽しみたいと思うようになりました。
 
 

2014年4月 2日 (水)

京洛逍遥(312)_賀茂川の桜はまだ五分咲きです

 ようやく桜が花開き、賀茂川沿いも明るくなり、賀茂街道に華やかさが演出されるようになりました。
 昨日の朝の様子です。
 朝日を浴びる京都大学の裏の如意ヶ岳(大文字山)を臨むと、桜の色も眩しいほどに輝いています。

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 そのすぐ近くでは、咲き出したばかりの梅が、しかも紅白とり混ぜての姿で自己主張をしていました。これは、満開が桜と同じ頃になりそうです。

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 北山の方を見やると、まだ例年の華麗さには早そうです。

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 右岸は咲き初めという感じです。

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 左岸は散策路の整備が行き届いていることもあり、もう桜の回廊ができています。

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 目覚めたばかりの鴨の親子(?)が、朝日に向かって泳ぎだしたところです。

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 今週末から来週にかけては、いつもの年のように多くの方が花見に集って来られ、賑やかになることでしょう。特に、植物園から上賀茂神社にかけては、落ち着いてお花見をしながら散策ができるゾーンとなっています。それも、早朝がお勧めです。
 
 
 

2014年4月 1日 (火)

『日本古典文学翻訳事典 1〈英語改訂編〉』を発行しました

 平成26年度が始まりました。
 昨日は、平成25年度の科学研究費補助金・基盤研究(A)による研究成果報告書が完成し、納品されました。
 短い期間に、翻訳データの整理から印刷の段取りへと、慌ただしい日々の年末年始でした。
 多くの関係者のみなさんに、大変お世話になりました。
 この場を借りて、お礼を申し上げます。
 無理難題を聞き届けていただき、本当にありがとうございました。
 おかげさまで、ずっしりと重い報告書ができあがりました。

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 これから、発送の準備に入ります。
 科研費による発行のため、非売品です。
 印刷物は、公的機関や研究協力をしていただいた方々に優先的に配布します。
 ただし、科研のホームページ「海外源氏情報」(科研HP)で、本書のPDF版がダウンロードできるように準備をしています。
 さらには、文字列で検索して、画面上でブラウジングできるような仕掛けも用意します。
 用意が調いましたら、またアナウンスをしますので、今しばらくお待ちください。

 本報告書は、あくまでも暫定版です。
 この冊子が呼び水となり、追補すべき情報や、記述の補訂に関してご教示をいただくことにより、さらなる増補版が生まれればとの思いから、あえてこの時点で発行したものです。
 幅広い方々からのご意見や情報提供を、楽しみにお待ちしています。
 本ブログのコメント欄か、科研のホームページ「海外源氏情報」(科研HP)を通して、些細なことでも結構ですのでご教示を、よろしくお願いいたします。

 なお、本報告書の位置づけを明確にしておくためにも、参考までに巻頭に置いた前書きを、以下に引用します。


は じ め に

 —試行版としての事典であること—

 本報告書を作成することになった発端は、私がスペインで「“Spanish translation of the tale of Genji”(スペイン語に翻訳された『源氏物語』)」というタイトルで研究発表をする前日でした。
 2013年10月23日、現地マドリッド時間の朝7時に、国文学研究資料館内の科学研究費補助金担当の方から「25年度科研費の交付内定について(10/21追加内定)」というメールが届いたのです。4年間で3千2百万円の直接経費が認められた、とのことです。

 突然の朗報に驚くと共に、早速、提出書類である「交付申請書」と「交付請求書」を、マドリッドのホテルで作成しました。そして、同時に26年度分として申請を予定していた基盤研究(B)については、すでに事務に提出していたものが重複するため、その申請は取り下げることになりました。
 慌ただしい、科研費研究のスタートです。

 年度途中の追加配分であっても、補助金の使用にあたって特別なルールはないとのことです。4月に交付された場合と同様の扱いで、研究費の運用するのです。そこで、大至急研究体制を整えることになりました。

 この科研を支えてもらうプロジェクト研究員には淺川槇子さん、技術補佐員に加々良惠子さんという頼もしい2人の採用を経て、研究支援態勢を迅速に整えました。そのお陰で、こうして無事に、初年度の成果が事典という形に結実することになりました。

 本書は、数年前に発行され『日本文学研究ジャーナル』に掲載された記事を再確認し、情報を追補してまとめたものです。
『日本文学研究ジャーナル』は、科研費の基盤研究Aとして、平成21年から24年にかけて実施された研究の成果刊行物です。平成23年度までの3年間は前国文学研究資料館館長の伊井春樹先生が、平成24年度は私が研究代表者となって、当初の研究目的を達成した報告書です。

 今回その成果の中から、第2巻以降3回にわたって掲載された翻訳事典のデータをあらためて取り出し、追補修訂を加え、再編集してまとめ直しました。

 第4号の「はじめに」で、私は以下のように記しました。


特に、懸案だった「翻訳事典」が、不十分ながらも一つの形になって本報告書に収載できたことは、今後につながる成果だと言えるで しょう。この翻訳事典には、2006年4月23日にお亡くなりになった、国文学研究資料館名誉教授福田秀一先生から託されていたメモを最大限に活用しました。
 本科研では、英語に関する文献だけを対象としていることに留まらず、各項目のまとめ方も含めてまだまだ不備の多いものです。これを補訂し、さらに追加していくことで、よりよい事典に育てていきたいと思います。(3頁)

 また、その「あとがきにかえて」では、次のように記しています。


翻訳事典は、分量的な問題もあって、単独の編著作物とはなりませんでした。これは、今後につながるものとして、さらに項目と情報の拡充に努めたいと思います。(301頁)

 日本古典文学に関する翻訳事典としては、各項目の内容がいまだ未整理の状態にあります。今回、その見出し項目と表記上の体裁及び、内容に関する記述の統一をしようと試みました。しかし、いろいろな機会に、多くの方々に執筆していただいた原稿の集積であることから、不統一の感は免れません。各所に編者の判断で多くの手を入れました。しかし、あくまでも暫定的な処置に留まるものです。
 そのことを承知で、この時点で公開することにしたのは、これを叩き台にし、より良い情報の提供を受ける中で、さらに充実した事典に育てたいと思うからです。まさに、試行錯誤の中での暫定版としての事典です。
 みなさまからの情報提供により、各項目の精度を高めたいと思います。
 今後とも、ご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。

2014年3月
日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)
「海外における源氏物語を中心とした平安文学
 及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」
研究代表者
大学共同利用機関法人 人間文化研究機構
国立大学法人 総合研究大学院大学
国文学研究資料館 伊藤 鉄也


 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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