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2014年6月の30件の記事

2014年6月30日 (月)

ふるさと日南邑から米子の稲賀先生の墓参へ

 池田亀鑑賞の授賞式の翌朝は、爽やかな朝靄に包まれて目覚めました。
 今朝も肌寒い日南町です。


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 日本海新聞の朝刊日曜版に、池田亀鑑賞のことが掲載されていました。


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 朝日新聞も、全国版で取り上げて行く意向だそうです。
 こうしたメディアを通して、さらに広く広報していきたいと思っています。

 今秋、「鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読む(第2回)」を開催するにあたり、勉強会場と宿泊場所については、今回も泊まった「ふるさと日南邑」にすることとなりました。早々と予約も入れました。
 すると、ここにはロッジもある、とのことなので、早速案内していただきました。


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 3棟あるロッジは、すべて同じ内装と間取りです。ただし、1棟だけ応接セットと畳の部屋がありました。


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 1棟に6人は寝泊まりできるので、学生さんを含めて少し数が増えても大丈夫でしょう。

 また、会議場にもなる立派な大広間もあります。
 ここで、みんなが古写本を読むのもいいでしょう。


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 自然の中にある、なかなか快適な空間となっています。
 ここを会場にして、9月13日の計画を進めていくことにします。

 今年も、妹尾先生の車に同乗させていただき、米子にある稲賀敬二先生の墓参に行きました。
 私は、これで3年連続でお墓参りに行ったことになります。

 これまでの墓参のことは、一昨年の「米子にある稲賀敬二先生のお墓へ」(2012年03月12日)と、昨年の「日南町から米子へ─稲賀先生の墓参─」(2013年06月23日)の後半に詳しく報告しています。

 今年は、日南町の隣町から広島大学に入学したばかりの学生さんも同道です。なかなか頼もしい若手の出現です。今後の成長が楽しみです。

 お昼は、これまた昨年同様に境港で新鮮な魚をいただきました。
 ちょうど市場の外では、和太鼓のイベントをやっていました。


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 日差しが強くなりだしたので、少しだけ拝見しました。
 池田亀鑑賞の今後を寿ぐ撥の音だと思いながら、その勢いの頼もしさを楽しみました。

 米子駅前で妹尾先生とお別れし、入手したばかりの須藤君の受賞記事が掲載された日本海新聞3部を郵便局から発送しました。

 そして、一路「やくも」で岡山へと出ました。この特急は揺れが大きいので、本などは読めません。身体を休める時間に当てました。

 岡山駅からは往路と同様に、グリーン車を利用するためだけのポイントが、今月末で失効する直前にとにかく消費するため、グリーン券を手にして乗り込みました。

 しかし、私はこのグリーン車とはよほど縁がないのか、何と電源コンセントが自分の席の周りにないのです。車輌の前と後ろの2ヶ所にしかないのです。何のためのグリーン席なのか、さっぱり理解できません。
 しかたがないので、インターネットを活用したパソコンでの仕事は断念し、ここでも身体を休めることに専念しました。

 ところが、あろうことか通路を挟んだ横の席の人が、携帯電話で大声で喋り出したのです。旅の途中でもあり、気持ちが大きくなっておられたのでしょうか。あまりにもマナーの悪い方だったので、よほど止めてもらえないかと言おうと思いました。しかし、下手に声を掛けて、かえって逆上されて手荒なことをされても大変なので、結局は黙って我慢していました。

 いろいろな方がいらっしゃるので世の中は楽しい、とは言うものの、最低限のマナーは守り合いたいものです。帰路も往路同様に、大失敗のグリーン席となりました。

 東京の宿舎に着いたのは、夜の10時でした。
 この充実した金、土、日の3日間を、さらに有意義な方向で今後につなげていくつもりです。
 業務と科研とNPOと自分の研究等々、みなさまのご理解とご協力を、せつにお願いするのみです。
 
 

2014年6月29日 (日)

第3回池田亀鑑賞授賞式

 心配していた天気は、ありがたいことに曇り空に留まってくれています。
 雨にならなかったことに安堵しました。

 まずは、本日の会場である日南町文化センターの入り口で、関係者一同で記念写真を撮りました。
 池田研二先生も元気に来てくださっています。


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 今日の参会者は70名です。この池田亀鑑賞の授賞式の参加者は、町民の方が中心であることはもちろんのこと、米子や岡山からもいらっしゃっています。
 授賞式が始まってすぐに、役場の職員の方々がテーブルとイスを何台も運び込んでおられました。予想では50~60名と見込んでおられたようです。会場の後ろで聞こえる騒めきを、ありがたさとうれしい思いで耳にしていました。

 日南町の町民のみなさんの熱気が肌身に感じられるので、主催者側の気持ちも引き締まります。

 まず、「第3回池田亀鑑賞授賞式」です。
 司会は、昨年同様、日南町図書館司書の浅田幸栄さんです。

 開会挨拶は加藤和輝(池田亀鑑文学碑を守る会)会長です。
 今年もこの授賞式が開催できたことの喜びを語られました。


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 賞状と副賞の贈呈には、地元報道関係者など多くのカメラマンが舞台に集まりました。


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 池田亀鑑賞選考委員会の会長挨拶として、伊井春樹先生が「池田亀鑑賞の意義」について、いつもの優しい語り口で話されました。みなさん、伊井先生のお話を、毎年楽しみにしておられます。


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 それを受けて、池田亀鑑賞の選考委員長である私が「選考理由」について報告しました。併せて、古写本を読んで池田亀鑑を追体験する中で、町民のみなさんと一緒に「古典文学の町づくり」に取り組んで行く企画をお知らせしました。


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 来賓紹介は、日南町議会議長と、日南町教育長でした。


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 来賓挨拶は、増原聡日南町長です。
 このアカデミックな村おこしとも言えるイベントの盛り上がりを、さらに次の世代に語り継ぎたいと、力強く宣言なさいました。


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 本日のメインとなる、「第一部 第3回池田亀鑑賞受賞記念講演」です。
 受賞者の須藤圭さんが、柔らかな語り口で『狭衣物語』についてわかりやすく話されました。


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 「『狭衣物語』とは何か」
 「わたしと『狭衣物語』の出会い」
 「池田亀鑑と『狭衣物語』」
 「『狭衣物語』研究の未来」


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 最後に、広島大学の妹尾好信先生から、広島大学所蔵の『狭衣物語』の写本と版本の紹介がありました。

 休憩時間には、妹尾先生と須藤さんによるギャラリートークもありました。
 多くの方が展示ケースを取り囲んで聴き入っておられました。


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 天保8年の絵入り版本「さころも」に、「紅梅文庫」の印がはっきりと確認できます。


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 「紅梅文庫」については、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第2集』(新典社、平成25年)で、永井和子先生と私が対談の中で詳細に語っていますので、ご参照のほどを。

 会場の入り口には、日南町図書館にある池田亀鑑に関する本が並んでいます。


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 この日のために、小さいながらも、こんなにかわいい幟を作られたのですね。職員とお手伝いをしてくださるみなさんの、このイベントを一緒に盛り上げようとしてくださるそのお気持ちが、温かい声援として聞こえて来ます。一人で感激しています。想いのこもった小道具が嬉しくて、また来年も来ますから、と、幟に向かってつい手を合わせ、一人で笑ってしまいました。みなさん、ありがとうございます。

 続いて、「第二部 もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」講演会」です。
 今春から岡山のノートルダム清心女子大学に移られた原豊二先生の講演は、「江戸時代の日南町 元禄歌人・竹内時安斎の旅」と題するものです。

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 「竹内時安斎の人物紹介」
 「江戸時代の日南町地域を知る」
 「紫式部伝説の一断章」

 中でも、竹内時安斎が元禄7年に伯耆地方を旅し、日南町地域を通過した5日間の記事では、地名や人名が出てくることもあり、会場のみなさんとの反応ややりとりに興味深いものがありました。

 最後に、原先生から


日南町のあらたな価値に「古典文学」を

という提言には、会場から多くの首肯きが波として伝わってきました。

 この原先生の勢いは、続く私の古写本を読む体験へとつながります。

 少し休憩した後、「第三部 鎌倉時代の『源氏物語』古写本を読んで池田亀鑑を追体験してみよう」という、参加型の体験学習を企画しました。
 これは、これまでが講演を聴くという、参加者にとっては受け身の催し物ばかりだったので、少しでも身体を使った体験を共有しよう、という趣旨の元に取り組むことにしたものです。

 現地のスタッフの方々の予想では、10人位が残って参加してもらえたら、ということでした。学習用に鉛筆も10本ほど用意してくださっていました。
 しかし、意外というべきか、うれしいことに40人近くの方々が残ってくださったのです。

 事前に広報用に配布したチラシには、次のような説明文を掲載しました。


 池田亀鑑が生涯をかけて取り組んだ『源氏物語』の古写本を読むことを、みなさまと一緒に追体験してみたいと思います。
 米国ハーバード大学美術館には、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の「須磨」巻と「蜻蛉」巻の2冊が所蔵されています。
 今回は、その内の「蜻蛉」巻の最初のページを、変体仮名といわれる仮名文字を一文字ずつたどりながら読んでみます。
 資料は配布しますので、筆記用具だけをご持参ください。
 この企画は、今後とも継続して日南町で開催する予定です。

 今回の体験学習のために用意した資料には、「ハーバード大学美術館蔵『源氏物語 蜻蛉』の来歴」、「ハーバード本「蜻蛉」第1丁表のカラー写真」、「掲出仮名の字母一覧」、「第1丁表の字母」、「第1丁表の翻字」が印刷してあります。


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 これを使って、1時間ほどをかけて、丁寧に仮名文字とその字母を確認しながら、またその文字の背景を説明しながら読みました。

 今回は、「か・け・し・す・せ・た・と・な・に・の・は・ひ・ま・み・め・り・る・を」の18文字が読めたら目標達成です。この第1丁に出てくる漢字は「人・返・給・事・思・心」の6文字だけです。これだけで、800年前に書かれた写本の冒頭一枚が、完璧に読めることになるのです。


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 実際には、丁寧に話をしながら進めたこともあり、10行あるうちの4行分しか読めませんでした。しかし、2行目にあるナゾリや、4行目の補入の説明もしたこともあり、予想以上に実感として読めた気になっていただけたようです。

 池田亀鑑賞の事務局長をなさっている久代さんも、真剣に変体仮名読解に取り組んでいらっしゃったようです。


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 今回のみなさんの反応がよかったことは、第2回目の追体験につながる収穫でした。次回はもっと、謎解きの要素を入れてみたいと思います。

 なお、この後の懇親会で、私が「800年前の写本」というフレーズを十数回言ったということが披露されました。そうなのです。とにかく、「800年前」の文字を読む、ということを脳裏に刻んでいただきたかったので、「800年前」を連呼したのです。

 閉会後、何人もの方々が我々の所にお出でになり、いろいろな質問や感想を投げ掛けてくださいました。


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 こうした交流は、今後とも大切にしていきたいと思います。

 会場を後にして、懇親会場へ移動する途中に、いつものように池田亀鑑の顕彰碑の前で関係者一同が記念撮影をしました。いつもお忙しい伊井春樹先生は、急いで松江へと移動なさったため、今回は写真の中にはいらっしゃいません。


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 また、恒例となっている「池田亀鑑誕生地」の碑に受賞者を案内して、記念撮影をしました。

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 この碑は個人の敷地に建っているため、ご迷惑をおかけしないようにと、今回は少人数で訪問しました。

 日南町のみなさまのご理解とご協力のもとに、第3回目となる池田亀鑑賞の授賞式と関連するイベントも、すべて盛会のうちに無事終えることができました。みなさまに、感謝します。そして、来年もよろしくお願いいたします。

 懇親会では、今後の夢語りも含めて、いろいろと楽しい話で沸きました。
 特に、古写本を町民のみなさまと一緒に読むことで池田亀鑑と古典文学を実感していただく企画は、さらに具体化へと向かいました。

 今回確認できたことの一部を、気が早いかもしれませんが、速報として記しておきます。次のイベント会場は、池田亀鑑の生誕地の近くです。


企画名称:「鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読む(第2回)」
開催日時:平成26年9月13日(土)午後2時~3時半
体験会場:ふるさと日南邑(鳥取県日野郡日南町神戸上)
主催 or 後援:NPO法人〈源氏物語電子資料館〉/日南町(予定)

 なお、この時に、井上靖と松本清張の文学碑にご案内する予定です。
 さらに詳細が決まり次第、またお知らせいたします。
 
 

2014年6月28日 (土)

一年ぶりの日南町に来ました

 岡山から乗った出雲市行きの特急「やくも」は、1時間半で鳥取県の生山駅に着きます。岡山と鳥取の分水嶺をトンネルの中で潜った列車は、鳥取県に入って最初の駅である上石見駅には止まりません。上石見駅から東の方向に、池田亀鑑の生誕地があります。

 この上石見駅は、井上靖の『通夜の客』の舞台の入口でもあります。


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 この上石見駅の次の生山駅が、日南町の中心地です。
 駅に降りると、昨年はなかったはずの「古事記伝承の地」という幟が目に飛び込んで来ました。


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 ここは、島根県と共に神話の地です。昨年も、神楽の練習場所を訪問しました。そのことは、「日南町から米子へ─稲賀先生の墓参─」(2013年06月23日)に書きました。

 駅前は、落ち着いた駅舎が山を背景にしてたたずんでいます。
 日南町は山峡の町です。谷間を渡る風は、まだ肌寒さを伝えていました。


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 今年も、池田亀鑑賞の授賞式が、この日南町で開催されます。
 まず、役場へ行き、町長と教育長を表敬訪問しました。教育長は、今年度から変わられた方でした。

 町長との懇談の中で、日本文学研究者のジェームス荒木氏(ジャズ音楽家としてはジミー荒木)のことに及びました。そして、ジェームス荒木氏(1926─1991年)が日南町と関係のある方であり、しかも井上靖の小説『楼蘭』(エドワード・サイデンステッカーと共訳)や「風濤」などの英訳をなさっている、ということが語られました。
 池田亀鑑文学碑を守る会の事務局長をなさっている久代安敏さんも、荒木氏と日南町の関係についてはご存知ないようでした。私もまったく情報を持っていないことだったので、これから調べてみます。

 役場の前の広場に、松本清張と井上靖のオブジェがありました。これまでにもあったそうです。私の目に入っていなかっただけなのです。


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 井上靖のオブジェだけをここでは紹介します。


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■井上靖の世界 ワーク1
井上氏愛用の万年筆や机などをその
まま再現し、数々の作品が生み出さ
れた書斎のイメージを形にしていま
す。


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■井上靖の世界 ワーク2
40年間現役で活躍し続けた井上氏の
作品の数や量は大変多く、その長い
作家生活を原稿用紙で表現していま
す。


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■井上靖の世界 ワーク3
途方もなく遠く隔たった時空から伝えられ
た、冷ややかで無機質な物象を、現在に蘇
らせることは井上靖氏の歴史認識の方法で
あり、感動の急所です。
その激しい衝動を感じつつ、ひたむきに歩
き続けた井上氏と、井上氏の愛し続けたシ
ルクロードのイメージを重ね合わせていま
す。

 日南町の図書館は、よく整理されています。
 また、3人の司書の方が、時流と興味に流されない、長く読める選りすぐりの図書を選定しておられました。地域のみなさんの読書指向をよく読み取って、評価の高い作家の作品などは網羅的に集書しておられます。こうした、しっかりした図書が収蔵されている図書館を持つ町では、住民のみなさんも本を見たり読んだりするのが楽しいことでしょう。

 その中でも、松本清張と井上靖のコーナーは出色です。


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 また、池田亀鑑のコーナーは、これから充実していこうという雰囲気が感じられました。


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 このように、地域の特色を明確にした図書館は、なかなか得難いものだと思います。ますます多様な本が並ぶと、町民のみなさんもここに来るのがもっと楽しくなることでしょう。子供たちのための本も、非常に充実しています。

 松本清張の文学碑の一帯は、道路の拡幅整備のために工事中でした。


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 また、井上靖記念館は、いつも手入れが行き届いています。新しい花を植え替えられたそうです。


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 今回も、[ファームイン]ふるさと日南邑でお世話になります。
 入口には、昨年はなかった池田亀鑑の写真2枚が飾られていました。


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 これは、池田亀鑑の顕彰事業に深い理解を示してくださっている浅川三郎氏の寄贈になるものです。その横の「私のふるさと」という池田亀鑑のエッセーのパネルも、浅川氏が建てられたものです。
 こうした日本文化の理解者が日南町にいらっしゃるということは、これからもますますこの町が発展していくということでもあります。

 なお、浅川氏は『夢創 無限大』という、ご自身の貴重な体験記録を自費出版という形で今月刊行なさいました。


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 林業を中心とした多くのプロジェクトを起こされ、それが次の世代の若者に継承される契機となれば、と思います。

 今日の夕刻の山並みは、雲に覆われています。


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 明日は天気が心配だ、とのことでした。
 さて、第3回池田亀鑑賞授賞式はどのような催しになるのか、大いに楽しみにしています。
 
 

2014年6月27日 (金)

鳥取・日南町へ行く新幹線の車中で

 東京駅の新幹線乗り換え口の横にあるJR東海の窓口で、昨日の立川の駅員の方から聞いた通り、「のぞみ」から「やくも」に乗り換えるための割引特急券の発券をお願いしました。これだけを保留にしていたからです。もっとも、この窓口が長蛇の列でしばらく待たされたので、発車時間を気にしながらの順番待ちです。これは誤算でした。

 やっと順番が来たので手続きをすると、何のことはない、割引はないとのことでした。立川駅の職員がよく知らなかったのでしょう、とのことです。軽くうっちゃられた感じです。

 昨日のうちに「やくも」の指定席も取っておけば、こうして乗車前に長い列に並ぶこともなかったのです。昨日、電話で最善のプランとして教えていただいた手続きが、まさに正解だったのです。

 「のぞみ」には、いつもの自由席ではなくて、今月末に失効するポイントを消化するために、柄にもなくグリーン車に乗りました。
 しかし、車内に入ると薬品臭くて閉口しました。これが普通なのか、たまたま消毒の匂いが強く残っているのかはわかりません。

 おまけに、前の席のご夫人2人が、ずっとお喋りをしておられます。岡山で降りるときまでずっとでした。
 後ろでは、子供がはしゃいでいます。これまた、岡山で降りるまで……

 ゆっくりと身体を休めたかったのに、落ち着かない時間が経過しました。かと言って、勝手知ったる自由席に移るのももったいないので、居心地の悪いままにグリーン車のシートに身を沈めて我慢をして時を過ごしました。

 私には、周りの様子を見定めて気に入った席に座れる、いつもの自由席が向いているようです。途中で賑やかな方が来たら、別の座席なり隣の車輌に移ればいいのです。まさに自由な席なのです。指定席は、不自由なことが多いようです。
 そして、自分に無縁なグリーンポイントは、所詮は捨てるようにできていたのです。

 いつもの、もったいないという気持ちが裏目に出ました。
 大失敗のグリーン車の旅でスタートとなりました。
 
 
 

2014年6月26日 (木)

長距離移動時の切符を上手く入手する方法

 池田亀鑑賞の授賞式が明後日に迫りました。そのための打ち合わせや資料の準備を進める中で、移動する電車の手配もしなければなりません。

 東京から鳥取県の日南町へ行くのに、いつも悩みます。年に一度のことなので、昨年は何をどうしたのかを、にわかに思い出せないのです。

 また、こんな時に限って、パソコンを使った新幹線のエキスプレス予約が不調です。毎週、パソコンやiPhone を操作して新幹線のチケットを予約しているのに、急いでいる時に限って思うように動いてくれません。画面の下に、いつものように[次へ]というボタンが表示されないのです。つまり、いくら乗りたい列車を絞り込んでも、次のステップへと進めないので、何度も繰り返す操作が意味をなしません。

 こんな時には、電話で相談窓口で問い合わせるしかありません。

 今回もいろいろとあった結果、次のような方法が最善であるとのアドバイスを、電話口で対応してくださった方からいただきました。

 ただし、この方法には、貯まっているグリーン特典を使い、グリーン車を利用する、という条件があります。

 JRのエキスプレス予約は、利用するたびにグリーンプログラムのポイントが加算されます。しかし、このポイントが曲者で、私は今までに一度も使わないままに、何度も大量のポイントが消滅しています。とにかく、このポイントはグリーン車にしか使えないのです。用途が極端に制限された、使い道のないポイントが貯まっては消えていくだけの飾り物でした。まさに、殿様商売にありがちな、有り難がらせるだけ、というサービスの一つです。

 しかも、今月末でまた2000ポイントが消滅します。あまりにももったいないので、今回初めてですが使ってみることにしました。私は特別待遇されることを忌み嫌うタイプなので、これまでグリーン車輌は見たくもないしろものでした。しかし、捨てるしかないポイントなら、一度使ってみてもいいか、と思って選択肢に入れたのです。

 それはともかく、結果的には以下の方法で切符を取得するのが、今回の場合は一番いいようです。


(1)パソコンか iPhone を使った新幹線EX予約で、「e特急券」の「のぞみ」を「東京〜岡山」で座席指定だけをします。グリーン車に1,000ポイントを使用。

(2)駅の窓口で、「東京都区内〜生山」の「往復割引乗車券」を買う。

(3)同時に、駅の窓口で岡山から生山までの、「やくも」の座席指定券だけを買う。

※いつものように、ICカードのタッチでは入場出来ないので、予め発券機で紙の券を入手のこと。

(4)帰りは、来る時の逆で、生山駅で岡山駅までの座席指定券を買う。

(5)パソコンか iPhone を使った新幹線EX予約で、「e特急券」の「のぞみ」を「岡山〜東京」の座席指定だけを取る。グリーン車に1,000ポイント使用。

 これが、ポイントを使ったグリーン車を利用しながら、一番経済的な切符の入手方法のようです。グリーン車のポイントは2000ポイント使うので、月末までに捨てることになったはずのものが、役立てられたことになります。

 この手順通りに、まず(1)のパソコンでの予約を終えました。パソコンがうまくいかなかったので、iPhone で行いましたが。

 次に、通勤途中に立川駅のみどりの窓口に立ち寄り、「東京都区内〜生山」の「往復割引乗車券」を買いました。
 ただし、そのみどりの窓口で、引き続き「やくも」の座席指定券を買おうとしたら、発券担当の駅員さんが、新幹線からの乗り継ぎなので、さらに乗り継ぎの割引となるはずだ、とのことでした。これは、電話では教えてもらわなかったことです。
 どうやら、明日、東京駅で新幹線に乗る直前に、窓口で「やくも」の指定席券を買うと、割引をしてもらえるそうです。
 話半分としても、だめで元々なので、今日は「やくも」の指定席券は購入しませんでした。
 さて、この「やくも」の件がどうなるのか、今から楽しみです。

 それにしても、ややこしいことです。さまざまな割引があるようなので、それを最大限に活かして利用するのは賢明な対処です。しかし、とても毎回できそうにないので、このあたりは何とか平等に割引のサービスが受けられるように、わかりやすいシステムにしてほしいと思います。
 
 

2014年6月25日 (水)

京洛逍遥(324)宇治市源氏物語ミュージアムの「市川海老蔵特別企画」

 先週は、短い時間を縫うようにして走り回っていました。宿舎のある江東区と職場がある立川市を結ぶ通勤線上に、中野区・新宿区・千代田区を交えた広域を秒単位で往き来した後、京都へと遠距離の地点間移動をしたのです。
 いずれ、折々の話の中に織り交ぜることで、日々の記録として残すつもりです。

 それにしても、広域を移動しながら感じるのは、Wi-Fi を活用した通信環境が、日本は非常に立ち後れていることです。これは、手持ちの iPad が電話回線を内蔵しない Wi-Fi タイプであり、ノートパソコンもWi-Fi を必要とするシーンが多いので余計に痛感します。

 仕方がないので、私はiPhone のテザリング機能を有効に活用するようにしています。しかし、これもあまり使いすぎると速度制限がかかり、通信が極端に遅くなります。画像のやり取りなどでは、使い物にならないくらいの遅さになるのです。
 日本の通信環境はこれでいいのか、と叫びたくなります。技術力のある日本のことなので、こんなに不便な状態のままという背景には、きっと窺い知れない理由があるのでしょう。しかし、それにしてもみっともないと思っているのは私だけではないでしょう。

 個人持ちの携帯電話の電波に依存した今の通信状況は、一日も早く先進国並みに個人に頼り切らないシステムになってほしいものです。
 海外からお出でになっている観光客の方々は、先進国と言われて来ながらも日本らしくないこの貧弱な実態に直面し、失望しておられることでしょう。こうした先端技術の立ち後れにめげることなく、日本文化の奥深さに免じて、日本批判の気持ちを抱いて帰国されないことを祈っています。

 さて、その先週の京都でのことをいくつか書き漏らしていたので、ここで掬い上げておきます。

 宇治市にある源氏物語ミュージアムでは「市川海老蔵特別企画」が開催中でした。

 しかし、何かと所用に振り回される日々だったこともあり、会期の平成26年4月24日(木)から6月22日(日)の内、その最終日にやっと足を運ぶことができました。


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 もっとも、見終わってすぐに上京という、地に足が着いていない、形ばかりの鑑賞に終わったことが残念でした。

 今回の企画展に関して、源氏物語ミュージアムのホームページによると、次のような案内文が掲載されています。


歌舞伎・オペラ・能楽による舞台「源氏物語」の世界が、千穐樂終了後、興奮も冷めやらぬまま、源氏物語ミュージアムに甦ります。舞台映像や衣装・かつら・小道具など、市川海老蔵による源氏物語の世界をお楽しみください。

 実は、この海老蔵の舞台も、私は観ることができませんでした。妻は観に行ったので、その伝聞としての記事を「海老蔵が〈人間浄瑠璃〉と言う『源氏物語』のこと」(2014年04月06日)で記すに留まりました。

 それだけに、せめてこの源氏物語ミュージアムの展覧会は観ておきたかったので、とにかく無理を圧して、小雨の中を行きました。

 海老蔵の舞台に関する展示は、企画展示室で開催されていました。


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 海老蔵が舞台で身に着けていた衣装は、衣紋掛けに設えられた飾り方だったので、舞台の実際をイメージするには時間を要するものでした。それでも、私は今春のNPOのイベントで直衣を着装(2014年03月23日)してもらった体験を思い出し、自分がこの衣装に身を包まれている状況を想像しながら拝見しました。

 なお、すでに終わった展覧会なのでいいのですが、あれっと思う展示がありました。
 それは、ガラスケースの中に置かれた経机の上に、硯と筆と巻紙があり、その紙に遊び書きの態で、首巻「桐壺」の冒頭をやや行が左に捩れた書き様で、次のように書きさしたままの様子で見せておられたことです。

 仮名漢字の表記だったところを、わかりやすいようにその字母で引用します。


以徒連乃御時尓可女御
 更衣安末以

 この書きさした最後の文字「い(以)」は、どのような意味を持たせているものか、首を傾げてしまいました。この部分の諸本の本文は、今私が確認できる37本すべてが「あまた」です。現存する『源氏物語』で、「あまい」とする本は一冊もないのです。あるいは、「あまい」と書き「い」を間違ったのでここで書きさした、という状況にした、という、いたずら心を込めた展示だったのでしょうか。
 それにしても、観覧者を軽視した、酷い展示だと思いました。

 帰りの新幹線まで少し時間があったので、映像展示室で映画2本を観ました。この映画は、1年半前にケンブリッジ大学のジョン・コーツ先生を宇治にご案内して以来です。その折のことは、「コーツ先生を宇治にご案内して」(2012年10月14日)をご笑覧ください。

 映画「浮舟」は岩下志麻の語りで、「橋姫」は緒方直人の語りで構成されています。
 「浮舟」の入水の場面は、物語では描かれていないものなので、人形による映像だったことも加わり、余計にリアルに感じられました。
 「橋姫」で、名月の下で楽器の演奏をする場面において、ナレーションでは大君が琵琶、中の君が筝と語っていたように思います。聞き間違いだったらすみません。この場面については、映写室を出てすぐ横の「宇治の間」における宇治八の宮邸の復元では、大君が筝、中の君が琵琶となっていました。


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 古来、この2人がそれぞれどの楽器を演奏していたのかは、異説がいろいろとあるので、どちらでも構いません。この次に行った時に、よく確認したいと思います。

 帰る頃には、雨は上がっていました。宇治川の水嵩は幾分上がっているようです。


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 家族と一緒に宇治に来ると、よく入った回転寿司屋も健在です。


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 今は糖質制限食を心がけているので、また今度誰かと一緒の時に入ることにしましょう。
 
 

2014年6月24日 (火)

翻訳研究論文等のダウンロード公開を開始

 現在私が取り組んでいる科研(A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」のホームページ「海外源氏情報」から、翻訳研究論文等のダウンロードによる公開を始めました。

 これは、広く読まれるべきだと判断した論考に関して、その許諾をいただけた方の論文等をPDF版で公開するものです。

 「海外源氏情報」(科研HP)のメニューの「源氏物語情報」→「翻訳版『源氏物語』論文」とたどって行くと、「翻訳研究論文」のコーナーに行けます。


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 論文本体のダウンロードにあたっては、当該ページの説明に従って、「翻訳論文パスワード申請ページ」を通してパスワードを取得してください。


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 論文1点ずつにパスワードがあり、お手数をおかけします。ご理解とご協力のほどを、よろしくお願いします。


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 現在、以下の2点の論稿の公開を開始したところです。

(1)常田 槙子「ミシェル・ルヴォンによる『源氏物語』フランス語訳の試み」

(2)権 研秀「韓国語訳『源氏物語』についての一考察」

 今後とも、発行者及び著者から了解のとれた論稿を、転載の形でPDF版として掲載し、幅広く公開する予定でいます。


 それに伴い、平安文学文学に関する翻訳等の論稿を、本科研サイト「海外源氏情報」(科研HP)から公開することを希望される方がいらっしゃいましたら、論稿本体の発行者等からウェブ公開の許諾を得た上で、「情報提供」コーナーのメールフォームを通して、担当者窓口宛にお知らせください。追って、担当者からご連絡を差し上げます。

 翻訳に関する研究論文等の情報や内容は、容易に入手し難い状況にあります。それが、海外で発行されたものであればなおさらです。そうした研究環境の垣根を低くする意味から、こうした形での公開をすることにしました。

 意義深い公開となるよう、情報提供や紹介を含めて、みなさまのご理解とご協力をお願いするしだいです。
 
 
 

2014年6月23日 (月)

今西科研の第1回研究会とホームページ公開のこと

 今日は午後から、今西館長科研の平成26年度第1回目の研究会がありました。
 いつものように、【表記情報学】に関する活発な意見交換がなされました。

 トップバッターは、九州から来ていただいた沼尻利通氏(福岡教育大学)の発表です。
■「「篝火」巻の使用文字・使用字母の検討」
 「篝火」巻の文字使用傾向について、江戸時代の版本の表記を中心にしての発表でした。これまでの成果の蓄積がその背景にあるので、いろいろなことを考えさせてもらいました。特に、表記を考える上で大事な、字母レベルに立ち戻っての漢字か仮名という認定については、今後とも幅広い共通理解が必要であることを痛感しました。

坂本信道 氏(京都女子大学)
■「漢字片仮名本の土佐日記の登場と貫之評価」
 江戸時代の『土左日記』の中でも、漢字カタカナ混じり本の用例を示しながらの発表でした。この本が、どういう人たちに読まれたのか、という点に興味を持ってうかがいました。平仮名ではなくて、カタカナで書かれているという点が、今後につながる問題点を提起していました。

上野英子 氏(実践女子大学)
■「【表記情報学】で『覚勝院抄』を読み解いたら……」
 『覚勝院抄』の物語本文は三条西本に近い、という結論は納得できました。まとめにあたり、定家本「柏木」巻は漢字使用率が高いところから、定家がカナを漢字に改めながら書写していたのではないか、という結論も興味深いものでした。これは、今後とも定家が写した『源氏物語』の写本を考える時の、大事な判断基準の1つになります。

 最後は、阿部江美子氏(国文学研究資料館研究員)の「「明融本」源氏物語の漢字・かな使用率について」でした。
 これは、現在進んでいる明融本(実践女子大学蔵)の翻字作業に関する途中経過報告です。十数帖の報告でした。しかし、今後が楽しみです。一揃いの写本の漢字・かなの使用率は、貴重な情報提供となるはずです。

 なお、この今西館長科研のホームページが公開されました。
 以下のアドレスからご覧になれます。

 「日本古典籍における【表記情報学】の基盤構築に関する研究」(研究代表者:今西祐一郎)

 次回は、8月下旬を予定しています。
 決まり次第、またお知らせいたします。
 
 
 

2014年6月22日 (日)

京都で『十帖源氏』を読む「明石_その4」

 ワックジャパンでの前半は、昨日の記事で報告した通り、ハーバード大学本『源氏物語』の「蜻蛉」巻を読む会でした。
 その後、後半では『十帖源氏』を読む会となります。
 その前に、気分転換を兼ねて和菓子をいただくことが多くなりました。

 昨日も、娘から季節感溢れるお菓子が届けられました。


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 左側の2つの四角い小箱は、桃林堂の「生水ようかん」の抹茶と小豆です。
 私が大阪府八尾市の高安の里に住んでいた頃は、この桃林堂のお菓子を母が時々買ってきてくれました。近鉄高安駅と河内山本駅の間に、桃林堂の本店が今もあるようです。
 新鮮な野菜や果物を砂糖漬けにしたお菓子の「五智果」や、丹波大納言粒餡と最中の皮が別々になっていて、いただく直前に手で詰めて口に運ぶ「五風十雨」というお菓子は、今でもその味を覚えています。

 桃林堂が懐かしくなりホームページを見たところ、「五智果」という名前の由来が記されていました。「蕗の青」、「蓮根の白」、「人参の赤」、「金柑の黄」、「無花果の黒」の色から、五つの知恵を象徴する五智如来にちなんで、文学博士の中村直勝先生が「五智果」と名付けられたとか。
 お菓子の名前の命名由来は、いろいろとおもしろい背景があるようです。古典文学に題材を採ったものも多いことでしょう。気付いたら、メモをしておくつもりです。

 写真の右側の黄色くて丸いお菓子は、河原町四条にある永楽堂の「琥珀 せとかの雫」です。
 「せとか」という名を知らなかったところ、参加者のみなさんが教えてくださいました。2001年に登録されたみかんの新種で、〈柑橘の大トロ〉とも言われている果実だそうです。口にすると、せとかの甘さと香りが華やかに広がります。これまた、夏らしい爽やかさが感じられます。

 このお菓子をいただきながら、しばし歓談です。

 さて、『十帖源氏』では「明石」巻を読み進んでいます。
 問題となったことを、以下に列記しておきます。

・「風なをり、雨のあししめりて」というところで、「なをり」と「しめりて」をどうするかということで頭を悩ませました。そして、「風が弱まり、雨は止み」と訳すことになりました。

・「みちくるなごり」は、「なごり」をどうするかをいろいろと検討した結果、「満ちて来た影響で」としました。

・「あまどもの、きゝもしり給はぬ事どもを、さへづりあへるもめづらかなり」とある箇所は、たっぷりと時間をかけて討議しました。
 まず、「きゝもしり給はぬ」は「聞きなれない」となりました。
 続く「さへづりあへる」という言葉については、鄙の地の漁師たちの様子がイメージできるような訳にしました。「言い合っているのも、都では珍しいことです。」とすることで、鄙の地と都との違いを意識した訳になりました。

 今回の訳は、簡潔でわかりやすい表現になったと、参加者一同満足しています。回を重ねるたびに、海外の方々のための、わかりやすい現代語訳という感触が摑めるようになりました。
 「明石」を読み終わったら、現代語訳を公開しますので、それまでしばらくお待ちください。

 次回、7月の『十帖源氏 須磨』を読む会は、7月19日(土)午後3時から5時までです。場所は、いつもの京都御所南にあるワックジャパンです。
 こうした海外の方のための現代語訳を作ることに興味をお持ちの方は、連絡をいただければご案内のメールをさしあげます。

2014年6月21日 (土)

京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第11回)

 昨日は、千代田図書館で古書目録の調査をしてから新幹線に乗り込みました。

 先週の日曜日の記事(「お茶のお稽古と新幹線の話」(2014年06月15日))で、新幹線内のWi-Fi が無料だったことを書きました。しかし今回は、Wi-Fi を無料で利用できない車両でした。各自がすでに契約している回線でないと使えないのです。

 私は、京都の自宅と東京の宿舎の両方で、それぞれ別の会社のインターネットの契約をしています。しかし、それは光ネットによるインターネットとテレビに関する契約であり、Wi-Fi は家の中の狭い範囲でしか使えません。早く、誰でもが屋外で自由に、しかも無料で使えるような環境にしてほしいものです。

 昨夜の京都は少し肌寒いほどでした。
 今朝は、どんよりとした空模様ながらも、爽やかな風が賀茂川を南北に吹き抜けて行きます。
 鷺たちも温んできた水面を楽しんでいるようです。


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 今日も、御所の南にあるワックジャパンで、ハーバード大学本『源氏物語』の「蜻蛉」を読む会と、『十帖源氏』の「明石」の現代語訳を進めてきました。

 まずは、「蜻蛉」の輪読会から。

 前回に引き続いて、5丁裏の確認からです。
 字母に着目して読み進んでいます。

 今日は、「可(か)」と「加(か)」の書き分けに何か法則性がないか、ということから始まりました。ここまでで、「可」は54ヶ所、「加」は27ヶ所に出てきました。今我々が使っている「か」の字母は「加」です。しかし、古い写本では「可」が圧倒的に多いようです。

 明治に平仮名が一つに制限された時、KAという表記に「可」ではなくて「加」となったのは、どのような事情があったのでしょうか。「可」の方がずっと書きやすいのに、あえて「加」という、わざわざ最後に筆を紙面から離して点を打つという、手の込んだひらがなにしたのには、何か理由があるはずです。

 また、行頭に「侍」と「給」が並ぶのも珍しいことです。

 ここで初めて「江」を字母とする「え」(次の写真左側2文字目)が出てきました。「比(ひ)」(次の写真右側下)とよく似た「江(え)」は、鎌倉時代の写本によく見られるひらがなです。

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 こうした文字の識別は、場数を踏むことに加えて、古典に対する多少の知識も必要になることがあります。微妙な書き振りの文字の識別には、いつも苦労させられています。

 写本の変体仮名を確認した後は、しばらく見ていなかった諸本の本文異同の確認です。
 ある本文には、特異な異同が頻出します。なぜこんなに本文が違うのか、その理由をいろいろと想像を逞しくして語り合いました。

 単なる書写時の書き間違い程度に留まらず、まったく違う文章になっている箇所では、何と61文字も追記されています。書写しながら書き足したとか、書き改めたということでは説明できません。文章の意味も、書き継がれた言葉で通じるのですから。

 また、18文字(桝形本の1行分)も余計に文字が追加されている箇所を2例とりあげ、その中に出てくる「わづらはしう」とか「あやし」という言葉が人物像をどう具体的にしていくのか、という考える手だての提示をしました。この集まりで解決できることではありません。しかし、大島本だけで読むことの危険性は、参加されていたみなさまにも伝わったようです。物語の本文は、決して一つではない、ということです。

 物語の作者とは誰を指し、どの時点の本文までを同一の作者とするのか、ということを、現代の小説でも改稿する作家の作品を例にあげてお話をしました。

 私は、『源氏物語』の作者は紫式部という一人に限定しない立場です。一般に言われている中宮彰子に仕えた紫式部は、あくまでも最終的な今の『源氏物語』にまとめあげた総編集者だと考えます。一人の女性が独創的な物語を一人で執筆した、とは考えていません。

 今一般に読まれている『源氏物語』は、室町時代に書かれた本文に江戸時代の人が手を入れた大島本を元にして作られた、現代人向けに校訂された本文です。これと、平安時代に書かれた『源氏物語』とは、似ているところが多いとしても、同じだとは思っていません。

 また、草稿本に手を入れた補訂本、さらには改稿本、それらを見比べて書き直した清書本などなど、いろいろな本文が、特に鎌倉時代には伝流していました。私は、本文に傍記された補訂の本文が、書写されていくうちに本行に混入していく過程を証明し続けています。まだ、どなたも支持をしてくださいません。しかし、傍記混入による異文発生という現象を否定することは、非常に難しいのではないでしょうか。

 多くの鎌倉時代の写本を翻字していると、今基準テキストとなっている大島本は、平安時代の『源氏物語』とは相当遠い所に位置する本文だと、私は断定していいと思います。そこから、大島本よりも信頼性が格段に高い池田本(伝二条為明本、天理図書館蔵)を読むべきだと考えます。その校訂本文を作成中です。
 数年前から、少しずつ公開しています。しかし、『源氏物語』54巻の長さを痛感する日々です。まだまだ、池田本をみなさんに読んでいただくには、時間がかかりそうです。

 今日も、長文の本文異同がある箇所で、今読んでいる本文と、それ以前の様相の異なる本文をどう理解したらいいのか、ということについて、長々と語ってしまいました。
 私見を証明するには、今しばらく時間がかかります。それまでは、異文をどう見ればいいのかを、気長に語り継いでいきたいと思っています。

 次回、7月の古写本を読む会は、7月19日(土)午後1時から2時半までです。場所は、いつもの京都御所南にあるワックジャパンです。その一週間前に、京都新聞の「まちかど」欄に案内の情報が掲載されるはずです。お近くの方で参加してみようとお思いの方は、連絡をいただければご案内のメールをさしあげます。
 
 
 

2014年6月20日 (金)

江戸漫歩(82)高田馬場の「日本点字図書館」へ

 目の不自由な方が古写本を読める環境作りを模索する中で、高田馬場にある日本点字図書館の和田勉さんを訪ねて行きました。


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 メールとブログのやりとりで、私の意図するところは理解してくださっていたので、色々な情報を教えてくださいました。また、多くの疑問にも答えていただけました。

 日本点字図書館の廊下に掲示されていた国立民族学博物館のポスターより、いくつかの道具の写真を紹介します。


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 視覚障害のある方々とのコミュニケーションをとるための文字にも、いろいろとあるようです。


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 各種各様の文字を考えた、先人の労苦が偲ばれます。

 次の本も、考えるヒントが満載でした。

「ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館」

 この本は、私が学芸員の資格を取る時に勉強した内容の延長線上の内容です。さまざまな事例を扱っており、非常に参考になります。
 上記サイトからテキストファイルをダウンロード出来るので、後でじっくりと読むことが出来ます。

「百聞は一見をしのぐ!?」

 この本の内容も、ネット上で読むことが出来ます。
 こうしたダウンロード環境が構築されていることについて、見習うべき点が多いと思いました。

 これ以外にも、文字が浮き出る本を拝見しました。

●『きのくにの祈り─さわって学ぶ祈りのかたち─』(和歌山県立博物館、平成24年3月)


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●『さわる─みんなで楽しむ博物館─』(吹田市立博物館、平成23年度秋季特別展)


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 また、書くと線が盛り上がるペンがあることもわかりました。

「みつろうペン(触図筆ペン)」(■年■月■日)

 この「みつろうペン」に関しては、過日、京都町家で開催されていたイベントで見つけた印刷手法を思い出しました。それは、友禅染めの糊に顔料を混ぜた「色糊」を用いて印刷する表現手法です。金属粉などを混ぜることで、多彩な色の表現が可能になったのです。これは、インクが盛り上がるので、触覚による識別にも応用できそうです。太平印刷の開発になるものでした。その時には解説文などの用意がなかったので、後で資料を送ってくださるとのことでした。この記事には間に合わなかったので、届いたらまた報告します。


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 こうした技術は、いろいろと開発されているようです。

 和田さんから実物をもとにしてお話をうかがったことを、忘れないうちにメモとして残しておきます。

(1)木刻文字の例から、1文字ずつ積み木のブロックを重ねるつもりで習得するプログラムを考えるといい。


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 これは、正方形の厚い用紙に図様が浮き出たカードです。ひらがなの下には点字が刻されています。その裏側には、説明が書かれています。
 また、右上が切り欠けになっています。これは、触ったときに上下左右が識別できるようにした配慮です。

 ・パーツとしての文字は、大き過ぎないこと。
 ・4〜5センチの大きさのカードに、2〜3センチの大きさの文字が妥当ではないか。
 ・日本語の文字は、ゴシック体が形を捉えやすい。
  ただし、筆で書かれた変体仮名については、どの大きさがいいのかはわからない。

(2)達成感も大事なことだと思われる。最初から文章が書かれた古写本ではなくて、和歌からなら、入門にいいのではないか。

(3)文字を読むことだけではなくて、『源氏物語』や平安時代の歴史などの背景も説明すると、おもしろさが持続する。
  その意味では、教養講座と座学実習を兼ね備えたものがいい。

(4)1時間くらいのワークショップとして実現できるようなプログラムを作るといい。

 その他、身体の中では舌が一番敏感であるという話の中で、点字本で血の付いたものが残っているそうです。それは、舌を使ったためのものだと思われる、とのことでした。

 和田さんは、触覚の識別という研究で人間科学の博士号をお取りになった方でした。私の問題意識に一番近い方なので、和田さんとの出会いは幸いでした。

 今回のご教示の中でも、ボールペンで書いた文字が盛り上がる「表面作図器(レーズライター)」という筆記用具については、さまざまな活用が思い描ける刺激的なツールでした。想像の世界がさらに拡大する、衝撃的な出会いとなりました。

 帰りに、1階入り口にある「わくわく用具ショップ」で、早速この魅力的な筆記具を購入しました。
 写真ではよくわかりません。しかし、手書きの文字が浮き上がっているので、触ると文字の形がわかります。


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 また、「小型点字器5行×20マス」(次の写真下)と点字キーホルダー「マスコットブレイル」(次の写真右上)も買いました。


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 さらに、次の2冊の本も。


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 『アジアの点字』には、次の25言語が掲載されていました。
 『源氏物語』の多言語翻訳を研究テーマの一つにしているので、これらの言語表記によって、『源氏物語』の有名な一節だけでも点字で読めるようにできないか、という新たな課題を夢想するようになりました。


アラビア語点宇
インドネシア語点字
ウズベク語点字
カザフ語点字
韓国語ハングル点字
キルギス語点宇
クメール語点字
スリランカ点字
ゾンカ語点字
タイ語点字
タジク語点字
チベット語点字
中国語点字
日本語点字
ネパール語点字
バーラティ点字(インド点字)
ビルマ語点字
フィジー語点字
フィリピノ語点字
ベトナム語点字
ヘブライ語点字
ペルシア語点字
マレー語点字
モンゴル語点字
ラオ語点字

 なお、この『アジアの点字』は、今回お世話になった澤村実希さんと旦那さんが精力的に制作に携わっておられることがわかりました。

 東京都人権プラザの林さんに始まり、伝言ゲームのようにして、そのお仲間である日本点字図書館の澤村さんと和田さん、そして京都ライトハウスの野々村さんと、ありがたい皆様とのつながりによって、貴重な情報が得られています。

 まだまだ、情報を収集しているところです。
 関係者を訪ね歩いてお知恵を拝借し、アドバイスをいただく段階です。
 しばらくは、この試行錯誤の日々は続きます。
 
 
 

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2014年6月19日 (木)

井上靖卒読(183)「青葉の旅」「楼蘭」

■「青葉の旅」
 結婚以来初めての旅行に出たとし子。大阪で友達と会い、その夫と自分の夫を比べます。ホテルで見知らぬ男に親切にされます。九州でも、その男に付きまとわれることになります。非日常の中で、とし子は新鮮な中にも戸惑いを感じるのでした。夫からの電話で、もう自宅に帰ることにします。
 ささやかな一人の女の、束の間の自由が語られています。そして、いつもの日常に戻るのです。平凡な人生が背景にある、道を外さない生き方が描かれまていす。あまりにゆったりとした時の流れと、何も事件らしいことが起きないことに、読者としては退屈でした。この盛り上がりのないままに、一人の女だけが気を揉み、自分と格闘する様子が描かれるところは、井上靖らしい作品だとも言えます。【2】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1958年7月号
 
集英社文庫︰青葉の旅
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和、戦後
舞台 東京都、羽田空港、大阪府(伊丹空港、浪速津、心斎橋筋、山崎平野、淀川、木津川)、九州、福岡県(板付飛行場、博多)
 
 
 
■「楼蘭」
 シルクロードの番組で、幻想的な画面と悠久を感じさせる音楽を聴きながら、耳にはこの文章がナレーションとして届いてくる雰囲気に包まれながら読み終えました。この語り口が滑らかであることにより、身を委ねて解説に聴き入っていられるのです。このナレーターが、幅広い知識と洞察力をもって語りかけるからこそ、このような読後感を得られたと思います。シルクロードを背景にした、楼蘭や西域のことを知り尽くした井上靖だからこそ、歴史と地理と人間の全体を見通して語れるのです。みごとです。
 楼蘭の王と楼蘭人の思いが、漢と匈奴の板挟みの中で苦悩する姿と歴史が描かれています。個人ではなく、国と集団を構成する人々の意思が、波状攻撃のようにして伝わって来ます。群を描くことの巧みな井上ならではの手法です。この楼蘭の地も砂に埋もれ、ロブノール湖も姿を消します。その後、法顕や玄奘三蔵によって、その存在が記録に残されます。ただし、それはよくわからないままでした。やがて2000年がたち、スウェン・ヘディンによって楼蘭の姿が発見されます。一つの国の人々が、自然や異国と闘った長い歴史を、こうして我々に語り継いでくれます。「楼蘭」は、一人の人間の物語ではなく、長大な時間の物語として完成したのです。【5】
 
 
初出誌︰文藝春秋
初出号数︰1958年7月号

 
新潮文庫︰楼蘭
旺文社文庫︰洪水・異域の人 他八編
ロマンブックス︰楼蘭
井上靖小説全集15︰天平の甍・敦煌
井上靖全集5︰短篇5
 
備考︰1960年『毎日芸術大賞』受賞
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
 
 
 

2014年6月18日 (水)

第3回「池田亀鑑賞」授賞式のお知らせ

 池田亀鑑賞の第3回授賞式のお知らせが、「池田亀鑑賞ホームページ」に告知されています。

 確認のため、以下に引用します。


日時:平成26年6月28日(土) 午後1時30分〜5時30分
場所:日南町総合文化センター 多目的ホール
  〒689-5212 鳥取県日野郡日南町霞785
  TEL:0859-77-1111
  http://culture.town.nichinan.tottori.jp/

第一部
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 池田亀鑑賞授賞および受賞者記念講演 須藤圭
 「『狭衣物語』との出会い
    ─『源氏物語』以降に書かれた物語の世界─」
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第二部
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 もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』講演会 原豊二
 「江戸時代の日南町 〜元禄歌人・竹内時安斎の旅〜」
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 また、第三部として「池田亀鑑体験」というイベントを追加することになりましたので、お知らせします。


第三部
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 もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』
   鎌倉時代の古写本を読む体験会  担当:伊藤鉄也氏

「ハーバード大学本『源氏物語』の仮名文字を読む(第1回)」
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 池田亀鑑が生涯をかけて取り組んだ『源氏物語』の古写本を読むことを、みなさまと一緒に追体験してみたいと思います。
 米国ハーバード大学美術館には、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の「須磨」巻と「蜻蛉」巻の2冊が所蔵されています。
 今回は、その内の「蜻蛉」巻の最初のページを、変体仮名といわれる仮名文字を一文字ずつたどりながら読んでみます。
 今回の資料は会場で配布しますので、筆記用具だけをご持参ください。
 この企画は、今後とも継続して日南町で開催する予定です。

■主催:池田亀鑑文学碑を守る会
■後援:NPO法人〈源氏物語電子資料館〉
■協力:株式会社 新典社

 追加のチラシも出来ました。


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 なお当日、会場内の展示ケースでは、広島大学の妹尾好信先生のご高配により、広島大学図書館ご所蔵の『狭衣物語』が展示されます。


(1)狭衣物語 古写本 4冊 国文N2223(モノ前120)
(2)狭衣物語 版本 12冊 大国779(モノ前118)承応3年刊 系図・下紐とも
(3)狭衣物語 版本 5冊 国文296(モノ前119)天保8年刊 下紐とも 紅梅文庫旧蔵

 岡山駅から開催地である生山駅へは、特急「やくも」で1時間半です。
 このイベントに興味をお持ちの方は、ぜひ足をお運びください。


2014年6月17日 (火)

ダブルパンチの電車事故に遭遇

 今朝、地下鉄東西線に乗ろうとしたところ、改札口の前は黒山の人集りです。
 ざわめきの中から聞こえてきたのは、トンネル内に煙が充満している、という駅員さんの甲高い早口の説明です。

 何人もの赤装束の消防士の方が、酸素ボンベを背負った防毒マスク姿で、自動改札機を押し開くようにして入って行かれました。

 駅員さんの説明がよくわからないので、この東西線を諦め、もう一つの地下鉄大江戸線へと移動しました。しかし、そこは振り替え輸送で大混雑のようなので、これも諦めました。(追記:このトラブルで電車は4時間も止まったそうです。)

 幸い、東京の宿舎からの通勤では、4つの駅が利用できます。地下鉄3本とJR。さらにはバスを使うと、東京駅へは10分以内で行けます。
 宿舎の方へと元来た道を10分ほど戻り、JRの駅から京葉線で東京駅経由で立川を目指すことにしました。

 この駅とは相性が悪いために、普段は利用していません。相性というのは、ホームに降り立つ直前に、いつも電車がホームを離れるタイミングになるという、不思議な駅なのです。
 宿舎から5分という近さのため、時刻表を見ずに部屋を出るのが災いしていると思っています。

 また、この京葉線は有楽町駅に近い地下の奥底深くに着きます。そこから延々と歩いては登り歩いては登りして、息切れする頃に中央線にたどり着きます。その途中では、見たくもない、思考停止化装置だと私は確信しているディズニーランドを目指す、浮かれた若者たちと行き交います。愚かな若者たちの姿を見たくないので、それが嫌で普段はこの京葉線は使いません。

 無事に東京駅に着き、中央線の特別快速に乗れたと思いきや、線路内に人が立ち入ったためということで新宿駅で発車待ちとなりました。各電車が最寄り駅に止まって、安全確認をしているためです。
 その人を保護したとのことで、ようやく発車しました。
 誤って線路内に立ち入ったのか、この線でよくある飛び込み自殺なのか、認知症などが原因の徘徊人に関係するのか。中央線は、飛び込みが多くて停車が多いので、もう慣れっこです。複雑な世の中なので、今後ともさまざまなトラブルがあることでしょう。東京での電車の利用は、ひたすら我慢するしかありません。

 立川から職場までは、いつもならモノレールを使います。天気が悪い時はバスを。
 しかし、二度あることは三度ある、とか。こんな時は乗り物を使ってもいいことはないので、歩いて職場まで行くことにしました。25分のお散歩です。
 直線コースで木陰が多いので、今日の日差しなら徒歩も大丈夫です。
 これからは歩いて通勤しようと決心し、先日、ウォーキング用の革靴を買いました。まだ新しいせいか、つま先が窮屈です。しかし、ウォーキング専用の革靴なので、慣れれば履き心地はいいはずです。

 通勤時の暑さと梅雨対策を、乗り物のコースも含めて、本格的に検討する時期となりました。
 
 
 

2014年6月16日 (月)

京洛逍遥(323)俵屋吉富の京菓子資料館

 同志社大学の北にある相国寺とは烏丸通を隔てた向かい側に、俵屋吉富烏丸店があります。そこには、京菓子資料館が併設されています。


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 よくその前を通っていたのに、つい素通りばかりしていました。無料ということもあり、またの機会にと思いつつ失礼していたのです。

 先日あらためて入ってみて、お菓子のいい勉強をさせていただきました。
 落ち着いた雰囲気の中で、古代からのお菓子の歴史を知ることになります。気分転換にいい場所としてお勧めします。


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 2階で京菓子の歴史などの展示を拝見してから、1階の立礼席や坪庭と水琴窟などが見られます。


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 もちろん、お菓子もいろいろとあるので、四季折々の季節感や京洛のイメージを膨らますこともできます。

 ショーウィンドウ越しに、いかにも夏らしい涼しげなお菓子を見つけました。「貴船の彩」という季節限定品です。大きめの氷砂糖のような形をしていて、青・ピンク・白の3色で、白には金箔が載っています。
 次の写真は、俵屋吉富のホームページに掲載されていたものです。


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 このお菓子が、なんと昨日行った平群でのお茶のお稽古で出てきたのです。
 いつもはお菓子の名前も店名も、先生から教えていただいて覚えるようにしています。しかし、昨日だけは、「俵屋吉富」というお店の名前はすぐに反射的に出てきました。偶然とはいえ、楽しくなります。

 ワックジャパンでハーバード大学本『源氏物語』を読む会では、娘がよく和菓子を差し入れてくれます。さまざまなお菓子は、目を楽しませてくれます。

 なお、2008年の源氏千年紀に、京菓子のいろいろを「源氏千年(20)京菓子饗宴」(2008/4/5)と題して紹介しました。
 そこでは、『源氏物語』をテーマにした和菓子を網羅しています。
 お菓子で遊ぶ楽しみも、なかなかおもしろいものです。
 
 
 

2014年6月15日 (日)

お茶のお稽古と新幹線の話

 京都駅でお昼を食べて、近鉄電車で大和・平群に向かいました。月に一度というのもいつしか怪しくなってきた、今日はお茶の稽古の日です。
 おもしろいし、興味があるので、定期的にお稽古をしたいと思っています。しかし、なかなかそうは思い通りにさせてはもらえません。今はとにかく、寸暇を惜しんで続けることだけを心掛けています。

 駅のホームで買った京都新聞の「まちかど」欄に、来週開催する「ハーバード大学本『源氏物語』を読む会」の案内が掲載されていました。京都新聞には、コンスタントに開催通知を掲載していただいています。ありがたいことです。また、新しい出会いがあるかもしれません。

 生駒駅から乗り継いで到着した元山上口駅は、いつものように単線の風情で出迎えてくれます。この雰囲気が好きです。


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 改札を出ると、ちょうどコミュニティーバスが出るところでした。何度も乗り降りした駅なのに、バスに乗ってお稽古に行くのは初めてです。

 今日は体調も良かったので、先生から車で駅まで迎えに行きますよ、というお気遣いには甘えず、元気に山登りをするつもりでした。しかし、目の前でバスのエンジンがかかり、発車の合図がすると、反射的にステップにあがっていました。

 今日は、丸卓を使った薄茶のお稽古です。久しぶりの風呂点前なので、あらかじめ妻を相手に練習をして来ました。もっとも、丸卓のことを忘れていたので、何かと慌てるお稽古でした。
 茶碗を置く位置や腕の角度はもとより、何よりも背中がまっすぐに伸びていないことを、何度も指摘されました。お点前の手順に気が向いていると、つい背中が丸くなっているのです。私にとってこれは、とにかく難題です。

 先日の大徳寺でのお茶会で濃茶のいただき方があやふやだったので、その基本も教わりました。茶碗の受け渡しに始まり、古帛紗や楽茶碗のことなど。
 基本的な決まり事は忘れないように、とは思うものの、なかなか覚えきれません。何度も聞くしかなさそうです。
 頭の中はフル回転です。しかし、それと手足の動きが連動しません。理屈ではない作法とは、本当におもしろいものです。

 夏向けの茶碗のことも聞きました。
 つい忘れがちな季節感を大事にするお茶の世界は、慌ただしいばかりの日常生活の中で、立ち止まって日本の文化を見直すいい機会を与えてくれます。

 あまりお点前の進歩はしていません。しかし、何でも先生に聞くことができるので、得難い収穫のあるお稽古となっています。

 帰りの新幹線は、京都駅に向かう近鉄電車の車内で、エクスプレス予約によって確保しました。ただし、京都駅まで2時間を見ていたのに1時間半で着いたので、30分早い列車に変更しました。変更が終了してから、すぐにICカードを自動改札でタッチしたところ、出てきたチケットは変更前のもので、もっと後の列車用でした。駅員さんにどうなっているのか聞きました。しかし、要領をえません。そこで、予約をした列車ではなくてすぐに来た別の列車の自由席に座りました。コンピュータによる発券システムも、まだまだ改良の余地があるようです。

 車内では、N700-Free-Contents というもののテスト運用をしているとのことで、無料でWiーFiが使えました。初めて、こうした実験をしていることを知りました。来るときには気付かなかったので、列車によって違うのでしょうか?

 もっとも、利用できる機能は限定的なのか、iPhone に入力したデータの同期ができません。しかたがないので、Free-Wi-Fiを切断して、iPhone が本来持っている au の通信機能に切り替えて、データの同期をしました。新幹線の実験中だという無料の Wi-Fi システムは、データのアップロードには対応していないようです。何か難しい技術的な問題を抱えているのでしょうか。それにしても、形ばかりの実験のようです。

 いつでもどこでもWiーFiが使える環境は、日本では未だに実現していません。
 新幹線でやっと実験中、ということなので、街中で自由に使える日は、まだまだ先のようです。日本の通信環境は、意外に後手後手なのです。

 ピーヒョロヒョロという音を確認しながら通信をしていた数十年前には、快適なネットワーク社会という夢を描いていました。
 それが肩透かしを食った現在、近い将来には、居心地のいいネットワーク社会を作り上げたいものです。
 
 
 

2014年6月14日 (土)

江戸漫歩(81)畠山記念館で鎌倉期の『今鏡』を見る

 畠山記念館は、明治学院大学に近い白金台にある美術館です。
 都営浅草線「高輪台」駅から徒歩5分です。
 敷地内には、いくつかのお茶室があります。
 実業家畠山一清(茶人即翁)が収集した茶道具を中心にした古美術品は、2階の展示室で見られます。

 これまで畠山記念館へ行ったことは、次の2つの記事で取り上げていました。

「江戸漫歩(66)畠山記念館で即翁の朝茶事展」(2013年09月07日)

「江戸漫歩(71)畠山記念館の利休展」(2014年01月25日)

 今回の平成26年春季展「開館50周年記念 茶道美術の玉手箱─畠山記念館名品展─」の会期は、明日15日(日)までとなっています。
 最終日の前日となり、ご紹介するのが遅れました。都心で目を楽しませてもらえ、贅沢な時間が過ごせるところとして報告します。


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 多くの名品と言われる茶道具を堪能しました。
 また、書画も貴重なものが見られました。

 その中でも、重要文化財に指定されている鎌倉時代書写の『今鏡(23帖)』は、今回の展示品の中でも私がもっとも時間をかけて拝見したものです。
 桝形本で、9行書きのゆったりとした書写でした。

 写本の画像は、以下のアドレスで確認できます。
http://franchise-ken.sakura.ne.jp/sblo_files/kurokawatakao-beauty/image/img520.jpg

 第1帖が室町時代初期の補写とのことです。全帖を確認していないので詳細はわかりません。機会があれば、ガラス越しではなくて、ぜひ直接拝見したいものです。

 最近は、鎌倉時代の古写本を積極的に見ることで、日本の古典文学の雰囲気を体感として味わうように心がけています。
 今から800年以上も前の本が確認できて、さらには読めるのですから、文化的に豊かで恵まれた国にいることを誇りに思っています。
 
 
 

2014年6月13日 (金)

今西科研の第1回研究会のご案内

 2014年度の今西科研「第1回研究会」が、下記の内容で開催されます。
 春の学会シーズンも一段落した中で、【表記情報学】に関する本年度の第1回目となる研究会です。
 この科研は、本年度が最終年度の5年目となります。

 9月には、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で、国際研究集会を開催することになっています。これは、伊藤の科研と共同開催の形をとることで、準備を進めているところです。

 今回の第1回研究会は、外部より研究発表者をお呼びしての研究会です。

 この研究会に参加を希望される方がいらっしゃいましたら、資料等の用意がありますので、本ブログのコメント欄を使ってお知らせください。
 


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平成26年度 今西科研 第1回研究会
[日本古典籍における【表記情報学】の基盤構築に関する研究]
 研究代表者:今西祐一郎(国文学研究資料館・館長)

日時:平成26年6月23日(月)
場所:国文学研究資料館 第1会議室(2階)
内容:
15:00 今西祐一郎館長ご挨拶
15:05 沼尻利通 氏
    「「篝火」巻の使用文字・使用字母の検討」
15:40 坂本信道 氏
    「漢字片仮名本の土佐日記の登場と貫之評価」
16:15 休憩
16:45 上野英子 氏
    「【表記情報学】で『覚勝院抄』を読み解いたら……」
17:20 阿部江美子 研究員
    「「明融本」源氏物語の漢字・かな使用率について」
17:40 連絡
18:00 終了
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2014年6月12日 (木)

京洛逍遥(322)京都ライトハウスにて

 北大路通りを大徳寺の前から西へ、金閣寺に向かって行くと、緩やかな上り坂が続きます。そして、千本北大路の交差点から少し南に下ったところに、視覚障害者のための「京都ライトハウス」があります。ここは、創立53年ということなので、長い歴史と実績がある社会福祉施設です。


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 目の不自由な方と一緒に古写本を読むための方策を、このところ模索しています。何か手がかりを、との思いから、大徳寺から自転車で駆け付けたのです。受付で訪問の趣旨を伝えると、情報ステーションの野々村好三さんとの面談をセッティングしてくださいました。

 いただいた点字が組み込まれた名刺を拝見すると、「NPO法人 全国視覚障害者情報提供施設協会 情報アクセシビリティ検討プロジェクト委員会委員長/NPO法人 全国視覚障害児童・生徒用 教科書点訳連絡会理事/点字技能師」とあります。幅広い活動と実績をお持ちの方でした。

 私が説明をし、それに対して可能性について答えてくださる、というやり取りが長時間続きました。
 以下に、私が理解できてわかった範囲のことを列記します。


・視覚障害者が長時間にわたって点字を読むのは難しいそうです。
 慣れない縦書きの変体仮名ならなおさらのことです。

・読書の延長ではなくて、体験として写本の1頁くらいなら可能性があるようです。

・視覚障害者が読む時の特性として、横書きがいいとのことでした。それは、実際には両手を使って行を確認しながら読んでいるために、横書きが理に適っているからだそうです。縦書きは、両手が縦に並んで指が交差するので、日常の読書などと違いすぎるようです。

・縦書きを横に倒して置いても、文字の認識は日常とは異なるので難しいのです。

・文字を読むのには、人さし指が一番敏感だと思われます。鼻、頬、耳朶、舌などについて、その感度を伺っても、やはり人さし指がいいのでは、との回答でした。

・熱による文字の認識は、直線などの認識で混乱が予想されるので現実的ではないようです。

・表面が濡れているかどうかによる文字の識別は、熱以上に難しいようです。

・つまり、温度差と湿気による文字の識別は、実際には現実的ではないのです。

・結論としては、紙面の凸凹が一番読み取りの精度が高いとのことでした。これは、点字で慣れているから、ということもあります。

・点字の場合で言うと、凸面でも凹面でも読んでくださいました。しかし、やはり慣れということもあり、凸面の点字の方が早く読めるそうです。

・浮き上がった文字を識別するために、ひらがなであれば、その文字の大きさは3~4cmは必要だとのことです。

・視覚障害のある方々にも、文字や言葉を認識するレベルの幅が大きいようです。これは、いつ視力を無くしたかで、言葉に対する感覚や理解が異なるからです。目が見えても、日本語の読み書きは人それぞれに違うのです。特に、字を覚える小学校入学までに失明した人は、漢字や仮名文字などのイメージができないそうです。


 中学2年生までは、カレンダーの大きな数字はかすかに見えた、とおっしゃる野々村さんは、さまざまな体験からのアドバイスをしてくださいました。

 最後に、立体コピーの実物を見せていただきました。


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 添えているシャープペンの鉛筆部分は、0.5ミリの芯が出ています。
 この図の中で、トイレの男女の別を識別するのは、熟練者の野々村さんでも難しいとのことでした。これは、男女の違いが腰から下の、ズボンとスカート、足の開閉という微妙な変化を感知する必要があるからです。

 なお、京都府立盲学校では、かつては木版で授業をしていたとのことです。私が版木に反応したこともあり、関係者を紹介していただけることになりました。

 それにしても、予想以上に難問山積です。
 それでも、一歩ずつ前に進んでいる手応えは感じています。

 野々村さんには、800年前の鎌倉時代に書かれた古写本の変体仮名という文字を読み、コミュニケーションツールとしての日本語の歴史や意義、また、その文字で伝えられてきた日本文化の理解を深めることは、新しい文化体験となるはずである、ということを伝えました。日本をよりよく理解できるツールや技術を習得することは、夢のある話なので嬉しいです、と野々村さんはおっしゃっていました。

 来週は、高田馬場の日本点字図書館で、担当者と相談をする予定です。
 
 
 

2014年6月11日 (水)

京洛逍遥(321)古田織部400年遠忌追善茶会で大徳寺へ

 大徳寺で「古田織部400年遠忌追善茶会」がありました。

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今日11日が命日なのです。大徳寺に、千人もの人が集まりました。もちろん、9割5分が女性です。

 古田織部は、戦国時代から江戸時代にかけての武将であり茶人です。今日も、兜や矢が飾ってありました。
 織部は織田信長や豊臣秀吉らに仕え、千利休の高弟で「利休七哲」の一人。歪んだ茶碗などの茶器は「へうげもの」といわれ、最近は若者にも漫画などを通して人気があるようです。

 昨夜遅くに帰洛し、今朝早くから自転車で大徳寺に出かけました。
 お茶の先生とご一緒なので、お茶会といっても緊張することもなく気分は楽でした。
 お稽古になかなか行けないので、こうして機会を見てはお茶会に参加するように心がけています。

 芳春院、総見院、黄梅院と3つの塔頭で、それぞれに濃茶席と薄茶席がしつらえられていました。
 私は、今日庵文庫長である筒井紘一先生の芳春院でのお茶席に参加しました。

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 芳春院は、桜や紅葉を観に、折々に来るところです。しかし、お茶会で来るのは初めてです。

 過日、筒井先生に茶道資料館でお話を伺った折に、この追善茶会をなさることを聞き、初心者ながら私も参加することにしたのです。その時の経緯は、次のブログに記した通りです。

「京洛逍遥(316)京都における香道関係の調査に同行」(2014年04月25日)

 芳春院の待合の床には、近衛龍山筆の和歌懐紙が掛かっていました。


  龍伯老人の詠歌のあさからぬ
  御心はへに一首をかきつけけるとそ
ゆふたちの雲はれてたにはちすはの
  うへにすゝしき玉ゆらの露

 今日、筒井先生が主として濃茶席をもうけられたのは書院でした。


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 その本席の床は、石室善玖の墨蹟「七言詩」です。


海山夜月自團圓 風巻浮雲廓性天
却笑推窓多倦睡 青蛇出透髑髏前

 花入は明代の青銅の扁壺、香合は益田鈍翁旧蔵、水差と茶入は織部所持のもの、茶杓は津田宗及作と、名品による趣向が凝らされていました。
 お菓子は、末富の「卯の花キントン」で、口溶けのさっぱりとしたものでした。

 お茶席の様子は、京都新聞の写真を引用させていただきます。


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 1つだけハプニングを記しておきます。
 天目茶碗と共に濃茶が回ってきました。しかし、添えられていた古帛紗が離れ離れになってしまったようで、茶碗だけが私の前に来ました。自分の古帛紗を出して茶碗を載せて濃茶をいただき、次客には茶碗だけを送るということになりました。後で先生に確認したところ、古帛紗も一緒に付いてくるものなのに、とのことでした。何がどうなっていたのか、よく思い出せません。お茶席では、いろいろなことがあるようです。

 終わってから筒井先生のところへご挨拶に行き、刊行したばかりの『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』をお渡ししました。問われるままに少し説明をしたところ、お返しとして先生から印香が10種30個入った「香遊」をいただきました。


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 薄茶席は、芳春院の中の高林庵。主は古田織部美術館館長の宮下玄覇氏でした。
 これまた、すばらしいお茶席です。宮下氏は40歳の若さと精力的な勉強の成果を遺憾なく発揮され、盛りだくさんの情報が行き来する場となっていました。とても紹介しきれませんので、ここでは省筆します。

 芳春院を出て点心が用意されている瑞雲軒へ向かう途中で、突然声を掛けられました。なんと、上記ブログでも紹介した山田松香木店の大番頭格の大杉直司さんでした。立ち話でしたが、楽しい出会いを共にしました。さらに、私が手にしていた袋をご覧になり、内の……と目が点に。筒井先生からいただいた印香は、なんと山田松香木店の品だったのです。こんなに広い境内で、しかも千人もの人が出入りする中で、大杉氏とは偶然とは言え嬉しい再会でした。来月にでも実践女子大学で三条西先生にお目にかかる予定なので、このことも楽しい話題となります。

 点心席の瑞雲軒では、「たん熊」の京料理をいただきました。先生と一緒に、上品な味付けを堪能しながら楽しい四方山話をする一時を持つことができました。数日来の慌ただしさの中で、ノドを中心に体調を少し崩していました。しかし、こうして時を忘れる中に身を置いて、しだいによくなってきました。私の体調は、こうした精神的なことが強く影響するようです。

 本日の追善茶会のお土産は、宮下氏のこの日に合わせたご著書『古田織部の世界』(2014.6.11、宮帯出版社)でした。


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 とにかく、今日はずっと先生に質問しながらのお茶席体験でした。おかげさまで、楽しく充実した一日となりました。

 先生とは大徳寺前のバス停でお別れし、私は反対方向の千本北大路を少し下った京都ライトハウスへと、自転車を漕いで坂道を上って行きました。(以下次回)
 
 
 

2014年6月10日 (火)

読書雑記(101)谷津矢車『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』

 『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』(谷津矢車、2013年3月、学研パブリッシング)を読みました。これは、作者の小説デビュー作です。


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 先日、山本兼一の『花鳥の夢』を読んだばかりだったので、狩野永徳の人生や洛中洛外図屏風などが頭の中で錯綜しました。ただし、小説作法も作風もまったく異なるものなので、きれいに読みわけられました。

 狩野のお家芸は、粉本をそのままに描くことでした。その手法への疑問と抵抗を強く示す源四郎(後の永徳)が語られています。絵の注文主は、絵師個人の絵ではなくて、狩野工房に代々伝わる絵を求めている、ということへの反発です。

 土佐家から預かった蓮という娘が、生き生きと源四郎に絡んできます。物語を背後で支え、雰囲気を明るく鮮やかにしています。妻となってからよりも、それまでの描写がいいと思います。

 粉本に依る狩野の絵の先を見る源四郎と、その粉本を守る父松栄との確執は、何度も迫力をもって語られます。ものまねからの脱却を心に秘めた源四郎が強調されていきます。
 父松栄の生き様は、その描き方に意地の悪い視線を感じました。ここまで醜く描かなくても、と思ったほどです。それだけ巧い語り口だ、ということです。
 源四郎がこれまでの狩野を越えることを強調するためには、この父への反発が必要だったとしても、父をこのように扱うことには納得できない思いが、読後の今も残っています。人間に対する作者のまなざしに、もう少し温もりを、と思いました。

 読み終えて、最終章である「5業火」が一番力強い文章になっている、と思いました。それまでは、妻の蓮を丁寧に描いていました。最後に一番弟子の平次を看とる場面で、作者の筆の冴えを感じました。

 なお、山本兼一の『花鳥の夢』(2013年4月刊、初出誌:『別冊 文藝春秋』2009年11月号~2012年9月号)では、参考文献と取材先への謝辞が明記されています。ただし、洛中洛外図屏風の絵は掲載されていません。
 それに対して、本作『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』(2013年3月刊)では、表紙と裏表紙の見返しに、上杉本洛中洛外図屏風の全体図と拡大図が掲載されています。しかし、参考文献などの明記はありません。
 こうしたあたりに、この2冊の本の性格の違いがうかがわれます。

 洛中洛外図屏風絵について、私はあったほうがいいと思いました。読み進みながら、絵にどのように描かれている話なのかがイメージしやすいからです。もっとも、これは絵画の知識をあまり持ち合わせていない一人の読者からの注文です。

 もし再読する場合には、山本兼一の『花鳥の夢』では当初の通りに、屏風絵はいらないと思われます。語られることばで、十分に屏風絵のイメージが描けそうだからです。
 その点から言えば、本作はどうしても屏風絵の拡大図が必要です。
 歴史物における地図や系図の要不要に関係するものです。主人公である狩野永徳が洛中洛外図屏風を描く顛末を語るこの2冊の小説の場合に、挿し絵としての参考資料の有無は、その要不要を考えるだけでも楽しい一時を過ごせます。【3】
 
 
 

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2014年6月 9日 (月)

「樂友舎」と池田亀鑑についてご教示を乞う

 池田研二先生より先般、池田亀鑑が写っている次の写真の裏面に「樂友舎を出る日」と書いてあった、との連絡をいただきました。研二先生は、この「樂友舎」については何も聞いていないし、知らない、とのことです。


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 「樂友舎」について、いろいろと調べました。東京の出版社として「楽友舎」が主に医学系の図書を刊行しています。しかし、ここには池田亀鑑との接点はなさそうです。それ以外に、手がかりがまったく摑めません。

 この写真は、すでに『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第1集』(277頁)に掲載させていただいたものです。その時には、裏書きまでは確認できていませんでした。
 掲載にあたり、以下の簡単な推測による説明を付けました。


正装姿(大正末年頃)
今のところ、手がかりのない写真である。ご子息の池田研二氏は、当時アルバイトをしていた実業之日本社編集長の岩下天年宅(妻房の姉律の嫁ぎ先)での前ではないか、と推測されている。大正11年より女子学習院の教員をしていたので、華族子女の授業へ出かける姿か、とも思われる。

 「樂友舎を出る日」とは、この写真の後ろの建物が「樂友舎」と呼ばれていた所であり、そこから別のところに生活の拠点を移す、という意味ではないか、と今は想像しています。

 いずれにしても、この「樂友舎」が何なのかがわかれば、池田亀鑑の若き日に関して、また新しいことにつながっていくはずです。

 このことに関して、何かご存知の方からの情報を募りたいと思います。
 ご教示のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 

2014年6月 8日 (日)

米国ハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』が出来ました

 昨年10月に、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(新典社、185頁)を刊行し、「米国ハーバード大学蔵『源氏物語』の写本」(2013年11月25日)と題して紹介しました。

 それに引き続き、昨日、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社、210頁)が出来上がり、中古文学会の書店販売に間に合わせていただきました。


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 ハーバード大学美術館蔵の『源氏物語』は、「須磨」と「蜻蛉」の2冊だけです。鎌倉時代に書写された『源氏物語』の古写本で、海を渡ったものはこの影印本2冊で確認できることになりました。

 このハーバード大学本のツレと思われる「鈴虫」の写本(重要文化財)が、国内では国立歴史民俗博物館にあります。
 すでに、次のように複製本・釈文・影印本が刊行されています。

(1)『複刻日本古典文学館 第1期第3回配本 源氏物語 鈴虫・幻』(監修・編集 日本古典文学会、日本古典文学刊行会、1972年9月)


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(2)『複刻日本古典文学館 釈文 中山家本 源氏物語』(日本古典文学会編、日本古典文学刊行会、1972年9月)

(3)『貴重典籍叢書 国立歴史民俗博物館蔵 文学篇第17巻 物語 2 源氏物語古写本六帖(若紫・絵合・行幸・柏木・鈴虫・総角)』(国立歴史民俗博物館館蔵史料編集会編、臨川書店、2000年3月)

 可能であれば、この古写本もハーバード大学本と同じスタイルで刊行できれば、三兄弟が揃うことになります。
 そして、この3冊の索引(含む字母)を作成すると、『源氏物語』の本文研究に資するところ大と言えましょう。
 このことは、今後の課題とします。
 
 
 

2014年6月 7日 (土)

立教大学での中古文学会 -2014 春-

 春の中古文学会は、立教大学新座キャンパスで開催されました。


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 早く着いたために校舎をウロウロしていたら、秋山虔先生が休憩室にいらっしゃることがわかりました。早速、昨日できたばかりの『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社)を直接お渡しし、ご挨拶をしました。
 秋山先生は、お心の籠もった労いのことばと、『源氏物語』の本文資料の整理という仕事のことを含めて、励ましてくださいました。誰もしない地道な仕事だけれど、これまで通りずっと続けるようにとの、温かいことばをいただき感激しました。確かに、私がやっていることは、写本を読んで文字としてパソコンに入力するという、だれにでもできる単純な仕事です。しかし、秋山先生はそれを何十年も続けている意味を、よく理解してくださっています。何度も、長文の励ましのお手紙をいただき、勇気づけられてはまた写本に取り組む、という繰り返しです。
 秋山先生は、私のような情報整理屋をも、元気づけてくださる先生なのです。

 今年の中古文学会では、フリースペースという場所が新たに提供されました。代表委員の阿部好臣先生の発案だということです。これは、素晴らしいことです。

 次の3つのスペースを、それぞれの担当者に申請してもらい、テーブルをお借りすることができました。


(1)今西科研の広報
(2)伊藤科研の広報
(3)NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の広報

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 ただし、科研とNPOが公私混同のように誤解されることを避けるために、(1)と(2)は1つのテーブルで、NPOは少し離れた場所にパンフレットや資料を並べました。

 日頃の研究に関連した情報を広く知っていただくための研究者コミュニティーの提供は、今後とも継続していただきたいと思います。学会だからこそできるプレゼンテーションもあります。特に若い方々は、こうした機会を有効に活用されたらいいと思います。

 このフリースペースの場所が、学会会場の1つ上の階なので、訪れてくださる方はほんの少数だったのは残念でした。すばらしい取り組みなので、ぜひとももっと参加者に宣伝していただきたいと思っています。

 2日目の明日8日(日)も、フリースペースが開催されます。
 科研のスペースでは、送付用のタックシールを用意しています。そのシールに住所を書いていただけましたら、私の科研の報告書である『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』や、今西科研のDVD付きの報告書を、後日お送りいたします。公費による非売品なので費用の負担をしていただくことはありません。
 この機会に、ぜひともお手元に置かれてはいかがでしょうか。何かとお役にたつ資料集になっていると思います。
 今日は、20数人の方が申し込んでくださいました。
 明日の2日目もフリースペースにいますので、ぜひとも足を運んでいただき、送付先を書いていただきたいと思います。

 また、NPOについては、案内のリーフレットと、先般発行したニューズレターの第1号を置いていますので、どうぞご自由にお持ち帰りください。。
 この印刷物が、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動を理解していただく一助にでもなれば幸いです。


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 さて、学会のプログラムとしては、本日はミニシンポジウムが2つありました。

 最初は、「定家本・青表紙本『源氏物語』とは、そもそも何か?」というテーマのミニシンポジウムでした。
 『源氏物語』の本文に関する情報整理をしている者として、期待してうかがいました。
 提言者の久保木秀夫氏が、宮内庁所蔵の三条西家本を再評価をしておられたことが新鮮な成果でした。
 しかし、そのこと以外では関係者には本当に申し訳ないのですが、非常に退屈でした。主催者とパネリストの方々の準備段階からのご苦労には敬意を表します。しかし、内容が思うように展開しなかったように思います。

 私個人としては、「青表紙本」という手垢と黴臭ささにまみれた用語をあえて前面に出されたことに、さらなる新提言や進歩を期待しました。しかし、「青表紙本」という池田亀鑑が広めた用語を、そのまま埋め戻すだけの世間話に終始しました。これでは、若者を〈本文研究〉から遠ざけてしまいます。

 会場では、私の横に岡嶌偉久子さん、その横に藤本孝一先生がおられました。終わってから、お互いに『源氏物語』の本文に関わる研究仲間として、この件で話をしようと思って、近くに席を取って聞いていました。しかし、無言で溜息だけを残して会場を去らざるをえなかったのです。久し振りに会ったのに、お互いにこのシンポジウムのことは何も語らないままに別れることになったのは、返す返すも残念なことでした。

 2つ目の「中古文学会で、中世王朝物語を考える」は、新たな刺激を受けました。日頃はあまり馴染んでいない作品群が話題となりました。短時間にもかかわらず、わかりやすい話でした。
 ただし、共同討議になると、交わされる内容や専門用語が途端にわからなくなったので、後半は苦痛の時間でした。

 ご専門の方々には失礼な物言いでしたら、専門外で勉強不足の身ということで、ご寛恕を願います。年をとったために、若者の話が理解できなくなった、ということにしてください。

 明日は、研究発表があります。
 また、会場の上の階でフリースペースを担当もしています。
 今日も、多くの若い方々とお話をすることができました。
 明日もまた、この学会が新しい出会いの場となることを、楽しみにしています。
 
 

2014年6月 6日 (金)

伊藤科研の第3回研究会でスペイン語訳『源氏物語』の共同討議

 大雨の中を13人の参加者が国文学研究資料館に集まりました。
 第3回となる研究会で、今日はスペイン語訳『源氏物語』の「桐壺」巻を扱いました。外国語訳を日本語に訳し戻して比較する、という手法は、本邦初の試みのはずです。


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 対照資料は、淺川槙子さんの労作です。これを手元に置いて、資料の説明を受けながら翻訳の検討をしました。お一人の方にすべてのスペイン語訳『源氏物語』を日本語に訳し戻していただいたものなので、質の高い資料にしあがっています。


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 とにかく、これまでに誰もやっていなかった、日本語への訳し戻しによる検討会です。日本語訳も、信頼できる完成度の高いものだけあって、訳の確認をしているうちに、さまざまな問題点や手掛かりが得られました。これは今後の、興味深い研究につながりそうです。

 今回は、6種類のスペイン語訳『源氏物語』の「桐壺」巻を、日本語に訳し戻したものを資料としています。
 スペイン語に翻訳された文章を対照するのに用いたのは、次の原文と翻訳本です。


*原文(池田本校訂本文・伊藤作成)
*底本の一つ(日本古典文学全集・原文)
*底本の一つ(日本古典文学全集・現代語訳)
○英訳の訳し戻し(アーサーウェイリー訳 → 佐復秀樹訳)
●スペイン語訳し戻し(1)・Gutierrez訳 アーサーウェイリー訳が底本
●スペイン語訳し戻し(2)・Roca-Ferrer訳 底本は不明
●スペイン語訳し戻し(3)・Jordi Fibla 訳 タイラー訳が底本
●スペイン語訳し(4)・下野&ピント訳、ペルー版
●スペイン語訳し戻し(5)(母語話者)・下野&ピント訳、ペルー版
●スペイン語訳し戻し(6)(アリエル訳・底本は陣野作成)

 それぞれを読み比べると、多くのおもしろいことがわかりました。そのいくつかを列記しておきます。

(1)人物(官職・位階・立場)に関する語は、あまり原文から離れる翻訳はない。
(2)「坊」などの建物を意味する語を、人を指し示す意味として認定していない。
(3)「雲居」を宮中ではなく雲としてとらえている場合などは文脈から判断すべき。
(4)「袿」をチュニックとするなど、衣服に関する訳はおもしろい。
(5)「虫の音」を、「羽ばたき」「やかましい音」「コロロギ」「甲高い声」等々多彩。
(6)時刻を表す「丑・申」がそのままになっているのは、東洋文化を尊重したエキゾティズムと関連する。

 いずれも、日本の文化がどのようにスペイン語に移し換えられているか、ということをうかがわせてくれるものです。自由に想像を羽ばたかせて意見を出しあいました。

 スペイン語訳『源氏物語』は、まだもう一つあります。これを訳し終えてから、あらためてみんなで検討したいと思います。

 次回は8月です。具体的には、決まり次第に報告します。
 
 
 

2014年6月 5日 (木)

目の不自由な方と写本を読むために(2)

(承前)
 東京都人権プラザ(台東区橋場1丁目)で開かれている、企画展「読む権利」に行ってきました(入場無料、7月27日まで)。


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 これは、視覚障害者を支える〈読むためのグッズ〉を、実際に触って体感できる紹介展示でした。私にとっては、初めて見たり触ったりするものです。いろいろと工夫を凝らした〈読むためのグッズ〉としての本や機器を、実際に触ることができました。目の不自由な方が本をどうやって読んでおられるのかを知るのに、いい機会であり、いい勉強になりました。


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 日本は、本年2014年1月に、障害者の社会参加を促す「障害者権利条約」に批准したそうです。まだ私は不勉強なので、その詳細は語れません。しかし、「障害者の表現の自由、知る権利、平等にサービスを受ける権利」(第21条)は容易に理解できます。

 全国の視覚障害者は推計31万6千人(厚生労働省2011年の調査)。東京都では、約3万9千人(2014年2月現在)の視覚障害者が都内で暮らしておられるそうです。
 こうした状況を知るにつけ、自由に文字が読み書きできる環境作りに、今私の意識はしだいに傾斜していきます。

 今回の展示で、私が一番注意を惹いたのは「触図」です。点字で著された文字による図書だけでなく、凹凸や半立体化によって情報を伝えるものです。
 中でも、絵画を鑑賞する本に注目しました。絵画を立体的に浮き上がらせてあり、触って作品の形状を感じられるようになっているのです。

 例えば、イタリアの画家サンドロ・ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」は、こんな感じで浮き出しています。


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 『京都 ─指で読む旅行案内─』という本から、下鴨神社周辺の地図を立体図にしたものを拡大すると、こんな感じになっています。Y字型の少し上の◎印が下鴨神社です。


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 これだと、確かに触ることで図像が鮮明にイメージできそうです。これなら、知りたい建物や道が、どんな場所に、どの位置にあるのかが、触感でわかります。

 漢字についても、その形を触ることで学べる小学生向けの教材がありました。説明パネルには「紫外線硬化樹脂インク(UV樹脂)によって墨字の漢字を凸点で表現しています。」と書いてあります。


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 もちろん、触る絵本もありました。わが家でも子どもたちが大好きだった「ノンタン」シリーズは、点字で言葉が読める上に、絵も少しですが浮き上がるような透明フイルムが貼ってありました。


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 そういえば、先月下旬に姪の家に行った時、姪の娘がキティちゃんが印刷されたシートに、いろいろなパーツを剥がして貼って遊んでいました。そのパーツを見ていて、変体仮名もこうした仮名文字のパーツを作って並べたものを考えれば解決するのでは、と思いました。


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 今回も、企画展で展示物を見ながら、変体仮名で書かれた古写本を読むためのヒントを、たくさんいただきました。

 特に、版本が2冊置いてあったことは、いい刺激となりました。


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 これは、印刷された文字の大きさを比べるために展示されているものでした。しかし、私には、目の不自由な人が縦書きの文字をどうして読んでいるのだろう、という素朴な疑問に立ち向かわせることになったのです。

 今から30年前、コンピュータが出始めの頃に、文字をモニタに縦に表示したり、縦書きで印刷することに多大なエネルギー割きました。縦書きにどう対応するかは、すでに経験済みであり、何とか対処できました。
 この、縦書きと横書きの問題は、次の記事を参照願います。

「【復元】縦書き & 横書き」(2010/4/21)

 この点字や触図と縦書きの表記の問題は、今どのようになっているのか、これから調査します。

 一通り展示を拝見してから、この企画を担当なさった都人権啓発センターの林勝一さんに、疑問に思っていることを率直にお尋ねしました。


(1)古写本の変体仮名を視覚障害の方が読む方法
(2)点字では縦書きの表記表現ができるのか
(3)視覚障害の方が縦書きの文字を読むための方策

 林さんによると、縦書きのことは考えても見なかった、とのことでした。
 また、古写本を読むことなどは、立体プリンタがあるので、墨で書かれた変体仮名を指でなぞることは可能だが、果たしてそれが現実的にどうなのかは実際にはよくわからない、とのことでした。
 そして、今回の企画展でお世話になったという、日本点字図書館(新宿区高田馬場)の用具事業課の澤村さんに、すぐ電話をしてくださいました。私の質問を伝えてくださり、調べるのにしばらく時間がほしいので、二三日後に電話をしてほしい、とのことでした。

 親切に対応していただいた林さんと澤村さん、お忙しいところを本当にありがとうございました。
 今後ともよろしくお願いします。

 また、こうしたことについて、ご教示いただける方がおられましたら、お知恵をお貸し願いたいところです。
 知らないことは恥ずかしくない、ということを強みに、とにかく前を向いて突き進んでいきたいと思っています。
 
 
 

2014年6月 4日 (水)

目の不自由な方と写本を読むために(1)

 昨夏、塙保己一史料館・温故学会の斎藤幸一理事長から、本年平成26年のこどもの日に開催される記念大会で何か話をしてもらえないか、という依頼をいただきお引き受けしました。
 この日のことは、「早朝の地震の後、渋谷の温故学会へ」(2014年05月05日)に記した通りです。

 昨秋あたりからだったと思います。目の不自由な方々と、『源氏物語』の古写本を読む楽しみを共有できないだろうか、と強く思うようになったのは……
 これには、自分がいつか目が見えなくなるのでは、という不安が過ぎっているからでもあります。

 例えば、天理図書館蔵の池田本やハーバード大学蔵本をテキストにして、指や肘や鼻や頬や舌や耳朶などを使って、墨で書かれた古写本の変体仮名が読めるようにできないものか、等々。
 あれこれとその方策を思案していました。

 このことに関連して、以前に本ブログで『源氏物語』の点訳本のことに触れたことがあります。

「点字本『源氏物語』(その後)」(2009/9/9)

「【復元】点字本『源氏物語』(全3冊)」(2009/9/10)

 ここでは点訳本のことしか思いが及んでいません。しかし、今はそれだけではなくて、変体仮名そのものを目の不自由な方々と一緒に読めないか、ということを考えているのです。
 何か方法があるはずだ、と思いながら月日が経っていました。なかなかいい情報に出会えていませんでした。

 今年の5月5日に、塙保己一史料館で『群書類従』のお話しをした後の懇談会で、思い切って、目の不自由な方も墨で書かれた古写本が一緒に読める環境を作れないかと考えている、ということを話題にしました。
 会場にいらっしゃった何名かの方から、いろいろと有意義なアドバイスをいただきました。

 『群書類従』は、全盲の塙保己一が膨大な文献を編纂したものです。目が見えない、ということと、墨で書かれた文献を理解することに垣根はありません。しかも、人に読んでもらって理解するのではなくて、書かれた文字を自分自身の身体を使って確認しながら読み進む行為は、どこかでその障碍は超えられるはずです。

 変体仮名は、現行の50音の平仮名を知っていても、古写本に書かれている日本語は読めませんし、理解できません。点字のように1字1音ではないからです。
 今の平仮名の「あ」は、「安」を字母とする文字一つだけです。しかし、かつて日本人が読み書きに使っていた変体仮名では、それ以外に次のようにいくつもの字母を異にした表記がなされていました。

【阿】【愛】【亜】【悪】

 このハードルを超えるためには、目の不自由な方々のための変体仮名の字書が必要でしょう。

 その用意は、少しずつしていました。
 昨秋刊行した『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(新典社、2013年)から、書かれている文字を切り出して編集しだしたところです。
 今週末には、その続編である『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社、2014年)も刊行されます。ここに書かれている文字も、字書に登録したいと思います。

 まず、この変体仮名と言われるたくさんの平仮名の形を、感覚として覚えてもらわないと、古写本を自分で読む、ということは実現しません。

 ハーバード大学本に書かれた墨の文字を、指か手のひら等を使って、一文字ずつ認識してもらうことで、今まで想像だにし得なかった古写本で記された『源氏物語』の世界へと、目の不自由な方々をお誘いできるのです。
 3Dプリンターも普及し出したことでもあり、自宅で手軽に体験や参加ができるのではないでしょうか。

 まずは、触れて覚える変体仮名の字書を作り、少し古典文学の勉強をしていただいてからでないと、このことは実現しないと思います。しかし、目の不自由な方々は鋭い感覚をお持ちでしょうから、困難なことではないと思っています。
 指や頬や鼻などの感触で文字の認識ができるようになると、800年前の日本の古典籍を実感を伴って読むことができるようになるのです。目の見えない方々も、このことが日本文化をさらに深く理解できるきっかけになるのではないでしょうか。

 とはいいながら、私の身の回りには目の不自由な方が皆無なので、なかなか行動に移せないでいました。
 何人かの仲間には、この計画の全体像を伝えています。
 壷坂寺のある奈良は、こうした仕掛けをスタートさせるにはいいのでは、と思っています。
 しかし、人口の多い東京の方が始めやすいかもしれません。

 こんな新たなチャレンジを始め出したところ、ちょうど東京都人権プラザ(台東区橋場1丁目)で、目の不自由な方が本をどうやって読んでいるのかを知る「企画展「読む権利」」が始まっていることを知りました。
(明日に続く)
 
 
 

2014年6月 3日 (火)

読書雑記(100)山本兼一『利休の茶杓 とびきり屋見立て帖』

 山本兼一の新刊『利休の茶杓 ─とびきり屋見立て帖』(2014/5/29、文藝春秋)を読みました。これは、本年1月に急逝した山本兼一が遺した、シリーズ第4弾です。幕末の京都を舞台として、若夫婦の真之介とゆずが茶道具の見立てで奮闘します。


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■「よろこび百万両」
 初秋の東山で、蔵に収蔵されている茶道具の目録作りが進んでいます。真之介とゆずは快調に整理をしています。そして、大変なものを預かることになり、話が俄然おもしろくなります。ここでは、茶道具の値打ちが1つのテーマとなります。唐物のすごさが、読む者にも伝わってきます。千両の値をつけた盆に、お茶菓子を盛って薄茶をいただくシーンがあります。満ち足りた心のゆとりが語られている場面です。
 なお、「三条大橋のたもとを左に曲がった。(改行)ゆるい坂をすこしくだって……」(18頁)とあります。山本氏は、三条通りが秀吉によって築き上げられたものであり、寺町通りの鴨川寄りが南北方向に盛り上がっていることを、よくご存知のようです。よく調べておられます。【5】
 
(初出誌『オール讀物』2011年8月号)
 
 
■「みやこ鳥」
 桂小五郎、三条実美、近藤勇などが御所での騒乱に登場します。風雲急を告げる世相が活写されます。文久3年(1863年)のことです。『伊勢物語』や『古今著聞集』の和歌が出てきて、教養話となっています。三条公らの七卿都落ちです。話は静かに次へとつながっていきます。【2】
 
(初出誌『オール讀物』2011年11月号)
 
 
■「鈴虫」
 長次郎の黒楽茶碗の話です。お茶道具のいい勉強になります。作者は、よほどよく調べたものと思われます。長次郎の鈴虫と2代目常慶の春雷という黒楽茶碗が、入れ替わっていたという話でまとまります。きれいに収められています。【4】
 
(初出誌『オール讀物』2012年2月号)
 
 
■「自在の龍」
 自在置き物の龍の首を、あるサインで向きを変えながら飾ることが、幕末の京都の政情とリンクしています。ミステリーじみた展開に、読み進む楽しみが殖えます。幕末という社会情勢がいろいろと顔を見せ、おもしろいのです。桂小五郎が龍の首の向きを確認して立ち去る場面などは、いかにも三条近辺でのできごととして見てきたようなので、非常に楽しめます。芹沢鴨は、このサインが見破れないのもおもしろいところです。【3】
 
(初出誌『オール讀物』2012年6月号)
 
 
■「ものいわずひとがくる」(単行本化にあたり改題)
 11個の楽茶碗と東西の家元の話が、おもしろく展開します。そして、タイトルともなる「ものいわずひとがくる」ということばに、道具や人間だけでなく、意外な意味を持たせることになるのです。味わい深い小品です。【4】
 
(初出誌『オール讀物』2012年9月号)
 
 
■「利休の茶杓」
 日本一の茶道具屋を目指す真之介たちは、茶杓簞笥に入っている茶杓をめぐって勉強会に精を出します。芹沢鴨と若宗匠とが茶杓をめぐる目利き勝負をする様子が、おもしろおかしく語られます。利休と織部の朝顔の茶事の逸話が、この話の背景にあるのも、物語の奥行きを感じさせます。
 さて、利休が削った茶杓「しのゝめ」はどこに消えたのか。楽しい推理物ともなっています。茶杓、筒、箱、添状が揃い、めでたしめでたしとなるお話です。書名にふさわしい最終となっています。【5】
 
(初出誌『オール讀物』2013年12月号)
 
 
 なお、この〈とびきり屋見立て帖シリーズ〉に関して、これまで本ブログでは以下の3本の記事で取り上げています。
 本年1月に山本氏が急逝されたことにより、この第4作目が最後となったことは、返す返すも悔やまれます。

(1)「読書雑記(56)山本兼一『千両花嫁 ─とびきり屋見立て帖』」(2012年12月18日)

(2)「読書雑記(57)山本兼一『ええもんひとつ —とびきり屋見立て帖』」(2012年12月19日)

(3)「読書雑記(63)山本兼一『赤絵そうめん』でお茶のイメージトレーニング」(2013年04月17日)
 
 
 


2014年6月 2日 (月)

バイカラ先生とトルコ語訳『源氏物語』などの翻訳談義

 トルコ・ボスポラス大学のオウズ・バイカラ先生から、翻訳について有益なお話をうかがいました。

 逸翁美術館の伊井春樹先生と日本文芸家協会の長尾玲子さんから、『源氏物語』のトルコ語訳に着手しようとなさっているバイカラ先生を紹介していただいたのは先週のことです。そして、バイカラ先生は、今週末にはトルコへお帰りになるとのことなので、取るものもとりあえずお目にかかりました。
 長時間にわたり直接お話をすることができたことは、幸いでした。


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 イスタンブール生まれのバイカラ先生の日本語は、非常に流暢です。
 私は2004年にトルコへ行きました。その時のことは、次の記事にまとめています。
「私の〈河岸〉スナップ(その3・トルコ)」(2013年06月13日)
 トルコのみなさんの日本語がきれいだったことが印象的でした。

 バイカラ先生は、イスタンブール大学で経済学の勉強をなさった方です。
 そして、日本の大学では日本語の音声学で修士論文を、芥川龍之介と谷崎潤一郎の研究で博士論文を執筆なさいました。芥川・谷崎・志賀直哉の小説も、数多く翻訳なさっています。
 『源氏物語』については、アーサー・ウェイリーとエドワード・サイデンステッカーとロイヤル・タイラー訳の3種類を比較した、とのことです。また、トルコにおける日本文学についても、整理されたようです。
 その成果を拝見したいと思っています。もっとも、日本語しかわからない私にとって、先生から日本語で説明していただくしか理解する方法がないのが残念です。

 今日うかがったお話で一番興味深かったのは、空蝉についてでした。トルコで蝉は、畑を襲う蝉のような昆虫だとのことです。つまり、この虫をトルコ語にそのまま翻訳すると、空蝉という女性のイメージは台無しになるのです。

 これによく似た話を、トルコ語訳『源氏物語』に取り組まれたアンカラ大学のエルキン・ジャン先生からもうかがいました。
 以下のブログで紹介しているように、夕顔という花をそのまま訳せないとのことでした。

「トルコ語訳『源氏物語』のこと」(2007/11/16)

「源氏千年(43)朝日「人脈記」10」(2008/5/7)

 なお、このエルキン訳『源氏物語』は、バイカラ先生の話では、刊行が遅れているようです。

 さらに、トルコでは海産物も訳し難いとのことです。魚や貝は、非常にやっかいなのだそうです。そこで、翻訳においては、意味がわかればいというのではなくて、再構築して訳出する必要があるのです。

 原文から離れないと翻訳はできない、ということを強調なさっていました。翻訳は、原文に忠実なだけでは認められないと。
 意味に忠実に翻訳するとはどういうことか、ということを深く考えておられました。時には、他の動物や植物を使うことで対処する、とのことです。
 一例として、白魚のような指という意味を伝えるためには、鉛筆のような指と訳すかもしれない、とも。
 翻訳には文化の変容が伴うことなので、これもなるほどと納得しました。

 楽しくて有意義なお話をうかがっているうちに、あっという間に2時間以上が経過していました。

 今週の金曜日に、私が主催する研究会でスペイン語訳『源氏物語』に関するディスカッションをするので、よろしかったらお出でになりませんか、とお誘いしました。しかし、日曜日にトルコに帰国なさるため、その用意でお忙しいとのことでした。
 今日のお話の続きは、またの機会を楽しみにします。
 そして、『源氏物語』の翻訳が進捗することをお祈りしています。
 くれぐれも気をつけてトルコにお帰りください。
 再会の日を心待ちにしています。
 
 
 

2014年6月 1日 (日)

江戸漫歩(80)國學院大學から実践女子大学を望む

 今日から暦は6月です。
 國學院大學で、「王朝の会」の役員会がありました。
 新たな活動に関する相談会です。
 これまでに、この会については、以下の報告をしてきました。
 主宰者であった小林茂美先生がお元気であった時から。

「銀座探訪(16)桜の咲き初め」(2009/3/29)

 そして、お亡くなりになってからの回想は、奥様の訃報を記した記事にまとめています。

「小林茂美先生の奥様の訃報」(2011/6/18)

 その後、「王朝文学研究会」とそのOBで作る「王朝の会」で記念の祝賀会を行いました。

「王朝文学研究会創立50周年記念祝賀会」(2013年01月05日)

 「王朝文学研究会」は、学生時代からずっと育てていただいて来た会です。会員は150人を超えているとのことでした。
 ほとんどが学校の教員になり、懐かしい思い出話をしたい年にもなっているので、3年ごとの大会ではなくて、今年の年末に集まろうではないか、という流れになっているのです。

 互いに久闊を叙する年齢になったことを、みんなが自覚するようになりました。
 今回は、会ってお酒を飲むだけではこの会らしくないということで、能楽の仕舞をみんなで観たり、能楽師からお話を聞いたり、扇子を扱った所作の体験などをしよう、ということに落ち着きました。
 学生時代からの雰囲気を崩さないのが、この会の持ち味でしょうか。なかなかアカデミックな催しとなりそうです。

 打ち合わせを終えて、國學院大學の若木タワー10階の踊り場から北を見ると、新装なった実践女子大学の高層ビルが望めました。その右後ろに、青山学院大学の校舎が見えます。
 手前の5階建てが、國學院大學の図書館です。


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 外は何と35度だとか。
 これから暑さと梅雨に悩まされます。
 体調に気づかいながら、気を引き締めて夏を乗り切る思いを、こうして高層ビル群を眺めやりながら強くしました。
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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