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2014年7月 5日 (土)

出版法制史研究会の例会に参加して

 「出版法制史研究会」の第10回例会が、國學院大學で開催されたので、中京大学の浅岡邦雄先生に誘われるままに初めて参加しました。今回は、出版学会との共同開催でした。参加者は三十数名と盛会で、研究発表のみならず、質疑応答でも貴重な刺激をいただきました。


日時: 2014年 7月 5日 (土) 午後1時30分〜6時
会場:國學院大學 渋谷キャンパス若木タワー5F 0509教室
発表論題
 中野綾子(早稲田大学大学院生)
  「戦場での読書行為―陸軍発行慰問雑誌の比較を通して―」
 
 大津直子(日本学術振興会特別研究員(PD))
  「谷崎源氏と時局―〈旧訳〉の削除から透かし見えるもの―」

 過日、研究仲間の安野さんから冨倉徳次郎のエッセー「陣中に源氏物語を講ずる話」(『北の兵隊』青梧堂、昭和17)の存在を教えていただきました。すぐに読みました。これは、日中戦争の際、北満国境警備部隊の兵士が兵舎で『源氏物語』の文庫本をもとにして勉強会を開いていたというものです。
 それを読んだばかりだったので、中野さんの発表は興味をもって聞きました。

 本日の発表は、戦時下の学徒兵及び兵士の読書行為を調査研究したものです。知らないことだらけということで、おもしろく聴きました。
 慰問のための雑誌の再利用に留まらず、1939年5月を機に「陣中倶楽部」と「兵隊」の2誌が同日に創刊されたそうです。その歴史の背景は今後の課題のようです。

 また、ドイツの「塹壕文庫」が前線の塹壕及び野戦病院に寄付されたことを例にして、日本でも「前線文庫」の計画があったそうです。これについては、その他、各国で本や雑誌が読み物として戦地に送られていたのです。日本は、この点では遅れていたようです。
 戦地での読書体験に関しては、兵士たちが何を読もうとしていたのか、何を読みたかったのかを含めて、興味深い問題です。先の、『源氏物語』の輪読会をしていた兵士たちは、古典文学に関する素養があったのではありません。日本の文学の中で『源氏物語』というものに対しての憧れがあり、死ぬ前にどうしてもその日本文化の精華を知りたいという、非常に純粋な動機があったのです。

 そんな問題意識をもって臨んだ本日の発表から、さらに知りたくなったことを列記しておきます。


・海外の国では慰問雑誌のような性格の読書行為についてどこまで解明されているのか?
・慰問雑誌で女性の文章が果たした役割は?
・慰問雑誌に掲載された文章の内容の検討は?
・兵士が求めていた、読みたかった内容は?

 なお、昭和13年の『銃後の横浜』に谷崎潤一郎の「港の人々」が再録されているそうです。なぜこの作品を、ということも含めて、後日確認してみます。

 また、『銃後の京都』という、戦地慰問のための雑誌もあったらしいのです。この『銃後の京都』を探してみようと思います。
 中野さんがお持ちだった雑誌の写真を紹介します。
 まだその存在が確認されていない『銃後の京都』の表紙は、この『銃後の大阪』の表紙から想像するに、やはり京都の神社仏閣や伝統文化を取り上げたものだったかと思われます。
 この件に関して、何か情報をお持ちの方がいらっしゃっいましたら、ご教示をお願いします。


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 次に、大津さんの研究発表は、かねてより楽しみにしていた研究内容なので、いろいろと教えてもらうことになりました。

・昭和9年の谷崎源氏着手の確認から始まりました。
・谷崎源氏は、嫁入り本として豪華本を意識したものだったこと。
・谷崎源氏プロジェクトの解明は急務である。
・旧訳の削除は山田孝雄ではなく、谷崎自身が相当着手していたこと。
・訳文削除については、谷崎主体説が支持されるようになってきている。
・玉上琢彌は旧訳で削除された箇所を丹念に補う役割を果たした。
・新訳は原文重視で忠実に訳している。
・谷崎は逐語訳を目指した。

 旧訳の削除は、そこに規範意識がある、とする、この指摘は重要だと思いました。ただし、訳者が読者をどう意識しているかが大切ではないか、と思いました。
 さらに、谷崎旧訳の削除箇所は禁忌3箇条以外が6割もあるということなので、それをどう見るかが問題です。
 この問題は、結論は急がない方がいいと言えます。
 そして、なによりもこれは、学祭的な共同研究のテーマです。
 大津さんの今後の活躍が、ますます楽しみになりました。

 そんなこんなを、感想交じりで最後に質問しました。

 終了後は、渋谷での懇親会にも参加しました。
 非常に楽しい会でした。専門を異にするメンバーが集まっているからでしょう。
 二次会は、学生時代から恩師に連れられて行った呑み屋でした。

 先ほど散会し、これからこのまま渋谷発の夜行バスで京都に帰るところです。
 今、渋谷マークシティ5階にある、夜行バスの待合室です。
 パソコンをとり出し、ベンチで拙文を認めています。
 充実感を手応えとして、慌ただしく東西の移動を繰り返す日々です。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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