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2014年7月27日 (日)

大和桜井で伊井春樹先生の講演を聴く

 奈良県桜井市は、古代史ファンにとっては聖地でしょう。箸墓古墳や邪馬台国などなど、語り尽くせないほどのネタが点在しています。

 奈良に住んでいた頃、お正月になると我が家の初詣はこの桜井市にある安倍文殊院でした。子供たちの成長を願うというよりも、振る舞われるお雑煮ほしさに行っていたようにも思います。

 今日は、「第48回 茶道文化講演会」が、茶道裏千家淡交会奈良支部主催のもと、桜井市民会館でありました。この大和王朝の地に降り立つのは久し振りです。

 駅前には、仏教伝来、相撲発祥、芸能創生、万葉集発燿という、4つのスローガンを掲げたモニュメントが建っています。


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 みたらし団子屋さんの前には、こんな記念写真撮影用のパネルもありました。


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 お昼ご飯には、ご当地の名産である三輪素麺をいただき、歩いて10分ほどの桜井市民会館へ向かいました。


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 伊井春樹先生のお話は、「茶人としての小林一三 阪急文化創始者としての意義」でした。いつもの優しく語りかける口調で、時々笑いを誘いながら進みます。
 最近、島根県松江からの情報でわかった、一三(逸翁)自筆の俳句や、「一枝」と銘を付けた茶杓の話で始まりました。新鮮なネタで聴衆の心を摑まれます。

 一三最後の茶会である「第183回 芦葉会」の自筆会記が紹介されました。しかし、この茶会は、その前日に一三が亡くなったために中止となったのです。この時の道具が逸翁美術館に残っているので、それを写真で紹介しながら、一三の腹案を読み解いていかれました。
 特に、黒織部菫文の茶碗に描かれたスミレの絵を示された時、会場のみなさんはすぐに気付かれたのです。「スミレの花咲く頃~」という、あの宝塚歌劇の歌のことです。
 それまでに、一三の功績を紹介され、阪急電車、東宝映画などなど幅広い活動の中で、宝塚歌劇団のことも詳しく述べておられたので、この茶碗のスミレは効果的でした。一三の思いが凝縮された一椀だったのです。

 来場者は600名くらいはいらっしゃったようです。みなさん、伊井先生のお話の内容が密度の濃いものだったので大満足のようでした。しかも、普段はなかなか聴けない、関西の大茶人逸翁の素顔が、わかりやすくていねいに語られたのです。茶道を心がける者にとっては、またとない機会となったことでしょう。

 伊井先生の講演の前には、檀れいさんによる逸翁美術館所蔵品などの映像紹介がありました。これは、『逸翁 雅俗の精華 小林一三コレクション』(ナビゲーター:檀れい、2,057円 税込)として、逸翁美術館で入手できます。


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 このビデオ放映も効果的だったので、明日以降、逸翁美術館に足を向けられる方も多いことでしょう。今回の講演共々、館長直々の広報活動ともなっていました。

 今日は、歴史・文化・芸道・文学・政治・経済と、幅広い分野を見渡して、小林一三という一人の男を浮き上がらせるお話でした。もっと伺いたいという思いが残りました。
 中でも、大正8年の佐竹本三十六歌仙の切断事件については、斎宮女御の話がおもしろかっただけに、みなさんもっと伺いたいとの思いだったかと思われます。時間があっての話なので、これはまたの機会に、ということです。
 私は、逸翁美術館所蔵の「佐竹本三十六歌仙切 藤原高光 伝藤原信実絵 伝後京極良経詞書」について、絵巻切断の結果、児島嘉助(古美術商)の手に入ったことに興味を持っています。それがどのような経緯で、逸翁美術館に収蔵されるようになったのか、ということです。これについては、後日調べます。

 また、今日のお話には、小林一三の政治家としての活動についてはまったく触れられませんでした。小林一三は、第2次近衛内閣の商工大臣、貴族院勅選議員、幣原内閣の国務大臣、初代戦災復興院総裁の経歴があります。こうしたことは、本日は茶人小林一三のお話なので、そのすべてを割愛なさったと思われます。このことについての伊井先生の評価を、いつか伺いたいと思いました。

 今日も、伊井先生は手元の原稿は見ずに、会場のみなさんを見て語りかけておられました。これは、いつも我々におっしゃっている、人前で話をするときの心構えであり、今も実践なさっていることです。
 そして、いつものように持ち時間ちょうどでお話が終わりました。これは、ストップウォッチで計っていてのことかと思われる、伊井先生の特技のひとつです。この、常人にはなかなか真似のできない神技は、今日も発揮されたのです。つい、私は腕時計を見ながら、心の中でカウントダウンをしていました。ちょうど90分、ドンピシャリでお辞儀をなさいました。
 
 
 


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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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