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2014年8月の31件の記事

2014年8月31日 (日)

9月6日開催「京都で源氏を読む会」の会場変更のお知らせ

 次回(9月6日(土))の「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む会」と、「京都で『十帖源氏』を読む会」の会場が変更になりましたので、この場を借りてお知らせします。
 
 いつもの「ワックジャパン(WAK JAPAN)」ではなくて、今回に限り、「京町家 さいりん館 室町二条」の2階に変更となりました。


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〒604-0011
京都市中京区冷泉町65(室町通二条上る東側)

京都市営地下鉄 烏丸線「烏丸御池」駅 2番出口徒歩5分
烏丸線「丸太町」駅 6番出口徒歩4分
京都市バス 烏丸二条 から徒歩3分
烏丸丸太町から徒歩8分
 
 これまでのワックジャパン(WAK JAPAN)とは、烏丸通りを挟んで反対(西)側になります。
 
 参加を予定なさっている方は、お間違えのないようにお気をつけください。
 
 初めての方も大歓迎です。
 資料の用意がありますので、本ブログのコメント欄を活用して、参加を希望する旨の連絡をいただければ、折り返し説明などのメールを差し上げます。
 
 参考までに、前回(7月19日)の活動内容をまとめた記事へのリンクを以下に引用します。
 参加を検討なさる際の参考にしてください。
 
「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第12回)」(2014年07月19日)
 
「京都で『十帖源氏』を読む「明石_その5」」(2014年07月22日)
 
 
 

2014年8月30日 (土)

雲水さんの托鉢とお茶のお稽古

 京洛の朝は、東京よりもぐっと冷え込むようになりました。

 9時過ぎだったでしょうか。「ほおおーぅーっ、ほおおーぅーっ、ほおおーぅーっ」という大きな掛け声が、家のあたりにこだまします。町内の辻々の空気が引き締まります。
 四、五人の雲水さんが托鉢修行で回って来られたのです。

 後で調べたところ、曹洞宗の方は鈴を持っていて、臨済宗の方は大声張り上げているのだそうです。今朝の方が臨済宗だとすると、この近くでは、大徳寺・妙心寺・相国寺が思い当たります。我が家は曹洞宗なので、よくわかりません。

 何か差し上げようにも、まだこの地域では新参者なので、何をどうしていいのかわかりません。
 そうこうするうちに、我が家の前を通り過ぎて行かれます。塀越しに、雲水さんの竹で編んだ被り物と衣が見えました。
 ご近所の方が何か差し出してお辞儀をしておられたので、どのように接したらいいのか、また聞いておきます。

 お昼前に、大和平群に向かいました。お茶のお稽古です。

 今日は、運びの薄茶のお稽古です。
 まずは大失態をしでかしたことから。

 毎回、釜の蓋を取るとき、熱くて難儀をしていました。あろう事か、今日は袱紗で摘まんだ蓋を、湯気の熱さで思わず落としてしまったのです。右手前の灰の中にズボリと半分が埋まりました。

 今日は鉄の火鉢だったので、被害は最小でした。これが陶器だったら、割れてもっと大変なことになっていたでしょう。

 私は、どうも持ち方が悪いようで、湯気が指や掌に襲ってきます。アッチッチ、という場面がよくあるのです。

 あとで、この対策を教えていただきました。摘みをしっかり握ったら、真っ直ぐに持ち上げてから引くのがコツのようです。どうも私は、向こうへ倒し気味にして斜めに引こうとするので、湯気をまともに手に受けるようです。

 背筋を伸ばすことは、相変わらず注意を受けます。特に、茶筅を使う時に、茶碗の中を覗き込むように前屈みになる癖があるようです。それを直すためには、首筋を起こし、手を伸ばして、もっと遠くでお茶を点てることを意識するようにしたらいいと。腰を曲げないでお腹に力を入れ、突き出すようにすることも忘れないで、と。
 しかし、いざやろうとしてもなかなかできません。

 お手前の流れは、しだいにわかってきました。これからは、所作の細かい所にも気を配るようにします。

 今日も、道具から手をパッと離していることや、お辞儀で頭を上げるのが早すぎること等々。基本的な動作でも気をつけることを教えてもらいました。
 これらは無意識にしていることなので、余程意識しないと直りません。

 いろいろな課題を抱えながらも、一つ一つに気をつけていくことで、ゆるゆるとでも進んで行くつもりです。
 
 
 

2014年8月29日 (金)

読書雑記(106)中津文彦『塙保己一推理帖 枕絵の陥し穴』

 中津文彦の『塙保己一推理帖 枕絵の陥し穴』(光文社時代小説文庫、2010年1月)を読みました。
 これは、『移り香の秘密 ー 塙保己一推理帖』(光文社、2006年3月)を改題したものです。

 〈塙保己一推理帖シリーズ〉としては、「読書雑記(104)中津文彦『塙保己一推理帖 観音参りの女』」(2014年07月16日)に次ぐ、第2作目です。なお、第1作の『塙保己一推理帖 観音参りの女』(カッパ・ノベルス、2002年8月)は、『亥ノ子の誘拐 ー 塙保己一推理帖』(光文社時代小説文庫、2009年12月)と改題して刊行されています。
 

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  ■「移り香の秘密」  江戸の大相撲に関して、雷電をめぐる話が展開します。松江藩主松平不昧公のお抱え力士だったのです。  殺されて川に投げられた娘の話は、その事情説明がくどくて、読んでいる途中で飽きてしまいました。話の聞き役が太田南畝という粋人だということに起因するのでしょうか? あるいは、南畝という描かれる人間が持つ魅力だけで語ろうとするせいでしょうか。話の力点が崩れているように思いました。  話の中に、宿舎がある越中島が出てくるので、物語の舞台となる情景に感情移入してしまいます。自分が知っている場所が出てくると、つい身を入れて読み進みます。黒船橋や深川仲町が出ると、身近な今の話のように思うから不思議です。  本話は盛り上がりません。お香がポイントです。しかし、話題に興味を持っても、そこに鋭い切れは感じられませんでした。【2】  


■「三番富の悲劇」
 江戸時代の旅の仕方やお金の価値など、知識編とでも言うべき章になっています。
 伊能忠敬の話が突然出てきました。深川の富岡八幡宮に伊能忠敬の記念碑があるので、物語られる地域に縁の深い人です。しかし、ここまでに話題となった孝行息子の卯吉が磔になったことと、なかなか結びつきません。
 卯吉が父親のことを調べるために伊勢に行ったことが、物語の背景で謎をさらに脹らませます。うまい構成です。ただし、余分な話があまりにも多すぎます。
 主人公である保己一に謎解きをさせないこの終わり方も、それはそれで秀一だと思います。【3】
 

■「枕絵の陥し穴」
 闇夜に展開する人殺しの様が、音だけの世界としてリアルに描き出されます。うまい語り始めです。
 下手人は、温古堂で版木を刻む彫り師の1人です。殺されたのは、地本問屋の夫婦。娘だけは一命を取り留めました。俄然おもしろくなります。
 この時は享和三年。西暦1803年。オランダから西暦が伝わった頃です。そしてこの頃は、多色刷りの木版技術が発達し、色鮮やかな錦絵が広まったのです。枕絵を裏で販売する地本問屋が大儲けをしていたのです。
 浮世絵の話になると、私も知っている名前のオンパレードとなり、楽しくなりました。
 鳥居長清、鈴木春信、喜多川歌麿、蔦屋重三郎、東洲斎写楽、などなど。
 物語は意外な展開をたどります。犯人はすぐにわかります。しかし、そうであっても、うまく話ができていて楽しめました。
 もう一つ、保己一の妻となった三人の女性のありようも、おもしろく点描されています。著者会心の作と言えるでしょう。【5】


2014年8月28日 (木)

今夏の身体検査の中間報告は「良」です

 先週のCT検査を含めて、今年の夏に京大病院でチェックしていただいたガンに関連した項目は、すべて問題なしとのことでした。もっとも、血液による腫瘍の検査だけは、来週になりました。ただし、糖尿病で頻繁に血液検査をしているので、問題はないだろうということで、楽観的に思っていていいようです。

 早期胃ガンで消化管をすべて摘出したのは、ちょうど4年前になります。
 その4年前の今日は、手術のために入院して2日目というのに、何と外泊許可をもらって大和平群へお茶のお稽古に行っています。

「心身雑記(71)入院2日目にしてお茶のお稽古へ」(2010/8/28)

 そして、手術2日前には、心残りのないように回転寿司屋へも行っています。

「外泊で外食の締めは回転寿司」(2010/8/29)

 何とも、緊張感のない入院患者だったのです。

 あれから4年。ごく初期に見つかったガンだけに、大きな問題もなく、こうしてバタバタと生活を続けています。有り難いことです。

 主治医である消化管外科の岡部先生は、いつものように穏やかに説明をしてくださいました。そして、来年で経過観察もいらなくなるでしょう、とのことでした。

 だだ一つ、心配事があったので相談をしました。それは、逆流姓食道炎です。

 週に1回程度のことですが、朝方に限って、食道が焼けるように苦しくなって目覚めます。苦い液体が喉元を不快にするので、咽せるようにして起きることとなります。
 これは、なかなか辛い思いの朝を迎えることになるのです。

 この対処については、糖尿病内分泌栄養内科で担当してくださっている長嶋先生から、毎食後に飲む粉薬をいただいています。食道の粘膜を保護するためのものだそうです。それにしても、何か対処方法はないのかを、最近の体調の報告をする中で相談しました。

 岡部先生の説明は、いつもわかりやすいので安心します。
 まず、私のような例は、消化器を摘出した人によく認められることだそうです。
 喉に突き上げるようにして逆流しているのは、アルカリ性の腸液でした。胃から出る胃液が酸性であるのに対して、アルカリ性であることを、今回初めて知りました。そして、私は胃がないのですから、当然酸性ではなくてアルカリ性の腸液に苦しめられているのです。

 重力の関係で、腸液が喉元に流れてくるのであって、それは身体を横たえているために起こることです。そのため、直立している昼や夕方にはなくて、朝の寝起きに発生するのです。
 頭を上げて寝る人、身体を右に向けるか左に向けるかで違うという人、等々、その対処について、みなさんいろいろと苦心しておられるようです。

 私はベットが苦手なので、病院にあるベッドのように角度を調整することはできません。布団の肩回りの高さを調節することで、これから最適な環境を作ろうと思います。

 最大の課題だったガンの再発や転移の心配はないので、当面は安心していいようです。
 次は、来週の糖尿病の検診です。
 7月には、目覚ましい改善はないものの、特に心配なこともない状態でした。

 以来、体重を50キロ以上に保つために、いろいろと食事に苦労しています。
 この夏も、食事には気を遣い、何とか体重を50キロすれすれに保っています。
 そのために、糖質制限食はやや緩めのメニューにしています。
 食前食後の血糖値は、図ったように教科書にある数値です。ただし、これがヘモグロビン A1cの値となると、さまざまな要因から危険領域に入るのです。

 さて、来週はどのような結果が出るのでしょうか。
 この夏に気をつけて食事をした総決算として、その成果を今から楽しみにしています。
 
 
 

2014年8月27日 (水)

米国議会図書館本『源氏物語』のひまわり用データ公開

 国立国語研究所の高田智和先生から提供していただいた情報2件を紹介します。

(1)「米国議会図書館蔵『源氏物語』翻字本文/ひまわり用データ」公開
 
 米国議会図書館蔵『源氏物語』翻字本文が、全文検索システム『ひまわり』で利用できる形式のファイルとして公開されました。

http://textdb01.ninjal.ac.jp/LCgenji/himawari_package.html

 Webの文字列検索では、行を跨いだ検索ができませんでした。
 それが、『ひまわり』を使うと、行跨ぎ文字列検索ができるようになる、とのことです。

 私も、これから上記ホームページより『ひまわり』とデータをダウンロードして、実際に使ってみようと思います。

 なお、米国議会図書館蔵『源氏物語』については、「国語研の米国議会図書館蔵『源氏物語』の公開アドレス変更」(2014年07月31日)など、過去のブログ記事をたどると、その概要が確認できます。

 
 
(2)JSL漢字学習研究会の案内
 
 JSL漢字学習研究会は、日本語教育における漢字学習または漢字指導(教育)について、実践方法や理論の情報交換をする研究会です。

 その会の第51回 研究会が、来月9月20日に開催されます。
 詳細は、「第51回 研究会(2014.9.20)開催通知」をご覧ください。

 参加なさる方は、事前に上記ウェブ内の「研究会参加申込」ページより申し込みが必要です。
 
 以下に、その一部を抜粋しておきます。
 
■テーマ■
 「漢文を日本語で読む」

■開催趣旨■
 漢文文献を日本語として読む(訓読する)ことによって,漢字・ 漢語を日本語表記・日本語表現として取り入れてきました。 訓読のしくみ,漢文の学習方法,古代日本語表記・ 表現への影響など,漢文が日本語に果たした役割と意義, 東アジア漢字圏での訓読現象について議論します。 ​​

■日時■
 日程:2014年9月20日(土) 14:00〜17:00
 会場:国際交流基金日本語国際センター (埼玉県さいたま市)

■プログラム■

 開会挨拶:濱川祐紀代
  (国際交流基金日本語国際センター/国立国語研究所共同研究員)
 司会:徳弘康代
  (名古屋大学/国立国語研究所共同研究員)
 講演1:「漢文訓読の多面的意義」小助川貞次
  (富山大学/国立国語研究所共同研究員)
 講演2:「古代歌謡と和歌に見える漢文の影響」アルド・トリーニ
  (ヴェネツィア大学・イタリア)
 閉会挨拶:高田智和(国立国語研究所)

(共催:国立国語研究所共同研究プロジェクト「文字環境のモデル化と社会言語科学への応用」)
(協力:国際交流基金日本語国際センター)

情報更新日:2014年08月25日
 
 
 

2014年8月26日 (火)

放送大学でハーバード大学本『源氏物語(須磨巻)』を読みます

 昨日の本ブログで、日比谷図書文化館において開催する『ハーバード大学本『源氏物語』「蜻蛉」』を読むことに関して、講座の紹介と案内を記しました。

 それに加えて、11月には、「放送大学 平成26年度 第2学期 面接授業」で、『ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」』を読むことになっています。
 昨日の「蜻蛉」巻とセットとなる、パーバード大学所蔵の本を対象にした内容なので、併せて紹介と案内を追記します。

 放送大学の中でも「面接授業」という枠組みで、会場も「東京文京学習センター」なので、限られた方々を対象とするものです。科目登録の申請期間も、8月30日(土)までとあと数日となっています。
 ご案内が遅くなり、関係者のみなさまには大変失礼いたしました。

 興味と関心をお持ちの方の受講を歓迎します。
 

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2014年8月25日 (月)

「日比谷カレッジ」でハーバード大学本『源氏物語』を読みませんか

 東京都千代田区立日比谷図書文化館では、「日比谷カレッジ」という学習プログラムを展開しています。
 講座やイベント等を通して、新しい形の「学び」と「交流」の場を提供するものです。

 その中で、ハーバード大学美術館蔵の古写本『源氏物語(蜻蛉巻)』を読む講座をスタートさせることとなりましたので、参加者の募集を兼ねてご案内します。

 「日比谷カレッジ」の中に、「古文書塾てらこや」という講座があります。


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 その講座で【10月期「体験講座」】の募集が始まっています。

 この中の【特別講座(短期)】で、私がハーバード大学本『源氏物語』を読むことになりました。
 「古文書塾てらこや」は、江戸時代の古文書を中心に読む社会人講座です。
 そこへ、鎌倉時代中期に書写された、現存する『源氏物語』の中では最も古いものに属する『源氏物語』の写本を読もう、という企画が加わったのです。
 このハーバード大学本『源氏物語』は、美術品的な価値の高い美麗な古写本です。これを、一字一字にこだわりながら、丹念に読み解いていきます。

 講座名は「[翻字者養成講座]ハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』を読む」です。

 実際には10月16日(木曜日、18時半~20時)から「ハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』を読む」として始まります。

 ただし、いきなり古写本で『源氏物語』を読むというのもイメージが湧き難いかと思われます。そこで、「体験講座」で様子見をしてもらおうということで、10月2日(木曜日、18時半〜20時)の体験希望者を募集しているのです。

 皇居前の日比谷公園にある日比谷図書文化館へ、木曜日の夜にお越しになれる方で、鎌倉時代に書写された古写本『源氏物語』を読むことに興味をお持ちの方は、一度試しに足を運んでみてください。

 最初は変体仮名の簡単な読み方から始めます。そして、徐々にスキルアップ・センスアップにつながる学習につなげたいと思っています。
 目指すところが遊びに留まらないため、[翻字者養成講座]と銘打っています。大学ではできない、技術習得を意識したものです。もちろん、ゼロからのステップアップを心がけますので、参加なさるみなさまの到達度に合わせて進めて行きます。ご安心を。

 参考までに、講座の案内文を掲載します。
 お気軽に、まずはこのお試し講座にご参加を。


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2014年8月24日 (日)

読書雑記(105)高田郁『天の梯 みをつくし料理帖』

 高田郁の『天の梯 みをつくし料理帖』(角川春樹事務所ハルキ文庫、2014年8月)は、先週読み終えていました。しかし、何かと雑事を始めとして本ブログにも他に書くことが多く、やっと今日になりました。これが、「みをつくし料理帖」シリーズの第10巻にあたり完結編です。


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■「結び草――葛つくし」
 自力で生きることを決心した澪は、頼もしく成長していました。夏の旱魃が、人々の心の優しさを浮かび上がらせます。
 俎橋から見上げる月が、きれいな場面を生んでいます。人間の情が節度を持って語られているので、上品な作品として心に染みます。【4】
 
■「張出大関――親父泣かせ」
 酢の物が絵皿を溶かすことが印象的です。一気に読ませる筆力が戻りました。自然な流れで、江戸の食べ物事情が理解できました。そして、何よりも源斉先生の描き方が変わりました。【3】
 
■「明日香風――心許り」
 正月の艶やかさと華やぎが伝わる、上質な文章で語られています。加えて、酪をめぐる謎解きや
緊張感溢れる展開が楽しめました。本作でも、月が効果的です。
 最終巻を冷静に語り収めようとする、十分に計算された作者の気働きが伝わってきます。【5】
 
■「天の梯――恋し粟おこし」
 「粟おこし」は、小さい頃から私の好物でした。「岩おこし」と言って、小さな塊をおやつとして母からもらい、口にしていました。島根県の出雲にいた小学校低学年の頃は、生活をしていた本家の離れの2階の屋根裏部屋で、両親が夜業仕事としておこしを作っていました。お米や粟を加工したものを水飴で固めたものを、父は行商としてポン菓子作りの工賃を稼ぎながら持ち歩いていました。私も父の自転車を押したりポン菓子機を回したりして、山奥の村々で売るのを手伝ったりしました。このことは、「わが父の記(2)川で流された時」(2008/5/20)に記した通りです。おこしの生姜味は、出雲や大阪にいた頃の想い出深い味として、さらには両親が苦労した日々と共に、旧懐の情を呼び戻します。

 それはさておき、本話はみごとな大団円となっています。【5】
 
■「特別付録・文政十一年 料理番付」
 勧進元は「日本橋柳町 一柳 改メ 天満一兆庵」です。
 東大関は「自然薯尽くし 元飯田町 つる家」
 西大関は「病知らず 四ツ橋 みをつくし」
 本書から11年後の番付です。眺めていて飽きません。
 私は、西小結の「寒天尽くし 西天満 井川屋」が気になりました。
 後日、特別巻を刊行する用意があるようです。この番付がその内容を予測させます。
 
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 高田郁の「みおつくし料理帖シリーズ」については、この5年間に以下のような感想を記してきました。
 これまでの9冊へのリンクと、併せてそれ以外の高田郁の作品関連の記事のリストは、以下の通りです。ご笑覧いただければ幸いです。
 
 
(1)「読書雑記(21)高田郁『八朔の雪 みをつくし料理帖』」(2010/11/25)
 
(2)「読書雑記(22)高田郁『花散らしの雨 みをつくし料理帖』」(2010/11/26)
 
(3)「読書雑記(23)高田郁『想い雲 みをつくし料理帖』」(2010/12/2)
 
(4)「読書雑記(24)高田郁『今朝の春 みをつくし料理帖』」(2010/12/4)
 
(5)「読書雑記(33)高田郁『小夜しぐれ みをつくし料理帖』」(2011/4/22)
 
(6)「読書雑記(42)高田郁『心星ひとつ みをつくし料理帖』」(2011/9/9)
 
(7)「読書雑記(48)高田郁『夏天の虹 みをつくし料理帖』」(2012年04月09日)
 
(8)「読書雑記(74)高田郁『残月 みをつくし料理帖』」(2013年07月26日)
 
(9)「読書雑記(94)高田郁『美雪晴れ―みをつくし料理帖』」(2014年02月20日)
 
 
(A)「読書雑記(25)高田郁『銀二貫』」(2010/12/5)
 
(B)「読書雑記(26)高田郁『出世花』」(2010/12/6)
 
(C)「読書雑記(85)高田郁『あい 永遠に在り』」(2013年11月22日)
 
 
(壱)「江戸漫歩(74)『みをつくし料理帖』の舞台を歩く」(2014年02月23日)
 
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 なお、「Roadside Library」で構築されているデータ集のうち、「時代小説館」の中の以下の情報は、「みおつくし料理帖シリーズ」の書誌情報として簡便ながら非常に有益なものです。
「高田郁「みをつくし料理帖」 シリーズ一覧」(2014年08月22日)
 
 
 

2014年8月23日 (土)

京洛逍遥(337)下鴨神社の盆踊りと地域の地蔵盆

 今夜は、下鴨神社の盆踊りです。午後7時から9時まで、朱の楼門前が会場となっています。
 世界遺産の境内で、国宝や重要文化財の前での盆踊りなので、それに参加できることは贅沢の極みと言えます。
 しかし、午後から雨模様で、6時を過ぎると大粒の雨となりました。

 私はこれまでにこの盆踊りに行ったことがなかったので、今年はぜひ行くつもりで待機していたのです。とは言うものの、この雨では残念ながら楼門前で盆踊りはできません。
 雨天時は参集殿で、となっていたので、6時45分頃に傘をさして参集殿へと歩いて向かいました。

 楼門前に櫓が組まれているはずなので、その様子を見てから参集殿へ行こうと思って西の鳥居から楼門に回ったところ、浴衣を着た人と警察の方がいらっしゃいました。

 これから移動なのだろうか、と思って見ていると、赤い毛氈の上にビニールをかけた床几を、姉さん被りに襷姿のみなさんが丁寧に拭き掃除をなさるのです。


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 楼門越しに夜空を見上げると、雨はすっかり止んでいます。盆踊りの準備が急ピッチで進みました。
 そして、7時ちょうどには、櫓に上がってマイクを手にされた下鴨御所音頭・紅葉節保存会会長の椎村悌知さんが、元気よく開会の挨拶を始められました。
 みなさん、ほっとした表情です。

 不思議なことです。開催時刻になると、突然に雨が降り止むのですから。
 賀茂の御祖神の威徳としか言いようがありません。

 踊りが始まると、次第に輪が大きくなります。最初は、御所音頭紅葉節の「三社めぐり」です。
 海外から来られた男性が、すぐに輪の中に入って踊られたのには驚きました。


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 歌詞を印刷したプリントを配ってくださいました。どうも何箇所かに誤植があるようです。しかし、それを元にして、印刷されたままの歌詞を引用しておきます。


「三社めぐり」の歌詞

豊かなる。秋の思ひをかけまくも、三ツの社に詣でんと。志すこと目出度けれ。君に大津と志し。勢田の長橋打渡り。露にぬれつつ夜もすがら、忍ぶ草津の手枕に、堅くちかひし石部宿。水口々に浮名立つ、土山越えて坂ノ下。勇むや駒の鈴鹿山。大竹小竹しなやかに、むねの関路の別れ道。言わぬ思ひを柘植の櫛。
長野豊久を打越へて。今宵必ず松坂と、人目を包む小畑川。明星の御茶屋過ぎ行きて、よい中川原連れ立て、程なく参る宮どころ。実や天照御神を、拝めば心五十鈴川、鈴振君や八乙女の、神楽のつつみ聲ゞに、高天原や岩戸山。ありがたさにぞ振袖の、しぐるる雨やぬれぎぬの、千代とささごと間の山、お杉お玉の弾く三味に、可愛いゝと鳴く烏。きぬぎぬ頃に立ち出でて、めぐる末社のかずつもり、二見ヶ浦や朝熊山。富士の煙の見まほしと。是より心いそいそと新たまる声打越て、登や恋の大和路へ。かかる契を初瀬山。彼の貫之が人はいざ。心も知ぬ我が恋は。ちぢに思をこもりくや。誓を三輪のすぎの門、二世をかためし雁の文、ふるの社を伏拝み、互に之を水鏡。其の在原の筒井筒、結ぶえにしの竹の葉の。千代をこめたるささめごと。心床しき帯解の流れも清き猿沢の、池の畔の八重桜。うねめの宮や衣掛柳。のどかに晴る春の日の、社々を伏し拝み妻恋慕う小男鹿の、声は聞ゆる三笠山。若草山の木の間より、出づる月影まん丸に、南円堂や大佛の、十三鐘や廣福寺二月堂には若狭井戸、色に染たるもみじ葉の、龍田の川や法隆寺。此処は名所も多けれど、君に心の急がれて、昔の都立ち出て、この手かしわの奈良坂を、越ゆれば早くも木津の里。井手の玉川玉水の、岸に乱るゝ山の、花色衣主や誰。問へど答へぬ口無しの、契りの末は長池と、小倉堤を打ち渡り、心の淀み流れ行く。今は盛の男山、鳩の峯越し来て見れば、名にし八幡の御社、登る山路の七曲り。彼の頼風とおみなめし、くねると詠みしの言葉を、互に之も石清水。めぐりめぐりて今茲に、心気心どを打ち忘れ。花の都も近づけば、嬉しさ限り長月の、よいとたわむれ遊ぶゑ。

 もう、これは語りです。口伝えしかないとのことなので、正確な歌詞は後日確認します。
 滋賀から三重を経て奈良と大阪を経巡る内容です。紀貫之の和歌が織り込まれるなど、丁寧に解釈するとおもしろそうです。

 この御所音頭は、かつては京都御所で披露され、今は下鴨地域に伝わるものです。今春5月に、明治以降初めて御所で披露されたことがニュースとなりました。この他に20曲も残っているそうです。男声でゆったりと歌われ、女性が踊るのが特徴です。

 この音頭は、下鴨小学校の4年生たちに法被と共に、地域学習として引き継がれています。伝統文化の継承が、子供たちに受け継がれて行くようです。確かな手応えが伝わってきます。

 下鴨学区社会福祉協議会から用意された飲み物を飲んだ子供たちが、みんなで輪の中に入ります。すでに習い覚えた踊りです。子供たちが嬉しそうに輪に加わると、とたんに楼門前が賑やかになりました。


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 この時は音頭も変わっていました。その歌詞を、これもいただいたプリントから再現しておきます。


鴨音頭(A)

サッサエー
若葉青葉の糺の森に  誰が唄うか下鴨音頭
鳥もきれいにソレないている  サッサ下鴨ウチトコヨイトコ
サテヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン
 
サッサエー
衿に葵の大臣のお馬  牛にきかしょか下鴨音頭
声にひかれてソレ花が散る  サッサ下鴨ウチトコヨイトコ
サテヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン
 
サッサエー
高野河原の友禅もよう  水にきかすか下鴨音頭
流れそまつてソレ今日の色  サッサ下鴨ウチトコヨイトコ
サテヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン

サッサエー
橋のたもとに蛍がとんで  拍子うれしや下鴨音頭
よい子揃ってソレ夜が更ける  サッサ下鵬ウチトコヨイトコ
サテヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン

サッサエー
比叡のお山にあかりがつけば  風も楽しい下鴨音頭
そろう団扇にソレ浴衣がけ  サッサ下鴨ウチトコヨイトコ
サヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン
 
 
 
下鴨音頭(B)

一、賀茂のなア  賀茂の社にさみどり燃えりや  ヨーイヨイ
   葵祭の葵祭の絵巻物
   サテ ホンマニ マツタク 花よりも
   下鴨よいとこ よいところ よいところ

二、夏はなア  夏はみたらし夏越の矢取  ヨーイヨイ
   身体丈夫に身体丈夫に身を護る
   サテ ホンマニ マツタク 力持ち
   下鴨よいとこ よいところ よいところ

三、山はなア  山は  比叡よ心の姿  ヨーイヨイ
   写す鏡は写す鏡は加茂の水
   サテ ホンマニ マツタク 月よりも
   下鴨よいとこ よいところ よいところ

四、冬はなア  冬は比良木お火焚きまつり  ヨーイヨイ
   上げる作品は上げる作品は  みな上手
   サテ ホンマニ マツタク 雪の色
   下鴨よいとこ よいところ よいところ


 
 帰り道でのことです。町内の地蔵堂の前で、地域の子供たちが演芸会をしていました。


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 この下鴨地域は、歴史が古いことも併せて、こうした伝統的な文化の継承が、楽しく守り伝えられています。千年の歴史の重み恐るべし、と言うしかありません。

 今、我が家には、これに参加する子供がいません。3人共に成人したからです。もしいたら、大はしゃぎで踊り、大声で歌っていることでしょう。この体験を町内会の仲間として味わわせることができなかったことが、少し心残りです。奈良の生駒で、奈良時代を思う存分味わったはずなので、それはよしとしましょう。

 こうして守り伝える日本文化があることと、それを子供たちが受け継いでいることは、本当に頼もしい限りです。生きた歴史と文化を見ることができました。
 
 
 

2014年8月22日 (金)

視覚障害者が古写本『源氏物語』を書写できるか?

 私が勝手に懸案と言っている、目の見えない方が、鎌倉中期に書写されたハーバード大学本『源氏物語』を読めないか? という課題に関して、少し明るい光が差し込んで来ました。
 一筋の可能性とでもいうべき糸を、今後ともさらに手繰っていこうと思います。

 今日、全盲の歴史学者で日本宗教史の専門家として知られる広瀬浩二郎さんを訪ねて、大阪万博公園の中にある国立民族学博物館へ行ってきました。


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 13歳で視力を失った広瀬さんは、興味のある歴史学の勉強を続けたくて京都大学に点字の入学試験を受けて入学し、さらに大学院で研究を深めて博士の学位を取得されました。
 現在は、国立民族学博物館(通称みんぱく)の准教授です。


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 今日は、上記の課題についてアドバイスや解決策を教えていただくために、民博の広瀬さんの研究室を訪問しました。
 お互いにバタバタと走り回る生活の中で、やっと私が抱えるテーマの説明を直接できたのです。
 広瀬さんは私の話をじっと聞き、ポンポンと発する質問に的確に答えていただき、さらには、有り難い話やヒントを示していただきました。

 まず私が聞いたことは、日本語で送った数通のメールに対して、すぐに日本語で返信が来たことです。全盲なのになぜ? と。
 その理由を聞いて納得しました。文字列を音読するパソコンのソフトを使っておられたのです。

 「とうくん」というソフトは、音読するスピードのコントロールが自在です。Windows用としては、こうした音読ソフトは3種類あるそうです。その中で「とうくん」を使うのは、英語に強いからだとのことでした。
 Macintosh 用にもソフトがあるかと聞くと、仲間に1人もMacintoshユーザーがいないのでわからないそうです。アップルはユニバーサルデザインに早くから取り組んでいるので、きっと読み上げソフトがあることでしょう。ただし、日本語対応があるか、ということになると、今のところは不明です。

 また、私にとっては初見の、驚くべき読書法を見せてもらいました。
 広瀬さんの著書である『さわっておどろく! ―点字・点図がひらく世界』(嶺重 慎氏との共著、岩波ジュニア新書、2012年5月)をスキャンすると、すぐにパソコンの画面に読み取った文字列がテキストとして表示され、しかもそれを読み上げてくれるのです。
 特にその本の中でも、スキャンしてOCR化が難しい小さな文字の年表形式の部分を、次の写真のようにスキャナで読み取ると、パソコンの画面には日本語のテキストとして文字列が表示されます。これをソフトが読み上げるのを目にすると、まさにボランティアによる対面朗読の場にいる気持ちになります。

 こうして、印刷された論文などもスキャンしてパソコンに読み上げさせることで、容易に論文の内容を理解し、読み取ることができるのです。


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 広瀬さんは、学生時代には古文書を立体コピーなどで読もうとしたそうです。しかし、漢字が多い古文書の理解には、手間と時間の無駄が多く、文献の読解は音読してもらうことで解決するようになったようです。そして研究手法も、古文書などの文献を読み解くのではなく、しだいにフィールドワークに移行したそうです。音声による現地調査です。

 そんな話をしているうちに、「触図筆ペン(みつろうペン)」で文字を書くと、浮き上がった文字が確認できることの話題となりました。目の前でテキストを音読する様子を見た後だったので、私の中でこの音読とペンがオーバーラップしてひらめきが生まれました。古写本を筆写する、書写体験が容易にできるようになるのではないか、と。

 例えば、ハーバード大学本『源氏物語』の「須磨」巻の場合、その巻頭部分は昨秋刊行した本では次のような組み版になっています。
 上段に『源氏物語』の写本の影印が、下段に小見出しと翻字が印刷されています。


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 そこで、これを立体コピーした写本の影印を左手でなぞり、それに合わせて下段の文字列をパソコンが読み上げる状況を作ります。そして、右手に「みつろうペン」を持ち、写本の臨書の感じで副本を作るようにして別の紙に書写するのです。
 左手でなぞった文字と、右手で書いた文字が、共に盛り上がっているので、同じように写せたかどうかの確認は容易です。
 文章の理解には遠く及ばない書写行為に留まるものです。しかし、この書写・筆写経験の延長上に、古写本の読解という到達点がいつか見えてくるはずです。

 これについては、広瀬さんの共感も得られました。
 点字でも「点写」といって、点字で書かれた資料や文献を写し取ることがあるそうです。
 左手で左から右へと点字を読み、右手で右から左へと点字を打って、同じものを作っていくのです。左右の手が違う動きをします。しかし、それは慣れの問題なので苦ではないし難しいことでもないようです。
 左右の手で別のことをするゲームがあります。ここでの例は、左右の手が同じものを引き写ししようとするので、確かに目が見えなくても戸惑いも困難さも少ないかもしれません。

 とにかく、目が見えない方が700年前の古写本が読めるようになることで、日本の伝統的な文字による文化の継承や、意思伝達の道具について理解を深めることは可能なのです。新たな文化体験を、広瀬さんが言うところの「見常者」と「触常者」が、一緒になって共有できるのです。

 その第一歩を、こうした写本の書写という能動的な行為を試みることで、ささやかながらも実践的に踏み出したいと思います。
 独力で古写本が読めるところまでには、まだ高いハードルがいくつも屹立しています。しかし、まずは書写という実験を経ることによって、また新たに見えてくる課題にチャレンジしたいと思います。

 とにかく、この件では、広瀬さんのご理解とご協力を得られることになりました。そこで、来月中旬までに、東京の筑波大学附属視覚特別支援学校の先生と生徒さんたちの協力が得られたら、立体コピーと「みつろうペン」を使った実験をやってみよう、ということになりました。


 この件について、新たなチャレンジをしたら、またここに報告いたします。
 ささいなことでも結構です。アドバイスをいただけると幸いです。
 
 
 

2014年8月21日 (木)

京洛逍遥(336)出町柳の割烹料理屋と欅並木

 朝食抜きで京大病院へ自転車を走らせます。
 賀茂の川風はからっとしていて、少しひんやりした秋が感じられました。

 胃ガンの手術後4年目となり、経過観察のためのCT検査を受けました。
 安心して自分の身体を任せられるお医者さんがいる、というのは、楽な気持ちで日々の生活が送れます。

 造影剤を点滴された時、身体が突然熱くなりました。しかし、心配はないとのことです。
 円筒形の輪の中を行ったり来たりして、胸からお腹までの断層写真を撮られました。
 何度か受けている検査です。今日の結果は、来週の診察で主治医から教えてもらえることになります。自覚症状は何もないので、心配はしていません。しかし、目に見えない場所だけに、大丈夫のはずなのだが、と幾分気掛かりではあります。
 何かあっても、早期であればどうにかしてもらえる、という気持ちで次回の診察を受けることにします。

 帰り道、通院途中の出町柳で見かけるお店で食事をしました。
 「割烹・和 点」というお店です。


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 多彩な鱧料理がメニューにありました。楽しめそうです。
 お昼なら、ふらりと入れる、家庭料理のお店です。
 今日は左側の入口から入ったので、次回は右側の入口から入ってみましょう。2度楽しめるお店のようです。

 夕方の散歩では、府立植物園から大通りに出る欅並木を歩きました。
 賀茂川沿いの半木の道と平行して続く、気持ちのいい散策路です。


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 朝夕の風が爽やかになったので、このまま秋になってほしいところです。
 
 
 

2014年8月20日 (水)

銀座探訪(28)書道展へ行ってから帰洛の途に

 18時までに銀座へ行くことになっていました。
 午後の会議が終わると、いくつかの打ち合わせと用事を済ませてから館を飛び出しました。

 運よく立川駅から特別快速電車に乗ることができました。
 三越や松屋がある銀座中央通り沿いの、銀座貿易ビル8階が目指すところです。
 有楽町駅から歩いて6時までに、銀座二丁目にある東京銀座画廊・美術館に辿り着けました。


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 学生時代に書道の稽古でお世話になった吉田佳石先生の先師である続木湖山先生が主宰なさっていた「慶山会書道展」が、今日から5日間にわたり開催されるのです。


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 吉田先生が関わっておられる書道展には、時間が合えば行くようにしています。
 この前は、春の京都白川でありました。
 「京洛逍遥(311)祇園白川の書道展で長唄三味線を聴く」(2014年03月31日)
 秋は銀座であるのです。

 吉田先生は、いつも力強い作品を見せてくださいます。
 今回は、「真玉泥中異」と、草野心平の詩を出品なさっています。
 先生が事務局をなさっていることもあり、初日のお忙しいところなのに、声をかけてくださいました。

 この書道展は、今週末の24日(日)までです。
 二部屋を使っての大作が並んでいます。

 閉場の6時半までじっくりと拝見した後、東京駅八重洲口まで歩いて行き、新幹線で京都へ向かいました。
 明日は京大病院でCT検査があります。

 車中では、高田郁の新刊『天の梯 みをつくし料理帖』を読みふけりました。これが、「みをつくし料理帖」シリーズの第10巻にあたり完結編です。
 読み終わりましたので、近日中に紹介文を掲載します。

 その前に書き残しておくべき他のことがたくさんあるので、いま少しお待ちください。
 
 
 

2014年8月19日 (火)

立川市中央図書館から中野駅前のパブへ

 一仕事を終えてから、立川駅のすぐ北にある立川市中央図書館へ行きました。
 駅前の伊勢丹や高島屋の2階に併設されている通路を通って行くと、そのまま図書館の入り口に至ります。アクセスに非常に便利な図書館です。

 この図書館から過日、平安文学に関する話を今秋の読書週間にしてもらえないか、という依頼が職場の広報窓口にありました。国文学研究資料館の担当者が検討した結果、私が引き受けることになりました。

 図書館の教育部の方とメールをやりとりをする中で、私からは次の2つのテーマを提案しました。

(1)世界各国32言語で読まれている『源氏物語』

(2)『源氏物語』の写本に書かれている文字のおもしろさ

 これに関して、図書館の担当者は(2)の写本を読むことに興味を示されました。

 それを受けて、具体的に話を詰めるため、本日の仕事帰りに図書館に立ち寄り、詳細な打ち合わせをしたのです。

 話は無事にうまくまとまり、早速チラシ作成まで進みました。
 開催日時は、今秋10月26日(日)の午後、会場は立川市中央図書館です。
 詳細な実施内容については、そのチラシができたらここに報告します。

 その後、中野駅北口で出版社「おうふう」の坂倉社長と待ち合わせをし、ブロードウェーの近くで飲むことになりました。ロードウェーは、鉄人28号の盗難者の顔写真を公開するかどうかで物議を醸した「まんだらけ」があるショッピングセンターです。

 坂倉さんがよく来たというパブに入りました。


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 外観はイギリスによくあるパブを彷彿とさせます。こうしたお店は、知らないとなかなか入る機会がありません。落ち着いた店内の雰囲気にすっかりと慣れたこともあり、3時間以上も喋ってしまいました。
 病気のことや、京都のことなど。久し振りだったこともあり、話が止まりません。
 『源氏物語別本集成 続』のことや、3冊目の研究書もまとめないか等々、有り難い誘いも受けました。
 
 サントリーの系列店だったので、私はウィスキー「山崎」の水割りを2杯いただきました。気心の知れた仲間と気儘に飲むのはいいことです。

 明日の会議が終わると、すぐに京都へ移動します。明後日は、京大病院で手術後の経過を確認するためのCT検査があるのです。そして来週から再来週にかけては、断続的に検査の日々が続きます。
 私は自由気儘に、多忙と称する日々を送っています。しかし、主治医の先生は冷静に術後の経過を見守ってくださっているのです。これも、有り難いことです。

 来月から、またいろいろな仕事が襲ってきます。それを無事に遂行するためにも、しばらく身体の点検と調整をさせていただきます。そうしたこともあり、迅速な対応が出来ないかもしれません。ご寛恕のほどを、お願いいたします。
 
 
 

2014年8月18日 (月)

科研の合同研究会で『蜻蛉日記』の発表をする

 朝一番の新幹線で上京しました。

 何かと段取りが悪くて、今日の研究会で私が発表する資料も、シートに蹲りながら、パソコンを駆使して全体の体裁を仕上げる始末でした。

 できあがったレジメを、準備に抜かりのないプロジェクト研究員の阿部さんと淺川さんに、メールに添付して送信ボタンを押しました。ちょうど、新幹線から乗り継いだ中央線の電車が、新宿駅を出た頃でした。研究会開始の3時間前です。いつもギリギリで、申し訳ないことです。

 東京は京都に比べて、風が涼しく感じられました。
 湿度が関西よりも低いからでしょうか。

 今日の研究会は、今西館長の科研のメンバーと私の科研のメンバーが一緒に討議をする形式となっています。初めての顔合わせ、というメンバーもいます。それだけに、質疑応答も活発におこなわれました。また、参加者もいつもの倍に近い人数でした。


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 今回の私の発表は、乱れている『蜻蛉日記』の本文を大掃除することです。
 『蜻蛉日記』は、いい本文に恵まれていません。残されている写本の紙面には、書かれたままの文字を見つめていても、どうしても読解できない意味不明な語句が散見します。

 そこで、以下の要旨のもとに具体例をあげながら、その乱れた本文の読解に対処するための方策を報告しました。
 そして、傍記混入という視点から、私なりの解釈も提案しました。


 『蜻蛉日記』の本文は、江戸時代以降のものしか確認できない。また、本文も乱れたままで伝流している。ここでは、重複して字句や語句が書写されている箇所を中心にして、その本文異同の発生が傍記混入に起因するものであることを確認する。傍記が本行に混入したために解釈できない異文となっていることを確認し、次の本文解釈のための段階への踏み台としたい。

 今回は、『蜻蛉日記』における傍記混入の私見を初めて公表するものです。そのためもあり、検討対象となるすべての用例を資料としてあげました。A4版10枚ものレジメとなりました。
 この資料の中から、今度の国際集会で紹介するのに相応しい用例を数例に絞り込んだ上で、本番のカナダ発表に臨みたいと思います。

 場所が海外なので、参加者は現地の先生や学生さんです。難しいことばや、ややこしい問題は伝えるのが大変です。わかりやすい発表にしなければなりません。あと1ヶ月のうちに、今日の発表内容を練り直し、もっとシンプルな内容でありながら、今後の研究に役立つ成果を盛り込むことにします。

 もっとも、この最後の詰めに手間と時間がかかるものです。
 来月の海外での国際集会が意義深いものとなるように、その前提となる一つ一つの発表の内容や構成についても、もっとよくするために、みんなで検討を加えて行くことにします。
 
 
 

2014年8月17日 (日)

婿殿の家族と一緒に納涼茶会

 京都五山の送り火の人出は、昨年の半分の4万人だったそうです。連日の大雨の影響です。
 また、昨日が最終日だった下鴨納涼古本まつりの会場である糺ノ森では、お昼には膝下まで水につかるという事態になっていたのです。近くに住みながら、そんな局所的な豪雨になっていたとは、朝刊を見るまで知りませんでした。近年稀に見る風雨被害が市内各所で続出していたことが、大々的に報じられています。今日も、北部では夕方にも大雨警報が出ていました。

 そんな異常気象の中、昨日の如意ヶ岳の大文字は、奇跡的に幻想的な送り火が見られたことになります。ご先祖さまへの思いが伝わったのです。

 一転、今日は暑い一日でした。そんな中を、いろいろと身支度をして東大阪へ急ぎました。
 東大阪市民美術センターの中に日本庭園があります。その中にお茶室の「舞風亭」があるのです。そのお茶室で、婿殿のご家族と一緒にお昼をいただきながらの納涼茶会を、娘たちが計画してくれたのです。日ごろは、両家ともに何かと多忙で、なかなかゆっくりとお話をすることもできません。これはいい機会となりました。
 子供たちの粋な計らいです。

 花園ラグビー場は、知る人ぞ知るラグビーのメッカです。この近くの高校に、私は5年間勤務していました。家庭訪問でこの地域は飛び回っていました。しかし、このラグビー場に来るのは初めてです。


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 前方が京都方面、右手は信貴生駒連山です。右の生駒山の山向こうに、20年近くいたのです。

 お茶室へは、この入口から入ります。

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 床には「室閑茶味香」と書かれた軸が掛かっていました。
 一輪挿しと木槿の花は、京都の家から持って来たものです。


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 食事は、婿殿の幼馴染みがやっている日本料理屋さんで、過日も行った「錦」から届けていただきました。真ん中手前にある鱧の湯引きは、私からのリクエストです。


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 お茶は葉蓋のお点前です。
 梶の葉も、京都から持ってきました。
 この時には、建水の中に入っています。


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 途中で娘と代わり、私も何服か点てました。
 喋りながら、聞きながらのお点前なので、楽しい納涼茶会となりました。
 
 
 

2014年8月16日 (土)

京洛逍遥(335)大雨の後の如意ヶ岳を焦がす大文字

 昨日の大雨が今日も一日降り続いていました。
 京都五山の送り火は、雨天決行とはいえ、こうした大雨では気を揉みます。

 19時を過ぎたあたりから小雨となりました。
 家を出たのが19時45分です。雨は上がっていました。
 近所のみなさんが三々五々、賀茂川縁へと歩いて行かれるところでした。
 傘はいりません。

 幸いなことに、比叡山は雲がかかっているのに、送り火のメインとなる如意ヶ岳の大文字の方角はすっきりと見えます。

 いつもの指定席である出雲路橋の南には、もう黒山の人だかりです。
 橋の方を見ると、水嵩が一段と増していて、洪水のようなものすごい水音が響いています。


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 20時ちょうどに、如意ヶ岳に火がぽつぽつと点りました。炎の点が、しだいに「大」の字を形作っていきます。


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 最後に右下に長く線が伸びると、光のショーも最高潮です。

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 周りで見物している人たちは総立ちとなり、夜空に刻まれた「大」の字を見つめておられます。ざわめきというよりも、どよめきに近い状況が背中に感じられます。


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 今年もいいお盆でした。そして、雨上がりの送り火は、いつもにも増して印象的でした。
 火勢はしだいに弱まってきます。


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 消えゆく大文字は郷愁を誘うので、火が消えてしまわない内に帰ることにしました。


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 今年からは、送り火のはしごをする人の事故や混雑緩和のために、五山は20時から点火が始まり、以降はこれまでの10分後が5分遅れに短縮されて点火されるようになりました。


大文字→妙・法→船形→左大文字→鳥居形

 また、最近の研究成果によると、江戸時代から明治初期までの大文字の点火時刻は、今よりも1時間早い、日の入り直後の19時ごろからだったそうです。この新説に関しては、本居宣長の『在京日記』の1756年(宝暦6)7月16日に三条大橋で大文字を見た記録が手掛かりになったのでした。
 京都新聞によると、『大文字古記録の研究』(青木博彦、北斗書房)にその成果が盛られているとあります。

 帰路の出雲路橋からは、幸運にも船形が見えました。


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2014年8月15日 (金)

お盆で庵主さんと語らい河内高安へ墓参に

 今年も養林庵の庵主さんが我が家にお参りに来てくださいました。
 90歳近いお年なのに、いつも元気です。


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 我が家で一番古い道具である木魚が、今年も心地よい音を響かせていました。

 読経の後は、いつものように庵主さんと世間話をします。
 妻の友人の家族で、学生時代に養林庵の離れに下宿していたという人のことを、庵主さんは覚えていらっしゃいました。
 世間は狭いものですね、と話は尽きません。

 今年も、息子がプロ技を発揮してお膳を作りました。
 毎年、これは息子の仕事です。


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 ままごとのような料理ではあっても、味をしっかりとつけた手の込んだお膳です。

 庵主さんを白川疏水通りまで送り、我々はお墓参りに出かけました。『伊勢物語』で有名な、八尾市にある高安の里です。
 お墓の山越しに、子育てをした生駒郡平群町があります。南高安中学校に通っていた頃には、耐寒訓練として信貴山までマラソンをしました。在原業平が通ったという竜田越えの山道があるのです。

 お墓で、私が高安に住んでいた頃にお世話になったご家族に声をかけられました。大きくなったね、と。
 小学6年生の時に大阪市内から高安に引っ越しをして来たので、50年ぶりでしょうか。
 お話をしているうちに、当時を思い出しました。そのお宅の裏にあった離れは、6畳と台所だけという狭い間取りの小屋でした。そこに、親子4人が数年間生活をしたのです。私と姉は6畳に、両親は狭い台所で寝ていました。冷蔵庫は木製で、氷を上段に置くタイプでした。お風呂は、家主さんの家へ毎晩訪ねて行き、お湯を借りていました。

 今も変わらずに建物はあるそうです。お互いの連絡先を交換しました。
 またまた、世間は狭いものだと実感しました。
 こんな出会いがあるのも楽しいものです。そのためにも、元気で長生きをしなければいけません。

 懐かしさから、昨年のお盆の記事を読んでみました。
「お盆の法要の後に河内高安へ墓参」(2013年08月13日)
 同じことの繰り返しのお盆のようでも、その日の時間の濃さが違うことがわかります。

 そうそう、今日も乗り換え駅だった鶴橋駅の高架下にある回転寿司屋さんに行きました。
 今年も海鮮サラダをおいしくいただきました。

 少しの刺激で、いろいろなことを思い出すものです。
 歳を取ったからではなくて、これからは折々に〈思い出す楽しみ〉も、気分転換の一つに加えたいと思います。
 
 
 

2014年8月14日 (木)

オンライン版『海外平安文学研究ジャーナル』の原稿募集

 昨今、日本文学は「日本国内の文学」にとどまらず、「世界の中の文学」として位置づけられる時代となりました。世界中の人々と共に日本文学について考えていくために、現在私が取り組んでいる科研では鋭意情報を収集整理し、その成果は科研のホームページを通して発信し、頻繁に更新しているところです。

 そのような中で、このたび、オンライン版の『海外平安文学研究ジャーナル』を創刊することとなりました。すでにISSN番号(仮2188-8035)を取得し、公開の準備は整いました。ISSN番号とは、「International Standard Serial Number」(国際標準逐次刊行物番号)の略号で、日本では国立国会図書館が番号の登録や管理を行っているものです。

 このオンラインジャーナルでは、平安文学を中心にした以下の内容を掲載します。


〔1〕研究論文
〔2〕小研究(note)
〔3〕研究余滴(column)
〔4〕翻訳実践

 海外で平安文学を研究する方々は、どのような背景や環境のもとに日本文学の研究や翻訳をして来られたのでしょうか。そうした問題意識を持ちながら、翻訳を含めた多言語に対応した平安文学研究の意義や成果等を、世界各国の人々と一緒に考えていきたいと思います。

 発信母体は、科研のホームページ「海外源氏情報」(http://genjiito.org)です。

 こうした企画の趣旨をご理解いただき、下記の原稿募集要項に則った投稿でお力添えくださいますよう、この場を借りてお願いする次第です。

〔付記〕 応募される方は、次の要綱を確認の上、氏名・所属・仮題・簡単な原稿内容・パソコンのメールアドレス等を明記して、8月末日までに予め執筆意向の連絡を【itokaken@gmail.com】まで送付してください。
 
 

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2014年8月13日 (水)

伊藤科研の「海外源氏情報」は順調に更新中

 現在取り組んでいる科研のホームページ「海外源氏情報」は、本年3月の公開後も順調に更新を続けています。

 さまざまな情報の新規公開やデータ更新が多岐にわたるようになりましたので、以下に現時点での情報群を整理しておきます。

 なお、本ホームページにおける情報収集、整理、発信、更新は、本科研の技術補佐員である加々良惠子さんが担当しています。バラエティに富んだ情報が発信されているのは、加々良さんが文学研究ではなくて情報処理の視点でまとめていることに起因するといえます。
 総合的に科研のテーマの舵取りを担当するプロジェクト研究員の淺川槙子さんと共に、頼もしい2頭馬車体制がこのホームページを支えています。
 今後の情報発信を、多いに期待してください。

 現在、平安文学関連のグロッサリー構築については、研究分担者である海野圭介先生がとりまとめ役として情報を収集中です。
 また、文学研究用のツールとしてのプログラム群も、研究分担者である野本忠司先生が開発中です。
 これらについては、今年度末までには、一定の成果を報告できると思います。

 このような情報群や研究用ツールを、というご要望がありましたら、遠慮なく本ホームページの「メールフォーム」を利用してお寄せください。
 新たな文学研究に資する情報と小道具の整理・開発にも、積極的に取り組んでいくつもりです。そのためにも、さまざまな角度からのアイデアがいただけることを待ち望んでいます。
 
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■トップページ■
「海外源氏情報」(科研メイン HP)
 左サイドメニューに表示している更新情報で、最新情報を確認できるようになっています。また、中央下に「翻訳史&論文データベース」を置きました。予定している6種類の内、4本の公開を果たし更新中です。
 
 
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 海外との情報交換に関わる記事を折々に取り上げています。これまで掲載した記事を一覧できます。
 
 
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「研究について」
 本科研の目的・意義・概要・計画・組織などに関して、日本学術振興会に提出した申請書類をもとにして公表しています。
 
 
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「海外平安文学研究ジャーナル」

 本科研の研究成果を発表する電子ジャーナルです。原稿の募集については、明日その要項を公表する予定です。
 
 
■研究成果■
「研究会報告一覧」

 本科研で実施した研究会の報告です。
 
 
■研究成果■
「研究報告書一覧」

 好評をいただいている『日本古典文学翻訳事典1<英語改訂編>』をダウンロードできるセクションです。パスワードの申請が必要です。
 
 
■源氏物語情報■
「『源氏物語』翻訳史年表」

 32種類の言語で『源氏物語』が翻訳されてきた、それぞれの言語の歴史が一覧できます。絞り込み検索もできます。
 
 
■源氏物語情報■
「翻訳版『源氏物語』論文DB」

 日本古典文学の翻訳に関する論文リストです。現在、2編の論文がダウンロードできます。これは、パスワードの申請が必要です。
 
 
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「海外『源氏物語』論文」

 世界各国で発表された『源氏物語』についての研究論文のリストです。刊行済みの『海外における日本文学研究論文1+2』をベースに、随時最新のものを追加しています。現在、123編の一覧の内21編の論文がダウンロードできます。パスワードの申請が必要です。
 
 
■源氏物語情報■
「『源氏物語』原本データベース」

 『源氏物語』写本の画像を閲覧できるサイトのリンク集です。
 
 
■平安文学情報■
「平安文学翻訳史」

 昨日公開した、最も新しいセクションです。これまでに調査収集してきた翻訳情報の内、平安文学文学に関するものだけを集積したリストです。現在、569件の情報を公開しています。絞り込み検索もできるようになっています。
 
 
■平安文学情報■
「平安文学関連Webサイト(1)」

 各種リンク集(1)です。ここでは、以下の種別のサイトを紹介しています。

 「研究機関・国のサービス」(現在18サイト)
 「博物館・美術館」(現在25サイト)
 「国公立機関の附属図書館・大学図書館」(現在40サイト)
 「学会・大学のゼミ・教育関係者や個人研究者のサイト」(現在34サイト)
 
 
■平安文学情報■
「平安文学関連Webサイト(2)」

 各種リンク集(2)です。ここでは、以下の種別のサイトを紹介しています。

 「神社・寺院、地方自治体、保存会ほか」(現在29サイト)
 「翻訳」(現在1サイト)
 「有識者、私的研究・データベースなど」(現在27サイト)
 
 
■平安文学情報■
「平安文学関連Webサイト(3)」

 各種リンク集(3)です。ここでは、以下の種別のサイトを紹介しています。
  このリンク集(3)は、特におもしろいサイトを拾い上げているとして好評です。

 「受容」(現在47サイト)
 
 
■海外・平安文学資料■
「グロッサリー資料一覧」

 今年度より取り組むテーマです。現在は1件だけしか情報がありません。
 これから資料を公開していくセクションです。

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2014年8月12日 (火)

京洛逍遥(334)第27回-2014-下鴨納涼古本まつり

 毎年8月のお盆の頃は、下鴨神社の糺の森を80万冊の古書が占拠します。
 流鏑馬神事で有名な、河合神社横の馬場一帯に、テントや本棚が所狭しと並びます。
 目が休まる暇もありません。


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 受け付けでいただいた団扇を煽ぎ煽ぎ、太古の風を身体に受けながら古書を物色するのは楽しいものです。


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 京都の三大古本まつりは、5月の「春の古書大即売会」(京都市勧業館)、この8月の「下鴨納涼古本まつり」(下鴨神社糺の森)、10月の「秋の古本まつり」(百萬遍知恩寺)です。いずれも居並ぶ本の背表紙を見ながら歩き回るのは壮観です。

 今年の「下鴨納涼古本まつり」は、昨日11日(月)から始まるはずでした。しかし、台風のために今日12日(火)が初日となりました。何かと所用で来られなかった私にとっては好都合です。

 一日ですべてのお店を巡回するのは不可能です。そこで、まずは下鴨神社の本殿に向かって左側のお店を物色することにしました。
 すると、2軒目で夏目漱石の『心』の復刻版を千円で見つけました。これは、私が最近探していた本です。
 この4月から『心』が、朝日新聞に連載されています。そのため、最初に刊行された時の本を探しています。それは復刻本でも構わないのです。作品の本文が当時のままで確認できたらいいのですから。

 しかし、糺の森に足を踏み入れてすぐだったので、同じ本が先にまたあるだろうし、いつも500円位を目処にして本をさがしているので、取り敢えずはパスして北上して行きました。
 もっとも、この判断は迂闊でした。帰りにまた立ち寄ったところ、この『心』の姿は消えていました。他の店にもあるだろうと思い、スタートし始めたばかりだったために遅れを取ってしまいました。この判断は難しところです。

 するとすぐに、松本清張全集の端本を見つけました。しかも、今一番必要としている「半生の記」や「父系の指」が収録されている巻です。一冊300円だったので短編を集めた4冊をいただきました。第38巻(短編4)は見つかりませんでした。それでも、これは大収穫です。


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 初日は、特にほしい本がたくさん出ています。しかし、古い家に住んでいると、本の重さで床が沈むことが気になるので、つい買い控えをしてしまいます。特に、ハードカバーの本は買わないことにしています。
 それでも、こうして明確な目的がある本は、読み終わってから廃棄することを自分に言い聞かせて、つい買ってしまうのです。

 いやはや。罪作りな古本市です。しかし、本を物色するというこの楽しみは格別です。
 今年は、いつもに増して若い人が目立ちました。書店の棚には置かれていない本がたくさんあるので、これはいいことです。本との出会いには喜びがあります。探している本が、本当においでおいでをしていることを実感します。

 送り火がすぐ目と鼻の先の如意ヶ岳に灯される16日(土)まで開催されているので、もう一度ぶらぶらと来るつもりです。
 
 
 

2014年8月11日 (月)

国文研で2つの科研の合同研究会を開催します

 台風一過、残暑厳しき日々を覚悟のお盆明けとなりそうです。
 そのような中ではありますが、8月18日(月)の午後から、国文学研究資料館で今西科研(A)と伊藤科研(A)の合同研究会を開催します。

 これは、9月下旬にカナダのブリティッシュ・コロンビア大学で国際日本文学研究集会を開催するにあたり、日本側から参加する者が中心となって模擬発表を行うものです。海外の方々にわかりやすい発表をすることを目標として、みんなで意見交換をすることになります。

 後掲の研究テーマに興味と関心をお持ちの方は、科研のメンバー以外の方でも構いませんのでお気軽にご参加ください。資料の準備の都合がありますので、予め連絡をお願いいたします。

 なお、今西科研と伊藤科研のテーマは、以下の通りとなっています。


【今西科研】
「日本古典籍における【表記情報学】の基盤構築に関する研究」
 
【伊藤科研】
「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」

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■日時:2014年8月18日(月)13:30〜18:30
■場所:国文学研究資料館 第1会議室(2F)
■第1部:「漢字と仮名の表記情報学」
13:30 ご挨拶、今西科研 科研趣旨説明(今西祐一郎)
13:40 発表及び質疑応答 海野圭介
    「書の秘伝:入木道伝書に見る文字表記の理念」
14:20 発表及び質疑応答 伊藤鉄也
    「『蜻蛉日記』の表記情報」
15:00 休憩
15:20 発表及び質疑応答 上野英子
    「伊勢物語と【表記情報学】―「伊勢物語歌絵」を軸に―」
 
■第2部:「翻訳からみた平安文学」
16:00 伊藤科研 科研趣旨説明(伊藤鉄也)
16:10 発表及び質疑応答 川内有子
    「1955年のサイデンステッカー訳蜻蛉日記について」
16:50 休憩
17:10 発表及び質疑応答 緑川眞知子
    「小説として読まれた英訳源氏物語」
17:50 連絡・報告
18:00 終了・その後、立川駅前で懇親会
 
==========
 
 
 

2014年8月10日 (日)

清張全集復読(3)松本清張の家系の謎『白い系譜』(3)

 白根正寿著『白い系譜』(備北新聞社、昭和51年3月)に関して、作品を読んでの個人的なメモを残しておきます。

 こんな会話で「序の章」が始まります。
 私が育った出雲地方でも使っていた方言であるズウズウ弁です。


「やっぱぇなあ……」
「あげだぜぇ。……なんぼ、畠山さんでもねゃ……なんの屈託もないのに、……嫁と姑ということなって見るとねゃ」
「そげだわねゃ、このことばかりは……」
「ほんに優しい、いい若御寮さんだったに」

 鳥取県の日野川源流に近い矢戸の村での話です。
 明治3年の早春。地主階級で豪農の畠山家当主である誠一郎(31歳)のもとへ、福成村の庄屋である前原家の美津(16歳)が嫁入りします。婚礼の日、畠山家の門で一悶着あったことが、その後の展開を暗示します。

 姑のてるは、〈尼将軍〉とか〈鬼よりこわい〉と言われる女傑なのです。
 優しい誠一郎と鬼の姑に挟まれ、誠心誠意尽くす中で苦悩する美津が、鋭い筆鋒でみごとに描き出されていきます。作者の筆力には、並々ならぬ切れ味を感じさせます。
 美津の夫である誠一郎の性状については、儒学の影響が色濃く認められます。親への優しすぎることなどで、作者はそれを強調しています。

 お茶の話が出てきました。美津は母から裏千家の手ほどきを受けたのに対して、姑のてるは松江を中心とした松平公の不昧流(53頁下)。当時の福成には、茶道の先生はいなかったようです。
 また、ホオズキで堕胎することは、どこから仕入れた知識なのでしょうか。村に言い伝えでもあるのでしょうか。二条流とは違うようです。(68頁上)

 美津の婚家出奔のくだりには、息をも吐かせぬ緊迫感と臨場感があります。
 美津を追い出すことに成功した姑のてると小姑のお百は、自分たちが仕組んだその後の結婚話に誠一郎が乗ってこないので、おもしろからず振る舞います。
 誠一郎は、明治5年の学制発布のために上京し、教部省(文部省)に入ることになったのです。この思惑が外れて行き違うところが、軽妙に語られます。
 それに比して、誠一郎と美津との相思相愛ぶりは、ドラマ仕立てで展開します。

 立身出世と純愛話に加えて、その背後に陰謀が空回りしながら物語は進展するのです。美津の懐妊についても、姑は我知らずと滑稽に描かれています。

 やがて生まれた勝太郎は、炭焚きの米十に里子に出されます。しかも、産みの親が知らないうちに。このあたりから、清張の父の匂いが行間に滲み出します。

 畠山家を出奔した美津は、姑と小姑が亡くなった後、再度畠山家に入ります。ただし、里子に出された第一子とは会えぬままに……。
 これは、一種の純愛物語です。嫁とは、母とは、という問いかけを、きわめて具体的に読者に突きつけてきます。

 後半では、奥出雲の風物であるタタラの文化についても、しっかりと書かれています。
 さらに、明治5年の学制発布という、教育制度が地方に展開する舞台裏などが詳しく描かれているのも、本作の特徴です。作者が積極的に教育に携わっていたからこそ、こうしたことをしっかりと調査して取り込んでいるのです。

 勝太郎は、矢戸一番の人物として故郷に錦を飾ることを夢見ていました。そのことを息子に語りながらも、果たせないままで亡くなります。知られている清張の父そのままです。
 美津は、昭和7年に81歳で亡くなりました。

 本作は、清張の祖母として登場する美津を中心として、日南町矢戸を舞台にして語られる物語です。
 フィクションとは思えない、極めて具体的な設定がなされています。事実とどう折り合いがつけられているのか、語られる1つ1つの根拠が知りたくなります。
 松本清張の父が里子に出された前後については、この話がどこまで事実を踏まえているのか。それが克明な描写に支えられているからこそ、作者はどのようにしてこうしたネタを自在に操れたのか、知りたくなりました。

 本作に描かれている虚実の揺れを、これから調べて読み解きたいと思っています。
 
 
 

2014年8月 9日 (土)

清張全集復読(2)松本清張の家系の謎『白い系譜』(2)

 白根正寿著『白い系譜』(備北新聞社、昭和51年3月)で語られている話を整理しておきます。

 まず、登場人物です。

 清張の生年月日は1909年(明治42年)12月21日とされています。しかし、それは九州小倉市で出生届を提出した公式書類上の日であり、実際には1909年2月12日に広島市で生まれた、ということが正しいかと思われます。

 本書『白い系譜』の最後では、実際の松本清張を匂わせる形で、名前を「成春」として生年月日は明治42年12月21日としています。公式な記録の日時に合わせたのでしょうか。
 名前についても、ペンネームの「せいちょう」ではなく、本名の「きよはる」と合成した「なりはる」になっています。

 参考までに、本書の巻末部の当該部分を引用しておきます。


 やがて勝太郎夫妻は一男児を挙げた。明治四十二年十二月二十一日であった。
 成春と名づけられた。成春は、かつて古舘源八が予言したとおり、誠一郎、美津からは一代おいてだったが、この系統から現われた偉材で、後年文壇の巨匠となって縦横の活躍をするのだが、それはここには語るまい。(250頁上段)

 さて、本書に登場する人物について整理しておきます。
 まず、流布する情報として、ネットに公開されている系図を引きます。
 
 
              松本米吉(鳥取県米子市)
                 ↑(養子)    
      田中雄三郎 ┏━━峯太郎(→広島県広島市)    
 (鳥取県日南町)┃  ┃   ┃
         ┣━━┫   ┣━━━━━━━清張
         ┃  ┃  タニ
        とよ  ┃
            ┗━━嘉三郎(→東京都杉並区荻窪) 
                ┃
               りう
   (ウィキペディア「松本清張」の「家系」の項目より)
 
 
 これに倣って本書の人物関係を系図にすると、次のようになります。
 ただし、これは初読によるメモであり、さらに正確にする必要があります。今は、不正確なままであることを承知の上で参考のために掲載します。
 
 
てる(大御寮33歳で    松下米十(炭焼、M8に伯耆淀江で魚屋
  ┃ 未亡人) 園枝(2人目の嫁  ↑ その後9歳で備後東城)
  ┣━━お百  ┃  大御寮の姪) ↑
  ┣━誠一郎(M3美津と結婚31歳)  ↑(里子)
矢戸の豪農    ┃         ↑
 畠山助左衛門  ┃  ┏━━勝太郎(M4.8.15生、後に松下姓)    
         ┃  ┃  ┃(流浪:西城→庄原→三次→広島)
福成村の庄屋   ┣━━┫  ┃
 前原太郎右衛門 ┃  ┃  ┣━成春(M4.8.15生)
  ┣━━━━━━美津 ┃  ┃
  ┃  (M3結婚16歳 ┃  妻(広島)
  ┃ 4人目の若御寮) ┃             
 久子         ┗━━慶次郎(次男 M9.2.18生) 
            [※2014年08月09日(土)現在の試作版]
 
 
 

2014年8月 8日 (金)

松本清張全集復読(1)松本清張の家系の謎『白い系譜』(1)

 白根正寿著『白い系譜』(2段組252頁、備北新聞社、昭和51年3月)を読みました。
 この本を読まれた方が他にいらっしゃいましたら、ぜひとも連絡をいただきたいと願っています。

 非売品である本書の発掘は、鳥取県日野郡日南町の浅川三郎氏の精力的な探索があっての賜物です。


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 国立情報学研究所(NII)の「Webcat Plus」で調べると、本書について以下のことがわかりました。


人物名ヨミ シラネ マサヒサ
人物別名 白根正寿
生年 1907年
没年 1999年

本の一覧
タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
白い系譜 白根正寿 著 立花書院 2000.4
山村の農業経営 白根正寿 著 富民社 1954
 
 
タイトル 白い系譜
著者 白根正寿 著
著者標目 白根, 正寿, 1907-1999
出版地 米子
出版社 立花書院
出版年 2000
大きさ、容量等 319p ; 19cm
価格 非売品

 白根氏には、『山村の農業経営』という著書もあるようです。

 今回、浅川氏が手配してくださった『白い系譜』を、幸運にも実際に手にして読むことができました。

 この本の奥付けは、次のようになっています。


昭和51年3月1日発行
著者 白根正寿
発行所 岡山県新見市 備北新聞社
発売元 新見市 市民会館内
    備北文学会

 発行日は「昭和51年(1976年)3月」です。
 上記「Webcat Plus」の書誌では、「平成12年(2000年)4月」でした。
 この24年の間隔は、何に起因するものなのでしょうか。
 また、発行所も発売元も「立花書院」と「備北新聞社(備北文学会)」と異なります。

 こうしたことは、今後の調査として保留にしておきます。
 なお、9月にさらなる調査のために現地を訪問する計画を立案中です。
 わかりしだいに、順次報告します。

 また、「東寺百合文書WEB」の中に、次の論文がありました。


白根正寿 “たまがき”について 『新見庄 生きている中世』備北民報社 1983 荘園史 新見荘(備中国)

 白根氏は学校の教員をなさっていたと仄聞しています。これは、その成果の一端なのでしょうか。

 「レファレンス協同データベース 9月1日」(情報の発信母体は不明)の中に、この白根氏の論文について更なる情報がみつかりました。
 これは、次のような説明の元に紹介されているものです。


たまかきの生涯について知りたい(岡山県立図書館)

 新見市は今年度から「新見庄愛の書状大賞」と銘打った手紙文コンテストを実施した。これは同市が地域活性化を企図して平成二年度から行っている「ロマンの里づくり事業」の一環で、新見庄の「たまかき」の書状にちなんで行われたイベントである。
 ここで、たまかきについて簡単に紹介しておこう。彼女は、京都の教王護国寺(東寺)領の新見庄の荘官で、惣追捕使の福本刑部丞盛吉の妹といわれるが、生没年に関しては不明である。東寺から派遣された直務代官として僧祐清が新見に着任したのが寛正三(1462)年のことである。たまかきは祐清の身辺の世話をする事になり、その時 心を通じ合ったと思われる。しかし、年貢の取り立てを厳しく行っていた祐清は、翌年七月に年貢未納の名主の一人を追放したことを機に、庄民によって斬殺される。葬儀の後、たまかきが東寺に向けて祐清の遺品を求めた手紙が「たまかき書状」で、中世農村女性の自筆書状として全国にも希有なものとされている。
 たまかきに関する直接的な史料は「東寺百合文書」(京都府立総合資料館蔵)の中のこの書状と、「祐清注進状」程度の限られたものである。ここでたまかき及び祐清殺害 に触れる郷土の文献を幾つか紹介すると、
(中略)
(4)『新見庄 生きている中世』(昭58・備北民報社)、(中略)(4)の中に収められている白根正寿氏の「”たまがき”について」という論文では、一枚の書状という限られた史料の中から、たまかきの亡き祐清に対する慕情等を推察も加えつつ執筆されている。(http://www.ai-21.net/news/pm/new_data719.html)

 白根氏は、収集した情報を想像力を逞しくして、可能な限り再構成するのが得意だったようです。これは、『白い系譜』の創作についても言えそうです。

 前置きが長くなりました。とにかく、松本清張が終生こだわった自分の不可思議な家系について、その実態と思われる秘話が、『白い系譜』では小説という形を借りて実話風に語られています。
 この『白い系譜』という作品は、さらに詳しく検討する価値の高いものだと思われます。ただし、そうした資料的なことは今は措き、次回はこの小説の内容を確認したいと思います。(つづく)
 
 
 

2014年8月 7日 (木)

転居(8)「源氏物語余情」1996年8月分

 「転居(7)」を受けての、〈旧・源氏物語電子資料館〉の記事「源氏物語余情」の引っ越しです。

 今回は、1996年8月分です。
 今から18年前の『源氏物語』に関する情報を、ここに記録として留めておきます。

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◎(34)96.8.3 『源氏物語 上・下巻』(総監修/秋山虔・監修/小山利彦、1996.8、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ、各6000円)が発売されました。私なりの感想を以下に記します。
 『源氏物語』がマルチメディアに対応したCD-ROMの形式で市販され、楽しく・気軽に享受されることが可能となったことは、研究史上とにかく画期的なことです。まだまだスライドショー的なものではありますが、それはパソコンの現在の能力と、媒体としてのCD-ROMというものの限界を考えれば、致し方ないところでしょう。出版文化の次の世代を担うものとして、今後の進展を大いに期待させてくれます。
 マルチメディアタイトルを作成するソフトである〈Director〉(本壁新聞(28)で紹介)を活用した、大変な力作となっています。制作に携わった方々のご苦労が随所に感じられると共に、今回のノウハウが次の作品にどのように発展するのかも楽しみです。
 この『源氏物語』は、とにかく盛りだくさんの内容です。メニューの項目をあげましょう。
 上巻〈源氏物語五十四帖〉〈源氏物語名文集〉〈平安貴族の生活〉〈六条院探訪〉〈源氏物語絵巻〉〈源氏物語事典〉
 下巻〈源氏物語五十四帖〉〈源氏物語名文集〉〈宮廷行事〉〈紫式部の紹介〉〈ゆかりの地めぐり〉〈源氏物語絵巻〉〈源氏物語事典〉
 上下で重複する項目は、上巻が第1巻「桐壷」から第33巻「藤裏葉」までを、下巻が第34巻「若菜上」から第54巻「夢浮橋」までを扱っています。
 私が一番お薦めするのは、〈六条院探訪〉です。コンピュータグラフィックを駆使して作成した六条院の中を、そろそろと歩けるのです。バーチャルリアルティの一端を体験できます。古典文学作品の中に自分を投入できるというこの感動は、作品を読む行為に多大な影響を及ぼすことでしょう。まったく新しい、古典文学の享受方法の出現です。古典が身近になることでしょう。
 もっとも、あまりスムーズに操作ができず、私などはイライラしました。現代人の感覚で六条院の中を歩いてはいけない、ということでしょうか。
 『HybridCD-ROM ローム君の「京都博物日記」サウンドスケープリポート編』(1995.3、ローム株式会社)というのをご存じですか。ローム株式会社が無料で配布しているCD-ROMです。この中に、「鴬張り廊下」というものがあり、二条城の中を歩けるようになっています。実写ビデオを使ったもので、素晴らしい出来上がりです。これを知っている方は、今回の『源氏物語』の六条院を見て、少しガッカリされるかもしれません。
 しかし、物語世界を再現するのですから、その完成度は今しばらく措きましょう。とにかく、第一歩を踏み出したのです。
 〈以下、続く〉
 
◎(35)96.8.3 CD-ROM版『源氏物語』について(承前)
 このCD-ROMは、たくさんの美しい写真が次々と画面に表示されます。楽しみながら画集の頁をめくっていくと、スピーカーから朗読やバックグランドミュージックを聞くことができます。マウスをクリックするだけで、あの『源氏物語』の世界に浸れるのです。
 大変よくできたCD-ROMであることを認めた上で、以下では、今後のよりよいCDにするための私見を、いくつか列挙してみます。

・写真が多用されていますが、それぞれに短い説明文(キャプション)を添えると、もっと思いやりのある仕上がりになったのではないでしょうか。

・盛りだくさんの情報の提示の仕方が、その苦労が推察できる割には単調でした。制作者の気持ちになって好意的に見たはずの私でも、正直言って飽きました。マルチメディア的な仕上がりですが、マルチメディアらしくない感じを漂わせているのは、スライドショーの域を抜け出せなかったからかもしれません。

・声による解説(ナレーション)は、落ちついていて格調の高さを感じますが、あまりにもNHKのテレビ講座調になりすぎたようです。若手の明るい声の方が、古典を現代に再生する場合に有効だと思いました。

・終始、マウスを持つ私は、鑑賞者の一人でしかありませんでした。一つのマルチメディアタイトルとしての作品を、ありがたく見せていただく、という利用形態が想定されています。六条院は、唯一自分の意志で方向を指示できますが、それも直線的でおきまりのコースを歩かされている、という感を拭い切れません。視聴者参加番組ではないですが、もっと利用者が足跡を残せたら、自分用のファイルを作って記録などを記せたら、このソフトの性格はさらにワンランクアップしたことでしょう。具体的には、栞機能やメモ用紙の用意などです。

・ヒューマンインターフェースの部分が欠落しています。上記の栞やメモ以外にも、ボリュームボタンを付けてほしいし、ディスプレイの背景を隠すことによって、もっとすっきりした画面で集中できるような配慮も大切だと思います。また、解説文が、薄い色彩をバックにした白抜き文字になっています。これは、非常に読み取りにくいし、目に疲労を感じます。色のバランスに一工夫をお願いしたいところです。

・「個人が育てて行けるデータベース」というのが、私のデータベースについての持論です。その意味からは、このCD-ROM版『源氏物語』は、見せることに徹した従来の出版をデジタル化しただけかもしれません。学習便覧の域を乗り越えて、更なる展開を期待したいと思います。

・英語表示のモードは、異文化を理解しようとする人には重宝するものだと思います。ただし、私のホームページがそうですが、『源氏物語』に興味を持つ海外の方の多くは、すくなからず日本語を理解できる人です。また、第二外国語としての英語を通して、日本文化を理解しようとする人も多いのです。そうした現況を思うと、英語モードでも、画面の下部に英文を表示する必要性は高いと思います。クローズドキャプション方式です。世界中のハンディキャップ・ユーザーへの配慮も、ここですべきことかもしれません。また、日本語と英語の切り替えを、いちいちメインメニューに戻らなくても出来るようにしてほしいものです。英文字が小さくて読みにくいし、英語のナレーションももう少しゆっくりしないと、馴染みのない言葉の連続なので、説明についていくのが大変なのです。英語モードは、ネイティブスピーカーだけが利用するものではないのですから。

・〈源氏物語名文集〉は、巻物仕立てのレイアウト上に各巻の原文を抄出したものとなっています。しかし、この巻物を利用したために、画面展開がおかしくなっています。本来、巻物は右から左へと進んでいきます。ところが、このCDでは、画面表示が巻物の進行方向とは逆に、各巻の内容が表示されていきます。ボタンである矢印アイコンの位置もややこしいところにあります。矢印方向へ引っ張るボタンのように思われますが、画面展開は予想を裏切ります。実は、ある図書館の画像データベースで、絵巻物を扱ったものがありました。小さな画像(サムネイル)が左から右へ、上から下へと展開しているのですが、中身は右から左へと展開する絵巻物なので、利用者が自分の頭の中でイメージを再構築するのが大変です。日本古来のものとコンピュータ文化の違いなのでしょうか。縦書きと横書きの問題に通じるもののように思います。

・同じことは、源氏物語年立の画面展開でも感じました。ボタンである矢印アイコンは左右の形なのに、実際の画面は上下にスクロールしていく形式でデータが表示されます。右矢印を押すと、データは上から下へ表示されるのです。こうしたことは、系図の表示にもありました。表示する系図の巻の進行順序は、左から右へとなっています。利用者が混乱しかねないので、このあたりは統一した巻の追い方にしてほしいところです。

・動画像が少ないと感じました。監修者である小山利彦先生は、膨大な量の年中行事や祭礼のビデオ映像をお持ちです。今回、そのいくつかが収録されていますが、この映像が本CD-ROMの最大の特色となるものだったように思っています。諸権利の問題もあろうかと推察しています。しかし、ぜひ続刊では、我々の『源氏物語』理解を深める上で有効な映像を、それこそふんだんに流していただきたいものです。

 雑多なことを書き連ねてしまいました。監修者および制作スタッフの方々への非礼は、ご寛恕のほどをおねがいします。不備の指摘とは受け取らないでください。あくまでも、発展途上のこの分野がさらに順調に多大の成果を残していくことを願い、今後の課題や要望をまとめてみました。制作者の苦労は、次の作品に継承されます。私の的外れな異見も多々あるかもしれませんが、そこは大目に見てください。
 
◎(36)96.8.4 『第1回 シンポジウム コンピュータ国文学 講演集』(国文学研究資料館、平成8年7月31日)が発行されました。
 本壁新聞(6)で紹介した昨年10月6日のシンポジウムの内容が活字になっています。〈源氏物語電子資料館〉をたたき台にしての、国文学研究とインターネットの問題が討論されたものです。
 司会を担当した私が言うのも何ですが、いろいろな問題点を提示できたシンポジウムだったと思います。
 なお、第2回目の本年は、10月17日(木)・18日(金)の二日間、東京タワー下の機械振興会館で行われます。
 
◎(37)96.8.15 第6回紫式部文学賞は、田中澄江氏の『夫の始末』に決まりました(朝日新聞96.8.15)。
 昨年度は、吉本ばなな氏の『アムリタ』でした。
 この文学賞は、京都府宇治市が女性作家に贈られるものです。


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2014年8月 6日 (水)

大津直子さんの『源氏物語の淵源』が関根賞を受賞

 本日、関根賞運営委員会事務局より、第二次「関根賞」第九回(通算二十一回)の受賞作に大津直子さんの『源氏物語の淵源』(おうふう、2013年2月25日)が選定された、という連絡をいただきました。


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 大津さんとは、折々に言葉を交わすことがあります。よく勉強をしています。ただし、研究テーマがずれているので、直接の交流はあまりありません。

 そうした中でのこの朗報は、後輩ということだけではなくて、評価をされて成長しつつある若手研究者ということから、非常にうれしいものです。

 なお、今回の関根賞の受賞作となった研究書については、以下の記事で紹介かたがた、個人的な要望などを書きました。

「大津直子著『源氏物語の淵源』(おうふう)」(2013年02月25日)

 最近も、谷崎潤一郎の『源氏物語』の現代語訳のことで、彼女の研究発表を聴きにいきました。

 「出版法制史研究会の例会に参加して」(2014年7月 5日)

 私が本ブログで紹介した研究書は、さまざまな賞を受賞するということで話題にしていただいています。身近なところに優秀な研究者がいたから、ということに尽きます。文学賞の受賞は、多分に偶然が絡むものです。とはいうものの、自分が取り上げた研究成果が受賞に値するものだったということは、著者のますますの活躍が期待できるので本当に嬉しいものです。

 大津さんのますますの活躍を楽しみにしています。
 
 
 

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2014年8月 5日 (火)

京都府立盲学校の資料室(その2)

 京都府立盲学校の資料室で、岸博実先生から教えていただいたことのあらましを、忘れないうちにメモとして残しておきます。

 点字以外の文字や図形では、線の太い細いや曲がることによって、それらがノイズとして感じられるものである、という問題点を教えていただきました。
 目が見えない方にとって、今触っている1文字だけを認識することに集中することが大事です。つまり、ノイズは余計な情報として認識を混乱させ、後に続く文字を考慮に入れて理解することもできません。

 変体仮名で「あ」と発音する文字には、「安」「阿」「愛」「亞」「悪」と、いくつもあります。これらはさまざまな崩し方をし、その変形パターンの多さとともに、次の文字に線がつながったりもします。
 こうしたことから、書かれている文字を類推して理解する上で、文字の多様性が高いハードルとして立ち塞がります。

 書くと浮き出るシートなどを使って、書道に近い筆文字の体験を導入すると、あるいはこうした点をクリアできるかもしれません。
 実際に、そうした毛筆で墨文字を書く練習ができる教育用文具が残されていました。「墨斗管/指頭筆」と書かれた木箱に入っていたものを、岸先生が実際に指に付けて、使い方を教えてくださいました。


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 これは、現在も形を変えてほぼ同じ機能のものが墨運堂から発売されています。これも、岸先生が実際にネットで購入なさったものを指につけてみせてくださいました。


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 こうした文具のあらたな活用方法を導入すると、意外な展開が期待できるかもしれません。
 まさに、明治10年代の時代感覚で考えてみた方が解決への近道となるのかもしれません。

 岸先生は、この道具については、『点字ジャーナル』(東京ヘレン・ケラー協会点字出版所、2012年6月号、第43巻6号、通巻第505号)に次の文章を記しておられます。

「(15)墨斗筆管」

 京都府立盲学校の資料室には、明治9年11月に伊藤庄平という個人が出版した『盲学凸文字習書』(表紙に朱で打ち付け書き、「定価二円六十銭の朱印」)という本がありました。
 この本の背には、次の文字列が金箔で打刻されていました。


 『版権/免許 明治/九年/十一/月廿/九日 伊藤庄平製造 盲目/児童 凸文字習書 前編 一』

 この本は、後編および第2巻があったようです。
 その中身は、21枚の厚めの紙の奇数頁に、凸文字が浮き出ています。
 ただし、左から右への横書きです。内容は、次のようになっています。
 
■草仮名2枚
 「いろはにほへと(1頁4段中の2段目の1行分)」
  4段目の「よたれそつねな」の「そ」は「曽」の変体仮名。


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  2枚目の1段目「らむうゐのおく」の「お」は「於」の変体仮名
  2枚目の2段目「やまけふこえて」の「え」は「江」の変体仮名
  2枚目の最後となる4段目右側には「ん」の右に「こと」がある。
  この「こと」がここに取り上げられた理由は今は不明です。


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■カタカナ1枚
 「アイウエオカキクケコ(1頁5段中1段目の1行分)」
  3枚目はカタカナです。5文字毎に縦に罫線が入っています。
  や行の2文字目は「イ」がひっくり返った文字です。
  また、4文字目は「エ」の第一画が「ノ」の形をしています。


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  さらに、わ行の3文字目は「于」という文字が掲載されています。

■数字1枚。漢数字の「〇」から「億」まで。

■喉音呼法1枚。(省略)

■濁音1枚。(省略)

■半濁音1枚。(かなの右肩には「´」と「◦」が付いています)

■算用数字1枚。(「0」から「10」まで)

■羅馬数字1枚。(「Ⅰ」に始まり「Ⅻ」の次は「L」「D」「M」)

■乗算九九5枚。(「一一一」で始まり最後は「九九八十一」)

■加算九九7枚。(「一一二」で始まり最後は「九九十八」)
 
 かな文字や数字に加えて、伊藤庄平は足し算や九九の一覧表も加えています。苦心と工夫の跡が随所に見られる、興味深い資料です。

 本書については、岸博実先生が「盲目児童凸文字習書」と題して『点字ジャーナル』(東京ヘレン・ケラー協会点字出版所、2011年8月号、第42巻8号、通巻第495号)に紹介しておられます。ここでもおっしゃっているように、本書が刊行された明治9年11月は、京都盲唖院も楽善会訓盲院も存在しない時なのです。
 岸先生が引用されている、伊藤庄平が内務省の大久保利通に宛てて提出した申請書と、それを許可したことを示す複数の書類の一部を引きます。

 まず、「出版版権御願」という資料から。


一 盲目児童凸文字習書 いろは四十八字 んを并片假名 五十音数字九〃迄
 弐拾壱葉 竪七寸横壱尺  但熟学次第壱枚ツゝ追〃ニ綴込ニ相成申候
  明治九年十二月出版
 御國内ニ於テ盲目字学之儀ハ是迄暗誦ノミ多ク擦リ凸文字習書学業之儀ハ未タ格別開業不相成哉ニ奉存候因テ愚考仕盲目児童習字学ノ為凸文字ニ仕立候書冊ニシテ一切條例ニ背キ候儀無之候間此度出版致度猶版権免許奉願候也
    東京第六大區七小區本所花町拾八番地  伊藤庄平 満五十年
  明治九年十一月六日
  内務卿大久保利通殿

 さらに、東京府権知事・楠本正隆の進達及び大久保による決裁を記した公文書の写しを抄出します。


第ニ万四千二百六十八号別紙之通到出候ニ付進達仕候也 明治九年十一月十六日 東京府権知事 楠本正隆
 書面願之趣聞届別紙免許状下渡候事 明治九年十一月廿九日 内務卿大久保利通

 また、岸先生は「伊藤庄平の仕事」と題する文章も『点字ジャーナル』に寄せておられます。現在も、精力的に情報収集に当たっておられるので、今後の成果が楽しみです。

 資料室には、『伊蘚普物語』の凸版本もありました。これはカタカナで縦書きの形式です。これについても、岸先生の解説を参照してください。

「(7)凸字イソップ」

 『療治之大概集』や『吾嬬箏譜』などの凸字の冊子は、難しい漢字が羅列されている本です。
 これについても、岸先生の解説をご覧ください。

「(8)凸字「療治之大概集」」

 これらの漢字が多い本を読むことができるのは、ほんの一部の上級者だったとしても、こうしたものが用意されていたことは記憶に留めておきたいと思います。

 岸先生の盲教育資料に関する文章は、以下のものも参考になりました。

「(3)木刻凹凸文字」
 
「(10)知足院の七十二例法」

 なお、これまでに岸先生が出会われた異分野の方の話を、2つほど教えてくださいました。
 まず、京都大学のM先生は天文学の分野の研究者です。そのM先生は、目の見えない人に天体を見せたいと思っておられるとのことでした。
 また、別の方で、日本庭園を目の見えない方に感じ取ってもらえないか、という調査研究なさっている先生もおいでのようです。

 いずれも、目が見えない方にとっては、その実現は難題です。それでも、果敢にチャレンジしておられる方がいらっしゃることは、今後が楽しみです。そして、私が抱える問題に刺激を与えていただけるので、心強いかぎりです。
 
 
 

2014年8月 4日 (月)

京都府立盲学校の資料室(その1)

 千本北大路交差点角に、京都府立盲学校(高等部)があります。


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 このすぐ近くには、過日行った「京都ライトハウス」(2014年06月12日)があります。

 その京都ライトハウスの野々村好三さんにご紹介いただいた、盲学校の岸博実先生に、本日お目にかかることができました。長時間、京都府立盲学校の歴史に始まる、貴重なお話を伺いました。

 あらかじめ私からは、目の不自由な方と一緒に『源氏物語』の古写本が読めるような環境作りをしたい、という問題意識をお伝えしてありました。
 そのこともあり、明治10年代の盲教育の教材を中心とした、懇切丁寧な説明をしてくださいました。明治10年代というのは、まだ日本に点字が普及する前です。その頃の教材や教具には、今私の念頭にある古写本の文字への対処を解決するヒントがあるように思われるのです。

 点字は、明治23年11月1日が制定記念日だそうです。文政12年にフランスのルイ・ブライユによって発明された6点点字は、石川倉次が明治23年に50音点字としてまとめました。つまり、明治10年代は点字以前のことを知るのに、非常に貴重な情報が伏流している時期です。

 京都府立盲学校の開校は明治11年です。この日本最初の京都盲唖院の院長は、古河太四郎です。古河は、明治10年には京都市の待賢小学校における瘖唖教場に盲児を加え、著しい成果をあげました。
 日本の点字が生まれるまでの13年間は、古河たちによって、さまざまな取り組みがなされた時期です。
 京都盲唖院は、明治23年に京都市盲唖院となりました。

 なお、東京に楽善会訓盲院が創立されたのは明治9年で、明治20年に東京盲唖学校となっています。現在の筑波大学附属視覚特別支援学校がそれです。

 本日は岸先生のご高配により、明治10年頃の道具類を中心に拝見しました。その多くが京都府指定有形文化財です。そのため、写真を本ブログで紹介するには、手続きが必要です。これらについては、追い追い紹介したいと思います。そのおおよそは、ネット上の「京都府立盲学校の資料室」をご覧ください。

 まず、「木刻凸字」を拝見しました。
 これは、6センチ四方の木片にひらがなが彫られたものです。表面に凸字のひらがなが、裏面には同じ文字が凹字で刻まれています。文字がバラバラにならないように、縦長の四角い縁取りされた木枠のケースに5文字を縦に並べるようになっていました。

 この1枚の板の真ん中上には、少し切り欠けがあります。これによって、文字の向きがわかります。裏面の凹字の上にも切り欠けがあり、それは縦方向に裏返すと正しく並ぶように、文字が天地逆に刻まれています。
 こうしたことから、これは縦書きの文字列を読むための道具だったことがわかる、とのことでした。

 また、「七十二例法」といって、草書や行書で書かれた漢字の部首を学ぶ、4.5センチ四方の少し小振りの木片群もありました。そこに刻まれた草書体の文字を見て、点字が普及するまでの文字の教育には、変体仮名の要素が混在した教材があったことを知りました。
 次の写真の真ん中の文字は「春」の草書体です。これは、変体仮名では「す」と読むひらがなです。右隣の「母」は「も」と読む変体仮名の字母です。
 「七十二例法」は部首を学ぶためのものだそうです。しかし、そこには変体仮名として機能する文字も含まれていたのです。これは、私にとっては大きな収穫でした。


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 点字が出現するまでの10数年は、普通に漢字・ひらがな・カタカナを木活字に彫ったもので教えようとしていたのです。その効果のほどはわかりません。しかし、木版技術を高度に発展させていた日本人は、木版技術を持ち込むことでその可能性を追求していたようです。

 木活字による日本語の表記法は、点字の出現によって完全に途絶えました。しかし今、目の不自由な方々と一緒に鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読む上で、コミュニケーションツールとして、これは活用できる情報文具となります。
 岸先生のお話を伺ううちに、変体仮名が読める環境作りを模索する意義を、おぼろげながらも見つける機会を得ることとなりました。大きなヒントをいただいたのです。(明日へ続く)
 
 
 

2014年8月 3日 (日)

花園大学での精進料理の公開講座に参加

 JR嵯峨野線円町駅の近くにある花園大学で、京都学の公開講座が3日間開催されていました。今日の最終日は興味のあるテーマがあったので、聴きに行って来ました。


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 この公開講座は「京都の底力」というイベントで、8月1日から今日までの3日間、1日2つ都合6つの講座が無料で公開されました。これは、花園大学のオープンキャンパスと平行して開講されているので、大学のピーアールも兼ねての企画のようです。

 今日は、臨済宗徳寿院住職の山崎紹耕先生による、「精進料理の中に見る京都学」というタイトルの講演がありました。
 山崎先生には、『典座さんの健康料理 禅宗700年 食の知恵』(小学館101新書、2009年8月)というご著書があります。私は読んでいませんでした。帰ってから確認すると、本日のお話は、この本に書かれたことを元にした内容だったようです。

 まず、精進料理の歴史が確認されました。そして、食材を生かした調理について、禅宗で食事を担当される「典座」という方々の話を通して、食事と健康生活について話されました。

 実際にピリコンという、少し辛いコンニャク料理を参加者全員に配られ、それを食べることで食の意味を一緒に考えるようになっていました。ただし、このコンニャク料理を食べさせていただいたことと、今日のお話の接点とは、あまり明瞭ではありませんでした。

 話は、山崎先生が実際に禅宗の道場で修行した体験談が中心でした。
 わかりやすく語りかけておられたので、聴きやすいお話となっていました。

 ただし、参加者へのおもてなしの配慮が少し足りなかったように思いました。
 いくつか気になったことを、メモとして記しておきます。
 まず、ステージにスクリーンが2つ設置されていました。しかし、そこに映されていたのは、講師のご著書の紹介の一部が、他の方の著書と一緒にずっと映っているだけでした。仕掛けとしてはもったいないと思いました。

 また、参加者の手元には、講演内容に関する印刷物が何も配布されませんでした。実際にはわかりやすい話でした。しかし、書いたものがなにもないと、演壇を見続けるしかありません。といっても、講師は座ったままでマイクを握り淡々と語りかけておられます。禅宗のお坊さんのお話だとはいえ、聴衆に対しては、飽きないように視覚的な動きがあってもいいと思いました。

 講演の最後に、京都学の線引きとなる、伝統の保存と排除の問題点についてのまとめがありました。
 さまざまな例をあげてお話をなさった最後に、どちらをえらぶかという問いかけで終わりました。聴衆に二者択一を投げ掛けるだけで終わるには、もったいないお話だったように思います。

 さまざまな興味を持つ多くの聴衆を相手に語る場合、気配りやおもてなしの精神は大事だと思います。
 また、会場の整理にあたっておられた禅僧の方の言葉遣いの乱暴さと、司会者による開講のあいさつや、講演終了直後に非常に個人的な質問で終わったことなどなど、もったいない講演会だったとの印象をもちました。

 お話を伺いながら失礼な評言で申し訳ありません。しかし、広く聴衆を集めて開催するにあたっては、お話の内容以上に来場者への心遣いも大事であることを、こうした機会に学習することとなりました。

 なお、精進料理のことについては、以下の記事で佛教大学の公開講座の話をまとめています。こちらもご笑覧いただければ幸いです。
 
「精進料理の思想を学ぶ」(2010/7/31)
 
「茶事懐石料理の歴史と作法を学ぶ」(2010/8/21)
 
「日本食から見える日本文化を学ぶ」(2010/9/18)
 
 
 

2014年8月 2日 (土)

お茶のお稽古と鱧料理と近鉄特急

 小雨の中を、大和平群へお茶のお稽古に行きました。

 今年はよく台風がやってきます。これが去っても、またすぐに次が来るようです。予測のできない天候が続いています。
 ただし、私にとっては遠出となる奈良でのお稽古なので、炎天下よりも多少蒸し暑くても体温が下がる方がありがたいのです。

 今日は、洗茶巾のお稽古をしました。
 茶碗の中へ半分に畳んだ茶巾を置き、そこに水を満たします。そして、茶筅をセットして、これでスタートです。

 茶碗に水が入っているので、両手で扱います。水をたっぷりと含んだ茶巾をお客様の目の前で絞ることと、茶碗いっぱいの水を建水に捨てる時の音で、夏の涼しさを演出するのです。
 ほとんどが運びの薄茶と同じなので、前回同様にお点前の流れは摑めました。

 いつも指摘される背筋を、とにかく伸ばすように気をつけていたので、次第に背中がつりそうになりました。身体が硬くなっている証拠でもあります。

 袱紗さばきでは、大きな木を抱えるような腕の感覚と、手の甲を真っすぐに伸ばすことは、これからもっと意識することにしましょう。

 何に気をつければいいのかがわかると、一つ一つを解決する楽しさが生まれます。
 覚えることはたくさんあります。しかし、その一歩一歩を身体が覚えると、その次がまた新たな楽しみとなります。

 茶道は、よく考えられた作法の集積です。長い間にわたって、人から人へと伝えられてきたことが、世に言う伝統というものであることに気付きます。しかも、折々に創意工夫が加味されて来たことから、一見複雑そうです。しかし、それぞれの意味がわかると、未熟ながらも納得できることが少しずつ見えてきだしました。

 今日は旧暦の七夕だそうです。お菓子は、富山の月世界でした。折しも、今日8月2日から11日まで、京都では「京の七夕」というイベントが始まりました。鴨川会場と堀川会場の夜は賑やかになります。
 四季折々の風物を話題にできるお茶は、手軽に楽しめる日本文化の遊び場だと思うようになりました。

 もっとお稽古に来なくてはいけないのです。しかし、何かと忙しい中でこうして時間を作るからこそ、面白さを感じるのかもしれません。

 お稽古の帰りに、娘夫婦の自宅近くで、婿殿の同級生がやっている鮨・日本料理の「錦」へ3人で行きました。


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 店内の飾りも、爽やかさと清涼感が感じられます。


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 先ずは鱧をいただきました。
 鱧の木の芽焼き(写真上)は、上品な味と香りを楽しめました。また、真魚鰹の西京焼き(写真下)も、ふっくらとした食感と香りが、まさに和食そのものの味で気に入りました。


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 東京では鱧がなかなか食べられないので、関西の夏はこれに限ります。

 3人で話し込んでいて、つい時間を忘れていました。
 良心的な値段で、日本料理を堪能できました。
 婿殿のお友達さん、ごちそうさまでした。

 今朝は、体調が思わしくありませんでした。疲れが残らないようにと思い、帰りの近鉄大和西大寺から京都までは、久しぶりに特急に乗りました。


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 大和平群から東京へ通っていた頃は、通勤と帰宅時間を短縮するために、よくこの特急を使いました。手に持つ鞄の中は、あの頃のような仕事関係の書類ではありません。今日は、袱紗、白い靴下、熱中症予防の麦茶が入っています。

 自分の生活環境の変化に、あらためて得心するものがありました。
 日々変化する中に、今の自分があるのだと。
 そして、また新しい生活設計を思い描きながら、いつもの車中思考を楽しみつつ、こうして今日の記事を書いています。
 
 
 

2014年8月 1日 (金)

井上靖卒読(187)「二つの挿話」「ダージリン

■「二つの挿話」
 二つの外電の新聞記事からの連想で、自分に関わる思い出話を語ります。
 軽井沢でのことです。
 一つは、イギリスの若い女性が赤ちゃんを盗み、それが自分の金沢での体験を蘇らせます。
 もう一つは、アメリカの老婆の話で、滋賀県の老婆の話へと展開します。
 二話共に、興味深い内容です。
 人間の不可思議な行動に注目させられます。
 記憶に残る話です。【3】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1972年9月号
 
集英社文庫:冬の月
井上靖小説全集32:星と祭
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
時代:昭和40年代?
舞台:長野県(軽井沢)、石川県(金沢)、滋賀県、ロンドン、ニューヨーク、アムステルダム
 
 
 
■「ダージリン」
 M新聞の特派員だった樫村螢太郎は、インドのダージリンで自殺しました。そのことを井上は、かつて「夏草」という創作で取り上げていました。
 そのダージリンへ行き、あらためて樫村のことを思い起こします。本作中に、15年前に発表した「夏草」という作品の最後の部分の引用があります。このことから、本作を短編小説と言っていいのか戸惑います。
 井上は、ダージリンのホテルで河口慧海のことを考えます。なぜ慧海はダージリンのことを書き残していないのかと。
 そして、樫村のことは、大幅に訂正しなければならないと。人間の真実に迫っていないと思われたからです。
 自分が書いた作品をあらためて見直す作家井上靖の存在が、非常におもしろいと思いました。これは、自作の撤回とでもいうべきものです(『井上靖全集 第七巻』348頁下段)。
 深い霧に包まれたダージリンで、自作を見つめ直す井上の姿が印象的です。入れ子になった構造と、15年前の作品が交錯する、一味違った、自分を語る小品です。【5】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1972年10月号、11月号
 
井上靖小説全集32:星と祭
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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