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2014年8月22日 (金)

視覚障害者が古写本『源氏物語』を書写できるか?

 私が勝手に懸案と言っている、目の見えない方が、鎌倉中期に書写されたハーバード大学本『源氏物語』を読めないか? という課題に関して、少し明るい光が差し込んで来ました。
 一筋の可能性とでもいうべき糸を、今後ともさらに手繰っていこうと思います。

 今日、全盲の歴史学者で日本宗教史の専門家として知られる広瀬浩二郎さんを訪ねて、大阪万博公園の中にある国立民族学博物館へ行ってきました。


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 13歳で視力を失った広瀬さんは、興味のある歴史学の勉強を続けたくて京都大学に点字の入学試験を受けて入学し、さらに大学院で研究を深めて博士の学位を取得されました。
 現在は、国立民族学博物館(通称みんぱく)の准教授です。


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 今日は、上記の課題についてアドバイスや解決策を教えていただくために、民博の広瀬さんの研究室を訪問しました。
 お互いにバタバタと走り回る生活の中で、やっと私が抱えるテーマの説明を直接できたのです。
 広瀬さんは私の話をじっと聞き、ポンポンと発する質問に的確に答えていただき、さらには、有り難い話やヒントを示していただきました。

 まず私が聞いたことは、日本語で送った数通のメールに対して、すぐに日本語で返信が来たことです。全盲なのになぜ? と。
 その理由を聞いて納得しました。文字列を音読するパソコンのソフトを使っておられたのです。

 「とうくん」というソフトは、音読するスピードのコントロールが自在です。Windows用としては、こうした音読ソフトは3種類あるそうです。その中で「とうくん」を使うのは、英語に強いからだとのことでした。
 Macintosh 用にもソフトがあるかと聞くと、仲間に1人もMacintoshユーザーがいないのでわからないそうです。アップルはユニバーサルデザインに早くから取り組んでいるので、きっと読み上げソフトがあることでしょう。ただし、日本語対応があるか、ということになると、今のところは不明です。

 また、私にとっては初見の、驚くべき読書法を見せてもらいました。
 広瀬さんの著書である『さわっておどろく! ―点字・点図がひらく世界』(嶺重 慎氏との共著、岩波ジュニア新書、2012年5月)をスキャンすると、すぐにパソコンの画面に読み取った文字列がテキストとして表示され、しかもそれを読み上げてくれるのです。
 特にその本の中でも、スキャンしてOCR化が難しい小さな文字の年表形式の部分を、次の写真のようにスキャナで読み取ると、パソコンの画面には日本語のテキストとして文字列が表示されます。これをソフトが読み上げるのを目にすると、まさにボランティアによる対面朗読の場にいる気持ちになります。

 こうして、印刷された論文などもスキャンしてパソコンに読み上げさせることで、容易に論文の内容を理解し、読み取ることができるのです。


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 広瀬さんは、学生時代には古文書を立体コピーなどで読もうとしたそうです。しかし、漢字が多い古文書の理解には、手間と時間の無駄が多く、文献の読解は音読してもらうことで解決するようになったようです。そして研究手法も、古文書などの文献を読み解くのではなく、しだいにフィールドワークに移行したそうです。音声による現地調査です。

 そんな話をしているうちに、「触図筆ペン(みつろうペン)」で文字を書くと、浮き上がった文字が確認できることの話題となりました。目の前でテキストを音読する様子を見た後だったので、私の中でこの音読とペンがオーバーラップしてひらめきが生まれました。古写本を筆写する、書写体験が容易にできるようになるのではないか、と。

 例えば、ハーバード大学本『源氏物語』の「須磨」巻の場合、その巻頭部分は昨秋刊行した本では次のような組み版になっています。
 上段に『源氏物語』の写本の影印が、下段に小見出しと翻字が印刷されています。


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 そこで、これを立体コピーした写本の影印を左手でなぞり、それに合わせて下段の文字列をパソコンが読み上げる状況を作ります。そして、右手に「みつろうペン」を持ち、写本の臨書の感じで副本を作るようにして別の紙に書写するのです。
 左手でなぞった文字と、右手で書いた文字が、共に盛り上がっているので、同じように写せたかどうかの確認は容易です。
 文章の理解には遠く及ばない書写行為に留まるものです。しかし、この書写・筆写経験の延長上に、古写本の読解という到達点がいつか見えてくるはずです。

 これについては、広瀬さんの共感も得られました。
 点字でも「点写」といって、点字で書かれた資料や文献を写し取ることがあるそうです。
 左手で左から右へと点字を読み、右手で右から左へと点字を打って、同じものを作っていくのです。左右の手が違う動きをします。しかし、それは慣れの問題なので苦ではないし難しいことでもないようです。
 左右の手で別のことをするゲームがあります。ここでの例は、左右の手が同じものを引き写ししようとするので、確かに目が見えなくても戸惑いも困難さも少ないかもしれません。

 とにかく、目が見えない方が700年前の古写本が読めるようになることで、日本の伝統的な文字による文化の継承や、意思伝達の道具について理解を深めることは可能なのです。新たな文化体験を、広瀬さんが言うところの「見常者」と「触常者」が、一緒になって共有できるのです。

 その第一歩を、こうした写本の書写という能動的な行為を試みることで、ささやかながらも実践的に踏み出したいと思います。
 独力で古写本が読めるところまでには、まだ高いハードルがいくつも屹立しています。しかし、まずは書写という実験を経ることによって、また新たに見えてくる課題にチャレンジしたいと思います。

 とにかく、この件では、広瀬さんのご理解とご協力を得られることになりました。そこで、来月中旬までに、東京の筑波大学附属視覚特別支援学校の先生と生徒さんたちの協力が得られたら、立体コピーと「みつろうペン」を使った実験をやってみよう、ということになりました。


 この件について、新たなチャレンジをしたら、またここに報告いたします。
 ささいなことでも結構です。アドバイスをいただけると幸いです。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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