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2014年8月 5日 (火)

京都府立盲学校の資料室(その2)

 京都府立盲学校の資料室で、岸博実先生から教えていただいたことのあらましを、忘れないうちにメモとして残しておきます。

 点字以外の文字や図形では、線の太い細いや曲がることによって、それらがノイズとして感じられるものである、という問題点を教えていただきました。
 目が見えない方にとって、今触っている1文字だけを認識することに集中することが大事です。つまり、ノイズは余計な情報として認識を混乱させ、後に続く文字を考慮に入れて理解することもできません。

 変体仮名で「あ」と発音する文字には、「安」「阿」「愛」「亞」「悪」と、いくつもあります。これらはさまざまな崩し方をし、その変形パターンの多さとともに、次の文字に線がつながったりもします。
 こうしたことから、書かれている文字を類推して理解する上で、文字の多様性が高いハードルとして立ち塞がります。

 書くと浮き出るシートなどを使って、書道に近い筆文字の体験を導入すると、あるいはこうした点をクリアできるかもしれません。
 実際に、そうした毛筆で墨文字を書く練習ができる教育用文具が残されていました。「墨斗管/指頭筆」と書かれた木箱に入っていたものを、岸先生が実際に指に付けて、使い方を教えてくださいました。


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 これは、現在も形を変えてほぼ同じ機能のものが墨運堂から発売されています。これも、岸先生が実際にネットで購入なさったものを指につけてみせてくださいました。


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 こうした文具のあらたな活用方法を導入すると、意外な展開が期待できるかもしれません。
 まさに、明治10年代の時代感覚で考えてみた方が解決への近道となるのかもしれません。

 岸先生は、この道具については、『点字ジャーナル』(東京ヘレン・ケラー協会点字出版所、2012年6月号、第43巻6号、通巻第505号)に次の文章を記しておられます。

「(15)墨斗筆管」

 京都府立盲学校の資料室には、明治9年11月に伊藤庄平という個人が出版した『盲学凸文字習書』(表紙に朱で打ち付け書き、「定価二円六十銭の朱印」)という本がありました。
 この本の背には、次の文字列が金箔で打刻されていました。


 『版権/免許 明治/九年/十一/月廿/九日 伊藤庄平製造 盲目/児童 凸文字習書 前編 一』

 この本は、後編および第2巻があったようです。
 その中身は、21枚の厚めの紙の奇数頁に、凸文字が浮き出ています。
 ただし、左から右への横書きです。内容は、次のようになっています。
 
■草仮名2枚
 「いろはにほへと(1頁4段中の2段目の1行分)」
  4段目の「よたれそつねな」の「そ」は「曽」の変体仮名。


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  2枚目の1段目「らむうゐのおく」の「お」は「於」の変体仮名
  2枚目の2段目「やまけふこえて」の「え」は「江」の変体仮名
  2枚目の最後となる4段目右側には「ん」の右に「こと」がある。
  この「こと」がここに取り上げられた理由は今は不明です。


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■カタカナ1枚
 「アイウエオカキクケコ(1頁5段中1段目の1行分)」
  3枚目はカタカナです。5文字毎に縦に罫線が入っています。
  や行の2文字目は「イ」がひっくり返った文字です。
  また、4文字目は「エ」の第一画が「ノ」の形をしています。


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  さらに、わ行の3文字目は「于」という文字が掲載されています。

■数字1枚。漢数字の「〇」から「億」まで。

■喉音呼法1枚。(省略)

■濁音1枚。(省略)

■半濁音1枚。(かなの右肩には「´」と「◦」が付いています)

■算用数字1枚。(「0」から「10」まで)

■羅馬数字1枚。(「Ⅰ」に始まり「Ⅻ」の次は「L」「D」「M」)

■乗算九九5枚。(「一一一」で始まり最後は「九九八十一」)

■加算九九7枚。(「一一二」で始まり最後は「九九十八」)
 
 かな文字や数字に加えて、伊藤庄平は足し算や九九の一覧表も加えています。苦心と工夫の跡が随所に見られる、興味深い資料です。

 本書については、岸博実先生が「盲目児童凸文字習書」と題して『点字ジャーナル』(東京ヘレン・ケラー協会点字出版所、2011年8月号、第42巻8号、通巻第495号)に紹介しておられます。ここでもおっしゃっているように、本書が刊行された明治9年11月は、京都盲唖院も楽善会訓盲院も存在しない時なのです。
 岸先生が引用されている、伊藤庄平が内務省の大久保利通に宛てて提出した申請書と、それを許可したことを示す複数の書類の一部を引きます。

 まず、「出版版権御願」という資料から。


一 盲目児童凸文字習書 いろは四十八字 んを并片假名 五十音数字九〃迄
 弐拾壱葉 竪七寸横壱尺  但熟学次第壱枚ツゝ追〃ニ綴込ニ相成申候
  明治九年十二月出版
 御國内ニ於テ盲目字学之儀ハ是迄暗誦ノミ多ク擦リ凸文字習書学業之儀ハ未タ格別開業不相成哉ニ奉存候因テ愚考仕盲目児童習字学ノ為凸文字ニ仕立候書冊ニシテ一切條例ニ背キ候儀無之候間此度出版致度猶版権免許奉願候也
    東京第六大區七小區本所花町拾八番地  伊藤庄平 満五十年
  明治九年十一月六日
  内務卿大久保利通殿

 さらに、東京府権知事・楠本正隆の進達及び大久保による決裁を記した公文書の写しを抄出します。


第ニ万四千二百六十八号別紙之通到出候ニ付進達仕候也 明治九年十一月十六日 東京府権知事 楠本正隆
 書面願之趣聞届別紙免許状下渡候事 明治九年十一月廿九日 内務卿大久保利通

 また、岸先生は「伊藤庄平の仕事」と題する文章も『点字ジャーナル』に寄せておられます。現在も、精力的に情報収集に当たっておられるので、今後の成果が楽しみです。

 資料室には、『伊蘚普物語』の凸版本もありました。これはカタカナで縦書きの形式です。これについても、岸先生の解説を参照してください。

「(7)凸字イソップ」

 『療治之大概集』や『吾嬬箏譜』などの凸字の冊子は、難しい漢字が羅列されている本です。
 これについても、岸先生の解説をご覧ください。

「(8)凸字「療治之大概集」」

 これらの漢字が多い本を読むことができるのは、ほんの一部の上級者だったとしても、こうしたものが用意されていたことは記憶に留めておきたいと思います。

 岸先生の盲教育資料に関する文章は、以下のものも参考になりました。

「(3)木刻凹凸文字」
 
「(10)知足院の七十二例法」

 なお、これまでに岸先生が出会われた異分野の方の話を、2つほど教えてくださいました。
 まず、京都大学のM先生は天文学の分野の研究者です。そのM先生は、目の見えない人に天体を見せたいと思っておられるとのことでした。
 また、別の方で、日本庭園を目の見えない方に感じ取ってもらえないか、という調査研究なさっている先生もおいでのようです。

 いずれも、目が見えない方にとっては、その実現は難題です。それでも、果敢にチャレンジしておられる方がいらっしゃることは、今後が楽しみです。そして、私が抱える問題に刺激を与えていただけるので、心強いかぎりです。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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