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2014年8月15日 (金)

お盆で庵主さんと語らい河内高安へ墓参に

 今年も養林庵の庵主さんが我が家にお参りに来てくださいました。
 90歳近いお年なのに、いつも元気です。


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 我が家で一番古い道具である木魚が、今年も心地よい音を響かせていました。

 読経の後は、いつものように庵主さんと世間話をします。
 妻の友人の家族で、学生時代に養林庵の離れに下宿していたという人のことを、庵主さんは覚えていらっしゃいました。
 世間は狭いものですね、と話は尽きません。

 今年も、息子がプロ技を発揮してお膳を作りました。
 毎年、これは息子の仕事です。


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 ままごとのような料理ではあっても、味をしっかりとつけた手の込んだお膳です。

 庵主さんを白川疏水通りまで送り、我々はお墓参りに出かけました。『伊勢物語』で有名な、八尾市にある高安の里です。
 お墓の山越しに、子育てをした生駒郡平群町があります。南高安中学校に通っていた頃には、耐寒訓練として信貴山までマラソンをしました。在原業平が通ったという竜田越えの山道があるのです。

 お墓で、私が高安に住んでいた頃にお世話になったご家族に声をかけられました。大きくなったね、と。
 小学6年生の時に大阪市内から高安に引っ越しをして来たので、50年ぶりでしょうか。
 お話をしているうちに、当時を思い出しました。そのお宅の裏にあった離れは、6畳と台所だけという狭い間取りの小屋でした。そこに、親子4人が数年間生活をしたのです。私と姉は6畳に、両親は狭い台所で寝ていました。冷蔵庫は木製で、氷を上段に置くタイプでした。お風呂は、家主さんの家へ毎晩訪ねて行き、お湯を借りていました。

 今も変わらずに建物はあるそうです。お互いの連絡先を交換しました。
 またまた、世間は狭いものだと実感しました。
 こんな出会いがあるのも楽しいものです。そのためにも、元気で長生きをしなければいけません。

 懐かしさから、昨年のお盆の記事を読んでみました。
「お盆の法要の後に河内高安へ墓参」(2013年08月13日)
 同じことの繰り返しのお盆のようでも、その日の時間の濃さが違うことがわかります。

 そうそう、今日も乗り換え駅だった鶴橋駅の高架下にある回転寿司屋さんに行きました。
 今年も海鮮サラダをおいしくいただきました。

 少しの刺激で、いろいろなことを思い出すものです。
 歳を取ったからではなくて、これからは折々に〈思い出す楽しみ〉も、気分転換の一つに加えたいと思います。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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