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2014年9月17日 (水)

読書雑記(108)佐藤隆久著『日米の架け橋』への不信感

 本読書雑記(108)は、いつものように好意的に語っていません。本意ではないままに、十分に語り尽くせなかったことを、まず最初にお断りしておきます。

 それなら、取り上げるな、と言われそうです。しかし、今私が持っている関心の中に入って来た書籍であり、自分の問題意識を整理するのには役立ちました。
 問題の多い内容だったために、かえって自分の問題意識と知識の再確認ができたのです。
 あえて、この時点で刊行された本であり、自分が目を通した本であることを記録として残すことに意義を感じ、こうして取り上げる次第です。

 佐藤隆久氏の『日米の架け橋 ─ヘレン・ケラーと塙保己一を結ぶ人間模様─』(熊本第一ライオンズクラブ、2014.7.16)は、佐藤氏が20年間の調査を経て自費出版されたものです。


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 見開きで、左頁が日本語で右頁が英語による、日英対照となっています。

 本書を読みながら、私はヘレン・ケラーと塙保己一とのつながりに興味を持ちました。それと同時に、なぜこのような本が出版されたのかに思いを致して残念に思っています。これは、出版されることでかえって目の不自由な方々への誤解を招く構成であり内容だと思うからです。

 その典型的な部分を、まず引用しておきます。
 以下の記述は、もし再販されるのであれば、最低限ここは削除されたほうがいいと思ったところです。


 この問題はひょんな事から解決した。バカンス中の女子大生たちの会話からであった。曰く「…シーダーポイントのローラーコースターは凄いのよ…」というひと言であった。つまり、「シーダーポイント」は都市の名前ではなく、遊園地の名前であった。ちなみに、わが国では「ジェットコースター」というが、これはローラーコースターの和製英語だそうである。それにしてもわだかまりが残った。何でシーダーポイントを膝の擦り切れたバカンス中の女子大生から習わなくてはいけないんだ? …君たちからだけはライオンズを語られたくない!(171頁)
 
 過日、私は熊本県立盲学校に盲人福祉関係の資料を集めに行った。その折に担当職員に何気なく聞いたのである:「ライオンズクラブってどんな団体かご存知ですか? ライオンズクラブの盲人福祉活動ってご存知ですか?」と。しかし、いずれも否定的な答えを察知した私は愕然として早々に話を切り上げ、盲学校をあとにした。(191頁)

 以下、本書の内容を否定するようなことの列記となるのが本意ではないために、本書の問題点を箇条書きにすることに留めます。


■聾唖教育に関する言及に、はてな、と思う箇所にいくつか出会いました。現在、目の不自由な方々と一緒に日本の古典籍をよむ方策を模索中なので、よけいに敏感に反応したのかもしれません。それにしても、目の不自由な方に対する記述に、違和感を持ちました。あまりにも興味本位からの視点で述べられていると思えるからです。

■ヘレン・ケラーと塙保己一との接点について、伊沢修二、グラハム・ベル、アン・サリバンの説明が、推測を重ねた思いつきの上で空中分解しています。(15頁、137頁、161~165頁、229頁)

■『群書類従』の版木の彫り方や、小笠原島の記述などに、認識不足と私情が混在しています。多数の書籍をご覧になってまとめられたようです。しかし、資料の学問的な選択に恣意があり、そのまま受け入れがたい箇所が多いことは、本書を読む上でも気をつけたほうがいいと思いました。

■設定したテーマに対する熱意と、そのテーマを解決しようとする研究手法の客観性がアンバランスです。

■幕末から明治にかけての歴史が詳しく語られます。しかし、それはそれとして、これだけのスペースをヘレン・ケラーと塙保己一の話題に割いたら、もっと一書としてのテーマが明確になったことでしょう。私には、調べたことを何でも盛り込む、ページ稼ぎにしか思えませんでした。
 その意味からも、第4章の20頁分はすべて不要です。

■ヘレン・ケラーと塙保己一の同じ写真が、随所に使われています。第4章のヘレン・ケラーの5枚、第5章の塙保己一の5枚の写真は、共にすべて扉に大きく掲載されているので、すべてスペースの無駄です。同じ写真を繰り返して挿入することは、本書の印象が軽くなり薄れます。

■この内容の日本語文を、すべて英語にする意義を感じませんでした。英語併記というのは見かけ倒しであり、潤沢な資金を背景に出版されたと思われることと併せて、私は不信感を抱きました。

■紹介されているエピソードに、出典を明記してもらいたいと思います。また、なぜここでそのエピソードを、と思う箇所が多々ありました。

■クリーブランド大統領の例のように、同じエピソードが重出するのは無駄であり、読む気力を失わせます。

■話題が脈絡もなく飛び飛びに語られています。しかも、枝葉に事細かな説明が付くので、本筋がまったく見通せません。

■2羽のカナリアの写真は、寒々しい思いになります。なぜこんな、目を覆いたくなるような写真を掲載されたのでしょうか。(115頁)

■第10章は、ヘレン・ケラーの生涯となっています。本書の構成がよくわかりません。

■全体を通して、推定と推測と事実認識が混在しているので、戸惑いを感じながら通読することになりました。

 以上、私は著者と一面識もありません。あくまでも、本書を真剣に読んだ者の1人としての感想を記しました。非礼はお詫びします。ただし、上記のように、なぜ? と首を傾げながら読むこととなったために、ストレートに雑感として記しました。
 最後の年表は労作と思います。しかし、これに対しても自分なりに再確認をしてから利用させていただこうと思っています。 妄言多謝
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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