« 転居(9)「源氏物語余情」1996年9月分 | メイン | 江戸漫歩(84)秋を迎えに新宿の思い出横丁へ »

2014年9月 3日 (水)

読書雑記(107)中津文彦『つるべ心中の怪 塙保己一推理帖』

 中津文彦『つるべ心中の怪 塙保己一推理帖』(光文社、2008.1)を読みました。


140902_tsurube


 本作は、同書名で光文社時代小説文庫(2010年10月)としても刊行されています。
 塙保己一推理帖シリーズの第三弾です。ただし、本作がシリーズ最終巻となっています。

 「あとがき」には、次のようにあります。


 ──というわけで、保己一にはこの後もなお波瀾に富んだ生涯が待っているのだが、このシリーズはひとまずこの巻で筆をおきたい。保己一の人物像やその足跡のあらましをより広く知ってもらいたい、という願いはほぼ果たせたと思えるからだ。
 もちろん、この続編を再びお届けする機会はまたやってくるかもしれない。(中略)
       二〇〇八年初春 著者  (322~323頁)

 本シリーズの全3冊を読むと、塙保己一と『群書類従』をテーマとしては、これ以上は展開させようがないことがわかります。そのせいもあってか、本書の第3話の終わり方は非常に中途半端なものとなっています。なによりも、保己一は推理をしなくなります。
 
 中津文彦の突然の死が齎されたのは2012年4月24日でした。肝不全によるもので70歳でした。
 今、中津氏の病歴がわかりません。この塙保己一推理帖シリーズが突然中断したと思われることと、中津氏の体調のことに何か関係があったのではないかと、個人的には思っています。
 
 
■「第一話 つるべ心中の怪」

 大田南畝が、保己一の跡目を継ぐと思われている金十郎に、次のように諭す場面があります。


「そんな顔をするな。これは、ただの座興や遊びではないのだよ。訝しいと思ったことは、決してそのままに放っておいてはいかんのだ。それが、古文書やさまざまな家記を読み解いていく上でも、最も大事なことだろうが」(49頁)

 『群書類従』の刊行を進める保己一の温古堂における、古典籍に対する心構えがわかることばです。疑問があれば何事も放置しない、という学問的な姿勢が、事件に首を突っ込む保己一の根源にあると言うのです。納得です。
 それに対して、情報が隠される当時の社会的な仕組みが語られていることにも、興味深いものがあります。業界の事情が事件を隠すのです。そこを明らかにする保己一の指示は鮮やかです。【3】
 
 
■「第二話 赤とんぼ北の空」
 江戸の狂歌師として知られた大田南畝の素顔が語られます。これまでにも保己一の推理の相手をしてきた南畝の私的な生活が、詳しくおもしろく描かれています。
 保己一の養子となった金十郎と友の話は、まとまりがよくないので退屈でした。それがガンという病だということで、情に訴える話となります。しかし、保己一の出番はなく、本書のありようが薄れたままで本話は終わります。【1】
 
 
■「第三話 夏の宵、砕け星」
 第二話を受けて、ガンという病に翻弄される友のことが語られます。
 『群書類従』に収録する写本の書写から刊行にまつわる話は、その描写が具体的であるだけに、保己一の苦心がよくわかる逸話となっています。
 やがて、人殺しの後、医学書に火を着けて逃げるという事件が、おもしろく展開します。『本草和名』という貴重な本が、本話の舞台回しとなっています。本をめぐるミステリー仕立てです。
 ただし、推理らしい推理はなく、保己一の出番もありません。すーっと消えるように話が収束します。そのあっけなさに、多くの読者が、これは一体どうしたのだろう、と思うことでしょう。【1】
 
 
 前2作の「塙保己一推理帖」については、以下の記事をご笑覧ください。
 
「読書雑記(104)中津文彦『塙保己一推理帖 観音参りの女』」(2014年07月16日)
 
「読書雑記(106)中津文彦『塙保己一推理帖 枕絵の陥し穴』」(2014年08月29日)
 
 
 


コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

Powered by Six Apart
Member since 07/2008